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ピアノの基礎を習い始めて一ヶ月がたつ。最初、弾き方についてへんな先入観いっぱいで習いだした私の頭からたった一ヶ月のあいだにいろんなことがうまく消滅していってそれと入れ替わるようにして私の指や手首や腕なんかの身体部分が文字通り身をもってレッスンで経験したものだけが楽で正しい理にかなったピアノの弾き方を自分に教えてくれるようになっていた。左手が強すぎてどうしようもなかったのもこの一ヶ月でだいぶん改善したしなによりも今日のレッスンでもって脱力の感覚が確実につかめた!これにはヴォイトレやドラムのレッスンや昔やっていた剣道の、素振りなんかの基礎が実は大きなヒントになったりした。いまさらながら思い出したことはピアノ弾くのもやっぱり人体力学なんだ。。ということ。大人になるとなんだか哲学臭いことばっかし考えてやぁねぇ。。と思ってしまうんだけど私はこれらの感覚を求めてカルチャースクールを辞めて今の教室に来たのだから望んでいたものがすこしづつ手に入ってくるようになりこんな嬉しいことはない。フォームを掴むのは教室で先生が見てくださるけどもうひとつ、コード理論はやっぱり自分でしないといけない。で、こないだ日本に帰ったときによさそうな理論の本をゲットしてきた。。それから昔買った理論本も引っ張り出して持ってきた。三人の子持ち主婦にはなかなかあれこれする時間もないけど今日は力を抜く感覚が急にわかるようになってなんだか力がもりもり湧いてきた~(!?)
2009年05月29日

200グラム入りで1980ウォンだったか?・・クリームチーズとしては破格値で安売りしていた聞いたこともないようなブランドのブルーベリークリームチーズとパイナップルクリームチーズ。。このうちブルーベリーのほうを先に開けて食べてみたところ、前代未聞の不味さ~~はっきし言ってこれはバブルガムがペースト状になってるよなもんです!子供たちも誰も食べないので冷蔵庫にいつまでも置いとくわけにもいかずこれでレアクリームチーズケーキ作ったんですがはぁ~ やっぱりガムの味にはかわりない。。
2009年05月28日

納豆やヨーグルトを発酵させる器具が韓国には一般家庭にも普及してるんですが私もようやく、納豆作りのために購入してみました。それまでは電気の床敷き(チョンギチャンパン)のシングルサイズで発酵作業を進めてたんですがなんだかわずかな納豆のために電気代いっぱいかかってるような気がして。。。納豆は作り始めて日が浅いので納得行く出来のものはまだまだねぇ。。。↑ これ、10年くらいまえに日本の実家に滞在中、新聞広告の新刊案内でみつけて即出版社に電話して取り寄せたんです。でも実際にコレ見て作り始めたのは今年の春先から~10年もなにしてたんでしょ~ ^^;;しかしいろいろと参考になってます♪
2009年05月26日
http://www.youtube.com/watch?v=ZoM3jMfHFnYなんだか寝られなかったのでPCでいろんなことをググッていたら。。。21年前に交通事故で亡くなった友達がベースやってたバンドの動画がみつかりました。。。演奏は彼が亡くなったのちのものでこれは彼への追悼曲だそうです。彼が事故死したと知ったときの私の衝撃はそれはもうびっくりなんてもんじゃなかった。(過去日記 1 2 3)もうすぐ命日だからコレ見つけたのも偶然とは思えない。。。それにしてももう21年なんて。。。未だにあのマクドナルドでの胸騒ぎをありありと思い起こすことができる。亡くなったヒトが「知らせに来た」っていうハナシよく聞くけれどあれはきっとソレだったんだと私、確信しているんだ。。。。
2009年05月22日

