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贈り物。何十年の歳月を経て。。 私が子供の頃に祖母が「これで着物を作ってやりなさい」といって私の母にこの反物をくれたそうだ。 それを母が最近物置を整理中に見つけたらしい。「もう着物は作れないから何かあんた作れば」と送ってきた。 そういえば昔はこんなハギレが家にたくさんあってよく自分で小物をつくってた。 このごわごわとした手触り、ずいぶん久しぶり。いやぁ、ほんとに懐かしい。 で、何つくろうかしらん。。
2010年05月25日

過去日記、ぼちぼち更新予定~ 雨降りの月曜日。。 (韓国では)楽しかった3連休が終わりいつもの憂鬱な月曜日がやってきてそれもお天気がこんなで。。 でも今日は なかなか雨も悪くないな、と思える。ちょっと心が落ち着くというのか。 ところでさっき、 じっと我慢の子で半年以上持ちつづけた日本円をやっとウォンに換えてきた。久々に100円が1300ウォンを優に超えたね。まだまだ上がるのかわからないけど自分の引いてたライン超したからもう売ってもいいや。。と。 今月はとにかく出費がめちゃくちゃ多かった。韓国のオボイナル、ススンエナル日本でも母の日、それから季節柄 知人の結婚式も多かった。おまけにウチは病気の親戚のお見舞いも。 どこのお宅でもみんな大変だったよね。 なので、このピンチの月末の円高ウォン安、 ありがたかった~ さて、夕食の準備しなくっちゃ。。。
2010年05月24日

韓国でもメジャーになりつつあるのだ。ほんの一年前くらいは知らない人も多かった。 スーパーの一角に少しだけ、それも高い値段で5~6本入りのアスパラが売っていたのを時々どうしても食べたくなって買っていた。 あまり誰も買わないもんだからちょっと鮮度が落ちて少しくたっとしかけたものを値引きしてるとそれを買うことも多かった。(これでも充分) 値引き品でなくてもなんとなく鮮度はいつもいまいちでそれもうんと細いのとか うんと太いのとかあまり良質な感じではなかった。 原産地が東南アジアのものと国産ものがあったがどちらも見た目、似たようなものだった。 アスパラを買い物かごに入れて売り場を歩くと覗き込んだアジュマが「これ、何?」「どうやって食べるの?」とよく聞いてきた。いつもそれには軽い衝撃を覚えたもんだ。。 (じゃあ『アスパラベーコン巻き』も知らんねわたし的にはあんな美味いもん。。) ところが、今年は様子が違う。売り場の目立つところに沢山陳列され試食コーナーまでできていた(ぶった切りアスパラのぐちゃぐちゃマヨ和え!)。 国産のアスパラガスで見れば太さもちょうどいいし切り口もまだ新しい。値段も今までとは考えられないほど安い。 今年はアスパラガス、豊作らしい。 そうか、そうか これでブロッコリーのときのようにアスパラもまた 韓国でメジャーになってくれるとうれしいわ。
2010年05月23日

海だ~~^^今日はアッパが イベント祭りやってる海辺に行ってついでに潮干狩りしてこようというのでここ忠清南道 馬良(マリャン)浦口にやってきた、のだが、、、 あいにく天気が悪くって着いた頃にはすでに雨がしとしと。それで潮干狩りは中止。 お祭り《天然産 ひらめ・真鯛祭り》のほうも傘を忘れてきた我々は雨に濡れながらの見物で会場の隅々までは見て回れずわずか30分ほどで退散して車の中で待機していた。 そのわずかの間に撮った写真。↑これは釣ったばかりの魚をその場で刺身にしている釣り人たち。ああ 非常にうらやましい光景(私もヨスで体験したけど この味は格別) 大多数の人たちは 自分で釣らないで漁師さんたちの釣ってきたのを行列をなしてキロあたりいくら。。というふうに買っていく。 ↑見てみて、これが天然もののひらめ。見たこともないほど ばかでかかった!! 車の中で待機している間にアッパが会場に行ってひらめと真鯛を買い付けてきた。 これらはその場で刺身にしてもらいあまりに量が多いのですぐ食べる分と『お持ち帰り』に分けて『お持ち帰り』は真空パックにしてもらい魚をさばいて出来たアラと一緒にアイスボックスに入れてもらう。