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いやあ、満足感いっぱいの映画でした。ホラー映画を観て、満腹感を感じることは少ないのです。一番満足したのは、もう何年も前の黒澤清「回路」あるいは「シックス・センス」でした。どれも楽しみ方はまったく違うのですが、暗い映画館の中で上映時間の間ダレルことなく過すことの出来る作品は希少なのです。洋画ホラーの王道を馬鹿にしていたのですが、楽しみ方がやっと分かりました。遊園地感覚で楽しめばいいんですね。目で驚かせ、音で驚かせ、汚物で驚かせる。楽しく驚いていくためには、キャラに無理がなく、世界観は破綻していなくて、起承転結がはっきりしていて、小物の伏線もきちんと決まっていていなくてはなりません。このあたり雑に作っている映画が余りにも多い。監督 : サム・ライミ 出演 : アリソン・ローマン 、 ジャスティン・ロング 、 アドリアナ・バラッザ 私も含めて6人しかいなかったB級映画雰囲気たっぷりの部屋でした。主演のアリソン・ローマン がいい味を出していました。14年前はオデブだったけど、克己努力してそこそこ綺麗になって、銀行の支店の副支店長を狙える位置まで行って、大学講師で金持ちの同棲相手もいる上昇志向たっぷりの30才前後の女性です。韓国ならばヒロインタイプだけど、日本ならば悪役タイプ。悪い娘ではないし、とっても可哀想だし、そもそもおばあちゃんから恨みを受けたのは、完璧な「逆恨み」なんだけど、どうも感情移入はしにくいタイプとしてみごとなキャラ設定です。しかも、日本型ヒロインみたいな受動型ではありません。むしろ、逆恨みの呪いに対して敢然と立ち向かい、対策を考え、対決していきます。だから、ラストはむしろ「やるだけやった」というすっきり感(?)さえ醸し出すのです。
2009年11月30日
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かばんの中からぐちゃぐちゃになった切抜きが出てきました。多分半年前くらいの朝日新聞「悩みのるつぼ」という企画の切抜きです。今もう一度読んでみて、非常に普遍的な悩みだと思い、そのまま書き写してみます。相談者は34歳の契約社員。女性です。「結婚にもなんとなく無気力で…」という悩みです。 出版社の契約社員をしている34歳女性です。結婚のことで悩んでいます。 仕事は半年ごとの契約です。出版不況の中、いつクビを切られるか分かりません。独身のままの老後を想像すると、ゾッとします。その前に他県で暮らす両親の介護が必要になるかもしれません。 安定した人生を送るには、収入のある男性と結婚するのが近道なのでしょう。30歳までは「早く結婚を」という親の圧力もあり、焦っていました。30歳を過ぎても結婚しない女性には、きっと何か問題があるに違いないとえ思っていました。 でも、これまで付き合った男性4人とは結婚に踏み切れませんでした。「この人でなくちゃ」という確信がもてないと結婚はだめだと思うのですが、誰ともそこまで気持ちが高まらなかったのです。だんだん結婚への意欲も薄れてしまい、4人目の彼氏とは自然消滅でした。 子供を産みたいことや、自分の容姿などを客観的に考えると、タイムリミットが近づいていると頭では分かっています。でも、周囲には同世代で独身の女性も多く、かつてのような切迫感はありません。 最近はこんな自分の無気力状態にこそ漠然とした不安を覚えるのです。独身のまま不安定な仕事を続け、先の読めない未来を乗り切ることが出来るのでしょうか。うーむ。どうでしょうか、皆さん。どのようにアドバイスすればいいのでしょうか。じつは、回答者は専門的なアドバイザーでもなければ、文学者でもなく、経済学者の金子勝氏でした。朝日はみごとな人選をしていると思いました。回答を長々と書いていましたが、はしょって紹介。彼女はみごとにロスジェネの走りなのです。就職氷河期で正社員になれず、セーフティネットのない社会を生きている典型です。契約労働だとすぐに首を切られ保証がない。医療も介護も崩壊状態なので家族の支えが泣ければ無理。ところが、自分が老後は独身かも知れず、親の面倒の心配もしなければならない。逃げ道は結婚しかないのでしょうか。でもそれも今のままで不利です。将来の安定を確保できるだけの結婚や正社員の道はあまりに「競争」が激しい。金子さんは言います。「個人的な解決はほとんど困難です。残されている道は、自らが多数派であることを自覚して、社会的な不公平に対して同じ世代で主張を共有するしかありません。」それもめんどくさいならば、あなたが今抱えている「不安」は的中するでしょう。もうこれは、身の上相談の回答ではありません。たぶん彼女にとっては回答拒否に映ったに違いありません。でも、私もこれ(個人的な解決はほとんど困難)が現実だと思います。もちろん、彼女が好転する可能性はゼロではありません。むしろ、そうは言ってもキチンと自覚してがんばれば、数少ないチャンスをものにして正社員の道も…いやこれは難しいとしても、理想的な彼氏が現れる可能性はゼロではありません。でも、彼女のように「理想の彼氏」を待っていてすぐに40歳を越えた人も数多くいるのも事実。やっぱり、回りくどくめんどくさいかもしれないけれど、少しでも住みやすい社会に向けて頑張ってみるのをお勧めします。案外そこから見えてくる未来があるような気がします。(以上自分のことを棚にあげています。いつも私はそうです。すみません)
2009年11月29日
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戦争への想像力 小森陽一 新日本出版社 この前小森陽一氏の講演会があったときにサインをもらうために内容等を確かめずに買った本です。結果大変面白い本でした。小森氏は「はじめに」と終わりの座談会に出席し、「あとがき」を書いているだけです。ここには、20代から30代の若者9人の、「自らすすんで戦争体験者と出会い、その証言を聞きだし、対話し、自分自身の記憶として取り込み、自分で納得した表現方法で他者に伝達することを試み続けている」実践の手記が書かれています。いまだに九条の会の主体はお年寄りだといわれています。けれども、ここには具体的に「若者の運動の記録」があります。彼らは何をきっかけにこれらの運動にかかわりだしたのか。さまざまではありますが、いちばん若い人が9歳のとき、年長者でも21歳の時でした。92年湾岸戦争のあとにPKO協力法が三日にわたる徹夜国会の末に成立する。これはひたすらテレビに流れた。その後の16年間は、九条を持つ国日本が、その軍事力である自衛隊を海外に派遣するという大きな軸足の転換に遭遇してきた日々でした。日本も戦争をするかもしれない。その緊張感の中で思想形成をしてきた彼らは、戦争体験者と「たまたま」であうのです。従軍慰安婦、南京事件、強制連行・強制労働、靖国神社、東京大空襲、沖縄戦、原爆、朝鮮戦争、イラク戦争。従軍慰安婦だったハルモニが涙ながらに「奪われた尊厳と正義を回復してほしい」と訴えるとき、村上麻衣さんは「尊厳や正義を取り戻さなくてはならないのは、むしろ私たちの側ではないだろうか」と思うのです。「人間の盾」活動に参加して03年イラクに行き、死の恐怖を味わった相沢恭行さん。「盾の効果なんてどうでもいい。近くに居てくれるだけでうれしい」というイラクの友人の言葉にもっとも励まされたのです。キーワードは「体験」だと思う。若者になんでもいいから、「そこに行け」というべきだ。若者は一日にしてまるきり別人として帰ってくる可能性がある。
2009年11月27日
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じつに饒舌な自然ドキュメンタリー。一切の説明がなかった「アース」とは対極にあるつくり。滋賀県琵琶湖近辺の里山は典型的な雑木林で、そこでは人と自然が行く千年かけて作り上げ経てきたコロニーがあった。村に隣接した里山の雑木林に春が来た。「やまおやじ」と呼ばれる老木が、里山の営みについて語り出す。ヒキガエルが木のうろから姿を現し、ミツバチが新しい巣を造るため飛び立っていく。人間たちは「ほだ木」に成長した椎茸を収穫し、その下ではカブトムシの幼虫が育っていた。夏の夜、やまおやじの樹液酒場にカブトムシたちが集まり、オスどうしの闘いが始まる。森の向こうでは花火が上がり、夏祭りが始まっていた…。ディレクター : 菊池哲理 語り : 玄田哲章 、 安井邦彦 、 高橋美鈴 音楽 : 加古隆 出演 : 今森光彦 映画としては退屈。どうしてもNHKドキュメンタリーという意識で観てしまう。まだまだこのような「森と人がかわした約束が生きている」ような森はわれわれの近くに日帰りで帰れるところに、ひとつやふたつはあるはずだ。この映画を観て、いいところがあるとしたら、その里山の見分け方をキチンと分かるというところだろう。今度の日曜日、「うろ」のある雑木林を探しにいってみようかしら。
