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昨日、バイト中にやたら足が疲れるなぁと感じた。職場に入って一週間。少しは仕事に慣れてきたはずなのに…午後3時くらいには足がガクガクしていた。めまいまでしたし、ちょっと寒気もしてた。でも、熱がある感じはしなかった。残業があって、夕方7時まで働いた。帰宅して、食事していたら食物が飲み込みにくかった。のどがはれているようだった。何かおかしいなぁと思い、熱を測ってみたら何と8度5分もあった。足が痛かったのはどうやら関節痛だったようだ。のどが痛くて唾液を飲み込むことさえ辛かった。常備薬はない。こんな時だけ神様に祈るのもどうかと思うけれど神様に祈って眠った。今日、朝起きるとのどの痛みは軽減していて熱は7度になっていた。その後も7度で落ち着いている。よかった。私はどうやらのどが弱いらしい。この間ものど風邪を引いて9度まで熱が出た。のどを鍛えるにはどうしたらいいのだろうか。
2005年04月30日
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仕事が忙しい。立ちっぱなしの仕事だから一日の終わりにはクタクタになる。あとは家に帰って寝るだけ。PCを開く余裕さえない。だからたくさんの書き込みがあったのに返事遅れました。書き込みしてくださってる方、返事遅れてごめんなさい。______________電話は好きじゃない。ちょっとだけ電話を取るバイトをしてた私が言うことじゃないけれど。昨日、携帯に電話がかかってきた。私が脱会した教会関係の人だ。脱会した事について文句を言ったりする人じゃない。でも話が長い。話が軽く一時間は超えるので…私はやりたいことが何も出来ない。でも「今は話したくない」なんて言えない。私自身も悩みでいっぱいなのに、人の悩みなんて聞いてる場合じゃないのにただ聞いているだけの自分が嫌になってくる。だから電話終了後は嫌な気分になる。死のうかどうか悩んでいる最中に、彼氏のノロケ話を聞かされたのには凹んだ。自分の思っている事を言えない私が悪いのだけれど。携帯電話ってすごい。番号を指定して着信拒否が出来る。もうあの人からの電話はかかってこない。
2005年04月29日
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聖書の中に放蕩息子のたとえ話がある。クリスチャンになってもう少しで3年になる私は、今までこの話の意味を知らなかった。ただ読んでいるだけだった。所属していた教会の日曜礼拝では聖書の話がほとんどなかった。大学が忙しくて、日曜礼拝と特別な聖会以外は参加できなかったから聖書の意味を理解できずに、ただ読むだけの毎日だった。放蕩息子のたとえ話の意味をついこの間知った。今まで「馬鹿な息子だなぁ」とか「こんな息子を許すなんて優しいお父さんだ」としか思っていなかった箇所なのに、まさか放蕩息子が神様から離れてしまった人のことで優しいお父さんは神様のことだったなんて…。ちょっと考えればすぐ分かる事なのに、今まで気がつかなかった事が悔やまれる。神様は愛だ。私がどんなに身勝手で、神様から離れる生活をしていても私が神様のところに帰ろう、とさえ思えば全てを許してくれるのだ。でも帰れない。もともと所属していた教会では「熱心なクリスチャンでいなければいけない」という無言の圧力があった。毎週必ず日曜礼拝を守らなくてはならないし十分の一献金は必ずしなくてはならない。聖書は毎日十章読まなくてはならない。朝5時に起きて二時間祈りなさい。夜眠る前も二時間祈りなさい。預言をしなさい。精霊のバプテスマを受けなければならない。いろいろ言われた。…辛かった。脱会してルーテル教会の牧師先生と出会って「この人は何て自由に信仰を守っているのだろう」とびっくりした。所属教会では「ハリーポッターは悪霊が働くから駄目」とか「ポケットモンスターは悪魔だから駄目」とかTVゲームは良くないとか言われていた。確かに聖書的に言えばあんまり良くないものではあるかもしれないけれど私はそんなことでがんじがらめになるために神様を信じたのではない。ルーテルの先生はPS2をやっていたし、牧師夫人はハリーポッターを読んでいた。もっと自由になっていいんだ、とわかった。ただ初めて通った教会がそういう所だったから…脱会した今「どうすれば神様に喜ばれるのか」が分からない。無理をすることはないことも、そのままの私で神様の前に出ればいいのも分かっている。でも何でかな?聖書読まなくちゃ、とか祈らなくちゃと強迫観念みたいなものに悩まされてしまう。
