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「刹那主義」のすすめ
東京大学名誉教授 安藤 宏
最近、あまり見かけなくなった風景だが、街の先頭には高い煙突があって、鉄のはしごを素人が上るとき、絶対にしてはいけないタブーがあるそうだ。上っている途中で下を振り返ること、がそれである。バットを逆さに立てて見下ろすような風景に思わず足がすくんでしまい、怖くてそれから先、一段も登れなくなってしまうというのである。ついでに言えば、まだどれくらいあるのか、てっぺんを見上げることもしない方がよいそうだ。あまりの距離に絶望して、足がすくんでしまうというのである。
これはある意味では人生そのものの譬喩でもある。いたずらに来し方を振り返って感傷にふけったり、これから先、やらなければならないことを遠望したりするのは避けた方がよい。するべきことはただ一つ、ひたすら目の前にあるハシゴ段を、着実に、一つずつ登っていくだけなのである。
実はこれは私自身のスランプ克服法でもある。やるべきことがあまりに多くて絶望的になったり、将来に対する漠然とした不安に襲われたときは、まず、目の前のできるだけ小さな課題に全力を集中することにしている。明日までに何をやらなければならないか、そのためには今日の夕方まで、あるいはお昼までに何をしなければならないか、時間をうんと短く区切って、目の前の小さな課題に没頭するのである。
まず身近にある小さな充実感を大切にするということ。ひとまずやり切った、というささやかな達成感を大切にするということ。どうもそのあたりに人生の幸福のカギが潜んでいるらしい。私は、あえてこれを「刹那主義」と名づけている。目の前の刹那の喜びを享受できない人に、大いなる喜びを手にする資格はない。幸せの青い鳥は、実はごくごく身近なところにあるのである。
【すなどけい】公明新聞 2024.9.11
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