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どうも、この2、3日お腹が痛いのです。 どうせ子供の残した賞味期限切れの 不二家のおひなさまケーキを食べたんだろう? と思われるアナタ、たしかに食べましたが それは、今回の腹痛とは無関係です。 そんなことで私のお腹は痛くなりません。 小学生の頃から腐ったものを食べて食中毒になっても、 フグの白子を丼2杯食べて全身に電気が走っても 翌朝何事もなかったように治ったんですから。 そんな私が、もう3日もお腹が痛くて苦しんで いるのです。相手は、この世の者でないかもしれません。いつもベンツに乗っている小憎らしい髭の医者は 「風邪のウイルスがお腹に入ったんじゃ」 って診断しましたが、私は違うと思っております。 自分の体のことは自分が一番知っているのです。 吐き気がするくらいお腹が痛くても いつもの3倍くらい食欲があるのです。 おかしいですよ。変ですよ。 さっきも、お昼ご飯(カレーライスと焼きめし) 食べたすぐあとに三色団子10本と 桜餅5個、そして、雛あられ一袋食べたんですから。 なのに体重が減っているのです。何か得体の知れない者が私のお腹に 住み着いたのかもしれません。 エイリアン? まさか・・・ 実は私、数日前、八重洲ブックセンターで ある本を買い求めました。 「笑うカイチュウ」藤田紘一郎著であります。 この本、9年ほど前に発売されて ベストエッセー賞に輝いたほどの名著だそうです。早い話が、今では珍しくなったお腹の中に住む虫の 話を、名医である藤田先生がカイチュウのみなさんへの 愛情いっぱい込めて書かれた本なのです。 私はこの本の中に出てくるカイチュウにまつわる話を 東京から新大阪まで、ゲラゲラクスクス笑いながら 読んでいたのです。そんな私が、新大阪駅の降り立った時、 いまだかつてないほどの腹痛に襲われ、全身寒気を感じ、 トイレに駆け込んだのです。その直後、猛烈な空腹に襲われ オムライスと餃子3人前とチャーシューメンを食べました。 ビールロング缶1本と金のウーロン茶ペットボトル1本一気飲み。 そんな症状が、3日間続いているのです。 まさか、医者に 「藤田先生の笑うカイチュウを読んだから」 とは言えませんよね。言ったところで、 「そんなバカな」 と笑われるだけです。 でも、私は思うのです。 想像妊娠があるくらいだから、 想像カイチュウもあるはずだと・・・ これを書きながら、ピザの一番大きいのを コカコーラペットボトル一本飲みながら食べてしまいました。 さっきビッグマックのバリューセットを食べたばかりなのに。 変や変や。絶対におかしい。
2005.02.28
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財布の中に千円札が2枚しかなかった何年か前の土曜日でした。 私は午前中で仕事を済ませて、映画を見ることに しました。「初恋のきた道」チャン・ツィイーさん主演の 中国映画です。この日が最終放映の日で、以前から どうしても見たかった私は、寂しい財布の中身のことなど 忘れて小さな映画館で1枚の千円札と300円で入場券を買いました。 さて、映画館に入ろうと思った時に、一人の女の子が 私の視界に入りました。たぶん、短大生か高校生くらいの 赤いオーバーを着た子です。入口の前にいるのに 入ろうともせず、帰ろうともせず、モジモジして いました。そのまま映画館に入ってしまおうと 思った私ですが、どういううわけか勇気を振り絞って、「入らへんの・・・」 と声をかけました。その子は、知らないオッサンに声をかけられて 少し驚いたのか、首を少し傾げました。ひょっとしたら、この子、お金忘れたのかなあ・・ と思った私は、「オッチャンも一人や、良かったらいっしょに 見てくれへんか?」 と言うと、その女の子は半分頷いたような頷かないような 迷った顔をしたので、「サーサー早く早く・・・始まるよ」 と言いながら私は、その子の分の入場券を学割で1000円買いました。この瞬間、私の財布は空になってしまいました。 残るは小銭だけ・・寂しい!!その子が、うつむきながら恥ずかしそうに、私の隣に座ったと同時に 館内は真っ暗になり、お目当ての映画は始まりました・・・ さて、映画が終わって感動した私は 「主演女優さんには、アジア人初のアカデミー賞をあげたいね・・・」とニッコリしながら言うと、彼女はウンと頷きました。 駅までの道すがら彼女と話したのですが、彼女は どうやら恋人といっしょに映画を見るはずだったようです。 でも、スッポかされたようで、一人で見ようか迷っていたところに 変なオッサンに声をかけられたようでした。 駅で別れる時、彼女が 「映画代、払います」と言うと、私が 「いいよ、また、どこかで会うかもしれへんし」 と答えると、彼女は、なんと、なんとですよ、「今日のデート良かったです」と恥ずかしそうに言って逃げるように走り去ったのでした。 「デートやて…はあ・・・デートかあ…久しぶりやなあ。 デートねえ」そんなことを呟きながら、財布は空でも デート一言で心がホッカホッカになった私でした。
2005.02.27
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前置きしておく。 これは笑い話ではなく本当の話だ。 私は半年に一度くらいだが、 会社から自宅の前まで帰ってきて、 ビジネスホテルに泊まることがある。 ?????? 内側からチェーンと鍵が かかっているから入れないのだ。 ドンドン叩いても、ベル鳴らしても、 挙げ句の果てに携帯から電話かけても 誰も起きて来ない。 夫婦喧嘩して追い出された? ノーノー・・・ケンカは、いつも10分で終わる。 真夜中に帰ってきた? ノーノー・・・8時30分だ。 何かの勘違い? ノーノー・・・ ぐっすりと妻も子も眠っているのだ。 仕方なしに、もう一度、駅に戻って 電車を待ちながら、さて、どうしようかと悩む。 その日は、仕方なしにビジネスホテルに泊まる。 妻からの携帯電話は 決まって翌朝6時に鳴る 「どうしたんや?」 と寝ぼけた声でウダウダ言っている。 私は少しふくれっ面で 「チェーンはかかってるし、 電話かけても、戸を叩いても、 うんともすんとも言わへん・・・」 と言う。妻は 「そうか・・・そりゃ悪かったな」 と言って電話をプッチ切るのである。 こんなことがあったからと言って 翌日の夜のおかずが一品増えるとか VIP待遇で迎えてくれるとか あるはずがない。 アー空しい男の心の中に黄信号がともる。 「俺は何の為に働いてるんや」 と電話で怒っても、どうにもならない。 電話の向こうで妻は不気味に笑う 「こっちには二人の人質がいるからな」 二人の人質とは、二人の息子のことである。 下手な事言って、幼児虐待でもされたら・・・ こんなこと、本当に考えてしまう私である。 ところで、この人の心の信号も3種類である。 赤は、大ピンチ。 黄は、小さな試練。 青は、楽チン。ルンルン気分で行こう。 私の場合を含めて普通の人の試練は ほとんど黄色である。 つまり、ここで気ままに進めば良いのか、 頑張って耐えるのか、凡人ゆえ悩むのである。 そんな自分を自己診断する私流の方法がある。 笑えるかどうかだ。つまり、自分に訪れた 小さな試練を笑えなければ、自分は疲れている。 会社も学校も家族も恋人も愛人も放って パーッと遊ぶ。 それでも気が治まらなければ、 会社帰りのスーツのまま深夜特急に乗って ひたすら北を目指したこともある。 1回だがニューヨークに飛んだこともある。 でも、笑えたら・・・翌日も家に帰らずコンビニで おにぎり買ってビジネスホテルで寝ることにしている。
2005.02.26
