2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全30件 (30件中 1-30件目)
1
私がまだ元の教会に所属していた頃、教会員のご夫婦の所で夕飯をご馳走になったことがあります。それはちょうど土用の丑の日で、メニューはうなぎでした。私は奥さんと一緒に夕飯の準備をさせてもらいました。…と言っても特に何も出来ませんでしたが。奥さんは「やっぱり主人には頭の部分をあげよう。お頭付きのほうがいいから」と言ってうなぎの頭の方と、真ん中の方の2切れをご主人さんのお皿に乗せました。一人2切れを食べる事になっていたので。「え?でも頭の付いている部分って食べれる部分が少ないから…真ん中の方がいいんじゃないですか?」と私は言いましたが奥さんは意見を変えることはしませんでした。*私の実家ではうなぎの頭の部分やしっぽの部分を父の皿に乗せることはしませんでした。怒られるからです。実際に激怒された事があります。食べれる部分が少ないから、許せなかったのでしょう。何が原因で怒り出すか見当も付かなかったので…怖い日々を送っていました。*当たり前のことなのかもしれませんが普通の人はそんなことくらいで怒ったり大きな声を出したりはしないということを知りました。ご主人は何も言わずにうなぎを食べていました。ご主人さんがクリスチャンだから…というわけではないのだと思いたいです。
2005年06月30日
コメント(0)
バイトから帰ってきて、TVを見ながら一息ついていた。他に見るものがなかったのでニュースを見ていたらスポーツコーナーがあった。そこで、外国に行っていたバレーボールの加藤陽一選手がJTサンダーズに入部することになったというニュースがあった。JTってことは…機会があれば見に行けるかも(*^。^*)加藤選手は、私が高校一年生の時に全日本入りして大活躍した。それまでバレーに全く興味がなかった私だけれど加藤選手のプレーを見て以来、ファンになった。それくらいすごかった。加藤選手の滞空時間の長さとか、すごいバックアタックを見て「天才って本当にいるんだなぁ」と感心してしまった。海外のプロバレーチームに入ったことを聞いてもう加藤さんをTVで見たりできないことを残念に思った。でも、またVリーグの試合中継で見れると思うと嬉しい。高校時代はLUNASEAとともに加藤さんが心の支えだったから。女子バレーに比べて男子バレーは盛り上がりに欠けるけれど男子も是非頑張って欲しいな。関係ないけれど、ソフトバンクが首位に返り咲き!!←嬉しい(*^_^*)今年こそ、今年こそ優勝して欲しい!!
2005年06月29日
コメント(1)
キリスト教には輪廻転生のような考え方はない。人は生まれ変わったりしない(みたい)。死ねば神様の所で幸せに暮らせる。キリスト教でよかった。私はもう人間に生まれたくない。私は生きていくのが下手な人間だからいつまでたっても上手く生きれないからそしてストレスに強くないから生きるのには向いていない。
2005年06月28日
コメント(0)
昨日の妹からのメールのことが頭の中をぐるぐる回っていた。私だって余裕があるわけではない。先月4万振り込んであげたから…今月も仕送りするのはかなりきつい。バイトの休憩中に職場の人に話を聞いてもらった。「実は…」と妹のことを話すと、その人は「自分で払わせなさい」と言った。私は行ったこともないし、また全く興味もないのだけれどホストクラブって場所に行くと、席に座るだけで何万円も取られるそうだ…(@_@;)何それ?私はそんな場所に行った妹のために働いているわけじゃない。少しでも自分の思う未来に近付くために働いている。機能不全の家庭で育ったために私は人と付き合うことが苦痛で上手く関わる事が出来ない。妹は自分の思うことが言えずに、人の言いなりになってしまうみたい。でも、一人暮らしをしている以上自分のしたことの後始末は自分でとってもらわないと。そこまで私がする必要はないのだ。職場の人に「自分で払わせなさい」と言われたのは、私にとってただの後押しでしかない。そんな場所に行った妹のためになんか最初からお金を送りたくなかった。でも、妹が消費者金融等でお金を借りたりしたらどうしよう?と考えて仕方なく送ろうと思っていた。話を聞いてもらってよかった。お金を送るのはやめよう。
