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この頃、ずっしりと私の心に重く乗っかっているのが、こちらで大騒ぎになっている竹島(独島)問題です。私はテレビはほとんど見ないのですが、ネットの韓国新聞を見ていても、そのすさまじさが伝わってきます。メディアで紹介されるデモなどは一部の人がやっているのだと思っていたのですが、どうやらそうでもないらしい。今週近所に住む日本人のお宅でお茶する機会があったのですが、その人のご主人が退社後同僚と食事に行くと、レストランの店員さんがつかつかとやってきて、「ちょっと聞きたい事があるんだけどっ!」と議論を吹きかけられ大変だったそうです。また、その人の知り合いの人がタクシーに乗っていて、やはり日本人だとわかると口論になって結局降ろされてしまったとも聞きました。何よりも衝撃的だったのが、その人ご自身の話です。島根県の条例が議会を通過する前ではあったけど、在韓日本大使がインタビューで質問されて、「竹島は日本の領土だと私は理解しています。」と答えた後、というタイミングだったそうです。ハングルが書いてある韓紙のラッピングペーパーが欲しくてインサドンに行き、店の人に「かわいいのをください。」と韓国語で言うと、「これがいいよ。」と選んでくれたのだそうです。家に帰ってその紙を良く見ると、ハングルに混じって漢字で「日本帝国」とか、「恨」とか、「侵略」とか書かれていたのだとか。メディアで見かける話ではなく、実際に経験した人の話なのだから、これは身近に起こっていることとして受け止めるしかありません。それ以来なんとなく外に出かけるのがおっくうになってしまいました。水曜日にどうしても公共の交通機関を利用しなくてはならないことがあったのですが、不安でしかたなかった。まずバスに乗ったのですが、そのバスが今までに経験した中で一番乱暴な運転で、運転手さんがなんとなく私のことをミラーでチラッ、チラッと見ているような気がしました。またこの運転手さんが以前見たドラマに出ていたやくざにそっくり。私が日本人だから振り落とそうとしているのか?とまで思い、必死で手すりにしがみついていました。やっと無事バスを降りても、次は地下鉄です。地下鉄の駅の場所がわからなくて、人に道を聞くにも、なんだか気が引けてしまう。以前はみんな親切そうに見えた町行く人も、みんな私のことを嫌っているかのように感じてしまいます。何人かやりすごした後、若い女性におそるおそるたどたどしい韓国語で「地下鉄の駅はどこですか?」と聞くと、「@#$@@@!」と言って、さっさと行ってしまいました。ああ、やはり私が日本人だからまともに教えてくれないのね、と悲しくなりました。意を決してもう1人コーヒー牛乳?らしきものを飲みながら歩いていたおばさんに尋ねると、「すぐそこですよ」というふうににこやかに指差して教えてくれました。帰りはバスはやめてタクシーにしましたが、運転手さんが黙っているとまたまた不安になってしまう、情けない私。おうさまがひっきりなしに日本語で話すので、気が気ではありません。すると運転手さんが「xxへはどこで曲がるんだっけね?」と言う風に(たぶん)話しかけてきたので、曲がる地点の手前まで来たら「ここで左に行ってください。」と教科書どおりのせりふで伝えました。「そうだよね、ちょっとわからなかったから」と穏やかに話しかけられ、どんなに安堵したことか。こんな調子で、一日中緊張し、家に帰ったときにはぐったりと疲れ果ててしまいました。教会の婦人持ち寄り夕食の会に行った時、はじめて会った人に自分の名前を言うと、いきなり「ああ、にほんじんですか。」と日本語で返事が返ってきたときも、ぎくっとして身構えてしまいました。すると、「わたしは、かんこくじんです。」とおっしゃるので、「こんにちは~。」というと、ちょっと考えてから「こんばんは。」という返事が(笑)。その人は高校生の時2年間日本語を勉強したそうです。しばらく話していなかったけどまた話してみたいな、とのことでした。このように、私が最近遭遇した韓国人は、幸いなことにみんな親切に接してくださる人たちばかりでした。もちろん、偶然にということもあるでしょう。いつ路上で怒鳴りつけられるようなこともあるかもしれません。だけど、結局一番変わったのは自分の心の持ちようであることに、ふと気づいたのです。私は感情的になっている状況というのがとても苦手です。私の父は、それはそれは感情的な人で、いつも私たちはいつ機嫌を損ねるかとびくびくしていたのです。そのせいかどうかはわからないけども、あまりにも感情的な言動にふれると、なんともいえない恐怖心に覆われてしまうのです。だけど、韓国の人たちの怒りを恐れるあまり、萎縮しきっていた自分に気づいた時、本当に情けなくなりました。私自身特に悪いことをしたわけではないし、自分なりの歴史に対する認識は持っているつもりです。竹島(独島)のことだって、どう思うかと聞かれれば、自分の意見をちゃんと述べればいい。韓国の人の心情的な部分だって、同意はできない部分はあっても共感できる。私はこの国に外国人として滞在を「許可」されているわけだから、韓国の言葉や文化、社会を理解しようと努力することは、最低限の礼儀であるし義務でもあると思っています。ここに暮らす限りは、この国の美点に目を向けつつ生活したいです。こんなふうに自分の情けないこと、もやもやしていたことを文章にしてみると、なんとなくスッキリしました。さあ、今日はおうさまのぱぱを説得して、以前韓国語の先生と一緒に行った冷麺屋さんにでも行こうかな。食前にまず出されるスープが、もううおぉぉぉ~~~っと叫びたくなるくらいおいしいんです。結局は食べ物の話で落ちがつくのでした。
2005年03月26日
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先週末からおうさまが39度の高熱が続き、病院に連れて行ったところ肺炎になりかかっていると言われました。先週の月曜日の前夜仮性クループの咳(犬の吼え声、オットセイの声のような咳)が出たので、幼稚園の後で近所の病院に連れて行きました。処方された咳止めの薬を飲み、クループの咳はすぐにおさまり普通の咳になりました。それで一安心し、その後いつもどおり元気なので、行事のあった土曜日まで毎日幼稚園に行かせました。今思うと、少しずつ少しずつ病状が悪化していたのに、そのうち治るとたかをくくっていたのです。土曜日から熱がとても高くなり、さすがに日曜日の教会は休ませました。小児用タイラノールを飲ませても熱がちっとも下がらず、月曜日になって大きな病院に連れて行きました。すると「これはよくないですね。すぐに血液検査とレントゲン写真を撮りましょう。」と言われ、緊急で検査をしていただきました。レントゲン撮影で、小さな背中にX線照射範囲を示すゲージの入った明かりが当たるのを見て、心が痛み、母親として注意不足であったことを本当に後悔しました。検査の結果、肺炎に移行しつつある気管支炎と診断されました。白血球の数が、最大正常値の1.5倍にも増えており、他の数値も正常値を下回るものが多いなど、かなり深刻な状態でした。幼稚園に連絡すると、先生が「そういえば金曜日と土曜日は給食をほとんど食べなくて、泣きながら『残してもいい?』と言うので、もうちょっとがんばって、と言ったんですよ。今思うと、病気で食欲がなかったのでしょうか?」とおっしゃいました。ふだんから気が散りやすく、給食もあまり食べないことが多いので、病気のためとわからなくても無理はありません。スクールバスの担当の方も、「そういえば幼稚園が終わってバスに乗り込むなり目をつぶって眠っているようなことがあったんですよ。その時はよほど疲れているのかな、と思ったんですが…」とおっしゃいました。本当に、一見普通に元気にしているように見えたのです。こういうことはやはり母親が気づいてやるべきだったのに。処方された薬を飲んでも、熱は一時的に下がるもののあまり改善されないように見えました。火曜日の夜、苦しそうな息をしながら燃えるように熱い体で寝返りを繰り返すおうさまのそばに添い寝しつつ、心の中で「ごめんね、ごめんね。」と繰り返しました。水曜日の朝起きてしばらくすると、熱も下がってほとんど普通どおりの怪獣おうさまに戻りました。久しぶりにお昼ご飯をまともな量食べ、夕方病院に行った時もほとんど平熱で、「またキャンディーもらえるかな?」と期待に目を輝かせている息子にあきれるやらうれしいやら。診察の結果、「大分よくなりましたね。これで安心でしょう。」と言ってくださり、本当にうれしかった。期待通り、キャンディーを(2個も)もらって、すごく喜んでいるおうさま。普段あまりお菓子を食べさせないので、こんなにうれしいんだなと複雑な気持ちがしました。新たに処方された鼻水対策の薬のお陰で、昨夜は歯を磨きながら床に寝転がりそのまま眠ってしまいました。やっと熱は落ち着いたようすです。どうかこのままうまく回復して欲しい・・・。結局3学期の最後の2日間を休み、昨日から長い春休みに突入です。元気が有り余っているおうさまと24時間一緒の生活。考えただけで憂鬱ですが、病気でぐったりしているよりは元気が炸裂している方がいい・・・はず・・・(^-^;)。
2005年03月17日
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東京時代の友達、Sさん一家がゴールデンウィークに遊びに来てくれることになりました!Sさん一家とは、おうさまの水泳教室を通じて知り合ったのですが、お嬢ちゃんのSちゃん(苗字と同じイニシャルだな)は、言ってみればおうさまの初ガールフレンド♪Sちゃんパパ、ママ共に、芸術系&クリエイティブ系の入った、それぞれの分野で爆裂しているとっても楽しいご一家なのです。8日間の滞在ですが、おうさま家以外にも泊まりたいとの事で、現在滞在先を検討中。どんな所に一緒に行こうかなといろいろ考えている所です。ただ、S夫人は、以前インドに旅行に行きハマッタ~というコアなトラベラーであり、なんとその時にガンジス川で泳いだと言うのです。「え~っ!なんで?そんなことして、大丈夫だったの?」「いや、みんな泳いでいたし。服のままザバザバと川に入って、泳いだんだよ~。気持ちよかったぁ。」「・・・」ガンジス川遊泳と同等、それ以上にインパクトのある観光(?)となると、韓国で何ができるでしょうか?頭を振り絞っているのですが、今のところあかすり(個室などではなくて集団部屋の)以外に思いつかないのです。おうさまのぱぱ曰く、「郊外にあるという戦争記念館(?)はどう?ほら、ろう人形で日本兵の残虐行為をつぶさに再現しているというところ。」う~ん、確かにインパクトありですが、インパクトの種類が違う・・・。
2005年03月13日
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先日のおうさまのぱぱとの会話。「日本と韓国って、いつか仲良くなれると思う?」(すかさず)「そりゃ、なれるよ!」「えっ、そんな簡単に。何年かかるのよ。50年とか?」「そんなにはかからない。そのうちロシアが攻め込んできて、けんかしている場合じゃなくなるから。いやでも仲良くなるよ。」「・・・」「あの島のことだって、こうすればいいんだよ。日本が、『わかった、独島は韓国領です。それは認めます。それで、あの島を日本が買い取りたい。いくらで売りますか?』と言う。それで、あとは値段の交渉をすればいいだけだよ。日本はお金もちなんだから。」「・・・」実際にアメリカはルイジアナやらアラスカやら、領土を「購入」して拡大したという歴史があります。だけど、実はテキサスはメキシコと実質的に戦争して一旦独立させ、その上でアメリカに併合したという、なんだかうさんくさいいきさつもあったらしい。独島(竹島)を買い取るとしたら、いくらくらいになるんでしょうか。実はなかなか建設的なアイデアかもしれません(汗)。
2005年03月11日
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いきなりですが、おうさまのぱぱはかなり変な人です。知り合った頃は、アメリカ人なんだから変なんだと思っていたのですが、アメリカ人としても結構変わった人だということが他の人からの話で徐々に判明してきました。どういうところがどう変かという各論はさておき、今日はこれまでにもらったプレゼントを紹介したいと思います。プレゼント1.付き合い始めて初めての誕生日にもらったもの鼓膜など耳の中を観察するための医療器具包みを開けて、なんじゃこりゃ?と思った。「なにこれ?」と聞くと、うれしそうに説明してくれましたが、乾電池を入れて、耳の穴の大きさに合わせて3種類のじょうごのようなアタッチメントから選び、スイッチを入れて明かりをつけて耳の中を観察します。おうさまのぱぱの耳の中を見てみると、なるほど内部に生えている毛や、白くてつやつやした鼓膜が良く見えます。「君は物を観察するのが好きだからね。ドイツ製で、わざわざ通信販売で取り寄せたんだよ。」当時は恋愛も盛り上がっていた頃なので、特に疑問にも思わず「ありがとう!」と受け取りました。プレゼント2.初めてのクリスマスプレゼントライフル銃(本物だよ)、狙いをつけるためのスコープつき結婚する前のクリスマス、初めて彼の家族を訪ねるためにアメリカに行きました。出発前から決めていて、「ライフルを買ってあげるからね。」と妙にうきうきした様子の彼。アメリカ到着後早速中古の拳銃店を回って、「どれがいい?」と聞かれましたが私としてはさっぱりわかりません。結局体に合った小さめのものを合計2万円弱で買ってくれました。義両親の家の裏庭に行って、空き缶などの的に向かって撃ってみました。まあ楽しいと言えば楽しいですが、別にねえ。そんなに興奮するほどのことでもない。おうさまのぱぱ所有のなんたらマグナムという拳銃も撃たせてもらいましたが、これは反動がすごくて、一発撃つと太い輪ゴムで手をはじかれたように、すごく痛いです。結局私のライフルは日本に持ち帰れるわけもなく、義両親の家のどこかにしまってもらったままになっています。プレゼント3.結婚後初めての誕生日望遠鏡、結構大きいアメリカで最初に住んだのはカンザスシティの郊外のアパートでしたが、窓の外を小川が流れていて、ビーバーやらムスクラット(小型のビーバーのような動物)、水鳥がよく訪れていました。居間に望遠鏡を設置してしばらく眺めたりしましたが、邪魔になってきたので結局しまいました。東京ではなかなか眺めの良いアパートに住んだのですが、この望遠鏡で外を見ると、2キロくらい離れたビルの2階にある喫茶店内の様子が手に取るように見え、これはちょっとやばいなと思って結局しまいました。このプレゼントの後は何もプレゼントらしいものはもらったことがありません。先日そういえばプレゼントしばらくもらってないなと思って聞いてみたところ、「日本に引っ越してから、どこに行けばあげたいものが買えるのか、わからなくなったから・・・」という苦しい言い訳をしていました。東京ですから手に入らないものはないと思うけど、わからない以外に値段が高いのもあったのでしょう。だったら、耳の穴をのぞく器具のような気の効いた素敵なプレゼントでなくてもいいから、花束やら宝石やらケーキやら、どこにでも売ってるでしょう?と言いたい。私たちは年取ってからの結婚だったためか、最初はそれなりに盛り上がった結婚生活も、古女房・古亭主化する速度もかなり早いように感じます。欲しいものは自分で買えってことかしらん。
