2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全5件 (5件中 1-5件目)
1
2009年2月28日(土)。くもり。 東京日仏学院のR.先生の講義に出席した。 講義は、フランソワーズ・サガン『悲しみよこんにちは』に入っている。今学期の講義で通算第8回目、『悲しみ~』では第3回目だった。 セシルと父親、父親の恋人(女友達?)・エルザとアンヌの合計4名が、カンヌのカジノへ繰り出すあたりからスタートし、最後はベルグソンの著作の話題になった。 …と静かに講義は進んでいたのだが、私は次から次に湧いてくる謎に悩んでいた。 朝方教室に入ってみると、机の上に文字が詰まったA4判の書類が置いてあった。冒頭に「コイケさんとやらへ」と朱書してある。 一見して平穏でないことが察せられたが、内容を読んでみると、2月19日に私がこのブログに掲載した文章を読んだ上での抗議文だった。 私が「講義に対する意見として、的外れのように思えて仕方がない。」と書いたことについて、「あまりにもそちらが「的外れ」ではないですか?」としており、「いずれにしてもすべてのスタートは(中略)仏文授業解説の最後部の一文にあるのでこれの検証をするべきでしょう。それが出来ない又はしたくないのなら、つまらないブログに(そのブログをチェックした私もつまらない人間ですが)、何もわかっていないのに、つまらないコメントは載せないことです。」と指摘してあった。 確かに初めからこの謎の人は、東京日仏学院が発行した講義ガイド中の文章を議論の題材としていたので、当の新たな抗議文で正しい主張をしていると言える。また、私の『O嬢の物語』に関する知識に関して言えば、ほぼ無きに等しいわけであるから、「何もわかっていない」というのも自然な話である。 私は、ここまでは理解できた。ただ、そこから先がなかなか理解できないでいる。 この謎の人は、こう書いている。 「私もたまにですが貴ブログを読んでいました。しかし今回極めてシンプルな疑問提示の根拠(中略)を無視して全内容中部分的にとりあげ、ブログの中で「的外れ」とする事について、あなたの独特の悪意を感じます。よって今後一切あなたのブログには接触しないと宣言しておきます。」 この人はなぜ、ここまで書くのだろうか?そしてなぜ、その書類を印刷し朝早く教室まで配達に来たのだろうか?こうする意図は、何なのだろうか??
2009.02.28
過日、荻窪の杉並区立郷土博物館分館に寄った。 2階で企画展「包装紙のなかの物語 包装紙はお店の顔です」が開催されていた。 三越の包装紙が展示してあった。見慣れた物である。この包装紙には、「華ひらく」というタイトルがあるらしい。 デザインは猪熊弦一郎とのこと。この人が描いた上野駅の壁画「自由」が好きなので、とても興味深く感じたのだが、紙中にある「mitsukoshi」の筆記体の文字を意外な人物が手がけたものだったと知り、驚きが湧き上がった。制作当時、三越宣伝部のグラフィックデザイナーだったその人物は、やなせたかし。 こんなところでも、三越はワンランク上の百貨店じゃないか?と思う。 そう言えば、日本橋の三越本店の屋上にある神社。あそこのご神体は、確か高村光雲が彫ったはずだ。
2009.02.26
先週の土曜日・2009年2月14日。 東京日仏学院のR.先生の講義に出席した。 過日購入したDVDを持参。ポーリーヌ・レアージュやジャンヌ・ド・ベルグの映像が納められている、カナダのドキュメンタリー映画『エロティカ』。マヤ・ガルス監督、1997年。一部分を約5分ほど上映していただいた。先生にも興味を持っていただいたようだ。嬉しかった。 アリーナ・レイエスのインタビューに続いて食肉加工の場面が出てきた。ここで先生が「肉」「肉体」「セクシャリティ」について少し話した。そこで思い出したのが、昔々学校に通っていた頃英語の教材として使われたテネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』。この戯曲の登場人物の男・スタンリーが、肉の入った包み紙を放り投げる場面が、確かあったはずだ。 R.先生もDVDを2本持って来ていた。 一本はドキュメンタリーとドラマが混在した『O嬢の物語』に関する映像作品。これは英語ばかりで私にはほとんど理解できず… もう一本は『悲しみよこんにちは』の映画。