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人生最後のあやまち。ガルバニ電池の発明者。今も電気化学の分野に名を残す、イタリアの科学者ガルバーニ。栄光に包まれた人生を歩むかと思われた彼。しかしその晩年は不遇でした。カエルの解剖で、2本のメスを押し付けると足が痙攣するのに気づいたガルバーニ。その原因は、「動物電気」だと考えました。これは動物の中で発生する電気が原因とする考え。それに異論を唱えたのはアレッサンドロ・ボルタ。2本の種類の違う金属が接することで、電気が発生すると唱えました。もちろん、動物電気は否定して。激しい論争を繰り返す、ガルバーニとボルタ。電気化学の先駆者としての誇りだけでなく、ガルバーニにはボルタに負けられない理由がありました。当時は、ナポレオンにイタリアが征服された時代。イタリア人でありながらナポレオンを支持するボルタを、ガルバーニは許せませんでした。ナポレオンへの反感もあり、動物電気にこだわるガルバーニ。しかし結局、ボルタの説の正しさが証明されます。そして、ボローニャ大学を去ることになったガルバーニ。彼は、失意のうちに亡くなります。さらに、ボルタの電池の発明により、電池の発明者の主役まで奪われました。一方、ボルタはナポレオンから金メダル、さらに伯爵の位、元老院議員の地位まで与えられます。ナポレオンへの反感が、科学者としてのガルバーニの冷静な判断力を失わせたのかもしれません。天才科学者も、感情のある人なのです。人は心があることで、幸せにもなれば、不幸にもなります。それは、変わることがありません。いつの時代でも、だれであろうとも。
2009.02.28
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コメント保存のため、残させていただきます。いつも皆さん、ありがとうございます。
2009.02.27
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きのこ関係のお話、盛り上がりました。イギリス人のきのこ嫌いの程度は、私も良く存じません。トリュフなどは食べるのでしょうか? マツタケは?きのこの幻覚作用を使った国々は、歴史にも多くあります。日本人は自然と共生しているから、きのこを食べる。これも納得できます。綺麗なきのこは、毒きのこ。そう思いますが、派手な食用きのこも、地味な毒きのこもあって、わかりません。毒草、毒芹の間違え、私もしてしまいそうです。きのこ狩り名人にお任せします。あるいは、長野のきのこ展でお勉強。ショベルトが、毒きのこを食べられると思った理由。それは一緒にきのこ狩りをした医者が、食用だと言ったためです。もちろん、その医者も一緒に食べて亡くなりました。ショベルトは、シューベルトの前世紀の宮廷音楽家。ちなみに、シューベルトは、梅毒、あるいはチフスで命を落としたと言われます。ヤマハ音楽教室のCMのなぞなぞ歌。答えがベニテングタケとの情報ですが、残念ながら私はそのCMを存じません。また注意しておきます。牛乳に関する昔からの言い伝え。たしかに、おろそかにできません。しかし、文章まで私に似ないでくださいね。変な言い回しになって困りますよ。あまり影響されませんように。(笑)影響されすぎず、流されない程度に、人の意見を聴く。その加減が難しい。しかし経験には、高い価値があります。それでも、詐欺があるので信じられないという声があるのも、現代の悲しさ。きのこの胞子が舞っているかと思えば、これは天敵の花粉。杉と共生できない私は、今日も花粉におびえながらすごします。皆さんも、黄色い天敵にはお気をつけてください。【日記】 それは真実かも しれません -ヨハン・ショベルト-
2009.02.27
