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誰でも孤独でさみしいはずだ、大多数の人はそうだ、と私は思っている。 とはいえ、さみしくない人というのも、少数だがいる。この部類の人には、2種類あるのではないか。 一方は、さみしさを作らない人。他人と積極的に交わり、孤独を感じる環境に身を置かない人。 もう一方は、さみしさを感じない人。他人と交わらなくても良く、孤独に耐えられる人。 いずれにせよ、孤独とさみしさの陥穽を避けられる人だと思う。 私を含め大多数の人は恐らく、その陥穽を避けたくて努力しても避けられないのだ。 ところで、夏目漱石『こころ』岩波文庫 1989年改版 を読んでいる。 登場人物の「先生」が、こう言っている。 「かつてはその人の膝の前に跪ずいたという記憶が、 今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするので す。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥 ぞけたいと思うのです。私は今より未来の私を我慢す る代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と 独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲 としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないで しょう」 (『こころ』p.40~p.41) 自ずから進んで踏み込んでいく考え方。 尋常ではないが、一理ある、とも思う。
2009.12.31
12月は、シャンパン(あるいはシャンペン、あるいはシャンパーニュ)を飲みたくなるものだ。 昨晩(今朝か)、終業後に職場で本を読んでいた。ヘミングウェイ 大久保康雄訳『日はまた昇る』新潮文庫 1972年改版。これにシャンパンが出てきた。 ドアのところへ行ってみると伯爵がいた。そのうしろに運 転手がシャンペンの籠をかかえていた。 「どこへおかせましょうか?」と伯爵がきいた。 「台所よ」とブレットが言った。 「じゃ、ヘンリー、向こうへおいてきてくれ」と伯爵は言 いつけた。「それから階下へ行って氷を持ってきてくれ」 彼は台所にはいって籠を見まもっていた。「きっとあなた の気に入ると思いますよ」と彼は言った。「近ごろアメリ カでは、あまりいいぶどう酒を味わう機会がありませんが、 これは、そのほうの商売をやっている友人からゆずっても らったんです」 「あなたは、いつもその道の専門家をだれか知っているの ね」とブレットが言った。 「その男はぶどうを栽培しているんですよ。何千エーカー というぶどう園をもっているんです」 「何というお名前?」とブレットがきいた。「ヴーヴ・ク リクォ?」 「いや」と伯爵が言った。「マムズというんです。男爵な んです」 (『日はまた昇る』p.80~p.81) “マムズ”?少々気になったが、恐らく「Mumm マム」のことだろう。 このマム=G.H.マム社は、藤田嗣治と縁が深いそうだ。この社のトップであったルネ・ラルーが藤田と懇意にしており、社屋に隣接する礼拝堂内の絵画制作などを依頼したらしい。 マムのロゼのシャンパンには、藤田の描いた絵の一部が使われているようだ。コルク栓の上に置かれるドーム状の金属板に一輪の薔薇の花があり、それが藤田の筆によるもの、とのことである。 いつか、現品を飲んで確かめてみたいものだ。
2009.12.29
少しは本でも読もう、と思った。自発的にこういう気持ちになることは、珍しい。 何が理由なのかは、わからない。 サン=テグジュペリ 堀口大學訳『人間の土地』新潮文庫 1972年改版 序文の冒頭から、奮っている。 ぼくら人間について、大地が、万巻の書より 多くを教える。 (『人間の土地』p.5) 私は高校生だった。学校の図書館が発行する学内誌に、敬愛する国語の先生が推薦図書としてこの『人間の土地』を挙げていた。当時は、あの先生が読めというなら…という気分で読んでいたと思う。砂漠での体験談が印象に残った程度で、それほど強い興味は持てなかった。 今読んでみると、いろいろ考えさせられる部分が多い。 〈雷雨や、濃霧や、雪などが、ときどききみに 難儀をさせるかもしれないが、そんなとききみ は、自分以前にこれに会った人たちのことを思 い出すのだ、そして自分に言ってきかせるのだ、 他人がやりとげたことは、自分にも必ずできる はずだと〉 (『人間の土地』p.12)
2009.12.28
昨晩の職場でのこと。ちょっとしたDJパーティを開いた。最後に、とお客様が『ロシュフォールの恋人たち』に収録さている曲「Nous voyageons de ville en ville」を流してくださった。とても良い曲である。 映画の中で、男二人が見事な踊りとともに歌っている場面があり、この歌詞について調べていてあることに気付いた。この二人は、DVDの外箱の解説では“旅芸人”となっており、本編の字幕では“イベント屋~バイクやボートでスタントを見せる”とされているが、実際は行商営業マンだ。 カフェの女主人に「Et qu'est-ce que vous faites exactement? で、あなたたちは実際何をしているの?」と尋ねられ、次のような回答をしつつ歌い始める。 Nous voyageons de ville en ville Nous representons des motos Des bicyclettes et des bateaux 私たちは町から町へ旅しています バイクや 自転車と船の代理店業をしています (拙訳) なるほど!映画に出てくるバイクは、CB72とCB450。どちらも本田技研工業の製品で、なぜホンダだけなのか?と少々気になっていたが、彼らはホンダの特約代理店となっているという設定なのだ。 歌詞全体について知るには、こちらが便利な模様。
2009.12.27
