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「眩(くらら)」朝井まかて 新潮文庫 藤沢周平の次の時代小説の担い手は朝井まかてかもしれない。 私はまかてのファンでは無い。読了もこれが3冊目だ。1冊目は、直木賞受賞直前で、「恋歌」の読者モニターで感想を送ってサイン本さえ頂いてはいるが、ファンにはならなかった。もちろん傑作だったが、女性の情念には私はのめり込めない。 それでも、これは「恋歌」よりも更に一歩踏み込んだ傑作だと思う。一頁一頁の書き込みが、そんじゃそこらの他の作家の比では無い。「自分は親父どの(北斎)の才能を引き継いでいない」と自覚しながら、のめり込まざるを得ない美の世界への執着を、これでもかと描いている。ドラマでは美人の宮崎あおいが力演していたのだが、私は北斎美術館のリアルなジオラマのお栄を見ている。痩せていて顎がしゃくれてお世辞にも美人とは言えなかった。コンプレックスを情熱に換えて、彼女は焔の見せる緋色と闇の中の光と影に美を見出す。それを表現する。その過程の描写にやはり、私は藤沢周平を想起した。 冨獄三十六景。小説では、お栄は失恋し、北斎は孫の時太郎の不良化に悩み、板元の西村屋は大火事で焼け出され、それらが末の逆転劇として描かれている。大判錦絵。 「景色に金子を出す物好きなんぞ、いやしねぇよ。三代目は自前で打ってでるらしい」 「正気の沙汰じゃねぇな。葛飾親父も三つ巴印の泥舟に乗せられなすって、気の毒なこった。情に流されてとうとう一緒に沈みなさるか。なんまいだぶ」 事前の評判は最悪だ。けれど北斎が提示した10枚に魅力されて彫り師も、摺し師も、当時の名人が集った。西村屋はそれを見て三十六景を提案する。 最初の刷りは、神奈川沖浪裏。今や、北斎のアイコンである。錦絵は、版木は8枚使われる。北斎も、8枚に色指定をしながら描かなくてはならない。それを寸分違わず彫り、寸分違わず摺る。それを三十六景仕上げる。全て富士山の絵で、趣向を全て変えて。今でこそ、我々は文庫本(岩波文庫)で観ることはできるが、当時としては大博打で、しかし、北斎の天才がなければ無理の趣向だったことは間違いない。初板摺が二百枚だった「冨獄三十六景(実際は四十六景)」は、5年後には軽く万を超えたらしい(とは言っても重版出来で潤ったのは西村屋だけらしいが、北斎の名前は売れた)。そして、細かいところはお栄が描いた。 文庫表紙にもなっているお栄の代表作「吉原格子先之図」。安政の大地震で浅草の山之宿町に移った、新吉原の図とは知らなかった。西洋画の陰影も取り入れながら、浮世絵しか描けない真実を描く。「命が見せる束の間の賑わいをこそ、光と影に託すのだ」くらくらするような傑作である。
2020年09月30日
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生活クラブ生協が、この前紹介した大矢英代さんの「沖縄「戦争マラリア」」の自著紹介寄稿を載せていた。わたしの書評よりもよっぽど分かりやすい。そのまま載せる。 https://seikatsuclub.coop/news/detail.html?NTC=1000000840 【寄稿】私たちが国家の "捨て駒" にされる時 ―沖縄戦から75年、いま何を学ぶべきか― ジャーナリスト・ドキュメンタリー監督 大矢英代 75年前、沖縄は激しい地上戦の渦中にあった。軍民合わせて約20万人が死亡し、沖縄県民の4人に1人が命を落とした地獄のような戦争だ。そのさなか、戦闘ではなく、日本軍の作戦によって病死した住民たちが3,600人以上もいたことはほとんど知られていない。 それは沖縄本島から南西に約400キロの海を超えた八重山諸島で起きた。この石垣島や波照間島などの島々からなる地域には、米軍が上陸せず、地上戦もなかった。にもかかわらず3,647人もの住民(総人口の1割相当)が死亡した原因は、日本軍が住民たちを風土病・マラリアの有病地に強制的に移住させたからである。これが沖縄で「もうひとつの沖縄戦」と呼ばれてきた「戦争マラリア」だ。 私が戦争マラリアを初めて知ったのは、2009年夏。ジャーナリストを目指す大学院生だった私は、石垣島の地元新聞社のインターンシップに参加していた。その際、米軍ではなく、味方であったはずの日本軍によって強いられた犠牲の歴史を知り、衝撃を受けた。すでに戦争マラリアの発生から64年の歳月が経過していた。体験者たちに直接会えるのは今が最後の機会なのではないか。彼らの肉声を映像で伝え残したい。そんな思いで一人、ビデオカメラを抱えて戦争体験者の家々を訪ねてまわるようになった。 西表島、南風見田の海岸。波照間島民が強制移住させられたかつてのマラリア有病地だ。海岸に広がるジャングル地帯に住民たちは粗末な小屋を建てて生活していた 「思い出したくもない。他を当たってくれないか」 そう玄関口で断られることも多々あった。なんとか口を開いてくれた体験者も、時に涙を流し、時に苦しみを浮かべ、言葉を絞り出すように記憶を語った。 「戦争マラリアはまだ終わっていない。それどころか、戦争の苦しみは体験者に一生付きまとい、苦しめ続けている。彼らの心に終戦はまだ訪れていないんだ……。」 体験者から話を聞くたびに、沖縄戦を過去の出来事だと思っていた自分を恥じた。現場に腰を据えて取材をしたいという思いから、2010年冬、大学院を休学し、日本最南端の有人島・波照間島に移り住んだ。戦争マラリアで当時の人口の3分の1にあたる約500人が死亡した。八重山諸島の中で最も大きな被害を受けた島だ。体験者たちとひとつ屋根の下で衣食住を共にし、サトウキビ畑で朝から晩まで一緒に汗水を流し、人間関係を築きながら、8ヶ月間ゆっくりと取材を重ねた。「本当は言いたくないが、あんたのためなら……」と体験者たちは苦しい記憶を紐解いてくれた。 戦争マラリアの取材を始めてから10年がたった今年2月、ルポ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を出版した。 あれから75年がたった今、どうしてもこの本を社会に届けなければならないという危機感をもって書き上げた。それは戦争マラリアの犠牲が、今再び起きようとしているからだ。 波照間島の自宅で私を8ヶ月間受け入れてくれた浦仲孝子さん。サトウキビ農家の孝子さんと夫・浩さんとは、ほぼ毎日一緒に畑仕事で汗を流し、ゆっくりと強制移住の体験を聞き取りしていった。 住民は日本軍にとって「危険な存在」となった マラリアとは、マラリア原虫をもった蚊に刺されることで感染する熱病だ。発病すると40度以上の高熱と悪寒に襲われ、悪化すれば死に至る。八重山諸島の人たちにとって「山に入ればマラリアにかかる」ことは周知の事実だった。駐留していた日本軍も、有病・無病地の場所を独自に調査、地図を作成するほど徹底した対策をとっていた。それにかかわらず、なぜ日本軍はマラリア有病地へと住民たちを追いやったのだろうか。 当時12歳、石垣島で強制移住を経験した潮平正道さんは、背景に日本軍の駐留と同時に始まった監視社会があったと話した。 「敵が来て爆弾を落されるのも怖い。でも戦争で一番怖いのは、国民同士がお互いに見張り合うこと。憲兵が住民を見張ること。兵隊はね、自分がいるところが敵に知られてしまえば、自分が殺されるという恐怖感をみんな背負っていたわけですよ。それが悲惨な事を起こしたわけ。戦争マラリアは極限の精神状態の中で起きたんです」 事の起こりは沖縄戦開戦の1年ほど前、大本営が沖縄を皇土防衛のための「不沈空母」と位置づけた頃にさかのぼる。圧倒的な戦力をもつ米軍に対し、敗退を重ねていた日本軍は、本土防衛の最後の砦として沖縄全土の要塞化を目指し、県内各地に日本軍の配備と基地建設を急ピッチで進めていった。 物資も人力も乏しい日本軍にとって頼れるのは地元住民だった。住民たちは、基地建設に欠かせない労働者となり、「現地自活」を基本としていた軍隊のための食糧供給を担う生産者になった。八重山諸島一帯を統括していた第45旅団司令部が置かれた石垣島では、比較的大きな民家には将校クラスの軍人たちが寝泊まりするなど、軍隊と住民の生活が混在する「軍民雑居」状況になっていく。 住民たちにとって、日本軍は「友軍」であり、尊敬と信頼の対象だった。 しかし、沖縄戦が近づくにつれ、石垣島では日本軍の航空基地を狙って昼夜を問わない空襲が頻発する。「いよいよ石垣島にも米軍が上陸するのではないか」と住民の間では、戦々恐々とした雰囲気が生まれはじめていた。 一方、日本軍基地が空襲を受けるたびに日本軍は住民に対する疑いを強めていった。「島内に米軍の手先がいる」「日本軍の配置情報を漏らしている」などの理由でスパイ探しが始まり、憲兵たちが住民の行動に目を光らせるようになっていく。 日本軍にとって軍事基地は防衛上の極秘施設。その建設を総がかりで担い、公私ともに軍隊と生活していたのは、石垣島をはじめ八重山諸島の各地から駆り出された一般住民たちだったからだ。日本軍にとって便利な労働者・生産者に過ぎなかった住民たちは、戦況の悪化とともに、敵に情報を漏らす可能性がある危険な存在と見なされていった。 当時、住民たちは四方を海に囲まれた島という逃げも隠れもできない環境下で、「敵に捕まれば、男は八つ裂きにされ、女はごう姦されてから殺される」と島外から攻めてくる米軍に怯え、島内では敵に情報を漏らすスパイを恐れ、住民同士が互いを見張り合うようになっていった。なによりも自分自身がスパイだと疑われるのではないかという恐怖感に襲われていた。 そして1945年6月、八重山諸島の住民たちは「友軍」と呼び親しんでいた日本軍によってマラリア蚊が蔓延する山奥に押し込められ、高熱に苦しみながら次々と絶命していった。 かつての強制移住地、白水を案内する潮平正道さん。絵はマラリアで死亡した孫を墓地に運ぶ男性。潮平さんが記憶を元に描いた絵だ 「戦争マラリア」が問いかけるのは―― 果たしてそれは75年前の昔話なのだろうか。 沖縄の地図を広げて見ると、ここ数年で新たな自衛隊基地が次々と建設されている。西から与那国島にレーダー基地(2016年3月配備完了)、石垣島ではミサイル基地の工事が進み、宮古島でもすでに存在する航空自衛隊基地に加えて新たに陸上自衛隊ミサイル基地が建設され、今年3月には部隊が配備された。さらに沖縄本島では既存の米軍基地32施設に加えて、辺野古新基地の建設が進められている。琉球列島の北に位置する奄美大島にも新たな自衛隊基地が建設された。それぞれの場所で反対の声をあげる地元住民たちを切り捨てながら、日米両政府による琉球列島全体の軍事基地化が強行されている。 2009年からの10年間、私が戦争マラリアの取材の中で出会った戦争体験者たちは、八重山諸島への自衛隊配備について誰もが危機感を持ち、反対の声をあげていた。 波照間島出身の玉城功一さんは「戦前と今は似ている」と語った。 「戦前は南から米国が攻めてくると言われました。今は西から中国が攻めてくる。あるいは北朝鮮が核で攻撃してくる危険があると。危機を煽っておって、それに対抗する武器や軍隊を持たないといけないんだと言う。そういう考え方だったらね、何のために日本国憲法9条があるのか。軍隊も戦争も、人殺しのためですよ」 与那国島に2016年3月に配備された陸上自衛隊レーダー部隊。配備をめぐり、島民は賛成、反対で二分され、地域に深い傷を残した。配備後も電磁波や弾薬配備などの懸念を抱える。 石垣島で強制移住を経験した潮平正道さんは、経済発展を理由に自衛隊に賛成する石垣市民について「軍隊と一緒に生活することがどういう状況になるのか、認識が甘すぎる」と憤った。 「秘密を持っている軍隊と、秘密を持たない住民とが同じ島で生活する。当然、住民は監視されますよ。『誰が情報を漏らしたんだ』と責められる。そんな恐怖感から、事実じゃないことがバーッと広まっていく。通常の生活などできなくなる」 「国防」の名の下に琉球列島を覆っていく軍事基地。それは「皇土防衛のための不沈空母」の名の下に、沖縄に日本軍基地が急ピッチで建設されていった沖縄戦前夜の光景と酷似している。戦争マラリアから今現在へと繋がるレールの上を私たちはもうとっくに歩き出しているのではないか。民よりも国体を優先した沖縄戦当時の国家のシステムは、今現在も地下水脈のように私たちの足元に脈々と続いているのではないか。 軍隊と住民が雑居した時に起きた悲劇。75年前の戦争マラリアの歴史が証明した教訓は、いまだ全く学ばれないままだ。 危うい時代である今こそ、沖縄戦を学び直そうと声を大にして伝えたい。それは「沖縄戦は残酷だった」と涙を流すことでも、「沖縄県民はいつも可哀想だ」と同情することでもない。問われているのは、75年前と同じ手段でまたも騙されつつある日本国民全員だ。私たちにとって、最後の砦は、歴史から教訓を得ることであり、今の時代を見極める知恵を得ることであると思う。いつの時代も国家の捨て駒にされるのは、私たち国民なのだ。 『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房) おおや はなよ 1987年千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。2012年より琉球朝日放送にて報道記者として米軍がらみの事件事故、米軍基地問題、自衛隊配備問題などを取材。ドキュメンタリー番組『テロリストは僕だった~沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち~』(2016年・琉球朝日放送)で2017年プログレス賞最優秀賞など受賞。2017年フリーランスに。ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(2018年・三上智恵との共同監督)で文化庁映画賞文化記録映画部門優秀賞、第92回キネマ旬報ベストテン文化映画部門1位など多数受賞。 2018年、フルブライト奨学金制度で渡米。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員として、米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力をテーマに取材を続ける。 2020年2月、10年にわたる「戦争マラリア」の取材成果をまとめた最新著書・ルポルタージュ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を上梓。本書で第7回山本美香記念国際ジャーナリスト賞奨励賞。
