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2007年12月31日。去年の今頃。 宮崎行きのフェリーに乗ってました。 夜ご飯を食べて、お風呂にはいって、ビールを飲みながら夜空を眺めたり、PCに向かって翻訳したりしてました。 一年後の2008年12月31日。 あれからの一年間で、まったく予想さえできなかった出来事をかぞえきれないくらい経験しました。 逆に言うと、あの時点で予測できていたことなんて、何があったんでしょう・・・・?! 自分自身に対する思いさえも、今ノートを見返してみると、ぜんぜん違っています(笑) 人は日々進化するということを実感した2008年。 よい意味で、自分の知らない自分がたくさん出てきた年でした。 だんだんと思考に支配されることが少なくなってきて、感じたまま、感覚を大切にしながら生きられるようになってきたと感じた年でした。 これほどまでに、人間はそれぞれ自分自身の中に、望む方向に変化する力があるんだってことを知った年でした。 たくさんの人に出会い、たくさんの人の人生に関わって、関わってもらって愛されてるんだなぁ、大切にされてるんだなぁって感じた年でした。 ものすごくグランディングしている自分を確認した年でした。 自分で知らなかった自分力に気付かせてもらった年でした。 今までで、一番自分らしく生きられた年でした。その心地よさを知った今、これからもっともっと、自由に幸せに自分の人生を歩いていけるんだってことを知った年でした。 そしてそれをいつもどんなときもシェアできる仲間がいて、同じようにシェアしてくれる仲間がいることに。そしてそれをいつも目の前で見てくれているJJ&BBがいることに幸せを感じた一年でした。 今、ここにたどりつくまでに出会ったかぞえきれないほどの人たちとの出会いの中で、たくさん考え、感じで、がむしゃらにやったことも、思った通りにうごけなかったことも、わかったつもりで動いていたことも・・・ すべては今日、今ここに来るために必要だったこと。 だから、すべての人に感謝ができる。 すべての人に感謝している。 今まで自分が通ってきたどの道も、どの経験も、どの1つがかけても絶対に今の自分とはちがている。 自分を愛おしく感じた一年でした。 自分を見つめた一年でした。 大切にできたら、知らないうちに、気がついたら、わけがわからなくなるくらいたくさんの人達との出会いがあって、たくさんの人に大切にしてもらってたくさん、たくさんの人の愛に包まれていました。 そして、自分で気付かないうちに、たくさんの人たちをいつのまにか包みこんでいる自分になっていたことを周りのみんなに気付かせてもらった2008年でした。 みんな、ありがとう。 Sunny♪ちゃん、ありがとう。 わたしがわたしで、ほんとうにうれしい。 わたしがわたしでほんとうによかった。 2009年の12月31日。今、想像すらできない世界にいるわたしに出会えることを楽しみにしています。 み~んなが、まだ見ぬ自分の可能性にきづき、喜びあふれる2009年になりますように・・・
2008/12/31
昨夜のこと。夜中に急に片付けたくなって、えっらいことになっていたJJたちの部屋にある本棚を片付けはじめました。今まで、いつか使うだろうとおいていたファイルなんかも、中身を確認して捨ててしまおうと、ぱらぱらめくっていた時、ふと懐かしい物がでてきました。それは、わたしが15歳のころ。初めてアメリカへ行き、2週間のホームステイを経験したときの感想文集でした。そんなものがうちにあったことさえ、まったく覚えてませんでした(^^;実は最近、あるネット上のコミュニティを通じて、このときに一緒にポーツマスにいったYちゃんと、実に約18年ぶりにコンタクトをとることができたばかり。しかも、ふとYちゃんの名前が頭にうかんで探してみたら、すぐに見つかったのです!!しかも、そのときのメンバーで近況のわかる子達はみな若いときに外国に出て外国で結婚してくらしているとのこと。やっぱりシンクロ♪♪『JJ,みてみて~~~~~~~~!!こんなん出てきた!』と見せると、JJが『え~っ?!ちょっと貸して!』と冊子を手に取り、声に出して読んでくれました。↓↓↓Home stay in Portsmouthわたしは、この夏、初めてのホームステイのメンバーとして、アメリカのポーツマスへ行ってきました。わたしは、ずっと、生の英語の中で生活したいと思っていました。わたしは、中学に入学してから英語を勉強し始めました。