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January 13, 2016
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カテゴリ: 抜き書き
私たちは働くことによって、暮らしに必要なもの(必需品)や便利なもの(便益品)を次々につくり出しています。これこそが富であろうとアダム・スミスは考えた。それでは、具体的にどうすればこの富を増やすことができるのでしょうか。

アダム・スミスが注目したのが「分業」です。『国富論』には、ピンをつくる例が出ています。ピンをつくるには、鉄をグイっと伸ばして針金にして、その針金を小さく切って穴を開けるという作業が必要です。

最初から最後まで一人でつくっていたら、一日がかりでも大した数はつくれません。でも、針金を伸ばす人、それを切る人、穴をあけるという風に、みんなで役割分担をすると、大量につくることができるでしょう。

パンだってそうですね。自分で小麦を栽培して、小麦粉をつくるところからパンを焼いて売るところまでを一人でやっていたら、体がいくつあっても足りません。小麦を栽培する人、小麦を挽(ひ)いて小麦粉をつくる人、小麦粉をこねてパンをつくるという形で、社会で仕事を分業するから、私たちはパン屋さんでいろいろなパンを買うことができるわけです。

では、こういう分業はどのようにして行われているのでしょう。分業をしているここの人々は、みんなで集まって「パンを分担してつくりましょう」と相談しているのでしょうか。さらに、それぞれの仕事をしている人たちは、おいしいパンをつくるためならいくらお金がかかってもかまわないと思っているのでしょうか。

そんなことはありませんね。小麦をつくる農家は、売れるから小麦を育てている。小麦粉を安く買って小麦粉を高く売れば利益が出るから、会社は小麦粉を生産する。その小麦粉をこねてパンを焼けば高く売れるから、パン屋さんが存在するわけです。

もちろんパン屋さんは、おいしいパンをみんなに提供したいと思っています。小麦の農家も、いい小麦を栽培したいはずです。でも、だからといって原価を割って売っているかといったらそんなことはない。ちゃんと利益が出るだけの値段をつけるわけです。

それぞれ、いい者、おいしい者を提供したいという思いはあるにせよ、根本のところでは利益を生み出すために仕事をしていることは否定できません。つまり仕事をする人たちは、みな自分の利益のために働いているわけです。

「自分が儲けるため」というのは利己心です。みんな利己心から仕事をして、それが結果的に分業という形になって経済を回しているというのがアダム・スミスの考え方です。










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Last updated  January 13, 2016 06:37:35 AM
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