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5/20朝通勤しようとすると、ばさばさばさばさっとカラスさんがおせんべい屋さんの屋根の上に。ごあいさつしてから通り過ぎると、背後から真横をカラスさんがスイーーーーっと低空飛行していきました。このパターンは何度かあるため、何らかのメッセージなんだろうなと思い、「どうしました?」と心の中でお声をかけると、どうも夢を気にしろと言っているご様子。という訳で、夢を振り返ってみました、という話です。本当は5/20近辺でUPする予定でしたが、なぜかこんなに遅れてしまったので、ちょっと旬を逃している感はありますが。5/20の夢では、ワタクシは小学校低学年くらいの男の子の身体になっていて、どうも治療を受けているもよう。左の足を中心に身体の左側に何本も点滴がささっていて、看護師さんに治療が進んだから点滴が5本になったとか言われていました。治療が進んだ、というのは悪い方に進行したというよりは、ワタクシの段階が進んだってことを意味していたらしいので、それを周りに示すために、点滴を引っこ抜いて側転しようとしておりました。点滴を引っこ抜く感触が超リアルでした(ひぇえええええ)ワタクシを治療してくださる先生?みたいな人は、「それよりも頸椎が」とか言っていました。そういえば。5/18とか5/19、妙に左手とか左足がチクチクしていたような。そして起きたら首が痛いような。治療されてんのかなー。。。。そして、昔の実家で男性と結ばれている夢も見ました。面白かったのは、この男性はサングラスをしていて、サングラスを外すと眼鏡が出てきて、その眼鏡も取ってみると、とってもきれいなまつ毛ばしばしの美しい目がでてきた、というもの。上の夢と併せて考えると、左側は女性性を表すので、女性性の課題に取り組んできた結果、どんどんと男性性に対する偏った見方が取れてきて、統合へと向かうみたいな夢なんでしょうかね。男の子の姿で出てきているのは、女性であることを受け入れていなかったり、男性のように生きることを選択してきた結果なんだと思います。女性性の問題があるのにもかかわらず、点滴を引っこ抜いて側転しようとするあたりは、見て見ぬふりをしてきたってことなのではないかと。5/21の夢では、まず靴を探していました。履いている靴を買い替えたいと思い、雑貨屋さんに入って探す、みたいな。そして、場面が変わって教室のような場所にいるシーンとなりました。ワタクシはかぐや姫よろしく天からの迎えを待っていました。お迎えはすぐ近くに来ていて、お迎えの一行からはゴールドの光が降り注いでいました。これから旅立つので、忘れ物がないかをチェックしていると、教室にゾンビがわらわらと現れてきたので、ゾンビをなぜか使える超能力で倒していると、あわててて教室にいた人が餞の花束を渡してくれました。その後なぜか教室が水で溢れ、水が引いた前か後にワタクシがカードリーディングした結果に赤文字で添削されたものが渡されました。添削、というか、直近の未来に対する預言みたいなものが書かれていました。夢ながらこれは覚えておいた方がいいんじゃないかなーと思い、一生懸命覚えていたのですが、忘れちゃいました。何月、何月とかって書いてあったはず。。。靴を探すというのは、生活の基盤を探しているということになりますね。まあ、そうなんでしょう。。。そして、教室というのは社会生活を表すそうで、そこにゾンビがわらわらと、というのはもはや不要になった感情や権威が襲ってこようとしているけれど、蹴散らしてお迎えの準備をしているっていうのは、そのままな感じがします。古い体制や感情と対峙してそこから離れようとしているってことですね。そして、水。大きな変化が起こるってことかなと思います。水がせりあがってくる夢はたまに見るのですが、内面や外的環境に変化があるときにそういえば見るような気がします。カードリーディングの結果に預言が添削されているっていうのは、多分何らかの情報をDLしたってことなんだと思うのですが、何分覚えていないので、必要になったら出てくるでしょう、きっと。お迎えの光がとってもきれいだったので、次はお迎えに乗っかっちゃって飛び出しちゃいたいですね。次は5/26に見た夢。あんまり鮮明に記憶をお持ち帰りできなかったのですが、丸く平たい形状の天然石の周りを緑の龍がぐるっと取り囲んでいるオブジェ(龍は生きている龍で、周りに観音開きのフレームがついてました)をもらいました。このオブジェをどこかで写メを撮りたいと思って車を走らせるのですが、道には小さい祠が一定の間隔で置かれているため、うまく撮ることができません。撮影スポットを探して田んぼの道をふらふらと探す、という夢。どんな意味なんだろう。。。写メを撮りたいっていうのは夢の中でたまに出てくるのですが、記憶をお持ち帰りしたいとか、記録しておきたいという思いなんだろうと思うのですがね。。。祠っていうのはもちろん神縁も意味するのだろうけど、何となく大昔の契約にもつながっている気もしています。いくつか並ぶ祠の中に、実際は行ったことがないのに見覚えがあるなーと思ったものもあったのです。今は分からなくてもそのうち分かるかもしれないので、夢ってやっぱり記録&記憶しておいた方がいいなと思ったのでした。
2014年05月29日
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先週は、とーーーーーっても怒りのエネルギーにどっぷり浸かっておりました。抜け出してきて感じることは、怒りが引き出されることもとっても意味があるんだなということです。実は気付いたのは金曜日。最近念の匂いが付きまとっているなーとは思っていたのですが、さきほどかなり臭いことになっていたので、この記事に書いたYさんに「今日特に臭くないですか?」と聞いていたのです。(実はYさんもデカワンコ体質で、病気の人の匂いが分かったりしますW)Yさんはご懐妊されているのでそもそも気分がよろしくないらしく、「何の匂い?」と聞かれたので、ポストイットにでかでかと「念」と書いてお見せしたのでした。何となく、その「念」と書いたポストイットを手刀でバッサリ切ってみたところ。。。。念の匂いが消えたのでした。。。わわわわー♪念の匂いが消えた途端、ここ数日経験した怒りのエネルギーと、そのタイミングについて紐がしゅるしゅると解けるように理解できてきた気がします。念なんてものは、どこにでもあるものですし、かぜの菌とかMRSAのように通常の状態なら影響を受けない又は軽症で済むものですが、キャッチしやすい状態になるともろに影響が出てくるっていう性質のものだと思っております。よくあること。なのですが、今回はどーーーっぷり怒りのエネルギーに浸かってしまうまで気付かなかったのです。未熟者であることは大前提にあるとして、今回はこの怒りのエネルギーに浸かってリリースするっていうことが必要なタイミングだったのであろうと思っています。やはり、念をキャッチするということはそれにまつわる「何か」が自分に関連しているからであると思われます。怒りにまみれているときには対象が組織だったり人だったりに向けられてしまったので、なかなかその正体に気付きません。今大分この件についてスッキリしてきたので、その根本にある思いみたいなものを見られるようになりました。「やりたくないことをやらされている」「自分ばかりが犠牲者である」「馬鹿にされている(評価されない、日の目を見ない等)」そんな思い。木曜日には、朝型トイレが決壊する夢を見ていますので、今までどれだけそんな思いを抑圧してきたのだろうと思います。そして、この怒りは今に始まったことではなく、今の会社に入ってから何度もこの感情に直面しています。同じような感情を持って、それをワタクシにぶつけたかったのか、たまたまワタクシが拾ってしまったのか、ともかく念を拾ってしまったことはきっかけに過ぎず。