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まだ夕食まで時間があったので、釜山鎮駅の周りを散歩することにした。1番出口を出てすぐのところにあった義足店のショーウインドウ。 その店の向かいに豆毛浦倭館跡記念碑があった。家康の時代、日韓国交は回復し、本格的には1678年に草梁倭館が開館して貿易などは本格化するのであるが、そのつなぎとして1607年にここに倭館が出来たらしい。 倭館跡は実際は市場の周りだと説明の地図に書いてあったので、その辺りを歩いてみる。道が複雑に曲がっている。 グニャグニャした細道を歩いてゆくと 台風をやり過ごしてホッとした感じの市場に出た。この時は完全に雨は上がっている。 さらにこの辺りをぶらぶらすることにした。釜山という町のもっとも猥雑性が残っているのがこの辺りだろう。戦後、次々と人が住み出し、無計画に家を作る。表面が剥がれ落ちたこの壁のつくりを見ると、素人が作った土台に、素人が作ったブロック塀を積み重ねているのがわかる。 そのブロック塀を反対側から見ると、モルタルでノリのようにくっ付けているだけなのがわかる。単なる寄木細工だ。多分震度5くらいで簡単に崩れるだろう。 屋根の修理が出来ないので、布で覆っている。 これは有名な日本式家屋の中の様子を、なんとか撮ろうとしているところ。図らずも、壁の瓦の修繕がいい加減なのがわかる。 なんとか撮った。さすが玄関前は日本式。 そんなところよりこのボロ屋の方が、韓国式のオンドル煙突はあるものの、よっぽど古そうだ。 この一帯は、ハングルの看板さえどければ、戦前昭和の雰囲気がそのまま残っている。 この修繕店(?)も見事に昔のつくりが残っている。さて、いい時間だ。チャガルチに行って、suzuさんオススメのチョッパル店に行こう。 地下鉄で移動。電車とプラットホームの間のドアの電動化が進んでいた。 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月30日
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機張聖堂で乗り換え、39番バスが慶星大学に直接行くと知ったので、合計1時間40分バスに揺れた。慶星大学の大学博物館にこれから向かう。慶星大学は街の中にある大学である。その中に博物館がある。ここは三国時代狗邪国の遺物を多く展示しているらしい。前期は土壙墓、後期は木棺墓、甕棺墓などが多かったらしい。また、ここは金海の大成洞古墳を発掘していて、その遺物を中心に展示している。例えばこのような瓦質土器。桃や栗の遺物もあった。大成洞古墳の筒型器台。これは朝鮮王朝時代の文鎮。他には高麗時代の遺物や白磁などがあった。カメラの調整がうまくいかなくてあまり鮮明に撮れていない。博物館前の池にはなぜかパンダが。学校前の喫茶店で少し日記を書いた。
2013年06月29日
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原発広報館の「エネルギー農場」を出て左手にちゃんと展望台が設けてあった。そこから原発を少し眺めることが出来るようになっていました。ちょうど台風の雨が止んでいたので撮影することができました。そこから見える古里の村はこんな感じである。少し新しい建物もあることはあるが、私には日本のように「原発依存」の村のようには見えなかった。改めて、我々日本人はこの「最も日本に近くて非常に危険な外国の原発」のことを良く知る必要があるのではないか?この原発が日本の「常識」よりもはるかに危険なことは、例えば去年の12月6日付けの朝日新聞のこんな記事でも伺い知ることができるだろう。韓国の古里原発、非常時マニュアルなし 全電源喪失事故 【ソウル=中野晃】韓国釜山市にある古里(コリ)原発1号機で今年2月、全電源が一時作動しなかった事故について、韓国政府の行政監視機関「監査院」は5日付で報告書を出し、同原発には非常時に備えた対応マニュアルがなく、事故の際、職員が各自の判断で動いていたと指摘した。 監査院の報告書によると、対応マニュアルがないのは古里原発1~4号機と、霊光(ヨングァン)原発1、2号機(全羅南道)。 古里1号機は韓国で最古の商業炉。2月の事故では、作業員のミスで送電が遮断され、非常用のディーゼル発電機も動かなかった。復旧まで約12分間全電源が失われ、原子炉の冷却水の温度が約20度急上昇したが、運営する公営企業・韓国水力原子力は約1カ月隠していた。 監査ではまた、原発に冷却水を送るポンプの部品など韓国内の2社が過去5年に納入した1500超の部品の検査証書が「偽造」で、一部が古里、霊光の両原発で使われていることも判明した。監査院はこの2社と関係者を私文書偽造などの疑いで刑事告発した。去年の8月の旅以来、私は韓国の原発に注目して来たのだが、古里原発の汚職報道も含めて事故報道が出るわ出るわ、こんな小さな事故を続ける人間は必ず大事故を起こすのは、大事故を起こして来た人の法則である。怖い、ホントに怖い。私は提案したい。日本で反原発運動している人間の1/100は一度この古里原発の見学をした方がいい。釜山からは私は交通がうまくつながらなくて、往路3時間もかかったけれど、私の行き方で行けば1000円以内で往復出来ることは確かです。タクシーを使えば、往路2時間で行けるでしょう。なんならば、機張までは交通の便がいいので、そこを拠点にして機張名物のカニ料理ツアーを組んで午前中にタクシーで往路1時間で古里まで行くという手段もあるかもしれない。百聞は一見に如かず、是非一度古里原発へ!さて、旅レポートに戻ります。目の前に異様に立派な食堂があった。ここの食堂は従業員が6人いた。この食堂ぐらいはなんらかの補助でできたのかもしれない。安い食事を期待したのだが、値段は安くなかった。11時すぎに私が行った時には客は誰もいなかった。とはいえ、台風だからね。とりあえず、割と高めの料理カルビタン(7000w)を頼む。テレビでは台風の最接近を伝えていた。どうやら、この時点がホントの最接近だったらしい。大きな骨付牛肉が付いていた。オカズは美味しかった。値段に見合った味だったと思う。突然、食堂のドアがガシャンと開いて台の上の瀬戸物が割れた。外は暴風雨だ(写真ではわからないと思うけど、時々立っていられないくらいの雨風だった)。機張行のバスの時間を聞くとあと10分だと言う。結局、暴風雨の中、停留所で20分バスを待った。帰りの海は大荒れである。 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月27日
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古里原発広報センターの唯一の広報室の見学をした。先ずエネルギー力学の発展史を学習。エネルギーは最後はスペースシャトルなどの宇宙船へ貢献しているらしい。電気の必要性を医学、家庭、社会に分けて、子供の質問を受けて語るコーナーです。ビックリしました。私はこの時まで知らなかった。原発銀座だった。古里原発は、3つほどの原発があるのかと思いきや、この小さな岬をぐるりと囲むように、なんと8基もの原発施設があるのである(新古里2.3.4号基は建設中)。またさらに二つ計画中だという。万が一、この一つでもメルトダウンして、冷却に失敗すればどうなるのか。フクシマはギリギリ間に合ったが、あの僥倖はもうないと考えたほうがいい。韓半島は風の関係でまだ被害が少ないかもしれない。しかし、西風が吹けば(それは多分吹く)、日本は滅亡してしまう。私の住んでいる岡山県も住めなくなるかもしれない。一つが暴走を始めれば、もう近づけなくなるのは、我々が既に経験して来ている。何しろここには福島の倍の数の原発があるのである。あとはお決まりの原発の安全性の説明みたいだ。言葉がわからないから、ツッコミようがない。因みに周りのセシウムは、約0.1ミリシーベルト。今日も安心安全みたいです。全国に四ヶ所原発施設があって、今現在これだけの電気を生みだしている。のかな?核のゴミをどうするのか、という説明みたいです。たくさんのパンフを綺麗なお姉さんからもらって二階だての綺麗な広報施設をあとにした。
2013年06月26日
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台風の激しい波間の向こうに微かに円柱形の建物が見えた。あ、あれが原発じゃないだろうか? 確かにそうだ。しかし、なんて村から近いのか。韓国によく見る普通の貧しい漁村が続いて、なんの前触れもなく見えて来たのである。日本のように、原発によって潤う町や自治体の姿は全く感じられない。 降りた停留所の周りはこんな感じ。全く普通の田舎の停留所である。 看板が見えて来た。「韓国水力原子力(株)、古里原子力本部」と書いてある。 前は原発広報センターという名前だったのだが、今は原発の名前を隠したいのか、スポーツ文化センターとして地図上に載っている。スポーツ文化施設が7割ほどだろうか。 それにしても、この種類の施設ならば、韓国という国は驚くほどに敷地をとって建物も無駄におおきくするのが一般的なのに、一昨日の順天の市立生活健康センターとたいして変わらない大きさだ。つまり、日本ほどは広報サポートにお金をかけていないのである。反対に言えば、お金をかけなくても、国内の反原発運動を容易に抑えることの出来る自信の裏返しなのだろう。 台風なので、いつもならする村のぶらぶら歩きは出来ない。だから、運が良ければ原発をまじかに見ることは出来たのかもしれないのだがそれは(あればだけど)次回のお楽しみになった。そしてこれが晴れた日の古里原発らしい。なんか古ぼけて、今にも終わりそうなんですけど。 一階にあった原子力歴史館は(利用者がないせいか)閉まっていた。結局内容はそのあとに行く「エネルギー農場」に集約されたのだろう。これひとつ見ても「広報」に力を入れてないことがわかる。 エネルギー農場 「どんな方も歓迎します」そうかい、じゃ入らせてもらおうじゃないの。 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月25日