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イギリス人のキノコ嫌いは有名らしい。イギリス人は、野生のキノコに興味がありません。マッシュルームなど栽培したキノコは食べます。しかし野生では、ほんの数種しか口にされません。カナダのイヌイット、北アメリカの人々も野生のキノコを嫌います。キノコが豊富な地域ほど、キノコ嫌い。その原因は、先祖がキノコ中毒にあったためらしい。18世紀、ベルサイユ宮殿付きの有名なオルガン奏者がいました。名前は、ヨハン・ショベルト。ある日彼は家族とともに、パリ郊外でキノコを摘みました。そのキノコをレストランに持ち込み、調理を頼んだショベルト。しかしシェフは、これは毒キノコである、と答えました。怒った彼は、別のレストランに頼みますが、やはり断られます。ついに彼は、自分で調理してキノコを食べます。結果は予想通り。ショベルト、妻、ひとりを除く子供全員が亡くなります。こうして、モーツアルトにも匹敵する才能が失われました。忠告は、時には受け入れなくてはなりません。それがどんなに、自分の意に反していても。何度も、そして何人も、同じ忠告をくれるなら、それはやはり、真実かもしれないのですから。【参考】 エリオ・シャクター,「キノコの不思議な世界」,青土社,1999年,300P【関連日記】 世界で一番大きな生物
2009.02.26
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五重塔といえば法隆寺。五重塔は数多くありますが、やはり皆さん法隆寺を連想されるようですね。五重塔は地震には強くても、火災には弱い。法隆寺は、歴史的にも火災に縁がありますから。地震の力は、回転運動と摩擦などで打ち消します。法隆寺で、幸田露伴を連想されたかたはさすがです。私は聖徳太子か、子規ですね。【日記1】 死をもって 平穏を得よ ―法隆寺と山背大兄王― 【日記2】 血に啼く ホトトギス -正岡子規-宮大工は、間違いなく不足していることでしょう。近代工法に慣れ、昔からの日本家屋を建てられない大工さんも増えたと聞きます。柔構造の建築、これが昔の知恵であることに驚きます。新東京タワーなど、近代建築も柔構造ですね。塔の様にしなりながら、粘り強くありたい。そう願う私です。皆さんもご健康で、素敵な日々をおすごしください。【日記】 耐え抜いた 長い年月 -五重塔-
2009.02.25
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長い年月を耐え抜いた五重塔。木造の法隆寺五重塔。この木造建築が、長年を耐え抜いたのは驚きです。地震に対する耐震構造であるのが、その秘訣とは言われます。実際、五重塔は柔構造でできています。地震に対し、柳のように揺れる構造。その振動の周期は、法隆寺五重塔で1.25秒、東寺五重塔で1.6秒です。ゆれかたも特殊で、そのゆれは回転運動。回転することで、横方向の力を分散させます。またゆれそのものも、各組み合わせ部の摩擦で打ち消されます。さらに木材も、変形、圧縮で、ゆれを吸収するのです。円を描いてゆれる五重塔。倒れないのは、その円いゆれのため。円さによって、安定を保つ。それは五重塔が自ら示す、日本の和の精神に違いありません。
2009.02.24
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発電に関しての多くのコメント、ありがとうございました。振動力発電は、まだ多くの課題があります。ひとつは、圧電素子の発電量が小さいこと。設備向けの発電には向かず、発光ダイオードの点灯等には有効。もうひとつは、圧電素子の価格が高いこと。発電靴も、普通の靴より数千円高くなる見込みです。コストの高い部品は、価格に余裕のある設備用に使うのが通常。安価な製品には、コストの高い部品は難しい。しかし100円ライターのことを考えても、全く無理なことではないでしょう。原子力発電は、当面、もっとも有効な発電方法になりそうです。私も支持したいものの、どうしても疑問があります。事故防止は当然やるべきとしても、問題は設備の後処理。放射能汚染された設備を如何に処理するか。その方法に十分な解決は見えず、後処理で環境汚染することにもなりかねません。風力発電は、風車の前後に膨大なスペースが必要。火力発電より、単位面積当たりの発電力はかなり小さくなります。水力発電は設備費が高く、またあまりに政治的要素が強すぎます。次世代の発電は、どうなることでしょうか。冷え込みが続いています。この冬最後かもしれない冷え込み。皆さん、十分にお気をつけておすごしください。いつも応援、ありがとうございました。【日記】 捨てるものを 役立てる -振動力発電-
