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せっかく長野で開かれているスペシャルオリンピックス。競技の観戦も応援のひとつと開会中の県議会も観戦のために今日と明日の2日間を休会にしたが、私は、明日は総務委員会があるので、観戦できるのは今日だけ。朝、7時50分、長野駅東口発のシャトルバスで、アルペンスキーの観戦と表彰プレゼンターに協力するために、山ノ内町一ノ瀬スキー場へ向かった。スペシャルオリンピックスの表彰式は、参加したアスリート全員を表彰し、アスリートの日頃のトレーニングの成果を讃えるもの。今日は、アルペンスキーのアスリートの皆さんにメダルやリボンをお渡しするプレゼンター役をつとめることで、私もスペシャルオリンピックスにささやかながら参加させていただくことになる。 バスを待つ列がとてもおおぜいなので、1台に乗り切れるか心配で、ドキドキしながら進んで行くと、ちょうど私までで1台目は終わり。1時間に1台なので、ラッキー!98年の長野オリンピックの時に、とても寒かったと言う印象があり、おなかと背中にホッカイロを入れて、完全武装で暖かくしていったが、約1時間半のバスの中で早くも汗だく。現地も青く澄みわたった快晴で、風もなく、暖かな陽射しの絶好のスキー日和。 一ノ瀬スキー場でバスを降り、表彰プレゼンターの受付を済ませ、ゲストラウンジでコーヒーとりんごをいただいてから観戦。アナウンスの案内で、次々に滑り降りてくる各国からのアスリートの滑降は、健常者顔負けの胸のすくような見事なもの。 コース整備をはじめ、会場のあちこちで常時活躍しているボランティアの皆さんの姿がさわやか。資金繰りをはじめ、一時は準備の遅れが心配された今回のスペシャルオリンピックスだったが、長野オリンピックを成功させたボランティアをはじめとする「長野力」とでもいえる地域に培われた人と人との絆や力が大きな財産となって生かされ、今回の大会を成功させている気がする。 いよいよ表彰。決勝が終了した競技から表彰式をするのだが、なかなかひとつひとつのグループのアスリートが集合せず、表彰時間は少しづつずれていく。また、どういうわけか、プレゼンターも最初のうちは私と山ノ内町の町長さんしかいない。 町長さんに続いて、私が最初に表彰プレゼンターをつとめたのは、アルペン女子初級ダウンヒルのグループ。私が、表彰台に並んだ5名のアスリートの前に立ち、アナウンスがはいってプレゼンターが紹介されると、私の後ろに集まっているアスリートの家族やボランティアの皆さんをはじめとするおおぜいの集団から「千穂ちゃ―ん!」「千穂ちゃ―ん!」と盛大な声援が飛ぶので、一瞬「えーっ。」と驚いたが、なんと入賞者の3位、銅メダルを獲得したのが宮城県から参加した斎藤千穂さん。「千穂ちゃんがんばったね、おめでとう。」「よかったね、千穂ちゃん。」と言う声に、とてもうれしそうな彼女は、まだ高校生ぐらいの感じで、戻ってからもみんなにメダルを見せては、うれしくてたまらない様子であちこちを飛び跳ねていた。偶然のことながら名前が同じだったこともあり、私も人ごととは思えず、とてもうれしい気分になった。 会場内では、同じアルペン男子上級ダウンヒルで金メダルを獲得した地元山ノ内町の中山貴満さんも、うれしそうに頬を紅潮させて、「中山です。金メダルでした。」と、会う人ごとに喜びをアピールしていた。本当におめでとう。 私は、もう一組、女子中級ダウンヒルの表彰プレゼンターで、メダルをアスリートにお渡しし、(このグループは、なぜか、表彰者2名で、金、銀メダルのみ)一休み。ゲストラウンジに戻ると、自民党県議団の皆さんも来ていて、にぎやかになってきた。同じく表彰プレゼンターをつとめると言うことで、「ミス志賀高原」の女性や、俳優の神田正輝さんも。神田さんって、実物はとても背が高い。お昼は私と同じでラーメンを食べていた。 夜、長野市のメルパルク長野で、SOゲストレセプションがあり、出席。SOエジプトのアスリート代表が、「SOで、私は変わりました。SOは人を大切にする心を育ててくれ、人と人との絆を強くしてくれます。」と語ってくれたのが印象的。 また、野沢温泉村で行なわれたスノーシューイングに地元小学生達と参加したと言うあのオリンピック体操金メダリストのルーマニアのナディア・コマネチさんもあいさつ。ユーモアたっぷりに、しばしば会場を笑わせた彼女は、すっかり大人の女性になったけれど、白いスーツ姿は、相変わらず、魅力的。 レセプションの終わり頃演奏された静岡県の社会福祉法人富岳会の富岳太鼓竜神組による太鼓も圧巻だった。富岳太鼓は富士山のふもと御殿場市のもの。知的障害者のセラピーとしてはじめた和太鼓演奏が、今では文化、芸術活動としても広がりを見せ、広く海外からも注目されるようになったというから、ちょうど、長野県の稲荷山共同作業所から生まれた「和太鼓ちんどん」と似ている。長く鳴り響く、勇壮な太鼓の演奏が、参加者の盛大な拍手を受け、感動を呼んだ。 乾杯の音頭をとったSO日本理事長の細川かよ子さんは、「2005SO大会は、現在までのところ、成功です。」と述べたが、多くの人たちの心に希望をともして、大きな成功を、と願わずにはいられない。