ジーン・セバーグが出ている有名なものだ。先生の解説によれば、アメリカ的なリゾートの描き方がおかしいらしい。ジュリエット・グレコがパリのマキシムで歌っているのも、おかしいらしい。私が一人で見ていたら、恐らく絶対に気付かないだろう。 『悲しみよ~』の冒頭で、「KUMI SUGAI」という名前の表示があり、面白く感じた。菅井汲である(作中に出てくるギャラリーでは菅井の絵画が展示されているとのこと)。 この日のミステリー。 教室の机の上に、講義開始前から7枚組の書類が置かれていた。誰かが書いて置いていったらしいのだが、一体誰がそうしたのか、わからない。 書類はPCで作ってプリントアウトしたもので、文字がギッシリと詰め込まれている。 書いた人は、恐らくかなり急いでいたのだろう。全体の構成がとても粗雑な文章だった。ただ『O嬢の物語』と著者、及び作品背景については入念に調べているらしく、そのことには感心した。 何度か読み返してみたが、この人は、R.先生が『O嬢の物語』『悲しみよこんにちは』の2作がフェミニズム史の中でも重要、としていることを疑問視しているようだ。とりわけ、『O嬢の物語』については、著者レアージュとジャン・ポーランとの性癖の産物であり、サド・マゾヒズムの世界での感性なくしては決して理解できないもののはず、としており、その論旨から「作品だけが独立してひとつのmovement(しかし特にフェミニズムのような運動に)影響を与える事が可能か?」「フェミニズムを意識し、それを標榜していたとは無理やりに考えようとしても考えにくくはないか?」と批判的意見を投げかけている。 私は、R.先生の講義を一語一句逃さず聴き取っているわけではない。ただし、『O嬢の物語』が“フェミニズムを意識し標榜していた”、とまでは、触れられていないと感じている。R.先生のこれまでの5回の講義の中で、そこまでの印象が残るものは、少なくとも私には、一つもなかった。講義に対する意見として、的外れのように思えて仕方がない。 では、この7枚組の書類を作成した謎の人。何が目的なのだろう?置かれていた書類の文中に、「私のように長年このSMの哲学を研究しそれに関わる人達との交流を通して論理的にも、実践的にもこの世界と関わってきた人間にしか…」とあるのだが、そのことを声高に発表したかったのだろうか。 ミステリーである。
2009.02.19
今日は休日だったので、六本木の国立新美術館へ行ってみた。「第12回 文化庁メディア芸術祭」を見てきた。 自分の職場は単なる小さい飲み屋なのだが、画像・動画などで面白い仕掛けを見つけると「頑張ればオレのところでも何かできるかも…」と希望が湧いてくるので、こうした展示は好きだ。 この会場内で、「第14回 学生CGコンテスト」の受賞作品の展示も行われていた。 そこで、「Open Reel Ensemble」という強烈なものに出会った。オープンリールのテープでスクラッチをしているのだが、何とそのデッキが4連になっていて、全部がPCで制御できるようになっているというのだ。しかも驚いたことに、i-phoneを使ってリモコン操作ができるというではないか。 これは本当にスゴい!「Open Reel Ensemble」の印象があまりにも強くて、他の展示物のことが頭に入らなくなるくらいだった。
2009.02.04
少々時間の余裕ができたので、しばらくぶりに神経を集中して本を読んだりビデオを見たりした。 ポーリーヌ・レアージュ著 澁澤龍彦訳『O嬢の物語』。 東京日仏学院のBerlol先生の講義で取り上げられているので読んでいるのだが、倒錯した性愛の話がスゴい。日頃エロ話が好きな私も、読みながらちょっと気持ち悪くなってしまうくらいだ。小陰唇にステンレスの環をピアッシングしてみたり、尻に焼印を押してみたり… 高橋伴明監督・宇崎竜堂主演『TATOO〔刺青〕あり』1982年。 職場近くのレンタルビデオ店で借りた。大阪で1979年に起きた三菱銀行人質事件を題材にした映画。 仕事前に少しだけ見るつもりが、途中で止められずに最後まで見てしまった。 題材となった事件が起きた当時、私は小学校3年だった。犯人が現場で射殺された結末はもちろん記憶に鮮やかだが、裸で人質にさせられていた女性が毛布をまとって何人も出てきたことが、今でも強烈な印象として残っている。 もうおなかいっぱい…という感じだ。
2009.02.02
全5件 (5件中 1-5件目)
1


