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朝日新聞の連載記事。朝日は「改憲は遠のいた。それは安倍政権が自ら潰したのだ。それは傲慢があったからだし、それが世論の反発を招いた」という趣旨の記事を昨日配信したようだ。「ようだ」と書いたのは、有料記事なので、下記以外は読めないからである。 だから具体的に批判できないが、私は「傲慢(ごうまん)」のせいとは思わない。それは国民が「明確に安倍首相は戦争できる国を目指しており、国民はそれを目指さない」と自覚していたからだ。ということだと思う。 その上で、安倍首相側に「事実を誤魔化して国民をコントロールできる」という「傲慢」があったかというと、あったと思っているけど、根本はそこではない。 でも、歴史は次第と引きずられるように戦争に入ってゆくことはあったし、これからも、特に日本人はあり得ると思うし、その危険はあまり減じていないとも思う。 ともかく、今朝の朝日のリード文を見て、私の思ったことはそれだけ。 連載考 最長政権 第1回改憲機運、自ら潰した安倍政権 傲慢が招いた世論の反発 編集委員・国分高史、星野典久、菊地直己 2020/8/30 5:00 有料会員記事 絶頂期は4年前だった。 2016年7月10日の参院選投開票日。自民党本部で当選者の名前に花をつける安倍晋三首相は、カメラに満面の笑みをたたえていた。最終的に3分の2を超える「改憲勢力」を衆参両院で確保した首相は、悲願の憲法改正について「しっかりと橋がかかったんだろうと思っている」との手応えを示した。 「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」。こんなビデオメッセージを改憲派の集会に送ったのは、その次の憲法記念日のことだった。 だが、その橋を渡ることはなかった。06年からの第1次政権で改憲手続きを定めた国民投票法を成立させた安倍首相だが、2次政権では具体的な改憲案を国会で議論することはできなかった。28日の退陣表明の会見では、「憲法改正、志半ばで職を去ることは断腸の思いであります」と無念を語った。 なぜ首相は憲法改正を進められなかったのか。 12年末の政権奪還直後は、参… https://www.asahi.com/articles/ASN8Y7HGGN8YULZU003.html
2020年08月31日
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「火定」澤田瞳子 PHP出版 天平年間、平城京における裳瘡(天然痘)の流行を扱った医療時代小説である。天然痘はウイルスが原因だ。古代何度もパンデミックが起きている。現代は根絶しているが、我々世代は何れかの肩に昔のワクチンの痕(あと)が必ず微かに残っている。しかし、古代は天然痘で生き残った者には一生痘痕面(あばたずら)がついて回った。 天平9年(737年)、京内の病人の収容・治療を行う公的施設、施薬院では、天然痘の発生から忽ち大パニックに陥る。いわゆる医療崩壊である。何しろまともな医師が1人しかいない。庶民は怪しげなまじない札を高価格で買い、フェクニュースに踊らされて外国人襲撃を始める。現代でも起こりそうな事を上手いこと時代小説に取り入れている。 澤田瞳子の小説は2冊目。2つとも、古代文献や最新考古学資料を読み込み、奈良の都の位置関係を我が庭のように描いているのには好感を持った。 その中で、施薬院での重労働に逃げ出そうとする若い看護人、立身出世の夢を陰謀で断たれた元医師、天然痘で生き残り病人を救うことに自分の存在意義を求める医師、世の中を悪弊を憎みながら、それを拡大させて都をパニックに陥れる元囚人、その他様々な人が入り乱れて、病の収束に向かってゆく。 ただ、最後までのめり込めなかった。上橋菜穂子「鹿の王 水底の橋」の厳密な医療描写を読んだばかりだったからか、同じウィルスパンデミックに晒されている今の私たちには違和感のある描写がある。確かに綱手医師は昔30年前の流行時に抗体免疫ができていると思う。諸男も一回できているだろう。しかし、その他の施薬院の若いスタッフは完全に「濃厚接触」をしている筈なのに、十数人全然感染していない。 未知の病に命を賭して治療に向かう医療スタッフを描くことで、人の生き方を問うストーリーには共感する。が、少し歌舞伎節のように、若いスタッフのはっとそれと気がつく過程がわざとすぎる気がする。これだと、直木賞は私はダメだな(←えらそー^_^;)。 なお、本書とは直接関係ないが、最近観た岡山県の『災害の記録』展で、天然痘ワクチン接種に貢献した緒方洪庵の弟子、難波医師の事を初めて知った。このような全国的には有名ではない医師の、命をかけた献身があって現在の医療体制があるし、今現在コロナ禍の下で同じ献身をしている医療従事者がいる事を想い、展示品説明を以下にそのまま転記する。 難波抱節著『散花新書』三冊 嘉永(1850年)3年 岡山藩の家老、日置氏の侍医で、御津郡金川で開業した難波りゅうげん(立と原+心)(号は抱節)は、緒方洪庵から牛痘苗を譲り受け、金川で3000名に種痘を行いました。しかし安政5年のコレラの大流行で治療にあたる中、みずからも感染して翌年に死去しました。『散花新書』は種痘について記した主著で、展示品は版行された原本からつくられた手写本です。
2020年08月30日
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「ビッグイシュー389号」ゲット! 日本版では、これが5回目の表紙らしい。悲しいことに、今年6月、ホームレスのボーエンに寄り添い彼にセカンドチャンスを与えた、「ボブ」が交通事故で天国に行った。ストリートからやってきてストリートに還った。正にボブらしい一生だった。ボブの凄いのは姿形ではななく、ホントにネコか?と思うほどにヒトの気持ちが分かり、自立していることだった。あともう一つ映画が残っているらしい。ちゃんと見てみよう。 特集「コロナ禍を生きのびる」では、稲葉剛さん、藤田孝典さん、竹信三恵子さん、フードパンク関西の活動報告があった。 少しずつ、政府支援も民間も現実に合わせた支援を広げている。絶望しないで、誰かを頼ってほしい。必ず道はある。 池内了さんの「市民科学メガネ」では驚きの科学的知見が語られていた。ヒトも熊とリスと同じく「冬眠」が可能な可能性が出てきたらしい。リスはネズミと比べると2-3倍の寿命を持っているという。つまりヒトは冬眠が可能になれば、200年生きることが可能になるということなのか?「どういう社会になるのか、考えるのが少々怖くなりますね」。 「表現する人」No.5は、川越ゆりえさんの作品群。一瞬普通の昆虫標本かと思いきや、よく見ると「弱虫」や「嫉妬」や「嘘つき虫」として作った虫だった。ネガティブなな感情を虫で表現したらしいが、見るとクスッと笑えるものを目指したという。そういう中で癒える心があるという。ところが、写真で見れば見るほど、私は恐ろしくなった。
2020年08月29日
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「ビッグイシュー388号」ゲット! 表紙はスペシャルインタビューのジェームズ・ノートン。「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」で、実在の記者ガレス・ジョーンズを演じる。実は、この俳優のことも、ガレス・ジョーンズのことも、そうしてスターリンの政策が作った人工的な大飢饉「ホロドモール」のことも初めて知った。けれども、微かに目の片隅で見ていたことなのだ。ノートンはつい最近観た「ストーリー・オブ・マイライフ」に出ていたらしい。えっ、誰?ニューヨークでジョーが出会ったインテリのこと?ホロモドールも、スターリンの様々な悪政の一つとして聞いていたかもしれない。けれども、その下でウクライナという場所で300万人が飢え死にした実際の出来事を知ろうとはしなかった。やはりこの映画見なくてはならないと思う。 日本にも埋もれている恥ずかしい歴史がある。映画「沖縄スパイ戦史」で初めて知った、「戦争マラリア」である。陸軍中野学校出身者の山下虎雄が、軍人であることを隠して波照間島に渡り、ある日豹変して住民をマラリア有病地である西表島に事実を隠して強制移住させる。結果、八重島諸島では米軍との戦闘がなかったにも関わらず、当時の人口の10%がマラリアで死亡した。波照間島民はなんと人口の30%552人が死亡した。ということが明らかになったのは、ホントつい最近である。千葉県の学生だった大矢英世さんが八重島毎日新聞社インターシップで知って、調査をして、島に2年間住み込んで初めて聴けた証言で明らかになったのである。軍隊は公(戦争)のために住民を犠牲にすることを、全く厭わない。その彼らの行動原理が、実によくわかる例である。「沖縄「戦争マラリア」」(あけび書房)読もうと思う。 特集は「3つの石がつくった地球」 リード文は以下の通り。 海岸や川原で美しい石ころに心ひかれ、珍しい石を拾った経験はありませんか? 一説には3000種類以上もある石の世界。それを知るには身近すぎたり、敷居が高いと思いこんでいませんでしたか? しかし、「石が地球をつくった。3つの石を知れば、石の本質がわかる」と、自称「石屋」の藤岡換太郎さんは断言します。3つの石とは、原始地球が現在の地球となるのに大きな役割を果たした「橄欖(かんらん)岩」「玄武(げんぶ)岩」「花崗(かこう)岩」。太陽に近い地球はケイ素の占める割合が高く多種多様な石を生み、さらに多くの生き物が生きられる大陸をつくった、と深海潜水のプロでもある藤岡さんは言います。 小学生の時に道端で拾った赤い石がきっかけで石の世界に足を踏み入れた矢作ちはるさんは、石の物語を綴った『石の辞典』にまとめました。 藤岡さんに「3つの石と地球の誕生」について、矢作さんに「石をめぐる物語」を聞きました。ようこそ、ストーンワールドへ。 このうち「玄武岩」は黒土が固まってできたような細かい目の黒石。「花崗岩」は、大陸地殻と位置付けているだけあって最も身近だ、墓石によく使われる。よくわからないのが、宝石のような緑石の「橄欖(かんらん)岩」。地球のマントルをつくっている石らしい。こんな石がマグマなのか?ダイヤモンドの元になっているらしい。なんか、奥が深い。これ以上入り込むと危険だ。撤退!