2020年09月29日
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「ひねもすのたり日記2」ちばてつや 小学館 毎回4Pのたり連載だから、ゆっくりと読んでゆくと決心してからいつのまにか2年半近く経ってしまった。図書館にもネットカフェにも置いていないので、これは買うことにしている。 おそらく、ちばてつやの代表作のひとつになると思う。老齢の漫画家が、何処まで描けるのか、その一つの典型を、ちばてつやは、史上初めて我々に見せてくれつつある(杉浦茂は例外)。老齢だからこそ描ける世界があることを、本書で我々は初めて知るのである。葛飾北斎は88歳まで現役だった。ちばてつやは、あと7年は頑張ってもらいたい。 とは言いながら、1話目は高井研一郎の生前葬の葬儀委員長をやった時の思い出で、2回目の委員長をやろうとしたら本葬になったというエピソードだった。そうだった。山口六平太の新しい話はもう読めないんだ、と突然寂しくなった。ちばてつやも、いつ亡くなってもおかしくはない。 実弟のちばあきおの話も、全て器用になんでもこなす弟が、漫画を描いてみると四苦八苦して半年もかけて一作描いたというエピソードだった。兄からすると、漫画家になったことが弟の命を縮めたのではないか?という想いは(書いて無いけど)あったのかもしれない。「あの時引き止めなかったことに、少々悔いが残ります」と呟いている。でも、ちばあきおの描いた「キャプテン」「プレイボール」「チャンプ」などは、全て一つのテーマを「不器用に」追ったもので、作者の方はスポーツも勉強もそんなにも優秀だったとは、私は思いもしなかった。兄は書いている。「でも(略)多くの人々に長く愛される作品をたくさん描きあげたよ。‥‥ごくろうさま。」 その他、心にじんわりと響くエピソードがいっぱい。 前作は満洲からの引き揚げ体験がメインで、あれ以上のとっておきの話はないかも、と心配していたのだが、そうではなかった。今回の主な話は、漫画に初めて出会って、描き出して、初めて貸本屋から原稿料を貰ったところまで。ひとつひとつを丁寧に描くことで、此処まで読ませる漫画になるのか、と感心する。もしかしたら、ショートコミック形態で、テーマはなんでもあり、時々思いついたようにストーリーが流れるという形式が、ちばてつやには1番合っている形式なのかもしれない。全面カラーなので、アシも使っているはずだけど、色使いも目配りが届いている。アマゾン川で観た満天の星空の描写は、肉筆を展覧会に出したならば、必ず人々の足を止めることだろう。そして何よりも殆どの登場人物に生命が宿っている。特に父親、母親、兄弟、全部の登場シーンをその歳ごとに描き分けて、しかも何を考えているのか想像できるように描いているのは凄いと思う。 それから、小学3年で木内くんに勧められて初めて描いた漫画や、小学6年の時の漫画を見せてくれている(←物持ちが良い)。私は私の小学5年の時の漫画を持っているが、それとのレベルの違いをまざまざと見せつけられて、改めて漫画家にならなくて良かったと思った。
2020年09月28日
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「沖縄「戦争マラリア」強制疎開死3600人の真相に迫る」大矢英代 あけび書房 映画「沖縄スパイ戦史」の共同監督の1人、大矢英代さんの魂のこもった取材過程の書籍化である。既に書いたが、「ー戦史」は、2018年97作観た映画でのマイベストワンである。貴重な事実の発掘と鋭い視点を持つ傑作だった。私は映画を観るまでは「戦争マラリア」を全く知らなかった。本書は、映画を観ていない圧倒的多数の日本人に、それを知らせる役割を持つだろう。 大矢英代(おおや・はなよ)。1987年生まれ、現在まだ33歳?若い!いまから10年前の2010年、千葉県生まれのジャーナリスト志望の女性が大学研究として沖縄の波照間島に訪れて、一つの知られざる事実に出会う。それから8年間、1年間休学して波照間島で生活しながら取材、やがて沖縄テレビに就職、フリーランサーになっていく。眩しいような真っ直ぐな人生である。現在カリフォルニア大学並びに早稲田大学ジャーナリズム研究所客員研究員。 1945年沖縄戦の最中、波照間島の当時の全人口の1/3にあたる552人が死亡した。原因は戦闘ではなかった。そもそも西表島や石垣島のある八重山列島では、米軍の上陸は無かった。しかし、大勢の住民は、マラリアの無い波照間島から蔓延する西表島のジャングル地帯へ、日本軍の命令によって強制的に移住させられ、マラリアによって病死したのである。戦争マラリアは、八重山列島全域で起き、犠牲者は3600人にのぼった。中でも最も深刻な被害を受けたのが、波照間島だった。 「思い出したくも無い」「他を訪ねてくれ」一介の学生は取材拒否に遭う。だから彼女はサトウキビ畑で働きながら8ヶ月間住み込んだ。そしてやがて消えゆく運命だった貴重な証人の姿をフィルムに収めたのである。この本は、もう1人の監督三上智恵が上梓したスパイ戦史の「証言集」とは全く趣が違って、1人の若者が瑞々しい精神を持ちながらもジャーナリストとして成長していくノンフィクションのようにも読めた。 島民周知のマラリアが蔓延する地域への強制疎開はなぜ起きたのか?そこには、沖縄北部で起きた「スパイ活動」と同じく、陸軍中野学校出身の青年の存在があった。山下虎雄(偽名)には任務があった。情報収集、住民の戦闘員化が文書として残っている。45年3月、米軍の波照間島上陸の「可能性」を理由に、山下は強制移住を「命令」した。この頃になると、住民の誰も山下に逆らえなかったという。 波照間島には、ある慰霊碑がある。そこには、通常の記念碑には絶対書かれない言葉が書かれている。 「かつてあった山下軍曹(偽名)の行為は許しはしようが決して忘れはしない」 それは、1人の個人への「究極の非難」の言葉だろう。そして、1人の個人であると同時に国家そのものへの非難の言葉だろう。 波照間島で世話を受けた浦仲おじいは、生前(2017死去)英代さんに繰り返し語ったという。 「戦争になると、国家は「国」というものを大事にして「民」を犠牲にする。でも「国」は「民」があって初めて成り立つものでしょう?戦争になるとね、そんなことも国民は忘れてしまうんですよ。八重山の人たちも、「お国のため」「天皇のため」と言って、マラリアで死ぬと分かっていながら軍の命令に従ったんだから」 琉球列島には、現在中国最前線として、与那国島に自衛隊レーダー、石垣島に自衛隊ミサイル、宮古島に自衛隊ミサイル、沖縄本島に自衛隊ミサイル、米軍、奄美大島に自衛隊ミサイルと、配備が完了している。見事な中国に向けた弓形の軍事基地である。新たな「捨て石作戦」が始まろうとしている、そう感じたのは私だけだろうか。有事の時に国が守るのは、民か、国か、本書を読んだ人には答は明らかだろう。
2020年09月28日
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平和新聞2020年9月25日号出ました! 安倍首相の辞任、菅首相の発足を受けて、平和新聞では、いつもスパッスパッと情勢を分析、展望を示してくれる渡辺治さんが、今回も「安倍なき安倍政治」と分析してくれています。 詳しくは紙面を読んで欲しいし、未だ未購読の方はお近くの平和委員会会員にお問い合わせ下さい。 さて、渡辺治さんは安倍首相の辞任は、病気のためだけではなく三つの安倍政治の深刻な破綻と行き詰まりが理由だと分析します。 (1)米国の戦争に加担する日米共同作戦体制づくりを再起動した。(秘密保護法制定(13)国家安全保障会議設置(同)武器輸出三原則の撤廃(14)集団的自衛権の限定的行使を容認する閣議決定(同)安保法制の制定(15)) ←しかし、2020年に新憲法施行、という具体的目標は困難になり大きなダメージを受けた。 (2)新自由主義的改革の再起動(大企業はかつてない利益) ←しかし、実質賃金は上がらず、非正規ばかりが増えた。医療費の削減計画を持つが、リストに名前が上がっている多くはコロナ禍で先頭に立つ病院ばかり。 (3)2つを進めるために民主主義や立憲主義を破壊する強権政治をひいた。 ←森友・加計・桜を見る会は、その政治の必然的な帰結。 安保政治の継承を明言する菅首相の政治は(1)(2)(3)をやがて再起動する。支持率が落ちないのは、他の政権の選択肢が国民は見えていないため。それを提示して、それを支える市民の声と運動が不可欠。 簡単にまとめましたが、詳しくは新聞を読んでください。
2020年09月26日
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「光文社古典新訳文庫「古典の森」の読書ナビ 編集長の厳選 62冊」駒井稔著 光文社Kindle 人生は短く、読むべき本はあまりにも多い。 蓋し、至言と思うが、わたしが言っているのではなく、加藤周一から初めて聞いた。おそらく、最初に言った人はもっと遡る筈だ(おそらく中国古典辺り)。加藤周一は、その何代目かの(広い意味での)翻訳者だと思う。 何度も訳されると言えば古典もそうだ。「古典は「昔の物」ではなく、いつの世にも読まれるべき価値の高い本のことであると声を大にして言いたいのです。繰り返し新訳ができるということは永遠の命が宿っているからなのです。」 と古典新訳文庫の編集長たる駒井稔さんは言い、文庫の試みが成功した意義を解説しています。どの時代でも読まれるというだけでなく、新訳がいつの時代でも出てくるという意味で、目から鱗の指摘でした。蓋し真理と思うが、おそらく駒井さんが初めて言った言葉ではない。 この本はKindleで0円なので、お勧めします。200冊以上新訳を出して、その中から「入門編」「中級編」「上級編」と分けて紹介していますが、紹介文の中で時々「おゝ編集者の気持ちはこうなのか!」と目から鱗の指摘があります(例えば「星の王子さま」ではなく「小さい王子」(野崎歓訳)として出版したことについて書いた経緯など)。ラインナップが楽しい本だと思います。 光文社古典新訳文庫・駒井稔編集長が熱く推奨する「今こそ読まれるべき古典」 79冊 Kindle 前に紹介した類似本「光文社古典新訳文庫「古典の森」の読書ナビ 編集長の厳選 62冊」をKindleで読めた人には、同じく0円で読めるこの本も推薦します。軽く読めるからです。最初は短編小説を紹介している。その意図は以下の通り。 「海外文学の長編を敬遠する人が多いとよく言われます。しかし典型的な長編作家と思われているドストエフスキーもバルザックも、実は読みやすい短編を数多く書いています。『グランド・ブルテーシュ奇譚』は、そういう意味でバルザックの入門書としては最高です。」 ラインナップは、知っているのも無いのもあり、楽しいです。 前回の紹介の中で、加藤周一の言葉を紹介した意図を書くのを忘れていました。 わたしの古典への態度は複雑なモノがあります。 「(人生は短く、読むべき本はあまりにも多いのだから)読むべき本は、もう古典だけに絞って読むのが最も効率的な読み方である」と確か40年前ほどに読んだ加藤周一「読書術」に書いていて、その時は「その通り!」と思ったのであるが、根が煩悩多く欲深きわたしは、半世紀近くも濫読を止めることができていません。目の前に面白そうな本があればつい飛びついてしまいます。それなりに楽しいのですが、おそらく人生を豊かにするという点に於いては効率的では無いでしょう。このままいくら濫読しても、おそらく、あと20年で多く見積もっても3000冊は読めないでしょう。生涯読める本はおそらく1万冊前後に過ぎない。小さな図書館より少ない。おそらく、数では読書の満足は得られない。でもなかなか精読に切り替えられない。 しかし、2つ気をつけていることがある。 (1)わたしは日本に住んでいるのであるから、先ずは日本について一定語れるまでは外国文学においそれと手を出さない。 (2)加藤周一の教えに従って、いわゆるベストセラーには直ぐには手を出さない。文庫本になって、まだ読みたいと思って暫くして読むことにしている(例外は多くある。出会いは一期一会だからだ)。 そういうわけで、この本で紹介しているのはほとんどは外国本なので(新訳なのだから当然と言えば当然)、眺めるのはいいのだけど、直ぐには読もうとは思えない(例外は多くある)。ただし、古典新訳の以下の3冊についてはかなり食指が動いた。 知る人ぞ知る名著 1 〜アジア文学 歎異抄 唯円/親鸞(述)/川村 湊(訳) ←なんと関西弁(庶民への語りかけ)で訳しているらしい。 梁塵秘抄 後白河法皇(編纂)/川村 湊(訳) ←正に歌謡曲のルーツとして訳している。 故郷/阿Q正伝 魯 迅/藤井省三(訳) ←毛沢東が「文芸講話」でまるで革命の教本として扱っていて、その視点で読んだことはなかったので再読したい。