2005年04月28日
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私は自暴自棄になるといろんな物を捨てる。それがどんなに大切なものであっても自暴自棄になると捨てたくなる。ごみ袋にそれが入るととても悲しくなるし捨ててしまってからも後悔するのだけれど何故かやめられない。私はぬいぐるみの類が昔から大好きで、実家にいたときは買い集めていた。でも父から「こんなくだらない物買ってどうするんだ?」と言われてから買うことが出来なくなってしまった。大好きな物に囲まれていたら父から怒られそうで…罪悪感を感じるようになってしまった。今までいろんなものを捨ててきた。大事にしていたドラえもんコレクションもこの間捨ててしまった。友人との写真もプリクラも今では数枚しか手元に残っていない。手紙もほとんどない。携帯のメモリーも消去して自分から連絡が取れないようにしてしまうし。このままではいけないと思う。大学に入って2人友人ができたけれど、彼女たちのことは大切にしたい。 変わらなきゃ。「大切な物入れ」を作ろう。今は小さなダンボール箱でもいいから…いつか何処かで素敵な箱を見つけよう。その中に大切な物を入れていこう。唯一残っている数枚のプリクラとか友人がくれた手紙とかぬいぐるみとか牧師先生がくれた葉書や週報を。自暴自棄になったらすぐ捨ててしまいそうだけれど、本当は大切な物を。その箱を、普段は自分の目の届かないタンスの奥のほうにしまおう。もう絶対捨てないんだ。大切だから。
2005年04月27日
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今は体力勝負のバイトをしているけれどやはりデスクワークのような仕事に就きたいと思う。でも何も資格を持っていないし人よりずば抜けて何かが出来るわけでもない。ストレスに弱いし、自分の無能さに悩んですぐに仕事を辞めたくなるし。何か一つの事を窮めて、何かができるようになりたい。私に出来る事ってなんだろう?出来ないことならいくらでも浮かんでくる。飲食店の接客のような不特定多数の人と関わらなくてはならないようなものはできない。自分の重荷になりすぎるほどの責任が伴うようなものも出来ないだろう。今、資格の本を読んでいろいろ調べている。せっかくだから資格取得マニアになろうかな…。その中で何か自分に出来る事を探していこう。
2005年04月26日
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今までは学生専用の寮みたいなアパートに住んでいた。そこには100円で洗濯できる洗濯機がもともと付いていたので入居する際に洗濯機を買わずに住んでいた。3月にそこを引っ越した。新しいアパートでは当然洗濯機は付いていなかったが…なかなか買う気にはなれなかった。お金がないのもあったし。昔の人は洗濯機なんてなくても生活できていたんだ、とか考えて自分でもみ洗いして何とかしのいでいた。でも生地が傷むのが心配だった。洗濯板を買おうか迷っていた。何となく暇だから電気屋に行ってみたら10機(?でいいのかな)限定で洗濯機の安売りをしていた。4.6キロ洗いの全自動洗濯機が何と16800円だった。即購入した。いい買い物が出来て嬉しい。今の洗濯機って…「ふろ水洗濯」なんてコースがついているんだ…。初めて知ったよ。
2005年04月25日
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友人と遊んだ。二人で一日陶器作り体験に参加した。1キロの土で何でも好きなものを作っていい、というものだったので私は麺鉢を作った(つもりだ)。大きめに作ったつもりだけれど陶器は一回り小さくなってしまうらしいのでもしかしたらご飯茶碗ほどになってしまうかもしれない。できあがりが楽しみだ。友人はコーヒーカップを3つ作っていた。とても楽しかった。鬱で「どん底」というわけではなかったけれどテンションが高いわけではなかった。嫌々ながら遊びに行ったわけではない。私だって友達と遊びたい。でも,微妙にテンションが低い時はどうしたらいいのだろう?境界例であることや鬱が出てくることは友人には話せていない。タイミングがない。大学に行けなくなってしまったことで少しはおかしいと感じているかもしれないけれど。話すべきなのかな?そんなことで離れていくような友人ではないけれど出来れば話したくないなぁ。仮に私の調子がおかしくなった時…友人が何も知らなかったならその時がもしも来たら、誤解を受けるだろう。看護師を目指している友人だから病気に関する理解はあるはずだ。彼女と一緒にいて、沈黙があっても気まずくない。安心して黙っていられる。数少ない貴重な友人だから大切にしたい。話をしてどういう反応をとられるのだろうかと考えると少し怖い。
