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『私のこと、抱いて』突然の私の無理な要求に、謙吾が、ため息をつき、車を出したあの日。謙吾は、黙って車を走らせ街に出て、一番大きなホテルの地下駐車場に停めました。停めてから、こちらを見つめ、何か言おうとする謙吾を残し、私は先に車を降りました。謙吾は首を振りながら、人目を避けるための眼鏡をかけ、車から降りました。エレベーターでロビーにあがり、私にソファで待っているようにいうと、フロントに行き、キーを持って戻ってきました。その部屋は、とても広いスイートルームで、窓からきれいな夜景が見えました。謙吾は、部屋に入ってしまうと、少し落ち着いた様子で、ソファに座り、「俺、腹減っっちゃった。なんか食べていい?楓も食べるだろ?」と訊き、ルームサービスのメニューを広げました。「何か適当に頼むよ?あんまり腹ペコじゃ、なあ?」と魅力的な笑顔で笑いました。私も肩の力を抜いて、微笑みました。食事の間、私たちは、その後のことは忘れたふりをして、まるでレストランで食べているかのように、ゆったりと楽しみました。謙吾の話はとても面白く、私は、まるで健全なデートをしているかのような錯覚に陥りました。食事のワゴンを廊下に出してしまうと、2人でさらにワインを飲みました。しばらくして、私は、立って行き、部屋の照明を落としました。謙吾が少し緊張したように見えました。私はソファに戻らず、窓際に立って、また夜景を眺めました。謙吾が近づいてくる影が、窓ガラスに映りました。謙吾は私の隣に、窓に背を向けて立ち、私の方を見ないまま、小さな声で、「思い直してくれないか?」と言いました。返事をしない私を、覗き込むようにして、謙吾は続けました。「俺、やっぱりこんなの間違ってると思う。楓だって分かってるんだろう?きっと後悔するよ。それに、、、楓、俺の気持ち知ってるだろう?だから、こんな形で、、は、、嫌なんだよ。いつか、俺の気持ちを受け入れてくれて、ちゃんとステップを踏んで、なら、もちろん嬉しいけど。だって、俺は、ずっと楓のこと、、ん。。」私は、謙吾の首に手をかけて引き寄せ、キスをして唇をふさぎました。それ以上、聞きたくなかったから。そんなこと考えたくもなかったから。私は、誰とも寝たことはなかったけれど、自分でも驚くくらい、落ち着いていました。確かに、悟を失くし、自分を失ってはいたけれど、それでも、その時私は、自分をさらに失おうという目的に向けて恐ろしいほど冷静でした。決して酔っていたからではなく、自失の中にありながら、しっかりと自分の意志で、自分をさらに傷つけるためだけに、謙吾に抱かれることを選んだのです。そう、謙吾は悟の代わりに抱かれるには格好の相手でした。私のことを知っていて、私と悟のことを知っていて、そして何より私を愛していました。そんな謙吾に対して、あのときの私はとても冷酷でした。一時弄んで捨てるためだけに、たまたまそばにいた安全な相手というだけで、彼を選んだのです。謙吾が、純粋な気持ちで私を愛してくれていることを知りながら。自分自身を傷つけられたら、それでよかった。それと同時に、謙吾を傷つけてしまったとしても。選択の余地すらなく、道連れにされた、かわいそうな謙吾。謙吾は、私のキスに驚いたように、一瞬離れようとし、でも、すぐあきらめたように、力を抜きました。そして、私をそっと抱きしめてくれましたが、その手は震えているようでした。私は、静かに体を離し、浴室に向かいました。私は丁寧に髪と体を洗いました。後悔なんてしたってかまわない。今、この瞬間だけでも、この現実から遠くはなれた場所に行けたら。悟の気配が私を包んでいる間に、悟の感触を覚えている今の間に、誰かに抱かれて、悟をカンジたいと思いました。1度も抱いてくれなかった悟。大好きだった悟。でも、死んでしまった悟。悟と寝れないのなら、誰と寝ても。。。熱いシャワーを全身に浴び、流れる涙をシャワーのお湯に紛らせながら、私はもう何も考えたくないと思いました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.31
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楓が黙り込んでしまったので、ちょっと焦った。俺は慌てて、「、、って、こういうこと言い過ぎ?でも、黙ってると、体の中で楓への愛情が充満して爆発しそうになっちゃうんだよ。だから、許して」と、冗談っぽく言ってみた。正直な気持ちだ。ただでさえ、エロ心を抑えるのに必死なのに、気持ちまで口に出せなくなったら、ちょっと、、というより、かなり辛い。楓はゆっくりとこちらを向いて、哀しそうな目で俺を見る。すご~く、不安になる。どうしたんだろう。俺、そんなに辛いこと言っちゃったかなあ?楓はパソコンの画面に目を戻し、しばらくじっとしていたが、キーボードを打ち始めた。『悠斗、悠斗の気持ち、私とても嬉しいの。何度もそうやって気持ちを口にしてくれることで、とても安心できたし、心強かった』俺はほっとしてうなずく。『この2年間、ずっと頭では分かっていたのに、どうしても一歩が踏み出せなかった。でも、やっと、悟のこと、少し。。全部悠斗のおかげだと思う。本当に感謝してる』そして、また指が止まる。ためらいがちにこちらを見て、目をそらす楓。『だけど、私、、、』俺は楓の深刻な様子に、焦って、「ちょっと待って。そんなすぐに好きになってくれとか、付き合って欲しいなんて、」と言いかけると、楓も慌てたように、『違うの。そうじゃないの。』「え?」『私、謙吾とのこと、まだ話せてないから。それが気になってるの、ずっと』俺は、言葉に詰まる。楓も、指が止まった。長い沈黙。俺は思い切って、軽い調子で聞いてみる。「それってそんなに重要なことなの?話したくないなら、俺、別に聞かなくてもいいよ」楓は、深刻な顔のまま首を振って、『黙ってていい話じゃないの。ちゃんと話さなきゃいけないこと。でも、、、怖い』「怖い?」『そう。話して、悠斗に嫌われちゃうのが怖いの。」それって、俺のこと、好きってことなのかな。と、ちょっと期待してしまう。って、そういう場合じゃないか。「無理に話さなくていいよ。何も無理することなんてないんだよ、楓。話せるときがきたら、でいいじゃん?」楓はためらいつつも、うなずいた。『でも、なるべく早く話さなきゃと思ってる。ごめんね、悠斗』「なんで?謝ることなんて何もないよ。ほんと」俺はなんだか泣きそうになりながら言った。俺も、ほんといえば知るのが怖いよ、楓。なんてったって、謙吾とのことなんだもんな。謙吾はめちゃかっこいいし、俺なんかより断然売れてるし、かといって、気取ってなくて中身もいい奴なんだよな。謙吾とだけは、恋愛のライバルになりたくないと、常々思ってきたのに。謙吾のほうは、『完全に見込みがない』って言ってたけど、ほんとに、一体何があったんだろう。さっきは聞かなくてもいいなんて言ったけど、やっぱりいつか聞かなくちゃいけないことだよな。すっげ~、モヤモヤしちゃってるもんな、既に。ふと楓を見ると、不安げにぼんやりと俺のほうを見つめていた。そんな(物欲しげ、、に見えるのは俺が欲求不満だからだよな。。)目で、見つめられると、俺、また抱きしめたくなっちゃうよ。しかも、ここベッドだし。思いっきり抱きしめて、キスして、押し倒したい。。。。けど、やっぱり我慢するよ。俺は理性を総動員して、楓を見つめて、微笑んだ。大丈夫だよ、という気持ちを込めて。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.30
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悠斗の顔が目の前にあって、ドキドキしました。だって、本当に本当にかっこいいんだもん、悠斗は。悠斗がすぐに体を離してくれたから、助かりました。そうでなかったら、また、誘惑めいた態度を取り、悠斗に怒られてしまったでしょうから。こちらの理性を失わせるほどの魅力って、ほんと厄介な人、とつい理不尽にも思ってしまいます。「何も謝ってもらうようなことないよ。俺、別にプレッシャーに感じたりしてないし。何を言われてもいわれなくても、俺の気持ちは変わんないから。もちろん、身の引き締まるような思いはするけどさ」と悠斗はいいました。私は、『ありがとう』首を上げて少し彼のほうを見上げました。不自然な体勢で覗く悠斗に悪いので、並んで座れるベッドにパソコンを運びました。移動しながら、悠斗が、「ところで、なんで急に、実家に?随分長い間、帰ってないって言ってたよね?」と不思議そうにたずねました。『彩の式に出るって決めたから、その前に、悟の両親にしっかりと謝っておきたかったの。式の日に、変な面倒をかけたくなかったから。』「なるほど、で、しっかりできた?」と、悠斗。『うん。ちゃんと1人で行ってきた。二人とも相変わらずとても優しかった。仏壇にもお墓にもちゃんと手を合わせてくることができたの。ほんというと、今まで一度もできなかったの』悠斗は驚いたように、「それはすごいな。よくがんばったじゃない」私は少し微笑んで、『悠斗、私、あなたに会ってから、どんどん強くなっていく気がする。今日も、大丈夫だったでしょ?さすがに、もう1週間も同じ道を歩いていたから、思い出も出尽くした感じだったけど』悠斗は、「確かに、今日は大丈夫だったね。俺に会ったことで、楓が変わってくなんて、最高に嬉しいよ」と優しくいいました。『私、ここのとこ1人で散歩してて、思い出に襲われても、倒れたりすることもなかったの。ちゃんと区別ができるようになってきたような気がする。今と過去を』悠斗は黙って続きを待ってくれます。『この町も、人たちも、私には全て悟につながる思い出で辛いとしか思えなかったのに、もう、平気なの。逃げるようにこの町から出た私を、またありのまま受け入れてくれたわ、そしてたくさんの元気をくれる感じ。今はただ、とてもありがたい気持ちでいるの』悠斗はうなずいて、「少しずつ、そうやって現実に慣れて、そして、ゆっくり元気になっていこう。俺は今日、楓の育った町を歩いて、楓のことを大切に思う人にたくさん会って、改めて思ったよ。楓に会えてよかったって。おじいさんが言ってたように、楓、俺は、楓に、信頼できる愛情をずっと、と思ってるから。」悠斗の真摯で暖かい言葉に、心がゆっくりと解き放たれる気がしました。実家で過ごしたこの1週間で、私の中の悟の気配は、それまでと随分違ってきていました。悟との思い出に包まれるたびに、悠斗のことが心に浮かびました。悠斗が隣にいなくても、私は私を支えられるようになっていました。そう、まるで悠斗がずっと手をつないでいてくれるように。そして今、悟が、ずっと、握ってくれていた手をそっと離してくれたような気がしました。私も、悟の手を離せるような気がしました。本当なら、もう、悠斗の胸に飛び込むことに、何もためらうことなどないはずだったのです。悠斗の腕の中。優しい暖かい、悠斗が私のために用意してくれている場所。、、でも、無理でした。そう、謙吾とのことがあったから。今となっては悠斗に、知られたくないな、と思いました。でも、もちろん知らせなくてはいけないことだと思いました。私は、何度も謙吾に抱かれたことで、ある意味では、助けられたのだから。もちろん、損なってしまったものもたくさんあるけれど。話さなくちゃいけない、もしかしたら、悠斗との関係も損なってしまうのかもしれないとしても。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.29
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楓のおじいさんは、それ以上楓には何も言わず、俺の方に向いて、「広川さん、よお分かってくれとるとは思いますが、楓はいい子です。無理強いするつもりはないが、わしももう若くない。楓がその気になる時がきたら、この子のことを、よろしくお願いします」と頭を下げていう。丁寧な言葉に恐縮しながら、「はい。こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。おじいさんは、満足げにうなずくと立ち上がり、楓の頭をなぜてから、フジシマくんに、「ちょっと散歩にいってくる」と告げ、ゆっくりと部屋を出て行った。フジシマくんは、おじいさんの分のコーヒー茶碗を片付けながら、「ま、あんまりプレッシャーに感じないで。気楽にね」と、俺に向かって言った。「分かってます。ただ、なんか、俺よりも、楓にはプレッシャーになってるような気がしますけど、俺とのこといわれるのが」と楓の方を向くと、楓は、ちょっと困ったようにうなずいた。フジシマくんは、「楓もプレッシャーに感じることないよ。ゆっくりでいいんだ。少しずつでも前に進もうとしているの、この間からの作品見てると、よく分かるよ。先生もよく分かってるはずだよ」といい、俺も、「そうそう、そのまま、宗太郎が言ってたように、いいポジションだっけ?キープしてなよ。居心地悪くないなら。まだ俺たち出会ったばかりだし。」楓は少しほっとしたようにうなずいた。と、携帯にメールが来た。宗太郎→悠斗:うっす。今どんな感じ?悠斗→宗太郎:今、楓の実家にいる。おじいさんに会って少し話したよ。宗太郎→悠斗:そっか。じゃあ、後でちょっと寄るわ。「宗太郎があとでちょっと寄るって言ってるけど」と楓に言うと、楓はうなずく。悠斗→宗太郎:了解。楓に促されて、2階に上がり、楓の部屋にはいった。いろんなモノがある。全てが楓の破片だと思うと、ドキドキする。楓は机に置いたパソコンを起動させている。俺はたくさんある写真立ての中の写真を見ていった。いろんな時の、いろんな楓。俺の知らない時間の中の楓。どれも幸せそうだ。悟さんのセピアの写真もあった。本当にやさしそうな笑顔。なかなかこんな表情できない。楓はとても大きな愛情に包まれていたんだな、と、改めて思う。妬けるか妬けないか、と訊かれれば、妬けると応えるしかない。でも、嫉妬の感情なんて、大したことではない。今の楓のゆれる気持ちや、そして何より悟さんの無念さを思えば、俺の楓の過去への嫉妬など、一体何の意味を持つだろう?楓がキーを打ち始めた。後ろに立つ。『ごめんね、おじいちゃん、なんかいろいろ。。恋人でもないのに。。』俺は、楓の両肩越しに手を出し、キーボードを使って、『恋人』の前に、『まだ』と書き足した。「これ、すごく重要だから。」と耳元でいうと、楓はこちらを向いて少し笑った。間近に楓の顔。俺は、身を引いた。なぜって、すぐにキスしたくなるから、正直のところ。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.28