2020年08月28日
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「鹿の王 水底の橋」上橋菜穂子 角川文庫 上橋菜穂子の物語は、文庫本になった時に、いつも「この物語は今日のことを予見していたのか」ということが起きる。 「精霊の守り人シリーズ」の文庫本の最終巻が出る直前に3.11が起こり、山津波にのまれてゆく王国は、津波にのまれてゆく東北の姿に重なった。文庫本「獣の奏者4」が出る頃は、最終兵器王獣をどう扱うかが、原発再稼働に揺れる日本(2012年)と重なった。そして世界ではISが台頭し軍事的制裁の意味が世界的に問われた。「鹿の王」文庫化の時は、著者のお母さんの闘病と死亡の後に発刊され、命の意味を我々に問いかけた。そして図らずも、この本の文庫化の時には、100年ぶりの世界的パンデミックの最中だった。全て本編を描いていた頃には、想像だにしていなかったであろう事である。 ファンタジーであろうと、いや、ファンタジーであるからこそ、上橋菜穂子作品は社会の核心を突いて未来を予見するのだろう。 2020年3月28日に「文庫版あとがき 私たちはいま、歴史を作っている」を書いた著者は、日本が最悪の事態に陥った場合のことを心配している。感染症について、玄人はだしの知識を持っている著者の心配は充分根拠あるものだったが、専門家の誰もがわからない「要因X」によって今のところ医療崩壊は起きていない。 「感染症は社会的な病である」と著者は喝破する。だから、この「鹿の王」スピンオフでは感染症はテーマに選ばなかった、と著者は言う。話が大ごとになりすぎるからである。パンデミックを経験した我々には、十分に肯けることだ。その代わり、ここでは一つの食中毒症状が、次期皇帝争いにまで影響を及ぼす。一つの病が、貴賤関係なく人の人生に大きく影響を及ぼすのだから、社会的なインパクトを持ってドロドロとした権謀術数に利用されるのも仕方ないのかな、と思う。お陰で今までになくミステリな作品になった。 ミステリと同時に、医学の進歩と命の尊さについての重要な「哲学的な問答」が、全編にわたり為されるのであるが、ここで要約するのは到底できない。是非読んでほしい。 最後。主人公ホッサルの恋人ミラルの笑顔が、ミステリとしては意外なラストであり、哲学的には救いだった。
2020年08月27日
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8月23日、岡山シティミュージアムにて「災害の記録」展があり、見てきた。お目当ては、漱石が被災した明治25年の水害で漱石の行跡が少しでも展示されていないか、確かめたかったのだが、それはなかった。 ただし、想像以上に豊富な資料があった。古文書が読めたら楽しいのだろうが、まぁ雰囲気だけでも楽しめた。 【全体の口上】 【安政の大地震】 【昭和21年南海トラフ地震の記録】 【水害の記録】 【明治25年の水害の記録】 【感染症の記録】
2020年08月25日
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「岡山の夏目金之助(漱石)」横山俊之 熊代正英 岡山文庫 現在岡山シティミュージアムで「災害の記録」展をしている。江戸や明治時代の地震やコレラ等の興味深い展示と共に水害の展示も多くあって、あることを思い出したので、本書を紐解いた。 明治25年の7月、岡山市街を通る一級河川旭川が氾濫する。ミュージアムには、破損箇所見取り図、義捐金報告書、免租年期願いなどの資料があって、私の目当ての資料はなかったのだが、実はこの時、たまたま親類の家にやってきていた夏目漱石が被災している。そのことを詳細に述べたのが本書である。 10年ほど前、この時の漱石がしたためた正岡子規宛の書簡を調べたことがある。漱石は、現在の県庁南辺りにあった片岡邸(旭川土手の直ぐ下)で被災して一旦天神山の旧県庁に避難している。その後、上之町の資産家、光藤家離れに8日間ほど滞在、その後片岡邸に戻った時の事をこのように記している。 「…帰寓して観れば、床は落ちて居る畳は濡れて居る、壁は振い落してある、いやはや目も当てられぬ次第。四斗樽の上へ三畳の畳を並べ、之を客間兼寝処となし、戸棚の浮き出したるを次の間の中央に据へ、其前後左右に腰掛と破れ机を併べ是を食堂となす.屋中を歩行する事峡中を行くが如し。一歩を誤てば橡の下に落つ。いやはや丸で古寺か妖怪屋敷と云ふも猶形容し難かり。夫でも五日が一週間となるに従ひ、此野蛮の境遇になれて左のみ苦とも思はず。可笑しき者なり。(略)実に今回の大水は、驚いたような、面白いような、怖ろしいような、種々の元素を含み、岡山の大洪水、又、平凹凸一生の大波乱というべし‥‥」 さすが漱石、子規宛書簡といえど描写が真に迫っている。「丸で古寺か妖怪屋敷」の景色は、つい最近、2018年倉敷真備の大水害でボランティアに行った際の家々の状況で見たばかり。私も、漱石同様被災者本人ではないので「驚いたような、面白いような、怖ろしいような」感慨を持った覚えがある。 ただし、この本はお医者さんで郷土史家の横山氏が発掘した事実を記しただけの本であり、漱石のこの体験が漱石の文学にどう影響したか等の分析は一切ない。まぁそれも小気味良いんだけどね。 私はこれは「かなり特異な経験」だと思うのだが、のちの漱石文学に影響したと思える箇所が一つもないように思える。そのことが、却ってずっと不思議なのである。
2020年08月24日
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南スーダンの日報を隠微して、「戦闘」を「衝突」と言い逃れしたあの頃から1ミリも変わらぬ伏魔殿体質。 やがて、参加者からの発言で内容がバレてゆき、来年あたりに議事録開示となるのに違いない。 【独自】新型コロナ専門家会議の発言録入手 “検証”阻む黒塗りの壁 0 8/21(金) 12:06 配信 FNNプライムオンライン FNNは、分科会の前身で、政策決定に大きな影響を与えてきた専門家会議の発言記録を、情報公開請求で入手した。 現物は、ほとんどが黒塗りで、検証に課題が浮上している。 黒塗りばかりの文書。 これは、2020年2月の、政府の第2回専門家会議の速記録。 38ページ、1,352行にのぼるが、専門家の発言として開示されたのは、脇田座長が議題を伝えたことや、「ありがとうございます」といったあいさつなど、ごくわずか。 この会議の翌週には、政府は、全国一斉の臨時休校を政治判断として要請していて、この会議でも、何らかのやりとりがあった可能性もある。 少ない開示部分から、議題として、「学校におけるコロナ対策」が上がっていたことがわかったが、公表された箇条書きの議事概要にも関連する記載はなく、会議の内容がきちんと公表されていたかどうか、疑問が残るものとなっている。 黒塗りの理由について、内閣官房は「公表すると、率直な意見の交換が損なわれるおそれがある」としている。 「3密の回避」に「新しい生活様式」。 専門家会議は、政府の目玉政策を生み出していて、意思決定を専門家が行っているとの指摘も一時あった。 それだけに、議事録は、政策決定のプロセスを示す重要な記録となる。 しかし、会議の重要性とは裏腹に、議事録については、率直な意見交換をすることを優先し、初回の会議で概要のみ公表することを決めた。 今回、FNNでは、公開されている箇条書きの議事概要では、そのもととなった議論の詳細がわからないため、記録を情報公開請求した。 しかし、開示された速記録は、ほぼすべて黒塗りだった。 西村経済再生相「まさに歴史的緊急事態ということでありますので、記録をしっかりと残して、将来の検証、また、今後来るであろう、感染症対策にも備えていかなければいけない」 西村経済再生相は、速記録を将来的に公表する意向だが、国立公文書館に移す10年後となる見通し。 わたしたちがこの黒塗りの下を目にするのは2030年代になりそうで、歴史的事態をどう検証するのか、検討を続けることが求められる
2020年08月23日
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「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」ターリ・シャーロット 上原直子訳 白揚社 「とても重要なメッセージを持つ人や、最も役に立つ助言のできる人が、必ずしも絶大な影響力を持つわけではないように私は感じる。怪しげなバイオ技術に数十億ドルを投資できるよう説得できた起業家がいる一方で、地球の未来のために取り組むように国民を説得できなかった政治家もいる。」(7p) 著者が「わかりやすい例」として取り出したのは、2015年9月大統領共和党候補者の決定に寄与した討論会のTV番組である。カーソン候補は「知性」を狙ってきたのに対して、ドナルド・トランプ候補はその他全ての部分に訴えたのである。結果、ドナルドが大統領になった。 現在、大量の情報が個人に押し寄せている。そのことで、かえって自分の信念に固執するようになっている。彼らが意見を変えるのは、「意欲や感情に訴えかけられた時」である。この本は脳科学者らしく、その事やその他の要因を一冊かけて詳細に述べてゆくだろう。 以下私的メモ(これは、私に有用だと思える事柄を羅列したメモであって、皆さんに分かりにくい書き方もある。読み飛ばしても構わない事柄です。もし、以下の事柄があなたにも有用だと感じられたとしたら、それはあなたが主体的に感じ取ったからです) ・事前の信念を持つ人に対して、間違いを証明しようとすると拒否感が出る。共通点に基づいて話をすることによって、相手の行動に影響を与える。 ・アイデアを伝える最も効果的な方法の一つは、気持ちを共有すること。感情はとりわけ伝染しやすい。 ←芸能人のコロナ死は、だからあの時最も効果的だった。 ・電光掲示板に「現在の手洗い率」をリアルタイムで示すことで、10%から一気に90%に跳ね上がった。 ←3、4月に都内の駅や交差点の人出率を毎日テレビで映したのは、だから最も効果的だったということなのだろう。実際一気に人出率が下がった。 ・恐怖や強制によって行動させ影響を与えることは難しい。反対に、選択肢を与えて主体性を高めると、相手は話を率直に聞く。大切なのは、認識であり、客観的事実ではない。「今日は◯◯の日よ」と思い出させる、というやり方で行動に移させるという認知症老人への呼びかけもある。 ・映画「サイドウェイ(2004)」で主人公マイルスが「メルローなんて俺は死んでも飲まないぞ」と言ったために、メルローの売り上げかガタ落ちした。反対に彼が好んだピノノワールはうなぎ登り。両親や影響力のある人を真似るのは、本能。 ・ヒトは言葉を発して数万年経ち、5200年前に書き言葉が現れ、600年前に印刷技術、20世紀初頭にラジオ、50年代に一般人向けテレビ、90年代からインターネット、現代では誰もが情報を共有して他人に影響を与えるようになった。しかし、数万年間、脳の基本的な組織に著しい変化は見られない。 ←つまり、「昔ながらのやり方」で大量の情報を処理しきれない大衆に影響を与えることは、実際可能なようだ。コロナ禍後の世界が心配だ。 ←しかし、脳から脳へ、直接影響を与える実験は既に始まっているらしい。「第四間氷期」のように死人の脳から犯人を見つけるのはもう直ぐなのかもしれない。
