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「前方後円墳の時代」近藤義郎 岩波文庫 この戦後考古学の記念碑的な労作(1983)が、今年1月に岩波文庫に入っていたことを最近気がついた。弥生時代から古墳時代にかけて、階級社会の成立を、文献資料の「ぶ」の字も使うことなく、考古資料のみで書き上げた名著。 噂には聞いていたが、正に名著だった(←大事なことなので繰り返しました)。ホントに緻密に作り上げた歴史書だった。 近藤義郎先生(1925-2009)には、一度もお目にかかったことはなかったけれども、唯一「先生」と呼ばせて貰っている考古学者である。尊敬している学者は数人いるけれども、「先生」と呼ぶには理由がある。韓国を旅して、釜山と普州の大学で研究者とたまたまお話した時に「岡山から来た」というと、2人とも「あゝ、近藤ソンセンニム(先生)のいらっしゃった岡山ですね」と言ったのである。後に私は、戦中に大陸から掠奪した考古学遺物の返還運動を近藤先生が行っていたことを知った。その他、現代の市民を巻き込んだ遺跡発掘・保存運動の先駆けも果たしていたことも知るようになる。更には、吉備祭祀の中心を為す特殊器台が大和政権祭祀の中心を為し、それが埴輪に変化したことを最初に突き止めたのが近藤先生だった。私の関心の中心は、学べば学ぶほど、先生の周りを回っていた。 あんまり語ると長くなるので、(もう既に充分長いが)歴史書の中身は読んでもらうしかない。40年前の書なので、専門的には物足りないところもあるかもしれない。だが、素人の我々には、それでも多々発見があった。専門家にとっても、論旨の作り方は、おそらく重要な刺激になると思う。文献資料(「古事記」「魏志倭人伝」等)を一切使うことなく、それだけでなく他考古学者の研究成果をもほとんど引用することなく、自ら発掘した考古資料を中心にしてここまで緻密な歴史書を書いている本を、私は他に知らない。 思えば、私が「古事記」を以て倭国統一の歴史を語る新書(例えば「出雲と大和(村井康彦)」)を信頼していないのは、先生の影響である。古事記から弥生晩期を語るのは、現代時代小説を以って戦国時代を語るよりもはるかに歴史学を侮辱する行為だ、と私は思う。 以下は詳しい目次である。本の構成と大体の内容は、それで類推できるはずだ。そのあとに、本を見事に要約した下垣仁志氏の解説を更に私的に要約する。その他完全に私的学習メモも置く。ホントに無視してください。 第一章 弥生農耕の成立と性格 一 はじめに 二 農耕技術の体系的採用 三 前期水田 四 集約農耕 五 分割耕作 六 東日本への農耕の波及 七 不均等発達の始まり 第二章 鉄器と農業生産の発達 一 鉄器化の進展 二 灌漑水田の普及 三 土地生産性の向上と共同労働の増大 第三章 手工業生産の展開 一 余剰の形成 二 男女分業 三 縄文社会の分業と交換 四 交換の不均等的拡大 五 分業生産の在り方 六 集団間交易 第四章 単位集団と集合体 一 単位集団 二 単位集団の構造 三 単位集団の「自立性」 四 集合体 五 集合体と単位集団 六 「自立性」と共同体規制 第五章 集団関係の進展 一 氏族共同体とその急速な集団分岐 二 氏族と部族 三 氏族・部族の規制力の強化 四 北部九州首長墓の示すところ 五 高地性集落と武器の発達 六 大和における強大部族連合の成立 七 首長と成員 第六章 集団墓地から弥生墳丘墓へ 一 弥生集団墓地 二 弥生墳丘墓の成立 三 祖霊祭祀 第七章 前方後円墳の成立 一 成立期前方後円墳 二 弥生墳丘墓と前方後円墳 三 成立期前方後円墳の三つの特質 四 前方後円墳への飛躍の条件 五 古墳発生の意義 六 中国王朝の役割 第八章 前方後円墳の変化 一 首長墳の系列的築造 二 部族連合の首長墳 三 前方後円墳の変化 第九章 部族の構成 一 首 長 二 墳丘併葬 三 「陪 塚」 四 中・小墳 五 成員と隷属身分 第十章 生産の発達と性格 一 農業生産 二 玉作り 三 塩生産 四 朝鮮渡来集団と生産の発達 第十一章 大和連合勢力の卓越 一 古式小墳をめぐって 二 各地部族連合の弱体化 三 九州と関東 第十二章 横穴式石室の普及と群小墳の築造 一 副葬品と埴輪の変質 二 横穴式石室の導入 三 横穴式石室の普及 四 群小墳の被葬者 第十三章 前方後円墳の廃絶と制度的身分秩序の形成 一 家父長層の把握 二 横穴式石室墳にみられる諸階層 三 前方後円墳の廃絶 四 厚葬の廃止と仏教寺院 注 参照文献 解説は先生の業績を3点に分けて紹介したあとに、作品解説に至る。 第一章。 集約性を指向する未熟な本格的農耕として出発。地域間・集団間の不均等的発達が始まる。 第二章。 鉄刃装着の鍬・鋤の普及による耕作技術の進歩、用水路の堀削、田植農法などを通じて、遅くとも弥生中期末から後期には灌漑水田の経営の実現。他方で、集約性と生産性が高まった結果、地域内部/間の不均衡が拡大し、集団内では分割耕作=個別経営相互の矛盾が拡大するとと同時に、共同体規制が強化された。 第三章。 農業だけでなく、金属器・石器・木器生産も男性主導で家父長制形成の萌芽へ。分業生産農業不均衡発展は、分業とその産物の交換を主導する首長の規制力の強化に繋がる。 第四章。 私的所有を指向し始めた単位集団(家族体)と、用水権・耕作権の帰属先であり私的所有に共同体規制をくわえる集合体どの矛盾が、生産力と社会を伸展させる不断の契機となる 第五章。 このように展開する諸集団が!血縁的同祖同族関係や物資の交流をつうじて重層的に編成される。血縁的集団は、短期のうちに分岐を繰り返し、各地の小宇宙で家族体ー氏族共同体ー部族という集団関係を形成した。代表首長の権限の強化。部族間の平和的交流と武力的対立関係をつうじて、部族的強制力の強化と部族間の優劣・上下関係が進行した。 第六章。 集団墓地から弥生墳丘墓へ。埋葬は、祖霊に由来する前首長の霊威を鎮め(=魂を「揺り動かして生き返らせ復活させる」)継承する儀礼へ。 第七章。 前方後円墳の成立。大和連合を盟主とする各地部族連合との擬制的同祖同族結合が、不可避的に大和連合の祖霊を頂点とする祖霊の重層化に繋がった結果、首長霊を鎮魂し継承する新たな祭祀型式として創出された。これは墳墓祭祀の集団性が脱色され集団成員が疎外化されてゆく第一歩だった。 第八章。 これは次第に変節して、首長の世俗的な権威誇示の側面に圧倒されてゆく。 第九章。 部族の構成。 第十章。 生産の発達と性格 第十一章。 5世紀代に大王墳が突出していくのと対照的に、5世紀後半には畿内全域と西日本各地の首長墳が急速に縮小。自律性の喪失と従属的関係に傾斜。そのあとの叙述は私の関心外のため省略。 後の批判されたところ。 ・家族体ー氏族共同体ー部族ー部族連合という単純なピラミッド的階層は、単純すぎる。←モデルは常に後世から「修正」される。 ・「擬制的同祖同族関係」「首長霊継承祭祀」も、明確な考古学的根拠を欠く。←だからこそ、考古学にはロマンがある。 しかしながら、「本書をこえる体系的な弥生・古墳時代論は、いまだ現れていない」それは「日本古代史において石母田正の『日本の古代国家』(岩波書店1971)が果たしてきた役割に類似できる」(238p)←おそらくその通りだと思う。 本編私的メモ。 ・「岡山県津島遺跡の前期水田は、洪水における一部の切断流失、ついで砂質シルト層の全面的な堆積におおわれて潰滅した。(略)これら洪水埋没のとの闘いから見ても弥生農耕がその当初から、集団が多大の力を投入してその保護と管理にあたる経営であったことは明らかである。」 ・田植え法は、先進諸地域によっては早くも中期から始まる。「水田の拡大は、日本の気候的・風土的条件ー主に水の問題ーに加えて河川統御の未発達とため池用水網の未熟という歴史的条件のもとでは、どうしても苗代育苗の方法を採用せざるをえなかった」(低湿地帯以外は温度調節のために湛水で成育させなければならない。梅雨時期の集中豪雨による氾濫の危険が過ぎ去るまで苗代田で安全に管理する必要があった)施肥も、青草や刈敷を緑肥として本田や苗代に踏み込む現在の方法と同じことがされていた。水稲栽培の初期から根株のすき込みなどをして施肥として活用していた。それが、単位面積における生産性の向上に結びついていた。 ・結果、「遅くとも弥生中期から後期にかけて、人口増に発する集団的・社会的関係の発展を牽引車・土台として、河川流域平野の壌土地帯の新しい開発は、鉄器化、なかんずく鉄刃装着の鍬・鋤の普及、それによる開田と耕耘の技術的進歩、ならびに用水路の人工的堀削と小規模の流路の統御、田植農法による水の「解決」と災害回避への努力、大足による代つくりと施肥による生産性の向上、これらがもたらした水田条件の良好均質化と品種の淘汰の結果としての、石包丁から鉄鎌への収穫法の転換等々、相互に関連する種々の技術的進歩に支えられ、あるいはそれらを促進・発展させながら、拡大していった」 ←この緊張感ある高貴溢れる文章が500ページ超続く。漢字は多いが、決して理解不能ではなくむしろやさしい。これを観て、ホントに弥生中期・後期(2千年前)には、日本の田舎とほとんど変わらない水田風景が広がっていたことを知るのである。日本人はすごい。文字を持っていない。文明化されていないというのがなんだというのだろうか。しかし、先生はこの生産性向上が必然的に共和制から王制に急速に進んだ原因だということを明らかにする。 ・楯築の発掘は近藤先生の代表的な仕事であるのにもかかわらず、抑えられた筆致で表現されている。「集団墓地の均等性の中に台状墓・墳丘墓が出現したこと自体」被葬者は吉備出身。埋葬の「隔絶の過程」は「集団首長の卓越化の過程」。それは「首長の特別身分化=祭られる対象としての神霊化」への歩みでもある。 ・青銅器祭祀は「集団が働きかける自然=大地や稲や太陽や水などの背後にあると観じた霊に対するもの」。祭祀を行うのは巫女であるにせよ、やがて首長が集団内の力を背景に祭祀全体を司るようになる。やがて祖霊が自然の霊ともに観念される。首長は呪的霊力の保持者になってゆく。よって青銅器祭祀が山腹や海に埋納されたものであるのに対して、祖霊祭祀は墳丘墓に埋納された。自然神への祭りは無くならないが、自然神の呪霊は祖霊に重なった。器台の大型化・装飾化・呪化は、神々との共食儀礼にもまして首長霊との共食儀礼が重大な関心事となったことを示す。最初期は墳丘墓上で飲食は行われて、後に穴を穿ち墓上に置く。置くことで集団に長く記憶としてのこる。集団成員にとって重要な儀式であり、真庭市中山集団墓地遺跡では一角からのみ特殊器台形土器が出た。 ←解説の「前首長の霊威を鎮め(=魂を「揺り動かして生き返らせ復活させる」)継承する儀礼」の具体的展開を期待して読んでいったが、一切展開がなかった。何故? ←これら表現の根拠に、(注)において、西郷信綱「詩の発生」石母田正「日本の古代国家」守本順一郎「日本思想史(上)」土橋寛「古代歌謡と儀礼の研究」を書いている。ここだけ、参考文献が異様である。つまり「ブツ」がなかった証拠である。先生の「直感」に支えられた記述であり、だからこそ重要な部分かもしれない。
2020年06月30日