2020年09月25日
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「私のぼく東奇譚」新潮文庫 安岡章太郎 昨年、中公文庫本で荷風の小説全編をも付した決定版が出た様なのだが、私は新潮文庫版の感想を記す。 荷風の「ぼく東奇譚」は名作の誉れが高い。評論家加藤周一はいう。「(荷風は)明治国家のみならずその社会と明白な距離を置き、組込まれを拒否して批判的な立場を貫き、しかし幸徳秋水や河上肇とは違って、その社会の変革を志す変わりに彼ら自身の自己実現を目的とし、信念と原則にしたがって生きることに自覚的であった。(略)(「奇譚」は)荷風の小説の頂点であり、戦時下の日本に見るべき文学作品として「細雪」と双璧をなすだろう」(「日本文学史序説」) そういう文章は固いと思う御仁には映画を紹介する。新藤兼人監督「ぼく東奇譚」(1992)である。当時の色街の「雰囲気」を見事に再現し、お雪役の墨田ユキがまた素晴らしかった。彼女はこの1作で女優賞を獲り、その後お雪のように見事に消えていった。原作とは違うラストが評価は分かれるが私は好きだ。 味わい深くかつ柔らかい文章となればこの著を推薦したい。本文に則して、自らの感慨と共に当時の雰囲気を紹介する。簡潔にして的をえた16章。1冊をもってこの本よりも薄い「ぼく東奇譚」を語り尽くしている。新聞連載当時の木村荘八の挿し絵、荷風自ら玉の井を写したスナップ写真、その他貴重な資料が豊富に入っていて、本文とは関係ないところで私は感慨に耽った。 追記。私は、この案内本を読んで実に15年後にぼく東を歩いたのだが、もはや古い建物の「欄干」に僅かにその痕跡を残すのみだった。大人の文学案内である。 追記。 昔感想を書いた時には、「ぼく東」と書いた。ぼく東の苦労して文字は探したが、何とwebはその文字を載せるのを拒否した。今でもAmazonの本文では「ぼく東」と記している。コメント欄は「ぼく(さんずいに墨)東」でも通用しているのに、である。果たして楽天はどうか? ‥‥結局機種依存文字で拒否した。それどころか、「奇譚」さえ本来の糸へんと奇の「き」さえ拒否した!なんともやるせない!
2020年09月25日
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「猫の事務所」宮沢賢治 青空文庫 月一度の賢治再読。ずーとしばらく、賢治作品の中では見向きもされなかった作品ですが、ますむらひろしがマンガ化したりして、批評する人も多くなってきた作品です。何故注目されたのか。実に上手く「いじめ問題」を扱っているからでしょう。 青空文庫で、10分少々で読めますので、是非読んでください。猫の事務所とは、軽便鉄道の停車場の近くにある猫の歴史と地理を調べる役所です。4人が定員で欠員が出たので、最難関の1人に就いたのが「かま猫」でした。かま猫は、他の3人からジメジメとしたいじめに遭います。何故かというと、皮膚が弱くて寒さに弱いために、いつも竃(かまど)の中で寝ていて、煤で黒く汚れているからです。「なんでこんなヤツが、我が名誉ある事務所にいるのか」(とはあからさまには書いてはいませんが)三毛猫などの他の所員は、それでも仕事は優秀なかま猫を面と向かって悪く言えないのでいろいろ難癖をつけます。流石に事務長だけは、同じ黒猫のよしみで庇っていたのですが、遂に風邪をひいて1日だけ休んだ時に嘘を吹き込まれて次の日にかま猫が出てきた時にはすっかりいじめに加担してしまいました。遂にかま猫は涙腺が崩壊してしまいます。 さて、この後、このいじめ問題は、ちょっと斜め上からの出来事が起きて、意外な「解決?」をみます。 語り手の賢治は、この解決法について「半分同感です」と言って、物語を終わらせるのです。さて、この最後の解決法と賢治のコメントについて、様々な研究と意見が交わされているようです。 まるで現代のブラック企業のようで、「すわ、その先駆けか!」という評価は当たらなくて、事務長は当初味方だったわけだから、どちらかというと学校カースト制の中での先生の豹変問題と被っているとみる方が正確でしょう。 今回気がついた点は3つ。 (1)数少ない、生前発表作品のひとつでした。昭和2年の文芸雑誌「月曜」発表。改めて、賢治作品の普遍性について感心しきりです。 (2)有名なラストの作者のコメントの前に、実は作者はもう一つコメントしていました。2つのいじめエピソードがあるのですが、最初のそれで、まだ事務長がまともだった時に作者は「みなさんぼくはかま猫に同情します。」と言っているのです。このコメントと「半分同感」とはどう違うのか?多分、ラストの解決法に対する批判だと思います。わたしはこの立場です。他の見方もあります。かま猫は、あの解決を見る前にきちんと対処すべきだった。そのことに対するかま猫への批判だというのです。それは私は違うと思います。 (3)最後の解決法は、まるで天から降ってきた超常現象のように見えるのですが、賢治は何処からこれを発想したのでしょうか?仏典の中にあったのでしょうか?あまり無いようにも思います。もしかして、現実問題で同じ様なことがあったのでしょうか?賢治はこの年の春に、4年間勤めていた学校の教師を辞めたばかりです。あったとすれば、アレはなんだったんだろう?読み終えたあとにいろいろ話し合いたい作品です。
2020年09月21日
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今月の映画評「COLD WAR あの歌、2つの心」 「冷戦」と題名にありますが、米国とソ連の政治戦争を描いたものではなく、冷戦を時代背景にしながら「あの歌」をずっと耳の奥で聴きながら、男女の「2つの心」を描いたものです。 1949年から1964年の15年間の欧州、ポーランド、東ベルリン、ユーゴスラヴィア、フランスを舞台にしたラブ・ストーリーです。あえてコントラストのハッキリした白黒映画で描き、一つひとつの場面が写真のように美しく悲しく描かれていました。その叙事詩的な描き方がテオ・アンゲロプロス監督のギリシャ現代史を描いた「エレニの旅」(2004年)を彷彿させ、或いは男女の腐れ縁を延々と描く手法は成瀬巳喜男監督の高峰秀子と森雅之が主演した名作「浮雲」(1955年)を思い浮かばせる人もいます。何れも、場面場面の間に数年の空白があり、それを想像させるように作られています。緊密な台詞と映像と演技があってこそ成立する手法であり、わかりにくいと言う人もいるかもしれませんが、「これぞ映画だ」と私は思いました。 前置きが長くなりました。 1949年のポーランドで、ヴィクトル(トマシュ・コット)たちは民族舞踏団を立ち上げます。その中にいたのが歌の上手いズーラ(ヨアンナ・クリーク)で、2人はたちまち恋仲になってしまいます。その時に民族歌謡から発掘したのが「2つの心」で、「オヨヨーイ」という歌詞の繰り返しが何故か耳に残る人気曲でした。冷戦の時代になると、舞踏団は大臣の要請で、ソ連賛美の歌と踊りをする劇団に変容します。ヴィクトルはズーラを誘って亡命しようとしますが、彼女は直前になってついてくるのを止めます。 離れていると、求め合い、一緒になると衝突する2人の遍歴は、厳しい冷戦の時代に、厳しいラストを迎えます。 「向こう側へ 景色がきれいよ」という「向こう側」とは、何なのか?ラストの解釈を巡って映画仲間と意見が分かれたりもしました。そういう様々な解釈ができるのも、映画のいいところかもしれません。(2019年ポーランド・イギリス・フランス、パヴェウ・パヴリコフスキ監督作品、レンタル可能)
2020年09月19日
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「ミステリは万華鏡」北村薫 集英社文庫 ふと18年前に発売されたばかりの文庫積読本を手に取って読み始めた。その頃は北村薫文庫本コンプリートを目指していた。見てみると、市内最大の喜久屋書店の名入りの帯がついている。「おもしろい!と言われる予定です。(羊の絵)新年の一冊に‥‥」開店したばかりの頃の推し本だったのだろう。 北村薫のエッセイである。彼のエッセイを読んだ方は分かると思うが、大抵は本に関する博覧強記を記す。絶対気をつけなくてはならないのは、自分を卑下しないことである。一冊の本から次から次へと連想して、本に関するトリビアなことを記しているが、知らなかったからと言って貴方が読書家であることを揺るがすことにはならない。北村薫が変人なのである。 ミステリ好きが昂じると、こういうことも起きる。ある日、有栖川有栖氏と著者が銭湯に行く。靴箱の番号札が有栖川有栖氏の場合「73」だったのを見る。一般的に人は自分の好きな数字を選ぶだろう。著者が有栖川氏に「何故それを選んだのか」尋ねると「意味はない」との答え。ふと著者は「何故、それを選んだか推理しましょう」という。 「理屈がつくんですか」 「はい」 (1)有栖川有栖はエラリー・クィーンのファンである。 (2)クィーンは言葉遊びが好きだ。ダイイングメッセージなど彼の得意とするところ。 (3)73をひっくり返してご覧なさい。エラリー(ELLERY)の最初の2文字「EL」になるじゃありませんか! ‥‥ちょっとかっこ良すぎるけど実話らしい。(189p) 私は北村薫によって、本格推理小説のなんたるかを学んだ。彼の小説は、ほぼ〈人は殺さない〉。日常推理モノである。それでも「これは、本格だ!」という見方を確立させた、第一人者である。また、所謂社会派ではない有栖川有栖氏などの推理小説も「トリックに重きを置いているわけではない」と喝破する。 何が本格か、そうではないかを分けるのか?北村薫は、このように定義する。 本格にとって、最も大事なのは、トリックでもなければ論理でもない。その素材を扱う人間の心の震えである。それが、物語と結びついた時、〈本格推理小説〉が生まれる。(140p) 蓋し、至言なり。
2020年09月18日
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「鏝絵」藤田洋三 小学館 昔、わけあって1年間ほど左官の修行をしたことがある。その経験をもとに言わせていただくと、鏝絵(こてえ)は、1年間修行したくらいで造れるものではない。西洋のレリーフとは根本的に違う。ノミで彫って後はサンドペーパーで均せばOKというような代物ではなく、日に日に状態が違う漆喰をさまざまな鏝(こて)で、神業のように塗りつけて、形を作ってゆくのである。当然、100年経っても壁と一体になっていなくてはならない。粘土のようにこねくり回して作るのではなく、凡ゆる工程は鏝(こて)を使い、何度も何度も塗り重ねて最後は仕上げ鏝で塗り重ねた跡が残らないように自然な曲線を描くように仕上げなくてはならない。わたしは全然出来なかった。鏝絵ではなく、基本中の基本、ナマコ壁(白壁の町を構成する格子柄の白い盛り上がった漆喰)を作る時に、どうしても曲線が歪になり、鏝の跡がついてしまうのである。歪になってもいいじゃないか?バカなこと言うんじゃない。実際ホンモノを見ればわかるように、みんな機械で作ったように全部均等で少しでも歪ならば直ぐにわかる。しかも決して機械では作れない。跡なんてペーパーで削れば?バカなこと言うんじゃない。艶が出ないし、近づいて見れば誰でも直ぐにわかる。私は不器用だったので簡単なナマコ壁さえ仕上げることができないのである。七福神や竜の形をあんなに綺麗に仕上げるなんて、ましてや、見本がなくて独創で絵を仕上げるなんて、「神業」以外の何者でもないだろう。 藤田洋三さんは、鏝絵に魅せられて、全国の鏝絵を写真に収めた。岡山市の有名な仙女鏝絵が無いことからもわかるように、その多くは網羅されてはいないが貴重な情報である。しかし残念ながら藤田氏は鏝絵を「消えゆく左官職人の技」であることを前提に書いていて、鏝絵がどのように描かれ、「世界美術」の中で、どのような意義があるのか、ほとんど言及しない。大いに片手落ちだと思う。こんなビジュアル本の任務では無いと言えばそうなのかもしれないが、なんか無駄な文章が多すぎた気がした。 私としては、名人が鏝絵をつくる過程を見たかったし、左官の雑誌編集長の方が指摘していた、「雪国で左官の仕事ができない3ヶ月の仕事」として描いたり、「長い左官の仕事の最後のサービスとして描いた」という部分をもっと膨らませて欲しかった。 名人長八の美術館は一度は行きたいとは思うが、鏝絵の本当の味は、民衆美術として無名の人の想いが出るところにあり、そこを大判の写真で紹介して、詳しい解説で深めて欲しかった。詳しい場所も分からなくて、この本片手に訪ねようもない。 それでも、鏝絵に特化した本は貴重であり面白かった。教えてくださったmyjstyleさんに感謝。