2005年06月27日
コメント(4)
妹からメールがあった。「明日2万円振り込んでくれない?」というものだった。私の妹は福岡市で一人暮らしをしている。専門学校に通っているのだ。彼女は先日、7万円入った財布を落とし、友人の誘いを断れずにホストクラブに行ってしまい18万請求され、今は夜のバイトをしている。メールによると、どうやら夜のバイトを辞めたようだった。詳しい話を聞こうとして電話してもメールしても連絡はなかった。私は今、フルタイムでバイトをしている。給与は週払いなので、とりあえず生活には困っていないが余裕があるわけではない。大学に行けなくなってからは仕送りももらってない。秋に通信制の大学に入学しようかと検討している。学費は自分で出すつもりだから…お金を貯めなくてはならない。他にもいろいろ資格を取りたいからお金が必要だ。慢性的な鬱気味で、時々過呼吸になるから休日もあまり出かけたくない。自分のためにお金を使うことにまだ少し抵抗があるので買い物にもあまり出かけない。息抜きをしていないわけではないけれど妹からのメールを見て何だか馬鹿馬鹿しくなってしまった。福岡市ってそんなに物価が高いのかな?私って何のために働いているんだろう?働き始めて2ヶ月になるのに貯金が全く出来てない。妹には妹の都合があるのだろうけれど、仕送りするのは辛い。先月は4万振り込んであげたしなぁ…。仕送りするのって大変だ。今まで私は当たり前のように親にそれをしてもらっていた。そのありがたみがわかった。どうしようかなぁ…2万…(*_*;
2005年06月26日
コメント(2)
私はバイトに行く時、家から駅の近くのコンビニまで自転車を使う。自転車はコンビニの前に止めて、そこから駅まで歩き、電車に乗る。そのコンビニの前はたくさんの自転車やオートバイが停めてある。本当はそんな所に停めてはいけないのだろうけど…交通費の節約のために自転車を使用している。今日、バイト帰りに「さぁ、自転車に乗って帰ろう!!」と思ったら前輪の空気が完全に抜かれていた。明らかに人的なものだった。朝まで確実にあったはずの金具がなくなっていて(ビニール製のフタではない)タイヤはまるでパンクしたかのようにぺしゃんこだった。それを見てしばらくの間落ち込んだ。押して帰る気力もなかったので公共交通機関を利用して帰宅する事にした。また私の悪い癖で「早く死んじゃいたいなぁ、面倒だなぁ」という思いでいっぱいになりそうになったけれど何とか必死に頑張った。だって私に非はないもの。(路面駐車は悪いけれど)毎日、自転車で帰宅する時に横断歩道の信号が青なのにもかかわらず結構なスピードで横断歩道に入ってくる車に遭遇する。私自身ヒヤッとしたことが何度もある。もしかしたら今日、事故に遭っていたのかもしれない。それを防ぐために神様がこういう形で守ってくれたのだろう。感謝感謝。こういう考え方は馬鹿みたいかもしれないけれど相手を恨んだり自分を責めたりするよりは心のエネルギーを消費しなくて済む。それは疲れてしまう作業でもあるし。神様がいてよかった。感謝感謝。…今回の様な考え方をどのような状況でも出来るようになったらいいなぁ。そうすれば少しは楽になれる気がする。
2005年06月25日
コメント(0)
切っちゃえば(一時的に)楽になれるのに…手元にカミソリがない。もう切るためにはカミソリを買わないと決めた。一応、まだそれを守る事が出来ている。流れていく赤い血のひんやりとした冷たさや傷跡に石鹸がしみる痛さが懐かしい。やっぱり私は病気だ。
2005年06月24日
コメント(0)
