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今日は岡山年越し派遣村の三日めです。最初の日は34人ほど来て次が37人ぐらい、今日は40人の大台に乗って日に日に村民が増えています。大体10人弱ぐらいが生活相談に入って必要な人ほぼ全員に役所の用意したシェルターに入れることが出来ているそうです。岡山で初めての派遣村、マスコミの注目も高く、大きな成果を上げつつあります。明日も正月ですが、一人シェルターを確保しました。私は主に受付担当なので、村民の人とほとんど話をしていないのですが、半年前とか一ヶ月前からのホームレスでも、首切りになって友だちの家に居候してなんとか過ごしていたけど、それもできなくなってホームレスに、という30台の若い人が何人もいます。ホームレスだから派遣切りとは関係ない、という人たちは何も見えていない。雇用破壊の犠牲者は弱い人を直撃する。そしてここに相談に来る人のほとんどは役所から冷たい仕打ちを受けた人ばかりです。(ここではとうてい書けないショックな事例もありました)五年後の派遣法の抜本改正なんて、言語道断です。大きな声を出していかなければならない。どうしたらそれが実現できるのか、「民主党政権になって少しは好くなったのではないか」という人もいるとは思いますが、どこが良くなったのか、そこが分らないと、無闇に新政権を評価したり、批判したりしたらダメだ。ポイントを付いて声を出すことが大切なのではないか。ということで、昨日の渡辺治論文の続きです。4.民主党政権の三つの構成部分 ではこの二つの相反する力にはさまれて民主党政権はどちらに向かっていくのでしょうか。それを知るには、民主党自体の組織を検討する必要があります。実は民主党は一枚岩どころか、相互に異なる政治目標を持つ三つの構成部分からなっています。 第一の党の執行部を握っている鳩山、岡田氏ら-党の「頭」と呼んでおきましょう-は、政権を作らせた構造改革の政治を止めてほしいという声と軍事大国化、構想改革の政治を続けろというアメリカや財界の板ばさみにあい、結果的に構造改革と軍事大国化の政治の継続を余儀なくされています。 確かに彼らは、構造改革によるここの問題にはその是正を唱えます。しかし、決してそれが構造改革の所産であることは認めません。マニフェストのどこを探しても「大企業本位」という言葉も「構造改革」という言葉も一言も出てこないのです。 しかも、彼らのマニフェストが謳う政治目標は「官僚主導の政治から官邸主導の政治へ」「地域主権国家」と、いずれも小泉構造改革が掲げたおなじみの構造改革方針なのです。前者は、官僚や族議員による地域や利益団体の声を断ち切って公共事業投資を絞り込み、財政を削減して大企業の法人税負担を軽減しようとするねらいであり、後者は、地方に構造改革の責任を丸なげし、大阪府の橋下知事がやっているように地方の裁量で構造改革をやらせることにより福祉財政を安上がりに抑えようという狙いに基づくものです。 だから財界は、鳩山執行部の掲げる福祉のマニフェストには猛反対しながら「官僚主導の政治打破」「官邸主導の政治」については支持・応援しているのです。 しかし民主党内にはこうした構造改革―財政削減に反対する有力な潮流がいます。それは党の主要部を握る小沢幹事長の勢力―「胴体」―です。小沢氏は、自民党の構造改革政治で自民離れをした地方の地場産業や農家層を民主党に総取りするため、二つの戦略を立てました。一つは、小沢氏の秘書軍団が候補を連れて地方の財界、農協や医師会をまわり自民に不信を抱く利益団体を民主党に鞍替えさせる戦略です。自民党に変わり利益誘導の約束をして支持を獲得する。もうひとつは、自民党もやらなかった労働組合の「連合」とくに日教組や自治労を回って労働者票を獲得する戦略です。こうして大量の新人議員を作り小沢氏の影響下においたのです。「頭」がコンクリートの政治の打破、構造改革を追及しているのに対し、小沢氏が率いる「胴体」は、コンクリートの政治を自民党から奪い取ることを目指しているのです。この二つの勢力だけなら、自民党と同じですが、民主党の特徴はもうひとつ有力な構成部分があることです。これは党の「手足」です。中堅議員100人ほどがこの勢力をなしています。このグループは構造改革の矛盾が激しくなったあたりから、自公政権の「コンクリートの政治」と共に「構造改革の政治」の矛盾や痛みを取り上げ、政府を追及してきました。障害者自立支援法を問題にし、後期高齢者医療制度についても、運動や共産党、社民党議員と一緒に反対して取り組んできました。派遣法改正でも、この手足のがんばりでようやく民主党は製造業派遣禁止に踏み込んだのです。この勢力がマニフェストを豊かにし、民主党に対する国民の期待を大きくさせた原動力です。いま、民主党はこの三つの構成部分が、構造改革の政治の停止、福祉の政治の実現を巡って、また、沖縄普天間基地移転、アフガニスタンへの自衛隊派兵をめぐって激しく争ってています。 指導部には財界アメリカの圧力が加わり、胴体には構造改革で切り捨てられた地方の地場産業や利益団体が我先に擦り寄っています。手足の部分は国民の支持はありますが、有力な組織的支持はありません。 労働運動や共産党がこの部分に圧力をかけることによって、少しでも政治を前進させることが必要であり、可能です。自公政権の悪政を止めるには、それを倒すしかありませんでしたが、民主政権の下では、運動ので『手足』の部分に圧力を加えることで政治に積極的な政策を実施させる可能性が生まれています。これが新しい政治の可能性です。5. 今こそ労働組合の出番 運動の三つの課題 民主党の政権下で、私たちの直面している課題は三つあります。 第一は、構造改革の政治をストップさせ、福祉の政治を前進させる課題です。 民主党政権が掲げたマニフェストはどんな小さなものでも私たちの運動が無ければ実現がおぼつかないことは、廃止された生活保護法の母子加算復活を巡っても明らかになりました。民主党が共産党などと共同で実現を公約した障害者自立支援法の廃止、後期高齢者医療制度の廃止も、運動の力でまず実現させることが必要です。この課題でもっとも大きいのは派遣法の抜本改正を実現させることです。労働政策審議会では、財界代表の猛烈な巻き返しがありますので、それを跳ね返すには容易ならぬ戦いが必要です。 それと同時に、民主党が財界の圧力を受けて行う危険のある構造改革を素早く阻止することです。たとえば、地方分権改革推進委員会第三次勧告の義務付け廃止に沿って保育所についての基準緩和撤廃をすることが打ち出されたように、自公政権時代の分権改革が民主党政権によって、より大規模に実行される危険があります。 第二の課題は、アメリカに屈服した軍事大国化の動き、普天間基地の辺野古沖移転容認を初めとした米軍再編への協力、解釈改憲によるアフガンやソマリア沖への自衛隊派兵の動きに断固として反対し鳩山政権の後退をくいとめることです。 構造改革反対と共に、麻生政権のアメリカ追随の軍事大国化への反対の声も民主党政権成立を促す大きな力でした。こうした期待を背に受けた鳩山政権は、明文改憲はそう簡単には出来ません。しかし、アメリカの圧力は強大ですから、鳩山政権は解釈改憲で自衛隊の派兵を拡大する危険性があります。特に安保問題では、『頭』と小沢氏が率いる『胴体』は、アメリカ追随の軍事大国化の推進という点では一致している為、構造改革反対を上回る強力な運動がないとこれをひっくり返すのは困難です。 第三の課題は、鳩山政権がめざしている、構造改革推進の政治体制づくりを阻止し、民主的な政治体制を作ることです。ひとつは、分権改革、道州制の名の下に地方を構造改革の執行単位に改変する動きです。また『政治主導』の名の下に国会を二大政党の独占の場に変える為の衆院比例定数の80削減も狙われています。国会法改正も同様の危険な動きです。 いずれの課題にも、その実現には労働運動の力が決定的です。鳩山政権ができて以降、毎日のように政権の態度が変わるので、国民はテレビに釘付けになっています。しかし私たちが今観客にとどまっていることはできません。今こそ、政治を動かす主人公として立ち上がること、そして新しい政治を第一歩から第二歩にむけて動かすこと、これが求められています。(以上、渡辺治論文の紹介終わり)絶対黙っていてはいけない。今まで以上の運動を作る必要があります。今までと違うのは、そうすれば成果があがる可能性が高いということです。ということで、足りないことが多くて皆さんに迷惑をかけたり、助けられたりした一年でしたが、このブログも一年の締めとしたいと思います。来年がいい年でありますように。
2009年12月31日
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今の民主党政権をどのように見るのか、信頼する渡辺治氏が珍しくきわめて短文で論文を書いていたので、まったく無断で全文を載せます。掲載誌のせいか、少し共産党の評価が甘すぎるとは私も思いますが、おおむね納得の出来る分析でした。「民主党の多面性をどのように評価し、どのように対処したらいいのか分らない」と戸惑っている人が多いと思いますが、これは見事な指針になりうると私は信じます。わざわざ全文を時間をかけて打ち込んだのは、巷にあるそのような想いに対してヒントになるのではないか、それ以外の意図はありません。無断使用の不都合があればすぐに対処しようと思います。「学習の友春闘別冊号」「どう考える、新政権誕生と政治の動き」1.新しい政治の第一歩は始まった 09年8月30日の総選挙で、自民両党は大敗北し民主党が大勝した結果、鳩山政権が誕生しました。 民主党を大勝させた主足る力は、自公によって推進された構造改革の政治に対する怒り、構造改革の政治を止めてもらいたいという声でした。構造改革を止めろという声が政治を変えた点で、日本が新しい政治の第一歩を踏み出したことは間違いありません。 しかし、この第一歩は、決して構造改革が破綻したとか、終焉したという単純なことではありません。むしろ構造改革の政治を変える潮流とそれを再編維持しようという力が激しく闘う時代がやってきたという意味で「第一歩」なのです。 以下なぜそうなのか検討し、新たな情勢の下での労働組合の役割を考えましょう。2.総選挙は構造改革反対の声が自公政権を押し流した まず今度の総選挙の結果をあらためて簡単にふりかえっておきましょう。 総選挙の第一の特徴は、いうまでも無く反構造改革の声が民主党にという形ではあれ、はっきりと姿をあらわし、自公政権を押し流したことです。 しかし、ここですぐ疑問わきます。もし構造改革批判の声が大きくなったのなら、その声は民主党と同時に、もっと徹底して早くから構造改革に反対し福祉の政治を主張していた共産党や社民党に集まってもよかったのに、実際にはこの両党の得票は伸びなかったことです。これが第二の特徴です。特に共産党は、蟹工船ブームや若者たちの共産党への関心が高まっていただけに、得票率が伸びなかったのは意外です。 この原因は二つあります。一つは小選挙区制中心の選挙制度の害悪です。衆議院家の480の議席のうち、実に300は小選挙区ですが、ここでの定数は一ですから有権者は共産党に投票しても当選しにくいので「次善の策」を考えようとする傾向が強く出るからです。