2020年09月17日
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「四畳半神話体系」森見登美彦 角川文庫 今夏、衝撃の話題が読書界を駆け抜けた。 「森見登美彦の新作の題名は『四畳半タイムマシン・ブルース』らしいぞ!」。 森見作品は、未だ4作しか読んでいなかったが、その作品たるや、才弁縦横、軽妙洒脱、機知奇策、因循姑息、満漢全席たるものばかり。しかもリスペクト作品として使われた「サマータイムマシン・ブルース」(2005)は、上野樹里を初めて発見した記念すべき傑作映画である。読まねばなるまい。 しかしその為には、続編の元となる作品には手をつけておかねばならない。幸い舞台になった京都下鴨界隈は、昨年春に歩き通した所なので土地勘がある。さらに言えば、大学受験は兄の洞穴のような左京区の下宿を基地として2週間大学を受けたせいで、その間ずっと寺巡りはするわ、名画座の京一会館で初めてピンク映画を観るわで、憧れの京都の大学生になりそこね、西の京都に都落ちする結果になったのだからなおさら土地勘はある。‥‥それは良いとして、下鴨泉川町にあるという下鴨幽水荘という重要文化財の境地に達した下宿屋の四畳半を舞台として繰り広げられる、大学生活のあり得るかもしれない可能性の物語。主人公たる「私」と友人の小津が、何やら名誉ある「意味のないこと」をする話である。どう考えてても「私」は、読むのはいいけど、友だちにするのには鬱陶しくてたまらない類の人種ではある。自意識高くて、ネガティブで、人見知り。そこへ、同じ匂いを持ちながらテンションだけは高い小津が絡む。おや、これはまるでオードリーの若林と春日の関係じゃないか。因みに、森見登美彦は彼らの舞台など見た事はなかったはずだと、わたしは関係ないけど擁護しておこう。 四畳半には、「私」は3年間しかいなかった(かもしれない)が、わたしは4年間いた。その狭さと男汁が染みつく汚さも、深遠なる世界を有し80日間も彷徨えるほどの可能性あるのも良く知っている。この前30年ぶりに訪ねたが「雨月物語」の浅芽が宿が如く住む人もなく荒れ果てていた。‥‥それは良いとして、この作品が四畳半世界のまさかの並行世界(パラレルワールド)で成り立っていたとは知らなかった。だとすれば、パラレルの横糸にタイムマシーンの縦糸が重なれば、もしかしたら素晴らしい正方形のタペストリーが出来上がるかもしれない。次回作が愉しみだ。 因みに、彼らの「無意味な」足掻きは、2年前の2月に百万遍交差点で「韋駄天コタツ」を囲んだ、著者の後輩たる京大院生たちことを彷彿させる。名前の判明している2人のその後を調べたが26歳男の方は杳として知れず、31歳女性の方は益々盛んにTwitterで発信していた。男の方が臆病で繊細なのは、正に現実社会でも同じということか。さらに因みに、ネットの反応は一様に「最高学府に入って何社会に迷惑かけてんだ」とか「森見登美彦に風評被害じゃないか」とかいうものだったが、「何バカなこと言ってんだ(何、あんたらは親戚でも友だちでもないのに社会や著者に忖度してるんだ)」というのがわたしの感想である。
2020年09月16日
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重要なことを言っていると思うので、そのまま写させて貰った。また実際読んで感想を書きたいが、特に、 「過激化する彼らは自暴自棄ではなく、立ち直ろうとしているんです。過激化サイクルというよりも、本人は「これでいける」と「大きな悪と戦う正義の聖戦士」というストーリーをつくり、その主人公になろうとする。過激化のプロセスだが、立ち直りのプロセスでもある。逆にいえば、そのプロセスの途中で、いくらでも立ち直れるということを伝えたかったのです。」 というのは重要だと思う。 いま、SNSでは過激化する手前の、ストーリーを作って人を攻撃する人たちがウヨウヨしている。(私は、「権力者」はむしろ攻撃すべきだと思っているので、その限りではないことを念のために言添えておく)このウヨウヨがとても危険だ。その過激化の一歩手前で防ぐ、そのヒントがここにあるかもしれない。 【インタビュー】毎日新聞出版『歪んだ正義』著者 毎日新聞・大治朋子専門記者に聞く 2020年8月24日 大治朋子氏 あなたもテロリストになる可能性がある──。そう言われたら、大多数の人はすぐに否定するだろうが、その「過激化プロセス」を丹念に追っていくと、絶対的にないとは言えなくなるかもしれない。新聞協会賞を2年連続で受賞し、中東の紛争地での宗教対立の取材を長く続けてきた毎日新聞の大治朋子専門記者が、海外大学院でそのテーマをアカデミズムとジャーナリズム両面から研究した新著『歪んだ正義』(毎日新聞出版)を8月に上梓した。なぜ人は過激な正義にとりつかれ、暴走するのか。アカデミズムを記者のキャリアといかにつなげるかを、あわせて聞いた。 【成相裕幸】 過激化する「正しさ」プロセスを解き明かす 『歪んだ正義』(毎日新聞出版) ――本書のベースにはどのような経験があったのですか。 イスラエル、パレスチナなど対立する双方を取材するなかで、彼らが自分たちの正義について語り始めると、心理的な距離を感じました。そのたびに、紛争地で過酷な日常を送る人々なので私の理解など到底及ばないのだと、自分で自分に言い聞かせていました。でも今考えると、それは特殊な人たちの特殊な対立だと決めつけて本当に理解しようとしていなかったのではないかと思います。 その一方、記者は現場をたくさん訪れ、解釈を立ち上げ、そのストーリーを記事として書くのが仕事です。事実を書いているつもりでも、自分の解釈、バイアスが必ず反映されている。すると、とくに分析については、自分の関心に左右されてしまいます。 私自身は、興味のあるテーマについて勉強する癖がありましたが、それでも、いくら取材しても点と点を結ぶ線を現実に近いところまで持っていけている感覚がありませんでした。そこで、膨大なリサーチや統計学に基づいた分析で知識を得れば、現場と現場を結ぶ線が少しでも自信をもって強く描けるのではないかと思って、留学を決意しました。 紛争とは正義と正義の戦いです。それは思い込みと思い込みの戦いでもある。これを調べていけば、過去15年の紛争、テロリズムの現場を取材してきたその知識・体験を生かした分析が、できるのではないかと思いました。 「ローンウルフ」の孤独な叫び ――その紛争地域でテロを起こす犯人の特徴として、過激派組織などから直接的に影響を受けていない「ローンウルフ(一匹オオカミ)」に注目されました。 「ローンウルフ」は、自暴自棄になった遠く距離感のある存在。そう思っていましたが、調べていくと「ローンウルフ」は犯行の前にSNSで宣伝する癖があったりします。そうすることで治安当局にマークされて捕まってしまうのに、なぜそんな危ないことをするのか。それはまだ、この世界とつながっていたいというコミュニケーション、彼らの孤独な叫びがあるからです。 (その行為を)ぎりぎりまでこの世に関わろうとする気持ちととらえると、非常に身近な存在に見えてくる。だから、ちょっとしたことで彼らの暴走を食い止められないかと、希望をもつことができました。 2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロの以前と以後で、「ローンウルフ」の性格も変わりました。アメリカはアルカイダを調べればテロ対策ができると、イスラム教にフォーカスしすぎた結果、イスラム教徒全般に差別が広がりました。イスラム教徒にとっては「なぜこんな差別をうけるのか」というトラウマになり、(犯行の)動機になりました。 もう一つ、SNSなどのメディアによって、「ローンウルフ」は実際に存在する組織でなくても、バーチャルのコミュニティで自分たちの思い込みを強化し合える。そういう組織を手に入れたのです。 「自分たちもテロリストになりうる」 ――パレスチナの「ローンウルフ」実行犯やその家族に聞き取りした先行調査によると、犯行の動機で一番多かったのは「個人的な悩み」とのこと。それがなぜ、過激なテロにつながるのですか。 イスラム教の過激派は、過激化しかかっている人に対して「相手が悪い」「復讐したほうがいい」と被害者意識をたきつけ、彼らが欲しい「アメ」を与えている存在です。 彼らのプロパガンダ映像の音楽やビジュアルは、ハリウッドの映画が人々を引き付けるのとまったく同じ手法です。それ自体は、イスラム教ではありません。その人が求めているものを与えているだけです。 研究を進める中で、「求めている人が主役であって、イスラム教ではない」との言葉が、ユダヤ人から出てくることがとても意外なことでした。ちゃんとした学者は「自分たちもテロリストになりうる」と、フラットに言います。 始まりはみんな、自分の(個人的な)問題である。だから、誰にでも起きうる。誰だって悩む。そういうときにどのように心のバランスをとるかで、間違ったものをつかむ人もいれば、自分にとって本質的に良いものをつかむ人もいます。 人を動かすのは「ストーリー」 ――本書では、過激化する入口で何が起きているのか、「負荷(ストレス)」と「資源」をキーワードに「心身のバランスシート」で考えることを提示しています。 私は物事をビジュアル化したり、図式化することが好きで、そのように情報を整理する癖があります。思い込みや感情の渦の中にいて、周りが見えなくなるときに、自分はこのあたりにいると分かると、自分や家族などに対しても認識が共有できる。図式化が役に立つという思いがありました。 そこには、あまり本質的に助けにならない「資源」と、助けになる「資源」があります。その一つが過激思考です。アルカイダやイスラム国の思考を取り入れることは、一夜にしてすごく強くなった気がしたり、これで全てが解決すると思ってしまう。これは見せかけの「資源」の典型です。 ――本書では過激化のプロセスを5段階にわけて、細かく示しています。最初に「私的な悩み」などがあり、自分の思考に合うナラティブ(物語)をつくることにつながっていくと、分かりやすく分析しています。 人間を突き動かすのは「ストーリー」です。例えば、トラウマについて言いますと、傷つけられた人はなぜこんな目にあってしまったのかと、疑問から始まり、そして自分を責めてしまう。人間は理由がないと、その脅威がまた来ると思ってしまうので、自分が悪かったとすることで、自分が変われば次に同じことが来ることはないと思える。だから、そういうストーリーをつくります。 虐待された子どもも、親が自分叩くのは自分が悪いからだと思うことで、明日はいい子になれば叩かれないと考え、希望を持つと言います。そういったストーリーをつくらないと、絶望してしまうのです。 このように、過激化する彼らは自暴自棄ではなく、立ち直ろうとしているんです。過激化サイクルというよりも、本人は「これでいける」と「大きな悪と戦う正義の聖戦士」というストーリーをつくり、その主人公になろうとする。過激化のプロセスだが、立ち直りのプロセスでもある。逆にいえば、そのプロセスの途中で、いくらでも立ち直れるということを伝えたかったのです。 コロナ禍の自粛警察は「正義の鎧」 ――過激化は、昨今のコロナ禍での「自粛警察」にもつながりそうです。 見せかけのストレス対処法で、最もやっかいなのは正義の顔をした攻撃です。正しいことをいっているので周りは批判しにくいし、本人は周りを叱りつけているので、ある意味で周囲からの意見が入りにくい「正義の鎧」を着ています。それは人を斬ると同時に、自分を孤立させるものでもあります。 「自粛警察」は自分の正義、絶対的に正しい自分やそのグループと、絶対的に間違っている人たちとを、社会を二分して見下して攻撃していくシステムです。東北大学の大渕憲一名誉教授も、「攻撃をしても周りの理解が得られるだろうと考え、今のような非常時においては、普通ならやり過ぎと思われることも、歯止めが効かなくなる」と指摘しています。 