2005年03月10日
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世界で一番交通事故の多い町ソウル。この町での運転は、私の想像をはるかに超えてとてもとてもストレスフルなものでした。町の中心に流れる漢江にかかる橋が混むとは聞いていたのですが、私の印象では空いている道路なんてどこにもありません。日曜日の午前や夜中などを除いて、高速道路・一般道路を問わず、どこも混んでいるように思います。渋滞以上にストレスの元となるのが運転マナーです。混雑しているからなのでしょうか、2車線ある道路であればいつの間にか3車線が形成され、右からも左からも隙あらば(隙がなくても)突っ込んできます。おかしいのが、割り込もうとしている車を入れようと止まっても、いつまでも入ってこないことが多いのです。突っ込まれてもそのままひょいとかわして前進を続けるのがお決まりなのか、「えっ?」と言う感じでその車が戸惑っているのが良くわかりおかしくもあります。話はちょっとそれますが、韓国の車は窓ガラスを真っ黒にティントしている(なんというのでしょうか?)車がほとんどです。日本でも後ろ座席のガラスは「プライヴァシーウィンドウ」とかいってちょっと黒くしている車が多いですが、こちらではなんと横はおろか前面のガラスまで真っ黒、という車がたくさんいます。運転手の存在さえ外からはうかがえません。運転しているのが女性なのか男性なのか、それさえも見えないのです。別に暴走族とかそういう特別な車ではなく、一般の普通に走っている車がそうなのです。あまりにも黒くしているので、屋内駐車場では窓ガラスを開けないと外が見えない車を何台も見かけました。同じアパートで全ての窓ガラスが無色で中も良く見える車は、外国人が乗っている車のみです。私だったら他の運転手の表情やジェスチャーを見て判断したいし、私のことも見てもらいたいです。そういう運転中のコミュニケーションも大切ではないかと。だけどソウルではそれは限りなく不可能に近いです。あんなに窓を黒くして、いったい何を隠そうとしているのか?韓国語の先生に質問すると、「どうしてなんでしょう?本当は違法なんですけどね。」とのことです。おうさまのぱぱの推測によると、運転マナーがあまりにも悪いので、誰が運転しているか見られたくないのではないかと言っています。ソウルを訪れる方がいらっしゃいましたら、ぜひチェックしてみてください。先日運転中にバスが思い切り割り込みしてきたので、思わず写真に撮りました。もちろん信号待ち停車中の撮影です(以前日本でちょっと痛い目にあったことあり)。左側2車線が左折用レーンで私は左から2列目のレーンにいるのですが、割り込みだらけで車がまっすぐに並んでいないでしょう?それで、私は車線からはみ出さないように並んだら、すかさずバスが右側から割り込んできたわけです。このように左折用レーンがちょっと詰まっていると、左折したい車でもどんどんその右側の車線を走って前のほうに来て、そこから割り込むわけです。そうすると3列目で直進したい車はブロックされて右側に避けようとする結果道路は大混乱して、ちっとも前に進まなくなり、結果的にちゃんとした車線に並ぶよりも時間がかかってしまうように思うのですが。ちょっとでも前に出たいというわけです。バスの場合は公共の乗り物なのだから、きっと優先権が与えられているのではないかと思います。こうなったら潔く入ってもらうしかありません。先日もすごい角度&すごい勢いで割り込もうとアプローチしてくるバスがいたので仕方なく止まって入れてあげたら、なんとおうさまのスクールバスでした(-_-;)。車の運転は好きなほうなのですが、ソウルに住んでいる間に嫌いになってしまいそうです(T-T)。
2005年03月08日
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韓国に来てから知り合った人で、ご主人韓国、奥さん香港というカップルがいます。この若夫婦、絵に描いたような美男・美女で、初めて話をした時、「すごく美しいお二人ですね!」なんてとっても厚かましいおばさん発言をした私。昔だったらこんなことは言わなかったと思うのですが、この頃は「いいな!」と思ったことは結構ストレートに相手に伝えるようになってしまった(^-^;)。ご主人のほうは余裕で「Thank you!」と笑っていました。ご主人はがっちりとした背の高い男性で、いかにも男らしい韓国人男性といった感じ。俳優にしてもいいような男前ぶりです。そして奥さんのほうは、肌が透き通るように美しく、そこはかとなく漂うはかなさがなんともおばさんの心をくすぐる、清楚な感じの超美人。この人も女優にしてもいいような感じ。どうやって知り合ったんですか?と聞いてみました。「基本的にはアメリカの大学で知り合ったんです。詳しく言うと、1回目はボクの夢の中で出会いました。そして2回目に、キャンパスで出会ったんです。」ひゃ~っ、なんというロマンチックなお話でしょう(*^-^*)。よく韓国人男性はロマンチストと聞きますが、まさしくその通り。彼は4歳の時にアメリカに引越し、ずっとアメリカで育ったのだそうです。現在は韓国の軍隊で兵役2年目との事。「あれっ、アメリカの市民権を持っているのではないのですか?」「ええ、兵役の義務を果たすことができるように、わざと韓国籍の方を残したのです。」「本当ですか?それはまたどうして?」「韓国人の男として、そうするのが正しいことのように思ったからです。」「なるほど。確かにアメリカ人にはなろうと思えばいつでもなれますもんね。」「その通りです。」こんな人もいるんだな、としみじみ感動しました。巷では苦しい兵役を逃れるためにいろいろな手段を使うケースがあると聞きます。人気のある芸能人の違法な兵役逃れが露見したというニュースもまだ記憶に新しいところです。町を歩いていても、迷彩色の軍服を身に着けた兵士を良く見かけます。最初はぎょっとしたものですが、最近はすっかり慣れて違和感なく眺められるようになりました。数人の兵役経験者にどうでしたか?と聞くと、もれなく「あれは辛かった、大変だった。」という返事が返ってきます。韓国人男性が一般的に男らしいと言われる要因のひとつに兵役の義務があげられるようですが、こんな話を聞くと、なるほどな、と納得するのでした。
2005年03月07日
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5.17.25.3いきなり並べた3つの数字ですが、いったい何だとお思いになりますか?実はこれらは、昨年末に購入して以来の私の車の燃費です。もちろん単位はkm/リットル。すごいでしょう?満タンにして、160kmくらいしか走りません(T-T)。初めて計算した時には、唖然としてしまいました。ガソリンタンクに穴でもあいているのか?本気で疑いましたよ。東京時代に乗っていた3リットルエンジンのハイパワーワゴンでももうちょっと燃費はよかった。あまりの数字に、知り合いみんなに言って回りました。「ねえ、ちょっと聞いてくださいよ。1.5リットルエンジンの小型車の燃費が、たったの5なんですよ!」「それはあなたの運転のしかたが悪いんでしょう?」自慢ではありませんが、私の運転態度はふにゃふにゃの骨なし運転、別に低燃費を目指しているわけではありませんが、無駄にアクセルを踏み込んで車線をめまぐるしく変更するおうさまのぱぱとは全く違います。確かにここぞという時に踏み込んで合流したり車線変更したりできるよう、いつもパワーに余裕がある車を選ぶよう心がけてはいますが、普段は至ってマイルドな運転態度(のつもり)です。宮崎に行った時にレンタカーしたホンダフィットは、おうさまのぱぱの好戦的な運転でも15km/リットルでした。もちろん高速道路での快適長距離運転だったのだから、ソウルで、しかも普段は丘を下って上がる、そればかりやっているのと単純比較はできません。それにしても・・・。今日おうさまをバス停まで迎えに行った時給油の警告灯がついたので、ガソリンを入れにいきました。今回は、先週末に仁川空港までおうさまのぱぱを迎えに行ったので、初めての長距離連続ドライブを経験しました。すると、普段は満タンのガソリンで170キロくらいしか走らないのに、今回はなんと300キロを突破!給油のレシートの情報を書き出して見ます。給油量 35.398リットルガソリン単価 1,469 ウォン1.469 x 35.398 = 52,000 ウォン走行距離 301.1 kmを給油量で割ると・・・なんと!8.5km/リットルとなりました!わ~ぱちぱち(-_-;)(-_-;)(-_-;)!なんとも低次元の喜びに自分でもいやになりました。韓国は日本よりもガソリンがかなーり高いです。日本円にして147円/リットル。韓国のガソリンスタンドは日本のと大体同じで、お兄さんが誘導・給油してくれます。「満タン」という言葉も同じ。唯一不満なのが、私の車の給油口が右側にあるので(運転席は左側)、絶対に左側に来てくれなくて、右側のドアの外で対応されることです。どこのガソリンスタンドに行っても同じ。小型車といえども、私の短い腕では運転席の反対側のドアを開けるのも一苦労です。一応エンジンは切るようにしているので、窓だって開きません。それともみんなエンジンはかけたままで給油してもらうのかな?こんど観察してみよう。給油するとたいていもらえるのがティッシュペーパー。韓国のポケットティッシュです。左が韓国のポケットティッシュ、右が日本のものです。お店で売っているものも、このような大きさ。日本のような小さいものを探したのですが、今のところ見つかっていません。皆さんこんなに大きいのをバッグに入れて持ち歩いているようです。風邪やアレルギーで大量に必要な時にでも持ち歩こうかな。
2005年03月04日
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先日おうさまと二人で家で食事をしている時、突然スパゲティにのったミートボールを指して「これはキックしてもいいんだよね?」と言いました。「えっ?」と思っていると、おうさま本人はにやにやしながらこちらの様子を伺っています。「ボールなんだから、キックしていいよね?」とまたまた畳み掛けるように。その時になって初めて、ああこの子は冗談を言っている(つもり)なんだな、とわかりました。「どうやってキックするのよ~?!」と突っ込むと、「えへへ」と笑っています。そしてその夜姿が見えないなと思うと、トイレから「おかあさ~ん、こっちに来て~」と呼ぶ声がします。まだ「大」の時に自分できれいに拭けないので、私を呼ぶことになっているのですが、行ってみるとトイレのカバーを背中に倒すようにしながら、「カメみたいでしょ~」と言います。「ほんとだ!」というと、満足そうにしていました。面白いか面白くないかはさておいても、この子はこれまでにあまり冗談なんて言ったことがなかったので、とても新鮮でした。クラスメイトと比べてかなり幼い感じのおうさまですが、彼なりに成長しているのだなとうれしくなったできごとでした。
2005年03月02日
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ちょうど一年前の昨日は、おうさまと私が初めて韓国を訪れた日です。2月28日の夜遅くホテルに着いておうさまのぱぱと合流したのをはっきりと覚えています。あの時は、韓国に関してわずかな知識しかなく、正直言ってとても怖かった。韓国といえば、まず思い浮かべるのは「反日」「抗日」ということです。あんなに日本人が嫌われている場所に日本人である自分が住むなんて考えられないと思っていました。出発前には、おうさまとたった二人で仁川空港に降り立ち、自力で高速バスに乗っておうさまのぱぱが仕事で既に滞在していたロッテワールドホテルに向かうことを考えただけで、胃が痛くなるほど緊張していました。初めてだというのにおうさまのぱぱは大丈夫だからと言って迎えに来てくれないし。私が韓国語がわからない外国人であることは、すぐに周囲の人の知るところとなるはず。まず恐れたのは、バスで降りる所がわからず、知らない所に(わざと)降ろされて、おうさまと二人路頭に迷うのではないか。日本人だとわかると、ホテルの人だって口もきいてもらえないのではないか。本気でそんなことを心配していました。実際には、東京駅で偶然エレベーターに乗り合わせた韓国人ビジネスマン二人がとても親切にしてくださり、バス乗り場まで連れて行ってもらったりして、とてもラッキーな旅の始まりでした。バス乗り場でも、日本(横須賀だったかな?)に住んでいると言う韓国人青年に話しかけられ、私の不安は徐々に消えていきました。ホテルも快適で立派で、朝食のビュッフェもとてもおいしかった(やはり食べ物は大事)。このようにソウルの第一印象は、とても良いものになりました。実際生活してみると、いろいろ不便なこともあり、やはりドラマの世界とは大いに違うと実感しています。だけど、日本人だからということで不愉快な目に会ったことは、今までの所一度もありません。むしろ親切にしてくださることが多いように思います。だけど、タクシーに乗っている時、ラジオで「イルボン」という言葉を聞き取る度に、また神社参拝とかだれかの発言で韓国の人が怒っているのではないか、運転手さんがくるっと後ろを向いて、怒鳴り始めるのではないかとか思ってしまいます。