2009.02.23
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振動や音で発電する、振動発電が開発中です。振動や音で発生する圧力を電気に変える素子として、圧電素子があります。理系の人には、ピエゾ素子と呼ぶほうがわかりやすいかもしれません。圧力を加えると発電する圧電素子は、身近なところでは100円電子ライターに使われています。電池を使わず、押すと火花が飛ぶ、あの仕組みです。私は以前、100円ライターを分解し、圧電素子の発電力を“体感”しました。痛いのなの。心臓が止まりそうでした。きっと皆さんも、経験があることでしょう。2006年、この素子を組み込んだ「発電床」を東京駅の改札口に設置しました。60kgの人が2回足踏みすると、0.1~0.2ワットの発電力。ピーク時は766キロワットの発電を達成しました。しかし駅の設備用には、まだまだ不足です。イルミネーションなどには、可能かもしれません。NTTは「発電靴」を、2010年に向けて実用化検討中です。これは靴に小型の水力発電タービンが組み込まれいますが、圧電素子を使う可能性もあります。携帯電話やiPodなら、歩き続ける限り発電量は十分です。振動力発電は、振ると光るライトなど、小型のその場発電用に魅力があります。携帯電話の音声発電、振力リモコン、釣り用の光るルアーも開発中。高速道路での騒音センサーなどにも、可能かもしれません。無駄に捨てられる、振動や騒音。それらが発電に役立てば、すばらしいことでしょう。電池レスの時代の到来を、願って止みません。【参考】 速水浩平,「振動力発電のすべて」,日本実業出版社,2008年,173P
2009.02.22
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少し変わったネッカー立体のお話。図形の切り替わり時間は、視点の置き方で変わります。あまり一点を凝視すると、変化しません。図形の上をカットすると、視点が全体に広がるから変化しやすいのでしょうか。ご指摘のとおり、これはエッシャーのだまし絵につながる図形です。3の倍数で世の中ができているというコメント。人の感覚が先か、世の中がそうだからか、それはわかりません。うれしいことなら、3秒以上続いて欲しいものですが。たしかにスポーツにも3秒ルールがありますね。怒りを覚えたら、心の中で3つ数える。3つ数えると視点が変わるかもしれないとのコメント、なるほどと思います。3秒たつと物忘れするのかは、わかりませんが…。(笑)北海道は猛吹雪の様子。こちらは晴天で、朝から骨董市に出かけていたほどでしたが…。天候の荒れている地域の方は、十分にお気をつけてください。素敵な週末、休日となりますように。【日記】 わずか3秒間の 繰り返し - ネッカー立体 -
2009.02.21
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人にとって、一番長い時間は3秒間。毎日すごす時間。永遠に続く長い時間を、人はすべて意識することはできません。人にとって、一番長い時間は3秒間。次のネッカー立体と呼ばれる図形を、しばらくご覧ください。どのような形かを意識しつつ、全体をぼんやりながめるのがよいでしょう。しばらく見ていると、図形の手前側が変化しませんか?左下向きに凸になったり、右上に凸になったり。その向きの、切り替わり時間が約3秒。人は意識は、3秒間の連続。長く続く時間は、この3秒間の繰り返し。会話の区切り、音楽の区切り。世界は、3秒間のリズムに満ちています。たった3秒しか持続しない、人の意識の限界。3秒の区切りでみれば、人の一生はなんと長いことでしょう。次に迎えるあなたの3秒間。その3秒が、すばらしい時間でありますように。【参考】 竹内薫,「1年はなぜ年々速くなるのか」,青春出版社,2008年,173P
2009.02.20
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ここ数日、遠方にいました。ネットも使えない状況でしたので、日記更新も止まっておりました。今日は皆様のところへご訪問できます。ここ数日、ご訪問できずすみませんでした。それではお邪魔します。この記事は後日消えますので、コメントは不要でお願いします。