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「前方後円墳 巨大古墳はなぜ造られたか」岩波書店 昨年5月の刊行。おそらく現代で、最高で最新の前方後円墳について書かれた本だと思う。残念だったのは、かなりの専門書であり、読者を選んでいること。前方後円墳体制の始まりを中心に読ませて貰った。 よって、下記のメモはいつも通り専門用語いっぱいなので、無視してくださってOKです。何故メモするのかというと、WEB上にすぐ検索できる形で保存していると、旅先や講演で参照する時に便利なんです。(←)で書いているのは、私の問題意識。いつか「質問したいこと」の候補や発見です。 因みに 「日本はいかにして統一されたか」 「そんなん決まってるだろ!大和政権が戦争をして勝ったからだ」 と思った貴方。 それは、無数の考古遺物によって否定されているのが、現代の理論的到達点です。松木武彦さんの所で、少しだけ言及しています。 「前方後円墳とは何か」和田晴吾 ・前方後円墳の数は約4700基(帆立貝形墳500基含む)、前方後方墳は約500基。 ・様々な形の弥生墳丘墓がつくられた(地域ごとの政治的なまとまり)が、「特定の地域を越えて広がったのが前方後円形と前方後方形の墳丘墓であった」 ・弥生墳丘墓の変遷概念図(25p)を根拠にして、溝を渡る通路としての陸橋部が帆立貝形のように広がり、それがやがて儀礼の場として長大化した。円墳形の変遷も、奈良県橿原市瀬田遺跡によって空白期が埋まったとして「都出1979」の説が再確認できた。前方後円墳の形の起源は壺ではなかった。 ←まるで「これで形の起源は説明できた」と主張している。私は大いに不満だ。周溝のある墳丘墓は、中国地方にはほとんどない。瀬戸内にある弥生末期の前方後円墳形墳丘墓は、既に帆立貝形だったり陸橋部が長かったりしていて、その変遷と合致しないからである。一挙にこの学者への信頼度が下がった。この本のキモともいえる部分がたった数行で処理されていること自体にも、不満を覚える。 ・古墳時代の墳丘祭祀の復元については、参考になるところがある。しかしながら、最初期の祭祀について一言も言及がないのには不満がある。 (吉村武彦) ・大山古墳(仁徳天皇陵)の建設日数と金額の試算(大林組1985) (1)建設用工具は鉄製および木製のスキ・モッコ(もち籠)・コロ(移動の時の下に入れる棒) (2)労働者数はピーク時で最大2000人、牛馬は使用せず。最初と最後の頃は1日1000人程度 (3)作業時間は1日8時間、1か月に25日の労働。 (4)賃金をどう計算したのか、不明。 こういう前提条件で、以下の試算になった。 工期15年8か月(現代工法では2年6か月) 作業員数は述べ680万7千人(同、2万9千人) 総工費は797億円(同、20億円) ←これから考えると、全国第四位岡山県造山古墳も10年以上かけたのか?そのそばの作山古墳は途中止めになった。作りかけて10年以内に何が起きたのか? ←奴隷として極限まで働かせたのか?兵士の閑散期労働として活用したのか?公民の閑散期労働だったのか?はっきりしないが、後者の方がリアル。 ←史上初の大規模墳丘墓である楯築の王の場合、死ぬ数年前(170年ごろ?)から準備する余裕はあったのか?ないとすると、死体は長いこと腐るまま木棺の中に置かれたままだったろう。大量の朱は、その為に必要だったし、小型の孤帯石はしばらく木棺の上に置く為に必要だったし、埋める際には焼いて砕いて土に混ぜたのも、科学的に必要だった。悪霊として蘇らぬように最大の用意をしたのだろう。孤帯石埋葬が他遺跡から出てこないのも、事前に墓を準備していなかった特殊事情によるものかもしれない。後は、それを真似て特殊器台が登場する。孤帯紋様の秘密とは、その辺りに無いか?←私の知る限り、こういう視点の研究書はないはず。 「古墳と政治秩序」下垣仁志 近藤義郎「前方後円墳の時代」の解説を書いた学者なので、悪く言いたか無いが、一般読者に判らせようという気がない。中身は重要なことを書いている気もするのだが、周りくどく書いている気もする。専門は「理論考古学」らしい。道理で。 ・前方後円墳体制を支持する立場から、登場期よりも、400年の間に変化していった部分を分析することで政治体制を推測する。 「国の形成と戦い」松木武彦 松木さんは、生存する現代学者の中で最も信頼する方です。重箱の隅をつついたり、難しい言葉を難しく捏ねる学者が多い中で、最も全体像から世界を見ることができる稀有な考古学者だと思う。比較的文章も優しい。 ・倭国乱とは(1)青銅器から墳丘墓という、列島社会の祭祀の全面的刷新(2)近畿の中心化の確立、という2つの歴史的帰結を導いた社会の大変動であった。 ・青谷上寺地での109体の人骨大量遺棄事件は、2世紀。倭国乱か、その直前の時期。 ・2世紀に長い行軍ができる大規模な戦闘組織や、それを支える兵站体制が整っていたと見るのは難しい。近畿の軍事的卓越も考えにくい。 ・3世紀に入ると、特定勢力による軍事的卓越の痕跡を残さぬまま、受傷遺体や防御的居住がほとんど見られなくなるという考古学的事実は、魏志倭人伝の通り、2世紀後半の緊張や競り合いが、根本的な決着をつけられぬ矛盾を残したまま、相互の妥協と協調の中に抑え込まれたことを意味しよう。このことが、日本の社会統合の特性、とりわけ地方の組織化のあり方に重大な影響を持った。 ←大いに支持する。考古学者からこのようにはっきり書いてくれるとホントに、私が作った仮説ではないにせよ、心強い。つまり、倭国は外国のような大戦争をすることなく統一されたのである。 ・前方後円墳を首位とする古墳の築造、鏡の授受、銅鏃の授受は、別々の枠組みで行われていた。これが、この後どのように相互に構造化され、王権を形作るか。 ・外国との緊張関係を利用して、大和政権は政権になった。つまり、圧倒的な武力で、列島統一を果たしたわけではない。 ←明治維新も似ている。これが日本という国の伝統ならば、コロナ禍という「外圧」は、日本を変えるチャンスなのかもしれない。もっとも、東日本大震災でさえ変われなかった日本でもある。 文献学からみた古墳時代を吉村武彦が述べているが、省略する。 「加耶の情勢変動と倭」申敬てつ 金海(キメ)の大成洞古墳群には、私は四回は行った。ここに展開される、金海と日本との比較分析は、まだ流動的だが、とても重要だ。残念ながら、弥生末期の土器と金海良洞里古墳群との比較はなかった。 「前方後円墳が語る古代の日韓関係」 韓国の前方後円墳については、面白い論点はあるが、省略する。 対談は羊頭狗肉に終わった。
2020年06月29日
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「弥生から古墳へ」金関恕、佐原真、田中琢、大庭脩、佐々木高明 同朋舎 日本史の最大のミステリは、「日本はいかにして統一されたか」だろうと思っている。戦後、考古学が何千万という状況証拠を積み重ねてきたが、未だ決定的なブツは出ていない。これさえわかれば、卑弥呼の居所なんて些細なことだ。本書は、その決定的な「時期」を縦横に語った記録ではあるが、当然そのことは語られていない。 先に博物館図録の安価物をネットで見つけたものだから、弥生文化博物館編のコレはてっきり図録と思い取り寄せたら(250円)、しっかり単行本でした。元価格は2500円。中に線引きが多くて安いのも納得。でも満足です。 94年、弥生文化博物館開館3周年、近つ飛鳥博物館開館記念シンポの記録で、高名な学者ばかりが出ています(ホントにみんなスーパースターばかりなんですよ。今気がついたけど、五人とも、いまや全員故人になっていますが)。内容は以下の通り。 「皆の中の1人から皆の上に立つ1人へ」佐原真(国立歴史民俗博物館副館長‥‥当時) 「弥生時代から古墳時代へ」田中琢(奈良国立文化財研究所所長) 「卑弥呼の王号から武の官号へ」大庭脩(近つ飛鳥博物館館長) 「首長制社会からクニへ」佐々木高明(国立民族学博物館館長) 金関恕(弥生文化博物館館長)をコーディネーターにして、5人でシンポジウム。 この中で、佐原真は私を考古学に引き込んだ張本人です。別に、直接お話した事はなくて、文章を読んで講演を聞いて一挙にファンになっただけなんですが。人生はわからないものです。山極寿一に先に接していたら、もしかしたら私は人類学オタクになっていたかもしれない。 佐原真の何を読んで?というのは長くなるので省略するとして、改めて佐原真のエンタメ性を再確認しました。難しいことをわかりやすく話すだけでなく、それを周囲にも影響させる。考古学の講演で、オペラを歌うなんて、佐原真だけです。会場が大阪堺という場所柄もあって、全面関西弁の講演やシンポになりました。その空気まで全部再録していて、稀有なシンポ記録でした(高価なのが玉に瑕)。最近は、普段使いの言葉で、高度な研究成果を話すシンポは一度も聞かなくなりました。それは佐原真が居なくなったからかもしれません。01年ぐらいに聞いた鳥取妻木晩田遺跡国指定記念シンポで、膵臓癌の闘病明けから復帰したばかりの痩せ衰えた、けれども相変わらず会場を沸かせた氏の姿は、忘れられません。 ここで、佐原真はとても重要なことを指摘しています。要点は以下の通り。 ・銅鐸と土器に、同じ絵と紋様がついている。よって銅鐸は、有力な個人のものではなく、村びと共通の祭として使われたものです。 ・中国の殷・周の青銅器紋様には、いろいろな秘密が込められていて、一般の人々にはわからないようになっています。 ・古墳時代の直弧文は、支配者の紋様と考えてよさそうです。 ・弥生時代の終わりには、技術の分裂がありました。即ち一般の人々が使うものと身分の高い人が使うものに分かれました。土器も、簡単なものと、非常に手をかけた土器があります。 ・青銅器時代(銅鐸祭祀)が何故終わったか、ということは、だから「皆の中の1人から皆の上に立つ1人へ」の動きの中で成されました。 ←直弧文の前段階と言える弥生晩期の楯築遺跡の孤帯紋様は、だから支配者だけの秘密だったのか?そういう視点は初めて貰った。 ←弥生時代の銅鐸祭祀は、中国の伝統を受け入れないで始まったということか。(極めて日本的な祭だった) ←銅鐸祭祀の終わりの時期は、埋納時期がはっきりしないために謎になっているのだが、銅鐸と同じ紋様の土器の編年を調べるとはっきりするのではないか?どうしてそういう研究成果が出ないのか? ←楯築の孤帯紋様が、実質大和政権支配者紋様の始まりなのだから、この秘密を探ることで、大和政権祭祀の秘密は明らかになるはずなのだが、未だにはっきり言及した研究が出てこない。←私の仮説はあるのだが‥‥。
2020年06月27日
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「和菓子のアン」坂木司 光文社文庫 梅本杏子(きょうこ、あんこではない)。18歳。身長165センチ、体重57キロ。取り柄がなく、容姿も自信無く、勉強も嫌いで大学行きは諦め、アルバイト先を探してたまたま見つけたデパ地下和菓子屋さん。ふらっと訪れて申し込むとすぐに採用。彼女の和菓子屋バイト生活が始まる。でも、この体型、そんなに太っているとは思えないんだけど。 「和菓子のアン」というから、老舗の店先で事件があって、運命の出会いがあって、和菓子に生涯をかける青春が描かれているのかと想像していたら(原作者が急逝して未完になった安藤奈津が活躍する「あんどーなつ」がそういう作品だった)、原則デパ地下支店での販売の話ばかりで、しかも主人公が謎解きをして八面六臂の活躍をするのでもない、探偵役は他に居る日常謎解き系のお話でした。ゆるゆるたのしい。 でも和菓子には、もともと物語がある。古くて、全ての品が歴史を内包している。亥の子餅などは、そのものずばりが「源氏物語」の「葵の帖」に出てくるそうだから、食べることのできる歴史的遺物なんだと、これを読んで発見した。茶席に使われるのも、むべなるかな。この素材は日常謎解きにぴったりなのかもしれない。 もう一作(「アンと青春」)ぐらいは読んでもいいかもしれない。
