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派遣会社の人に仕事が辛いと愚痴ってしまうことが多くなった。私はストレスにとても弱いから…少しの事で動揺してしまう。部品を台車に乗せて移動している時に人とぶつかりそうになったりする。私ばかり「ごめんなさい」とか「すいません」を連呼している。ちょっとしたことで「もしかして嫌われているのかも」と考えてしまう。そんな調子で仕事をするのは辛い。でも悩んでいるけれど派遣会社の人にはそんなこと言えない。「嫌われているかもしれない」なんて言えるわけない。私の被害妄想の激しさとか認知のゆがみとかを知られたくない。派遣会社の人に「辛い」とか「雰囲気が怖い」としか言えなかった。いつもは何かのついでに話をするのだけれど今日は…ゆっくり話をしてくれた。私が椅子に座っているのに自分は床にしゃがみこんでちゃんとこっちを見て話をしてくれたから困った。ただでさえ思っていることを上手く言えないのに上目遣いで見られたら困るよ。やっぱり「嫌われているかもしれない」なんて言えなかった。派遣会社の人がその人でなければバイトを辞めるのになぁ。
2005年08月31日
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今日は精神的にとても疲れてしまったので残業をしないで帰宅した(~_~;)好きなTVも特になくて…ずっとPCをいじっていた。福岡ソフトバンクホークスのオフィシャルHPを見ていたら動画で試合中継を見れることを知った。もっと早く知りたかった。今日は私の好きな和田選手が先発だったので7時くらいからずっと試合を見ていた。小さな画面で画像もあまり良くなくて和田選手の顔がよく見えなかったのが悔しい。でも精神エネルギーを充電できた(*^_^*)スポーツニュース以外で久しぶりに動く和田選手を見れてとても嬉しかった。和田選手は残念ながら途中で降板してしまったけれど試合はすごく面白かった。負けるかと思ったよ…。勝って良かった。見て良かった(*^。^*)9回での川崎選手のスリーベースヒットには感動した。毎回中継を見ることは出来ないけれど和田選手が先発の試合はなるべく見ようと思う。これで明日もたぶん頑張れるなぁ。
2005年08月30日
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私は貝印のピンク色のカミソリが大好きだ。あのひんやりとした金属独特の冷たさ。手に持ったときの、これから自分を切るんだなぁとちょっとわくわくする感じ。きっとこういう感覚はおかしいものなのだろう。でももう4ヶ月くらいカミソリを買っていない。リストカット用のカミソリは自宅にはない。不安定になったから手を切るのか、手を切ったから不安定になるのかわからないけれど切った前後は確実に感情の波がコントロールできなくなる。時々たまらなく手を切りたくなるけれど切ってしまったら…またきっと癖になってしまうから我慢している。血が薄いと肌が汚くなってしまうらしいし。カミソリや絆創膏や(隠すために)テーピングを買ったりする代わりにビタミン剤を買うようになった。これも一種の依存なのかもしれないけれどそれでもリストカットよりはいいことだと思っている。
2005年08月29日
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私がバイトでミスをした後に派遣会社の人と職場の偉い人(職長)が話をしているのが見えた。会話の内容は聞こえなかった。もしかして職長は派遣会社の人に「あいつがミスしましたよ。何とかしてください」というような話をしているのかもしれない…とビクビクしてしまった。ミスをした直後に派遣会社の人が放送で呼び出されていたし。仕事終了後に派遣会社の人に「今日ミスしてしまったんですが、職長何か言ってましたか?二人で話をしてましたよね?それに放送で呼び出されていましたよね?」と聞いた。「いや、何も言ってなかったよ。放送も全然関係ないことだったよ。職長とは毎日話するし」と返ってきた。と同時に「その被害妄想の強さは何?」と笑われてしまった(>_
2005年08月28日