2009.02.19
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ベンツに関しては、人と車の話題に分かれました。人については、視点の切り替えの大切さが取り上げられました。観察力。観ること。考える持続力。いずれも開発者には、必要な力ですね。車はガソリンに代わる、電気自動車を期待されている様です。ガソリンエンジンが過去の物になる時代は、ひょっとするとこの不況で加速するかもしれません。ルノーとエンジンのルノアールは、直接は関係ないかと思います。それより、NGKの箱で蚕を飼う話。雷と縁のある蚕とスパークプラグの組み合わせが面白いですね。今回、黒猫のカップが人気でした。あえて言えば、黒色がベンツのイメージでしょうか。それにしても、春ですね。花粉と雷が苦手なkopanda06でした。【日記1】 すぐそこにある 希望 -カール・ベンツ-映画「2001年宇宙の旅」のHALの話題がご訪問先ででましたので、この日記もリンクします。HALとIBMの関係。【日記2】 糸瓜を 読むのは難しい ―へちま―
2009.02.17
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自動車のエンジンに、ガソリンが使われなかったら。19世紀後半、カール・ベンツは自動車用エンジンの開発をしていました。彼の発明は、石炭ガスを使うエンジン。石炭を加熱して出るガスを燃やし、エンジンを回転させます。それは強力で、当時とても好評でした。しかし石炭の加熱部が大きく、重いエンジンでした。ベンツは、ガソリンエンジンは非力だと思っていました。実際、当時のルノアールのガソリンエンジンは、とても非力で非実用的。そんなある日、ベンツの意識を変える事故が起きました。マインハイムの街で起きた大爆発。それは、着物の染み抜きにつかったガソリンが気化し、引火したものでした。家を吹き飛ばす大爆発に、ベンツはガソリンの爆発力を見直します。ルノアールのエンジン設計が良くないと考えた彼。圧縮しガソリンの爆発力を高め、電気着火で爆発させる。その新方式で、石炭ガスエンジンより小型の、自動車用のガソリンエンジンを開発します。一見、無関係な事故も見逃さない観察力。今をよく見ることから生まれる、未来を見通す千里眼。それは、だれもが持ち得る、夢への希望。
2009.02.16
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副題を「チャーミング」とするつもりが、「キツネ」としてしまった昨日の日記でした。賢いキツネのハンティング法ですが、これがかえって嫌われる原因にも。キツネから、こっくりさんの話まで連想されたかたもみえました。化けるというと、タヌキや猫又のほうが連想しやすそうです。好奇心で命を落とすほど、自然界は厳しい。若いカラスも、好奇心から罠にかかることがよくあります。チャーミングの言葉の使い方は、意外にも思えます。しかしコメントも頂いたように、charmには、魅力,美貌の他にも意味があります。それは、魔力、魔法をかける、ひきつける、(蛇などを)操るなど。お守りや、小さな飾りも、チャームと呼びますね。そろそろ、花粉が怖い季節。それに追い討ちをかけるように、ブログ関係で混乱も起きています。実は、エディタコミュニティが大幅リニューアル。そのため、お友達登録をゼロからやり直すことになってしまいました。私も少ないとはいえ、252人の読者登録がありましたが…。楽天ブログのかたは、関係する方は一部かとは思います。しかしその関係で、かなり混乱していますので、日記ミスなどご容赦ください。それでは、今週も素敵な日々をおすごしください。私は、花粉症におびえる日々を過ごすことでしょう。【日記】 わかっては いるものの -キツネ-
2009.02.15
