2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全35件 (35件中 1-35件目)
1
大工になったナッちゃんどうも最近雨漏りがするので、近所の工務店に電話をした。すると、「こんにちは・・」と若い女の子の声がした。玄関に出てみると、去年高校を卒業したばかりのナッちゃんが立っていた・・・ナッちゃんは、15年前に亡くなったお父さんの残した工務店を、この春から継ぐことになった。ナッちゃんのお父さんは、この町で有名な腕の良い大工だった。それが、軽四トラックに乗って現場に行く途中に居眠り運転のダンプと正面衝突して・・・アッという間の出来事だった。お父さんの残した工務店は、ナッちゃんのお母さんとお爺ちゃんお婆ちゃんが死にもの狂いで守ってきた。当初は、大学の建築学科を出て一級建築士になったお兄さんが工務店を継いだが、お兄さんは、どうしても高層ビルを設計する夢を捨てられなくて大手の建設会社に就職した。困ってしまったお母さんたちだが、ナッちゃんに跡を継いでほしいとは言わなかった。女の子では無理だと思ったからだ。工務店の大工のおじさんたちに混じって、中学生の頃から、天井に入ったり屋根に登ったりしていたナッちゃんは、大工仕事が大好きだった。そんなナッちゃんの頭の中には、元気だった頃のお父さんの働く姿が映画のように生き生きと回っていた。高校卒業した日、ナッちゃんは宣言した「私、大工になる。お父さんみたいな大工になる」その日から、ナッちゃんは、男の大工たちに混じって仕事をするようになった・・・私が雨漏りの具合を説明すると、ナッちゃんは、屋根に梯子を立てかけるとスルスルと登って行った。しばらくして降りてきたナッちゃんは「鬼瓦が10センチほどズレてます・・・ごらんになります?」と高所恐怖症の私に事も無げに言った。
2005.04.30
コメント(0)
ケイタイ中毒高1の菜穂の通う学校では、携帯電話を持って学校に来る生徒は「携帯願」という書類を担任の先生に提出しなければならない。「学年、組、生徒名、携帯を持たなければならない理由(たとえば、菜穂ちゃんの場合は、両親との連絡のため等々・・・あくまでも、大儀名文)保護者名 署名と印」でオーケーなのだ。この届けを出さずに携帯を持っていると先生に大切な携帯電話を没収されてしまう。没収されるケースは、もう一つある。授業中に電話またはメールを送受信した場合だ。つまり、授業中は携帯の電源をオフにしなければならない。菜穂は、うっかり携帯の電源オフを忘れたために御用となり、携帯電話を先生に没収されたしまった。それが、5月2日だった。規則違反の没収期間は、10日間。菜穂は5月12日まで、携帯電話なしで過ごさなくてはならない。特に苦しかったのが、没収された当日、帰りの電車の中で、同じクラブの美紀と帰る途中、「ああ、没収されちゃった・・・連休中、携帯なしよ。気にしない・・・気にしない・・・先生が使ったらどうしよう・・・電源切ってあるから大丈夫・・誰かからメール来たらどうしよう・・・友達なくしそう・・・仕方ない・・・気にしない・・・気にしない・・・」「そんなに気を使うんだったら、携帯買ったら・・」「いいの・・いいの・・・」そう強がっても、ポケットを探ってもカバンの中を見ても、あるはずのものがない。ちょっと周りを見ても、必ず誰かがメールしている。「携帯のない生活がこんなに苦しいものとは・・」ふと気が付いたら手がメール送信モードになっている自分がたまらなく哀れな菜穂だった。麻薬で言えば、禁断症状はこどもの日まで続いた。菜穂の苦しい気持ちを察して、お父さんはドライブに連れて行ってくれた。おかげで気分転換できた。そんなこんなで何とか禁断症状を抜けきった菜穂は、「なけりゃ、ないでいいんだ・・」と、携帯のない生活にやっと慣れてきた。そんな菜穂に、明日携帯が帰ってくる・・・
2005.04.29
コメント(2)
二代目 「二代目だから・・・」 こんな言葉は聞き飽きた。 康夫は、こんな言葉にうんざりして、高校を卒業してから25歳になるまで、ずっと海外にいた。 康夫の父は地方の有力な政治家だった。 そんな康夫に父が倒れたという知らせが届いた。 びっくりして帰国してみると、うかうか父の見舞いをしている状況ではなかった。父の後援者の人たちが 「次の選挙に出てください」 と迫ってくるではないか。 「ちょっと待ってください。父はまだ生きてますから」 そんなこと言われるのがイヤで海外でノンビリしてたのに・・・ そう思いながらも、周りの流れには逆らえず、いつの間にか康夫は政治家になっていた。 なったらなったで、いろいろあった。 事務所には無言電話や脅しの電話や怪文書が毎日のように飛んできた。 口の悪いマスコミ関係の人たちからは 「どうせ二世だから・・」 と、バカにしたように言われた。 そんなことがあっても、弱気な顔は誰にも見せられない。 味方のはずの後援会の人にも事務所の人たちにも、いつも側にいる秘書にだって・・・唯一、心を許せるはずの妻は、三歳になったばかりの子育てで手が一杯のようだし・・・ いよいよ孤独になった康夫が久しぶりに自分のホームページの投書欄に、ふと目を止めた。 珍しく女性からのたった二行のメールだった。 ・・二代目には二代目の苦しみがあるんですもの。だからこそ、アナタはアナタらしく・・・ 「分かってくれる人もいるんだ」 たった二行に救われた思いの康夫だった。
2005.04.28
コメント(0)
センセイ ハンバーガーショップの裏にあるゴミ箱をあさっているホームレスのおじいさん、通称センセイは元弁護士だった。 3年前までは事務所を持って活躍していたが、ひょんなことで弁護士会を除名されてしまった。つまり、弁護士をクビになったのだ。 あれは5年前だった・・・ センセイは御年65歳になっていた。 若い頃は、やり手の弁護士で通っていて、依頼を断りたいくらい仕事があったセンセイだが、60を過ぎたことから法廷でドモったり、肝心なことを言い忘れたりするようになった。 若い頃なら、勝てた裁判にも負けるようになってしまった。 そうすると、今までペコペコして 「センセイ・・センセイ」 と慕っていた人たちが寄りつかなくなってしまった。 当時、女性事務員を3人も抱えていたセンセイは給料を支払えなくなって困ってしまった。 そこへ、現れたのが飯島直子似の香澄という女の子だ。 「センセイの名前を貸して頂けませんか?」 と言うのだった。 突然のことで返事に困ってしまったセンセイに香澄は、センセイの耳元で囁いた。 「月200万円の顧問料でいかがです?」 「え・・200万円」 「少ないですか?」 「いや・・・」 こんなわけで、センセイは香澄の顧問を引き受けた。 翌日からセンセイの事務所はメチャクチャ忙しくなった。 朝から晩まで依頼人が押し寄せた。 彼らはみんなお金に困っている人たちだった。 香澄は彼女の男といっしょに悪徳金融屋をやっていたのだ。 2年間くらいは、商売繁盛で喜び勇んでいたセンセイだが、香澄たちが警察に捕まって万事休す。 センセイは逮捕こそされなかったが、弁護士会を除名になり弁護士の仕事ができなくなってしまった。 長年、偉そうに先生商売をやっていたセンセイは、今まで威張り散らして生きてきた人生のツケを一気に払わされてしまった。 事務所は勿論閉鎖、女房子供にも見捨てられあっと言う間に奈落の底に落ちてしまった。 ・・・ゴミ箱をあさっているセンセイだが、どうも先客がいたようで、食べ物にはありつけなかった。 ガッカリしたセンセイはゴミ箱の横にへたり込んでしまった。 「ああ・・・もうあかん・・・」 そこへ、品の良い母娘が通りかかった。 「おじいさん・・・大丈夫、これで何か食べて・・・」 と1枚の千円札を手渡された。 涙が出るほどうれしかったセンセイは 「ありがとうございます」 と、その娘を見てハッとした。 彼女は、あの香澄そっくりだったのだ。
2005.04.27
コメント(0)