また、韓国のメディアで日本への批判や例えば「植民地時代に強制連行された人の聞き取り調査を始めた」というような記事を目にするたびに、胃の中に小石がどんどん投げ込まれているような、自分の体が目に見えない柔らかい鎖でぐるぐる巻きにされていくような、そんな気がするのです。こういった目に見えないプレッシャーによって、韓国での生活が苦しいなと感じることが時々あります。今メディアでかなり大きく取り上げられているように、竹島・独島問題や戦後補償の問題、歴史のこと・・・日韓両国間にはさまざまな問題が解決されないままでたくさん残っています。今日3・1節は韓国の祝日です。「1910年、日本の植民地となり、日本人による不埒な行為により心身ともに苦痛を受ける中、1913年3月1日、パゴタ公園にて一学生による独立宣言書朗読により 日本政府に対する抵抗と反日感情は爆発しこの万歳運動は全国218ヶ軍中211ヶ軍にて行われた。」 ソウル日本人会HPよりこの独立運動は結局失敗に終わり、日本によって鎮圧されてしまうわけですが、この日を愛国的観点から国民の祝日とし、国旗を掲げて記念するのです。昨日から町のあちこちで韓国の国旗が見かけられています。イベントも色々あり、日本の国旗もずいぶんな数が焼かれるそうです。様々な問題が残されている中で、正直な所韓国に住む日本人には身の置き場に困るような記念日であります。竹島・独島問題については、今回いろいろな情報をネットで見てみたのですが、一応どちらの言い分にも一理あるように感じます。土地の所有問題は、個人間でもめることも多く、お互いが自分の主張を言い合っている間は解決しません。やはりここは国際法廷の場に持っていくのが妥当だと思うのですが、韓国としては、当然ウリナラ(わが国)の土地なんだから、そんな場所で争うまでもないというのが理由らしいですが、法廷では日本に有利になってしまう可能性もあるから、との噂もあります。現在竹島には韓国の兵が常駐し、韓国が島を使っているという事実を積み上げていこうとしているそうです。おうさまのぱぱともこの問題について話し合いました。おうさまのぱぱはアメリカ人ですが、一応日本人の妻を持っているからどちらかというと日本びいきに傾いていると言えます。ただ、第二次世界大戦で日本に敵対した国ですから、戦争関係については結構日本に対してシビアな意見だったりします。「結局どっちの国の所有だと思う?」「確かにややこしいことになっているけど、どちらかというと韓国のものという印象がわずかに勝っているかな。」「そう?だけど職場でこの問題を持ち出して、火に油を注ぐようなことはしないでよね。」議論好きなおうさまのぱぱは、やっぱりみんなに聞いてみたそうです(-_-;)。ちなみに彼を除いては全員韓国人の職場です。「それで、何て言ってた?やっぱりみんな熱くなって日本に対する文句を言った?」「それがさあ、誰も何も言わないんだよ。関心がないって。韓国の新聞の言っていることは、うそや誇張が多すぎて信用できないって言うんだよ。僕がいちばん関心があるような状態だった。みんな仕事が忙しいし、あの島には工場も何もないわけだから・・・」「?!」なんだか拍子抜けしてしまいました。もちろんみんな独島は韓国領と思ってはおられることでしょう。だけど、日本大使館の前で抗議のデモ・座り込みとか、自動車を焼いたとか、焼身自殺をしようとした人が警官に取り押さえられたとか、そういうことを聞いていたので、にわかには信じがたい話でした。きっとちょっとお酒でも入れば議論も盛り上がる(!)のでしょうか?それとも、彼の妻が日本人だから遠慮している?韓国の人はそういう遠慮のし方はしないようなきがするんだけど。韓国のメジャーな新聞の記事をネットで見ても、ゴシップ誌と見まごうばかりの、あまりにも扇情的な言葉遣い・表現で日本を批判しているので、正直言って辟易としてしまうことはあります。また、デモなどをしている様子の写真を見ると、どうしてそこまで感情的になるの?日の丸に噛み付いたり(本当にです)焼いたりして何の問題が解決するの?と滑稽に思えることもあります。確かに植民地時代には日本人は韓国の人にいやな思いをたくさんさせたことと思います。悔しくて悔しくて歯軋りしてもし足りない気持ちになられたことでしょう。私だって、「あなたは今日からアメリカ風の名前を名乗りなさい。そうですね、ナンシー・スミスがいいんじゃないの?」と言われたらすごくいやです。英会話教室でアメリカ風の変なニックネームをつけられるのでさえ、とてもいやな気持ちがして、自分からは決してその名前を名乗ることはしませんでした。ただ、あの当時は植民地支配や人種・民族の差別は当然のように世界的で行われていました。だからといって差別を正当化するつもりは全くありませんが、ただ、軍事的に優勢な国が他国に攻め入ることは、昔の時代には普通だったのではないかと思うのです。だけど現代は違います。どんな人間であれ、ひとりひとりの人権が尊重されるべきだという考えが、世界的に主流になっていると思います。もちろん現在差別がこの世に存在しないということではありませんが、かつてイラクがクウェートに攻め入ったように、ただそうする力があるからという理由だけで他国を侵略することは、世界的に許されることではないという風潮になっていると思うのです。そして、日本も少なくともそのような立場に立っていると私は信じたい。じゃあアメリカがイラクを攻撃したのは、あれはなに?と言われると、返す言葉がないのですが・・・。私のアメリカに対する評価は、イラク戦争以来下降線をたどるばかりです・・・。長々ととりとめもなく文章を書いてしまいましたが、どうかどうか韓国には終戦前の日本のことを許してほしいです。国民性の違い、文化の違い、感情表現の違いなど、隣にありながらこんなにも違う二つの国。一旦感情的にこじれてしまった関係を修復するのは並大抵の努力では実現しないでしょう。そのためには、日本も信用してもらえるような事実を根気良く積み重ね、そして韓国には極限まで高まった感情を少し冷まして、どうすれば問題が解決するのかを現実的に模索していって欲しいです。2005年の3・1節に珍しくまじめなことを考えてみたおうさまのままでした。
2005年03月01日
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たまには子供の話でも(汗)。おうさまは最初はなかなかあいさつができない子供で、幼稚園でもずいぶん指導を受けたようです。人見知りではないのですが、「おはようって言ってごらん。」と言っても、照れているような様子でやり過ごそうとします。そこで、こう言ってみました。「あいさつをしたらね、言った人と言われた人の心が温かくなるのよ。外は寒くても、心が温かくなる。」「ふ~ん。」我ながらなかなか良い説明ではないかと一瞬自己陶酔したのもつかの間、次に出てきた質問はこうでした。「ととろってどこにあるの?」「えっ、ととろ?」「あっ、ちがった、ことろ。」「・・・・」「ねえどこにあるの?」「ととろじゃなくて、こころだよ。ここにあるの(心臓の辺りを指しながら)。だんだん不安になってくる私。ひょっとしておうさまはとんでもない勘違いをしているのではないだろうか。隣のトトロのようなモノが自分の体の中にいて、あいさつをすると赤くなって発熱するとか。子供の頃って、とんでもない勘違いをすることがありますよね。私も、物心付いた頃におばさんから「そうだ、お年玉をあげなきゃね。」といわれて、赤や青の小さい玉を落としてあそぶおもちゃを即座に想像し、わくわくしながら待っているとなんのことはない小さな封筒を渡されて、「えっ、おとしだまはどこ?これ?」と思い切りがっかりしたという記憶があります。おうさまが隣のトトロの画像を見たとき、「あっこれぼくの体の中にいるんだよね!」なんて言い出さないか、ちょっと不安です。
2005年02月23日
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この時計は日本で買ったものですが、日本国内に2箇所ある施設から発信される電波を受け取り、自動的に正確な時刻を表示する、という時計です。実際には東京で住んでいたアパートメントは電波が受信しにくく、たまに「受信中」のマークが表示されるだけでした。だけど、日にち・曜日なども自動的に表示されるし、なかなかいいなと思っています。腕時計にも電波時計があり、「日本・米国で使用可能」となっていました。おうさまのぱぱによると、米軍の施設と関係ある?とのことですが、実際にはどうなのか良く知りません。さてこの時計、ソウルに引っ越した時、日本にも近いのだからひょっとして使えるかなと思って、「電波受信せよ!」のボタンを何度か押してみたのですが、1度うまくいっただけでそれきりになっていました。先日宮崎に遊びに行った時この時計を持って行きましたが、受信せよのボタンを押さなくても、自動的にくっきりと「電波受信中」が点灯し、おおっとうれしく思いました。フェリーで釜山まで帰ってきた時にチェックすると、やっぱりちゃんと電波を受信しています。さすがに釜山は日本と近い。だけどソウルに戻ってくると、受信中のサインはあっさりと消えてしまいました。時々は自動的に受信しようと電波を探しているようですが、求める電波はここには届いてないようです。まるでやるかたない私の心のようで、時計に自分自身を重ね合わせなんだか切なくなってしまいました。最近ホームシックだなと思うことが多く、気持ちが沈みがちです。日本に帰りたいな。
2005年02月21日
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先日同じアパートのLさんと一緒に買い物に行った時、ドーナツが5個セットで安くなっていました。朝ごはんにいいかなと思ったけど、おうさまのぱぱは出張中で家には二人しかいないので、5個消費するには数日かかります。Lさんに聞いてみました。「ドーナツって、いつまでもつかな?」「明日は全く問題なくて、あさってになるとちょっと固くなるから、そしたら電子レンジでちょっとあっためればいいわよ。」それならと私もドーナツ5個セットを買いました。その翌々日、Lさんの言ったとおりちょっと固くなっていたので、電子レンジに入れて暖めたところ、1分は長すぎたようです。中のいちごクリームが沸騰して、全て外に出てしまいました。その朝はドーナツが食べられなくてがっかり。次回は20秒くらいから始めて、ちゃんと様子を見ながらしないといけないという教訓を得たのでした。
2005年02月19日
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今日はバレンタインデーですが、おうさまのぱぱは旧正月の休暇から帰ってきた翌日の昨日午前、2週間のアメリカ出張に旅立って行きました(T-T)。我が家には、イベント時(バレンタインデー、誕生日など)には必ず出張が入るという歴史があり、今回もまたもや悪しき伝統に一ページが加わったわけです。一応チョコレートは買ってあるんだけど・・・。先週の旧正月には宮崎のシーガイアに行ってきました。シーガイアに3泊、フェリーの行き帰りがそれぞれ1泊の合計5泊6日の旅行でした。結論から言いますと、ここは本当にすばらしいリゾート地です。オーシャンドーム・宿泊施設共にかなりの値下げを実施しており、経営が破綻してからシェラトンが入って、相当な努力をしているように感じました。もっとはやってもいいのにな・・・。気の毒なくらいに空いていて、まあ人ごみの苦手なおうさま一家にはちょうどよかったわけですが。またぜひ行きたいです。今日はおうさまの幼稚園で行事があり、他のお母さん達とジャンボタクシー(ミニバンタイプのタクシーで、料金は「模範タクシー」と同額というお得なタクシーです)に乗り合わせて行くため、交差点に立って待っている間におもしろいものを色々見かけました。1.お葬式の車列これは面白いなどというと不謹慎かもしれませんが、初めて見かけました。どう見ても「棺を運ぶための車」が通り過ぎ、その後に続いてグレーっぽいたすきをかけ漢字で「弔送」(?)と張り紙をしたミニバンが数台、ハザードランプ(?)を点滅させつつ通り過ぎていきました。棺を運ぶ車は日本のものと雰囲気は似ていましたが、後ろのドアの所に赤い十字架がありました。アメリカには確か葬列の車を追い越してはいけないというような法律があったような気がします。「割り込み天国」の韓国でも、さすがに葬列の車に割り込むような車はいないことでしょう。2.工事現場突撃隊(おうさまのまま命名)バリバリという大音響と共に突然現れた4台の車両。暴走族かと思いきや、見たこともない外見のその車両は、後ろに積んでいる装備から察するにどうやら工事現場に赴く途中らしい。思わず見とれていると、この編隊はおもむろに横断歩道の上をばりばりと渡り、ユーターンして反対側の歩道に乗り込み、どこかに消えてしまいました。3.そしてこのお方も。私が車をゲットした翌日に駐車違反の切符をくださった、あのお方です。車の側面に書いてある言葉は、「チュチャチルソ」。家に帰って辞書で調べると、「駐車秩序」とのことです。そうか、「秩序」ときましたか。そうですか、そうですか、と妙に納得したりして。このようにたまには車ではなく徒歩で外出すると、必ずと言っていいほど「おっ!?」と思うものを目撃するので、なかなかに楽しいソウルライフです(^-^;)。
2005年02月14日
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今日はちょっと遠くにある「Home Plus」というサムソン系の大型スーパーに出かけました。以前中古車を見に行った時に、偶然見かけて入ってみたのですが、日本で言えばイトーヨーカドーやジャスコのような感じで、おうさま一家にはぴったりの店です。もちろん大型の駐車場付き。今回はおうさまのまま号で出かけました。買い物を終えて屋上の駐車場に戻ると、私達の車をブロックするように車が停まっています。運転手もおらず、無人状態です。写真中央でこちらを向いている車は、3台とも無人状態。この状態で駐車中。このような駐車方式(?)のことは本で読んだことがあって、すぐにぴんと来たのであわてずに済みました。実は駐車している車をブロックするように停まっている車はギアがニュートラルになっていて、手で押せば動く「お決まり」なのです。ドアも開いており、必要であればハンドルも動かせるようになっています。左から二番目の銀色の小型車がおうさまのまま号。ちなみに一番左の金色の車ですが、この色は黒・白・銀色が圧倒的大多数を占める韓国で唯一(?)一般的に好まれている色です。最近韓国で車の販売を始めたホンダも、韓国市場向けにアコードにこの色を加えたのだとか。私の車をブロックしている白い車を今から押してみます。やっぱり簡単に動きました(汗)。この他、車のフロントガラスのところに名刺や携帯の番号を書いた紙を貼り付けておいて、「出たいときには電話してね。動かすから。」というのもよく見かけます。このようなウルトラアクロバット級のローカルルールは、知らないと本当にあわててしまう。日本で山のように本を読んで仕入れた知識は実際にはあまり役に立たなくて落ち込む原因になったけれど、中には「知っててよかった~(ホッ)。」という情報も少ないけれどありました。運転中は一般的にせっかちな人が多い韓国ですが、駐車に関しては、なんとものんびり鷹揚な面もあるようです。