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8月28日(火)台風 釜山⇆機張7時半に宿を出る。今日は機張(キジャン기장)の北にある古里(コリ고리)原発を見にゆく。昨日の観光案内所のアガシが「行くのは難しい」と言っていたが、果たしてたどり着くことは出来るか。なおかつ、今日は台風が最接近する。先ずは地下鉄で海雲台(ヘウンデ)まで。けっこう来た気がしたが、まだ先は長かった。これは駅前にあった豚を形取った植木鉢。韓国では、豚がナゼか愛されている。そこから39番バスで機張聖堂(기장성당)まで行く。序でに聖堂を少し観て見た。こじんまりとした聖堂である。マリア様が美しい。ここでバス待ちである。いつ来るかがわからない。45分ほど待った。待っていると、頭の上に荷物を載せた女性が歩いていた。久しぶりに見た。しかも、まだ20代とも思える若さである。おばあちゃんから直伝されたのだろうか。どうやら45分間隔だったようだ。45分きっちり待って180番バスがやってくる。ここから27番目の停留所のウォルネ(월내)中学校の停留所で降りれば、そこから歩いて5分くらいだという。途中で海が見えて来た。いやあ、荒れている。この時大型台風は韓半島の西側を縦断し、韓国全土に大きな爪跡を残すのではあるが、ちょうどこのあとから約3時間が釜山地域には最も近づいた時だった。なんでこんな時に原発見学と思うかもしれないが、台風の時は何処へ行っても同じだと思ったし、原発見学は一日仕事だと思っていたので、この日を外したら二度と来れないかもしれなかったのである。あ、あの丸い形は原発じゃないだろうか? produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月24日
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観光案内所に寄って明日以降のネタを少し仕入れる。案内所の前にサムスンのデジタルセンターがあった。旅の途中で大事なカメラを紛失した私は、この旅で初めて出会ったsuzuさんからカメラを拝借していたのである。お礼に弱っているバッテリーの交換をしようと清州のサムソンのデジタルセンターで買おうとしたならば「うちでは扱っていない」と言われたのである。このデジタルセンター、多分釜山では1番大きいだろう。ここでsuzuさんのカメラのバッテリーがなかったら、いったい何処にあるというのだろうか。私は勇躍して入って行った。カウンターのおじさん、事情はいろいろと言い訳をしていたみたいだが、結局「(バッテリーは)ない」とのことでした。「マアこれでよく世界一のサムソンと言えますね」とわからないだろうけど(日本語で)捨て台詞を吐いてセンターを後にしたのでした(^_^;)。多分古いタイプのカメラで、在庫がなかったのかもしれないが、機能的には日本のそれと同等なのだ。すぐに在庫がなくなるようでは、サービスも何もあったもんじゃない。夜まで時間があるので、南浦地域に出来たロッテデパートを見に行く。まあ、無駄に大きく作っている。二階はなんと「まるまる」ブラック企業のユニクロだった。 四階がバーガーキングで、お茶をしながら少し日記を書く。その後真珠食堂に行くとsuzuさんが居た。再会を祝して乾杯!やはり真珠食堂のパンチャン(オカズ)は美味しい。外れがない。この豆の大きいこと。ヘムルタン定食とマッコリを頼んだ。ヘムルタン(海鮮鍋)は辛さを少なくしてくれたみたい。小魚と野菜がたくさん入って美味しい。全州で別れた後の旅の報告などをしていたらあっと言う間に時が過ぎ去り、「バスで帰ったほうが早いちゃ」とsuzuさんに教えられて8番バスに乗ったのだけど、反対方向に行って影島(ヨンド)のバスセンターまで行ってしまった。そこでバスを乗換えて沙上駅まで行く。1時間ほど無駄にしました(^_^;)。宿代50000 チャージ 5000 昼食 4000 映画8000 コーヒー2400 夕食8500 Wi-Fi5500計 83400w歩数 14015歩
2013年06月23日
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新羅大学博物館から西部バスターミナルに戻った。いつも夜に着くので今さら気がついたが、バスターミナル横のアウトレットセンターの「アップル」が完全リニューアルしていた。しかもロッテシネマまで入っていた(^-^)/。2階はフードコーナーになっていて、会計は一カ所で一括処理。いくつもの軽食屋が一同に集まっている。4000wからの軽食かあるので、これはバス待ちには便利だ。買うとこんな番号が与えられ、電光掲示板に数字が点いて食事を取りに行く仕組み。私はスジェビ4000wを頼んだ。スシェビって、スイトンのことだったのね(^_^;)。勉強になりました。これから半年のち真珠食堂のスジェビを食べて、同じ食べ物でも天と地ほどの開きがあることを知るのでした。ここに併設されているロッテシネマで映画を観た。公開されたばかりの「이웃사람(隣人)」である。最近の韓国映画はサイコ殺人者が出てくるのが多い。しかも、殺人者本人の心理を描くよりも、周りの人々の人生をあぶり出すことに重点を置く、という方法を採る。これもそうだった。ここ数年「復讐者に憐れみを」「チェイサー」などの秀作が続いたので、一種の流行なのだろう。これは其れなりに面白かった。少しスリラー要素はあるが、上手く着地している。同じアパートに自分の娘を殺した殺人者が居るという設定。彼がまた次々と人を引き込んで‥‥‥。それにしても「冬の小鳥」のキム・セロンちゃん(写真の左下と真ん中上)が、1人2役を見事にこなしていた。末恐ろしい。チャガルチの真珠食堂へ飲みに行く。途中、中央駅で降ろされた。何かトラブルがあったらしい。こんな迷惑をかけられているのに、料金の払い戻しはなかった。地下鉄職員が忙しく駆け回っていた。中央駅の改札口前。ここでも無料の図書閲覧室であるブックカフェが作られていた。どうやら韓国では流行っているらしい。歩いてチャガルチまで行くことにした。この洋服店の建物より向こうの建物に、看板をよくみると日本時代の文字を削った跡がある。だとすると、70年以上経過した建物だと言うことになる。チャガルチ駅の改札口は当然ながら進入禁止になっている。どうやら小さな火災事故があったらしい。それ以上の詳しいことは分らなかった。北のテロではない。
2013年06月22日
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去年の8月に決行した生涯最長の旅レポートを再開します。前回までのレポートはカテゴリーの「韓国旅行2012」を見てください。 8月27日(月)雲 釜山 朝、2日分の宿代を払う。ここを拠点にいろいろ出かけるつもりだが、この時点ではネタ切れ。夕方に観光案内所に行ってネタを仕入れるつもり。 今朝観たテレビの映画はイ・ビョンホンとスエの「그해여름(この年の夏)」(邦題「夏物語」2006)。日本上映のときも良かったが、やはりもう一度テレビで観てもいい映画だった。村の野外上映の逢引き場面はやはり秀逸だ。朝の5時代はいつもいい映画をするので気が抜けない。 一つのネタである新羅大学博物館を目指す。大学博物館。これが三度目の正直である、もう失敗は許されない。とは言え、昨晩いくら調べても月曜日開館かどうかはわからなかった。大学博物館だから、開いているはずなんだけど。 大学入り口バス停ではガチョウがお出迎え。博物館は美術館の方向にあるとの看板発見。 学生の作品(の残骸)が展示されて(打ち捨てられて)あった。黒豚くんが1番インパクトがある。これだけは、このまま売ってもいいんじゃない? 大きなクワガタと白い虎熊くんのオブジェが鎮座する前に博物館入り口があった。 ドアが閉まっている。ベルを押すと女学生が鉄の扉を開けてくれて、研究室を素通りして博物館の電気をつけてくれた。あくまでも考古学研究室の付属施設という感じである。しかし、展示品は素晴らしいものだった!!! 以下、かなり専門的な記述が増えますが、この旅レポートは私の「記録」でもあるので、ご了承くださりスルーしてください。 昌原三東洞遺跡の甕棺がずらっと並んでいる。全て三国時代のものである。だから、福岡地方に弥生時代に流行した甕棺墓のおそらくルーツではないだろう。どう関係しているのか、していないのか。興味がムクムクと湧いてくる。 形は日本のそれと比べると、かなり細長い。 青銅器時代、居昌(기창)任仏理(임불리)の砥石(だったと思う)が良く使い込まれていて、素晴らしかった。 青銅器時代、山清(산청)召南里(소남리)遺跡の菜文土器の壺も素晴らしい色づかいだった。この時代は、明らかに朝鮮半島でも先進地域だったのだろう。 同じ所の孔列土器壺。 時代は下って三国時代の召南里の取手付きコップ。 同じく杓子。コップといい、杓子といい、かなり日常生活が現代に近づいている。 この注口土器も見たことのない形だ。 三国時代、昌原三東洞遺跡の雨耳附短頸壺。このような取っ手は日本では、見たことがない。 同じ所の首飾り。かなり豪華。 こんな土偶もあった。統一新羅時代のものだが、この時期から既に仮面ノリ(韓国の仮面劇)の面に似ている。面には、お国柄が出るのだろうか。 小さな部屋だったけど、一時間半もいた(説明文を読もうと努力して時間がかかった)。お礼を言って、バスで沙上バスターミナルまで帰る。