母 6月に婚礼を控えている美智子だが少し心に引っ掛かるものを感じていた。「お母さん、最近痩せたんじゃない」いつものように台所仕事をする母の背中にそれとなく話しかけてみた。母は何も答えようとしない。「・・・お母さん、おコゲは食べへんの?」「うん・・・」美智子の母は、わざとお釜の底にコゲができるようにご飯を炊く。その方がふっくら炊きあがるそうだ。それと、もう一つ、母はおコゲに塩を少々かけて作るお茶漬けが大好物なのだ。 ・・美智子が子供の頃、母はよく亭主関白の父に殴られた。そんな時、暗い台所の隅でシクシク泣きながら、母はおコゲのお茶漬けを食べていた・・・ ・・・こんなこともあった。美智子が小学校5年生の時だった。美智子が学校から帰ると母は真っ青な顔でうずくまっていた。「お母さん、病院に行こう」と心配して美智子が言うと、「イヤ」と言い張って我慢した。それから、小一時間もして、どうにもならなくなったのか「ミーちゃん、救急車呼んで」と言って母は気を失った。その時、母のお腹には赤ちゃんがいたそうだ。「何日も前から相当苦しかったと思うよ」医師は父にどうして気づかなかったと怒っていた。 赤ちゃんは駄目だったが、母は何とか命を取り留めた・・・ 母は父に殴られる度に「私には帰るところがないの・・・」と、いつも漏らしていた。そんな母に父は「そうや、おまえは、ここにいるしかない」と吐き捨てた。母の両親は、母が子供の時に亡くなっていて母は親戚に育てられたそうだ。 「お兄ちゃん、お母さん痩せたんじゃ?」美智子が、近所で所帯を持っている3つ年上の兄に聞くと兄は顔を曇らせた。「お母さんに口止めされてるんや・・実は、この前、お母さんを病院に連れて行ったんや。胃と腸に影があると医者は言うたんやけどお母さん、精密検査の途中に胃カメラを自分で引っ張り出して病院から飛び出てきたんや」「そう・・食べてないよね・・・」「ああ・・・重湯くらいかな・・相当苦しいと思う」「私、どうしたら・・」「お前は嫁に行けばいい・・あとは、俺が何とかする・・」「でも・・・」「でもも、しかしもあらへん・・こんな時こそ、自分のできることをしっかりやらなあかんのや・・それしかない・・」たしかに、兄の言うとおりだった。頑固な母に何を言っても無駄だろう。 その夜、美智子が風呂からあがった頃にいつものように父が酔って帰ってきた。「おーい・・水や・・水・・・」偉そうなことを言うけれど、母がいないと何もできない父に甲斐甲斐しく水を運ぶ母がやけに小さく見えた。
2005.04.26
コメント(2)
潮干狩り もうすぐ連休というある日、高校生の智と昭子はデートコースに困っていた。「とにかく、金がないからな」「お金なくても、結構楽しめるのは・・・」「世の中、金だよね・・」「貝取りに行かない」とくに他に案のない智は昭子といっしょに潮干狩りに出かけた。 智のバイクに二人乗りして海岸までやってきた二人が見たのは、海岸線にならぶ自動車だった。「まさか、泳いでないよな」「みんな、貝取りよ」「へえ、結構やってる人いるんだ」バイクから降りて、海岸に降りるとポツポツと家族連れがいた。防水服に身を固めた漁師らしき人もいた。 「ゴールデンウイークはもっと多いのよ」昭子は毎年お婆ちゃんお爺ちゃんに連れられて来ていたようだ。熊手で砂をかくと、アサリが出てきた。「あんまり小さいのはダメよ・・幼児誘拐だわ」「へえ、そんなもんか」「今日の干潮は11時30分だから、もう少し潮が引くと思うの」「よく知ってるなあ」「だって、私のお爺ちゃん漁師だもん」「なるほど・・」そうこうしているうちに、小さなバケツに3分の1ほど貝が取れた。 昭子はリュックの中から、固形燃料や携帯コンロを取り出して、浜辺で料理を始めた。アサリのみそ汁だ。それと、今朝6時に起きて握った海苔おにぎり。たった、これだけでも・・・「うまいよ・・・メチャうまい・・」智は大感激してバクバク食べながら、こんなにシンプルで美味しい料理を作る昭子を惚れ直してしまった。
2005.04.26
コメント(2)
伝書鳩 明治時代、新聞記者は遠方からの記事を伝書鳩に運ばせていたと言う。 小田原駐在の新聞記者である車田清作も、東京にある新聞社にポー吉と名付けた伝書鳩に毎日のように記事を運ばせていた。 実は、このポー吉だが、もう一つの役目を担っていた。 ポー吉は、伝書鳩の中ではかなり優秀な部類に属するらしく右足に手紙をつけた時と左足に手紙をつけた時では別の場所に飛んで行く性質があった。 そこで、清作は、右足は新聞社、左足は神田駿河台の本屋の娘アヤに届けるように仕込んだ。 「ヨーシ、頼んだぞ」 清作はポー吉にラブレターを運ばせたのである。 いかに恋い焦がれているとは言っても、明治の時代に小田原から東京まではなかなか通えるものではなかったのだ。 さて、清作の努力が報われて、晴れてアヤと所帯を持つことになった頃、東京の新聞社内でアヤと清作の仲を知らぬ者がなかったと言うから、かなり優秀なポー吉も時々間違ってラブレターを新聞社に配達していたのかもしれない。
2005.04.25
コメント(0)
キャッチホンどこの家にでもありそうな応接間である。誰も見ていないことを良いことに、ちょっとお行儀悪くテーブルに腰掛けて、とても楽しそうなところを見ると、たぶん、彼氏と電話しているのはこの家の娘の裕実だ。そんな楽しい会話に割って入ったのはお父さんである。どうやらキャッチホンのようだ。「なんだ・・お父さん・・」・・もしもし・・・裕実か・・お母さんは・・・「お母さんは婦人会」・・そうか・・今、部長といっしょなんだ・・「じゃあ、飲みに行くのね」・・・ちょっと、気になることがあって・・「なに」・・・財布忘れてなかったか・・応接間に・・裕実はテーブルに座ったまま周りを見回すが見あたらない。「ないわよ」・・・そんな・・テーブルの上にないのか・・だんだん、お父さんの口調がイラだってくる。そんなお父さんの気持ちなんか、どうでも良くて早く彼氏と話したいテーブルに座ったままの裕実だった。「ないわよ」・・・そんなことない・・よーく、探したか・・「ない、たら、ない」裕実の厳しい口調に、・・・そんなはずない・・・と言いながら、お父さんは電話を切った。また、彼氏と電話を始めた裕実は「それで・・・ウフフ・・・」と楽しそうだ。しばらく、そんな調子で電話している裕実に、お父さんの声がまた聞こえてきた。「ただいま・・・財布・・財布・・・」と玄関の方で言っている。もうすぐ、お父さんは応接間に乱入して来るにちがいない。邪魔者が入ったと思った裕実は「じゃあ、あとで携帯にかけてね」と受話器を置くためにテーブルから立ちあがった。と次の瞬間、裕実はお尻がムズムズした。「ああ・・財布」と、お尻の下にあった財布を手に取った裕実だった。たぶん、彼氏との会話に夢中になっていて気づかなかったのだろう。そこへ、やってきたお父さん、「あるじゃないか、財布」「そうね」「どうして、言ってくれなかったんだ」「だって・・・」と言って間を取り理由を探す裕実であった、「だってね、お父さん、飲みに行っちゃうでしょ」お父さんは、一瞬にして表情を緩ませて、「じゃあ、裕実は、お父さんに早く帰ってほしくてそんな嘘を言ったのか・・・」「うん」「ほんとか・・・」「うん、たら、うん」「ほんとに・・・ほんとか・・・ああ・・・お父さんは、なんて幸せ者だ・・・ああ・・今日は最高の日だ・・・ああ・・感激感激」とうとう涙ぐんでしまったお父さんを見ながら、きっと最近の私ってお父さんにかなり冷たかったんだと、思いつつ胸をなで下ろす裕実だった。
2005.04.24
コメント(2)
ひとりじゃだめだ悦子は泣いていた。中2になってから、毎日毎日イジメられてばかりだ。体育の授業が終わって教室に帰ってくると、決まってカバンがひっくり返されていた。カバンの中の物が周囲に散乱し、生理用品も飛び出して顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしていた。給食の時は、頭からスパゲティやカレーをかけらえたこともあった。そんなことになっても、助けてくれるどころか周囲のクラスメートはゲラゲラ笑っていた。あまりにひどいので、母と二人で担任の先生に相談した。きっと、先生なら何とかしてくれると思ったからだ。ところが、担任の先生も「君がいじめられるのは、君に非があるからだ」と皆の前で謝れと言われ土下座させられた。あとで分かったことだが、担任の先生もグルだった。もう誰も信じられなくなった悦子は屋上に駆け上がった。無性に死にたくなったからだ。その時、悦子の背中をポンと叩く人が居た。悦子が振り返るとたしか国語の教育実習に来ている山尾という男の先生だった。もう30前で、若いとき自衛隊にいたとか言う逞しい人だった。「おい、死ぬつもりだな・・・分かるよ、その顔を見れば。俺は自衛隊にいた時、厳しい訓練に音を上げて、自殺しようとするヤツを何人も見てきた。でも、誰も死ななかった。死なせなかった。同じ隊の人間は同士だからな。死ぬときはいっしょだからな。みんなで励ましあって頑張ったものさ・・・それなのに、この学校は何だ・・・あっちのクラスこっちのクラスイジメばっかり・・・先生までいっしょになって。死ぬくらいなら、あいつらに一泡噴かせてやれ。でも、ひとりじゃだめだ・・・ちょっと来い」言われるままに悦子がついて行くと、そこは放送室だった。他にも5人の生徒がいた。彼らも、ひどいイジメにあっていたそうだ。「おまえら、一人じゃだめだ。弱い者でも協力すれば、強くなれる。山尾先生は、机を放送室の前に積み上げた。そして、校長先生やそこにいる6人の家族、それに先生の知り合いの新聞記者に電話した。そして、山尾先生は言った「今までやられたことを、そのマイクに向かって全部言え。責任は俺がとる・・・」・・・悦子たちは、校内放送で洗いざらいをぶちまけた・・・カレーやスパゲティを頭からかけられたこと・・・・・カバンの中の生理用品を教室にばらまかれたこと・・・・・トイレに監禁されて一人***をさせられたこと・・・・・殴られて何万円もゆすられたこと・・・そして、最後には、虐めた連中の名前も言った。・・・君・・・・さん・・・あんたらは、人間のクズだ・・・卑怯者だ・・・思いのありったけをぶちまけて、悦子たちの放送室ジャックは幕を閉じた。新聞沙汰になることを恐れた校長先生たちは何とか新聞記者を押さえたが、ただならぬ事態と感じた。悦子たちの両親は、警察に連絡し、裁判所に学校と虐めた生徒の親に損害賠償の訴えを起こした。この事件以降、悦子たちに対するイジメはなくなった。それどころか、他にもイジメで困っている生徒が悦子たちのところにやってきた。その数は20名に及んだ。1週間後、山尾先生は教育実習を終えて学校を去る時、「もう大丈夫だな・・・仲間ができたからな」「先生のおかげ。でも、私たち助けたから、先生は単位もらえないかもしれないって、そしたら教員資格はもらえないってお母さん言ってたわ・・・」そう悦子が心配げに言うと、「なあに、そんなことになったら、また自衛隊に戻るよ。俺は日本の国好きだからな・・・」そう山尾先生は笑って言った。