もう一つは、もともと保守政党として出発し自民党と構造改革を競い合う政党として財界に期待され育てられてきた民主党が、小沢代表の下、07年の参院選を前に政策を劇的に転換し反構造改革の声の受け皿になったことです。 民主党が政策を大きく転換した理由の一つは、小泉政権が強行した構造改革の矛盾が爆発し、その害悪が誰の目にも見えるようになっていたことです。小泉政権の末期あたりから、餓死、自殺、就学援助受ける家庭、さらに無保険者の増大などの形で構造改革の矛盾が爆発したために、民主党は自民党に対抗する為には大きく舵をきらざるをえなかったのです。 理由の二つ目は、民主党が小沢独裁であったために、政策論議を封じて反構造改革に舵を切れたことです。 しかし一番大きかったのは、日本はアメリカと違って純粋保守二大政党ではなく、自民党、民主党に加えて、共産党、社民党が常に活動していることです。特に共産党が民主党の左にいて反構造改革の方針を明示していたため、民主党は反構造改革の急進的政策を出さざるをえなくなったのです。 しかし、その結果、皮肉にも民主党が国民の反構造改革の声を総取りすることになったのです。民主党と自民党という保守二大政党の得票が固定化する保守二大政党寡占化の傾向も固定化し、今度の総選挙でも民主党、自民党あわせると69.1%をしめるに至っていることも無視できません。 以上の結果をまとめてみると、今回の総選挙では、国民は構造改革の政治を止めてもらおうという願い自公を政治の座から引きずりおろしはしましたが、しかしその声は、いぜん民主党にとどまっており、その意味で政治の転換の第一歩は踏み出したが、それが第二歩にすすむか、それともまた構造改革の政治に戻ってしまうかは、これからのわたしたちのがんばり次第だということが分かります。3.民主党政権への相反する期待と圧力 民主党政権には二つの相反する方向の期待がかけられています。 一つは、構造改革をやめ、福祉の政策を実現してほしいという、多くの国民の期待です。 しかし、もうひとつの期待と圧力が民主党に加わっています。それは自民党政権の推進した構造改革と軍事大国化の政治を続けてほしいという、アメリカや財界からの圧力です。 彼らは、民主党政権が構造改革批判の声を受けて圧勝するとことが確実になったころから、民主党が政権に就くことを前提にしてこれを「善導」する方針に変わりました。「現実的政党になれ」という圧力です。 大マスコミもそれにならって、民主党政権に圧力を加える方針に転じました。民主党が総選挙に大勝した8月31日の朝日新聞社説は、「賢く豹変する勇気を持て」と書いたのです。マニフェストに書いてある福祉の政策も、いざ政権に座ったら、気にする必要は無い。現実的に「豹変する」勇気を持てというわけです。 もっと露骨に言ったのが、アメリカの政府高官であったマイケルグリーンです。9月6日付けの読売新聞の論説で、グリーンは「オバマに学べ」と言いました。「民主党はオバマ政権が選挙運動用の美辞麗句を捨て去り、「政権を握ったら話は別」と割り切った先例に学ぶべきだ」というのです。具体的には、普天間飛行場移設問題などで民主党の野党時代の首長は捨てろと要求したのです。以上が前半です。ここまでならば、わりと一般的な民主党の評価ですが、渡辺論文の特徴は実はこれからなのです。明日に載せます。
2009年12月30日
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昨日の記事の「ハピネス」のホ・ジノもそうだが、韓国の実力派監督の作品は基本的に見逃すべきではないということを肝に銘じよう。「殺人の追憶」「グムエル 漢江の怪物」のポン・ジュノ監督の作品である。監督・原案・脚本 : ポン・ジュノ 出演 : キム・ヘジャ 、 ウォンビン 、 チン・グ 、 ユン・ジェムン 、 チョン・ミソン枯野をひとりのオンマ(母)がやってくる。立ち止まる。後ろを振り向く。誰もいない。オンマの中で音楽が奏でられる。彼女はおずおずと踊りだす。表情は陶酔しているようにも見えるし、泣いているようにも見える。これがオープニングである。同じ母ものと言っても、「マラソン」のような感動ものの親子物語ではない、と最初に宣言したというわけだ。ついに母親は「オンマ」としか呼ばれず、名前は出てこなかった。母親に名前を与えない、という監督の意図はわれわれに更に重たいものを突きつけてくる。たしかに普通にいる母親ではない。特別なこともする。しかし、映画が終わってみれば、母親とこの息子の関係は、お互い罪をかぶせ、そして罪を被り、そして善いとろも、全てをひっくるめて愛し合っている。そういう濃厚な親子の関係はもしかしたら普遍的なものなのかもしれない、とわれわれに突きつけている。たとえば、母親は息子が5歳のときに二人で生きてていくのがつらくなり、農薬を使って心中を図っている。しかし、安い農薬を買ってしまったために、未遂に終わってしまった。息子は、ふとした拍子にそこの過去を思い出し、「もう二度と会いたくない」という。しかし、そう言ったことはすぐに忘れてしまう。ここに二人における貧困と愛が見える。前世代の韓国映画のおける代表的な「恨(ハン)」(克服すべき課題)は「南北問題(朝鮮戦争)」「光州事件(独裁政治)」であり、「アメリカ(米軍)」であった。しかし、最近の韓国映画をみていると、もうひとつ加わっているように思う。それは「貧困」である。韓国映画はつねに何かに対して「申し立て」をせずにはいられない。特にポン・ジュノ監督はそれを独自のかたちで突きつける。手作業で漢方薬を作り、闇鍼でやっと暮らせる生活、街頭の無い(韓国ではいたるところにある)坂道、援助交際少女の現実、雨でぬかるんだ道、韓国の田舎のなんとも貧しい風景が底に広がっている。過去の話ではない。2006年の韓国の田舎なのである。90年前後のIMF危機は、韓国の末端に至るまで「貧困」をみごとに根付かせたようだ。そういう背景のなかで、このクライムサスペンスは、一つ一つの映像を緊張感を持って最後まで描ききる。冒頭と最後がみごとにつながっていく。それにしても、韓国の科学捜査の何という杜撰なことか。本当にこれが現実なのだろうか。映画として成り立つということは、観客の本土とがそれを追認しているということなのだから、現実なのだろう。
2009年12月29日
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岡山年越し派遣村が始まりました。炊き出しだけでなく毛布や服、米など生活物資の支援、生活相談、医療相談、法律相談、住居相談などしています。ボランティア、カンパなども待っています。
2009年12月29日
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主演の二人が素晴らしい。「ユア・マイ・サンシャイン」で体重を数十キロ増やして純朴な農業独身青年を演じたファン・ジョンミンは、今度は反対に痩せこけて登場する。ソウルでディスコを経営していた放漫な青年が肝硬変になって生活改善療養施設(?)の「希望の家」で過ごすうちに、つき物が取れるように優しさを取り戻す役を演じている。その施設で8年前からすごしている肺気腫(?)の女性がイム・スジョンである。彼女は「箪笥」の美少女役で鮮烈に日本に登場し、そのあと「アメノナカノ青空」「サイボーグでも大丈夫」「サッド・ムービー」「角砂糖」と、主演を張れる女優として大事に育てられてきた。死を意識しながら、恋を自覚し始める女性を繊細に演じている。監督: ホ・ジノ出演: イム・スジョン / ファン・ジョンミン / コン・ヒョジン原題は「ヘンボク」(幸福)です。幸せは、身近にあるときには気がつかない、という何度も描かれたテーマを、真正面から描く。「これが幸せね」とか「あれが幸せだったのか」とか野暮な台詞は一切無いが、観客には明確に伝わる内容であった。「北の駅から」で主演のお父さんを演じた俳優パク・イナンが肺ガンに犯されていてファン・ジョンミンと同部屋になる。死期を医者に告げられたのだろうか、禁煙していたタバコをすった日に自殺する。この日からファン・ジョンミンは変わっていくので、重要な役なのである。生真面目な老人男性をきちんと演じている。あのテレビ主演以来、テレビや映画では脇役ばかりである。このような脇役俳優が健在であるからこそ、韓国映画は成り立っている。「死」と向き合う作品は映画の王道である。「愛」「死」「性」これが全世界に通じる映画の三大テーマだ。日本でも「死」をテーマにして「その日の前に」「60歳のラブレター」「宣告」等々たくさん作られたはずだ。しかし、話題にならなかったし、満足いくものは無かったのではないだろうか。色々と小細工をかけてみたり、オムニバスにしてみたりして、俳優に信頼し、テーマを正面から描く作業をしてこなかったのではないだろうか。いま之を満足な出来で作れるとしたら、山田洋次しか思いつかない。しかし山田は悲劇を真正面から描かない。いつも悲劇の一歩手前で終わらすのである。やはり妥当な監督を思いつかない。こういうテーマでは、日本映画は韓国映画にずっと負け続けるということなのだろうか。くやしい。これを書くまで気がつかなかったのであるが、監督は「八月のクリスマス」「春の日は過ぎ行く」「四月の雪」のホ・ジノであった。言葉に出来ない思いを、生と死と愛をずっと描き続けてきた作家である。韓国映画は玉石混交である。しかし、実力のある監督は基本的に安定している。
2009年12月28日
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松竹は渥美清の最期に後悔を持っていたのかもしれない。あの世界最長のシリーズ映画に有終の美を与えることの出来なかったことは「惜しい」と思い、あるいは山田監督は「ざんねんだ」と思っていたのだろう。監督・脚本 : 朝原雄三 脚本 : 山田洋次 出演 : 西田敏行 、 三國連太郎 、 浅田美代子 、 松坂慶子 、 吹石一恵 一応いつもの典型的な展開はある。釣りバカで会社からのつま弾きものの浜崎伝助が本来のコミュニケーション力で少しは会社の役に立つという展開、社長鈴木一助の知り合いの女将の娘の恋のキューピット、そして北海道湿原での川釣りの醍醐味。ところが、それらは、驚くほどに「すんなりと」終わってしまうのである。之は最後は、もうどうでもいいと思ってテキトーに作ったのだろうか、と思っていると、そこから今までの作品には無いシュールな展開が始まる。このような展開は、喜劇映画では誰かが使っていた気がするのであるが、思い出せない。私は「あり」だと思う。最期のエンドロールは「楽屋落ち」までやってみせている。最後の展開にしろ、これにしろ、B級映画たる人情喜劇の面目躍如の終わり方だと思う。ファイナルだからこそ出来たことでもある。いやあ、「終わっちゃったなあ」と初日の夜の部、三分の一ぐらい埋まった劇場の観客は、ニコニコしながら出て行く。ぜひとも劇場でこの感覚を味わってほしい。鈴木会長の最後の演説は、ある意味本当にベタだけど、鈴木建設という会社はこのような会社だったと、ずっと語り草にしてほしいという、作り手の思いが溢れているものであった。22年間ありがとう。松竹には次のシリーズものは無い。(たぶん「魚河岸三代目」は無理だろう)。おそらく三国連太郎最後の主演映画であり、松竹最後の輝きを代表する映画であったと、後世には伝えられるのだろう。