英語は学校で学ぶだけで、塾などには、全く行ってなかったので、英語が通じるかどうかとても心配でした。でも、わたしは、言葉が通じなくても、ジェスチャーを使って、話をしようと思っていました。わたしが初めて、アメリカ大陸を見たときには、とても感動しました。アメリカは、わたしの想像していたものとは、全く違っていたのです。アメリカはとても大きくて、たくさんの緑に囲まれていました。道路も日本の2,3倍はありました。わたしは、初めてアメリカを見た時の感動を忘れることができません。そして、これからも決してわすれることはできないでしょう。アメリカでの生活は、食べ物・言語・習慣などの上で全く違っていました。しかし、言葉はわたしが思っていたよりもよく通じました。きっと、英語の教科書を暗記していたのがよかったのだと思います。日本を出発する前に『ポーツマスの人々は心が大変温かい』と聞いていましたが、実際に行ってみて、本当にその意味を理解することができました。アメリカの人はみんな大変優しくて親切でした。そして、気軽にわたし達日本人に声をかけてくれました。しかし、日本では外国人をめずらしそうに見てしまいがちです。それに、アメリカ人はみんな大変音楽がすきなのです。わたしは、日本人はアメリカ人ほど音楽に興味をもっていないなと思います。アメリカ人は、みんなとても陽気です。それから、日本では隠したがる家庭内の問題をわりとオープンに話してくれるところにも驚きました。でも、人々が何も気兼ねせずに気軽に話しかけてくれたところが一番うれしかったです。ポーツマスでは、海やプールへ行ったり、ショッピングや映画にいったり、テニスをしたりしました。特に楽しかったのは、日本ではあまりできないような、夜のピクニックや、夜、友達の家に集まって皆ですごしたことです。アメリカのお父さん、お母さんは、わたしを本当の娘のように扱ってくれました。わたしが、ポーツマスを離れるときには『あなたがいなくなると、とてもさみしいわ。いつでもまた、ここへもどってきていいのよ。きっと又ポーツマスへ帰ってくるでしょう?わたし達はいつでも、あなたをうけいれるわ。』そういってくれました。わたしにとって、この言葉がどんなにうれしかったかわかりません。わたしが、この夏得たものは、言葉では言い表すことのできないほど大きなものでした。わたしは、もし、国や言葉が違っても心は通じ合えるんだということを知ることができました。わたしは、この夏ポーツマスで経験したことを生かして、将来、英語を使った仕事につきたいと思います。さいごに・・・I LOVE AMERICA↑↑↑自分で作文を書き、英訳するという作業を始めてやりました。今この文章を読んでみても、ものすごくリアルにこのときのことを思い出せるのにびっくりしました。そして、言葉に違和感がない。(自分で書いたんだから、あたりまえか・・・笑)当時15歳。中学三年生でした。宮崎の田舎育ち。外国人にはほとんで出会ったことがなく、学校にくるALTの先生がわたしの出会った唯一の外国人でした。まだCDデッキなんかも普及してない時代で、レンタルVIDEOやさんでMadonnaのVIDEOを借りてきてみたり、食事後にCDやレコードで音楽をよく聴いたりしたのがとても刺激的でした。食器洗浄機もありました。地下室もあったし、バスルームが2個ありました。ホームステイ先の女の子はパーマをかけていて、コテを使って髪を巻いてました。初めてジーンズとNIKEのスニーカーを買ってもらいました。お母さんが再婚だったので、週末になると子供達と一緒に実の父親宅に泊まりに行き、そこに彼女である、子供の同級生のお母さんがとまりに来るということを説明され目の当たりにしたのは、田舎育ちのわたしには、大きな衝撃だったんですね。普通はそういうこと隠したがるんじゃやないの?!ってね。(笑)11歳のJJが15歳のころにわたしの書いた文を読んでいるって、なんだか不思議な感じがしました。『タイムマシンがあったら、絶対15歳のママに会いにいくのになぁ~・・・・で言うねん。わたしは11歳のあなたの娘ですってね。』それを聞いて二人で爆笑しました。『絶対びっくりするよなぁ~!11歳の子が(しかも半分アメリカ人)いきなり娘って現れたら!』『(英語の仕事につくという)夢叶ってるやん!!』と話しは盛り上がりました♪そして、自分で思いましたねえ。子供のころに自分が何を感じていたのか。何を見て、どう思ったのか。特に多感な時期に違う文化の違う国を見て経験したことは、今のわたしの核になってるんだって。