ワタクシは自分の被害者意識からどっぷり生まれた感情とつきあうこととなりました。そういうときには、おあつらえ向きに誰もやりたくない仕事が振ってきたり、皆でやる仕事のはずなのに自分だけがやっているという状況になりがちになったりするものです。そこで怒りまみれになって怒りをぶつけまくって終わる、というのが今回の目的ではなく。フラワーエッセンスでも、そして今取り組んでいるオーラソーマのイクイリブリアムでもこれらの感情と向き合い、自分の一部として統合することが必要だから発生しているのだと思いました。怒りまみれになっていたときに、その様子をFacebookでUPしたところ、タローデパリの講座で知り合った方から、今取り組んでいるイクイリブリアムの効果ではないかとの指摘をいただいたのです。確かに、今取り組んでいるボトルのテーマは「困難な感情の状況に明晰さをもたらす」です。変える必要のある部分を認識し、過去の感情のパターンを取り除くことや、恐れを乗り越えて「勝利」することが描かれています。ってことは、ワタクシはこの感情を経験した上で「乗り越える」ことや、自分が進む道を明確にすることが今回の目的なんだろうと思います。今回の感情は、「やりたくないことをやっている」というもの。本来、他ならぬ自分のためにやることは、やりたいことに時間を割き、そんな自分を大好きになることなのです。やりたくないことを無理やりやっている自分は好きになれないから価値も認められないのです。やりたくないことを無理やりやっているうちに自分の本当の声を無視する時間が増え、自分の本当の声を無視し続けることで自分の本当の声に鈍感になり、いつしか自分の本当の声を聞けなくなったかのように錯覚します。そうすると、とたんに不安になるので、手近な準拠枠を使って物事を見ようとし、それが慣れてくると借り物の準拠枠があたかも自分の準拠枠であるかのように錯覚をします。何度もこの図式を俯瞰しつつ、もう一度はまり、また俯瞰して、を繰り返してきました。しかし、組織のシステムに乗っかったままでやりたくないことを続けるというのは、もはや自分の道ではないということなのだと思います。怒りで身体も精神も疲れてしまいましたが、この気づきは大きな収穫でした。残課題があるとすると、念を飛ばしてきた存在についてです。たまに念を飛ばされることもあるため、無視し続けていましたが、この存在との過去のつながりを見に行ったほうがいいのかもしれないと思っています。それはそのうちやってみたいと思います。練習がてら。
2014年05月25日
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割とこの時代は自由に発言しようとしても、そうは問屋が卸さないということがあります。美味しんぼしかり。ワタクシは自分の発言や実体験を基にしか語れないなーと思ったので、とっても小さな話ですが、最近言論統制について考えたりしています。このところ、Facebookをやっていて、UPしようかどうしようかと逡巡することが多いのです。実名アカウントでやっているFacebook。スピリチュアルなことも小出しにしていますが、放射能のこと、著作権のこととか、なかなかおおっぴらに出すことができないことがあります。「出すことができない」というのは、会社にいて、会社で一定の仕事をしているからなんですけれども。そもそも、ワタクシはFacebook上に自分の学歴やら職歴を一切記載していません。が。大学の知り合いとか、職場の知り合いとか細々と繋がっていたりすると、Facebookさんはご親切にも○○高校ですか?△△大学ですか?(株)■■ですか?と登録を促してきますが、無視しています。なので、本来は個人のタオ⇔として発言ができるはず、なのですが、現職にいる人やいた人とうっすらつながっていることによって、現職中のワタクシの発言が現職の知るところとなり、つるし上げられるっていうこともあり得るのです。本来は、どこの会社に属していたとしても個人の主義主張が制限されるなんてことはないはずなのですが、会社内でも社外でも「どこどこの誰々がこういっていた」なんてことが往々にして問題になったりするのです。「どこどこの誰々」っていうのは単なる住所のような個人を特定するための情報だったとしても、糾弾する側はそれを「どこどこ」の責任のように見立ててしまいます。子どもはとっくに成人しているのに、問題を起こした人物の親が責められたりすることも、政治家のオエライせんせいが、夜のスキャンダルを起こしちゃった場合、それが本当に個人的な関係だったとしても、なぜか政党を糾弾するツールの一つになってしまうなんてこともあります。ってなると、個人の発言や行動を会社なり組織がコントロールしたり、責任を負うことなんてできないよなーと思うのです。勿論、その組織の威光を借りて発言したり、その組織と契約している物として発言、行動をしたりする場合は組織という名目の下に発言なり行動をすることになるでしょうけど、プライベートの発言や言動については、組織に属しているからと言って、その組織がコントロールしたり責任を負うなんてことは到底無理なはずです。なのに、例えばFacebookに実名で投稿することを控えるなんて行動は、敢えて自分からコントロールされようとしているし、組織や世間はその組織に責任があるかのようなふるまいをします。ここの矛盾がちょっとした言論統制を孕んでいるんじゃないかなっていう気がします。なんとなく世間体もあるからこの組織の構成員として恥ずべき言動は控えてね、とかいう。こういった暗黙の中でのコントロールがあるため、組織としては構成員を扱いやすくなります。Facebookに投稿しようかどうしようかと逡巡しているワタクシは、見えない自主規制装置が働いているってことなので。会社で表現して参りましたが、学校やサークルとかでもあると思います。ワタクシは大学の部活で先輩が「あーいうスタイルってうちの部活っぽくないよね」と言っていたのを今でも覚えています。「何だそれ?」と思っておりました(笑)自主規制装置にみられる、暗黙のコントロールが気持ち悪いと感じるのであれば組織にいることを選択しなければいいのです。が、長年自主規制装置が脳内にあることに慣れてしまっていると、「いやいや。組織に属さないなんて社会人としてアリなの?」的な自主規制が働いたりします。少し疑問に思っていても、こういった自主規制によって組織に属さない=コントロールを手放した生き方をすることがあり得ないとか思っているので、またコントロール下の日常に戻っていく、、、みたいな。様々な事情があれど、何度も浮上する暗黙のコントロールに対する疑問をもみ消し続けるってことは、自分の中に組織に属することや組織の肩書に対する妄信みたいなものがあるってことなのかも、と思いました。という訳で、自分がそう思っている/思っていないは置いておいてどんな妄信があるのかな、ってことを挙げてみました。・学歴や職歴が良いほど能力が高い、もしくはそのように思われる・組織に属していないと生活が不安定・組織に属していないと社会性が欠如する・組織に属していないと社会で生きていくための能力が育たないなどなどなどなど。例えば、「学歴や職歴が良いほど能力が高い」っていうのは本当にそうなのか?ってことを考えてみました。そもそも、「能力が高い」っていうことは何を指して言うんだろう、と考えてみたところ、学歴や職歴によって何が判断されるのかというと、割と「仕事ができる/できない」なんだろうなと思います。ここでいう「仕事」というのは、いわゆる大きな企業のホワイトカラーがやる仕事ってことだと推測されます。もちろん、学歴や職歴の高さは「仕事ができる/できない」に完全に相関はないと思います。そうじゃない例も多々ありますし、「仕事ができる/できない」はそもそも何を指すのかもあいまいです。