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春子が茂雄と初めてあったのは、 当時村会議員をしていた父の紹介で 役場に勤め始めて間もない頃でした。 「村の駐在さんが定年になったで、 若い駐在さんがやってくるんだ」 そう言う役場の人たちと待ちかまえていると やってきたのが、きっちりと頭を七三に分けた茂雄でした。 村長さんや助役さんに 「よろしくお願いします」 と緊張の面持ちの茂雄の前にお茶を出した春子は ああ・・・この人、どこかで会ったことある・・ と初対面なのに思いました。 それから春子は、巡回の途中で役場に立ち寄る茂雄が 気になって仕方ありませんでした。でも、そうそうお茶を出す機会もありませんし、たまに、そんなことが あっても必ず助役さんが傍にいますから、挨拶くらいで 精一杯でした。 そんな春子が茂雄と初めて話す機会がやってきたのは 村祭りの時でした。御輿行列が通るために一時間ほど 県道を封鎖するとき、茂雄もやってきていました。 御輿担ぎの男衆に、酒と肴を振る舞うテントにいた春子は これぞチャンス到来と 「駐在さん・・・一杯、いかがですか」 と茂雄に精一杯明るく声をかけました。 すると、茂雄は真剣な表情で 「勤務中だから、駄目駄目・・・」 と怖い顔して言いました。 春子の目論見は敢えなく萎んでしまいました。 しばらくして、御輿がワッショイワッショイ・・ とやってきて、祭りは最高潮に達しました。 ワッショイワッショイ・・御輿が神社に奉納され、 人影もまばらになり、県道の封鎖も解除されました。 すると、茂雄は帽子を脱いで、ニッコリ笑いながら 後かたづけをしている春子がいるテントに入ってきました。 「すみません、一杯余ってませんか・・・」 と申し訳なさそうに茂雄が言いました 「本当に、一杯しか余ってませんけどね・・」 と苦笑いしながら春子は茂雄に升酒を渡しました・・・ あれから、40年近くの月日が流れました。 10年前から、若い御輿担ぎがいなくなったことで 村祭りは休止になりました。春子が茂雄に升酒を手渡した場所には、セブンイレブンが立っています。 そして、来月一杯で定年を迎える茂雄といっしょに春子は、 新しくやってくる若い駐在さんを迎えます。
2005.02.25
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都心のファッションモールには 亜由美のお気に入りの店がいくつかある。 どの店も有名な高級ブランドばかりだが、 そこのところはリッチな30過ぎの独身OLの特権 とばかりに時々、ちょっぴり贅沢をすると、 日常のストレスがパアーッと昇華するように 感じるから不思議だ。 そんな至福の時を満喫した亜由美が通りに出ると、 前の方から来た幼い子供連れの夫婦とすれ違った。 たぶん、ファーストフードから出てきたのだろう。 何気なく見たその夫らしき男の横顔に亜由美はハッとした。 亜由美は叔母から、半年に一度、お見合いの世話を してもらっている。そんな恒例の行事は、もう5年にも及ぶ。守は、一番最初に叔母が持ってきた相手だった。優しい真面目な感じだったから、たぶん、 この人と結婚すると幸せになれるだろう。そう思った亜由美だったが、なぜか心にトキメクものがなかった。 それでも、3ヶ月ほど付き合ったのだから嫌いでは なかったはずだ。こんなことがあった。守が 「ディズニーランドに行かないか」 と言ってきた。ただ、守は仕事の都合で、 前日からディズニーランドの近くのホテルに泊まっているらしく、 待ち合わせはそのホテルのロビーでとのことだった。 夜ホテルに訪ねて会ってもいいし、 翌朝でも良いようなことを守は言っていた。 判断は亜由美に委ねられていた。 ほんの半日の違いだが夜会いに行くのと朝会いに行くのとでは、 意味が違う。亜由美はそう思った。 考えすぎかもしれないが、お見合いして、 つきあい始めて3ヶ月だから、そろそろと言う気もしたし まだ早いような気もした。少し悩んで、結局、朝ロビーに行った。人の縁とは不思議なもので、守とは それから数回会って、自然消滅してしまった。 「もしかしたら・・・」 今すれ違ったのは、もう一つの自分の運命かも しれない。亜由美は思った。 たしか、一番最初の見合い相手だった 守を紹介する前に、叔母は言っていた 「最愛の人には1人目に出会うことが多いのよ。 それを逃すと50人目とか100人目になってしまう ような気がするの」 まだまだ結婚など眼中になかった亜由美を 諭すつもりで言ったのだろう叔母の言葉が今頃に なって頭の中をよぎった。 「幸せをつかめる人とつかめない人の違いなんて・・・ ほんのちょっとなんだわ・・」 そう呟いた亜由美にピューッと春一番の風が囁いた。 あたかも、「今だって幸せじゃないか」とでも言うように。
2005.02.24
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浮かない顔をしている宗吾は、もうすぐ20になるが 生まれてこの方、女にもてたことがない。 まず、顔が悪い。鬼瓦のような顔。背が低い。女の子の平均身長くらい。 おまけに太っている。ラクビーボールのような身体だ。 ついでに学歴がない。中学に行ったのは1年生の頃だけだ。 中学に行かなかったのは育てた親が悪い。 物心ついた頃から何かあるとぶん殴られた。 今話題の幼児虐待なんて、宗吾に言わせれば常識だった。 あげくの果てに剣山を背中に刺されたのが中学2年の時、 このままじゃ殺されると思って、家出をした。 家出をしたところで行くところがない。 フラフラしているところを鳶の親方に拾われた。 でも、太った鳶なんかいない。宗吾なりに努力したが、1年で辞めた。 学校と言うものが懐かしくなって、1年ぶりに様子を見に行ったが、 どいつもこいつも、煙たい顔をして見るから、バカバカしくなって それっきり行っていない。それから、パチンコ屋の店員、寿司屋の見習い、風俗店の客引き、いろいろやったが 一番性に合ったのが、今もやっているビデオ店の店長だった。 そんな宗吾が、今日も一人ビデオ店の奥で店番をしていると 可愛い女の子と男の子が入ってきた。 女の子は紺のジャンパーに、膝が隠れる赤地のチェックのスカートをはいている。 宗吾は、思わず心の中で明子だ!と叫んだ。 宗吾が子供の頃、家の向かいにクリーニング屋があった。 昔ながらのクリーニング屋で、いつも店の前を通りかかると スチームの匂いがして、窓越しの懸命にアイロンをかける 店主の姿を見ることができた。そこの娘の明子と宗吾は幼なじみだった。口にこそ出さなかったが、宗吾は明子に 恋心を抱き続けていた。 たしか、中学2年生になる春休み頃だった。近所に大手のクリーニング会社の取次店が開店したあおりで 明子の父のクリーニング店は閉店してしまった。 それから間もなく明子の家族は、 ほとんど夜逃げ同然で姿を消してしまった・・ 宗吾が家出をしたのは、それから間もなくだった。 もし、向かいの家に明子がいたら、宗吾の家出はなかったかもしれない・・ 数本のビデオを借りた明子と男の子は宗吾の前に置いた。 宗吾は初めて借りに来たようなのでパターンの説明をした。 チラチラっと明子を見ながら、説明をした。 それにしても、いい女になったもんだ。 この男は年下のようだが、いっしょに家でビデオを見るくらいだから、 それなりの仲なのだろう。 宗吾は、その男の子がうらやましかった。 どうやら明子は、宗吾のことを忘れているようで、 いっしょの男の子と仲良く話をしている。 宗吾は明子が自分を忘れていたと思い内心ホッとした。 こんな自分を覚えていたところで、どうせ宗吾には高嶺の花だ。 そう思い、サバサバした気持ちで、宗吾は 数本のビデオを貸し出し用のケースに入れて明子に手渡した。 その時だ 「ひょっとして、宗吾君じゃない?」 と明子が口を開くと、宗吾は 「あー」 とだけ言って頷いた。明子は、懐かしそうに 「元気だった・・・もう、7年くらい経つねえ・・・ これ、弟の晃司・・・覚えてる?あの頃は、小学生だった」 「あー、覚えてる」 弟だったのか・・・ 珍しく無愛想な宗吾の顔に笑みが浮かんだ。
2005.02.23