この感想文に書かれていることは今のわたしに大きく影響していること。音楽のことを書いてるのはちとびっくりしました。だからJJBBの父親に惹かれたわけですね(汗)OPENなアメリカ人に対する憧れもあったんでしょうね。複雑な『家庭』の人間関係を目の当たりにしたのも『いつでもあなたを受け入れるわ』と心から言ってくれた人がいたことも、15歳のわたしにとっては、強烈に残ったんでしょうね。そして、将来英語を使った仕事につくと決めたのも、この頃だったんですね。一見全く関係ないエアロのお仕事を長くやってきましたが、結局YOGA通訳という、全くそのときには予期してないお仕事を通じてたくさんの人達と(日本人&外国人)触れ合って行くことを今やってるんですよね。これからの人生は、また、どうなっていくのか全く予測できないけれど、20年前を振り返った時、『あの時の経験が今のわたしにつながっている♪』ってうれしくなりました。そして、JJともいろいろ話しをしながら、JJが今経験していることがどんな風に彼女の人生に現れてくるのかがとても楽しみになりました。当時の家族は引越しをしていて、子供達は皆外へ出て行ってしまったので、もう10年近く連絡をとっていません。片付けた後、ネットで探してみたのですが、見つかりませんでした。けど、違うところを整理していたら写真の間から、JJが生まれたときに向こうから来た手紙が出てきたんですね。残念ながら封筒はなかったものの、近い将来、彼女達とまた連絡がとれるのではないかという期待に胸ふくらんでいます。とってもうれしい15歳のわたしとの再会でした。
2008/12/24
2009年年明け早々に、大阪本町 Yoga Studio ヴィオラトリコロールさんでつぐ姫さんの『第3回 自分を進化させる講座 ストローク理論』を開催します。YOGAをされてる方もされてない方も、ど~んな方でも参加OK!特に子育て中のママさん、教育関係の方、自分自身のことをもっともっと知りたい!という方は是非是非ご参加くださ~い♪↓↓↓※日時 1月17日 14:00~16:30※受講料 5000円(スタジオ会員)、 5500円(一般)知ることは、可能性を広げていくこと。 気づくことは、変化を選べるということ。 「私の心」の傾向(クセ)に気づく講座 交流分析という理論をベースにしながら、人が人(親)と交流しながら育っていく過程の中で、 どのように性格形成されていくのか、また自分の心理的傾向がどのような状態にあるのかを学び、 「今の私」への理解と他者理解を深めていきます。 主な内容 *ストローク理論(存在認知・承認欲求) *コーナーライフポジション(人生の立場への欲求) それぞれが基本として持ち、感じている人間関係・人生に対するポジション *自我状態(状況で変化する三つの私) 今、あなたが人間関係や日々の生活で生き辛さを味わっているとしたら、無意識に行っている 思考や感情反応(パターン)の枠に閉じ込められている可能性があります。 日常の中で、束縛されたり、進めない感覚になる「私の心を縛るもの」 やってはいけないと思いながらついついやってしまう「私を駆り立てるもの」 同じパターンで行動し、考え、感じ、本来の自分とかけ離れた生き方をしている自分に気づき 自分自身の行動と思考、感情を意識的に選ぶ力が自分の中に存在することを知り、 心を自由にしていく可能性へと、また、自分を生きている感覚を取り戻すプロセスへの 一歩としていきます。 特に、自分と他者との関わりを中心に学んでいきますから、良い人間関係を築くヒントともなり、 他者との関わりも楽になってくと思います。 今まで2回の講座を受講された方は、別の視点からのアプローチとなり また、今回始めて受講される方も、理解しやすい内容となっています。
2008/12/20

日曜日はJJの『クリスマスバレエリサイタル』でした 普段の練習に加えて、希望者だけ別枠での練習日が設けられ、2ヶ月間ほど練習してきました。 京都市内のバレエスクールが集まっての発表会のようなもので、それぞれのスクールで20分くらいの枠組みで発表をしていきます。 バレエが大好きなJJ。 せっかっく近くに劇場があるのだから、なるべく本物にふれさせてあげたいと見せ始めた劇団四季のミュージカル。ちょうど京都で美女と野獣を上演していたころで、毎日ご飯のときにCDを聞き、いろんな形で計5回はみたかな 100回記念でlittle princessとして俳優さんたちと一緒に満席の舞台に立たせてもらったこともとってもよい刺激になって、どうしてもバレエを習いたいと言い出したのでした。 