2005年02月05日
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韓国に引っ越してきて間もない昨年11月頃の話です。近所の文具店で、すごくいいものを見つけました。私が今使っているのはアメリカで購入したパソコンなので、キーボードにはアルファベットがついているだけです。 ウィンドウズXPなのでハングルは設定をちょっとつつくだけで打てるようになるのですが、どのキーを打てばどの文字が入力されるのかさっぱりわかりません。対応表をディスプレイに貼り付けたりしたのですが、やはり効率が悪い。それならとキーの余白に油性マジックで書いたのですが、打っているうちにだんだん消えてしまいます。かといって、紙を貼り付けるのも指に当たるのがいやだし。そんな時見かけたのがキーボードのステッカーでした。本来どういう目的に使われるのかはわかりませんが、これだ!と思い速攻で購入しました。ここで問題点が浮上。ステッカーが透明なので、従来のアルファベットと重なってずれておかしくなってしまう。仕方なくステッカーの左上をいちいち四角く切り取って貼り付けることにしました。結果をごらんあれ~。 このようにキーボードが大変身。切り取った所がちょっと指に当たりますが、今までのところはがれることもなくうまく使えています。こんなに苦労しなくても、もっと簡単な方法があったのかもしれませんが、なんだか韓国での生活が一ランクアップしたような(大げさだ)、自己満足な大プロジェクトでした(^-^;)。
2005年02月04日
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久しぶりの日記です(^-^;)。今日本にも大寒波が来ていて、普段は雪が降らない西日本にも降っているらしいですね。きっとその同じ寒波だと思うのですが、ここソウルでも今週に入ってからむちゃくちゃ寒い日々が続いています。最高気温はマイナス5度、最低気温はマイナス13度・・・。特に昨日は風がとても強く、体感温度はマイナス20度だとのことでした。昨日は病院に行かなくてはならず、一応ウールのパンツとフリースのタートル、もこもこのジャケット(フード付き)で武装したつもりでしたが、甘かった(T-T)。上半身はまだしも、ウールなんてなんの役にも立たないことがよくわかりました。帰宅後おうさまをピックアップしに行った時には、お正月に日本で買ったスキーパンツのような2重になっているものを履いたのですが、これならさすがに寒さは感じませんでした。ただ問題なのは、どう見ても本当の戦闘服(ちなみに色もオリーブグリーン)のパンツで、ちょっとかっこ悪い。この際カッコのことは言っていられないというのが本音です。ソウルに戻ってきてから約1ヶ月間、ようやく生活が軌道に乗ってきた感じです。そうすると今度はやたらと毎日忙しく、出かけない日がないくらいで結構疲れています。この辺のバランスをうまく取らなくては、すでに老体ですから無理が効きません。去年の年末は本当に精神的な余裕がなく、結局クリスマスカードも年賀状も、一通も出さずじまいでした。みなさん、本当にごめんなさい。引越しのあいさつもまだで、いったいいつになることやら。「年賀状が来ないけど、おうさま一家はいったい生きているのか?」という声が一部あがったらしいですが、なんとか生きております。ご心配かけて、ごめんなさい。今ふと窓の外を見たら、なんとソウルの町の真ん中を流れる大きな川、漢江が凍ってる!いつもなら川がゆっくり流れている様子が水面の光の反射でわかるのですが、じっと目を凝らしても川が流れている様子がありません。良く見ると、川の真ん中に細い筋ができて、そこだけ水が流れているようです。ということは、その他の部分は凍っているということ?ちょっと写真に撮ってみよう。逆光で色も変だけど、川の中心付近にある細い線の部分のみ、水がちょろちょろ流れているようです。以前地元の人から漢江が凍ることがあるとは聞いていたけど、実際にそれを目撃すると驚いてしまう。いいかげん寒いネタ(!)からは脱却したいのですが、いつになることやら。春が待ち遠しい今日この頃です。
2005年02月02日
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先週の土曜日にソウルに戻ってきて以来、あまりの寒さに泣きそうです。まずインチョン空港に着いたとき、おうさまのぱぱが車で迎えに来てくれていたのですが、地下駐車場につながる通路に出たとたん、あんまり寒いので「ここは外?」と思ってしまいました。翌日曜日に出かけたときも、あまりの寒さに外に30秒もいられません。ネットで気温を調べてみると、なんと最高気温マイナス3度。最低気温はマイナス10度となっています。おまけに、今週一週間は最高気温が0度以上になる日がない、という予報。毎日晴れているのがせめてもの救いですが、あまりのことに唖然としてしまい、旅の疲れもあって一気にウツ状態に転落。日本の天気予報を見ると、「東京は8度までしか気温が上がりません。寒い寒い成人の日となります。」なんて言ってる。なんとなく腹立たしく感じて頭まで痛くなってきました。ベッドに横になっていると同じアパートのLさんが来たので、「私ね、落ち込んでるのよ。」と告白しました。「なんで?」「あまりにも寒すぎるから。」「・・・」Lさん一家はこの冬が暖かいのでうれしく思っているのだそうです。ミネソタからミシガンに引っ越したときも、とても暖かいと思ったし、ソウルはミシガンよりも更に暖かいのだとか。「寒い」「暖かい」は相対的体感によるものだとは思うけど、この違いはすごいなと思います。おうさまのぱぱも、「こんなの別にどうってことないよ。いっぱい着込んで、帽子や手袋をちゃんとすればいいんだから。」と言います。Lさんと話したお陰でちょっと元気になり、翌日は体が少し慣れてきたのか、なんとなく寒さが少し減ったように感じました。今朝9時の気温はマイナス9度。おうさまをピックアップするために出かけた午後3時にはマイナス2度。「おおっ!あったかくなっているじゃない!」と思う自分にあきれてしまいます。それにしても、自分の車があってよかった。小さな中古車ですが本当にありがたいことです。気温がずっと氷点下ということは、水があればずっと凍ったままということです。ほれ、この通り。こんな気温で雪が降ったらどうしましょう。坂道の傾斜のきつい我が家周辺ですから、おうさまも幼稚園を休むしかないな、と心に決めています。他のお母さんから聞いた話では、雪が降ったときにスクールバスでの帰宅が4時間もかかったことがあるのだとか。だけど雪・氷が解けるまで待ったら春になってしまうかも。今から戦々恐々としています。
2005年01月12日
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今関空から入力しています。今から大韓航空でおうさまと二人ソウルに向かうところです。9月に引越しして以来、毎月1~2週間は韓国から出国していて、なんとも落ち着かない日々でした。そろそろ腰を落ち着けて、韓国語もがんばらなくては、と思います。とはいうものの、2月8日頃に旧正月の休みが1週間ほどあり、またまた暖かいところにでも行こうかと思索中・・・。おうさまのぱぱが超低予算を提示してきたため、あーでもない、こーでもないと悩んでいます。今一番食べたいのは、カルビータンとホバック(かぼちゃ)の炒め物。どこにいてもどこか別の場所を恋しいと思う自分が情けないような気もします。ひとまず、おうさまのぱぱが待つソウルへ戻ります。日本よ、しばしの別れじゃ~。
2005年01月08日
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みなさん、あけましておめでとうございます!ずっとネットから離れていて、ご挨拶が遅くなってしまいました。皆さんどんなお正月を過ごしていらっしゃるでしょうか?昨日はおうさまのぱぱとおうさまがアメリカからこちらに来る予定でした。デトロイトからのフライト到着が1時間半も遅れ、おうさまのぱぱのソウルへの乗り継ぎが間に合うのか?というスリリングな出来事がありました。最初の予定では、おうさまのぱぱも一旦日本に入国して、到着口で私が出迎える、という段取りになっていました。だけど遅延後の到着予定が午後6時22分、そしてソウル行きの出発が午後7時ちょうど。このままではどうにもならないと思い、ノースウェストの窓口で事情を話しました。すると既におうさまのぱぱの事情は把握しておられ、優先的に乗り継ぎゲートまで案内することになっている、ゲートもすぐ横だからおそらく大丈夫でしょう、とのことでした。ただおうさまのことはご存じなくて、さすがに私を空港内に入れることはできないけども、スタッフがアシストして到着口まで誘導します、とのこと。女性スタッフの関西アクセントもとても頼もしく響き、手際の良い対応に本当に感心しました。ただ、万一おうさまのぱぱが乗り継ぎに失敗したら、その時は翌日の便に乗ることになり、宿泊の費用は航空会社持ちになると言われました。すでにホテルを予約していて、シングルからツインへの変更はおそらく可能ですと告げると、「それではその差額分は私どもで負担いたしますので。」との有難いお言葉。こうなったからには、むしろ乗り継ぎに間に合わなくてみんなで一緒に一泊する方がうれしいかも、と不謹慎なことを考えました。「それでは私は到着ゲートで待っていますね。」「はい、宜しくお願いします。私がこれから出向いてアシストします。出てくるのは、お子さんお一人か、あるいはご主人とお子さんのお二人か。どちらかということになります。」「なんだわくわくしますぅ♪。それではどうぞよろしくお願いします。」なんとも不謹慎な発言に自分でもあきれながら、到着ゲートで待ちました。かなり長いこと待って出てきたのは、赤いユニフォームを着た女性に連れられたおうさま一人でした。私の姿を見ると、珍しく飛びついてきて、そのまま暫く放心状態でした。おうさまなりにとても不安な出来事だったのでしょう。スタッフの女性は、「本当に強いお子さんですね!心の中でいやだって言っているのはわかりましたが、泣いたり文句を言うこともなくて、関心しましたよ。」と言ってくださいました。あとでソウルに着いたおうさまのぱぱに電話をすると、「最初はいやだ!と言ったけど、このお姉さんと一緒にママの所に行かなくちゃだめなんだよ、というと、その後は文句は言わずにじっと我慢したようだった」とのことでした。離れていたわずか1週間の間になんだかずいぶん成長したような気がします。5分後にはいつもの怪獣に戻っちゃったけど。
2005年01月05日
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昨日から実家のある町に戻ってきて、母が録画していた韓国ドラマを見ています。やはり時差ぼけがあって、夜9時に寝床に入ったものの2時30分に目が覚めてしまいました。どうしても眠れないのでまたまたビデオを見て、結局一晩中起きている羽目に。今見ているのは「ホテリアー」ですが、ペ・ヨンジュンがもうどうしましょうというくらいカッコイイ!のです。スーツ姿が涙が出るくらいすてき♪妹に言うと、「しっかりおばさんしてるよね。」とのコメントをもらいました(汗)。今11話まで見ましたが、これからどうなっていくんでしょうか。今夜は妹の家に泊まるので、ビデオはしばらくお預けです。日本の家は、家の中が寒いのでかなり辛いと感じてしまいます。早くもオンドルの床が恋しくなってきた。年が明けてソウルに戻る時には、きっとソウルのアパートのことを「home」とより感じることができるでしょう。妹のぱそは未だにダイアルアップですが、2ヶ月ほど前から徐々に状況を改善すべく努力中です。作業は全て私が担当・・・(汗)。おうさまのぱぱの会社で廃品となったウィンドウズ2000搭載のマシーンをもらって、それだけでかなり早くなりました。だけどダイアルアップで対ウィルスソフトのデータアップデートをゆるゆるとやっている間に、セキュリティーの穴から招待した覚えのない虫さんや木馬さんがぞくぞくと訪れ、冷や汗をかきました。今回ADSLに申し込み、やっと快適な環境になる予定です。明日はいよいよ大晦日。皆さんはどんなふうに過ごされるのでしょうか?今年1年間、本当にお世話になりました。そして、来年も引き続きどうぞよろしくお願いします!
2004年12月30日
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先ほど(午後6時頃)無事関空に到着しました。乗り継ぎのデトロイトまで1時間、デトロイトから関空までがなんと14時間30分もかかった・・・。一人旅の身軽さとはいえ、これは結構きつかった。4年ぶりの関空は、綺麗で小ぢんまりとして利用しやすい感じでした。だけど建物の外の地面に張ってある綺麗なタイルがよく見るとかなりひび割れてる。これはやはり関空が沈んでいるからなのでしょうか。昨夜急に思い立って、関空で一泊することにしました。ヤフートラベルで見ると、関空から無料送迎つき10分の距離に手ごろな価格で温泉つきのホテルがあり、無料インターネット、マッサージなどもあるということで、速攻で予約。世界中どこにいても一瞬にして必要な情報が取り出せる、便利な世の中になったものです。この記事は、ホテル1階のパソコンから打っています。建物はちょっと古い感じだけど、必要なものは全て不足なく揃っていてなかなかいいです。フロントのお兄さんたちの関西アクセントがなんともせくしーに響いて、いいないいなとひとりで喜んでいます。この後軽くうどんでも食べて、温泉→マッサージというコースに突き進もうかと思います。やっぱり日本はイイ!