2009年11月26日
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昨日の続きです。これはこの一年で新設された01軽対戦車誘導弾射座です。小屋の中にはコンピューターがあって的を動かしていきます。他にも、中央弾着地、RL射座、西弾着地などを見て行きました。西の端には、びっくりしたのですが、なんとテロ対策訓練場までありました。形だけの都市の景観ですが、本屋や魚屋、八百屋の標識があります。前回の日米共同演習では、イラク戦争で大いに「人を殺してきた」兵士たちにここで都市型訓練の指導を受けていたのを公開していました。日米協定によって、一年のうち6週間は日本の自衛隊基地を使ってもかまわない、というこみとが決まっているようです。来年の2-3月にまた米軍がゃって来る。岡山県民はいつ岡山の地を米軍基地にしていいと認めたというのか !基地駐屯地においてある74式戦車。この演習場で実弾演習できます。155ミリ榴弾砲(FH70)です。推定価格一基約3億3000万。10門この演習場にあります。ほかには今回見ることは出来なかったのですが、81式短SAM(短距離地対空誘導弾)が二セットあるらしい。一セット37億5000万です。この演習は日本原では出来ないで、北海道に行ってやってきます。北海道で4発撃って帰ってくるらしいですが、一発の値段はなんと3000万円です。「事業仕分けでこんなのこそ削るべきだ」と声が出たのは当然でしょう。ほんの6-7年前までは、大砲や機関銃の「戦争ごっこ」をしているだけの演習場というイメージがあったのですが、いつの間にやら、アメリカと一緒に海外でイラク型戦争が出来る実戦部隊の演習場に変わってしまっていました。
2009年11月25日
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日本原基地調査に行ってきました。日本平和大会岡山県実行委員会の主催です。私としては、6-7年ぶりの日本原基地調査です。久し振りに来ると大きく様変わりしていました。一言で言うと、日本原自衛隊演習基地の米軍基地化がすすんでおり、自衛隊が米軍と共に戦争に参加できる体制を着々と作りつつあるということを知ったのです。日本原演習場は駐屯地と広大な演習場を抱えた中四国最大の陸上自衛隊基地です。過去の日本原関係の記事は以下のとおりです。何故いま日本原日米共同演習なのか 日本原を侵略の基地にするな自衛隊の本質は何か日本原で海外派兵のための日米共同訓練ふるさとを人殺し訓練の場にするな「日本原日米共同訓練反対集会」 この間二回の日米共同訓練を実施しました。(2006年度と2007年度)そして実は11月13日に三回目の日米共同訓練が計画されていることが発表されたばかりでした。米軍が使用できる基地、海上自衛隊や海上保安庁が使用できる総合基地としての性格に変化してきているのがこの数年です。東着弾地は演習のときに山火事事故があった後、大きく山肌を削り防火帯を作っています。何故今回我々が基地の中に入ってこのような基地調査が出来るかといえば、日本原演習場は出来るときの住民運動の成果で、演習がない日曜などは地元住民が入会権で自由に入ることが出来るのです。事実、われわれ以外にもたくさんの人がこのとき、山芋や、まったけを求めて山に入っていました。私たちはそういう人達を横目で見ながら、勝田郡平和委員会のM氏の案内で、奈義山の山深くに入っていったのです。新しく作られた標識はすべて英語併記になっていました。東地区に砲撃弾の演習場です。参加者は「来るたびに山がはげている。それだけ基地が強化されているのが実感できる」「戦争ごっこをするのに、どうして国の税金を使うのか」と憤っています。潜入射場も数年前に新しく作られていました。ここで穴に潜りながら機関銃などの「戦争ごっこ」をします。つづく。
2009年11月24日
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新参教師徳間文庫 熊谷達也熊谷達也の文庫新作である。彼にしては、軽い読み物になっていて、一気に読ませていただいた。熊谷達也といえば、なんといっても「邂逅の森」がすごかった。今回、彼得意の動物は一切出てこないし、時代物でもない。ほんらいシリアスなものを書いてきた作家がギャグものを書くと案外面白いことがある。なぜならば、作家はエンターテイメントの基本をすでに抑えているからであろう。この作品は、最近はやりだした民間企業から教師を迎えるという枠を利用した一介の中年男性の目から見た「公務員としての教師の世界」である。新任教師からみた教師の世界はよく小説にもなっているが、出世競争や企業世界の酸いも甘いも経験したサラリーマンから見た教師の世界というのは、新鮮である。たまこの主人公安藤亮太、ぜんぜん純情でも善良でもないというところがいい。出世にも欲があり、自己保身には熱心で、胸が大きい女性には鼻を伸ばす、仕事をしない教師は「税金泥棒」と罵倒する。そんな男から見ると、車のタイヤを破られても警察には連絡しない、タイムカードはあってなきが如し、部活で放課後、休日はみごとに潰れ、修学旅行では二日丸丸徹夜をする、昼休憩は給食があるからぜんぜん休まらない、偏差値で進路指導をするのがいちばん合理的なのに、一切そんな数字は使えない、とうとう彼から見れば不満だらけである。そんな彼に正体不明の怪文書がやってくる。誰かが彼の出世を陥れようとしている。という学園ものかと思いきや、なんとミステリものになっていて、最後まで飽きさせない。現役教師が読むと、共感したり、反発したり、いろいろと面白いのではないかと思う。
2009年11月23日
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上巻の感想を書いて時間が経ってしまいました。この世界の片隅に(中)双葉社 こうの史代呉の北条家に嫁いで半年‥‥‥大好きな絵を描いていたら間諜に間違えられたり、買出しに行ったら、迷子になってしまい、でも友達ができたり‥‥‥戦争という暗雲が周囲を色濃く染めていく中、すずは健気に日々を生きる。という帯の文句です。ともかく「この世界の片隅に」生活する少女とも言える新妻の日常を、時にはコント風に、時には抒情的に、時にはいろはカルタの形を借りて、描いている巻です。初恋の青年との悲しい別れも織り込みながら、すこしづつ嫁ぎ先になじんでいくすずが可愛く、愛おしくなってきます。この世界の片隅に(下)双葉社 こうの史代そして下巻に入っていきます。「正直描き終えられるとは思いませんでした」と作者が言うように、この巻は読むのがつらい場面が続きます。この巻では呉大空襲、そしてすずの実家にピカが落ちる。大事なものをたくさんなくし、大切な人も奇跡的に生きて、何がおきているのか良く分らないまま戦争が終わる。すずがすずらしく生きることの出来る一つの手段だった絵を描く右手は姪の命と共に吹っ飛ぶ。すずは偶然にも広島で被爆しなかったけれども、被爆直後に広島に行った近所のオバサンの具合が悪いことも絵の片隅に描かれている。この世界の片隅に生きる。台風がやってきた日に、死んだと思っていた家族や妹の消息が分る。彼らは台風一過の朝に呟くのだ。「ハハハ冴えんのう」「まさか今さら来るとはのう」「もう一月も前に終わったのに」「大いばりで」「ほんまに迷惑な神風じゃ!」みんなが笑うて暮らせりゃいいのにねえかって嫁ぎ先のお母さんが呟いた言葉である。つらい毎日に笑うことが出来る。この微妙な間をドラマにすることは可能だろうか。昭和21年1月の最後の章は見事だった。このものがたりの最初と最後を見事に対として描き、そして喪った命と自分の右手を、言い換えれば「希望」を見つけるラストである。最後の最後でカラーで描くページが美しい。
2009年11月22日