娘たちの通う小学校につい最近合唱団が設立され、ウチの長女と次女が団員になっている。今日は市が主催する学生芸能コンクールの初日の《合唱の部》に娘たちが出るというので応援に行ってきた。まだ練習の回数も数えるほどしかなかっただろうによくぞここまで指導したなぁ。。と感心するほどまとまりがあったのには驚いた。衣装も学校のほうで全部準備してくれた。急に合唱団が出来たのもこの大会のハナシがあったからかしらん。。。? * * * * *放課後や土曜日なんか、練習にちょこちょこと時間をとられるから学習塾に熱心に通う子達の親なんかは子供が「合唱をやりたい」と言ってるのにやらせなかった。。。なんてハナシもちらほら聞いた。こういう、学歴やIQアップなんかになんの足しにもならん芸術活動はどうでもいいと思ってる親、きっと多いんだろうなぁ。。。。。で今日会場に足を運んでみたら合唱団員の親たちも応援に来てたんだけど見たらみんな日頃から私が仲良くしてるオンマばっかり。。そう、やはり《類は友を呼ぶ》でした。さて、あさっては長女が通っている小学校の全校代表として《ピアノの部》で演奏する予定です。市の全小学校からひとりずつ代表が出るみたいなので総勢60名ほどのコンクールみたいです。ちゃんと弾けるんでしょうか。。?なんか心配~(笑)
2009年05月20日
5月11日、木曜日だった。突然、実家の父から朝の11時過ぎに電話があり祖母がその日の夜明けに亡くなったとの知らせを受けた。で、急遽、飛行機のチケットをとり子供の世話も義姉さんに頼み荷物をまとめ、家を整理・掃除して午後3時には家を出て空港に向かい夕方の飛行機に乗ってあとは葬儀会場まですっ飛んで行った。。。着いたのは午後10時30分まえくらい。祖母は数えで100歳、死因は老衰、大往生だった。高校3年まで実家で一緒に暮らした祖母との思い出はそれはそれはいっぱいだが今はまだその思い出に浸る。。って感じでもない。今後、少しずつ。。なんだろうけど。しかし、今回、私は悟った。。。昼に「よし、行く」と決めたらその日の夜にはもう日本、こんなことって可能なんだわ。。と。自分が決断したらあとはみんなちゃんと準備されてるんだね。両親は私が行くことは不可能だと思っていたらしく「来なくていいから電報だけ頼む」と言っていた。でも、結局、私はお通夜には間に合わなかったけどお葬式には遺影を持ち、喪主である父に次ぐ大事な立場で式に参加したのだった。。。(祖母にとっての初孫だったし) * * * * *というわけで、今朝まで日本にいたんです。本当は夏休みにゆっくり家族で帰省する予定だったのですがその前に、思いもかけない日本帰国となりました。今回のことで感じたことってまたまたいっぱいあったんだけど。。それも、おいおい書いていこうかな。とりあえず、ご報告まで。
2009年05月14日

いままで不細工なのばっかしでしたが今回やっとそれらしいのが~~しかし大小のすだちぼこぼこがまだ出来ません。それにクープもすぱっと切れませんし。。クープはもっとがばっと開いてほしいし。楽しい試行錯誤は続くよ。。
2009年05月11日

サイキックスポット・扶蘇山城を後にして(笑)次に向かったのは国立扶余博物館。ここのメインはたぶん、これでしょう~あまりうまく撮れませんでしたが。彫りが実に細かいです。それに、でかい。(高さ62,5cm)《百済金銅大香炉》といって6世紀くらいのものだそうですが6世紀って簡単に言うけど、それって日本じゃ奈良時代よりも前よ?!しかもこんなにでかいし、彫刻は実に細かくて見事で、こんなのが土の中からひょいと出てくるって、すごくない??しかもキンキラ光ってるよ。。1500年たってもキンキラって、すごくない??あ、私、「すごくない?」としか言えないわ。百済時代のお宝を今回は他にもいろいろ見てきたけどもうね、「え、1500年まえのもの?うそでしょ」ってくらいありえないくらい、うそっぽいくらいに全然状態が損なわれてないし、また芸術性も高い。昔の人の美的感覚っていままであまり評価してなかったけど今回の旅ではさすがに「ごめんなさ~い 」って感じでしたねぇ。。。(笑)それから定林寺址にも行ってみました。ここには百済時代の国宝の五層石塔↑と、高麗時代の同じく国宝の石仏坐像があります。併設の博物館のほうへは閉館時間が迫っていて入ることが出来ませんでした。。扶余にはまだ訪ねてみたい史跡があったんですが連休初日の高速道路の渋滞に巻き込まれて扶余到着が遅れたため回れたのはたった三箇所だけでした。このあと、宿を予約してある公州へと移動。明日は公州めぐりです。 (つづく)
2009年05月02日