2020年08月22日
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「さすらい猫ノアの伝説」重松清 講談社文庫 「おめでとうございます! あなたのクラスはノアに選ばれました! ノアはきっと、あなたたちのクラスが忘れてしまった大切なことを思い出させてくれるはずです」 ある日突然、やってきた黒猫。名前はノアというらしい。何気ない日々のなか、ノアが心に届けてくれる「宝物」。〈帯の紹介文から〉 昔は重松清の文庫本はコンプリートで読んでいた。多作作家なので、いつの間にか追いつかなくなり、ここ10年で読んだのはたった10作ほど。全然追いついていない。だから忘れていたのかもしれない。重松清作品の「大切なこと」。 いつも今どきの「当事者目線」を忘れない。お父さんが主人公の時も、中学生が主人公の時も、こんなふうに小学生が主人公の時も。決していい子だけの描写にしない。悪い子にも中にキラリと光るものを見つける。ともかく、その匙加減が憎いほど上手く、時々涙を誘う。この人はまず時代ものは描かない。(本格)社会派も、サスペンスも、SFも描かない。ともかく現在をじっくり見つめて、その中に「大切なもの」を発見する。 さすらい猫ノアは、子どもにしか見えない。そのクラスの問題が解決したら、他のクラスに移ってゆく。これって、座敷わらしじゃないか。ノアが万能すぎるかもしれないけど、子どもたちもすんなり信じるし、読者の我々にもすんなり設定が入ってゆく。 青い鳥文庫の2冊を一冊に合本。と、感じさせないほどに、大人にも納得のリアルな、びっくりするほどにリアルな小学生たちの大切なお話でした。
2020年08月21日
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「命の意味 命のしるし」上橋菜穂子 齋藤慶輔 講談社 NHK対談番組「Switch」の内容に往復書簡等を加筆して本にしました。斎藤慶輔さんは釧路湿原野生動物保護センターの獣医師でオオワシやシマフクロウなどの治療・保護をしてきた人。上橋菜穂子さんの「獣の奏者」の監修をしたことが奇縁で対談に至りました。 上橋菜穂子さんについては、あと1-2冊読めばコンプリートになります。それほど寡作なのです。彼女の新居の書棚がチラリと出てくるけど、専門書関係だけで700冊ぐらいあるらしい。彼女の書くのはファンタジーですが、なんでもアリではない、「特に、命あるものの生き死にに関わることで、うそは絶対に書きたくない」と決意しています。最新作の「鹿の王」で大部分を占める医療行為のほとんどがリアルなのは、そういうわけです。もっととんでもない医療設定があれば、主人公ヴァンのラストも変わったのかもしれません。「作者の都合」からウソは書かない作家なのです。 リアル「獣の医術師」というべき斎藤慶輔さんと話すことで、上橋菜穂子さんは、様々な創作のヒントを貰ったに違いありません。 例えば、 ・人間の赤ちゃんを助ける保育器は、シマフクロウを助ける機器として転用している。 ・林道を歩いていると、子供がしゃがんでいると思って近づいたら、ふわっと飛んでシマフクロウだったと気がつく。 ・猛禽も人と同じ構造をしているところがあり、古武道のように関節技をかけることもある。 ‥‥やがて、彼女の作品に生かされる日が来ることを願います。 異分野の2人が、対話をすることで、大切なことの答えを見つけ出してゆく過程も書いています。 (1)ワシもフクロウも、治してくれた医者にお礼は言わない。医者も自分がしたいからしている。何故、人だけが、傷ついた他者を治したいと思うのか?いずれ死んでしまう命なのに、どうして見捨てることができないのか?(上橋→齋藤) (2)日本で生まれ育ったのに、どうして越境し、背景が異なる人たちが生きてゆく世界を描こうとしたのか?(齋藤→上橋) 1番目の問いに対して齋藤さんは丁寧に回答を試みようとします。いろいろ書いているし、齋藤さんは決してこういう言い方はしていないのですが、結局は「それは人間の業だ」と私は思う(←失礼)。詳しくは読んでください。 2番の問いに対して、上橋さんも丁寧に答えます。「もし日本を舞台にした物語を描いてしまったら、日本の読者はきっと、自分のよく知っていることと照らし合わせて読んでしまう」。そうしたら、ファンタジーの魅力が激減すると思っているのらしい(←私はそうは思わない。特に舞台が弥生等の古代ならば。けれどもそれは私の勝手な意見ですね)。彼女に影響を与えた本がトルーキン「指輪物語」と、ローズマリ・サトクリフ「第九軍団のワシ」「ともしびをかかげて」「運命の騎士」なのも関係するのかもしれない。そして境界線の人々に興味を持つ。 小学生高学年向きの本。これを読んで、獣医師や作家を目指す子どもが出てきたら僕も嬉しい。それから、これを読んでフィールドワークに出るような学問を目指したならば嬉しい。私にとっては、ともかく上橋菜穂子ワールドが広がってためになりました。
2020年08月20日
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「第四間氷期」安部公房 新潮文庫 文庫本は昭和45年発行。平成19年現在39刷。昭和33-34年、雑誌「世界」連載。連載が終わって61年経っているのに、古くならないどころか、益々新しく、現代を批評しているかの如くである。 安部公房はまともに読んだことがない。純文学とか、不条理文学とかだと思っていたから。ところが、今回は全体の半分はSFで、半分はミステリだった。もちろん、純文学らしく何言ってるんだかわかりにくい所もある。私はそれを「現代版黙示録」として読んだ。いや、半分本気です。満州から引き上げる途中、安部公房は時空の裂け目に落ちて、神に導かれてちらりと未来を見て帰ってきたのではないか?だから、電子計算機(AI)が未来を語り、死者の脳から殺人事件の顛末を語らせるという不可思議な、しかし23世紀ごろには現実になりそうな現象も描けるのではないか? しかも、東野圭吾もあっと驚く、意外な犯人が出現する、というかそういう映画をたくさん観た現在ではほとんど予測はついたけど、エンタメミステリーも描かれる。 安部公房は、もしかしたら気温が41度を越すような日本の夏の風景を1-3秒で通り過ぎたのかもしれない。いや、もっと酷い未来を、例えば日本列島のほとんどが沈没しているような未来を神の目のようにチラリチラリと観て、還ってきたのかもしれない。小松左京が「日本沈没」を書くよりも10年以上前に、安部公房は黙示録的に日本の未来を描いた。大洪水のあとに暮らす我々の子孫。 未来予測機を開発した先生に、助手の頼木は言う。 「(先生は)観念的に未来を予測することには、強い関心を寄せられたけど、現実の未来に対してはどうしても耐えることができなかった」 それは、地球温暖化やコロナ禍の下、やがて近づくカタストロフィに「耐えることができなかった」我々のことを予測する言葉なのかもしれない。
2020年08月18日
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「あの日のオルガン」 1944年。警報が鳴るたびに防空壕に避難していた品川の戸越保育所では、幼い園児たちの命を守るため保育士たちが保育所の疎開を検討していました。さまざまな意見を持つ親たちを説得してようやく受け入れ先が決まり、埼玉の荒れ寺で疎開生活が始まります。 倉敷市出身の平松美恵子さんが実話をもとに脚本を書き監督しました。昨年2月ムービックス倉敷の観客は、ほぼ満杯の観客で応えていて、山田洋次監督の愛弟子作品らしく涙と笑いに包まれていました。 戦争映画や疎開映画は幾つかありますが、疎開保育園を正面から描いたのは、これが初めてです。未就学児童なので、村の子供との軋轢はない代わりに、保母さんがほとんど親代わりで約5-6人で53人の子供を面倒を見ています。食糧の調達、おねしょ問題など相当な苦労があったのだと思います。そして、そんな幼児と別れたくない親と子どもの葛藤も描かれます。 疎開日当日の感想。「今日見たことを覚えておきましょ。今日聞いたのは、空襲警報じゃなくて、みっちゃんのひくオルガンと子どもたちの歌声だけ。私たちには健康な体とほどほどの脳味噌がある。それ使って、私たちの文化的生活を作りましょう」戦時下でも、理想を胸に幼児教育をしていたのです。 新米保母のみっちゃん役の大原櫻子がとてもいい。見た目はもうホントに近所の中学生から駆り出された子供としか思えない。そういう彼女が、幼児の世話を命がけでする。彼女が子どもに慕われたのは、みっちゃんが子どもだからではありません。彼女が計算づくではなく本気の笑顔と言葉で接していたからだと思います。子どもはすぐに見抜くのです。 疎開保育園のリーダー楓役の戸田恵梨香もとてもいい。凛々しく、子どもたちの将来を第一に考え、冷静さを持ちつつも、勝負どころではたぎるような熱さを爆発させる「怒りの乙女」を見事に演じ切っていました。戦が終わって子どもたちを全員見送ったあとの最後の慟哭に、安堵・悔恨・解放感・全てが入っていました。 その他佐久間由衣、三浦透子、堀田真由、福地桃子などの次世代若手女優が大挙して出演しています。面白い笑い、さみしい笑い、悲しい涙、心温まる涙、様々な感情を引き起こすいい作品だったと思います。(2019年作品レンタル可能)