ミュージカルのパンフレットには、出演者のプロフィールが載っていて、そのほとんどに『幼少よりクラッシックバレエをはじめる』というのがあって、『JJミュージカルやりたいミュージカルやるんやったら、バレエしなあかんとJJ本人が思ったらしく、本人がどうしてもやりたいのだったら・・・ということでわたしも一緒にいくつかのスクールを探して見学にいきました。 その後もマンマ・ミーア、アイーダ、夢からさめた夢、crazy for you etc...7~10歳の間には結構見せたかな 今回のリサイタルはトゥシューズははかずに、バレエシューズのみでの舞台でした。 いつもの発表会とは違って、楽屋まで送り届けたら、すべて子供達と先生だけで支度をすることになりました。 親のわたし達は舞台をただ観客席から見るだけということで、JJを会場に送り届けたあとは、BBと二人でMに行ってコーヒーを飲み、終わったら会場外で待っているだけという感じでした。 とてもリラックスした状態で舞台に臨めたらしく、『楽しかった~』と帰ってきたJJ。 毎回舞台を見るたびに、成長してるなぁって思うのだけれど、親として、今回はバレエの上達以上にすっごくうれしいことがあったのです 舞台を終えた帰宅てからのこと。 ルンルンのJJ。 『今日、踊れてめっちゃ楽しかった舞台で踊れたこともうれしかったんやけどなあ、それ以上にうれしいことあってん』 というのです。 『へぇ~何、なに~』 と聞いてみたところ 『あんなぁ。舞台で踊れたこともうれしかったんやけどな、それ以上にうれしかったことがあってん。クリスマスリサイタルの練習したやんかぁ?そのときもそうやし、今日もそうやってんけど、一緒に出たみんなとなぁ、すっごい仲良くなれてんかぁ練習の時待ち合わせしていったり、練習もそうやけど、今日は出番待ってる間にみんなといろいろ話しできてさあ。すっごい楽しかってんJJが持っていってたトランプしたり、いろいろしゃべったりしたし、ほんまにクリスマスリサイタル出てよかったママ、ありがと~~~~~』 ってニコニコ顔で話してくれたのです。 感動でした~~~~~~~ すっごくうれしかったのと、同時に、JJってすごいなぁって思いました。 バレエの事に関してはわたしはまったくの素人だし、バレリーナになってほしいわけでも、コンクールに出てもらいたいわけでもなく、とにかくJJがバレエが好きなら、楽しんで自己表現ができる1つの手段になったらいいなぁと言う感覚で見ているんです。 実際、コンクールなど目指して練習をしているスクールなどは、週に5日も6日もレッスンがあり、次々と発表会やリサイタルの練習に追われているような話しを聞くと、『楽しめてるのかなぁ?』なんて思ってしまったりしちゃうんですよね。 もちろん、JJは週に3回とか4回とかバレエに行きたいって言うこともありますが、JJの通っているスクールは週2回までしか練習がないので、ちょうどよい感じ。 今回のリサイタルを通して、JJがそんな風に感じてくれたなんて、出した甲斐がありました 親としては、何よりも一番そういうところを学んでほしいなぁっておもってます。 人と関わる中で、喜びや悲しみやがんばりをシェアできるって、すっごくうれしくって、楽しくって、幸せだよねってことをJJBBには感じてほしいって思ってるし、人と人とのつながりってミラクルだし決してお金では変えない、本当に大切で価値ある宝物なんだよってことを教えてあげたいって思ってきました。 言葉で教えるのではなく、わたしがたくさんの素敵な人たちに支えられて、囲まれて、どんな仕事でも私生活でも、毎日を、心の底から楽しんで、幸せを感じて生きていくことができれば、きっとJJもBBも 『人生って楽しいんだな。人間ってすてきだな。こうして自分が自分を選んで生まれてきて本当によかったな。』 って感じて生きていけるんじゃあないのかなぁって思ってるし。 わたし自身が自分の人生の中に大きなThemeがあるんです。 それは『Share』。 人はみな基本的に『シェアしたい』って気持ちを持ってるんだって思います。 うれしいこと。かなしいこと。感動したこと。悩んでいること・・・ 自分以外の誰かとシェアして、理解してほしい、受け入れてほしい、感じてみたい、その気持ちを共有しあいたいっていう本能的な気持ちがあると思います。 心からシェアできたとき、喜びは何倍にもなり、悲しみなどのネガティブな感情は半分になる(小さくなる)っていいますよね。 分かち合える、自分以外の誰かの存在があって、それは初めて『シェア』になる。