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ホメオパシーのレメディーは身体にとってもう一つの現実です。その現実を目の当たりにして、気づきが起きた時の反応は想像を超えたものがあり、本当に興味深く感じます。ある人はある状況によって身体の骨を頻繁に骨折するということを生育期に体験し、後にレメディーと出会います。頻繁に骨が折れていたので、正常な位置に固定されずにそのまま接合している骨も多々ありました。レメディーとの出会いによって、身体の「とった行動」は不適切な位置に接合された骨を一度自ら折り、再度正常な位置に接合し直すということでした。以前に私は友人にもらって一粒だけ「ベルリンの壁」のレメディーをとったことがあります。その夜、そのレメディーをとったことなどすっかり忘れて床に着きました。その日、見た夢は斧やハンマーで家中のものを叩き壊すという夢でした。夢の中で私は怒りに震え、暴れていました。私たちが通常では把握できないレベルで、身体の叡智は働いています。身体を注意深く観察すると、また叡智に触れると神の存在を直接感じることができると感じます。正にご神体のごとく…
2016.07.27
通常、その人の中に意識にないものは、その時点まではその人の中には存在しません…私たちの中には本当にたくさんの宝が詰まっています。ずっと宝の在り処はわかっていました。大きな宝箱は目の前に存在しています。なのに、鍵穴と鍵が見つからない…ぐるぐる回っても、ひっくり返ってあらゆる角度から探しても…ある日、一つのビジョンが訪れました。鍵は既に自分が持っていました。そして、鍵穴はそこにあると思ったとたんに、そこに現れたのでした。
2016.07.26
過去に家族を失い悲嘆にくれていた時に、ある師が贈ってくれた言葉があります。「その悲しみを覚醒のエネルギーに変えることができます」一つ一つの物事は既に結果を得ていると人間は考えます。途中でその結果だと思っていたものが変化するかもしれません。「この出来事は最初はこうとらえていたが、実は今はこんな風にとらえている、と…」それでもまだ結果は出ていないと思うのです。最終結果などそもそも出ない、いや、本来は存在しないという感覚もあります。全てが統合されていくとき、その結果と思しきものさえも統合されていくのだと感じます。
2016.07.24
この宇宙でそのまま全く変化せずにあるものはありません。全てが何らかのかたちで微妙に変化し、移ろいを生じています。私たちはその宇宙の中にある自然な存在であり、私たちもこの宇宙と調和して変化していくことが促されています。私たちが今までの固定化した思考パターンで行動しようとしたり、物事に対して常に固定化した反応を返していくことは、そもそも宇宙との調和という意味ではかみ合わない結果を生じていくと感じます。その不調和な状態こそ心身の不調です。そんな中での解決法の一つは、問題の解決を手放すことです。問題と闘わない、また闘わない方法を見つけるようにすることです。また、そもそもそれを問題視しない、という方法もあります。問題と今までと同様の方法で闘っている限りは、固定化された反応が継続していくことになり、不調和が続いていくと思います。闘いの火は自分で消すことができるのです。
2016.07.23
心身共に完全なお休みをとるのが苦手な方というのは、案外多いと感じます。労働によって何かを生み出さなけばいけない、何かを生み出すためには労働しなければいけない、という考えはこの文化にも深く浸透しています。豊かになるために人はたくさんの労働、または価値ある労働をしようとしますが、その先に続く道は労働の上にある豊かさです。完全な休息というのは心は自由な感覚がします。実は人が豊かになりたいと思う大きな理由の一つは、この自由な感覚を手に入れることです。私たちが本当の豊かさを手に入れるためには、この自由な感覚を選択し続けることも今後大切になってくるはずです。そして、私たちが真の自分とつながり、この心の中の自由な感覚と共にある時、大いなる源からの豊かな流れに気付くと思います。
2016.07.21
