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小さい頃から、予知夢を見たり、誰かが現世ではない場所から訪ねてきたり、さらに霊感が働くことが多い。少し前にある留学生と知り合いになり、その子の話を聞いた瞬間、「バンドに入ると良いだろうな。フルートが演奏できるし。」と、思った。その子がどういうところから来たか、苗字さえも知らないし、顔も声も聞いたことはなかった。だけど、そう確信した。ホストマザーと話すことになり、まず聞いたこと。「楽器を演奏できる子?」答えは「フルートが上手。」 ・・・・驚いた。夫にある日ふともらした。「ホストマザーは、銀行に勤めてるんじゃないかな。」もちろん 相手に職業を聞いたことも、普段の暮らしについて話したことも全く無いが、すでに自分の中でそう思っていた。おととい久しぶりに電話があり、留学生の子と話をしていて聞いてみた。「ママのお仕事知ってる?」「たしか 銀行で仕事してるって言ってた。」・・・やはり。そして、あらためて驚いた。彼女たちに会う前から、顔もはっきり見えている。めがねをかけていて、髪はおかっぱの子。大柄の黒人女性で、普段はスーツを着ている。自分で 一生懸命想像しようとか、将来を見ようと思うと、それはできない。でも、無になった瞬間、数字や顔や、いろんなことが浮かんでくる。これは霊感と呼べるのだろうか。ただの偶然なのだろうか。これまで 何百回と 自問自答してきた。久々にまとめて 最近のお献立・スウィーディッシュミートボール&クリームソース 温野菜のつけあわせ(ボイルポテトとブロッコリー) 太目の自家製エッグパスタ・白身魚のソーセージ(これはセントラルマーケットで購入) いんげんのにんにくオイスターソース炒め キムチとじゃがいものお味噌汁 ほうれん草サラダ・チキンエンチラダ トスサラダ・チキンパルメジャーン カペリーニ シーザーサラダ・五目焼きそば
2005.09.30
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ハリケーン リタはダラスを通過して北上するという予報とは裏腹に、結局東のコースを取り、ぱらぱらと雨が降っただけに終った。風は結構強く吹き、リタの端っこに触れたという感じであった。土曜日、空港に向かう道を走っていたとき、「マッドマックス」の画像かと見間違うような光景に遭遇した。ハイウェイを5台から7台くらいのパトカーが点滅させながら並んでいる。そして その後ろにはガソリンを積んだ大きなタンカートラックが10台ほどコンボイのように列をなして続く。その後ろにもまた数台のパトカーが続く。きっとヒューストンの方に向かっているのだと思われるが、ぞっと背筋が寒くなるような光景だった。大事が起こっているという風な不安感と言った方が良いかもしれない。そして、今日ウォール〇ートの駐車場では、バンやSUVに天井までぎっしり荷物が詰め込まれた車両をたくさん見かけた。店内では、水や缶詰、シリアルなどを買い込んでいる姿もちらほらある。きっと、避難してきた人たちが、今日にでもヒューストンに帰宅するつもりで備蓄できるアイテムを買い貯めているのだと思った。あちこちの棚には、カトリナ救済のために商品を送ったため、品薄になっているという張り紙があった。そして、学校の受付には、町では見かけない風の黒人の家族が座っていて、入学の手続きをしている様子だった。これまで、キャンプ場やシェルターに収容されていた家族を市や公共団体、そして個人の尽力で家やアパートに移動させているらしい。まだまだ続くカトリナやリタの影響は、こうして数百マイル以上離れたわが町にも深くはっきり見受けられる。追記:午後、田舎道を走っていたら、偶然出くわしたトラック。その積荷はざっと40以上ものプラスチックシートに覆われた真新しいマットレスの山。町のシェルターに届けるのか、それともキャンプ場のキャビンにそのまま被災者を住まわせることにしたのか、どちらにしろ少しドキッとした。すでに仕事を見つけて新しい生活をここでスタートした人たちもいる。このまま、仕事をしたこともない、するつもりもない、探さない大人たちが居ついてしまうのだろうか。自己中心と言われても仕方が無いけれど、このままずっと援助と保護だけで何百人もの人が、住み着いてしまうことは、生活へまず直結した不安となる。性犯罪者や牢獄から避難時に行方不明になった囚人もいるとニュースで言っていたことも、不安を煽る原因のひとつなのだ。あまり報道されていない問題では、数千人とも言われる不法滞在者の数も動向も、把握できていないらしい。ニューオリンズは殺人発生率も高かったことが忘れられない。 そんな中 親とはぐれてしまった子供たちが 早く再会を果たせること、これだけは願わないではいられない。 同じく今日の夕方スーパーでは、それはそれは店内に響くような大声で笑ったり話をしながらカート3台にどんどん食料品を投げ入れていく女性のグループを見た。私が偏見を持ってみているから そう思えるのかもしれないけれど、確かにあの独特のルイジアナアクセントが聞きとれた。