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もう、おじいちゃんったら。いきなり、びっくりするような質問するんだもん。悠斗、ドン引きじゃないかなあ?まるで、結婚の申し込みに来たみたいなムードにハラハラさせられてしまいましたが、悠斗が、きっぱりと、「はい」と答えてくれたことで、少しほっとしました。祖父は、少し息を抜いた感じになり、「そうですか。楓は、」といい、祖父は、少しこちらを向き、「多分、まだ気持ちの整理はついとらんでしょう。悟のことも聞いてらっしゃるんですな?」「はい」「その上で、楓のことを?この子はこの通り、今は声も出んのですが」「もちろんです。楓さんの気持ちが僕の方を向くかどうかは分かりませんが、僕はためらうことなく、彼女を心から愛しています」悠斗のいつにまして熱い言葉に、すごくドキドキしていまい、うつむいてしまいました。祖父は、微笑んで、「広川さんも、なかなか男らしい方ですな。悟も、迷いのない男だった」部屋の隅でコーヒーを入れていたフジシマくんが、みんなに運んできてくれました。祖父はフジシマくんにも座るようにいいました。「良一、お前は、どう思う?」「悠斗くんのことですか?」祖父はコーヒーをすすりながら、「ああ。」「非の打ち所のない男性だと思いますが」「ちょっと、悟に似すぎていると思わんか?」私はびっくりしました。どこが一体?私からすれば全くの別人なのに、と思いました。でも、意外にもフジシマくんもうなずいて、「確かに、そっくりですね」と言いました。私がびっくりしているのを見て、祖父は、「どこが?って言う顔しとるな、楓」と笑いました。フジシマくんも笑って、「外見とか性格のことじゃないんだ、楓。楓に対する愛情の形のことだよ。」祖父はうなずいて、「そう。掛け値なしの、ストレートな愛情だ。まっすぐでゆるぎない強さがある。すばらしいことだよ。そんな愛情をもらえることは。ただ、ひとつ問題がある。」というと祖父はあごを引き、上目遣いに私を見て、「お前が安心しきって、とことん甘え放題になることだ」フジシマくんが、後を引き取って、「そうそう。楓がまた、わがまま放題のお子ちゃまに戻るかも、という懸念がある」といって、2人で顔を見合わせて笑いました。横を見ると、悠斗も肩をゆすって笑っていました。ひどい~。私が怒った顔をすると、フジシマくんは「冗談だよ。」祖父も、まじめな顔になり、「そうだよ。わしらは、また会いたいと思ってる。悟の愛情に守られて、幸せで無邪気だったころの楓とその作品に。早く、自分を取り戻しなさい。愛と愛する人を疑わなかった頃の自分を。」私ははっとしました。祖父は優しい目で私を見ながら、「悟を失ったことは辛い、それはよく分かる。ただ、悟はもういない。そのことを理解したら、次に進むことだ。悟を失ったということにとらわれ、臆病になりすぎるのはやめなさい。次を恐れることは、広川さんの愛情だけでなく、悟との日々も信じていないことになる。悟との事を、失った辛さじゃなく、輝いていた幸せの記憶として、楓の、そう、健康を取り戻した心に残すべきだとは思わんか?悟は、お前に人を愛することに対する怖さを教えたわけじゃないだろう?愛し、愛されることのすばらしさを遺していったんじゃないのか?」祖父の言葉に、フジシマくんも、私を優しく見つめてうなずきました。悟を失ってから、今日まで、祖父がここまでストレートに悟のことを、私に諭したことはありませんでした。その分、心に染み入りました。きっと、悠斗のような人が私のそばに現れるのを待っていたのでしょう。おじいちゃん、と私は思いました。ごめんね。ずっと心配させていたんだよね。分かりきっていたことなのに、今、本当に心の底から理解できた気がしました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.27
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楓と楓の町を歩きながら、俺は幸せな気持ちだった。楓が育ったにふさわしい、自然に恵まれ、とても静かで穏やかな町。都会で生まれ育った俺の目には、何もかもが新鮮に映った。川に着くと、楓は、堤防の斜面に腰を下ろした。俺も横に座る。2人でしばらくそのまま並んで、川を見ていた。俺は静かに横になり、斜め後ろから、楓の横顔を眺めていた。少し、憂いを帯びた表情。何を考えているんだろう。多分、きっと、悟さんのことだよな。河川敷で走り回る子供たちを見ながら、幼かった頃の楓を思った。きっと楓もここであんなふうに、悟さんや、宗太郎、彩と一緒に、無邪気に走り回っていたんだろう。なんの憂いもなく、ただ、確実で、誠実な愛情に包まれて、生きていた頃の楓。本当なら、そのまま、生きていけたはずの楓。恋人を亡くすというのは、どれほどつらいことだろう。俺は、今、まだ恋人ではない楓を亡くすことすら、想像したくない。まして、楓は、悟さんほど、長くそばにいた相手を。楓が今、ここに生きていることすら奇跡のように思える。悟さんと写っていた写真の楓を思い出す。あの笑顔。楓をあんな顔で笑わせること、俺にはできるだろうか。あまりにも見つめていたからか、楓が俺を振り向く。本当に綺麗だな、楓は。愛しくてたまらない。何も言わずに、見続ける俺を不思議そうに首をかしげて見る楓。俺は目をそらさないまま、「ごめん。また見とれてた」というと、あきれ顔で笑ってくれた。俺は、起き上がり、言う。「この間、宗太郎に聞いたんだ。悟さんの死んだ時のこと」楓は、思わず目を閉じる。俺は慌てて、「待って、目を開けて。」目を開けてうつろに俺を見る楓。「だから、俺ちゃんと分かったから。待てるよ。ほんとに。」楓は、うなずいてくれた。川を離れ、楓は、窯ではなく、実家に向かった。楓のおじいさんがいるんだな、と思うとやっぱり緊張する。宗太郎の話だと、楓はもう両親がなく、おじいさんが唯一の身内らしいし。そりゃあ、結婚の申し込みじゃなくても、やっぱり緊張するよな。楓はそんな俺を察してか、勇気付けるように微笑んでくれる。門を入ると庭があり、隅に置かれたチェアには普段着に着替えたフジシマくんがいた。彼もここに住んでいるんだ。「お帰り」フジシマくんは、読みかけの本をテーブルに置き、立ち上がった。「先生が待ってるよ。どうぞ」と家の中に促してくれる。「フジシマくんもここに住んでいるんですか?」と聞くと、うなずいて、「ああ、楓が出て行ってからだから、まだ2年足らずだけど。先生にはあらまし話しておいたから、そんなに緊張しなくていいよ。ちゃんと分かってくれてると思う」「ありがとうございます。」玄関を入ると、家政婦さんらしい女の人が出てきてくれる。「いらっしゃいませ」「お邪魔します」居間に通されると、今は火の入っていない暖炉の前のチェアに、こちらに背を向けている人がいた。楓のおじいさんだろう。「先生」フジシマくんが、声をかけると、その人はこちらを向いた。フジシマくんに促され、俺は、先生の前に立ち、「はじめまして。広川悠斗といいます」と挨拶して頭を下げた。「はじめまして。楓の祖父です。どうぞ」いろんなイスが置いてある。楓が、2人で座れる長椅子に先に座り、横にくるように示してくれる。俺はそこに座った。楓のおじいさんは、眼鏡越しにこちらを見て、「広川さんは、楓のことを好いてやってくれてるんですか?」いきなりの質問に少し驚いたけど、俺はひるむことなく応えた。「はい」 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.26
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着替えて教室に戻ると、そこには悠斗しかいませんでした。「フジシマくんなら、後片付けするって言ってたけど」と悠斗。私は、悠斗を見上げました。「久しぶりだね、なんか」私はうなずきました。結局、私はあのままずっとこっちにいました。メールでは毎日連絡をとっていたけれど。私が、窯で遅くなったり、別の日は悠斗も泊まりで仕事だったりしたので、うまく予定が合わなかったし、実家に泊まれるようになった私は、マンションに帰る必要もなかったのです。1週間ちょっとぶりの再会。たった2度しか会ったことがないのに、悠斗のことが、ひどく懐かしく思えました。「会いたかったよ、すごく」悠斗がとても素直な言葉で気持ちを伝えてくれます。私は微笑みました。わざわざ文字にはしなかったけれど、私も同じ気持ちでした。私たちは散歩に出ました。ここのところ、時間があくたびに歩いていた道を通り、川の方へ歩いていきました。悠斗は興味深そうにあちらこちらを見ながら歩いています。この町に悠斗がいるなんて不思議な気分。そんなことを考えていると、後ろから声がかかりました。「楓?」足を止め振り返ると、同級生のハルカでした。しっかりモノでいつもクラスのリーダーだったハルカ。犬の散歩の途中らしく、シーズー犬を連れ、リードを持っていたのですが、そのまま抱きつかれました。「うわ~、ほんとに楓だ」ハルカは離れて、私をもういちど見つめました。「久しぶり。彩から、こっちには、窯以外、ほとんどいないって聞いてたのに。帰ってこれる気持ちになったの?声は?戻った?」私は、ハルカの言葉に、暗い感じにはならないように、笑って首を振りました。途端に、しおれた様子になったハルカは、「そうなんだ、なんでだろう。早く声、戻ればいいのに」そこまで言って、私の隣の人の存在に気づいたように、「っと、ごめんなさい。連れの人がいたのに」と、悠斗に顔を向け謝りました。悠斗は笑顔で受けて、「いえいえ」と、ハルカが、「あれ、広川悠斗?」いきなり、呼び捨て、、です。私が笑って悠斗をみると、「はい。はじめまして。広川悠斗です。楓のお友達?」ハルカは、恥ずかしそうに、「はい、そうです。ハルカといいます。すいません。いきなり、、なんか、失礼な感じで」悠斗は笑って、「気にしてません」というと、ハルカは、驚いたように私の方を向いて、「彼、、、と付き合ってるの?」私が曖昧に首をかしげると、悠斗が、「いえ、まだ友達です。だから、さっきハルカさんが楓に抱きついたときは、若干うらやましかったです」というので、笑いました。私はしゃがんで、ずっと足元に飛びつこうとしていたハルカのワンちゃんを撫ぜました。かわいい。「あは、うらやましいって、じゃあ、広川さんの片思いなの?」「両思いになれるように、努力中だけど」ハルカは私を見て、「楓ねえ、贅沢よ、何が気に入らないわけ?」私は、何も言わずにハルカをじっと見上げました。ハルカはため息をついて、「広川さんは、楓の、、声が出ない原因とか、、」「聞いています。だから、焦ってはいないんですけど」ハルカはほっとしたように、「だったら安心しました。楓、いい子ですよ。私が男だったら、絶対譲らないんだけど。楓をよろしくお願いします」と、頭を下げました。悠斗も、「了解です。といっても、楓の気持ち次第なんだけど」ハルカは、私に、「だって。楓、男前をあんまり困らせちゃだめだよ。」私が笑って立ち上がると、「元気そうな楓に会えてよかったわ。ずっと会いたかったけど、我慢してたの。そうだ、今度、彩の新居にみんなで呼ばれてるんだ。そこで会えるかな?みんなも会いたいと思う、楓に」私は、彩の家といっても、人の集まる時には顔を出していませんでした。でも、もうみんなに会えそう。私はうなずきました。ハルカは嬉しそうに、「よかった~。楽しみにしてるね」といい散歩の続きに、去っていきました。悠斗が、後姿を見送りながら、「なんか元気な子だったね」といいました。私がうなずくと、「それにしても俺、なんか、いろんな人に、楓をよろしくって言われてるよ」私が悠斗を見上げると、悠斗は、屈託なく、「肝心の楓は、まだ言ってくれないけど」と笑って言いました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.25
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「陶芸だけじゃなく、楓のことも愛してるんですね」俺の言葉に、フジシマくんは、ゆっくりとこちらを向いた。「陶芸だけでなく、楓のことも、、、、か。」俺の質問を、小さな声で独り言のように繰り返したあと、「愛してるって、女性として?」確かめるように俺のほうを向いてたずねるフジシマくん。俺が、「もちろん」というと、「ん~、ごまかしても仕方ないよね。確かに愛してる。たぶんこの先も、楓以上に愛せる人は出てこないだろうな。」あっさりと認める。俺が自分で言い出しておいて、動揺している様子を見て、「だけど、だからといって、どうこうと言うことはないから、それは安心してて欲しいな。そんなこと楓に伝えたことも、伝える気もない。なんといっても俺は、楓の中の陶芸家の部分を、一番愛しているからね」「でも、」フジシマくんは、口を開こうとする俺を制して、「俺がもしも、楓と恋人になりたい思っていたなら、そうだな、こういう言い方は語弊があるかもしれないけど、悟が死んだ時が一番のチャンスだった。でも、その時も、俺は楓が陶芸をまた始められるように、とばかり祈っていた。自分のものにしたいとか、そういうことは考えなかったな。というか、仕事の時間も、プライベートも楓を、、と考えると、俺は俺の人生を生きられなくなるよ」と笑い、「ただね、楓をサポートすることに関しては、俺は誰にも負けないという自信がある。もちろん、陶芸という分野に限っての話だけど。楓の望む材料の調達から、管理、教室の経営。それと、今のとこ楓は覆面陶芸家として作品を発表しているけど、覆面でいつづけられるような環境作り、そのマネジメント。楓には到底できることじゃないからね。そして楓のためのそれは、誰にでもできることでもない。陶芸家としての楓には、間違いなく、俺が必要だよ。その自負がある、ただそれだけで、十分なんだ。」フジシマくんは、何かを確かめるように、空の湯飲みを眺めながら、「何といっても、出会ったときからずっと、楓のそばには悟がいたし、これからは君がいる。俺なんて楓の眼中にはないし、そういう意味では必要とされていない。」特に残念そうな響きもなく、淡々と続けるフジシマくん。俺は黙って聞いていた。「楓はね、非常に素直だから、精神的なことが、すぐに作品に反映されるんだ。ある意味、未熟な点でもあり、逆にそこがまた魅力でもある。ここ1週間、引き出物を作る合間に作っていた作品を見て、君とのことは、何も聞かなくても分かる気がした」と彼は、俺をその鋭い目で見て、「楓は迷っている。これは、大変な進歩なんだよ。これまでは迷いなく、悟との過去の記憶の中に浸かりきって満足していたんだから」フジシマくんは湯飲みを置き、「いずれ楓は、君を愛して、愛されるようになるはずだよ。ただ、まだ悟とつないだ手を離すのが怖いんだと思う。その手があったから歩いてこれたようなもんだからね。もうないとわかっていても、認めてしまうことには、ためらいがあるんだろう。まだ少し時間がかかるかもしれない。ただ、どれだけ時間がかかっても、君はあきらめないで欲しい。必ず、楓は、君を」そこで、フジシマくんは言葉を切って、外を指差す。「あ、終わったみたいだね。」窓の外を見ると、フジシマくんと、同じような、作務衣をきて、頭に赤いバンダナを巻いた楓が歩いているのが見えた。いい仕事ができたのか、清々しい表情をしている。フジシマくんが、窓を開け、声をかける。「お疲れさん。悠斗くんがきてるよ。」楓は驚いたようにこちらを向いたが、すぐに大きく微笑んでくれた。急いで教室の中まで来る。待たせてごめんね、という顔でこちらを見る。「いいんだよ、勝手にきたんだから。フジシマくんが話し相手になってくれたから、あっという間だったよ。」というと、フジシマくんは、「もう終わったんだろ?着替えて来いよ。後は俺がやっとくから。先生はもう帰られたし」楓は、フジシマくんにありがとうという感じで、ぴょこんと頭を下げ、飛び出して行った。フジシマくんは、そんな様子を微笑ましいもののように眺めながら、俺のほうを向き、「楓をよろしくお願いします。君との恋愛に夢中になって、早く暗い過去を吹っ切れるように、祈ってるよ。大切にしてやって」フジシマくん自身の楓への想いがひしひしと伝わってくる。「いいんですか?俺で」「もちろん。安定した精神状態で作られた楓の作品に会えるのを楽しみにしてるよ。この2年の作品も作品としては面白かったけれど、やっぱり楓には明るい作品を作ることが向いている。もう2度と見られないのかと思ったりもしたけど、希望が出てきた」と笑った。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.24
