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2021年06月19日
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我が家には家族写真が一枚しかない。火事とかで焼けたわけではない。ただ貧しかっただけである。正確には母の一番下の妹が写っているので、家族写真はなかったとも言える。母が亡くなったのは私が小学校1年の時で、父が亡くなったのは私が高校3年の時だったので、母が亡くなってから10年間、父は男手一つで姉弟3人を育ててくれた。父は53歳で生涯を終えた。この写真の頃は焼酎瓶をもって買いに行った記憶があるが、母が亡くなって以来、父は酒を一滴も飲まなかった。大工だったので祝い事もあるのに一口も飲まなかった。父がいつも言っていた「悪いことだけはするな」という教訓を守ったとは言えないが、父が亡くなった歳をもう20年近く超えて、ただぼんやりと生きている気がする。温泉に行くたびに、父を連れてきたかったと思う。親孝行は一つもできなかったことに悔いが残る。
2021年06月12日
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47都道府県のフルマラソン走破をして、いろいろな経験をしましたが、その中で悲惨だった大会を紹介します。▊第1回板倉ハートフルマラソン(群馬)1998年3月15日1か月前に初マラソンの「彩の国さいたまマラソン」を3:52で完走できたが30km過ぎにかなり歩いてしまったので、この大会で自己ベストを目指していた。当時は東京に転勤していて埼玉の与野市(現さいたま市中央区)から車で出かけた。コースは渡良瀬遊水地を4周するコースだった。1周だと10kmないので、途中池の中道を通ってハート形に走るようになっていた。30kmまでは2:39:02とさいたまマラソンとほぼ同じペースだった。ここまで5kmを28分以内で走っていたので、歩かなければ自己ベストを切るのは確実だった。ところが、この後大荒れの天気となった。周りには何も遮るものがない関東平野に強風と豪雨が襲ってきた。ヒョウも降ってきた。とても走る状況ではなかった。そして悲劇は池の中道で起こった。突然の烈風で帽子が飛ばされないように頭を押さえたとたんに眼鏡が池の中に飛んで行った。眼鏡があれば探せたのだが。 ゴール後のおにぎりも強風でご飯が炊けないということで、食べることができなかった。埼玉まで裸眼で一人車を運転して帰った。▊99北海道マラソン(北海道)1999年8月29日入社して25年ということで2週間の休暇と20万円相当の記念品がもらえることになった。記念品は3択で、その中から旅行券20万円を選択した。そのほかにはビデオカメラ等があった。プロ用を除けば、今では20万円もするビデオカメラなど売ってないだろう。旅行券を使って北海道マラソンに行くことにした。場所が良いと妻も付いてくる。長野マラソン、那覇マラソンなどもそうだった。前日は札幌に住んでいる大学時代の水泳部の同級生が奥さんとともにビール園に連れて行ってくれた。北海道マラソンは8月の最終日曜日に開催されるが北海道といえども暑い。制限タイムは4時間ちょうどで最初の5km関門は28分だった。真駒内競技場をスタートしてトラック内の渋滞も入れて28分はかなり厳しい。5km通過は27:22だった。25km通過は2:14:52とサブ4ペースで進んでいたが、給水所で水がなくなっていた。スポンジを冷やす氷が少しあるだけだった。この年のスタート時のも気温は27℃だった。追い打ちをかけられたのは尿意を催して北海道大学のキャンパス内に行き木陰で用を済ませたことだった。ここから5km30分を超すようになった。そして35km関門まであと100mのところでタイムオーバーとなった。初めてのリタイアと収容バスだった。バスは渋滞にはまり進まず、結局走った方が早かった。この大会はその後も水不足の解消はしばらくされなかった。▊第2回木曽三川マラソン(岐阜)2001年1月21日今回、改めて木曽三川マラソンについてまとめるときに、ふと47都道府県フルマラソン走破の旅にこの大会は岐阜県として扱って良かったのだろうかと疑問がわいてきた。愛知、三重、岐阜の3県が入り乱れている場所である。ググると岐阜県海津市となっていて一安心。47都道府県フルマラソンの旅は遊びなので、できるだけ安い費用で行くことと月曜日にはなるべく出勤するということにしている。四万十川ウルトラマラソンではJRを乗り継いで八幡浜からフェリーで別府まで行き午前3時別府駅で夜行の特急「にちりん」に乗り替えて博多まで戻り、月曜日の朝の会議に出たこともある。木曽三川に車で行く場合、通常は西名阪から東名阪に行くところだが、この時は高速道路を使わずに165号線で行った。青山高原あたりから雪が降り始めた。すぐに雪が積もってタイヤチェーンを付けなければならなくなった。雪はますます積もった。三川についたときは真っ暗になっていた。当時、携帯電話は持っていなかった。家族で1台のPHSを共有していた。予約していたホテルへ連絡できず迷ってしまった。Googleなどまだなかった。仕方なくドライブインの駐車場で、車中泊となった、翌日のマラソンコースは雪が10cmほど積もって、しかもシャーベット状で走りにくかった。1周7kmのコースを6周した。家に戻ってしばらくしてからホテルから宿泊料の請求が来た。なんの成果もない悲しい大会だった。
2021年06月08日
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