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記録的な猛暑が続いていた2026年8月はじめ。仕事で訪れた店の青果コーナーの片隅で、ふと眼前の棚に置かれていたマクワウリに似た果物に視線が止まった。「チャメ(韓国産)」と、プライスカードに品名と産地、そして価格が書いてある。「チャメなんて、聞いたことのない名前だな」と思っていたら、プライスカードとは別に添えられたPOPに、果実を横に切った断面らしきイラストと共に説明書きがしてあった。「チャメは韓国では夏定番の果物です。タネもワタも美味しく食べられますよ」。にわかに関心を持った。「夏定番」とあるからには、韓国では日本人がスイカに抱くようなイメージで捉えられている果物なのだろう。しかも、タネもワタも食べられるなんて、ゴミとして出る量も少ないわけだから環境にもいいし、後片付けも楽ちん。何より経済的ではないか。一度、買ってみよう。そう決めた。家に帰り、さっそく食べてみた。見た目と同じく、風味もマクワウリっぽい、というか、マクワウリそのもの。水気が多いせいかあっさりしていて、甘味にクセがなく、香りもさわやか。猛暑日には本当に美味しいだろう。さらに、ぬか漬けにしてもイケるのではないだろうかね。そう言えば、ウリはスイカなどとならんで夏場にはよく食べられていたっけな、、、昭和40年代頃までは。映画「砂の器」にも、加害者を追跡すべく真夏の東北地方に出向いた刑事が、休憩時に汗をタラタラ流しながらウリを食べるシーンが、確か出てきたぞ。きっと、水分を多く含むウリ科の作物の性質上、身体を冷やす作用もあるのだろう。チャメは、日本でもっともっと知られて、販売されていい果物だと思うが、扱っている店舗が今のところ限られているのは、残念なことだ。なお、今回のチャメの件ひとつとっても、商品を宣伝することは大事なんだなあと、あらためて感じる。ネットでの動画であれ、紙のPOPであれ、店頭でのデモンストレーションであれ、時代に関係なく宣伝はマーケティングの流れの中で重んじられなくてはならない。写真はチャメを半分に切ったもの。
2026.09.30
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朝夕はもちろん、まだまだ陽射しがきつい日中にすら、吹きぬける風には秋を感じるようになった、今日この頃。だいぶしのぎやすくなったので、プライベートでの散策もしやすくなってきた。ところが、私は11月まで仕事のスケジュールが詰まっているのと、年毎に現場に立つのが肉体的にキツくなってきていてそのリカバリーに手間取るようになってきているため、オフの日もなかなか外出する気にはなれない。食事の支度や洗濯など、生きるために最低限のことを済ませたあとは、昼飲みのグラスを片手に、大好きな活字にふれながら、ひたすら家の片隅でゴロゴロ。至上のひとときである。さらに、気温が下がったおかけでエアコンをつけなくなったことと関係あるのか、夏のあいだ悩まされた夜中から夜明けにかけての咳喘息が嘘のようにおさまりまった。今更ながら、空気の乾燥はのどに大敵なんである。わけても、喘息の治療につきものの吸入剤がだんだん効かなくなってきていたおりでもあり、本当に助かる。この吸入剤。実は喘息持ちの仕事仲間も服用していけれど、やはり私と同じように次第に効き目が薄れてきたと語る。ん? カラダが薬に慣れてしまった?花粉症や便秘薬や頭痛薬を繰り返しているうち効かなくなったという話はよく効くからね。ともあれ、オフ時のゴロゴロは、老体にとっては新たなるエネルギー再生のもとなのだ。写真は、1番上の孫(13歳)と末っ子の孫(7歳)。
2026.09.28