私の今の状態はたぶん「休憩が必要」というようなものではないだろう。人間関係には神経質だけれど、もしも誰にも関わらないで(傷つけられないで)生きていけるなら…きっと元気にしていられるだろう。一応、薬を飲まないで生活しているし。人間関係が面倒になってバイトを辞めたくなってずっとアパートにこもっていたくなるけれど決して「今は働くよりも休憩が必要なんだよ」と思うような状態じゃない。今の私にとっては、それは甘え以外の何者でもない。もちろん休憩が必要な人もいるけれど。過去の、高校時代の私には休憩が必要だった。でも、今はそうじゃない。死んでしまえばいいと思うけれど今すぐいなくなればいいと思うけれどそうはいかないから…生きている。歩かなきゃ、前へ。少しでも「自分の思う未来」に近づけるように。
2005年06月23日
コメント(6)
何かがあったわけではないけれど、死にたいと思う。やっぱり私は駄目かもしれない。高校生の頃は死ぬ事が怖くなかった。到死量を上回る薬を飲む事にも、輪を作った紐を首にかける事ももしかしたら静脈を切ってしまうかもしれない場所を刃物で傷つける事も何も怖くなかった。ただ死にたかった。今も死にたい。でもあの頃とは違うみたい。たくさんの薬を飲むのが怖い。たくさんの薬を飲んだ後のあの辛さ。もう経験したくない。首を吊ろうとしても涙が出てきて出来ない。一度、何処かの血管を傷つけてしまったようでまるで噴水のように血が吹き出てしまったことがある。それ以来、手を切るのも怖くなってしまった。あの頃と違って、今の私は絶望してはいないのだろう。でも…「生き辛さ」は何も変わっていない。これから何十年もこの生き辛さを抱えて生きなくちゃいけないのだろうか。そんなこと私にできるのだろうか。早く終末が来て欲しい。早く何もかもが終わって欲しい。
2005年06月22日
コメント(4)
高校時代、友人から初めて言われた気がします。それから後は会う人、会う人にそう言われることが多いです。ただの言い訳なのかもしれませんが23年間こういう風に生きてきたので気を遣わない、という状態がどういうものなのか全く分かりません。誰か教えてください(T_T)
2005年06月21日
コメント(0)
昨年の年末にNHKのあなたのアンコールでも放送されましたが大河ドラマ新選組!の「友の死」という話はとても人気があったようです。新選組を脱走した山南敬助が切腹する話でした。私自身、大泣きしました。でも私にとって少し怖い話でもありました。山南さんが脱走し沖田とともに屋敷に戻り、今夜切腹する、という日のことです。山南さんが身請けした、遊女の明里が屋敷にやって来ます。「(切腹するので)これから行かなくてはならない所があるので、しばらく会えない」と山南さんが言うと明里は「邪魔にならないようにこっそりと付いていくから、連れて行って」と頼みます。山南さんは明里に「わがままを言うな!!」と怒りました。*かなり大きな声でした。それを聞いた時、一瞬びっくりしてしまいました。私は大きな声や怒鳴り声を聞くと頭が真っ白になります。怒られたことにショックを受けてしまいます。それが自分に対する怒りでなくても同様です。それが正当な怒りなのか、八つ当たりなのかも区別がつきません。ただ落ち込んでしまいます。何か自分が「悪い事をしたのだ」と感じてしまいます。誰でも怒られるのは嫌だと思いますが、こんな風に思ってしまうことは辛いです。日常生活だけじゃなくてまさか自分の好きな番組を見ていてしかも堺さんの演技を見てそんな風に感じてしまった自分に悲しくなりました。
2005年06月20日
コメント(0)
その友達と会うのは随分と久しぶりだった。今年の3月から会っていなかったから。やはり私が大学を休学してしまったから…会うのが難しくなってきている。久々の人と会うときはいつも緊張する。話が合わなくなっていたらどうしよう、とか不安になる。でも今回は大丈夫だったので嬉しかった。私は自分のココロの調子が悪くなるといろんな人とのつながりを切りたくなって、独りになりたくなる。でもその友人とのつながりは切りたくない。絶対にずっと友達でいたい。一生付き合いたい。
2005年06月19日
コメント(0)