扶余・公州に行ってきました。子供たちの歴史のお勉強もかねて。しかし、一泊二日では足りなかったなぁ。。もっと足を運びたい史跡がいっぱいあったんですがそれはまた今度いつか行くことに。。 * * * * *さて、最初に訪れたのは忠清南道にある扶余(プヨ)。ここに百済最後の都・サビがあった。まずは、落花岩があることでも知られる扶蘇山城に。。ところが、ここで不思議な出来事が。以前、クリスチャンの殉教地《切頭山》を訪ねてマイ・デジカメで写真を撮ったときのハナシを書いたのだけど(こちら)それよりももっとあからさまに不思議です。旅日記でいきなりこれかぁ?・・って感じだけどなんか今回は《私的体験》っぽい内容になると思うので歴史案内のような文章にはなり得ないだろうことをあらかじめお断りしておきます。あ、で、その扶蘇山城での出来事なんですが。。↑の写真を撮るときからすでにそれは始まっていた。私のデジカメの反応がなぜか異常に鈍いのだ。とくにレンズの出し入れ動作がおかしい。。。レンズが出掛かって途中の位置で止まったまま動かない。上の写真を撮った半月亭(パンウォルジョン)ではまだかろうじてレンズの出し入れと撮影が可能な瞬間があったのだがさらに登って落花岩の上に建つ百花亭(ペックァジョン)まで来ると異変はピークに達した。もうレンズは中途半端に出たままで仕舞うことも出来ず、写真撮影も何度シャッターを押しても全く不可能。。。カメラはうんともすんとも言わなくなってしまった。そのとき思ったのは「ああ、ついにこのデジカメも寿命かぁ~~」という程度で別に動かなくなったことを不思議とは感じなかった。それでもふとうまく行く瞬間もあるのでは。。と百花亭のまえでさっきからポーズを決めて身動きをがまんしてるけなげな子供たちを前に何度も何度も撮影を試みたけどやっぱりだめ。。。「もう完全に壊れたね。。私のデジカメ」そう思って、子供たちの写真はアッパにケータイで撮ってもらった。それから、落花岩を後に、ゆっくり降りていくと皐蘭寺(コランサ)というお寺がある。さきほどの落花岩の崖下にあって距離はいくらも離れていない。そこで子供たちが「写真撮って~」と言うのでためしに駄目元で私のデジカメを構えてみたところ。。。。「あれ?」。。。である。動くのだ、まったく正常に。ただし、まだレンズは出るときにいくぶん引っかかるような感じで出てくるけどシャッターを押すとちゃんと写真は撮れた。一枚目に撮った写真は手がぶれて少々ピントが合っていなかったのでもう一度きちんと撮ることにした。そして、それがキレイに撮れてることをその場で確認して「ああ、なんか知らんけど、カメラ元に戻ったわ~」と単純に安堵したのだった。で、後日談だけど、帰ってきてから撮った写真を確認したら残っていたのはぶれたほうだけで、キレイなショットは なんとカメラから消えていた!こないだの切頭山と一緒だ。。。その後は何事もなかったかのようにカメラはいたって正常。。。動かなくなったのは落花岩付近にいたときだけである。あれは一帯なんだったの。。??? * * * * *ところで落花岩のこと、ご存知ですか?百済が660年に新羅と唐の連合軍に攻められ陥落したとき、3000人の宮廷女官たちがこの岩(頂上)の絶壁から白馬江めがけて自ら身を投じたという伝説のスポット。それから落花岩の崖下にある皐蘭寺というのは、この女官たちを供養するために立てられたお寺だそうだ。先ほど書いた《切頭山》もクリスチャン殉教の地だったがここもいってみれば貞操を守ってはかなく散っていった宮廷女官たちの『殉教の地』と言える。こういうスポットで二度もデジカメに異変が起きるとさすがに私も考えざるを得ない。。これは何かある。。と。にしても、私のデジカメって、なんて霊感がつよいんだろう。。しかし、私以外の人がこのカメラで撮影しようとしてもやはり同じ不思議が起こるんだろうか。。。??この辺、興味があるところですがとりあえずこれらの意味はこれからのちのち、ゆっくり考えてみることになるでしょう (つづく)
2009年05月02日
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