2005.09.26
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Cloe97さんからバトンもらいました。初めての挑戦。♪次のメニューに何をかけますか?(薬味は含みません)*目玉焼き・・・塩・こしょうでも たまにウスターソースかけてご飯と一緒に食べちゃいます。*納豆・・・・・自分で作り置いてる だし醤油 またはめんつゆまたまたでもだけど、普通に生醤油、お醤油だけ、ポン酢を入れることもあります。卵は黄身だけ、あとねぎとかあさつき、辛子。そこへ キムチや古漬けなどお漬物、海苔などを入れることもあり。*冷奴・・・・・醤油 またはだし醤油ねぎ、あさつき、みょうが、青しそ、ひき割り納豆、かつお節などでトッピング。*餃子・・・・・餃子のたれ、ポン酢とラー油ねぎの細かく刻んだものをたっぷり添える。*カレーライス・なし小さい頃生卵入れて食べてた記憶あり。ソースかける人もいますよね。私は基本的にそのまま。*ナポリタン・・タバスコ・パルメザンチーズ*ピザ・・・・・なし夫はたっぷりレッドペッパーかけてますが 私はそのまま。チーズが多すぎるお店のものは、ペーパータオルで脂を吸って食べることもあり。*生キャベツ・・ソース、レモン汁、お醤油やポン酢、ホームページの投稿レシピにある熱いドレッシングをかけたものも好き。*トマト・・・・そのままそういえば、お砂糖とか塩かけて食べる人いますよね。*サラダ・・・・ドレッシング ゴマとかピエトロのオリジナルが好き。自分でちゃっちゃと作るビネグレットも美味。極上のオリーブオイル&バルサミコ酢と塩コショウだけでもOK。*牡蠣フライ ・・・・ウスターソースとレモン汁広島出身のくせに ずっと牡蠣が大人になるまで苦手だった私。でも牡蠣フライは 一口で食べられる大きさだったら好き。あの内臓?の部分を見てしまうと、もう食べられません。*メンチカツ・・・・・とんかつソース または中濃ソースでも実際は殆ど食べたことがありません。*コロッケ・・・・・・とんかつソース または中濃ソース家族みんな大好き!京都 学生時代住んでいた烏丸鞍馬口にパン屋さんがあって、ここのコロッケパンは最高でした。食べたい。*てんぷら・・・・・・天つゆ・炒りしお・昔はソースだったかも天ぷらって、家庭では、作る人間は冷めたものしか食べられないので、あまり作らない(汗)。日本のおいしい天ぷらさん屋ではお塩だけ、あるいはそのままで。*とんかつ・・・・・・とんかつソースキャベツたっぷり!キャベツにもソースをかけて ばくばくいきます。*最後はやっぱり、ご飯・・・・・・・・そのまま小さい頃、お茶だけ あるいはお白湯かけて食べてました。お漬物も何もいらなかったのですよね、あの頃。今は 少しだけ塩辛いものがあったら、何杯でもおかわりできるほど ほかほかのご飯が好き。ただ、最近は ずっと雑穀や発芽玄米など混ぜることが殆どなので白米は食べていません。♪周囲に意外と驚かれる好きな組み合わせは?別に無し。食事に関しては とってもノーマルかも?♪それが一般的だと分かっているのに苦手な組み合わせは? 別になし。名古屋の方ごめんなさい・・・味噌をお味噌汁や和え物以外に使う料理は苦手です。♪バトンを回したい5名は誰ですか?えっと・・食いしん坊に回したいので竹姫師匠 まるもちゃん バツイチエツコちゃん yuttysrさん う~ん、もう一人!いや 食いしん坊の皆さん ぜひお願いしま~す。楽しみ楽しみ。
2005.09.20
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今日もふらりと小学校のランチタイムにでかけ、そのままアートクラスをのぞいてみました。ランチタイムには、ほぼ毎回同じような顔が揃っています。各クラスにひとりか二人熱心に訪れている母親たちがいるからです。だんだん顔見知りになり、日本で言うなら会釈をしたり挨拶したりするようになっています。アートのクラスは、この学区では予算削減のため教師を雇うことは無く、ボランティアの母親たちで運営しています。ちゃんとアートルームもあるし、用具は寄付で揃えてあります。授業前に部屋をのぞいてみると、知った顔がちらほら。さっそくアートマザーに引き入れられてしまいました(笑)。働く母親が多いアメリカですが、この学校では熱心なボランティアをする父兄が多く、けっこうステイホームマザーもたくさんいることに気づきます。メキシカンや黒人も生徒には目立ちますが、こうやってボランティアに来る親は、不思議に白人ばかりです。これはなぜなのでしょう。教育熱心であること、これはひとつの理由だと思います。