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私がまだ看護師を目指していたころ。人の役に立つ職業に就きたくて仕方がなかった。人の役に立ちたい、という思いは今も同じだけれど。人の役に立ちたい、と言うか人に感謝されたいのかもしれない。人に感謝されたら…自分に価値を見出せるような気がしていた。でもよく考えたら人の役に立たない職業なんてこの世にはなかなかない。例えば…コンビニのレジ打ちだって立派に人の役に立っている。大学を休学して…これからどうすればいいのかをずっと考えている。自分に何ができるのかわからない。資格もないし経験もない私を雇ってくれる会社はなかなかない。体力もないし時々鬱で動けなくなるし。何がしたいのかも分からない。小さな子どものように「ケーキ屋さんになりたい」なんて言える年齢ではなくなってしまった。人に感謝されなくたって人の役に立てなくたって私はここにいるのに。私の価値って一体何なんだろう?
2005年03月31日
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今度こそ死のうと思った。煙草を一箱買ってきて水に溶かして飲む。それで死ねると聞いたことがある。心療内科のDr.にそれを言うと「もがき苦しむし意識を失うまで時間がかかるよ」と返ってきた。それじゃぁ駄目だ。辛くない死に方がいい。鬱が激しくて買い物に行くのもままならない。食べ物を買うにはお金がかかる。お金がかかる自分が嫌だ。消えてしまえばいい。…そんなこんなでしばらく実家に帰ることになった。とりあえず食費の心配はしなくていい。これからどうなるのかはわからないけれど。
2005年03月30日
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書くことが思いつかないときは無理して書くことを探さずにその日一番嬉しかったことを書くことにしよう。今日の嬉しかったこと。ルーテル教会のHPの過去のBBSを見ていたら(今は北海道に行ってしまった)牧師先生が私宛てに書き込んでくれていた。書き込まれていた日は2月なのに…今日気がついた。急いで私も書き込みをした。嬉しかった。私のことを気にかけてくれていたんだなぁ…。牧師先生元気かなぁ…。
2005年03月29日
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観たい観たいと思っていたのについに観にいけないまま公開が終わってしまった。新海誠(漢字が合っているかは自信がない)さんの作品はYahooの動画のページで見つけて見たことがある。作品がとてもしっかりしていて面白かった。早くDVD化してレンタルしてほしい。
2005年03月28日
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ルーテル教会の牧師先生と会える最後の日だった。お別れの時、一人で泣いてしまった。恥ずかしかった。本当に最後の時、牧師先生と牧師夫人が握手してくれた。帰り道に一人でわんわん泣いた。出会いの意味なんて本当は考えたくない。そんなこと知りたくもないし。でも考えざるをえなかった。少しの間しか一緒に居ることができなかったのにどうして知り合えたのだろう?私がクリスチャンになっていなければ、元、所属教会に不信感を持っていなければルーテル教会に行くことなんてなかっただろう。そして少しでも違うシチュエーションで出会っていれば例えば大学のクラスメイトとして出会ってしまっていたらこんなに慕うこともなかっただろう。でも会えた。そのことを神様に感謝している。牧師先生といつかまた何処かで会えることを、そして今はまだ顔も知らない、出会ってもいない人とのそこから始まる新しいことを信じて私は生きる。それが出会いの意味だと思う。
2005年03月27日
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最近の芸能関係の番組はつまんないと感じることが多くしかも引越しをしてからはTVも見れなくなったので全く芸能関係の情報が入って来なくなっていた。なので知らない事が多い。ホリエモン、ホリエモンと騒がれているのを耳にして「ホリエモンって何?」と思った。ライブドアの社長の事だと分かるまでネプチューンのホリケンの新しいネタか何かだと思っていた。知らないって怖いなぁ、と久々に感じた。
2005年03月26日
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少し前に牧師先生から岡山に連れて行ってもらった時。帰りに焼肉をご馳走してもらった。一人暮らしをしていると…なかなか焼肉とかは食べられない。(私だけ?)財布の中身を気にしてしまうので高い肉は買わないようにしている。それなのに…焼肉…。せっかくおごってくれるというのにあまり肉を食べる事が出来なかった。「僕も昔は教会員の人にいつもご飯を食べさせてもらっていたから…そのお返しみたいなものだよ。あなたが大人になった時にまた誰かにおごってあげてね」と牧師先生は言っていた。それでも私はたくさん食べる事が出来なかった。何故か幼少のころに父から言われた台詞が頭の中でぐるぐる回っていた。「まだ喰うのか?」牧師先生はそんなことを言う人じゃない。でも…笑っている顔の裏でもしかしたらそんなことを思っているかもしれない。先生には嫌われたくない。そんなことを考えていた。一緒に岡山に行けて、食事までおごってもらえて、いろんな話が出来て楽しいはずなのに…何でだろう?楽しくなかった。素直になりたい。人の顔色をうかがわずに人と付き合えるようになりたい。好きな人と一緒にいて疲れるのは悲しいから。