2020年08月17日
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「言葉はこうして生き残った」河野通和 ミシマ社 編集者はこうして書き残した ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 河野通和(こうの・みちかず)さんは、30年間中央公論新社で雑誌編集者として仕事したあとに、雑誌「考える人」の編集長に就く。毎週木曜日に発行してきた約300回分のメルマガから37篇を厳選して、テーマごとに分けて「編集」した文集が本書である。 編集者に名文家は多い。パッと思いつくのは吉野源三郎ではあるが、河野さんも、大学時代に出会った粕谷一希元中央公論編集長の名文に憧れて編集の門を叩く。名文とは何か。思うに、わかりやすく比喩が素晴らしいとかいうことだけではなくて、歴史や哲学などのさまざまな著述を引きながら、世の中の現象を読み解き、時代精神を探り当てようという「選びとる力」を持った文章だろう。 時代精神とは何か。 本書は政治・経済の解説・批判はなくて、ともかく良書を紹介して、作家に出逢い、別れを惜しみ、自らの想いを吐露することに終始する。そうやって紡いだ昭和の終わりから平成にかけての時代の上澄みが、結局のところ「編集者から見た時代精神」であると、私は勝手に定義する。 編集者らしく、ニヤニヤするところや、こんな本があったのか!という驚きが多数。読んでみたいと思った本は、また追々紹介するので省略するが、面白いと思ったところは以下である。 ⚫︎梅棹忠夫さんに影響を受け、反発してきた者として、ここに紹介されている良い文章の戒め2点は素直に腑に落ちるものだった。 ⚫︎誤植のアレコレは、久しぶりに読んでいて爆笑した。 ⚫︎「痕跡本」からアレコレと推理する愉しみを持つのは、良いアイデアだと思う。 ⚫︎「弁当の日」を始めた滝宮小学校校長が、最初の卒業生に贈ったメッセージが素敵でした。 ⚫︎岡山出身の編集者が、岡山出身の有名人・岸田吟香の数奇で特別な人生に興味を持つのは、理の当然だろう。「考える人」では、特集を組まなかったんだろうか。 ⚫︎「締め切り」を「守れなかった」野坂昭如と、野坂番たる著者との凄絶な闘いの記録は、面白いが追悼文だけに哀しい。 ⚫︎「一00年前の女の子」はいつか読もうと思うが、著者は先輩編集者たる船曳由美氏に、編集者らしい拘りを発見する。写真の選定、題字のフォント、そして活字の大きさ。そういえば、この本も「読ませるために」普通の本にはない少なくとも5点ぐらいの拘りがある。目次の作り方、頁表示の位置、題字のデザイン、1文字目のデザイン、引用文章のフォント等々。こういうことを含めて「本を作ることなんだよ」と我々に訴えている。 ⚫︎唯一2回に分けて掲載された「ハンナ・アーレント」。映画の台詞やアーレントの著書等の引用もあり、アーレントがナチスの高官アイヒマンを「悪の陳腐さ」と名付けて発表するまでを興味深く紹介している。著者が2回に分けたのは、アーレントの思想を紹介したかったからではなく、この歴史的文章を掲載した『ニューヨーカー』(カポーティ「冷血」やカーソン「沈黙の春」を発表した雑誌)編集長ショーン氏の、編集者としての「覚悟」を紹介したかったからに違いない。ハーレントの文章は、アイヒマンの罪を減じるかのような内容に、ユダヤ系から多くの批判が出たのである。2014年1月、著者は書く。「いまこれをいまの日本に置き換えたとするならば、どういうケースにあたるのでしょう。誰の、どんな思考がそれに相当するのか。また、この時代のアイヒマンはどこに潜んでいるのだろうか」。この時、日本で秘密保護法は通り、集団的自衛権の解釈変更がなされようとしていた事とは無関係ではないかもしれない。
2020年08月16日
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「流言蜚語」中谷宇吉郎 青空文庫 昭和20年8月16日、真夜中、北海道大学で研究していた中谷宇吉郎(岩波文庫「雪」の著者)は緊急の電話で寝入り端を起こされる。 「小樽へソ連兵が2万上陸した!」 「戦時重要研究書類を直ぐに焼却しろ!」 「すぐに集合するように!」 宇吉郎は取り合わずに、そのまま寝床に潜り込む。しかし、緊急電話が来たということは、それを信じた人々がとても多かったことを示しているだろう。宇吉郎は寺田寅彦の弟子であるから 「大体あの小樽の埠頭設備で、二万の武装兵力が上陸するのに何日かかるか、とても一日や二日で出来る話ではない。夕方まで何事もなかったのに、三時間や四時間後にもう二万の兵隊が出現しているとしたら、それはアラビヤンナイトの兵隊である」と、おそらく1秒か2秒で計算したのである(これより22年前に書かれた寺田寅彦「流言蜚語」も併せて読みたい)。 東京では、また別の流言蜚語が回っていた。 某区で「今夜アメリカの兵隊が来るから、米国の国旗を用意し、御馳走を作って待っているように」 という布告が回覧板で回ってきたそうだ。信じた夫人も多かったらしい。 私はこのコロナ禍のなか、ある噂話に出会った。岡山県はずっと陽性感染者が出なかった。そして遂に3月終わり頃に感染者が出始めた。その最初期の感染者の家族が、岡山市郊外のベッドタウンの小さな町に住んでいた。ここまでは、ニュースで私も知っていた。 「あの感染者は、家に落書きされたらしいよ」 「学校で子どもがいじめにあったらしいよ」 「もう引っ越したらしいよ」 ‥‥その話を聞いて私は「えー!そうなの?ひっどいなぁ」と丸切り信じたのである。実はこの話を信じている人は未だにたくさんいる。もはや岡山県南の数千人規模で信じられているのではないか?少なくとも、私は2ー3カ所から同じ話を聞いた。みんな「信じて」おり「憤慨して」いた。 ところが最近、私は当の町の県会議員から直接話を聞いた。 「噂話は知っています。その方は、私の知り合いですし、直接会って話も聞いています。落書きもいじめも、ましてや引っ越しなんて、一つもありません!」 真実の方が良かったのだから、良かったじゃないか、というなかれ!当の家族にしたら、もしかしたら物凄く大変なことになっているかもしれない。 これもそれも、「岡山は東京と比べると、田舎だからなぁ」とほとんどの県人が思っているからである。今から思えば「横溝正史の世界じゃないんだから、あの町でそんな陰湿なことが『起きるはずがない』」とどうして思わなかったんだろ?私はどうして真偽を確かめなかったのだろう。もしかしたら私は、1人くらいには同じ噂話をして流言蜚語を広める手助けをした覚えがある。ホントに恥ずかしい。ウィルス以上にそれは岡山県人を急速に広大に感染させている可能性がある。流言蜚語はウィルスのように目に見えないし、感染状況も目には見えないので、かえって恐ろしい。 中谷宇吉郎氏は言う。 『そんな馬鹿なはずはないと思われることは、どんな確からしい筋からの話でも、流言蜚語と思って先ず間違いはない。そういう場合に「そんな馬鹿なことがあるものか」と言い切る人がないことが、一番情ないことなのである。』 『「そんなことがあるはずがない」と言い切る人があれば、流言蜚語は決して蔓延しない。しかしこの「はずがない」と立派に言い切るには、自分の考えというものを持つ必要がある。そしてそのことは実はかなり困難なことなのである。特にこの数年来のように、もはや議論の時期ではない唯実行あるのみというような風潮の中では、その精神は培われない。 新日本の科学の建設には、まず流言蜚語の洪水を防ぎ止める必要がある。もっともそれが出来た時は、新日本の科学は半ば以上出来上った時であるかもしれない。』(昭和二十年十月八日) 残念ながら戦後75年も経った今、『新日本の科学の建設』は未だ出来上がっていない、と言わざるを得ない。
2020年08月15日
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「ビッグイシュー386号」ゲット! アップし損ねている7月前半号を紹介する。 冒頭に、何度も日本版の表紙を飾り下がり気味の販売部数を支えていた、英国・ジェームズ・ボーエン氏の飼い猫ボブが天に召された記事を読んだ。予想に反して、老衰で天寿を全うしたわけではなかった。なんと、交通事故に遭ったのだという。路上で、ふとボーエン氏に出逢い、路上でふと車に遭って生涯を終えた。ある意味、らしい一生だった。合掌。ボブ自身もまたもや出演した映画「ボブがくれた世界」は、今年後半公開されるという。 特集は「タネ、食の安全保障」。 リード文は以下のとおり。 すでに過去100年で世界の「在来種」の種苗は75%消滅。その危機感から、米国、EU、南米、アジアなどでは在来種を守る法律を導入しました。反対に、日本では2018年に主要農作物種子法が廃止に。種苗法も改正(許諾のない自家採種禁止)の動きがあります。 そんな今、地域のタネ(固定種や在来種)を守ろうとする人たちを取材しました。 高校生の小林宙さんは「鶴頸種苗流通プロモーション」を立ち上げ、日本各地で仕入れた伝統野菜のタネを販売。小島直子さん・丈幸さんは2haの田畑で米、麦、大豆、野菜などを育て、約60種類のタネを採ります。鈴木一正さんは自家採集のタネを保管・共有するジーンバンク「富士山麓有機農家 SeedBank」をつくりました。そして、印鑰智哉さんは「“地域のタネ”を守る法律をつくろう」と呼びかけます。 小林宙さんの「若いながらも」ひとりでタネを採取する事業を立ち上げる話には勇気をもらった。私も育てる方はやってみたい。 改憲をめぐる世論調査記事も興味深いものだった。35年にわたる護憲派・改憲派のグラフは、つくづく2004年の加藤周一による9条の会立ち上げがギリギリの時期だったのか、そして効果的だったかのを証明している。 台湾にもビッグイシューがあったんだ!今度行ったら買ってこよ!