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部屋に入ると、まず、鴨居にかけられた写真が目に入りました。少しキツい目の悟。確かに悟は私の方を向いていないときは、こういう表情をよくしていました。校門のところで、窯の門で、私を待っている時もいつも。私に気付くと、すぐに、たれ目の甘い顔をしてくれたけれど。よく、友達にも、悟は怖そうな人だって言われていました。彩は、私を、『誰にも取られないように、隙を見せないように、がんばってたんじゃない?』と言っていたけれど、反対だったのかもしれないな、と思いました。悟に告白しよう、なんていう女の子は1人も出てこなかったし、私は、する側としてもされる側としても、嫉妬の感情に苦しめられることもなく、ただ悟の甘さにもたれていればよかったのです。そう、冴子さんが現れるまでは。ふとお父さんとお母さんの心配げな視線に気付きました。慌ててうなずいて、そっと仏壇の前に進み、座りました。仏壇の中にある写真、それは、あのセピアの写真でした。いつもの悟。優しい目の。2年前、私は、結局、悟のお通夜にもお葬式にも出られませんでした。お墓にも行ったことがありませんでした。どうしても行けませんでした。そんなことをしたら、本当に悟がいないことを認めることになる気がして。バカみたいに。悟は何をどうしたって戻るはずないのに。ちゃんとお別れもしないで。そして、今やっと、こうして位牌に手を合わすことができます。手を合わせ目を閉じました。悟、心の中の悟には目を閉じれば、いつでもどこでも会えたけど、死んでしまった悟には私、向き合おうとしてこなかった。ここでこうして、何度も手を合わせることで、あなたの死を自分の中で確実なものとして受け入れることができるのかな?悟、やさしいから、私にもういないってこと、なかなか教えてくれないの?ちょっとずつ、教えてくれていいんだよ。2年たって、少しは大人になったでしょう?ただの日常しか生きていなくても、悟がそばにいないままでの2年間、その前の10何年より、大変だったよ。ほんと、しんどかったよ。ちょっとは頑張ったって認めて、私に、死の意味を理解させて?お願い、悟。って、まだ、こうやって甘えようとしてるようじゃ、ダメか。。笑ってるね、きっと、悟。私は、目を開けました。振り向くと、お父さんとお母さんはほっとしたような顔をしました。「ここは寒いから、居間に行こう」お父さんが言いました。ソファに座って、お母さんが入れてくれたミルクティーを飲みました。懐かしい味。寒い日に私たちが震えて帰るといつもこのミルクティーを入れてくれたお母さん。私はおいしい、と微笑むことで伝えました。「昨日、彩から電話もらったところだったの。楓が式に来てくれるんだって、とても嬉しそうだったわ、あの子」私がうなずくと、お父さんが、「私たちもそれを聞いて、とても嬉しかった。まさか、もう、今日会えるなんて思いもしなかったけどな」と言い、微笑んでくれます。私は、ソファから降り、ポケットからメモとペンを出してセンターテーブルの上に置き、書きました。『式で会う前に、ちゃんと謝っておきたかったの』『大切な悟を死なせてしまってごめんなさい』『もっと早くちゃんと謝れなくてごめんなさい』『ずっと心配かけてごめんなさい』見上げると、お父さんもお母さんも、私を優しい目でみていいました。「ここにこうやって来てくれただけでいいんだよ」「そうよ。謝る必要なんて何もないもの」お父さんはうなずいて、「悟が死んだことを楓のせいだなんて思ったことないよ、私たちは」「それどころか、楓、あなたがいたことで悟は、誰よりも幸せな人生を送れたと思ってるわ。」「だから、楓も、ちゃんと幸せになって欲しい。悟のせいで、たとえそれが死のせいであったとしても、楓が自分のせいで不幸になったなんて知ったら、悟はそれこそ不幸だろうから」私は、暖かい言葉に、微笑みました。そしてしっかりとうなずきました。『私、やっと前を向いて歩こうという気持ちになれたの』『うまくいくか分からないけど、頑張ってみたいと思ってる』お母さんは微笑んで、「それで十分よ。頑張ってみなさい。みててあげるから」と言いました。ありがとう、と私は伝えました。ありがとう、お父さん、お母さん。行本の家から実家に帰ると、フジシマくんが庭のチェアで心配そうに待っていました。「大丈夫だった?」ニコニコしてうなずくと、「もしかして、次はお墓?」さすがだなあ。私が感心してうなずくと、断固とした口調で、「今度はついていくよ」といいました。私は、うなずきました。丘の上にある、私の母と同じ墓地に、悟は眠っていました。お墓の前で手を合わし、やさしい風に髪と頬をなぜられながら、私はいろんな思いが巡るのを感じました。お墓の下で眠る悟。もう実体のない悟。分かりきったことなのに、決して見ようとしてこなかった現実。思い出せばすぐそばに感じるけれど、悟の手も腕も肩も胸も、もう私を抱きしめてくれることはない。そんな当たり前のこと。でも、とても大切なこと。悟、もういないんだよね。悟が死んでしまってから、私はいったいこの言葉を、何度思ってきたでしょう。でも、やっと少しは実感が出てきた気がします。そう、それは多分、悟の位牌に手を合わせ、お墓に花を手向けることができたからでしょう。私は目を開け、フジシマくんを振り返りました。しっかりとうなずいて、お墓の前を離れました。ありがとう、と目で伝えると、「どういたしまして。随分、強くなったな、楓」と言ってくれました。私はうなずいてメモを出し、『少し散歩してから帰る。先に帰ってて』と書きました。「川に行くのか?ついてかなくていいのか?」『大丈夫だって。すぐに帰るから』フジシマくんはあきれたように、あるいは、あきらめたように、ため息をつき、「あんまり遅くなるなよ」と言いました。パーカーのポケットに手を入れて、川原をぼんやりと歩きながら、ここも変わらないな、と思いました。小さな子供たちが駆け回っていました。おにごっこをしているのか、かけっこをしているのか、ただとにかく走り回って、笑いあっている。私たちにもあんな時が確かにあったのに。つい最近まで、私も、ああやってただ無邪気に笑えていたのに。また、あんな風に笑える日がくるのかな?と思いながらいつまでも眺めていました。そこまで思ったところで、最後のひとつに釉薬をかけ終わり、私は全体を見渡しました。うん。大丈夫そう。きれいに仕上がるといいな、と思い、部屋を出ました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.23
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浮風窯と書かれた看板のかかった門の前につくと、宗太郎は、慣れた手つきで門を開け、中に入る。後ろからついて入るとすぐ、広い中庭があった。誰もいない。庭の向こうには古い平屋建ての学校の校舎のような窓と廊下のついた建物。その建物の右手に通路があり、奥にいけるようだ。宗太郎は、「ちょっと声かけてくるから、ここで待ってろよ」とその通路を抜けていく。しばらく待っていると、宗太郎が、頭に白いタオルを巻き、青い作務衣を着た、色白で、目の鋭い背の高い男の人と戻って来た。彼がフジシマくんだな、と思う。宗太郎は、俺を手で呼び寄せる。近づいていくと、「フジシマくん、これが、広川悠斗。で、悠斗、こっちがフジシマくん」フジシマくんは、手を出し、「初めまして、藤嶋です。って、こっちは初めましてな気がしないな。テレビで拝見してるから。」と言う。俺も、握手をしながら、「はじめまして。よろしくお願いします。」フジシマくんは、手を離して、「楓は、そうだなあ、まだ小一時間かかると思います。」と後ろの建物を指差し、「そこにある教室の方で待っててください。僕、ちょうど手が空いたから、お話しましょうか、広川さん。」宗太郎は、フジシマくんに、「ああ、ああ、いい、いい、フジシマくん。悠斗に敬語なんて使わなくて。呼ぶのも名前で呼んでやって。」俺も、それには賛成だったので、「そうですよ。たしか俺、年下ですから」というと、フジシマくんは、ちょっと笑って、「そう?じゃあ、悠斗くんで。悠斗くんも、俺のことも、フジシマくんって呼んでよ」とすっかり砕けたしゃべりになった。宗太郎は満足そうに、「じゃ、俺、行くわ。また後で電話して。」といい、「ああ」というと、フジシマくんにじゃあ、と手をあげて、帰っていきました。フジシマくんは、「コーヒーか紅茶どっちがいいかな?日本茶もあるけど」「じゃあ、お茶をもらいます。ありがとうございます。」フジシマくんが、教室に案内してくれ、お茶を淹れにいってくれている間、俺は、壁際にたくさん並べられた、様々な焼き物を眺めて歩く。小さな子供たちのクラスもあるのだろうか。とても小ぶりで小さな指先の跡を残したものもある。そして、ある一角で否応なく足を止めることになる。陶芸に、なんの興味も知識もない俺にも、染み込んでくる、圧倒的な才能。楓の作品だ。柔らかいラインに、淡い彩色が特徴的だ。見入っていると後ろから、声がかかる。「どれも素晴らしいよね?」振り返ると、湯のみを盆に乗せて、フジシマくんが立っていた。「こっちにどうぞ」お茶を机においてくれる。俺が「ありがとう。いただききます」と座ると、フジシマくんは、自分も座り、湯のみを包み込むように、持って飲みながら、「楓は、天才だよ」 と言う。「俺も、もちろん、陶芸をやってるけど、あんな才能はない。間近で、天才の才能を見せられるということは、最初は、特にまだ子供の頃だったから、かなり、つらかった。何を作ってもむなしい気がしてさ。ただ、やはり、これほどの作品をこんなに沢山、それも作っているところから、焼き上がりすぐの瞬間さえ、間近に見られるというのは、幸せだと言うべきだと思ってる」そういって、俺の方を見て、「悠斗くんは、原田好司と仕事をしているから、きっと理解してくれるよね。あ、こういう言い方は失礼になるかな」俺は首を振り、「いえ、よく分かります」好司と仕事をしていると才能に、圧倒される。天才なのだ、彼も。フジシマくんは、「俺は、天才ではないけど、陶芸を愛してる。だから、努力でどこまで才能を補えるか、日々チャレンジみたいなもんなんだ」楓の作品を眺めながらそういうフジシマくんの横顔を見ていると、つい、口に出してしまっていた。「フジシマくんは、陶芸だけじゃなく、楓のことも愛してるんですね」 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.22
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彩と宗太郎の引き出物、素焼きを済ませた茶碗たちに、ひとつひとつ慎重に釉薬を施していきながら、私は、マンションに戻ることなく過ごした、ここ1週間のことを思い出していました。結局、実家に戻った日は、夜中まで飲んでいたのに、翌朝はとても早く目がさめました。ガウンだけを羽織って階下におり、小さい頃から大好きだった、靄につつまれた早朝の庭を廊下から眺めました。薄い白に覆われた庭の緑の木々。何も変わらない庭。そうして眺めていると、その靄の中から、いつもどおりに、ランニング途中の悟が、また現れそうな気がしてきました。もちろんここも、悟との思い出だらけの場所。どこにいても、何をしていても、悟の気配が私を包みます。どのくらいそうして悟を待っていたでしょう。静かな声で過去から引き戻されました。「楓さん。おはようございます」振り向くと、サチさんでした。「お早いですね。眠れなかったんですか?」私は、にこにこして首を振りました。「よく眠れたんですね。よかった。お食事は?先生ももう起きていらっしゃいますよ」私がうなずくと、「じゃあ、準備して食堂でお待ちしています。その格好じゃお寒いからお着替えになってくださいね」私は、もう一度、庭を振り返り、靄がゆっくりと晴れだし、明るさを増した様子を少し眺めてから部屋に戻りました。朝食の席につくと、フジシマくんも起きてきました。私の前に座りながら、「いやに早いじゃん?ゆっくり寝るのかと思ってた」といいました。私が曖昧にうなずいていると、祖父が、新聞から目を離さないまま、「行本にいくつもりだろう?」とたずねました。私は祖父が気づいていたことに、少し驚きましたが、フジシマくんは、その言葉にもっと驚いたのでしょう。一気に目が覚めたような顔で私を見ました。私がうなずくと、「良一についていってもらったらどうだ?」と眼鏡越しに上目遣いでこちらを見ていう祖父。フジシマくんも、俺ならいつでも、という顔で見てくれましたが、私は首を横に振りました。二人は目を見合わせていましたが、同じようなため息をつき、「そうか。」と、祖父が言うだけでした。フジシマくんは心配そうに見ていましたが、いつものように何もいいませんでした。朝食の後、仏壇の前に座りました。目を閉じ手を合わせながら、私の記憶にはいない母を思います。お母さん、ただいま。久しぶりに家に帰ってきたよ。ごめんね、長い間ここにも座れなくて。色々あったんだ。知ってるよね?ねえ、お母さん。お母さんが生きていたら、おじいちゃんの言うようにいろんなことがもっとラクだったかな?私。そういう想像ってあんまりしたことないんだ。だって、お父さんもお母さんもいない私を、おじいちゃんはとても愛してくれた。周りのみんなは、とても大事に、育ててくれた。散々かわいがってくれたと思う。両親がいない、なんてこと、気に病む暇もないくらいに私はさまざまな愛情に包まれていたから、お母さんがいたら、なんて考える必要がなかったの。でも、お母さん、今日は、ちょっと力を貸して欲しいんだ。私、仏壇にいる悟に会いに行くから。ひどい状態にならないように、そっと支えてね。母への頼みごとが済むと、しばらく、庭のチェアの上で部屋から持ってきた本を読んで過ごしました。今日もいい天気。眩しい木漏れ日を浴びるのがとても気持ちよかったです。日が高くなってくるころ、本を置き、目を閉じ、少し気持ちを整えてから、私は1人、外に出ました。久しぶりに歩く道。その場所が近づくにつれ、つい、うつむきがちになる自分を、なんとか励まし、悟の家のすぐそばの四つ角までたどり着きました。そして、ゆっくりとゆっくりと、私が悟を失った場所、声を失った場所に近づきました。慎重に。心が揺れ、倒れたりしないように、そっと、塀に手をつきながら。『悟も、心残りやったろうなあ。』祖父の言葉を思い出しました。そう、きっと悟は、自分が死を目前にしていても、自分の体よりも、命よりも、私のことを心配していたでしょう。意識が途切れるその瞬間まで。もしかしたら、死んでからもずっと。もしかしたら、今もずっと。悟。私は目を閉じることなく、行本の家の前に立ち、インターホンを押しました。おそらくはモニタで私の姿を認めてくれたのでしょう。あわただしい足音が玄関に近づき、ドアが非常な勢いで開きました。「楓!」お母さんでした。変わらず、悟と彩によく似た目。私は、がんばって微笑み、頭を下げました。お母さんは、泣き笑いのような顔で微笑みながら、何かをこらえるように左手を口にあて、そっと私に近づき、右手で私の背中を抱くように家の中へと促しました。玄関に入ると、庭にいたらしい、お父さんが、後ろから、「楓?」と、声をかけました。心臓が止まりそうになる私です。悟によく似た声。お父さんだってわかっているのに、それでも、体ごと震えてしまいそうなくらい懐かしく、暖かい声に、胸が震えます。お母さんが察したのか、強く腕を支えてくれいました。私はやっとの思いで、振り返り、微笑みました。「よく来たな。さ、あがって」悟と同じ声に促され、私は、家にあがりました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.21
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「そろそろ、着くぞ~」宗太郎の声に目を開ける。思いっきり寝ちゃってたわ、俺。後部座席で起き上がりながら、外を見る。堤防沿いの道路だった。そうか、川の近くで育ったんだっけ、みんなは。「まず彩を実家で降ろしてから、俺んちに行くわ。んで、車停めて、歩いていこう、そんなに遠くないから。それに、悠斗、お前、顔くらい洗え。仮にもじいちゃんとフジシマくんに会うんだし」俺は、両手で顔をこすりながら、「ああ、そうさせてもらうよ。」車は堤防から離れ、住宅街に入り、まず、彩の実家の前で停まる。悟さんが殺された場所なんだと思うと、緊張する、が、一応2人と一緒に降りる。宗太郎がなんだか重そうな荷物を家に運び込み、中から、彩の母親らしい人が出てくる。宗太郎が俺を簡単に紹介してくれる。「あら、あのドラマの。よく見てますよ。実物もハンサムねえ。」「ありがとうございます。広川悠斗です、はじめまして。よろしくお願いします」と頭を下げる。「じゃあ、また後で来るわ。お母さん、また後で」と彩とお母さんに声をかけ、宗太郎は車に乗る。俺も、頭を下げて乗り込む。2人は手を振って見送ってくれる。「悟さんと彩の目は、あのお母さんゆずりなんだな。」車が走り出してからいうと、宗太郎は、笑って、「あはは。そっくりだよな。たしかに悟もおんなじ目をしてたよ。」宗太郎は笑いながら言う。そして、角を曲がるときにまっすぐを指差して、「あ、楓の実家はこの少し先なんだ。」という。俺はチラリと見る。「悟が死んでしばらくしてから、今のマンションに引っ越したんだ。、、理由は、まあ色々だよな」俺は黙ってうなずく。そして、ほとんどしゃべる暇もないくらい近くで車が停まる。宗太郎は、車を車庫に入れ、ドアの鍵を開けた。「入れよ。」「ああ。お邪魔します」と声をかけるが、留守のようだ。「今、誰もいないんだ。また、あとで親に紹介するわ。洗面所そっち、タオル適当に使って」「おお。」再び外に出ると、「窯はちょっと歩いたところだから、行くか。」といい、先に立って歩き出す。「ところで、お前ら、あれから何か進展あった?」と、たずねる宗太郎に、「いや、結局、お互いタイミングが悪くてさ。お前んちからマンションまで送ってって以来、会ってないんだ。毎日メールはしてたけど」「そっか。いいんだよ、それで。あんなの急ピッチすぎるぜ」この間の朝のことを言ってるらしい。「そうだな。会えないのは寂しかったけど。、、でも、まあ、そんなこと思う暇も、あんまりないくらい忙しかったんだ。」「そうか。」しばらく黙って歩く。楓が育った町。そう思うと、この町が急に懐かしく思えるから不思議だ。いくつか角を曲がる。道の横を流れる用水路の水はとてもきれいで流れが速い。「そういえば、この間、好司と電話で話したよ。二次会きてくれるんだって」「ああ、言ってたよ」俺のテンションが下がる。「なんかやたら、楓のこと知りたがってる感じだったけど」と冷やかすようにいう。「そうなんだよ、あいつ、野次馬根性すげ~からさ。会わせるのやなんだけどな」「まあ、そういうなよ。悠斗には二次会では、司会してもらわなくちゃいけないから、楓のボディガードしててもらえよ。」「好司に?いや~、逆効果じゃないか?」「なんで?」「だって、あいつ俺よりも、断然有名だぜ。人が寄ってきて大変だよ」「あはは、あいつオーラ消せるじゃん。案外、見つからないって」「そうかなあ。」「そうだよ。それに俺より目立っちゃ困るから、オーラ消せって、言っとこう。」俺はひとつ気になっていたことを聞いた。「謙吾は?来るの?」宗太郎は、「いや、残念だけど、地方で仕事らしくて来れないって言ってたよ。でも、楓がくることになったから、これなくて良かったかもな」といい、「ここ右な」といって曲がってから、まっすぐを指差し、「あそこだから」といった。俺は、つきあたりに見える木の塀を眺め、また少し緊張した。でも、また、楓に会えるんだ。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.20
