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自然を巡る作品が多数
ミシュレの哲学に学ぶ
中央大学名誉教授 大野 一道
昨年は、フランスの歴史家ジュール・ミシュレ(一七九八—一八七四)の没後一五〇年である。膨大な『フランス史』、『フランス革命史』等の歴史書のほか、同時代の社会問題を扱う『民衆』、『学生よ』、『女』や、『鳥』、『虫』、『海』、『山』といった自然を巡る作品を書いた彼は、「地球における人類史」、つまり自然全体の中での人類の営みを跡付けしようとしたのだ。
そうした仕事は、フランスではアナール派と呼ばれる人々へと受け継がれ、政治史、経済紙、文化史等の枠を超える新しい歴史を今日生み出している。
「宗教的不公平は政治的不公平」の根拠となると彼は述べるが、歴史の中での宗教と政治のかかわりに注目する。中世ヨーロッパでは、カトリック教会内部のヒエラルキーが、封建社会のヒエラルキーの裏付けとなっていたし、多くの戦争が宗教的対立から生じていた。『フランス史』でも異教徒への十字軍や、異端への激しい闘いが語られている。ユダヤ教やキリスト教等の啓示宗教では、紙か悪魔か、善か悪かという二項対立で世界が捉えられるからだ。正義と信じる「絶対理念」を掲げて、それにそぐわぬものを断罪し抹殺しようとする傾向は何も宗教だけではない。フランス革命ただなかの革命は内部でも生じていた。
あらゆる生命体が人間の兄弟
ミシュレは『魔女』のなかで、紙に背いた者への球団、弾圧を活写する。中世に在っては髪のいる天上世界を忘れさせる美しい一輪の花にさえ、悪魔の誘いを見るといった倒錯が生じていた。彼によれば、境界から断罪された悲惨な状況を逃げ出し、山野にある大いなる自然、この美しい台地との交わりに救いを見出したのが魔女たちだった。
自然の復活はルネサンスの特徴でもある。フランス革命では、人間の内なる自然の要求が前面に出されるだろう。『民衆』では、ヒトは社会的分化や差別化を受ける以前の生まれ落ちた瞬間、すべからく民衆であり、あらゆる生命体と共通する存在だとされる。つまりヒエラルキー的縦構造ではなく、平等という横構造が主張される。さらに『虫』、『鳥』等では、彼らにおける親子愛や仲間愛が観察され、宇宙に内在する大いなる魂のようなものさえ予感される。ミシュレはあらゆる生命体が人間の兄弟なのだと信じる。『人類の聖書』では、キリスト教的一神教以外への世界へ、とりわけ古代インドへと思いが向けられ、そこにあったすべての生が連なり繋がっているという感覚に共感する。そして次のように述べる。「インドから八九年(=フランス革命)まで光の奔流が流れ下ってくる」と。つまり万人の価値における平等を認める古代インド的原理によって、裏打ちされねばならないということだ。
強烈な自我により世界を支配する西洋的原理への、「ハハナルダイチを忘れた」者たちへの異議申し立てであろう。こうした彼の思想に、大地(=地球)の未来を守るため、今学ぶべき事は多々あるだろう。
(おおの・かずみち)
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