(アラはお家でメウンタン) その日のお昼ご飯は車の中でこの刺身。ごはんもおかずもなし!(笑)サンチュに包んでひたすら刺身だけをたらふく食べた首都圏では絶対ありえない安さ! お刺身大好きな我が家はまたきっと来年も刺身を食べにここへ来る気がする。(実はこの前日にもサーモンの刺身がマートでセールだったので夕食に頂いてた~~) それから海を後にして我々は海美邑城(ヘミ ウプソン)へ行った。 ここは平地に、しかも楕円形に陣取っているお城というのでそれがめずらしい(普通 韓国は山城が多い) それからここは3000余名のカトリック信者が殉教した地ということで『カトリック聖地』になっている。城の敷地内には拷問施設や獄舎それから信者を吊るしたという大きな木も残されている。 この木というのが最初見たときからいわくありげな木に見えたのだが脇にある説明の看板を後で見て「ぞっ」とした。 また私のデジカメに異変が起こるといけないのでここは写真撮影は控えた。 ちなみに先ほど訪れた馬良浦口は『韓国最初の聖書伝来地』である。 最後に、城内の乗馬体験施設。 あいにくの雨でだめだったけどちょっと乗ってみたかったなぁ。。
2010年05月22日

光化門の交差点。噴水が出来たりお花畑が出現したりずいぶんと和やかになったもんだ。 提灯がぶら下がってるのは明日お釈迦様の誕生日だから。(国民の祝日) オフィスはまだランチタイムじゃないから人はまばらって感じだけどこの後に昼食をとろうと どっと街にあふれ出すんだ。 今日は用事があってソウルに来てる。ついでにランチをアッパと約束して今、アッパの仕事が終わるのを待ってるとこ。 ああ、お腹すいた。。
2010年05月20日

朝、ローズマリーの種からやっと芽が出てるのを見つけた。 久しぶりにロールパンを作ったがなんだか久しぶりすぎでかっこいい形にするやり方をすっかり忘れてる。 そうだ、納豆も作ってたんだ。保温が終わったので保温器から取り出した。 で、今日はアルコール入りのシャンプージェルも作ったので保温はさっきの保温器でやることにした。 なんか知らんけどいろいろと ごちゃごちゃやってた一日。
2010年05月18日

子犬が保護されている可能性に気づくや否や私は「保健所」だろうか。。と思ったのだ。あとは遺失物の届出(首輪をつけた飼い犬だから)ということで「警察」とか。。。 まずは保健所に連絡しようにも番号がわからないのでいったん家に帰って調べようかと考えた、がもし愛犬家の立場でよその迷い犬を保護したら彼らはその犬を果たして保健所なんかに送るだろうか。。?? 韓国の事情はよくわからないが日本じゃ数日で殺されてしまうとか言うのだから韓国では数日どころか明日あさってかも。。? 保健所だとしたらすぐに飼い主がいてその犬を捜していることを伝えなければ。。 保健所のインターネットのサイトに《今日の迷子犬》というコーナーでもあるかしらん。。と思いとりあえずインターネットでコンタクトをとろうと考えたのだが家に戻って部屋に篭った状況で子犬が捜せるとはどうしても思えなかった。 情報はやっぱりこの街のどこかから。。というのが私の直感だったから家に戻っても何もないような気がして歩いてきた道を家には引き返さずそのまま歩き続けた。 「韓国では保健所や警察のほかに子犬の保護先ってあるかなぁ」とアッパにケータイで聞いてみると「よくわからない」と言うのでじゃあこういうことは動物愛護団体とか動物病院とかそういう機関とコンタクトをとるべきかな。。と思った矢先そうだ、目の前 数十メートルさきに動物病院があったではないか。 動物病院ならとにかく何らかの情報があるだろう。韓国の場合は保護した犬を普通どこに連れて行くとか、インターネット上に迷い犬専用サイトがあるかとか、そういうことを聞いてみようと思い私はその病院の扉を開けて中に入っていった。 「あのう、、実は子犬がいなくなりまして。。」 若い看護婦さんと白衣の男性獣医師がふたり唐突な来客におしゃべりを中断して真剣な顔つきになってこちらを見つめてきた。 「逃げたのは、今日午前中なんですけど。。」 