2020年08月14日
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「アンと青春」坂木司 光文社文庫 私、梅本杏子(きょうこ)の母です。最近は杏子がデパート地下の和菓子屋さんにお勤めしていて、みなさんからずいぶん可愛いがってもらっているそうで、ありがとうございます。 みなさんからは、アンちゃんと呼ばれているそうですね。気持ちはよくわかるのですが、そうではなくても娘はあんころ餅体型のことは気にしていて、ちょっと自分を卑下しすぎているところがあって、その呼び方は大丈夫なのかと要らぬ心配をしてしまいます。そうなの、思いやりもある良い娘なんですけど、一つのことが気になるとグジグジ悩むところがあって大変なんです。 よく和菓子を買ってきてくれて一緒に食べています。和菓子の世界って、奥深いんですね。杏子がいろいろと蘊蓄を教えてくれます。全部先輩方の受け売りみたいなのですが、この前ひとりで調べていて何か生き生きとしていました。タンブラーに何か淹れて朝早く出て行ったりして。あの子もそろそろお年頃なのかしら。
2020年08月13日
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「十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの」高畑勲 徳間書店 現在岡山市で開かれている「高畑勲展」の図録で紹介していたので紐解いた。本書はたいへんな労作。絵巻物に、マンガ・アニメの源流があると説いたものである。なんだ、そんなことは良く言われていることじゃないか、と思った貴方、違います。こんな風にキチンと分析した書物は、それまで出版されなかった。実物を見せながら話を展開しないと、話が始まらないからである。本書は横開き多色刷りの豪華本であるが、著者が有名なために3600円の安価で出版できた。 日本のマンガとアニメを高畑勲はとりあえずこのように定義する。 「おもに輪郭線と色面で描かれた さまざまな絵を並べ(平明な絵で描かれ) それに言葉をそえて 時間とともに(コマ割やフィルムの流れとともに) お話をありありと語ったもの」 これはまさに中世からの絵巻物や絵とき、江戸時代の草双紙や浮世絵、覗きからくり、からくり幻灯芝居に共通する特徴である。しかも、日本には、子供から大人まで、庶民の生活や立ち振る舞いを好奇心いっぱいに活写した絵が多く、そういう絵は、ちょうどマンガを読むときのように、描かれた内容を追いつつ、画面に眼を近づけて細部の「絵を読」んではじめて面白さがわかるように描かれた、という。 もちろん、日本で花開いたマンガやアニメは、このような文化伝統を学んで作られたのではない。(←ここをはっきりさせているのは高畑勲の立派な所)海外から多くを学んで出発したものだ。ただ、日本において、何故こんなにもマンガやアニメが盛んになったのか、「その源泉をたどれば、やはり絵と言葉で語るという、私たちの文化的な好みと欲求の伝統に行き着くことになります」。 日本人は何故こんな文化的嗜好が発達してきたのか?本当のルーツは、日本語の独特の言語体系だという。漢字と訓読み、カタカナとひらがな、漢字かな混じり文を発明したのが日本語である。それによって、日本人は文字を視覚的な「絵」として認識してきた、と高畑勲はいう。13ヶ所に渡りその証拠を挙げているが、例えば、日本人は読みは分からなくても意味がわかる漢字をいくつも「絵」として知っている、名前を漢字の選択によって視覚的なイメージで多様化した(征子、雅子、麻紗子、まさ子。漫画、まんが、マンガ)、オノマトペの豊富さ、語り絵は文盲に対する絵とき用ではなく識字層の楽しみのためにまず制作された、等々。 そうして、高畑勲は「信貴山縁起絵巻」「伴大納言絵詞」について、そのアニメ的手法を解説する。その緻密さは、正に一つのアニメ映画を監督するくらいである。「シークエンス」「シーン」「クローズアップ」「フェイドアウト」「ズームイン、パン」などの用語を多用して、十二世紀に絵巻物が一挙に世界に例を見ない「時間の表現」「視覚効果」を自覚的に狙ったすごい映像作品である事を見せる。 この2つの絵巻物と「彦火々出見尊絵巻」「鳥獣人物戯画」は、全編を縮小版であるが解説している。有名場面を知っている人は多いが、全編をカラー絵を見ながら解説されたのを読んだのは初めて。それだけでも価値がある。 高畑勲は、1人の絵師の仕事じゃない。脚本家やプロデューサーに似た集団的な作業の賜物だと喝破する。その他、ここで書いている独創的な意見は多い。 彼の指摘の一つ一つが美術史的に大発見だと思うのだが、素人発言としてあまり注目されてきていないのではないか?とさえ思った。
2020年08月12日
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「農民芸術概論綱要」宮沢賢治 青空文庫 1926年、農学校教師を辞した賢治は、花巻市郊外に羅須地人協会という学習塾を立ち上げる。その時に作った講義覚書である。 おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった 近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない 自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか 新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である 第一講の覚書には、そう記されていて10講まである。 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」 50年前に、小学生用の伝記にも、「こう願った賢治は、自給自足の生活をしながら、農民の肥料設計を無料で引き受けて、一方ではたくさんの童話と、作曲とをしていました」という意味のことを書いていた気がする。私はかなり影響を受けたと思う。何しろ、その志半ばで死んでしまったのだから始末に負えない。 社会に出て、うす汚れちまった後では、賢治の生活は実家の援助なしでは立ちいかなかったことなどを知るのではあるが、またその思想の多くを法華経の仏典の中から借り受けたものだとも知るのではあるが、それでも、50年も薄暗い銀河の空気に濾過されて、私には稀有の結晶が残った。 青空文庫で、是非その全文を読んで欲しい。5分もかからない。 科学と理想は、いつか統一されなくてはならないだろう。 自然と労働と芸術が一体になりながら、笑いながら生活する社会は、いつか実現されなくてはならないだろう。 身近なところに音楽はあり、演劇はあり、詩歌はあり、写真はあり、絵画はある。 私たちは今は貧しいけれども、それでもすぐに素晴らしい芸術に触れることはできる。 (芸術の中に童話や小説が入っていないのは何故なんだろ) 風とゆききし 雲からエネルギーをとれ 職業芸術家は一度亡びねばならぬ誰人もみな芸術家たる感受をなせ 永久の未完成これ完成である
2020年08月10日
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「喫茶チェーン観察帖」飯塚めり カンゼン出版 たいへん残念な本。 私は本を読むのも、書評を書くのも、映画評を書くのも、8割方喫茶チェーン店かマクドで書いている。思うところがあって、家に冷暖房機械が無いので必然的にそうなっている。と、いうわけで周りにあるチェーン店は、庭同然なので絶対楽しめる本だと思い紐解いた。 個人情報保護の関係か、一切写真がなくて、ほとんど著者のスケッチと説明メモで構成されている。私は何故かこの丸っこい著者のメモ風文字が認識できなかった。 それから、私が注文するのは、一律にコーヒーか、モーニングなので、スケッチの大部分を占める膨大なドリンク・スイーツメニューには興味が一切湧かなかった。扱われている店は、流石に岡山では1/5ほどしかない。 各チェーン店の戦略目標みたいなことも確かに言及されているがメインではない。結果、発見のほとんどない、私にとってはつまらない本だった。
2020年08月09日
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後半の3作品です。 「名もなき生涯」 1943年8月9日、オーストリアの1人の農夫が処刑された。罪名は、兵役拒否。あのドイツにも良心的兵役拒否制度がなかったわけではない。病院勤務に移ることも可能だった。しかし彼は拒否する。何故ならば、そのためには「ヒトラーへの忠誠を誓う」ことが必要だったから。人を殺すのがイヤだから拒否したのではない。ヒトラーの戦争は間違っている、と思い、それを誤魔化すことができないから処刑されたのである。 軍事法廷判事(ブルーノ・ガンツ)が、何故そこまでの信念を持つのか、個人的に聞く。彼は云う。「わからない。人間は間違うこともある。けれども。私のフィーリングがそう命じている。信念を曲げるなと」 手練れた監督ならば、30分有れば感動的な話を作れると思う。しかしテレンス・マリック監督は、奇跡のような雲の上の高原の村の風景から始まり、彼ら夫婦の表情の一つ一つを撮り続ける。結果、3時間近い大作になった。正直少し退屈した。しかしこれこそがテレンスなのだ。 名は「フランツ」と、作品中で呼ばれていて、はっきりとしている。そんなに有名ではないかもしれないが、知る人ぞ知る名前だろう。何故この題名が選ばれたのか、それは最後のジョージ・エリオットの引用句で明かされる。その言葉に如何にハッとするかで、この作品の印象は、大きく変わると思える。 (解説) 伝説の映像作家テレンス・マリック、初の実話映画化 今、伝えなければと巨匠を駆り立てた〈名もなき生涯〉とは――?愛と信念でナチスに立ち向かった男を描く一大ヒューマン・ドラマ 五感を揺さぶる唯一無二の映像体験によって観る者を別次元へと誘い、今や生ける伝説と呼ばれる映画監督、テレンス・マリック。『天国の日々』(78)でカンヌ国際映画祭監督賞、『シン・レッド・ライン』(98)でベルリン国際映画祭金熊賞、『ツリー・オブ・ライフ』(11)でカンヌのパルム・ドールを受賞し、アカデミー賞監督賞にも2度ノミネートされるなど、確固たる称賛と評価を贈られてきた巨匠だ。 そんなマリックが、最新作では長編映画監督としての46年のキャリアの中で、初めて実在の人物を描く。