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3ヶ月ぶりに美容院へ行った。ここには、家が2度引っ越した後も、電車やバスなどを利用して10年近く通い続けている。振り返れば、長年親しんだストレートロングの髪をバッサリ切って24年。リストラをきっかけにそれまでのデスクワークから接客業に転職した結果、実際にお客様の前に立つ前の身支度を簡素化したいことが理由だった(肩にかかる長さの髪は引っ詰め状にくくらないといけなかったのだが、これを毎回するのは率直な話、面倒)。切ってみれば、想像以上に快適。髪の重量が減ったぶん身体も軽くなったように感じられ、フットワークも広がったものだ。以来、ショートヘアはすっかり私に馴染んでいる。ところで、私が若い頃、具体的には20代前半だった1970年代後半から80年代初頭にかけては、女性のショートヘアは、ぶっちゃけ人気のある髪型とは言えなかった。「アクティブ」「さわやか」「若く見える」諸々のプラスイメージ以上に、「男の子みたい」「色気がない」「楽している(ロングよりショートの方がヘアケアの手間がかからないことから)」などのマイナスイメージでとらえる人が多かったのだ。ゆえに、「男性受けしない」との見方もあった。現在ではどうだろう。一般に「女らしい」とされるロングヘアと引けを取らないほど「女らしい」ショートヘアは、珍しくないのではないか。ちょうど、女性の7割ほどまでがスカートではなくパンツを身につけるようになっていても、そのスタイルが必ずしも「マニッシュ」ではなく「フェミニン」なものもたくさんあるように。軽やかで、動いたり、しゃべったり笑ったりふくれたりと、顔の表情を変えるたびにチャーミングな揺れを見せるショートヘア。そこには、女性でしかあらわしえない魅力があり、美しさがある。断じて「男の子みたいで、色気がなくて、手入れに楽をしている」のではないのだ。2020年代のショートヘアは、基本的にフェミニンなのである。要は、似合っていれば、髪の長さなんぞどうでもいいんだよね。あの故ダイアナ妃もショートヘアだったけれど、彼女にとてもよくマッチしていたし、女らしさもじゅうぶんだったことは、万人が認めるところである。写真はダイアナ妃(Wikipedia)。
2026.09.17
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一昨日に書いたブログの記事で「我々デモンストレーターの仕事は基本的には寅さん稼業だ」と書いていて、思い出した。かつて現場でよく見かけた、ある同業者のことである。見た目はサッチーこと野村沙知代をひとまわり、いや、ふたまわり個性的にした(=アクを強くした)感じ。声は、地を這うようなダミ声。しかも、マナーの悪いお客さんには「おっさん、何回も(試食に)来んといてや!」などと、バシッとクギを刺す。このおばちゃん。だが、実に販売が上手なのだ。雰囲気といい、物言いといい、けっこうオシが強いのだが、お客さんは嫌がるどころか、ニコニコと笑いながらカゴに商品を入れる。「うまいこと言わはるよなあ、、、。やから、つい買うてまうねん」。おわかりだろうか。お客さんは商品ではなく、おばちゃんのキャラクターも含めた「口上」にお金を出しているのだ。まさに、寅さんの女版だ。
2026.09.16
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今日は近場で仕事。さて。繰り返しになるけれど、我々の仕事である宣伝販売業は、平安時代からある口上芸がルーツで、それから約400年経った江戸時代にはしっかり確立されていたそうだ。口上芸。現在では啖呵売とも呼ばれるこの商法。ひらたく述べれば、何ということのない商品を、面白おかしい表情やノリのよい身振り手振りも加えたクチのうまさやで客を惹きつけ、いい気分にさせて売る方法で、これは、基本的には現在でいうデモンストレーターの販売方法と同じだわなあ。例えば、先月に担当したK社の焼肉のタレ。ぶっちゃけ、業界No. 1のE社の焼肉のタレと、味といい香りといい量といい値段といい、そう極端には違わないと感じたよ。もちろん原材料の産地やそれらの配合具合は異なるだろうが、そのような事柄を考慮に入れても、両者の間に劇的な差はないのでないか。