そして、そこにどこから見ても東洋人の私がひとり。雑談しているうちに、同じように学校に良く顔を出している同じクラスのお母さんと二人でクラスマザーをすることにその場で決まりました。彼女は男の子三人のお母さん。世の中偏るところには偏ってしまうものです(笑)。他に今日は3人のお母さん達と知り合いになりました。ところが・・・そろいも揃って全員 超が三つくらいつく女優なみの美人(セックスインザシティーとかフレンズに出てきそうな感じ)!完全に気後れしています。その中に ひとりお子ちゃまみたいな私が入っていけるのでしょうか~(爆)そんなこんなで、ボランティア、今年も頑張ります!今日のアートクラス ・りんごの輪切りでスタンピング (腕と手をべんぴつでなどり、それを茶色のクレヨンで塗る。そして 赤・黄色・青のペイントを使い。りんごでスタンプ。これがカラフルな葉っぱやりんごみたいになるというわけ) 色を混ぜてはダメといっても そこは幼稚園。結局 色を混ぜると他の色ができると発見した子がいて、最後はフィンガーペインティングになっていたグループもありました。アメリカで子育て!というテーマ立てました。アメリカで子育て中の皆さん どんどん書いてくださいね。
2005.09.16
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こんな記事が目に留まりました。まずは英語・・・A meteorologist in Pocatello, Idaho, claims Japanese gangsters known as the Yakuza used KGB inventions to cause Hurricane Katrina, Wireless Flash reported Thursday.Scott Stevens says after looking at NASA satellite photos of the hurricane, he’s is convinced it was caused by electromagnetic generators from ground-based microwave transmitters. “There is absolutely zero chance that this is natural, zero,” Villagevoice quoted Stevens as saying after Katrina’s landfall, pointing out suspiciously rectilinear shapes in the satellite-photoed hurricane clouds The generators emit a soundwave between three and 30 megahertz and Stevens claims the Russians invented the storm-creating technology back in 1976 and sold it to others in the late 1980s. Stevens says the clouds formed by the generators are different from normal clouds and are able to appear out of nowhere and says Katrina had many rotation points that are unusual for hurricanes. At least 10 nations and organizations possess the technology, but Stevens suspects the Japanese Yakuza created Katrina in order to make a fortune in the futures market and to get even with the U.S. for the 1945 bombing of Hiroshima. そして日本語では ざっとこんな内容の記事「カトリーナはヤクザの仕業」 米天気キャスターが発言 【ロサンゼルス=岡田敏一】大型ハリケーン「カトリーナ」は日本のヤクザが起こしたもので、原爆投下に対する報復が目的だった-。米テレビ局のお天気キャスターがこんな意見を全米の多くのラジオ番組で開陳し、話題を集めている。 アイダホ州のテレビ局KPVIのキャスター、スコット・スティーブンス氏は、カトリーナについて、「雲の形状から自然に発生したものではない」と断定。先物取引でボロもうけしたヤクザが、ハリケーンや台風を人工的につくり出すため一九七六年に開発されたロシア製機器を購入、米国による原爆投下への報復措置として発生させた-と話した。 