第二次世界大戦時、ドイツに併合されたオーストリアで、ヒトラーへの忠誠と兵役を拒絶し、ナチスに加担するより自らの信念に殉じることを選んだ、フランツ・イェーガーシュテッターという一人の農夫の生涯を、自らの映像に刻みつけることを切望したのだ。 2019年、カンヌ国際映画祭公式上映において世界初披露されるや、鳴り止まぬ歓声を浴び、「人間の内面を豊かに描いた作品」に贈られる、エキュメニカル審査員賞を見事に受賞した。自身の最高傑作を塗り替えたという絶賛の声とともに送り出された、映画史に重要な足跡を残す一本が、ついに日本にもやって来る。 見事に受賞した。自身の最高傑作を塗り替えたという絶賛の声とともに送り出された、映画史に重要な足跡を残す一本が、ついに日本にもやって来る。 ヨーロッパの名優たちが知られざる人々を〈生きる〉平和への祈りが心を震わす、かつてない感動の物語 オーストリアの山と谷に囲まれた美しい村で農夫として働くフランツは、妻のファニと3人の娘と、穏やかで幸せな暮らしを送っていた。けれども、第二次世界大戦の戦火が日々激しくなり、フランツにも召集令状が届く。基地に出頭したフランツは、ヒトラーへの忠誠を誓う署名を頑なに拒み、直ちに収監される。非国民と責められ、孤独に耐えながら裁判を待つフランツを、ファニは手紙で優しく励ますが、彼女自身も村で裏切り者の妻としてひどい仕打ちを受け始める──。 フランツには、ヨーロッパで数々の賞に輝き、『イングロリアス・バスターズ』で国際的に注目されたアウグスト・ディール。マリック監督のたっての希望から主演を務め、罪なき人々が殺される戦争への憤りを強い眼差しで表現する。ファニことフランチスカには、『エゴン・シーレ 死と乙女』でオーストリアの栄えある賞を受賞したヴァレリー・パフナー。ひたむきな瞳が、愛とは相手のすべてを尊重することだと教えてくれる。さらに、先ごろ亡くなったヨーロッパ映画界最高峰の名優、『ヒトラー ~最期の12日間~』のブルーノ・ガンツが、判事役でスクリーンに厳粛で深い感銘をもたらす。その澄み渡った音色に心洗われる音楽は、アカデミー賞に8度ノミネートされた『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』のジェームズ・ニュートン・ハワード。 なぜ、政府や軍に脅されても市長や神父から説得されても、フランツは最期まで己の信念を貫き通したのか? そこで彼が見つめていたものは何だったのか。神の存在すら身近に感じさせるあまりにも美しい光と風景のなか、ファニとの愛に満ちた胸を震わす書簡を紐解きながら、人間の真実と尊厳に迫る。 世界に再び争いの季節の足音が響き始めた今だからこそ、76歳を迎えた巨匠が作家生命をかけて人々に問う。知られざる男の〈名もなき生涯〉を力強く崇高に描き切った、観る者の魂を揺さぶってやまない感動のヒューマン・ドラマ。 2020年7月26日 シネマ・クレール ★★★★ 「カセットテープ・ダイアリーズ」BLINDED BY THE LIGHT 佐野元春のルーツがわかった。まるまるとんがった元春じゃないか。ならば、1981年にボクが元春にだけハマった理由がわかる。恋歌じゃ世界は歌えない。この歌は、僕らの世界を歌っている。若い時には、そういう時が必ずやってくる。(佐野元春はその後、リズム&ブルースを捨てて米国留学をしてしまう) サッチャーとレーガミックスにまみれた1987年、移民排斥と解雇の嵐は、正に現代の世界であり、日本のプロトタイプでもある。その時代で、自分なりに道を見つけたジャベドの姿は、何処かに日本の突破口のヒントがあるのかもしれない。 別れ際にお母さんにプレゼントしたときのお母さんの表情にウルッと来てしまった。どうしてボクは、そういうことができなかったんだろう。 (解説) 原作はパキスタンに生まれ、現在は英国ガーディアン紙で定評のあるジャーナリストとして活躍し、自身もブルース・スプリングスティーンの大ファンであるサルフラズ・マンズールの自伝的な回顧録。 監督は『ベッカムに恋して』をはじめ多くのヒット作を生み出し、自身も原作者と同じ境遇のグリンダ・チャーダ。 もちろん劇中にはブルース・スプリングスティーンの歌詞とメロディーも満載。映画化に際してスプリングスティーン自身の協力のもと、おなじみの名曲群がふんだんに使用されるほか、なんと未発表曲も登場。 自分らしい生き方を見つけた時の歓びと興奮をロックに乗せて、誰もが走り出したくなる感動作! (ストーリー) 1987年、イギリスの町ルートンで暮らすパキスタン移民の少年ジャベド。人種差別や経済問題に揺れる時代に、自分が暮らす町の人からの偏見や、パキスタン家庭の伝統やルールから抜け出したくてたまらない。ある日ブルース・スプリングスティーンの音楽と出会い、彼の世界は180度変わり始める。 監督 グリンダ・チャーダ 出演 ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ、ネル・ウィリアムズ、アーロン・ファグラ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ロブ・ブライドン、ヘイリー・アトウェル、デヴィッド・ヘイマン 劇中で登場する ブルース・スプリングスティーンの楽曲 ■ ダンシン・イン・ザ・ダーク(Dancing In The Dark) アルバム「ボーン・イン・ザ・USA(Born In The U.S.A.)」(1984年) ■ プロミスト・ランド(The Promised Land) アルバム「闇に吠える街(Darkness On The Edge Of Town)」(1978年) ■ 裏通り(Backstreets) アルバム「明日なき暴走(Born To Run)」(1975年) ■ ザ・リバー(The River) アルバム「ザ・リバー(The River)」(1980年) ■ 涙のサンダー・ロード(Thunder Road) アルバム「明日なき暴走(Born To Run)」(1975年) ■ バッドランド(Badlands) アルバム「闇に吠える街(Darkness On The Edge Of Town)」(1978年) ■ カヴァー・ミー(Cover Me) アルバム「ボーン・イン・ザ・USA(Born In The U.S.A.)」(1984年) ■ 明日なき暴走(Born to Run) アルバム「明日なき暴走(Born To Run)」(1975年) ■ 闇に吠える街(Darkness On The Edge Of Town) アルバム「闇に吠える街(Darkness On The Edge Of Town)」(1978年) ■ ハングリー・ハート(Hungry Heart) アルバム「ザ・リバー(The River)」(1980年) ■ ビコーズ・ザ・ナイト(Because The Night) ボックス「闇に吠える街~The Promise: The Darkness on the Edge of Town Story」(2010年) ■ ジャングルランド(Jungleland) アルバム「明日なき暴走(Born To Run)」(1975年) ■ 光で目もくらみ(Blinded By The Light) アルバム「アズベリー・パークからの挨拶(Greetings From Asbury ParkNew Jarsey)」(1973年) ■ 独立の日(Independence Day) アルバム「ザ・リバー(The River)」(1980年) ■ 暗闇へ突走れ(Prove It All Night) アルバム「闇に吠える街(Darkness On The Edge Of Town)」(1978年) ■ アイル・スタンド・バイ・ユー(I'll Stand By You) 未発表曲 上映時間:117分 2020年7月30日 TOHOシネマズ岡南 ★★★★ 「コンフィデンスマンJP プリンセス編」 嘘から出た真(まこと)を、真からやるのかと思っていたら、まさかのすべての作り事だった。最後の最後で「破綻」はないことは分かったが、危ない橋だし、結局ダー子の取り分はどうなるの?それで満足できるの? 最後で脚本を書き換えたとしか思えない。でも、破綻しているでしょ? 三浦春馬が生き生きと演じているのが、なんか不思議な気分。 (解説) 2018年に放映されたドラマ「コンフィデンスマンJP」の劇場版シリーズ第2弾。香港でし烈なだまし合いを繰り広げた詐欺師たちが、今度は大富豪一族が抱える遺産を狙う。シリーズの演出・監督を務めてきた田中亮がメガホンを取る。ダー子、ボクちゃん、リチャードを演じる長澤まさみ、東出昌大、小日向文世のほか、竹内結子、江口洋介、広末涼子らシリーズに登場した面々に加え、ビビアン・スー、北大路欣也、デヴィ・スカルノらが新たに出演する。 (ストーリー) 世界屈指の大富豪として知られるレイモンド・フウ(北大路欣也)が逝去し、彼の子供たちのブリジット(ビビアン・スー)、クリストファー(古川雄大)、アンドリュー(白濱亜嵐)が遺産をめぐってにらみ合うが、相続人として発表されたのは所在のわからない隠し子のミシェル・フウだった。すると、10兆円とされるばく大な遺産を狙うため、世界各国から詐欺師たちが集まりミシェルを装う事態になり、信用詐欺師のダー子(長澤まさみ)、ボクちゃん(東出昌大)、リチャード(小日向文世)もフウ家に潜り込む。 キャスト 長澤まさみ(ダー子) 東出昌大(ボクちゃん) 小手伸也(五十嵐) 小日向文世(リチャード) 織田梨沙(モナコ) 関水渚(コックリ) 瀧川英次(ちょび髭) 前田敦子(鈴木さん) ビビアン・スー(ブリジット・フウ) 白濱亜嵐(アンドリュウ・フウ) 古川雄大(クリストファー・フウ) 滝藤賢一(ホテルの支配人) 濱田岳(ユージーン) 濱田マリ(ヤマンバ) デヴィ・スカルノ(元某国大統領夫人) 石黒賢(城ケ崎善三) 生瀬勝久(ホー・ナムシェン) 柴田恭兵(トニー・ティン) 北大路欣也(レイモンド・フウ) 竹内結子(スタア) 三浦春馬(ジェシー) 広末涼子(韮山波子) 江口洋介(赤星栄介) スタッフ 監督 田中亮 脚本 古沢良太 音楽 fox capture plan 主題歌 Official髭男dism 2020年7月30日 TOHOシネマズ岡南 ★★★
2020年08月08日