2005年04月24日
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薬をセロクエルからジプレキサに変えて薬に慣れるまで眠気がすごかった。おかげで3回もコンタクトレンズを落とした。私はメニコンの定額制レンズを使用しているので落として失くしたとしても1枚の負担額は5千円で済む。でもさすがに3回も続けて買うのは経済的に苦しかったので1月に3回目を落としたのに今まで新しいのを買っていなかった。今まで、ずっと以前に使っていた、度の合わないレンズをはめていた。日払いのバイトを始めて、やっと今日新しいコンタクトレンズを買いに行けた。良かった。私は高校のときに初めてコンタクトレンズを購入した。その時はすでに河村隆一さんがメニコンZのCMをしていて…私はメニコンのレンズにしたくてたまらなかった。でも行きつけの眼科はメニコンの加盟店ではなかったので泣く泣く他のメーカーのレンズを使っていた。加盟店でレンズを購入すれば店頭に飾ってあるポスターをもらえるかもしれなかったのに。やっと今、メニコンの加盟店が近くにある環境にあってメニコンのレンズを使用しているのに…レンズのCMをしているのは私の想っている人ではない(>_
2005年04月23日
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首を吊ろうとしてた紐が目の前にある。何でこんなにも簡単に死を望んでしまうのだろうか。少しはいろんなことを考えて、辞めようとは思えないのだろうか。冷静になっている今だからこそ考えられるけれど実際にしようとしている最中はそんな場合ではない。死しか見えない。一刻も早く楽になることしか見えない。結果的には死ねなかったから同じなのかもしれないけれど死のうと思ってから実際に実行するまでもう少し冷静になれるようになりたい。
2005年04月22日
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月曜日は鬱々と過ごした。火曜日はたくさん薬を飲んで半分死んでた。水曜はその続き。薬が体に残ったまんまで苦しかった。過喚気症候群で辛かった。首吊ろうと思ったけどやっぱり出来なかった。今日は日払いのバイトに行ってた。苦しいけれど生きてます。
2005年04月21日
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自分の気持ちが自分でもよく分からない。所属したくない、という感情が沸きあがってくる。生活費稼がなきゃ。働かないと家賃払えなくなる。焦燥感でいっぱいになって、たくさん薬飲んで現実逃避するくらいなら働こう。そう思って派遣会社から工場のバイトに入った。自分の働きたい時に働いて、完全日払いだと聞いていた。…それなのに。昨日の朝職場に行ったら「今日からレギュラーとして働いてください」と言われた。職場に入ってまだ二日目なのに。レギュラーになったら月曜から金曜までずっと働かないといけない。病院に行けない。でも「境界性人格障害で通院してます」なんて言いたくない。だから黙ってた。今は体力的にまだ不安がある。水曜日は辛くて体が動かなくなる。だから水曜は休みをもらおうと思ってた。でも駄目になった。しかも仕事は完全立ち仕事。足が痛くてふらふらになる。自分のやりたい仕事ではないから気を抜くと泣きそうになる。「こんなことをするために生きているわけじゃない」って。仕事なんてそんなものなのかもしれないけれど今の精神状態では耐えられそうにない。何かに縛られるのは、何故だろう?とても不安になる。お金がないことの次くらいに。もしも明日動けなくなったら、とか考えると怖い。こんなんじゃいつまでたっても働けない。どうしたらいいんだろう。
2005年04月20日
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たくさんの薬を一気に飲んだ事を医者に言ったら「どんなことがストレスになっているのか紙に書いてきて」と言われた。私の通っている心療内科は個人クリニックで、医者は一人しかいない。公的な病院は土曜は休みだけれど、そこは土曜もやっている。バイトの都合で土曜しか休みが取れない私にはちょうどいい。だがそれは他の人も同様らしく土曜は予約でいっぱいだ。だからゆっくり話をしている暇がない。どんなことがストレスになっているのだろう?自分でも良くわからない。突然焦燥感があらわれて何もなす術がなくて「現実逃避したい。でも方法がない。薬でも飲んで寝よう」と思う。たくさん薬を飲んだ後の何とも表現の仕様がない苦しさには毎回懲りているのにどうしてもやめられない。