2013年06月21日
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去年の今ごろ「史記」の解説本を読んで、この紀元前の偉大な史書に対して興味を持った。「水滸伝」シリーズの北方謙三が小説に書いていると聞き、いつかは読破しないといけないと思っていた。やっと文庫化されて全7巻の武帝紀を読むことが出来る。カテゴリーは「水滸伝」に入れます。 「史記 武帝紀 1」北方謙三 時代小説文庫雪が、肩に降り積もっている。大地も、白い布をまとったように見えた。肩の雪は、振り払えない。後ろ手で、縄を打たれているからだ。「いまでしょ」の林先生が「名作を見分ける」方法として勧めていたのが作品冒頭の一頁その一行目を見るということだった。よって、この大長編の冒頭三行を抜き出してみた。北方版「史記(司馬遷)」と言いながら、この作品第一巻には司馬遷はおろか父親の司馬談も出ては来ない。武帝は即位間もない頃の劉徹として現れ、次第と力を蓄える28歳頃までが描かれる。初めて匈奴の奥深くまで侵攻した衛青がこの巻の主人公であり、冒頭の描写は衛青が無名の兵士だったときに皇后の母親の気まぐれで捕らえられ殺されそうになったときの描写である。まるで、景色を楽しんでいるかのような衛青の大物感を描き、歴史上有名ではない衛青を先ず中心に据えることで、この物語の壮大さが強調されるだろう。ともかく、私が名前を少しでも聞いたことがあったのは、武帝と、最後の方に出てくる衛青の甥、13歳の霍去病ぐらいのものだった(その後調べたら、衛青も李広も史記の列伝に採用されていた)。このあと、約50年の前漢の歴史書が紐解かれるわけだが、北方謙三は何を描こうとしているのか。日本は弥生時代中期の未開地、倭国大乱はまだ始まっていなかった。朝鮮半島では楽浪郡が大きな力を持っていた。遊牧民族匈奴が広大な北を支配し、西域では大月氏、大宛、大夏などの民族が漢帝国との交易を望んでいた。その中で描かれるのは衛青たち騎馬軍団の成長、漢(おとこ)の姿、青年武帝の野望だ。今のところ、予想は「北方版 漢(おとこ)列伝」のように思えるのだが、果たしてどうだろう。2013年6月18日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月19日
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「間違いだらけの生活保護バッシング」生活保護問題対策全国会議編 明石書店 今週、自公民維新みんな生活の賛成で生活保護改悪案が成立しそうだ。衆議院はほとんど審議されないまま通った。 内容は ●申請書類の提出の義務付けで「水際作戦」の合法化 ●親族の扶養義務を強化し、時事上の要件に ●就労促進として「働ける年齢層」は低額でも就労 ●医療では後発医薬品(ジェネリック)の使用を原則化 というものです。 これ等の改悪が国民的議論にならなかったのは、ちょうど去年の今ごろに起きた「人気お笑いタレントの母親が生活保護を受給している」ことで起きた異常なパッシングが影響していると私は思う。 この本は、その騒動を受けて去年の8月に緊急出版されたものである。 この本は去年の今ごろネットやマスメディアや世耕弘成や片山さつきが出していた「いいがかり」について丁寧に応えている。 その回答に対して、彼らはまともに反論することができたのか?出来ていないはずだ。それなのに、こういう法律が通ることに憤りと悔しさを感じる。 法律が通ったあとでも通用する「常識」はこの中にたくさんあるはずだが、法律に疎い私はよくわからない。 ただ、私が大事だと思う点について、いくつか論点をメモしておきたい。 ●親・兄弟(扶養義務者)がいれば生活保護は受けられないの?→そんなことはありません。扶養は生活保護の前提条件ではありません。 ⇨これは、法律が通ってもまだ建前はそうだと思う。 ●高額所得の息子がいるのに、親が生活保護を受けるのはおかしくない?→両者が別居しているのであれば、おかしいとは言い切れません。 ●生活保護の人はけっこう贅沢して楽しんでいるんじゃないの?→マスコミの報道では、「こんなにもらっている」「あれもこれもタダ」という表現がよく使われていますが、生活保護利用者は現実にはギリギリの生活を強いられています。 ●保護費をギャンブルや酒に使っている人って何なの?→支給された保護費を何に、どれだけ使うかは、原則として受給者の自由です。当然、健康で文化的な最低限度の生活の範囲内で娯楽を享受することは可能です。 ⇨確かに一部生活出来ないほど、健康を害するほどギャンブルや酒を浪費する人はいます。私の知っている青年は、やっと見つけた介護の仕事を始めたその最初の月に生活費用のほとんどをパチンコに使い労組に泣きつきました。それ以外は、思いやりのあるものすごい真面目な青年なのです。労組専従は突っぱねました。彼の場合は「病気」なのです。それは他のやり方で「直す」しかないのです。表面だけを見て周りが云々いうことは、東ちずるさんの言葉を借りれば「無知」だと思います。 ●生活保護の基準が甘くなって、保護を受ける人が増えているの?→そんなことはありません。基準が変わったのではなく、生活保護の窓口がまともに基準を守るようになったのです。 ●働けるのに働かないで保護費を受け取っている人が増えているんでしょ?→そんなことはありません。働いている受給者、「働きたくても働けない」受給者が多いのが実情です。 ●日本の生活保護費は国や地方の財政を圧迫しているんでしょ?→日本の生活保護費(社会扶助費)のGDPにおける割合は0.5%で、OECD加盟国平均の1/7。諸外国に比べて極端に低いのです。 ⇨さらに書いています。 「そもそも生活保護費は国民のいのちを守るための支出です。財政問題を理由に安易な引き下げ論をすべきではありません。」 「生活保護費は、低所得の方の生活費用ですから、預貯金されることなく、消費に回る割合の高い経費といえます。この意味では大阪市の経済を下ささえしているといってもいい費用なのです。」 ●悪質な不正受給が増えているんでしょ?→不正受給の割合を見ると、件数ベースで全体の2%程度、金額ベースで全体の0.4%程度で推移。不正受給はごくわずかであり、生活保護全体に占める割合も大きな変化はありません。 ⇨さらに書いています。 「生活保護利用者が増えたといっても、日本での利用率は人口の1.6%に過ぎず、先進諸国(ドイツ9.7% イギリス9.3% フランス5.7%)に比べると異常といってもよい低さです」「生活保護の補足率(利用資格のある人のうち現に利用している人の割合)は2-3割にとどまっています。」 ●年金や最低賃金の額よりも生活保護費の方が高いっておかしくない?→最低賃金額をあげて、生活保護費との逆転現象を解消すべきことが国会でも確認され、最低賃金額は少しづつあげられてきています。生活保護費が下がれば、賃金が一層下がり、年金引き下げがいっそう容易になるだけです。 ⇨民主党政権で行われたこの決定は、派遣切りや貧困問題がやっとマスメディアに出たことと最低賃金引き上げの運動が実った成果でしたが、自民党政権の下でまた、生活保護費を引き下げれば、もとの木阿弥になるでしょう。 2013年6月17日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月18日
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「らいふ」東ちずる 講談社 東ちずるさんの本を読んでみようと思ったのは、思わぬところで本人から「いいね」をもらったから。湯浅誠さんがビックイシュー6月1日号の表紙を飾りFacebookに記事を書いた。それに私がコメントした時に彼女から「いいね」をもらったのである。彼女が社会活動に関わっていることは少し知っていたが、それで一挙に身近になった。思えば、彼女と私は同じ歳、因島と倉敷で同じ西日本だけど、全く違う道を歩んで来たと思っていたのである。だからこそ、彼女と小さな接点があったことが少し嬉しかった。 障がい者アートの支援や骨髄バンク、ドイツ平和村などののボランティア活動を「恋愛のようなもの」と彼女は言う。感謝されたいとか、社会貢献したいとか、感動したいとか、誰かと絆を育みたいとかの気持ちを「下心、おごり、見返り」と言い切る。「やりたいからしている」とっても自然体です。嫌なこともある、だからとことん話し合う、無理を押しての継続はしない、けれども簡単にさよなら出来ない「かすがい」を持つこともある。「ボランティアも恋愛も先が読めない珍道中です。だから夢中になっちゃうんでしょうね」なるほど、です。 きちんと社会に向き合っている彼女は貧困問題の理解も真摯です。 「派遣とかフリーターって、結局のところラクしようと思ってんだろ」 「派遣切りされても、死ぬ気で働く気になりゃなんでもあるはずだよな」 どう思いますか?この言葉。 もちろんこれは、勝ち組の人たちの声です。私は、無知だなあと思います。昭和の頃とは違うんです。今はまっとうに働きたくても働けない、働けど働けど将来の見えない状況があふれていて、「働くこと」そのものが、まったくの機能不全に陥っているのです。(略) (そのあと憲法25条を紹介して) どうですか?いい法律です。安心して生きていけそうです‥‥この内容が守られていれば、ですが。 社会保障の基盤が整って、この生存権がしっかり守られているかどうか確認したうえで、「自己責任論」を語って欲しいものです。「ただ生きる」ということが難しくなっているのですから、親の介護も、自分の老後も不安になってきます。キャリアを重ねることに不安を感じるなんて、残酷な社会です。それも自己責任、なんて言われたらたまんないなぁーとため息が出ます。(134p) 全く同感です。岡山でビックイシューの販売が始まったことを書いた私のコメントに「いいね」をくれたのが頷けます。 これからの人生、私も見習って楽しみながら真面目に頑張っていこうかな、と思わせるエッセイでした。 2013年6月16日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月17日