この話がネットを通じて広まり、全米の約四十のラジオ局が同氏にインタビューを申し込む騒ぎに。多くの局がその内容を放送している。 同氏は産経新聞の電話取材にも応じ、「多くの国や組織が、超音波を利用してハリケーンや台風を人工的につくる最新機器を隠し持っていると確信している。『カトリーナ』の場合、日本のヤクザが起こした可能性が最も高い」と大真面目に話した。 以上 転載おわりこれはねぇ、いわゆるタブロイド誌で「エイリアンの子供を身ごもった女性!」とか「エイリアンに誘拐されて戻ってきた」とか「エルビスが〇〇に居た!」に近い発想ではあると思うのです。でも しかしね、広島に落とされた原爆の報復?いやぁ、広島の某〇〇会は、他のことでお忙しくて、だいたいそんなことを考えたことも無いと思いますよ、わっはっは、って感じです。しかし いろんな人がこの広い世界にはいるものです。
2005.09.15
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衛星からの画像で 市内のカタリナ被害前のニューオリンズとその後浸水してしまったニューオリンズ市内が確認できるページがあります。友人宅も はっきり観る事ができました。土手に避難させておいた車も くっきりと観え、裏に停泊させていたボートも確認できました。3レベルになった家だったので半地下と一階半分が浸水している様子です。こちらからニューオリンズに自宅がおありだった方、ご家族や友人がお住まいだった方、上記サイトで映像を観る事ができます。フレンチクオーターは、近いうちオープンするかもしれないと記事があります。あの街は やはり眠らぬ街だったのですね。そして 今日はオフィスや商店主などが一時市内に戻ることが許されるようです。個人の家やアパートなどの全面復旧は まだまだ数年、十数年かかると思いますが、ホテルやビジネスなどのパブリックスペースの復旧は 予想よりずっと早いのかもしれません。水族館から居なくなっていたいるか8頭も無事保護されたそうです。良かったですね。
2005.09.15
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今日は私は友人が週末に出産したという知らせを聞いて、さっそくお赤飯を炊いて会いに行く予定にしているため、学校に顔を出すことができないと 末っ子に話しました。「今日はランチも行かないからね、でも教室まで一緒に歩いて送ってあげるね。」と、起きてからずっと話しておきました。本人は、少し悲しそうな顔をしましたが、とりあえず「泣かないよ。」と返事。お迎えに行って最初に私が聞いたのは、「今日 どうだった?」「泣かなかったよ!」 「プレイグラウンド行って ぜーんぶで遊んだよ!」あ~、良かった。3週間目でやっと どうにかここまでこぎつけました。一緒に見守ってくださった皆さん、アドバイスを下さったみなさん、ありがとうございました。まだまだ 泣く日もあるかと思いますが、これもひとつのマイルストーンだと思って 今日の日を忘れないでいようと思います。週末には、ニューオリンズで被災した二家族が遊びに来てくれるかもしれないと連絡がありました。早く元気な顔が見たいです、楽しみ楽しみ。家は諦めることになりそうですが、幸い洪水保険に加入していたということなので、浸水していない2階部分の家具や衣服だけ、いずれ引き取りに行くのだそうです。ご両親の自宅は、すべて撤去になる予定で、現在もニューオリンズに残りトレーラーハウスを購入。そこに仮住まいしながら、すでに市を退職なさっていたお父様は日々復旧作業に指揮を取っていらっしゃるのだそうです。ニューオリンズを離れる気持は全く無いと語る 生粋のニューオリンズ人です。最後に悲しいニュース。脳死の女性から生まれた赤ちゃんが、今日亡くなりました。お母さんのためにも、家族のためにも頑張って欲しいと願っていたので、ショックです。順調に成長していると思っていたのに・・・記事
2005.09.12
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日記には書いていなかったのですが、先週末から具合が悪く、先週末、今週末と寝込んでいました。子供たちの送り迎えや家事、学校の行事などは、気が張っているのでこなすことができていましたが、本当は39度くらいの熱があり、状態は良くは無かったと思います。夏風邪は〇〇がひくと言いますが、本当に笑ってしまいます。子供たちからもらった風邪は、私がいちばん症状がひどく、1年ぶりにサイナスも痛くて、咽頭炎も悪化してしまったようです。これも四十路に入ってしまった年のせいかな?と思いますが、たまには家事も手抜きさせてもらって乗り切りたいと思っています。でも 私が食事の支度をしないと誰もしてくれなーい!のです。子供たちにも料理を教えた方が良いのかなぁ?でも のんびりじっくりなんて教える忍耐力はないし。夫はかつては料理が上手だったのに、最近ではマカロニを茹でるとか、サンドイッチを作るくらいしかしなくなりました。私は母が疲れていたり寝込んだりすると、せっせとお手伝いしなくては!喜ぶ顔が見たい!と あれこれやったものだけれど、我が子はあんまりそうは思わないみたいです。これも 日頃元気で口うるさく、なんでも手出ししすぎる私のせいなのかしら?ぐーたら母になってやる!(笑)