2005年04月19日
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私は中学では帰宅部で、高校では文芸部に入っていた。本ばかり読んで、部員で詩や小説を書いて冊子を作成していた。部の中で今でも連絡を取り合っている友人が出来たし、活動する中でそれなりに嫌な事もあったけれど今ではいい思い出だと言うことが出来る。先日ラジオを聴いていた。部活動がテーマだった。パーソナリティは学生時代に柔道をしていたらしく、そのことに関する話があった。「現在の性格の基礎の一部は部活で築かれたような気がする。例えば何十回も腕立て伏せをして{もう駄目だ。出来ない}と限界を感じてもあと五回くらい出来たりする。部活でそういう風に鍛えられてきたから社会人になって{もう駄目だ}と思う事があっても結構平気で乗り切れたりする。そういった意味で部活をやっていて良かったと思います」と。 私は今、自分の忍耐力のなさに悩んでいる。何もしていないときは焦燥感で辛くなるのに、バイトを始めると「こんなことやってていいのかなぁ。私はこの職場で少しは役に立てているのだろうか。給料泥棒だって思われてないかな…」と考えてすぐに辞めたくなる。自分の無能さを常に誰かに責められている気がして怖い。この何ヶ月かで何度職を変えただろう。何度面接に行っただろう。 何処かに私に合った仕事があると信じたい。でも、そんなのあるのかな?私に忍耐力があるのなら…もっと何かが変わっていたのだろうか?今からスポーツを始めたら何か変わるのかな?でもスポーツは苦手だ。中学生の時は一度体育で2を取ったことがあるくらいだ。バレーボールは大の苦手だから仕方がなかったけれどさすがに凹んだなぁ。実技が苦手だからペーパーテストで85点取ったのに…。でも今ではいい思い出だ。
2005年04月18日
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自慢したいわけじゃないけれど私にはたくさんの傷がある。手の甲にも手首にも。初めて自殺を図ったときには本当に死ぬつもりだったから愛用の小型のアーミーナイフで胸を刺した。刃渡りが短いものだったから死ねなかった。どの傷もまだ消えてない。たぶんこれからもずっと消えないだろう。過去の出来事と共に目に見える傷も受け入れなければいけないのだろう。心の傷のほうはどうだろう。少しは治ったのだろうか。過去の出来事をカウンセラーなり医者に話すとき涙がつきものだった。思い出すことさえ辛かった。でも今は普通にしていられる。仕方がなかったことだと思える。時間が薬、というのは本当なのだと最近わかるようになった。年なんて本当はとりたくないけれどこうして少しずつ傷が癒えていくのならそれでもいい気がする。
2005年04月17日
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北海道に行ってしまった、ルーテル教会の牧師先生から葉書が届いた。引っ越しました、という内容の手紙だ。そういう小さな心づかいがとても嬉しい。いつか北海道に遊びに行こう。そのために働いてお金を貯めよう。そう考えたらちょっとは日々のいろんなことを我慢できる気がする。
2005年04月16日
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ついこの間引越しをした。TVが映らなかったので、「このアパートではアンテナを買わないと駄目なんだろう」と思っていた。TVのない生活に耐えられなくなったので、アンテナを買うつもりで電気屋に行った。店員さんによると…TV専用の差込口があるのならチャンネル設定をすれば映る、ということだった。まさか、と思いつつ帰宅。チャンネル設定をしたらエリアコードを入力しただけでTVが映った(>_
2005年04月15日
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献血に行ってきた。今回は血漿の成分献血をした。終了後は献血センターで40分くらい休憩をとってその後は本屋で立ち読みをしていた。献血が終了して一時間近く経ったので「そろそろ包帯を取ってもいいかもなぁ」と思っていたら何となく息苦しくなった。次第に「何となく」では済まされないくらい苦しくなった。汗も出た。その場に座り込んだ。しばらくすると良くなった。これが自転車に乗っているときに起きなくて本当に良かった。