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「全批判 自民党改憲案」日本共産党中央委員会出版会 日本共産党がまとめた自民党改憲草案の「批判パンフ」です。現在の日本国憲法を根本から変えて行く自民党改憲草案をきちんと読んだ人は、それだけで自民党政権がとんでもない方向へ日本を持って行こうとしていることが理解できるとは思うが、いかんせん、日本人はなかなかその最低限の「じっくり読む」ということをしない。単行本を買って読もうとする人はごく限られた人だと思う。 そういう意味で200円で買えるパンフは貴重です。単に「中国や北朝鮮に舐められない強い日本にする」だけではなく、世界の何処へでも出て行って戦争のできる国にする、それだけじゃなく、基本的人権を放棄し「国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するためには自分が何ができるか、を皆が考える」(片山さつき)国にしようとする歴史逆行の発想があること、等々を明らかにしています。短い中にコンパクトにまとめている。また、パンフのほほ半分をかけて自民党改憲草案そのものを全文載せているので、自分なりに検証することもできる。 2013年6月12日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月16日
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今月の労働組合機関紙「県労会議」に連載させてもらっている映画評は以下の作品でした。今年の「午前10時からの映画祭」はデジタル作品なので、主な上映館は全国同時上映になっています。今日から2週間が上映期間です。「映画館で観るべき作品」です。是非! 「アラビアのロレンス」 毎年同じようなことを言っていますが、映画は映画館で出来るだけ観て欲しい。私の映画評は、観ていない作品について語ることを自ら堅く禁じているので必然いつもDVD作品の批評になってしまうのですが、ホントはこの新聞が発行されている時点で映画館にかかっている作品の批評を書きたいのです。そういう意味では、時々載せる「午前10時からの映画祭」の作品群は、その魅力を知ることの出来る格好の対象と言えるでしょう。 特に今回紹介する「アラビアのロレンス」はあらゆる点でオススメの「映画館で観るべき作品」です。2年前にも映画祭で掛かったのですが、今回は2週間上映期間があるので、より観やすくなっています。私は前回も観ましたが、今回も観に行くつもりです。昔テレビで観たことのある人も、今回は完全版ですから色んな面で発見があるはずです。 いちおうあらすじは、1914年、第一次世界大戦が勃発。ドイツ連合軍の勢力を分散させるため、英国よりアラブに派遣された策士ロレンス。彼独自のゲリラ戦法を駆使し、反乱軍を指揮。アラブ国民から“砂漠の英雄”と謳われるようになるが…。というものです。 なぜ映画館で観るべきか。スクリーンの端から端まである一直線の砂漠の水平線の向こう、一点の染みから次第と人物が現れていく。これはまさに映画的な体験です。ロレンスが近代兵器に勝てたのは、ひとえに砂漠の自然を熟知していたベドウィンの信頼を得たからですが、そのことを説得力を得て理解するには、映画館で大スクリーンの映像を観ることが不可欠です。 また、明るい処で何かをしながらテレビでこの作品を観たならば、3時間47分のこの映画の描きたかったことを見逃すかもしれません。ロレンス(ピーター・オトゥール )の心と身体の中に近代ヨーロッパの価値観と中東アラブの価値観がうずまいています。その二つの間を彼は何度も往復します。あるときは輝かしくアラブの英雄になり、あるときは血に塗れてうな垂れる。それはそのまま、戦争という時代に翻弄される近代的自我そのものであるかのように私には思えました。皆さんがどのような感想を持つかは、暗い映画館で集中して観たあとにこそ訪れると、私は信じています。 (監督 デヴィッド・リーン 1962作品、TOHOシネマズ岡南6月15日~28日上映)
2013年06月15日
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「ユニオン!」笹本淳史 「民主文学6月号」 想像していた以上に面白かった。生協の個別配達の委託労働者である武志の一日の描写で、登場人物たちの置かれている状況を無理なく説明したあとに、一挙に労働組合結成と初団交とその結果までを描いたのは、構成としてはベストだったと思う。 労働組合結成をテーマにした小説は、小林多喜二の時代或いは1950年代60年代を別にすれば、驚くほど少ないと思う。ましてや、エンターテイメント小説としては、(ここに登場する)新労組の未来以上に前途多難である。けれども、ここに描かれている「請け負い労働」は、バブル破綻以降の労働市場の賃金引き下げや多様化の中で非正規雇用の拡大と共にとても増えた雇用のひとつである。それが「より良きくらしと平和のために」成長してきたはずの生協組織で採用されている処が、現代の矛盾を象徴的に現していると思う。その中での労働組合作りにチャレンジする青年群像が描かれる。しかも、タッチとしては純文学ではない。青春小説と言って良いのである。 この小説の1番の魅力は、武志の仕事が一分刻みで事細かに描かれている処である。 「はい、これ注文」 差し出された注文書に目を走らせ、間違いなく記入されていることを確認する。もし白紙であったら、本当に注文がないのか確認する必要がある。注文するつもりなのに書き忘れているという可能性もあるからだ。また注文人数の 確保が配達担当の主な課題のひとつとされているため、注文がないと言われる場合は、何か一点でも注文してもらうようお願いする。 大型トラックが目の前をゆっくり通って行った。武志のトラックがじゃまになるかもしれない。 「ありがとうございました」 慌ててあいさつをして、トラックへ走る。案の定、大型トラックが立ち往生していた。 「すみません」 手を上げて言いながらも、トラックの運転手とは目を合わさない。空シッパーを荷台に放り込んで閉め、トラックの下部と周囲を確認して運転席に飛び乗り、注文書を助手席に置くとすぐに発進させる。次の配達場所の前を通り過ぎてしまうが、止まることはできないので、諦めて旋回することにする。五分近いタイムロスだ。 「落ち着け。落ち着け」 武志は自分に言い聞かせる。 物語には、細部にこそ真実が宿る。一日65軒、一軒5分以上使えない配達の中で時には合計45キロの荷物を五階までかけ上がらなければならない重労働、トラブルやクレームに気遣いながら、営業までしなければならない「生協の個別配達」という世間には全く知られていない専門性のある労働がここにある。それを知ることの面白さ。その割には正規の半分も貰えない報酬の低さ、その仕事への誇りや将来への不安もある程度描かれている。 枚数の関係からか、労組作りに話が移ると人物の類型化と説明的な台詞が増えてきたのは残念なところだった。労組専従も二人出てきたのだから、一人を原則的な人物、一人を際立ったキャラにすれば魅力が増したかもしれない。 これならば、まだまだ何人かに焦点(例えば美紗子や古田)に当てながら、もう少し作れるのではないか?。 新しい青春労組小説、期待しています(^-^)/。 2013年6月11日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月14日
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「やし酒飲み」エイモス・チェツオーラ 土屋哲訳 岩波文庫 じぇじぇ!ジュジュマン(精霊?魔法使い?神?)の話であった。 初めて「アフリカ文学」を読む。しかも内容は、現代感覚を微量に取り入れただけのように思える殆どアフリカ神話の世界。最初は読み進めるのが苦痛だった。初めての方は、訳者による解説から読んだ方がいいと思う。(あらすじは表紙写真を参照して下さい) しかし、驚くほどに日本神話に似ている。主人公は「神」なのだが、非常に人間的なのである。娘を怪物から助けて妻にする。その子どもが怪物になり殺されそうになるのも似ている。 生まれたばかりの赤ン坊が怪物になるのは、一度ではない。それを殺すの父である主人公なのだが、まるきり倫理的苦痛を感じていないのである。 森林は、万能ではない神である男にとって危険極まりない処だった。それは、アフリカの自然の厳しさでもあるのだろう。 突然の不幸と生と死の往来、そして突然解決出来る未来。それは不思議ではあるのだけど、やはり何処か普遍性のある人間の人生なのかもしれない。 2013年6月7日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月13日
