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2014.09.27
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カテゴリ: 小説
IMG_2952.JPG


影で滅びぬ、
生きた跡ない忍草

 上忍の『秘命』を受けてから、鯉兵衛は十日間、昼夜となく、黒田九鬼流斎を尾行した。ある時は、商人に、浪人に、虚無層に、飴売りに、髪結いに、商家の妻女にも化けて、尾行した。老若男女何にでも変装し、歩く様から、言葉遣いも変えることができるのが忍者だった。
 諜報活動は忍者のお手のものでもある。夜陰には、屋敷の天井裏にも、床下にも潜り込んで動性を探った。黒田九鬼流斎は南町奉行鳥居耀蔵の信頼の厚い懐刀の家来である。鳥居耀蔵がまだ、若輩の頃からの家来である。神道無念流の使い手で、斎藤弥九郎の九段坂下道場でも三番目に強かった。目配り、気配りが利き、一分の隙もみせない。只者ではなかった。

 神田の柳原土手の上だった。九鬼流斎の子分の甚八が、夜鷹を取り締まりついでに、夜鷹に乗ったところ、浪人者が刃を抜いて、甚六の睾丸を切り落とした。
「阿漕なまねはやめな、それがご改革か?」
 悲鳴をあげた甚八は股間から血を滴らして、土手を転げ落ちた。
 九鬼流斎の横手切りを見たのは、その時だった。浪人者もかなりの使い手とみたが、九鬼流斎の刃が一閃すると、浪人者の首から上が、大根でも切るように胴体から離れた。刀では、とてもかなわないと、鯉兵衛は悟った。難敵である。だが、鯉兵衛はじっと機会を待っていた。



 徳川家慶は老中首座、水野忠邦に、この窮状を克服するため、天保の改革を推し進めたさせた。その皺寄せは当然、庶民にも降りかかっていた。『質素倹約令』である。風俗取締りの町触れを出し、身分不相応の贅沢と、奢侈を禁止した。
 水野忠邦の改革を進める、南町奉行の鳥居耀蔵の強引な探索は辛辣を極め、おとり捜査は常套手段、讒言、デッチ上げ、裏切りなど、汚い手口を使い、無罪な者を、罪人にすることなど、お手の物で、狙った獲物に容赦はなかった。鳥居耀蔵は庶民から、妖怪、蝮などと、忌嫌われていた。

 その、取り締まりの先鋒を勤めた実行部隊が、南町奉行鳥居耀蔵の懐刀、黒田九鬼流斎であった。岡っ引き、下っ引き、柄の悪い小物を何十人も引き連れて、江戸市中を厳しく取り締まっていた。
 その三間四方には、密偵、忍者を張りこませて、偵察させ、二重に眼を光らせていた。歌舞音曲、歌舞伎小屋、芝居小屋、見世物小屋、遊女屋、矢場、料理茶屋、屋台店、湯屋まで、見廻り、目につく贅沢、着物、簪、凧揚げ、魚釣り、縁台将棋、碁の類、お椀、簪までに難癖をつけ、果ては、無宿人はもちろん、河原乞食や、願人坊主、夜鷹、瞽女、座頭 まで、すべてが取り締まりの対象で、春画本や、かわら版、浮世絵の類いも、当然取り上げ、文句を云うものや、刃向うものには、「不埒者め、ご政道に逆らうのか!」と、有無を言わせぬ取り締まりで、片っ端から、しょっぴき、弾圧した。

 そして、暮れ六つがくれば、目こぼしを代償に、神田の料理茶屋『極楽里』で子分共と、今日の取り締まり話を餌にして、酒食肉淋の宴会を連日開いた。一方で、取り締まりが厳しさを増せば増すほど、江戸の町は急に元気がなくなりつつあった。

 江戸庶民は、南町奉行の鳥居耀蔵は妖怪、黒田九鬼流斎は悪鬼だと、罵り、憎んでいた。かわら版屋も腹いせに悪口憎悪を並べて囃し立てて、庶民は拍手を送った。
「妖怪鳥居、悪鬼黒田、蝮に喰われて地獄へ落ちろ!」
 そこが、黒田九鬼流斎には面白くなかった。北町奉行の遠山左衛門尉影元は、ずる賢い野郎だ、遠山の金さんなどと煽てられて、甘い取り締まりで、目こぼしばかりしやがるから、人気者になっている。
 ご政道に忠実に仕事をしているのは我々の方だ。人気取りや甘いことでは、世の改革はできない。遠山だって、解っているくせに。曖昧や妥協で、ご政道が成り立つはずがない。

 だから、黒田九鬼流斎は機嫌が悪い。機嫌の悪さが、ますます取り調べを厳しくもしていた。そして、この頃、自分の近くになにやら、妖しい影が迫っていることも感じていた。剣客としての感性が危険を知らせていた。
「疲れているのか?それとも、やりすぎなのか?」


(次回につづく)

作:朽木一空

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最終更新日  2014.09.27 11:23:52
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