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友達に自分がクリスチャンである事を告げると「実家がもともとキリスト教なの?」と聞かれます。でも、私の実家は仏教です。* 祖父や祖母がいるのでこういうことは当たり前なのかもしれませんがすごく高い山の上に祀られている神様や、たくさん石の階段がある山の上に祀られている仏様や、岩と岩の間を鎖を伝いながら降りていって地下に祀られている仏様なんかをお参りするために出かけることが多かったです。そういう場所に行くのは全く楽しくありませんでした。でも「行きたくない」なんて言うことが出来ませんでした。風邪をひいた時にそういう場所の湧き水を飲まされるのも嫌でした。 私が自殺未遂に失敗して、閉鎖病棟生活の中で「生きる」ことについて考えていた時”仏教は私の救いにはならなかった”と思いました。詳しい事はよく分かりませんが、輪廻転生の考えが好きではありません。私が自殺するようなことになったのも、いじめられたのも私が前世で悪い事をしたから。そんなふうに言われても全然気持ちが楽になりませんでした。物心ついたときから仏壇にお参りしていたし、いろんな場所にもお参りに行ったのに…ばかばかしくなりました。 だからキリスト教に出会ったときは涙が出ました。神様は私を愛してくださっているし、イエス様を信じるだけで自殺未遂した私でも天国に行けるんだ。この世界では嫌な事もあるけれど、神様はきちんと守ってくださっているんだ。本当に救われた気がしました。 私は未だに父や祖父や祖母に自分がクリスチャンになったことを話していません。おそらく激怒するでしょう。もしも誰かのお葬式が開かれる事になってお焼香や手を合わせることを求められても断るつもりでいます。*またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、誰が罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。ヨハネによる福音書 9章1節~3節
2005年08月27日
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なるべく愚痴っぽくならないように注意したいです。* 私の父は子どもです。もちろん中身の事です。精神的に子どもなので…付き合っていくのに苦労しました。例えば私が物を失くすと父に探して欲しいなんて頼んでないのに「きちんと管理していないからだ!!」と怒鳴りました。探しもしません。でも父が物を失くすと大変なことになります。家族をあげて探さないと父は怒ります。頑張って探さないと怒ります。そして案外「なぁんだ、こんな所にあったのか」と言うような場所で見つかったりします。でも父はどんな時でもお礼一つ言いませんでした。お礼すら言ってくれない人の手伝いなんてしたくないけれど、探さないと怒るから仕方なく一緒に探していました。 自分の気に入らないことがあると私や母がお風呂に入っているにもかかわらずお風呂場の電気を消したりしました。 私が姉や妹と「つねる」遊びをしていた時の事です。その当時学校で”力を入れないのに、ものすごく痛いつねり方”でつねるのが流行(?)していました。それを妹や姉とやっていました。父は自分も仲間に入りたかったようで輪の中に入ってきました。私が妹や姉にしたように父をつねると父は激怒しました。「そっちがそういう態度を取るのならこっちにも考えがあるからな」と言って別の部屋に行ってしまいました。私は遊びでやっていたので、父の激怒の意味が分かりませんでした。その後、「父には何もしないのが一番だ」と学習しました。 父はTVのある部屋で祖父・祖母と食事をします。私たち4人は別の部屋で食事をします。3人でチャンネルやTVの内容の事で喧嘩をしたりすると父は私たちのところにやって来て文句を言ったりしました。楽しい食事が全然楽しくなくなり、私たちは満腹ではないのに食事をするのをやめたりしました。他にもいろんなことがありましたが、とにかく私の父はそんな感じです。 父に対する恨みの感情は今ではなくなったように思います。でも実家に帰って、父が嬉しそうに話しかけてくると疲れます。そして生活内容はやはり上記と変わっていません。見ていて落ち込みます。だから極力実家には戻らないようにしています。実家に戻ると…父は私が広島に帰る時に駅に見送りに来て泣いたりします。そういうのがとても嫌です。私は父よりも、実家の近くの教会の牧師さんのほうを慕っています。
2005年08月26日
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私は物心ついた時から常に怒られてきたように思います。箸の持ち方が悪いとか(自分は残すくせに)食べ物を残すなとかうるさいとか宿題の日記を書いて、その後遊んでいたら「字が汚い」と呼び戻されて全部書き直しをさせられたりとか物につまづいて牛乳をこぼしてしまったときとかおもちゃつきのお菓子を母に買ってもらい、それが父に見つかってしまったときとか何かにつけて怒鳴られ、叩かれてきました。褒められたことは残念ながら記憶にありません。どうして自己価値観が低いのか、ずっと考えてきました。何か、取り立ててショックな事でもあったのだろうかと過去を振り返ってみました。でも特に何も思い出せませんでした。ものすごくショックなことがあったわけではないけれど日常的に少しずつ痛めつけられてきたので、何が自分にとってショックだったのか分からなくなっているようです。こういうことが私の日常だったので自尊心を持てないのも無理ないかもしれません。でもこれからは変わっていきたいと思っています。