2009年12月27日
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26日の朝日新聞の36面は7つある記事すべてが面白かった。右上から以下の記事が並ぶ。「09年考古学を振り返る」「考古学月別年表」「建築薀蓄ファイル投入堂」「加藤周一の心は続く」「性の役割分担今も」「民博でトラ展」「万葉こども塾」特に「09年考古学を振り返る」は朝日新聞の考古学記事の重鎮天野幸弘氏の記事であった。彼はやはりこの一年は「奈良・纒向遺跡の大型建物あとの発見で久し振りに邪馬台国論争が盛り上がった。」と述べ、もうひとつ淡路島や高知の鉄器工房あと、そして岡山・鬼の城の鉄器炉あとの発見に注目し、「歴史像の変革に迫る発見」だとした。鉄の遺跡はキレイに残らない分だけ派手さが無い。けれども非常に重要なのである。もうひとつの注目記事は12月5日に加藤周一の一周忌を記念して開かれた京都・白沙村荘で開かれた集いの記録の記事「加藤周一の心は続く」である。桜井均氏の「加藤周一のラストメッセージ」ジェリー・ブロック氏の「加藤周一の思想における時間と空間」が講演、参加者も重要な発言をしたらしい。戦後まもなく広島を訪れたときの様子、加藤周一から高い評価を得た画家・遠藤剛き氏の発言。葬儀のとき棺に入れたのは、フランス語版の聖書、ドイツ語版のカントの「実践理性批判」、岩波文庫版の「論語」だったという。なぜそれらが選ばれたのか、いろいろと想像してみる。「聖書」には深い意味がある。そのことについてはまた別の機会に述べる。他はもっとふさわしい本があるような気がする。どうして「万葉集」は入らないのか、など。年の瀬、色々しなくちゃならないのに、動くの億劫で喫茶店で貯まっている新聞を読んでいる。27日の新聞には内閣府参与の湯浅誠さんのインタビューが載っている。ワンストップデーが「相談」のみになったのは、内閣府としては「権限」はないのでやっぱり自治体の抵抗があったということが分かった。「私が10求めたことに対して担当課で8になり、省内部局との調整、自治体や政治家との調整で、結局残るのは2。それがもともとの趣旨に沿ったものかは判断されない。私も調整の中で官僚と同じつらさを感じました」という。参与はこれからも続けますか、という質問に「やったことはまだ三合目という感じです。ただ情報量の差は圧倒的。「活動家」の誰かは政府の中にいたほうがいいと思います。」その下に五木寛之「親鸞」(上)(下)の全国一斉発売の広告が載っていた。年の瀬である。
2009年12月27日
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3Dで見ました。3Dの魅力を最大限生かすための脚本と世界設定になっているためか素晴らしいものでした。パンドラに住むオリジナルな自然と動植物を、よくもまああれほど作ったものだと思います。それがすべて、エイワという女神の化身に結びついているという。多くの人が「もののけ姫」や「天空の城ラピュタ」「風の谷のナウシカ」を思い浮かべ、「ロード・オブ・ザ・リング」などを思い浮かべた人もいるようです。監督・製作・脚本 : ジェームズ・キャメロン 出演 : サム・ワーシントン 、 ゾーイ・サルダナ 、 シガーニー・ウィーバー 、 ミシェル・ロドリゲス 、 ジョヴァンニ・リビシ 、 スティーヴン・ラング遠近感のある自然とそれと調和しているナヴィの「青い人」を見ていると、自然と彼らに親近感を抱き、ベトナム戦争さながらにナパーム弾(?)や爆弾で森を焼き払おうとする海兵隊の大佐たちを見ていると、一キロ20億の鉱物のためだけに「侵略」をしようとする彼らを見ていると、まあアメリカの映画も変わったものだと感慨にふけります。勧善懲悪のシンプルな映画です。映像と世界観を見るための映画です。それはそれで、3D体験のためには一度見て置いて損はない映画です。まだ誰も連想していないようですが、私はずっと諸星大二郎の「生物都市」を思い浮かべていました。調査宇宙船が持ち帰った正体不明の現象。宇宙船全体が融合し一つの生物になっていた。それはやがて土地以外のすべての人工物に感染を始め‥‥‥。機械と一体になった青年が呟く言葉「夢のようだ…新しい世界がくる…理想世界が…」あのような作品に影響を受けている私などは、このパンドラで生きる決心をした青年にも「よかったね」と言い切れない自分がいるのです。
2009年12月26日
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古代の日本と加耶山川出版社 田中俊明最近の日本-加耶研究は目覚しいものがある。90年から2000年代にかけて、韓国内で博物館ラッシュがあってこの間研究がすすんだらしい。この本はやっと出てきたそれらの成果の解説普及本である。戦前のみならず、じつに1970年代までは、加耶地域は「任那」と呼ばれ、倭国が支配していたとされていた。(だから私の小中学時代にはそのように習ったはずだ。高校時代はどうだったか覚えていない)今では独立の加耶諸国があったとされている。時代的には3世紀に弁韓・辰韓(一部新羅へ)と呼ばれた諸国が4世紀には加耶と呼ばれるようになったのです。加耶は百済や新羅のようにひとつにまとまることはついにはなかった。しかし、いくつかの国々は連合することはあったのです。この連合のあり方。倭国は大いに学んだのではないか。そんな気がしてならない。日本列島も大和を中心に倭国連合が出来たころ、しかし出雲、吉備、北九州、濃尾平野とひとつにまとまっては居なかった。けれども大和として「連合」はできていたのではある。大和はそのとき「征服」という手段を選んでいなかったのではないか、と私は推論しているのではある。(これについて書き出すと長くなるのでここまで)さて、この本はそういうことに言及はしていなくて、加耶諸国の成り立ちと大加耶と小加耶の違い、金官加耶国(現在の金海)の性格、貞淳国の位置指定、加耶と倭国の通行開始の状況、倭の五王時代の倭と加耶、6世紀の加耶特に「任那復興会議」とはなんだったのか、論じています。ちょっと回りくどい記述が多くて分かりにくいところもあるのですが、それでも今までの解説本と比べると、一番分かりやすくて最新版です。金官加耶国でまだ見ていない遺跡や、安羅国の都ハマンの古墳群等見てみたい遺跡が地図つきで手に入れることが出来たのは収穫だった。来年早々、韓国に行くのですが、1日仕事にはなるけど、やはりハマンに行こうかしら。まだ迷い中です。
2009年12月25日
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岡山市ではついに派遣・労働者支援センターが「年越し派遣村」を開設することになりました。ここにとりあえずのチラシを作っているようですが、そのままこのブログに転載できないので、チラシから抜書きして紹介します。私も出来るだけお手伝いに行こうと思っています。2009年から2010年岡山市「年越派遣村」とき 2009年12月29日(火)から2010年1月3日(日)までところ 大供公園(岡山市役所となり)昨年の年末年始に「年越し派遣村」が大きな社会問題となりました。そして、その怒りによって「政権交代」が実現しました。そして、「ワンストップ・サービス」など労働者の目線で公的支援も始まっていますが、まだまだ、不十分で、この冬も全国で約24万人が年末年始を安心して過ごせない状況が続いています。 そこで、派遣・労働者支援センターでは、公的機関の窓口が閉まる12月29日から1月3日までの間、労働相談や住居・生活相談の窓口を開設します。医療関係者や弁護士の方も参加して様々な相談にも対応します。炊き出しや、何でも、相談、宿泊所の確保などお役に立ちます相談フリーダイヤル 0120-303-860派遣村「ボランティア」大募集 12月29日から1月3日までの期間で、参加可能な日時と時間を登録してください。<ボランティアの内容>1.炊き出しの手伝い2.入村者のお世話3.「派遣村」の維持管理4.様々な相談活動カンパと物資も大歓迎1.毛布、カイロ2.ハブラシ・髭剃りセット3.コーヒー・お茶4.カップ麺、お菓子5.カンパ2009年12月17日発行:派遣・労働者支援センター岡山市北区春日町5-6 県労おかやま内電話086-234-2041 fax.086-221-3595
2009年12月24日
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基本的に全然信頼していない日本アカデミー賞ですが、今年の場合はまあまあの候補作が並んだようです。【主な優秀賞】は以下のとおりです。優秀作品賞『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』『沈まぬ太陽』『ゼロの焦点』『劔岳 点の記』『ディア・ドクター』優秀監督賞犬童一心『ゼロの焦点』、木村大作『劔岳 点の記』、根岸吉太郎『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』、西川美和『ディア・ドクター』、若松節朗『沈まぬ太陽』優秀主演男優賞浅野忠信『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』、浅野忠信『劔岳 点の記』、大森南朋『ハゲタカ』、笑福亭鶴瓶『ディア・ドクター』、渡辺謙『沈まぬ太陽』優秀主演女優賞綾瀬はるか『おっぱいバレー』、広末涼子『ゼロの焦点』、ペ・ドゥナ『空気人形』、松たか子『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』、宮崎あおい『少年メリケンサック』優秀助演男優賞瑛太『ディア・ドクター』、香川照之『劔岳 点の記』、堺雅人『ジェネラル・ルージュの凱旋』、玉山鉄二『ハゲタカ』、三浦友和『沈まぬ太陽』優秀助演女優賞木村多江『ゼロの焦点』、鈴木京香『沈まぬ太陽』、中谷美紀『ゼロの焦点』、室井滋『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』、余貴美子『ディア・ドクター』新人俳優賞岡田将生、水嶋ヒロ、溝端淳平、渡辺大知、榮倉奈々、志田未来、平愛梨優秀アニメーション作品賞『エヴァンゲリヲン 新劇場版:破』『サマーウォーズ』『映画ドラえもん 新・のび太の宇宙開拓史』『ホッタラケの島~遥と魔法の鏡~』『名探偵コナン 漆黒の追跡者(チェイサー)』私の推す優秀作品賞は断トツで『劔岳 点の記』です。監督賞も木村大作『劔岳 点の記』です。次点は西川美和『ディア・ドクター』。優秀主演男優賞は大変迷うところですが、渡辺謙『沈まぬ太陽』を推したい。該当者なしでもOK。優秀主演女優賞はこれは反対の意味で大変迷うところです。私の推すのはペ・ドゥナ『空気人形』てす。でも彼らにそんな勇気はないだろうな。次点は私の大好きな宮崎あおい『少年メリケンサック』と言いたいところですが、松たか子『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』が順調なところでしょう。どうして広末涼子『ゼロの焦点』が入っているのか、本当に不思議です。彼女のプロダクションはなにか芸能界にへんな貸しがあるのでしょうか。優秀助演男優賞は堺雅人『ジェネラル・ルージュの凱旋』は確かに熱演でしたが、香川照之『劔岳 点の記』にするべきです。彼の出演作は今年は一体何作あったのでしようか。すべて見ていないのですが、どれも素晴らしい存在感を見せていたようです。これまでの芸歴から考えても、次の主演男優賞へのステップと考えてもそろそろ賞を渡すべきです。優秀助演女優賞はこれといっていい人がいません。いや、いい人ばかりなのです。反対にみんなにあげたい。新人俳優賞は「だれも守ってくれない」の志田未来にするべきです。優秀アニメーション作品賞は他のを見ていないので何とも言えませんが、『サマーウォーズ』が無難でしょう。