今月はあんまり残業がなくてドラえもんに間に合う時間帯に帰宅できる。新しい声優さんの声にも違和感がなくなってきてほっとしている。でも残念なのはドラえもんが癒し系じゃなくなったように感じること。私はドラえもんに来て欲しかった。のび太がどんなにいじめられても0点とっても、いたずらしても「大丈夫だよ、のび太くん」と言って側にいてくれるドラえもん。決してのび太を見放さない。そんなドラえもんが大好きだった。でも新しいドラえもんは私の好きなドラえもんとは違う。上手く言えないけれど、違う。TVの中で動いている絵は確かにドラえもんなのに…寂しい。
2005年06月18日
コメント(0)
バイト先に行くとき、駅前に大勢の人が集まっていた。何だろう?と思って見てみたらカープに関する応援?みたいなものだったみたい。新球場建設の問題があるから広島にはところどころに「たる募金」のたるが設置してある。大きなたるがドカンと置いてあって、その中にお金を入れるのだ。広島の人って本当にカープが好きなんだなぁ…。私は北九州の近くの、田舎の出身なのでやっぱりホークスが好きだ。特に小久保選手がジャイアンツに行ってしまってから(何故か?)ホークスを熱心に応援するようになった。去年はせっかく首位だったのに優勝できなくて寂しかった。今年こそはソフトバンクに優勝して欲しい。つい「ソフトバンク」ではなく「ダイエー」と言ってしまいそうになる癖はまだ治っていない。
2005年06月17日
コメント(2)
私がよく言われることは「真面目すぎる」とか「世間慣れしてない感じ」「箱入り娘って感じ」←何だそりゃ?「世間にもまれてなくて、親に愛されて育ったお嬢さんみたい」等など。何でそんなこと言われるんだろう?動作が遅いからかな?その人に私の過去を話すつもりなんて毛頭ないけれど私だって一応苦労して生きてきた。私の手首にも心臓の辺りにも首にも傷がある。結局死ねなかったけど。今すぐどうこうしたいとは思っていないけれど出来れば長生きせずに死にたいと思っている。いろいろ言われることを一つ一つ気にしたりせずに聞き流せるようになりたい。見るからに苦労した人生を歩んでいるような印象を与えるよりはそういう風に見えたほうがいいじゃない。そう思おう。
2005年06月16日
コメント(0)
鏡の中の自分を見て、「これ、誰だろう?」と思う。私のはずなのに私じゃない感じ。でも町を歩いたりしていて偶然知り合いに会ったりすると向こうからきちんと話しかけてくれる。私は私でないような気がするけれど他人からしてみたら私はやっぱり私なんだ。私以外の何者でもないんだ。
2005年06月15日
コメント(0)
最近は音楽を聴くことが少なくなってきている。何となくTVを見て、PCをいじって時間を過ごしてしまう。でも落ち込んでいる時はTVも見たくないしPCを使う気にもなれない。そういうときは音楽を聴く。やっぱり、ゆずの曲っていいなぁ。LUNASEAはとびっきりかっこよくて好きだったけれどゆずは飾り気のないところが好き。安心して聴けるから。「アゲイン2」の~人は誰も癒えない痛みを胸の奥に抱えてる~~時は流れあの日の悲しみでさえちっぽけだったと笑える朝が来る~とか「ユーモラス」を聴くと元気が出る。ゆずは最近ベストアルバムを出した。その中で一曲だけ新曲があるみたい。そのうち精神的な余裕ができたらレンタルしに行こう。MP3プレイヤーが欲しいなぁ。
2005年06月14日
コメント(0)
時々、携帯のメモリーを消去したくなる。その相手と何か嫌なことがあったわけでもないのに無性にメモリーを消したいと思う。彼女には他にもたくさんの友達がいるから別に私がいなくてもいいだろう。何かのキャッチコピーみたいだけれど「一人ひとりが大切な一人」というようなことを他の友達から言われた。友達に「要らない」人なんていない。だから縁を切ったりしちゃいけないよ、と。そういうことを分かりたいと思う。でも感情が付いていかない。メモリーを消しちゃえば楽になれるような気がしている。
2005年06月13日
コメント(2)