2005年08月25日
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今まではバイトで自動車部品(車の内装品の小さめの物)の包装をやっていたのに最近は違う仕事をやらされるようになった。たくさん棚が並んでいる場所。そこに包装済みで、いろんな種類の部品が置いてある。台車と呼ばれる押し車のようなものを押して行って伝票を頼りに必要な部品を台車に乗せて定められた場所まで持っていかなくてはいけない。小さくてもめちゃめちゃ重い部品があったりする時は辛い。一日中歩きっぱなしだし(-_-;)台車を押している時に「何だか掌が痛いな」と思っていた。休憩中に手を見てみたら…手にタコが出来ていた。もともと右手にはペンだこと共に一つ小さなタコがあったのだけれどまさか左手にもタコが出来る日が来るなんて思ってもなかった。ショックだ。こういう人生を送っているなんて、あの頃は想像もしてなかったなぁ。精神的には安定しているから不満はないけれど。
2005年08月24日
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私は両親の誕生日を知らない。初めて行く心療内科などで両親の年齢を聞かれたりしても分からない。医者からは苦笑いされたりする。普通の人って正確に両親の誕生日や年齢を知っているものなのだろうか?と不思議に思う。自分ではそんなつもりはあまりないけれど、やはり私は両親に関して無関心なのだろう。知らない事が”普通”になっているから今更聞いて覚える気はない。
2005年08月23日
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バイトが終わって帰宅しても食べ物を食べる気になれず夕食にヨーグルトを食べて、眠ってしまったりする。このままじゃやばいなぁと思いつつも、やはり食欲がない。職場の人に「やつれたね」とか言われてしまったし。先日、半額になっていたカットフルーツのパインを買って夕食に食べた。めちゃめちゃおいしかった。お笑いの、スピードワゴンの金髪の人みたいに「甘~い」と言いながら食べた(笑)栄養的にはものすごく偏っているけれど、それでもヨーグルトだけよりはマシだろう。昨日はパインとともにスイカも買ってみた。スイカはあまりおいしくなくてがっかりした。
2005年08月22日
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土曜も出勤だった。今は職場全体がとても忙しいので、不本意ながら部品の包装とは異なる作業をやっている。これが結構辛い。私に部品の包装のやり方を教えてくれたおばちゃんは「あんたが仕事ができるから他の職場に借り出されるんだよ。喜ばないとね!!」と言うのだけれど…(-_-;)落ち込むことが多い。ちょっとしたミスのせいで、それを直すのに30分もかかってしまって…その間泣きそうでやばかった。「何で自分はこんなに駄目なんだろう?」と責めてばかりだった。派遣会社の人と話をした。自分は今の仕事があまり得意ではない、と。するといろいろな事を言われた。今は猫の手も借りたいくらい忙しい状態だ、とか。「ミスしたら、ものすごく自分を責めてるでしょう?コイツは使えない奴だ、と思われたらすぐに職長が俺に言いに来るんだけど全くそういうのはないよ。今のところのミスは全部許容範囲だから気にしなくて大丈夫。俺だって未だに怒られるし。でもミスした時に、まぁしょうがないか、くらいの気持ちで気持ちを切り替えて次の仕事に向かうのも大事だからね。あんまり自分を責めたら駄目」と言われた。派遣会社の人はいつも私がいる場所にいるわけではないのに見透かされていたことがちょっとショックだった。私ってやっぱり他人から見てもそういうふうに見えるのか…外に出ないように気をつけてるつもりなのにな。でも話が出来て嬉しかった。「何かあったらまた何でも言って来て。そのために俺がいるから」と言ってくれた。参った…。月曜も頑張ろう。
2005年08月21日