2004年12月28日
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結局雪は丸2日間降り続き、なんと52センチも積もりました。このままではおうさまのぱぱの弟の家であるクリスマスイブのパーティに行けないので、おじいさん、おうさまのぱぱと私とで雪かきをしました。私にとって、こんなにたくさんの雪を見るのは生まれてはじめて、もちろん雪かきも初めてです。この勇姿を見よ!おじいさんの家のドライブウェイは約100メーターくらいあります。終わったときには疲れたけど、久しぶりに体を動かしてなんとなくすがすがしい気持ちになりました。今まではドライブウェイは長くて曲がっているのがいいなと思っていたけども、雪かきのことを考えると短いのがいいかも、と思いました。軒下のつらら雪がこんなに・・・これだけの雪になると、ホワイトクリスマスもほどほどにがいいと思います。見てるだけならいいんだけど、外出ができないのは困ってしまう。昨日はテレビ・ラジオでも「皆さん、外出は控えてください!」と呼びかけていました。がんばって雪かきした甲斐があり、義弟の家には無事に行くことができました。クリスマスイブは義弟の家のホームパーティに行くのが恒例です。このパーティは義弟の奥さん、つまり私の義妹の実家方のパーティで、いつも25人くらい集まります。ラザニアにサラダのメニューも恒例となっています。義妹の家族はみんな気持ちのいい楽しい人ばかりで、私も毎年楽しみにしています。クリスマスツリーとその下のプレゼント達みんなお互いに一人一人にプレゼントを持ってきて、クリスマスツリーの下に置きます。クリスマスツリーの高さは3.6メーターだけど、リビングが45畳くらいあるから圧迫感はぜんぜんありません。このリビングは6年前に家を改築して新たに建て増しした部分なんだけど、なんとすべてを自分たちで作ったというのでびっくりしました。おうさまのぱぱ一家は実はとても器用な人たちで、建築の専門家でもなんでもないけども、なんでも自分たちでやってしまうし、それを楽しいと感じるようです。最初自分たちで作ったと聞いて掘っ立て小屋のようなものを想像していたけども、もう本当にちゃんとした家でびっくりしました。なんでも自分の手でやりたがるのはアメリカ人らしいのかなと思います。パーティのテーブル子供たちもたくさん来ていて、おうさまは大喜び!プレゼントを一つ一つ開けて(大人もひとりひとりもらいます)その様子をみんなで見て楽しみます。子供は正直で、うれしいプレゼントとそうでない時とはっきりわかってしまうのがかわいいところです。昔の日本だったら、プレゼントをもらってもその場で開けるようなことはなかったと思うので、私も最初にこの光景を見たときには本当に驚きました。今回で7回目のアメリカのクリスマス。気候は寒くていまいちだけど、クリスマスシーズンのアメリカはなかなかいいな、と思います。
2004年12月24日
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今朝6時くらいに降り始めた雪が、午前10時の時点でこんなに積もりました。もちろん外気温は氷点下です。明日の朝まで降り続くらしいので、かなりの積雪になりそうです。今日はまだそろっていないクリスマスプレゼントの買い物に行く予定だったのにキャンセル。昨日がんばってできるだけ買っておいてよかった。アメリカの買い物は、何を買うかはともかく、とても楽です。こんな田舎からでも、車で20分ほど行けば様々な大型店があり、どこに行けばどんなものが売っているかわかっているからです。面白みがないといえば確かにそうだけど。おうさまのぱぱは昨日本屋で買った本にすっかりはまっていて、時差ぼけもあって一晩中起きて読み続けたらしい。今もまだしつこく読んでいます。おうさまはおじいさんと一緒に雪かきをして大喜び。2匹の犬も一緒になって、はしゃいでいました。「寒くない」のだそうです(汗)。日本でも温暖な気候と言われる地域で生まれ育った私にとっては、将来こんな気候の厳しいところにすまなくてはならないのかと思うと、とても憂鬱です(涙)。東京はよかったな~、冬暖かくて夏もけっこう涼しくて。ソウルは今頃どんな気候でしょうか?これでホワイトクリスマスは確定したも同然。おじいさんによると、別にまっさらな雪でなくても雪があれば一応ホワイトクリスマスと認定されるのだそうです(笑)。ただ、あまりにも古い雪だとだめなのだとか。どちらにしても、なんだかあんまりうれしくないな。やっぱり寒いのは(そして暑いのも)苦手です。
2004年12月22日
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昨日の夕方、無事おうさまのぱぱの実家に着きました。今回の旅はソウルから直接ロサンゼルスに行って(10時間)、そこから乗換えで4時間のフライトだったのですが、なぜかとても楽に感じました。ただ時差ぼけはいつものとおりとてもきつく、昨日の夜10時に眠ったものの2時半に目が覚めてしまいました。眠っただけなのにとてもおなかがすいていたので、台所をごそごそと探しラーメンを見つけて食べました。「嫁-姑の関係で気を使うのは、万国共通ですよ~。気を使ってしまうので居心地が・・・」とみんなには説明したくせに、勝手に台所のキャビネットを開けまくって食べ物を探すなんて、どこが気を使っているというのだ!と自問自答しました。今朝はどうしても起きられず、なんと午後の3時になって起きだす始末です。なんという嫁でしょうか。自分でもあきれてしまいます。明日はちゃんとがんばって起きよう。昼過ぎに起きてみると、雪が少し積もっていて、外の気温は氷点下10度。ソウルでも今週から寒くなるようですが、やはりこちらのほうがもっと寒いようです。おうさまは相変わらず元気で、いとこたちやおじいさん、おばあさんに遊んでもらって大喜び。いつもは「ママ、ママ」と付きまとう彼も、「Bob, Bob, Bob, Bob(おじいさんの名前)」と連呼の嵐で、私のことは見向きもしません。この隙にちゃっかり休もうと思います。
2004年12月20日
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最近幼稚園の行事やさまざまな外出が続いて、今日は久々のオフ日です。だけどこれからインサドンに行ってアメリカの家族のためにクリスマスプレゼントの買い物をしなくてはなりません。というのも、あさっての土曜日からクリスマス休暇のためにアメリカのおうさまのぱぱの実家に行くからです。今日を逃すともう日にちがありません。アメリカでは一人一人にプレゼントをいくつかあげるということになっていて、一体何にすればよいのか悩む所です。義両親に義弟夫婦、甥が2人に姪が1人、その他義妹の両親やらその親戚やら近所の人やら・・・。みんな仲が良く、何かにつけて集まっている感じがあります。さすがにインサンドンに車で行く勇気は(まだ)ないので、タクシーで行こうと思います。そして、明日はチンジルバン初体験予定です。チンジルバンとは、韓国で有名な汗蒸幕のモダンバージョンで、サウナ、お風呂、あかすり、エステ、マッサージ系のものがなんでもそろっている場所です。韓国語の先生・先生のお子さんとお母さん、そしてもう1人の生徒さんと一緒に行くことになっています。一度やってみたかったあかすり・・・。いよいよ明日実現します。すっぽんぽんでまな板の鯉状態で施術されるらしいので、かな~りはずかしいんだけど、えいっと恥ずかしさを乗り越えてやってもらうつもりです。これまでに何十年も蓄積してきた垢をすべて擦り取ってもらい、新しい年を迎える準備としたいです。出てきた垢をひとつの団子にまとめて、記念に持ち帰りたいと思って先生に話したら、「お湯をざーっとかけながらやるから、ダメでしょうね。」と言われがっかり。いったい直径何センチになるのか、と期待していたのに。昨日の韓国語のレッスンでは、「痛いですぅ」「熱いですぅ」という言い方をしっかり練習しました。
2004年12月16日
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今日で車を得てから1週間ですが、ほとんど毎日運転しています。今日まで無事でいたことが奇跡に思えるほど、1日に数回は心臓ばくばく・血圧急↑するようなことがあります。交差点に交通信号がある時、日本だと2秒くらい「みんなが赤信号」なひと時があってから、信号が切り替わりますよね。韓国はこの「みんなが赤信号」という時間がが存在しません。進行方向の信号が赤になる瞬間に、同時に交差している道路の信号が緑に変わるのです。しかも、信号が赤になってもすごいスピードで通り過ぎようとする車は日本よりもはるかに多いです。赤になったので停止すると、後続車にクラクションを鳴らされることがあります。更によくこちらの人はせっかちといわれるけれど、相手の信号が黄色になったらすでにじわじわと発車を始める車がほとんどです。ちょっとでも発車のタイミングが遅れると、これまたクラクションの嵐です。たとえクラクションを鳴らされようとも、信号が変わってもちゃんと周りを見てから発進しないととても危険です。だけどよく考えてみたら、猛スピードで赤信号を突っ切ろうとしている後続車に後ろから追突されるのと、じわじわと発車しようとしている横から来る車に当たるのとでは、前者の方が被害が大きいような気がします。これって究極の選択?これは歩行者信号についても全く同じですので、観光に訪れる方はぜひ注意なさってください。横断歩道の信号が緑になっても、また横断歩道を渡っている時も、常に周りを良く見ていないと猛スピードで突っ込んでくる車に轢かれかねません。ちなみに韓国は車が右側走行ですから、日本だと「右を見て左を見て、もう一度念のために右を見る」ですがその逆に「左、右、左」の順に見回さないと、心臓が凍りつくほどびっくりすることになります(経験者は語る、大汗)。
2004年12月15日
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一昨日いきなり駐車違反チケットを切られてしまったので、昨日おうさまをバス停まで迎えに行った時には特に気をつけました。おうさまのぱぱ目撃証言によると、写真を撮っていた人はダウンベストのような服を着た普通の男性で、特に制服は着ていなかったとの事。あっという間にさりげなく写真を撮って行ったということですから、一瞬の油断もなりません。チケットには、ご丁寧に韓国語・英語ではっきりと「本罰則は運転者が車を離れた瞬間に発生し、警告のようなものは一切ありません。」と書いてありました。さてバスが来る10分ほど前に着いて車を停め、バスが良く見えるように車からは降りましたが、車のドアのすぐそばに立って何かあったらすぐに戻れるように待機していました。ふと道路の反対側車線を見ると、なんだか妙な車がいます。大宇製の「マティス」で、日本で言えば軽自動車です。ころっとしたデザインはイタリア人によるものだそうで、なかなかかわいい車です。妙なのは色で、半分は白、半分は紫がかった濃いピンク色。この車が反対車線を通り過ぎた時、私の後ろに車を停めていたおじさんが妙にそわそわし始めました。あわててエンジンをかけ、車をちょっと動かしたりしています。その後車内ミラーをじっと覗き込んで、車が行ってしまったかどうかを確認しています。あれっと思いそのマティスを見ると、「チュチャxx」「xxグ(私が住んでいる区)」と書いてあります。「チュチャ」とは「駐車」のこと。ひょっとしたらこれが取り締まりの人?そうこうしているうちにおうさまのスクールバスが来たので、ダッシュでバスに駆け寄り、猛スピードでおうさまを受け取って、あわてて自分の車に戻りました。おうさまを車に乗せているとさっき見かけたツートーンカラーのマティスがこんどはこちらの車線をゆっくりと走ってきて停車しました。ふーっ、あぶないあぶない。迎えの時間がちょうどパトロールの時間帯と重なっているのでしょうか?自分の車が欲しかった最大の理由が、おうさまの送り迎えだったので、こんなにいちいちはらはらしなくてはいけないのはかなり苦痛です。日本のように「荷物の上げ下ろしのためにであれば5分間駐車できる」(?ちょっと自信がないけど)という規則にしてくれないかな。
2004年12月11日
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ハワイから戻った直後に引越し荷物をやっと受け取り、しばらく家の中が戦争状態でしたが、やっと97%くらい片付きました。ビザが取れたお陰で待ちに待った外国人登録ができます。さっそく出入国管理事務所に行き、手続きをとりました。うまくいかないんじゃないかという疑惑の姿勢で待っていたら、あっさりと手続きは終わり、2週間後に外国人登録カードを取りに行った時も、あっという間に終わりなんだか物足りないほどでした。たまには物事がうまくいくこともあるんですね。さあ、これで悲願だった自分の車&携帯電話が持てる!悩みに悩んだ結果、結局中古の小型車を買うことに決めました。いろいろ苦労したけれど、やっとおとといマイカーをげっと!これで買い物にも気軽に行けるし、おうさまのスクールバスの停留所への送り迎えもら~くらく!どんなに寒くなっても平気だ!と舞い上がっていたら、昨日いきなり駐車違反のチケットをもらってしまいました(T▲T)。おうさまをバスから受け取っているほんの5分ほどの間にです。なんの警告もなく。フロントガラスに用紙が挟み込まれ、写真も撮られたのだとか。それをたまたまそばにいたおうさまのぱぱが見かけたというのだから、もうがっくり来てしまって、1時間ほど放心状態でした。気を取り直して、現代デパートに携帯電話を買いに行ったら、F-3ビザの人は携帯を買うことができないと言われてしまった。おまけにアパートの下の階のお宅で水漏れがしているから、我が家の浴室の床をはがし、大掛かりな工事をせざるをえないという連絡が来ました。韓国のことだから、工事のせいで家中がどろどろになってしまうに違いありません。こうも不愉快なことが重なると、もう何もかも投げ出してしまいたくなります。どこかに逃げ出したい…。でもどこに?やり場のない気持ちをおうさまのぱぱに告げると、「ほら、いつものPMS(女性の周期に関連して生じる精神的に不安定な状態)なんだから、すぐに元気になるよ。」とちっとも慰めになっていない言葉をかけてくれるのでした。
2004年12月10日
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昨日の夜無事韓国に帰ってきました。韓国在住者が韓国以外の外国に行って戻ってくると、みんなしばらく落ち込んでしまうと聞いていたのですが、こんなにずっしり来るとは思いませんでした。成田空港で乗継だったのですが出発まで4時間あったので、一旦日本に入国してターミナル2で夕食を食べようということになりました。高速道路の混雑状況を示すパネルやリムジンバスの切符売り場などが目に入ると、「かつてはここに住んでいたのに…」という感傷に飲み込まれて、思わず涙ぐんでしまいました。憂鬱な気持ちのままトンカツを食べ、本屋で目に付いた雑誌や本をまるで八つ当たりするかのように買いまくりました。いつもは無駄遣いには厳しく目を光らせるおうさまのぱぱも、ただならぬ気配を感じたのか何も言いませんでした。帰りの道のりはとてもスムーズでした。飛行機ではおうさまもぐっすりと眠ってくれたので、購入した女性週刊誌などをゆっくりと読むことができました。日本では韓国ブームはまだまだ高いレベルで続いているようです。よん様の記事や(これが目当てだったりするのですが、爆)、おいしいレストランの紹介など、どの雑誌も韓国特集を大きく組んでいます。観光で行くには最高なんだけどなぁとか、なんだか他人事のようにぼんやりと考えるのでした。今回ハワイの韓国領事館で(!)やっとビザがもらえたので、空港での入国審査ではそのページをチェックされましたが、行列もなくあっという間に終わりました。空港で変な「におい」がしたらきっと更に落ち込んだのでしょうけれど、何のにおいもなく、掃除もよく行き届いていました。インチョン空港からは荷物も多かったのでタクシーに乗りましたが、道路がとても空いていてあっという間につきました。タクシーの中はさすがに独特のにおいがしました。よくキムチ臭いとかニンニク臭いとか言われますが、魚介類の苦手な私には「いりこ」のにおいに感じます。でも運転手さんも感じが良く、珍しく話しかけてくることもなかったので、疲れている私達にはありがたいことでした。アパートに着いてエレベーターで住まいのある階まで昇ると、ドアにパソコンで作ったメッセージが!一瞬ぎくっとしましたが、近づいてみると、LさんがおうさまとI君が一緒に遊んでいる写真と共に「Welcome home おうさま一家!We missed you.」というメッセージを貼り付けてくれていたのでした。思わず胸がいっぱいになり、憂鬱な気持ちが一瞬にして吹き飛んでしまいました。やっぱり帰ってきてよかった。韓国のこのアパートが私にとって「home」なのだとちょっぴり感じた瞬間でした。さて盛りだくさんだった今回のハワイ旅行、追って報告していきたいと思います。日にちをさかのぼって記入していきますので、時々日記タイトル横の赤い「!new」のしるしをチェックしてくださいね。
2004年11月18日
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いつものようにばたばたと準備をして、これから日本に一時帰国&友人の結婚式出席もあってホノルルに行って来ます。今回おうさまと私は地方にある実家に久しぶりに行き、東京でおうさまのぱぱと合流してホノルルに行きます。最近いろいろなことが重なって、心身ともに疲れているので、ゆっくりのんびりして来たいと思います。今回やっとビザの書類ができてきたんだけど、なんと私の名前が旧姓になっている…(-_-;)。おうさまの名前のスペルも違っているし。いったいどうなっているんだーっ(ー'`ー;) !最近ふと鏡を見ると、眉間にくっきりとたて皺が刻まれています。(ー'`ー;) な出来事があまりにも多いから…。眉と眉の間をストレッチ運動しているんですが、効果はいかに?