2005年03月25日
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好きな人のこと。私の好きな友人(女性)には男前な人が多い。一緒にいて「かっこいいなぁ」と思える人。でも大学に入って、男前とは違ったタイプの好きな人に会えた。私が勝手に好きなだけで、もしかしたら相手は私のことを友人と思ってないかもしれないけれどもう会うこともないだろうから…いいや。その人は愛知県出身ので、でも方言などはほとんど話さずすごくあかぬけていた。もしも私が誰か男の人を好きになるような事があったとしてもしもその人がライバルなら「絶対にかなわないや」と思わせるような柔らかい雰囲気のお嬢さんで、育ちのよさをぷんぷん漂わせていた。こんな人になりたいなぁ、と思った。でも私は私でしかない。私は私の人生を生きるしかない、と徐々に受け入れることが出来てきた気がする。
2005年03月24日
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手首の傷が消えてくれそうにない。仲のよい友人に「これって目立つ?」って聞くと「そうでもないよ」と答えが返ってくるけれどそれでも他人に傷を見られるのは怖い。これを見てどんな風に思われるのだろう?猫からひっかかれたような傷に果たして見えるのだろうか?献血に行った時は必ずリストバンドをして行く。献血中に手首で血圧を測る機械をされそうになったらヒヤヒヤする。さすがに勝手にリストバンドを外されたりはしないけれど。最近はリストカットはしていない。していたときもTVで報道されていたりするほど深く切ったりしていなかったし。いつか綺麗に傷が治ったらいいなぁ。
2005年03月23日
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引越しました。今までは大学の学生専用のアパートみたいな所に住んでいたので大学に行けなくなってからは肩身が狭くて買い物に行くだけでも「誰かに会うんじゃないか…」とビクビクしてました。でもこれからはそんなこともなく好きな時間に買い物に行けるしうるさくもないから少しだけストレスが減るかもしれません。でもアンテナを持っていないのでTVが写りません(>_
2005年03月22日
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地震があった。とてもたくさん揺れた。23年間の人生の中で地震は2回くらいしか経験がなかったので今回の揺れにはびびってしまった。幸いにして怪我をしたり物が壊れたりはなかった。でも福岡市に住んでいる妹は大変だったらしい。照明、電子レンジ、炊飯器、ガラス戸が壊れたそうだ。
2005年03月21日
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詳しくは書けませんがしばらくネットに接続できる環境ではなくなります。なので更新をお休みします。もしかしたらすぐにプロバイダ契約して最短で13日以内にネット出来るようになるかもしれないし、そうじゃないかもしれません。一ヶ月近く更新できませんが死んだりしてないので安心してください。
2005年03月20日
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半ひきこもり状態だった頃。このままではいけないと思って「何かしなければ…」と焦っていた。働くことを考えて求人雑誌を見たりしてた。私の実家は田舎なので工場とかはほとんどなく、アルバイトするとすればスーパーのレジ打ちか接客しかなかった。求人雑誌にはどれも「元気で明るい人求む!!」と書いてあった。私はその頃はまだ自分が鬱病だと思っていた。当然、元気でも明るくもなかった。働く場所がなかった。働けなかった。元気で明るかったら…働けたのに、と悔しかった。今だって元気でも明るくもない。どれだけ妥協しなくちゃいけないのだろう?本屋さんとか可愛い制服のカフェとかでバイトしてみたい。でも出来ない。求人雑誌にはたくさんの求人が載っている。でも自分に出来ない職ばかりで…悔しい。
2005年03月19日
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ルーテル教会の牧師先生が北海道に行ってしまうまであと少し。牧師先生とちょっと話をした時。これからどういう風に生きていったらいいか分からないというようなことを私が言ったら「そうしろ!!と言うわけではないけれど選択肢はたくさんある。もしも来たいのなら一緒に北海道に来てもいいんだよ」と言われた。そうだよなぁ。私が行きたいのなら何処だっていけるんだよなぁ。でもそんな元気はない。北海道寒いし、雪苦手だし。牧師先生や牧師夫人とまた会えるかなぁ。生きてさえいればまた会えると信じたい。