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境界性人格障害のことを本で読んでいると~自我境界が不鮮明になり、現実検討が失われた状態のことを意味し、健常者あるいは「神経症水準」とは、自我境界が鮮明に保たれており現実検討がしっかり保たれていること~等書いてあることが多い。正直、今まで意味が分からなかった。でも下記のような文章を見つけた。~私たちは、精神が健常な状態にある時は、「自分」というものの内側と外側を比較的明確に区別することができています。ある考えが自分の中で浮かんできたら、それは自分の内的・主観的な考えであることがわかるわけですし、誰かに何かを言われたのを聞けば、それが自分の外で起こっている外的現実である事がわかるわけです。こうして、概念的に「自分」というものを、その外側にある外的現実から区別する境界線のようなものを「自我境界」と呼んでいます。そして、「精神病」とは、概念的には、この「自我境界」が不鮮明かした、あるいは失われた状態だと考える事ができます。つまり、ある考えが生じた時に、それが自分の内側から生じた内的・主観的な考えであり思いつきであるのか、あるいは外的現実として自分の中に入ってきたことなのかの区別がつかなくなる状態です。別の言い方をすると、自分の中で生じた考えと、外的現実との区別をする能力を「現実検討reality testing」の能力と言い、「精神病状態」とは、現実検討が障害されている状態である、となります。 例えば、「自分はダメだなあ」と自分で思ったのか、あるいはそうした考えが外から入ってきた(「あいつはダメなやつだと思われている」)のか、分からなくなることです。私たちは、いわゆる健常者であっても、精神的に良くない状態になると、自分の考えを外界に投影しがちになります。気分が沈んで自信がなくなっている時は、「自分はダメな人間だ」と思ってしまうと同時に、その気持ちを周囲に投影し、「皆も私をダメな人間だと思っているんだろうな」と感じてしまいがちになります。これが行き過ぎると、「皆も私をダメな人間だと思っているに違いない」となり、「妄想delusion」と呼ばれる性質に近くなってきます。このように、「相手が自分のことをどう思っているか?」ということの評価には、いわゆる健常者であっても、少なからず投影による主観的な色付けが入り込んできてしまうために、客観的な外的現実と主観的な内的な考えを、完全に白黒はっきりと区別していくことはできません。しかし、だいたいのところで、外的現実をそう大きく歪めてしまわない状態であれば、「自我境界が保たれている」、あるいは「現実検討が保たれている」と言うことができます。長いけれど引用してみた。人から「本当に境界例なの?」と聞かれる事がある。普通に見えるからだそうだ。でも、確かに私は上記の「自我境界」が保たれていない。何かでミスをする → 自分がこの世界で一番無駄な存在に思える → 自分を駄目だと思う → 私のミスを見ていた他の人も私を駄目な奴だと思ったに違いない → 誰も私を話をしたいはずがない というふうに考えてしまう。だから人と話すことができなくなる。だって私は嫌われているから。嫌いな人から話しかけられたい人間なんているはずがない。そんなふうになってしまう。
2005年08月20日
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山崎えり子さんが考案した「わたしのお金ノート」という単行本タイプの家計簿をつけている。簡単で、分かりやすくて、毎月どの程度の出費があるのか把握できるから便利だ。それをつけていると…一人暮らしにも関わらず毎月の食費がとても高いことがわかる(>_
2005年08月19日
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お盆休みがあけて、私は相変わらずバイト三昧の毎日を送っています。作業のシステムが変更され、新システムになったためにまだ慣れないことが多く機械がトラブルを起こすことがあります。そのせいで全く仕事がはかどらずに時間ばかり過ぎて…結局残業です(-_-;)でも家に一人でじっとしているよりは元気です。背中と腰と膝と切り傷が痛いです。
2005年08月18日