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お風呂からあがると、濡れた髪のまま居間に戻りました。祖父の茶碗を手に取り眺めていたフジシマくんが、入れ替わりにお風呂に向かいました。祖父はワインクーラーから1本ワインを取り出し、ワイングラスを選びながら、「先にはじめるか。良一は男のクセに長風呂だからな」と、私に言いました。私は微笑んで、うなずきました。タイミングよく、サチさんがおつまみを載せたトレーを持って入ってきました。テーブルに並べながら、こちらを見て、「また、楓さんは。髪ちゃんと乾かさないと。風邪引きますよ」と、以前と同じようにしかりました。私は、舌を出して、暖炉の前の椅子に座り、タオルで髪を乾かし始めました。「サチさんも、今日はちょっと付き合うか?」祖父がいうと、「いえいえ、私は、今日は、もう胸がいっぱいで」とサチさんが答えました。祖父も無理強いはせず、「そうか。じゃあ、後はするから、もう、休んでいいよ」といい、サチさんは、「はい。」と応えてから、私の方にむき、「お食事は、ちゃんと済まされたんですね?」とたずねました。私がうなずくと、サチさんは満足そうに微笑み、「それではお先に休ませていただきます」と、祖父に頭を下げ、私にも頭を下げてから出て行きました。祖父が、器用にワインを開けてくれ、グラスに注いでくれます。慌ててボトルを受け取ろうとすると、祖父は「接待してくれんでいいよ」と笑い、自分のグラスにも手酌で注ぎました。私もグラスをとり、祖父の「乾杯」という声にあわせてグラスを鳴らし、一口のみました。とってもおいしい。「うまいだろ?これ」私がうなずくと、「楓と飲むのは初めてだったかな?」といいました。私はうなずいてから、パソコンを開き、『そうね、私がここを出て行ったのはまだ19のときだったから。お正月のお屠蘇くらいだったかな?』「そうだな。それにしてもお前、随分な量を飲むらしいじゃないか」『ぎくっ。なんでそんなこと知ってるの?』と、ちょっとふざけて書いてみると、祖父はニコニコ笑い、「宗太郎が、この前窯に寄ったときに言うとった。まるでザルだと」『ひどいなあ。そこまで飲まないよ。宗太郎はザルだけど。でも、おいしいお酒は好き』にっこり笑ってグラスをとり、ワインを飲むと、祖父は私を眩しそうに見つめ、「お前、そうしてると、柚子にそっくりだな」といいました。柚子というのは私の母の名前です。『ほんとに?そんなこと言われると、なんだか嬉しいな』「あいつも、よぉ飲んだわ。お前が腹にできるまで」祖父が母の話をしてくれるのはとても珍しいことだったので、私は黙って髪をタオルで拭きながら、話の続きを待ちました。「急に、晩酌につきあってくれんようになったから、おかしいなと思っとったら、ほれ、だんだん腹が大きいなってきて。あっという間にお前が生まれたんだ」そして、私を産んですぐに、母は亡くなったそうです。祖父はそれを思い出したのか、少し顔をゆがめ、「柚子が生きていたら、楓ももっといろんなことがラクだっただろうな」と独り言のように言い、「柚子も、、、、悟も、心残りやったろうなあ。お前を遺していくんわ」と、続けました。祖父の言葉に、私も感傷にひたりそうになりましたが、さらに、「おい、まだ濡れてるぞ。手を休めるな」と言われ、慌ててまた髪を拭きました。フジシマくんが戻ってきたときには、暖炉の熱もあって、髪はほとんど乾いていました。「おお、良一、ワインと、自分のグラスもってこい」といわれ、フジシマくんは、ワインとグラスを選んで、こちらに来ました。座り、テーブルに置かれた空のボトルを見ながら、「もう1本開けたんですか?早いなあ」「ほとんど、楓が飲みよった」と祖父。フジシマくんは私をちらりと見て、あきれたように黙って首を振りました。カンジ悪い~。今度はフジシマくんがワインを開け、自分と祖父のグラスに注ぎました。私がグラスに残ったのを飲み干し、グラスを差し出すのをみて、またあきれたように小さなため息をついて、注いでくれました。「もっかい乾杯するか」祖父の言葉にグラスを合わせます。祖父は、私たちが飲むのを微笑んで眺めていましたが、「お前ら、ほんとに大きいなったなあ」と感慨深そうにいいました。フジシマくんも、陶芸家のお父さんに連れられて、本当に小さな頃からうちの窯に出入りしていました。自分のお父さんよりも、うちの祖父の作品に魅せられ、本格的に祖父に弟子入りし、努力家の彼らしく、一生懸命、鍛錬してきました。幼い頃から窯に出入りし、ただ、好きなように作ってみるだけだった私は、フジシマくんの姿を見ながら、自分もさまざまなことを学んでこれました。彼がいてくれたからこそ、今の私の作品があるのだと思います。年はほとんど変わらないのに、いつも冷静で、私が悟を亡くし、陶芸さえ失いそうになったときも、根気強く、慎重に、私に窯に戻る道を示してくれたフジシマくん。彼にも、本当に心配と、迷惑をかけ続けてきました。祖父と何気ない会話を交わす、フジシマくんの横顔を眺めながら、私はそんなことを考え、静かに、深く感謝していました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.19
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結局、撮影が延びに延び、家に帰ったのは夜中の2時ごろだった。そっと玄関を開けて家に入ったが、なんのことはなく、まだ居間から明かりが漏れていた。瑞希かな?と、中に入ると、意外にも、母がソファで雑誌を読んでいた。「あら、お帰り。遅いのね。飲んでたの?それともお仕事?」「ただいま。今日は仕事」「いつもこんなに遅いの?」俺は、母の向かいに腰を下ろし、「日によるけどね。今日は予定より延びたんだ。それにしても、どうしたの?珍しいね」「私は今日は早かったのよ。たまには人並みの時間にって、早めに寝ようとしたんだけど、かえって目がさえちゃって。だから、あきらめて、」母は、ワイングラスを上げて、「寝酒でもしようかしらってね」「なるほどね。父さんは?」俺はそばにある小さなクーラーから、ペリエを出す。「まだ帰ってるわけないでしょ。ところで、悠斗。あなた、なんだか好きな人ができたらしいわね?」思わず、瓶を落としそうになる。あの、おしゃべり。「瑞希だな。ほんとおしゃべりだよ、あいつは」「あのくらいの女の子はみんなおしゃべりよ。で、どんな人なの?美人?年はいくつ?何してる人?」「そういうの一応、興味あるんだ、母さんでも」家庭よりも仕事優先の人だから、言ってみた。「そりゃあ当然でしょ。あなたね、この間みたいな子、全然だめよ。ほんとに趣味悪いったらないんだから。ちゃんと親に紹介できるような子にしなさいよ。もう20歳も過ぎたんだから」「ほっといてくれよ。この間って、もう1年半も前の話だろ?」「そうだったかしら?で、今度の人はどうなの?」「めちゃめちゃいい子だよ。美人だし、同い年で、陶芸家なんだ。」一応母の質問に答える。「陶芸家?いいわね~、気が合いそうだわ。名前は?私も知ってる人かしら。」そういえば、母は暇があれば陶芸家の個展を回っていた。でも、楓は覆面でやってるって聞いたな。「知らないと思うよ。」「そう。あなたと同い年なら、まだまだ若いものね。どんな作品を作るのかしら?興味あるわ~。今度あわせてよ。」「でも、恋人になれるかどうかは、まだわかんないよ」「あら、あなた、弱気じゃない。瑞希の話だと、もっと進展した関係なんだと思ってたけど。もっと自信もっていかないと、可能性0になるわよ」俺はペリエを飲みながら、うなずく。「ご忠告ありがと。がんばるよ。さて、風呂入って寝るわ。母さんも、ほどほどにね」「なんだ、つまんない。付き合ってくれないの?」「遠慮しとくよ。色々、聞かれるの怖いし」と笑うと、母は、「ふふ。悠斗はほんと、真面目なんだから。」「おやすみ」「おやすみなさい」部屋に戻ろうとして、瑞希の部屋に電気がついているのに気づいた。ノックする。「はあい」眠そうな声。俺はドアを少し開けて、「おしゃべり」と言ってやると、「だって、初デートでお泊りなんて、しゃべりたくなっちゃうじゃん。前途多難とかいってたくせに。スケベ」「ば~か。夕べは、デートのあと、宗太郎んちに泊まったんだ。考えすぎなんだよ。お前こそスケベだよ、ったく」「なんだ、そうだったんだ。ごめんね。」素直に謝られると、それ以上怒れなくなる。「早く寝ろよ、おやすみ」「おやすみ。またデートのこと、詳しく聞かせてね」「ん~、それは内緒」と、いつものセリフを言うと、「また~、もう、そればっかり」俺はふと、瑞希の部屋に張ってあるポスターを見て、「そういえば、今日、大橋凌くんと一緒だったんだ」とポスターの彼を指差していってやると、「え~?サインもらってくれた?」「まさか」俺は笑って、「もう、ケチ!」という文句を背中にドアを閉めた。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.18
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居間の扉を開けると暖炉の前のチェアに、祖父の後姿が見えました。いつも窯では会っているけれど、久しぶりに見るガウン姿の祖父の背中に、懐かしさを覚えました。近づいていくと、ゆっくり振り返る祖父と目が合いました。私が、ただいま、と、頭を下げ、ごめんねと首をかしげると、祖父は眼鏡の上から、上目で覗くように私を見、「なにか謝っとるのか?」と、たずねてくれます。私は時計を指差し、遅くなって、と示すと、「時間のことか?かまわんよ。ここはお前の家なんだ。何時でも帰ってきたらいい」私はうなずいて、祖父のチェアの隣に、小さないすを運び、座りました。祖父の手には、多分、作ったばかりの茶碗がありました。何度も何度も手で味わい、目で見て、確認する祖父。祖父は今年で70歳になりましたが、まだまだ釉薬の新しい組み合わせのチャレンジを続けていて、次々と風変わりな作品を生み出していきます。「良一は?一緒に戻ったんだろ?」私は、パソコンを膝の上に乗せ、文字を大きく設定し、『わたしの部屋に荷物を運んでくれてるの。すぐ来ると思う』と打ちました。良一とはフジシマくんのことです。祖父はそれを読んで笑い、「お前は、良一をちょっとこき使いすぎじゃないのか?」『まさか。だって、頼まないのにしてくれるんだもん』「まるで、しもべだな」『え~。でもね、仕事の話のときは、すっごい怖いんだよ。めちゃくちゃキビシイの』というと、祖父もまじめな顔になり、「たしかに。それはよく分かるよ。ワシでも怖いと思う時があるからな」といいました。2人で笑っていると、フジシマくんが部屋に入ってきました。「ただいま。」と、祖父に挨拶してから、「楓、先に風呂はいってこいよ。」と言います。「おお、そうしろ。出てきたら、みんなでちょっと飲むか?」と祖父。私がうなずくと、「じゃあ、ここで待っとるわ」といいました。私は、フジシマくんに、『素焼きは明後日でもいいかなあ?』「そりゃ、いつでもいいよ。あれ?じゃあ、明日も泊まるつもり?」『うん。ちょっと先に行きたいところがあるんだ』と書くと、行き先には触れず、祖父のほうへ、「先生、雨どころか、雪が降るかもしれませんね。」と言い、「ほんとだな」祖父は顔をくしゃくしゃにして笑いました。私は居間を出て、2階に上がりました。自分の部屋のドアのノブに手をかけてから、小さく深呼吸しました。そっとドアを開け、中に入り電気をつけます。一気にいろんなものが目に入りました。懐かしい本のたくさん並んだ壁一面の本棚、小学校のころからずっと使っていた机、窓には見慣れた柄のカーテン、窓際に置いた棚の上には、たくさんの写真立て。あの悟の写真があるのも見えました。私は、少しずつ確かめるように、部屋を歩き、本の背表紙に触れてみたり、机の前のいすに座ってみたり、カーテンを開け、窓の外を眺めてみたり、写真立ての中の写真を見たりしました。どこも、丁寧に掃除してくれていてチリひとつありませんでした。『私がいたときより、とってもきれい』と、ふっと笑ってしまいました。少し笑うと、知らない間につめていた息がほどけるのが分かりました。懐かしい私の部屋。ここも変わらず私を受け入れてくれる。私はとてもほっとしました。ありがとう、サチさん。サチさんがすぐに眠れるように用意してくれていたベッドの上には、フジシマくんが運んでくれたバッグがありました。私は、バッグから着替えを取り出し、お風呂に向かいました。お風呂に浸かりながら、私は、久しぶりに実家にいるという安堵感に徐々に包まれていきました。何よりも大切だった悟を亡くし、そして、謙吾とのことがあってから、私は、行本の両親はもちろん、私を包む何もかもが辛く、逃げるように家からも町からも出ることを考え、『どこか他の町で暮らしたい、窯にはそこからちゃんと通うから』、と祖父に伝えました。そういう私を、祖父は何も言わずに許してくれました。フジシマくんも何も言わずに、事務的な手続きを全て完了してくれました。あの時は、自分が悟以外の何かに、誰かに、また安易に甘えてしまうのが怖い気持ちも強くあったのだけれど、今から思えば、祖父は私に好きなようにさせる、という形で十分に甘えさせてくれたんだな、と気づきました。家を出てから、窯で会っても、祖父は陶芸の話しかしなかったけれど、私の様子で全てを察してくれていたんだろう、と思いました。心配かけどおしだな、ほんとに、私は、、、何をどう思っても、しっかりと自分の足で、自分の生き方を取り戻すしか、恩返しはできそうにありません。一歩ずつ、少しずつ。実家のお風呂で私はまるで小さな子供に戻ったように、素直な気持ちになれる気がしました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.17