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七月に観た映画は、少し鑑賞ペースが復活して6作品、まだまだいつもの調子ではない。でも少しずつ心と身体を治して(直して?)いきます。二回に分けて紹介する。 「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」 コロナ禍で、すっかり映画館に行かない生活が身についてしまった。一旦足が遠退くと、なかなか一歩が踏み出せない。私の悪い癖だ。ブリがついたら、また始まると思う。そういうわけで、今年のアカデミー賞の一端を賑わせた(衣装賞)今作を見ることにした。19世紀初めの北部アメリカの雰囲気がよく現れている。 邦題から、てっきり原作者の半生を「若草物語」になぞりながら作ったオリジナル脚本かと思いきや、思いっきりオルコット原作の脚色だった。だったら、「新・若草物語」とでもしてくれたらよくわかるのに。 最終シークエンスにおいて、これが一種の少女たちの理想姉妹物語の反映だとわかる。結婚、理想、恋愛、女性の理想を、ほとんど大きな葛藤もなく、妹の病死はあるが、悪い人は出てこないで着地する。「姦(かしま)しい」とは、こういうことを言うのか、とも分かる。 (ストーリー) しっかり者の長女メグ(エマ・ワトソン)、アクティブな次女ジョー(シアーシャ・ローナン)、ピアニストの三女ベス(エリザ・スカンレン)、人懐っこくて頑固な四女エイミー(フローレンス・ピュー)、愛情に満ちた母親(ローラ・ダーン)らマーチ一家の中で、ジョーは女性というだけで仕事や人生を自由に選べないことに疑問を抱く。ジョーは幼なじみのローリー(ティモシー・シャラメ)からの求婚を断って、作家を目指す。 (キャスト) シアーシャ・ローナン、ティモシー・シャラメ、フローレンス・ピュー、エリザ・スカンレン、エマ・ワトソン、ローラ・ダーン、メリル・ストリープ、ルイ・ガレル、クリス・クーパー、ボブ・オデンカーク、ジェームズ・ノートン (スタッフ) 監督・脚本:グレタ・ガーウィグ 原作:ルイザ・メイ・オルコット 製作:エイミー・パスカル、デニーズ・ディ・ノヴィ、ロビン・スウィコード 音楽:アレクサンドル・デスプラ 衣装:ジャクリーン・デュラン 2020年7月7日 MOVIX倉敷 ★★★★ 「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」 老いてなおみずみずしい感性を持とうとするウディ・アレン監督の脚本に驚嘆するばかり。 ミューズはミューズとして輝きながら、今回は美しい青年のみずみずしさにヒューチャーした。 アシュレーもギャッビーも、若き日のアレン監督さえ出てくる様なそんな遊びを見せながら、母親の出自を知った後の、彼の軽い自由さが心地よい。高等遊民の何処が悪い。その成れの果てのアレン監督自身が、その価値を証明している。 STORY 学校の課題として著名な映画監督ローランド・ポラード(リーヴ・シュレイバー)のインタビューをマンハッタンですることになった大学生のアシュレー(エル・ファニング)。彼女と恋人のギャツビー(ティモシー・シャラメ)は、それを機に週末をマンハッタンで楽しむことに。ニューヨーカーのギャツビーは、アリゾナ生まれのアシュレーに街を案内しようと張り切るが、ポラードに新作の試写に誘われた彼女が約束をキャンセルするなど、次々と予想もしていなかった出来事が起きる。 キャスト ティモシー・シャラメ、エル・ファニング、セレーナ・ゴメス、ジュード・ロウ、ディエゴ・ルナ、リーヴ・シュレイバー、アナリー・アシュフォード、レベッカ・ホール、チェリー・ジョーンズ、ウィル・ロジャース、ケリー・ロールバッハ スタッフ 監督・脚本:ウディ・アレン 製作:レッティ・アロンソン、エリカ・アロンソン 共同製作:ヘレン・ロビン 製作総指揮:アダム・B・スターン、ハワード・フィッシャー、ロナルド・L・チェズ 撮影監督:ヴィットリオ・ストラーロ 美術:サント・ロカスト 編集:アリサ・レプセルター 衣装:スージー・ベンジンガー キャスティング:パトリシア・ディチェルト 上映時間 92分 2020年7月18日 MOVIX倉敷 ★★★★ https://longride.jp/rdiny 「精神0」 前半は「精神」の様な緊張感ある映像が続く。どう緊張感があるか、というと、次々とやってくる患者さんたちは一見して普通の人と変わらない、ところが、一様に山本先生が辞められてしまうと明日から私はどうしたらいいのか、と不安を語り、あるいは十数年の診察に感謝する。緊張感持って観察していると、患者が何処かに病気を抱えていて、十数年間でやっとここまで普通に話すことができるようになったのだと納得する。 映画冒頭、おそらく県立図書館で開かれた退任記念の講演会映像がある。山本先生は云う。「この前身体の不具合があって、朝食や昼食食べるのも面倒になって軽い鬱のようになった。すると子供たちが、身体を動かさないと病気になるよ、食事を取らないと悪くなるよ、と云う。それができないから、こんなになっているんだ、と言いたかった。患者たちは、ホントにすごいと思う。ずっとこんな理不尽な周りの声に堪えてきたのだから」改めてホントにそうなんだなあ、こういう先生だから信頼を勝ち得ているんだな、と思った。 後半は、しかし認知症になった妻のために、寄り添いながら退官してゆく山本先生の姿、奥さんの容子さんのことをゆっくりと追う。時々12年前の元気な頃の奥さんの映像が挟み込まれる。見事に容貌が変わっている。現在は、一言で言えば貌がむくれている。今はすべての食事は、山本先生が買うか、貰っている。そのせいか、純粋に病気のせいなのか、奥さんは言葉少なになり、ゆっくりと老いていた。昔は先生の方が老けていたのに。それでも、2人は仲睦まじい。近所の奥さんの話友が見事に、60年間の夫婦生活を見せていた。 観察映画第九弾らしいが、ベスト3に入る傑作である。 introduction 「こころの病」とともに生きる人々がおりなす悲喜こもごもを鮮烈に描いた『精神』から10年— 映画作家・想田和弘が、精神科医・山本昌知に再びカメラを向けた ベルリン国際映画祭をはじめ世界で絶賛された『精神』(08年)の主人公の一人である山本昌知医師が、82歳にして突然「引退」することになった。山本のモットーは「病気ではなく人を看る」「本人の話に耳を傾ける」「人薬(ひとぐすり)」。様々な生きにくさを抱えた人々が孤独を感じることなく地域で暮らしていける方法を長年模索し続けてきた。彼を慕い、「生命線」のようにして生きてきた患者たちは戸惑いを隠せない。引退した山本を待っていたのは妻・芳子さんと二人の新しい生活だった…。精神医療に捧げた人生のその後を、深い慈しみと尊敬の念をもって描き出す。 病とは、老いとは、仕事とは、夫婦とは、 そして愛とは何か? 想田和弘監督自身が「期せずして“純愛映画”になった」と語る本作は、第70回ベルリン国際映画祭フォーラム部門〈エキュメニカル審査員賞〉を受賞。また、ニューヨーク近代美術館(MoMA) Doc Fortnight 2020のセンターピースとして上映されること早々に決定した。『港町』『ザ・ビッグハウス』を経て、さらに深化した「観察映画」の最新作は、そう、愛の物語だ。 2020年7月19日 シネマ・クレール ★★★★★ https://www.seishin0.com/
2020年08月07日
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「七帝柔道記」増田俊也 角川文庫 中学・高校6年間柔道をやっていた。団体でも個人でも優勝経験が無い弱小の柔道選手だった。けれども、七帝柔道の魅力と辛さには共感する。 柔道は過酷な競技だ。乱取り練習というものがある。私は体力が無かったから4分間を5本やっていただけで、立ちながら意識が飛んだことがよくあった。試合で絞められて気がつくと前後の記憶を無くしたこともある。あの頃から1センチも身長は伸びていないが、この数十年間ずっとプラス5キロー20キロの間を彷徨っていて、決して中量級のベスト体重に戻ろうとしない。あの頃は、毎日ご飯を三杯食べながら、全然体重は増えなかった。それだけの練習量だった。繰り返すが、私は弱小の柔道選手だった。(試合形式の乱取りが如何に過酷かは、オリンピック中継で、いつも選手のスタミナ切れが言及さることでも想像出来るはずだ) 北大柔道部は、立ち乱取りより数倍苦しい6分の寝技乱取り等、様々な乱取りを延々と繰り返す。最後に300回の腕立て伏せで閉める。これを「通常の」練習としている。更には合宿が年に7回以上ある。地獄の北海道警察出稽古。あ、あり得ない過酷さだ。そんな過酷な練習をしても、増田俊也が入った時点で北大は2年連続最下位だった。七帝柔道は、15人戦の抜き勝負、一本勝ちのみ、先鋒から三将までの13人が6分、副将と大将は8分、寝技への引き込みあり、膠着の「待て」なし、場外なし。我々が知るポイント制のオリンピック柔道とは異次元のものである。 これは寝技に特化した「練習量がすべてを決定する柔道」の世界を描いたものである。私は柔道は強くなれなかった。オリンピック柔道には、練習量と共に「センス(才能とも言う)」が必要だった。けれども、高専柔道の流れを汲む七帝柔道は、寝技だけを極め、やればやるだけ強くなるのである。 私の高校の古文の先生に、戦前に六高(岡大)で柔道選手だったという方がいた。ものすごい小柄で、どう見ても弱そうな方だったが、国体で優勝した巨漢の高校柔道コーチが尊敬していた。その方の凄さを理解したのは、高専柔道を描いた、井上靖「北の海」を読んで以降だった。 まるで戦前のような練習をこなしながら、実際はつい最近の86-87年の話である。何が彼らをそうさせるのか。私だけの経験で言えば、何十回と負けても、一回だけタイミングがあって強敵に勝てたことがあった。あの勝利が、これまでの人生で何度私を助けたことか。しかし、「まぐれの一勝」は、人生を丸ごと変えるほどに自分を助けてはくれないのも事実だ。増田俊也は、それとは別次元の練習をしていた。 この自伝的小説で、自分の本名で出ている増田俊也が、「柔道をするために北大にきました」と宣言するのも、共感はする。共感はするし頭ではわかるけど、私なら決して出来ないし、やりたくない世界でもある。延々と練習の描写が続き、一年目の七帝戦は読むのが苦しくて目を背けた(読むのを中断した)。 おそらく、全て事実なのだろう。あのベタベタな新入生歓迎行事も事実なのだろう。もう少し感動の展開を用意するべき、七帝戦の試合の結果も事実なのだろう。 「こんなので、何かを掴めるなんていう、著者の主張は理解できんね」 多くの読者が、本音半分ではそう思っているのは目に見えるようだ。学生時代の全てを練習に費し、マスコミにも登場しないし、就職にも有利にならない。私もよくわからない。けれども、わかる気がする。決して著者に阿(おもね)って言っているわけではない。 残念ながら、こんなにも長編なのに、増田俊也は、何も成し遂げることなく途中で小説は終わっている。ように見える。史上唯一の七帝戦を描いたこの小説は、大きなことを成し遂げているが、主人公の増田俊也は未だ何も成し遂げてはいない。連載が中断して10年、続編が刊行される気配がない。北大柔道部らしい、と言えばその通りではある。