2005.09.11
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あさって日曜日は、アメリカではグランドペアレンツデイにあたります。日本で言うと敬老の日に近いといった感じでしょうか。毎年、学校では、この日のために祖父母を招いて、PTA主催の大掛かりな行事があります。テキサスに越す前、マサチューセッツでは無かった学校行事です。ここに越して半月もしない間に夫の母は亡くなり、この年子どもたちは初めてのグランドペアレンツデイを迎えました。しかし、グランマーの死を小さいながらに受け止めていた繊細で4歳になったばかりの子どもに、その日はあまりに辛く悲しい日になることは間違いありません。私は、理由を話してその日、プレスクールを休ませた記憶があります。先生もとても理解があり、「ぜひそうしてください」と言って下さいました。しかし、義務教育では、そのような理由で休ませてはいけないと厳しく言われ、毎年しぶしぶ私たちが行くことで祖父母の代わりをしています(小学校の場合)。年々増える祖父母の参加数には、全く驚くばかりで、この行事が無くなる気配はありません。逆に規模が大きくなるっているほどです。幼稚園に入った末っ子は、まだ泣いてしまう日が多く、この日は私にも辛い日になることは簡単に予想できました。アメリカに来て20年近くになるこれまで、私は殆ど他人を頼ったことはありません。しかし、今年は末っ子が大好きだったプレスクールの先生に思い切って電話をしてみることにしたのです。それは 卒園式の先生の涙と一年間親子ともに感じた厚い愛情が忘れられなかったからです。卒園したあともカードが届き「いつでも何かできることがあったら連絡してね。」と添えられていました。人に頼るということに関しては、気兼ねしたり、相手の気持を想像しすぎたりする私にとって、とても難しいことで人生の課題のひとつです。それでも、今回は末っ子のためにと、決心して、受話器を握りました。「なんて光栄なことでしょう。ぜひ行かせていただくわ。」と快い返事が聞こえました。そして今日。子どもたちの手を握った祖父母たちが次々とドアを開けて入ってきます。そこに ミスキャシーの顔が。さっそく幼稚園の教室に入り、末っ子の隣りに座って、「今日は私がグランマーね」と大きくハグ。決まり悪そうなゆがんだ笑顔の末っ子でしたが、とてもうれしそうに過ごしていました。さすがにプロのミスキャシーは グランドペアレンツにちなんだ本を 手を上げてボランティア、音読です。他の子どもたちともいろいろ話をしたりしていらっしゃいました。どうやらプレスクールでプーとイーオアの話を良くしていたらしく、末っ子にイーオアのぬいぐるみをプレゼント。「Eeyoreは悲しそうな目をしてるけど、泣いてないでしょ?泣きたくなったら No bother.ってイーオアみたいに言えば良いのよ。」と膝の上に座らせてお話して下さいました。そして 新しいクレヨンセットもプレゼント。末っ子は、半泣きになりましたが、きっとどうして良いのかわからなかったのでしょう。日本の私の両親には、2年か1年に1度しか会えず、夫の母は生後1ヶ月で亡くなっているのですから、末っ子は、アメリカのグランマーというものを知らないのです。こういった行事は、とてもよい事だとは思います。しかし、クラスの3分の1近い子どもが祖父母の訪問が無いまま淋しく座っていましたし、誰かが来ている人たちも良く聞いてみると、近所の人であったり、両親の親しい友人であったりと、実は祖父母では無い人も多かったのです。子供心に、まわりを見渡し祖父母の笑顔に囲まれている子供を見ると、「どうして僕や私には誰も来ていないの。」ととても悲しい気持になるのは間違いありません。実際、泣いている子供もいました。私はPTAにも校長にも毎年、この行事を中止して欲しいと願い出ています。しかし、「あなたの家庭だけじゃありませんよ。他にも誰も来ない子供は多いのです。あなたがいらっしゃれば良いじゃありませんか。」と冷たい返事が続きます。教室では、「僕、私はグランマーグランパーが大好き、それは・・・」というテーマで絵を描かせていました。祖父母がいない子供は居ないというのが前提なのでしょう。今年はミスキャシーの好意で、末っ子には素晴らしいグランマーが現れましたが、大勢の誰も来なかった子供たちのことを思うと胸が痛みます。みなさんの学校でも グランドペアレンツデイは盛大に行われますか?ミスキャシーは、我々に末っ子の「祖父母」の代役になってあげると言ってくださいます。彼女たちのお嬢さんたちは少し遠くに暮らしていて、なかなか孫にも会えないのだから、私の末っ子をいろんなところに連れて行ってあげたり、お家に来て遊ばせてあげたいと 話してくださいます。思い切って電話をして良かったと思ったと同時に、素晴らしい女性と出合ったことに感謝する気持ちでいっぱいです。