たった一人なら、どんなにすばらしい経験があって知識があって伝えたい思いがあっても、シェアすることはできないんですよね。 シェアできる人が誰もいないなんて考えると、なんだかちょっとさびしい気がしちゃう・・・・ だからこそ、せっかくこの3次元に人間として生をうけたのだから、とってもその『人間らしい部分』をシェアする仲間がいて、感情という神様からの贈り物を十分味わっていけたら、成長して行く中で、その感情さえも自分で選んでいけることにだんだんと気付けるんじゃあないのかなって思うし。 この『シェア』の部分はわたしの人生においてもかなり大きなテーマでもありBaseになっているので、また今度まとめてUPしておこうっと♪ 12月半ばにはいり、どんどん今年起こったことの総まとめみたいな感じになって、気付くことがいっぱいあります。 2007年の12月には、まったく予測していなかったような出会いがてんこもりの一年でした。想像のまったくそとの世界へと飛び出して、その世界に生きたような一年。 ということは、2009年の12月にもきっと、今のわたしにはまったく想像できなに、すばらしい何かが起きているにちがいありません そして、そんな人生をJJBBとシェアできることがまた、わたしの大きな喜びになっていくんだってワクワクしちゃってます。
2008/12/18
昨日はJJの個人懇談会。担任のA先生はベテランの熱血先生4月に担任発表があったときには、かな~りご機嫌斜めだったJJ。というのも、このA先生。すごく面白いしすごく子供の興味を引くのが上手なのだけれど、怒るとめちゃくちゃ怖いのです。それから宿題がすごく多いうちなんか塾行かせてなくてもフウフウ言いながら毎日宿題と格闘しているようなそんな感じだったのです。忘れ物もよくするし、日記なんかの提出物も3分の2くらいしか出してないし、朝の支度にすごく時間がかかり、学校につく時間もぎりぎりになってしまう・・・・という感じで4年生をすごし、担任の先生にもそれを言われていたのだけれど、5年生になった途端、そんなこといってられなくなったのです(笑)とにかく、このA先生、宿題と所持品に関してはすっごくうるさくて、宿題を忘れたり持ち物を忘れるとこっぴどく怒られてしまうのです。それが怖くて怖くて、もうすっご~~~~~~~~い怖いんですって。けど、普段の授業は、子供達の興味を引くのが本当にすばらしく上手で、子供達自身に考えさせるということへの誘導の仕方をみていると、わたしもこんな先生の授業受けてみたいなぁって思うほど。それにとても面白くて、子供達のことをものすごく愛情いっぱいで見てくれてはるのがとてもよくわかるのです。そんなA先生のやり方にもようやくなれてきたんでしょうね。特に2学期に入ってからのJJはなんだかぐんとちがってきました。まず、あんなにだらだらと時間のかかっていた宿題を効率的にできるようになってっきたみたい学校から帰ってきて、宿題をして間にPIANOを引いたり漫画を読んだりTVを見たりもしながら、小テストなんかの日には目覚ましをかけて朝自分で早く起きて、ノートを見直したりしてから学校へ行くようになりました。忘れ物もほとんどなくなったみたい朝はやくおきて帰ってくると夕方わたしが帰るころにはリビングで寝ていたりするけれど、うまくバランスが取れてるんでしょうね。身体もどんどん大きくなっているし、食欲もぐ~~~~~~~~んとUPして育ち盛り(笑)学校生活もすごく楽しいらしく、毎日生き生きして学校へ行ってます。これは親としてとてもうれしいことA先生の一環した教育が子供達を育ててきているんだなぁということを実感していることを懇談でも話をしたんです。いろんな場面で鯵感じることがあって、まずは毎日の宿題をこなすというあたりまえのことが、JJの中にちゃんと定着してきたことをみれること。すごくたくさんの宿題なので、なきながらやってたこともあるくらいなんですよ。それを『当たり前』に習慣化することができてきたんですよね。そして、BBとの会話の中にもよく登場するA先生。こないだBBがJJに『JJ,A先生すごいこわいやろう?そんなことしたら(何をしてたかは忘れたけど)A先生に怒られるんちゃう』みたいな言い方をしたら、JJが『ちがうねんA先生が怒らはるのには理由があるねん。いつも怒らはるんじゃあないねん。宿題わすれたりとかな、ごまかしたりとかな、ちゃんとやらなあかんことをしてない時に怒られるねんで。』って言ったんですよね。子供たちは、『先生が怒るのはこう理由でこんな時だ』ってわかってるんですって。