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「ワルキューレ」はエンタメにも徹せず、重厚な史劇にも徹することが出来なかった残念作であったが、冒頭の三分間だけは、兵器マニアが「今までに見たことも無い凝りに凝った映像だった」と絶賛していていたのが、偶然にも今日の話でした。彼が私に聞くのです。「もしあの作戦が成功していたならば、歴史は変わっていたのだろうか」私は「そりゃあ‥‥‥」と言いよどんで思いつきを言います。「変わっていたでしょう。成功してもしなくてもドイツ敗北という歴史的事実は変わらなかったとしても、あのテロが成功していたならば、かなりのドイツナチの保守派が戦後生き延びたはず。そうしたら、今のドイツのように戦争責任を徹底的に追及するような国柄にならずに、いまの日本のような国になっていたと思う」あの映画がもしそういうところまで感じさせるような史劇だったら、私は高く評価したのであるが。さて、タランティーノのナチ幹部全員暗殺計画は果たしてどうであったか。監督・脚本 : クエンティン・タランティーノ 出演 : ブラッド・ピット 、 メラニー・ロラン 、 クリストフ・ヴァルツ 、 ダニエル・ブリュール 、 イーライ・ロス 、 ダイアン・クルーガー 、 ジュリー・ドレフュス エンタメ映画というは、まさにこういうふうに作るのでしょう。始まりの音楽は何か知らないのですが、なんとなく欧風映画の雰囲気たっぷり。「キル・ビル」第一部は邦画、第二部は西部劇、そしてこれは元映画の薀蓄は誰かに語ってもらうとして、スパイモノや刑事モノ、サスペンスのエッセンスをうまく取り入れた心理映画になっています。特に途中で帰ったら全額返金ということを全く忘れさせる中盤のクライマックスは素晴らしい展開でした。途中充分存在感を持って出てきた登場人物が一瞬の間にいなくなるあの結末には痺れました。この映画、皆キャラが立っているのですが、なんと生き残るのはたった三人。これはまさか「七人の侍」を意識しているのでしょうか。
2009年11月21日
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「ゼロの焦点」にしようか、これにしようか、迷ったのですが、ネットの評判はこちらの方がよかったので、見損なったときに後悔すると思いこちらに。監督 : 水田伸生 脚本 : 宮藤官九郎 出演 : 阿部サダヲ 、 瑛太 、 竹内結子 、 塚本高史 、 皆川猿時 、 片桐はいり 、 鈴木砂羽 、 カンニング竹山 、 高橋ジョージ 、 陣内孝則ずっと連敗続きだったクドカン節も前回の「メリケンサック」でお払いできたので、ある程度は期待していたのですが、やっぱり私はクドカンは苦手なようです。悪くはありませんでした。そこそこ笑わせてもらって、そこそこいい話しだなあ、と思ったのですが、どうも登場人物全員に感情移入できないんですよね。イヤ、それは当然といえば当然であって、この登場人物たち全員「にせもの」というキーワードですべて登場しているんです。いつも本当に笑ったことの無いお兄ちゃん、プチ整形で帰ってきた子持ち娘、偽兄弟漫才師、本当は信じていない近所の商店街の人々、「薄ら寒い」演説しかできない環境大臣‥‥‥。そういう痛々しい人間性を見せながら、なおかつ笑え、という。泣け、という。そういう作り方にどうも付いていけない。ヒットしてるのだから、世の人の感性と私の感性が違うということなのでしょう。唯一感情移入できたのが、ますます子役演技にみがきがかかってきた森迫永依でした。末おそろし。 竹内結子は「サイドカーに犬」のときと同じように、時々啖呵をきったりしていい女になりました。
2009年11月20日
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先週の土曜日の午後、少し時間が出来たので、ひさしぶりに古代吉備文化財センターに行って見ました。「まがね吹く」という枕詞で有名な吉備の中山に上って黒住教本部を右手に見ながら少し行くと、一寸立派な建物があります。ここは最近になって土曜日曜も開館するようになりました。(無料です)小さいながらも貴重な遺物をたくさん展示しているのですが、平日のみ開館だと人が来ないのは当たり前です。土曜の午後、それでもやはり宣伝が足りないみたいで、30分ほど居たけどその間誰も観覧者はいませんでした。時々展示替えがあり、三ヶ月に一回ぐらいでテーマ展示があります。今回展示替えで「遊びの遺物」を展示していました。平安時代の碁石とか、おはじきとか、興味深いものはあったのですが、毬杖(ぎっちょう)なるものもありました。木の枝を利用した杖を使って毬を相手陣に打ち込む遊びだそうです。江戸時代まで正月の遊びとして親しまれていたそうです。写真は平安時代のものです。将棋や囲碁は明らかに擬似戦闘、国盗り物語ですが、この遊びは何のまねなのでしょうか。ここからすぐの足守川加茂A遺跡から発掘された蛇の体に人面が付いた土器。なんなのでしょうね(レプリカではなく本物です)今回のテーマは「海を越えた交流」。弥生時代の百間川遺跡からは韓国の松菊里遺跡に酷似した遺跡が多く、土器も多いそうです。韓国西海岸の長い航海を終え、北九州に何故かとどまらずに瀬戸内水道を漂ってこの吉備の里に居を構えた渡来人の気持ちにほんの一瞬寄り添いました。上東遺跡にも朝鮮系遺物や技術が多くわたっています。ここでは、波止場あとが発見されたことで有名ですが、その技術も朝鮮系ならば、骨占いも朝鮮系です。また、このような刻骨(楽器?)も朝鮮系です。5世紀の薬師遺跡から多くの鉄製品が出土しました。鍛冶場があったと推測されています。これは出土した鐙。財政難の昨今、どこの文化財センターも大変でしょうが、兵庫とか鳥取のことを考えると、もっと予算がほしい。
2009年11月19日
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今年も新語・流行語大賞の時期がやってきました。今年の60の候補を挙げているホームページはここです。その中からベスト10と大賞が選ばれるわけですが、個人的にベスト10なってもらいたいものを挙げてみました。定額給付金 1人当たり一律1万2000円、18歳以下と65歳以上には8000円を上乗せ。麻生政権の目玉政策の一つになるはずだったが、選挙対策のバラマキと批判を浴びたり、「低額給付金」と揶揄されたり。申請締切りの全国的なピークである9月・10月を過ぎても未申請者が約1割という実態も。 年越し派遣村 ホームレス支援や非正規雇用の問題に取り組む大小のグループと労組が手を携える形で実現した、2008年歳末の給食所。厚生労働省の隣、東京・日比谷公園に設けられた仮設テントには6日間で、登録ボランティア約1700人、支援金は4400万円にのぼった。 派遣切り リーマンショック以降の急激な雇用調整において、パートタイマーや派遣労働者など非正規労働者は真っ先に雇用調整の対象となった。まず削減の対象となったのは派遣労働者で、特に生産の落込みが激しかった自動車や電機など製造業の派遣労働者は真っ先に削減されることに。貧困 経済的理由により最低限度の生活を営むことが困難になる状態。貧困線すれすれの生活しかできない人々を一般に「ワーキング・プア」と呼ぶが、日本では貧困線の定義が不明確なために正確な数を特定できない。一方で、リストラによる失業や離婚にともなう母子世帯の増加によって、「子どもの貧困」も問題になっている。 宇宙人 鳩山首相には、かねてから「宇宙人」というニックネームがある。変人と呼ばれた小泉純一郎が首相だった当時の参院選挙のとき、「私は宇宙人と呼ばれている。宇宙人と変人の一騎打ちとみてもらって結構」と自ら発言。 裁判員裁判 「裁判の迅速化・民主化」という名目の下に2009年5月にスタート。法務省は「未来の裁判員を育てる」として、08年9月から検察官や刑務官による「出前授業」を全国の小中高でスタートさせている。厳罰化に向けて舵を切りたい国の片棒を国民に担がせる制度だという声も。 政権交代 8月30日の第45回衆院総選挙。自民党は300から119へと議席を激減させ惨敗。一方、民主党は115から308へと議席を大きく伸ばして圧勝した。投票率は69.3%。総選挙の結果を踏まえて、9月16日、鳩山由紀夫を首班とする民主党内閣が発足した。選挙による政権交代が実現したのは初めてのこと。 事業仕分け 国や地方自治体が行う個別の事業について、公開の場で必要性や効率的な実施方法を議論する手法。各事業を「不要」「民間に委託」「国ではなく都道府県が行うべき」などと仕分けする。「仕分け人」と呼ばれるのは公務員OBなど、民間人。民主党新政権の下、行政刷新会議はこの手法を用いて、概算要求に盛り込まれた事業の必要性などを判定していく。 核なき世界 オバマ大統領は2009年4月、チェコのプラハでの演説において「核兵器のない世界」を目指すことを表明して、世界から注目された。核兵器を使用した唯一の大国として行動する、道義的責任にも触れた。これによりオバマ大統領はノーベル平和賞が決まった。 歴女(レキジョ) 『三国志』や戦国時代をテーマにした映画やゲームが増え、原作本を読み始めて「歴史通」になる女性が増えてきた。小日向えりら歴史好きのアイドルは「歴ドル」と呼ばれる。 ちなみに全60候補は以下の通りです。●エコカー減税●エコポイント●コンビニ受診●1000円高速●ゼロゼロ物件●990円ジーンズ●定額給付金●年越し派遣村●派遣切り●貧困●ハウジングプア●宇宙人●小沢ガールズ●オバマ政権●故人献金●裁判員裁判●政権交代●事業仕分け●脱官僚●チェンジ●25%削減●ばらまき●飛翔体●DNA鑑定●UFOで金星に●核なき世界●アシュラー●あぶり●ぼやき●あると思います●育成選手●1Q84●乙男(オトメン)●カツマー●家電芸人●実物大ガンダム●キング・オブ・ポップ●国営マンガ喫茶●こども店長●婚活●こんなところ来とうはなかった●侍ジャパン●女子力●シルバーウィーク●新型インフルエンザ●セクスィー部長●草食男子●草食系/肉食系●トゥース●ノギャル●のりピーショック●のり塩事件●パンデミック●ひな壇芸人●ファストファッション●弁当男子●マー君神の子●八ッ場ダム●離カツ(離活)●歴女(レキジョ)