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どうやら、ケイジは行きつけのカラオケスナックでバイトをしているミチコに惚れてしまったらしい。社会人3年目のケイジだが、真面目な正確が災いしてか。恋愛には、まだまだ疎いタイプだ。たまたま、ケイジの隣りに座った顔なじみのオヤジが声をかけてきた。「水商売の女になんか惚れるなよ」「いやいや、水商売って言っても、みっちゃんはバイトで短大生なんだから」「そうかあ…ほら、見てみろよ」ケイジの目線の向こうに、イヤなヤツの顔がニューと飛び出した。そのイヤなヤツが顔を覗かせると、店内にいる5人ほどの女たちがいっせいにイヤー…キャーッと喚声をあげた。イヤなヤツとは、最近、メキメキ売れてきている二枚目俳優のMだ。ケイジが、この店に通い始めた2年前、Mは1時間でセリフがあるかどうかの脇役だった。売れていない頃のMは、カウンターの中に入って、客達とワイワイガヤガヤを楽しんでいたものだった。それがメキメキと売り出し。今では、押しも押されぬ主演俳優になってしまった。そうなれば、Mは金回りも良いようで、もう庶民が来るカラオケスナックで飲もうとはせず、どこかの高級クラブで飲んでいるようだった。たまに、ひとりで飲んでも面白くないので、この店に来て、話し相手を何人か連れて行くシナリオなのだ。アッと言う間に、ママさんを残して、店の女の子たちはMに連れられて出ていってしまった。ミチコは、ケイジに「みんなが行くって言うから、ちよっとだけ…タクシーに乗せたら戻ってくるから待っててね」と言い残して、小走りに追いかけて行った。目当ての女の子がいなくなれば、10人はいたはずの男たちは、いつの間にやら潮が引くように帰って行った。「男にも価値がある」ケイジのとなりのオヤジも立ち上がった。「そうかなあ」「なんだかんだって、女ってのは有名なヤツに弱いんだよおまえも帰った方がいいよ」「いや、おれは…」「待つか?もうかれこれ30分…戻ってこないよ」そう言いながらオヤジは、店の出口の方へ歩いて行った。ケイジはママとふたりになった。ケイジは、水割りを早いピッチで飲みながら、みっちゃん帰ってきてくれ…頼むから…帰ってこないと、オレ、死んじまうぞ…と心の中で何度も何度も叫んだ。カウンター越しに、ママの顔があった。その優しそうな顔が、「ケイちゃん…」と呟くと同情されているようにケイジには思えた。なんと情けない男なんだオレは…と心の底から突き上げるような空しさが「ママもみっちゃん、帰って来ないと思ってるんだな」と言わせた瞬間、さっき出て行ったはずのオヤジの声がした。「オーイ、おれの負けだ」オヤジの影には、ミチコが立っていた。「みんなは行っちゃたよ。ママ。ケイちゃん、ごめん、なかなかタクシーが捕まらなくて、ラーメン食べに行こうか」ケイジはうれしくてうれしくて、声を出して泣きたいくらいだった。
2005.02.22
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もうすぐ25歳のOL真弓は、証券会社の同じ支店に勤める 営業マンの啓介と付き合って3年になる。最初から、 結婚前提でのつき合いだったが、何となく啓介は引き延ばすふうで、 いつの間にか3年の月日が流れていた。 「別れることになってもいい・・・」 真弓は、最近そう母に漏らしていた。 というのも、啓介は自信満々で支店の営業ナンバーワンを 鼻にかけていて、自分がその気になれば女などすぐに見つかる ようなことを口にするようになっていたからだった。 この前の金曜日も早めに引けた真弓は、会社がある通りとは 筋違いのビルにある洒落たラウンジで啓介を待っていた。 啓介は待ち合わせ時間より1時間遅れてやってきた。 こんなことは、真弓にとっては、いつものことで 手慣れた我慢だった。真弓はいつものように お気に入りのファッション雑誌を繰りながら待っていた。 コツコツ・・・待ち慣れたせいか、いつの間にか数メートル先の扉から 入ってきた足音の感じだけで啓介と分かるようになっていた 真弓だった。真弓は、いつものように雑誌を閉じて、 精一杯の笑顔で 「お疲れ・・・」 と言った。 その言葉に啓介は、いつものように 「まあな・・」 と生返事で答えるはずだった。 が、その日の啓介は違った。顔面蒼白で、今にも泣きそうで 自信の欠片もない様子で、崩れ落ちるようにイスに座って そのまま頭を伏せてしまった。 あまりにも、いつもと違う啓介の様子に動転した真弓は 「どうしたの・・・」 と啓介の背中を揺すった。 何度も何度も揺すって啓介は、やっと顔を上げ、訥々と 話し始めた 「この前、1億ほど株を買ってくれた夫婦の話したろ・・・ あの夫婦・・・首つり自殺した・・・夫婦の買った会社・・・ 昨日、会社更生法で・・・株は、紙くずになった・・・ 俺の勧めた株買ったばっかりに・・・退職金全部紙くずに なっちまった・・・俺は人殺しだ」 真弓は、 「あなたのせいじゃないわ」 と言ったものの言葉がつながらなかった。 その日の啓介は、浴びるように飲んだ。 そして、真弓の手を握って離さなかった。 啓介の手は、ずっと震えていた。 帰りのタクシーの中で、ベロベロになった啓介は 「俺のそばにいてくれ」 と真弓の肩に頭を凭れていた。そして、 「頼む、真弓、俺と結婚してくれ・・・お前だけだ」 なんて泣きながら言うのだった。 そんな一時の気まぐれプロポーズに 「どうせショックから立ち直れば、 元の憎たらしい自信家に戻るんでしょ」 と言いながらも、啓介を愛しく思ってしまう真弓だった。
2005.02.21
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土曜日の街を歩いていて思った。 日本人ってカッコ良くなったなあと。 日本人は、いつから今のようにカッコ良く なったのだろうか。 私の小学生時代を思い出してみると、 なるほど、たぶん、食料事情も良くなっていたのだろうし、 親の躾も行き届いていたのだろう はな垂れ小僧・糞たれ・ションベンたれは少なかった。 ズボンに膝に接ぎ当てをしていた子も少なかった。 私は、このどれにも当てはまった恥かきっ子だった。 よく友達には、貧乏人貧乏人・・・と言われたことを覚えている。 先生にも「親の躾がなっていない」 と、よく言われたものだ。 家でも、いつも父親は言っていた 「うちは貧乏だ・・・貧乏だ・・・金がない・・」 もうほとんど口癖だった。だから、私は 高校3年生まで、自分は貧乏人の倅だと思い、 一度も親に物をねだったことはない。 どうせ買ってもらえないと思っていた。 高校を卒業する年には、大学に行くために 親に内緒で奨学金の申請をしたくらいだ。 しかし、奨学金申請は却下された。 理由は親の収入が多いからだった。 その時、初めて自分の父親が一流企業の まずまずの立場にいる人だと知った。 親が、何のためにこんな育て方をしたのかは 定かではないが、たぶん、自分のことで 精一杯の両親だったのだろうと今は思っている。 こんな環境で育つと、どんな子が育つか。 妹は小学校4年生くらいまで、何度も半殺し になるまで虐められた。そんな妹が虐められないように 身体の弱かった兄は誰よりもケンカが強くなって行った。 勉強だってスポーツだって誰にも負けないよう頑張った。 小学校6年生の時だった。 いろいろあって親とケンカして 「弟と妹は、必ず僕が一人前に育てるから」 と言って新聞配達やスーパーマーケットのアルバイトを始め、 アパートを借りようとしたのは、ちょっと珍しいらしい。 (これは結局、お婆ちゃんに説得されて未遂に終わった。) こんな私だから、オッサンと呼ばれる年代になっても ずっとカッコ良さとは無縁だった。いつもガムシャラに 働いて突き進んできた。たぶん、遊ぶことの下手な人間だと思う。 同年代の仲間からは、いつも、そう言われてきた。 何で頑張っるって問われても、 「できなかったら悔しいから・・」 と答えることが多かった。 たぶん、自分でも答えが分からなかったのだろう。 最近、そんな自分が少し分かってきた。 たぶん、自分はカッコ良くなりたかったんだ! 自分がカッコ悪いって分かってるから、 何とかカッコ良くなりたくて頑張ったんだと。 そんな自分が、幸せだったかと言うと どこか空しかった。何かが違うような気がした。 ふと、思った カッコ悪くてもいいじゃないか! そう思うと、スーッと肩の力が抜けて楽になった。 そう本気で思えるようになってきた。 どうしてかって? それにカッコ良くなるって言うのは、所詮、どこかに お手本があって、そのお手本に近づこうとしているにすぎない。 それよりも、私は私だ。 カッコ悪くてもいいじゃないか! 世界中探しても、 過去を何千年何万年遡っても、 どこにもいない たった一つの自分自身なんだから。 私は私なんだから。
2005.02.20