2005.04.23
コメント(0)
第三映写室 優子は33歳で独身だ。 キャリアウーマンでもない。 とくに美人でもない。 何度か出会いはあったけど、いつも尻切れトンボだった。 独身の友達も少なくなった。 しかたなく、趣味に走った。 趣味と言っても映画鑑賞だ。 繁華街の大きな映画館の隅に、第三映写室というのがあって、優子は、そこの会員になった。 第一映写室も第二映写室も500人ほど入る大きな部屋だ。 でも、第三映写室は50人ほどしか入らない小さな部屋だ。 もともと映倫の担当官が公開前の映画を検閲するために使っていた部屋らしい。 この部屋では、ヒットしたちょっと良い映画をちょっと遅れて放映する。 会員は1000円で1本の映画を楽しむことができる。 会員と言っても特に条件はない。 映画を見終わったら、簡単なアンケートに答えるのが条件なのだ。 たぶん、映画好きが集まるのだろう。 優子が、この第三映写室で映画を見る時、いつも二つほど席をあけて横に座っている30代半ばすぎの男性がいた。 彼と優子は、いつしか目線が合うようになり、いつしか軽く会釈を交わすようになり、いつしか一言二言映画の話を交わすようになり、いつしか一緒に食事をするようになり、いつしか離れられなくなった。 第三映写室は、そんなドラマが起こるのにちょうど良い広さなのかもしれない・・・
2005.04.22
コメント(0)
寺内貫太郎一家 最近、家族の意味を分からない人が増えているようだ。それなら、これを読みなはれ、と言いたい。知る人ぞ知る、ホームドラマの名作だ。登場人物は、みんな個性の固まりのような人ばかり勝手なことばかり言ってる人もいるわけだ。それでも、ずっと一つ同じ屋根の下に暮らしている。これと言って、しっかりとした目標もないわけだ。ただただ、その日その日を過ごしている。そんな、どこにでもありそうで、世界中で、たった一つしかないのが家族というものだ。そんな家族を大いなるマンネリズムに乗せて情緒たっぷりに楽しませてくれる名作だ。一人寂しい時に、この本をそっと開いてみよう。孤独なんて、あっさり飛んで行くはずだ。 向田 邦子 (著) 寺内貫太郎一家
2005.04.21
コメント(0)
とうとう売れなかった演歌歌手から届いた最期の手紙アイドル歌手をやって、それなりに売れていた陽子だが、少し疲れていた。今さっきも事務所の社長と揉めてきたところだ。「やめたいって…」「アイドル歌手って柄じゃないのよね、ワタシ。ホントーは男みたいな性格だし、タバコも吸うし、ヒモのような男もいるし、なんかファンをダマしてるみたい…ニッコリおしとやかに笑って、カワイく歌っているよりどちらかと言えば、ドーンと演歌でも歌う方が性に合うのよ…」「演歌?おまえがか…そんな虫も殺せないような顔して…うーん、アイドルの寿命短いしなあ…分かった…当たってみるだから、やめるなんて言うな」そうこうあって部屋に帰った陽子はテーブルの上にあった芸能雑誌の小さな見出しに目を止めた。…ある演歌歌手の孤独な死…「この人、どこかで会ったことあるんだなあ…あーそうそう」陽子は、芸能界では一度も会ったことのないはずの売れない演歌歌手Kの名前に心あたりがあった。陽子が10歳くらいの頃、近所の商店街の大売り出しにキャンペーンと称して、Kはやって来ていた。買い物にきていた母といっしょにKの歌を聴いていると小さな用紙が配られた。その用紙にKへの応援メッセージを書くと、Kのサインがもらえるらしい。住所を書くと、Kから月に一度が手紙が来るらしい。母が「あの人が売れたら、家宝になるよ」というので、真に受けた陽子は住所と名前を書いた。それから、半年くらいは立派なパンフレットが送られてきたが、次第に手紙になり、1年後には絵ハガキになって、いつの間にか何も送って来なくなった。そのうち、陽子の記憶からKのことも消えて行った。「あの人、まだ歌手やってたんだ…」数日後、事務所の社長が、「これなら歌えるかもしれないぞ…」と言いながら持ってきた曲を見て、陽子は驚いた。「な、何…この曲…」「演歌じゃないか…」「で、でも、これ、誰かの歌じゃ」「10年ほど前、誰かが歌ってたらしいけど…全然、売れなかったそうだ」その曲は、陽子が10歳の時、商店街で聴いたKの持ち歌だった。それから半年後、再デビューした陽子は、その歌を大ヒットさせ売れっ子演歌歌手の仲間入りをした。
2005.04.21
コメント(0)
一人にするとは言ってない マラソン選手の早苗は人生の岐路に立っていた。 早苗が所属している実業団の陸上部が廃部になるというのだ。親会社の食品会社が集団食中毒で摘発されたため、大きく売り上げを落としたためだ。 早苗以外の部員は、元々、夕方の4時頃までは普通の社員たちといっしょに働いてきたからそのまま普通の社員になれば良かった。 でも、早苗は、何度も全国大会の上位に入ったため、特別メニューで練習を積んできたため、ほとんど会社で働いた経験がない。 いまさら、社員として働けない。 そんな早苗のことを心配したコーチの光永は、時間を見つけては他の実業団陸上部に移籍交渉に行った。 早苗は、高校を卒業してからずっと、光永と二人三脚で頑張ってきた。 そんな光永と早苗のことを 「できてるんじゃないのか、あの二人」 と皮肉を込めて噂をする人もいた。 そんな噂を耳にしながらも、早苗は 「コーチといっしょに移籍したい」 と公言してきた。 どう噂されても早苗は平気だった。 高校時代は全くの無名だった早苗の才能を見込んで、自分の選手生命を諦めてコーチしてくれた光永は、早苗にとっては恋人以上の存在だった。 光永も早苗の気持ちを察してか、光永と早苗がいっしょに移籍する道を探ってきた。 しかし、どこの実業団も、うまく行けばオリンピックに出れるかも知れない早苗の移籍は大歓迎だったが、コーチの光永を迎えてくれるところは、どこもなかった。 「コーチとして命令する。一人で行きなさい」 と光永は早苗に言った。早苗は辛そうに 「でも、私・・・自信ないです。ずっとコーチといっしょでしたから」 「勘違いするなよ・・・俺はおまえのコーチをやめるとは言ったけど・・・一人にするとは言ってないぞ」 「えっ?」 ・・・・・・
2005.04.20
コメント(0)
2020年宇宙の旅 おいおい、2001年宇宙の旅の間違いではないのかい?そう思われるかもしれませんが、これでいいのです。 そうそう、アメリカの実業家のチトーさんが、民間人発の宇宙旅行に出発された時でした。 たくさん写真やビデオを撮るぞって息巻いて行かれたそうですが、旅費2000万ドル(日本円で約25億円)をポンと出して行くところが、さすがアメリカンドリームの国の実業家ですねえ。 チトーさんは、ちゃんと訓練を受けて行かれたわけですから、まったくの旅行とは言えないようですが、でも、やっぱり宇宙旅行の第1号!大感動です。 ちなみに、私も死ぬまでには必ずや宇宙から地球を見たいと思っております。 そして、 「なんや、テレビで見たと同じや!!」 って言ってやるつもりです。 で、宇宙に行って何があるんだ? と聞かれても何もありませんよ。 あるのは夢だけです。 そんな雲をつかむような話・・・ いやいや、雲なんか宇宙にはありません。 だから、雲もつかめません。 ほんと、あるのは夢だけです。 たまたま先日、「2001年宇宙の旅」という30年以上前の映画の21世紀バージョンを見ました。 かなり古い映画の再編集版でしたが、いやはや、わけの分からないところが多く、いかにもSF映画の古典と言われるだけありました。 感性で見なくては、とても理解できない映画です。 それにしても30年前は、2001年には、人間は宇宙ステーションに自由に行き来し、火星や木星にも行けるようになっていると思われていたようです。 現実は、はじめて宇宙旅行が可能になったのが2001年だったのです。 現実とは、そんなものかもしれません。 だから、夢が大事なのです。 さてさて、チトーさんが払った2000万ドルの旅費これが10年後の2020年には2000ドル(日本円で25万円)くらいになる???のではと私は期待しております。 そしたら、行けるかなと・・・ どうです? 皆さんもご一緒に。 2020年宇宙の旅!! お値段は現実的な話になりましたが、ちょっと夢のある話でしょ?