2009年11月18日
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加藤周一自選集(1(1937ー1954))より第二弾です。加藤周一の「天皇制を論ず」は、戦後最も早い時期に現れた天皇制批判の文章である。掲載は東京大学内のある財団法人「大学新聞」1946年3月21号であった。「不合理主義の源泉 問題は天皇制であって天皇ではない」の表題のあとにこの題名がついている。筆名は荒井作之助。話はずれるが、この東京「大学新聞」は戦前から現代までずっと刊行し続けられている、独立採算で会社組織になっているおそらく唯一の大学新聞である。私が作っていたような大学新聞とは中身も部数も影響力も違う。時代が下って、かつて映画「精神」の監督の想田和弘もここの編集長をしていたらしい。あまりもの激務に一時統合失調症にかかった。それで新聞社をやめたわけである。これが彼をして「精神」を撮らせた動機にもなっている。その「大学新聞」に加藤周一は明確に断じる。「天皇制は何故やめなければならないのか。理由は簡単である。天皇制は戦争の原因であったし、やめなければ、又戦争の原因となるかもしれないからである」加藤は天皇制廃止の理由を述べた後に廃止反対論の無意味なことを示していく。非常に論理的な文章である。筆名荒井作之助。「(疎開先の)追分で世話になった農民の名前をそのまま筆名とした」らしい。実在した農民の名前を筆名としたのは、「虐げられてきた農民の立場で天皇制を論じたかったのだろう」と編者の鷲巣氏は言う。支配者層は、降伏か抗戦かを考えたとき日本人民の命を考えたのではなく、ひとり天皇の地位についてのみ考えた。廃止すれば(天皇の地位の)混乱が起きるという意見に対し、加藤は「戦争を迎えるのは沈黙をもってし、天皇制の廃止を称うに混乱を以ってする者は恥を知れと云いたい」と書いた。穏やかで理性的な加藤の文章の70年の著作の中で、もっとも激烈な言葉がここに書かれている。戦争に対する怒り、それが加藤周一の出発点だった。そしてそれは生涯変わらなかった。今回初めて収録された、同じ筆名で書かれた「天皇制について」という文章がある。(「女性改造」1946年6月号)天皇制とは封建体制そのものである、とその根本を説明し、天皇制を支持する「国民感情」が根強くあることを認めながらも、この文章ではとくに女性たちに対して分かりやすく情熱的に訴える。「面を起こそう」「あなた方を真に美しくするものは、理性と勇気、時と場合によっては屈せざる反抗の精神である」
2009年11月17日
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加藤周一自選集(1(1937ー1954))自選集1より私が自ら選んで(^^;)いくつかをコメントしたい。なお、この自選集「木下杢太郎の方法」に加藤周一は「このような歴史的人物(木下杢太郎のこと)を称ぶには敬称を省くのが敬意を表する所以だと思うから、旧師の一人を称ぶに私は敬称を省く」と書いている。それに習い、私も加藤周一を語るにこれからは敬称を省きたいと思う。1938年(昭和13年)旧制一高時代文芸部の雑誌「校友会雑誌」に加藤は三篇小説を寄稿しているらしいが、その一篇が「正月」である。高校生になった「私」が小学時代から親しくしている恩師を訪ねる、という内容の小編である。この恩師「秋元先生」は「羊の歌」に描かれる小学四年のときの担任「松本先生」に違いない、と解説の鷲巣氏は言う。「よく事実を見なければならない」ことを生徒に教え、加藤氏はその人柄を好み、その知識を敬っていた。学校のこと等を少し話したあとで、私は想出した様に最近大学を辞職された某教授のことに触れた。すると先生は、国の方針と意見がちがえば仕方がない、という意味のことを簡単に言われた。それは、現在、この国の社会的傾向に対する種々の立場の問題を含んでいるはずであった。のみならず教育と云う点にあらわれたそれ等の立場の問題として、必然的に私たちの関心を要求するはずであった。―すくなくとも、仕方ないと云う答以上のものを望んでいた私は肩透かしを喰わせられた様な気分を味わった。感じたことは二つ。ひとつは、この「最近大学を辞職された某教授」は東京大学教授矢内原忠雄氏(親友矢内原伊作の父)の1937年12月の辞職を示しているのに間違いない。だから次の年の正月の話題としてはまったく普通であった。しかし、いかに高校生の書く小説といえども、非常に大胆だとは思う。あきらかに「私」は某教授の辞職に批判的である。そういう小説を発表し、当局が目をつければ学生加藤周一にはいろいろと不便なことがおきるだろう。小説はそういうこともある程度覚悟した上で書かれている「落ち着き」があった。そこに居るのは、18歳にしてすでに自立した一個の社会的な青年の姿である。ひとつは、自分の成長と、社会の矛盾、そしてそのバランスをすでに客観的に書くことが出来るところまで成長している、早熟な文学青年だという点である。この小説は掌編ということもあったが、まとまっていて、読み応えがあった。(私には漱石の影響を感じたが、確信はない)このときの社会状況と、青年(少年?)加藤周一の思想変遷はもう少し綿密に研究する必要があるのかもしれないが、今はその余裕がない。
2009年11月15日
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今では誰も使っていない古いタイプライターが英語でタイトルを示す。そしてジャズが流れて英語で主要登場人物の字幕が。なんとも古臭いハードボイルド映画っぽい始まり。いやな予感が。話の筋はこんなカンジ。札幌市内のアパートで女性警官の変死体が発見された。まもなく被害者の元交際相手の巡査部長・津久井に容疑が掛けられ、さらに異例の射殺命令までも下される。かつて津久井と同じ任務にあたったことのある警部補・佐伯は、この一連の流れに違和感をもち、女性刑事の小島、新人刑事・新宮ら信頼できる仲間とともに秘密裏に捜査を始める。やがて、彼らは北海道警察内部に隠された闇に踏み込んでいくのだったが……。(goo映画)監督・脚本 : 角川春樹 原作 : 佐々木譲 出演 : 大森南朋 、 松雪泰子 、 宮迫博之 事前情報は何度か流れたCMだけ。まさか監督・脚本がこの人だと知っていたならば見なかっただろうと思う。本来ならば、もっとシリアスに、リアルに出来たはずの内容を、わざわざ区切るような台詞回しに直して、途中で臭いセリフを何度も言わせ、何度も行なわれるどんでん返しも全然予想外ではない。これだけの役者を揃えながら、あんな学芸会並みの演技をさせるなんてこの人の美意識はいったいなんなのだろう。映画の出来はどうでもいいから、かっこよく絵を作りたいだけなんだろうか。ラスト10分間の脚本のなんと「意味のない」ことか。あれほどの意味のない脚本はちょっと見たことが無い。いやあ、ちょっと凄いものを見たかもしれない。
2009年11月14日