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私の妹はパニック障害を患っている。今は病院に行けているのだろうか。先日、お金の工面を頼まれて断ってから連絡が取れなくなってしまった。こちらから何度も電話やメールしているのに返事をくれない相手ともう連絡をとるつもりはない。妹のメモリーは消した。*私が常に何かを恐れていたように、妹も何かを恐れていた。何故か「死ぬ事」を極端に怖がっていた。イラク戦争が始まった時、妹はとても怖がった。彼女はあまり勉強が好きではなかったので第二次世界大戦とかその他の戦争の起こった背景などを知らなかった。「そんなに簡単に日本が攻撃される事はないし( 一応アメリカが守ってくれるだろうし北朝鮮も今のところ脅してくるだけだから)、たぶん核が使われたら苦しむ間もなくみんな死ぬ。あんたが悩んだって仕方がないことだよ」と何度も言ったけれど効果はなく(当たり前か…)彼女の不眠症は更にひどくなった。何処から見つけてきたのか…妹は「Peace Walk」というボランティアみたいなものに参加するようになった。「戦争反対!!」とか言いながら公道を歩いて主張するものだった。署名を集めて小泉さんに提出したりもしてた。その行為自体は素晴らしいと思ったけれど背景に何か政治的なものを感じずにはいられなかった。「もしかして何かの政党とか右翼か左翼か(区別がついてない)と関係あるかもしれないからやめておいたほうがいいんじゃない?」と言ったけれどやめてくれなかった。妹は「社会党」に入ってしまった。やはり政党に関係があったみたいだ。未成年のうちに会員を集めておいて成人したら政党に入れさせるもののようだった。…良かったのは彼女が入ったのが公明党でなかったことくらいだ。*妹のことを考えているうちに、自分も相当考え方が歪んでいるなと感じた。私は昨年まで「主の十字架クリスチャンセンター」という団体に所属していた。キリスト教なのだけれど…そこではいろんなことを教わった。「うちの教会以外では救いはない」とか「他の宗教は全部悪魔」とか。しかも結構厳しく教え込まれた。そこを脱退したのにまだ考え方が抜け切れていない。キリスト教とか私の好きなものは良いけれどそれ以外のものは「良くない」と考えてしまう。妹の社会党も姉の新興宗教も全部否定してしまっている。第三者から見たらおかしい事この上ないだろう。自分自身も宗教に入っているのに自分の事を棚に上げて批判しているのだから。エゴと言うか頭が硬いと言うか…。気をつけなければならないと感じた。
2005年08月17日
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ネットで調べたら、もうチャレンジ・ザ・トリプルキャンペーンは終わっていたようです。残念(>_
2005年08月16日
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昨日図書館に行って、何冊か単行本を借りてきた。それらの本を今日はずっと読んでいた。実家にいたとき通っていた病院の臨床心理士の先生に「何で臨床心理士になろうと思ったんですか?」と聞いたことがある。そのとき「加藤諦三の”愛されなかった時どう生きるか”という本を読んだのがもともとのきっかけかもしれない」という答えが返ってきた。それ以来その本が気になっていたのだけれどなかなか読む機会がなかった。自己啓発の本を読むのに抵抗もあったし。でも他に読みたい本もなく、何となく借りてしまった。タイトルの”愛されなかった時”の”愛”とは恋愛関係における”愛”だとばかり思いこんでいた。でも違った。幼少の頃の、無条件に周りから与えられるはずの”愛”のことだった。両親から”無条件の愛”を得る事の出来なかった子どもは大人になって神経症的人間になってしまう、ということが延々と書き綴ってあった。ずるい人間から、いいカモにされてしまうとも書いてあった。それらの人間はどうすればいいのか?という結論は「自己実現した人間と付き合いなさい」ということだった。自己実現している人間は私にどんな弱点があったとしても、そんなことで私を嫌いになったりはしないらしい。…難しいなぁ。本に書いてあることを素直に受け入れる事が出来ない。関係ないけれど、本を読みながらTVを見ていた。スマスマがあってた。昔の映像がたくさん流れた。中居くんは本当にすごい。中居くん自身は男前だと思うけど、他のメンバーに比べたらかなり親しみやすいキャラだ。もしも、仮にもしも私が中居くんなら(怒らないでください)…怖くてあの中に入れない気がする。歌があまり上手でないことも負い目となって「自分はSMAPにふさわしくない」なんて悩んでしまうだろう、きっと。でも中居くんはそうじゃない。全然負い目なんておってない。”愛されなかった時どう生きるか”に書いてあった。「両親に愛され、ありのままの存在を認められて育った子どもは自分に弱点があるからといって他人が自分から離れていくとは思わない」と。私は全く逆だ。自分に悪いところがあるとみんな私を嫌いになるだろうと思ってしまう。中居くんはすごい。きっとご両親から大切に愛されて育ったのだろう。中居くんを見ていたら、そんなに肩に力を入れて生きなくてもいいかもと思う。そんな芸能人ってなかなかいない。これからも頑張って欲しい。