「(間髪いれず真剣な顔で)どんな犬?」 「ええと、プンサンケの雑種で~耳が垂れてて~ あ、写真ありますけど」 こんなこともあろうかと出掛けにばっちりケータイに収めておいた写真を内心得意な気持ちで取り出そうとするのだが(笑)少し手間取った、、(汗) でもそのあいだにも、この病院のふたりはなんか緊張した面持ちというのか固唾を呑んで写真を待ってる。。という感じがあった。 で、やっと出てきたその写真を獣医師に見せたとたん 「あ!やっぱりこの犬だ!! おおっっ!!」 とびっくりしながらも顔をほころばせた。 「この犬は保護されてるんだ、ウチの顧客がココに連れてきた。ほら、連絡先を残して そのあと自宅に連れ帰っているよ」 と、その人の連絡先が書かれた黄色いポストイットをデスクの脇のあたりからひょいと剥がして私に見せた。 「いやぁ、よくココがわかったね、でも来るんじゃないかと思ってた」 とその獣医師に言われ、 「えー? これはドラマか?」と言いたくなるくらい 絵に描いたような展開で わけわかんないんだわ~~私はそのとき足が地面から数センチ浮いていたかもしれない。(笑) こちらもびっくりしてただ「カムサハムニダ」しか言えない。いやほんと 何でココにこんな最短距離で来れたのかわけわかんないし。。。 まあでも 話はすすめないと。。 で、その犬の飼い主は私ではないという旨を説明し子犬を引き取る件については大家さんとその保護してくださってる方との間で話し合ってもらわねば。。ということを伝えた。 そしてうちのアッパには子犬が見つかったことをその場で電話してすぐに伝え、大家さんに連絡を入れるのはアッパが担当することになった。 これでひとまず一件落着。ということのはずだったんだけどまあちょっとこの後 その動物病院が双方の仲介をしてたがゆえに少しゴタゴタありましてね。。。 でもこの日の翌日大家さんが地方から戻ってきて無事に子犬を連れて帰ってきた。 子犬の逃げた理由は誰かがいたずらで子犬を逃がしたのではなさそうだ。 もともと力の強いプンサンケの血を引くこの犬をキーホルダーの付属品のようなちゃちな金具のついた超小型犬用の鎖でつないでいたのだからいつかこの犬が鎖をぎゅうぎゅうと首で引っ張って自分で金具を壊してしまうことは予測できたことなのかも。 この一件で子犬にはもっと頑丈な首輪と鎖が与えられた。大家さん夫婦もはじめての飼い犬なのらしい。いろんなわからないことがあるのだと思う。しかし「散歩はつれて行ってね~」と私は言いたいのだが。。(そと犬は必要ないと思ってる韓国人、ほんと多い) 今回子犬捜しに自分がたどった思考の軌跡がビミョーに神懸かりチックだと思うのは 単なる自意識過剰? そして子犬の居場所を 自分の足で歩いて突き止めてしかもあちこち迷わずほぼ最短距離を歩いてる。 保護してくれてた人の住所をみると近所のアパート住人だったし仲介したのも近所の動物病院だったこともありたとえ私がその日のうちに子犬を捜せなかったとしてもそのうち『迷い犬預かってます』の張り紙が街に貼られて遅かれ早かれ子犬は見つかったのかもしれないけど。 でもね、あれは自分が勝手に捜してると言う感じではなかったの。 とくに「ああ霊視ができたら」と真剣に思ったあの瞬間からはなんか憑いたんかも。。ってのは冗談で。 念ずれば通ず、すべてはこれ。
2010年05月15日

アッパは何もいわずに車に乗り込んで出かけていった。 『車で捜す』って発想が私にはよくわからなかったが本人は車にのって病院に行ってきたその帰りに家の近所の交差点で子犬を見かけたそうなので車の中からでも見つかると思ったのか あるいは逃げて時間がだいぶ経ったのでどこかうんと遠いところへ行ってる可能性を考えたのか。。 でも私は子犬がそんなに遠くには行ってないと感じていた。 なぜならば 子犬が大家さんに連れられてはじめてやってきた時自分を覗き込む人間たちにぐるっと囲まれ怯えて縮こまってじーっと動かなかったことを思うと今回はじめて人や車の喧騒のなかに飛び出すかたちになっていくらなんでもスタスタと人や車を小走りに避けながら街を何時間もさまよい歩くなんて ちょっとありえないからだ。 