知らない道を走ってみたい(新館)
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2013年6月9日(日)晴れ 午前4時前だというのに、さすがに東北である。あたりはもう明るかった。スタート時の気温は21℃と発表された。暑くなりそうだった。ランパンにTシャツで十分だと思っていたのだが。今回はコースの高低差が500mくらいの峠が一つだけなので、700分は切れるだろうと思って、コースマップをよく見ていなかったのが、結果的に敗因になった。 運動公園内の補助競技場、運動場、公園周辺道路と周回の輪が次第に大きくなって道路へと飛び出した。すぐに岩手の田園風景になった。田植えが終わったばかりの田んぼと山は緑一色だった。田んぼでは蛙、林の中からセミみたいな虫?とモリアオガエル?の声がうるさい。遠くに雪がまだらに残っている岩手山が見えた。景色はいくら行っても変わらなかった。40kmまでは追い越しも追い越されもあまりせず、1キロ6分30秒くらいで走った。予定通りのペースだった。 走っていて気になったのは、道路の横に建築現場の足場みたいなものが設置されていることだった。大根や稲を干すものではなさそうだ。しかも道の片側にあって両側にはなさそうだった。昨日の前夜祭で隣にいた地元のSさんが前を走っていた。ゼッケンが1243だったので1234だったら良かったのにと話していたのだ。話し方が岩手県出身の歌手によく似ていた。それで、聞いてみたら風の向きを変えるものだそうだ。これがあるのとないのでは大きな違いがあるそうだ。謎がとけてすっきりした。Sさんを抜いて先に行った。 花巻に入っても景色は変わらない。相変わらず田園風景である。花巻といえば今年のプロ野球で活躍している菊池、大谷の名前が浮かぶが、私の年代ではなんといっても宮澤賢治である。あの若さで地方の出版社で童話集を発行できたのはなぜだろう。しかも装丁など今の本に比べても遜色がないのである。50km地点を5時間40分くらいで通過した。目標ペースに対して10分の余裕だ。高度はまだ300m行っていないのでこの先10km弱で200m上ることになる。 これまで掛水をかぶってくるくらいだったのに、ランナーはさまざまだ。ゴミ袋をかぶっているランナーもいる。内側には水滴がついていた。なめとこ山の標識があった。賢治の「なめとこやまの熊」のモデルになった山と書かれていた。クマに注意の標識もあった。冬季は通行止めになる道は森の中の道だった。やがて前方のランナーが歩き出した。見た目はたいした坂ではないのだが、足が重くなってきた。歩きが入るようになった。腹が減って足に力が入らない。最高地点に向かう長いトンネル3つで気温が急激に下がった。トンネルを抜けて最高地点付近にエイドがあった。いなり寿司4個を水と炭酸飲料で胃に詰め込んだ。梅干しとレモンを食べ、念のためウエストポーチに飴を3個備蓄。 最高地点からは急激な下り坂だった。50km過ぎで追い抜かれることはないのだが、次々と抜かれた。50kmから60kmまで1時間半もかかってしまった。このままでは12時間切りどころか完走も危なくなってきた。走るリズムを3拍子から2拍子にとリズムを変えてみた。ウルトラマラソンはあきらめずに走っていると不思議に調子が戻ることがあるが、それが65km過ぎから始まった。50kmの選手が合流するポイントの先に66.5kmのレストステーションがあった。ここでは着替えたり休憩ができるが、リズムが狂うのを恐れてパスすることにした。50kmの若い選手を次々に追い抜いて行くうちに、さきほど抜かれた100kmの選手もだいたい追い抜いた。 90kmからは距離表示が残りの距離になったが9kmと8kmが入れ替わっていたり、6kmが抜けていたりして、残り5km地点に意外に早く着いた。残り2kmの最後の急な登り坂で歩いているランナーを一気に追い抜いた。競技場で前のランナーのゴール写真を待ってゴールしようとしたら、後ろのランナーがスピードを上げてゴールしてしまったので、再びゴールテープが用意されるのを待ってゴールした。タイムは12時間14分03秒だった。47都道府県フルマラソンの旅はこれで43県目の走破となった。
2013年06月11日
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