2009年12月23日
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20日の朝日新聞の追悼欄に岡山大学名誉教授、考古学者の近藤義郎氏の記事があった。私の尊敬する考古学者の一人である。「発掘50年」という本の紹介でもその一端を紹介したが、戦後の考古学史のエポックとなった発掘を数多く手がけた。当然私も幾つもその遺跡を記事にしている。古代製塩の実態を明らかにした喜兵衛島(香川県)、延べ一万人が参加し戦後の国民的歴史学の一翼を担った月の輪古墳(岡山県)、「超大物」の弥生首長墳丘墓である楯築墳丘墓(同)、最古の埴輪を追った都月坂1号墳(同)。それらの成果は「前方後円墳の出現をもって古墳時代と考える」と説いた著書「前方後円墳の時代」(1983)に結実する。前方後円墳と吉備・大和70代になって発行された「前方後円墳と吉備・大和」(吉備人出版)では、吉備の弥生時代の祭祀の中心である特殊器台と共に実に多くの人間が大和に移り住む。吉備の中心は大和に移った。という説を唱えた。近藤先生は「考古学と古代史のあいだ」の白石太一郎氏とは違い、決して文献を利用しない。よって、邪馬台国の「や」の字も出ない。純粋に「物」の証拠のみでそういうことを言ったのである。そこから、二世紀から三世紀にかけて日本列島に何が起こったのか、明らかにするのは後世の仕事である。私は佐原真によって「考古学の視点から平和を論じる」ことを学び、近藤義郎によって「吉備の地方から国つくりを考える」視点を学んだ。考古学を学び始めてまだ10数年、二人にはこれからもお世話になる。近藤義郎が亡くなったのは4月5日(84歳)だが、その死は遺言で半年伏せられたという。お別れの会の予定もないというほどの徹底振りである。秋に私もその報を接し、岡山の実に多くの人間が「何をそこまでしなくても…」という感想を持った。ある教え子は「先生らしいといえば先生らしいんですが…」という。先生の教え子で「怒られなかった学生はいなかったんじゃないでしょうか」という。他人に対する以上に、自らに厳しい人だった、と宮代記者は書いている来年さくらの季節にもう一度、都月坂一号墳を探しにいきます。先生安らかにお眠りください。
2009年12月22日
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大恐慌が始まって4年後、1933年、世の中の苦境をよそに銀行強盗たち、特にジョン・デリンジャーチームは「黄金時代」を築いていた。警察をあざ笑うかのような手口、強者から奪っても、弱者からは一銭も奪わない、拉致誘拐には組しない、という価値観。そんな中、デリンジャーとビリー・フレシェットは出会う。一方、FBIは矜持をかけて彼らを「PUBLIC ENEMY NO.1」として指名手配。デリンジャーは次第と追い詰められていく。監督 : マイケル・マン 出演 : ジョニー・デップ 、 クリスチャン・ベイル 、 マリオン・コティヤール マイケル・マンらしく男らしい作品。アメリカで仁侠映画を作ることの出来るのは、もう彼しかいないのだろう。敵役のクリスチャン・ベイルもジョニー・デップも触れたらすぐ斬られてしまう様にいつも殺気立っている。大恐慌以来の不況が始まって一年後、待っていたかのようにこんな映画を作るところがハリウッドの底力なのだろう。どちらも貧困層出身の二人が恋に落ち、そして死に別れる。演出も素晴らしいとは思うのだが、なぜか琴線に触れなかった。男も女も「タイプでない」というのが一番の理由。もうこれだけは仕方ない。女が強引な男を測りながらも次第とその「本気度」を認めて、やがて恋に落ちるのはわかる。けれども、男はなぜ彼女を選んだのか。うーむ、謎だ。男の最後のせりふの意味が分からない。
2009年12月21日
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岡山県古代吉備文化財センターの企画展「海を越えた交流」には以前にも行った時の報告をしていますが、今回その関連講座があるというので行きました。三人の講師からそれぞれ30分ほど駆け足のレクチャーをもらったあとセンターのバックヤード見学と企画展の見学へ。土器の接合室には、どきどきと、土器が並べられてある。発見したのは、木工用ボンドでつけるんだということ。製図室では色んな製図用に機械が並んでいました。ここのセンターは非常に大きな建物なのですが、それでも一時期手狭になったそうです。基本的に発掘場所の自治体などに返還していくのですが、それでも間に合わない。それほどまで発掘した遺物は多く、膨大なのですが、最近は増えなくなったそうです。開発が少なくなったからです。「遺跡が壊されないからいいことではあるのですが」少し複雑な心境のようです。三世紀の土器の移動には興味深いものがありました。津寺遺跡は楯築遺跡の築造前後に突然生まれて小さくなった遺跡です。常時30軒ほどの住居があった当時としては中核的な町です。いろいろと思わせぶりな資料説明をしただけで終わって、質問する機会もなく、ちょっとこれからの課題となりました。五世紀の初めに渡来人が一挙に吉備にやってきます。須恵器が多く作られ始めます。高塚遺跡、窪木薬師遺跡、菅生小学校裏山遺跡。このときおおきな「生活変化」がありました。何百年も変わらなかった竪穴住居に「かまど」が入ったのです。渡来人はどこから来たのか。質問しました。主には加耶地方だそうです。そうして新羅からも来ています。どこで分かるか。加耶地方の須恵器はこれで新羅地方のはこれです。「とって」の部分が明らかに違う。それと私には分かりませんでしたが、新羅のほうが「すとんと落ちている」そうです。何故彼らは来たのか。やはり五世紀の政情不安、そして加耶地方の国の滅亡も「関係しているのかもしれない」とは言っていました。加耶との付き合いはおそらく「鉄」です。そしてつい最近の発掘だそうですが、七世紀の鬼の城遺跡で鍛冶場工房が13も発見されたそうです。鉄の一大産地「吉備」の姿がだんだんと立ち上がってきています。
2009年12月20日
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宮崎駿が(奥さんとの馴れ初めとセリフの少ない)『追憶の場面を見ただけでもう僕は満足した』という意味のことをいっていて、それを聞いたときに私は『それは見てみたい』と思ったのと同時にいやな予感がした。宮崎駿が息子が監督した『ゲド戦記』を見たときいったん怒って席を立ったあとにやがてその映画を誉めるコメントを出した時に似ていると思ったのである。宮崎駿が『ゲド戦記』を全然評価しなかったということは、その後引退を翻して『ポニョ』を作ったことで明らかである。そういえばあの時と同じように今回もジブリの鈴木社長が「このアニメがジブリの後継者だ」とか何とか言って、取り繕っている(ように思える。)監督 : ピート・ドクター 脚本・共同監督 : ボブ・ピーターソン 声の出演 : エド・アズナー 、 クリストファー・プラマー と、いうわけで、世の評判はとても高いようであるが、私は大いに不満である。たしかに、小さいころの原点だった『冒険心』は『じいさん』になっても失くしちゃいけないし、いつからでも『新たな冒険』には出て行けるというテーマには共感を覚えるし、いいキャラを作っていると思う。しかし話の構造として、どうして昔の憧れだった冒険家を悪役に仕立ててしまう必要があったのか。作者の心の狭さがここに現れているのではないか。都合に合わせて『敵』を作って話を進めてしまうのは、アメリカがよくやることなのではないか。たとえば戦争を始めた「ハウルの動く城」の敵は殺されはしない。ちなみに今回初めて3D映画なるものを見た。ものすごく疲れた。そんなに迫力があったというわけでもない。『アバター』はどうしようかしら。
2009年12月19日
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日本鉄道旅行地図帳(朝鮮台湾)前線、全駅、全廃線を網羅した「鉄道旅行地図帳」全12号が累計150万部を突破した勢いを駆って【歴史編成】版の「朝鮮・台湾」版と「満州・樺太」版が発売された。そのうちの「朝鮮・台湾」版を買ってみた。新潮「旅」ムックである。ともかくデータムックとしては、韓国の歴史博物館にもなかなかないような資料がぎっしり詰まっており、見ごたえがある。680円と安い。ただし、私は鉄道マニアではないので、半分以上の資料は不要なのであるが。当然、1945年以前の資料を基に作られているので、京城(ソウル)と同等の位置づけで平壌(北朝鮮の首都)の情報も入っています。圧巻は表紙になっている昭和4年作成、吉田初三郎の京城俯瞰図。朝鮮大博覧会に合わせて京城電気が発行したらしい。知識として知ってはいたが、現在のミョンドン(明洞)あたりが永楽町、黄金町という名前になっていて、ソウルの町の半分ぐらいの町名は日本風の名前に変えられている。南山には朝鮮神宮と京城神宮がドンと構えている。竜山のあたりはあの時代でも練兵場があったり、兵器工場があったり、むかしから軍事の町だったということも分かるし、朝鮮ホテルのあとにはおそらく同じ朝鮮ホテルが建っているのだろうということも分かる。放送局や学校、領事館があった辺りには今も同じ系統のものが建っている。惜しむらくは、現在の資料もそろえてほしかった。版権とか難しい問題はあるのだろうが。台湾の地図も面白いものがあった。阿里山森林鉄道には独立山スパイラル線というのがあって、なんと三重に回りながら山に登っていく鉄道なのである。そして熱帯林から暖帯林、温帯林へ景色が変わっていくらしい。そういう鉄道が昭和2年段階で営業している。おそるべし、日本帝国。今はどうなっているのだろうか。台湾への興味がむくむくとわいてきた。来年1月4日より、4日間、ソウルを中心にまた、韓国ぶらぶら旅をします。今度は、あんまり欲張らずにゆっくり正月休めの旅にしたいと思っています。でも何かリクエストがあれば、行ったり食べたり、買ったりするかもしれません。なにかある?