2005年03月18日
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小さな頃から父から「うるさい」と怒鳴られてきた。今でもそう言われることが怖い。それを意識しているわけではないけれど…私は「声が小さい」と言われる。離人しているときは自分の声の大きさがどの程度のものなのか分からない。だから困る。
2005年03月17日
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解散してしまったけれど、やっぱりLUNASEAが好き。高校4年(自殺未遂で留年したから)の秋の朝、めざましTVを見ていたらLUNASEA解散という記事が目の中に飛び込んできた。あの時の衝撃は今でもはっきりと覚えている。ずっとずっとLUNASEAが心の支えだった。彼らがTVに出たらビデオに撮って何度も何度も見返した。雑誌に載ればそれがどんなに小さな記事でも買って、切り抜きを集めた。そこまで大好きだったのに…解散してしまって辛かった。不幸中の幸いとでも言おうか。その時はファンクラブに入っていたので解散ライブに行く事が出来た。そこでしっかり泣くことができたから最期を見届ける事ができたから解散を受け止めることが出来た。もしも行ってなかったら…本当に解散したのだろうか?と今でもずるずるとひきずっていたかもしれない。でも、もう一度彼らを見たいなぁと思う。今は一応働いているから少しは自由な事ができる。黒ずくめの格好をして金色に髪を染めてライブに行きたかったなぁ。あの頃はそれが夢だった。
2005年03月16日
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以前にも書いたが…大きな声や音が苦手だ。仕事場で一番偉い人は地声がかなり大きい。その人が電話で話していると声が部屋中に響く。その声で何も聞こえなくなるから周りにいる人達の声も必然的に大きくなる。…辛い。心臓がばくばく言う。私は何もしていない。何も悪くない。私が怒られているわけではないのだとずっと自分に言い聞かせている。仕事をしている間中、ずっと。逃げ出したいけれど、こんなことくらいで辞めてしまったらきっと何処に行っても駄目だろう。これは大きな音や声に慣れるための訓練だと思って頑張ろう。
2005年03月15日
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昨日の夜、父から電話がかかってきた。寝てたのに…(ーー;)普段は滅多にこんな言葉使わないけれど、まさに「ウザイ」の一言に尽きる。でも思っていてもそんなこと言えない。言える相手じゃない。嫌々ながら父と話をしていたら…私が母に電話で伝えていたことが全く父に伝わっていないことが分かった。夫婦のことだから私には関係ないけれど、つくづく機能不全だと感じた。大学で「危機理論」を習った。思春期になると誰でも子どもは父親をけむたがるようになる。子どもと父親の意思の疎通が全く出来なかったとしても夫婦の仲がきちんとしていれば 子ども - 母親 - 父親というような具合で関係が断裂することはない…という講義だった。私の家庭では 父 母 祖父 × 娘たち 祖母というような具合だった。とりあえず会話はするけれど本心は誰にも話せなかった。夫婦仲も家族仲もきちんとしていなかったから、子どもである私たちは人の顔色を窺ってばかりいる人間になってしまった。ついでに言うと私の父は子どもだ。感情で振り回す。私が実家にいるのが嫌で嫌で仕方がなかったことに気がついていない。「家を出て欲しくない」と言って泣かれた事さえある。ウザイ。叩かれてきたのに。蹴られてきたのに。今でも大きな音が怖かったり男の人が怖かったりするのが治らないのに。人が信じれなくて困っているのに。どんな人といても見捨てられそうで怖いのに。全部父のせいなのに。実家にいることは私にとってのストレスだった。首周りににきびがあざのように出来て皮膚科に行って薬をもらっても治らなかったのに一人暮らしを始めたら一ヶ月も経たないうちに一つ残らず消えた。もうあの家には戻りたくない。でも時々涙が出る。大学のクラスメイトたちは長期休暇に入ると我先にと実家に帰る。「お母さんに会いたくて泣ける…」とか話す人もいる。私にはそんな故郷はない。今年の正月は一人で過ごした。それでいいと思っている。だって実家に帰っても嫌な思いをするだけだから。でも…どうして帰るところがないのか?と自暴自棄になって泣ける。今日はちょっとどうかしている。つらつらと愚痴ばかり書いてすみません。
2005年03月14日
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ひとりで劇団をされている方目当てで平成教育予備校を見ている。少し前からスピードワゴンのキザな台詞を言うほうが気になっている。小沢さんだっけ…。日光の作用を書きなさい、という問題があった。よく覚えていないから上手く書けないんだけれどひとりさんは「希望」と書いてあった←(爆笑)小沢さんは「愛 (せつなさ)」と答えてた←(笑)今日の家庭科の問題でも笑わせていただいた。ネタ以外でも笑える芸人さんってすごいなぁ。最近はすぐ眠くなってしまうので夜起きていられない。エンタの神様さえ見れない。