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丈太郎と美智子が出会ったのは 新地の高級バーだった。たしか、 もうすぐ春という季節柄だった。 丈太郎の勤めていた不動産会社は 当時、大変な利益を出していて 社長と役員は毎晩のように 大阪北新地の高級バーを派手に飲み歩いていた。 社長秘書だった丈太郎もその一人だった。 美智子は、丈太郎たちが常連だった。 高級バーの新人ホステスだったわけだ。 あの日の社長は、とてつもなく陽気だった。 なにしろ、数百億という物件の地上げに 成功した直後だったからだ。酔った社長は 乗りに乗りまくって、とうとう江戸時代の 豪商紀伊国屋文左衛門張りに、バックから 小判ならぬ札束を抜き出して、なんと 天井に向かってばら蒔き始めてのだ・・・ ホレーホレー・・・ キャーキャー・・・と札束に飛びつくホステス たち、いつも間にやら、店に来ていた客の男たちも 札束に飛びつき始める始末だった。 そんな光景を冷めた目で 「なんや、神社の鳩に豆やるみたいやなあ」 と呟きながら見ている丈太郎の目に映ったのは ポツンと一人、札束から目を逸らしてカウンターの そばに立っている美智子の姿だった。 「なんや、おまえも金拾ったらいいのに」 丈太郎が言うと、美智子は表情ひとつ変えずに 「お金は働いてもらうものや・・・」 とポツリと言った。 そのポツリと言った言葉が、水溜りに落ちた一滴から 波紋が広がるように、丈太郎の心の中に染みて行った。 それから1年後、あれよあれよという間に 不景気の大波が押し寄せ会社が倒産。 傷心の丈太郎に、美智子は言った 「なあ、あんたの奥さんにしてくれへん・・」 ノーもイエスも言えない無一文同然の丈太郎と バーを辞めた美智子はいっしょに暮らし始めた。 数年前、大阪に東西線というJR線が開通した。 どこの駅とは、あえて言わないが、駅前に小さな焼き鳥屋 がある。うまい酒と焼き鳥を安く食べさせてくれる店だ。 その店が今の丈太郎と美智子の生活の糧になっている・・・
2005.02.19
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そうそう夜も8時過ぎでした。 久しぶりに仕事を早く終えた私は人通りも まばらな暗いビルの陰を急ぎ足で歩いて おりました。すると、私の前方に 蛇腹のようなジャンパーを着た、 ロシアのゴルバチョフ前大統領に似た 大柄な男が私の行く手を塞いだのでした。 素早く避けようと斜めに歩いた私でしたが、 かすかにその男の肩に触れました。 すると、その男は、ここぞとばかりに ヨーヨー・・・と大声で叫びました。 びっくりして、振り返った私に その男は手を差し出して 「握手しよう・・・」 と言いました。少し変だなとは 思った私ですが握手くらいいいやと思い 手を差し出し握手に応じました。 すると、その男は 「なあ、兄ちゃん飲みに行こう。ここで 知り合ったのも何かの縁や」 と馴れ馴れしく言いました。 女性とならともかく、オッさんなんかに ご縁を感じない私は 「いえ、いそがしいので・・・」 と拒絶しました。すると、その男は 「いいやないか」 凄んできました。 だんだん腹が立ってきた私ですが、堪えて堪えて 忍の一字で 「女房と子供が待ってますから・・・」 と言う常識的な誤魔化し文句で対抗しました。 (本当は、とっくに子も妻も寝てるはずです・・) 「なんやと・・・」 「だから、いそがしいと・・」 感情的なジャブの繰り返しの後、その男は 急に話のテンポを変えました。まるで 占い師のような話口調で 「うんうん・・・どれどれ・・・運勢を見てやろう・・・ 10円の番号を見てやろう」 待てよ・・・10円に番号なんか書いてあったかなあ・・ そう考えた様子の私に、その男は 「100円や・・・番号見てやるから」 「ええ・・・100円」 100円に番号書いてあったかなあ・・・ またまた悩んで小銭入れをのぞき込む私に 「1000円や」 「えー1000円・・・」 1000円はたしかに番号書いてあるけど・・・ 「1万円や・・・はよう・・・出さんかい」 「いや、給料前やからあらへんよ・・」 「うそつけ、ここに入っとるやろ・・・ ワシが見たるから、その財布ごと渡せ」 ここまで来て私も堪忍袋の緒が切れました。 この野郎、この私が空手3段と知っての狼藉か・・ 天まで届けとばかりに 「あのなー」 と凄み返したのです。 すると、その男は、急に顔色を変えて 「じゃがしい・・・ゆすりなんか・・・してないわい」 と、しどろもどろになりながら、背向けて逃げ出したのです。 「気をつけて帰れよ」 と捨てセリフを残して。 だんだん小さくなって夜の闇に消えて行く蛇腹のジャンパーを 見送りながらフーッとため息をついた私は、家路への 一歩を踏み直しました。その瞬間、やっと私は 私のすぐ後ろにパトロール中の警官2人が立っていたのに 気づいたのでした。
2005.02.18
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M商事の総務部に所属する真面目サラリーマンの純平は、 顔面神経痛になってしまった。 右目の瞼の上当たりがヒクヒクと勝手に動くのである。 事の発端は、純平の勤めるM商事とそのホームページ作成を 引き受けたSコンピューターが仲違いを始めたことだった。 M社側は、依頼したホームページとイメージが違うと 言って作成料の残金を支払わない、一方S社側は、注文通りに 作成したのに、どうして払ってくれないんだと怒っていた。 この話を聞いて、純平はM社の社員なんだから、何も悩む 必要はないと誰もが思うだろう。 しかし、純平には そうもできないわけがあった。S社のプログラマーの中には 来月式をあげる婚約者の香澄がいるからだ。それに香澄との つき合いの中で知り合った知人が数人S社にいるからだ。 たぶん、香澄との結婚式には、そのうちの何人かが出席するのだろう。 もとを辿れば、二人の仲人をしている純平の上司が、純平に 「そろそろカッコいいホームページを更新しないと。 どこか優秀な会社を知らないか」 と持ちかけた。 「それなら・・・」 と言うことで、純平は香澄の勤めるS社を勧めたからだ。 そんな経緯を知っている上司が 「ビジネスはビジネスと割り切れ」 と言うけれど純平はどうしても割り切れない。 「どうして、どっちも歩み寄ろうとしないんだ」 そうこうするうちに、S社がM社を裁判所に訴えた。 とうとう裁判になったのだ。 総務の純平は、上司から顧問弁護士の事務所に行き事情を話して くるように指示された。とても気の重い仕事である。裁判の関係書類 の中には、結婚式の招待名簿に載っていた名前が見えるではないか。 こんな打ち合わせをした後に、なんと香澄といっしょに式の打ち合わせ の為に結婚式場へ行く予定が入っているのだから溜まらない。 弁護士との話し合いを終えた純平だが、どうも右目上のヒクヒクが 気になってしかたない。その時、純平はひらめいた 「そうだ・・・カルシウムが神経過敏に効くって聞いたことある。 香澄に会う前に治ればいいけど・・・」 純平は、薬局でカルシウムの入ったドリンクを3本ガブ飲みした。 それでもヒクヒクが治らない純平は、待ち合わせの式場のロビーに 早く着くとトイレに駆け込み鏡の前で自分の顔をジーッと見つめた。 やはり、ヒクヒク動いている。それどころか、 「ああ・・・左眼もだ」 なんと左目の瞼の上までヒクヒク動き出したから、もう絶望だ。 そんなこんなで泣きだしそうになっていた純平に、 遅れてやって来た香澄は、なんだそんなこと悩んでるのって顔して 「二つも重い荷物を持てば重くて疲れるのは当たり前よ。 今は、そっち(会社)は置いて、こっち(私)だけにしてよね」 と言って、純平の手を取りニッコリ微笑んだ。
2005.02.17
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人気タレントのM子には陽気なキャラクターからは 考えられないほど辛く悲しい下積み時代があった。 目標としていた女優の仕事など回ってきたのは、 ほんの数年前だった。 それまでは、テレビの仕事と言っても お笑い番組のアシスタントくらいで ニッコリ笑って通り過ぎるだけだった。 「とにかく売れるには、話術を磨かなくては・・」 と、M子は暇な時には落語や漫才を見に出かけたものだ。 そんな地道な努力が報われたのは、神様のいたずらのような 偶然だった・・ M子に初めてレギュラーの仕事が回ってきた。 全国各地に飛んで名物人間を取材する テレビ番組のレポーターだ。 初めての収録の日、地方の公会堂で その名物おじさんが来るのをM子はスタッフ 一同といっしょに待っていた。 しかし、そのおじさんは現れずに、 見物人だけがワンサカワンサカ・・ やってきた。滅多にテレビ局など来ない 土地柄だから噂が噂を呼んだのだろう。 スタッフたちが、イライラを募らせても 時間ばかり過ぎて行くだけだった。 本番直前になって、その名物おじさんが 急病で入院したと連絡が来た。 番組収録が中止になったと言っても、 集まった見物人たちは納得しないだろう。 「困ったよ・・困ったよ・・」 ディレクターは頭を抱えた。あげくのはてに 「Mちゃん、何でもいいから 30分ほど話して間をつないで・・・」 と言い出したのだ。 M子はビックリした。 今まで、大勢の観客の前で、 まともに話した経験など一度もないからだ・・・。 見物人は少なく見積もっても1000人はいる。 さて、どうしよう・・・ 押し出されるようにして、人前に出されたM子は 急に涙が出て泣けてきた。こんなに多くの人の前に 立てるチャンスに恵まれた嬉しさと、極度の緊張 が原因だったのかもしれない。 ステージの上で、ひとり泣いているM子に ヤジが飛ぶ・・・オーイ、そこのねえちゃん・・ それでも、M子は、何を話したら良いか分からない。 ただただ涙が止まらない・・・ どうしよう・・・どうしよう・・・ その時、M子にいつか落語で聞いた前フリが頭に過ぎった。 名も忘れてしまったはずの師匠が、M子の中に入り込んだ 「まあ、皆さん。ごきげんいかがでしょうか。 私、本日、初めて仕事を頂きました。 せいぜい10人も集まればと気楽に構えておりましたが、 まあ、5万人もの大観衆に囲まれてしまいまして 喜びの余り、泣けて泣けて涙が止まらんように なりました。そんなわけで、お話できませんので 今日のところは、お帰りください・・・」 と、ここまで話したところで、1000人の 見物人たちが大笑い・・・ テレビのアシスタントをやってるような可愛い女の子が 落語家ばりに話だしたのだからたまらない。 その後も、次から次へと、楽しい話題を振りまき 見物人たちを笑いの渦に巻き込んで行った。 そんなM子が、ドラマの主演女優を射止めたのは それから3年たらず後である。