毎朝、一番に「ああ、早く死にたいなぁ」と思うことはなくなった。慢性的な鬱状態が少しは回復しているのかもしれない。ふと「もしかしたら何でも出来るのかもしれない」と思うことがある。私がしたいと願えば接客業でも何でも出来るのかもしれない、と。自分が対人恐怖症であることは認識しているのに今の状態であれば、何だって出来るのではないかと思う。でも落ちる時は必ずやって来る。やっぱり怖い。人が怖い。同年代の人が怖い。同年代の人は私を批判するだろう、という恐怖が消えない。私に仕事を教えてくれるおばちゃんは大丈夫なのに…。同年代の誰かを信頼して、そこから少しずつ信頼を広げていくしかないのだけれど上手く話せなくて、ビクビクしてしまううちは無理なのかな…。
2005年06月12日
コメント(0)
広島にやって来て2年と半年になる。九州では放送されていない番組やCMにやっと慣れてきた。でも、未だに慣れないCMがある。それはたぶん作業用品屋さんのCMで…見ていてとても怖い。「何見とんのや?」と男の人。「そのユニフォームは?」とナレーションの人が聞くと「これは○○○○じゃ」と答える。何でなのかよく分からないけれど男の人は喧嘩腰の口調で話をしている。ユニフォームのことを聞いただけなのに何でそんなに口調がきついのだろう?このCMが流れると、急いで他の番組にチャンネルを変える。普段、広島の人と話をしていても何も感じないのだけれどそのCMを見ると「広島弁って怖いなぁ」と思ってしまう。(広島の方、すいません)私の父は、私の理解を超えるようなことで大声を出したりする人だ。何でこんな事でそこまで怒らなくちゃいけないのか?そんなに激怒するようなことなのか?といつも思っていた。きつい口調の人を見ると嫌な気分になるのは間違いなく父が関係している。
2005年06月11日
コメント(0)
今日、DIONの人が来てくれて光インターネットができるようになりました。速度が速くて嬉しいです。これで私の好きな仙台福音教会のインターネット礼拝が聞き放題だ。仙台福音教会のメッセージは愛があるから大好きだ。エッジとは異なりすぐに違うHPに飛べるからネットサーフィンばかりして無駄に時間を過ごしてしまわないように気をつけないと。ネットゲームだけはしないようにしよう。
2005年06月10日
コメント(2)
バイトが忙しくて、自分の日記の更新さえ毎日出来なくなった。ふと気がつくとリンクしていた、あるHPがなくなっていた。いつから登録削除してしまったのだろう?ご本人に何かあったのかな?もうその人と私をつなぐものは何もなくなってしまった。悲しい。
2005年06月09日
コメント(8)
私の周りはたぶん、普通の人の周りにある酸素よりも濃度が薄い。電車に乗る時、息苦しい。ドアが閉まる瞬間に時々パニックになりそうになる。何処にも逃げ場がないから。ちょっと階段を上っただけで息が出来なくなる。それは体力がないせいなんだろうけれどとても苦しい。人と話をしている時に何時息継ぎをすればいいのか分からないときがある。こんな自覚症状が現れる以前は一体どんな風に生活していたのだろう?ちっとも思い出せない。
2005年06月08日
コメント(2)
最近の私の精神状態は比較的安定している。でも…先日の妹のメール(友達の誘いを断れずにホストクラブに行って18万請求されて、そのお金が払えないといったもの)には落ち込んだ。何でそんな所に行ったの?と聞くと「だって、その子すごくワガママで。それに私…言いたいことが言えない性格だから断れなかった」と返ってきた。私も妹も姉も機能不全の家庭で育った。父はほぼアル中で、私たちはいつも「うるさい!!」という理由で叩かれたり蹴らたりしてた。私はいつの頃からか自分の感情が自分でコントロール出来ないようになってしまった。一部の人達からいじめられていた高校時代にはそれが特にひどかった。高校がすごく辛かったから、家に帰ると妹や姉に八つ当たりするしかなかった。そうしないと生きれなかった。そのことを後悔している。私がもう少し器の大きな人間だったら…妹に八つ当たりしなくて済んだのに。自分の小ささに嫌気が差す。