2005年04月14日
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実家を出て、中国地方のアパートに戻ってきた。やっぱり実家に私の居場所はない。いや、もともとなかったのだ。半月弱くらい実家にいた。食費は浮いて助かったけれど辛い事の方が多かった。普通に話をしていていきなり怒鳴る父の声にびびったりするのに疲れた。どういうテンションでいたらあそこまで大きな声が出るのか不思議だ。大きな声は怖い…。他にもいろいろ気疲れしてばかりだった。鬱が激しくて…出来る事ならもうずっと実家に住もうかと思っていた。でもやっぱり駄目みたいだ。新幹線を待っているときに「飛び込み自殺をしようか」と思った。新幹線が徐々に近づいてくるのが見えると心拍数が上がった。でもやっぱり怖くて出来なかった。後片付けをする人に申し訳ないし。明日からまたバイト探しだ。ストレスが少なくて私にも出来る、何かいいものがあるといいんだけれど。
2005年04月13日
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本人は宗教ではない、と言い張るが…私の姉は新興宗教に入っている。70万払ってハンドパワーをわけてもらい、その力で人の痛みや病気を治せるそうだ。また、人生が何でも思い通りにいくらしい。宇宙の創造主の「天主さま」という方の力で。私も何度も勧誘された。対人恐怖症が治るから…とか。だが、それ以前から私はクリスチャンだった。キリスト教では何か他のものをあがめると罪になってしまう。そういうことには厳しい教会に属していたので私は姉から何度もセミナーのようなものに誘われたけれど一切行かなかった。イエス様や父なる神様や精霊様以外は全て良くないもの、すなわち悪霊だと教わってきた。だから私は、姉の信じているものが嫌で嫌でたまらなかった。姉から勧誘されたとき、さんざん悪態をついた。「そんなすごい力があるのなら全国の癌のホスピスに行って、末期癌で苦しんでいる人を治してあげれば?」とか。だって私もそのときはまだ熱心なクリスチャンだったからキリスト教以外は許せなかった。イエス様を信じていない人はみんな地獄行きだって教わっていた。セミナーに行こうと言う姉の話を聞きながら「姉は地獄に行くのか…」と思うと辛かった。何でイエス様以外のものを信じるのか、と許せなかった。__________昨日、母と二人で話をした。姉の信じているモノのセミナーに父と母と姉が参加した時の話をしてくれた。(その宗教の、偉い)先生の前で姉が泣きながら小さな頃のことを話したらしい。(私は全く記憶にないのだけれど)姉がカルタで遊んでいたら父が「うるさい!!」と怒鳴ってカルタを破いたそうだ。…そのことを姉は今でも引きずっていた。___________私もさんざん叩かれてきたし蹴られてきた。水の入った薬缶を頭にぶつけられたことだってあるし、陶器の皿で頭を叩かれたこともある。牛乳瓶で頭を叩かれたこともある。もちろん素手でも、ある。私の小さな頃の記憶は、父からの暴力のことしか覚えていない。楽しいことなんて何一つだって覚えていない。自分が叩かれたことは覚えているけれど、姉が叩かれていたことは覚えていない。姉は長女だったから大切に育てられていたんだろう、とか姉には暴力を振るわないで私にだけ振るっていたなんて、そんなに私のことが可愛くなかったんだろう、とか勝手に思っていた。でも、私の記憶になくても姉も暴力を受けていたのだ。姉もたくさんの傷を抱えていて、天主様を信じる事で救われて楽になっていたのだ。そう思うと…姉がよく分からないものに入ってしまったことを許せるような気がした。
2005年04月12日
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運命なんて自分の努力次第でどうにでもなると信じたい。(~信じている、と書けないのが情けない。)それなのに、それなのに…。この敗北感のようなものは何だろう?やってみたいことならたくさんある。でも、出来ない事のほうが多い。人が怖いから接客は駄目。熱心なクリスチャンだったころは、神様さえ信じていれば対人恐怖症も治ると信じていた。信じていたものを失ってしまったから現在の私には何もない。私には何ができるんだろう?病気になってからいろんなものを諦めてきたけどあとどれくらい諦めなくちゃいけないのだろう?社会に適応できないから働けないから私には価値がないのだろうか?そうじゃないはずなのに。それはわかっているのに「死ぬしかない」と思う。死んでしまえたらどんなに楽だろう。たくさん打たれてきた。でもちっとも打たれ強くなれない。打たれるたびに死にたくなる。私には耐えれないと思う。