2009年12月18日
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私は邪馬台国がどこにあるか興味はありません。と、いうと少し語弊があって、「どこにあるかということに興味のエネルギーをとられたくない」といったほうが正しい。でも一方で、邪馬台国の場所が万が一決まれば、それはそれで大きいことです。やがて日本といわれる「国のつくられ方」がかなりはっきりするのです。この国の「初心」を知れば、この国の未来を語るときに大いに役立つだろうと思います。最近奈良桜井市の纒向(まきむく)遺跡に非常に大きな建物あとが発見されました。その規模と建てられた時期と位置を顧みて「すわ卑弥呼の宮殿だ」と騒いでいました。でもこのあとさらに大きな建物あとが発見されたとしても、それで邪馬台国の位置は確定しません。結局ありえないでしょうが、箸墓古墳から墓誌でも発見されない限りこの論争に決着がつくことはないのです。しかし、邪馬台国はどこであろうと、私は三世紀後半の時点で日本列島でもっとも力のあった国は、この纒向にあったと思っています。考古学の資料がそれを証明しているからです。文献史学を抜きにしてもそこまでの事はわかるようになりました。私はその視点から、日本列島の国造りを想像していきたい。考古学と古代史のあいだちくま学芸文庫 白石太一郎さて、この本は文献史学と考古学の成果を両方合わせてこの時代を語ろうとしている学者の第一人者の普及本です。この人は明確に邪馬台国は大和であった、と主張しています。今回、この本でその根拠をとりあえず知ることが出来ました。この本の三分の一で語られていて、あとは4世紀の大和と鉄剣の研究に使われているのですが、ここでは邪馬台国大和論の整理に便利なので、邪馬台国論の部分だけまとめて※部分で私の意見を述べてみようと思います。基本的な仮説鉄資源や先進的文物の輸入ルートの支配権を巡る争いが、大和などの近畿中央部から瀬戸内海沿岸各地を経て、北部九州にいたる広域の政治的まとまりを促したのではないか最初(弥生時代中期)朝鮮半島南部(弁辰)の鉄や中国鏡などをを輸入していた中心は、玄界灘沿岸地域の伊都国や奴国だった。輸入ルートを巡ってこの国と戦うために、大和の勢力を中心に、近畿中央部から瀬戸内海沿岸各地の諸政治勢力が連合したのが、のちにヤマト政権につながる広域の政治連合の形成になったその根拠北部九州の中国鏡がヤマトを中心にする分布にシフトした。この大和の鏡でいちばん古い鏡は画文帯神獣鏡(後漢末~三国時代)なので戦いの初めは3世紀初め。つまり邪馬台国連合の成立は3世紀初頭。※驚くことに、ここで書かれている「根拠」はこの一点のみなのです。これだと、この時点で一番力のある国がここにあったという証明でしかありえません。邪馬台国東遷説は成り立たない。この時期、近畿や瀬戸内、あるいは山陰の土器がたくさん北部九州に流入しているのに対して、その逆の動きはほとんど見られないことが明らかになった。 ※それが事実ならば確かに、都の移動という大掛かりな人の異動はなかったでしょう。でも遷都を平安時代の遷都と一緒にしてはいけません。この時代、王だけの遷都もありえたかもしれない。何故大和が倭国連合の中心となったか。大和が水上交通の終点であり、東日本に至る陸路の結節点で交通の要所であった。※私はこれは根拠として弱いと思う文献史学での異説「後漢書倭伝」「梁書倭伝」によれば邪馬台国成立は2世紀後半である。しかし、これらの書はかなり後世のものでオリジナルティはない。魏志倭人伝にあるクナ国との戦いは南とあるのは、東と読み替えるべきなので、濃尾平野にあった国だろう。この国は弥生後期に三遠式銅鐸を生産していた。東日本の連合国を作っていた可能性が高い。※これは可能性としてはありうると思います。
2009年12月17日
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この一カ月ほどで、一日のアクセス数が200~300ほど急激に減っている。残念だ、と言っているわけではなく、その反対。喜ばしいことだと思っている。この一年ちょっとでしだいとアクセス数が増えてきて、時々700を超える日もあったので、何か異常を感じていたのである。特に***.msn.com このドメインからのアクセスが非常に多かった。このドメインは一般的なドメインだと思うので、「禁止」にすることはできなかったが(事実今でも一定の割合で来ています。たぶん普通の方なんだろうなと思います)、ともかく多かった。たぶん彼(彼女?団体?)1人があきらめた結果なのだろうと思う。いまだに208.80.*.* や66.219.*.* などの機械系だと思われるドメインも来ているので、いやらしい感じは終わってはいないのだけど。商業目的や、悪意があってもかまわないから、純粋に記事を一日どれだけの人が何ページ読んだのか、正確にわかるようになると、本当に励みになるのだけど。
2009年12月16日
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『現代思想』臨時増刊7月号 総特集加藤周一実は加藤周一を単独で評論した本は極端に少ない。片手で数えることができるくらいである。そういう意味で、やっと出てきた特集本なのだ。今現在加藤周一を語れる人間がここに登場している人達とあと数人であるということは認識しておいていいだろう。単独で加藤氏について本を書いた海老坂武、成田龍一、矢野昌邦も当然出でいる。本を編集したり番組を編集した鷲巣力、桜井均、九条の会で晩年親交厚かった小森陽一の発言も重要である。その他の人達もまだ読んでいないが、重要な指摘があるような気がする。じっくりと読んで生きたい。とりあえず、小森陽一と成田龍一の対談で重要だと思ったところをメモする。(私的メモです。分かりにくいと思います。申し訳ありません。)『加藤周一を読むために』成田 加藤さんは戦後に三つの主題、つまり天皇制批判と戦争責任の追及、そして原爆の問題を抱え発言していったのだと思います。小森 出発点の天皇制批判と連動した大勢順応主義的な知識人に対する批判の文章の中で、本当に戦争を恐ろしいものとして経験したのは庶民、民衆なのだ、だからそこからもう一度こえをあげなければならない、ということを明確にしています。実際の人生の歩みからすると、フランスに行って認識を獲得したと見えるけれども、しかし現実の日本のかかわり方で言えば、いかにしてもう一度人民の中から知識人が声を上げるのかという課題は、その時点その時点できわめて意識的に加藤さんが追求していたということが、まさに現状に対する処方箋となりうる論点だったのだと思います。小森 60年6月に加藤さんがどうして外に出たのか、その直接的な原因について、私も結局聞くことが出来ませんでした。なんどもお酒を飲みながらお尋ねしても、そこはやはり語られなかった。しかし論理的な枠組みでいえば、50年代の後半に加藤さんが主張されていた問題、すなわち、それは憲法より日米安保条約が優位に立ってしまうような状況の中でいったいどういう道を選ぶべきなのか、それからもうひとつ、核兵器問題が米ソの冷戦だけでなく保有国が広がっていこうとしている状況の中でどうするのか、という二点の問題はやはり戦後の加藤さんの出発点をきちんと引き継いだ形での議論なのだけど、その加藤さんの議論を担う政治勢力が現れなかったという問題が私は非常に大きいと思います。成田 同感です。(略)加藤さんはこのあと「日本的なるもの」の考察へと、ぐっと集中していくわけですね。ということは別の言い方をすると、新たな担い手を日本の伝統の中から探り出していこう、再発見していこうという営みを開始したということが出来るかもしれません。60年のときに、何故外に出たのか。小森さんの言うように当時の日本の政治状況に嫌気がさしたのか、それとも二番目の奥さんと別れたショックか(いつごろ離婚したのか、不明なのです)、そのあたりはこれからの研究課題でしょうか。60年に外国に行くことで、大学紛争に巻き込まれずに済んだ加藤は丸山真男らが被った傷を追わなかったことで独特の位置を占めることになったと成田さんは言います。そのあたりは新鮮な視点であって面白いものでした。※この対談で6月の加藤周一をしのぶ会の様子を小森さんが報告しているのですが、奥平康弘さんがどのような話をしたかというところで「木下順二の『巨匠』という芝居を見たときに、こんな難しい芝居を普通の日本人が見ているのかと感動された加藤さんを例に出しながら」と言っており、これは最近その会の報告書が出たので確認できたのだが、『審判』(東京裁判を扱ったもの)の間違いです。編集者もそこまではチェックできなかったようです。小森さんでさえ、そのような間違いをするのだと、少しほっとしました。ちなみに、奥平さんの言いたかったことは『普通の民衆がこんな難しい演劇を会場が満員になるほど見に来る。民衆は決してタモ神みたいな「わかりやすさ」に騙されない。まだ日本の将来はまんざらでもない、と加藤さんは言いたかったのだろう』ということでした。
2009年12月15日
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「父・藤澤周平との暮らし」新潮文庫 遠藤展子読んでみてびっくり。枝葉を出来るだけ刈り込んだみごとなエッセイになっていた。父の才能もある程度受け継いだに違いないが、誠実に、ウソのないように、仕事に取り組む父親の性格を受け継いだ成果だと思う。藤沢周平はかつて自分のエッセイで、最初の妻を病気でなくしたあと自分の人生も終わったと感じた、と書いている。では何故自死しなかったか、といえば生後八ヶ月の娘、展子さんが残っていたからである。と、言うようなことを藤沢周平はエッセイで書いているが、本当に彼は手塩にかけて娘を育てたのです。それから再婚するまでの約6年で、周平は業界紙編集の仕事を続けながら、娘を(実母にも手伝ってもらいながら)なんとか男親一人で育てる。展子さんは父親の日記などを参考にしながら憶えていることをいくつか書いています。幼稚園で手作りの手提げバッグが必要になったとき、展子さんは会社から帰ってきた父親に言うのです。「お父さん、今日ね、先生が手提げ袋を作ってもらいなさいって。ジャンケンやって、のっこ勝って、先生の手提げ借りてきた。だから絶対に作って。」 父は少し困った顔をして、「どれ、見せてごらん」と、先生の手提げの、表をじっと見たり、裏にひっくり返して眺めていたりしていましたが、「よし!わかった」と言いました。 そのあと、朝起きるとお膳の上に茶色で縞々の柄の少し小ぶりな手提げ袋が置いてあったのでした。 今考えると、父が夜なべして作ってくれたあの手提げの生地が、父の背広の柄に似ていたように思えるのは、気のせいでしょうか。家に余り布があったのか、それとも…。今となっては分かりません。藤沢周平は裏表のない、本当に「誠実」を絵に描いたような人だと信じていたのですが、それはやはり本当にそうだったのです。それはカタムチョ(頑固)な性格の反映だったし、「普通でいること、平凡な生活をすることにこだわっていたのです。」周平はいちどだけ、パチンコで帰りの汽車賃もないくらいすってしまったそうです。そのときは警察の人に貸してもらったそうですが、それ以降パチンコはしなくなります。競馬も競輪もすきなのですが、決して手を出しませんでした。賭け事にのめりこむ性格を自分で自覚していたからこそ、決して手を出さなかったのです。周平の市井小説で賭け事で身を持ち崩す人物が幾度となく出てきます。それは周平の実感から来る話だったのかもしれません。「小説家になったのは、心の中の鬱屈を書かずにはいられなかったからだ」という意味のことを、父はエッセイで書いています。しかし、もうひとつの理由もあったと、私が大人になって聞かされました。家にいれば、いつも娘の成長を見ていられるから、家でできる仕事を選んだ、と父は言うのです。もちろん、母の絶大な協力があればこそ実現できたことです。父の小説は、ある時期から明るくなったといわれています。これには母の影響が大きいと、私は思っています。(略)「あほらし」と言われても懲りずに母は駄洒落を繰り返し、父もそのうち駄洒落に点数をつけるようになりました。そんな母の性格が、毎日の生活を明るいものにし、自然に父の小説に明るさを与える結果になったのだと思います。藤沢周平の世界を知るには、重要な本だと思う。