業務遂行がスピーディーにできたほうがいいのか、交渉力や政治力が必要なのか、進取性が必要なのかなんてことは仕事によっても違うし。大企業型と中小企業型と独立型では仕事の仕方が違うでしょうし。ってなると、「学歴や職歴が良いほど能力が高い」っていうのは一部の企業の一部の仕事の能力であるのかもしれないですね。また、「能力が高いと思われる」というのは他者からの信用の話です。賃貸物件を借りる時に大企業であると支払い能力が高いと思われがちである、みたいな。これは、「大企業だと生活が安定している」っていう考え方と似ていますが、それも幻想です。リーマンショックの時にどれだけのリストラがあったことやらなので。「組織に属していないと社会性が欠如する」についても、「社会性」って何だ?って話です。例えば誰にでもいい顔ができるということが「社会性」だとすると、それは組織に属しているから必要なのであって、独立型であればむしろ「NO」をきっぱり言う必要があると思うので。って感じにいちいち自分の中の妄信を考えていってみると、それらは組織でうまく生きていくための妄信だったように思えます。物心つくかつかないかで組織に属することを覚えて、そこで生きていくしかないと腹をくくってきた結果、多くの妄信を処世術として身に着けてきた、自分の我慢強さには感服するとして。もはやそんな妄信は必要ないとも思うので、これを機会にリリースしたいと思います。って書いているそばから実はリリースが起こっています。最近会社組織をテーマにして常に感情が爆発しそうになっております。仕事の押し付け合いの波に巻き込まれたり、肩書が良いとされている人たちに様々な思いを抱いたり。感情の爆発はこっそり作っている引き継ぎ書やこれまたこっそり作っている告発メールで発散するとして、一歩引いてみてみると、ワタクシの感情の爆発は上記に書いたワタクシの妄信を第三者が体現してくれていることに起因しているのでした。もちろん、奇跡的に状況が改善することがあればそれに越したことはないのですが、今はこうして浮上してきたものをキャッチしてリリースしていくタイミングなのだろうなと思います。下弦の月ですしね。そして、この妄信が少しずつはがれていけば、組織に対する自主規制装置は機能しなくなるでしょう。そうなったとき、組織にわざわざコントロールされる生き方を選ぶ必要はなくなるでしょうね。。。
2014年05月22日
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金曜日にあれだけイライラしていた職場でうれしいお話を聞きました。いつもワタクシのクリスタルやらカードのお話を聞いてくれるYさんを誘ってコーヒーを買いに行こうとしたところ、Yさんはいつもコーヒーなのに、5/19はジュース。ワタクシは週末のMelody♪のクリスタルヒーリング練習会の話をしていると、Yさんが「どうしよっかなー」ともじもじしているので、問い詰めた(笑)ところ、ご懐妊されたとのこと。うっきゃー!すげぇええええ!!!おめでとうございます!!!!実は、Yさんには去年一緒に旅行に行った際に初めてワタクシがカードリーディングをしていることをカミングアウトしました。その時にタローデパリのトランジットイヤーと、エンジェルカードでリーディングをさせていただきました。その際、「二人目を悩んでいる」という話をうかがっていました。彼女はバースイヤーが「12」。意識でも無意識でも沢山の情報を咀嚼してから動いたり、発言する方。そして、その時トランジットイヤーが「5」。これまでの(特に4年間の)価値観が大きく変わるような出来事が起こりがち。確か、お誕生日のちょっと前だったと思うのですが。彼女は「5」の年にこれまでの部署から異動してワタクシと同じ部署の配属になりました。これまでよりも仕事が忙しくなる中で、第二子か、という思いや、本当に自分が欲しいのかな、という思いにゆれていらっしゃいました。恐らく、色んな可能性とか、第一子のお子さんの状況、旦那さんのお仕事、等々色んな状況を考えて、悩んでいらっしゃったのだと思います。旦那様はバースイヤーが「11」、第一子のお子さんは「21」というご家族。面白いことに、旦那さんのトランジットイヤーは「4」、お子さんのトランジットイヤーは「3」と、彼女を先頭にトランジットイヤーが回ってきているという感じです。今彼女はトランジットが「6」、旦那さんが「5」、お子さんは「4」というタイミング。「6」はハーモニーのカード。家族仲良く、なのでちょうどいいタイミングでご懐妊。8月のお誕生日を迎えたら「さ、新しい家庭を築くぞー!」と新しい家族を迎えるにあたってモリモリ準備を始められることと思います。旦那さんは「5」のタイミングでご懐妊の知らせを受け取られています。旦那さんにとっても新たな家族像を作る準備のため、このビッグニュースを受け取られているんだな、と思います。お子さんは現在「4」です。「21」で誕生されたので、「1」からの4年間でお子さんなりの家族像を作ってこられたのだと思います。それが、恐らくお誕生日を迎えて、「5」になる頃には妹さんか弟さんが生まれることになるので、これまでご自身の家族の中での立ち位置ががらっと変わることになると思います(そりゃそーだ)。家族のデータで見てもなかなか面白い、タローデパリ。これ以降、職場でちょいちょい不思議なお話をさせていただくことになり、最近は胎内記憶の話もするようになりました。そして、今年の3/11にもエンジェルカードを引いていただいていました。その時はミカエルカードを引いてもらっていて、「Eternal Love~永遠の愛~」、「innosence~ 清い心 ~」、「Believe and Trust~ 確信を持つ ~ 」が出ました。ちゃんとご家族は暖かい愛で守られているので、「子どもができないかも」という不安ではなく、純粋に子どもを待つ心にフォーカスしましょう、みたいなメッセージだった気がします。そして、3/31のおひつじ座の新月。ワタクシ自身はお話したことをすっかり忘れていたのですが、おひつじ座の新月にはちゃんと自分の望む未来の方向付けをするというお話をYさんに共有していたそうです。ワタクシは毎年新春お宝マップというものを作って、コラージュを作成しているのですが、時間が無ければリストを書くだけでも、と。それがピーン!ときたYさんは、この時に新しい家族を持つことをしっかりと意図されたそうです。すごい現実化のスピードだなーと思います。っつーか、Yさんのこの波に乗っている感、すごい!その後、GWを経てご懐妊が発覚。職場でもまだ誰も知らない状況なのですが、先日ワタクシが「そーいえば、赤ちゃんに授乳している夢を見た」って共有したときに、まさに発覚のタイミングだったらしく、そのシンクロぶりもすごいなーと思います。超うれしくなってしまったワタクシは、早速家にあった胎内記憶の本をプレゼントし、子宮委員長はるさんのブログを共有し、そのうちラズベリーリーフティーをプレゼントしたいと思います。ワタクシが進む方向を応援してくれている人たちにリーディングや共有したことが少しでも力になっているって言って下さることは、すごくありがたい事ですし、「がんばろう!」ていう励みになります。リーディングってその場限りっていえばその場限り。その後どうなったんだろう?っていうのはなかなか聞くことができません。こうやってその後現実化するところまでシェアいただける事って本当にレアだし、これまでの流れを知っているだけにすごくうれしいです!Yさんの去年からの歩みを見ていると、ワタクシのリーディングや共有したことってヒントやきっかけであって、最後はYさん自身の決意や行動。それが結実していくのを身近で感じられることができたので、ワタクシ自身がいい経験をさせていただいたと思います。ワタクシはYさんの妊婦生活をこれからも応援し続けます!