2005.02.16
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久しぶりに省吾ちゃんから電話をもらった。 何でも省吾ちゃんは、サラリーマンを辞めて 商売を始めるということだ。私と省吾ちゃんとは 同い年で、かつて、大阪駅前のビル地下の ボイラー室でいっしょに宿直した仲だ。 省吾ちゃんは、とても若い女の子が好きだ。 だから、いまだに独身なのだ。こんな省吾 ちゃんの気持ち理解できますかな? 省吾ちゃんのことを理解するのに ぴったりのエピソードがある。 ボイラーの仕事をやっていた頃、 少し見栄はりだった私は、有り金はたいて Eクラブ。バニーガールが、お酒を持って 来てくれる。ちょっとリッチなクラブ。 ただし、バニーちゃんに手をふれることは 禁止ですよ。そんなクラブの会員になっていた。 まあ、若かったから、ちょっと気どってみたかったのだ。 そのEクラブに、省吾ちゃんを連れて行くと 省吾ちゃんは、バニーちゃんたちのの虜に なってしまった。省吾ちゃんは仕事中でも 私の顔を見る度に、 「今度、いつ、バニーちゃんの所行けるかなあ」 と上機嫌で尋ねるのだった。そんな省吾ちゃんの 熱意に押されて、私と省吾ちゃんは月に2回から3回、 バニーちゃんの所へ行ったものだ。 その後、私はボイラーの仕事から身を引いて 予備校に勤めるようになり、省吾ちゃんと 職場も違うようになった関係で、私の方は すっかりバニーちゃんとはご無沙汰になっていた。 話によると、省吾ちゃんは、その後もバニーちゃんに 会いに行っていたようで、いままで付き合った 3人の女の子もバニーちゃん出身ばかりらしい。 さて、そんな省吾ちゃんが脱サラして始めた商売だが、 意気揚々と駅前を闊歩する省吾ちゃんについて行くと 何やらキンキラキンの看板が見えてきた。その看板には F1レースが開かれる鈴鹿サーキットで見かける レースクイーンが描かれてあった。なんと、省吾ちゃんの 始めた店は、女の子がレースクイーンのようなユニホーム を着て、お酒を持ってくる店だった。レースクイーンクラブ、 略して、Rクラブ。いかにも、省吾ちゃんらしい 発想のクラブなのだ。
2005.02.15
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人気歌手のMさんは、小学6年の時、すでに年賀状を300枚出していた。友達だけでなく、オーディションで出会った人や、お世話になった人、できるだけ多くの人の住所を聞いた。あからさまに、自分を売り込むと言うのはかえって嫌われる。何げなく自分を売り込めるのが一番良い。その点、「年賀状を出しますから…」と言うのなら、自然な感じで住所を聞くことができる。もっぱら、彼女自身は、「出会いを大切にしなさい」というお婆ちゃんの口癖のとおりやっていただけだった。決して売り込む気なのなかった。今はまさにEメール全盛時代。誰もが年賀状や暑中見舞いを出す時代は終わった。そんな時代だからこそ、秘かに威力を発揮するのだ。そうそう、バースデイカードなんて最高だ。
2005.02.14
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過疎の農家で働く感心な若者の孝造に、 嫁が来ることになった。 でも、その嫁だが、ちょっと変わってる。 と言うのも、孝造の嫁になる人は、 海のむこうの中国から来るからだ。 彼女は李鳳華さんと言って、 孝造が農業技術指導に中国に行っていた時に 知り合ったそうだ。彼女は、北京の大学で 日本語の勉強をしていたそうで、現地では 通訳をやっていた。 さて、結婚には、大賛成の孝造の家族たちだが・・・ 「今、駅に着いたから・・・」 と孝造から電話があって、もう10分もすれば 孝造といっしょに鳳華さんが初めて家にやってくる となって大慌て。 まず、お父さんは、中国語の辞書を片手に 中国語会話の練習を始めていた。 「ニーハオ・・・」 と、難しい顔して発音練習をしている。 それを見た一人だけ落ち着いている孝造の妹で 高校生の紀美が、 「何やってるの?お父さん」 「いや、中国語の勉強だ・・・ 中国語って大阪弁に似てるって本当か?」 「はあ?お父さん、彼女は日本語の通訳らしいよ。 ぺらぺらNHKのアナウンサーのように話すらしいよ」 「そうか、それじゃあ、俺より上手だ」 と、お父さんは一安心だ。 次は、お母さん。 台所で、あれこれ悩んでいる。 「何を食べるかなあ・・・ 中華料理は、麻婆豆腐しか知らないわ。 あ、そうそう・・・ラーメンも中華料理ね・・・」 見かねた紀美が 「焼きめしもチャーハンって言ってね。 もともと、中華料理だよ・・ 無理しないで、お母さん得意の味ご飯で いいと思うよ・・・」 「そうねえ・・・」 と、お母さんも一安心だ。 さあて、最後はお婆ちゃん。 何やら風呂場でガタガタやっている。 紀美が心配そうに、のぞくと お婆ちゃん、イスに登って 風呂場の窓を拭いている。 「何やってんの、お婆ちゃん・・・落ちないでね」 「ああ・・紀美ちゃんかい? 孝造のお嫁さんが来るって何かできることって 考えてね。せめて、お風呂場を掃除しておこうと 思ってね・・・」 「なるほどねえ・・」 紀美が感心していると、玄関の方から 「ただいま・・・」 と孝造の元気な声がした・・・ とうとう嫁が来た。
2005.02.13
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「ああ・・・悲しい」 学生時代はスマートで可愛いと言われた夏美は OLになってからストレスがたまったのだろうか。 異常な食欲で、ミルミルうちに10キロも太ってしまった。 高校時代から3年付き合った彼も 「お前、契約違反だぞ」 と、そんな契約なんかしてないのに、 太ったことを理由に去って行った。 ショックショック大ショックの夏美は 友達とやけ酒を飲んで、帰る途中にコンビニで 買ったカラムッチョを 「エステに行っても、雑誌の使用前と使用後みたいに うまく行くわけないし、それより、この食欲なんとか ならないかなあ・・・」 なんて言いながら雑誌をペラペラ見ている内に1袋全部食べてしまった。 空の袋を見て、自暴自棄になった夏美は 見るのもイヤになったヘルスメーターを押入に押し込んだ。 そんな夏美が目覚めた朝はバレンタインデーだった。 本命のいない夏美は、義理チョコを同じ課の男子社員に 「義理よ・・・義理よ・・・」 と言いながらバラまいた。 こんなブタ女なんか誰も相手にしてくれない! これでは義理チョコではなくて、ヤケチョコだった。 しかし、世の中捨てたものではない。 そんな夏美にも言い寄ってくる男もいた。 同じ会社の早見という1年先輩のシステムエンジニアだ。 「すぐに結婚前提とは言わないけど、できたら真面目に 付き合ってくれないか・・」 と言って来た。モジモジしながら夏美は言った 「ええ・・・私なんかのどこがいいんですか?」 早見もモジモジしながら 「言ってもいいのかなあ・・」 「ええ」 「怒らないでくれよ」 「ええ」 「その、ポッチャリ感がたまらないんだ」 「・・・」 思わず絶句した夏美だった。
2005.02.12