2005.04.20
コメント(0)
あの子の分まで 「この国で戦争があったなんて・・」今年78歳になる真一郎は、福岡から大阪に帰る新幹線のぞみ車内の中で呟いた・・・ 終戦の2週間ほど前、当時、京都の大学生だった真一郎は、福岡に臨時鉄道運転手として駆り出されていた。そこで、真一郎は広島に新型爆弾が投下されたという噂を聞いた。当時の日本では、軍による情報規制下にある新聞よりも人づての噂の方が真実味があった。その噂を聞いて、居ても立ってもいられなくなった真一郎は、職場を放り出して、広島に向かった。と言うのも、広島には看護婦で婚約者の咲恵が居るからだ。 広島まで列車を何度も乗り継いで向かった真一郎だが、途中で列車が止まって進まなくなった。たぶん、爆撃で線路が崩壊していたのだろう。そう思った真一郎は列車を飛び降り、必死に駆けた・・三日間ほんのわずかの仮眠をとりながら、やっと辿りついた広島は、この夜の地獄のような惨状だった。焼け野原に無数の死骸、大変なケガに苦しむ人々、そして、何と表現したら良いか分からないほどの異臭・・・そんな中、真一郎は必死に咲恵を探した。さまよい歩き、何としてもという必死の思いで、愛する咲恵を探し歩いた。一体、いくつの病院や臨時施設を探しただろうか。朦朧とする意識の中で無数に横たわる重傷患者を見て回る真一郎の足に、白いズックのカバンが当たった。その黒く焼けこげたズックのカバンを見ると、名字は焼けていて見えなかったが、ひらがなで「さきえ」と書いてあるのが分かった。一瞬で、体に生気が戻るのを感じた真一郎は、その横に寝ている全身に大火傷を負った少女を見た。体中に粗末な包帯を巻かれて、顔は赤くただれて、とても色白の咲恵とは信じられない姿だった。少女は、真一郎をじっと見つめていた。見るからに、瀕死の彼女はただただ真一郎を見つめていた。「さきえ・・・」真一郎は、少女に寄り添った。「元気だせよ・・・俺がいるからな」何も言えない、ただ見つめるだけの少女に、寝る間も惜しんで真一郎は水をやり続けた。 数日後、終戦から一週間ほど過ぎた頃だった。少女に水をやっている真一郎の背中に「真一郎さん」と真一郎を呼ぶ声がした。真一郎がハッと振り返ると、モンペ姿の咲恵が立っていた。「お、おまえ・・・」真一郎は、我が目を疑った。聞けば、咲恵は福岡にいる真一郎に、身の回りの物を届けるために、広島の病院を出て福岡の国鉄駅舎に行ってきたと言うのだ。つまり、咲恵は新型爆弾投下の前日に広島を出ていた為、難を逃れたことになる。「ね、真一郎さん、いっしょに京都に帰ろう。戦争終わったのよ」そう言う咲恵に真一郎は首を横に振った「ごめん、俺、帰れない・・・」「どうして?その人、ぜんぜん知らない人じゃ」「この子、一人ぼっちなんだ・・誰も身寄りがいないんだ。一人で、あんなにひどい火傷して苦しんでるんだ・・何とか助けてやりたいんだ・・きっと、神様があの子を助けてやりなさいって、俺をここに連れて来たんだ・・・分かってくれ」そう言う真一郎の気持ちを、どう解してよいか分からない咲恵は、その場を無言で去って行った。たぶん、咲恵は京都に帰ったと真一郎はその時思った。 その日から数日後だった。いつものように真一郎が水をやろうとしても、少女は水を飲まなかった。目は天井を向いたままだった。びっくりした真一郎が医師を呼んだ。やってきた医師は、首を横に振った。真一郎の目からは止めどなく涙が溢れた。その時、叫びたい言葉を一瞬ためらった真一郎だが、次から次へと流れる涙が、その言葉を激流のように押し流した。「さきえ・・さきえ・・・さきえ・・・」狂ったように泣き叫ぶ真一郎を京都に帰らず看病に明け暮れていた咲恵が見つめていた・・・ 「長生きしましょうね。あの子の分まで・・」真一郎の隣に座る、今年で75歳になる咲恵は言った。広島駅を出た新幹線のぞみ号は速度を速めて行く。
2005.04.19
コメント(0)
夢やぶれて ・・わたしの夢は宝塚の女優になることだった・・ 麻衣子は、久しぶりに小学校の卒業アルバムを見ていた。 「そうそう・・・そうだったのよね・・毎日、午後の授業は受けずに給食が終わったらクラッシックバレーや声楽を習いに行ってたわ」 そんな麻衣子の夢が破れたのは、中学3年生の時だった。 試験を受けてびっくりした。 踊りも歌も、ぜんぜんレベルが違っていた。 結果は予想通り落第だった。 目標を失って、ただ皆が行くから近所の高校に行った。 何をやっても面白くなくて、悪い仲間とも付き合うようになっていた。 そんな麻衣子が変わったのは、高2の時、クラスの学級委員を選ぶ時、ある男の子が麻衣子を推薦してくれた。 こんな不良の私を・・・ 結局、麻衣子に入ったのは、たったの一票だけだった。 「なんで、わたしなんか推薦したのよ。格好悪いやないの」 と言うと、その男の子は 「学級委員にでもなれば、昔のおまえに戻ると思っただけさ・・・」 とだけ言った。 どういうわけか、そのことがきっかけになって、麻衣子は立ち直った。 その男の子を好きになったからだ。 その男の子は、中学からずっと同じクラスで今は麻衣子の夫になっている。 一人娘が幼稚園に入園することもあって、ほんの少し時間のできた麻衣子は、近所の奥さんたちがやっている小さな劇団に入った。 幼稚園や保育園などで子供向けの劇を定期的にやっている劇団だ。 宝塚は落第したけれど子供向けの小劇団では麻衣子の実力は桁違いだったようで、すぐに主役になった。 そんなわけで、ゴールデンウイーク明けから、毎週水曜日、麻衣子は子供たちの前で舞台に立つ。 宝塚の舞台の10分の1もない小さな幼稚園の体育館だけど、観客は100人がやっとだけれど、演じる劇も「ベルサイユの薔薇」じゃなくて「三匹のコブタ」だけど、バカバカしくなるくらい胸が高鳴る麻衣子だった。
2005.04.18
コメント(0)
無の世界 ほんのちょっと昔、村に60か70の気の良い爺さんでゴン助というのがおった。ほんとうは、このゴン助、あることで有名な御仁なのだが・・・そのゴン助は燃えさかる炎の中にいた。「ふええ・・・どういうわけだ・・・おれの身体が燃えているぞー・・というのに熱くもない。それにこんなに落ち着いて考えている。これは一体、どうなってるんだろう。そうそう思い出した・・・おれは2日前に心の臓が止まって死んだんだ。さっきは、この炉の入り口のところでめっきり白髪の増えた母ちゃんがいたな。おお・・・そうそう、その後ろには成長した息子が二人いたではないか。と言うことは、ここは火葬場の炉の中か・・ひぇー・・・そうこうするうちに、おれの身体が、骨だけになって・・・ありゃー、その骨もバラバラになってしもた・・・」身体が燃え尽きた後のゴン助には恐怖も悲しみもなかった。ホンワカした喜びがあっただけだった。死んだら、過去に亡くなった人の所に行くと言う話を聞いたことがあったが、そんなことはなかった。おそらく、無数の生命体がいるのだろうが、まったく音のない世界だった。気配すらない。それでも、寂しいと言うことはなかった。そんな感覚さえもないのだろう。それぞれの生命体たちは形も色もなく、その実体は液体でもなく固体でもなく気体でもない。場所もない。時間もない。遠近感もない。ただただ微かな喜びがあった。ガチャン、炉の扉が徐ろに開けられた「おお・・・母ちゃんが拾ってくれるか。おお・・・孫のトシ妨じゃねえか・・まだ5歳なのに、箸でおれの骨拾ってくれるか。落とすなよ・・・そこは喉仏だ。骨の中で、ただ一つ、どの骨とも繋がってない不思議な骨だ・・・そうそう・・・ミヨ子さん、あんたに拾ってもらいたかったんだよ。腰の骨・・・息子を頼むよ・・あんたのようなベッピンの女房をもらって、長男坊は幸せだ・・・今度、生まれ変わったら、俺といっしょになろうな・・なんて・・・バカなこと言ってられない・・・そうそう、次男坊、はやく女房もらえよ・・・母ちゃんを大事にする嫁をもらえよ・・・それから母ちゃん、世話になったなあ・・幸せにな・・今度生まれ変わったら、おれの家の猫にでもなってくれ・・・かわいがってやるからな・・うーん、そりゃそうと・・・人の世との別れに、あの人の様子を見に行こう」ゴン助が気になったのは、初恋の人の愛子だった。孫の守をしていた愛子は、テーブルの上にあった新聞をなにげなく手に取りパラパラ眺めた。そして、あたかも偶然ごとくゴン助死亡の記事を見つけ「あの人・・・」と呟いた・・・
2005.04.17
コメント(0)
みんな同じ人間入社して1年目の博子は、新入社員の研修係を任された。「自分だって、まだまだなのに・・・」と不安で一杯だ。それに、週末には研修の結果を報告書にして、総務部長の金井の所に持って行かなくてはならない。博子は、この金井が大の苦手なのだ。T大出のエリートの金井は、ちょっとしたミスでも「コラー、どこに目をつけてる!」と手厳しい。2000名からいる社員でも知らない人がいないほど有名な完璧主義の堅物で、近寄りがたいおじさんだ。金曜日の3時、博子はビクビクしながら部長室までやってきた。ドアを開けるとコラー!と金井の怒鳴り声が響き渡っていた。どうやら、新人の男性社員が役員会議の招集メールを全社員に送ったようだ。怒られるのは当たり前とは言うものの、大きな体を小さくしてペコペコしている彼の姿は、数分後の自分の姿に思えた。・・・今日は、完璧だわね・・・この前は主語が分からないって怒られたわ・・大丈夫ね・・でも、もしかして・・・と報告書を見直す博子であった。さて、半分ベソかきながら、男性社員が出て行った後、博子が報告書を提出した。すると、「フーン・・・よしオーケーだ・・・まだ、入社して1年しか経ってない君に任せたのは君を信頼してるからだからね。来週もよろしく頼む・・・」と、その日の金井は、微かに笑みを浮かべながら博子を褒めてくれたのだ。・・・へえ、こんな時もあるんだ・・・上機嫌になった博子は、帰りのエレベーターでたまたま居合わせた金井の秘書二人が話しているのを小耳にはさんだ・・・「聞いた?」「金井部長のお嬢さん、また万引きで捕まったようよ・・奥様が血相変えて電話してきたわ」「偉そうなこと言っても一人娘の教育もできないのね・・・」・・・そんな話を聞いてから、不思議なもので、・・・完璧に見える金井部長も同じ人間なんだ・・・と思えた博子の苦手意識はどこかに行ってしまった。