2014年05月20日
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5/16金曜日の夜、会社で仕事をしているとぴろーーーんとメールが。それはトラブル発生のお知らせ。ワタクシは大抵その週かなりハード(労働時間が長いとかではなく、調整とかプレゼンとか重大トラブル対応とか盛りだくさんだったという意味。)だったため、正直早く帰りたいのに、来週のためにまだ仕事をしていたのです。メールのあて先に入っている別の部署でも対応はできそうだし、それが筋も通っている。だけど間違える可能性もある。見て見ぬふりをしようかと思いつつ、左の後輩は帰りたいといっているし、右の後輩も体調が悪そう。上司もパツパツ。仕方なしに上司に静観するか旗振りするかを確認し、案の定上司は口だけ指示を出し、左右の後輩も手を出そうとしないし、無邪気に別の部署から「タオ⇔さんが担当かと思ったので連絡してきましたー」的にメールが飛んでくるし、という状況で嫌々対応を始めました。この押し付け合いなエネルギーにだんだんとイライラしながら。会社という組織で仕事をしていると、往々にして押し付け合いは始まります。「お前のところの仕事だろ」って言わなくても雰囲気やエネルギーを流し合っています。そして、往々にして組織のせい、部署のせい、はたまた特定の個人のせいにして怒りのエネルギーを自分の外側に拡散し、会社のエネルギーはだんだんと重くなっていくのです。会社のエネルギーの重さは、個人が外側に権威や責任を求めた結果でもあると思うのです。トラブルの一次対応を整理し、大概イライラしたのでその後すぐ会社を出て、歩きながら考えていました。会社という組織や、会社でやる仕事というのは、外側の評価や外側の責任という概念に支配されています。ステークホルダーへの責任、社会への責任、組織の個人に対する評価、それらはあたかも外側から会社や会社に属する個人を支配しているかのような演出(w)です。もちろんそれに支配されない人間もいます。仕事柄会社組織内のさまざまな人と接しますが、5/16に面談した方と話していたときに、その方はそういう構造に支配されていない感じがありました。しかし、多くの従業員はその構図に影響を受けます。個人が個人の価値観や意思によって仕事をするって本当に舵を切ったら、大きな組織なんて存在しきれません。だから、会社組織の従業員は、外側の評価や責任に支配されることを自ら選択し、そこでの仕事が自らの仕事である(天命というか、それが一番フィットする仕事という意味で)と思って仕事をするわけです。本来、金曜日にワタクシが拾ってしまったような「誰もやりたがらない仕事」なんて存在しないはずなのに、割と「誰もやりたがらない仕事」が存在するのは、組織が組織として体を成すためであったり、外側の責任に会社がこたえる必要がある仕事だからだと思うのです。ワタクシ自身、そういえば「誰もやりたがらない仕事」にあたりがち。大して会社組織でやりたい仕事もないので、さもありなん、なのですが。「お前がやれよ」っていう圧力を感じる場面も少なくない。そうそう、感じていますよ、圧力(笑)。暇か?いやいや。暇じゃない。暇な人はもっといる(笑)。そういうミッションか?いやいや。ほとんどミッションに入っていない。人がいいのか?いやいや。会社では人との関与がほとんどない。ってことは自分がその役割を選択しているんですね。被害者的な立場を自分が味わいたいと思っている。被害者の立場になったときに自分が感じる感情や、こうした考察も含めて経験したいと思っているからなんだと思います。っていうことに気づくことも含めて。冒頭で書いたように、怒りのエネルギーを自分の外側に拡散し、会社のエネルギーはだんだんと重くなっていくのだとすれば、「被害者だわ!ひどい!」とかって外側に拡散すればするほど、自分でその構図にはまりこみ、スパイラル的に会社のエネルギーは重くなるからだと思うのです。ブログにまとめることで整理させていただいていますが、何度かブログでも会社組織のことを書いています。自分でも以前の記事は被害者であることに怒りをあらわにしているわーと思います。自分自身に対して絶大なる信頼の目で見てみると、この期に及んで「被害者だわ!ひどい!」って怒りを拡散して終わるためだけにそんな経験をしている訳がありません。ってことは、その経験を踏まえて自分は何を学ぶのか、自分は何を捉えるのかっていう一歩も二歩も踏み込むことが必要だから経験しているのだと思います。以前は「誰もやりたがらない仕事」をおしつけてくる輩(実際に押し付けるのも、エネルギーを送ってくるのも)は大嫌いでした。あ、今も感情的に好きではありません(笑)。もちろん、仕事の分配が役割の人は別として。が、結局怒りを外側に拡散することがゴールでないということがだんだん分かってきて、汝の敵を愛するまでは到達しませんが、押し付けてくる人にはそれなりの役割があるんだなってことくらいの理解はできてきました。「誰もやりたがらない仕事」を押し付けてくる人たちが誰かに仕事を押し付けるのは、とってもシンプルな、自分のやりたくないことであるという意思表示です。ってことは、すくなくともその仕事が自分の天命ではないって分かっているから拒否しているってことだと思います。そこに気づいたのなら、自分の天命って何?ってことに向かっていくことだってできるはず。そして、押し付ける側の状況なんか理解していないことが多いですが、これも理解しろって言ったって無理だなと思うのです。全身で拒否することで精一杯だし。個人的には誰かに押し付けて終わりにするんじゃなくて、ちゃんと向き合っていけばいいのにと思いますが、ま、それは好き好きですので。。。こうやって、組織の仕事のからくりにうっすら気づく人が増えてきて、その人たちが自分の制限とか解除始めたら、会社組織って、更に会社組織に支えられている社会っていう幻想はどうなっちゃうんでしょうね。でも、ワタクシ自身は本当に個人がエンパワメントできているのであれば、どうなったとしてもあんまり問題ないような気がしますが。話は変わりますが、怒りのエネルギーは本当に身体に影響が大きいですね。脳の細胞は壊れるし、筋肉は無駄に乳酸をためるし、呼吸も浅くなる。。。昨日あまりにも疲れてほとんどその辺のケアをせずに寝てしまったため、今日は早めに目が覚めて早朝から日光を浴びて自己修復してました。結果的に。いつまで会社で働くのか分かりませんが、いるならいるで学べることはありますね。
2014年05月17日
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この記事に書いたように、5/11はmayuさんにフラワーエッセンスのセッションをしていただきました。mayuさんにフラワーエッセンスのセッションをしていただくときには、大抵ワタクシのお気に入りのカフェに来ていただいています。このカフェは去年の12/25に1周年パーティーがあり、その際ママさんのご厚意によりカードセッションをさせていただきました。別にスピリチュアル好きということもなく、普通におしゃれなカフェなのですが(笑)。この日、mayuさんとの待ち合わせ時間のちょっと前にお店に入ったところ、ママさんから一人の常連さんをご紹介いただきました。気さくなママさんは「タオ⇔さんはカードリーディングされるんですよ」とお話ししていただいたため、急きょ知り合ったばかりの常連さんにタローデパリのセッションをしました。グランドセクスタイルってホント予期せぬ出来事が起こるもんですね。。。彼女はバースイヤーが9、トランジットイヤーが1。しかもお誕生日は4月だったという、なかなかリーディングのし甲斐がある(笑)感じでした。今ここのカードを引いてみると、five of airの逆位置。お仕事の挫折からちょっと抜け出したのかな?という気がしたので、そう伝えてみると、お仕事上で行き詰っていて、方向転換したいと思っている時期だったそうです。