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加藤周一自選集(1(1937ー1954))9月より岩波書店から加藤周一自選集の刊行が始まった。すでに平凡社から「加藤周一著作集」24巻がでており、「加藤周一セレクション」も平凡社文庫から出ている。では、なぜ「全集」ではなく、「自選集」なのか。私は大いに疑問を持っている。もうこれで「全集」の出る目は八割以上なくなった。編集方針は第一巻の「刊行にあたって」に詳しい。編集会議は2007年夏より始まったらしい。初期には加藤周一本人が積極的にかかわっている。加藤氏はこれによって、「70年余の「著作活動の軌跡」をたどり、かつ自分自身を「定義」する選集として編む」ことを望み、読者のためにも著作集やセレクションと違う編集方針で編むことを望んだらしい。よって、今までとは違い、基本的に発表年代順に著作が並ぶ。他の方針として、ひとつ、著作に限定して収め、対談や講演などは収めない。ひとつ、安く手に入る代表作「羊の歌」「日本文学史序説」「日本その心とかたち」「日本文化における時間と空間」は割愛する。ひとつ、既刊の評論集や著作集に収録されなかった著作からも、加藤氏を定義するに必要な著作を収めるように努める。ひとつ、加藤氏が執筆を切望していた「鴎外・茂吉・杢太郎」に関連する著作を多く集めるように努める。ひとつ、外国語著作は収めない。全集でない以上、それらの編集方針は当然だろうと思う。そうでないと、当然全10巻という範囲では収めることは出来なかっただろう。けれども、これだけの説明では「なぜあの重要な著作が選から漏れているのか」ということの説明にはなっていない。たとえば、初期の代表的な評論集「1946文学的考察」からは三篇しか収録がなくて、「1945年のヴェルギリウス」は洩れている。私はこの中の「予言者カッサンドラの悲しい運命こそは、歴史に於ける理性の役割を、実に鮮やかに象徴するものであろう。」という言葉に大きな意味を感じているものである。カッサンドラという言葉を加藤周一は後々も使っていく。預言者としての知識人の役割を最初から意識していたことの現れであったはずである。このことは、加藤周一を「定義」するうえで重要なことではないのか。また、50年発表の小説「ある晴れた日に」も洩れた。もちろんこれは、岩波現代文庫から最近刊行されたからであろう。よって納得している。この年の重要な文学評論で長く絶版になっている「文学とは何か」も洩れている。加藤氏の最初期の全般的な文学評論であり、これこそ加藤氏を「定義」するために自選集に入れるべきだった。何が問題だったのか、編者の鷲巣力氏にはぜひとも明らかにしてもらいたいと思う。それでも、この自選集は面白かった。この自選集によって初めて目にすることの出来た著作があったからである。17歳のときのあまりにも専門的な映画評や18歳のときの小説「正月」。あるいは、日本で最初期の天皇制批判「天皇制を論ず」の直後に書かれた1946年6月の「天皇制について」。あるいは、初めてのサルトル論51年「ジャン・ポール・サルトル」を読むことが出来るのは喜びであり貴重である。もちろん、もう気がついていると思いますが、私の加藤周一に関する記事は、一般の人の関心とは少しずれていて、いつかはモノにしたい「加藤周一論」のためのメモ書きのようなものなので、他の人が読んでおそらく、この自選集への不満や「喜びであり貴重である」感情は生まれないだろうということも自覚しています。加藤周一に関しては、少しミーハー的な文章にならざるをえないのですが、ご勘弁ください。まあ、私のブログは半分以上はこれだけではなくて、考古学関係やらミーハー的な「不親切な文章」なのです。鷲巣「刊行にあたって」でこのように書いています。加藤氏の著作は、文意は明瞭、視点は斬新である。かつ美しく、精確な文で表現される。詩人の魂と科学者の方法を兼ね備えた稀有な作家であった。加藤氏はまた終生変わらず、少数者として矜持を保って発言し続け、弱者を理解する姿勢を崩さなかった。大言壮語を嫌い、語るときはつねに声低く語った。これらはまさに「加藤周一の精神」の表れである。私もまた、そう思う。せっかくなので、以後「自選集1」から幾つか文章を選んでコメントしたい。
2009年11月13日
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映画で初めて失敗しました。 劇場が暗くなる。予告が始まる。ついに本編が始まる。さあ、というときになんだか違う映像。あれ、まだ予告編だったかな。やがて気がつきます。ああ、間違えてチケット買ってしまった。 あまりよく題名を覚えていなかったのです。「ムーン」という文字だけで反応してチケットを買ってしまいました。去年の「トワイライト」がよかったので、この時間帯でちょうどいい映画ということで、「ムーン・ウォーカー」という映画のチケットを買ったのです。次回作は吸血鬼に狼男が絡む話だということは知っていたので、月を見て変身する狼男が出てくる「ムーンなんちゃら」という題名だと思っていたのです。今週から公開だったかな、と思っていたのです。 最近よく見る顔が突然舞台で歌いだします。どうやら「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」にタイアップした「ムーン・ウォーカー」だったようです。(1988作品)監督 : ジェリー・クレイマー 、 コリン・シルバース 原案・製作総指揮 : マイケル・ジャクソン 出演 : マイケル・ジャクソン 、 ジョー・ペシ 、 ショーン・レノン 一応物語はあるみたいですが、物語なんかくっつけなかったら良かったと思えるくらい破たんしています。普通のいいところどりのミュージックビデオです。マイケルの歌と踊りを初めて見たのですが、あれが早送りとか、スローモーションとか使っていないのであれば、確かにすごいダンサーなんだなあ、と思います。途中で帰るのも、なんだか周りにいるマイケルファンに悪い気がして出ることができませんでした。たぶん「THIS IS IT」はこんな雑な作りではないのだろうとは思いますが、私は決して見ることはないでしょう。 ちなみに今日見ようとした映画は「ニュームーン/トワイライト・サーガ」でした。11/28公開だそうです。
2009年11月12日
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東京にこの前行きましたが、「加藤周一が書いた加藤周一」の感想で書いたとおり、加藤周一の居宅を訪ねて、上野毛を徘徊したのです。上野毛の呼び名を駅の人に「上野毛(うえのもう)行きのの電車はこちらでいいのですか」と尋ねたぐらいに良く知らない私です。何度も聞きなおした末にやっと「ああ上野毛(かみのげ)ね」と教えてくれました。居宅情報は「加藤周一著作集15」の「あとがき」にこのように書かれている。しかし、住めば都である。私の家の近くには五島美術館があって、焼き物の逸品を備えるばかりでなく、また名古屋の徳川美術館と共に現存する「源氏物語絵巻」を二分して蔵することは、人のしる通りである。駅前にパン屋があり、「モンテ・ヤマサキ」という。「モンテ」はすでに「ヤマ」だから、いささかくどい名前にちがいないが、その店に座る太ったおかみさんには、泰然として迫らない風格がある。また酒屋のおかみさんとは、ブルガリア産のぶとう酒の安くてコクのあるやつを、値切って買ったときから知り合いになった。(1979.11.20)分ったこと。ひとつ、パン屋のモンテ・ヤマサキを探すこと。ひとつ、五島美術館の近くである。インターネットで地図を調べて印刷して持っていったわけです。駅前に交番があることは分かっていましたから、まずはそこでダメ元で「評論家の加藤周一さんのお宅は知っていますか」「番地は?電話番号は?」不審者だと思われなかったのは嬉しいのですが、やっぱりおまわりさんは名前さえ知りませんでした。「知らないのです。それでは、パン屋のモンテ・ヤマサキは知りませんか?」電話帳を引いてくれましたが、ありませんでした。なにしろ30年前の文章です。もう畳んでいるのかもしれません。お巡りさんは親切にもゼンリンの地図も見せてくれました。「加藤なんて家はたくさんあるから分からないだろう」「そうなんです」なんとなく五島美術館の近くに「加藤」と書いている家を見つけました。そこを目指して行きました。閑静な住宅街です。外国人の家族が散歩しています。イメージぴったり。これはモンテ・ヤマサキではなく、目に付いたおしゃれなパン屋さん昭和40年前後に建てていると思うので、庭付きの木造の家だと思うのです。ところが、行ってみると、目指す加藤家の表札は名前が違うし、家は新しいし、中から小さい子供の声さえします。《でも、もしかしたら子供さんの代に名前も変えて改築しているかもしれない》と思い直し、写真だけ撮りました。結局違ったのですが…。五島美術館に行って見ました。ちょうど「伝えゆく典籍の至宝」展をしていました。江戸時代の文人の写本ならびに原本が展示されています。加藤氏が生きていたならば、必ず見に来ただろう内容です。庭も昔の資産家らしい凝ったものでした。ダメ元で少しお年を召した売り子さんに聞いてみました。