アウトプットを一度とめてみる ――大治さんは今回の留学とあわせて、毎日新聞を休職して2度、海外の大学で研究生活を送っています。現場を一度離れ、アカデミズムを改めて修める意義はどのようなことですか。 記者として私の心がけは、「虫の目、鳥の目、魚の目」です。虫の目は細かく物事を掘り下げていくこと、鳥の目はそこから鳥瞰して全体像をみること、そして魚の目は時代の流れでその現象が繰り返されてきたことなのか、変化しているのか、全く新しいものかとらえることです。 虫の目だけでは「細密画」になるが、そこにアカデミズムで学んだ知識を生かして鳥の目、魚の目をいれると、3Dで立体図が立ち上がるような描き方ができるのではないかと考えています。 また、文献の適切な選び方、読み方も留学した大学院で学んだことです。この方法は今後、私の専門以外の問題でも生かせるのではと期待しています。 情報が無限にあるなかで、どれくらい付加価値のある情報をメディアとして出せるか。そうなると、細密画を並べるだけでなく、いかに立体的なものとして描けるかが重要です。むろん現場に行って、識者コメントをつける旧来的な手法もありですが、できるだけその知識を既にもった状態で質問すれば、返ってくる答えも全然違ってきます。 ですから、記者の仕事を一定程度したら、自分の関心ある分野についてアウトプットすることを一度とめて、インプット中心の生活をしてみることです。自分がこれまで見てきた物事、見方を整理したうえで、またアウトプットすることに戻るのは、とても効果的です。 その際、休職しても、あとでハンデにならないような就業スタイルなども見直すべきでしょう。そのためには、ある程度キャリアを積んだ人が、先陣を切って前例をつくることも、一つの戦略ではないでしょうか。 ――この本をとくにどのような人に読んでほしいですか。 特定の人ということではなく、この本を読んで、一人でもその人の生き方に影響を与えることができたら、成功だと考えています。 また、過激化プロセスについていえば、自分がそのサイクルに入っている時には、この本は手に取ることはないかもしれない。しかし、自分の家族や大事な人の様子がおかしいと気づいたとき、この本を読み、ステップを見ることで、周りの人が気づいてあげることができたらと思っています。 毎日新聞専門記者。1989 年、毎日新聞入社。東京本社社会部、ワシントン特派員、エルサレム特派員を歴任。2004 ~ 05 年、英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。17 年から2 年間、留学休職。イスラエル・ヘルツェリア学際研究所(IDC ヘルツェリア)大学院(テロ対策・国土安全保障論、サイバーセキュリティ専攻)修了(Magna CumLaude)。同研究所併設のシンクタンク「国際テロ対策研究所(ICT)」研修生。テルアビブ大学大学院(危機・トラウマ学)首席(Summa CumLaude)にて修了。19 年秋、復職。社会部時代の調査報道で02、03 年度の新聞協会賞をそれぞれ受賞。10 年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。単著に『勝てないアメリカ─「対テロ戦争」の日常』(岩波新書)、『アメリカ・メディア・ウォーズジャーナリズムの現在地』(講談社現代新書)など
2020年09月15日
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「ほの暗い永久から出でて」上橋菜穂子 津田篤太郎 文春文庫 2015年1月、上橋菜穂子さんの母親の肺ガン罹病がわかります。その後の数ヶ月間は、娘はありとあらゆる手立てを尽くしてかけがえなのない生命を救おうとしますが、80代の身体とは思えないほど進行は速く、半年ほどして彼女は絶望の縁に立ちます。その時に出会った漢方医学の津田医師との、お互い看護と治療をしながら、母親の最期を看取りながらの往復書簡の内容です。 テーマは必然「生と死を巡る対話」となりますが、お互いの教養の広さと深さを知った上での対話は、人類学から生物学を踏まえた哲学的思考、或いは古典音楽からAIの話題まで縦横に語られます。 わたしも、父親の死を看取ることで、その時は少したいへんでしたがそれ以上に多くのことを学び、今でもハッと気がつくことがあって、あの時間を感謝しています(それと同等ぐらいの後悔と共に)。上橋菜穂子さんは、人類史規模、地球規模で学びます。わたしは、そこから少しでも学びたいと思います。 挿絵は全て上橋菜穂子さんが描いたという。鉛筆画ですが、玄人はだしです。「明日は、いずこの空の下」の表紙絵は父親が描いたものでしたが、この両親ありてこの娘あり、ですね。 以下覚書用のマイメモ。分かりやすく書くと膨大な量になるので、もう本当に自分だけにわかるように省略しています。 ・何のために生まれ、何のために生き、何のために死ぬのか。(20p) ・性(セックス)は、絶滅回避システム。親と異なる遺伝子DNAを生み出す。 ・人間は、性システムに一定の制限を設け、種レベルの多様性ではなく、個体レベルの多様性を達成。(33p) ・宗教を、私は信じません。神仏を思い、拝む気持ちはある。自分には見えない認識できないものはあるかもしれず、ないとは思えないから。「信じる」は、わからぬまま、静かに目を瞑って「想定の箱」の蓋を閉じ、安寧に至る行為。(51p) ←宗教者から反論はあるかもしれません。わたしはどちらかというと、上橋菜穂子さんの気持ちと同じ。ただし、「信じない方に賭ける」といった方が正確。 ・「私は遺伝子を残すために生きているんですね、素晴らしい!」と思って納得出来る人はどのくらいいるのでしょう。 ・人を産む能力が備わっていることを示す月経が、何故か世界各地で「穢れ」として扱われているのは何故か?(←cf.映画「パットマン5億人の女性を救った男」或いは我が郷土でも昭和始めまで月経小屋があった)ジェンダー論やフェニミズム的な見方だけでは説明できない。お産は、魂を永遠から有限の世界に引き出す、死への歩みを始めさせる行為、だと気がついていたから?死は、生まれてくる前にいた所(ほの暗い永久)に帰ってゆくこと。そう心から信じられたら、どれぐらい救われるだろう。(77p) ・「進化」は「最適解を選んだ」というわけではない。霊長類の経腟分娩は、頭部が大きくて危険を伴う。帝王切開が進んだたった100年で、頭の大きい胎児や骨盤の小さい女性が増えた。これは経腟分娩が進化の最適解ではなく無理を重ねた「苦渋の選択」であったことを裏書きする。 ←この一つとっても、障害者を「排除」しようとする主張は、人類の多様性を担保した叡智に逆行する考え方だとわたしは思う。もちろん、このことだけが障害者存在の理由ではない。 ・今や人類は「性」システムそのものを忌避する方向に動いている。(103p) ・「性」システムは、個々の人間に「成長」を、生物種には「進化」を与える力を持ち、一方で個体を滅ぼすほどの侵襲性がある。そこまでして「成長」「進化」に意味があるのか、という疑問もあり得る。 ・何故生物は「性」システムを持つのか。それは、短い寿命と引き換えに素早く進化する細菌やウィルス、寄生虫に対抗するため。 ・ウィルスの漢方最古文献は張仲景の「傷寒論」(紀元3)。「風」を軽症例、「寒」を重症例とする。ウィルスを何故「風」と表現したか。「易経」の「風」を説明する部分は、そのままウィルスの説明になっていたから。 ・今年は1940年の「五輪挫折」からちょうど80年。歴史は80年周期で変動を繰り返すという説がある。1980年代のバブルまでが上がり坂、そのあとは衰退へ。だとすると、あと「数年のうち」に「どん底」を迎えることになる。(208p)2020年5月末日、津田記す。 ・地球をひとつの身体としてみれば、私たち人類は、ウィルスと、とても良く似た存在。宿主に頼らなければ存在できないのに、なぜか宿主を害してしまうところなど。人類もまた、ウィルスに似て強かな生物。 ・私たちは皆、ほの暗い永久から出でて、地球という宿主の中で、多くの他者と共に、辛苦と幸せを味わいながら生きている。(222p)令和2年6月、上橋記す。
2020年09月14日
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「なるべく働きたくない人のためのお金の話」大原扁理 百万年書房 前著「年収90万円で東京ハッピーライフ」と語っていることは、ほとんど変わらない。お金の話に特化して語ってはいるのだけれども(よって、前著のように生い立ちは語っていないけれども)、決して1年間の決算書が出てくるわけではない。1週間1ヶ月の食費明細が出てくるわけではない。主にお金についての彼の「考え方」を延々と述べているだけである。この本を読んで特別大きな発見があったわけではない。でも、何故かすこぶる面白かった。 私が思い出したのが、テレビドラマ『俺の話は長い』である。昨年10月12日から12月14日まで日本テレビ系「土曜ドラマ」で放送された。主演は生田斗真。失業してニートになった男性の現実逃避に惑わされながらも、家族がともに絆を深めていく姿を描いていくお話で、1つの話が「30分2本立て」で放送された。生田斗真には同居家族がある。よってお金には困っていないし、小遣いには頓着するがお金には頓着していない、能力はあるけど良い会社に入りたいわけじゃない、やりたいことは決まっていないけど自分探しをしているわけじゃない、美人で金持ちの経営者の恋人になったりもするけど安定を求めていないので別れてしまう。ただ自分のスタイルを貫きたいだけ。スタイルなんて、やってみなくちゃわからない。生田斗真はイケメンだから絵になったが、大原扁理さんは多分イケメンじゃないだろうから、こっちの方が共感する(^_^;)。でも、とにかく生田斗真ばりに話が長いので、読者は選ぶかもしれない。 話が長くなってごめんなさい。 以下、「年収90万円、週2日労働で、いかにハッピーライフを送るか、やってみて気がついたこと」の中から、「ちょっと忘れたくないな」と思ったフレーズをメモ。 ・上京してきた目的がなかったので、直ぐに世田谷の7万から国分寺2.8万の家賃の家に「逃げ出せた」のです。 ←ずっと何故上京したのか不思議だったけど、「単に行きたかった」だけのようだ。目的を持たない、この世の常識をひっくり返す発見。良いんじゃないの。 ・私は満足の最低基準を「好きなことをしているか」ではなく「イヤなことをしないでいられるか」で判断しています。イヤなこと、それは「本当に必要でない、よくわからないことのために働くこと」です。 ・自分のスタイルとは何か。簡単にチェックする方法。「もしも明日、世間の価値観がガラリと変わったら?誰も「いいね」しなくなり、誰も見向きしなくなったら?それでも続けたいと思うか?問いかけてみてください」迷わず「続ける」と答えたら、それは「自分の実感により作り上げた生活」です。 ←私も、SNS発信は、どんなことになろうとも15年間続けてきたから、マイスタイルのひとつはこれなんだと思う。 ・衣装ケース内の服やキッチンの食材、本棚の本などは、頭の中でそらで数えられるぶんだけ、と制限かけました。 ←これは多分できない。 ・毎年水が気持ちいい夏に、バスルームでコートやマフラーなどの大物を洗います。石鹸溶かした後につけ置きして、押し洗い、一度水を張り替えて、もう一度押し洗い。水を抜いたら、足で踏んで脱水、形を整えてバスタオルに包み、平たい場所に陰干し。 ←やってみたい。 ・ちょっとしたお礼に宝くじを配っている。 ・お金は、みんなの便利のために生まれた。最初は喜ばれて生まれた。最後は笑って見送りたい。 ←「サバンナ」(白土三平)を思い出す。なるほど、古代まで辿らなくても、お金の誕生は、考え方を変えるだけで直ぐに見ることができるんだ! ・お金のトンネルを通らない生き方。ドイツのハイデマリー・シュヴァルマーさんの0円での生き方。「ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由」(小林せかい)。 ・繋がりたい人と繋がるのはOK。鶴見さんは92年ごろパソコン通信(←懐かしい!)でそうした。今は却って気の合う人はネットではなかなか繋がらない。 ・お金を使わない社会は、昔の村社会。ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)が豊かだった。 ◯著者は何故か今は台湾に住んで自分のスタイルを実践しているらしい。台湾は食費と交通費は安いから、確かになんとかなるかもしれない。因みに、私が韓国で22日間旅をした時は、往復旅費とお土産代を引けば、生活費(交通・食費・宿泊)は10万円ぐらいだった。それで韓国内を一周できた。泊まるのはホテルではなくて、飛び込みの旅館(ヤガン)と旅人宿(ヤスク)のみ。これなら、韓国で生活出来るかもしれないと一瞬思ったけど、ビザとかいろいろ考えて諦めた。大原さんの若さに乾杯!