以前から共鳴は一番身近で簡単な意識変容・ヒーリングの方法であると実感していました。ある覚者も共鳴の大切さを強調していました。これから先は特に、同じような意識を持つ人たちがなるべく時を共に過ごすことはとても重要だと思います。それによって「ブレ」がなくなり、意識が安定もしますし、近い周波数の人たちは高い周波数の人に合わせて変容して行けると感じます。不安や恐怖を感じる時は、それは源から引き離されていると思っているからであり、自分自身が何者であるかを忘れているということ…何者であるのかを思い出し、源とのつながりの感覚が再び強くなってきた時、不安や恐怖は自ずと消え去っていくと思います。私も過去には「ブレ」を経験しましたが、そんな時には共鳴したい意識と共にあるのが一番です。共鳴したい人の本やブログを読む、共鳴したい人のことを考える・エネルギーを感じてみる・定期的に会う・話を聞く・歌を聴く…方法はたくさんあると思いますが、そういった人たちが共鳴すればするほど「ブレ」は少なくなり、またその周波数が周りにも広がっていきます。個人個人が今すぐできる全体の統合への道はこんな小さな選択からだと思うのです。またそんな意図をもってパワフルに行いたいものです。
2016.07.16
次元上昇と共に様々な変化が私たちには起こっています。例えば物忘れと思うような状態…これは、ある意味意識が過去や未来に行かず、今に集中できているという状態になってきているとも言えます。昨晩の夕飯のメニューが思い出せない?!!若年性の認知症か…こんなことがある方もおられるのではないかと思います。もちろん、そのように思いこめば、そのような症状をもっと創り出すかもしれません…同じ症状でもそれをどうとらえるのか…どうせなら、望ましい現実を創造したいものです。そういった意味でも物事の判断をバッチリしない方が創造される未来の可能性は大きく広がると感じます。では、果たしてこの物忘れの原因の真実は…それは自分の中にしか存在しないのです。
2016.07.15
私たち日本人の社会の中では「人に迷惑をかけてはいけない」という概念が強くあります。人は往々にしてこのような社会的な規範に縛られて、自分自身をがんじがらめにしていることはとても多いと感じます。例えばこの例で言うと「人に迷惑をかけてはいけない」ということにあまりにも縛られて、自分を規制し続けていると、どこかでその歪みが来て結局人に迷惑をかけることになることがしばしばです。迷惑をかけまいと自分で全てやることによって、結局は寝込むほどに自身が追いやられ、周りの人に多くの助けをもらうとか、何か起こっても余計なことは言うまいと感情を抑えて黙っていると、結局爆発して相手に罵声を浴びさせ、傷つけてしまうなど、その形態は様々です。私たちはいつも自分に何か価値を上乗せしようとエネルギーを費やします。または評価の対象になろうと、あるには減点評価の対象になるまいとエネルギーを費やします。そのようにわざわざ自分をコントロールすることで、エネルギーを費やし、望む方向とは逆の方向へ進んでいくことがよくあります。私たちに今本当に必要なのは、引き算であり、そのようなエネルギー消費を少なくすることであると感じます。仮面や衣装はつけずに、軽くなりたいと思っているはずです。実際にその方がずっと楽だと思います。「楽」だと感じることは、結局は「楽」しい結果を招いてくれます。本当は私たちはそれを知っているのだと思います。
2016.07.14
私たちが生きてる中で当たり前のこととして信じていることがあります。太陽の直視は目に良くない。夢は自由にコントロールできない。自分の内臓や細胞は自分の思い通りに動かない…食べなければ生きられない。たくさん活動すれば体力的に消耗する。きっと、もっとたくさんの項目がありますね…こういった内容のことを一つ一つ疑ってみる必要があると思います。例えば夢は意図的にヒーリングやメンテナスに使えますし、身体は願いを発した通りに即活動してくれます。三次元のこの世界で当たり前のこととして存在していることに目を向け、物事の真実を見極めようしたり、違う側面を見ようとすると、それだけで意識が拡大し、第三の目が開いていきます。殆ど全てが思い込みなのです。そういったチャレンジをするのに、今月はとてもいい月だと思います。
2016.07.11