「加藤さんなら、駅の向こう側に住んでおられると聞いたことがあったわ。どこかははっきりしないけど」やっぱり顔見知りでした。そして、まったく見当違いのところを探していたようです。駅の周りを探してみましたが、見つかりませんでした。前にどこかの文章に小森陽一さんが「ご自宅の近くの喫茶店の二階で話を聞いた」と書いていたような気がします。周りを回ってみて、二階のある喫茶店はこの「ル・サフラン」だけです。上がってケーキセットを頼みました。その日のケーキのうちいちばんフランスらしいケーキであるシャルロット・ポワールを頼みました。なんとも濃厚なクリームが入っていました。ここに間違いないと思います。五島美術館お勧めの食堂のチラシがあったので、そこに書いてあった「さくら庵」という東京の典型的な蕎麦屋に入り、野菜掻揚げ丼と蕎麦のセットを頼みました。濃い口醤油のだし汁、そば粉は北海道から取り寄せて手打ちをした白く細い麺の本格派です。おいしゅうございました。もうまったく日も暮れました。あきらめて岡山行きの新幹線に乗ったのでした。行きかう人、特にお年を召した女性、みんな加藤氏の妹のような顔立ちでした。蕎麦屋もそうですが、上品なパン屋や喫茶店、ビンテージという名のワイン酒屋、中華食堂、豆腐の惣菜や、銭湯、上品でしかも庶民的な、加藤氏の住む町にふさわしい処でした。
2009年11月11日
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永井小巻31歳、バツイチ(の予定)、子持ち、資格なし、貯金なし。でも実家にまあ居候を認めてくれる実母はいるから、最低のセーフティネットは残っている。そんな女性が「こんなニートな夫とは別れます!自立します!」との想いだけで働き出す。監督・脚本 : 緒方明 出演 : 小西真奈美 、 岡田義徳 、 村上淳 、 佐々木りお 、 山口紗弥加 、 岸部一徳 、 倍賞美津子 小巻はいつもじーと考える。瞬発力はない。でも《直感》で動き出す。動き出したら止まらない。彼女は確かにマイペースだ。男を振り回すタイプではある。でも、いくら店をたたむ事情があったとしても、建夫君の腰が引けたのは感心しない。店を一緒にやれなくても一緒に生きていく方法はあるはずだ。あれは《最後の夫婦喧嘩》を見て、たんに《こわくなった》だけだろう。それならば、小巻は選ばなくてよかった。ホントにやっていけるの?映画が終わった今でも、正直心配です。確かに彼女の料理の才能はあるのだろうと思う。自分の才能をそうやって見つけることが出来たのは拍手したい。小料理屋の岸部一徳が最後に小巻に「条件がある」といったとおり(ネタバレになるので内容は言いません)に、最後までがんばってほしいと思います。わたし、昔からがんばる女の子(小巻は充分大人ですが、なんかまだ女の子という感じなんです)には弱い私です。最後、店の準備に丸々三ヶ月をかけている。そこに「大人の準備」を信じたい。けれども、オープン当日、15個しか弁当作っていなかったけど、それでホントに採算が取れるの?それで心配になって、原作のマンガをネットで買ってしまった私です。ところが、マンガのほうは「弁当屋をやる!」と決意したところで終わってしまっている。映画よりすすんでいない。永井小巻、本当に自立できるんだろうか。心配です。映画的には、心配かもしれないけど、健気に立ち上がる「女の子」を描いて説得力ありました。
2009年11月10日
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ある晴れた日に岩波現代文庫 加藤周一8月15日の正午、天皇の放送を聞き終わって外へ飛び出した土屋太郎は、一晩を眠らずに過ごしたので、一瞬めまいを感じた。晴れあがった真昼の空は青く、巨大な入道雲がぎらぎらと輝いている。盛り上がり、わきあがり、膨張し、途方もないエネルギーをみなぎらせて、天頂に届く雲。太郎は雲を見た。自分はここに生きていると思い、未来に向かってひらかれていると感じ、身体の中に、かつて知らなかった希望と力が溢れるのを意識した。この小説を見たのは初めてではない。すでに「加藤周一著作集」13巻に入っていて、読もうと思えば読めたのである。けれども、途中で挫折した。小説的には成功していないと思う。一生懸命小説を書いているという感じがして、すらすらと読めなかったのである。心理描写のくどいところもある。いまから60年前の1950年、加藤周一は友人の中村真一郎や福永武彦のようには小説を書くことが出来なかった。そのことが、彼をして日本有数の文学評論家に変えさせたのかもしれない。ところが、文庫本になったことを契機に改めて少し無理をして読んでみるとこれがなかなか「面白かった」。「序」を書いている渡辺一夫も言っているが、「近代戦争の銃後における人間性の圧殺に対する抗議証言にもなるという点で、忘れがたい印象を残」しているのである。何人かの典型的な人間が登場する。主人公土屋太郎や友人関哲哉の姉あき子、あき子の疎開先信州に暮らす画家やその友人吉川、あるいは大学教授の五十嵐は戦争に批判的で、そしてそのことを自由にいえないことに精神的な圧迫を感じている。その信州の田舎にも水原という人の精神に土足で入り込む憲兵がいる。渡辺一夫でさえ、自殺を考えていた(「敗戦日記」)ということなのだから、あの時代にあって、批判精神を保ち続けることが以下に大変なことかなのは今の想像以上なのだろう。あるいは、太郎の東京の病院の医者の同僚に対して太郎は「火傷の治療法については、綿密な論理を繰り整然と語ることの出来る男が、なぜ沖縄の運命については簡単な論理さえも冷静にたどることが出来ないのだろう」というようなことを感じる。一方では、あき子や画家や教授とは職業が違うのにもかかわらず、共通の言語で語ることの喜びがある。もう一人の女性が登場する。ユキ子は看護婦であるのと同時に医者である土屋に淡い恋心を抱いている。彼女は「健康な」皇国女性として登場する。空襲のときに土屋とユキ子は(精神的な)決定的別れを経験する。それらの会話を重ねていく中で、一種の戦争場面のない戦争小説が出来あがっているのである。この本の収穫は渡辺一夫の「序」がついていることであった。実は渡辺は加藤のことを「星菫派の一人」と書いている。加藤は星菫派(戦争中リルケなどを楽しみながら、一方で戦争を容認していた人達)を厳しく批判していた張本人で、渡辺一夫もそれを知っていたはずなのに、なぜそう書いたのか、大きな疑問なのであるが、それはここの記事の趣旨ではない。
2009年11月09日
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今日初めて知ったのだが、毎月一回この人の新作の詩が朝日新聞に載るらしい。谷川俊太郎 11月の詩「心の皺」セピア色の写真の中の三歳の私母の膝で笑っているこの子と喜寿の私が同一人物?心臓に毛が生えたぶん頭からは毛がなくなってだけど不安と恐れはそのままで心は体ほどには育たないとしても心には皺は増えたお顔と同じに 脳と同じに?もみくちゃにされ丸められ磨く暇もなかった心芯にはいったい何があるのか喜寿の谷川さんにこのように「心」を言葉にしてもらえると、もう大変嬉しくなる。去年谷川俊太郎の処女詩集「二十億光年の孤独」を読んだときの記事でそのコメントのところに私は「お父上が谷川徹三だからか、なんだかもし宮沢賢治が厳しい戦前の東北に生まれずに、戦後の東京で青春を送ったならば、このような詩人になったのではないか、と言う感じがしました。なんだか俊太郎が賢治の生まれ変わりのような気がしてなりませんでした。そんな感想を持つのは私だけなんだろうか。」と書きました。最近読んでいる加藤周一の対話集6「憲法・古典・言葉」で加藤周一は谷川俊太郎と対談していて、こんなことを言っています。谷川さんの第一詩集「二十億光年の孤独」の「光年」というは日常語ではない。もちろん訳語で、ほとんど述語に近いものです。あれには感心した。こういう言葉を宮沢賢治は非常にうまく使ったと思うんです。ときどき「雪と水の二相系」なんていうでしょう。「二相系」という言葉は日常会話では使わない。ところが周りを非常にこなれた、場合によっては方言まで入れた肉体的な言葉で固めてあります。その中にうまく放り込めばかえって効くんです。そういう意味で、宮沢賢治の後継者がいないんですよ。そんな中で「二十億光年の孤独」は大変成功した例ですね。加藤周一が谷川を宮沢賢治の後継者と言っているところに大変意を強くした次第です(^_^;)
2009年11月08日