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加藤周一論は、私のライフワークのひとつです。著者の海老坂武氏はかつて「戦後思想の模索」(1981みすず書房)でおそらく初めて加藤周一論を上梓した人です。そういう意味では、注目して読んだ本でした。 「加藤周一 二十世紀を問う」海老坂武 岩波新書 最初の数章は簡単な評伝という感じになっていてガッカリした。あまり期待せずに読んだ。前半は文句ばかりつけていた。瞠目したのは、第六章から。特に「日本文化における時間と空間」に関して丸山真男の古層論との微妙な、しかしだからこそ非常に重要な違いを述べている処に注目した。海老坂氏は2人の評論本を上梓している。著者ならではの「指摘」だったと思う。 特に以下の処。 「加藤にとって主旋律とは変容したあとの結果なのだが、丸山にとっては変容する以前の外国思想そのものなのだ」 「分析対象の違いであり、分析の視点の違いである。丸山の対象は中国の史書と日本の史書である。そして語義の解釈、とりわけ漢字の使い方、また漢文が和文に読みくだされていくときの意味のズレに注目する。そして引き出してきたのが「つぎつぎになりゆくいきおひ」という古層であった。他方、加藤は広く文学を素材とし、また美術作品も重要な素材である。言語作品だけに話を限っても、加藤が単語の語義を問題とすることは稀である。彼が目を留めるのは語順であり、時制であり、語り口であり、文章構成である。」 また、これら両者の「方法等の差異」から「丸山には「空間意識」の分析がない」と指摘する。さらには、異なる「始原」の解釈があり、「いま」の理解の仕方にも違いがあると指摘する。 この指摘は重要であり、私は慎重に検討するべきだと思う。なぜならば、と海老坂氏は言う。 「日本の古層」或いは「土着思想」の解明は、加藤周一も丸山真男も「日本人の精神の変革は可能か」或いは「内から外へ、現在から未来へ、特殊から普遍へ向かう精神の開国は可能か」を問うためのものだったはずだからである。 しかし(この著者の「問いの立て方」自体検討しなくてはならないとは思うが)その結論自体を著者は数行で済ませており、私は納得いかなかった。 また第七章において、「観察する人」(この表現にも異論はある)だった加藤周一がなぜ、「書く人から語る人へ」さらには「9条の会」への参画へと変わっていったかについて書いている。この加藤周一評価に対しても、私はもっと「積極的な」変容があったと観ており、異論がある処ではあるが、その中身はいつか書きたいと思っている加藤周一論に譲りたい。 全面的に肯定出来る本ではなかったが、いろいろ刺激のある本だった。 2013年6月4日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月11日
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「3652 」伊坂幸太郎 新潮社 「仙台ぐらし」が良かったので、それ以外の唯一のエッセイ集を読んでみた。 題名の由来は、エッセイが苦手な著者がデビュー十周年を記念して365×10、閏年が2回あるので+2として「3652」としたらしい。確かにノリノリでエッセイを書いている気配はないのだが、それでも顧客サービスは忘れない姿勢が、私は好きである。 お気に入りは ●「アメリカンコーヒーゲーム」(2002年)。客が意思統一した様にアメリカンコーヒーを次々と注文する。もちろん著者もそれを「やり遂げる」。処が、後ろの女性がホットココアを頼んだ。 失敗した選手の顔をしげしげと眺めないくらいの礼儀は僕にもあった。自分のカップを受け取りながら、小さく舌打ちをしただけだった。僕は涼しい顔をしたまま、しかし内心では「ミスしやがって」と呟き、店内を進んだ。「気にすることはない、次回、頑張ればいいんですよ」と心の中で相手を励ます余裕もあった。(26p) 更には、単行本化のときに「注」を施し「このエッセイはとても気にいっているんです。まあ、実際に、舌打ちはしなかったと思いますけど(笑)。」という自分ツッコミをするサービスまでしている。 ●「父も犬好き」(2006年)というエッセイでは、一度も犬を飼ったことがないのにも関わらず、著者の父上は常にポケットにドッグフードを入れていると書いている。出会った犬を喜ばす、そのためだけに常日頃から準備しているのである。あゝホントに伊坂幸太郎の小説に出てくる登場人物が現実にもいるのだ、と楽しくもあり、淋しくも思った。もちろん短いエッセイの終わりには「オチ」を付けている。(省略します^^;) ●伊坂幸太郎が会社を辞めて小説に専念しようと決心したキッカケの曲は、斉藤和義の「幸福な朝食、退屈な夕食」だったらしい。単に忘備録としての私用のメモです(^_^;)。 2013年6月5日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月10日
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ずっとAKB総選挙に注目して来た。もちろん押しメン(優子と珠理奈のこと)の行方も気になっているからだが、それ以上にこの選挙結果が若者(それだけでなく無党派層と言っていいかもしれない)のリアル投票行動を反映していると思うからである。もしその仮定が成立するならば、7月総選挙の結果にも影響を与えるだろう。 結果はこうだった。全部出してもイメージわかないと思うので、一応選抜16位まで。 1 位 HKT48 指原 莉乃 150,570票 2 位 AKB48 大島 優子 136,503票 3 位 AKB48 渡辺 麻友 101,210票 4 位 AKB48 柏木 由紀 96,905票 5 位 AKB48 篠田 麻里子 92,599票 6 位 SKE48/AKB48兼任 松井 珠理奈 77,170票 7 位 SKE48 松井 玲奈 73,173票 8 位 AKB48 高橋 みなみ 68,681票 9 位 AKB48 小嶋 陽菜 67,424票 10 位 SNH48 / AKB48兼任 宮澤 佐江 65,867票 11 位 AKB48 板野 友美 63,547票 12 位 AKB48 島崎 遥香 57,275票 13 位 AKB48 横山 由依 53,903票 14 位 NMB48 山本 彩 51,793票 15 位 NMB48 / AKB48兼任 渡辺 美優紀 44,116票 16 位 SKE48 須田 亜香里 43,252票 指原一位の意味については、後で述べるとして、全体傾向の私なりの分析。 去年の選抜から外れたのは、(その当否は置いて)明らかな恋愛ルール違反をした峯岸 みなみ 、年齢が上でメデイア露出も多くない梅田 彩佳 、AKBとSKE兼任でメデイア露出が減った 北原 里と卒業で出場辞退した河西智美だった。全員努力家であるが20歳以上という共通点がある。選抜に入ったのは、努力家ではあるが、それ以上に若さとキャラの確立、勢いそしてみんな島崎遥香以外が地方のグループということだった。 と、ここまで書いてAKBに詳しくない人には退屈な文章になっていることに気がつきました。やはり細かい分析はやめて結論のみ書きます。 投票行動の傾向。 ●努力家でないと上には行けない。 ●キャラが立つ(分かりやすさ)人 ●地方の時代(東京中心ではない)。だから、マスメディアの下馬評は通用しない。 さらに「指原が一位になってしまった」ことの意味も考えてみる。 ともかく求められたのは、橋下にも通じる「わかりやすさ」と「自己演出能力」です。彼女は本来はピュアだとは思いますが、去年のスキャンダルで「胡散臭さ」も付け加わりました。さらに言えば、「明るい方向へ」「ともかく変化して欲しい」というファンの切実な思いです。 今迄のAKB総選挙はずっと「悲劇」でした。しかし、AKB第二章が始まったと言われた前田敦子卒業後の最初の総選挙で起こったのは、マルクスの「歴史は二度現れる。最初は悲劇として、次に喜劇として」の歴史法則とおりに、そのように動くようです。 指原は歌も踊りも演技も上手くはない。優子が全てに於いて優秀だったのとは、ほとんど対象的です。けれども指原には演出能力がある。歌や踊りやファッションは他のメンバーがすればいい。指原は悲劇を喜劇に変えればいいだけなのです。 7月の総選挙。 もし、自民党や維新の会に勝とうとするならば、必要なのは何か。 もうお分かりだと思う。 ●正当性のある公約の地道な宣伝を基礎に ●ともかく明るいイメージで「顔」を作る ●ともかく分かりやすく(マスメディアに頼る必要なし) ●地元密着型で要求を吸い上げる うーむ、やはり自民党圧勝のような気がして来た(^_^;)。
2013年06月09日