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キツネは化かす。本当でしょうか。キツネが化かすというのは、ある意味で真実。それは、ハンティングで見られます。ウサギを見つけたキツネ。キツネはウサギにそっと近づきます。しかし突然に、苦しそうに転げまわるキツネ。さらには、自分の尻尾を追い掛け回す。あまりに不思議な行動に、ウサギは好奇心をくすぐられます。そしてウサギが警戒心を失っている間に、間合いをつめます。最後は、ぱっと襲いかかり、ウサギを捕まえてしまう。この行動を、「チャーミング」と呼びます。チャーミングが、先天的か、それとも学習したかはわかりません。いずれにしても、ウサギはまさに”化かされて”しまいます。好奇心。時にそれは、自らを破滅に導きます。時と場合に応じた判断を、いつも忘れてはなりません。たとえ目の前に、とても面白く魅力的な○○があったとしても・・・。【参考】 今泉忠明,「野生イヌの百科」,データハウス,2007年,159P
2009.02.14
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暦の上では春。お香は人気がありました。アロマは一時期のブームは、落ち着いたようですね。香水のコレクションのお話も。正倉院の香木、蘭奢待(らんじゃたい)の話は面白く。この3文字に、「東大寺」の3文字が隠されています。タテガミオオカミは、知名度も低く、戸惑われたかもしれません。平成16年に上野公園で繁殖に成功したタテガミオオカミ、今はどうしていることでしょう。怖れを知らず、力を出し切れない。甘党というのも、哀愁を感じます。絶滅は、人がやはり原因です。黄砂の季節が早くも到来しました。花粉症もまもなくでしょう。早くも春。今年の冬は、印象にありません。ブログ開設から1,000日になりました。しかしご存知の様に、私はブログ開設後、2ヶ月以上放置しています。そのため今でも、低い日記更新率と平均アクセス数。本当の開設後1,000日は、2ヶ月以上先でしょう。まだ冷え込むかもしれません。皆さん、油断はされませんように。【日記1】 かくすために いやすために -お香-【日記2】 最速の 足を持ちながら -タテガミオオカミ-
2009.02.13
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絶滅危惧種、タテガミオオカミ。肩まで74cmの、イヌ科最高の背の高さ。その背になびく、黒いたてがみ。大きな耳で音を聞き取り、するどい嗅覚で獲物をかぎ分ける。草むらに阻まれない、長い足。その黒い足先は闇に溶け込み、動きも見せず獲物に忍び寄る。ブラジルに住むタテガミオオカミに、天敵はいない。毛皮も薄く、狩猟の対象にはならない。しかしタテガミオオカミは、わずか2,000頭前後しかいない絶滅危惧種。その答えは、人のある。タテガミオオカミは、甘い食物を好む。そのため、サトウキビ畑を荒らし、人に殺される。しかし彼ら彼女らは、地上最速の足を持つ。その速さは、チータの時速112kmにも匹敵するという。いかに車を使っても、容易に捕まえようがない。それなのに、走り出したタテガミオオカミは、すぐに立ち止まる。天敵のいない彼ら彼女らは、逃げる必要を知らない。すぐに立ち止まり、人を不思議そうに見る。その習性を知る人は、馬で追い、立ち止まったところを投げ縄で捕らえる。地上最速の足は、逃げるためには生かされない。ただ獲物を追い続けるためだけの、最速の足。あまりに怖れを、知らなすぎて。生かされない、卓越した天賦の才能。その才能の浪費のつけは、動物でも、そして人でも返ってきます。取り返しのつかない、残酷なわざわいとなって。【Wikipedia】 「タテガミオオカミ」
2009.02.12
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今日はコメントの返事の日でした。ですが、間違えて日記を準備してしまいました。ですので、すみませんが、朝の日記更新は、通常の日記。コメントのお返事は、明日となります。すみませんが、よろしくお願いします。
2009.02.12
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ほのかな香りに包まれて。奈良時代に始まり、平安時代に広まったお香。お香は、貴族女性に愛されました。彼女たちのたしなみは、2m以上の髪の維持。長い髪は、美しさの象徴。しかし当時は、水道もシャンプーもありません。年に1~2回しか、髪を洗うことはできませんでした。櫛をといて見栄えを良くしても、臭いは隠せません。そこで愛用されたのが、お香での臭い消し。お香には、人体の脂の腐敗を防ぐ力もあります。そのため、臭いの発生自体も防がれます。さらに、部屋に上品なお香の匂いを満たすこともできました。現代、女性の髪も短くなりました。しかし、お香がすたれることはありません。いつしかお香は、こころの平安を求めるために使われました。昔は、かくすために。今は、いやすために。お香は、ほのかに、香りつづけます。