2020年06月26日
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去年から「銀河鉄道の父」「カンパネルラ」「宮沢賢治のオノマトペ」など、宮沢賢治作品の派生本を幾つか読んできましたたが、ファンとして宮沢賢治の隠れた魅力を伝えようとしたら、作品そのもののレビューを書いたらいいんじゃないかと気がついた。よって、時々青空文庫で無料で読める作品を幾つか紹介していきたい。 第一弾は、多くの人が初めて読む作品。ちょっと頑張り過ぎて(書いたあと、反省しています)、かなり深読みしてしまいました。 「烏の北斗七星」(宮沢賢治1924年作品)青空文庫 烏(カラス)同志で戦争をしているある軍隊の中で、烏の恋人たちの、戦闘の前の日から朝にかけての短い話です。大尉の烏は恋人に明日の戦でもしかしたら死ぬかもしれない、という覚悟を伝えます。そうして戦の日の朝、たまたま偵察に来ていた山鳥を見つけ、撃退するのです。その功績で大尉は一つ階級を上ることになります。けれども、大尉はそうやってたまたまやってきただけかもしれない山鳥の運命を思って泪する、という話です。 一般的には 「ああ、あしたの戦でわたくしが勝つことがいいのか、山烏がかつのがいいのか、それはわたくしにわかりません」 「どうか憎むことの出来ない敵を殺さなくてもいいように早くこの世界がなりますように」 大尉にこう呟かせる賢治の明確な反戦意識を指摘するだけの評者が多いようです。 また、この呟きから、この作品を賢治の「よだかの星」(食物連鎖の頂点に生きているよだかは、悲しみの果てに星になる)の先駆形とみなして分ったように無視する人も多いようです。 しかし、私は次の部分に注目します。 烏の大尉は列からはなれて、ぴかぴかする雪の上を、足をすくすく延ばしてまっすぐに走って大監督の前に行きました。 「報告、きょうあけがた、セピラの峠の上に敵艦の碇泊を認めましたので、本艦隊は直ちに出動、撃沈いたしました。わが軍死者なし。報告終りっ。」 駆逐艦隊はもうあんまりうれしくて、熱い涙をぼろぼろ雪の上にこぼしました。 烏の大監督も、灰いろの眼から泪をながして云いました。 「ギイギイ、ご苦労だった。ご苦労だった。よくやった。もうおまえは少佐になってもいいだろう。おまえの部下の叙勲はおまえにまかせる。」 烏の新らしい少佐は、お腹が空いて山から出て来て、十九隻に囲まれて殺された、あの山烏を思い出して、あたらしい泪をこぼしました。 「ありがとうございます。就ては敵の死骸を葬りたいとおもいますが、お許し下さいましょうか。」 「よろしい。厚く葬ってやれ。」 烏の新らしい少佐は礼をして大監督の前をさがり、列に戻って、いまマジエルの星の居るあたりの青ぞらを仰ぎました。(ああ、マジエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません。)マジエルの星が、ちょうど来ているあたりの青ぞらから、青いひかりがうらうらと湧きました。 賢治は「新しい少佐」という言葉を何度も繰り返します。そうして、元大尉が死んだ山烏のことを思って「あたらしい泪をこぼしました」のは、少佐に昇進した直後なのです。しかも、それまでは勝利を収めたことに涙し、そして昇進したことに非常に喜んでいたのです。なぜならば、当時の軍隊の階級組織を知っていればすぐわかるのですが、少佐に昇進したとたんに彼は前線に行かなくてすむようになるからです。山烏を殺したときに元大尉のこころに去来したのは、「これで戦いで死ななくて済む、恋人と一緒にいられる」ということだったのではないでしょうか。 「よだかの星」では食物連鎖によって命を奪うことの空しさを覚えるヨダカがいたのですが、ここでは戦争の論理だけでなく、軍隊の論理によって自らの欲望によって、「憎むことのできない敵」を殺すことの「修羅の道」を描いている烏がいるのです。 元大尉の仲間たちはそのことをみんな見抜いていました。 あしたから、また許嫁といっしょに、演習ができるのです。あんまりうれしいので、たびたび嘴を大きくあけて、まっ赤に日光に透かせましたが、それも砲艦長は横を向いて見逃がしていました。 そのようにこの短篇は終わります。 この大尉はまだ、信仰によって人間性は保たれていますが、やがては相次ぐ戦争と軍隊の論理により、人間性もなくなっていくだろうということも予感させるような短篇です。もちろん賢治がそこまで突っ込んだ短篇を描いたことはありません。昭和の初期1933年(昭和8年)に彼は亡くなるからです。彼がもし戦後まで生きていたならば、必ず「平和」をテーマにした作品を書いていたことでしょう。そこまで深読みが出来る短編です。 もちろん、保守の国柱会と賢治との関係があるから、こういう戦記物をかいたという批判は承知していますが、それについて書き出すと長くなりすぎるのでここでは書けない。また、賢治の教え子が戦死した時に、賢治の作品に与える影響は如何だったかという想像については魅力ありますが、それについても書けない。 ちなみに、この烏の軍隊、許嫁は同じ軍隊にいる大尉なのです。なんとアメリカと同じように、男女平等なんですね。当時としてはびっくりの進んだ設定です。
2020年06月25日
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今月の映画評です。 「バイス」 「アメリカ史上最強で最凶の副大統領」ディック・チェイニーの半生を描いた作品を紹介します。9.11の後に「テロとの戦い」を口実に、影の大統領としてブッシュ大統領を差し置きアメリカを操り、強権を発動、バクダッドに、侵攻し、平和と民主主義を破壊した男です。数万の犠牲者を出しただけでなく、自分の会社に莫大な利益をもたらしています。「バイス」とは、〈副〉大統領を表すとともに、〈悪徳〉をも意味するそうです。 バッドマン俳優のクリスチャン・ベールが20キロ増量してチェイニーの役をつくりました。エイミー・アダムスがその彼をさらに陰で操る妻リンを演じ、オスカー俳優のサム・ロックウェルが頭が空っぽのブッシュ大統領を演じています。その他、ラムズフェルド国防長官(スティーヴ・カレル)、ライス国務長官(リサゲイ・ハミルトン)も、皆んな本人と見間違うほどの特殊メイクと演技で、とってもリアルでした。 冒頭において、「これは真実の物語である」と宣言します。ただし、事実だけどチェイニーは秘密主義だったので、わからない所は断っていると言っています。例えば一旦断った副大統領職を夜中の妻との会話の中で引き受けることにする場面は、何処にも記録がないのでわかりません。けれども「影の大統領誕生」の重要な場面ので、シェイクスピア劇みたいにして演出しました。楽屋落ち含めて、様々な描き方で、嘘で戦争に突き進んだ現代史を、立体的に創造しています。結果的に、ドキュメンタリーのようなドラマになりました。これを観るとアメリカ現代史(70年から2000年代)に詳しくなります。 コメディ映画部門で、昨年度のゴールデングローブ作品賞を獲りました。確かに笑いもありますが、それは「こんなに酷かったのか!」ということを知る「知的笑い」です。ラストシークエンスを忘れずに見てください。この映画をまとめるシーンがありますが、共和党支持者が「これはリベラルのプロパガンダだ」と非難します。そういう彼も、作品の事実は認めているのです。プロパガンダで何処が悪い。「表現」とは、そもそもそういうものだと、私は思います。翻って、イラク戦争開始日に「アメリカの武力行使を理解し、支持します」という声明を出した小泉元首相のことを描いた日本映画は、未だに作られていません。あれこそ、「真実の物語です」と宣言して、コメディ映画として上手く作れると思うんだけど。(2019年米国アダム・マッケイ作品、レンタル可能)
2020年06月23日
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「馬語手帖 馬と話そう」河田桟 〈馬語ってどんなもの?〉 (略)ウマは群れで生きる草食動物です。いちばんの危険は肉食動物につかまって食べられること。そのために、どんな時でも仲間同士でサインを送りながら暮らしています。ほんのちょっとしかサインも見逃さず、なにかが起これば、すぐに仲間に教えてあげれるように、そうしてできあがったのが、馬語です。馬語とは、しぐさ、声、動き、立ち位置、間合い、スピード、リズムなど、すべての要素があわさったものと言えるでしょう。(15p) ペットを飼ったことのある人ならば、解る部分は多いかもしれません。私は無いけど、初めて韓国に降り立った時の事を思います。周りは漢字・英語ましてや日本語がほとんど無い記号のようなハングルだらけの世界。けれども、10語ばかりの言葉を知っていれば都会での3日間のフリー旅はやり過ごすことはできたのです。「これいくらですか?」「お願いします」など。一つでも言葉を交わせれば、向こうは大きく心を許してくれます。 そうやって、何十万年間、ヒトは異民族・異種と心を交わしてきたのかもしれません。 これは人間と馬との関係ではなく、ヒトとウマとの関係の本です。 池澤夏樹「終わりと始まり2.0」で紹介されていたので、紐解きました。さすがです、見事な視点。与那国島にある出版社だそうです。インターネット時代だからこそ出来る書籍ですね。与那国島には、野生の馬がたくさんいます。 単純な〈言葉〉だけでも33あります。それを間合いや、状況でさらに会話にしていけば、充分コミニュケーションが取れるでしょう。 馬乗りを趣味にしている人以外でも、動物との関係で、参考になりなること多々。私は更に、人間とのコミニュケーションでも参考になると思いました。よく考えたら、人間は生涯4回以上自らの言語を変化させます。(1)赤ちゃんの時(2)幼児語(3)壮年以後(4)認知症を患って以降。 ‥‥どうでしょうか?特に認知症の方との間合いの取り方や、リズムの違いは、最近もつくづく思い知らされました。これを間違うと、日本語を話しているはずなのに全然話が通じません。 いちばんの単純な〈言葉〉は耳だそうです。 ・少し開く→くつろいでいる ・横にねかす→無気力、争いません、従順になります ・ピクピク動かす→どうしよう!、大丈夫かな? ・後に寝かす→なんだよお前、それ以上来るなら攻撃するぞ ・後にピタリつける→蹴ってやる、噛んでやる 面白いのは、 ・はぁ〜(ため息)→人間と同じ
2020年06月22日