お仕事やライフスタイルを一気に転換する決断をしようとしている中、故郷に帰ってご家族や自然に囲まれながら生活するというイメージで引いてみたところ、two of airの正位置。むむ?何か矛盾や葛藤がありそう。って伝えてみたところ、実はもう一つやりたいことがあったということなのです。このやりたいことについてお話を聞いている最中、脳みそにピピピっと入ってくるビジョンがありました。それは屋久島のなーやさんがFacebookでシェアしていたとある舞踏家さんのお写真。「○○さんってご存知ですか?今お話を聞いていてその人の映像がはいってきたんですけど」とお伝えしたところ、彼女も正にその映像を見ていて、しかも7月になーやさんのガイドで屋久島に行かれるご予定なのだとか。改めてシンクロニシティってすげーな、と思いました。最後に引いたカードはAce of Matterの逆。まだちょっとだけどの道で行こうかっていう計画を見直す必要がありそうだけど、でも未来は明るい。しかもトランジットイヤー「1」だし。どんどん発展できる!っていうイメージを未来に送信して終了しました。初めて会った彼女とかなり意気投合して、お店に入った13時頃から終電近くまでご一緒しました。途中、mayuさんは一度お店を出てご用事を済まされてから、再度入店されたのですが、戻ってきたらワタクシが知らない人と和気あいあいと話していたのでさぞかしびっくりされたことでしょう。。。その後はもちろん、mayuさんも一緒にお話ししていました☆この辺りからお酒を飲み始めていたのですが、夜になって来店されたお客さまに対して、またもやママさんが、「タオ⇔さんはカードリーディングされるんですよ」とご紹介を。男性のお客さまだし、敬遠されるかも、、、と思っていたら「前から一度やってみたかったので・・・」と言っていただき、この方にも急遽リーディングを。バースイヤーが6、トランジットイヤーが19でした。ゆくゆくは起業されたいとのことでしたので、タイミングとしては再来年か…。コンパスイヤーが7なので、これ!と決めたらちゃんと行動ができていく人なんだろうな、と思います。今ここ、のカードを引いてみると、「ten of matter」、ヒントにもう一枚引いてみると、「four of water」でした。「ten of matter」は皆で大成功!のカードです。何かがネックでその流れが上手くいっていないんじゃないかなーと思ったのでヒントにもう一枚引いてもらいました。なるほど。馴れ合いやマンネリ化した人間関係ってことかなー。。。とお伝えしました。恐らくバースイヤーが6ってこともあって、感情的な問題があったとしても、優しい方だからなかなか踏み出せない、とかかな?と。それを乗り越えれば、仲間も自分も潤うことができる大循環の波に乗れるんでしょうね。ってな感じで予想外にセッションをしてもらい、セッションをする、という面白い土曜日でした。この日知り合ったお二人とはFacebookでつながっちゃいましたので、これからもご縁を大事にしたいと思います。
2014年05月15日
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5/10にたまたま、mayuさんとお茶しましょう!というお話になっていました。前日に5/10がグランドセクスタイルの日だってことを知ったので、急きょお茶しがてらmayuさんにフラワーエッセンスをやっていただくことにしました。ここ最近、感情の嵐が巻き起こる中でも、ぶれない自分というか、本当に自分が望んでいる自分像みたいなものだったり、満たされた自分みたいな状態を味わうことができました。その自分を引き寄せることができるように、このタイミングで新しいフラワーエッセンスを。。。ということで。まずはリーディングしていただきました。前回のフラワーエッセンスからどう?と聞かれたので、この記事に書いたような内容をお伝えしました。やはり、感情を受け入れることがテーマとなっているということでした。ビジョンとしては十二面観音さまが出てきたらしく、自分の中に色んな顔があることを認識して、湧き上がった感情を大切にするということ、自分らしさを出していくことがポイントだそうです。揺るがない自分をつくる、みたいな。そして、変化のスピードがめっちゃ速い、と。それは、、、何となく感じています。後ろの人たちがあたかもチャリオット(戦車)スタンバイOK-みたいな感じで「ほら行くぞ!」と割と厳しめに迫ってきているらしい(笑)。なるほどね・・・。あとは、やはり恋愛というか、性エネルギーの活性化ですね。小さく収まらないためにも向き合っていくことが大事。そして、もっと身体を使って自分の多様性を広げるってこともテーマみたいです。フラワーエッセンスも4本目となりますと、ってことはこのエッセンスが入るんじゃないかなーというアタリをつけていたのですが、やはりまんまと(笑)チョイスしていました。というのも、エッセンスを選ぶときに自分のベストな状態をイメージして、それのサポートとなるよう意図して目を閉じて6本チョイスするようにしているので。という訳で、今回チョイスしたのは下記の6本。Lichen(ライケン)は前回3月に、863とAnuenue-Alohaは前々回2月にもチョイスしていますね。・863(エロス) : あけびのエッセンス。女性性の解放を促し、人との境界線をなくす。 ボーダレスの愛の関係性を築く事ができるように導いてくれます。 無限に存在するいのちの愛の循環に気づく究極の愛と喜びのエッセンス。・Anuenue-Aloha :ミロのお花のエッセンス。早い変容を促し、真の覚醒へと導いてくれます ・Lichen(ライケン):人が肉体の死を迎える時に、光の存在に気づき、光を求め、光の元へと 導かれていけるよう助けてくれるエッセンス。新しい境地に向かうエッセンス。・雪の結晶 :ありのままの自分を受け入れる。・369(みろく) :自分の中心(コア)と繋がり光が強くなる。・Anela-Aloha :LOVEとグラウンディング雪の結晶ってけっこうキョーレツらしいのですが。mayuさんから「チェンジしなくてもいい?」と聞かれ、一瞬躊躇したものの、「ほら、やれよ」と言われている気もするのでチェンジなしでこのスタメンでお送りすることにしました。この中でも863は最初にチョイスしました。よほど「愛」に対する課題に取り組みたいんですね(笑)。この日の深酒のせいなのか、それとも強力なフラワーエッセンスの影響なのか、5/11はなかなか起きられず、昼寝までするしまつでした(笑)。
2014年05月13日
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最近いろんな感情が出てきていて、恐らく一見は変わりない日常を送っているように見えると思うのですが、内側でとっても身悶えていたりしていました(笑)この感情が不安や恐怖につながるのではなく、善きことにつながるようにという新しいルートの確立をしているんだろうなと思っています。オーラソーマのコンサルテーションの結果でもまざまざと知らされた「実践型」であるワタクシ。この記事を書いていた段階では多分理解が浅かったのですが、身悶えるようになって、カードや天使さんやマスターさんにご協力いただいた結果、ちょっとだけ俯瞰して自分の状況を確認してみたところ、「あ、これって実験じゃね?」ということに気付いた次第でございます。感情は古い記憶につながったりするので、夢と現実の狭間で垣間見るビジョンや、過去の感情の滞りを見事に引っ張り出してくれていて、あたかも今現在の出来事に身悶えているように見えるのですが、その実過去の感情をもリリースしているんだろうと思います。ちょうどGWあたり。ワタクシは久しぶりに恋愛脳になっておりました。恋愛脳は、五感も臓器も刺激してくれます。今ここの恋愛刺激に刺激されて、五感や臓器に封印してあった古い感覚や感情が掘り起こされていました。