2005.04.16
コメント(0)
また、運年をとって 運と異性の関係を知らない人ほど 悲しいものはない。 運と異性の関係は 若いうちに勉強しておいた方がいい。 特に男性は。運が良くなってくるといままでモテなかった人までモテるようになってくる。でも、調子に乗ってはいけない。運のカギを握っているのは不運だった自分を支えてくれたファミリーであって、新しく現れた異性ではない。くれぐれも調子に乗らないこと。そうこうしていると、うまく運の波に乗ってくる。そんな乗っている人は無敵だ。運の来ていない人としての対策としてできることは、その人といっしょに喜ぶこと。つぎに運の来る人は、そんな人。 運について 研究したい人は 戦国時代の武将を 研究したらいい。 運が上がるときにもポイントがあるし、 下がるときにもポイントがある。 運の良いときは失敗も成功になる。運の悪いときは成功も失敗になる。 ポイントは運の波は誰にでもやってくるってこと。そして、運の波がやってきたときその波に 乗れる人と 乗れない人がいること。描けば描くほど運は強くなる。頭の中で たとえば絵を描くように・・・・・
2005.04.15
コメント(0)
運運の悪いときに 頑張りすぎると 怪我をする。それよりも スイスイ坂道を登って行く様子を 頭に浮かべる。 イメージが大切。 勝負手はアクションが大きい方がいい。 頂上で万歳をする。 輝いている自分の状態を 思い出すようにすれば 運の女神は離れない。 運を生かすには 運のない時の貯金が大切。 運を生かせる人は 運のないときから準備をしている。運は前触れもなくやってくる。ある日突然。 しかも、 ドッとやってくる。 少しずつ来るものではない。そして、運を持ち続ける人は運の悪いときから 一つのことを我慢強く・・・ 続けている・・・・・・・・
2005.04.15
コメント(0)
桜並木の伝説 いつも何気なく通り過ぎる桜並木があった。 その桜並木にまつわる話を聞いたのはちょうど桜祭りで賑わっている休日だった。 「八分咲きやなあ」 いつも市場で見かけるおいちゃんが声をかけてきた。 おいちゃんは少し酔っているようだった。 「そうですなあ…」 私が微笑みかけると、おいちゃんも微笑み返して通り過ぎて行った。 となりで弁当をつついていた母が 「この桜並木を作ったのは、あの人やで…20年前に…」 と、おいちゃんの背中を目で追うように言った。 「20年前?」 「そう、20年前は小さな苗木やった…おいちゃんの息子がバイクに乗ってダンプに衝突して死んだのも20年前…おいちゃんは一人で、わしの息子は死んでない…と泣きながら木を植えたんや」 「その苗木が、こんなに立派に…」 「あの頃のこと、知ってる人はこの桜並木を見るたびに魂というものはあるかもしれんなあ…と言うてる」 この話は、何年かするうちに伝説になり、もしかしたら忘れられるかもしれない。しかし、この桜並木は、永遠に人々の目を楽しませ続けるに違いないと思った。
2005.04.14
コメント(0)
諦めない理由孝造が家に帰ると留守番電話が点滅していた。「・・・社内で慎重に検討を重ねた結果、残念ながら不採用となりました・・・」先週の金曜日に受けた面接の結果だ。こんな状態が、もう1年以上も続いている。何とか工事現場のガードマンで食いつないではいるが、もう半分人生を諦めかけている孝造だった。こんな孝造に愛想をつかして実家に帰っている妻はこう言っていた「あなたは、いつも自分は運が悪いとか、お父さんが病気になって大学中退したとか、言うけれど、本当の原因はあなた性格よね。すぐに辛いことから逃げ出す性格よね」そんなことは言われなくても分かってはいるけれど認めたくない孝造だった。かつては学歴コンプレックスを克服しようと税理士試験や宅地建物取引主任などの試験にチャレンジしようと思った孝造だが、いつも本を積み上げただけで、いつの間にか願書出願日が過ぎていた。結局、いつも試験を受けてもいないのだ。頑張っても駄目ではないか・・・そんな恐怖に負けてしまっていたのだ。大学だって、自分でアルバイトして学費を稼いで卒業した友達もいたのだ。自分は逃げただけなんだ・・・駄目なヤツなんだ。いっそ自殺しようかと思って家を出ると、前から幼なじみの聡美が歩いてきた。牛乳瓶の底のようなメガネをした聡美は孝造と同い年だから、もうすぐ30だ。聡美は4浪して医学部に受かって、今年からやっと大学病院の研修医になった。焼鳥屋で久しぶりに二人で飲んだ。「聡美はよく頑張ったな。とうとう本当に医者になったもんな・・・」「お母さんは嫁に行けって言ったけど・・私、中3の時にお父さんをガンでなくしたじゃない。それが悔しくて、絶対に医者になって、ガンの患者一人でも二人でも助けたくて・・・お父さん、優しかったの。私にもお母さんにも・・」うさぎの目のように赤い目をした聡美の目を見て見ぬ振りしながら孝造は、「頑張っても駄目だって思わなかったのか?」「思ったわよ・・・特に4浪の時はね。アルバイトしながらだったから、体も辛かったし、自殺したいとか思ったわ。でも、どうせ死ぬなら頑張ったあげく病気になって死んだ方がお父さんも許してくれると思ったわ」「俺も聡美を見習って頑張ってみるよ・・」「ところで・・・今朝、9時頃、奥さんに会ったわよ・・2日前も・・」「ええ、どこで?」「孝造の家の前で・・・奥さん、心配して様子見に来てるのよ・・奥さんの為に頑張らなきゃ」「・・・うん・・うん・・」自分に愛想をつかして出て行ったとばかり思っていた妻が、影ながら見守っていたとは、さすがの孝造も今度ばかりはかなり堪えたようだ。
2005.04.13
コメント(0)
言えない この4月から中学2年生の奈月はお父さんと特急電車の中にいた。 ディズニーランドに行っての帰りだ。 荷台には、ミッキーやドナルドのグッズが一杯に入った袋が乗っている。 奈月はお父さんの子供のようなところが大好きだ。 こうして一日お父さんと遊んでいると、奈月はお父さんといると言うよりも、ちょっと年上の彼氏といっしょにいるような感じがした。 そんな奈月に少しずつ寂しさが襲ってきた。 お父さんは、次の駅で降り、奈月は、そのまた次の駅で降りるから、お父さんとは離ればなれになるからだ。 1年前から、奈月とお父さんは月に1回だけ月末の土曜日に会っている。 1年前、奈月のお父さんとお母さんは離婚したからだ。 それから、奈月はお母さんと二人暮らしだ。 二人の離婚の原因は、お父さんが会社の若いOLと暮らし始めたからだ。 それを知った時のお母さんは泣きながら奈月に訴えた 「私だって、あなたのお父さんよりも好きな人がいたのよ。でも、何かのご縁で結婚したんだからって、一生懸命やってきたのにあの人ったら、若い女と・・」 奈月は、お母さんを励ますつもりで 「じゃあ、その好きな人と、また結婚すれば・・」 と言ったが、お母さんは 「バカア・・・もう遅いわよ」 と叫んで、また泣いた。 そんなお母さんでも、離婚が決まるとサバサバしたもので、サッサと就職も決めて、イキイキ働いている。 奈月から見れば、主婦だった頃より10歳くらい若がえったお母さんだった。 お父さんも、結構明るいし、例の若い女とは別れたそうだが、気ままな一人暮らしを楽しんでいるようだ。 とうとう、お父さんが降りる駅に、もうすぐ電車は止まる。 お父さんはニッコリして 「じゃあな・・・」 と立ち上がり、隣のホームの方に歩いて行った。 「バイバイ」 とお父さんの背中に言った奈月は、さっきまでお父さんが座っていた席にZIPPOのライターを見つけた。 「あ・・・お父さんのだ・・」 奈月は、そのライターをつかみ、お父さんのあとを追った。 電車が止まり、今にも降りようとする乗客の中にさっきまでと違う下を向いて元気のないお父さんを見つけた。 どうしたんだろうと不思議に思いながらも、 「お父さん・・・」 と奈月が走り寄ってライターを手渡すとお父さんは慌てて目の辺りを手で隠した。 「お父さん・・泣いてるの?」 と言うと、お父さんは首を横に振って電車を降りていった。 電車のドアの所に立ち、奈月は叫んだ 「寂しいなら、寂しいって言えばいいのに」 そう叫ぶ奈月を乗せた電車はドアを閉じ、ゆっくりと走り出した。
2005.04.12
コメント(0)
割り切れないこと 裁判官になって3年の慶子は苦笑いした「人間が作った法律は理屈だけれど・・・理屈では割り切れないことをやってしまうのが人間なのよね」・・・ 今朝の裁判だった。訴えたのは大手サラリーマン金融の店長Tで、訴えられたのは最近リストラにあった旋盤工のおじさんMだ。 慶子が席につくなり、M「ねえちゃん、かっわいいね」 慶子「静粛に」M「ごめんちゃい」慶子「Mさん、50万円をTさんから借りましたね?」M「おら、納得いったら返すって言ってだろ」慶子「静粛に」M「ごめんちゃい・・ねえちゃん・・いくつ?」慶子、Mの発言を無視して「では、納得行かない理由は何ですか?」M「・・・」慶子「Tさん、Mさんから聞いてますか?」T「いいえ・・・納得できないの一点張りで」慶子「Mさん、ここで、根拠のある理由を証言しなければ あなたは全額支払わねばなりませんよ」M「じゃあ、言うよ・・・おら、50万借りてよー・・ パチンコ行ったんだ。ふんだら、負けたんだ・・ 1日だぜ・・・たったの1日で50万負けたんだ・・・ このサラ金はなあ・・・ パチンコ屋のオヤジとグルになってんだ」慶子はTの発言のあと、軽く深呼吸をして「分かりました・・判決は半月後です」法廷を出てゆくMは、未練深そうに振り返ったM「ねえちゃん・・おらの母ちゃんそっくりだ・・ お願えだ・・・助けてくでえ・・」と言って出て行った。 控え室に戻る途中、 「この人にも、身内はいるんだ…最後のMさんの言葉で、判決は断じて微動だにしない。が、さて、Mさんの言うところの母ちゃんとは母親のことか、それとも奥さんのことか・・また、若かりし頃のことか、現在進行形か・・このことは確かに判決には、まったく関係のないことだ。しかし…」 裁判官だって人間、ふと考えてしまった慶子だった。