2009年12月14日
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オバマ氏のノーベル平和賞受賞演説に対して、各紙は現実的な政策に対する報道に終始した。けれども、gooの「ニュースな英語」のコラムニスト加藤祐子氏の指摘には私も興味を持った。「正当な戦争はあるのか」という古典的なテーマに対して、ノーベル平和賞の受賞演説であるからこそ、これからずっとたたき台になりうるのだと言っているのである。 オバマ氏が語る「正しい戦争と正しい平和」 大量破壊兵器を作った男の平和賞を受賞して 全文をコピペすると膨大な量になるので、彼女の問題意識の部分だけを抜き書きする。けれどもずるいのは、彼女自身の見解は書かれていない。 人類が何百年、何千年も議論してきたこの巨大テーマに、オバマ大統領がひとつの演説でカタをつけたわけもありません。けれども、ノーベル平和賞授賞式という舞台でなされたこの演説は、もしかしたら、おそらく、今後何年にもわたり学生や学者たちが「正当な戦争とは」と議論するにあたっての基本材料になるだろう、あるいはもっと巨視的に「戦争と平和」そのものを議論するにあたっての基本材料になるだろうと、そんなことを思いました。この演説を下敷きに、何十本もの論文が執筆されるだろうと。それくらいのインパクトがある、なんというか「food for thought(考える材料)」に満ち満ちていた演説でした。 そして冒頭で触れたように、この演説が「ノーベル」平和賞の授賞式でなされたものだったという見事さ。あるいはふさわしさ。つまり、ダイナマイトという(当時の)大量破壊兵器を発明してしまったアルフレッド・ノーベルが、自分のなしたことへの後悔ゆえに創設した賞を得るには、もしかしたら「世界の平和を確保するための戦争」を戦っている「最高司令官」こそがふさわしかったのではないかと。 つまり、オバマ氏も演説で指摘したように、非暴力の抵抗運動ではヒットラーは倒せなかっただろうし、平和的な交渉でアルカイダを国際社会に取り込めるはずもない。国を守ると誓った国家元首としては、非暴力や恒久平和を主張していればそれで済むという、ある意味で恵まれた立場にはないのだと。選挙戦中にはなかったそういう厳しさが、授賞式のオバマ氏にはありました。若者を戦地に送り込むという厳しい選択をしなくてはならない立場に立つことを、彼は自ら選んだ。その人が、ダイナマイトの発明者が悔恨の念から創設した平和賞を受賞し、そして平和獲得のための方策を語った。その「ふさわしさ」は、これまでの数多の批判や皮肉をうけとめて尚、なかなかにアイロニーに満ち満ちていて、かつ感動的だったと思います。 そういう意味で、確かにこの演説はたたき台になるだろうと思います。どこかに「資料」として置いておこう。12日には朝日が全訳を出していました。 これを受けて私の問題意識は三つ。 「JUST WAR 正義の戦争」とはありうるのかということの原理的な考察 「正義の戦争はありうるかどうか」ということと、オバマ氏が言っているように「いかに正当な戦争であっても、戦争は人間に悲劇をもたらすのだという真実も、常に並存しているのです。」という議論は分けて考えなくてはならないという考察。 もし「正当な戦争」はあるのだとしても、アフガン増派は「正当かどうか」ということとは別問題であるということ。 最初の問題がおそらく一番厄介なのだろうとは思います。常に「現実」によって「検証」「反駁」されるからです。 ※この記事ではJUST WARを基本的に「正当な戦争」と訳していますが、「正義の戦争とも訳される」と書いているので、わざとごちゃまぜにして書いてみました。でもこれもきちんと位置づけようとしたならば、翻訳の歴史から紐解かなくてはいけないのでしょうね。ちなみに朝日は「正しい戦争」と「」つきで訳していました。このまま、終わると「具体的な意見を述べないでずるい」と言われそうなので、無知を承知でブログとしての気安さで私の意見を言います。オバマは言います。「『正しい戦争』という概念が登場し、一定の前提条件を満たす場合に限って戦争は正当化されるという考え方が生まれました。いわく戦争とは、最終手段として、あるいは自衛行為としてのみ容認されると。かつ行使される力の規模が適正で、かつ可能な限り民間人は暴力にさらされないなら、と」私はこの意味で「JUST WARはありうる」という意見です。もちろん「戦争は悲劇しか生まない」という認識の下で言うのです。(根拠は長くなるので述べません)しかし、オバマのこの演説は正しいとは思いません。アフガン3万人増派が正しいとは思いません。日本の私達には中村哲さんの実践のような生きた具体的な実例がある。どのような行動が真に平和をもたらすのか、「戦車か、小さな花か」。アフガンの場合には、絶え間ない生活改善の努力、会話、そして信頼、そこから生まれる政治的な安定、民主制等々がよっぽど平和をもたらすだろうと思う。アメリカはまさにその反対のことを行なおうとしている。この議論、やがて来年「坂の上の雲」論争まで発展しそうな雰囲気があります。曰く、日露戦争は「正しい戦争」、「自衛のために最終手段として適正な規模で行なわれた戦争だった」のか否か、という論争です。
2009年12月12日
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てっきりお月さまが題名になっているから、狼男は月を見て変身するものだとばかり思っていた。ちょっと興奮したら、すぐに変身しちゃうんですね。 少女とヴァンパイヤと狼男との三角関係です。 監督 : クリス・ワイツ 原作 : ステファニー・メイヤー 脚本 : メリッサ・ローゼンバーグ 出演 : クリステン・スチュワート 、 ロバート・パティンソン 、 テイラー・ロートナー 、 ダコタ・ファニング アメリカでは記録的な大ヒットだそうですが、日本では上映一週間後、小さな部屋で上映、観客も10人前後でした。あんまりガツガツしない「怪物君」たちも、うじうじしている男女関係も、日本ではおなじみのパターンだけに訴えるものが少ないのかもしれません。反対にアメリカではそういうのは今までなかったから新鮮なのかも。その所だけが興味深いです。 ところで、ダコタ・ファニングって何処だ?(スミマセン^^;)えっ、あの目の真っ赤な女性?気がつかなかった。きれいになったのね。
2009年12月12日
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技術的にも素晴らしいと思う。本来は、記録映像と関係者インタビューで構成しても不可能ではなかったかもしれない作品をあえてアニメで作った点も共感を覚える。 監督・脚本・音楽・声の出演 : アリ・フォルマン ただ、体調が悪かったために途中で意識が飛んだ度に重厚な「銃撃音」で目を覚まされるという体験をしながら見て、少し理解不能のところもあったのは事実である。 そして衝撃的なラスト映像が流れる。 私は、どうも映画自体でも所与の「常識」として描かれている節がある「パレスチナ難民キャンプで起こった“サブラ・シャティーラの虐殺”」について、その「本質」に迫ろうという姿勢を見ることができなかった。あるいは私が見落としたのだろうか。 残念ながら「審議不能」とさせていただきたい。 「おくりびと」で外国語アカデミー賞をとった立役者の本木雅弘が「いまでもこちらのほうが本命だと思っています」という意味のコメントを寄せているのは、「最高の煽り文句」だったと思う。
2009年12月11日
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映画の楽しみ方は色々とあるのですが、そのひとつにロケ地めぐりというものがあります。映画の場面を思い出しながら、ロケ地に行って自ら立ってみる。出演者に思いを馳せ、監督の目線で作品を見るとまた新たな発見があるものです。「釣りバカ日誌18」のロケ地のひとつ、倉敷市黒崎南浦の海蔵寺に行って見ました。社長挨拶のときに失敗して自信を無くしたスーさん(三国連太郎)がふと友人の墓参りに立ち寄り居着いてしまったというお寺です。探しに行った浜ちゃんがスーさんを見つけるのが瀬戸大橋の見える下津井海岸であったからお寺もその近くだと思っていてはいけない。まったく違うところでロケをして「ホントのような嘘」を描くのが映画の醍醐味です。倉敷市玉島を南へ、沙美海岸を更に西に行くと、忘れられた様な海岸沿いの村、南浦があります。その山沿いに海蔵寺があります。行くと、留守番犬がたくさん吼えて住職の奥さんが出てきました。奥さんの話だと、思った以上にここで色んな場面を撮っていたようです。三国連太郎が墓の世話をしている場面、なんとも雰囲気のある墓が多く、そこからの景色も抜群でなるほど素晴らしいロケ地選定です。壇さんと三国の鐘突き堂を背景にしての会話の場面壇さんの幼稚園の先生の場面(この寺では幼稚園も併設されていました)さすがに中には入れませんでしたが、壇さんの恋人高島たちと地元住民のリゾートホテル反対集会の場所もここの寺の中が会場だったようです。寺の山門をバックに別れの場面もあったようです。それにしてもこじんまりとした瀬戸らしい町です。「もう町は古いのですか。やっぱり漁業で栄えていたのでしょうか」「いや、もうやっていないけど、酒屋がいくつかあったし、醤油やお酢なんかも作っていたのよ。いい水が出たらしいわ」なるほど、すっかり下津井の町みたいな目でこの町を見ていたけど、いろんな町はあるわけです。さて、「釣りバカ日誌」は今回で打ち切りだそうだ。おそらく三国連太郎の健康の事情なのだろう。もしかしたら三国の遺作になるかもしれない。必ず見ようと思っている。