人間は変化を恐れる傾向にあります。また、長年培ってきたものや信じてきたことを手放すのは、自分の中心が崩壊していくような感覚を伴うかもしれません。ですが、変化は自然の常であることを思い出してみると…季節は絶えず移り変わり、自然界の中で、そこでそのまま何も変化することなく存在しているものは何もありません。全ては刻々と変化していています。何に合わせて変化しているかというと、それは宇宙の奏でるリズムだと思うのです。元々私たちは自然の中の生き物であり、自然体に戻っていくことが必要です。自然体とはこの宇宙の奏でるリズムに合わせて変化することでもあります。変化しようとするよりは、固執することをやめれば自然と変化します。それが宇宙の摂理だからです。つまり、刻々と変化する宇宙に対して、私たちの内面だけが何かにしがみついていたり、動かないように固めていることによって、不自然さ=苦しさが生まれるのは必然だと思うのです。変わらないように、変わらないようにとすることは、逆に変化を促されるような物事を引き起こします。それは、激しい川の流れの中で同じ場所に留まることより、流れにそって身を任せる方がずっと少ない力で済むことに似ています。そこに留まれば留まるほど、川の流れのエネルギーをまともに体に感じ、やがて限界が来るはずです。
2016.07.09
自分の中でどうしても嫌な部分や受け入れられない部分…ここについては、こういう時期に何等かメッセージを発してくるものです。それは夢であったり、実際に出来事を通してやってきたりします。その部分を長い間受け入れられずに来たのに、それをすぐに受け入れることは難しく感じるかもしれません…受け入れられないのはいいと思うのです。ですが、それがあったために何か逆に得したことや守られたこと、人生を踏み外さずに済んだり、何か有益なことにつながっていることが必ずあるはずなのです。それは必ずあると思います。それを見つけてそこに注目すると結局はうまく運んできたことに気付きます。それがあってうまくいかなかったというのは幻想なのです。
2016.07.08
世の中にはどうしてこんなものが存在しているのだろう、というような人類に無益と思われるものや、あるいはそんな人物が存在しているかもしれません…ですが、そのような存在に接した時に思い出したいのは、それは無駄に存在していないということです。その存在に対して、感情が動けば動くほどそれは内面のバランスに対してメッセージを投げかけてくれています。そして、その存在を排除しようとすればするほど、また否定すれば否定するほど、それは大きなエネルギーを伴って、存在し続けるかもしれません…もしくはそれは偽の姿を伴ってそこにあるだけで、後から仮面を脱ぎ捨てて力を貸してくれるかもしれません…今年は次元上昇が本格的になり、更に夏至以降のこの時期は更に特別な時間になっているようです。そろそろ内面の闘いをやめて、静寂と調和の中で生きたいものです。
2016.07.07
私達はあらゆる感覚器官を通して、またその他の感覚、直観などを通じて、外側の世界を認識しています。しかし、量子の原理からいくと、実際には中身はスカスカなのに固い物質として「認識」したり、そういう色をしているかはわからないけれど、赤(を構成する)の周波数を持つものは赤に、青の周波数を持つ青に見えます。日光があれば赤い(と思っているもの)は赤に見えますが、月光のもとでは昼間の赤とは違って黒味がかった色に見えます。光がなければその物体は黒に近い色かもしれません…では、その物体の本当の色は一体何色なのでしょうか…私達は「外側の」何かを日々経験していると思っていますが、実は全ての経験は「内側」で起こっていると思うのです。誰かに接して「あの人は○○な人」と思っていても、それは内側の自分の一部を認知しているだけ…こんな出来事もあんな出来事も全ては内面の認知による経験…私達は自分の内面にあるものしか結局は認識できないのです。通常は感覚を通して認識できるのは、ある程度の制限の加わった外界です。ですが、全てが内的経験だと気づくと、その認知の仕方にもバリエーションが加わります。これは内的な自由さであり、三次元の制限が何であるかに気付くステップだと思います。
2016.07.04
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