これもまた一貫性を学ぶということにおいては、宿題の習慣付けと一緒で、子供達がその中に矛盾を感じることなくルールを学んでいくというのがとても大切だなと思います。最初は怒られると怖いからという気持ちのほうが大きかったからもしれないけれど、4月から8ヶ月たって、その中のルールを知り自分の行動が習慣化されたことによって、その他の部分にもよい影響が出てきていることをみることができるようになりました。ほんとに感心しちゃう宿題をやってないのに『忘れた』と言ったり、ごまかしたりしてそれがばれた時の先生が一番怖いそうですだから、その時々に正直に伝えるということをJJは学んでいるようだし、昨日話をしていてすごく面白かったのが隣のクラスの子達の話をしてくれた時でした。男の子と女の子が気になりだす年頃。隣のクラスの先生はA先生とはまったくタイプの違う先生。となりの2組のクラスの男の子達がA先生に怒られることがあったそうです。そこで先生に言われたことがあったのだそうですが、先生に怒られるまま自分たちの意見をいうこともなく、しゅんと支持にしたがったそうなんですね。それを見ていたJJ達1組クラスの女の子。『1組の男子かっこわる~・・・自分の意見も言えへんねんなぁ』ってなったんですって。最初わたし意味があんまりわからなくて『待って、待って。それってどういこと』って聞き返してみたら『うちのクラスの男子やったらな、先生に怒られて何か言われても、自分で~させてくださいとか、~しますとか、嫌ですとかちゃんと自分の意見を言わはるのにな、1組の男子たちは何も自分たちの意見いえはらへんねんで。』って言うではありませんか面白いなぁと思いました。JJのクラスでは先生に怒られっぱなしではないということですね。たとえば忘れ物をしても何かあっても、ちゃんと子供達は自分の意見や理由やそれとなりを先生にちゃんと伝えるチャンスを与えられているし、先生も聞いてくれはるので、思いを伝えることができるようになってきているってことなんやぁというふうに解釈をしました。そこにごまかしや矛盾がでてくると先生に怒られてしまうそれがA先生のやり方みたいです。それから、今朝のこと。班替えがあったばかりらしいのですが『今の班(3人組)好きになってきたわぁ。ほんまよかった』っていうので、『何で~』って聞いたら『授業な、班で考えることが多いねんけど、算数のときな、3人とも得意なところが違うねん。だから、わからへんところを補い合えるんやんかぁ。NくんがわかっててJJとTちゃんがわからんところはNくんが教えてくれるし、Tちゃんが得意なところはTちゃんが教えてくれはるねん。JJが得意で二人がわからんときにはJJが教えてあげるからめちゃバランスいいねん』って言うんですよ。これもきっと先生の班で考えさせることの大切さやメリット、そこから学ぶことを意識した授業のもっていきかただからなんでしょうね。もちろん、それをそんな風に感じられるJJの能力もすごいって思っちゃう5年生になり、JJの成長ぶりをみながら、こうやって人間っていろんな物の見方や考え方を学校で学んでいくんだなぁって思うことがたくさんあります。もうひとつ。JJとBBの会話の中でJJが学校でのできごとについて何か不平っぽいことを言ったんですよ。(内容は覚えてないなぁ・・・笑)そしたら、それを聞いたBBの突っ込みが『それってな。JJはそう思ってるんやろう?』って言うんですよ。用は『むかついた』というような感情表現をJJがしたときに『JJがそう感じている』ってことをBBに指摘されたわけです。それはJJの気持ち・感情であって、他の誰もが同じように感じたわけではないということを言ってるんですよね。BBが学校でのことを同じように話したときにも逆にJJが『BBがそう感じたんやろう?』ってな具合に返しているのを聞いて、思わず笑えました。ふたり、客観視してるなぁ(笑)って。『そのときそう感じた』のは自分であって、そこに話が行って、起こったことがどうでこうでっていうことにいう、会話がそれ以上のぐちになったりしないんですよ。『だって、ほんまに~感じたんやもん』『BBは嫌やったの』で終わり。みたいな・・・・二人の会話を聞きながら、いろ~んな経験をしてたくさんの人と関わって行く中で、彼女達の内側も外側も、すごく成長しているんだなぁということを感じます。ほんとに面白い人間って、いつでも成長期にいるんですね。
2008/12/12
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