2005.04.11
コメント(0)
お客様は神様です盛也は小さなクレジット会社に勤めている。幸い、この不況下でも、この会社の業績は大変好調で、年末のボーナスもホクホクだった。しかし、仕事には厳しいところもある。いつもテレビ会議システムの朝礼で、「お客様は神様です」を口癖のように言っている社長が不良債権の話になるとガラッと表情を変える。「回収や回収や・・・何が何でも回収です」と、言葉を荒げる。「よくそんなに変われますねえ」アシスタントの秘書が合いの手を入れると「払ってもらえなくなった時点で客じゃない。いいですか、銀行や保険会社が倒れるのは、客じゃない人間を客扱いしたからです・・」とピシャリと言うのだった。そんな朝礼の終わった後、支店長がニンマリしながら盛也を呼んだ「ちょっと、ここへ行って、残金回収してきてくれないか」「はあ・・・」「怒鳴っちゃいけないよ。法律に触れるからな。やんわりと・・・」「やんわりって?」「わからないなら・・・君が土下座しても、いいか、君が近所に聞こえるように泣いてもいいから・・払ってもらえ・・」「はい・・」月末だけだが、男子社員には必ず回収の仕事が回ってくる。「福祉関係にでも商売を変えろ」と支店長から怒鳴られるほど、気の優しい盛也の一番苦手な仕事だ。あああ・・・今月も来たか・・・逃げ出したくなる気持ちをグッと押さえ込んだ。自分の女房子供の顔が浮かんだのだ。「半年も支払を滞ってるなんて、どんな悪いヤツだろう。絶対に支払わせてやる。パパはがんばるからな・・」そう自分自身に言い聞かせて盛也は会社を出た。家の前までやって来た盛也は、ピンポーンと鳴らしたが返事がない。商売柄のカンで中の気配を伺うと、どうやら留守らしい。そのうち帰ってくるだろうと、フラフラしながら待っていると小さな女の子の声がした。・・・この瞬間、自分の子供の顔が浮かんだ。盛也の悪い癖だ。これで、いつも回収を失敗する。失敗すれば、明日、支店長に怒られる盛也は気を引き締めた。が・・・女の子の手を引いている女の人が近づいてきた。どうやらこの家の奥さんらしい。金を借りたのは旦那だが夫婦だから事情は分かるはず聞いてみよう。そう思った盛也の目の前で、奥さんがヨロヨロして倒れてしまった。「おかあさん、どうしたの?」と女の子は叫んでエーンエーンと泣き出した。奥さんは虚ろな様子だ。頭の中が真っ白になった盛也が「大丈夫ですか?」と駆け寄り、奥さんの額に手をやると、すごい熱だ。盛也は、「こりゃ、大変だ」と家の中に担ぎ込んで、布団に寝かせた。救急車を呼ぼうと思ったが、奥さんは、近所のかかりつけの医者の名前を言ったので電話をして往診に来てもらった。半時間ほどしてやってきた半分引退寸前の穏和な医者は「風邪をこじらせてますね」と言って注射を打ってくれた。どうやら、この医者は、盛也を親戚の者と思ったらしく診察料と往診代で5000円を請求してきた。仕方ないから、財布から5000円を出そうとした盛也だが10000円しかない。「なあ、先生、この奥さん、明日も往診してやってください」と盛也は10000円札を渡した。医者は、うんうんと頷いて帰って行った。布団から顔だけ出した虚ろな目の奥さんは、まるで悪夢にうなされているように話した「どこのどなたか存じませんが、申し訳ありません。主人が病気で半年ほど入院してまして・・・お金はパート代が入りましたら払います」勇作は、この家が半年間支払いを滞っている理由が分かった。「じゃあ、連絡先はここにね」と言いながら、勇作が名刺を渡すと奥さんは、やっと勇作が何者か分かったようで目を閉じて悲しそうに首を振った。帰り道、どうしても、そのまま家に帰りたくなくて盛也は立ち飲みの焼鳥屋に入った。一杯引っかけて、ほろ酔い気分の盛也は、「ああ・・・また支店長に怒られる・・・」と呻いた。
2005.04.10
コメント(0)
「好き」はだんだん染みてくる高校2年生の修平の恋わずらいは重傷だった。授業中の先生の声は右の耳から左の耳に素通りだし、家でも、いつのまにか心は宙に浮いていた。「この恋わずらいを治療する方法はただ一つ!!!憧れの雅美ちゃんに告白するしかない」と親友で応援部団長の小野に励まされる修平だが、「でもなあ・・・ふられたら・・・俺、生きて行けるかなあ・・・」「死ぬ気で行け、死ぬ気で行けば男一匹何でもできる。できないのは子供を産むことだけだ」「そうは言うけれど、雅美のような校内で一二を争うような人気者が、俺みたいな3枚目の彼女になるなんて、なんか変だろ?」とニキビ面の顔を指さす修平だ。その言葉にムッときた小野は「何言ってる・・・ちょっとくらい見栄えがよくても、付いてるものは似たようなものだ。恋愛は心だ。ハートだ。情熱だ。ボヤボヤしてると取られるぞ」と、真っ赤な顔をして言った。そうこうしているうちに、小野の予感が当たったのか。雅美が3年生のサッカー部員と付き合っているという話が修平の耳に入った。修平はスーッと体の中から力が抜けるような感じがした。「雅美は可愛いしなあ・・・仕方ない・・・でも・・・俺の気持ちだけは伝えたい」そう小野に話すと、「よーし、そんなら・・・ちゃんと言えよ。男なんだから」と、けしかけた。修平は「ああ・・・このままじゃ・・もう誰も好きになれない気がするから」と開き直って言った・・・それから、学校の中庭に雅美を呼びだした修平は、「もう遅いと分かってるから、君は気にしなくていいんだぜ・・・」と前置きして、「ずっと、大好きだった・・・」と言った。その時、雅美は「ありがとう」と言うだけだった。修平は自分の心にけじめをつけるつもりだったのだが、それからも雅美のことを思い続けていた。実は、それから3ヶ月後、修平と雅美は付き合い始めた。雅美が付き合っていた3年生のサッカー部員は受験で交際どころではなくなったのと、修平と雅美が学園祭の実行委員になったことで、顔を合わせる機会が多くなったのがきっかけだった。その時、「オレの気持ちは変わらないよ」と言った修平に、雅美はこう答えたそうだ「好きだって言われて嫌いになる女はいないわ・・と言うか・・・だんだん染みてくる感じ・・・」・・・
2005.04.09
コメント(0)
こども美術館 不景気になると一番最初に削られるのが文化や芸術への予算らしい。M美術館への予算配分も、昨年からすると3割くらいは削られている。常設の展示物だけで、美術館に見に来る人はほとんどいない。 かと言って、今の予算では有名画家の特設展示会は、年の半分くらいしかできない。 「このままでは、美術館が存続できるかどうか」館長さんを始め、最近は新卒採用がなくてベテランばかりになった職員たちが悩みに悩んだ末に考えついたのが、こどもたちに美術館を開放することだった。 県内の小学校中学校に連絡して、子供たちの描いた絵や創作物を集めることにした。この試みは、結構当たった。 名作と呼ばれるものでなくても、美術館に自分の身内の作品が展示されたのだ。誰だってちょっと見に行こうって気になるものだ。子供の家族が美術館にやってきた。友達同士誘い合わせてやってきた。あっちに笑い声、感激する声が館内に響き渡って美術館に活気が戻ってきた。 今まではお金で名作を世界中から集めてお客さんを呼んできた。 でも今回、M美術館に来ているお客さんは一人一人の子供たちの縁でやってきたのだ。
2005.04.08
コメント(0)
がんばれ!チエちゃん 小学校6年生の真由子ちゃんには二つ年下の妹のチエちゃんがいた。チエちゃんは、生まれて3ヶ月の時に高熱を出して、今でも後遺症なのか知能指数が3歳以下と診断されている。チエちゃんは、毎朝、お母さんに手を引かれて養護学校に行っていた。幸い健康そのものなので、約5キロの道のりも何のそのだ。でも、お母さんがいっしょでないとチエちゃんはじーっとしているだけで何もできなかった。 真由子ちゃんは、チエちゃんが病気になったのは自分のせいだと思っている。 お母さんが当時2歳の真由子ちゃんを可愛がって、チエちゃんにまで気が回らなかったから後遺症が残ったと思っている。だから、「きっと、チエちゃんの病気を治してみせます。もし、治らなかったら、私はお嫁に行かないでチエちゃんの面倒をみます」と、校内の放送の”自分の主張”で泣きながら話した。 ある日、真由子ちゃんが、インターネットの相談室にメールを送ると、返事が返ってきた。そのメールには・・・それでも魂は、同じようにちゃんとあるのだから、絶対に諦めないで、じっと目を見て心で話してあげれば、絶対に伝わるはずです・・と書いてあった。その日から毎朝10分寝る前に10分、真由子ちゃんはチエちゃんの目をじっと見つめて心で話をすることにした。・・・チエちゃん、私、3ヶ月後ピアノの発表会あるの。一生懸命練習したからお母さんにも見に来てほしいの。 だから、その日は一人で学校に行ってね・・・お父さんやお母さんは、はた目に見ている限りでは黙っているし、にらめっこでもしているのかなと半信半疑で見守っていた。 1ヶ月くらいは、何の変化もなかったチエちゃんだったが2ヶ月目のある日、雨の朝だった。いつも、じっとお母さんを待っているはずのチエちゃんが家を出るなり傘も差さずに歩き出した。お母さんは、びっくりして傘をチエちゃんの頭の上に差し出しながら追いかけた。チエちゃんは信号や横断歩道もちゃんと止まった。 信号が青になるとチエちゃんは歩き出した。アイーアイーと言いながら、黙々と歩いてとうとう養護学校の門まできた。その日のチエちゃんは校門を通りすぎるなり、気を失って倒れてしまった。 その数日後から、お母さんは近所の奥さんたち10人に頼んで養護学校までの危険な場所、横断歩道や信号のあるところに立ってもらい、お母さんはチエちゃんが来るのをドキドキしながら校門で待っていた。その日は朝からカンカン照りの日だったが、チエちゃんは汗だくになりながらも一人でやってきた。それから、見張りを少しずつ減らして、とうとうお母さん一人が先回りして校門で待っている日がやってきた。その日は真由子ちゃんも途中の歩道橋の陰で、こっそり待っていた。チエちゃんは、まっすぐ前だけを見てアイーアイーと言いながら黙々と歩いて行った。そんな妹の姿を見ながら、涙の止まらない真由子ちゃんは、・・・チエちゃん!頑張れ・・・と心で何度も何度も叫んだ。 その日は真由子ちゃんのピアノの発表会の前日だった。