2020年08月06日
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「図書2020年8月号」 (斎藤倫「本をひらいた時5」) 友人が女性を映画「タイタニック」鑑賞に誘った時に、沈んでしまうことを口滑らして怒られたらしい。 「タイタニック」において「沈む」はネタバレなのか?ネタバレが随分とタブーになったのはいつ頃からなのか。 「ぼくらは、そうやって、遠くに仮構した無垢を、ちびちび消費して生きているのではないかと思う。(略)子どものようなネタバレのない世界を、わくわくしながら、いつまでも待ち望んで。情報量とともに増える「伏線」に怯えながら」 実に詩人らしい表現で、それ以上に展開されないが、私はかなり「腑に落ちた」。 小さい頃から「虐め」に怯え、不況に怯え、コロナに怯えて育ってきた「平成の子どもたち」は、無垢な大人になりたがっているのではないか?だから、ネタバレなしの真相にいつも新鮮な驚きや悲しみを感じたいし、いつもドキドキする伏線を待ち望んでいる。膨大な情報量を「伏線」として理解したがっている。テレビがいつもわかりやすい「真相」を教えてくれると思っている。伊坂幸太郎作品に対するレビューがいつも「伏線回収を称える」ものになっているのも、そのせいかもしれない。伏線回収は伊坂の魅力の1割ぐらいでしかないのに。 ところで、「タイタニック」のいったい何処から何処がネタバレなんだろ?私は未だにわからない。 (橋本麻里「かざろ日本10奇想の花」) 夏の花は朝顔である。現代は様々な色の花が咲いているが、奈良時代から江戸時代にかけて、日本の朝顔には青い花しか存在していなかったらしい。今回は6pかけてアサガオ品種改良の話を書いている。ここまでまとまっている文章を他に知らない。江戸時代、品種改良のブームは二回起きたらしい。なんと、現代でも千葉県佐倉市国立歴史民俗博物館附属「くらしの植物苑」において、毎年江戸時代に生み出された変化朝顔の約100系統700鉢の展示があるらしい。時代小説に時々現れるアサガオの品種改良に血道をあげる輩の物語の一端を知れるかも知れないが、残念ながら今年は到底見に行けない。 他にもたくさん興味深いエッセイがあったのですが、帯に短し襷に長し、今回はここまで。
2020年08月04日
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開催が延びていた高畑勲展に行ってきた。アニメ制作に興味ある人だけでなく、アニメ映画が好きな人は必見の展覧会だったと思う。セル動画や絵コンテを展示して、昔のアニメを懐かしむ構成ではなく、60年代に高畑勲の演出が、如何に画期的で革新的だったかを明らかにするものであった。その革新性は、「アルプスの少女ハイジ」でも、「赤毛のアン」でも「火垂るの墓」「おもいでぽろぽろ」そして「かぐや姫の物語」でも、常に塗り替えられていったのである。「日本のアニメーション」を知るためには、この展示会は多くのことを教えてくれるのに違いない。 1968年「太陽の王子 ホルスの大冒険」で、高畑勲は初めて演出を任される。複雑なヒロイン造形、大群衆シーンの躍動感、アイヌの民俗叙事詩をモチーフに描く壮大な物語、スタッフの集団創作を可能にした緻密な企画意図の膨大な説明書などを見てもうもう圧倒された。いくつもの表や図を使って集団認識の共有を図っている。しかし時代が早すぎたのか、この映画はこけてしまう。高畑勲と宮崎駿は東映動画を去って、テレビの名作シリーズで新境地をつくる。 1973年、高畑勲、宮崎駿、小田部羊一は「ハイジ」のロケハンでスイスやドイツを訪れている。名作を生活感溢れる演出で一年かけてじっくりと作ったテレビシリーズの始まりである。原作のさまざまな改変を行なって、高畑・宮崎コンビはハイジの物語を「発見と解放の喜び」をファンタジーとしてまとめることに成功する。実際私は、社会人になった後に、DVDでずっとこれを見て辛い時期を文字通り救われた思い出がある。因みに冒頭、高原に着いた途端ハイジが着膨れの服を脱ぎ捨て下着姿で坂道を駆け上るシーンは、高畑勲が付け足した。 展示の中では、ここだけ写真撮影OKで、ハイジの世界を正確にジオラマにした部屋があった。おそらく、何処かの展覧会で作られたジオラマの流用なのだろうが、力作だった。汽車が動いていた。 「赤毛のアン」では、高畑勲は「痩せてギョロ目でソバカスだらけで赤毛」の少女を、登場時に可愛く描くことをさせず、やがて次第と美しくなってゆくという難しい課題を作画の近藤喜文に課した。しかも原作のアンのお喋りは、一切削らなかった。そういう演出によって、個性的な思春期の少女と育ての親を、「ユーモア」として描くことに成功させた。高畑勲によるシリーズ構成のためのメモの何という緻密さか。 高畑勲は絵コンテを描かない演出家として有名らしい。絶対書かないわけではなく、いくつか展示されている。確かにうまくはない。マルとして頭を描いていることも多々ある。宮崎駿は動画を描ける。しかし、設定と企画意図のノートは、おそらく高畑勲が圧倒していただろう。そうやって2人は切磋琢磨したのだ。 高畑勲は「ジャリン子チエ」(1981)から、日本を舞台にアニメを作り出す。「ゼロ弾きのゴーシュ」(1982)「柳川堀割物語」(1987)を経て、1988年「火垂るの墓」が作られる。原作を何処まで読み込むか。提示されたノートなどの資料は、我々に多くのことを教えるかもしれない。詳細なロケハンと共にリアルな作品が美術の山本二三、作画監督の近藤喜文・百瀬義行らと作り込み、永遠の夏の平和アニメのアイコンとなった。この作品では、色彩設定を場面場面で替えていった。「おもいでぽろぽろ」(1991)では、「山形編」でリアルさを出すために唇の動きさえアニメでリアルに再現した。一転「平成狸合戦ぽんぽこ」(1994)では、もう溢れかえるような設定画にお目にかかる。百瀬義行と大塚伸治による大量のイメージボードは、狸の生態や、化ける方法とそのレパートリーに関して、一生懸命にやっても人間にはほとんど効果がない「しょぼい感じ」を出すことを目指したらしい。なるほど!そうだったのか! そしてセルアニメを否定して、線で人物と風景を同時に描いて動かした「かぐや姫の物語」(2013)を遺して監督は逝ってしまった。
2020年08月03日
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「造山古墳と作山古墳」造山古墳蘇生会 吉備人出版 2018年シンポの記録。 皆さん、今は古墳ブームですが、造山古墳と作山古墳をご存知でしょうか?大きさで言えば、全国4位と9位ですが、どちらも天皇陵とは違い中に立ち入ることが出来て、造山は立ち入り可能の中では最大の古墳です。本格的な発掘は未だされていなくて、作山ではちょっと歩いただけなのに私、埴輪片を発見しています。何故、そんな凄い古墳が奈良(大和)ではなくて岡山(吉備)にあるのか?ということもちょっと興味そそりますよね。因みに、上石津ミンザイ古墳(履中陵古墳)と造山は5世紀前半前葉で時期と大きさ共に並行しているけれども、仮に造山が古ければ当時日本最大の古墳ということになります。つかみはこれぐらいにします。内容は予想よりも専門的でした。 昨年は、造山古墳のふもとに待望のビジターセンターができました。せめて博物館的な資料館が欲しかったのですが、ないよりはマシ。岡山県人としてはこのコロナ禍の下、一度は訪ねておくべき場所だと思っています。 例によって、私的メモを以下に羅列します。 ・3次元レーザー計測によって、正確な古墳設計が判明した。造山は正確に「歩」の単位で測り、綺麗に造営している。一段目から三段目を横から測ると「2・1・2・1・6・4」になる。数値は違うが、ミンザイ古墳も誉田御廟山古墳(応神陵)、仲津山古墳(仲津姫陵)も同じルール。しかし、作山は違うルールを採用。急いで作った跡が窺われる。(表紙の左が造山、右が作山) ・大仙陵古墳(仁徳陵)は、前方部を長くしているが、実際の造営の困難から言えば、造山から誉田御廟山までが、古墳造りのピーク。(以上新納泉氏の見解) ・総社市窪木薬師遺跡から、釜山福泉洞(ポクチョンドン)古墳群の鉄ていとヤジリと極めて似たものが出土している(造山周辺地域は渡来人遺跡が多い)。5世紀前半の濃密な交流の可能性。栢(かや)寺廃寺は伽耶だった可能性がある。(亀田修一氏の見解) ・造山古墳が築造された前後に、広い地域で集団の再編が行われた。(平井典子) ・(シンポ発言)古墳造りの匠の親方のような人がいたのではないか。専門家が複数いて、どこの専門家を連れてくるか?という ・(シンポ発言)いや、造山の前に吉備の「改変」があったといって「中央から大王墓が来る」と思っているわけじゃありません。中央とある程度連動する形で、吉備の中のまとまりが再編された可能性を考えています。(平井) ・佐古田堂山古墳や金蔵山古墳は380年頃の造営? ・好太王碑の「391年、倭がやってきた」から考えると、造山の被葬者が若い頃に朝鮮半島に行き、朝鮮人を連れて来たと考えることもできる。造山周辺に渡来系がいたのは間違いない。(亀田) ・造山と倍塚との築造順序 造山・千足→造山第四古墳→第二古墳 ・千足古墳は、石しょうの関係から肥後国、石室は讃岐産の安山岩、造山の造営は、吉備だけでなく、西日本全体の盟主であったことを具体的に示す古墳。 ⚫︎造山周辺の古墳(倍塚だけでなく、関連ありげな古墳など)紹介も充実。造山古墳を目当てに、吉備に来るのならば、この本は最も詳しく場所も特定出来るガイド本になっていると思う。一方で、一部の岡山の専門家でさえ唱えている「造山古墳は大王(天皇)墓である」説は、この本は採用していないようだ。しかし、私は、説得力ある説だと思っている。ま、素人だから無責任に言えるんだけどね。
2020年08月01日
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