2005年02月28日
今日は、信州新町の日本共産党後援会の新年会にお招きいただき、県政報告。(くわしいことはあとで・・・)
2005年02月27日
知的発達障害者のスポーツの祭典スペシャルオリンピックスが、今日から3月5日まで長野県で開催される。今日は、その開会式に、県議会の同僚議員の皆さんと参加した。(くわしいことはあとで・・・)
2005年02月26日
今日から代表質問。今回から代表質問ができる6人以上の会派が6会派になったため、代表質問は1日2会派づつで3日間となる。初日の今日は自民党と緑のフォーラム。 自民党の萩原県議は県の情報公開についてをはじめとする8項目を午前10時から、休憩15分をはさんでたっぷり午後1時40分までの約3時間半。 知事の後援会幹部が県に働きかけた問題の文書の情報公開について、知事は、「私的なメモか公文書かの見解が一致しないようなので、よく調査して適切な判断を行なうようにと指示した。公開しないようにしたことへの関与はない。今回はファイルに保管されていたものを公開した。原本かどうかはわからない。経営戦略局参事からは私的なメモだったと報告があった。後援会幹部への特別な配慮はない。下水道事業の入札はルールにもとづいた適正な入札。」と答弁した。 当時、経営戦略局参事だった岡部氏と知事の言い分は大きく食い違っている。真実はひとつのはずなのに、なぜ、こうも違う話になってしまうのだろうか。 残念ながら、現時点で、誰もが認めざるを得ない事実は、「包み隠しない県政」をスローガンにしている田中県政のもとで、平成15年の10月、本来公開されなければならなかった知事の後援会幹部の県への働きかけに関する文書が、「私的なメモ」として処理され、「不存在」として公開されなかったことだ。あってはならないことが、現実におこっていた。 長野県の情報公開の信頼性にかかわる問題として、県の責任は大きい。 新年度予算の中で、萩原県議は、「信州モデル創造枠予算は、バブル創造枠。思いつき予算と言わざるを得ない。県の財政の収支不足額をどうするのか。」と主張した。 もともと、重い借金を背負った厳しい長野県の財政状況の中でも、だから何もかも削ると言うのではなく、県民の切実な願いを実現するための予算を重点化しようというのが「信州モデル創造枠予算」。私としては、その趣旨が生かされるように、事業はいっそう精査しながら、県民が希望の持てる予算として活用してほしい。 緑のフォーラムは木下議員。 午後2時40分から6時過ぎまで、やはり約3時間半の質問。 知事は件の借金が減ったことを自分のお手柄のように自慢するが、借金が減ったのは国からの臨時財政対策債が減ったことと金利が低くなったからで、知事が借金を減らしたのではない、というのが木下県議の主張。これについては、自民党の萩原県議も、県の基金残高が大きく減っており、結局、貯金を下ろして借金を返しただけで、その分貯金がなくなった、と主張。 両者とも、国からの補助金や地方交付税が大幅に減らされ、不況が続くなかで県税収入も伸び悩み、つまり、収入が減ると言う困難のなかで借金を減らすことができたのは、確かに基金があったことや金利が低くなったこともひとつの要因ではあるが、1兆6千億円の県の借金の9割をつくった公共事業のあり方にメスを入れ、公共事業による新たな借金を作らない努力をしてきたからこそだと言う全体像を見ていないような気がする。 木下県議も、「財政が厳しいときに、信州モデル創造枠という聖域を設ける自力があるのか。こけてしまうのではないか。コモンズ支援金は県の思い通りに市町村をコントロールしようと言うもので、地方発ではない。」と主張した。 それぞれの予算の本来の趣旨が生かされるようにするためには、まだまだ、道は険しい。
2005年02月22日
16日からの定例県議会の開会を前に、今日は田中知事の後援会幹部が県や県の下水道公社に「地元業者を優先するように」と入札方法の変更を働きかけた会合の記録メモを、「存在しない」と公開しなかったとされる問題について総務委員会で集中審議がされた。 この問題は情報公開のあるべき姿をただすと言う点では重要な問題ではあるが、2日後から定例県議会が招集されていて、そこでの議論の場所があり、知事の後援会幹部に不当に工事が発注されてしまっていて、その工事を緊急に止めなければならないというような緊急性がある問題とも思えず、私は今日の委員会開催には反対した。 しかし、他の議員から「石坂さんの意見は正論だが、今度の議会は予算議会であり、県民生活に重要な予算の審議がこの問題だけで議論が十分にできないこともよくないので、できるだけこの問題を定例議会に持ち越さないために委員会を開催したらどうか。」と提案があり、開催したもの。 今日の委員会には、この件に関する情報公開請求のあった平成15年当時の県の経営戦略局参事の岡部英則氏、下水道課長田附保i行氏が参考人として出席した。 私は、委員会の冒頭で2点について質問した。 