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牧口先生「創価教育学体系」〈第2篇〉( 1930 年 11 月)㊦
社会の荒波から子どもたちを守り抜く
教育は幸福な人生を歩み通すための礎
北海道で教師生活をスタートした牧口先生が、『創価教育学体系』を発刊する 30 年以上も前( 1897 年)に、経済的に困窮する過程の子どもたちと日常的に接していた時の体験を踏まえて、力説した言葉がある。
「皆、等しく生徒である。教育の眼から見て、何の違いがあるだろうか」
「たまたま、垢や塵に汚れていたとしても、燦然たる生命の光輝が、汚れた着物から発するのを、どうして見ようとしないのか」「(社会の中で過酷な差別がある)この時代にあって、彼らを唯一、庇護できる存在は教師のみである」(趣意)
この北海道での教師時代に抱いた信念は、その後、東京でさらに強固なものになった。
貧困家庭の児童たちのために開設されたミカサ尋常小学校に、 1920 年 6 月から校長として赴任した時には、病気になった児童の家に見舞いに行って自ら世話をしたほか、家庭の事情で食事が満足にできない子どもたちのために学校給食を実施した。
また、白金尋常小学校に校長に転任した翌年に、関東大震災( 23 年 9 月)が起きた時には、牧口先生の提案で、古着などを集めて被災者に送る活動が行われた。その結果、子ども用の古着類が 2900 点も集まり、小学校の卒業生などから以前に使用していた教科書などが 4000 冊以上も寄せられた。
秋の夜風が冷たくなる中で、心細い思いをしていた子どもたちにとって、届いた衣類がどれだけうれしかったことか。学用品を含めて家財の大半を失う中、授業に欠かせない教科書を再び手にできたときの安心感は、どれほど大きかっただろうか。
被災の影響で転校してきた 9 人の児童にも、学用品が配布されたという。そうした温かな配慮に包まれながら、子どもたちは授業の再開を迎えたのだ。
『創価教育学体系』で牧口先生が教育の目的に関し、「子供たちの成長と発展が、幸福な生活の中で終始できるようにするものであらねばならない」(趣意)と訴えていた箇所がある。
ここにある「終始」という表現は、教育について机上で考えているだけでは、決して出てくる言葉ではないだろう。
〝自分が縁してきた児童をはじめ、全ての子どもたちが幸福な人生を歩み通せるようにしたい〟という現場の教育者としての切なる祈りが、文字となって紡ぎ出され、書籍に留められたものだと思えてならない。
若き日の牧口先生が、北海道で先ほどの文章を発表していたのと同じ時代—— 19 世紀末のアメリカにおいて、牧口先生の教育理念と響き合う主張を行った哲学者がいた。『創価教育学体系』でも言及されている、ジョン・デューイである。
1988
「今日わたしたちの教育に到来しつつある変化は、重力の中心の移動にほかならない。それはコペルニクスによって天体の中心が、地球から太陽に移されたときのそれに匹敵するほどの変革であり革命である。このたびは子どもが太陽となり、その周囲を教育のさまざまな装置が回転することになる」
この教育における〝コペルニクス的転回〟を、戦前の日本で進めようとしたのが、牧口先生にほかならなかったのだ。
ジョン・デューイ協会元会長のジム・ガリソン博士は、池田先生とのてい談で、牧口先生の功績をたたえてこう述べた。
「私は、創価教育に関する牧口会長の理念を研究するなかで、多くのことを学ばせていただきました。いまでは、牧口会長は、デューイに匹敵する、そして時にはデューイを凌駕する貢献をされたと思っています」
「デューイは、すでに民主主義への道を順調に歩みつつあった国で研究を進め、きわめて有利な環境にいましたが、これに反して牧口会長は、軍国主義という背景のなかで、実に見事な教育理論を構築されたのです」
牧口先生が校長を務めた小学校に通っていた女性が、当時を回想して述べた証言がある。
「身体の弱い私は、雨の日は学用品と薬袋一式と傘と大変でしたが、一生懸命歩いていると、牧口先生が『何か持ってあげよう』と言葉をかけてくださいました」
「雪の降る日は、高歯(歯の高い下駄)に雪が詰まり、校門の前で雪をはたいていると、先生がそれを見て、『こうしてとるのだよ、ほらよく取れるでしょう』とやさしく言って、トントンと軽くたたいて雪を落としてくださいました」(趣意)
そんな心と心が通い合う瞬間こそ、牧口先生にとって紙幅の時だったに違いない。
長年の夢であった『創価教育学体系』が発刊された時、牧口先生の胸に去来したのは、こうしたときの子どもの笑顔であり、将来、『創価教育学体系』の理念が受け継がれて、子どもたちの幸福を第一の目的に掲げる教育が広がることへの強い期待ではなかっただろうか。
『創価教育学体系』のケースと扉には、ランプに灯された日が光を放つ姿が描かれている。
その絵柄が象徴するように、子どもたちの幸福のために教育に情熱を注ぐ人々がいる限り、子どもたちへの笑顔は社会で輝き続けるに違いない——と。
連 載
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