人を好きになる感覚、人を好きになって行動を起こすときの自分のパターン、恋愛脳の刺激を受けたときに自分が何をどう表現するのか、自分がどうやって手ごたえを感じているのか、そんなことがリアルに想起されちゃいました。気づいたのは、恋愛は自分の中の愛を表現することであるということでした。恋愛脳二刺激されて、感情がガンガン揺さぶられる中、世の中の常識や他者からの評価なんて何の役にも立ちません。生身の自分で向き合うしかないのです。誰も頼れません。そうなったときに、自分は今何を考え、何を感じ、何をしたいのかってことにちゃんと立ち還ることによって、恋愛脳がもたらす官能だったり、創造性だったりを発揮していくことができるんだというと思います。ワタクシは以前の恋愛で「自分」に立ち還ることが得意ではなかったし、自己愛も今よりも低かったので、相手というよりは恋愛に四六時中滅私奉公のようなスタンスで取り組んでいました。いやまて。今ここ、の自分の意識をスキャンしたときに、ずーーーーっと滅私奉公なんてできないです。自分にはほかにやりたいこともあるし、一人の時間だってほしい。そんな自分を愛することを拒否し、自分の軸を意識せずに恋愛脳になった結果、だるま落としみたいに自分の期待がスコーンと落とされてしまったとき、本当に不安でお先真っ暗になっていました。このGWの恋愛脳の嵐のおかげで、だるま落としでお先真っ暗になっていた大昔の自分を認めることができたのです。そして、改めて性エネルギーのすばらしさも実感できました。清原なつのさんの漫画で花図鑑という漫画があるのですが、そこに出てくる主人公が、快楽は外からもたらされるのは嫌だ、というシーンがありました。今になって、快楽っていうのはもたらされるもんではないなと思います。恋愛脳になって臓器が恋愛刺激を受けると、快楽のスタンバイをします。ってことは、自分の中に快楽の源があるってことです。自分が快楽に到達するってことなんだな、と。快楽はもたらされるもの、という意識はちょっと前の記事でも書きましたが、昔の宗教観とかにも影響がある気がします。人間が自律的に快楽を生みだせる存在であるって皆が自覚しちゃうと、統制ができないくらいの大きなエネルギーにつながっちゃうとか、そんな理由で制限されてきちゃったんだろうなと思います。4/26、グランドセクスタイルの日、これでもかーというくらいに感情がmaxになってしまい、電車の中でつついたら泣いてしまうくらいいっぱいいっぱいになっていました。つらくて、悲しくて、とかそんな単純な感情ではなく、いろんな感情がないまぜになって嵐のようになっていました。しかし、それは一方で新しい始まりのうねりのような感覚でもあったので、一人で海辺で静かに感情のうねりをながめたいという気持ちと、スタートの嵐の前の静けさみたいなものを感じていました。おりしも、本日届いたイクイリブリアムは「トライアンフ(勝利)」です。この前のセレスさんにやっていただいたコンサルテーションで2番目に選択したボトルです。このボトルは感情と深いかかわりがあり、過去の感情のパターンを取り除き、パターンを乗り越えることをサポートしてくれるのです。新しい人間関係や、新しい恋愛の始まりにも有効だそう。自分でも気づいていませんでしたが、イクイリブリアムの選択と現実の流れっておどろくほどリンクしているんですね(笑)
2014年05月11日
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GWの後半は愛知の実家に帰っておりました。最近実家に帰っても、以前と比べてあまり古い知り合いにもりもり会うということをしていません。会いたいなという気もあんまり起きないので、薄情な感じになっていると思います(笑)。実家に帰るたびに割とコンスタントにやっているのは母親へのヒーリングと友人のリーディングです。今回は、母親と父親に528Hzのチューナーをやってみました。長年の不摂生が肝臓に来ている母は、肝臓のあたりにずっとじんましんが出ています。1週間禁酒したらじんましんが改善したということは、もろ肝臓なんだろうなと思います。何とかならないかなーと思いつつ。まず、気が滞っていそうな場所にレーザークリスタルでちょいっとお掃除して、その後は「このあたりかな?」っていう場所にチューナーを当てていきました。肝臓はもう少し手厚めに、そこら辺に合ったクリスタル(母の日に母にあげたもの)にご協力いただいて、クリスタル+チューナーってな感じでやってみました。多分割と反応がいい方である母はそのあとぐっすり寝てました。今回、4月にHさんと観た体内記憶の映画の内容を母に共有するため、池川先生の「胎内記憶」をお土産に持って行きました。チューナーを浴びて眠そうにしていた母親が、ふとワタクシに「お母さんこの内容知ってるよ」と言いだしました。のろのろと本棚に向かった母は、なんと、本棚から池川先生が監修されている本を取り出してきたのです。母は殆どスピリチュアルなことに興味はないですし、小さい子どもも周りにいないのでなぜその本を持っていたのかは謎なのですが、やっぱこの母親は変わってるというか不思議な人だなーと思いました。父親は、母よりもかなり頭の柔軟性が低く、どちらかというとスピリチュアル的なことには否定派なので、無理にタローデパリ等をやったことはありませんでした。が、母にチューナーをやっているときに寂しくなった父が部屋に入ってきたときに、「何それ?音程合わせるやつでしょ?」と興味を示してきたので、!(☆_☆)「チャーンス!」と思い、次の日に父にもチューナをやってみました。長年うつを患っている父は、不眠だったり筋肉のこわばりだったりを持っているので、絶対いいはず!と思い、これも「ここかな?」と思うところにもりもりチューナーをあててみました。途中から明らかに父は脱力しはじめ、もう夢心地になっておりました。実際に自分の身体で体感したので、「右と左で聞こえ方が違う気がする」「身体に振動が入っていく」と言っておりました。5/3に会っていた友人と友人のお子ちゃんにもリーディング&ヒーリングを。まず、友人が喉をやられていると聞き、どうも風邪っぽくないと自分でも言っていたので、レーザークリスタルでお掃除した後にチューナーをやってみました。やはり、眠くなっていました。後日のメールで症状が改善したとのこと。すごいですねー。友人の横でチューナーを聞いていたお子ちゃんも眠くなってしまい、しばらく御就寝でした。友人には、タローデパリもやってみました。カードを引く前に話をしていて、何となくタローデパリも引いてもらおうと思ったのです。彼女はここ数年、親族を次々と亡くしています。先日もおじいさまが亡くなられたそうです。彼女は看護師をしているため、おじいさまが搬送された病院の医師や看護師の対応にとても憤りを感じていました。以前も親族が亡くなられた際、同じように病院の対応に怒っていたのです。このタイミングでちょっとリリースした方がいいのかな?と思ったので、一枚引いてもらいました。出たカードは「THE SPHINX」の逆位置でした。恐らく、彼女の使命は命と向き合うこと(救うことではなく)なんだろうなと思います。バースイヤーが4のため、責任感が強く、「自分がこうしなければならない」という強い思いと家族に対する深い愛情が根底にあるからこそ、「自分が何とかしてあげられていたら」という後悔が生まれていたんじゃないか、と伝えました。おりしも「THE SPHINX」は運命や宿命を表すカードであるため、精一杯やってもダメだったという気持ちはあるかもしれないけれど、一方で亡くなられた親族は亡くなられる過程ですらその人が決めた運命であったという風に捉えることもできるよね、ということも併せて。感情のリリースが起こり、少しすっきりしたみたいなので、よかったよかった。そして、友人のお子ちゃんについても触れたいと思います。このお子ちゃんは感覚が鋭そうなお子ちゃんで、「お父さんと一緒に寝ると部屋に白いもやもやが現れるからいや」とか、「(友人の実家に)おじいちゃんが立ってた」とかっていうエピソードがあるそうです。