2009年12月10日
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エスパーのお陰で、地球はときどき回っていたりする。って、そんな大層な映画ではありません。昨日「ヒーローズ・シーズン2」を見終わったところなのですが、まさにこちらの方は「エスパーのお陰で、地球はときどき回っていたりする」のです。どちらも日常の中からでてくる超能力者群像を扱っているのにもかかわらず、なんとまあ違うことか。「ヒーローズ」の場合は、超能力者の悲哀を一身に受けて、世界を特にアメリカ国中を行ったりきたりし、時もしょっちゅう越えて、世界を救ったり、殺したり、殺されたりしている。さて、こちらの超能力者群像なのであるが、なんと舞台は田舎(香川県善通寺市)のしかもある喫茶店周辺からほとんど移動しない。世界は決して救わない。そもそも彼らの超能力は本当にしょぼい。ヒロ・ナカムラみたいにずっと時を止めたり、時を越えたりはできない。時とをとめることの出来るのはたった5秒。うどん屋の髪の毛クレームを処理するのに役立つぐらいである。超能力を持つのは、そうは言っても我々の世代のちょっとした夢である。しがないわたしたちがしがないちょっとした超能力歩を持ったならば、やはり彼らみたいに喫茶店でサークルみたいに隠れて超能力パーティーするくらいがヤマであろう。しがない我々のしがない夢と温かさを描いて、なかなかの佳作だった。監督 : 本広克行 原作・脚本 : 上田誠 出演 : 長澤まさみ 、 三宅弘城 、 諏訪雅 、 中川晴樹 、 辻修 、 川島潤哉 、 岩井秀人 、 志賀廣太郎 所々に遊び(謎の自転車オバサンやポスター貼り)を入れたり、ちょっとしたセリフが後々どうしようもないつまらない伏線になったりしていて楽しかった。監督は第二の大林宣彦みたいに香川県がホーグランドになりつつあるようだ。前回の「UDON」で使った池沿いのセットのシルエットも一瞬だけ見えた。
2009年12月09日
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68年前の今日も、よく晴れた小春日和だったそうです。1941年太平洋戦争の始まった日を記念して「12.8平和のつどい」という学習講演会に行ってきました。岡山大学法学部教授の小畑隆資氏の「15年戦争を考える 軍事と政治」という講演でした。ところが、先生は15年戦争にはほとんど触れずに以下のような問題意識で、主に幕末から明治にかけての政治思想を紐解いたのでした。「来年は日韓併合100周年。日清、日露戦争の結果1910年日本は日韓条約を調印する。NHK「坂の上の雲」が始まった。これから”明治から日清日露までは健全だった。太平洋戦争でちょっとだけ間違ったのだ”という大宣伝が始まるだろう。しかし、幕末から明治国家が出来るそのものの中に、大きな問題がはらんでいたのではないか」水戸藩の会沢安の「新論」(1825)は尊王攘夷論のバイブルですが、これは1824年の水戸でのイギリス捕鯨船の事件がきっかけだった。イギリス船が薪水を求めて常陸大津浜に上陸し、水戸藩は捕鯨船と交易の漁民300人を捕らえたのであった。会沢は民の心が「夷(異人)」に持っていかれることを本気で心配して、大嘗祭論つまりアマテラスの土俗の神々の結集を呼びかける。それはつまり天皇を使って、ナショナリズムの結集でもって民心をつなぎとめようとしたものであり、人権を守って民心をつなぎとめようという発想は全く無かったのである。そして末藩も軍事力を持とうと呼びかける。それはやがて、徳川のためではなく、天皇のために一人ひとりが国を守ろうという思想に結びつくだろう。それはやがて王政復古の思想(1868)が神武天皇を担ぎ出したことにも繋がる。神武天皇はアマテラスの子孫だから、宗教的権威があり、ヤタカラスや三種の神器によって武力をも持っていた。その神武が政治的君主になった最初の人になるのである。明治という国家は最初からいかに人民を国家の担い手にするかという課題で始まった。そのための「平等」であり、「自由」だった。人民に武士の権利を与えるから、国家の担い手になりなさい、ということであった。自由民権運動も徴兵制に反対はしなかった。徴兵制を認める代わりに参政権を与えよ、と主張したのです。しかし参政権をもらっても国会の意思決定は国家権力(貴族院)であって決して衆議院ではなかった。この論理を人権の論理で突崩してきたのが今までの歴史である。講演の内容をそのまま再現するわけには行かないので、私流に記述しました。最後に私は先生に質問をしたのです。「NHK「坂の上の雲」を二回目まで見ました。そこで秋山好古が”福沢諭吉を尊敬している。「一身独立して一国独立する」”と何度も言うのです。私は好古が福沢を勘違いしているように思える。好古は「一国独立する」に重きを置きすぎているのではないか。福沢の「一身独立する」の中には「自由の権利」もあったし、「平等」の思想もあったのではないか。」先生は答えてくれました。「福沢の思想は難しいところがあるが、みんな勘違いしている。学問のススメは「勉強して努力すれば権利をもてる」ということを説いたのであって、「権利そのものが最初から誰にでも備わっている」ということを説いたものではありません。」私は「はっ」としました。「坂の上の雲」がこれからどうなるか、私は知らないのですが、貧しい秋山兄弟が、一生懸命努力して「一国の独立」を実現させたという物語だとしたならば、そしてそのあとに「自由平等」も付いてくるのだと思っているような話だとしたならば、それは大きな間違いなのです。「自由平等」は努力しないと付いてこないということなのではない。それは世界的な常識とかけ離れています。司馬遼太郎は日露までは日本は健全だったといいます。けれども、フランスなどと比べて、日本はやっぱり明治から歪だったのです。「国とか国家とかの使い方はよっぽど注意して見ないといけません」先生は言います。2010年は日韓併合100年、安保条約発効50年、ストックホルムアピール60年です。そういう節目を迎えての、もしかしたらナショナリズムを喚起するための「坂の上の雲」であり,「龍馬」なのかもしれません。注意してみていこうと思います。
2009年12月08日
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ふと気がつくと、加藤周一の命日(12月5日)を過ぎていました。12月4日に岩波ブックレット「加藤周一のこころを継ぐために」が出版されました。この本は今年6月2日に行なわれた九条の会の講演会「加藤周一の志をうけついで」を元に解説を加え、加筆したものである。加藤周一のこころを継ぐために一番重要だと思ったのは、夫人の矢島翠(みどり)さんの「加藤周一のこころを継ぐために」という挨拶である。全文ではないが、その半分近くを抜粋したい。物書きというのは、大体においてエゴイスティックなものでございます。いま自分がしている仕事、あるいはこれからしようとしている仕事、それこそが一番大事なことなんだという気持で、読んだり書いたり話したりする、そこに重点を置くものです。けれど、加藤の最晩年には、大きな事件が次々に起こって、彼にとってもむしろ実践活動の方に比重が移るようになりました。それはとても大きな変化でした。ですから本当に、たとえば小田実さんなら当然なさったかもしれないけれど、加藤がよくこれだけ動くようになったものだ、と横で見ていて感じておりました。(略)そのような(9.11テロからアフガン、イラク戦争のような)状況を見ていて、加藤が強い危機感を持ったことが感じられました。つね日ごろ、日本の憲法こそは人類の理想の先取りだと信じておりましたから、どうにかしなければならない、と考えるようになった。昔の敵国であるアメリカの言いなりになって、その戦争の支援を始めるようなことは、なんとしてでも阻止しなければならないと考え、皆様に呼びかけて、5年前の2004年6月に「九条の会」が発足したわけです。(略)加藤の人生は、それ以降大きく変わっていきました。物書きのエゴイズムから抜け出し、-と言ってもよいと思いますが-、九条の会を広める運動を始めます。しかも、その運動も、石造りの堅い、しっかりした三角形のピラミッドではなく、既成の組織に決して乗らず、一人ひとり生きて、暮らして、物を考えている、そういう人たちが手をつないでゆるやかなネットワークをつくる、というものでした。その最初の狙いは、現在の九条の会の運動において、まず達成できたのではないかと思います。その狙いの達成したあと、それをどうやって生かしていくか。権力側は、もう憲法改正を既成事実であるかのように話しています。そして、改憲手続法である国民投票法は、小泉政権のあと安倍政権時に強行採決によって成立しており、2010年の5月から施行されます。それをあたかも既定路線のように、すぐにも国民投票が行なわれるかのように政府は宣伝しています。そのような状況を、きちんと落ち着いて見極めながら、人類の理想である憲法をどう生かしていくか。このゆるやかなネットワークの中で、どう根づかせていくか、考えていかなければなりません。日本で生まれた新しいネットワークのかたちは、世界の人々の共感をよび集めながら、地球をおおうまでに広がっていく可能性を持っている。日本の政局の動きに一喜一憂してばかりを恐れるよりも、これまでは考えてもみなかった明日の憲法のありかたに、希望をつなぐことはできないでしょうか。-加藤はという言葉が、きらいでした。1960年生まれの私は、80年から国政にかかわりだしたので、まだという経験が無い。だから半分の人生だったと言っていい。むしろ、アメリカ、政府、大企業の戦略を感心することしきりであった。しかし、初めてという希望が生まれている。20世紀日本が生んだ最高の「知識人」の最後の「戦略」はそう簡単に逆転できないところまで来ている。「巨匠」は死ぬ間際に最後の「闘い」に打って出た。木下順二の演劇「巨匠」では「青年」がそれを受け継いでいる。
2009年12月07日