2005年03月13日
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私には7年近く文通している人がいる。その人とは一度だけ会ったことがある。もちろん女性で、年上だ。私が境界性人格障害であることも自殺未遂したことも全て手紙で伝えてある。私も相手のいろんな病気のことを知っている。文通相手は更年期障害と鬱だったのだが本人に合った薬が見つかったらしい。今はとても気分がいいそうだ。手紙でもそれは伝わってくる。「本当に境界性人格障害なの?」と手紙で聞かれた。ただの人間不信じゃないの?、と。ショックだった。確かに私は「普通」に見えるらしい。でも調子が悪くなるような出来事がひとたび起こるとたちまち情緒不安定になる。病院の先生から確かに「感情の起伏が激しすぎる。普通の人はそこまで激しくないよ」と言われた。見捨てられ感も強い。ここ1ヶ月はしていないけれど調子が悪くなると手首を切る。人と上手く付き合えなくて死にたくなる。誰かに理解してもらおうとするのは間違いなのだろう。私のことは私にしかわからない。文通相手に何て返事書こうかな…。書けそうにないな。
2005年03月12日
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仕事で帰るのが遅くなってドラえもんが見れなかった。ネットでいろいろ見ていたらどうやら最終回っぽい話だったらしい。今度はいつから放送があるのか知らないけれど次はもう新しい声優さんなのだろう。ネット上では新しい声優さんのキャストが発表されていた。ドラえもんの声の人って誰だろう?「あたしんち」や「忍たま乱太郎」に出てる人らしい。しんべえの妹役の声は思い出す事が出来るけれど、「あたしんち」の川島って誰だろう?ユズヒコの事を好きだった同級生の女の子の事だろうか?どなたかご存知なら教えてください。…それにしてもスネ夫が関智一さんっていうのには驚きだ。どんなスネ夫になるのか想像も出来ない。サザエさんのカツオの声優さんが代わった時、いろいろ言う人がたくさんいた。でも今では誰も以前のカツオの声を覚えていない。世の中ってそういうものだ。新しいドラえもんの放送に最初はいろいろ言う人もいるだろう。誰だって変化は望んでいないから。でもあの世界観を壊しさえしなければ、いいんじゃないかと私は思っている。
2005年03月11日
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今飲んでいる薬では過食になったりしないと言われた。でも…食べる食べる。食べても食べてもお腹がいっぱいにならない。満腹中枢が壊れちゃったのかもしれないと思うくらいだ。お腹がいっぱいってどういう感じなのかがわからない。何かを食べた後でも5分くらい経つとまた何かを口にしている。太るな…。自己管理しないとマジで太る。
2005年03月10日
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離人感がひどい。書こうと思えばたくさんの言葉が出て来るのだけれど…まとまらない。日記にコメントしてくださっているのに上手く返せそうにないです。すいません…。
2005年03月09日
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今年に入って、これからのことをずっと考えていた。大学にはもう戻る気は無い。看護師は自分には無理だ。何箇所かの派遣会社に登録して分かったことは、経験も資格も持たない私に仕事を選ぶ余地はないということ。今はとりあえず事務の仕事をしているけれどこれからのことが不安で仕方がない。いつ「もう来なくていいよ」と言われるのだろうか?果たして少しでも役に立てているのだろうか?電車の中でいつもフリーの求人誌を読んでいる。資格取得についてのことがたくさん載っている。クラスメイトが大学を卒業して看護師になるまであと2年ある。それまでに資格をたくさんとってキャリアを積もう。自分に出来ることを探していこう。
2005年03月08日
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めっきり映画を観る本数が減った。レンタルさえしなくなってしまった。TVで放送される映画も余裕が無くてなかなか見ることが出来ない。ライムワイヤーというソフトで「ハウルの動く城」を見た。少し前にその映画を観た友人曰く「声優してる人の顔が浮かんできて映画に集中できない」そうだったが、私も確かにそう感じた。最近の宮崎映画の良さが分からない。特に何も感じなかった。私の感受性が衰えたせいだろうか…。どうでもいいけれど、ここ2年くらいで見た映画で一番がっかりしたのはジュラシックパーク3だ。1が大好きすぎるくらい好きだったので期待しすぎたのかもしれない。
2005年03月07日
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鏡で自分の顔を見ても不思議な感じがする。私ってこんな顔してたかなぁ、とさえ思う。コレ誰だろう?とも思う。離人感を感じる時間がどんどん増えている気がする。朝、通勤している時に大学のクラスメイトに会ってしまった。しっかり話しかけられてしまった(^_^.)自分が自分でないような気がするのに他人から見るとやっぱり私は私であるようだ。誰か他の人間になりたいなぁ…。