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「A X アックス」伊坂幸太郎 角川文庫 「克巳君のお父さんってたぶん、他人とどう付き合っていいのか分からない子供だったんじゃないかな」兜の息子の嫁さんが、そんな鋭いことを指摘していた。私もそう思う。いや、それどころじゃなくて、もっと酷いサイコパス手前の少年だったんじゃないかな、とさえ思う。サイコパスは、ヒトが本来持っている「共感能力」を持ち合わせていないという。その代わりとして、物凄く頭が良いとか、他の能力が良くなるという話が今までその他の小説で語られてきた。その流れからいくと、兜は身体能力と状況処理能力が優れていたのだろう。最悪のサイコパスが活躍する「悪の教典」(貴志祐介)のハスミンが憂実と結婚出来ていたら、こんな物語になっていたのかもしれない、とさえ思う。 兜が、暗黒街の殺人者から手を洗おうと考え始めたのは、結婚して息子の克巳が産まれてかららしい。日本昔話などを読み聞かせていた頃だ。「良いおじいさんは最後には報われ、悪いおじいさんはひどい目にあう」そういった物語を兜自身が読んで「悪くもない人間が、むやみに殺されるのは良くない」「自分が殺した相手にも父親や母親がいたのかもしれない」と初めて思うようになった。 それは兜にとっては劇的な変化だったはずだけど、伊坂幸太郎はわざと劇的には描かず、淡々と筆を進める。革命はいつもさりげなく訪れる。伊坂幸太郎は分かっている。だから当然最終章の1番最後の行にその〈革命〉の始まりを持ってきているのである。 これは、サイコパスたる殺人者が自らを変革していく貴重な小説だった。「グラスホッパー」も「マリアビートル」も新しい暗黒街小説だったけど、これもかなり新しい暗黒街小説だ。 解説子はローレンス・ブロックの「〈殺し屋ケリー〉シリーズ」の影響を指摘している。私は池上正太郎の仕掛け人藤枝梅安と元締め(蔓)との関係と、映画「レオン」の中の殺し屋と少女マチルダとの関係を足して2で割り、伊坂節をかけ回したような作品に思えた。 私たちの「理解の及ばない世界」と「理解の及ぶ世界」の接合を試みた、意欲的なエンタメ小説だったと思う。
2020年06月21日
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「ある抗議書」菊池寛 青空文庫 強盗に姉夫婦を殺された弟が「司法大臣」へ死刑囚処分に対する抗議書を書く。大正8年に発表された青空文庫で62頁ほどの短編ではあるけれども、とても考えさせる(私は菊池寛を俗物だと思っているが、俗物だからこそ)普遍的な作品、まるで週刊新潮のような現代にも通じる作品だったと思いました。 何故裁判長ではなく「司法大臣」か。死刑は決まった。弟は殺しても足りないくらい犯人を憎んでいるし、母親は心労のあまり亡くなってしまった。犯人は、姉夫婦どころか全部で9人も殺した極悪人である。死刑になり弟は、少しだけ慰められる。ところが、死刑のあとに告白本が発行される。死刑囚はキリスト教に帰依し、神に赦されて天国に旅立ったことが予測されるのである。「欣びに溢れ光栄に輝き凱旋的にこの世を去ったこと」を知って、弟は「憤忿の念に堪えな」くなる。死刑囚にこんな権利を与えてはならない、というのである。 これは現代にもある制度です。それどころか、今や宗派によらず、どんな刑罰者も信教の自由はあり、刑を決定した後は、その心情を「告白」する手段は無数にあり、被害者親族だけでなく、周りの野次馬さえも被害者親族になり代わり「公憤」を述べる機会にも溢れています。 弟の心情は、是か非か。 これを読んで直ぐに思ったのは、イ・チャンドン監督の「シークレット・サンシャイン」という作品です。韓国東南部の地方都市密陽(ミリャン)で起こった、幼児誘拐殺人事件をめぐるその母(チョン・ドヨン)と、その犯人と、宣教師と、母を助ける無学な男(ソン・ガンホ)の話です。 ご存知のように、韓国にキリスト教信者は非常に多いです。チョン・ドヨンがこの作品でカンヌ主演女優賞を獲った直後の密陽に行きましたが、どの路地を歩いても何処にも教会の十字架が見えるという密度です。路地は、チョン・ドヨンの心情のように入り組んでいました。チョン・ドヨン演じるシネは、当初信者とは縁遠く、密陽に身寄りのないシングルマザーでしたが、息子を殺されたあとに教会に通い出してやっと心の平穏を取り戻します。そして信仰を得た彼女は、死刑囚の所へ「神の下に赦してあげよう」と告げに刑務所に行くのです。そこで会ったのは、既にキリスト教に帰依し赦された顔になった死刑囚の姿でした。シネは気を失い、そのあと、宣教師に復讐を始め、やがて正気を失ってゆくのです。チョン・ドヨンは大好きで、彼女の作品はほぼ全て観ていますが、これが彼女の最高演技です。 罪と罰の関係は、どんな角度から考えても考えすぎることはないのかもしれません。原題では「密陽」という、この作品の最後の場面は、ずっと陰からシネを見守っていた車検工場社長のキリストのようなソン・ガンホの表情でした。
2020年06月20日
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「出会い系サイトで70人と実際に出会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」花田菜々子 河出書房新社 この題名と、世の評判を聞きかじって、私が予想した内容は以下のものだった。 「エッチ目的の出会い系サイトを逆利用して、自己実現を図ったアラサー女子の読書案内」 ‥‥まぁ女子の気持ちには興味ないけど、読書は好きなので参考になるかもね、と少なくとも私は読み始める。 ところが、花田菜々子はおそらく確信犯的に「出会い系サイト」という単語を使っていた。ホントはエッチ目的のサイトではない。勘違いさせるのは計算づくである。そう思ったのは、彼女が「ヴィレッジヴァンガード」の元店長で、あのポップカルチャー商品が溢れかえる店内で目立つためのPOPを作っていたと知ったからだ。 彼女は強(したた)かで頭がいい。もちろん彼女は最初から計算づくでサイトに入ったわけではなく、あの1年間は離婚と退職で揺れていて、精神的に参って、武者修行のためにアウトプットがインプットにもなり得るこんな無茶なことをしたのだろう。その意図はホントだと思う。その数年後だから、自分の中で、咀嚼・消化してキチンと読ませる作品に産み直している。多分誰にでも出来ることじゃない。 読んだ印象は、当初の予想とは全然違った。彼女の意図は上記の通りで、それは「綱渡り」的に成功した。私が参考になったのは、読書案内ということではない。 POPは、商品を手に取らせる手段である(流通スキルの基本)。手に取らせた後に買わせるのは、デザイン(文体)と品質(構成)である。リピーターを作るには、品揃え、商品配置の工夫、欠品を出さないことだろう。ちょっと読めば、硬派だけど読みやすい文体、事例豊富なことがわかる。特に、読書好きにはたまらない事例が満載だ。なるほど、ヒットするワケだと思う。 一方私は、彼女とは違う味の愉しみ方をした。現代人のSNSを利用したコミュニティの構築のあり方に、いろんなヒントを貰った。私は幾つかのコミュニティに参画しているけれども、参考になることが多々あった。 ・ともかく目立つこと。勘違いさせる(ウソはいけない)。 ・世間に人材は必ずいる。SNSは、それを拾うことができる。 ・直接会うこと。或いは連絡が取り合えるツールを持つこと。 ・話題を引き出すこと。 ・興味を持たせるには、斜め上からの提案をしてみる。或いは「貴方が素敵」+「この事例も素敵」=「この事例は貴方に寄り添う」作戦で言ってみる。 ・ウィンウィンの関係を持つこと。 どれもがとても難しいけど、出来うることだし、必要なことだ。
2020年06月19日
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「転生したらスライムだった件」(1ー14)伏瀬原作 川上泰樹漫画 シリウスKC 平成時代に誕生した、「若者の精神文化」を象徴する「物語」をひとつ挙げるとすれば、それは「異世界転生」ものらしい。昨年、講談社はこのマンガひとつで増収増益になったらしい。「十二国シリーズ」は、その魁(さきがけ)らしいのだが、「転生」ものの代表作はコレだと一部で聞いた。マンガの方がわかりやすいと思い、現在まで刊行している14巻目までを一気読みした。 小説版はもう少し展開が進んでいるようだが、わかりやすいマンガ版を読んだ。世界観だけならば、これ以上の世界観の開陳はないように思われるので、これ以上は書評しないことにする。魔法、ドワーフ族、ゴブリン族、エルフ族など「指輪物語(元を質せば北欧伝説)」の設定が多く出てくる。普通の社会人が異世界転生して、常人以上の「スキル(能力)」を獲得して、「世界を変える物語」である。そこには新しい世界観はない。主人公は魔界族も人間も共存できる平和な世界を望みながらも、戦争をせざるを得ない。これは現実世界の反映であり、現代の世界観を転用しているだけだ。現代世界を解釈し直す「回答」ではない。 主人公は、そもそもそんなに現代世界でいじめにあっていたとか、不幸だったわけではないのだが、ともかく異世界転生したらとんでもない能力を身につけて仕舞う。ひとえに、ゲーム世界の反映だろう。スキル獲得の過程や、地図も用意した各国のお国事情や、豊富なキャラ登場に依拠した物語世界の構築で、一応、まるで奥深くにまだ開陳されていない「真実」があるかのように錯覚させられているだけだ、と私は思う。錯覚によって(魅力的なキャラ設定によって)人気が出たとしか思えない。(←もちろん、キャラで人気が出るのを否定するわけではない。問題は、講談社のような巨大な企業を潤すほどの人気が出ているということなのだ) ゴブリン、鬼人、魔神、獣人、人間たちとの共存世界は、人種の坩堝たる西欧社会では夢物語でリアルさがない。日本では許されるのだろう。単純な戦争経緯も解決も、そして主人公が仲間を蘇生させるために2万人の兵士を犠牲ににすることも、ファンタジーだから、ということで許されるのだろう。 これでゲーム世代が、この現実逃避しているのだと言われても仕方ないような作品で、何かを学んでいるのだとしたら、昭和世代としては、とても心配になる。
2020年06月17日
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「スキップとローファー」(1-3巻)高松美咲 講談社コミックス 2020年マンガ大賞3位、ということで紐解いた。「高1の春、過疎地から東京の進学校へ!生涯設計はカンペキだけど、ちょっとずれてる岩倉美津未は、本人も気づかないうちに周りをほぐす天然しあわせインフルエンサー」という「アフタヌーン」連載のマンガ。既刊3巻までを一気読み。 マンガを50年以上に渡って読んでいると、「流行と不易」ということを考えて仕舞う。この作品は「流行」のほう。高校生日常系マンガなんだけど、特別な人が居るとか、大きな事件が起きるとかではなくて、高校生の人との関係性を丁寧に丁寧に描いている。おじさんとして「流行」を感じるのは、以下の点。 ・絵柄もストーリーも、昔ならば「りぼん」で描かれたような話が、どうして「アフタヌーン」で成立するのか、ホントはよくわからない。 ・淡い恋心は、急展開しない。夫々の片想いは、未だ1.5件しか発生していない。三巻かけて、入学式から夏休み終わった頃までしか、未だ展開していない。 ・都会に田舎者が越してきて一波乱あるのは「坊ちゃん」(これは田舎に都会者だけど)以来の伝統。ただし、美津未はスマホも最初から使っているから、リアルな田舎者として描かれている。 ・将来政治家を目指すけど、天然いい子の美津未に、元テレビ子役で空気読み巧者のイケメン男子、努力でなっている可愛い系女子、美人で気遣いできる帰国子女、メガネで口下手な真面目女子、完璧主義の生徒会の先輩女子等々が仲良くなってゆく様を自然に見せる。 ←つまり (1)男女差がなくなっている。 (2)「いかに自然に友だちをつくれるか」ということを描くだけで読まれるマンガになる。 これがいまどきの若者(古い!)にとっての「流行」「関心の優先順位」なのだろうか?