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「所詮、会社も商品。果物屋さんのリンゴやミカンと同じ。 同業の連中は、そう言うかもしれないが・・・ 私にとっては、会社は子供のようなものです・・・」 経済誌の記者の質問に対し、雄弁に答える白髪の老人は リース会社の社長をやりながら、そこで調達した資金を 将来伸びそうな会社に投資したり技術力のある会社を 支援したりもしている。 でも、彼は、その会社をただ持ち続けはしない。 準備さえ整えられれば、1日も早く証券取引所に 上場させようと奮闘する。 そして、首尾良く上場した会社の株は、果物屋さんの リンゴやミカンのように高値売られていく。 彼の手元には莫大な利ざやを得たお金が残る。 おいしくなくなれば、値段が下がって行くのは会社も 同じだからだ。会社は子供のようなものと口癖のように 語っている彼だが、影では彼のビジネスの煽りを食って 大きな損害を受けた人々から恨まれてもいた・・・ そんな彼だから、身辺には神経を使っていた。 「社長、今回は不思議なことに二人とも同姓同名ですね」 二人の女の資料を持ってきたのは大手調査会社の 佐伯昭子と言う初老の女だ。昭子とは古いつき合いだ。 元々、彼の事を調べに来たのだが、何度も来る内に、 彼と親しくなり、彼のことを調べている人のことを 逆に調べて報告に来るようになった。 その方が昭子にとっても実入りが良いのだ。 「社長は見かけに寄らず、ロマンチストで いらっしゃいますので、今回は、とりあえず お名前だけ・・・ご存じですか?」 と言う昭子の言葉に見かけに寄らずはないぞと前置して 「記憶にあると言えばあるが・・・昔のことだから・・ いや、しかし、同姓同名ってあるもんだな・・・・」 と彼は言葉を濁した・・・ 昭子が言うには、どちらの女も旧姓は田中祐子と言う名前だった。 彼の知っている田中祐子は彼の青春そのものだった。 彼女との恋が実っていたら、おそらく 彼は事業家などにはならなかったろう。 おそらく、公務員にでもなって 平凡な人生を送っていただろう。 彼女と結ばれなかった無念さが、彼を厳しいビジネス という戦いの勝者にしたのかもしれない。 そんな彼の人生を決定づけた女の、その後の人生が 手を伸ばせば届くところにあるのだ。 「どうされます?」 そんな昭子の言葉で、彼は現実の世界に舞い戻った。 「ごらんになられます? 一人は金持ちの幸せを絵に描いたような奥様です。 もう一人は何度も警察に捕まった詐欺の常習犯です。」 「そんなに違うのか。同じ名前で」 「姓名判断なんか信じられないって思ってしまいましたよ。 ごらんになられます?」 「君ならどうする?」 と眉間に皺を寄せて尋ねる彼に、昭子は少し笑みを浮かべて 「見ませんね。大切な想い出なんでしょう・・・」 目を閉じて少し考えた彼は、 「そうだね。そうしよう」 と言って大切な想い出の扉をそっと閉じた。
2005.02.11
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徹弥は毎朝5時に起きて、新聞配達を している中学1年生だ。 3年前、小学校5年生の時、 お父さんが失業して、家計が苦しくなってから ずっと続けている。 今では、お父さんも新しい仕事を見つけて ガンバってるから、稼ぎは全部徹弥の お小遣いになっている。 そんな徹弥がある冬の夕方の6時頃、 親友の健司と学校から帰る道での事だった。 もうあたりは、真っ暗で寒い北風も吹いてきたから 二人とも急いでいた。 その時、健司が立ち止まった 「おい」 「どうしたんや、健ちゃん」 「なんか、見えるんや」 「ええ」 健司は、霊感のようなものがあるヤツで 誰も見えないものが見えるとか、予言のような ことを言うヤツだった。その予言がけっこう当たるから、 いつのまにか徹弥は信じるようになっていた。 「健ちゃん、何が見えるんや?」 「電柱の影に・・・」 「電柱の影に?」 「徹弥のお婆ちゃんが見えるんや」 健司のその言葉に、徹弥は身が凍り付くような心地がした。 徹弥は3年前に、お婆ちゃんを亡くしていた。 生まれた頃から、ずっといっしょに住んでいた。 優しいお婆ちゃんだった。 でも、お父さんが失業してから、お父さんも お母さんも、徹弥も二歳年上のお兄さんも イライラして、お婆ちゃんに当たるようになった。 とても元気だったお婆ちゃんも、いつの間にか 元気がなくなり、病院に入院したかと思ったら 1ヶ月もしないうちに亡くなったのだった。 「優しいお婆ちゃんやったんや・・・お父さんも お母さんも、兄貴も後悔してるよ・・・」 徹弥が泣きながら言うと、健司は笑いながら 「そんなこと、お婆ちゃんは分かってるよ」 「じゃあ、なんやろ」 「おまえ、新聞配達してるやろ?明日の朝、休めよ」 「何でや?・・・」 「いや、そんな気がするだけや」 ・・・ 徹弥はよく分からなかったが、健司の霊感は 良く当たるから、きっと何か起こるのだろうと 思い適当な理由を言って翌朝、新聞配達を休んだ。 その朝、たしか8時頃だった。 いつものように健司といっしょに学校に行こうと 「行って来ます」 と言って家を出ようとした徹弥の後ろで電話の音がした。 そのまま、健司と冗談言いながら歩き始めた徹弥を お母さんが呼び止めた。血相変えたお母さんが言うには その朝、徹弥の代わりに配達をした店長さんが 交通事故にあったとのことだった
2005.02.10
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今では80歳過ぎの徳三は、名前のとおり 10人兄弟の3番目に生まれた。 その徳三が、たしか6つか7つの時だった。 米屋を営んでいた名古屋の熱田という所にある 徳三の実家に強盗が入ったことがあった。 忘れもしない、その夜は、冷たい冬の北風が ひゅーひゅー吹き荒れた日で、徳三たちの父が 大阪の米相場に出かけていて留守だった。 徳三たち兄弟と母や婆は、二階に寝ていた。 一階では、住み込みで働いていた番頭に手代、 そして女中たちが10人ほど寝ていた。 夜中の2時頃、一階でドンドンという音とともに、 女中たちの悲鳴だろうキャーキャーという 絶叫が聞こえて徳三たちは目を覚ました。 びっくりして階段のところまで見に行った婆が、 「ヒエー・・・」 と、腰を抜かし座り込んだ。 そのすぐ後ろには三人か四人の強盗たちが、 走り上がって来て、その中の首領らしき男が 婆を蹴散らし母に向かって叫んだ 「米蔵の鍵はどこだ・・・」 母は、一〇歳の長女、八歳の次女、 長男の徳三、四歳の次男、三歳の三男、 そして、生まれたばかりの三女を 必死でかばいながら、引き出しの中から 取り出し米蔵の鍵を渡した。 「よーし、素直で結構だ・・・ しかしじゃ、あとで話されると困るんじゃ・・・ 悪いが、みんな死んでもらうぞ」 と、男たちは鬼のような顔で 母や徳三たち兄弟に襲いかかろうとした。 が、その時、強盗たちは急に何かに 恐れたように、後ずさりした。 ・・・なんだ・・・なんだよ お前は・・・お前は・・・ 死んだはずじゃろ・・・ ・・・ま、まさか・・・ ・・おお、おっかね・・ と、口々に叫び逃げまどう強盗たちは 一人、また一人と階段をドタンドタンと 転がり落ちてしまった。強盗たちは命こそ 助かったらしいが、全員、全身打撲骨折の 重傷で倒れていたところを、番頭の 通報で駆けつけた警察に連行された。 刑事が不思議に思ったのが 大の男たちが、どうして女子供に 階段から突き落とされたかだった。 婆に聞いても、母に聞いても 「分からない」 と首を振るばかりだった。 ただ、長女に次女に長男の徳三は口を揃えて、 「見えなかったけど、お父さんがいたような気がした」 と意味不明のことを言うのだった。 実は、その日の昼には港に徳三たちの 父の他殺体があがっていたのだった。 お察しのとおり、徳三たちの父を殺めて 港に沈めたのは強盗と同じ一味だった。 時代は世界大恐慌のあった頃だから 1929年頃だろう。不況の嵐が 世界中に吹き荒れ、大きな会社が 次々に倒産し街には失業者が溢れた。 そんな日本がコロコロと坂道を転がり 始めた頃だった。そんな時節は 信じられないくらいの理不尽で悲惨な 事件が連続するものだ。 「皆殺しになっても不思議じゃなかった。 どうして、自分たちが助かったのか・・・ 今もって信じられない」 と徳三は回想するのだった。
2005.02.09