2020年09月11日
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後半の2作品です。 「思い、思われ、ふり、ふられ」 王道の片思い四角関係の、グダグダ回想話で決着させるか、誰かを殺して終わらせるか、と思いきや、案外、しっかり青春物語として決着させた。しかも4人とも魅力的に撮っている。浜辺や北村だけが突出していない。その中で、特に浜辺が良い。ちょっとこの作品で抜け出したかもしれない。 神戸の夜景や雨のシーンを綺麗に撮って、この辺りは日本映画の独壇場かな。韓国映画ならば、もっと波乱万丈にしただろうけど、これはこれで味がある。 (STORY) 恋愛に対して積極的で社交的だが自分の気持ちをうまく表現できない朱里(浜辺美波)、恋愛に消極的で自分に自信のない由奈(福本莉子)、朱里の義理の弟・理央(北村匠海)、由奈の幼なじみの和臣(赤楚衛二)は、同じマンションで暮らし、同じ高校に通っている。由奈は理央に憧れていて、理央は姉の朱里に好意を抱いていた。 キャスト 浜辺美波、北村匠海、福本莉子、赤楚衛二、上村海成、三船海斗、古川雄輝、戸田菜穂 スタッフ 原作:咲坂伊緒 監督・脚本:三木孝浩 脚本:米内山陽子 音楽:伊藤ゴロー 劇中音楽:小瀬村晶 主題歌:Official髭男dism 製作:市川南 2020年8月15日 MOVIX倉敷 ★★★★ 「ポルトガル、夏の終わり」 死期を悟った名女優、隠せない老い、迷いに迷う息子や娘たち、人生の伴侶たる夫の誠実、世界遺産シントラ、友情の有り難さ、1人では生きられない人生、一夏の避暑地で起きる最後の夏を、女優・イザベル・ユペールが確かな「存在感」で歩き通す。彼女の思惑からずれて、何ひとつ物事は決まらなかったけど、人生は複雑、それで良いのだ。山の頂上で、彼女は衝撃の告白をするつもりだったんだろうけど、何ひとついうことなく下山する。あとは美しいと思える大西洋の夕陽か張り照らすのみ。 (解説) イザベル・ユペールで描く、儚くも美しい人生。迎えた最後の夏。ポルトガル世界遺産シントラの町を舞台に、女優フランキーが仕組んだ「家族劇」とは。 夫にブレンダン・グリーソン、友人にマリッサ・トメイ、息子にジェレミー・レニエ、元夫にグレッグ・ギニア。監督・アイラ・サックス。 2020年8月23日 シネマ・クレール ★★★★
2020年09月09日
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8月に観た映画は、まだ4作品だけだった。 なかなか増えない。二回に分けて紹介する。 「一度も撃ってません」 東京に残る昭和の飲み屋や喫茶店、そして寡黙なポパイと呼ばれるマスター、寡黙なパーテンダー、紅糟の妻、暗黒街と繋がるヤメ検、「人生最後の悪あがき」と嘯く元女優、それらしい臆病な殺し屋、それらしくないホントの殺し屋、東京の午前零時の雑多な姿が未だ映画になるかも知れないとコメディに仕上げた。秀逸なコメディにはなったけど、もはや北方謙三は、これを舞台に、小説を書けない、だから水滸伝に向かったのだととも確信した夢のような作品でした。 原田芳雄揮毫の「y/z」というバーは、多分ホントにあるのだろう。コロナ禍の元、どうなっているんだろ。 Introduction 市川進、御年74歳。彼は巷で噂の伝説のヒットマンだ。……というのは、まったくの嘘! 本当の正体は、理想のハードボイルドを極めるただの小説家だった!―― 日本映画界を代表するバイプレーヤーの石橋蓮司が、阪本順治監督(『大鹿村騒動記』『半世界』)の熱いラブコールを受けて19年ぶりに78歳で映画に主演。ハードボイルド・スタイルで夜の街をさまよう、完全に「時代遅れ」の主人公を渋く、そしておかしみたっぷりに演じる。 共演には、妻役の大楠道代をはじめ、夜な夜な市川のもとに集まる怪しげな友人役に岸部一徳と桃井かおり。「探偵物語」の丸山昇一が描く最高にしゃれたオリジナル脚本を得て、実力派レジェンドたちの夢の共演がここに実現した。 本作の魅力はそれだけではない。いまや日本映画を牽引する主演級の役者陣もこぞって参加。佐藤浩市、豊川悦司、江口洋介、妻夫木聡、井上真央、さらに柄本佑、寛 一 郎など 「令和」を担う若き俳優たちなど世代を超えたガチの演技合戦も見物だ。 人生最期の究極の「こだわり」を「かっこいい」とするか「悪あがき」と呼ぶか――。 いまだ青春時代を忘れられない大人たちの、「おかしみ」と「愛らしさ」たっぷりな「ハード(ト)ボイルドコメディ」が、2020年ゴールデンウィークに「心を撃ち抜く」映画になること間違いなし! (ストーリー) 大都会のバー「Y」で旧友のヤメ検エリート・石田や元ミュージカル界の歌姫・ひかると共に夜な夜な酒を交わし、情報交換をする。 そう、彼は巷で噂の「伝説のヒットマン」だ。 今日も「殺し」の依頼がやってきた――。 がしかし本当の姿は…ただの売れない小説家。 妻・弥生の年金暮らし、担当編集者の児玉からも愛想をつかされている。 物語のリアリティにこだわり過ぎた市川は「理想のハードボイルド小説」を極めるために、密かに「殺し」の依頼を受けては、本物のヒットマン・今西に仕事を頼み、その暗殺の状況を取材しているのだった。 そんな市川に、ついにツケが回ってきた。 妻には浮気を疑われ、敵のヒットマンには命を狙われることに! ただのネタ集めのつもりが、人生最大のピンチ。 「一度も撃ったことがない」伝説のヒットマンの長い夜が、始まる。 2020年8月9日 シネマ・クレール ★★★★ 「ANNA アナ」 私の生涯マイベストに「レオン」がある。少女が果敢に理不尽な悪に挑み、無骨な不良がそれを助ける。やがて、ヒロインから見事に世界のトップ女優に変身したナタリー・ポートマンは、リュック・ベンソン監督の世界観を否定する。「少女にあんなことをさせるべきではない」と。 今回のアナは、もはや少女ではない。それだけに、暴力性は「レオン」の比ではない。だから、その比較で言えば「若い女性にあんなことをさせるべきではない」のかもしれない。しかし、それに似ているからこそ「レオン」に似た「新ヒロインに対する見守り感」が出現し、最後は「良かったなあ」と感じた。 まるで「マトリョーシカ」のように、次から次へとたましとおすスパイの世界を、ロシア崩壊直前の西欧に舞台を移し、ノンストップで見事なエンタメ作品を作った。どうしてこれが単館上映なのか、不思議でならない。 (解説・ストーリー) 『ニキータ』『レオン』『LUCY/ルーシー』に続き、 リュック・ベッソン監督が〈闘うヒロイン〉で放つ ノンストップアクションエンターテインメント! 世界を操る2大組織KGBとCIAの脅威と化した頭脳明晰で驚異の身体能力を誇る最強の殺し屋アナに成功確率0%の究極のミッションが待っていた!! 1990年、ソ連の諜報機関KGBによって造り上げられた最強の殺し屋、アナ。美しきファッションモデルやコールガールなど複数の顔を持つ彼女の使命は、国家にとって危険な人物を次々と消し去ること。その明晰な頭脳とトップクラスの身体能力を駆使して、国家間の争いを左右する一流の暗殺者へと進化を遂げるアナ。そんな中、アメリカのCIAの巧妙な罠にはめられたアナは、捜査官レナードからCIAに寝返れという驚愕の取引を迫られる。だが、二重スパイという最大の試練を前にしたアナは、さらなる覚醒を果たし、世界の命運を握る2大組織の脅威へと化していく──。 『ニキータ』『レオン』『LUCY/ルーシー』で魅力的な〈闘うヒロイン〉を世に送り出し、『TAXi』『トランスポーター』『96時間』シリーズをプロデューサーとして世界的大ヒットへと導いたリュック・ベッソンが、本作では監督・脚本・製作を担当。映画への深い愛と冒険心に溢れた初期作品のスタイルとテーマに自ら回帰し、フルスピードで展開する行先不明のストーリーと、武器を持たずに敵地へ乗り込んだアナが5分で40人を倒すなど、リアルかつ壮絶なファイティングシーンを完成させた。 スーパーモデルからアクションスターへ! オスカー女優と実力派俳優との華麗なる競演で誰もが爽快に騙される結末が完成! 主人公のアナには、16歳でランウェイデビューを果たし、シャネル、ディオール、ヴァレンチノなどハイブランドのモデルを務めるロシア出身のスーパーモデル、サッシャ・ルス。1年をかけてマーシャルアーツを学び、『ジョン・ウィック』シリーズでも話題の〈ガン・フー〉をマスターし、レストランではグラスに皿、フォークまでを駆使して息をのむアクションシーンを成し遂げた。本来のキャリアであるファッションモデルの華麗なお仕事シーンとのギャップで、観る者を楽しませてくれる。 殺し屋としてアナを育てたKGBの上司オルガ役には、『クィーン』でアカデミー賞を受賞したヘレン・ミレン。ヘアメイクと眼鏡、完璧なロシア訛りで毒舌捜査官に変身、パワハラ上司が少しずつアナに愛情を感じていく様をウィットに富んだユーモアを添えて演じた。スカウトしたアナと恋におちる肉体派のKGB捜査官アレクセイには『ワイルド・スピード ICE BREAK』のルーク・エヴァンス、アナを寝返らせる頭脳派のCIAエージェントのレナードには『ダークナイト』のキリアン・マーフィ、他にも『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』のアレクサンドル・ペトロフ、ロシア生まれのファッションモデルで本作がスクリーンデビューのレラ・アボヴァと、独自の世界を切り開く個性派が顔をそろえた。 撮影監督は『フィフス・エレメント』でセザール賞に輝いたティエリー・アルボガスト、音楽には『グレート・ブルー』で同賞を受賞したエリック・セラと、初期のフィルモグラフィからベッソンを支える一流スタッフが集結した。 二重スパイの果てにCIAエージェントのレナードによって、KGB長官暗殺作戦に引きずり込まれるアナ。この成功確率0%の究極のミッションを前に、必ず生き抜くと誓ったアナが見つけた、2大組織を出し抜く道とは──? すべての予測を爽快に裏切るノンストップ・アクションエンターテインメントが誕生した! 2020年8月16日 シネマ・クレール ★★★★
2020年09月08日
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「コロナ後の世界を生きるー私たちの提言」村上陽一郎編 岩波新書 コロナ後の世界が不安でたまらない。世界的な知識人の本も刊行されているが、私の住んでいる日本の未来について考えたくて本書を紐解いた。 まとまりのない、日本らしい雑多な文書集である。24名もの人たちが、5月末ぐらいの情勢を鑑みて感想を述べている。 意外だったのは、あまり悲観的な意見がなかったことである。私は、権力に国民を制限する力を与えたのだから、これをきっかけにそれを大きくすることはあっても元に戻すことはないのではないか?と思っていた。しかし、私はひとつのことを忘れていた。私たちは、「感染症を収束させるために一時的に自ら主体的に制限を受けた」のである。その過程は公開されていた。この目的と期間を逸脱するような政府は、おそらく日本だけではなく、世界でも直ぐに淘汰されるだろう。 しかし、細かいところにはまだまだ不安もある。そして希望もある。以下、参考になったところの私的メモ。冒頭に名前と専門領域も載せる。 ・高山義浩(医師)コロナの基本再生産数は1.4-2.5と試算されていて、日本人口の29-60%が免疫を獲得すれば収束にいたり、麻疹の92-94%と比べれば少ない。しかし感染力は強くないからじっくり進み僻地まで感染が進むのは数十年かかるかも。ワクチンが開発されても、死亡率の低い若者の接種率は低くなる。副反応リスクがあればなおさら。 ・村上陽一郎(科学思想史)ポピュラー・センティメント(世論)を煽るデマゴーグは気になる。今度の厄災を好機に転じてウェブ上の真偽を見分ける術を人々が学ぶことができれば、と思う。 ・ヤマザキマリ(漫画家)ドイツのメルケル首相のテレビ演説が称賛を受け、欧州各国の演説がすごいのは、ローマ時代からの伝統。国民は演説能力で権力者に民衆を纏める力があることを知るからだ。