私がもう少し大人だったなら…妹は過敏性大腸炎になったりパニック障害になったり登校拒否になったり自殺未遂したりしなくてよかったのではないだろうか。妹を守ってあげられたのではないだろうか。彼女は自分の言いたい事を言える人間になっていたのではないだろうか。 そんな風に考えて自分を責めることが多い。でも…自分の罪を棚に上げて忘れようとしているわけではないけれど必要以上に自分を責めるのはもうやめようと思う。あの時はあれで仕方がなかったのだ。過去はもう変えられないし。妹が経済的に困っている時は出来る限りのことはしているつもりだ。彼女ももうすぐ成人する。私が心理学の本を読んで自分のことを知ったり毎日「灯台の時間」をとって自分の内面を見つめたりして少しでも「生きやすく」なるように努めているように彼女も「何か」が出来るはずなのだ。誘いを断れない等は妹自身の問題なのだ。私が悩むことではない。だから過去のことで自分を責めるのはやめよう。
2005年06月07日
コメント(0)
![]()
私は小学校3年生くらいの頃、NHKで再放送されていた「シャーロックホームズの冒険」が大好きでした。学校から帰ってきて、離れの部屋に行き、いつも一人で見ていました。正直、推理や事件の意味は分かりませんでしたがあの世界観とか、ホームズの動作や頭が良すぎてちょっとカチンとくる話し方が大好きでした。ホームズの変装も楽しみでした。その頃はまだ原作を読んでいなかったのでストーリーは知らなかったし放送を見ていくだけでした。なので、「最後の事件」でホームズがライヘンバッハの滝に落ちて死んでしまった時は大泣きしました。まだTVの中の世界と現実の区別がついていませんでした。ホームズは死んでしまったとばかり思っていたのに次の日に新聞のTV欄を見ると、しっかり「シャーロックホームズの冒険」と書いてあって…どうしてなんだろう?と思いました。「空き家の怪事件」でホームズが生きていたことを知った時は本当に嬉しかったです。時々、NHKで再放送があっていますが未だに全ての話を見れていないことを残念に思っています。いつかDVDを買えたらいいな…。「瀕死の探偵」という話が今のところ一番のお気に入りです。
2005年06月06日
コメント(2)
私は小学生くらいの頃から両親や祖父母に「食い意地が張っている」と言われてきました。小学校高学年以降になると言われなくなりましたが。小さな頃のことなのでよく覚えていませんがたぶん私は食べる事が好きだったのだと思います。小学生の時までは痩せすぎではなく、普通の体型でしたから。でも、食事に関してもいろんなことがありました。例えば知り合いがワンホールのケーキを買ってきてくれたとします。小さかった私はケーキを食べれる事が嬉しくて一つだけフォークとお皿を持っていきました。すると両親や祖父母から「食い意地が張っている。みんなの分も用意せんか!!(しなさい)」と非難されました。まだ自分以外の人の食べ物に気を使える年齢ではなかった気がします。でもいつもそんな風に言われました。他にもあります。*以前にももしかしたら書いたかもしれません。その時、家には父と私と、遊びに来ていたいとこがいました。私は小学校中学年くらいでした。お腹が空いたので冷蔵庫にあったうなぎを食べる事になりました。私はパック入りのうなぎを電子レンジで温め、切ってお皿に並べました。ご飯も3人分用意しました。さあ、食べるぞ!!という時にいとこのお箸が用意されていないことに気がつきました。父はそれ以前に何かを食べていたのでお箸を持っていました。私は自分でお箸を持ってきました。私が「○○ちゃんのお箸がないよ」と父に言うと父は私に一言も言わずに、私の手から箸を取りました。そしていとこにそれを渡し、二人で食べ始めました。私はどうでもいいんだ、という感情でいっぱいになりました。*
2005年06月05日
コメント(0)