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楓とのメールを終えて、俺は携帯をバッグに戻した。確か実家って長い間帰ってないって聞いてたけど、どういう心境の変化だろう?なんにしても、楓はどんどん変わろうとしているみたいだ。俺もがんばらなくちゃな。楓が前を向いたときに、別の男に取られちゃったら、全く意味ないもんな。でも、一体どのくらい帰ってこないのかなあ?確か、来週は俺も、地方に行く仕事があったような。スケジュール確認しようか、とまた電話を出しかけたときに、声がかかった。「悠斗さん」振り返ると、大橋凌くんだった。今回のエピソードのゲストである。確か瑞希と同じ学年のはずだから、まだ15、6歳だったかなあ。デビューからずっと飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びてきた某アイドルグループに属していて、とても人気のある子だ。前に一度、何かの取材で一緒になったことがあり面識があった。今回彼は探偵(好司である)側の協力人物だったため、撮影シーンが重ならず、現場で名前を何回か見ただけで、今日のスタジオまで会うことなかった。確か、彼は今日で、オールアップの予定だったんじゃ。。もう、私物らしいコートとバッグを持っているし、終わったのかな。「ああ、凌くん。久しぶり。もう終わったの?」「はい。お久しぶりです。すいません、なかなか挨拶できなくて」「いいよ、そんなこと。お疲れ様。今日は探偵組は朝からだったの?」「はい。」「じゃあだいぶ延びたから疲れただろ?コーヒー飲む?」俺は向かいのソファを勧めて、コーヒーを入れにたつ。「うわあ、すいません。やりますやります。」腰を浮かす凌くんに、「いいよ、もう入ったから」と座るように促して、前に置くと、「ありがとうございます。」と丁寧に頭を下げる。礼儀正しい。「どうだった?撮影。好司とは結構、一緒だったの?」「はい。随分、気を使っていただいて、申し訳なかったです」「彼、ちょっと変わり者だけど、いい人だよ」凌くんはコーヒーを飲みながら、「そうですね。結構いろいろプライベートなこと聞かれました」と屈託なく笑う。「あはは、あいつ、ほんと詮索好きなんだよ」「勘も鋭いから、ごまかせなくて」「確かに」「だけど、それ以上に、役に入ったときの迫力がすごかったです。俺、、もう、びっくりしちゃって」「共演できるだけで、いい勉強になっただろ?」「はい」素直にうなずく凌くん。俺は一口コーヒーを飲む。凌くんは少し言いにくそうに、「悠斗さん、実はお願いがあるんですけど」「ん?なに?」「わがまま言って、本当に本当に申し訳ないんですけど、できたら1枚サインもらえませんか?」その慎重な言い方に、俺は思わず、吹き出した。「いいよ。そんなことくらい。」凌くんはほっとしたように、「よかった~。ありがとうございます」といいながら、バッグから色紙とペンを出し、俺に渡した。「宛名は百合って、してもらえますか?花の名前と同じ字で、百合です。」百合さんへ。俺はペンを走らせながら、「例の遠距離恋愛の彼女?」彼と前に会ったときに、地元に残してきた彼女が俺のファンだって言っていたのを思い出したのだ。「そうなんです。この間、悠斗さんに会ったって自慢したら、なんでサインもらってくれなかったんだって、めちゃめちゃすねられちゃって」「あはは。はい、どうぞ」凌くんは、両手で受け取り、「ありがとうございました。これで、やっと機嫌直してもらえますよ。なかなか会えないから、いつも機嫌とるのに時間かかっちゃって」「そりゃ彼女も寂しいんだよ。俺なんかで仲直りできるならいつでも言って。彼女といるときに、電話してくれてもいいよ」「まじっすか?うれしいな。百合絶対喜びますよ。ぜひぜひ、番号教えてください」俺は携帯を出し、赤外線通信をした。「凌くんも、時間あったらいつでも連絡してよ。飲みに、、は、まだ、行けないのか。おいしいもん食べにいこうよ」「うわ、いいんですか?マジで連絡しますよ。俺、メンバーと事務所の子以外、まだあんまり友達できなくて。って、友達って失礼か、悠斗さんに」「何でもいいよ。連絡待ってる」「はい。ありがとうございます」そこで、次の出番がきた俺をADさんが呼びに来てくれた。「じゃあ、そろそろ失礼します」「うん。気をつけて」「はい。お先です。サイン、本当にありがとうございました。お疲れ様でした」「お疲れ様」溌剌と去っていく凌くんの後姿を見ながら、俺にもあんな頃があったよな~、なんてオヤジくさく考えいたら、もう一度ADさんに呼ばれてしまった。「はいはい」と返事をし、さて、もうひとがんばりするか、と俺は伸びをしながら、セットに入った。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.16
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打ち合わせが終わったのは、19時ごろでした。ふ~、へとへとです。フジシマくんは相変わらずへっちゃらそうにしています。すごいスタミナだなあ、と感心します。「あ、そうだ。引き出物の数、はっきりした?」私はうなずいて、指で数を示すと、「そうか、じゃあ準備したので、十分だな。で、どれにするって?やっぱりあれ?楓のお気に入りのやつ?」もう一度うなずくと、「了解。今朝、チェックしてきたけど、そろそろ、素焼きしても大丈夫そうだったよ。いつからはじめる?」と、聞かれ、『あれ?もう大丈夫なの?』と聞くと、「ああ、ここんとこ、天気よかったじゃん。明日から始めるなら、また明日の朝迎えにきてもいいよ、時間あいてるから。」私はちょっと考えました。フジシマくんは、窯のそばにある私の実家に祖父と一緒に住んでいますが、私は実家に帰らないことを知っているので、今晩一緒に帰ろうとは言いません。でも、私は思いました。家に帰ってみようかな、と。『ねえ、私の部屋、今日いきなり帰っても眠れるかなあ?』フジシマくんは、びっくりしたように、「家帰るの?いや、そりゃ、大丈夫だろう。ちゃんと掃除してあるはずだから。ベッドにシーツくらいはしなくちゃいけないだろうけど。」私は続けて、『じゃあ、今日一緒に乗せて行ってくれる?』と、フジシマくんに言うと、今度は驚かずに、すんなりとうなずいて受け、「じゃあ、用意しといでよ。ご飯はどっか、帰り道で食べよう」と、気が変わるのを恐れるかのように、慌てて言いました。寝室でバッグに着替えを詰めながら、悠斗も、まさか、今日来るなんてことないよね?と思っていたら、ちょうど、悠斗からのメールです。悠斗→楓:おつかれ~。怖~い打ち合わせ(笑)はまだ続いてますか?こっちは、撮影ノビノビで夜中までかかりそうな勢いです。寝不足だけど、合間に寝まくってがんばってます。楓→悠斗:お疲れ様。大変だね。こっちはたった今終わったとこです。ちょっと予定変更で、今から、実家に行きます。帰ってくるのは、ちょっと分かんない。ごめんね。悠斗→楓:あれ?もう泊まりになっちゃうんだ。了解。寂しいけど我慢します。またメールするわ。楓→悠斗:うん。こっちもメールするね。無理しないでね。リビングに戻ると、フジシマくんが電話を切ったところでした。「一応、もう一度軽く掃除しといてくれるように、サチさんに言っといたから、眠れるようにしておいてくれると思うよ。驚いてた。それに、泣きそうな声してた」私は、自分も泣きそうになりながら微笑みました。サチさんは、実家の家政婦をしてくれている人です。もちろん、私と悟のこともよく知っていて、私は、随分心配をかけてきました。私がどんなわがままを言い出しても、勝手な行動をしても、フジシマくんは、なんで?なんて聞きません。ただ、淡々と行動してくれます。私はパソコンを切る前に、『ありがとう』と打ち込みました。フジシマくんは、何も言わず、にこっと笑いました。私がパソコンをバッグに入れると、「準備できた?行こうか?」私からバッグを取りあげるようにして持ってくれ、玄関の方に促し、部屋の電気を消しました。実家に向かう道。これまで何度も同じ道のりで、窯への往復を繰り返してきたけれど、実家に帰る、と思うと少し気分が違いました。色々なことが心に浮かびかけては消えました。ひとつ、消えずに残った気持ち。それは、悟の家へいってみようということです。明日は土曜日。お父さんもお母さんも家にいるだろうから。ゆうべ、式に出ることを決めて、私はきちんと向き合うべきことがたくさんあることに気づきました。先に、ちゃんと挨拶しにいっておこう。ちゃんと謝りに行っておこう。悟の位牌に手を合わせることも、今ならできるような気がしました。気が変わらないうちに、行ってしまおう。私は、私を育ててくれたものすべてを、悟の思い出と同じように捨てようとしていました。私を包んでくれるはずだった人も、癒してくれるはずだった場所も、すべて。私が手元に残そうとしたものは、陶芸だけだった。だけど、ちゃんと取り戻そう。まだ、間に合うなら。そう、まだ、許されるなら。家に着く直前、悟の実家の前を通ります。少し緊張する私。フジシマくんはそれをきちんと分かっていて、でも意識していないように、家の前での停車に向け、自然にスピードダウンしていきます。門灯を横目でちらりと確認し、それ以上何も考えないように努力しました。決意が揺るがないようにするために。車を車庫に回すフジシマくんよりも、先に降り、久しぶりに実家の前に立ち、ゆっくりと家を眺めました。とても古い、とても大きな家。出て行ったときと何も変わらず私を迎えてくれます。私の育った場所は、名前こそ市ではあるけれど、かなり田舎で夜は暗く、星がとてもきれいに見えます。そして、山間部にあるので、とてもとても寒い。ぼんやりと立ち尽くしていると、「なんだよ、先にはいってりゃいいのに。風邪引くぞ」振り返ると、フジシマくんが荷物を持ってきてくれていました。玄関の引き戸を開け、「ただいま~」と、フジシマくんが言うと、サチさんが出てきてくれました。「楓さん、お帰りなさい」私は懐かしいサチさんのその言葉に、心が暖かくなり、にっこり笑って、ただいま、の意志を伝えました。靴を脱ぎ、用意されていたスリッパを履きます。「先生も、お待ちですよ」「俺、部屋に、荷物置いてきてやるよ、、っと、パソコンは使うかな?」私はうなずいてパソコンのバッグを受け取り、祖父がいる居間に向かいました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.15
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や~っぱり、ヤっちゃうべきだったかなあ。。なんかもったいなかったよな、やっぱりさ。、、、いや、もったいないとかそういうことじゃなくて、意外と、楓が過去をふっきるきっかけになったかも、、し、ん、、ない、、って、ま、それはないか。でも、あのときの楓。めちゃ可愛くてさ、色っぽくてさ、俺、ほんとよく我慢したよ。褒めてやりたいよ、自分で自分を。宗太郎には、朝から、こてんぱんにされたけど。あいつ、本気でぴしゃぴしゃ叩きやがって、痛いっつ~の。ま、そんだけのことしちゃったか。あいつからしたら、1つ布団で寝てるの発見して、びっくりしただろうな。あ、そうだそうだ、楓を抱っこして寝る感覚も最高だった。腕の中にすっぽり入る感じでさ。寝起きは、宗太郎の声で最悪だったけど、目を開けたら、目の前に寝起きの楓、、ああああ、あれはよかったな~。最近ではぴか一の幸せな瞬間だったわ。でも、これからは宗太郎も随分警戒するだろうし、なかなかああいう機会もないだろうな。それに、さすがに俺だって何度も添い寝してたら、添い寝だけではきっと済まなくなるし。あ~、でも、やっぱりヤりたかったな。と、撮影の合間に、ベンチで横になりながら、ループな思考にはまっている俺だった。「ニヤニヤしてんのか、ムカムカしてんのか、どっちなわけ?」目を開けると、好司がいた。コーヒーを差し出してくれている。俺は起き上がって、受け取った。好司は隣に座りながら、「昨日のデート、どうだった?」相変わらずである。俺は正直に答える。「まあまあだったよ。」「お、余裕な感じの発言。なんか進展あったんだね。気持ちはもう伝えたの?」「ああ、成り行きで。なんか先走ってるみたいで、みっともないけど」好司は嬉しそうに、「へ~、悠斗がそんなに積極的に出るなんて、よっぽどの子なんだな~。ほんと、会ってみたいな。」「断る」「ったく、また、そんな。僕が悠斗の相手横取りするわけないじゃん。まあ、いいや、その話は。で、相手の子はなんて?いい返事はもらえたの?」「いいや。」「それって断られたってこと、、なら、さっきみたいにニヤニヤ顔しないか」好司は少し考えるような顔をする。「ああ。なんつーか、まあ、保留って感じかな。それは、最初から分かってたから、別にいいんだ」「ふ~ん。なんか複雑なんだね?まだ実は彼氏がいるとか?」「お、当たらずも遠からずってとこだよ。それ」説明のしようがないよな、簡単には。「うわ、気になるな~。でも、あれだね、きっと、うまくいきそうだよね、悠斗とその子」「なんで?」好司の発言に少し身を乗り出す。「なんとなく」俺はあきれて、壁にもたれなおし、「なんじゃそら。もうちょっと根拠を示して励ましてくれんのかと思ったよ」「あはは、それには情報が足りなすぎるよ。今のは精一杯の励まし。僕の希望的観測だから」「う~ん。。。」今度は好司があきれたように、「まあ、僕がどう思っても、ようは悠斗しだいな訳だしさ」「まあ、そうなんだけどな」好司は何か思い出したように、「あ、そうだそうだ。」「何?」「悠斗、宗太郎さんたちの2次会行くんだよね。たしか司会するんだっけ?」「ああ。、、、あれ?お前くるんだっけ?」俺はちょっと焦っていうと、「うん。多分、調整つきそうなんだよね。だから、行くつもり」「そうか~」とちょっと下げ気味にいうと、「なんで?僕がいったらなんかまずいわけ?、、あ」気づいたか。。「そうか、悠斗の大事な『彼女』もくるわけだ。当然」俺はため息をついて、「そういうこと。」「やった。楽しみがもうひとつ増えたよ」無邪気に喜ぶ好司に、「何とか楓との関係を、もっと前に進めとかなくちゃいけないな。。」とつぶやくと、耳ざとく、「ん?カエデちゃんっていうの?名前もかわいいな~」と、必要以上にルンルンな好司。しかも、なんだか馴れ馴れしい。つい大きなため息をついてしまう俺だった。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.14
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「ちゃんと聞いてる?」。フジシマくんの怒ったような声で我に返りました。私は慌てて、フジシマくんの方を向きました。「ったく、ぼんやりはいつもだけど、今日はさらにひどいなあ。」相変わらず彼はキツイです。「ちょっと、休憩しよっか」コーヒーを入れに立つフジシマくん。首を回しながら、「夕べ、ちゃんと寝たんだろうな?当然、別々の部屋で」私は、ちょっとドキッとしました。そして、吹き出しました。朝、ソファで抱き合って眠る私たちを見つけた時の宗太郎の慌てぶりを思い出して。『お、お、お前ら、何してんだよ。おい、悠斗、離れろ!』とっくに起きて、悠斗の寝顔を見つめていた私は、宗太郎があくびをして髪をもじゃもじゃ掻きながら廊下を歩いてくるのを見ていました。で、私たちをみつけて、口をあんぐりする瞬間も。悠斗はかわいい顔をして寝ていたのだけど、その声でびっくりして起きました。で、私が目の前でニコっとすると、すぐに状況を把握したのか、いたずらっぽい笑いをしてから、宗太郎を見上げ、更に私をぎゅっと抱きしめました。悠斗の腕の中って、ほんと気持ちいい。宗太郎は、さらに大慌てで、『こらこら、離れろ。おい。』と、布団と毛布をはがしかけて、ためらいました。悠斗は、『ば~か、服は着てるよ、ちゃんと』というと、遠慮なく布団をはがし、悠斗の頭をペシペシ叩きはじめました。悠斗はそれでもしばらく粘っていましたが、さすがに痛くなってきたみたいで、私から、離れました。宗太郎は、私を抱き寄せ、『何もされなかったか?楓』と、まるで赤ん坊に対するみたいにいい、悠斗をにらみました。『お前な~、ちゃんと責任とれるんだろうな?』『なんだよ、責任て。』焦る宗太郎に対して、悠斗はにやにや落ち着いて応えます。『なんもしてないって。めっちゃヤりたかったけど、我慢したんだから、な、楓?』私はうなずきました。『宗太郎こそ、楓を早く離せよ。ったく、俺より先に、ぐうぐう寝ちゃってさ、フジシマくんに怒られるなら、お前のほうだからな』『うわ、やばい、頼むから、黙ってて、、、、って、なんでだよ、バカ!おい』と、追いかけっこが始まりました。その騒ぎに彩も起きてきて、目を丸くしていました。「なんだよ、にやにやして。変なやつだなあ。はい、これ飲んでしゃきっとしろよ。忙しいのに、ったく」フジシマくんが、一層不審そうに私に言い、コーヒーを渡してくれます。フジシマくんの淹れてくれるコーヒーは、ほんとおいしい。一口飲んで私が微笑むと、フジシマくんもふっと息をついて、「その様子じゃ、昨日は楽しかったみたいだな?」と尋ねます。私はうなずきました。「彼は、楓のこと、気に入ったみたいだし」『何で?』「いや、なんとなく。じゃなかったら、一緒にお泊りとかまでいないだろ?」『なるほどね、するどい。』「ん?なんか言われたの?」『そうね。私のこと愛してるんだって』フジシマくんはあきれたように、「もうそんなこと言ってたの?気の早い男だな」『それって、自分で言ってた』「へ~。自覚してるなら、まだマシか」私はコーヒーを飲んでから、『そうそう。来週の土曜日、宗太郎たちと一緒に、窯に遊びに来るって』「そうなんだ。じゃあ、その時に初対面することになんのか。。」『あんまりイジメないであげてね』「そんなことするわけないだろ?楓が彼を嫌がってるなら別だけど」私は首を振りました。フジシマくんはにっこり笑って、「じゃあ、礼儀正しく、初対面の挨拶をして、大人の男同士の話をさせていただきますよ」といいました。『私なんかの、一体どこがいいんだろうね、みんな』フジシマくんは、私の頭をポンポンたたいて、「何言ってんだか。そんなこと。楓は自分で分かってないとこも値打ちだよ。だから、自分の気持ちにだけ素直で正直でいればいいよ」『ありがとう』「さ、仕事に戻るか」怖いマネージャーの顔に戻ったフジシマくんに、私はコーヒーを置いてうなずきました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.13