ヘネシーのブランデーを頂戴した。最高のクリスマス・プレゼントである。 「EXTRA」のラベルが貼られたかなり古い瓶で、現在の商品ラインナップで「X.O.」に相当するもののようだ。 抜栓に苦労しつつも、中身を少々試してみた。“刺す”印象がある。研ぎ澄まされた刃物のようで、香りも味も鋭い。やはり、うまい。 ヘネシーは、コニャック地方で生産されている。 「実家でコンニャクを栽培していて、秋にはコンニャク掘りを手伝わされました。」と、アルザス出身の方に話したところ、「私、初めてコンニャクと聞いたときにコニャックを想像したんですよね。」と返ってきたことがあった。 私がヘネシーを好きなのは、こんなところにも理由があるのかもしれない。
2009.12.24
飲食店で仕事をしている。 12月は仕事が多い。素晴らしいことだ。しかし忙殺される感がある。 今日は天気が良く陽光が明るい。こんなときに必ず思い出す詩。 「Hotel」 Guillaume Apollinaire Ma chambre a la forme d'une cage, Le soleil passe son bras Par la fenetre. Mais moi qui veux fumer Pour faire des mirages, J'allume au feu du jour Ma cigarette. Je ne veux pas travailler, Je veux fumer. 「ホテル」 ギヨーム・アポリネール(拙訳) 私の部屋は鳥籠のかたち 窓から太陽が腕を伸ばしてくる。 それにしても私はたばこを吸いたい 蜃気楼をつくるために、 私は日光でたばこに火をつけるのだ。 仕事はしたくない、 たばこを吸いたい。 こんなことを書いていないで、仕事をしなくては。
2009.12.19
IFJTにてR.先生の講義。第10回。 全般的に、ボンヤリと講義を聴いていたような感じがする。 R.先生は、終盤あたりの場面を細かく説明してくださったようだが、私の注意は別のことに向かっていたと思う。 フローベールは、40代で『感情教育』を著した。40代で20代あたりの出来事に関する作品を書くという行為について、一人で考えていた。 私自身が、次の誕生日を迎えると40歳になる。今頃になって、20歳前後に学校へ通っていた時分のことを夢で見るケースが増えたように思う。ある時は、卒業後の就職先が決まっているのに必要な単位が取得できず猛烈に焦る夢だったりする。ある時は、とてもつまらない科目を周囲の学生が興味津々で聴講していることに不安を覚える夢だったりする。相当前のことなのに、なぜか夢は異常なまでにリアルだ。この年齢になると、多かれ少なかれ誰でも、過ぎ去った青春時代を意識するようになるのだろうか?と考えた。 また、以下のようなことも考えた。東京方面へ私が出てきたのは、1989年(平成元年)だった。同年に北京の天安門事件、ベルリンの壁崩壊。90年には東西ドイツ統一。91年にはソビエト連邦崩壊、湾岸戦争もこの年だった。華やかだったバブル景気も、その数年で見事に衰えた。今になってみれば、激動の時代だったと思う。その印象が、『感情教育』に描かれる1848年の2月革命の頃に重なってしまう… 知らぬ間に、12:00になっていた。最終回の講義は、終了。 今学期は、出席8回、欠席2回だった。 10年01月09日(土)にスタートする次の冬学期の講義は、Antoine Volodine『 Alto solo 』Les editions de minuit 1991。全5回の予定。
2009.12.12
IFJTにてR.先生の講義。第9回。 この日は第3部の1の一部(Pocket版でp.374~383)を中心に解説が進んだ。 フレデリックが友人のデュサルディエと《知性クラブ le Club de l'Intelligence》へ行く場面である。 クラブというのは、主に政治に関する議論を行う場のようだ。 この《知性クラブ》でも、活発に意見が飛び交っているようなのだが…単に飛び交っているだけで、どこかへ着地する様子もない。あちこちに話題が広がり、現場は混乱するばかりである。 読者の私も、混乱する。 「わたしは、仔牛の頭をもっとひろく普及させ ねばならぬと思う」 みんなは、はっきり聞きとれぬように思って、 黙っていた。 「そうです。仔牛の頭を!」 三百人の笑い声がどっと一度に起こり、天井が ふるえた。おかしさに相好くずしたそういう顔を 見て、コンパンはしりごみした。彼はまた声を荒 くして、 「なんだ?諸君は仔牛の頭を知らないか?」 いよいよ気違い笑い、狂乱のていだ。皆は腹を かかえている。腰掛けの下にころがり落ちたのさ えいた。 (生島訳『感情教育 下』p.109) ―《 Je crois qu'il faudrait donner une plus large extension a la tete de veau. 》 Tous se taisaient, croyant avoir mal entendu. ―《 Oui ! la tete de veau ! 》 Trois cents rires eclaterent d'un seul coup. Le plafond trembla. Devant toutes ces faces bou- leversees par la joie, Compain se reculait. Il reprit d'un ton furieux : ―《 Comment ! vous ne connaissez pas la tete de veau ? 》 Ce fut un paroxysme, un delire. On se pressait les cotes. Quelques-uns meme tombaient par terre, sous les bancs. (『L'Education sentimentale』Pocket p.378) 仔牛の頭??どこがそんなにおかしいのか、さっぱりわからない… R.先生から、ルイ・ブランについて解説があった。『感情教育』の中に登場するわけではないが、この時代を象徴する人物らしい。 次の第10回・12月12日(土)の講義での予定は、特に提示なし。
2009.12.05
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