そのための教育が欧州ではなされてきた。日本にはない。イタリア人は、マスクをするのは病気への敗北と屈服を象徴するものと考える。だからマスクをすると偏見を受ける可能性がある。ウイルスを敵とみなしたり戦争に例えるのは旧約聖書に根付く人間至上主義的な欧州であり、融通念仏絵巻の門番に説得され、退散する物分かりの良い疫病の日本は、感染症の惨事は忘れてしまう。 ・ロバート・キャンベル(日本近世・近代文学)「民度」は、1870年以降の和製単語。差別的な文脈で使われる。強さを強調するつもりが、かえって「向こう」にいる人々の不信を買い、損失を招きかねない。 ・山口香(柔道家)IOC会長と安倍首相との会談でオリンピック延期が決まった時に、JOC会長の山下氏はいなかった。ホントに開催を決める時には、スポーツ界も議論に加わるべきだ。アスリートファーストと言いながら、実態はそうではない。猛暑時にしか開催できないのは何故か、決勝の時間帯が朝に設定されているのは何故か、マネーファーストだという本質に気が付きながら続けていく価値があるのか?各競技は、五輪でなければならない価値を自ら説明できなければならない。 ・出口治明(人類史)全世界が直面している課題は3つ。(1)ステイホームは真っ当な政策(2)その政策が可能になるのは医療従事者、流通、食料生産者、交通・運輸の人たちか外で働いているから。彼らに感謝と支援を。(3)そして、ほとんどの人が収入減になり1番ダメージがあるのは、パートなどの社会的弱者。所得の再配分をどのように短期間で設計・実施できるか、各国で競っている。過去三度のパンデミック(ペスト・コロンブスの米大陸進出・スペイン風邪)は全てグロバリゼーションを加速し、国際協調を生み出してきた。 ・杉田敦(政治学)日本の政策は、国境封鎖は遅れた。「クラスター」隔離導入。聞き込みという警察捜査的手法。緊急事態宣言。PCR検査の絞り込みは、医療崩壊回避が目的で、その後余裕ができても拡大への転換は時間を要した。外部専門家を導入しなかったのが政策の硬直化につながる。 ・藻谷浩介(地域エコノミスト)筆者は「コロナで日本は変わらない」と考える。自粛が通用したのは「人より先に罹患して余計な口出しをされたくない」から。行動変容よりも、手を洗う、マスクする、室内を清潔にする、他人に触れない、近い距離での会話は慎むという昔ながらの湿気が強い島国ならではの所作が最も効果的だった。日本の今までの大変革(江戸・明治時代の始まりや戦後)は、実は伝統回帰だった。「自作農中心の村落共同体」「対外緊張回避・絶対権力者忌避」だから変わるとすれば「伝統回帰」の方向へ。通商を重視した周辺諸国との妥協と融和、女性のリーダーシップへの信頼、小さくて弱い中央政府、多極分散型国土構造、空論よりも実学重視へ。分散型経済は、今までも進んでいたが東京集中というイメージを取り払えればもっと進む。東京は、これからもリスクの高くコストの高い場所になり続ける。若者の自覚が必要だ
2020年09月07日
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毛利甚八さんの遺作ともいえる「「家栽の人」から君への遺言〜」の書評は既に書いた。今回刊行時に毛利甚八さんの病床から命を削ったインタビュー記事があるのを知った。 本を読めない人は、このインタビューだけでも読んで欲しいと思う。 「家栽の人」から君への遺言〜それでも僕は犯罪加害者を「悪」と断罪しない 末期ガンの病床で語ったラストメッセージ あとを絶たない少年犯罪。それでも私たちは「糾弾」ではなく、その先の「可能性」を信じることができるのではないか――こうしたメッセージを世に問い続けたコミック『家栽の人』の原作者・毛利甚八氏は、2015年11月21日、パレット食道ガンで逝去されました。 毛利甚八氏。2015年11月21日逝去。享年57 本記事は、遺作となった『「家栽の人」から君への遺言』の刊行にあたって、末期ガンの病床で受けてくださったインタビューです。毛利氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。(編集部) 命が軽くなっている 抗ガン剤がすごい勢いでじわーっと体の中に染み込むのを感じながらいろいろ考えていたのですが、みんなが死に対して無感覚になっていく時代が来ているのではないか、という気がしてきました。 どういうことか。みんなが「少年Aはけしからん」などと言って、自分たちの倫理、正義、善、あるいは絆などを一生懸命守ろうとしてるんだけど、実は足元からそういうものがすごい勢いで崩れ去っているのでは、と思えるのです。 社長が年に2億円もらう一方で、契約社員は年収200万。そんなふうに資本主義の論理はガンガンと浸透してきて、当たり前のようになりました。人間としては100倍も違いはしないはずなのに、片方は大金持ちで、片方は貧乏。 で、貧乏になっていく人は生活の根本から、善や美などが壊れてゆき、人が死んでもあまり感情が動かない、そんな世界に踏み込みつつある。逆に金持ちの側も、企業の不祥事を見ればわかるように、感情も倫理も破壊されていく世界で生きるしかなくなっていく。 結局、どちらの世界でも同時進行的に命が軽くなっているんじゃないかなあ。 だから僕は『「家栽の人」から君への遺言』を書きながら、「人が『殺意』に対して無感覚になっていくのは、もしかして必然なんじゃないか」とすら思うようになりました。 毛利甚八氏の遺作となった『「家栽の人」から君への遺言』 それでも、人は「善」を求めてしまう。そこにフィクションの役割があると思う。 人は現実を否定するために、必死でフィクションを作って、「善」を表現してきた。だけど現代は、膨大なニュースが「人の命を軽視する構造」の存在をあからさまに教え込むようになっています。 “悪”を糾弾するのは、カネがかからないからです しかし、社会は善悪の話を求めている。その理由は簡単で、起こった出来事を善悪の話にすり替えれば、カネがかからない。タダですむんですよ。 飲酒運転で人をひき殺すニュースがあったら、加害者を悪として断罪すれば、それで終わり。だけど本当は、運転者に酒を出す居酒屋、その居酒屋に酒を入れる酒造メーカー、あるいは車のメーカーでも、みんなで「飲酒運転の被害者を救済する基金」を作ればいいんです。 そうすれば飲酒運転の根絶にどうすればいいか、メーカーも本気で考えるでしょう。基金を使って居酒屋からバスを出すとか。もちろん、被害者の救済も前進するはずです。 だけど、現実は知らんぷり。カネがかかるから、加害者を糾弾して終わりにしようとしている。 そうじゃなくて、飲酒運転の被害者やその遺族に何かを残すような仕組みを、みんなで社会的なコンセンサンスのもと構成しましょうよ。だけど、それを知らんぷりしてる世界があるんです。 その結果はどうなったか。地方で運転代行を頼むカネのない人は、誰も居酒屋に行かなくなってしまった。だからどんどん居酒屋の経営が厳しくなって、お店も減っていきましたよね。 こうして「みんなでコストを負担しよう」とは考えずに「悪」を責めるだけで、地方の貧困を加速させてしまったのです。 みんな、土手に行ってぼんやりすればいい 僕は少年犯罪が起こったとき、安易に加害者を「悪」だと断罪しないで、もっとちゃんと考えよう、と言ってきたのだけど、そうしたらインターネット上でものすごく叩かれました。本当に酷いことをいっぱい書かれました。 でも、匿名掲示板などで悪意に満ちた言葉を書く人だって、心の底から「人を殺した人間は全員かならず死ね」とまでは考えてはいないと思う。 彼らはいつも同じようなことを書く。誰かの言葉をコピーしてるのかもしれません。どこかに正しい世界があって、それが実現しないのは誰かのせいだと思い込んでいる陰謀論者なのか、それとも人間の正義みたいなものを信じすぎてるナイーブな人たちなのか。 後者だと思える僕には、あの「死んでしまえ」といった書き込みが、泣き声に聞こえるんです。 みんな、土手に行ってぼんやりすればいいんですよ。ぼんやりして「何もない時間」をどう言葉にするか考えればいいのに。コピーを重ねてしまうのは、内側から湧いてくる言葉がないんじゃないかなあ。 「何か、体を使う目的を見つけてそれを一生懸命やれ」って言うつもりはありません。それって逆に面白くないですよね。引きこもりは軍隊に行けって話ですからね。 『「家栽の人」から君への遺言』では、人が人を「悪」と断罪する行為に対して、人生を賭けて抵抗している人々のエピソードも書きました。非行少年100人を雇ってきた野口石油や、元不良を有名大学に進学させてしまうフジゼミの話です。僕はあの人たちを見て、「人を救うことが自分を救うことになる」と気付きました。 僕は正義を執行するようなノンフィクションは書けません。「善」や「正義」を振りかざしてケンカして、結局ダメになっちゃった先輩世代たちを見てきたからだろうな。 でも、世間からは「人権派」に見えるみたいです。実際は弁護士の人たちの側と、匿名掲示板にいるような人と、その中間にいるんですよ。要するに、社会というのをわかっていない、中途半端な立ち位置なんです。 だから一人で、探りながら書いていくしかない。でも取材をすると、その相手を好きになってしまう。『家栽の人』を書いたあと、結局は自分の責任を感じながら、少年院の中に入っていってしまいました。でも、完全に少年院の人間にはなれない。少年たちのそばにいることしかできなかったんです。 合理的に考えれば、人からちょっと又聞きしたり、本からちょっと盗んだりするだけで、十分に書けたでしょう。でもそうしなかったおかげで、僕は人からアイデアも何も盗まずに、自分で責任を取れる場所まで歩いてゆき、そして引き返してくることができた。 「少年院ってなんですか」って言われたときに、「少年院のこういうところまでは見ました」って素直に言うのが僕なんだろうね。 もっとちゃんと回り道しながら考えようよ この『「家栽の人」から君への遺言』は、まず半分が、実際に起こった少年犯罪に対して、著者である毛利という人はどう働きかけていくのか、を書いた。残り半分で、その働きかける毛利という人はどういう人だったか、をちゃんと書く。こういう構成になりました。 なぜなら、メインテーマである佐世保の同級生殺害事件について、善悪ではなくて、加害者少女の「失敗」は何だったんだろうか、を突き詰めて考えたかったからです。 他人の人生を傍観しているときに、ふっと自分のことに思い当たる瞬間があるじゃないですか。この本の半分くらいが僕自身の話なのは、もしも加害者少女がこの本を読んでくれて、「そういえば私はどうだったんだろう」とか、思い当たる瞬間が訪れてくれたらいいな、と願っていたからなんです。 だから、僕も僕自身の人生について、少女と対話をするつもりで、丁寧に書くしかありませんでした。完成させるために抗ガン剤をいったん止めたので大変でしたが 人間が、自分の人生に本当に気が付く瞬間はいつだろうか。 たぶん、何かに頑張っている最中ではないんじゃないかなあ。仕事が終わって家に帰って、発泡酒とか飲みながらぼんやりテレビを見ているときに、ハッと自分が10年以上前にやったことの意味を思い出したりする。僕は、それが人間の「気付き」の一番深い形態なのではと考えています。 何にも考えなくていいときに、無駄話に接していたら、自分の中から「何か」が浮上してきて、思ってもみなかったことに気付く。そういう反省みたいなものが、「人を殺した」ということの中で起こるとしたら、どんなときだろうか。そして、そこに触れていくような無駄話って、どんな無駄話だろうか。それが今回の試みだったのです。 乱暴にまとめると、「人間もっとちゃんと回り道しながら考えようよ」という話になるのかな。 今回の試みは、そういう回り道をして、どこの世界にもうまく属せなかった人間が見た、「半分体を沈めながらの報告」なのですね。告発ではありません。少年院の中で怒鳴ってる法務教官も、僕がウクレレを教えた少年も、やっぱり取材した人は好きになってしまう。甘いのかもしれませんが、それが僕のやりかたです。 人の命なんか価値もない、なんてことは、哲学的に突き詰めていけばわかっている。だけど、「そうじゃない」と思って生きていくことの中に一人一人の人生がある。そして、「『そうじゃない』と思って生きてなかった」本人の心の中に、罪があるんだよ。 そういったことについて、いつか本人が「あっ」と気付くことがあればいいなあ