2004年10月30日
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今日の午後突然おうさまの幼稚園に行く用事ができてしまいました。ちょっと込み入った用件だったため、もしMr. Kimの予定が空いていたら連れていってもらおうと思い、Lさんに電話しました。「ハロ~、今日の午後Mr. Kim空いてる?」「それがね、Mr. Kim次の仕事が決まっちゃったのよ。今日面接だって。」「えーっ!」実はLさんのご主人Sさんの会社を通じたMr. Kimとの契約は、一昨日に満了していたのでした。その後なんとかMr. Kimに続投してもらえる方法はないだろうか、とLさんは1ヶ月前から考えに考えて、次の仕事が決まるまでの間、フリーとして個人契約を結ぶことにしていたのです。Lさん一家は本当にMr. Kimを気に入っていたし、Mr. KimもLさん一家のために働きたいと心から望んでいる様子でした。個人でMr. Kimを雇うとなると、毎月170万ウォン(=17万円)かかり、それは庶民にとっては気軽に出費できる金額ではありません。そこでLさんは、3家族くらいで費用を分け合い、いつMr. Kimに運転してもらうかは話し合って決める、というのはどうかとあれこれ知恵を振り絞ったのでした。だけどMr. KimはLさん一家のために働くのであればもっと安くてもいい、次の仕事が見つかるまでは無償でも、とまで言い始めたのだそうです。「実際私達のところで働くようになる前には、4ヶ月もレイオフ状態だったんですって。」「Mr. Kimみたいにいい運転手ならば、すぐにでも仕事が見つかってもいいのにね。」「そうなのよ、だからSは彼のために推薦状を書いて、仕事の割り振りリストのトップに行けるようにしてあげたんだけどね。Mr. Kimとしては私達みたいな良い雇用主にめぐり合ってうれしい、って言ってくれて。それまでは運転手をしていて怒鳴りつけられることもよくあったんだって。」「あんなに優秀な運転手をどなるなんて、考えられないけどねぇ。」結局時給1万ウォンということでお願いすることに決めたわけだけど、その次の日にMr. Kimは新しい仕事がみつかり、Lさん一家とはお別れすることになったのでした。Lさん一家は感謝のしるしに家族写真やデパートの商品券などをあげました。2歳のI君とMr. Kimが一緒に写っている写真を大きく伸ばして額装したものを渡した時には、Mr. Kimはとうとう泣き出してしまったのだそうです。Mr. Kimにお別れのプレゼントをあげたことをSさんが職場の韓国人に話したところ、みんなとても驚き、何でそんなことをしなくちゃいけない、とSさんはさんざん責められたのだそうです。運転手には感謝の気持ちなんて示す必要がない、情をかければつけあるだけだ、プレゼントを返してもらった方がいい(!)…。そんなことを言われてももう渡してしまったし、とてもよく働いてくれたから感謝の気持ちを示すためにあげただけだと説明しても、彼らには全く理解してもらえなかったのだとか。韓国では財産・職業による階層意識がとても強く、運転手というのはあまり敬意や賞賛を受けるような職業ではないようです。体を使った仕事というのは概して収入も低く、だれからも褒められることもなく、従って勤労意欲も低下する結果、労働者クラスの質が低下する、という悪いサイクルになっているのだそうです。どんな職業であれ、その仕事を誠心誠意努力して成し遂げる人が報われるような社会であって欲しいものです。「Sが推薦状なんか書くから、こんなことことになっちゃったのよね。Mr. Kimのためには喜んであげないといけないんだけど…。」突然の別れに落胆を隠せないLさんなのでした。
2004年10月29日
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まずこの写真を見てください。これが銀行のATMで1回の操作でおろせる最高金額分のお金です。これだけで、700,000ウォン、すなわち7万円分。日本だったら1万円札がたったの7枚です。韓国で発行されている最高額紙幣が10,000ウォン(=1,000円)だから、お財布に数万円分のお金を入れようと思ったらきつきつになってしまいます。韓国では日本よりもクレジットカードが使える場所が多いようですから、普段はそんなに現金を持ち歩かなくても大丈夫ですが、タクシーなどやはり現金でないとだめな場合もあるので、多少は持ってないといけません。ただ、日本と比べてタクシーはとても安いので、財布の中にこの薄緑色の紙幣が10枚くらい入っていればまあ安心、という感じです。品物の値段などゼロをひとつ取れば簡単に日本円に換算できるわけですが、わーっと並んでいるゼロを見ると反射的に「高いっ!」と思ってしまいます。あとでよく考えると、あっ、たったの160円だったんだ、と思うこともよくあります。こちらに来て間もないから仕方ないけれど、なんだか金銭感覚がうまく働きません。逆に、デパ地下で惣菜をあれこれ買っていて、家に帰ってからよく考えてみると、びっくりするような金額だった!と冷や汗をかく失敗もあります。日本に住んでいた時は、一回5万円くらい引き出して財布に入れておいても、あっという間になくなってしまうことが多かったです。だけどこちらに来てからは、一回7万円分をおろして家においておけば、かなり長持ちするような気がします。しかも、それをおうさまのぱぱと一緒に使っているのに。いろいろなものが高い!と感じることが多いですが、ウォン表記の効果で実は案外支出が抑えられているのかもしれません。今月末の家計簿を見て結論を出すことにしましょう。
2004年10月27日
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とても久しぶりの日記です。おうさまに続いて私も夫も風邪を引いてしまい、散々な週末でした。そんなに激烈な症状ではないのですが、起きていると頭痛・吐き気に襲われて、必要最低限の生活がやっとという状態が続きました。おうさまは例のビビッド・カラーな薬が功を奏したのか、幼稚園を1日欠席したのみであいかわらず元気いっぱいの毎日…。親がこんなにぼろぼろでも、子供はお構いなしです(^-^;)。体が弱ると心も弱るものです。発端は不動産業者Cさんからの久々の電話でした。この人については思い返すのも不愉快になるほどの失望の連続で、はっきり言ってもう何も頼むつもりもないし、何も期待していません。いろいろな要望は1ヶ月以上前に出してあるのですが、案の定こちらから連絡しない限りなしのつぶてです。このままもう無関係になりたい、と思っていました。その彼女から1ヶ月以上ぶりに携帯に電話が入ったのです。「ハ~イ、元気?どう、ソウルの生活は?快適?何か問題はある?」「(うわっ、この人か…)It's OK(この場合の「OK」は、思い切り不満のニュアンスを含むはずなのだけど)。前に何度も話した、例の床の問題があるけどね。あとオンドルも問題があるし。」「そう、オンドルはきっとあなたが使い方がわかってないのね。(注:これ以上にシンプルな装置はないというほどの簡単な操作法なんだけど)。Maybeいつか誰かをそこに行かせて、チェックさせるわね(注:絶対にありえない)。ところで、管理費の請求書は来ました?」「昨日9月分が来ましたよ。」「8月分は?実はアパートのオーナーから連絡が来て、8月分の管理費を立て替えているから、早くお金を返して欲しいって言っているんです。」「8月分は1ヶ月くらい前に来て、とっくの昔に払いましたよ。」「そう?請求書には何て書いてありましたか?ちゃんとxxx号室って書いてあった?きっと別の部屋のを払ってしまったんですね。次からはちゃんと部屋番号を確かめてから払ってくださいね。」「夫の所に領収書があるから、確認してみます。」「そう?オーナーはお金を待っているから、早くしてくださいね。」違う部屋のを払ったんでしょうと決め付けられた辺りから、ふつふつと体の芯に怒りがこみ上げてきました。100%の確信はなかったけれど、普通はそんな間違いはしないはずです。怒りのあまり震える声で夫の会社に電話しました。領収証にはちゃんと我が家の部屋番号が書いてあるとのこと。領収証をCさんの会社にファックスで送ってくれるように頼み、しばらくするとまたCさんから電話がかかってきました。「管理室の人が間違って請求書をオーナーとあなた達両方に送ってしまったみたいです。8月分はオーナーとあなた達で折半して、半額ずつの請求書を送るように言ってあったんですけどね。」いったい誰がいつの間にそんなことを決めたんでしょう。契約は8月22日からだったんだから、日割りにするべきなんじゃないんかい?「管理人の人が来週辺りお金を返すそうですから。それではまた~。」そう軽やかに言い放って、Cさんは電話を切りました。すっかり不機嫌になってしまった私は、おうさまのぱぱの会社の近くで夕食を食べる予定をキャンセルして、余計なことをしては私をいらいらさせるおうさまを引きずって家に帰りました。家に帰ってからもいらいらが治まらず、なんとなく熱まで出てきたようです。寝床に入ってからも、アメリカ時代に被った理不尽なことなどいろいろな不愉快なことを次々に思い出してしまい、やがて怒りは深い深い憂鬱へと移行していきました。いったい私は何をやっているんだろう…。こんなつまらないことで心を消耗させて…。日本はよかったな、なにもかもきちんとしていて。これから私は一生訳のわからない外国で生きていかなくてはならないのか…きっとこういうことはこまめに文句を言って改善していくべきなのでしょう。私も最初は自分なりに根気良く苦情を言ったつもりです。だけどある時からなんだか諦めた方が精神的にラクかなと思い始めました。そう、「諦める」ことはアメリカに住んでいた時に学んだ一番の解決法だったのでした。久しぶりの日記がこんなにぐちだらけになってしまいました。次回はもっと楽しい事を書くことにしましょう。実際おもしろい事もいっぱいあるんだし。いろいろネタが貯まっているんですよ(^-^)。新潟中越地方の地震は、本当にびっくりしました。被害にあわれた方には、心からお見舞い申し上げます。私の友人で中越に住んでいる人がいるのですが、皆さん怪我がなく無事だということでほっとしています。だけど、地震への恐怖の気持ちが強く残っていて、家の中の地震に遭った場所に行くと、ぐらぐらゆれているような錯覚を起こすのだそうです。中越地方には何度か行ったことがあるけれど、お米のおいしさはもちろん、山も川も海も美しい、とても風情のある地域でした。あの美しい場所が大自然の力で破壊されてしまったのかと思うと、心が痛みます。余震も続いているようですし、不安で不自由な生活を送っておられることでしょう。どうか一日も早く安心な日常が戻ってくるように、心からお祈りしています。
2004年10月26日
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昨日は無事に病院に行くことができました。午後の診察のせいか、我々の他には一組の患者しかいなくて、しーんとしていました。先生は女性ではなく、結構高齢の男性でしたが、親切に見ていただいてほっとしました。処方箋を渡され、薬局へ。ドアを開けると、嗅いだことのないような、漢方薬(韓薬?)のような不思議なにおいがしました。栄養剤か何かの箱が山積みになっています。すごくきれいな英語を話す中年の女性薬剤師さんが応対してくださいました。しばらく待って出てきた薬がこれ。画像ではちょっと色あせて見えていますが、いずれもすごい原色です。これをみたおうさまは大興奮!「これ全部ぼくのくすり?」と目をきらきらさせて尋ねるのです。私から見たら毒々しい色でも、彼にとってはいかにもおいしそうに見えるのでしょう。すぐにでも飲みたい様子でしたが、なんとか家まで我慢させて、さっそく抗生剤のにごった黄色い薬をスプーンで飲ませると「おいしい!!!」と叫びました。スプーンの内側にはラインが入っていて、5ml、4mlと量るようになっています。帰宅したおうさまのぱぱに見せると、「わーっ!」とこちらも大興奮(笑)。ビンにマジックで書いてある薬の名前を読むと、全てアメリカで一般的に処方される薬だとのこと。「韓国人は子供の喜ばせ方を心得ているよね!」と言います。確かに日本でもらっていたシロップ薬よりも飲ませやすいな、と思います。こんな薬になじんでいれば、日本で子供用に処方される薬は、みすぼらしく味も物足りなく感じることでしょう。日本に引越しした韓国人オンマ(ママ)が、「見てよこの薬。こんなのうちの子は飲みたがらないわよ!」なんて写真入で日記にアップしているかもしれません。
2004年10月19日
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ふうっ、やっと日記の更新ができます。週末は自分の時間が全く取れず、夜もくたくたに疲れているので、久しぶりの日記になってしまいました。おまけに今朝起きたらおうさまが鼻血を出していて、声がすごくしゃがれていて咳も少し出ています。同じアパートのLさんの2歳の息子I君も、昨日から具合が悪いらしい。仕方なく今日は幼稚園を休ませ、私の韓国語レッスンもキャンセルしました。せっかく月曜日を楽しみにしていたのに…。おうさまはとにかく元気が有り余っている子供で、昼寝をほとんどしたことがないのです。むりやりにさせることは不可能ではないけれど、それはそれはすさまじい戦いの後、うまくいけばやっと寝てくれる、という感じです。今日は午後3時に丘を降りた所にある病院に予約をしたので、なんとしても昼寝をさせなくては、と1時間半格闘の末、ようやく寝てくれました。だけどもうすぐ起こして出かけなくてはなりません。初めての韓国の病院、ちょっと不安もあります。情報によると小児科は女医先生で、英語と少しの日本語もお話になるとのこと。それにしても、少しもじっとしていない我が子に手を焼く度に、不思議で仕方がありません。我々は結婚がかなり遅く、おうさまもぴかぴかの高齢出産の結果生まれた子供です。こんなに年老いたくたびれた親からは、もうちょっとくたびれたような子供が生まれてもいいのにな~と思うんです。おうさまは基本的には健康な子供なので、そのことを感謝するべきなんですけどね。
2004年10月18日
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今日はおうさまを迎えに行った後、坂を反対側に下って行き駅の近くの商店街を散策しました。おおっ!こんなにDeepな場所が近くにあったとは、知らなかった~。まさしく地元の人向けの小さな店がずらりと並び、その横道にはさらにさらにDeepな店が果てしなく続いています。一つ一つの店の看板をじ~っと眺め、ハングルを一つ一つ読んで、いったい何の店だろう…と亀のスピードで進んでいく親子連れは、きっと一目で外国人と思われたことでしょう。小さなスーパーがあったので、入ってみました。野菜・果物・日用雑貨、何でも屋さんです。これだけで、590円。高くも安くもない感じです…(-_-;)。右の写真の野菜はきゅうりの隣にあって、値段も70円で安かったので、つい買ってしまいました。いったい何でしょうか?ヘチマのような、ズッキーニのような。もちろん名前もわからないし、いったいどうやって食べればいいのか見当もつきません。お店の人に聞いてみたかったけど、「どうやって食べるんですか?」と質問はできてもその回答を理解する自信がなかったんです。やっぱり聞いてみればよかった、と後悔しているけども。ホテルロッテワールドに泊まっていた時にカルビータンを食べたのですが、カルビータン本体もとてもとてもおいしかったけど、おかずとして付いてきた細切り野菜がすごくおいしかったんです。片側が緑色、もう片側が黄色で、食べたことのない野菜でした。ホテルの人に聞いてみればよかった…とこれも後悔しています。ひょっとしたら、今日買ったこの野菜が、あのおかずの野菜だったのかもしれない…と密かに期待しているのです。明日初めての韓国語のレッスンを受けるので、先生に聞いてみようと思います。