2005年04月11日
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以前に人からコミックスの2巻だけを借りて読んだ事がある。なので作品の存在は知っていた。いきなり2巻から読み始めてもストーリーがよく分からなかったのでその時は、はまったりはしなかった。新聞でアニメ放送が始まる事を知って「一話くらいなら見てみよう」と思った。CLAMP作品のいろんなキャラが出てくることは知っていた。「カードキャプターさくら」のさくらちゃんとか小狼くんがメインで登場するのも知っていた。でもまさか声優さんが違うとは思っていなかった。ちょっとショックだった。私は随分前から緒方恵美さんのファンなので雪兎さんの声が緒方さんじゃないのは(ファンとして)悲しかった。でも…雪兎さん役の人の声は割りと好きなタイプの声だったのでひと安心。作品自体の世界観も結構好きな感じだったのではまってしまうかもしれない。
2005年04月10日
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(北海道に行ってしまった)牧師先生からメールが来た。先生とメールをやりとりするのはこれが初めてだ。何て返事を書けばいいのだろう?思ったことを素直に書けばいいのだけれどあまりにも頻繁に書いてうざいと思われて終には返事が来なくなったらどうしよう…ということまで考える自分がいる。これも「見捨てられ感の強さ」なのかもしれないけれど大好きな人から嫌われたくないという思いくらい誰だって持っているはずだ。私はそれが人よりちょっと強いだけだ(たぶん)。メールをくれてありがとう、と明日返事を出そう♪
2005年04月09日
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新しい年になってもう4ヶ月も経つけれど…昨年の紅白の話。紅白って見ていると、自分でもよくわからないのに泣いてしまうことがある。ずっと前の…天童よしみさんの「川の流れのように」でも泣いたし。本当に古いけれどサムシングエルスの「Chance」(だったはず)でも泣いたし。昨年の紅白では誰かがフランク・シナトラの「My Way」を歌っていた。それを聞いて泣いた。聞く限りでは…晩年を迎えた男の人が自分の人生を振り返って「いい人生だった」「何も思い残すことはない」と歌っている曲のようだった。こんな曲を聴いて泣くなんておじさんくさいかもしれないけれど自分の感情はごまかせなかった。紅白を見ながらこの曲を自信を持って歌えるような人生を送りたいなぁと思った。(おじさんくさい (^_^;))私が今よりもずっと年を取ったときにこの曲を聴いて「私もこの歌と同じように人生を送ってこれたなぁ」と思えるようになりたい。高校を留年したことも、自殺未遂したことも、精神科に入院した事も全てを含めて「いい人生だった」と思えるようになりたい。そのためには変えられない過去を受け入れ、変えられる未来を変える努力をしなくちゃ。ずいぶん遅くなってしまったけれどこれが私の今後(今年の?)の目標だ。http://www.xyj.jp/shonan/5seimei/151.html
2005年04月08日
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TVを見ていて…ドラえもんの番組のCMが流れた。新しい声優さんの声でドラえもんが話していた。ちょっと衝撃的だった。可愛らしいドラえもんだと思った。
2005年04月07日
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ちょっと実家に帰っています。自分で想像していたよりは平気です。これからどうなるのかは、これからゆっくり考えたいと思っています。それにしても…一ヶ月弱だったけれどネットができなかったのは痛かった。前まではYahooBBでネットに接続していたのだけれどこれからどうなるのか分からないから気軽にプロバイダ契約出来なくて現在、エッジのカードをPCに差し込んでネットに接続してます。HPを開くのに時間がかかるからかなりイライラしますが(笑)これからはこのHPを更新できます。今までどおり大したことは書けませんが、それでも日々のことを書いていきたいと思っています。私が死んでるんじゃないかと心配してくださってた皆様、ご心配おかけしました。