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京都に住む高校2年生の小百合には夢がある。 ボーイフレンドの敬一とバレンタインデーに 東京ディズニーランドに行くことだ。 ちょうど学校は創立記念日で休みだし、 敬一も暇なようで行きたいと言っている。 でも、肝心の先立つものがない。 せめて、新幹線の切符だけでもあればなあ・・ 入場パスポートはお小遣いで何とかなりそうなのである。 そう思いながら、小百合は数日後に迫った バレンタインデーのことを考えながら眠った・・・ すると、夢の中に小さな羽のある女の子が出てきた。 「私はチョコレートの精です・・・ 夢があるなら叶えましょうか?」 「そんな妖精いたの」 驚く小百合にチョコレートの精は 「はい、この20年ほどの間に誕生しました・・・ バレンタインデーが近づくと、日本中の女の子が いろんな思いを募らせるのです。その思いが 私を誕生させたのです・・・でも、まだまだ メジャーではなくてマイナーな存在ですから 予算の都合もありますので、 あんまり大きな夢は難しいですが・・・」 とちょっと自信なさそうに答えた。 「じゃあ、と言ったら何やけど・・・ 今度のバレンタインデーにディズニーランド行きたいのよね。 何とかならない?」 すると妖精は電卓を叩きながら、東京ですよ、と念を押し、 近頃の高校生は贅沢なんだから・・とか言いながら 「そうですね。期間限定でなら・・・ 明日・・・必ず明日ですよ。 丸高デパートの地下食料品売場でバレンタインデーの チョコレートを買って下さい・・・では・・」 チョコレートの精は、それだけ言って消えた・・・ 翌朝は建国記念日の振替休日だった。 どうせ夢だろうと信じていない小百合だが、 ものは試しと丸高デパートに出かけた。 地下食料品売場にはバレンタインデーの特設売場があった。 小百合は、敬一にあげるチョコレートを買った。 すると、売場の店員が番号の印字された赤い紙を手渡し 「素敵な商品が当たるかもしれませんよ。 あそこの抽選会場に持って行って下さい」 小百合は言われるままに赤い紙を抽選会場に持って行った。 すると、 「おめでとうございます・・・3等賞です。 3等賞はディズニーランドペアーご招待です」 「ほんとに・・・」 と驚く小百合に招待券を渡す女の人を見て小百合は また驚いた。なんと、その女の人は、昨夜の夢の中に出てきた チョコレートの精そっくりだったのだ。
2005.02.08
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「世界中、かけずり回ってでもして淳の病気を治してやりたい…」裕子は、口癖のように一人息子の淳のことを心配していた。淳は、小学校3年生。2歳の時に自閉症と診断された。ある日曜日、裕子は同じような症状の子供を持つ友達に誘われて精神科医の講演会に行った。「自閉症は病気ではない…個性です…皆さんはご存知ないでしょうが…私の診ている患者の中に有名な芸術家がいます。ひた隠しにされていますが彼も自閉症です」この話に勇気づけられた裕子は、淳の症状を質問してみた。「私の10才の息子は、コタツを怖がるんです。足がなくなると言うんです。寝ることも怖がるし…」「こう考えたらいかがですか。彼は、私たちが生活している3次元の世界を超えた別次元の世界を見ている…」「私の息子にも才能があるのでしょうか?」「才能のない人間なんていません」…次の日、裕子はいつものように淳といっしょに小学校に向かった。淳は学校側の配慮で、可能な限り同年齢の子たちといっしょにいる。裕子は、顔見知りの子たちに淳のことをどう思うか聞いてみた。「淳君は、病気やないよマラソンだって完走したし…」「話はできないけど…絵を描かせたら、すごく上手いよ」「イライラしてても淳君といっしょなら心がやさしくなれるよ」「先生言ってたよ、淳君がいるから、このクラスにはイジメがないんだって」…裕子は夫とレインマンという映画を見た。講演の時に精神科医が勧めてくれた映画だ。ダスティン・ホフマン演じる男は、長年、精神病院に入れられていたが、並はずれた記憶力の持ち主でカジノで大儲け、借金に苦しむ弟を助けた…翌日、裕子は精神科医に電話した。「先生、夫と二人でレインマン見ました。二人とも、涙が止まりませんでした。淳にも、きっと凄い才能が隠れているんですね。分かりました。先生が自閉症は病気じゃないという意味が。絶対に、探します。淳の才能を…」
2005.02.07
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結婚して8年になる和子の夫の忠雄は、 ハムやソーセージを作っている会社の社長を している。手作りハムの会社だから、決して 大きな会社ではないが、コツコツとお客を 増やしてきた。 市のミニコミ誌の記者をやっていた 和子が10年前、初めて忠雄に会ったときも、 忠雄はハムを作っていた。忠雄は高校を卒業して すぐにハムづくりを始めたばかりの頃だった。 手作りハムを作っている18歳の青年がいると 聞いて取材に来た和子に 「このハムみたいな女の子いますよね」 たぶん、当時はやっていたボディコンのことを 言いたいのだろう。ボンレスハムを手にして 笑う忠雄の無邪気な笑顔に和子はひかれた。 材料の仕入れから、製造、そして、販売までを すべて一人でやっていた忠雄は童顔で、和子の 3歳年下だったが仕事に対する姿勢は、 尊敬すべきものだった。 「オンリーワンでなきゃあかんのや」 どこにもない美味しさを求めて忠雄は 自らの大好物でもあるハムソーセージの製造に 賭けていたのだった・・・ 昨日の夜、ニコニコ顔で新製品の手作りハムを 持って帰ってきた忠雄は、和子に 「試食しろ」 と言った。 「お腹一杯なのよ・・・」 と言いながら、食べ始めた和子に忠雄は 「どうや、うまいやろ・・・そのハムの 名前はオンリーワンって言うんや」 と満足げに話す忠雄を愛しく思いながら和子は 「オンリーワンは、ハムやなくて あんたやわ・・・」 と言って微笑んだ。
2005.02.06
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いつものように夫と一人娘で短大生のマミが出て行った朝、 秋江は、テーブルの上にある置いてある朝刊に目を留めた。 「・・・坂本勇作」 毎日話題の社長を取り上げる特集記事だが、 たまたま、その日の社長には見覚えがあった・・・ 勇作は秋江が今の夫と結婚する前に付き合っていた 男である。あんまり後味の良くない別れ方をした男だから ずっと心の奥にとどまっていた男でもある。 秋江は後から現れた今の夫をとって、勇作を捨てたのだ。 「秋江さんと結婚できないなら、俺死にます」 そう言って涙をポロポロ流して秋江の前にたたずむ勇作の姿が 今も秋江の目に浮かぶ。 当時、勇作は倒産寸前の小さな証券会社の社員であり、 今の夫は大企業のエリートサラリーマンだった。 ミスコンで優勝したこともあった若かりし頃の秋江には 言い寄ってくる男は、10指に余るほどあった。 勇作は真面目な働き者で、秋江の為なら死んでも良い と言うくらい一生懸命愛してくれたが、将来性の 点で今の夫に比べて劣って見えたわけだ・・・ 新聞記事を読むと、どうやら勇作は、あの倒産寸前の 会社で頑張り続けて、今は社長になっているようだ。 会社の規模からしても、急成長した勇作の会社は夫の 勤める会社のずっと上のレベルの会社になっていた。 「どうやら、私は見る目がなかったようね。 うちの亭主は、どうやら課長どまりのようだし」 秋江は、そう言いながら立ち上がり洗濯を始めた。 洗濯機に汚れ物を放り込む前に、秋江は汚れ物の ポケットをチェックするようにしていた。 意外な宝物が出てくるのがポケットなのである。 何年か前、夫の浮気の相手がいるスナックの名前入りの ライターを見つけたこともあった。 この前は、娘のマミの上着のポケットから携帯電話が出てきた。 今日も、宝物が出てきた。 「・・・坂本勇作・・・どうして、この人の名刺が マミのポケットから出てくるの」 ・・・ 驚いた秋江は、マミと勇作の関係を探偵社に調べさせた。 結果は、1日で分かった。 マミと勇作は、1年以上も前から付き合っていたのだ。
2005.02.05