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「絶対貧困ー世界リアル貧困学講義ー」石井光太 新潮文庫 (貧困による裕福な外国人への恨みから)あるいは、社会(政治)事件が起きることもあるでしょう。世界では、時々日本商品への不買運動が起きたり、反日デモ(暴動)が起きたりすることがあります。(略)ここからいえるのは、いまはもう途上国の貧困問題を「遠い国の出来事」として片付けられる時代ではないということです。良い意味でも悪い意味でも、途上国で起きていることは、そのまま私たちの安全や経済や政治に影響を与えるのです。それがグローバリゼーションということなのです。(略)ただ、そのためには、海外の貧困地域の生活や、現地で起きている問題がどういうものかということを知らなければなりません。(315p) その問題意識に私は大いに賛同する。 今から32年前の1981年、全世界でピースマーチが流行った。米ソの核兵器競争は頂点まで達し、核戦争がいつ起きてもおかしくはないと多くの人たちが思っていた。世界の各都市で50万人とか100万人とかの信じられない数の人たちが集会を開き出した。日本では、しらけ世代が蔓延していたが、新しい「市民」の台頭も始まっていた。なんと広島で30万人集会が開かれた。大学新聞をしていた私は、その取材ということで、初めて県外取材に訪れた。「これは集会ではない、お祭りだ」と昔の活動家は批判していたが、私は形式はどうであれ、平和をテーマにこれだけの人たちが集まったこと自体に感動した。そのときに、大江健三郎がスピーチをしている一角があった。私は彼の言葉を最初から最後まで聞いたわけではない。しかし、この言葉だけが心に響いた。 「想像力が必要です。想像力が試されている。私たちに想像力はあるだろうか」 それから30年間以上、私は何度も何度もその言葉を反芻している。 世界のスラム街に住む人々は、腹の飛び出た子どもたちを見れば「かわいそうな人たち」と括られたり、麻薬や殺人の危険地帯の情報を得れば「排除すべき人たち」等と括られたりするだろう。しかしそれはゴミ箱の臭いや感触を知らないで見た目だけで判断しているのに似ている。数%の人たちが殺人を犯しても、数%の子どもたちが死んでも、圧倒的多数の住民の実態を知らないで、軽々しい判断は慎もう、韓国や中国やベトナムで見た貧困街の体験を大切にしよう、こういう本を読んで、世界の実態から日本の常識には囚われない判断をしよう。この30年間、ずっと気をつけてきたことではある。その時に、「想像力」は試されるだろう。 2013年5月31日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月08日
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「真夏の方程式」東野圭吾 文春文庫 「ふうん、なんかつまんないね」 「どうして?何がつまらない?」 「お金に繋がらないってところが。僕だったら、やる気が出ないな。大体、理科って苦手なんだよね。あれって何か役に立つのかな。ねえ、科学の研究なんて楽しい?」 「この上なくね。君は科学の楽しさを知らないだけだ。この世は謎に満ちあふれている。ほんの些細な謎であっても、それを自分の力で解明できた時の歓びは、ほかの何物にもかえがたい」 小学生の男の子との世間話でも「本気で」話をする湯川教授が可愛いです。 ガリレオシリーズは好きではない。特にテレビドラマ化されてから好きではなくなった。あまりにも軽く読め過ぎるのである。暇つぶし用の一冊としては、ちょうど良かった。 終わり方はかなり強引だ。話の筋は通っている。しかし、湯川は当然だろうが、刑事の草薙がこれで済ますのが不思議でならない。 でも、男の子の宿題は果たせそうだ。それは嬉しかった。 映画はどうなるのだろうか。「勉強するとは何か。科学とは何か」キチンと答えを出しているだろうか。観る予定はないので、7月以降映画を観た人はそこだけでいいから誰か教えて欲しい。 2013年5月22日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月07日
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「仙台ぐらし」伊坂幸太郎 荒蝦夷社 私の利用している県立図書館は、本を一冊しか買わない。何処かの県がしているように、人気図書は何冊も買って出版社から文句を言われるような真似はしない代わりに、人気作家の本は予約待ちで何年も待つというのはザラである。伊坂幸太郎はそのザラの中に入る。伊坂幸太郎で検索をかけた時も、すぐに借りれる本が見つかるとは思っていなかった。お気に入りの作家の近況を調べるような気持ちだった。だからこの本が「貸出可」になっているのを見た時には驚いた。別にアンソロジーの中に一短編紛れ込んでいるわけでもない、紛れも無く一冊の独立した著書なのである。地方出版社発行だったかもしれない。それにしても、忙しくて読み損なっていて二週間後に再貸出を頼んだ時も予約が入っていなかったことには、何かの問題がこの作品にはあるのかとさえ思った。 読み始めて、またビックリした。小説にぜんぜん引けを取らない、何処を取っても伊坂印の見事なエンターテイメント作品に仕上げていた。 最初の「タクシーが多すぎる」こそは、話が出来過ぎているなあ、と思っていたらやはり創作だったけど、あとはホントにエッセイになっている。しかし、出来るだけオチをつけようとしているし、根っから「楽しいことを書きたい」作家なのだ。 このエッセイの貴重なのは、それでも何処にも発表しなかった震災直後の著者の気持ちが赤裸々に綴られている処である。 「役に立たない人間ほど、よく泣く。そういう諺があってもいいように感じる」 高橋克彦も「小説の無力」を嘆いていたが、伊坂幸太郎もやはり震災直後にそういう気分に陥ったらしい。気持ちを切り替えるのが早かったのは、伊坂が若かったせいか。 最後に震災ボランティアに従事している人たちをモデルにした未発表の小説もついている。 なかなかの一冊である。 2013年5月16日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月05日
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最近読んだ本のシリーズ(とは言っても、五月は四冊しか読めなくて直ぐに終わりそう)。 「職業としてのAV女優」中村淳彦 幻冬社新書 広い意味での「売春」の倫理性を問う。という視点はまったく無くて、広い意味でのブラック企業の解説本である。約15年間、700人ものAV女優のインタビューをこなしてきた著者だからこそ書けるその実態。この20年間の労働実態の変遷もよくわかった。 内容(「BOOK」データベースより) 業界の低迷で、100万円も珍しくなかった最盛期の日当は、現在は3万円以下というケースもあるAV女優の仕事。それでも自ら志願する女性は増える一方だ。かつては、「早く足を洗いたい」女性が大半だったが、現在は「長く続けたい」とみな願っている。収入よりも、誰かに必要とされ、褒められることが生きがいになっているからだ。カラダを売る仕事は、なぜ普通の女性が選択する普通の仕事になったのか?長年、女優へのインタビューを続ける著者が収入、労働環境、意識の変化をレポート。求人誌に載らない職業案内。 かつて「北の国から」で宮沢りえが演じた「元AV女優」というイメージは少数派になっている。むしろ、「最高の離婚」で尾野真千子がふらふらとAV撮影旅行に行きかけたのが今の実態をよく掴んでいたのだと思う。 2013年5月15日読了 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月04日
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昨日は多分4年ぶりの東京行きでした。反原発の中央集会があって、労組が連れて行ってくれるというので、強行スケジュールでしたが、新幹線に乗ったのでした。途中で綺麗に富士山が見えました。 先ずは明治公園での集会。 「直近の世論調査でも70%の国民が原発ノーと言っています。いまも16万人の人が避難生活を強いられています。」 主催者あいさつの中でそんな言葉が聞こえる。なんか10年前には予測できなかった未来がここにある。 原発事故がホントに起こったのだな、ということが一つ。政府の政策にここまで国民が一つになって反対している、ということが一つ。頭ではわかっていても、中央集会にくることで、やっとそのことが実感出来た。 集会が始まる前の展示ブースでは、「原発労働者の実態を告発するシンポジウム」をしていた。原発労働者を取材してきたジャーナリストの布施佑仁氏は「労働者は原発事故前よりも賃金が減っている。自ら使い捨てだという」と言っていた。原発労働者の声はなかなか表に出ないので、貴重。 老朽原発の東海第二原発を廃炉にするために、とてもわかりやすいパンフレットも作り頑張っている人たちも知ることが出来た。 首都圏反原発連合のパンフレットもとてもわかりやすいものでした。 日本共産党志位和夫氏のあいさつでは「原発事故は収束とは程遠い。首相も原発に絶対安全はないということを認めざるを得なくなった。スケジュール先にありきの再稼働は絶対許さない。」等々。 四ツ谷駅まで向かうデモの途中、新宿歴史博物館の方向を知らせる看板を見つけた。 せっかく東京に来たのにまっすぐとんぼ返りの日程、博物館フェチの私としては覗かざるを得まい。時間が押していたので、30分しか見ることが出来ず、1番目当ての考古遺物は少ししか無かったけど、それでも百人町三丁目西遺跡の隆起線文系土器、落合遺跡の土器など特徴的な遺物もあったし、遺物展示のパンフレットも買えました。 宿場・内藤新宿の模型、新宿一帯の明治初頭の一目屏風、昭和10年の文化住宅再現など見応えがあり、もう一度来たいと思わせる「いい博物館」でした。 特に、明治、昭和の文豪たちの居宅の位置を地図に落としており、ここを拠点にして文豪居宅跡巡りをするには、もってこいです。 明治公園の集会には1万8千人が集まり、私は 参加できなかったけど、三つの集会が一つになった国会大包囲網行動には6万人が集まったそうです。 あじさい革命は、現在進行形です。 produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2013年06月03日