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1度は部屋に戻って布団に入ったけど、夜中に、暗い寒い部屋に、楓を1人にしてしまったことが気になって眠れなかった。だから何とか、楓に対する欲望をなだめて、楓のところに戻った。、、つもりだったのに、思わぬ楓の反応に、つい、またエロ心がうずいてしまった。目を閉じて、俺の指に反応し、唇を震わせ、吐息をもらす楓は、どうしようもなく色っぽくて、意識しないようにしても、だんだん、なんか夢中になってしまった。気がついたら、思いっきり抱きしめて、めちゃ熱くなった俺のを押し付けてしまってたし。俺って、やばい?でも、楓が嫌がってたら絶対やめたとおもうんだよ、うん。って言い訳になんないか。はあ。。楓、声が出ないから、なんとか我慢できたけど、あの状態で、もしもエロイ声まで聞かされたら、間違いなく我慢できなかったよな。あああ、でも、俺ちょっと、ちゃんと褒めてもらいたいよ。だって、もう1年以上ヤってない上に、腕の中に大好きな楓がいて、ヤってもいいよ光線でまくりだったのに、ちゃんと我慢したんだから。7回くらいヤったって、おかしくないくらいだったんだぜ、正直な話。当分禁止、と言った俺の言い方がきつかったのか、楓はパソコンを閉じ、黙り込んでしまった。目もあわせてくれないし。「怒っちゃった?」と、我ながら情けない感じで聞くと、楓はこちらを向き、微笑んで首を振る。俺はほっとして、「よかった。何度も言うけど、愛してるからなんだよ。俺、楓のこと、むちゃくちゃ」というと、嬉しそうにうなずいてくれる。『ねえ、悠斗』楓がパソコンを打ち始める。「うん?」『言うの忘れてた。今日はありがとう。とても楽しかった。なんかいっぱい揺れて、迷惑ばっかりかけちゃったけど』「俺も楽しかったよ。それに、迷惑どころか、嬉しかったよ。楓がどんどん自分を見せてくれてる気がして」楓は少し考えて、『自分でも驚いてる、と同時にすごく自然だったのかなとも思う』俺も少し考えて、「なんとなく分かる気がする」と答えた。『また、、、誘ってくれる?』俺はどきっとした。めちゃくちゃ嬉しかった。よかった、また誘ってもいいんだ。「よかった、また誘ってもいいんだ」と、ついそのまま言ってしまうと、『よかった、また誘ってくれるんだ』と書いて、微笑む楓。「もちろんだよ。俺、何度も誘うよ?」『ありがとう。でも、悠斗、忙しいんでしょ?』「確かに忙しいけど、会いたい。だけど、、、楓も忙しいんだろ?」楓は、考えながら、『そうね。確かにちょっと今は立て込んでるかも。個展の準備と、彩たちの引き出物と。普段はマイペースにやってるんだけど』「じゃあ、当分会えないかなあ?」『ん~、だけど、ずっと泊り込みになるほどじゃないわ。多分。だから夜なら会えると思う』俺はほっとして、「そうか、ならよかった。仕事終わったら飛んでいっちゃうかも」楓は笑って、『ご飯食べにおいでよ。悠斗のキライな生野菜、おいしく食べる方法考えとく。』「いいよ、そんなの、、、食べないよ」楓は、さらにニコニコ笑って、『子供みたいね。悠斗。ハンバーグもちゃんと作るから』って、全く子供扱いされてるし。。『それに、さっき言ってたみたいに、悠斗のほうが時間があるなら、いつでも窯にも来てみてね。陶芸興味ある?』「ん~、楓の仕事だし、よく知りたいけど、俺、多分、向いてないと思うんだ。。」というと、『向き不向きなんてないよ。楽しく作ればいいんだって。あ、、でも、悟はひどかったけど』「あはは、それ、さっき、宗太郎も言ってたよ」『やっぱり?あれはみんなの記憶に残る作品だったわ。ある意味貴重かも』「めちゃ気になるわ。どんなんか」『とても、言葉では説明できないよ』と、楓は笑った。ふと、時計を見ると2時を回っている。さすがにそろそろ寝なくちゃな。。でも、やっぱり離れがたい。俺は思い切って、「楓、今日、ここで寝ない?一緒に」楓は驚いたようにこちらを向く。「今度は、もう絶対何もしないから。ほら、さっきは油断してたんだ。今はちゃんと考えてからもの言ってる。ただ、抱っこして寝たいんだ。離れるの寂しくて。、、だめ?」楓は少し考えて、うなずいた。「やった。じゃあ、俺、ちょっと枕と毛布とってくるわ。」と部屋に急いだ。宗太郎は相変わらず、ぐうぐう寝ている。監視員失格だよ、ったく。枕と掛布団、毛布を持って、リビングに戻ると、楓がソファをベッドに変えてくれていた。俺は枕を置いて、先に横になる。右腕を伸ばして、楓を誘う。楓はちょっと恥ずかしそうに横になり、そっと俺の腕に頭を乗せた。俺は、左腕を頭の下に置く。これで妙な気になってもとりあえずは。そんなこっちの努力も知らずに楓は横を向き、俺の胸にもたれてくる。密着度が高い。「おやすみ」と、声をかけたけど、無反応。やれやれ。またあっという間に眠ってるし。ほんと無防備すぎる。これって誰にでも、、なんだとしたら、ひょっとして、なんとか恋人になれたとしても、俺は、ずっとハラハラしどおしかも?なんて、甘いんだか苦いんだか分からない想像をしながら、右手を楓の背中に添えて、俺も眠った。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.12
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「おやすみ」という悠斗の声。私は、振り返ることも、呼び止めることもできませんでした。やっぱり悠斗を苦しめている、と思いました。私が哀しいのは悠斗のせいじゃない、それなのに、私は悠斗を。ごめんね、悠斗。そう思ったときに、私は、自分が悠斗を本当に好きになっていることを、認めました。胸が苦しくなりました。だけど、悠斗の愛に応えたいと思うよりも強く、私の心は、悟をまだまだ求めていました。さっきも思ったこと。悟が、今も隣にいてくれたら。私はいつまでも、悟と過ごした時間から、抜け出すことができませんでした。悟との幸せな時間を、あきらめることができませんでした。あの頃に戻りたい、今も隣に、、そんなことどれだけ思い続けても、もう2度とありえないのに。悟は死んでしまったんだから。何度、言い聞かせても、理解しようとしてくれない強情な私の心。頭では分かっているのに。心の真ん中に悟がいるままで、悠斗に気持ちを伝え、悠斗の愛を受け入れることはできない、と思いました。どんなに好きでも。どんなに悠斗を求めていても。曖昧なまま始めるわけにはいかない、謙吾と同じように傷つけるだけで終ってしまうから。この先どれだけ悠斗を好きになろうと、悟への思いが整理できなくては。いつになったら、気持ちの整理がつくのか、やっぱり分かりません。それまで、さっきのように、悠斗に哀しい思いを何度もさせてしまうのかな、悠斗はいつまで、付き合ってくれるかな、もしかしたら、間に合わないかも。悠斗のことも、結局は失ってしまうのかも。そうなっても、自業自得、、だよね?悟に甘えて甘えて生きてきて、自分の感情すら、心すらコントロールできない私。こんな私のこと、ちょっとでも好きになってくれただけでも、感謝しなくちゃ。ずっと片思いでも待ってて欲しいなんて、図々しいよね。気がつけば、涙が流れていました。私は、そっと指で涙を拭きながら、ごめんね、悠斗。と何度も思いました。抑えきれなくなり、顔を両手で覆い、体を震わせて泣きました。そして、突然、そっと肩を抱かれました。目を開けなくても分かりました。悠斗が戻ってきてくれたのでした。悠斗は黙って私の肩を抱いていましたが、しばらくすると、私の手をそっとはずさせ、顔に手を添えて悠斗のほうに向かせました。正面から両手で私の頬を支えるようにして、親指で私の涙をぬぐいながら、「1人で泣くなよ。俺がいるんだから」と自分も泣きそうな顔で言い、そっと、右手で私の前髪をかきあげました。私はまだ涙を流しながら、悠斗の指が、私の髪と顔に何度もそっと触れるのを感じました。さっき悠斗を好きだと強く思ったことで、悠斗を求めていることを悟ったことで、彼の指の動きが、私にはとても官能的に思えてしまいました。私は目を閉じました。そして、泣くのを忘れ、悠斗の指の動きに酔い、ただ顔に触れているだけの指を、全身でカンジました。唇に触れられたら、吐息さえ漏れてしまったほどに。そっと私の顔をなぞっていた悠斗が、激しく私を抱き寄せました。左手で強く抱きしめ、私の髪に何度も口づけ、そして、首筋から髪の間に指を入れ、何度も撫であげました。私はさらにカンジてしまいました。そして、思わず悠斗の背中に手を回し、しがみつきました。腰に押し付けられる感触から、悠斗も固くなっているのが分かりました。お互いの息が荒くなりました。あまりの快感に、私は、さっきまで考えてたことも忘れ、理性を失い、このまま抱かれてもいい、、、と、思いました。でも、悠斗は、頬を私の頬に寄せるだけで、唇も、指も、それ以上先には進みませんでした。少しずつ少しずつ、悠斗は手の動きと抱く強さを緩めました。お互いの息も少しずつ緩んでいきました。私の髪を整えるように上から下へ撫ではじめ、最後に、そっと私の耳に口づけ、悠斗は私から体を離しました。まだ少し乱れた息をつきながら、悠斗は、やさしく私を見つめ、「駄目だよ。あんなエロイ顔したら。ヤっちゃいそうになったじゃん。危ないよ、ほんと。」悠斗は息を整えながら、「俺がどんなにヤりたがっても、楓が止めてくれなくちゃ。」私は、そっと悠斗の頬に触れようと手を伸ばしましたが、悠斗にあとずさって逃げられました。「ちょっと、待って。触っちゃだめだよ。俺、まだ、危ういから」と笑う悠斗。私も、笑って、パソコンに向き直り、『何されてもいいと思ったのに』と打ち込むと、悠斗は、「そういう刺激的な言葉もダメ」と私のおでこを突いて言いました。そして、焦れた子供のように、体を上下に揺らしながら、「あ~、気が変になりそうなくらいヤりたいよ、俺。だけど、まだダメだ。楓がちゃんと俺のこと、好きになってからじゃないと。相手がダレでもいいんじゃヤだよ。俺じゃなきゃダメじゃないと」といい、私を見つめ、「ちゃんと愛し合ってデキるって信じて待ってる。だから必死で我慢するよ。だから、楓も頑張って、本当の自分を取り戻そう」『本当の私?』私が聞くと、悠斗は、「ああ、本当の楓。本当の楓なら、会って、たった3日の男にヤらせたりしないはずだろ?少なくとも」と笑いました。私は少し考え、『そうね。私、確かに、どうかしてたわ。でも、、、』と指を止めると、悠斗は不思議そうに、「何?」と尋ねます。私は思い切って、『でも、悠斗の指がとても気持ちよかったんだもん』と書くと、悠斗は、もう一度、大きく私から離れて、「まだ、だめ。そういう刺激的なこと。つーか、もうとにかく当分禁止」と、本気で怒ったように言いました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.11
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部屋の電気を消すと、あっというまに宗太郎が寝てしまった。大体、飲みすぎなんだよな、ほんと。俺は、いろんなことが心に浮かんでなかなか眠れなかった。楓はもう寝たかな?なんて、考えると余計に眠れない。とりあえず眠るのをあきらめ、ため息をついて起き上がり、星でも見るかと、バルコニーに出ることにした。やっぱりこの辺りは随分都会だから、なかなか星は見えないな。特にすぐ前の道路の街灯の明かりが邪魔して、かなり明るい星しか見えない。じっと見てると少しは見える数増えるかな?と、未練がましく空を見上げていると、後ろで扉の開く音がした。振り返ると、楓だった。胸の鼓動が跳ね上がる。楓はそっと扉を閉めて、こちらにくる。何かを差し出してくれると思ったら、ブランケットだった。俺は慌てて受け取り、楓の肩にかける。楓は、あきれたように笑って、隣に並び、半分俺の肩にかけてくれた。自然に体が半分重なる。正直、このシチュエーションは、かなりドキドキしてしまう。だって、楓は、パジャマ(といってもジャージだけど)だし。俺はどぎまぎしながら、「眠れないの?」と聞いてみた。楓は、そっとうなずく。「俺も。宗太郎はあっという間に寝ちゃったけど」というと、楓は笑う。きっと彩もそうなんだろう。ったく、ちゃんと誰か警戒してくれよ、俺の理性、そんなに信用されても困っちゃうよ。「残念だけど、ここからは星、あんまり見えないみたい。明るすぎるんだよな」楓も空を見上げて、残念そうにうなずく。それでも、しばらくふたりで星を見ていた(俺は、楓の横顔を見ていた時間の方が長かったかも。)そうしていると、さすがに冷えてきたので、「なんか寒いよな、星も見えないし、中入ろうか?」と聞くと、楓は、俺の手をとって、手のひらに指で、『ホットチョコ?』と書いた。「ホットチョコレートいれてくれるの?」と聞くと、にっこりと、うなずく。「うん、ありがとう」と俺は、楓を中に促した。リビングの電気はつけないまま、サイドテーブルのライトだけつけ、ソファで待っていると、楓が作ってくれたホットチョコを渡してくれる。どこに座るか迷っているようだったので、「どうせなら、隣においでよ。寒いからくっついていよう」というと、楓は嬉しそうに微笑んで、隣に座る。さっきと同じようにブランケットを2人でかけて暖かい飲み物であったまる。「おいしい~」パソコンを起動させた楓は、『コレ飲んだら、よく眠れるよ』と打ち込んだ。「そうなんだ。確かに気分が落ち着くよな」というと、満足そうにうなずく楓。笑顔がとてもかわいい。でも、それでも、あの写真の中の楓とは違う笑顔。俺はつい、口に出していた。「さっき、写真見ちゃったよ。悟さんが1人で写ってるのと、楓が彩と一緒に悟さんの横で笑ってる写真。」楓が、そっとこちらを向く。「すごく優しそうな人だった。楓も幸せそうに笑ってて」こんなこと言ってどうなるっていうんだろう、そう思っても、自分が喋ってしまうのを止められなかった。楓は、哀しそうに笑って、『でも、悟は、もう、いないから。』と、そっと、打ち込む。俺は、楓に慌てて謝った。「ごめん、変なこと言っちゃって。楓を辛い気持ちにさせて」楓は首を振り、『いいの。だって何も悪いこと言ってない。悟は優しかったわ、本当に。私も幸せだった』今度は俺が、哀しく笑う番だった。楓は慌てて、『ごめん、変なこと書いちゃって。悠斗を辛い気持ちにさせて』と打ち込む。そして、顔を見合わせて、仕方なく笑った。なあ楓、これからこういう細かい傷をお互いの心に、一体いくつつけ合ったら、俺たち、ちゃんと抱き合えるのかな?早く、俺の方を向いてくれよ、俺はこうして楓だけを見てるから。こっち向いてくれたら、きつく抱きしめて、もう二度と離さないのに。愛してるんだ、楓。大声で叫びたいくらいの気持ちを、俺はカップに残ったホットチョコと一緒に飲み下した。気持ちが抑えられなくなるのが怖くて、飲み干すとすぐに、「ごちそうさま、おいしかったよ。」といい、立ち上がった。「俺、もう寝るわ」ブランケットを楓の肩にかけなおし、「おやすみ」と楓が振り返るのも待たずに、足早に部屋に向かった。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.10