まず、近くの公園に行って捜してみようかと思った。そして、そこで誰かに子犬をみたか聞きまわることも想定したとき子犬の写真が必要だと思いついた。急いでまた家に舞い戻って 次女に頼んだ。 「もし子犬の写真をケータイに保存してたらオンマのケータイに転送して」「でもなんで急に要るの?」とは聞かれたけれど、そこはまあ 適当なことを言っておいた。とりあえず、今はひみつだから。 それから子犬を見つけた場合 手元に引き寄せるためのビスケットを買っていこうと思いポケットに5千ウォン札を突っ込んだ。 いつもの公園に出かけていくとそこにはバトミントンをする親子、ベンチでたむろする制服姿の高校生たち中央広場で自転車を乗り回す男の子たち、犬の散歩をしているおじさんウォーキングをしているおばさん、等々いつもと変わらぬ土曜の午後の いつもと同じ公園の風景だった。 ざっと見回してみても子犬はいなさそうだ。どこかで「あ、子犬じゃん~」とか言ってわいわいやってる子供たちがいたら。。と思ったけどそんな光景もどこにも見当たらなかった。 さて、誰に聞いていったらいいんだろう。 ずっとここに長いこと居て目撃の可能性が高そうなのと言えばあの騒がしい高校生たちだろうか、それとも犬を散歩させてる人に声をかけたほうが犬捜しに何かしら協力してくれるだろうか。。 逃げてからずいぶんと時間が経っているのでこの子犬がここにいる可能性はまずないと思った。それでも「かなり前だけど子犬をみかけたよ」という目撃情報くらいはあるかもしれない。 でもかなり前の目撃情報を得てそこからどうやって子犬の居場所にたどり着けるだろう。 とにかく、ぐずぐずしてないで手っ取り早く誰にでも声をかけてみるべきだとは思うのだが、あれこれ思うとなんとなくそれもできず、しかたなく いないとは思いながらも子犬を捜すふりして公園を歩き回ったりした。 そのうち、だんだん「ここは子犬とは何の接点も持たない地帯みたいだ」という気がしてきた。 そして公園にいる人々を見ていたらその人たちと、子犬を捜してる私ともやっぱり何の接点も持たないような気がしてきた。 (ここは違うみたいだ。。。) で、次に私は「小学校のグランドへ行ってみよう」と思いつき公園を後にして小学校へと向かった。 向かっている間にもすれ違う人ごとに「あ、この人に聞いてみようかな」と思うのだが聞く前からすでに「接点がない」という感じが湧くのだ。 そしてグランドに着いてから子犬はいないだろうとは思ったけどそれでもひととおり ぐるっとあたりを見回してみた。 それから野球をしてる数人の男の子たちにも声をかけようかと思ったけどやっぱり やめた。 もうこれ以上どこへ行ったってただ時間の無駄って気がしてきた。 グランドを後にして大通りに出て横断歩道を渡り反対側のマンションの立ち並ぶ地区をただあてもなくぶらぶらと歩き始めた。 (ああ、こんなとき霊能者みたいに霊視ができたらなぁ。。) 子犬はぜったい何処かにいるというのに ただ、私がそこにたどり着けないだけ。 ああ、神様だったら子犬の行方を知っている。でも神様じゃなくたって子犬の行方をきっとどこかの誰かは知っている、ただ、私だけがそれを知らないんだ。 マンションの脇を歩いていたら植え込みの茂みにふと目が行った。 「もしかしたらこういうところにじっとしてるかな」 ときどきマンションの住人のハラボジが植え込みのまえでぼーっと突っ立っている光景に出会った。(何を見つめているんだろう、茂みにいる昆虫でも見てるのかな) それから管理人のおじさんがしゃがんで草むしりしてるのも見かけた。(ああ、こんなところで一日中ごくろうさん) もしこの人たちが子犬を偶然この植え込みの茂みで見つけたとしたらいったいどうするだろうか。。。 子犬がおとなしくさえしていればなでてやって少し一緒に遊んでやったりもするかな。 なんとなくあの子犬のことを考えると案外 飛び出した街のなかでは動作も緩慢ですぐに誰かに抱きかかえられてしまうくらい無抵抗でおとなしかったんじゃないのかな。。 と思ったそのとき、急に今まで考えもしなかった全く別の可能性に気づいたのだ。 「あ、子犬 どっかで保護されてるかも!」