2005年08月15日
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一人でぼーっとしていたら死んでしまいそうなので朝から早起きして、教会に行ってきた。私の家の近くのルーテル教会の人は、私にあまり関わってこないのでちょっと弱っている今の私にはちょうどいい。いただいた週報に「何故死んではいけないのか」ということが書いてあった。聖書には「人を殺してはいけない」と書いてある。自分自身も「人」だから、その「人」である自分を殺してはいけないのだ。以前所属していた教会の人にそう教わった。頭では理解できるけれど感情がついていかない。死にたい時は死にたい。クリスチャンになったばかりの頃は聖書を読んで泣いていた。神様の愛が素晴らしくて、嬉しかった。でも今はその言葉が全然響かない。自分に自信がない時は「私の目にあなたは高価で尊い」という聖句を唱えなさい、とか言われてきた。でもそれは対人恐怖症の私が「人は怖くない、怖くない」と念じながら人と関わっているのと同じで何の効果もない(神様、ごめんなさい)。以前のような熱心なクリスチャンに戻りたいなぁ。
2005年08月14日
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私の家の冷蔵庫には常にカスピ海ヨーグルトが入っている。一人暮らしにも関わらず、だ。昨日、牛乳を買ってきた。新しい牛乳の中にヨーグルトを入れて一晩置いておいた。今朝、食べようと思って中身を見てみたら…ヨーグルトになっているはずのそれはカッテージチーズのようになっていた。念のためボールに中身を全部出してみた。透明の液体と泡とカッテージチーズがあった。ヨーグルトは何処にもなかった(>_
2005年08月13日
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ベランダに出て空を見ても何も見えない。昼間はうすぐもりというか…太陽も出ていたのに。今夜は流星が見えると聞いている。でも、天候のせいで見えないのかな…。残念だ。流れ星を見ると、自分の中にほんの少しだけ希望がわく気がする。見たかったなぁ。関係ないけど、北海道に行ってしまった牧師先生から葉書が来た。とても嬉しかった。「いつでも遊びに来てね」と書いてあった。そんな簡単に行けないよ、と軽くツッコミを入れながら泣いた。気にかけてくれている人がいることが嬉しい。
2005年08月12日
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気になっている、派遣会社の人のことばかり考えている。落ち込む。他の事を考えたいのに…落ち込んでばかりいる。何とも思っていない人とは案外何事もなく話すことが出来るのに何で話をしたい人と話せないのだろうか?普通の人なら「恥ずかしくて話せない」が理由として挙げられるのだろうけど私の場合はそうではない気がしていた。認知療法のHPを見ていたら、気になる文章があった。「自分は他人よりも劣っているとか、愛されていないと自分に言い聞かせているために自尊心を失ったように感じているのかもしれない」ああ、まさにその通りかもしれない、と思った。普段は考えないようにしているつもりだが、「私は人よりも劣っている」という気持ちは常にある。「自分は愛されるには値しない人間だ」とも思う。…だからたぶん、気になっている人と上手く話せないのだろう。その人が自分以外の人ととても楽しそうに話をしているのを見て、「私は相手とあんな風に上手く話せないし、笑わせる事もできない。だから私は駄目だ。話しかけないほうがいい」と思う。そして一人で落ち込んで、話しかけられても無愛想にしか答えられなかったりした。私はおそらく、相手の”誰とでも人懐っこく会話できる部分”に惹かれているのだと思う。自分には全くないものだから。でも相手のそういう部分を見て落ち込んじゃうなんてなぁ…。変だよなぁ。どうしたらいいのだろう?仕事でミスして怒られるよりも何よりも、その人と話せない事が辛い。バイト辞めたくなってきた。自分がこんなことで悩む日が来るなんて、想像もしてなかった。
2005年08月11日