2004年10月14日
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今日は同じアパートのアメリカ人Lさんと一緒に、ロッテワールドの隣の民族博物館に行きました。来月日本から友達が来るので、下見をしたいから一緒に行かない?と誘われていたのです。Lさんのご主人Sさんの会社はおうさまのぱぱの会社よりももう少し気前が良く、韓国赴任後4ヶ月間は専属の運転手をつけてもらえるのだそうです。運転手さんの名前はMr. Kim。私の日記では全ての登場人物はイニシャルで匿名にしていますが、韓国でKimさんといえばまさに匿名にする必要も無いほどの存在数です。7月からこちらに住んでいるLさんたちは、毎日のように「Mr. Kim, 今日はI(2歳の男の子)をどこで遊ばせればいいかしら?」「そうですね、じゃあxxx公園に行ってみましょう。」というふうに、あちこち出かけたそうです。Lさんは、いつも私に「今からコスコに買い物に行くけど、一緒に行く?」というふうに声をかけてくれて、私も「うん、行く行く♪」という感じで、とても親切にしてもらって感謝しています。今日のお出かけも、いつもならMr. Kimに連れて行ってもらうところだけど、今日はご主人の方の用事で出かけているということで、タクシーで行きました。実は昨日もチャムシルにでかけたんだけど、どういうわけか昨日も今日もすごい人出です。小学生・中学生・高校生が団体でロッテワールドや民族博物館に押し寄せています。民族博物館はあまりの人の多さにゆっくりとは見られなかったけど、なかなかおもしろそうでした。またこんどゆっくりと行きたいです。昼食は例のフードプラザでヒレカツ定食を食べました。600円ですごいボリューム!ここは観光客はほとんど来ないようなので、12時過ぎても特に混雑することなく、ゆっくりと食べられます。食事をしながらLさんが、「Mr. Kimが迎えに来れるかどうか聞けばいいんだけど、携帯を忘れちゃった!」「じゃあ、私の携帯でかければ?」「だけど肝心のMr. Kimの番号がわからないのよ。」「ああ、じゃあだめだよね。帰りもタクシーで帰ろう。」ということになりました。ロッテワールドを少し見て、I君の昼寝の時間になるからもう帰ろう、ということで外に直接出られる出口から外に出ました。I君の巨大なベビーカーの荷物をまとめ、タクシーを捕まえるために私が大通りに少し出て通り過ぎる車を眺めていると、「おうさまのままさん!(もちろん実際には私の本名で)」と呼ぶ声が。振り向いてみると、なんとMr. Kimが立っているではありませんか。Lさんも私も声が出ないほどびっくりしてしまいました。だって、ロッテワールドの出口は何箇所かあるし、デパートやショッピングモール、ロッテマートとも直接つながっているので、出口は無数にあるのです。どうしてここでばったり出会うようなことが、起こりうるでしょう?特に迎えに来てもらう約束をしていたわけではないというのに…。やっとショックから立ち直ったLさん、「どうしてここだってわかったの?」「いえ、なんとなく…」「いったいいつから待ってくれていたの?」「えーっと、11時くらいからです。Lさんの携帯に電話したんですが…」「携帯忘れてきちゃって。こんなに待たせちゃって、ごめんなさいね。」「いえいえ、いいんですよ。お会いできて、本当によかったです。」Mr. Kimはとても物静かで、小さい声でソフトにていねいに話す人です。いつもにこやかで、IくんもMr. Kimが大好き。英語と日本語も上手に話せます。だけど今日は、Mr. Kimの底知れない(不可解な)能力を見たようでした。「Mr. Kimって、超能力者かもしれないよね。」「うん、特殊なセンサーが付いているとか。」と本気でうなずきあうLさんと私でした。
2004年10月13日
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牛乳がなくなったので、買い物に行きました。おうさまをスクールバスに乗せた後、てくてくと15分歩いて店まで行きます。それにしても、ソウルがこんなにも丘が多いとは知りませんでした。そういえば、ドラマでも家が坂道の上にあるような場面は見たことがあったけど…。本日買ったのは、これらの物です。これで合計4,440円也。ダイエットコークはどことなく懐かしい250ml入りで、一本55円です。日本の値段に比べたら、かなり安い。それから、名前のわからない青菜はこの量で96円。韓国の人が良く食べるような野菜は、安いわけです。日本と同じ紙パック入りの牛乳は240円。ちと高いかな。この牛乳は「ソウル ウユ(=牛乳)」で、韓国でNO.1のブランドなんだとか。それにしても、「ソウル牛乳」なんて、「東京牛乳」って言っているのと同じなんだから、なんだかあまり食欲をそそらない名前だな~(^-^;)。 ロングライフ牛乳の方は、「メイル ウユ」つまり「毎日牛乳」です。まあ、よくある名前ということで。この店は無料で配達をしてくれるということだったので、試してみることにしました。30,000ウォンの買い物をすればいいとのこと。そんなの楽勝だよね。住所を言うと、よく知っているアパートのようでした。「いつ持ってきてくださいますか?」と聞くと、レジのお姉さんは「アジョシーッ!」と叫び、おじさんと呼ばれて出てきた人は、私よりも明らかに若い体格のいいお兄さんでした。「いつ来てくださいますか?」と聞くと、「チグム、now. Go together.」との返事が。ホントに?ラッキーっ!ホンダフィットのような感じの車に乗り込み、家まで連れて帰ってもらいました。途中で「韓国に来てまだ間もないんです。」と韓国語で話しかけると、「韓国人ですか?」と聞かれた。そんなわけないでしょう。「日本人です。」と答えると、お兄さんいきなり日本語で話し始めて、「横須賀に1年間住んでいたんですよ。」とのこと。ということは、韓国語の話せない韓国人が結構いるっていうことですよね。外国から帰ってきた韓国人とか…。玄関まで荷物を持ってもらって、大満足。このスーパーが一気に大好きになった、おうさまのままなのでした。
2004年10月12日
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おうさまのぱぱはアメリカの企業勤務のサラリーマンですが、今回新しく韓国に事務所を開くに当たり、以前から契約を結んで共同で仕事をしてきた韓国の会社のオフィスに一時的に間借りをしている形になっています。この韓国のエンジニアリング会社、社長はIさんで、いかにも自分で会社を始めた人らしく、気前が良くて人付き合いをとても大切にする方のようです。今ではこの会社は社員20名ほどにまで成長し、我々の歓迎会の時に会いましたが皆さん陽気でエネルギーに満ちた、楽しい人達です。さてこの職場、ランチタイムに驚くべき光景が繰り広げられているのだとおうさまのぱぱから聞きました。11時30分頃になると、事務担当の女性が一人一人に「今日は何が食べたいですか?」と聞いて回ります。みんなそれぞれ「俺はキムチチゲ」「僕はビビンバ」という風に答えます。そして、12時のベルがなると、全員そろってとあるレストランに行くと、奥の方の座席に案内され、そこにはそれぞれが注文したランチが既にテーブルの上に乗っていて、席についてすぐに食べ始める、というのです。以前は普通の職場のように、適当に(でもほとんどの場合みんなそろって)出かけて、お昼時ですからそれなりに待たされたり店をいろいろ回ったり、ということがあったそうです。だけどある時からIさんが事前に話をつけて、このように待つこともメニューから迷いつつ選ぶことも無く、実に効率よくランチが食べられる、という段取りになったというのです。この話を始めておうさまのぱぱから聞いた私は、にわかには信じがたく、いくつか質問をしてみました。「いつも同じレストランに行くわけ?」「いいや、毎日日替わりで違うレストランに行くんだよ。だけどどっちにしても毎日韓国料理だけど。」「それじゃあ、それぞれのレストランからメニューを取り寄せてあって、そこから選んでいるの?」「いいや、みんな適当に思いついた料理を言うだけさ。だから、行ってみたらカルビーチゲの代わりに鳥チゲだったり、そういうことはあるけど、別に文句を言うわけでもなく出ているものを適当にみんな食べるんだよ。」「それは、あなたが韓国に来て間もないから、という配慮で一時的にそういうシステムになっているわけ?」「いや、別に僕のためというわけではなくて、これからもずっとそうらしいよ。」「この前は日式(日本料理店)に行ったって言ってたよね?」「うん、だけどみんなが食べているのはやっぱりキムチチゲとかだったよ。」この話を聞いた東京にいる元同僚のKさんは、「それってなんだかうっとうしいよね。たまには一人になりたいとかって思わないの?」と質問しました。「そうなんだよ、だからある日『自分は今日はランチには行かない。一人で後で食べるから。』と言ったんだ。そしたら4人くらいが次々に『大丈夫?』『具合でも悪いの?』と聞きに来て、余計にうっとうしかったから、もうあきらめて毎日一緒に行くことにしたんだよ。」おうさまのぱぱが韓国料理好きでよかった。食べ物にはあまり頓着しないし、なんでも食べる人だから。私だったらとても耐えられないと思う。「たまにはマクドナルドとか、パスタとか食べたいと思わないの?」「それは言ってみたんだけど、『そういうものが食べたかったら、女の子達を誘って行ってね。俺達はそういうの食べたくないから。』と言われた。結局毎日みんなで有無を言わさず韓国料理になるんだけどさ。」ということで、今日も総勢20人、みんなでわいわい楽しくおしゃべりしながらランチに出かけるIさんの会社なのでした。ちなみに食事代は全てIさん持ち。会社の福利厚生費からの支出?なんという太っ腹でしょう。他の韓国の会社でも、同じようなことが起こっているのでしょうか?興味深いものがあります。
2004年10月11日
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午後5時ごろ、おうさまのぱぱの携帯がなりました。同僚の韓国人男性JJさんからで、「今何してるの?」とのこと。「別に何もしてないから、よかったら遊びに来る?」と返事すると、「1時間後に行くから。」ということになりました。JJさんは海外に住んだ経験は無いけれど、英語が堪能でとても優秀な人です。奥さんのHJさんは、女優のキム・ヘスを柔らかい印象にしような、すらりとした超美人。小学校1年生の先生で、英語も上手です。初めて韓国に下見に来たとき、この奥さんにやさしくしてもらった私は、「韓国駐在?行きたくないよぅ~」としり込みしていた気持ちが一気に吹き飛び、あっという間に「行ってもいい」とおうさまのぱぱに返事をしたのでした。11歳、9歳の二人のお嬢ちゃんは、明るくてかわいくて、おうさまのことをとても気に入ってくれています。今までのところJJさん一家が唯一の家族ぐるみでお付き合いしている韓国人なのですが、本当にきちんとしていて、常識のある人たちです。果たしてこの人たちを「典型的な韓国人のタイプ」と思っていいのかどうか、かなーり疑問に思います(笑)。約1時間後にやってきたJJさん一家。「これ、どうぞ」と差し出されたのは、これらの品々です。アメリカでは、新しい住まいに引っ越した後、「ハウスウォーミングパーティ」という、友人達に住まいを披露する目的のパーティを開くことがよくあるそうです。招かれた人は、トイレットペーパーやサランラップなどの日常生活消耗品をもって行き、トイレや物置など家の隅々までくまなく見せてもらって、食事をご馳走になる、というものだとか。韓国にも同じような習慣があるらしく、すでにおうさまのぱぱの職場の人達(全員韓国人)が「行くから」と宣言しているらしい(^-^;)。JJ一家はその第一陣としてこれらの物を持って来たのでした。内容は、ティッシュペーパー、HJさんのお母さんの手作りキムチ、コチュジャン、マッチです。マッチは、「その家に火が絶えることが無いように」という意味だそうです。それにしても、この量のコチュジャンをどうしましょうか?確かに我々の家からコチュジャンが絶えることはなさそうです。
2004年10月10日
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日本を出発して以来、約1ヶ月ぶりに車を運転しました。本来運転は好きなので、引っ越したらすぐに車をゲットするつもりでしたが、想像を絶する韓国の運転態度に気持ちが萎えてしまって、ひたすら地下鉄&タクシーに乗っていました。だけど、とうとう金曜日に我が家にも車が来た(来てしまったという感じ)ので、意を決して運転してみることにしました。「あそこから高速にのって…」と考えただけで、きりきりと胃が痛みます(-_-;)。初めての運転の目的地に選んだのは、「良才(ヤンジェ)花市場。」我が家からは片道約9kmの道のりです。おうさまのぱぱは助手席に、おうさまは後部の子供用座席に乗り込み、いざ出陣。韓国はアメリカと同様に車は右側通行、運転席は車の左側にあります。久しぶりにハンドルを握ったにもかかわらず、そして左ハンドルにもかかわらず、不思議と違和感はありませんでした。「この気楽さはおかしい、もっと緊張するべきなのに…」と意図的に緊張感を高めつつ運転しつづけ、ぐっしょりと汗をかきかきなんとか目的地に着きました。どこに行っても売っていなかった植木鉢や植え込み用の石を買って、大満足。帰りも渋滞で時間はかかったけど、なんとか無事に家に着きました。だけどあまりの緊張のためにくたくたに疲れてしまい、なんと午後5時半に崩れるように寝床に入り、そのまま翌日まで眠ってしまったのでした。
2004年10月09日