2005年04月06日
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今、あるキリスト教系の団体が問題になっている。偶然見ていたニュース番組でその団体が「新興宗教」という扱いを受けていてびっくりした。キリスト教なのに「新興宗教」なのか…。私はクリスチャンだ。(ちょっとお休み中)少し前に所属教会を脱退したけれど、私の所属していた教会は今問題になっている団体ではない。(念のため)それはカリスマ派のキリスト教会で、神様に祈ったら病気が治ったり問題の解決が来ると言われていた。私は神様を信じている。イエス様を信じている。ちょっと前までは異常なくらい信仰していたけれど、今は宇宙の全てを創った神様だから病気を治したり問題を解決する事くらいできるよなぁ…といった感じで信じている。何で教会を出たのか?それは「疲れた」から。しかもいろんなことに疲れたから。・私の知らない所で教会のトップの人が他の教会の偉い人と喧嘩をしていて「○○教会の人とは関わっちゃいけない」と言われたりすること・十分の一献金をしないと神様が働いてくれない、と言われること・早天祈祷をしないと神様が働いてくれない、と言われることここには書けないけれど他にもいろんな「疲れること」があった。他の人から見て異常と思えるほど熱心に信仰していた時期はある意味幸せだった。どんなに辛いことがあっても神様が何とかしてくれると思っていた。「この世は天国で幸せに過ごすための準備期間だから一生懸命神様のために働けば天に宝を積めるよ」と言われて本気でそう信じていた。今はすごく辛いけれど死んだら神様のところに行けるんだなぁ…と思うと日々の嫌なことが我慢できた。信じる事ができなくなってからのほうが辛かった。「明日から何を支えに生きていけばいいのだろう?」と途方に暮れた。それでも私は私を辞めないで生きていて興味本位で行ってみたルーテル教会で好きな牧師先生と出会うことが出来た。異常だったあのころの信仰心も今では無駄ではなかったと思っている。
2005年04月05日
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軽い気持ちでラジオ放送にメールを出した。たまほっちという卵型のホッチキスが当たった。嬉しかった。
2005年04月04日
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久々にサザエさんを見た。少しだけTVから離れた生活をしていたから知らなかったけれどワカメちゃんの声優さんが代わっていたのにはびっくりした。今はまだ違和感があるけれど、そのうち慣れるだろう。以前の声優さんの声が老けている…とかそう言う意味ではないけれど新しいワカメちゃんの声は何となく若々しい感じだった。
2005年04月03日
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風北山 修 作詞端田宣彦 作曲―――――――――――――人は誰もただ一人旅に出て人は誰もふるさとを振り返るちょっぴりさびしくて振り返ってもそこにはただ風が吹いているだけ人は誰も 人生につまずいて人は誰も 夢破れ振り返るプラタナスの枯葉舞う冬の道でプラタナスの散る音に振り返る帰っておいでよと振り返ってもそこにはただ風が吹いているだけ人は誰も 恋をした切なさに人は誰も 耐えきれず振り返る*)何かをもとめて振り返ってもそこにはただ風が吹いているだけ振り返らずただ一人一歩ずつ振り返らず泣かないで歩くんだ*)繰り返し――――――――――――――少し前のうたばんで平川地1丁目が歌っていたのを聴いてこの曲を知った。純粋にいい歌だなぁ、と思う。作詞をした北山修さんの本は私の愛読書だ。
2005年04月02日
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楽天のHPをランダムで見てみたりしてる。自分に似たプロフィールの人を探してみたり。自分がこれからどうすればいいのかわからないから誰かに教えてもらいたくて仕方がない。看護学生であることをリタイアした人ってそんなに多くはないだろうけれど0ではないだろう。その人達って何をしてるんだろう?人のことばかり気になる。大学の友人たちはもうすぐ進級する。私はどうしたらいいんだろう?
2005年04月01日
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