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バイトがお盆休みに入った。16日まで休みだ。長い。何をすればいいのだろう?分からない。何も怖い事はないのにただ不安で…薬をたくさん飲んでずっと寝ておくか、手を切るかそれしかないような気がしている。私には楽しみがほとんどないから何をすればいいのか分からない。普段は一人でいることが苦ではない。むしろ一人でいたいとさえ思う。でも、長い休暇に入って誰とも関わらない時間が多くなると何故かとてつもなく辛くなる。何かが怖い。不安で不安でたまらない。誰かと話をしたい。でも私には誰もいなくて、私は一人ぼっちで(自分でそれを望んだから)やっぱり手を切るか薬をたくさん飲むしかないような結論になる。早く死にたいなぁ。
2005年08月10日
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坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ということわざがあるけれど私はまさしくそうだ。私は、父や祖父や祖母の好きなものが大嫌いだ。3人は「生き別れてしまった家族が再会する番組」の類が大好きだった。泣いたりしていた。実際の、目の前にある家族を全く大切にしていないのに…涙を流せる3人を馬鹿みたいだと感じた。私はしらけていた。3人は宜母愛子さんの番組も好きだった。だから私はいわゆる「泣かせること」を目的にしたような番組が好きではない。今日は好きなTVもなくて、やることもなかった。何となく寂しかったのでとりあえずTVをつけていた。今まで江原啓之さんのことをよく知らなかった。霊が見えるような人だったのか…。正直、あまり期待していなかったのだけれど番組の最後には泣きすぎてぼろぼろになっていた。赤ちゃんと奥さんを残して、心不全で亡くなってしまった旦那さんからの手紙には泣いた。めちゃくちゃに。人は死んだら神様の所に行くのだと牧師先生から聞いている。だから幽霊とか、そういうものは基本的に信じていない。でも…江原啓之さんのなさっていることは素晴らしいなと思った。私には霊が見えないから、成仏できない魂があるかどうかなんて分からない。亡くなってしまった方が天国に行けることはもちろん大切だけれど遺された家族が自分の気持ちを整理できて、毎日を幸せに生きることも大切だ。そんな手伝い(?)をされている江原啓之さんをすごいなぁと思った。
2005年08月09日
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人と上手く話が出来ない事をこれほどまで辛いと思ったことはない。少なくとも過去の私は、そんなことを辛いなんて思いはしなかった。話なんて出来なくて良いと考えていたし話しかけたいなんて全く思わなかった。話をしたい人と上手く話せないだけなのに、こんなにも辛いなんて。その人が仕事中に横を何度も通り過ぎたりしているのに顔を合わせるのが怖くてずっと下を向いていたり目が合っても会釈さえ出来ないでいる。態度悪いな、感じ悪いな、可愛くないな、愛想がないな。そんなことで自分を責めて…苦しい。その人と会うのが辛いから、バイトを辞めようかな。仕事中なのに泣きそうになる。
2005年08月08日
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人に関わるのが怖いと思う。人に自分を知られたくないと思う。バイトを始めたばかりの頃は(自分を守るために)誰かと話をするようにしていた。独りでいるのは気にならないけれどイザというときに助けてもらえるように誰かと仲良くならなくては、と思っていた。今はやっとバイトに慣れてきて以前に比べると一人で出来る事が増えてきた。だから…あまり人が必要ではない。お昼休みには一人でご飯を食べたいし、食べ終わったら少し眠りたいと思う。自分一人で静かにしていたい。でも私の思いとは逆に仲良くなった人がやって来て、私が眠っているのに話しかけてきたりする。会話に加わりたくないわけではないけれど下ネタたくさんの話題になったりすると、正直ついていけなくて気疲れしてしまう。あと、キツイ言葉がばんばん飛び交うし。(^_^.)相手はきっと、私が完全に心を開いていると思っているのだろう。私はそんな簡単に心を開けない。あ~こんなことなら最初から仲良くならなければよかったかもしれない。何だか面倒になってきた。自分からたくさん話し掛けたのになぁ。何でこんなに自分勝手なのだろう。「人と関わる際に、最初からその人と関わる距離を決めているだろう」と言われた事がある。この人はココまで入ってきても良いけれど、この人はココまで。そしてその設定した距離以上には絶対に立ち入らせないだろう、と。自分ではそんなつもりはないけれど、確かにそうかもしれない。あまりにも自分の領域に踏み込まれると1歩も2歩も引いてしまう。そして、疲れたから縁を切ろうと思う。最近また携帯電話のメモリーを消していっています…。
2005年08月07日