2005年03月06日
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大きな音が苦手だ。大きな声で話す人も苦手だ。大きな音を聞くと心拍数が急に上がる。心臓がばくばく言って…その場から逃げ出したくなる。何故こんな風になってしまうのか自分でも分からない。でもやはり父のことと関係があるのだろう。父は怒ると信じられないくらい大きな音を立ててドアを閉めて外に出て行く人だった。また、大きな声で怒鳴る人だ。 大きな音を聞くと無意識のうちに体が父の怖さを思い出しているのだろうか。こういうことってどうすれば治るのかな?やはり父と向き合うしかないのだろうか。嫌だ…。
2005年03月05日
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あの頃自分がしてしまったことは仕方のないことだった。そう思えるようになったのは、つい最近の事だ。あの頃の私は既に生きるためのエネルギーが尽きていた。もしもあの時、仮に自分で死ぬことを選択していなかったとしても状況はきっと悪い方向に向かっていただろう。すれ違う人全てが自分を見ている気がした。笑い声が聞こえると自分を笑っているのだと信じて疑わなかった。これらの症状が進行して統合失調症になってしまった人を知っている。私は幸いにもそこまで行かなかった。私は死ぬことを選んだ。でも結果として生きることを選んでいたのかもしれない。半年間の入院でとりあえず生きるためのエネルギーは補充できたし。もしもタイムマシンが発明されたら…過去の私の所に行きたい。高校時代の私の所に。そして過去の私に言ってあげたい。「今は辛いかもしれないけれど、死のうとしてるかもしれないけど、結局死に切れずに…生きて23歳にまでなったよ。今はまだ全然知らない人だろうけれど23歳の私には大事な人がたくさんいるよ」と。…でもどんな事を言ってもあの頃の私には届かないだろう。何故なら絶望していたから。一筋の光さえ見えなかったから。私は一応、高校を卒業してしまったからもう高校生に戻る事はできない。でももしも可能なら高校生からやり直してみたい。あの頃の私には出来なかったけれど、今の私なら出来ることがたくさんあるような気がする。
2005年03月04日
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やっぱりいろいろ考えてしまう。朝は気分がいいのに夜になると辛くなる。薬を飲んで早く寝よう。幸いなことに最近はほとんど夢を見ない。
2005年03月03日
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3日前から薬を抜いていた。レバーとプルーンを毎日食べ続けていた。採血したら血液の比重は足りていた。後は針を刺して血液を抜くだけだったのに刺される時に失敗された。ただ痛いだけで一滴も血が出なかった。痛いのはどうでもいいから血が出るところを見たかったのに。たくさんの血液が体から出るところを見たかったのに。書類上は献血できたことになっているのでまた2週間後にお願いしますと言われた。献血後の謝礼の洗剤セットなんていらないし、内出血がどんなに出来たって構わないからとにかく血を抜いて欲しかった。
2005年03月02日
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「自分を好きになれないと人を好きにもなれない」と事あるごとに聞いてきた。最初にこの台詞を聞いたのは高校時代の、まだ元気な時だった。でも意味が良く分からなかった。人から「好きだ」と言われて初めて自分の価値を見出せるんじゃないだろうか、自分を好きになれるんじゃないか、とか思ってた。大学に入って。私よりも年下なのに精神年齢が同じくらいの友人が出来た。その子には、過去に私が自殺未遂したり入院したりしてきた事を話せた。その子がすごく好きだった。(もちろん恋愛の意味ではなく)でも私が自分を好きでないから…たくさんの迷惑をかけることになった。その子が私以外の他の人と仲良くしていると不安になった。いつもいつも同じ人とばかり一緒にいたら新鮮味がなくなって話すことがなくなっちゃうから…そういうことがあったっていいんじゃない、なんて思えなかった。自分に自信がないから、その子が私に愛想を尽かして離れていってしまうんじゃないかと感じた。実際は全然そんなことはなかったのだけれど、私の勝手な思い込みで関係がぎくしゃくしてしまった。一度「もう駄目かな」と思うくらいにまで関係が壊れてしまったけれど何とか回復できた。できればその子とは一生友達でいたいという思いが強かった。友人と対等に、またぎくしゃくすることなく付き合うためには私が自分を認めてあげることが必要なのだとわかった。薬のおかげか現在は気分が落ち着いている。友人とずっと付き合っていきたいから少しずつでも変わっていきたい。
2005年03月01日
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