2005.09.09
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9月1日から、5年間お世話になったウェブのホストサイトから日本の会社に変えました。理由は、数年前までは高価だったホスティングサービスも、今ではかなり安価になっていること、サーバーの故障や負担もかつてのように大きくなく、日本のサーバーでも問題がないと思ったことなどです。しかし、忘れてしまっていたことがたくさん。まずパーミッションの変更や、すでに要らなくなったファイルの削除、変更などすべて行うには数日はかかるだろうということ、などなど。全面移動させたのは5年前で、しかも当時はまだまだサイトのページ数が少なくファイルも少なかったので ずいぶん楽でした。ホームページも今年で7周年を迎えます。今では アメリカ発信のサイトが数百、いや数千?もあって、レシピやアメリカの度量、温度換算、食材の英和説明なども みなさん載せていらっしゃいます。もうすでに、役目は終ったかなと思っているのですが、なかなか思い切れず、ずるずると運営しています。当時では、アメリカから発信されていた料理、アメリカ生活を綴るHPは 本当に数少なく、当時知り合った他のサイトの管理人さんたちとは 今も親交があります。インターネットが まだまだ普及していない時代でした。簡単にHPが作れるソフトもなく、一文字ずつHTMLのタグを叩いて作ったものです。今では有名サイトになった海外子育て「スウィートハート」も当時は、まだまだ小さな個人サイトでした。現在は、ブログが全盛期。私も更新が簡単なので使っています。なんだか古い老人みたいですが、今思えばあの頃が良かったなと思います。ハッカーや荒しも少なく、子どもたちの写真なども 多くの人が載せていましたが、まだまだ平和なネット社会でした。今では、本当に恐ろしい事件もネットで起こっています。皆が匿名でいること自体が、逆に問題を増やし、事件性を高めているのですが、自衛は何より必要でしょう。今でも サイトに子どもたちの本名や写真を掲載しているサイトが多くあります。同じ子どもを持つ親として、それはとても危険なことだと思います。ご本人たちが ご自分のお子さんたちを誰よりもかわいいと思い、自慢したい気持ちは理解できなくもありません。でも、それが犯罪者の目にも触れるということも承知の上でなさっているのでしょうか。ソフトウェアで簡単にHPが作れるようになり、誰でもHPを開いてみたいと思うことでしょう。でも、危険性についても、もう少し考えた方が良いと思います。私自身、これまでいろいろな不快で怖い経験をしました。ストーカーにも似た女性たちからも被害を被りました。その度にHPを閉めてしまうことを考えましたが、そうすることなく現在に至ります。そろそろ潮時かしらね。ニューオリンズの状況を見るにつけ、こうして普通に生活していて良いのだろうか、食事をしていて申し訳ないと思う瞬間があります。しかし、人はそれぞれ自分に与えられた生活を精一杯生きることが大切です。だから、今日も自分なりに自分の一日を頑張って過ごそうと思います。
2005.09.08
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今朝は学校でランチタイムのボランティアをして、その後、今回のハリケーンの被災者たちに届ける寄付の品々の整理を学校区のオフィスで手伝ってきました。集められた寄付は ノーステキサスフードバンクに移送されるのだそうです。缶詰の野菜やフルーツ、クラッカーやクッキー、ピーナツバター、ツナやお肉の缶詰、グラハムクラッカー、お水、グラノラバーなどを募っています。おそらくアメリカにお住まいの皆さんの地方公共団体や学校などでも寄付を集めていると思います。寄付あるいは、お手すきの方は、ぜひサポートのために少しだけ時間を割いてみてください。わずか2時間でしたが、いろいろな人と話もできて、腰の痛みが心地良いくらいです。私にできることはほんの小さなことだけれど、これからも少しずつボランティアして行きたいと思っています。3連休の翌朝は、学校に行くのを嫌がるかな?と思った末っ子ですが、元気に登校して行きました。学校でも笑顔で、お友達とおしゃべりしていたので、安心しました。次のボランティアは木曜日!ニューオリンズでは、排水が始まりましたね。復旧までまだまだ時間がかかると思いますが、またあの活気ある街が早く戻ってきて欲しいと願います。ガーデンディストリクトでは、今朝方火事があったようですが、ビクトリアンハウスが立ち並ぶ美しい町並みをこれからも、住人だけではなく、みなで守って欲しいものです。