引越しをしてから、行きつけの美容院が遠くなってしまった。それ以来髪を切っていなかったのだけれど何とか思い切って新しい美容院に行った。初対面の人と話をするのは私にとってかなりのストレスとなる。でも今回髪を切ってもらった美容師さんは怖くない感じの人だったのでそれほど苦痛ではなかった。次に髪を切るときにもあの美容室に行こうと思う。その後、買い物をしたりした。人がたくさんいたけれど結構気分良く過ごせた。一段落して鞄の中の携帯電話を見たらメールが来ていた。妹からだった。メールの内容が理解できずに電話した。友達の誘いを断れずに、一緒にホストクラブに行ったそうだ。二時間お酒を飲んで18万請求されて…お金が払えないらしい。気分がよかったはずなのに一気に落ち込んだ。何でそんな所に行くのだろう?言葉も出なかった。妹はまだ未成年だからお酒を飲んだりしてはいけないのに。たとえ独りぼっちになったとしても私ならそんな人とは友達にならない。最初から付き合わない。私が一ヶ月バイトして得る収入よりも多い金額をたったの二時間で使ってしまったのか…。お金の事はもう私にはどうしようもない。私だって生活しなくちゃいけないから。専門学校があるから昼間働けない妹はスナックかラウンジで働くと言っていた。そんな所で働くのは良くないとわかっているけれど私には何も出来ないから仕方がない。
2005年06月04日
コメント(0)
最近は残業続きで自宅に帰るのが8時を過ぎる事が多くドラえもんをなかなか見れなかった。声優陣が交代してからまだ3回しか見れていない。新しい声優さんの声にはだいぶ慣れてきたけれど出来杉くんとジャイ子の声を初めて聞いたときも衝撃的だった。出来杉くんは絵もずいぶん変わっていて…別の人みたいだ。ドラミちゃんはどんな声なんだろう?来週は「ドラえもんだらけ」の話がある。オチも全部知っているけれど、好きな話だから楽しみだ。見れるといいな…。
2005年06月03日
コメント(2)
否定的な自己イメージから生まれる”うつ”と”うつ病”には顕著な違いがある。その一つが、後者には必ずと言っていいくらい始まりがあることだ。「八ヶ月ほど前まではいい気分だった」人である。抑うつが劣等感から生じている場合は、もの心ついて以来ずっとその人の性格の一部であることが一般的だ。「23のマンガによる心理カウンセリング -失われた自分を求めて」 エイブラムJツワルスキー きたやまおさむ訳 講談社アルファ文庫 より私の鬱はほぼ間違いなく後者の、劣等感から生じるものだろう。上記の本には否定的自己イメージを改善するには自助グループが有効だと書いてある。でも私の住んでいる地域にはそんなものない。どうすればいいのだろう…。最近、電車に乗ると息が苦しくなる。以前はどんな風に電車に乗っていたのかが思い出せない。
2005年06月02日
コメント(4)
高校時代の頃にバレーボールをTVで見るのが好きでした。私はミーハーなので(^_^.)加藤陽一選手や朝日健太郎選手や西村晃一選手が好きでした。西村晃一選手はバレー選手ですが、身長は(確か)180センチもなかったと思います。アタックなどは全く打てない、ただひたすらレシーブするだけの「リベロ」として全日本に入っていました。(他の選手に比べると)小さな身体で何処までもボールを追いかけていく姿にたくさんの人が心を打たれたと思います。西村さんが写真集でこんなことを言っていました。「”大変”っていう字は”大きく変わる”って書くから大変な時っていうのは自分も”大きく変われるのかな」と。その当時、私は高校4年生で、強い薬を服用しながら何とか高校に通っていました。絶望の底にいた時は病院に入院していました。今思うと、そこから少し這い出た状態が一番苦しかった気がします。「死にたい、死にたい」って言っていても、いつまでも人は同情してくれない。同情してもらったって何も変わらない。自分で何とかしなきゃ。でも…苦しい。そんな時、西村選手の言葉をいつも思い出しました。「大変な時は、自分も大きく変わるんだ…」と。*大きく変われたのかは分かりませんが、何とか私は生きています。
2005年06月01日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1