2009.02.11
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囲炉裏、今は普通の民家にはないでしょう。家族団らんの場、囲炉裏。家の防虫にも役立ちました。心和む囲炉裏がなくなり、こころのふれあいも失われました。大黒柱もなくなり、家も変わりました。換気の悪い今の家では、屋内の囲炉裏は危険かもしれません。昔の家は手間がかかりますが、生きた家でもありました。便利さは、昔の文化を捨てることでもあります。今年の冬は、厳しい寒さもなく過ぎ去るのかもしれません。空調の効いた現代家屋は、四季の変化さえ忘れさせます。やがて春になり、その変化にさえ気づかない。そのただ時が過ぎ去る怖れを、現代家屋からは感じます。まだ冷え込むかもしれません。空調でなまった体。外気との変化には、十分にお気をつけください。【日記】 もういちど うしなわれたものを -囲炉裏(いろり)-
2009.02.10
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日本文化が失ったもの。囲炉裏、今の家にはなくなったもの。かつては、日本の家の中心にあったもの。囲炉裏の火は、1年中、絶やさないもの。火が付けにくいからだけではありません。冬の暖房,調理以外に、大切な役割がありました。梅雨時期、囲炉裏の火でいぶされる、柱や屋根。いぶされ乾燥することで、柱や屋根は長持ちします。またいぶされた屋根からは、虫も追い出されます。その囲炉裏の除湿と防虫で、家は長持ちしました。近年、古い民家が急激に朽ちています。その大きな理由とされる、囲炉裏の喪失。家の中心の囲炉裏を失った家は、もろく朽ち果てようとしています。家の中心にあった囲炉裏。囲炉裏がなくなり、家が朽ちます。囲炉裏がなくなり、文化がひとつ消えました。そして、囲炉裏がなくなり、それを囲む家族のだんらんも失われてゆきました。日本文化がうしなったもの。それは、囲炉裏の炎よりも温かい、やさしく揺らぐこころのふれあい。
2009.02.09
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少し変わった話へのコメント、ありがとうございました。麦角から麻薬の話へ。話の展開を進めましたが、消化不良で終わりました。あまりに深い世界で、手短には語りつくせません。麻薬は人の奥深くにも関わるものでしょう。カビとLSDの関係。知識を悪用されないことを願います。やはりペニシリンの話が多くありました。そちらの話が順当ですが、今回はあえてLSDへ。マイコプラズマは、私もかかりました。中毒性があるのは、麻薬だけではありませんね。休止ブログにカビという声も。私もブログにカビが生えないよう気をつけます。手遅れ?カイロのワンちゃんを心配する声も。足の裏に付けますからね。黒猫ブランケットは無難です。コメントにもありましたが、体が弱ると人もカビに侵されます。栄養、睡眠、適度な運動。スケートでは真央さんのけがの話も。皆様もお気をつけてください。光通信でも34Mぐらいしか出ませんでしたが、裏技の設定変更で75M以上出るようになり、ちょっとうれしいkopandaでした。【日記1】 いつも 歴史の中心に -LSD-
2009.02.08