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五月に観た映画の後半である。後半はオススメが立て続いた。特に「約束」は、今井正監督の傑作「真昼の暗黒」を髣髴させた。あの作品は「まだ最高裁がある」と言って終わるが、こちらは既に死刑囚である。しかも、第7次再審請求の却下で終わる。しかも、彼は86歳の超高齢なのである。しかし、それでも希望を捨てていない。恐ろしい作品が出来上がった。他に「ハッシュパピー」「くちづけ」が良かった。 「クロユリ団地」 この映画に臨む私の問題意識は、過去一年のどの作品よりも明確である。 「前田敦子の女優度はどうか」この一点のみ。 何故か。この作品の成功如何で、これからのAKB卒業生の成功度の位置が決まるからである。興行的に大成功しても演技がボロボロならば、女優としての将来性は無くなるだろう。興行失敗でも、演技が素晴らしければ、出演作はずっと続く。しかし、素晴らしい演技は作品の質に寄りかかるので、厄介である。 結果を先に云うと、 「びみょ~」でした。すみません。 悪くはない。最初あまりにも意味も無く団地内を散歩するショットが数秒続くので、一秒たりとも緊張感を出さない女優はダメだとダメ出しを考えたのであるが、後であれさえも演技プランだと言われれば作品的にはアリかとさえ思い出したのである。しかし、素晴らしい演技だったかといえば、あまり心に残らない。何かが多分足りない。それを前田敦子だけのせいにするのも可哀想なのである。彼女なりに一生懸命頑張っていたと思う。 作品的には、観る前の予想を裏切ってなんと、「前田敦子のための映画」だった。製作脚本には手をつけていないが、企画は独り秋元康だったので、成る程とは思ったのである。 狙いはわからないでもないが、「怖くない」のが致命的である。 中田秀夫が和製ホラーに果たした功績は認めるものの、やはり二重三重のエンタメ魂を見せて欲しかった。肝心の「クロユリ」も「団地」も主人公になっていないのは、やっつけ仕事だったと言われても仕方ない。団地が持つ「高度成長によって隆盛を迎え、バブル崩壊で墓場と化した」背景をもっと作品の中に活かしたならば、名作に変貌する契機もあったかもしれないが、それはついに描かれなかった。 前田敦子には、もう一度挑戦して欲しい。 (解説) 『リング』シリーズや『仄暗い水の底から』などの鬼才、中田秀夫がメガホンを取ったホラー。とある団地へと引っ越してきた女性が、そこで続いている変死事件の真相を追ううちに想像を絶する恐怖を体験していくさまが描かれる。『苦役列車』の前田敦子がヒロインにふんし、渾身(こんしん)の絶叫演技を披露。『ドロップ』などの成宮寛貴が、彼女と共に団地の忌まわしい秘密を知る清掃員役で共演する。ホラーの名手としても知られる中田監督ならではの容赦ない恐怖演出に加え、社会問題となっている孤独をテーマにした物語も見ものだ。 in movix倉敷 2013年5月20日 ★★★☆☆ 「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」 「奥西勝死刑囚86歳、司法の狙っているモノは何か」 最終ナレーションはそう言って作品を閉じた。 ー疑わしきは罰する そうとしか思えない。証拠は自白しかない。その自白内容は矛盾だらけだ。1961年の事件から30年も40年も経って、支援組織の血の滲む努力から新証拠を幾つも出して来ても再審請求を次々と棄却してゆくエリート裁判官たち。 久しぶりに「真昼の暗黒」以来の骨太の裁判映画を観た。 1972年に死刑が確定して以降、奥西さんの映像はない。だから、俳優に演じてもらう以外ないのであるが、よくぞ仲代達矢さんが引き受けてくれたと思う。彼が演ってくれたから、死刑囚の日常生活が全てリアルに思えた。そして樹木希林のお母さんも、去年の「母なる記」に匹敵する迫真の岸壁の母だったと思う。 今から20年くらい前に名張毒ぶどう酒事件の支援キャラバンの訴えを聞いたことがある。だから、前知識が全然なかったわけではないのであるが、40年前から現在に至る奥西さんの毎日朝の死刑宣告に怯える日々、再審請求への努力、事件の明らかな矛盾、裁判官たちの上しか見ない体質等々、事件の本質を何よりもよくわかることが出来た。 (解説) 獄中から無実を訴え続けている死刑囚がいます。奥西勝、86歳。昭和36年、三重県名張市の小さな村の懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡しました。「名張毒ぶどう酒事件」です。奥西は一度は犯行を自白しますが、逮捕後、一貫して「警察に自白を強要された」と主張、1審は無罪。しかし、2審で死刑判決。昭和47年、最高裁で死刑が確定しました。戦後唯一、無罪からの逆転死刑判決です。 事件から51年――際限なく繰り返される再審請求と棄却。その間、奥西は2桁を越える囚人が処刑台に行くのを見送りました。いつ自分に訪れるか分からない処刑に怯えながら。 あなたは、その恐怖を、その孤独を、その人生を、想像することができますか? 事件発生当初から蓄積した圧倒的な記録と証言を再検証し、本作を作り上げたのは、『平成ジレンマ』『死刑弁護人』の齊藤潤一(脚本・監督)と阿武野勝彦(プロデューサー)。これは、東海テレビ放送の名物ドキュメンタリー「司法シリーズ」を手掛ける二人が、カメラが入ることが許されない独房の死刑囚を描き出す野心作である。 そして、奥西勝を演じるのは日本映画界の至宝、仲代達矢。息子の無実を信じ続ける母・タツノ役に、樹木希林。ナレーションをつとめるのは、寺島しのぶ。 そう、本作は映画とジャーナリズムが日本の司法に根底から突きつける異議申立なのだ。 inシネマクレール 2013年5月29日 ★★★★★ 「ハッシュパピー」 まるでアフリカ神話のように展開する世界。終末の世界と放浪譚。暴走する神である猪牛。そして「勇者の誕生」。完璧に神話の世界なのに、しっかりと現代のアメリカ社会(温暖化問題、工業社会への批判、貧困問題、ヒッピーたちの存在)をも描いている。 それを可能にしたのは、生き生きと画面を暴れ回るウォレスちゃんが存在感を持っていたということだろう。 猪牛との対決で、「ナウシカ」や「もののけ姫」を想起したのは、私だけではないはずだ。そして、それは正しい。彼女の世界観はほとんど宮崎駿のそれと同じだからである。 (解説) 本年度アカデミー賞 主要4部門ノミネート 世界中から愛され、称賛の嵐を巻き起こした奇跡の映画 2012年1月、インディペンデント映画の祭典、サンダンス映画祭はわずか制作費200万ドル(約1億6千万)、若干29歳の新人監督ベン・ザイトリンが創り上げた一人の少女の物語に瞬く間に虜になった。 6歳の少女ハッシュパピーの目線を通して描かれる創造豊かでファンタジック、それと同時に厳しい現実をも描き出したオリジナリティあふれる本作に観客はすぐさま熱狂し、最高賞であるグランプリと撮影賞に選出された。 そして同年のカンヌ映画祭でも、カメラドール(新人賞)など4冠に輝く偉業を達成。更に続く世界各国の映画祭でもあらゆる賞を受賞し、遂に本年度アカデミー賞でも主要4部門にノミネートされるという快挙を成し遂げた。今や世界中が注目するシンデレラ・ムービーがいよいよ日本にやって来る。 無名の新人監督と4,000人の中から選ばれた6歳の少女が 主人公ハッシュパピーには1年以上、延べ4,000人のオーディションを経て見出された少女、クヮヴェンジャネ・ウォレス。趣味は読書と歌といういたって普通の小学生。しかし監督曰く「彼女を見た時、小さな自然児というだけでなくその眼は生命力に溢れ大胆不敵な戦士のようだった。」と言わしめるほど、神がかり的な演技を見せている。また父親役のドワイト・ヘンリーはパン屋を営む5児の父。オーディションでは感情的な脆さと独特の存在感がプロの俳優を凌ぎ大抜擢されることとなった。 監督・共同脚本・作曲 ベン・ザイトリン 出演 クヮヴェンジャネ・ウォレス、ドゥワイト・ヘンリー inシネマクレール 2013年5月29日 ★★★★☆ 「くちづけ」 知的障害者をめぐる状況は、年々厳しくなっている。経営できなくなって閉めてしまう施設も少なくはない。 愛情いっぽんは、知的障害のある娘のために漫画家の仕事をやめて介護に徹した。そんな時にいいことと悪いことが起きる。いいことは、グループホームに娘と一緒に住み込むことで、いままでどうしても男性と二人きりになれなかった娘が平気になったこと。悪いことは、自分が余命いくばくもなくなったこと。 グループホームひまわりの中で起きる半年間を舞台劇のようして見せる映画になっている。原作・脚本も担当したまーやん役の宅間孝行が素晴らしい。竹中直人はエキセトリンチックな演技は封印していたし、貫地谷しほりも微妙な演技を使い分けていた。 愛情いっぽんの選択は間違っていたのか。それは観た者だけが判断することで、理屈でどうこう言うことではないのだろう。しかし、こういう形で現在の福祉の断面を見せたことは評価していい。 (解説) 演劇や映画、テレビドラマなどで演出家・脚本家・俳優として活躍する宅間孝行が原作と脚本を手掛け、知的障害のある娘と父との父娘愛を描いたヒューマン・ドラマ。知的障害者たちのグループホームを舞台に繰り広げられる温かな交流、ヒロインの恋、父の深い愛などがユーモアを交えながらつづられる。監督は、『トリック』『20世紀少年』シリーズなどのヒットメーカー・堤幸彦。主人公である娘と父を貫地谷しほりと竹中直人が演じ、宅間や田畑智子、橋本愛などが共演する。衝撃的な展開と強い親子愛に涙せずにはいられない。 in movix倉敷 2013年5月30日 ★★★★☆