前回このお子ちゃんと会った時に、友人にクリスタルやカードをみせていたところ、お子ちゃんはメタモルフォーセスのスフィアがえらくお気に召したらしく、ワタクシと別れた後も「玉ちょが欲しい」と言っていたもようです。いくつかクリスタルショップのURLを送って、メタモのスフィアを見せてみたらしいのですが、お子ちゃんのおめがねにかなったものは売り切れていたりしていたそうです。今回友人が「タオ⇔と会うけど、一緒についてくる?」とお子ちゃんに聞いたところ、「玉ちょ見せてくれるかな」と楽しみにしていたそうなのですが、メタモはお留守番で持ってきていなかったのです。手持ちのクリスタルを全て見せてみたところ、こんどはルビーの磨きが気に入ったようでした。小さなおててに乗っかったルビーがピチピチしているように見えたので、お子ちゃんに「もやもやしたものや、怖いものから守ってくれるようにお願いしてみてね」と言って差し上げました。このお子ちゃん、将来楽しみです。ちなみに、今回会った友人は現在妊娠中なので、この友人にも胎内記憶の本をプレゼントしました。友人はお腹の子の名前がピンとこないと言っていたので、お腹の子に聞いてみたら?夢とか直感で教えてくれるかもよ、と伝えてみたところ、本当に夢で名前が出てきたということでした。子どもってすごいですね。。。ってな感じで最近は里帰りすると両親や古い友人に半分実験、半分恩返し的な感じでリーディングやヒーリングをしています。毎回面白い発見があるので、今後もご協力いただくこととします(笑)
2014年05月09日
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この記事の続きです。オーラソーマと数秘ってすごい密接なのね、とか、そもそも数秘ってすごいのね、とか思いながらコンサルテーションを受けていました。ワタクシのバースイヤーのボトルはこれで、生年月日のボトルはこれです。生年月日のボトルで示されるように、愛や人生の秘密にアクセスし、それを実践していく力がバースイヤーのボトルに反映されているような気がします。さて、今回の4本は冒頭の写真のような感じになりました。1本目の魂のボトルは、「Old Soul」のボトル。テーマは、「頭と身体をつなげる」です。周りに起きていることに対して、不安を払拭し、高い視座から(ハイヤーセルフの視点から)物事を見ることが必要、という感じなのでしょうかね。これは72天使のコンサルテーションのテーマともつながっている気がします。体験を通してスピリチュアリティと繋がり、それを周りに還元していくというテーマなんだろうなと思います。2本目のギフトのボトルは、「勝利」のボトル。バースイヤーのボトルであるこれに光があたった状態のもの。自分の好きなことをして勝利をするという意味があるので、ちゃんと自分の中の希望につながることが必要なんだと思います。これがギフトにきているってことは、自分が進むべき道が見えなくなっていたりしているのかも。自分の進む道が見えなくなっているのであれば、それは自己不信や不安が原因なんだろうなと思います。課題があることを自分が不足していることだと、どこかで思っている。最近はそうだったような気がします。遠くのゴールは見えているけど近くのゴールが見えない、みたいな。本来遠くのゴールが見えれば不安なんてないはずなのに。どこか急に悪路が現れたらどうしようなんて思っている。「悪路が現れたらどうしよう」なんていうのは、それを乗り越えていく自信が自分にないからでてくるので。自信がないチキンな自分も自分ってことですね。3本目の「今ここ」のボトルは、「レディ・ポルシャ」のボトル。正義と識別がテーマであるように、自分にも他人にもノンジャッジメントでいることが重要。判断を手放すタイミングなのかも。何かの基準で合ってるとか間違っているとかっていうジャッジに、例えば何かの社会や集団に属していると否応なしにさらされます。誰かに認められたくてこのジャッジに乗っかってきたわけですが、それもそろそろ終わりだな、という感じなのだと思います。ジャッジを味わったからこそ、味わえるノンジャッジメントの境地へ。そういえば最近エンジェルカードのいくつかで「forgiveness」がテーマのカードが出てきていました。許すっていうのは判断の紐を緩めるってことでもあるから。ふむふむ。4本目の「未来」のボトルは、「大天使ラツェル」のボトル。受け入れることを通して、不安や恐れを変容することができるっていう状態を目指す。錬金術にも縁が強いこのボトル。昔はすりガラスだったそうです。大昔にコンサルテーションをやっていただいた際には確かすりガラスだったのですが、これは隠されていた秘密がオープンになったことを表すようです。以前もワタクシはこのボトルを選んでいたんですね。毎回ちゃんとストーリーが描けるのがオーラソーマのすごいところですね。最後は不安すらも変容させちゃうぜ!的な状態に持って行くっていう。ワタクシ自身自分の結果を見て思ったのは、今浮上してきている不安や自己不信の感情を、天使に委ねるってことなんだろうなってことです。不安や自己不信に光が当たるってことに対して、今まで「やばい!できない自分が明るみにでちゃうじゃん!」っていう不安があったりしたのですが、それぞれのボトルはとても美しく、何だかそんな不安とは無縁に思えてしまうのです。ってことは、ワタクシが「明るみにでちゃう!」って思っているだけで、本当はとってもいいタイミングだったり、やっとその課題に取り掛かることができるんだってことなんではないかと。その際、なぜ自分がこの課題に取り組んでいるんだっけ?って考えると、ワタクシの守護天使たちが教えてくれているように、現実に愛や光をもたらしたり、現実の課題を経験することでスピリチュアリティの学びを行っていくことだったり。それが苦しいと感じるのであれば、今こそ守護天使たちにお願いする時なんだってことなのかなと思うのです。おりしも、今回のコンサルテーションはグランドクロス直後にやっていただいたので、自分の人生の使命や、それを阻む自分の中の不安に密接にかかわる内容になっているのだと思いました。Hさんやmayuさんは早速ボトルを購入されたもよう。ワタクシも今回のボトルは揃えたいなーと思っているので、そろそろ買ってみよっと。
2014年05月08日
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4/26はセレスさんのお宅にるぅさんとmayuさんとHさんとHRKさんという楽しいメンバーでお邪魔することになりました(3月の瞑想会にて決定)。もうとっくの昔に5月に入り、GWが終わっている中でちと情報的に遅くなってしまいましたが。江の島なんて数年ぶり2回目なので、超ワクワクしていたら。まず、小田急に乗るところを江ノ電乗り場に行ってしまい、小田急に飛び乗るも新宿方面に乗ってしまい。。。結局待ち合わせから遅れること30分で到着。皆さん申し訳ございません。お天気に恵まれ、しらす丼を堪能し、気持ちよい水場のある江島神社に参拝し、ソフトクリームとお団子を食べて…とまるっきり遠足コースを楽しんでまいりました。セレスさんのお宅は不思議なグッズが沢山の素敵な空間でした。結局皆カバラ72天使のコンサルテーションをやっていただくことになりました。今回初めてカバラ72天使のコンサルテーションを受けさせていただきました。自分の生年月日の情報を使って3人の守護天使を導き出すというもの。結果はこちらです。まず、インテレクトエンジェルのボトルは「Love and Light」。おピンクなボトルです。ピンクはレッドに光が入った状態なので、現実に光、明晰性をもたらすとか、地に足が着いているとかってことを重視する傾向にあるそうです。愛と光に目覚めているかで判断していく。もちろんおピンクなので自己愛もテーマ。