2020年09月06日
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「白土三平伝 カムイ伝の真実」毛利甚八 小学館文庫 単行本刊行から9年も経って今年2月やっと文庫本が出た、ということを最近知った。白土三平研究という分野がもしあるとすれば、唯一の伝記評伝である本書を今さら出すのか、とも思うが、ちょっとした未収録文書もある決定版である。毛利甚八さん(名作「家裁の人」原作者)が急逝して5年経つ。もはや、白土三平翁からこれ以上のことを聴ける人物は存在しない。毛利甚八自身の再評価も、されるべきだと思っている。 父親でプロレタリア画家の岡本唐貴の人生をなぞるかのような白土三平の人生、そして仲間や白土三兄弟が欠けても次々とマンガが生まれる人生は、名作「忍者武芸帳 影丸伝」や「サスケ」の内容と被っている、ということは既に書いた。だとすれば、まるで影丸のように誰ひとり知られることなく有名漫画家白土三平が今年や来年に亡くなっていたとしても、わたしは全然驚かないだろう。(どう被っているのか、詳しくは、単行本「白土三平伝」(小学館) 「岡本唐貴自伝的回想画集」(東峰書房)のマイ書評を参照してください) ここでは、新たに加わった文章その他に対する私の感想を述べたい。 毛利甚八さんは「白土三平フィールドノート」を連載していた頃の雑誌「ビーパル」のライターとして、白土三平と知り合う。そこで「影丸伝」の影丸の顔のモデルは、ロシア画家が農民一揆の指導者・ステンカ・ラージンを描いたものを参考にしたと聞き出している。 「全共闘の若者が『忍者武芸帳影丸伝』や『カムイ伝第一部』に圧倒されたのも(そして後にはその重苦しさに反発していくのも)、権力とはなにかを問い続け、その姿を執拗に描いていく白土三平の動機が、学生たちとは比べものにならないくらい切実で、それを見極めたいと願う心が学生たちよりもはるかに純粋だったからだろう。なぜなら、白土三平(岡本登少年)にとって、権力とは想像上の概念ではなかった。その目から逃げまどう対象として、父に怪我をさせた当事者として、彼が物心ついた時から実在する怪物だったのだ」(216p) 白土三平の描く権力の巨大さや強かさは、『カムイ伝第二部』でも出てきている。 毛利甚八さんは神話伝説シリーズの『サバンナ』や『バッコス』を大きく評価している。同感である。いつか再読したい。 「『カムイ伝第三部』への展望」という一章がある。ここが今回文庫本に新たに付け加えられたようだ。「白土流のユートピアの総決算が、読者諸兄の前にあらわれることになるはずだ」と著者は勿体ぶって書いているが、新しいことは一つもなかった。そもそも、わたしは第三部は絶対に現れないと思っている。影丸一族は、白土三平1人を残してみんな霧散霧消した。圧倒的な画力を持っていた弟の岡本鉄二もいなければ、次々とアシがプロとして独立していった後のスケジュールを調整すべき弟のマネージャーも既にいない。11年前に白土三平は試しに独力でカムイ外伝の中篇を描いてみたが、デッサンは狂っているは、ストーリーは以前の物語の焼き直しで尚且つ新しい試みも一切なかった。当然この80pほどの作品「カムイ外伝 再会イコナ」は未だ単行本化されていない。白土三平の漫画は、ストーリーと画を総合的に統一して作るものだった。その総合力が既に破綻しているのである。第三部への構想は何処かにあるのかもしれないが、いくら画力のある者が見つかっても、赤目プロがそれを描くことはないだろう。 今回加筆部分含めて再読して、著者との気まずい別れからの仲直り、元アシ小島剛夕との和解部分は、改めて感慨深く読んだ。著者は書く。 「思えば、筆者である私が一匹狼として生きてきたために、私は白土三平の、組織のリーダーとしての一面を書き落としてきた。自分の印税で「ガロ」を創刊し、多くのマンガ家をデビューさせたことも、講談社児童まんが賞の審査委員として水木しげるや永島慎二、石森章太郎の受賞に力を尽くしたことも、白土さんが岡本唐貴から受けついだ家長の性質からくる「優しさ」や「包容力」の表れ。しかし、白土さんが自慢話を嫌がることもあって、私はそれを充分に書いていない。「白土三平は、なんてカッコイイ男なんだ」私は79歳になった白土さんに、あらためて目を瞠ったのだ」(241p)白土三平は、今年喜寿を過ぎたという(今年4月に喜寿記念の短編集が出ていた)。 リーダーや家長としての白土三平と、マンガがどうリンクしているのかは、私の書評もいくらかは追い求めた。もっと詳しいことは、やがてくるであろうXデーを機に大いに研究されるだろう。そうでなくてはならない。そうではなくては、白土三平を中心として世界史的に異質に発達した日本の初期劇画の本質がわからないままになるからである。私自身の課題としては、「カムイ伝第二部」の再読・再評価を早々に終わらせなければならない。
2020年09月05日
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「図書2020年9月号」 岡山県高梁市は、連続猛暑日の日本記録を更新し、果たしていつまで延びるのかわからない。その20数キロ南に住んでいるわたしも、今年はそろそろ部屋にクーラーを導入しなければ痩せ我慢死になる危険性を孕んできた。何しろ夜の12時を過ぎても30度を下回らない。それが確か、20数日間続いている。 今月号は、「幻の日本初新元素」とか「久保田万太郎の俳句」とか「コロナ禍」とか「トルストイ」とか「ドストエフスキー」とか「アリス」とか「ゴッホのひまわり」とか「赤ちゃん」とか「原発」とか「ダンテ」とか、魅力的なキーワードを持つ文章に溢れていたけど、夏バテなのか、全然頭に入らなかった。ようよう読み通したのは、「多摩川沿いの工場で(1)」で斎藤真理子が死刑囚永山則夫遺した小説「土堤」について考察した文章のみだった。朝鮮人街で働いて、初めて人間らしい扱いを受けたにもかかわらず「ー俺より下がいた。」と呟く青年の心理を描いた小説だ。永山則夫は、そこで働いた年に、盗んだ小さな拳銃を人に向かって撃って死刑囚になる。なにか気になって仕方ない。永山則夫の文章は『無知の涙』を読んだことがある。これがホントに無学の青年が、獄中のみで独学で学んだ末の文章なのか?ここまで人間は変わることができるのか?そう思わせるに足る文章だった。永山則夫の小説(私小説?)も読んでみたい。 「図書」には、後半に必ず「新刊情報」がついている。読んでみたいと思ったのは、『白い病(カレル・チャペック)』(岩波文庫)。1937年刊行の未知の疫病流行を扱ったSF戯曲。もうひとつは、『定本酒呑童子の誕生(高橋昌明)』(岩波新書)。酒呑童子の原像は、都に疫病を流行らせる汚れた疫鬼だった、という内容らしい。コロナ禍のもと、「隠れた名作」を見つけたい。 2020年9月1日記入
2020年09月04日
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「張り込み日記」撮影・渡部雄吉 構成文章・乙一 若竹七海「錆びた滑車」巻末おまけ「冨山店長のミステリ紹介」のお勧め。昭和33年に茨城県で発生したバラバラ事件の捜査をする茨城県警と警視庁の刑事2人組に同行、彼らを撮影したカメラマン渡部雄吉の密着写真集。現代では絶対不可能な企画。 「ー滑車」読了日に試しに借りてみる。ひと目見てのめり込んだ。こんなのドキュメンタリーでも、もうあり得ない。本物のベテラン刑事(警視庁の方)が、ホントに小説に出てくるままに聞き込みの時はにこやかに、推理するときには苦虫を潰して歩いている。煙草でもうもうとした会議室。狭い部屋に20名が、いかつい顔を突き合わせて、ああでもない、こうでもないとメモに書きとる。丸こい湯飲み。二本の黒電話。電話がかかってくる(表紙の写真)。急いで咥えタバコでコートをはおる。ハンチング帽を被って外に出れば、都市化直前の幅広い道路にまばらな車の東京だ。下町を足で稼いで聞き込み捜査。店は未だ配給所の面影を残している。ヌカ一杯15円、小麦60円。飯場の立ち食い屋、一食10円均一。そこで出されているのは、雑炊とかスイトンとか。下町のうなぎ丼、天丼、餃子丼全部150円。笑顔のベテラン刑事。新米の茨城県警刑事は厳ついままだ。歩いて聴いてゆくのは、ドヤ街や旅館などの下町ばかりだ。路地で遊ぶ子供たち。女将さんがそのまま30年代の小さな旅館の女将さんみたいだ。演技じゃないんだ。捜査は水戸へ、または岐阜県へ。旅館で聞き出した容疑者の住所が岐阜県だったのである。しかし1ヶ月の聞き込みの結果、住所は偽りだという結論に至る。手がかりは遂に途絶えた。 ここまでが、写真集の約半分である。もう一度いう。これはまるでドキュメンタリー以上だ。刑事の頭を抱える苦悩も、本物だ。もう2度と撮れない。そしてまるで一冊の推理小説である。よってこれからの展開は、もう書かない。文章は乙一。2014年再刊の時に、ドラマチックに構成し直している。 「ー滑車」では、元刑事だった祖父へのクリスマス・プレゼントにと、古書店のお客が買った。ぴったりだ。きっと喜んだことだろうと思う。
2020年09月03日
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「錆びた滑車」若竹七海 文春文庫 今年初めに彼女(葉村晶)のことを知ってから、ずっと人生を追いかけてきた。そして現代に近づいてきた。2018年8月文庫書き下ろし。物語は、その冬の真っ最中に終わる。2017年秋には、東京オリンピックのことも知っていたし、40代中頃だと言っていた。物語の最後には、吉祥寺の知る人ぞ知るミステリ専門古書店の二階に探偵社を兼ねて住み着くことになった。いよいよ逢いにいけるかもしれない(←いや、ムリだけど)。 「世界で最も不運な探偵」という冠はそのままに、けれども今回の解説子はそのことには触れずに「古今東西の推理小説や、場合によっては映画に関する蘊蓄」を持つ「マニアックな探偵」として紹介している。ちょっと我が意を得たり。物語のキーマン、ヒロトの信頼を勝ち取るきっかけになった会話で、葉村晶は、昔読んだ本でタイトルを思い出さないヒロトに易々古本屋の棚から当該本を渡す。 「夏休みに金貸しが殺されて、緑色のズボンとパン屋が出てくるやつ。警部さんが食べる、焼きたてのクリームパンがうまそうだったんだよなあ」もちろん「罪と罰」じゃない。「カッレくんの冒険」(岩波少年文庫)である。葉村晶によると、「児童ミステリの基本中の基本」らしい。そうなのか? それと、歳はとってもやはり彼女は自己肯定感が少なくて友だちに優しい。 「わたしが瑠宇さんを傷つけたわけではない。彼女も勝手に傷つき、しかも傷ついたのをわたしに知られて、さらに傷ついていた。何ひとつわたしのせいではなかったが、後味は悪かった」(102p)果たして葉村晶は瑠宇さんの恋のキューピットになれるのか? それと、現代に近づいてスマホはどんどん高性能になってきたけど、葉村晶の詩的な呟きは健在である。 「引き戸の脇に日本酒メーカーのポスターが貼ってあったが、徳利を差し出している着物姿の女性は三十三回忌を過ぎた魂魄並みに消えかけていた」(188p) 「遊園地は祝祭の上に祝祭を重ね、非日常の上に非日常を乗せて、訪れる人々をめいっぱいもてなそうとしていた」(305p) 例によって、わたしは葉村晶の事件のことは一切語らない。ミステリ好きならば決して裏切らない、と保証しておこう。伏線回収好きな読者も十分満足できる。「錆びた滑車」の文句がまさか此処で出てくるとは!とは思った。タイトルさえ、伏線だったのか! あと一冊しかない。次回を紐解くまで、いつまで我慢が持つのか。
2020年09月01日
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