2013年06月02日
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五月に観た映画は全部で9作品でした。そのうちの5本を紹介します。前半のオススメは「みなさん、さようなら」と「L.A.ギャングストーリー」です。 「みなさん、さようなら」 見所は、1981年から2000年にかけての集合団地の変遷を2時間で見ることが出来ること。濱田くんが波留さんとか倉科カナさんとかに手取り足取り教えてもらう処(^_^;)。 思えば、団地は一つの小宇宙だった時期があった。小学校からお店から全て揃っていて、1960年代ならばここで一生暮らすことも不可能では無いと思えただろう。しかし、107人いた同級生は次々と居なくなり、90年代では半分は更地になり、半分は単身者の居住も許され外国人の溜まり場になる。それは、高度経済成長の日本のナレノ果ての様に思える。悟くんはある事件がキッカケで、この団地から一歩も出ずに同級生たちを「守ろう」とする。それは彼なりのある事件で同級生を守れなかった「トラウマ」解消法なのだが、同級生たちは当然「大人」になることで団地を出て行くのである。 結局、悟くんが団地を出るまでに19年掛かるわけだが、それは決してそれは「無駄な年月」ではないということを中村義洋監督は監督の文法で淡々と描く。伊坂幸太郎色を無くした時にどういう色が出て来るのか。世界に対して突飛な行動で挑もうとする人間は遂に出て来なかった。しかも、悪人がほとんどいない。みんな優しい。突然現れる理不尽な悪のためにションベンをちびりながら敢然と向かおうとする庶民を描く。似ている様で、少しだけ違っていた。中村監督の方が「不器用」なのかもしれない。 後から、じわじわ来る。そんな作品だった。 出演 濱田岳、倉科カナ、波留、ベンガル、大塚寧々 inシネマクレール ★★★★☆ 「図書館戦争」 最初は観る気はなかったのだが、自衛隊が全面協力したから映画化が可能になったと聞き、憲法を変えて国防軍を作りたがっている政府の意向と関係があるのか、確かめるために観た。 原作はラブコメとポリティカルサスペンスが半々だったが、映画はポリティカルな部分が7割ぐらいになった。そうしないと、映画として成立しなかっただろう。それ程荒唐無稽な「日本内部で思想の自由を巡って内乱状態が起きる」という設定は実写が難しかったということだ。 実際に実写で観ると、それでも荒唐無稽な話だということがよく分かる。ホントに表現の検閲を実施しようとしたら、あんな少しの戦闘でも国民を騙しきれないだろう。悲劇が起きないうちにいくらでも手段がありそう。戦闘のために退避させられる図書館の入館者が「戦争ごっこ」と呟くが、正にそんな感じなのである。映像で見ると実弾が飛び交うので、どうやってもかなり生々しくなる。監督もわざとそれを狙っている。 結局、自衛隊がロケを許可した意図とは反対に、これをみると「国防軍を持つことがいかに戦争を誘発するのか」分かるのではないか。 結局、80年代にメデイア良化法という違憲の法律を作ったことがすべての元凶なのである。その時の大人が後の若者に謝る場面がある。「あの時それを許したのが悪かった」と。それが小説と映画が言いたかったことだ。こんな馬鹿な戦闘をやめさせるのは、戦争では解決出来ないことも観客には通じるのではないか。いや、それは甘いか。 岡田准一のアクションは流石にキレキレだった。もっと甘々なラブコメ観たかった。 (解説) 『阪急電車 片道15分の奇跡』などの原作者、有川浩の代表作を基に、岡田准一と榮倉奈々が本を読む自由を守る自衛組織の隊員にふんするSFアクション。国家によるメディア検閲が正当化されている架空の社会を舞台に、“図書隊”の新人女性隊員が鬼教官や仲間たちに助けられながら、知る権利や本を読む自由を死守すべく戦いに身を投じていく。田中圭や栗山千明、石坂浩二など豪華なキャストが共演。『GANTZ』シリーズなどの佐藤信介がメガホンを取る。本格的な戦闘シーンと共に、登場人物たちの恋の行方からも目が離せない。 in movix倉敷 2013年5月9日 ★★★☆☆ 「県庁おもてなし課」 生涯三度目の試写会に当たりました! 周りは女の子ばっかり。でも、堀北真希はもしかしたら、今が1番美しくて可愛い時なんじゃないか。それを大画面で見れて幸せでした。また、「どこにもない自然が手付かずで残っており、反対にそれしかない」高知県の自然を楽しむためにだけで満足するべき作品なのかもしれない。とも思った。2-3ヶ所笑える処はあるのだが、果たして満員でない時に観客たちがそれを共有出来るかは不安。 久しぶりに関めぐみを観た。若手の演技派として、私は彼女を買っている。今回は準主役と言っていい扱い。これをキッカケにもっと露出して欲しい。 ラブコメとしては楽しかった。 (解説) 「図書館戦争」などで人気の有川浩の小説を、『阪急電車 片道15分の奇跡』の三宅喜重監督と脚本家・岡田惠和の再タッグで映画化。高知県庁に実在する「おもてなし課」を舞台に、職員たちが高知の観光振興のためひた走る姿を描く。主演は関ジャニ∞の錦戸亮、彼と一緒に数々の難題に立ち向かうヒロインにはNHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の堀北真希。共演には高良健吾、関めぐみに加えて、ベテラン船越英一郎らがそろう。 in movix倉敷 2013年5月9日 ★★★☆☆ 「L.A.ギャングストーリー」 「L.A.はインディアンからメキシコ人が奪い、そこから白人が奪った。今はそれがコーエンによって奪われている。」 アメリカ映画は、いつもの様に「力によって街を守る」世界を創った。法は後でついて来るか、この1949年のロスの様に、無視される。法がほとんど買収されているからだ。それが、建前はどうであれ、アメリカのやり方だ。そう割り切って観れば、とっても面白い「西部劇」だった。構成も「七人の侍」形式で、6人のうち4人が残るのもいいバランスだったと思う。エンターテイメントである。 登場人物たちに4年前に終わった戦争の影を落としているのも良い。彼らの人生に陰影を付けた。 (解説) ロサンゼルスで暗躍した実在のギャング、ミッキー・コーエンと、街の平和を取り戻そうと立ち上がった市警との壮絶な抗争を描いたクライム・アクション。ポール・リーバーマンによる実録ルポを基に、『ゾンビランド』のルーベン・フライシャー監督がメガホンを取る。オスカー俳優ショーン・ペンが伝説のギャング王にふんし、彼との戦いに挑む男たちに『ミルク』のジョシュ・ブローリン、『ドライヴ』のライアン・ゴズリングら実力派が顔をそろえる。 in movix倉敷 2013年5月18日 ★★★★☆ 「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」 このシリーズの狙いは、日本映画にハードボイルドを地方から定着させよう、と云う北の国の熱い想いだったはずだ。ハードボイルドの登場人物にはいろいろな条件が付くが、ひとつあるのは「反権力」と云うことである。別に権力に立ち向かう必要はないが、権力の味方をしてはいけない。 脚本家の古沢良太は最近「キサラギ」でブレイクした脚本家である。 (今までの脚本) 2012年 外事警察 その男に騙されるな 2012年 ALWAYS 三丁目の夕日‘64 2011年 探偵はBARにいる 2009年 60歳のラブレター 2009年 釣りキチ三平 2007年 ALWAYS 続・三丁目の夕日 2007年 キサラギ 共同脚本家の須藤泰司はこのシリーズの前作だけだから、他の傾向はわからないが、古沢良太の場合は各プロデューサーの意向をそつ無くまとめてきたことがよく分かる。いわゆる職人脚本家だ。 しかし、根本的な世界を間違ってはいけない。確かに、今回も主人公は政治家に媚は売らなかった。しかし、作品全体を通じて大間原発を再稼働させた北海道行政に大いに媚を売ったのである。 何がハードボイルドか!やめちまえ!こんなもの。 と、言っておこう。 尾野真千子は良かった。 (解説) 作家・東直己の「ススキノ探偵シリーズ」を大泉洋と松田龍平主演で映画化し、ヒットを記録した『探偵はBARにいる』の続編。大泉演じる探偵と松田ふんするマイペースな相棒・高田の凸凹コンビが、友人が殺害された真相を探るため奔走する。前作に続き監督は橋本一、脚本を古沢良太と須藤泰司が担当。前作よりもハードなアクションが盛り込まれた展開や、難事件解明に挑む探偵と高田の息の合ったコンビぶりに胸が躍る。 in movix倉敷 2013年5月19日 ★★☆☆☆
2013年06月01日
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