やさしいもの、自分を受け入れてくれる環境が好きなのだとか。自己愛がテーマっていうのは本当にそうだなと感じています。皆そうなんじゃないかと思っていて敢えて切り取って考えたことなんてないですが、確かに愛があるのかってことは大切にしていると思います。自分の今現在の現実だったり、自分の肉体だったり、精神状態だったり、三次元の産物である自分を受け入れていくっていうのは自分の中でも大きなテーマな気がします。大きな話のように聞こえますが、実は細部の話でもあり、自分のちょっとした感情の揺れとかも受け入れていく、みたいな。そして、自己愛は外界に反映されますので、三次元の産物に愛を見出すってことも大きなテーマだと思います。表現は「見出す」がぴったりですね。例えば、道徳的な観念でみると一見「NO」なものの中にも、どんな愛のテーマがあるのかということを考えたりするし、「ここに愛があるんだよ」みたいな感じで外界に光を当てるっていうことも含まれるんだろうなと思います。ハートエンジェルのボトルは「Get Up and Go」。レッドの情熱とブルーの冷静さのバランスをもつことや情熱を持って行動することを示すそうです。シェイクするとバイオレットになるので、スピリチュアリティにも関連するとか。インテレクトエンジェルでも現実に光を見出すというテーマでしたが、ハートエンジェルもそんな感じがします。「スピリチュアルな物事に対してのコミュニケーション」とか、「日常生活をより高次の側面と統合する」っていうことがボトルの説明に書かれていますが。三次元の体験を通してのスピリチュアリティみたいな。実践型というのかも。過去生や周囲環境も全部ひっくるめて愛憎をもりもり経験していく中でスピリチュアリティを見出していくって感じでしょうか。それも納得です。生まれてすぐに修行施設に入るとか、覚醒状態で生まれるとかっていう選択ではなく、現実にどっぷり足を浸けた上で目覚めていくことを選択している気がするので。そして、インカネーショナルエンジェルは「Head in Heaven and Feet on Earth~頭は天国に/足は地上に~」スピリチュアリティを現実に根付かせることや、他者の現実を変容させることがテーマ。これも納得です。以前瞑想会で守護惑星の金星と繋がった時に見たビジョンで、アンクをいくつも金星から地球に根ざすっていうビジョンを見たことがあるのですが、どうも過去生でも基本的にはそれをやっていたもようなので。ラブ注入みたいな(笑)。こうやってみていくと、インカネーショナルエンジェルをインテレクトエンジェル(右の翼)、ハートエンジェル(左の翼)がサポートするという見方をするそうなのですが、3本のボトルとも共通したテーマを持っている気がします。そして、面白いことに一緒にセッションをやっていただいた方々と、ボトルのテーマがかぶったりしていたりします。全員のお話を聞いていたわけではないのですが、「あれ?このボトルの名前さっき聞いたぞ」って何回か思ったりしたので。やっぱり人が集まるのは偶然ではないんですねー。なんか長くなったので続きはその2で。
2014年05月07日
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数日前にふと、昔の恋愛を思い出していました。その昔、ワタクシは外側から愛が合成されるのを待つばかりだったので、キスをしてもハグをしても好きという言葉を重ねても、不安が拭えずにいました。それは自己愛の課題で、内側に光を入れないままに愛の合成を期待していたからだとやっと気付いた気がしました。ワタクシも彼も、誰も悪くはなかったのだ、と。外側から愛が合成されるという感覚は過去生からのもの。恋愛は信仰や神性とは対極にあり、妨げになるという教えを絶対だと信じていました。かつてワタクシはそうやって人生から恋愛を排除したのです。現在、性エネルギーは神性ともつながるということを更に古い記憶や歴史から再学習することができるし、性エネルギーを排除や制限することで至ると考えていた神性に至る道では、どっちかというと性エネルギーが活性化されることがカギになっていることを学習することができるようになりました。すごーーーく長い歴史の中でワタクシは一度制限した後に制限を解除をすることで、その制限したもののエネルギーの素晴らしさを体感したかったのだと思われます(まーめんどくさい性質ですこと)。これを書いていてちょっとだけ泣きそうです。今生でもスピリチュアルなものと恋愛をどこか切り離して考えてきた過去があります。小学生の頃に両想い(笑)になるおまじないが男子に見つかり、つるし上げ(軽く魔女狩りwww)をくらったり、恋愛をひっきりなしにしていた頃にはスピリチュアルなものから遠ざかっていたりしていたからです。4/30朝に見た夢では、ワタクシがおっさん(知らない人)とデートしていると、親や古い友人があちらこちらから現われて阻止しているという夢でした。ワタクシは「え、友人が止めるってことはやっぱりこの人ヤバいかな」とか思うのですが、それでもデートを続行していました。親や古い友人は、ワタクシの男性観やワタクシの中の古い観念なんでしょうね。分かりやすく色んな人が出てきていました。本当は自分なりの男性観があるんだけど、それを否定されたりする経験の中で多数派だったり意見が強い人に流されて凝り固まった像を振り切ってデートを続行する。いいですね~。どうも最近この辺りの課題が無意識層でアツい。らしい。4/29は、ふとこの課題について思いついてタローデパリを引いたところ、選択肢Aには「Ten of Water」、選択肢Bには「Two of Air」がでました(本当は選択肢もう2つありましたが割愛します)。「Ten of Water」は一体感ばっちり!&喜びMAXで航海に出るぞ~っていうカード、「Two of Air」は対立する勢力が拮抗しているカード(このカードを引く前にミカエルっぽいビジョンが見えたので、引いたらやっぱりミカエルでしたwww)。この二枚が出たら、それはもう選択肢Aでしょ!ってことでこの課題に向かっていくために選択肢Aを進めていくこととしました。そして、4/30の朝、今日の1枚を引こうとしたところ、指がつつっとすべって2枚に触れました(目を閉じて引いているので)。場合にもよりますが、気になった時にはつつっと触った2枚を見ることにしています。なんと。「Ten of Water」と「Two of Matter」が出ました。ワタクシが4/29選択肢Aのパターンと、選択肢Bのパターンで引いたカードと同じです。4/30は自分の中で選択肢Aのパターンをちゃんと選択することが必要な日っていうことなんだと思いました。エンジェルセラピーオラクルカードは「Past-Life Issue 」でしたので、正にこの選択に過去生の課題が関わっているんだな、と。カードを引く前にペルーとかの民族衣装っぽい帽子をかぶった少女のビジョンがちらっと見えたので、この子もそうなのかも。民族衣装は詳しくないのでペルーではないかもしれません。スポット被るタイプの帽子からカラフルなビーズの紐が垂れているのが目の端に映っていたのが印象的でした。さて、テーマとはずれますが、最近「Ten of Water」づいているワタクシ。昨日も気になっている求人を受けるか受けないかで迷ったところ、受ける方に「Five of Air」、受けない方に「Ten of Water」が出てきました。こりゃ、この求人は受けないってことで。そして、「Ten of Water」が3回目ってことは「Ten of Water」的なことが3回あるって見方もできるけど、「Ten of Water」的な出来事が生活のあらゆる側面に影響するってことなのかもしれません。Waterなのできっとわくわくして楽しいことなんでしょう。楽しみですなー。
2014年05月01日
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