2010年05月15日

もう~ やってくれました飼い主である大家さん夫婦が家を空けてる間にこの子、脱走したのだ。 午前中の早い時間にすでに逃げたらしかったが私がそれをはっきり確認したのは午後4時すぎ。。 アッパが「子犬いないぞ~」と教えてくれたのは午後2時過ぎ、私たちが車で外出しようとした時だった。 「子犬いないぞ、大家さんがどっかへ連れて行ったかな」 「そういや、今日の午前中、そこの交差点でよく似た子犬がふらふらしてるの見たけど。。」って アッパ それね、「あの子に違いない」と疑わないわけ??(苦笑) だいたい子犬の散歩にも一度も行ったことない大家さんが子犬を連れ出す用事がある。。? それに似た子犬が近所をうろついててそのときウチの子犬は行方不明。。って。。 外出先から戻るや否や私がすぐに犬小屋に行って見るとやっぱり子犬はいなくなっており杭につながれた鎖だけが地面にそのまま残っていた。 鎖の先には首輪を連結するフックがありよく見るとそのフックが何者かによってこじ開けられひん曲がっているような状態だ。 (誰かのいたずらで逃がされたか。。) こりゃ、まずい。すぐ大家さんに教えなくちゃ。。と私はまず大家さんのお宅をノックしてみたが誰もいない様子。。。 次に大家のおじさんのほうのケータイに電話をかけてみると電話をとらない。 どうしたものか。。 これは事件だ。誰かが子犬を逃がしてしまった。それも もう逃げてからずいぶんと時間が経ってる。あの子は今どこにいるんだろう。探し出すことはできるんだろうか。 大家さん夫婦のことが思われた。 大家さん夫婦が留守のあいだにこんなことがあって彼らはどんなに悲しむだろうか。。帰ってきて この残された鎖や がらんとした犬小屋を見てどれだけショックで心が痛むだろうか。。 そう思うと私も胸が苦しくなった。それは我が子がとつぜん行方不明になった親の気持ちと同じだからだ。 私はあの子犬を世話する大家夫婦をいつも見てきた。散歩には連れて行かないものの(必要性がわかってないらしい)子犬がはじめてやって来てとりあえず雨風をしのげるようにと仮の犬小屋を作るときおじさんはどこかから木材やらビニールシートやらを持ってきてありあわせでも最善のものができるように ああでもないこうでもないと毎日試行錯誤していた。 4月だというのに異常気象で寒い日が続いたときには子犬がかわいそうだから自宅で数日面倒みようとおじさんが連れて上がってきたのだが家の中での子犬の居場所を作るのに準備して子犬が来るのを待っていたおばさんは玄関で子犬を迎えるなり 「あらぁ~ ヨチヨチ 来マチタカァ~」 と今まで聞いたことないような甘ったる~い声で赤ん坊でも預かるみたいな喜びよう。。。 うちのアッパだって子犬がやってきてなんかそわそわする。。なんていいながらいつも会社の行き帰りに様子をみたり休日は家からいなくなった と思ったら子犬のところへ行って かまいっきりで30分。。とか みんなあの子のおかげでどれだけ毎日に彩りを感じてそして癒されて いつになくハッピーな気分を味わっていたかわからない。 (だめだ、今からすぐにでも探さなくちゃ。私ひとりでも。。) 最初 「子犬が逃がされた形跡がある」と訴えた私に「そんなの、主人が連れて行った可能性もあるのになに馬鹿みたいに騒ぎ立てるんだ?」と逆ギレまでして冷ややかだったアッパも私が大家のおじさんに「子犬がいない」と電話をかけていたころ実は内緒で近所を一周して子犬の行方を捜していたのだった。 アッパが家に戻ってきたので「大家のおじさんに電話かけたけど、出ないわ」と告げたあと「このこと、娘たちに知れたらそれこそ大騒ぎになるからここはひとつ内緒にしよう」と口裏を合わせそれからいよいよ私たちは それぞれ子犬を探しにあてもなく街に繰り出すことになったのだった。
2010年05月15日