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津島やよいまつりに行ってきました。津島遺跡は、弥生前期の水田の広がり、弥生後期の河道から出土した建築部材で有名です。今日は弥生グッズの体験が出来るときいて来たのですが、土器作りに2.5時間待ちと聞いて、あきらめました。それで人が作っているところを見学。土器はやっぱり、土を丸く丸めてそれをだんだんと重なっていてつくるようです。最後の仕上げは口部の形そろえ。「土器編年」というがあって、全体の形や口部によって決まるといわれてています。それによって、100年単位、ときには数十年単位で遺跡の作られた年代が決まるのです。(韓国の遺跡が大雑把な時代区分しかないのに比べて、日本の遺跡は必ず○世紀まで記述されているのは、これがあるからです)いつも疑問に思うのですが、ひとりひとりは個性を出そうとは思わなかったのでしょうか。ただ、指導員名から指導されているのを見ていて思ったのは、抗し難い「作法」というべきものはあったのかもしれない。個性は別のところで発揮されたのかもしれません。磨製石器も展示されていました。触ってみると、本当につるつるです。勾玉つくりをしている人たちは紙やすりでこすっていましたが、古代石器は何でこすっていたのか。「石と石でこすっていました。時間はかかりますけどね。多分現在の砥石と同じような硬さの石だったと思います」と指導員の職員は言っていました。木の臼と木の突き器で「もみすり」をしていました。「この臼はもみすり専用なんですか。木の実をつぶすような機能はなかったんですか」「専用でした。つぶすのは、石の臼を使っていました。このようにたたいて、口でぷーと吹くと、案外すぐにもみが取れるのですよ」貫頭着も着衣体験できるようになっていました。「いつも疑問に思うのですが、腰を帯で巻くだけだったんですか」「実際は腰巻もあったという説もあります」「そうだとしても、これだと女性は胸が丸みえだと思うのです。日常的にそれはありなのでしょうか。昔の羞恥心の価値観がわからないのです。上はこのような形だったという根拠は何なのでしょうか。」「このような土器に書かれた絵が根拠であって、本当にはこうだったかどうか分からないのにです」……ということでした。私は弥生の技術というのは、馬鹿にできないと思うのです。もっと「複雑な」着物を作っていたと思います。他にも今日初めて知ったこと。竪穴式住居の柱は一様に大きいけれども、実際はその半分くらいの太さらしい。どうやら現代の「建築法」によって、人が入ることの出来る施設では(安全のために)太さが決まっているらしい。私はずーと勘違いしていました。津島遺跡では、板張りの住居(倉庫ではない)が復元それている。このような住居も初めて。妻木晩田遺跡ではひさしのある複雑な首長クラスの住居模型があったが、あれは弥生後期の模型だった。こちらは前期である。また、こちらの竪穴式住居の中は、妻木晩田のように深く掘られていなかった。「それはこちらのほうが暖かいからですか」と聞くと、「穴の深さ自体は良く分からないのです。」とのこと。むきばんだは屋根に土がかぶさっていたが、こちらはどうなのか。「それも良く分からないのです。妻木晩田の場合は焼失住居があったので、分かったのですが、こちらにはないので」復元住居、そのまま信用すると痛い目に遭うということがわかりました。津島遺跡の範囲を示す全体地図と周辺遺跡の地図です。現代の地図に遺跡の範囲と主な遺跡の場所を重ねています。中央下に岡山駅が見えます。津島遺跡は岡山駅から歩いて15分くらいの場所ある岡山総合グランドの中にあります。右上には6000年前の地層からイネプラントオパールが発見されたことによって、稲作が縄文時代中期以前まで遡ることが出来るかもしれないと話題になった朝寝鼻貝塚があり、左上には07年3月に遺跡の場所を探して上ったことのある都月坂墳丘墓群があります。つまりこの一帯は、日本の最初期から稲作の先端地域で弥生時代後期に至るまで、重要な遺跡が集中しているところなのです。また、弥生時代最初期の水田跡がでてきた津島江道遺跡も津島遺跡に隣接してあります。そのときに作っていたのは、今のような黄金色の稲ではなくて、このような赤黒い古代米でした。ちょうど遺跡内にたわわに実っていました。また、最初期の水田は写真のように小区画水田です。けれども、それには水口もついていて、現在と稲作技術の大きな隔たりが有るわけではありません。
2009年11月07日
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バイトくん!大阪100円生活いしいひさいちすみません。やっぱり写真で漫画は鮮明には写らないですね。これは牛丼吉野家がブタ丼だけになったころの話。昔は牛丼280円だったので、貧乏生活にはなくてはならないアイテムでした。でも彼のように、紅しょうがを山盛りには食べませんでした。でもあの気持ちはよく分ります。今、吉野家は三枚クーポン券で牛丼並タダというのをしていますが、私はこういうの弱いのです。自分が食べている以上にクーポン券をかき集めて、いまや三杯ほどはタダで食べれるぐらいにはなっています。380円の三分の一なので、あのクーポン一枚が130円だと思えば、道に落ちていても拾う私です。(^_^;)それはそれとして、そーいえば、「貧困」が問題になるずーと前から貧乏生活をテーマにしたマンガをずーと描いてきたのが、いしいひさいちでした。と、いうわけで新作のバイトくんの文庫新刊です。けっして100円での生活術の本にはなっていません。あしからず。
2009年11月05日
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「あの人たちはみんな、日ごろわるいことばっかりしているから、時々、ああやってどうでもいい人助けをしたくなるんだよね」陽気なギャングの日常と襲撃「陽気なギャングが地球を回す」の続篇である。成瀬はを嘘見抜く名人。響野は演説の名人。久遠はスリの名人。雪子さんは精確な体内時計を持っている。その特技を生かして彼らの銀行襲撃は基本的にみごとに成功する。前作は映画にもなった。他の配役は忘れていたのだが、響野だけは強烈で、佐藤浩市以外はありえないとまで思った。世の中、口から先に生まれた人というのは時々いるが、響野までいくと、確かにそれは特技だろう。一見薀蓄を語る頭のいい男にも見えるのだが、ある程度つきあうと、「うんざりしてしまう」というタイプの男である。銀行襲撃のときに10分だけ人々の興味を引くのにちょうどいい男だということになる。それ以外にも役に立つとしたら、この小説の最後に例が示される。なるほど、と思った。「終末のフール」みたいに深刻なテーマは今回は少しもないので、実に気楽にたのしめばいいという小説である。
2009年11月04日
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監督 : 若松節朗 原作 : 山崎豊子 出演 : 渡辺謙、三浦友和、石坂浩二、松雪泰子、鈴木京香、山田辰夫、香川照之、木村多江、清水美沙、鶴田真由、柏原崇、戸田恵梨香、大杉漣、西村雅彦、柴俊夫、風間トオル、神山繁、菅田俊、草笛光子、宇津井健、小林稔侍、加藤剛、品川徹、田中健山崎豊子がOKを出しただけあって、プロットは長い原作を上手くまとめてていると思う。あの長い原作を一本の作品にするのならば、御巣鷹山事故を導入部にするのは必然です。ただ、切れ味は鈍いのではないかと思い、実は封切りの日に観ていたにもかかわらず、今日まで合格作品として写真付きにしようかどうしようかずっと迷っていた。けれども、今日のこの記事を見て私の思っていた以上に切れ味は鋭かったのだということが分り、写真付きで書くことにしました。日航社内報で「沈まぬ太陽」批判 「客離れ誘発」法的手段も社内報ではこんなことを書いているらしい。映画で描かれている社内の報復人事や役員の不正経理、政治家・旧運輸省幹部らへの利益供与や贈賄について「こんな不正があるわけがない」と一刀両断。「国民航空」の名称やジャンボ機墜落事故の克明な描写から「『フィクション』と断っているが、日航や役員・社員を連想させ、日航と個人のイメージを傷つける」と反発している。よくもまあ、社内報とはいえ、こんなことが書けるものだ。私は山崎豊子を「不毛地帯」から「大地の子」「沈まぬ太陽」と読んできているが、次期主力戦闘機疑惑事件、中国残留孤児、日航問題と世のタブーに挑戦してきて、一度たりとも訴えられたことがないことを知っている。それは彼女の徹底的な取材があったからである。日航の場合は、経営者側の「取材拒否」にあったからこそ、それ以外の取材はまさに徹底してやったということを知っている。(御巣鷹山編ではだからこそ実名の小説にもなった)訴えれるものならば、訴えてみればよい。