焼肉のタレばかりではない。醤油や白だしや酢だって、一部の高級品や特殊な素材を使ったものでなく一般のメーカーものなら、少なくとも大衆にはどれも似たり寄ったりだよ。こういう類似の商品を、クチと大袈裟な表情、さらには時に芝居ががったアクションで「時間の流れ」(=リズム)を作り、この商品こそが素晴らしいとお客さんが錯覚するよう仕向ける。お客さんの方も、真実はうすうす知りつつ販売手の口上ワザに半ば感心する形もあって、つい財布を開く。まあ、「男は辛いよ」の寅さんの稼業なんだわな。写真は、その寅さん(写真引用はシネマカフェより)。
2026.09.13
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一昨日、「江戸時代の女性の職業」について書いていた時、ふと想った。「当時に宣伝販売の仕事はなかったのだろうか?」と。ネットや図書館での文献で検索をかけたところ、性別を問わなければ、宣伝販売の仕事ないしそれに似た仕事は、販売業の流れの中としてではあったが、あったようである。大根の行商人が、訪問先で大根をすりおろして味をみてもらったり、酒屋の主人が店先で何種類かの酒を試飲用に用意していたり。街頭での甘酒試飲の記録もある。あと、キセルの掃除屋(当時は羅宇屋と呼ばれた)も、その掃除中に煙が出てピィーと音が鳴る(キセルを掃除する器具の蒸気の関係)のでイヤでも目立って人が集まり、結果として集まった人のうちに「俺のぶんもキレイにしてよ」とキセルを差し出さす人が多いことから、現在でいう実演付きの宣伝販売のような見方をされていたらしい。まあ人間、考えたり想像したりする機能を持っている限りは、その存在を初めて知ったものや普通とはちょっと違うものには、ためらいと同時にそれをより知りたいという欲求があるわけで、とすれば、販売がてら試食試飲やたくみなセリフや身振り手振りによるパフォーマンスは、いつの時代にもあったと思う。なお、商品を知ってもらうための実演をともなわず、いわゆる「クチのうまさ」だけで販売する口上売(啖呵売とも言う。「男はつらいよ」の寅さんの売り方だ)は平安時代には既に成立していたそうだ。宣伝販売はけっこう歴史のある仕事なんである。写真は、国産文化センターに保管されている在りし日の羅宇屋の絵。作画は絵本作家のサイモン・スレーデン。
2026.09.04
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こうまで夏の疲れが厳しいと、オフの日はごろんと横になって読書、と言うのが最高の楽しみ。この夏は、平岩弓枝や北原亞以子などの女性作家が書いた時代小説(舞台はほとんどが江戸時代)をたくさん読んだ。ページをめくっていて驚いたのは、女性の行動が令和のこの時代より遥かに狭かったとされるその時代においてさえ、家外でも女性がよく働いていたこと。女性が就ける職種も多かったのだ。おそらく私も含めて大概の現代人は、江戸時代の女性の職業とくれば、思い起こすのは「農民」「販売(店員、行商人)」「宿屋も含む飲食業(女将や仲居、下働き)」「女中」「遊女」くらいで、せいぜいが特殊技能を要する「産婆」が限度ではないか。実際には、「仕立て業(きものをほどいて縫い直すリフォーム含む)」「洗濯屋」「髪結い」「習い事の師匠」「人宿(現在の人材派遣)」「乳母・子守」「易者」「巫女」「傀儡女(くぐつめ。軽技をしたり歌いながら舞ったりする大道芸人)」「和妻」(現在ならマジシャンと呼ばれるか)「養蚕」「機織り」「湯女(三助の女性版)」など、実に多彩。今に劣らず、昔の女性もハタラキモノだったんだなー。写真は、浮世絵師、喜多川歌麿が江戸時代の女性職人を取り上げた「婦人手業拾ニ工」シリーズの中の一枚。髪結いを描いている。
2026.09.02
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