2005.09.06
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CNNのページに 寄付やボランティアを受け付ける団体のリストがありました。私たち親子は、サルベーションアーミー(救世軍)とASPCA(動物の保護団体)への寄付をしました。子供たちは残されたペットたちのことをとても心配していているようです。ケアパッケージといわれるセットも地元の教会で寄付を募っていました。医薬品セットや蓋つきのバケツに被災者が掃除などができるようにとマスク、軍手、ペーパータオルや掃除道具他がいろいろ入ったセットが95ドル前後、子供のノートや鉛筆やバックパックなどの一式セットが30ドル程度、赤ちゃんセットなどもありました。これはとても良いアイデアだと思います。ミシシッピー州知事の失言(暴言)に続いてアメリカ国土安全保障省 シャートフ長官も、「被災地のさまは、原爆投下後の広島と同じだ」といった内容の発言をしたとニュースで読みました。広島で育った人間として、母親そして兄と肉親を一瞬にして亡くした母の子供であり被爆二世の立場にある人間として、これは決して比較にはならない、比較してはならないことだと思うのです。いまなお60年が経過しても被爆の後遺症に苦しむ被爆者は数多く、被爆二世への影響も研究が続きます。壊滅的という例えで引用したのだとは思いますが、ハリケーンの廃墟と被爆の状況とは 全く別であり、原爆は天災ではありません。許しがたい発言に対し、抗議し撤回していただきたいと切に願います。
2005.09.03
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またあの津波の後と同じように、怪しい団体の寄付や募金を募るイーメール、サイトが次々流れ始めた。こういう地球規模の災害時には、悲しいことだけれど、誰かが億万長者に成り上がる。人の不幸を利用して、誰かがお金儲けをする。人として最も恥ずべきことではあるが、実際はそういう輩が今もてぐすね引いてキャッシュインする機会を狙っている。レッドクロスやサルベーションアーミー(救世軍)などのきちんとした団体を装った団体も多いので、これから寄付をと思っている方、ぜひ気をつけてください。くれぐれもオンラインやメールで、募金を募るようなサイトにクレジットカード番号を渡すのは、本当に危険です。今くらいそういう悪い奴らが、にんまりと喜んで不正を働こうとしているのですから。とにもかくにも団体の公式のサイト、地方公共団体を通した寄付以外の怪しいグループに金品を渡すことが無いように。被害を受けた南部州からとりまく8州へ次々 避難民の移動が行われている。それは喜ばしいことではある。しかし、受け入れる側の「私たちが助ける!引き受ける!」という高揚した意気が気になる。普通の災害のように、「いずれは地元に戻る。」とか「ほんの数週間の避難所」というのと 今回は明らかに違うのだ。アストロドームやコンベンションセンターに、彼らを数ヶ月、数年もの間とどめておけるはずは無い。いくら貧困層の人たちが大半といえ、収容所のような集団生活ができるとは思えないし、「人権屋」たちも黙ってはおかないはずだ。今回の普及作業は短くても数ヶ月、長ければ数年になるという。就学年齢の幼い子供が多い。学校のこともある。家族はやはり家族でひとつの場所にいたいと思うだろう。衣服や食事や医療など、次々に必要なものは増え、押し込めておけば良いという問題ではない。ひと 一人を数年サポートするということに対し、どれだけ費用がかかるのか 今誰も考える余裕は無い。数十万の人たちを誰かが支え、賄っていくことになる。もともと保護を受けていた人たちが多いとはいえ、住む場所、教育、食事、衣服、医療、交通手段・・・その額は生活保護のそれより膨れ上がることになり、それを自己負担する用意が 引き受けた地方団体や教会関係の個人たちにできているとは思えない。当面の避難のこと、引き受け先の確保だけでは終らない 人の命がこれから重くのしかかってくるのだ。私の住む街には郊外で自然が多いことから、教会関係のキャンプ施設や州のキャンプ施設があって、そこに数百人の避難民を住まわせると決まった。そこから市がバスを出し、それぞれの子供たちを学校に通わせるらしい。子供の数は膨れ上がり、これから無期限にサポートすることになる。これまで学校に通っていなかった子供も多いかもしれない。それに対応する教師を雇用することを考えているのだろうか。サポートする人たちがいるのだろうか。