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彩が、私の持っている写真を見て、言いました。「それ、お兄ちゃんの一番好きな写真だな。とっても素敵に写ってる」私は、うなずきました。「私には結構厳しくて、そういう顔してくれなかったけど、でも、お兄ちゃんは本当にそういう表情が似合うはずの人だった気がするわ。普段、ちょっとクールな、キツそうな表情でいたのは、多分、楓が人気あったから、誰にも取られないように、隙を見せないように、がんばってたんじゃない?」私がまさか、というように笑うと、「本当だよ。一番、焦ってたのは、多分、謙吾が転校してきたときだと思うけど」と彩は懐かしそうに笑ってから、「ああ、写真選びって、こうやって懐かしい思い出ばかり出てきちゃって、なかなか進まないんだよね。」といいながら、作業に戻りました。2人でなんとか写真を選び終えると、客間に戻りました。「お、お疲れ。選べた?」と、寝椅子に寝転んでいた宗太郎が、起き上がってワインを飲みながら彩に言います。「うん。これ、ちょっと見てみて」と彩が写真を渡し、隣に座りました。私は、キッチンに2人分のワイングラスと、新しいワインを取りに行きました。リビングに運ぶと、彩が、「私、なんかつまみたいな」といい、宗太郎に、「まだ食うのかよ?」と突っ込まれています。彩はふくれながら、「だって、ただ飲むだけなんてできないもん。さっきのお土産の、チーズとハム開けちゃおっと」とキッチンに向かう彩。宗太郎は、ぶつぶつ言いながらも手伝うようです。私は笑って悠斗のほうを見ると、悠斗も笑っていました。ソファの隣を手で示してくれたので、隣に座ると、ワインを開け、注いでくれました。私が一口飲むのを見て、「楓、お酒強いんだなあ。さっきも結構飲んでたのに、まだ飲めるんだ」私がにっこり笑うと、「残念だよ。酔っ払った楓も見てみたかったのに。俺のほうが先に潰れるわ」宗太郎が、チーズとハムを並べたお皿を持って戻ってきて、「いや~、いい勝負だぜ、お前ら。頼むからうちの酒、飲みつくさないでくれよ」といい、彩に、「一番、飲むのは自分のくせに」と突っ込まれていました。「あ、忘れないうちに言っておこう」と宗太郎が言います。「来週の土曜日さ、楓、窯にいるよな?」私は少し考えて、うなずきました。引き出物の数を考えれば、間違いなく、今月一杯はこもる事になりそうです。「そうか、俺たちさ、実家に行くから、ちょっと寄ってもいい?悠斗もオフだっていうから連れて」私は悠斗の方を見ました。「迷惑じゃなければ」と、悠斗。私は、にっこり笑ってうなずきました。宗太郎はすかさず、「悠斗、ちょっとびびってんだぜ。」私が不思議そうな顔すると、悠斗は照れくさそうに微笑みます。宗太郎は続けて、「じいちゃんとフジシマくんに会うこと」彩も笑って、「なるほどね。そういうことか。大丈夫だよ、悠斗。2人とも、いい人だよ」「俺もそういったんだよ。なあ、楓?」私は、悠斗を元気付けるようにうなずきました。悠斗は、「わかってるんだけどさ、でも、やっぱり緊張するよ。」「結婚の申し込みに行くわけでもあるまいし。リラックスしていけよ。」と、宗太郎。「宗太郎は、結婚の申し込みに行くときでもリラックスしすぎだったでしょ」と、彩が怒ったようにいい、私たちは笑いました。ひとしきり飲んだ後、彩と私が寝室で、宗太郎と悠斗は客間で寝ることになりました。彩は、珍しく少し酔ったみたいで、部屋の電気を消した暗闇の中でも、「楓、ちゃんと幸せになってね」「悠斗ってほんとにいい子だよね」「結婚式、来てくれるの嬉しい」と、ぶつぶつ1人でいいながら眠ってしまいました。私は、今日一日、いろんな感情に揺れたので、なかなか眠れませんでした。そうこうするうちに、なんだか喉が渇いたので、彩を起こさないようにそっと部屋を出、キッチンに向かいました。お水を少し飲んで、部屋に戻ろうとしたとき、バルコニーに悠斗の後姿が見えました。悟によく似た背中。やっぱり胸が苦しくなります。私は少し迷ってから、ソファにおいてあるブランケットを持ち、そっとバルコニーの扉を開けました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.09
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宗太郎は、しばらく黙っていたが、「楓は、悟が刺されたときにあげた悲鳴を最後に、声が出なくなった。俺は家の中、彩の部屋にいてその声を聞いたよ。ただごとじゃないのが分かったから、彩には部屋にいるようにいって、飛び出した。悟が倒れていて、冴子さんが喉を突いて、倒れこむところだった。必死で楓に手を伸ばそうとする悟を支えながら、全部夢ならいいのに、と思ったよ。悟は、しばらく息があって、楓に何か話しかけていたけど、結局助からなかった」と続け、ワインを一口飲んで、大きなため息をついた。少し震えていた。俺は、宗太郎の方を見た。宗太郎だって、ひどい思いをしたのだ。親友を目の前で。宗太郎はそんな俺の視線を受けながら、「あんな思いは二度としたくないな。」と少し無理に笑った。「だから、楓が、誰の愛情もうけいれられないこと、よく理解できるんだ。俺だって怖いくらいなんだ、悠斗」宗太郎の珍しい弱気な言葉に、俺は、「ああ、分かるよ」と答えるしかなかった。宗太郎は、俺を少し眩しそうに見ながら、「だけど、悠斗。お前なら、と俺は思ってる。楓、随分、違うから、お前に会ってたった数日で。さっきお前自分で言ってたけど、本当に、手を離さないでやってくれよ。」俺は力強くうなずいて、「もちろん、そのつもりだよ。俺、恋愛にこんなに必死なの、初めてなんだ。自分でもびっくりしてる。だけど、楓は、やっぱり俺にとって、誰とも違う気がするから」宗太郎は、ニッと笑ってそれを受け、「楓はいい子だよ。今は不安定で、暗い顔の方が多いけど、悟がいた頃の楓は、本当に天真爛漫で、いつも彩とコロコロ笑ってたんだ。ほんと、早くあの頃の楓に戻ってほしいよ。そして、楓が誰とも違うところ、それは、何より、陶芸の才能にあふれてることだ。それだけは今も変わらないけど。」俺がうなずくと、「そうだ、今度のオフはいつ?」「え?っと、いつだったかなあ。ちょっと電話してみないと。」「俺たち近々実家に行く用事があるんだよ。よかったら一緒にいかないか?浮風窯、案内するよ。さっき言ってた楓のいる窯。あいつ多分、こもりっきりになるはずだから。俺たちの引き出物のことで」「あ、そうなんだ。ちょっと待って、聞いてみる」俺は、またマネージャーの加藤さんに電話した。「あ、何度もすいません。悠斗です。今いいですか、はい。あのね、俺、次のオフっていつでしたっけ?、、あはは、休むことばっかり考えてるわけじゃないですよ。はい。はい。分かりました。ありがとうございました」俺は電話を切り、宗太郎に、「来週の土曜日が、午前中っつーか、前日から明け方までの撮影だから、終わり次第、朝から休みだって。その後は、ちょっとまだ撮影の進み具合次第らしいわ。どう?」「じゃあ、その仕事終わったら、直でウチに来て、仮眠しろよ。どうせ家出るの昼頃だし、行きは俺が運転するから、車でも寝てりゃあいいよ。」 「そうだな」俺はワインを一口飲んで答える。「決まり。お前も楓の作品みたら、さらに楓の虜になっちゃうだろうなあ」「だけど、いいのかな、邪魔になんない?だって楓の仕事場だろ?」「大丈夫だよ。ダメな時間は、教室の方で待ってたらいいし。お前もちょっとやってみたら?陶芸。あれ、楽しいぜ。」「ん~、どうもそういうの、下手っぽいよ、俺」と正直に言う。苦手なんだよな、そういうの。「ははは。やってもみないうちから。でも、悟のはひどかったぜ、実際。あれにはかなわないよ」「どんなんだよ、それ。」「それはともかくさ、お前も、楓のこと真剣なら、じいちゃんにも、フジシマくんにも早く会っといたほうがいいしな。」「うわ、そうか。なんか急に緊張してきちゃったよ、俺」「はは、そうかもな。2人とも、かなり楓のこと愛しちゃってるから、覚悟しとけよ」俺が黙ると、宗太郎は慌てて、「いやいや、冗談だよ。いい人だよ、ふたりとも。だから、安心してろよ。お前が真剣ならそれだけで受け入れてくれるはずだよ。だから素直に行くことだな。得意だろ?そういうの」俺は幾分、ほっとして、「ああ、まるでバカって言われてる気がするけど」と、笑った。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.08
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客間にはパソコンを持っていきました。彩は何冊かのアルバムと、写真の入った箱を出しながら、私がパソコンをセットするのを見て、首を傾げました。「なあに?」私は、打ち込みました。『悠斗の隣の席でも、、いいんだよね?』彩は覗き込んで、「ん?」私は少し考えてから、『なんか、変な風に思われないかなって、ちょっと心配になっちゃって』彩も少し考えてから、「ああ、もしかして、新しい男連れてきた、みたいな反応??」私がうなずくと、彩は笑って、「大丈夫だよ。そんなこと思う人、招待客の中にいるはずないもん。それにね。」彩は言葉を切って、「それに、楓、どんどん新しい男に乗り換えて、人生エンジョイ?してるようには全然見えないし。まだ、幸せ満点な顔じゃないから、安心して。っていうのも変だけど」私は彩の言い方に思わず笑いました。『ならよかった。悠斗が隣にいてくれると心強いし。』「うん、あとで招待した人のリスト見てね。ハルカやサキも来てくれるって」『そうなんだ。懐かしいな』「みんな楓のこと分かってるし、リラックスしてね」彩は微笑んで、「お父さんとお母さんさ、私と宗太郎がどんなに楓が元気なこと伝えても、2人で楓の個展の度に見に行って、ちゃんと作品作り続けてるの見ても、やっぱりまだまだ楓のこと心配してるから、そうね、、多分、楓がちゃんとしっかり食べてるとこ見ると一番、安心するんじゃないかな。だから、しっかり食べてね。お料理もおいしいの選んでるから」私は微笑んでうなずきました。「楓が出席してくれるの本当に嬉しいわ。お兄ちゃんもきっと、ちゃんと私の花嫁姿見守っててくれるはずだし。楓がその場にいなくちゃ、私、式の間中、ずっと、楓のことばかり考えちゃいそうだったもん。これは、宗太郎も同じだと思うよ。」そうね、と思いました。そうだよね、悟、あなたもきっと見守っているはず。かわいい妹の花嫁姿。『一緒に式できなくて、残念だわ。彩は、私の義妹になるはずだったのにね』「そうだね、楓」彩は少し目をうるませてから、「だけど、私はちょっとラッキーだったわ。楓みたいに可愛い子と花嫁姿比べられなくてすんで」と、笑いました。そしてふと、真顔になり、「でも、でも、いつか、楓の花嫁姿も見れるって信じてるよ。絶対、きれいだもん。私楽しみだわ。」といいました。私は、曖昧に微笑みました。そんなことうまく想像できませんでした。「じゃあ、写真選ぶの手伝って。ちょっと、楓には辛いかな?」私は、彩の広げだした写真に、すでにドキドキし始めていました。いろんな思い出の断片。幸せだった時間の破片。「でもさ、式でいきなり見るよりいいと思うんだよね。私と宗太郎の2人の写真選んでも、ほとんど4人でどこかに行って撮ったものばかりだから、思い出すでしょう?」私はうなずきました。少し目を閉じてから、思い切って写真を見ていきました。いろんな写真がありました。それこそ赤ちゃんの頃からの、4人兄妹のように写った写真の山。公園で遊んだり、自転車に乗っていたり、夏祭り、市営プール、運動会、いつもいつも一緒でした。大きくなってからは、4人で出かけ、自分たちで撮る写真が増えました。遊園地や海水浴や、川遊び。川のそばで育ったから、みんな水遊びが好きで海や川、プールにいくことが多かったのです。あとは悟と宗太郎の野球の応援。窯でみんなで撮った写真もあります。1枚1枚ごとに、1瞬の記憶が鮮やかに私の頭をよぎっていきます。自転車の練習で真っ赤な夕日が落ちるまで空き地にいたこと。みんなで競争した金魚すくい、なぜかとても上手な宗太郎に、誰もかないませんでした。お弁当をもって朝から夕方まで泳いでいた市営のプール、プールサイドで昼寝もしたっけ。運動会では私はかけっこが苦手で、いつも帰り道みんなに慰めてもらいました。ジェットコースターが大好きな彩に付き合って、3人が何度も交代で隣に座った遊園地。日焼け止めを塗りあうのがくすぐったかった海水浴。私たちの生まれた町を流れる大きな川は、いつも優しく私たちを見守ってくれていて、魚とりをしたり、泳いだり、川原で寝転んだり、大好きな場所でした。私たちの高校には野球部がなかったので、悟と宗太郎は町内会のおじさんたちと草野球や、学内で作った同好会で練習してよく試合をしていました。そして、私が窯にこもる時には、みんなが来てくれて一緒に作ることもありました。どうしようもない悟の作品。あれは、本当に、すごいセンスだったな。そして、私は見つけました。悟が1人で写ったセピアカラーの写真。高校の修学旅行に持って行きたいからと、ねだって私が撮らせてもらった写真です。久しぶりに出会う、私目線の悟。そうそう、出来がよかったから、彩も欲しいって言ったんだっけ。この写真、私はどうしただろう。少し考えてみても思い出せませんでした。多分、実家の部屋にあるのかな。長い間部屋に帰っていないから。悟のその写真を見ても、意外にも、私の心は乱れず、写真の中の悟と同じように微笑んでしまう自分がいました。心が暖かくなる笑顔。いつも私を包んで癒して許してくれた笑顔。ああ、今も、隣にいてくれたら、悟。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.07
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食後、結婚式のスライドに使う写真を選ぶという彩に楓が付き合い、2人は客間に行った。俺は、さっきの写真を思い、楓の心が気になったが、彩がいるから大丈夫だろうと、思うことにした。宗太郎と2人で、リビングで酒の続きを飲む。しばらくは仕事のことなんかを話したが、俺は、やっぱりあのことを聞いてみることにした。「なあ、宗太郎」ぼんやりと寝椅子に寝転がって、ワイングラスを眺めていた宗太郎が、こちらも見ずに返事する。「ん?」「悟さんの死んだときのことなんだけど」宗太郎は、こちらにちらりと視線を向け、続きを待つ。「何があったんだ?なんで楓の目の前で?」少しの間、動かずにいたが、思い切るように、起き上がり、こちらを向いた宗太郎が、「何だよ。もう知りたい?」と聞く。俺は視線をしっかりと受け止め、「ああ、知っておきたい。楓のこと、もっとちゃんと受けとめるためにも」「、、、そうだな。知っておいたほうがいいかもな」宗太郎は、気持ちをまとめるように、少し目を閉じてから、話しはじめた。「まず、冴子さんっていう人が、浮風窯、、楓のじいちゃんの窯なんだけど、そこに陶芸療法っていう、一種のリハビリみたいので来たのが、楓との出会いだったんだ。2人は、年が近いのもあって、あっという間に仲良くなったみたいだった。冴子さんは、すごくきれいな人だったよ、本当に。ただ、心を病んでいた。原因までは詳しく聞けなかったけど。その人が、窯に楓を迎えに来ていた悟のことを好きになったんだ。悟は、さっきも言ったように、普段はそんな、女にもてるようなタイプじゃなかった。ただ、窯に楓を迎えに行くときの悟しか知らなかった、つまり、悟の楓に見せる顔しかしらなかった冴子さんは、惚れたんだよ、悟に。それは同じく、さっきも言ったように不思議なことじゃなかった。楓に見せる顔は、悟の本当に優しい部分しかなかったから。それから、冴子さんの悟に対する執拗で猛烈なアタックが始まった。とにかくとにかく猛烈だったよ。それだけ純粋だった、、一途だったともいえるのかもしれない。ただ、相手が悪かったよ。だって、悟なんだ。あいつには、楓しかいない。悟の楓へのゆるぎない愛と、冷たい拒絶に対して、冴子さんは異常な行動を取った。悟に色んな薬を飲ませて、無理やり、体の関係を持ったんだ。たった1度だけど。そして、それを楓にも教えた。悟は苦しんだよ。楓は悲しんだ。それから2人とも深い闇に突き落とされたような顔をしていた。あんなに自信を失って、自分を疑って、苦悩する悟は見たことなかった。楓は何が起こったのかも理解できないくらい、呆然としていた。見ていられなかった。あいつらはまだ、1度も寝ていなかったんだ。悟は、楓が20歳になるまで、絶対にしないって決めてたから。冴子さん1人勝ち誇った顔をしていたけど、悟はもちろんそんなことで靡くような人間じゃなかった。悟と楓は、1ヶ月近く、悩みに悩んで、苦しみに苦しんで、でも、やっぱり、お互いを失うことはできないことを確認した矢先だった。悟が自分のものにならないと知り、半狂乱になった冴子さんが、楓の目の前での、悟を刺して、その後自分の喉も刺して、自殺した。」時折声も顔もゆがめながら、それでもできる限り淡々と、一気に話し終えると、宗太郎は、グラスにワインを満たし、俺のグラスにも注いでくれる。俺は、あまりの話に、言葉すら出てこなかった。両手で顔を覆い、大きなため息をついて、うつむく。楓、なんてひどい目に。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.06