2020年06月16日
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5月に観た映画は、ナント一作でした。我ながらビックリです。なんか、一回止めると勢いがついてしまって(笑)。でも、そろそろ生活を立て直さないと。 「酔うと化け物になる父がつらい」 その日、シネマ・クレールは下手をすると私ひとりで鑑賞するところだった。予告編終了間際にもう1人のお客がやってきた。コロナ禍における単館上映館の厳しさを、私はみんなに知って欲しいと思う。感染予防は、それなりに採っているように思えた。 さて、表題作である。実は何でもよかった。1ヶ月近い、無鑑賞で禁断症状が出ていたので、とりあえず知っている俳優が出るのはこれしかなかった。思わず涙するとは思わなかった。 監督、片桐健滋。菊池真理子のマンガが原作。アル中一歩手前のお父さんのもとで、育ってきた姉妹のお話。 (ストーリー) 田所サキ(松本穂香)は、父のトシフミ(渋川清彦)、母のサエコ(ともさかりえ)、妹のフミ(今泉佑唯)と4人で暮らしている。どこにでもある、至って普通の家庭。よその家庭と違っていたのは、父がアルコールに溺れていることと、母が新興宗教の信者であること。田所家毎晩の一家団欒は、酔った“化け物”の介抱。毎朝家を出て仕事に行く時とは別人になって帰ってくる父を迎える日は、壁に掛けたカレンダーに赤いマジックで×印をつける精一杯のいやがらせをするのがサキの習慣だった。 週末や夏休みも、記憶にあるのは酔った父の姿。プールに行く約束をしても、飲み仲間たちが家に押し寄せ、リビングはたちまち雀荘になってしまう。そんな中母はというと、せっせとお酒を作りながら、祭壇に向かって勤行。翌日、父は二日酔いでプールに行く約束はもちろん果たせず、酔っ払って床でクロールをしていた。クリスマスにサンタさんがやってくることを期待しても、2階のベランダから入ってきたのは酔って化け物になった父だった。 おもしろいって魔法の言葉で、嫌だったことが全部笑い話に変わった 高校生になったサキ。相変わらずお酒に溺れる父だったが、母はそんな生活に限界を迎え、父の誕生日に家族の前から消えてしまう(←ナント自殺でした)。母がいなくなってしまったことで自分を責め、自分の気持ちに蓋をしていくサキ。お酒を飲むことをやめた父は、サキとフミのために晩御飯も作るようになる。しかしそんな日々も長くは続かない。新作ワインの解禁とともにお酒も解禁してしまう父。綺麗だったカレンダーにも赤い×印がだんだんと増えていき、再び毎日のように酔っ払って帰ってくるようになる。 再び訪れる“化け物”との日常の中、サキが唯一楽しめたのは漫画を描いている時間。酔っ払った父のエピソードを描いた漫画は、親友のジュン(恒松佑里)やその友達にも好評で、サキにとって心の拠り所になっていた。 お父さん、私、今になって気づいたよ 高校を卒業したものの、自分の進路を見つけられないサキ。父の飲酒はエスカレートし、毎日記憶をなくすほどアルコールに溺れていた。いくらお酒をやめてと訴えてもまるで聞かない父に対して無関心になろうと決め、寂しさを恋愛で埋めるサキ。しかし、付き合った彼氏はとんでもないDV男だった。「こんな自分でも好きって言ってくれる」と、自分の感情に蓋をして全てを受け入れ続けるサキ。ついにはプロポーズを受けてしまうが、自分は愛されていないということに気がつき、別れを決断する。 恋愛や漫画に没頭し、父のことは考えまいと無視して過ごしていた数年の間に、病が父を蝕んでいた。医者が言い渡した余命は半年。突然でありながら、あっけない病気の発覚に何も考えられないサキ。そんな彼女に妹と親友が寄り添い、支えるが、父が借金を作っていたことを知り、今まで抱えていた気持ちをぶつけてしまうー。 子供の頃は普通だと思っていた両親が、実はダメ親だった。それと、どう折り合いをつけるか。憎めるのか。愛せるのか?という作品でした。 ここまで酷くはないけど、酒に潰れてよく帰ってくる親父は多いだろうし、文句なくお父さんの言いなりになって、ある日突然家出したり、病んだり、自殺する母親も多い?かもしれない。振り回される長女とマイペースの次女も、リアル。無関心でいよう、というのは長女の防衛戦略だけど、あのままでは破綻していただろうね。親友の「一人で抱え込まないで」という言葉がやはりなによりも大事。 何故泣いたかというのは、秘密です。 2020年5月11日(月) シネマ・クレール ★★★★
2020年06月15日
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「地球の歩き方 ガチ冒険~地球の歩き方社員の旅日記~ 」(地球の歩き方D-Books) 冒頭に「※この本の中身は地球の歩き方男性社員4人の自己満足のための、ただただ適当な旅日記が収録されています。ガチ冒険というタイトルですが完全に名前負けで、この本は危険な旅や命を落とすような旅など、ガチで冒険している内容は含まれておりませんのでご了承ください。」と断りを入れている。 正にその通りで、高野秀行さんのような旅行記を想像したら肩透かしを食う。でもご安心ください。電子書籍で99円という安さだ。ちょっとした、バックパッカーあるあるを愉しみたい人にはうってつけの暇つぶし用の文章です。 ちょっと嫌味な書き方をしました。 後書きを読むと、後の書籍化を念頭においた電子書籍らしい。「誹謗中傷は親が悲しむのでおやめください」と書いているので真正面から建設的な批判を書きます。 (1)これを読んで、「俺も、あたしも、バックパッカーしたい!」となるかどうか、というと??マークがつく。 (2)今、ほとんどのゲストハウスの利用者は女性の方が多いか、それに迫っていると思うのだが、著者4人は揃ってジェンダー意識が低いと思われる男ばっかり。下痢エピソードから始めたり、男女混合ドミトリーで着替え見放題だったと書く無神経、等々。少なくとも女性の著者は、半分以上にするべきだろう。「歩き方」社員に女性正規は居ないのか?もしそうならば別の問題が発生する。 (3)旅は計画し始めが、1番楽しい。そのエピソードに、一章をとっていない。 (4)写真が少ない。あっても、つまらない写真ばっかり。1番衝撃的なのは、ゲストハウス前の車に大岩が落ちて潰れている写真なのだが、コレこそもう少し突っ込んでコメントが欲しかった。 (5)かなり、インドに偏っている。彼らの経験がそこに偏っているから仕方ないのかもしれないが、バックパッカーとはインド旅行者のことじゃないよ。もっとアジアと西欧、北欧に目配りして欲しい。 (6)元の発想が居酒屋での会話なので仕方ないのかもしれないが、中年オッさんの旅自慢に堕している所が多々ある。 (7)結局、こんな「野郎」たちが、残念なことに現代日本出版で「唯一の」バックパッカー用の旅ガイド本を作っているのかと思うと、ほとほと悲しくなる。
2020年06月14日
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「縄文にハマる人々」(DVD) コレは買った。決して我が街の上映館には来そうにないドキュメンタリー映画なので、買う方がはやいと思った(私がDVDを買うのは異例です)。 縄文時代とは何かについて、学術的説明はほとんどない。学者が出てくるのは、後半の方から。御大・小林達雄教授もやっと出てきたと思ったら数分話して終わりだった。無数の土器や土偶、有名どころの博物館(国学院大学、つがる市、是川、山形県立・東北歴史・井戸尻・馬高・新潟県立・十日市、等々書ききれない、無数に出てくる)、遺跡(亀ヶ丘、山内丸山、その他色々)は出てくるが、作成年代や出土遺跡、それにまつわる学術的意義などの説明はほとんどない。興味を持てば、実際に行って見ろ!と誘導する作品。私も、こんなにも縄文博物館が充実していることに驚きと羨望を隠せない。それに引き換え、西日本の弥生ときたら! たくさんの人々が出てきて、ともかく縄文愛を語る語る語る語る。「水曜日のカムパネルラ」のコムアイが、まるで縄文の女神のように「なんでもアリだよ」という風な声で、ナレーターをつとめてくれている。 どうしてハマるのか? ・驚愕の理論も可能 ・今は失われた知恵 ・1万年以上の平和 ・なんだか凄そう ・未来への指針になる ・ハマる場所 ・用途不明なモノが多い ・世界最古を競いあえる ・縄文グッズが豊富 ・時代を超越した造形力 ・自然に逆らわない ・なんて器用なんだ ・時々想定外の大発見がある ・岡本太郎的な視点 「考古学って、真実を明らかにする学問ではなくて、分かる範囲で推論していくしかない」 途中から、監督はかなり内省的になって難しく哲学的になっている。まぁそれも、縄文。(山岡信貴監督、2019年発売) ※弥生時代ファンの私としては、この「自由さ」が少し羨ましい。昨今の縄文ブームも羨ましい。これをキッカケに縄文にハマる人が増えて、その幾人かが弥生にもハマってくれると少し嬉しい。私は私の道を行く。
2020年06月13日
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「ツバキ文具店」小川糸 幻冬舎文庫 小川糸は、好みの文体なのでハマることを怖れて手をつけなかった。昨年夏に妹が脚を骨折して2ヶ月間入院した。暇なんでなんか本を持ってきて、とのたまうので宮部みゆきやら北方謙三やら東野圭吾やら上橋菜穂子やら持ってゆくと、半分近くは読んでくれたようだ。その時に、「私が読んで良かったのは、ツバキ文具店、あれは良かった」と言った。テレビでやっていたので、だいたいの中身は知っていたので、あ、そう、と応えておいた。が、ずっと引っかかっていた。妹が本を薦めるのは、かなり珍しい。 やっと手をつけた。 古い佇まいの文具店。先代の遺したものを、どのように生活に取り入れるのか。私たち兄妹にも共通の景色と課題があり、少し彼女の気持ちが見えたところで、話の中に次第と入ってゆく。 まさかひとつひとつの手紙を、全てプロの書家に頼んで我々に提示してくれていたとは知らなかった。テレビドラマでは一瞬で終わる手紙を、じっくり味わうことができる。萱谷恵子さんの描く字は、芸術家の書ではなくて、いわば職人の書だ。注文に応じて、注文者が満足するように仕上げる。決して展覧会に掲示されることはなく、でも誰かが喜んでくれる。ペットのお悔やみ状、離婚報告書、元カノへの近況報告手紙、借金御断りの手紙、天国から妻へのラブレター、近所の5歳の女の子QPちゃんへの手紙、絶縁状、そして大切な亡き祖母へ書くあるがままの自分の手紙。総てを、こうでなくてはいけない文具の体裁を整えて我々に提示する。ほとんど芸術だけど、アートじゃない。発信する人と受け取る人、その人たちの気持ちがあってこそのかけがえのない世界で、一つの手紙だ。断じて芸術じゃない。職人は丁寧な生活をして、丁寧な作品を仕上げる。 作家・小川糸がどうやらそういう生活を送っているだけでなく、字描きの萱谷恵子さんも、「書道家」ではなくて、普段は映画の美術などをしている職人らしい。 でも単なる代書屋じゃなくて、唯一無二の職人だろう。私の県に代書屋ってあるのだろうか、と検索したら案外あるわあるわ。表彰状から選挙の必勝まで、考えたらプロの書は巷に出回っている。でも決して鳩子さんのように、相手の意を汲んだ「手紙」は書かない。書けない。少なくとも、調べた限りでは鳩子さんのような代書屋はいない。「続編」は紐解くことに決めた。 妹が発見することは決してないだろうけど、文庫の左上スミにパラパラ感想を書いて置いてみた。一画一画描いていけば良いので、左下スミのパラパラ漫画のように凝ったもんじゃない。90ページ分使った。 「初小川糸、面白かったよ」と。
2020年06月13日