平成15年当時に「不存在」とされた文書が、今回の請求に対し、「保管されていた」と公開されたことに対する見解。また、知事が公開しないように指示した事実はあるのか。さらに、「出来るだけ地元業者を優先してほしい。」と言うのは、常々私たち日本共産党も主張してきたことであり、そのこと事態が悪いことだとは思わないが、問題は、その結果、知事の後援会幹部によって、下水道の入札制度がゆがめられたのか、不公正な発注があったのか。 小林総務部長は、平成15年当時「不存在」としたことは、その時点の判断としては間違っていなかったと思う。しかし、今回、改めて情報公開請求があり、調べてみたところ、2名の職員のファイルに保管されていたため、これは公文書であるとの判断で公開したもの、と答弁。 また、知事が公開しないよう指示したのか、その結果入札制度がゆがめられたのか、不公正な発注があったのか等については一連の経過について、知事からも調査を命じられており、関係者から事情も聞いて、近く調査結果を公表する予定との説明だった。 総務部長の答弁に対し、私は、今日の委員会の開催に、2日後に始まる定例議会で議論できるからという理由で反対したことも述べ、議会の議論に調査結果の公表を間に合わせてもらうように要望した。 今日の総務委員会に参考人として出席した岡部氏の証言によれば、当時、知事の後援会幹部が県の下水道事業の入札制度についてはたらきかけたとされる打ち合わせ会議関係の資料についての情報公開請求に対し、知事は、田附下水道課長からの経過報告のメールを岡部参事に転送し、知事から1階の知事室によばれた岡部参事は、打ち合わせ会議メモの文書を渡され、「2~3箇所出しづらいところがあるので、公開しない方向で調整してほしい。」と言われたとのこと。 知事の命を受けた岡部氏は、打ち合わせ会議メモが職務上作成したものであることは動かせないため、職務上組織で保管して活用するものにはあたらないと言う解釈で、田附課長に、「私的な打ち合わせだよね。備忘録程度の私的なメモだよね。」と、「私的なメモであり、公文書ではないから公開対象ではない。」と言う結論になるように誘導したとのこと。しかし、下水道課内部の話し合いは難航し、「知事に直接訴える。」「公文書を公開しないなら、これは犯罪だ。」と、納得しない職員もいて、困り果てた田附課長は、岡部氏に「公開したほうがよいのでは。」とも言ったと言う。 そこで岡部氏は情報公開担当課の文書学事課へ行き、文書そのものは見せず、一般論として、「内部的な打ち合わせのメモで私的ななメモは、公文書ではないから公開対象ではないよね。」と事前に確認をとった上で田附課長と改めて文書学事課へいっしょに行って確認を取り、文書学事課の指導と言うことで、下水道課内を「私的メモ」と言う認識で一致させたとのこと。 さらに、非公開決定後は、職員からすべての文書を回収し、パソコンの記録もすべて削除、消去させたとのこと。本来、その点では、岡部氏の元にも文書が残っていてはいけないはずだが、後日、このことが問題になる日が来るだろうと、岡部氏は文書を保管していたとのことで、今日の委員会に岡部氏の保管していた資料はすべて提供され、「本来、私が持っていてはいけないもの、これで、私の手元には、いっさいの資料は残っていません。」と発言。 なぜ、このような行為を行ったかについて、岡部氏は、田中知事がはじめて小布施町で知事選への名乗りをあげた集会に参加し、共鳴して、支持して来たこと、その後経営戦略局参事に登用され、知事および県の中枢の幹部5名によるメーリング・リストにも参加して情報交換や知事の特命的な指示を受ける関係にあったこと、しかし、住基ネット侵入実験への対応をめぐってメーリング・リストからはずされ、それまでの大量のメールが来なくなってから初めて来た知事からのメールが下水道課の情報公開に関するものだったため、この対応に力を尽くすことで、またメーリング・リストにはいれるのではないかと言う思いもあったと語った。 しかし、処理経過を1階知事室で知事に報告したところ、「処理が遅い。もっと早く。」と言われ、「以後、この件については秘書と相談するように。」と言われ、どうして自分が直接知事とではなく、秘書と打ち合わせしなければならないのかと、納得できない思いもあったと語った。 マスコミなどを通じて、田中知事が、この件に関して、「公開しないように指示した記憶はない。」と言う意味のことを発言していることについては、「命令されて、痛みを伴いながら実行したものは忘れないが、みずからは手を汚さず、命令しただけで痛みをともなわないものは忘れるのではないか。」と言うのが岡部氏の弁。 議会としては、いずれ、田中知事から、真実は何か、説明を求めなければならないだろう。 小林総務部長は、「公文書を私的なメモとしたことが事実であれば、何らかの処分の対象となる。」と答弁。 総務委員会の集中審議は、結局、今日1日では終わらず、県議会開会後の休会日である17日に、改めて開会されることになった。
2005年02月14日
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