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昨日はおうさまのぱぱが電話会議で夜中まで会社にいなくてはならないため、夕方会社の近くのチャムシルまで行って夕食を一緒に食べました。チャムシルはロッテワールドがある町で、我が家からは約12km離れています。私にとってソウルライフを始めた場所でもあり、ロッテホテル、ロッテデパート、ロッテマートとレストラン・ショッピング関係も充実していて、お気に入りの地域です。この辺りに住まいが見つかれば最高に良かったんだけど、物件がないと言われてしまいました。ロッテホテルのすぐ隣に超高層マンションが建設中で、もうちょっとタイミングが違っていればな~と残念です。食事の後、ロッテデパートで初めての韓国食器を買いました。これまでに何度も何度も訪れて、やっと気持ちが固まったわけです。今はまだ引越し荷物が届いていなくて、仮住まいのために持ってきた最小限の食器類で生活しているのですが、マグカップを忘れてきたため、暖かいお茶を飲むのにご飯茶碗で飲んだりしていたのでした(^-^;)。青磁のものと白地に青い韓国柄の2種類のパターンで迷った結果、白い方に決めました。ころっとしていて、かわいいでしょう?一見茶碗蒸しの器のようですが、これがお茶を飲む器なんですって。ふたを取ると、同じ素材の茶漉しがついていて、飲むときには取り外すんだと思います。たぶん(何事にも懐疑的な今日この頃、笑)。お店には同じ模様でいろんな大きさ・形の韓国食器がそろっていて、これから少しずつ買い揃えていきたいです。オープンストックだから、壊れても1枚ずつ買い足せるので便利です。ところで昨日「幻想的」といったソウルの霧ですが、どうもおかしいので警備員の人に聞いてみました。韓国語で何度も練習して、恥ずかしい気持ちをぐっと抑えて話しかけました。普通、外国語をしゃべるのって気恥ずかしいものがあるでしょう?最初に英会話を習い始めた時も、やっぱりすごく恥ずかしくて、発言しようとすると心臓バクバク、顔も真っ赤になったものです。だけどしばらくすると(2年くらいかかった?)恥ずかしい気持ちはいつの間にか消えて、普通の精神状態で話せるようになりました。だから自分は外国語を話す恥ずかしさからは卒業したと思っていたのです。なのに、今回韓国語を始めると、やっぱりとても恥ずかしいんです。ちょっと何かを言おうとすると、うーん、うーんと頭の中でまず考えて、恥ずかしい気持ちを「えいっ」と乗り越えなくてはいけません。いったいこれはなんなんでしょうか?自分でもとても不思議です。とにかく警備員の人に聞いてみました。普段はあいさつだけだけど、話したいことがあるんだから、相手に近づかなくてはなりません。この近づき方が既に自分でもすごく変だと思うんです。日本だったら、ちょっと頭を下げながら「すみませーん」とか言って近づけばいいけど、今の自分は、ただ相手を見つめながらずんずん近づくだけです。当たり前のことがどうすればいいかわからないなんて、変でしょう?私:「オヌルン コンギガ アジュ ヒンデヨ、ムォエヨ?(今日は空気がとても白いですけど、何ですか?)」警備員:「@#$^&*@%^#(*$&、#$*@#$@#!コンヘ、コンヘ!スモッグ!@#$^*#($*#&(#*&$^@*#&!」質問するのはいいけど、答えがばーっと返ってきても何しろわかりません。全身を耳にして、知っている単語が出たら聞き漏らさないように意識を集中します。もちろん、身振りや顔の表情から推測するのも大事。今回はスモッグという言葉がキーワードでした。ではきっと「コンヘ」は公害のことかも。ひえーっ、こんなに深く立ち込めているのに。おじさんは、「雨が降っていないから」というようなことも言っていました。これで全部つじつまが合います。家に帰って調べると、公害はやっぱり「gong-hae」でした。まるでパズルのピースがそろっていくような感覚です(笑)。そして今朝の町の様子がこれ。太陽はさんさんと照って、天気はいいのに。きっと健康に悪いよね。あまり外に出ないようにしなくては。
2004年10月08日
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今朝も4時半に目が覚めてしまいました。まあ寝床に入るのが10時なんだから、睡眠時間としてはちょうどいいはず。今日はおうさまが幼稚園の遠足なので、いつもよりもちょっと多い弁当を準備しました。今朝のソウルはとても良い天気だけど、なんだか霧がかかっていて、なかなかに幻想的な風景です。すっかり盛り下がっているソウルライフを景気づけようと、冬のソナタを再び見ています。今第8話、2回目に見ると1回目には気づかなかったような場面で強烈に心惹かれたりして、何度も何度も繰り返し見たりしています。今朝はミニョンがユジンに初めて告白する場面にしびれてしまい、10回くらい繰り返して見ました。妹に知られたら、「ほんと、しつこいんだから」と言われそう。昔から田村正和が吼える場面が気に入って何度も巻き戻しているうちに妹が怒り出す、というようなことがよくありました。それにしてもDVDは便利ですよね。昔ならいちいちテープを「巻き戻して」見なくてはならなかったけど、DVDをパソコンで見ればクリックひとつで見たかった場面にさっと戻れるんだから。ドラマを見て思うのは、あたりまえだけどあんまり生活感はないな、ということです。実際にはミニョンさんだってアパート(韓国では日本でいうマンションのことを「アパトゥ」と呼びます)の浴室の排水口に向かって文句を言うようなことがあったかもしれない。そう考えると、ちょっと楽しい気分になります。実際に浴室の排水口に向かって吼えているのは私なんだけどね(-_-;)。ちょっと見てやってくださいよ~。一見感じの良い浴室でしょう?実は、この浴室の排水口は、他の床部分よりも高くなっていて、おかげで床にはいつも水が1.5センチほど溜まったままなんです(T▲T)。もちろん不動産業者には何度も何度も苦情を言っていますが、「はい、はい、見に行きますよ」と言うばかりで、何の対応もしてくれません。文句を言うのにもいいかげん疲れてしまって、巨大なスクイージーで毎日水を押しやるしかないかな、とあきらめかけています。更に先日排水口に溜まった髪の毛を取っていて、ついでに金属の部分を取り外そうと引っ張ったら、指先が見事にスパッと切れて血がだらだらと流れてしまいました(ー'`ー;) 。思わず排水口に向かってののしりの声をあげたくなりましたよ。韓国に来て以来、「こんな時four-letter-word(=とても下品な、普通の人は決して口にしないののしり言葉)を叫んだらぴったりなんだけどな」と思うような場面に多数遭遇しています。私の友人には内装のプロが2人いて、一人はデザイン関係、もう一人は内装施工会社を経営している人です。この人たちにこの住まいを見せて、「これはひどいよね~」って言ってもらいたい。く~っ(T-T)。
2004年10月07日
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わが家は丘の上にあるので、おうさまのスクールバスが停まる丘の下まで毎日歩いていかなくてはなりません。下り10分、上り15分、勾配もかなりきつい坂道です。昨日・今日のソウルはとてもいい天気で、空気もひんやり気持ちよく、おそらく一年で一番気候の良い頃なのでしょうか。これが寒くなって雪でも降った日には、いったいどうやって丘を降りれば良いのか、今から不安です。食器洗い機の洗剤がなくなりかけていたので、おうさまをスクールバスに乗せた後、歩いて行ける所にちょっと買い物に行きました。先月コンサルタントの人に連れて行ってもらったスーパーです。韓国で「スーパーマーケット」というと、割と規模の小さい店をさすらしい。輸入品が多くある店だけど、値段がとても高いです。今日買ったものはこれ。牛乳2.3ℓ 3,800W x 2ロングライフ牛乳1ℓ 1,600W冷凍枝豆(日本) 5,000Wパン 2,500W乾燥うどん(韓国)900g 1,600Wピクルス(ドイツ)5,400W食器洗い機洗剤(アメリカ)8,000Wえのきだけ 500Wもやし 1,000Wバナナ 1,690Wレジ袋 50W x 210W≒1円なので、ゼロをひとつ取れば日本円の値段になります。これで合計3,500円の買い物(-_-;)。本日の悲しい買い物は、なんと言っても冷凍枝豆でしょう。大手メーカー製だけど、賞味期限がなんと10月10日。冷凍食品の賞味期限って、どのくらいなんでしょうか?色も茶色っぽくなっているし、500円も出してこれを買ってしまう自分が情けない。牛乳の値段は日本と同じくらいかな。大量のもやしは100円だから、まあまあ。韓国製の干うどんはかなり安い。日本製真空パックの讃岐うどん二玉で690円だったから、やはりいかにローカルな食材を利用できるかがキーポイントなんですね。日本にいる外国人も、ナショナルとかに行って「ひゃ~、高いなあ」とつぶやきつつ自国製の食品を買っているに違いありません。おうさまのぱぱが帰宅して、カスケードの値段を見てOh My Gosh!と叫ぶのが目に浮かびます。
2004年10月05日
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昨日の夜、9泊10日の一時帰国の旅から戻ってきました。夕方5時発の大韓航空で、到着は7時40分くらい、入国審査の列が異様に進まなくて、結局家に戻ってきたのは10時近くでした。疲れた~。日本で買ってきた食料品を冷蔵庫に入れたりいろいろやっているとあっという間に12時に。早く寝なくてはと寝床に入るも、5時半に目が覚めてしまって、まるで一人時差ぼけ状態です。家に帰ってきてからずっと鼻がむずむずして、くしゃみ・鼻水が止まりません。家が「ほこり屋敷」だからに違いない。実は、先月半ばから住み始めたこの住まいは新築なんだけど、とにかく言葉で説明するのが難しいほどに汚いのです(T▲T)。壁という壁は全てきめ細かなおがくずで文字通り覆われています。一生懸命に掃除をしてきたんだけど、まだまだきれいになっていません。韓国に来て一番のストレスの元が、この住まい。清掃業者を何度も入れて掃除している(はず)なのに、この有様です。ちゃんときれいになってから入居すればいいわけだけど、業者にいろいろ苦情も言い、やり直ししてもらい、自分でもホテルから毎日通って掃除したけれど、このままではいつまでたっても入居できないと判断して見切り発車したのですが…。東京で友達にいっぱい会ってすごく元気になっていたんだけど、さっそく憂鬱モードに突入(T-T)。がんばれ~>自分!これから日本で買ってきたマスクをかけて、ちょっくら壁をふきふきします。
2004年10月04日
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午前中はリロケーション・コンサルタントの人に日本やアメリカの食材・雑貨が買える店に連れて行ってもらいました。ラーメンや飲み物、地元の人向けの店には無いような野菜がいろいろ売っています。日本のものは、大体2倍の値段が付いています。高くてもどうしても欲しいものはあるので、その分地元で安く手に入るものをいろいろ試して、家計のバランスをとらなくては。昨日は同じアパートに住むアメリカ人のローレイン(仮名)と一緒に、少し遠い所にある輸入品の店に行きました。懐かしい500ccペットボトル入りの飲み物がいろいろあって、思わず2,500ウォン(≒250円)も出してジャスミン緑茶を買いました。お昼に冷凍していた残り物のチャーハンと一緒に一人で飲んでいると、何の前触れも無く突然涙がこぼれ落ちました。普段は極力触らないように気をつけている心のスイッチに、うっかり触れてしまったような感じでした。外国に住むのは今回が初めてではないし、物事が思い通りに行かないことはわかってはいましたが、こんなに辛いとは思わなかった…。考えてみたら、我々にとって言葉の通じない本当の意味での外国に住むのは初めてです。ただ、こんなに落ち込むのは一時的なことだとわかっているので、もうちょっとがんばってみようと思います。そ・れ・に♪明日から東京に10日間行きます。夫の転勤のために来た韓国ですが、まだビザが整っていなくて、30日間の滞在許可しか持っていないのです。だけど1ヶ月で里帰りできるんだから、ラッキーっ!だから今日は日本の食材がある店に行っても、何も買いませんでした。その代わり、日本で買ってくるものの長い長いリストが出来上がっています(*^-^*)。帰ってくるのは10月3日、その頃には船便で送っている残りの引越し荷物が届くはずなので、楽しみです。当分は毎日片付けの日々が続くことでしょう(-_-;)。
2004年09月23日
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先日ロッテワールドの横にあるロッテマートで買い物をしていて、おうさまがアイスクリームが食べたいと言うので、フードプラザに行きました。ここは気軽なフードコートで、値段も安いです。小腹が空いていた私は、韓国のカレーを食べてみることに。食券売り場で「ソコギカレー(牛肉カレー)を注文、5000ウォン也。カレーのブース(?)で食券を見せ、電光表示で自分の番号が表示されるのを待ちます。出てきたカレーがこれ。 ご飯はなんとチャーハンで、これにピクルス、たくわん、大根キムチ、ポタージュスープ、カレールーのセット。たっぷりのチャーハンにカレールーという、摩訶不思議な組み合わせ。カレールーは色が薄く、粘度もやや低くてほとんど辛味はありません。大振りな玉ねぎ、ジャガイモ、ズッキーニが入っています。チャーハンにカレールーをかけて食べると、これがなかなか乙な味!韓国のカレーはお子様カレーで今ひとつという評判を聞いていたけど、確かに日本のカレーとはかなり違いこそすれ、私的にはかなりおいしかった。ちょっと病み付きになりそうな、不思議な味でした。トレイを返しに行った時、ふとブースの上にある写真を見ると、白ご飯に角切りの野菜がたっぷり入ったカレールーが添えてあるカレーがある。意を決しておばさんに「あれはなんですか?」とたずねると、「ソコギカレーです」との返事が。納得いかないように見えたのでしょう、おばさん更に「ビーフカレー。」と英語で。「だけど私が食べたものとはずいぶん違って見えますが。」と言ってみると、二人のおばさんはしばし話し合った結果、「同じです。」との結論を出しました。確かに、トレイに載っていた全ての食材として考えれば、同じかもしれない。「OK。ありがとう。」とにっこり答えてその場を去ったものの、やっぱり納得できない私なのでした。
2004年09月22日
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日記開始の記入をしてから今日まで約10日間、ネットなしの生活でした(T-T)。9月5日に韓国(ソウル)に来て以来、びっくりするようなネタがいっぱい溜まっているのですが、順次披露していきたいと思います。こちらに来て最初の1週間、物事が全く思うように運ばず、絶望のどん底に突き落とされていたのですが、慣れてきたのか、ちょっとだけ気分が上向きになってきました。韓国語がわからないから、何をするにもコミュニケーションが取りにくいし、何事も時間通り、約束どおりに物事が運ばない。アメリカも相当いい加減な国だと思ったけど、韓国はスケール・レベルが違います。だから、何かが時間通りに届いたり、ちゃんと動いたりしたらそれだけで「おおっ!」と感動もの。今日は夫が注文してくれた事務机の配達と、インターネットの設定に来てもらったのですが、どちらも時間ぴったりに来て、あっという間にちゃんとした仕事をしてくれました。ああ、ありがたや~(T▽T)。
2004年09月21日
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韓国に来て今日で5日目。ずぼらで筆不精な自分にできるかどうか自信はないけど、外国にいるといろいろびっくりするようなことも多いので、簡単な日記で記録に残しておきたいと思います。
2004年09月10日
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