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最近、いろいろとやらなきゃいけないことが山積みになっている。うまく歯車が回ってどんどん進めばいいのだが、なかなか思うようには進まない。だからいろいろ考えてしまって、結論も出ずにモヤモヤしたまま止まってしまう。半ば強引に進めたいという気持ちもあるのだが、やらなきゃいけないことは1つではないので1つの事案にかかりっきりになる時間の余裕も心の余裕もない。その結果、会議で自分の考えを語っても、話の終着点はどこなのか、自分が何を話しているのかすらわからなくなった。家族の会話の中でも、これがこうでああだからと熱心に説明するのだけれども、何のきっかけでその説明に至ったのかわからなくなってしまうことがあった。とにかく自分の頭の中は仕事のことや家庭のことなどでしっちゃかめっちゃかになっている。こうやって日記を書くことで頭の中を整理しようと思うが、何を書き込んでいるのかよくわからなくなってきた。体を動かしたり、瞑想してみたりして頭を整理しようとしているが、どれも最後に出てくる言葉は「わからない」正解のない問題に対して、ベストな答えを出そうと考えすぎているのだと思う。ベターでいいのに。こうなったら一度頭の中を空っぽにして、1からやり直さないと何も解決しないように思う。少し時間を作って、肉体的に限界に追い込んで頭の中をリセットしよう。そうすればモヤモヤも晴れるかもしれない。 これ、自分流。
2016年11月25日
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10年以上も夫婦生活を送っていると、色々な小言も言われる。買い物に行っても荷物を持たないとか、便座が上がりっぱなしだとか・・・。気を使わないとも言われるが、実際には相当気を使ってるし、逆に気を使ってほしいくらいに思っている。言われてもあまり行動しないので、半分あきらめているんだろうと思う。ちなみに買い物に行って荷物を持たないのは、色々言われるから袋詰めしないので、荷物とのファーストコンタクトがない。袋詰めしている間に、帰りのルートや帰ってからやることなどを考えていることが多いので、荷物を持つことに気が回らない。あとは買い物に行くときや出かけるときはほとんど自分が運転するので、運転手特権があってもいいのではないかと思っている。まあ、こういう性格だから一生小言を言われ続けるんだろうなと思っている。愛想尽かされればまた別だが・・・。 これ、自分流。
2016年11月20日
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ずるい!? なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか [ 青木 高夫 ]以前この本を読んだときに、ルールは自分で決めていいんだということに気付かされた。前々から家族で人生ゲームをしていた時に、マンネリ化というか物足りなさを感じていた。人生ゲームは「人生」を表していると言うが、急に没落したり億万長者になるようなギャンブル要素はあまりないと思う。フリーターやビジネスマンのような底辺(?)を歩く人は上には行けないし、石油王や発明家などの花形商売は苦労せずに億万長者になれる。これでは既定の必勝路線を歩んだ者が勝利し、雑草軍団はただ小銭を稼ぐだけになってしまう。またほかのプレーヤーとの駆け引きもないので、ただルーレットの数字だけコマを動かす運任せのゲームでしかない。そこでオレは新しいルールを作った。新たなカードを自作して。そのカードには「○マスすすめる」とかの移動系カードや、「職業シャッフル」などのガラガラポン系カードなどを用意し、駆け引き、戦略、下克上などの要素を追加し、だれにも勝つチャンスがあり、負ける可能性もあるようにした。頭を使えば、巨額の富を手に入れることができる可能性がある。一時の成功者も、一夜にして無一文になる可能性がある。何が起きるかわからないのが「人生」だと教えてあげたい。自分にもまだまだ逆転のチャンスはあるのだろうが、子供には無限の可能性がある。たかがゲームかもしれないが、ゲームを通じて色々なことを学べる機会になればと思う。 これ、自分流。
2016年11月17日
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子供が病気などで休みがちだったので、遅れを取り戻すためにフードコートのスペースをお借りして、算数の勉強を教えた。本当は家でやれればいいのだが、色々な誘惑が周りにあり、猫も邪魔しに来るので家の外へ。自分自身がやる気を出して勉強するか、塾や公文、家庭教師の力を借りて遅れを取り戻すのが一番の近道かもしれないが、本人のやる気が見えず、塾に行かせるお金も無いので、自分たちでできることをやってみようということでまずはやってみた。いろいろ試行錯誤しながらやっているので、すぐに成果は出ないだろう。ただ、勉強をする習慣さえ身につけばすぐに追いつくだろうし、勉強が楽しくなるに違いない。 これ、自分流。
2016年11月13日
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先日の身近なちょっとした事件について。先日、子供の通う小学校で違うクラスの男の子が家を飛び出し行方が分からなくなるという事件があった。一緒のクラスになったことはあるらしいが、たぶん顔を見ても自分はその子をわからないと思う。しかし休みを挟んで2回行方不明になっていたので、赤の他人でありながらものすごく心配していた。カミさんも同じように心配し、午前中に近所をウロウロしていたらしい。夕方になっても保護されたというような連絡がなかったので、自分も仕事が終わったら散歩ついでに捜索しようと思っていたくらいだ。結局夕方になって無事保護されたようだったのでホッと一安心したが、同じように心配していた人はほかにもかなりいただろうと思う。反対意見もあると思うが、自分は子供は地域で育てるものだと思う。それが郷土愛や愛国心につながっていくものだと自分は思う。根本的なところは、自分は親という立場で子供を守らなければいけない。そして子供の手本でいなければいけないという思いだろうと思う。他人の子供を心配できなくて、自分の子供にどういう話ができるか。自分は親として、もし子供が行方不明になったら、どんな手段を使ってでも必ず見つける。おそらくうちの親もそういう思いだっただろう。子供の勝手な行動は親の責任だと言われる時代ではあるが、見て見ぬふりをしてきた周りの責任でもある。自分も暴れている子供を注意することはできていないが、その子のために勇気を持ってやってみようと思う。それが地域で子育てをするということではないだろうか。 これ、自分流。
2016年11月03日
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