週一でジャズピアノを習うことになった。 新しく女性の先生が来ると聞いていたので私はてっきり「細身で 髪はセミロングでカールしててちょっと神経質そうな感じの30代女性」なあんて勝手にイメージしてたらば。。。!! 「このヒトが新しい先生ですよ~」と紹介されたその人はどうみても22,3くらいの化粧もしてない、おしゃれもしてない髪は伸ばしっぱなしで体型はがっちりまるで学生みたいなジーンズ姿の女の子だった。 そのとき一瞬「え?」と思ったのは確か。 でも初めてのレッスンで聞いた先生のピアノはそのたくましい腕や肩から想像するにも難くなくなんともパワフルでそれでいてカラフル。。 私に「どんなジャズピアノがやりたいのか」と聞いてきた。そのとき、「『HIROMI』みたいの?それともビル・エバンスみたいの?」と聞きながら 最初にメロディのキレイなスタンダードを弾いて「こっちかな」次にバップをやりながら「それともこっち?」 「ああ、二番目かなぁ」というとさっそくハノンの39番でアクセントつけての練習を勧められた。 クラッシック曲のほうでは 今モーツァルトのトルコ行進曲をやってるんだけど私はハノンでアクセント練習してるほうがグルーブできて 楽しいかも。。 ところで上原ひろみって韓国では代表的なジャズピアニストっていう認識なのだろうか。。先生に ビル・エバンスと並べられてたのでちと驚き。。。
2010年05月13日

今回からは自宅でレッスンすることになり朝からばたばたと掃除にいそしむ。。 そして午前11時過ぎにレッスンが始まり90分間レッスンしたあと12時40分ごろみなさんお帰りになった。 それでいまホッとしてPCの前でこれ入力してるんだけど いやぁ。。今日 レッスンの終わりがけにある生徒さんの口から「ああおもしろい~」と独り言がもれてきたときにはなんだか救われたなぁ。 授業の組み立ては結局アドリブでやっぱり生徒さんたちの反応を見て「この内容に関してはもっとやるか、もうこの辺にするのか」決めるって感じになってくる。 私自身、日本語入門みたいなテキストでそれに沿って忠実にやっていくよりもテーマだけ決めたらあとはアドリブでやるのがやりやすいみたい。 『レッスンの中で興味のわいたこと』にそのまま逆らわずにそれを生かして授業を進めるとたとえそこからいろんなハナシが派生してきてあっちこっちに話題がとんだとしてもそれは全然生徒さんにとって負担にはならないみたいだ。 私もやっと日本語教えるのが楽しいと思えるようになってきた。。 この本はいちおうテキストとして使っているもの。これは最低限の会話しか出てないけどこういう本のほうがいろいろと都合がいい。 《ジュニア日本語》とあるけれどそれはこの本には「絵」と「ふきだし」が多く登場人物が学生 というところくらいがジュニアなだけ。実際には大人にも充分。 ちなみにこの本を選んだのは私じゃなくて数ヶ月まえから私が個人レッスンで日本語を教えている私のピアノ教室の院長先生。 院長先生がこの本で勉強したいとおっしゃったのでそれを一緒に使っていて私もこれだと教えやすいと思ったからグループレッスンにも取り入れてみた。
2010年05月13日
げげ、、、 最近しばらくぶりに会う人に「あれ お顔がふっくらしたねぇ。。」と2,3度言われた~ そうなのだ、運動してないし食べることにも別に神経つかってなかったしぜんぜん生活に『張り』ってモンがなかったし。。 で、昨日からまた公園に行ってランニングマシーンに乗ってるのだ。やっぱり体が重たいけれど持久力はまだあったね。。ほっ 半身浴も再開しようと思うんだけど以前買ったあの浴槽、底にひびが入ってしまい水漏れするからまた新しいの買わなくちゃ。 最近何かと物入りで浴槽買うのもなんだかためらうわ~
2010年05月09日