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カビは、歴史を変えてきました。欧米の主食、麦。この麦が、クラビセブスというカビに侵されることがあります。すると麦は、角の様な形に変わります。それを「麦角(ばっかく)」と呼びます。麦角の混ざった麦を食べると、中毒を起こし死に至ることも。ヨーロッパでは、何度もこの集団食中毒が起きました。半狂乱で踊り続け、死に至る。絵画、音楽のモティーフとなった「死の舞踏」は、麦角中毒を描いたとも言われます。さらには、魔女裁判のきっかけとも。この恐ろしい麦角ですが、ドイツではこれを保存する人々が現れました。人々はそれを、エルゴットと呼びました。不思議に思ったのは、スイスの製薬会社の研究者アルベルト・ホフマン。そして研究の結果、麦角から誘導されるある物質を発見します。それは、リゼルグ酸ジエチルアミド、つまり有名な麻薬LSD。昔の欧州の宗教儀式では、秘薬として麦角が使われたことも分かっています。人々は、太古からこのカビに侵された麦に含まれるLSDに気がついていたのです。そして芸術家を初めとする、その後のLSDの乱用は、大きな社会問題となりました。麦とカビとLSD。欧米の食生活に、芸術に、歴史に。それらは常に、欧米の歴史の中心にあったのです。【参考】 佐々木正美,「カビの本」,日刊工業新聞社,2006年,159P
2009.02.07
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タイタニックに関しては、映画のコメントが多くありました。無線については、少し補足します。珍しい無線での、タイタニックから家族への電報が大人気でした。もちろん、電報は通信士が打ちます。一人で多量の電報を処理し、休む間もありません。そこにかかってくる氷山の警告無線は、電報作業の邪魔でした。それで、思わず警告の無線を切ったのです。無線での連絡で、乗客は数時間の漂流で救われます。映画では、沈没直前にヒロイン、ローズの隣にコックさんがいました。記憶では、このコックさんは有名な人物。この人は、沈没直前に船のドアなどの木材を剥ぎ、海に次々と投げ込みました。そして最後に海に投げ出され、その木材に上って漂流しました。あのローズを助けた板も、このドアかもしれません。そしてコックさんは、10時間以上漂流しますが、奇跡的に救われます。映画でも酒を飲んでいましたが、このアルコールのおかげで凍死しなかったとも言われます。しかし氷点下の海で、10時間の漂流。信憑性を疑いたくなる話です。これらの話を再現したのが、あの映画です。しかし一部の描写は、名誉毀損から裁判沙汰にもなりましたが。ところで、あの映画で皆さんは何を感じましたか。私が初めて見たときの印象は、「年を取りたくない」でした。映画ファンには申し訳ない感想ですが。暖かい冬。まだ冷え込みはありそうです。お気をつけてください。【日記1】 タイタニック号を 救えた者 -グリエルモ・マルコーニ-
2009.02.06
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タイタニック号を救えたのは誰か。普遍の真理の発見に与えられることが多いノーベル賞。しかし実用化の研究に与えられることもあります。その第1号が、イタリアのグリエルモ・マルコーニ。電磁波を使えば、交信ができるのではと考えたマルコーニ。わずか20歳で、無線での送受信器を発明します。そして2年後の1896年には、2kmまで通話可能に。モールス信号の送信にも成功し、翌年にはイギリスに無線会社を設立します。1901年には、大西洋横断の無線交信に成功。1909年に、35歳でノーベル物理学賞を受賞します。そして世界に、無線が広がります。悲劇の年、1912年。不沈船と呼ばれたタイタニック号は、氷山に激突し沈没します。1,513名が帰らぬ人となります。しかしマルコーニの無線は、既にタイタニック号に搭載されていました。無線で救助を求め続け、700名が救われます。わずか前の無線のない時代では、この命も救われませんでした。残念なのは無線が珍しいあまり、乗客からの観光無線通信が多すぎたこと。乗客の自宅への乗船記念の無線交信が忙しすぎたため、通信士は氷山の存在を告げる警告の無線を、「うるさい、じゃまをするな」と切ってしまいます。そのため、タイタニック号は、氷山に最高速度で激突することになりました。人名を救ったマルコーニの無線。しかし、無線が役立ったのは、人命の救助。事故の予防には、役立ちませんでした。何かが起きてから、その価値に気づかれる。それが、新しい道具の宿命。【日記】 タイタニック号沈没 ―その後に比べれば、小さな出来事―【参考】 馬場錬成,「ノーベル賞の100年」,中公新書,2002年,227P
2009.02.04