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「終わりと始まり2.0」池澤夏樹 朝日新聞出版 30年以上続いた朝日新聞の月イチコラム加藤周一「夕陽妄語」の跡を継いだのは、池澤夏樹だった。その第二弾。加藤周一については、私は人生をかけて登らなければならない山だと思ってる。池澤夏樹については尊敬すべき先輩という認識だ(←迷惑千万だろうけど)。この連載も、早いもので、もう10年以上経った。 今回、池澤夏樹はいろんな場面で怒っている。第一弾は半分ぐらいが文化の話題だったのだけど、第二弾は8割が時事問題になった。むべなるかな、と思う。 以下、彼の言を要約して、時にそのままメモする。()内は新聞発表年と月。←を附して私の感想も述べる。 ・自民党の憲法草案には民主国家として克服したはずの問題がゾンビーのようにうごめいている。ゾンビーと名付ければ退治もできる。(13.05) ←いい考え。この春、私は官邸を「伏魔殿」と呼んだが、それだと手出しができない。それよりも「ゾンビー内閣」と呼べば、「退治の対象」になるじゃないか。 ・古代の日本人は罪は汚れとなし禊(みそぎ)によって洗い流せるとした。しかし恥は洗い流せない。福島第一の崩壊は東電にとって究極の恥だったはずだ。東電も自民党も恬然として恥じることを知らない。(13.08) ・もうしばらく社会主義者でいることにしよう。(13.11) ←へぇ社会主義者だったんだ!知らなかった。 ・憲法解釈についての安倍政権のやりかたは明らかにオフサイドだ。それどころか彼らは衆に恃(たの)んでゴールポストを担いで動かしている。そんなサッカーがあるか!(14.07) ・ロンドンの「不服従のオブジェクト」に刺激をもらい、池澤夏樹は、バンクシー並みにステンシルを装着して国会前の路上に落書きをすることを夢想する。もちろん(軽犯罪法)違法だ。しかし、「アート」でもある。「若い人よ、動け、闘え、笑わせろ」(14.09) ・←私が池澤夏樹を青くさいとおもうのは、112pの、例えば「(左から改憲する提案として)米軍基地否定の条文を実現すれば、押し付け憲法論を払拭できる」と主張するところである。彼は一方で辺野古ではなく馬毛島に嘉手納基地を移設しろとも本気で言っている。加藤周一は、もう少し常識を持っていたのだが。(15.04) ・2015年6月の段階で、池澤夏樹は安保法案の動きに対して、砂川判決で司法は安保に対して口出ししなくなったので司法は機能しない、立法府も小選挙区制で政治にウンザリした国民が投票率を下げ、全国民の24%の票を集めた自民党が絶対多数になり、議員は党の方針に逆らえない者ばかりと、機能しなくなった。今の日本は行政府の独裁だと喝破する。しかし、さすがに憲法学者が3人とも意義を唱えた。果たして強行採決を阻めるか、と結ぶ。「死にかけの三権分立」(15.07) ← 結果は知っての通り。事態はそこから変わらないどころか、更に酷くなっている。嘘と隠微と誤魔化しの行政府。 ・「安保関連法が成立した。(略)9月半ば、国会議事堂前のデモの中に身をおいて、みなの勇壮活発でどこか悲壮なシュプレヒコールに伍しているうちに、自分たちは日本国憲法から追放されて難民になるのだと覚った」(15.10)←加藤周一と違い、この人は行動する。行動する知識人は危うい、けれども信頼に足る。 ・「馬語手帖 ウマと話そう」「はしっこに、馬といる」(河田桟 カディブックス)馬と人間の関係ではなく、ウマとヒトの関係を描く。「河田さんは絶対に言わないが、これは愛ではないか」因みにカディとは、与那国の言葉で風のことだそうだ。(16.01) ・2011年、ぼくたちは震災を機に希望を持った。復旧に向けて連帯感は強かったし、経済原理の独裁からのがれられるかと思った。5年たってみれば、「アラブの春」と一緒で一時の幻想「災害ユートピア」にすぎなかったように思われる。(16.02) ←私たちは、コロナ禍の後にも、同じ想いをするのだろうか。 ・「日本文学全集」を作って不思議に思ったのは、奈良時代から平安時代まであんなにたくさんいた女性の歌人や作家がある時期から急に姿を消したことだ。(略)分水嶺は応仁の乱だった。(略)憲法が変わっても今もガラスの天井がある。唯一の例外は文学だ。芥川賞を例にとると、ここ5年の受賞者は男性が6名、女性が7名。(略)文学はこの方面で社会を牽引し、古代に回帰させている。(17.01) ・イラク戦争について、ブッシュは任期の最後に「大統領の職にあった中で、最大の痛恨事はイラクの情報の誤りだった」と言った。実際は情報ではなく判断の誤りだ。それでも彼は反省したからまだまし。開戦の日に「アメリカの武力行使を理解し、支持します」という声明を出した小泉元首相はこの件について今もって何も言っていない。外務省もこれに触れない。日本の官僚は過去を検証せず、責任を取らず、文書を公開せず、重大な局面で記録さえ残さない。あるいはこっそり破棄する。(17.04) ←言わずも無だが、今の政府は正にコレ。 ・ビッグデータの主体は、自身にも自分の正体はわかっていない。生まれたばかりの怪物だから。(略)コンピュータとネットワークに騎乗したホモ・サピエンスは何か別のモノに変身しつつ逸走している。手の中にたづなはない。ただしがみつくばかり。(17.05) ・2017年10月末、池澤夏樹はマダガスカル行きを止める。ペストが発生したためである。23日までに1912名の患者が出て124名が死亡した。実は2015年彼は南スーダンにも取材旅行に行くつもりだったが、内戦が激化してやめた。ホントは自衛隊も撤退すべき酷い状態だったのは2年後に判明する。そしてこのように書く。 「2011年の3月11日、福島第一原子力発電所が津波で崩壊し、大量の放射性物質が大気中と海中に放出された。日本にいた多くの外国人が退避し、訪日を予定していた人たちはそれを取りやめた。危険という意味では、状況は今のマダガスカルやしばらく前の南スーダンと変わらない。日本がどう思っていたかはともかく、外からみればあれはそういう事態だったのだ」(17.11) ←日本人は井の中の蛙だとよく言われる。国際的感覚がない。しかし、コロナ禍の中でこの文章を読めば、2011年のあの時「外人は大袈裟だ」と感じた私たちの感覚が、実は的外れだったことが「実感として」掴めるのではないか。
2020年06月10日
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「笑う子規」正岡子規著・天野祐吉編・南伸坊絵 ちくま文庫 3人も もはや鬼籍に入りにけり 天野さん 子規博物館館長を 引き受け初の企画だそうだ おかしみの文芸である 俳諧は 柿くえば鐘が鳴るなり法隆寺 ホラ、なんかおかしいでしょ いかん、連歌で書評書こうとしたけど無理やった。と、まぁ愛媛県の子規記念博物館で9年以上続けている月替りの大きな垂れ幕の俳句に、南伸坊さんの絵を足してできた本らしい。 夏がきた。と、いうことで、お気に入り夏の選句を紹介。もちろん、使われた句はもっと多い。春夏秋冬を9回以上数えたのだから、当たり前。「笑う四季」とも言う。 〈南伸坊〉カエルの上に点々が4つほど 〈子規〉 夕立ちや蛙の面に三粒程 〈天野祐吉〉一粒じゃ寂しい 五粒じゃうるさい 三粒程がよろしいようで 〈子規〉雷をさそう昼寝の鼾哉 〈天野祐吉〉これもわしの知り合いだが、この男と旅をしたときは、 夜中に宿の者が勘違いして、部屋の雨戸を閉めにきたよ。 〈子規〉行水や美人住みける裏長屋 〈天野祐吉〉落語の「妾馬」じゃないが、昔から美人は裏長屋に住んでいるもんだ。ま、そうでない場合もあるけどな。 〈南伸坊〉明らかに子規さんが覗いている図 〈子規〉夕顔に女湯あみすあからさま 〈天野祐吉〉これ見よがしにやっているわけじゃない。おとこのほうが勝手にそう感じるだけだ。ま、そうでない場合もあるけどな。 〈南伸坊〉武家髷の真白い肌の湯あみ姿 〈子規〉金持は涼しき家に住みにけり 〈天野祐吉〉クリ坊ちゃんのお屋敷では、部屋ごとに扇風機がまわっておってな、「ウチワってなんですか」と、クリ坊ちゃんが涼しい顔で聞いたそうな。 〈南伸坊〉団扇に美人の顔 〈子規〉睾丸をのせて重たき団扇哉 〈天野祐吉〉いやらしいなぞと言う人はいやらしい。 これこそ、平和の図だ。 真之なら「睾丸」が「砲丸」になってしまう 〈子規〉愛憎は蠅打って蟻に与えけり 〈天野祐吉〉「愛憎」という言葉の、これ以上みごとな定義はないと思わないか。 〈南伸坊〉蠅叩きの図 まぁ部屋にこの本置いていたら、ちょっとホッとするぞ
2020年06月09日
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「神々の至宝 祈りのこころと美の形」古代出雲歴史博物館編 Amazonで古代出雲歴史博物館を検索したら、なんと2007年の開館記念企画の図録(現場でも欠品で手に入らなかった)が古本で出品されていた。しかも、信じられない低価格。これからは定期的にチェックしようと決心する。 開館記念なので、とてつもなく豪華だ。 (1)国宝だらけの「宗像大社 沖ノ島」神宝 (2)「熊野速玉大社」の神像と神宝 (3)「春日大社」の舞楽 (4)祇園「八坂神社」の神宝 (5)「伊勢神宮」の遷宮と神宝 (6)「出雲大社」「佐太神社」「日御崎神社」その他島根県の神宝 巻頭論文に上田正昭(古代考古学と文献歴史学と両方の橋渡し的な学者)。 それぞれの神社祭祀の、それなりに詳しい概略と、巻末に遺物説明がある。 巻末論文は3つ。 特に私的に注目は、沖ノ島宝物。1978年に学術調査成果が公表されて以降、研究が進み、さらには特別展示も何回かあったが、その図録を見たのは今回が初めて。写真にせよ、遺物を見たのもほとんど初めて。概略がわかったのは大きい。(巻末の文献紹介を見る限り、企画展があったのは、03、06年に九州で二回開催されただけのようだ) 沖ノ島全景の写真も興味深い。長門からも、筑前からも、対馬からも、等距離の沖ノ島の位置。古代からの聖なる島。私も韓国行きのために何回も玄界灘を渡った。フェリーはともかく、高速船ビートルの時に波が3m以上あると、生きた心地がしなくなる。あの海を、例えば準構造船で渡っている時に沖ノ島の丸い島影が見えれば、そりゃあ神様!って思うわ。大切な宝物も惜しげもなく捧げようと思うわ。 祭祀は四段階で推移する。特に興味深いのは、古墳時代前期後葉から中期中葉にかけての第一段階「岩上祭祀」である。神様が降りる磐座(いわくら)の上に祭壇を設ける。鏡や刀剣、玉類が捧げられた。非常に保存が良い。1600年間近く置かれていたとはとても思えない。信仰の強さの塊りのような展示物だ。 八号遺跡出土、古墳時代(6C)の瑪瑙(めのう)玉は、国内産ではない。瑪瑙の宝物を見たのは、私は今まで出雲大社宝物館の瑪瑙勾玉だけ。ホントに不思議な輝き。盗掘を受けた残りらしい。と、いうことは盗掘はあったのか?しかし、古墳盗掘のような大掛かりなものではなく、1人の不心得者が服の間に忍ばせる規模のモノだったろうと想像できる。 仁木聡氏の巻末論文は、この図録でもっとも考古学的な論文だった。吟味する必要があるだろう。 ※古本の値段は表紙に少し折があるくらいであとは新品同様の美品でしたが、250円(送料込で600円)でした。反対に言えば、いくら中身の価値が高くても希少品でも、処分しようとすれば二束三文でしか売れないか、嵩張るのでそもそも引き取っても貰えない可能性があるということです。私の家には、おそらく今まで数十万円かけた「図録」があるはずです。けれども、それは財産どころか、私が死ねば迷惑になるゴミにしかならないということでしょう。ざっと「読んで、見て」仕舞うだけの図録ではもったいない。基本的には「私だけが役立つように記録する」必要があるとをひしひしと感じました(万民に役立つように記録するのは、時間的にも能力的にも無理)。そうして記録したものは、web上で公表できるものは積極的に「アウトプット」するべきです。それが私のモチベーションに繋がる。