2005.04.07
コメント(0)
この広い世界のどこかに自分とソックリな人がいる。そんな話を誰しも一度や二度は耳にしたことがあるだろう。麻理もそんなことを聞いたことがあった。でも、実際に、自分にソックリな女の子に出会った時は全身に寒気が走ったものだ。そう、あれは20年ほど前、高一の時だった。付きあっていた彼とケンカして、少しヤケになっていた頃だった。ふと駅のベンチに腰を下ろすと2、30メートル離れたベンチから腰を上げた女の子にはビックリした。茶髪で短いスカートの制服を着たどう見ても不良としか思えない子だった。しかも、その女の子は麻理にソックリなのだ。向こうも、麻理に気づいたらしく不思議そうな顔をしていた。同じ電車に乗ったその子は、麻理が降りる手前の駅で降りた。麻理は、それっきり、その子には会ったことはなかった。月日は流れた…麻理は、36歳になっていた。デパートで働きながら、女手一つで二人の子を育てていた。数日前、久しぶりに5年前に別れた夫と会った。彼はヨリを戻そうと言うが、すぐには返事できなかった。今でも未練はあるが、別れの原因になった浮気だけは許せなかった。子供たちは、今でも月に一度は彼に会いに行く。子供たちはヨリを戻すことには大賛成だろう。あの人の浮気には、高校生の時から悩まされていた。ちょっとイイ男だからって、いい気になって…でも、他の人と再婚しないのだから、私に未練あるんだわ…私も再婚しないのは同じ…だけど、許せない…なんてイライラしながら麻理は、いつものように帰りの電車に揺られていた。降りる駅の名前が車内アナウンスで連呼されて我に返った。立ち上がった麻理の背中から声が聞こえた、「お母さん」振り返ると、娘の由佳だった。この春、高校に入学したばかりの由佳を見ながら、麻理はハッとした。そう、あの茶髪で、短いスカートの制服を着た自分ソックリの女の子は由佳そのものだった。マジマジ見つめる麻理を、「どうしたのよ、私の顔に何かついてる?」由佳は、あの時と同じ不思議そうな顔で見つめた。「大きくなったなと思って…」そう麻理が言うと電車は停まった。二人が降りる駅は、麻理ソックリの女の子が降りた駅だった。
2005.04.07
コメント(0)
ずっと冷めていた梓の心が久しぶりに温まり始めた 食堂で働く梓は、1年ほど前に5年連れ添った亭主と別れた。 3歳の裕太を保育園に預けて、毎日、ガンバっている。 幸い、食堂の店主のおじさんもおばさんも気のよい人で、楽しくやっている。 ある日、フラッとやってきた工事現場の作業員を見て梓はハッと思った「ひょっとして、繁ちゃんやない」すると、その男は、「ああ・・・」と微かに笑った。繁ちゃんとは、中学3年生の時、同じクラスだった。無口で、少し陰のある所が、胸にジーンと魅力的なのはあの頃のままだった。「そこの現場事務所で働いてる・・」繁ちゃんは、モソモソっと話した。 その日から、繁ちゃんは毎晩、その食堂に夕飯を食べに来た。黙ってモクモクと食べて帰って行くだけだが、梓は心が少しずつ弾んでくるのを感じた。そんなことを、店主のおじさんもおばさんも気づいてるようで、繁ちゃんが入ってくると「来てるよ・・・梓ちゃん」と声をかけてくれた。それでも、子持ちでバツイチの自分になんかと言う気持ちもあって、半分諦めているような期待しているような感じの梓だった。 こんなことがあった。 裕太の誕生祝いを店でやろうとおじさんおばさんが声をかけてくれて、保育園に預けていた裕太を早めに引き取りに行き店に連れてきていた時だった。たちの悪い客に、やんちゃ盛りの裕太がぶつかった。タイミングが悪かったようで、ビール瓶が倒れて、頬に傷のある男のズボンを汚してしまった。「おお・・・どうしてくれるんだあ」おじさんもおばさんも梓も、散々頭を下げて、ズボンをクリーニングして返すからと言ったが、なかなか承知しない。その上、梓に付き合えと迫る始末だった。みんな困り果てていた時に、繁ちゃんが入ってきた。「もうそれくらいにしておきな・・・」繁ちゃんが言うと、男は「おまえ、何様や思ってんねえ」と繁ちゃんの胸ぐらをつかんで、引きずり回そうとした。 すると、繁ちゃんの作業服のボタンが3つ4つポロポロとこぼれ落ち、半分裸のようになり、赤青の立派な入れ墨が見えた。それを見た男は、「覚えてろ・・」とすごんで店を逃げるように出て行った。男が出て行って、しばらく呆然としていた繁ちゃんは、入れ墨を隠すようにして店を飛び出して行った。それを見たおばちゃんが梓の肩を叩いた。おじさんも「呼んでおいで・・・」と言った。梓が小走りで追うと、すぐに繁ちゃんに追いついた。振り向きざまに、繁ちゃんは「おれなあ・・つい最近まで刑務所におった・・ケンカして、人に大怪我させてたんや・・・チンピラやったしな・・・イヤやろ・・・こんなヤツ」と言った。「亭主に捨てられて、化粧もせずに食堂で働いてる子持ち女なんて、興味あらへんやろ・・・」と梓は言い返した。首を横に振って、繁ちゃんが梓の手を握った。ずっと冷めていた梓の心が久しぶりに温まり始めた。
2005.04.06
コメント(0)
幼なじみ ヒューヒューと風の強い日だった。千香は安アパートの薄汚い部屋で幸一の寝顔を見ていた。建設作業員の幸一とこんな関係になって3年になる。結婚するでもなし、ズルズルと月日だけが過ぎて行く。幸一は、週末になると酒の匂いをプンプンさせて千香のアパートにやってくる。そして、月曜日になると自分の住みかに帰って行く。「勝手な人ね」千香は何度も幸一にそう言ったが、「そこが、俺の魅力さ」と薄笑いを浮かべた幸一に抱き寄せられると言われるままになってしまう。何をするでもなく、テレビを見て、ゴロゴロ転がっているだけの半分ヒモのような幸一といつか結婚する、それはそれで幸せな人生だろうと考えていた千香の3年間だった。 しかし、この一ヶ月ほど前から、千香の心の中に疑問符が付きだした。故郷から出てきた幼なじみの邦男と再会してからだ。邦男は故郷の寺の息子で、近々寺を継ぐことになった。そんなわけだから、両親が嫁をもらわねばと、山のように縁談を持ってきた。しかし、邦男は、どれも気が進まなかった。子供の頃から好きだった千香のことが忘れられないからだ。 邦男は幸一の存在を知っていた「なあ、千香、あの男はお前以外にも女がいるんだぞ。悪いが調べさせてもらった・・・なあ、そろそろ、目をさませ・・・俺といっしょに帰ろう」そう言う邦男に、千香は良い返事をできなかった。心では子供の頃から優しかった邦男に付いて行きたいと思っても、体は幸一に引かれているからだ。「もう一度、出てくるから考えておいてくれ」邦男はそう言って故郷に帰って行った。 「ちょっと買い物に行ってくるね」千香は、いつものようにタバコを吸いながらテレビを見ている幸一を残して駅前のデパートに出かけた。2時間ほどして、自分の部屋に戻った千香は目を覆った。 邦男が腹の辺りから血を流して倒れていたのだ。 部屋の中は荒れ放題、かなりの騒ぎだったらしく向かいに住んでいる大家さんが警察を呼んだらしかった。救急車に運ばれる邦男を横目で見ながら、大家さんは狼狽して震えている千香に言った「いつも、あんたの部屋にいる男が、あんたの部屋の金目のものを引っ張りだそうとしてたんだよ。そこへ、その人が来て、口論になって、かわいそうに殴られ蹴られ、最後に腹の辺りを包丁で刺されたそうだよ。親戚の人かい?」どうやらカッとなった幸一が邦男を刺したようだ。 病院に運ばれた邦男の傷は幸い2週間も入院すれば治る程度の傷だった。 包帯を体中に巻かれて少し痛そうだが元気そうにベッドに寝ている邦男に千香は言った「どうして逃げなかったのよ。お坊さんだって、不死身じゃないんだから・・・」邦男は腹の傷が痛むと見えて、千香の言葉に顔を歪めながら。「でもな、こんなことでもなければ、千香をあいつから取り戻せないからな・・」「バカ・・・殺されたらどうするの」 そう言うと千香は泣きながら邦男の腹の辺りに顔をうずめた。「いてえええ」苦痛にゆがんではいるが、うれしそうな邦男だった。
2005.04.05
コメント(0)