中部国際空港で帰りの便に乗る前にふと買ってみた本。 ひろさちや という著者の名前もどんな本を多く書かれてるのかも知っていながらその著書は一度もまだ読んでなかった。 で、読んでみて思ったこと。 私は40歳過ぎてこうして読むからたぶん どこもひっかかりなく読めたんだと思う。これ、20代や30代のときに読んでたらあまり共感しなかったと思う。それどころか 反発心すら湧いてるかも。 「なんでもいい」とか「ほっとけ」とか「がんばらない」とか「これが宗教の教えなのか?・・」と一瞬 思えるフレーズだけどこれが禅の教えであり禅が宗教だというのならこれらは立派な『み言葉』だと言える。 《宗教》と《日常》を自分の中でひとつにしようとするときどちらにも媚びずに公正にただ真理に近づこうと歩んでいくとそれは「禅」の道につながっている。。と私はこの本を読んでから自分の経験をそれに重ねて こう解釈してみた。 それから『世間のものさし』『道徳』『常識』などを牽制するスタンスをどれだけ採ってみたとしてもなかなかそれから脱却するのは難しいのだ、と感じた。 「私はもうそんなものにとらわれてないわ」と思うのがそもそも脱却してない証拠なのだから。。(笑) 「禅」の世界が少し垣間見れてこの本は 今の私には面白かった。
2010年05月08日

今日も過去日記更新しました~(4・23) 麦チョコってそういえば高校生のときマイブームだったのだ。 日本から母が送ってくれた麦チョコを食べてたらふと、高校時代に一時期だけだけど 仲のよかった女友達のこと思い出した。 その子は一人っ子だったこともありお父さんやお母さんから人一倍愛されてたと思うんだけど本人はお母さんのことが日頃から気に入らないようでいつも「ばばあ」呼ばわりして私が彼女の家に初めて遊びに行ったその日も私の前でおもいっきり悪態ついてたっけ。。 大人数で群れない子でぽつんとひとりのときも少なくなく人の好き嫌いもけっこうあった。でも目の大きなかわいい子だったし けっこう男の子に言い寄られるタイプ。 彼女の家には赤川次郎の推理小説が本棚にびっしりで遊びに行ったその日には三浦綾子の分厚い文庫本を読んでいる最中だった。それがなんかすごくかっこいいなぁ。。と思い私もその数年後には彼女のそのとき読んでた文庫本、買って読んでみたりして。 そんなクールなイメージの子だったけど家に遊びに行ってちょっと意外だったことがある。お菓子に依存傾向があるらしくて台所にも自分の部屋にもお菓子のストックがたんまりあったこと。 で、その当時の彼女のお気に入りが《なんとかバー》っていう(名前失念)チョコレートの駄菓子とそれから《麦チョコ》だったんだけどとくに麦チョコは中毒っぽかった。 当時私は麦チョコって別に好きでもなんでもなかったけど彼女の影響で分厚い文庫本をのちに手にとってみたように麦チョコもなんとなく買って食べるようになって。。 彼女の住んでいた住宅地は比較的新しいところでその近くの商店街もなんとなくこぎれいで素敵だった。彼女自身のクールで独立したイメージと彼女の住んでる街のイメージと彼女と彼女を取り巻く環境が私には新鮮でなんだかそれはまるで、よその土地からやってきた転校生が運んでくる《新鮮な未知なる空気》みたいなものだった。 しかし、私の友達には思い返せばお菓子依存症っぽい子が何人もいてそれがみんな読書好きで女友達と群れるのを嫌い痩せててスタイルもよく男性によくもてる。 どの子も自分の部屋に甘いお菓子をたくさんストックしてて「だって私、お菓子ないと生きてゆけないんだもん」と言うのだ。 孤独好きで男にもてるクールな女と甘いお菓子依存症の関係はいかに??・・・ そういえば麦チョコって韓国にはないんだよね。。。 なくなったらまた母に送ってもらおうっと。
2010年05月07日

さかのぼって過去日記今日も更新中~日本滞在中にネットで注文して実家で受け取ってもらっていた話題の新刊が届いた。 今回は母から数冊 もらってきた本もあるのでそれ先に読んでからこれをじっくり読みたい。 そして、今日から日本語レッスンが始まった。グループレッスンでフリートーキング希望とのことだった。 「中級者かな?」と思いきややっぱり基礎会話から教えてほしい。。と。よそでも文法中心のレッスンを受けているけどそれじゃあ会話が上達しない。。と。 今日はそれぞれの生徒さんの傾向がだいたいわかったところで今後、授業は何をどんな割合でどういう風に組み立てようかあれこれ考えながらあっという間に一日が過ぎていったのだった。。
2010年05月03日
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