2020年06月08日
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「入り海の記憶」古代出雲歴史博物館編 平成27年(2015年)古代出雲歴史博物館企画展図録である。Amazonで購入。購入して分かったが、92点の主な展示品のうち、私の目的の弥生遺物は5点しかない。圧倒的に多いのは、近現代の遺物であり、次は江戸時代のモノ ‥‥(また失敗した!)。 つまり、松江の宍戸湖に代表される干潟を含む入海の歴史を回顧しようとする試みの企画展なのである。733年に編纂された「出雲国風土記」にも宍戸湖は記述されている。多様な動植物が生息していた。そこから話が始まるので、縄文・弥生時代の記述は少ない。 砂洲などで外海から隔てられた入り海は、干満差が少ない日本海側に多く発達して、天然の漁港、内水面交通の拠点として機能し、近世において新田開発で消滅したものも多い。 扱われる遺跡は島根県約10カ所、鳥取約3ヶ所、石川6ヵ所、新潟4ヶ所である。 私はやはり奈良時代の「出雲国風土記」から入海の景観を解説した所が参考になる。その景観は、弥生時代でも大きく変わらなかっただろう、と思うからである。例えば宍戸湖の秋鹿郡には、マイルカ、サメワニ、ボラ、スズキ、コノシロ、クロダイ、シラオ、ナマコ、エビなどが獲れていたと書いているのである。出雲の入海(神門水海)では、ボラ、クロダイ、スズキ、カキ、又淡水所ではアユ、サケ、マス、イグイなどが獲れていた。 ‥‥イルカはどう料理したんだろ?まぁイルカは実際は鯨の小さい種というから、鯨の味がしたと思う。 参考になるページは少ないが、そこを読むだけでもかなり疲れた。同じ値段なのに、先に読んだ「古代出雲の壮大なる交流」の4倍はあろうかという情報量があり、いったいこれは何の違いなのだろうか? ‥‥敢えて言うまい。
2020年06月07日
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「古代出雲の壮大なる交流」島根県立古代出雲歴史博物館編 島根県立古代出雲歴史博物館の図録は、例外的にAmazonで購入できます。私の関心は弥生時代なので、日本の代表的な弥生(を含む)博物館の存在する出雲はこれまで何度も旅しています。あゝ今年は春の旅に行けなかったなあと思った時に、あ、通販で買えばいいじゃないと思い直して検索して買ったのが、この2冊(他は又後で)です。 通販の悪いところですが、目次が付いてなかったので、表紙だけを見て買ったのですが、主には古墳時代と律令時代の遺物の紹介でした(反対に言えば、だから今まで購入していなかったのを、買った後に気がついた。博物館現場で確かめていたんですね)。 でも、遺跡巡りに飢えていた現在では、とても新鮮な読書体験となりました。古墳・律令時代から弥生時代を見るという視点です。 出雲は「国譲り」の舞台です。いわば、大和政権にとっては、前政権であり、セオリーから言えば無視すべき存在であるのに、記紀の歴史書含めてかなり詳しく描かれている。 何故か。 図録は「出雲は、むしろ積極的に大和政権を支えていた」と書いている。けれども図録はその理由をきちんと説明できていない。遺物説明は、奥歯にものが挟まったような書き振りで、根拠に薄い。 つくづく、その場に居て学芸員に質問したかった。図録にも、出来不出来はある。今回は、特にフラストレーションが溜まるものだった。 根拠のひとつ。 相撲の起源、野見宿禰(のみのすくね)が出雲出身だった。相撲は、生死をかけた格闘技であり、出身地ということは、出雲はそういう「勇士」を出すパワースポットだったという認識があった、ということでもあるだろう。相撲の起源は、高句麗・舞踏塚古墳壁画にあるように激しいもの、つまり「拳法」のようなものだった。‥‥現代でも、柔道・空手は軍隊に応用されて殺人のための訓練に使われている。有用な「兵力」となっていた可能性は高いだろう。とは、図録は全然書いてはいない。ましてや、「出雲軍」が大和政権の中では最も精強な軍隊だった、というようなことは書いてはいない。ましてや、その起源が大陸にあったということも書いてはいない。 根拠のひとつ。 山陰系土器の移動ルートを見ると、古墳時代前期にやっと北播磨からのルートが認められるが、初頭では伯耆から現在の出雲街道を下って龍野市から海ルートで大和に至る道しかなかった。‥‥というか、その道が確立していたので、「兵力供給ルート」は存在した、ということは図録では書いてはいない。 根拠のひとつ。 石枕という遺物がある。石棺に備え付けられる、霊魂の宿るところである。特徴的なのは、いろんな石枕の習俗は、東は京都・兵庫を流れる由良川水系を大きく超えない。豪族の交流域を示すものとして注目される。石枕は、弥生時代からあるので、その交流域を詳しく見れば地域交流の目論みが立つかもしれない。‥‥それが大和政権の豪族支配にどう影響したかということは、一言も書いていない。 大陸から流れ着いた拳法の達人がやがて大和政権の将軍になってゆく物語を幻想した。
2020年06月06日
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「楽園のカンヴァス」原田マハ 新潮文庫 原田マハと私は、ニアミスをしている可能性があります。解説の高階秀爾大原美術館館長(作品中の宝尾館長のモデル)によると、小学校4年の時に父親に連れられて大原美術館に来館し、ピカソの「鳥籠」を見て「ヘタクソな絵!私ならもっと上手く描ける」と考え実際に描いたといいます。私は正にその同年訪館し、夏休みの宿題感想文に「鳥籠」は「見ていて暖かくで穏やか気持ちになり、全然難しい絵ではない」と書き、先生に褒められました。その褒め言葉が功を奏してその後、小学生、中学生を通じて、美術は常に5段階評価の5を獲ることになります。彼女が訪ねたのが夏休みだったとしたら、すれ違っていた可能性はゼロではないのです。でもここで、原田マハと大きな差が出ていることに、今回このエピソードを知って、私は気がついたのです。批評しかできない者と実際描く者。 実はその後、もう一つ同じ道を歩みながら、同じような大きな差が出現していたことに、気がつきました。中学時代、私は、画家になるには画力が不足しているからムリ、漫画家になることを夢見ていました。何故画家を諦めたかというと、「鳥籠」を見たとき、同時にセガンティーニの「アルプスの真昼」という作品の感想も書いています。これにはピカソと別の意味で私は驚きました。淑女がアルプスの高原で山羊と共に佇んでいる絵ですが、油絵具の塗り重ねが素晴らしく、草原の色の洪水が、何故か草原そのものに思えました。間近に見たり遠くから見たりして、小学生の私はおそらく早々に見切ったのです。「とてもこんなの描けない」と。私は漫画習作をいくつか描いた後、大学受験のために一時中断しました。実はそんな時、同じ岡山で原田マハは少女漫画を実際に何作も描いていたというのです。一方私は80年1月、ジャンプで連載開始したひとつの作品を見て漫画家になることを諦めました。手塚漫画は真似できる。劇画は努力したらできるだろう。けれども、こんな単純な線で立体的に独創的に描く漫画はとても無理だ、と思いました。鳥山明「ドクタースランプ」です。実際に描く者と、早々に諦める者。その後私は、マンガ編集者になるのも夢見ますが、就活で、そのあまりにも競争率の高さに尻込みして諦めました(笑)。 さて、ここから本題です(←すみません!)。 原田マハは、81年3月まで岡山に居ました。当然、小学校以来何度か大原美術館には行っているはずです。高校生の時に訪ねた彼女は、こう思ったのではないか? 「あゝ懐かしい!ピカソの『鳥籠』だ。ヘタクソと思ってこれより上手く描いたと思ったことがあったなあ。あの後、確かなデッサン力があってこそ、この絵だとわかって意見変えたけど」 原田マハは美術部にこそ入りませんでしたが、高校時代はずっと漫画を描いてました。美術を観る眼は格段に上がっていました。 そのあと、同じ部屋にあったひとつの絵にも眼を滑らします。 「パリ近郊の眺め、バニュー村」 彼女は鼻で嗤う。 「これはダメね。一見丁寧に描いているみたいだけど、牛と農夫と積みわらの遠近がまるでなっていないし、光の当て方もバラバラじゃない」 と、通り過ぎたのでした。 その4年後、今やすっかり美術作品に詳しくなった彼女は、久しぶりに訪れた大原美術館で、もう一度この作品を観ます。その直前に見たピカソの絵は、籠と鳥との関係で、大きな発見があったのですが、この「パリ近郊ー」は更に全く違って見えました。光輝く、と言っていいのか。部屋の真ん中にある大きなソファー椅子に座り、気がつくと1時間が経っていました。 「あゝやはり牛はこの大きさじゃなければダメなんだ。牛はそれだけで、穏やかで大きくて、このように光り輝いているんだ」それが、その時の感想でした。それはアンリ・ルソーの絵でした。 ところで私は大原美術館の代表作エル・グレコの「受胎告知」を素晴らしいと思ったことは一度もありません。アンリ・ルソーの絵もそうです(今なら、違うかもしれません)。でも、1時間同じ絵を見ていたことはあります。そうせざるを得ない力が、「お気に入り」の絵にはあるのです。原田マハにとっては、ルソーの絵はそうだったのでしょう。子供の時から、何度も見て何度も変わっていった「絵の印象」。そういう体験は貴重です。書いていて気がつきましたが、大原美術館は滅多に混まないので、そういうことができます。企画展で美術鑑賞をする時にはあまりできない鑑賞の仕方ですね。 数年後、原田マハはニューヨーク近代美術館に居た。その絵の前に佇むこと数時間。ふと白昼夢を見た。 小学4年の彼女と父親が会話していた。 「ねえお父さん、こんないっぱい絵があったら、どれを見たらいいかわかんないよ?」 「どんな人ごみの中でも、君の友だちがいる。そう思って見ればいい。それが君にとっての名作だ。絶対に目を閉じちゃいけないよ。みつけられなくなるからね。さあ、よく見てごらん。君の人生の友は、何処にいるかな?」 ふと気がつくと、鮮やかな緑が迫ってきた。 熟れてこぼれ落ちる果実の甘やかなにおい。遠くで響く野獣の雄叫び。鼻先をかすめて飛んでいく極彩色の蝶の羽。冷たくやわらいものが、足の裏にひやりと触れる。女蛇が鎌首を上げて睨んでいる。ライオンも世界を覗き込む。冷たい満月。生きている女神が何かを掴かもうとする。 アンリ・ルソーの「夢」である。 ‥‥そうね、貴方が、私の「人生の友」よ。 それから、一日中佇みながら、原田マハは新しく思い浮かんだ小説構想を反芻していた。十数年前にこの近代美術館がルソーの大回顧展を企画した。そのキュレーターと日本の才女をめぐる、めくるめく夢のような小説を。何時も原田マハは、夢を実現する方へ直ぐ動くから、その20数年後に出版される草稿は、その日の夜に書かれたのである。 ‥‥と、私は「夢をみた」。
2020年06月05日