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本当は今日は休みのはずだったのだけれど急遽、出勤となった。今日は早めに出かける準備をして平和公園を散歩しようと思っていた。仕事だから仕方がないけれど、記念式典を見れないことが残念だった。いつも朝の6時ごろに家を出発して、自転車で平和公園の前を通る。普段はあまり人がいないのに今日は早朝にも関わらず大勢の人が平和公園の周辺にいた。おまわりさんもたくさん。仕事帰りにちょっと平和公園に寄ったら朝以上に人がいて、自転車で走れなくて困ってしまった。灯篭流しを実際に見てみたかったけれど、疲れたので帰ってきてしまった。広島にいると、九州にいる以上にたくさんの原爆に関するニュースがある。生きている事、働けている事、親がいること、兄弟がいること、当たり前のように思えることをもっと感謝しなければならないと思う。
2005年08月06日
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私の携帯電話の着信音はラルクアンシエルのDriver's Highの着うたです。(着うたフルではありません)有料サイトで取ってきたものではなく個人サイトで見つけてきたものですが音質はかなり良いです。気に入っていますが…寝ている時に着信があるとびっくりします。結構うるさいです(笑)(ちなみに実家から電話がかかってきた時はダースベイダーのテーマです。)まだラルクの新しいアルバムを聞いていないのでお盆休みにレンタルしに行きたいです。
2005年08月05日
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叩かれる事がどうしてこんなに怖いのだろう。わからない。*父から頭を叩かれると例えば眼球を指で強く押した後の様に目の前が真っ白になる。不思議と痛みの感覚は無く、ただ時間と共にしびれに似たものがやってくる。その後は誰に助けを求めるでもなく、誰も来ない所で一人で泣いた。ひたすら別のことを考えて自分をなぐさめた。*それだけだ。叩かれる事はもちろん怖かったけれどそれよりも酒に酔った父の逆鱗に触れる事の方が怖かった気がする。虐待に関する本には「叩かれた子どもは自分の存在を否定されたと感じる」とか書いてある。でも私は、叩かれることでは存在を否定されたように感じたことがないように思う。ゴキブリの死骸を付けられたり、姉と比べられたりする事の方がよほど傷ついた。叩かれる事がどうしてこんなに怖いのだろう?ただしびれがやってくるだけなのに。怖いものなんて他にもたくさんあるのに。
2005年08月04日
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今朝は、どうしても派遣会社の人と話さなくちゃならない用事があった。本当は話をしたいのだけれど上手く話せないから…あまり話をしたくない。(なんじゃそりゃ?)話しかけたら、相手が思いのほか近付いてきて…怖くなって後ずさりしてしまった。そうしたら「ごめん」と謝られてしまった(*_*;派遣会社の人は何も悪い事をしてないのに謝らせてしまった自分をとても悲しく感じた。こんな自分が嫌だ。大して親しくもないのに簡単に(しかも本気で)人を叩くような人間なんてそうはいないはずだ(と思う)。叩かれる理由もないし。頭では理解できるのに男の人に近付くのが怖い(T_T)
2005年08月03日
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景気が良いのか悪いのか、私にはよく分からないけれど今月は生産数が多いらしく残業が多い。先月は残業がほとんどなかったのに。3日続けて夜8時まで残業には参りました(>_
2005年08月02日
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生きていると…いろんなことで悩んでしまう。すごく些細な事で悩んでいる自分がいる。気になっている派遣会社の人と上手く話せなかったり仕事が上手く出来なかったり派遣会社の人が他の人とめちゃくちゃ楽しそうに話をしていたり話せても…何だかぎくしゃくしてしまって、話しかけなければ良かったと後悔したりどうでもいいことばかりだが、今の私には大問題だ。でも過去の、「生きるか死ぬか」の悩みに比べたら全部「どうってことないもの」ばかりだ。くだらない悩みだとは思わないけれど過去の悩みに比べたらどうってことないからきっと何とかなるだろう。
2005年08月01日
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