宿命のライバル 「このままでは売れ残っちゃうわ」則子は、先月末で3年間勤めた病院の事務員を辞めた。 若い看護婦は多いのだが、5人の子持ち愛人持ちの医者以外に男性がいない職場だった。たった一度、激しい争奪戦の末、某内科医と不倫関係になったこともあったが、奥さんご懐妊の瞬間に彼が心代わりし、100万ぽっちの手切れ金でおじゃんとなった。彼との切れ目が、この職場との縁切り坂と悟った則子は、一身上の都合!!と退職届を提出したのだった。職安に手続きに行くと、求人票の中になかなか良い条件の会社があった。名前は知らなかったが、最近のびてきている通販会社のようだ。 職安の相談員に聞けば、昨日提出されたばかりの求人票らしい、ちょっくら行ってみるかと面接に出かける則子であった。 「失礼します」と思いっきりかわいい声で受付に行くと、則子は思わず「ああ」と叫びたくなるほど驚いた。そこにいたのは、この世で、一番会いたくない女、ルミではないか。 なんと、ルミは、この会社の受付嬢に修まっていたのだ。 思い起こせば、ルミと初めて会ったのは5年前の高校2年生の始業式の日、彼女は則子の隣にニッコリとわざとらしい笑顔で座っていたのだ。遠い親友より近くの悪友、則子とルミは、すぐに意気投合した。日曜日には、セットでナンパされた。その一人の彼と則子が学校の帰り電話で話していると横からルミが電話を取り上げ、「ねえー、則子なんかやめて、私とつきあわへん」また、則子が電話を取り上げ「あほか・・・私の彼やで・・」またまた、ルミが電話を取り上げ「かわいい方が勝つんや・・なあ、どっちにする?」・・・激しい争奪戦の末、則子はルミに彼を取られた。その時の悔しかったこと・・・「どこの家でライオン飼ってるんや」と酔ったお父さんが言うほど大きな声で則子は泣いたのだった・・・ リターンマッチは、2年後だった。事もあろうことか同じ病院の事務員になった則子とルミは、俳優の反町似の内科医にお熱を上げた。 彼にはすでに女優の松嶋菜々子似の奥さんがいたのだが、そんなことを則子とルミが気にするはずがない。仕事そっちのけのお色気合戦の末、今度は則子に軍配があがり、ルミはシクシクと去ったのであった。 あれから3年、宿命のライバルである二人は再び、則子はテレホンオペレーターとしてルミは受付嬢として相まみえることとなった。二人のターゲットは、”花の独身”営業主任元大リーガー新庄似である・・・
2005.04.04
コメント(0)
無数のクエスチョン弘治がパブで仕事仲間たちと飲んでいる時だった。後ろを通り過ぎるOL風の女の子たちの群れに高校の同級生だった美津恵の姿をみつけた。弘治は、懐かしさにかられて「よー」と声をかけた。美津恵もすぐに気づいたようで「元気」と言ってきた。高校時代の弘治と美津恵は結ばれそうで結ばれなかった中途半端な恋愛関係だった。そんなあいまいな関係のまま、卒業してから、音信不通でかれこれ5年ぶりくらいになる。「そうそう、美奈子が結婚するのよ」「へえ、おまえは?」「だめだめ、影も形もない・・」そんな軽い会話を交わして、その場は美津恵と別れた弘治だった。そして、いつの間にか、そんな会話を交わしたことさえも忘れていた。ある日曜日、弘治が家でテレビのJリーグを見ているときだった。電話のベルが鳴った。「もしもし・・・」美津恵だった。・・・今ねえ、美奈子の結婚式行ってきたの。すごくキレイだった。ほんとよ・・すごくキレイだった・・・「どうしたんや。そんなこと電話してきて何か話したいことあるんか?」・・・そんなんない・・もう、いい・・・じゃあ・・・・・と一方的に美津恵の方で電話を切ってしまった。一度は互いに好き合った人から、そんな電話をもらえば、誰だって正常な気持ちではいられない。気になった弘治は、高校時代の卒業アルバムを持ち出して美津恵の家の電話番号を調べてかけてみた。電話には美津恵のお母さんが出た「はあ、美津恵ですか?美津恵は1年ほど前、結婚して家を出てますが・・」弘治は頭をハンマーで殴られたようだった。じゃあ、あの電話は何だったんだ・・・弘治の頭の中は無数のクエスチョンマークで埋め尽くされた。
2005.04.03
コメント(0)
花見の延長戦「とうちゃん、ムーミンの続き読んでな」「その前に1時間だけ用事があるんや・・・」と、小学1年生になった6歳の息子を納得させ、夕飯を終えた私は、夕暮れの桜の木の下で恒例の花見としゃれ込んみました。カンチューハイを3缶飲んでいい気持ちになってゴロリと転がりました。うーん、ラクチンラクチン・・・見渡す限りの桜の花に見とれていると、「おい、おまえも花見か・・」横を見ると同じように転がっている藤田さんがいるではありませんか。「久しぶりですね・・・最高の花見日和ですね」と私が言うと、藤田さんは「そうやな・・・」と笑いました。仕事の虫の藤田さんが、こんなことをしているのは、何かイヤなことがあったのでしょう。藤田さんは、お金儲けの上手な人です。高額納税者番付の常連です。10年くらい前、私は、何度も藤田さんと飲み歩いたものです。そうすることで、彼の行動や空気から、お金儲けのコツを勉強したかったからです。そんな私に藤田さんは「なんだかんだ言いながら金を追いかけてるヤツは、いつまでも金から追いかけられる運命にあるんや」と口癖のように言いました。目先の金を追いかけずに日々の自分自身に磨きをかけなさいと言う意味だそうです。そんな藤田さんでも、周囲の人に恵まれているかと言えば、そうでもありません。5年ほど前、藤田さんは身内の保証人になって、当時の金額で20億円ほどのお金を失いました。あげくの果てに、家は担保に取られ、会社にも借金取りがやってきたそうです。そんな時でも、藤田さんは、心配している会社の人や奥さんに「金なんか、なんとかなる」と笑いとばして、モクモクと仕事に励んだそうです。その時の借金も、完済したと先日聞いていました。しかし・・・「また、金とられたわ・・・弟の紹介やから信用してたのに」「ええ、また・・・億ですか?」「いやいや、今度は・・うん千万・・金なんてなんとかなるわい言うて、家を飛び出してきた・・そんでもなあ・・・あんなやつに金渡すくらいやったら、あの金で社員や家族に贅沢させられたのに思うたら悔しくて悔しくて・・・ここで会ったのが100年目や久しぶりに、とことん付き合うてもらうで・・」と、またもや災難に見舞われた藤田さんに言われたら、イヤとは言えません。そこから延々5時間、花見の延長戦は続きました。そんな私が、やっと家にたどり着いたのが深夜の0時でした。忘れたわけやないんやで・・・申し訳ない気持ち一杯で、寝室をのぞくと息子は眠る直前まで酔っぱらいの父を待っていたのでしょうか。かわいい寝顔のすぐ横にムーミンの本が一冊置いてありました。
2005.04.02
コメント(0)
無邪気なコールガール 土曜日の夜10時過ぎだった。 やっと仕事の終わった健司は雨の中、帰りを急いでいた。 すると、傘も差さずにコンビニの陰に立っている金髪に染めた若い女の子。 たぶん23か4位の子と目線が合った。一瞬、 「何してるのだろう」 と思った健司だが、そのまま先を急ごうとすると、その女の子が側に寄ってきて 「おにいさん、私、帰る所ないの」 と言うのだった。 最近、この手のコールガールが増えていると噂に聞いていた健司は、少しとまどったが、結構、かわいい感じだったし、まあいいかと思い、彼女といっしょに近くのシティホテルに入った。 ベッドインする前に、 「シャワー浴びておいでよ」 と健司が言うと、その子はコクリと頷いてシャワールームに入って行った。 その頷いた仕草を見て健司はイヤな予感がした。 しばらくして、シャワールームから出てきた化粧の落ちた彼女を見て、健司は予感が的中したと思った 「高校生?」 彼女はいったんクビを横に振ったが、健司が疑いの眼差しを向けると仕方なしにうなずいた。 「バカなことをするもんや・・何で?」 「新しい携帯ほしくて・・3万円するの」 「お父さんやお母さんは?」 「二人とも好きなことやって、私には無関心よ」 「だからって、自分の体を粗末にして」 「そうかしら、友達だってやってるし。お互いに損のないことだから」 「でもね・・・高校生じゃあ・・」 「もういいよ・・・するのしないの?」 「しないよ・・」 と言うと、女の子は 「バーカ」 と言って飛び出して行った。 「おい、外はどしゃぶりだぞ」 と健司が叫んだが、彼女には聞こえたかどうか。 一人部屋に残された健司は、今の会社を始めた頃に借りた事務所の大家さんのことを思い出していた・・・ ・・・彼女は80歳くらいで、 今でも料亭のオーナーをしている佳乃さんと言う。 佳乃さんが青春期を過ごした戦前は、貧乏人の娘に生まれるとお決まりのコースだった。 何か特技でもなければ、女郎屋に売られて行く運命だった。 佳乃さんも、下に5人兄弟がいて、お父さんとお母さんと計7人を食べさせるために売られてしまった。 女郎屋で、初めての客をとる日は、特別の客がつくものらしくて、佳乃さんにも箱根あたりで事業をしている山本さんと言う大金持ちがついたらしい。 さて、床入りという時、佳乃さんは畳に頭をすりつけるようにして山本さんに頼んだ 「ダンナさん、私は何の取り柄もないですけれど、一生懸命働くことでは誰にも負けません。後生ですから、私に1年ほど時間をください。女郎になるのは、それからにしたいです」 そんなことを、頼む佳乃さんもだが、山本さんも、ただ者ではなかったようでそのまま、佳乃さんを今なら1000万円くらいの金を出して身請けして、自分の経営している旅館で働かせることにしたという。 それから、10年ほどして、立派な旅館の女将さんになっていた佳乃さんのもとに、母危篤の知らせが届いた。 10年ぶりに故郷に帰った佳乃さんに、お母さんは最後の力を振り絞って 「ごめんよ・・・ごめんよ・・おまえに、あやまらなけりゃ・・私は死にきれない」 と両手を合わせて謝ってばかりだったそうだ。 佳乃さんは、実家に自分が旅館の女将さんになっていることを知らせていなかった。 だから、お母さんは、てっきり、佳乃さんが10年間、家族の為に女郎をしていると思っていたのだ。 「私、女郎やらなかったの・・・旅館の女将やってるの」と、勝ち気に佳乃さんが言うと、お母さんは「ほーかい・・ほーかい・・・」 と笑顔を浮かべたまま息を引き取ったそうだ・・・ そんな話を思い出している健司にトントン・・・ノックの音が聞こえた・・・
2005.04.01
コメント(0)
全35件 (35件中 1-35件目)
1