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「ブラック会社に勤めているんだが、俺はもう限界かもしれない」という長い題名に、作品説明の半分以上が入っている映画を観ました。IT業界の下請けにおける超長時間過密労働、いじめ体質の会社を「ブラック会社」というのだそうだ。ニートあがりの「マ男」くんは、学歴がないからまともな就職先はなく、世話をしてくれた母親も死んで、父もリストラ(やがて胃がんで入院)、拾ってくれたこの会社でがんばるしかないと思い、半年いじめられながら、徹夜を続けながら、一人だけの味方の同僚に助けられながら、なんとかやってきた。それでもやがてはどうしても我慢できなくなり、「辞める」という。それはそうだろう。果たして彼は辞めてしまうのだろうか、という話。監督 : 佐藤祐市 原作 : 黒井勇人 脚本 : いずみ吉紘 出演 : 小池徹平 、 マイコ 、 池田鉄洋 、 田辺誠一 、 品川祐 、 田中圭 、 中村靖日 、 千葉雅子 、 森本レオ テーマとしては、IT業界だけでなく、不況下の現在、どこの会社にも多かれ少なかれあっておかしくはないというかよくあるデスマ(死の行進)を走る「人間関係の壊れた労働戦士」の実態を正面から扱っていて、好感が持てるのだけど、結果つまらない作品だった。こういう作品にわざわざお金を払って観るのだから、それなりの対価がほしいもの。大いに笑わせるとか、泣かせるとか、すごいVFXがあるとか、アイドルが出るとか(小池鉄平はアイドルじゃない!!)それがだめなら徹底的に隙のない脚本にするとかしないとだめなのだが、すべてがなくて隙だらけなのである。一番大きい隙は、敵キャラで出てきたリーダーが最後「いい人」見たくなってしまうのは、馬鹿にしている。あるいは、掲示板の書き込みをしてくれた人達の最後の反応が無視されている。「もう限界かもしれない」だけを描いている。「限界にいたる社会背景」とかまで描いていれば、少しは見ごたえのある映画になっただろうに。「キサラギ」以降佐藤監督には期待して、「守護天使」と立て続けに見たのであるが、ちょっとがっかりである。
2009年12月06日
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単なる地震ではない。地割れではない。まるで地面がチョコレートのようになって地表の道路やらビルが小躍りして動いていく。ロスの町が海に沈んでいく。その一つ一つの映像は単に現代の映像を倒していくだけじゃすまない。大画面で見ると、俯瞰の町でも、一つ一つの家の崩壊をきちんと作っているのが見て取れる。VFXを担っているのは、そういう一つ一つを加工していったおそらく低賃金の労働者たちなのだろう。ご苦労様。たった0.2秒の映像に数日をかける彼らを私は賞賛したい。監督 : ローランド・エメリッヒ 脚本 : ローランド・エメリッヒ 、 ハラルド・クローサー 出演 : ジョン・キューザック 、 アマンダ・ピート 、 タンディ・ニュートン 、 ダニー・グローヴァー 、 ウディ・ハレルソン この映画を作った監督、脚本家、プロデューサーを私は決して賞賛しない。君たちの関心は、結局あのビルや家々の中の崩れた瓦礫の下敷きになったり、大津波でおぼれる人達に向いていなかった。話の大筋はノアの箱舟に入る人達に集中している。もちろん大破滅の発表をぎりぎりまでしなかった為政者たちへの批判的なせりふはある。けれども、主人公格の学者やその他の技術者たちは驚くほど罪の意識がない。彼らも同罪なのだ。秘密を漏らせば殺される。もちろんそうだろう。でもその結果、地球の何十億の人たちはたった数十万の金持ちや幸運者たちの犠牲になったわけだ。美辞麗句の台詞を言おうと、あなたたちは結局グリーンカードを持っている人達なのだ。そんな映画を唯々諾々と作ってしまう監督たちの精神を疑う。とっても不愉快な映画、これがそれです。
2009年12月04日
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これほど頻繁に時制が変わっているのに、ほとんど混乱しないというのは、卓越した編集技術であり、脚本であるとしか言いようがない。ただ、唯一、マリア-ナの娘が出てきた時、どの時制か、判断が中盤までつかなかったもうシャーリーズ・セロンが出ているというだけで観ました。監督・脚本 : ギジェルモ・アリアガ 出演 : シャーリーズ・セロン 、 キム・ベイシンガー 、 ジェニファー・ローレンス 、 ブレット・カレン 、 テッサ・イア 大人になったクリスティーナ(シャーリーズ・セロン)の不可解な行動は、結局最後のほうになって分かってくる。そういう意味では、事件らしい事件はおきないが、これは手馴れた心理サスペンスだといっていいのだろう。なぜ、クリスティーナは男遍歴が派手なのか。キャンピングカー火災事故は何故起きたのか。なぜ、クリスティーナ(マリア-ナ)の母親は不倫におぼれていったのか。マリア-ナの娘の父親は誰なのか。そのすべてが、冒頭の火災事故に収斂していくのはさすがです。ただ、テーマ的に訴えてくるものが余りない。私が家族との和解の必要性を余り感じていないせいかもしれない。この作品はシャリーズ・セロンもプロデュースに加わったそうで、キム・ベイシンガーを呼んだのも彼女の意向だそうです。「モンスター」はありえたかもしれないもう一人の自分を描くという動機があった。この映画を作りたいと願った、彼女の「意向」はなんなのでしょうか。もしかしたら、自分と母を捨てた最低の父親と和解をしたがっているのかもしれません。これをアップする前に、他のブログを見ていると、私の見落としていた重要な場面があることを知りました。「火事の前にサンティアゴが車から自転車で出かけるマリアーナ見ていた」(映画を見ていないと何のことやらさっぱりだと思いますが)というのです。それならば、これは見事な再出発の映画なのです。セロンは既に父親を許しているのでしょう。
2009年12月03日
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以前紹介したがんばれ!キャバ壌のキャバクラ争議は新しいステージに上がっているようです。ここで私は、「一番いいのは、コンビニ店長のユニオンが立ち上がったように、全国的なキャバ壌ユニオンが立ち上がることなのだが。」と述べておいたのだが、いよいよ個人だけではなく、きちんとユニオンを作るみたいです。今日は、共同通信関係の各地方新聞とスポーツ紙が一斉に報道して否応なく注目を浴びています。一番詳しかったのは、日刊スポーツのこのサイトでした。キャバ嬢が労組結成へ、団交!ストある!?キャバクラ勤務歴がある都内の女性らが中心となり、労働組合「キャバクラユニオン」を近日中に結成することが1日、関係者の話で分かった。キャバクラ嬢らによる労組結成は極めて異例。きらびやかな衣装をまとい、高額を稼げることもあるキャバクラ嬢は最近、若い女性の人気職業になりつつある。だが、一部店では「夜の世界の慣例」的に、違法性が疑われる罰金制度や賃金未払いなども水面下で横行。結成後、店側に待遇改善を求めるなどの活動をするという。 関係者によると、労働組合「キャバクラユニオン」(仮称)は、東京のキャバクラに勤務していた女性らが中心となり近々結成予定。一部店における賃金未払いや法外な罰金制度、従業員らからのセクハラなどが背景にある。キャバクラ嬢らによる労組結成について、連合は「聞いたことがない」としている。 同ユニオンは、東京の個人加盟労組「フリーター全般労組」の分会として発足させる方向で、今月中にも準備委員会を都内で開く。結成後は、経営者側との団体交渉などを通じて待遇改善などを目指すほか、支援や相談に応じる窓口としても機能させたいという。 フリーター労組によると、今年に入りキャバクラ嬢らから賃金未払いなどの相談が相次いだ。「指定日に客を呼べなければ罰金数万円」「15分遅刻で罰金1000円」など労働基準法(制裁規定の制限)に違反するとみられる例も多いという。同労組共同代表布施えり子さん(28)は「就職希望者が多いから買い手市場となり、一部の店は労働基準法を無視した“無法地帯”化している」と話す。 名古屋市の地域労組「名古屋北部青年ユニオン」にも、店を辞めようとした女性が「罰金が未払い」として店から数十万円を請求されたとの相談があった。同ユニオンのホームページには、ある女性の「罰金は遅刻が15分1000円、当日欠勤は担当者が許可しても1万円。客からも暴力をふるわれた」という体験が載っている。同ユニオンの石田進さん(37)がキャバクラ嬢からの相談の増加を実感したのは今年夏ごろ。昨年以降の不況で女性たちが派遣切りなどで職を失い、切羽詰まって「夜の職業」に流れているようだという。 今回、ユニオン結成の中心になっている女性は、勤務していた店が賃金の一部を支払ってくれない上、男性従業員らから悪質なセクハラを受けたなどとして、東京都の労働委員会に救済を申し立てた。女性は「さまざまな悪条件も『夜の世界では当たり前』と店や同僚からも言われた。キャバ嬢たちが泣き寝入りしないよう、労組を支援の窓口にしたい」と話している。雨宮処凛さんも書いていましたが、「「罰金」というのは、労働基準法によってその上限が決められているのだという。上限は日給の50%。月給の10%。しかも罰金を取るのであればそのことはちゃんと就業規則に明記しておかなければならず、その就業規則もちゃんと監督署とかに届けておかなくてはいけない」キャバクラには危ないお兄さんもいるかもしれませんが、それより強いのは「法律」です。これで、無法地帯の一角に「当たり前」の労働環境が広がればいいのですが。
2009年12月02日
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「旅芸人の記録」監督・脚本テオ・アンゲロプロスもう一ヶ月前ぐらいになります。岡山市中央公民館視聴覚室で平和の波岡山実行委員会主催の「旅芸人の記録」DVD昼休み入れて約5時間一挙上映に参加しました。やっと念願のこの作品を見ることが出来ました。直近のアンゲロプロスの作品「エレニの旅」についてはこことここで書いています。これは私は衝撃だったし、なおかつ良く分かりました。ところが、この「旅芸人の記録」については実は良く分からないところも多いのです。この催し、無料ということもあるのですが、もう三回目の「旅芸人」を見に来たという女性もいました。「未だに良くわからないの。それが芸術作品たる所以よ」ということでした。参加したのは10人ちょっと。しかも途中で退席者が続出して最後まで残ったのはたったの6人でした。良くわからないところは多かった。でも、素晴らしかったです。負け惜しみではなくて。その前日「沈まぬ太陽」を3時間40分かけて見ただけになおさら、この長編映画の素晴らしさが際立っていました。一場面、一場面で構図、照明、撮影、美術、そして役者までもがみごとに「決まって」おり、素晴らしい映像を作っていました。アンゲロプス得意の5-10分も続く「長まわし」も見事です。ギリシャの歴史的事実を前提にして描かれているためか、飛躍が多いのです。それと最後まで役者の顔の区別がつかなくて、わからなかったのです。それと「旅芸人一座がギリシャを1939年から1952年の歴史を旅していく。神話・演劇・歴史が一体になった感動の叙事詩超大作」とあおり文句にあるのですが、「神話」がどこに描かれているのか、良く分からなかったのです。あと、1-2度観たら分かるかもしれません。
2009年12月01日
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