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皆さん、節分をいかがおすごしでしょうか。節分は、厄払い。忘れられつつある風習の意味。渡辺さんが豆まきをしない話は初耳でした。渡辺綱の関係でしょうが。鬼門など、鬼の字が使われるものは多くあります。中国では、鬼は「幽霊」のことですから。置物などでも鬼は作られ、日本人に愛される妖怪です。陶板の鬼面、拝見したい。この時期は、皆さんお忙しく、豆まきどころではないかたも見えます。一方で、青鬼さんに扮装されるかたも。落花生を撒くのは、反則に思えます。(笑)大豆のラップ巻きはOK。猫さんが多いと、豆まきは大変ですね。そういえば、いわしは…。豆を猿に食べられたという話も。「泣いた赤鬼」は良い話でしたね。家族がいなければ、豆まきもない。鬼も泣くかもしれません。近江神社の「鬼は内」は、賛否両論でしょうか。ともかく、今日は節分です。鬼は外、福は内。みなさんに、よいことがありますように。そういえば、21万ヒット達成です。いつも応援、ありがとうございます。明日は予定通り(?)、タイタニック号絡みの日記です。【日記1】 我輩は鬼である -節分-【日記2】 鬼は内 -節分2-
2009.02.03
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節分のご質問のお答えです。昨日の日記の更新が遅く、コメントのお答えがまだできません。そこで、まずはご質問にお答えします。【節分に、「鬼は内」という地域は?】「鬼は内」は、以外に多くの地域で使われます。まずは、名前に「鬼」がつく人が該当します。それから吉野の蔵王堂。福知山の三田も、殿様が九鬼公なので、「鬼は内」です。船場の飛脚(運送業)も、「大荷は内」の意味で「大荷」=「鬼」となり、「鬼は内」を使います。変わっているのは、近江神社。追い出された鬼がかわいそうなので、「鬼は内」で鬼を神社に迎い入れます。鬼にとっては、地獄で仏。【節分で豆を食べるのは?】歳の数だけ、豆を食べる節分。節分は、立春の前日、つまり冬の末日。1年の区切りとなる大きな節句。1年の区切りで歳をとるので、歳(数え)の数だけ豆を食べます。栄養価のある豆ですから、豆を食べるのは納得します。しかし厄の話はどうでしょう。どうやら日本の行事では、何事も良い方へ解釈します。つまり、豆をまけば厄が払え、食べるときは厄は無視できます。都合が良い気がしますが、縁起物はそれでよいのでしょう。今回は、御返事前の日記補足でした。コメントの御返事、準備完了後に致します。【日記】 我輩は鬼である -節分-
2009.02.02
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我輩は鬼である。名前はまだない。どこで生まれたか、とんと検討がつかぬ。何でも中国というところだったことだけは記憶している。我輩はここで、豆まきというものにあった。極悪な種族の人間というものが、我輩を追い立てる行事らしい。我輩は、大きな音が嫌いである。本来は小石を我輩にぶつけるつもりらしいが、石に似た豆で我慢しているらしい。音を立てるには大豆で十分で、大豆は収穫量も多いというのが、人間のいい訳という。まことにひどい話だが、豆まきには他の意味もあるらしい。人間がまく豆には、“厄”がこめられているという。つまりは、豆まきは厄払いということである。厄のこめられた豆を人に食わし、おのれの厄を分けて払うとは、なんと人間とは恐ろしい生き物か。ああ、おそろしや。今年も、豆まきが始まるらしい。くわばら、くわばら、人間はおそろしい。しかし、人間は知っているだろうか。我輩は、大豆が大好物だということを。とはいえ、ここは我慢。うっかり豆を食べて、厄をもらってはたまらない。鬼は外、福は内。ここは、我輩は退散することにしよう。あのおそろしい厄の豆は、福の神と人間にくれてやる。我輩は、豆まきから逃げる。逃げて、太平を得ることにする。太平は、人間から逃げなくては得られない。ありがたい。ありがたい。【参考】 中村光行,「鬼の系譜」,五月書房,1989年,253P
2009.02.01
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