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宗太郎の言葉に、悠斗がまたへこむのが分かりました。彩は慌てて、「でもね、楓が迷ってるのは、自分が結婚できないのが辛いからとかじゃないのよ。そこは誤解しないでね。」「そうそう。そうじゃなくて、彩の、、というか悟の両親の気持ちを慮ってということなんだよ」「うんうん、楓を見るとお兄ちゃんのこと必要以上に思い出して辛いんじゃないかって。特にそういう席で」と、2人は悠斗に説明してから、私に、「でも、何度もいうけど、そんなこと、本当に気にしなくていいんだよ、楓。お父さんとお母さんだって、楓に会いたいと思ってるよ」「お父さんたち、楓が来ないかもしれないって伝えたら、寂しそうだったしな。」といいました。私は、うまく微笑むことも、うまくうなずくこともできませんでした。宗太郎と彩が本気でそういってくれていることは分かります。行本の両親が、本気でそう思ってくれてることも分かっています。でも、私自身、申し訳ない気持ちがどうしても先に立ち、会えないのです。私の母は、私を独身のまま産んですぐに亡くなり、私は実の両親の記憶がありません。母の父であり、私の陶芸家の師匠でもある祖父と、窯に出入りする弟子のみなさんと家政婦さんたちの手で育てられた私は、すぐそばに住む、行本の両親を、お父さん、お母さんと、呼んでいました。もちろん、寝食をともにしていたわけではありませんが、そう呼べる存在があっただけで、私の心は随分救われてきたと思います。いずれ、悟と結婚し、本当の娘になるものとして、彩と同じように、とてもとてもかわいがってくれていました。なのに、私は、悟を死なせてしまいました。2人にとって、とても頼りになる大切な長男だった悟を。それでも、お父さんもお母さんも、悟の死後、会うたびに、声と、そして、かけがえのない恋人を失った私に対して、いたわりの言葉をかけてくれました。それまでと一切変わらず、いえ、それまで以上に優しく。私は、ただ申し訳なく、俯き、謝ることもできませんでした。そして、私を見るたび余分に、いつも隣にいた悟を思い出すに違いない両親の前から、姿を消すことを選んできたのです。S市から離れた場所に住居を移し、窯に行っても、どこにもよらず、マンションにまっすぐ帰ってきました。私は、悟との過去だけでなく、行本の両親からも逃げ続けてきたんだな、と思いました。これじゃ、いけないな、と思いました。きちんと会って、謝って、何より、元気な姿を見てもらうことで、ちゃんと、情けない私の全てを許し、受け入れてくれたことへの感謝を表さなくては。もちろん、宗太郎と彩の結婚を祝いたい気持ちはたくさんあるし、出席しなくては、とも思いました。悟がいないからって、2人の結婚を祝わない理由にはならない。4人で一緒の結婚式という約束はかなわなかったけれど、でも、やっぱり。私はメモを取ると、『式も二次会も、出席させてもらおうかな』と書いて見せました。「ほんとに~?嬉しい、楓」「ああ、やっぱり楓がいないと、俺たち、寂しいわ。」2人は大喜びしてくれます。悠斗もほっとしたように、微笑みました。「お父さんたちもきっと喜ぶわ。連絡しとくね」「式は、そうだな、悠斗の隣の席にするか?2次会は悠斗に司会してもらうから、無理だけど」私はうなずきました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.05
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風呂からあがると、もう鍋の準備ができていた。「悪い悪い、お待たせ。」と楓の向かいの席に着く。とりあえず、みんなでビールで乾杯。楓もおいしそうに飲んでる。ちょっと酔った楓も見てみたいな、なんて思ったりする。鍋をつつきながらの話題は、他愛もない話だ。たとえば、みんなの好物(宗:ラーメン、彩:シュークリーム、楓:エビフライ、俺:ハンバーグ)とか、苦手なもの(宗:しいたけ、彩:あんこ、楓:ハマチ、俺:生野菜)とか、みんな互いのことにあ~だこ~だいいながら食べる。楽しい。楓がいるからだけでなく、いつも、宗太郎と彩のうちに来るとすごく、リラックスできて楽しめる。2人の関係がいつも安定しているからだろう。宗太郎は、俺よりたった2つ年上なだけなのに、とても落ち着いていて、彩が何をしても、いつもゆったりと見守っているように見える。彩は、そんな宗太郎に守られて、とてものんびりと微笑んでいる。2人は、物心ついたころから、両思いだったのだ。そう、悟さんと楓のように。悟さんがいれば、この席には彼が座り、楓は今も、きっと彩のように、憂いなく笑っていられたのだろう。あの写真の中の楓の様に。4人はいつも一緒だったのだ。温かい愛情に満ちた空間を共有してきたのだ。自分ひとりが、過去をもたない異分子のような気持ちにさえなる。そして、初めて、もう死んでしまった悟さんという人に、嫉妬した。俺の知らない時間の楓を、たくさん知っている人。その時間のほとんどを独り占めしてきた人。何よりも、今までも、今も、もしかしたらこれからも、ずっと楓の心を独り占めする人として。「悠斗、どうした?食えよ」宗太郎の声に、我に返る。楓も、不思議そうにこちらを見る。俺は、また楓から目が離せなくなってしまう。そして、思う。俺は、今、ここにいる楓を、今からの楓を見つめるしかないな。過去に嫉妬しても仕方がないんだから。悟さんができなかったこと、楓を愛し続けたかった気持ち、楓を守り続けたかった気持ち、全部まとめて受け継ぐ、大きさと強さが俺にあるだろうか?やってみなくちゃわからない。楓だって必死なのだ。俺だって、必死でやるしかない。「悠斗、見すぎ」彩がまた突っ込む。俺は、わざと楓から目をそらさずに、「だって、他のもの見るのもったいないよ。楓が目の前にいるのに」といい、「お前、もう酔ってるのかよ?そんな情熱的なせりふ、こっちまで照れるわ」と、宗太郎に肘鉄をくらわされた。楓はそのやりとりを少し照れながら、それでも、面白そうに見ている。「あ、そうだ」彩が思い出したように言う。「悠斗、結婚式どう?来れそう?」俺は、「ああ、言うの忘れてた。昨日、確認したら、大丈夫だって。慶んで出席させてもらうよ」「おお、よかった。是非きてもらいたいもんな、悠斗には」「ほんと、うれしいわ。ありがとうね。」と、ふたり。彩は、楓の方をむき、「ねえ、悠斗がくるなら、気が変わらない?」「ああ、そうだよ。悠斗の隣の席にするから、楓も、来てくれよ」俺は驚いて、「楓、出席しないつもりなの?」と聞く。楓は、困ったように、首をかしげる。「なんで?」俺はふたりに尋ねる。ふたりも困ったように顔を見合わせていたが、宗太郎が答えてくれた。「悟が生きてたら、同じ日に結婚式しようって言ってたんだ、だから、さ」俺は思わず天を仰ぐ。だから、宗太郎、ほんと、勘弁して。へこませすぎだぜ、俺のこと。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.04
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「それで、楓は、どうなの?悠斗のこと。」彩が、「お風呂もらうな」と通り過ぎた悠斗を見送ってから、たずねます。「まあ、キライではないはずだよな」いつの間にか戻ってきた宗太郎が、カウンター越しに彩から、カセットコンロを受け取りながらいいます。彩が、すかさず、私にノートパソコンを渡します。メモだと間に合わないときにいつもここで貸してもらうものです。手伝い役を宗太郎に返し、私はカウンターにパソコンを置いて、打ち込みました。『悠斗のことは、もちろん、好きだと思う、自分でも』2人が画面を覗き込んで、驚いたように顔を見合わせています。私は続けて、『だって、見た目は最高だし、中身も優しいし、こんな私のこと大切にしてくれるの、すごく』悠斗に言ったセリフを繰り返しました。『だけど』彩が、打ちあぐねる私を励ますようにそっと肩に触れます。『だけど、やっぱり怖い。悠斗のこと好きになって、悠斗が私を愛してくれる気持ちを受け入れて、楽しい時間を過ごせると想像するのは、とても幸せだけど、でも、また、何かで悠斗を失うことになったら?どうしても先に進む気持ちになれないの』彩は、私の肩に触れた手に少し力を込めて、「楓の気持ち、よく分かるわ」「ああ、俺も」「私たちは、悠斗の気持ちも分かるから、ちょっと板ばさみだけど」「そうだな、楓、悠斗はああ見えて、相当根性あるから、じっくり行けばいいよ。お前のペースで」「うんうん。楓が、先に進めなくてもいいよ。先に進みたいのに、って思えてるだけで、進んでるよ」「たしかに」2人は、とても優しい。いつもとても。『ありがとう。悠斗も同じこと言ってくれたわ』私は、微笑んで、『信じてみたいと思ってる。悠斗の気持ち。私、頼りないけど、精一杯がんばってみる』2人はにっこりうなずいて、作業に戻りました。宗太郎と彩。2人を見ていると、私はとても幸せな気持ちになれます。私が失くしてしまったものを、ちゃんと育て続けられている2人。宗太郎は、悟が私を見つめていたのと同じくらい、彩だけを見つめて生きてきました。彩は、その深く安定した愛情に包まれて、無垢なまま、愛らしい彩でい続けられる。私と悟が紡げなかった未来を確実に実際のものにしていっている2人が、私には眩しかったです。悟の死の直後、正直言えば、2人を見るのが辛い時期もありました。でも、2人は私の気持ちを分かっていながら、私から絶対に離れなかった。あの時、2人が私に遠慮し、遠ざかるようなことがあったなら、私はもう、きっとこの世にはいなかったでしょう。悟の不在に3人とも打ちひしがれながら、それでも、宗太郎と彩の2人は、2人でいられることから生まれる、ほんの一滴の力を、私にすべて注いでくれたのです。自暴自棄になり、謙吾に身を委ねた私を、悟の代わりに静かに許してくれたのも2人でした。謙吾のフォローもきっとしてくれたのでしょう、そうでなければ謙吾だって、今の活躍はないはずなのです。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.03
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客間に入っても、まだドキドキしていた。だって、目を開けたら、すぐ目の前に湯上りで、色白の頬を上気させた楓がいたんだから。そんな、平気でいろって方が無理だよ。と、モジモジ思ってしまう。後ろから来た宗太郎が、「お前、ほんと惚れちゃってるんだなあ。こっちまでドキドキしてくるわ」と茶化す。「それも、好司に言われたよ」「あはは、お前分かりやすいもんな。お前の着替え、ここここ」宗太郎は、タンスの上から3段目を開ける。「ちゃんと、ここに、ほら、Yってシール張ってあるから。な?」確かに張ってある。他の段にもイニシャルらしいアルファベット。「このKが楓だけど、他の段はあけちゃ駄目だぞ~。下着見るのもだめだからな」「するわけないだろ、そんなこと。変態かよ、俺は」ちょっと押すと、大げさによろけてみせる。その振動でか、横の棚から箱が落ち、中から何かがちらばった。見てみると写真の束らしい。「ああ、なんか結婚式でスライドにする写真、彩が選んでる途中なんだよ」といいながら、拾い始めた宗太郎の手伝いをしようと、足元の写真を拾い上げて、俺の動きは止まった。宗太郎が俺の持っている写真を見て、ため息をつく。その写真は2枚とも、セピアカラーで現像されたものだった。1枚は、1人の男の胸から上のアップだった。あごを軽く握った手の上に乗せ、口は結んだまま、優しくカメラ目線で微笑んでいる。男前とはいえないが、とても優しそうな笑顔に引きつけられる。初めて見る気がしないのは、彩とよく似た目のせいだろうか。悟さんに間違いなかった。もう1枚は、同じ男の人と、彼を挟んで、まだ、高校の制服を着ている頃の彩と、そして、楓だった。2人とも、とても無邪気に笑っている。楓も、幸せそうに。何の憂いもない笑顔。胸がしめつけられる。「よりによって、その写真みちゃうかよ?」宗太郎が、受け取ろうと手を出す。俺はため息をついて渡しながら、「悟さんて、優しそうな人だな」というと、宗太郎は、ちょっと驚いたように、写真を見直して、「ああ、この写真ならそう見えるか。この1人の写真、楓が撮ったからな。楓にだけ、信じられないくらい、甘い顔するやつだったんだよ。もう1枚のほうは、俺が撮ったから、ほら、あんまり優しそうじゃないだろ?」俺は見てみて、うなずく。確かに、ちょっと目が鋭い。「悟はさ、楓がそばにいないときは、結構イメージ違うんだよ。無愛想でクールで、何考えてんのかわからなくて。俺は、いつも一緒にいたから、悟の優しいとこも知ってるけど、パブリックイメージとして、優しそう、なんて意見全然でないタイプだったよ。だけど、やっぱりあいつほどいい奴はいなかったんだよな。楓にはもちろん、彩の兄貴としても、俺のダチとしても」」宗太郎は色々思い出すことがあるのか、写真を見つめながら話していたが、「あれ?こういう話は、お前にはあんまりしないほうがいいのかな?」と、自問するように俺に尋ねた。俺は首を振って、「何でも聞かせてくれよ。楓が好きだった人なんだ。良い人なの当たり前だし、楓に優しかったのも当然だし」「そうだよな。でも、また、今度な。たぶん、まだお前には刺激が強すぎる」と宗太郎は笑い、「風呂入ってこいよ」といった。刺激が強すぎるのは、楓と同じようにまだ、悟のこと忘れられない宗太郎にとってじゃないのか?と聞きたかったけど、さすがによした。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.02
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もう2度と会えることのない悟のかつての愛情と優しさに触れ、私はぐったりとした気持ちで、湯船から出ました。少しのぼせかけた頭で、体を拭き、服を着ながらなおも考え続けました。こんな風に過去と今をいったりきたりしてばかりの自分の心が、今と未来に、向く時なんてくるのかな。考えはいつもの堂々巡りに陥っていきます。悠斗に愛されるなら、そして、私も悠斗を愛するなら、でもやっぱり、しっかりと過去と向き合って、なんらかの形で折り合いをつけていかなくちゃ。悟の代わりというだけじゃ、悠斗にも悪いし、何より、悟の代わりなんて、悟以外にはできるはずがないんだし。きりがない、と思いました。髪を乾かしながら、私は、考えるのをやめることにしました。今日はお泊りだし、お酒でもちょっともらって、頭の中休憩させなくちゃ。リビングに戻ると、悠斗はソファにもたれてうたた寝してるみたいでした。ずっと運転してもらっちゃったし、疲れちゃったのかな。彩と宗太郎は、キッチンで仲良くお鍋の用意をしています。彩が私に気づいて、冷蔵庫からビールを出し、グラスと一緒にカウンターに置いてくれます。「宗太郎、悠斗、起こして。シャワー浴びるって言ってたし」と彩が言うと、「俺より、楓が起こしてやったほうがいいんじゃね?」ニヤニヤと宗太郎が言うので、私は、ビールを一口飲んでから、いたずらっぽく笑って受けました。悠斗の隣に座って、少し寝顔を眺めました。かわいい。確か同い年だっていってたけど、随分幼く見えるわ。そっと肩に触れてみると、悠斗はすぐにはっと目を覚ましました。にこっと笑ってみると、ずっとこちらを見つめています。あんまり見られて恥ずかしくなった頃、宗太郎が、後ろから、「おい、悠斗。いくら湯上りの楓だからって見とれすぎ。」と茶化しました。悠斗は、照れくさそうに、私から目をそらし、「そか、ごめん。ほんと、見すぎだよな。俺」と、言いながらまた、私に視線を戻しました。「また見てる」彩に言われて、悠斗は慌てて立ち上がり、「風呂入ってくる。着替えどこに入れてくれてるんだっけ?」と、客間のほうに行き、宗太郎が、後を追いかけていきました。「悠斗、ほんとに楓に夢中って感じだね」宗太郎の代わりに手伝いに入った私に、彩が言います。私は、少しだけ微笑んで、手伝いを始めました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.01.01
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