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幸せになるコツがあればいいですね。 頑張ったから幸せになった人はもちろんいます。 でも、みんなが頑張ったら幸せになれものではありません。 幸せのコツは、その人によって違うものです。 何が幸せかも、人によって様々です。 オーダーメイドなのです。だから、自分が幸せになるコツは 誰も教えてはくれません。 自分用に誂えなくてはならないのです。 で、何をしたら幸せのコツが見つかるかと言えば、 本なんか読むと、 「人に会うことですね」 「いろんな経験をすることですね」 って書いてありました。 もちろん、私、全部試しました。 いろいろやっても上手く行かないので、 もういいやと思って、開き直って ちょっとボーっとして、頑張る気持ちが出てきたから また頑張りました。 私の人生は、その繰り返しです。 そんなヤツどこにでもいるぞ。 ほっといてくれ。 で、そんなありふれた私は 今、二番目の子供の夜泣きで慢性睡眠不足に 悩まされています。やっと最初の子供の 夜泣きが無くなったと思ったら、またも夜泣きです。 何かが起こるならば、必ず原因があるはず。 どうして、赤ちゃんは夜泣きをするのでしょうか? オッパイが飲みたいから? オムツが汚れたから? フムフム・・・ 眠れない夜、私は我が子をあやしながら物思いました。 赤ちゃんは神様の使者なのではないか。 純粋無垢とは天使そのものなのだ。 赤ちゃん・・・赤ちゃん・・と言えば、出産・・・ 出産はめでたいもの。なのに、 赤ちゃんはオギャーオギャーと泣きながら産まれて来る。 おかしいやないか。めでたいなら笑って産まれて来いよ。 誰が赤ちゃんは泣いて産まれて来るって決めたんや。 ミルクを作ってきた奥様が 「何、ブツブツ言ってるの」 と言いながら、我が子を私の手から奪うようにして持って行く。 そうか! 人は最高の喜びを「うれし涙」をもって表現する。 そうか!! 人生逆さまが、幸せのコツだと 赤ちゃんは教えてくれているのではないか。 そうだ。 嬉しいときは、うれし涙を思いっきり流して泣きなさい。 苦しいとき悲しいときは、明日の幸せを思い描いて笑いなさい。 そして、やることやってニッコリ笑って死になさい。 そうか・・そうだったんだ・・・ うーっむ、眠い・・・待てよ・・ どうして、眠いんだろうか? ううむ・・・つまりだなあ・・・ ああ・・・また寝られなくなってきた・・・ 隣の部屋で奥さんと二人の我が子がスースー寝入っている。
2005.02.04
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駅の地下街から続く長距離バスのターミナルがあった。 そこは各地に向かう深夜バスを待つ人々が、それぞれの思いを さまよい巡らす溜まり場でもあった。恭子も、そんな一人だ。 「女だてらに会社なんか始めたから、こんなことになるんだわ。 かわいいOLにおさまってりゃ、今頃は温かい男の腕の中かも しれないわ・・・」 そう思いながら、恭子は、子供の頃から得意の暗算をしていた。 5歳の時からそろばん塾に通っていた恭子は、暗算で 日本一になったこともある。 恭子の頭の中に二つの答えがパッと浮かんだ。 もう一ヶ月に賭けるか・・・ それとも、 今すぐ会社を畳んで、社員たちに給与と退職金を払うか・・・ 短大を出て貿易会社に勤めた恭子は、入社して2年後に会社を 辞めた。ただのOLで終わりたくなかったからだ。 2年間のOL生活までに貯めた貯金で有限会社を始めた。 海外からアクセサリーや小物を輸入販売する会社だ。 幸い、良い社員にも恵まれ、売り上げもグングン伸ばしていた。 しかし、売れるはずの商品が売れず、いつの間にか大量の在庫に なっていた。経理上は黒字、しかし、運転資金は底をついていた。 典型的な黒字倒産のパターンだ。 暗算日本一にまでなった私が、こんな簡単な計算ができないなんて。 自分を信じてついてきてくれた社員たちに何て話せば良いんだろう。 女だてらに・・・の声があっちこっちから亡霊のように耳に木霊する。 いっそ、最終電車に飛び込んで・・・ そんなことが頭を過ぎった瞬間、携帯がなった。 <社長、ステーションホテルの部屋が取れました。ゆっくり休んで ください・・・では、おつかれさまでした・・・> 時計を見ると、もうすぐ12時だ。こんな時間まで、 あっちこっち問い合わせてホテルの空室を探してくれたんだ・・ そうだわ・・・ 彼らがいれば、会社なんか潰れても、いつだってやり直せるのよ・・ 私には、残業手当も出ないのに頑張ってる仲間がいる。 彼らは計算なんかしてない・・・ 私も計算をやめよう・・ そう思いながら恭子がターミナルを後ろに、ステーションホテルに 向かい歩き出すと、最終電車がガタンゴトン・・・通り過ぎて行った・・
2005.02.03
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真喜の婚約者になった桜田と言う男は、25歳で 税務署長になった、いわゆるキャリア官僚だ。 知人の紹介で、初めて会ったのが1ヶ月前で、 会ったその日の夜の電話から 「結婚を前提に・・・」 と桜田は積極的に申し込んできた。 真喜の両親は、願ってもない良縁とはしゃいでいた。 小さな印刷会社の事務員をしている真喜にしても、 これ以上の話はないということは分かっていた。 真喜は桜田と3回ほど会って婚約を決めた。 その頃の真喜には、時々、通っているアパートがあった。 そこに住んでいるのは、フリーターの田村浩介だ。 真喜と浩介との仲は、3年前、友達の紹介で 知り合ってから続いていた。浩介は、やりたいことが 見つからないという理由で、中学を出てから30まで 定職につかず過ごしてきた。暇な時は、ただパチンコをしていた。 こんな浩介にも、浮かび上がるチャンスはあった。 浩介は17歳の時からバンドを組んでいた。そのバンドは もう少しでメジャーデビューと言うところで、 メンバーの一人がヘロイン所持で現行犯逮捕されオジャンとなった。 「俺には、才能がある・・・」 それが浩介の口癖だった。 桜田との縁談がまとまって、真喜は浩介に別れを告げた。 浩介は「あいよ」と一言、あっさり承諾した。 涙が止まらないのは、これから幸せになるはずの真喜の方だった。 「泣くなよ。これ返さなくてもいいから。 偉大な俺様と知り合った記念だ」 そう大真面目に言うと、浩介は、ついさっき真喜が返したはずの 合い鍵を手に押しつけてきた。 浩介は最後の最後まで、憎たらしいほど自信たっぷりな男だった。 そして、3年の月日が流れた。 浩介からもらった合い鍵は、使わなくなった古いハンドバック の中にあった。いつしか、真喜は、その合い鍵のことをすっかり 忘れてしまっていた。 それと言うのも、夫となった桜田は、真喜をこよなく愛してくれ 真喜は2歳と3ヶ月になる一男一女の母になり、 誰がどう見ても、真喜は幸せな奥様になっていたからだ。 そんな真喜が、あの合い鍵のことを思い出したのは ふと目を止めた年末テレビで放送された歌謡祭だった。 ミリオンセラー歌手が歌う舞台横で、相変わらず自信たっぷりに その歌手を見つめていたのは一躍売れっ子作曲家となった浩介だった。
2005.02.02
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どんな仕事でも同じですが、10人と会えば、一人や二人は馬の合わない人はいます。まして、そこにお金が絡むと、人は変わります。こじれてしまって、最悪の場合、切れてしまって怒鳴り散らす人も出てくるでしょう。私は苦情処理の仕事をやってたことがありました。とにかく謝ってばかりの仕事です。一生懸命に謝って対応すれば、たいていの人は許してくれます。でも、両手の指くらい電話口で「警察に言うぞ」とか「訴えるぞ」と叫ばれた経験あります。そうなった時、あなたはどうしますか?「どうぞ」と、ひとこと言ってごらんなさい。そして、黙ってしまいましょう。どんなに怒り心頭の人でもかなり治まりますから。そう言っていた私は、訴えられたこともありませんし、警察に呼ばれたこともありません。むしろ、「いやいや、私も、事を荒立てるつもりではないから」と言って、どなたも譲歩してくれました。「どうぞ」は意外な言葉です。そして、沈黙は、かっかと燃えている相手の頭に氷水です。勘違いしてはいけませんよ。ケンカを売れとか言ってるんじゃないですよ。それくらい気合が入っていれば何にも怖いものないと言いたいのです。逃げたら、さらに増長させてしまいます。もう、打つ手はないのです。だって、そうでしょう。会社の苦情処理係は、大切な仕事です。プライドを持ってやっているのです。一生懸命に謝って、最善のことをやると言ってるのにそれなのに、警察だ!訴えるだ!なんて言われたら、どうしようもないではありませんか。こんな絶体絶命のピンチの時は、”どこからでも、かかってきなさい”の心意気です。防戦一方の時こそ、この言葉を胸に込めれば多少の試練は乗りきれます。
2005.02.01
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