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「神話と文学」石母田正 岩波現代文庫 コロナ禍だからというわけでもないのだが、本棚から途中挫折本を見つけた。20年前の1月、岩波現代文庫創刊の時に衝動的に買ったもの。 20年前から私の問題意識は、日本の英雄伝説を歴史学の側面から読み解くというものだったと、今更ながらに再確認。「古事記」「指輪物語」や「十二国シリーズ」を読んだのもその流れなのだが、改めて進捗がない。けれども、あれから20年、私も少しは進歩はしたと見えて曲がりなりにも読み通すことはできた。 石母田正の本書は、戦後の歴史学を牽引し続けた著者の「中世的世界の形成」の前段階にあたる。「古代に英雄時代は果たしてあったのか」という論争を引き起こしたことでも有名である。石母田が、唯物史観やヘーゲル哲学を積極的に論文に引用したことから、「彼の論考はもう古い」という「石母田読まずの石母田語り」の青学生が多く居ることも承知している。「丸山真男読まずの丸山真男語り」が多く居るのと同様ですね。今回一通り読んでみて、壮大な構成と強烈な個性、そして一点突破の指摘の鋭さは、論文発表から70年以上経った今でも色褪せていないと思った。 日本の古代は、ギリシャのそれとは違い、「民衆の精神や感情や生活を体現しているような叙事詩」としての英雄伝説を持たなかった。散文詩になったのは何故か。「古事記」編纂の時期に、なぜか貴族階級が「階級的であると同時に民族的で」なかったからである(←難しいよね。易しく説明できません)。 「我が国の古代貴族の文学は、散文的英雄(神武天皇)と浪漫的英雄(ヤマトタケル)を形成し得たが、叙事詩的英雄は、若干の断片的歌謡(神武東征物語の歌謡群)にかすかにその存在を記録したのみで、ついに物語として創造し得なかった」139p‥‥()内は、私の注。 石母田の「英雄時代」は、十分に深められないまま現代に至っているという。宜なるかな、と私は思う。石母田は大和王朝が圧倒的な武力で他を圧倒して、それを貴族階級が支えた、だから統一王朝が出現したと考えているようだ(その割には貴族階級にその記憶がない)。私は、古墳時代はその可能性はあるかもしれないが、邪馬台国から大和王朝に至る統一は「そうではない」可能性があると思っているし、実際唱えられている。その考古学的発見については、石母田は知る由もなかった。 文学を歴史的に読むとは、こういうことなのか、ということを知った読書体験だった。
2020年06月03日
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「図書 2020年6月号」 新型コロナウィルスを話題の中に取り入れた寄稿者は、16人中4人(も?だけ?)居た。表紙の解説を書いた林修さんは省略するとして、3人の論者の言は全て素晴らしいので順に紹介してゆく。宮本憲一、斎藤真理子、藤原辰史である。 公害学の権威・宮本憲一氏は巻頭言で以下のように警笛を鳴らす。簡潔にして的を得ている。 新型コロナウィルスは、この社会のシステムの欠陥を明らかにした。被害の特徴は公害と似ている。公害は年少者・高齢者・障碍者等の生物学的弱者と社会的弱者に集中するので、自主自責に任せず社会的救済が必要である。金銭賠償で復元できない不可逆的絶対的損失を発生させないためには予防が第一である。新型コロナウィルスの被害も公害と同じようだが、予防が難しい。しかし同じく予見の難しい自然災害の予防で取られる「事前復興」対策が検討されてよい。まずは公衆衛生を軸とする医療体制の改革であるが、根底は被害を深刻にした東京一極集中の国土と文明の変革である。(1p) 宮本氏は、この後ペストと大火の後に行われたロンドン都市再建計画を紹介し、また、リニア新幹線計画をまず白紙に戻せと提案する。 翻訳家・斎藤真理子氏は、1949年に発表された林芙美子の「骨」という短編を俎上に乗せる。『晩菊・水仙・白鷺』(講談社文芸文庫)所収。戦後の最貧困の中の生活を描いた「結核小説」である。 老齢リウマチの父親、結核で寝たきりの弟、7歳の娘、自らも結核持ちで売春を始めた未亡人の4人家族が、お互い傷つけあいながら生活をする。熱心な従軍作家だった林芙美子が、戦争に負けた日本の男を丸裸にして晒す。そんな「刺身の断面」のような作品らしい。 斎藤氏は、今までは「最悪の場合に恐慌をきたさない危機管理のため」にこういう小説を読んできたという。しかし、それも現代では結核は克服出来ているという安心感があったからだ。これからは林芙美子に危機管理の役割を求めない、という。 「私たちは、これから何年かけて何を経験するのかもまったくわからない世界の前に立っている」からである。 歴史学の藤原辰史氏は、ずっと赤坂憲雄と往復書簡の連載をしてきた。今回の騒ぎで環境がすっかり変わったことを嘆きつつも、赤坂憲雄が東日本大震災の後に、東北とどのように向き合ったのか感じながら過ごしたという。何故ならば、それが歴史学者の自分にも迫っているから。 「第一次世界大戦のあと、(略)世界への変革の環境がこれほど整っていたにもかかわらず」何故それが第二次世界大戦に結び付いたのか。 「思考する人間たちがあれほど優れた作品を残しているのに、どうしてこの程度の社会しかいま存在しないのか」 「こんな時代は、この世の生を狂い歌う叙事詩を聴きたいのですが、残念ながらその名手であった石牟礼さんはあの世にいて、私はあのような狂気を歌う能力を持ちません。ただひたすら、未曾有のパンデミックと大失業時代に直面して、これまでの社会の矛盾が白日のもとに晒されたいま、当時を体験した人びとの声を聞き、それをまとめていくことしかできません」 アフター・コロナのあとに資するため、藤原さんは「未遂に終わった改革」の屑拾いをするらしい。私たちにできることはなんだろう。
2020年06月03日
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「風の谷のナウシカ1」宮崎駿 アニメージュコミックスワイド版 赤坂憲雄「ナウシカ考」を読んだあと、再読を誓っていた。やっと紐解いた。この豊穣な神話を、まとめて論じるなんて出来ない。一巻づつゆっくり書く。が、それでも粗筋を紹介する余裕はない。これは既に現代の古典なので、みんな一回は読んでいることを前提にして語らせてください。 私は何故か97年発行(66刷)しか持っていなかった。おそらく、初版から何度も引っ越しをしているので、無くしたかボロボロになって一括買い直したと思う。今回3回か4回目のナウシカ読みである。 ただ、ざっとレビューを読んで誰も言及していないので書くが、付録として、雑誌版の四倍はあるポスターがついていた。広げると、これが特異なもの。ナウシカが、剣や兜が砂に埋もれる戦場にガンを持って立っている。その側に風の谷の爺2人が周りを気にしながら仕えている。題名は「敗走」である。思うに、アニメのポスターとして、1番やってはいけない場面ではあるが、漫画版のポスターとして、作者宮崎駿の「決意」みなぎる付録だろう。何故なら、漫画版はアニメとは違い、主人公の勝利で終わる話と正反対の物語だったからである。 特典としてのもう一つのミニポスターの裏に、「トルメキア古地図」が見開きで付いている。今回気がついたのは、3つ。一つは、全七巻のかなりの構想がこの時点で出来上がっていた(クシャナ軍進路と三皇子軍進路の構成、土鬼(トルク)諸侯国と聖都シュワの位置が既に出来ている)。一つは「古地図」という書き方だ。巨神兵や腐海の設定は、我々から見たら未来譚のような気がするのだが、物語の時間軸からすれば過去譚(歴史書)として作られていることがわかる。一つは、中東を思わせる地形と地中海を思わせる内海、そしてナウシカの故郷・風の谷のなんと小さなことか。たった500人の自治国というのがよくわかるし、この地形ならば確かに迫りくる腐海を前に海風を受けて瘴気から守られているのも理解できる。それが永くは続かないことも。 いかん、内容に入らないと。それにしても、1巻目に(凡ゆる漫画家もそうだが)、登場人物の総出と世界観の提示と、最初のクライマックスを作るのがセオリーである。宮崎駿も例外ではなかった。けれども、その世界があまりにも巨大なために、粗筋を省略しても、半分もここで紹介できそうにない。もどかしい。 最初の世界設定は、表紙扉の裏に描かれる(アニメの冒頭場面)。しかしアニメよりも、若干詳しい。前文明は「大地の富を奪いとり大気を汚し、生命体を意のままに造り変える」「複雑高度化した技術体系」を持った「大産業文明」と規定される。結局、こういう世界は、我々の未来譚なのか、それともパラレルワールドなのか?(ここでネタバレしてしまうが)実はハッキリせずにこの大河物語は終えるのである。また、そういう終わり方にこそ、宮崎駿の問題意識があったと観るべきだろう。当然、ナウシカの使命は、この冒頭規定に対する闘いで展開されるであろう。 漫画では、王蟲とナウシカは会話ができる。しかもアニメとは違い、王蟲はまるで「知的生命体」のように話す。何故か、ということは最終巻で明らかにされるであろう。 宮崎駿は「1巻目のあとがき」で、ナウシカのモデルを明かす。1人は、ギリシャ叙事詩(←今気がついたが、ハイデッガーは叙事詩が描かれる時代を英雄時代と規定した)「オデュッセイア」に登場しオデュッセイウスを助け、終生結婚せず最初の吟遊詩人となるナウシカという運命の王女である。そしてもう1人は、「今昔物語」に登場する「虫愛づる姫」をイメージして生み出された、と宮崎駿は告白した。「虫愛づる」方がわかりやすいので、人口に膾炙されているが、重要なのはギリシャ神話の方だと私は思う。特に、吟遊詩人となるという彼女の運命は、最終巻を読むと納得できるのである。 王蟲を鎮める蟲笛は「ギギギギギギギギ」としか鳴かない。これで鎮めることができるという発想がすごい。三浦しをんさんの小学生の時アニメを観て自作した蟲笛は、工事現場に落ちていた灰色のプラスチックの管に糸を通して振り回し、ヒュンヒュン鳴らすものであったが、漫画版とは似て非なるものだった。まぁ小学生は、これを想像力で補正できるのかな。 風の谷のユパを歓迎する宴で奏でられるチェロやアコーデオンやタンバリンを模した楽器の独創性!しかも、おそらくこの小さなコマで一回しか使われていないという贅沢!こういう細かな設定が、ファンタジーを生きたものにする。 アニメのナウシカは、あくまでも平和を愛して実現させる聖女であるが、なんと1巻目から漫画版ナウシカは「血にまみれて」いる。ペジテの王女・ラステルの墓を暴いたことに血をたぎらせた彼女は、兵士を一発で殺している。しかも、トルメキア軍進の途中、ペジテの王子・アスベルは急襲して輸送船を破壊する。船から落ちる兵士や子供兵士たちの群れに入ってしまったナウシカのガンシップは、なんと何人もの兵士にぶつかり、黒い血を見せながら当たり殺して(もっとも落ちて死ぬ兵士の方が多かったろうが)いるのである。こんなに残酷な戦争場面は、漫画の歴史の中でも珍しいだろう。 メーヴェ、ガンシップ、バージ、コルベット等々と、小さな船から大きな船まで、飛行機の形が全て独創的。凄いとしか言いようがない。それらの戦闘場面では、現代戦闘機とはまるきり違う戦闘場面を描いている。比較できるとしたら、ちばてつやなどの零戦漫画だろうか。それらの漫画よりもはるかに複雑で高度な「絵」をつくっている。その点だけでも、過去の漫画との比較を是非観てみたい。 1巻目にして腐海の秘密はある程度は語られる。以下、腐海の底でナウシカとアスベルとの会話。 「きっと腐海そのものがこの世界を浄化するために生まれたのよ。太古の文明が汚した土から汚れを身体に取り込んで無害な結晶にしてから死んで砂になってしまうんだわ。この腐海の空洞はそうして出来たと思うの」 「そうだとすると、ぼくらは滅びるしかなさそうだな。蟲さえ住まない死の世界じゃ、きれいになってもしょうがない」 (私たちが汚れそのものだとしたら‥‥) 最後のナウシカの呟き、これはアニメにはない視点である。1巻目にして、ほとんどのテーマは既に出ている。だとしたら、7巻かけて、いったい宮崎駿は何を描こうとしたのか。それに向けて、ナウシカと共に、私も長い旅に出なくてはならない。1巻目のレビューにしては、少し長く書きすぎた。この辺りで、ひと休みする。
2020年06月01日
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