それこそ、「報復人事や役員の不正経理、政治家・旧運輸省幹部らへの利益供与や贈賄」が白日の下に晒されて都合が良いだろう。日航は結局このころから全然「反省していない」ということなのだろう。現在の経営危機はまさにその膿みの決着なのであろう。木村多江や山田辰夫、香川照之 加藤剛、品川徹のように大河ドラマらしく、場面場面では見どころ役者がいて、存在感を出している。木村の悲痛な呟き、香川の揺れ、加藤の「政治家」としての空恐ろしさ、瀬島龍三の品川徹の不気味さ、そして故山田辰夫のお客様係の冷徹さ。ただ、映画として一本芯を通す印象的な場面がいまひとつ作れていない気がしたのである。ナショナルフラッグの旗の下に魑魅魍魎渦巻く組織の中で「筋を通す」ことの困難とかっこよさを恩地と行天に対比させて描くことこそがこの映画の醍醐味なのだろう。その点で、行天がいまひとつ浮き上がらなかった。演技の問題ではなく、演出の問題だろうと思う。国民航空のあのシンボルをもっと効果的に使うとか、最初と最後をきちんと「対」として見せるとか、あと一つ映画的な工夫が欲しかった。しかし、みんなの評判を読むと、私の思った以上に「思い」は伝わっているようなのだ。私はないものねだりをしていたようだ。面白いのは、ブログ評を読んでいると、非常に多くの人が「どうして仕事をやめなかったのか不思議だ」という意味のことを書いている。やっぱり今の若い人にはわからないのか、と苦笑いする。今ほど簡単に仕事を辞める事が社会的に認知されていなかったということもあったかもしれないが、それ以上に一つの労組が今では八つの労組に分裂していることからも分るように、徹底的な「戦う労組つぶし」があった。苦労したのは恩地だけではない。恩地はそれを良く知っていた。だからこそ、「逃げる」ことは出来なかった。彼の言う「矜持」とはそういうことなのである
2009年11月03日
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【DVD】HEROES/ヒーローズ シーズン1 DVD-SET 1洋画ツタヤが10月いっぱいはアメリカのシリーズもののレンタル料を100円にするというので、「24」以外はアメリカものを見たことがなかった私がこれを借りてみた。ご存知のように、超能力者の群像劇である。予知能力者が数日後にニューヨークで核爆発があるという。それを阻止しようと動く超能力者たちとなぜか超能力者を殺して回るサイラーという能力吸収型の超能力者、この二つの戦いに謎の組織が加わっていく。これだとよくある超能力ドラマになってしまうのだが、このテレビドラマの面白いところは、なんと次々と超能力者が登場してきて、能力者は最後にはおそらく30-40人にもなってしまうというところである。それらが入り乱れ、時空を超えて最後の核爆発回避を出来るかどうか、というところに集約していく。「未来は変えられる」映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で語られた構成がここでも語られる。はっきり言って何でもありの漫画的展開なのであるが、その展開に割りとシリアスな大人の劇を織り込んでいるところが、このドラマの味噌なのだろうと思う。なぜか日本人という設定の中国系アメリカ人が演じるヒロ・ナカムラが最重要の役で出ている。これは、作者の日本アニメへのリスペクトなのだろう。でもいったいどのアニメにリスペクトしていたのだろうか。やっぱり超能力群像ということで、「サイボーグ009」に違いないと思う。なにしろ、最終回002と009が堕ちていって流れ星になる展開のオマージュともいえる場面が出てくるのだから。シーズン2も見たいかといえば、そうでもない、と答えるけれども、私の性格上つい見てしまうんだろうなあ。
2009年11月02日
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加藤周一は自分の周辺のことを語らない。もちろん「羊の歌」「続・羊の歌」という自伝はある。しかし、それさえも1960年で「審議未了」ということで終わっているし、それの続編の短文も書かれているが、70年代で終わっている。 かつて「居酒屋の加藤周一」を企画した井上吉郎氏はは私にこう言ったことがある。「加藤さんの理論なんか研究するのはやめて、もっとおもしろいものを研究したほうがいい。たとえば、彼の朝日新聞連載の「夕陽妄語」に時々問答形式の話のときに高校生が出で来るだろう?彼はいまではもう立派な大人なんだけど、じつは彼の子どもなんだよ。しかも最初の奥さんの子どもなんだ」「というと、60年代のドイツ人の奥さん?」「いやちがう、加藤さんはその前にすでに結婚している。いや、実際の結婚はしたかどうかははっきりしない。「羊の歌」に京都の女というのが出てくるだろう?加藤さんはそのとき結婚までいっていたんだけど、結局わかれてしまう。その経緯がよくわからない。でも、どうやらそのとき一人息子をもうけていたらしいんだよね」「えっー!そんなんですか!」「そのあたりを君に調べてもらいたいんだよ。どうも「夕陽妄語」に出でくる高校生はその時の息子みたいだし、まるで夢の中のこまっしゃくれた加藤さんの分身みたいに出で来るものだから、彼が一体どんな大人になっているのかもすごく気になるんだ」「それはものすごく魅力的な話なんですけど、私の手には負えない話です」 という、もうすでに15年くらい前の話なのでこの会話自体の信ぴょう性は留保させてもらいたいが、そのあと唯一加藤氏と懇談会を持った時にある人が「加藤さんの教育に対する意見を聞きたい」と質問したことがあった。「その質問に対しては、私は答える資格がない。子供を育てるということは、本当に大変なことです」と言った。みんなは(まずいこと聞いたかな、という思いで)それ以上聞くことができなかった。その話とはまた別の流れで加藤氏は「今まで三回結婚をしたけど」と言ったのである。みんなは「えっ」と思った。「羊の歌」で国際結婚をしていたのはみんな知っていた。けれどもあと2回いつ結婚したのか。これもみんな勇気がなくて、誰もそれ以上突っ込んで聞くことができなかったのである。そのあと、もとの外国人の奥さんとは離婚して、いまの矢島翠さんと一緒になっているのがわかったがつい最近である。けれども、矢島翠さんと共著で「日本人の死生観」を書いたのが、70年前後だったと思うから、実際二人が一緒になったのは、もっとずっと前だったのだろうとは思う。 話はそのことではない。問題はあと一回の結婚は何だったのか、ということだ。それが50年前後の「京都の女」だったのではないか、と私はずっと思っている。 ともかく、著作集にも加藤氏の「年表」はあるのだが、「誰誰と結婚して子供をもうけた」という話は見事なまでに削られている。だから、加藤研究で人より違うことをしようとすれば、この部分を明らかにすればいいという、井上吉郎氏の意見は正しいということになるだろう。これは下世話な三面記事的な関心ではない。最近になって、九条の会の一番の仕掛け人は加藤周一ではないか、ということが明らかになってきた。先の朝日の記事の「居酒屋のムッシュ」では、九条の会の事務局長小森陽一が説得されたのは03年秋加藤周一氏からだということを明かしている。「改憲反対の運動を呼びかけなければ、手遅れになる」その年の7月。党首討論で、戦闘地域への自衛隊派遣は憲法に違反しないのかと問われた当時の小泉首相は「どこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるはずがない」と、ひとごとのように答えてていた。喫茶店で、加藤は続けた。「いくつにも分かれている護憲運動を、知識人が協力して一つにつなぎたい」言葉には幾分焦りが混じっていたように小森は感じた。加藤の肝いりで、翌年6月に「九条の会」が発足する。 九条の会の広がりが、危機的だった憲法改悪問題を転換させたのは今ではほぼ常識になりつつある。加藤氏は自らの中の「平均的な日本人」に付いて常々語り、「日本のために」発言していると、常々語ってはいたが、ついには「家族のために、子孫のために」という発言は一度もなかった。(きっぱり)加藤の中での「家族問題」はどういう位置づけなのか、日本思想史を語るときに、加藤周一は必ず問題になるが、その全体像を明らかにするためにもこれは必ず問題になる。加藤氏の戸籍謄本を取よせて、関係者にインタビューする等、私はそこまでする気力はない。誰か調べてくれないだろうか
2009年11月01日
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