とりあえず収容すればよいわけでなく、これは収容先の市民の負担と犠牲の上に成り立ってくるというのが現実だと思う。決して受け入れたくないというのではなく、今「誰かを助けている」と好い気になっている人たちに警告したいのだ。「じゃあ これから一生彼らの面倒をあなたは見る覚悟ができていますか?」と。ニューオリンズ近辺の被害が少なかった場所に、プレハブ住宅を建築する予定はあるのだろうか?低所得者のためのハウジングに代わる集合住宅を建築しない限り、避難民の多くは避難した先に留まるのではないだろうか。ノースダラスやダラスの北のいわゆる「お金のある」地域も 避難民を受け入れる準備をしているのだろうか?軍の大型輸送機で他の大都市 たとえばシカゴやデトロイトなどへの移送もチョイスに入っているのだろうか。テキサスには 十万人以上の避難民が移動している。彼らのこれからの生活を支えるのは 一体誰なのだろう。政府ではなく 結局市民それぞれの負担になることは目に見えている。これからの長い目で見たサポートを本当に冷静に考えている人がいるのだろうか。人の命を引き受けることがどれだけ大きいことであるか、今だけの「正義感」では困るのだ。ハリケーン カトリナ被災者への寄付アメリカ赤十字社 Salvation Army
2005.09.03
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明け方から続々ダラスにも被災者がバスで到着している。老人や病人、子供たちの姿も見かけるが、その中に体力がありそうな若い黒人男性が想像以上に多いことに驚く。生死を分けるような悲惨な状況を脱出するため、バスになだれこんでいる状況を見たが、まず先に体力の無いお年寄りや子どもたちや妊婦などの女性を先に乗せるべきじゃないのだろうか。ジャラジャラ金のネックレスを提げた若者の画像があった。彼らが流れ込んできて、ギャングと化し、それでなくても治安の悪化が叫ばれるダラスの町を闊歩するのではないかという不安が襲う。地元には もう戻らない、戻っても何もないからダラスにとどまるという人もインタビューを聞いていると多いらしい。状況が沈静化したあとの今後の不安を私は隠せない。チャリティー病院では、銃を持った人間が入り込み、医者たちはまるで監禁されている状態だと報道されている。麻薬中毒者か、金品を狙った人間か それはわからない。チャリティー病院は、テレビのドキュメントでも使われている病院で、医師たちの奮闘ぶりは日頃から知っていた。抗争で撃たれたギャング達、銃やナイフで傷つけられた市民たちの状態が目だっていて、市内の治安の悪さは、まさにそこ、救急センターに現れていた。そんな中 市民のために寸暇も惜しまず奔走している医師や看護師、そしてもちろんケアが必要な患者たちを 一刻も早く無事救助して安全な場所に移して欲しいと祈る。ダラス一円の学校区も、避難民の子供たちを受け入れ始めたようだ。隣りの学区ではすでに数十人が登校をはじめたという。
2005.09.02
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ご心配おかけしました もうひとつの家族も消息がわかりました。現在ヒューストンに向けて移動中だそうです。本社があり、長年暮らしていたので、ダラスではなくヒューストン友人宅にしばらく仮住まいすることになったという電話が 先ほどありました。自宅の被害も最小限だったようすで、安心しました。しかし 被災地では、まだまだ状況が悪化している場所もあるらしく、心配です。学校で被災者への義援金を集める運動をはじめます。ニューオリンズの状態に目が離せず、MSNBCとCNN を自宅にいるときは、ずっとつけっぱなしにしている。今朝学校の用意をしながら、聞いているとなんでも有名人らしき人が、生粋のニューオリンズ人として、今の状況について話していた。画面では ハリー・コニック・ジュニアと書いてある。私は彼のことは全く知らないのではあるが、なんとなく名前がすっと頭に入ってきた。「ハリー・コニック・ジュニアねぇ、ふ~ん」ってな感じに。今夜は、被災した人達のことを考えると、とてもノー天気に聞こえるかもしれないが、朝から夕飯のメニューはサザン風ポットローストにしようと決めていた。そこで、お気に入りの本の中から、サザン・ソールフードといえば彼女と私が思っているポーラ・ディーンの本を開いた。驚いた・・・ポットローストのレシピに載っていたのが、なんと「ハリー・コニック・ジュニア」彼にささげるレシピだったのだ。今朝まで名前も知らなかったのに、偶然思いついた今夜のメニューのポットローストが 彼にささげたレシピ?!他人にはどうってことない偶然かもしれないが、私にはこういう偶然が良く起こる。種類は違うけれど、予知夢を見ることも多いので、この偶然は、また何かへ続くのかではないかなという予感がする。彼女のレシピはお勧めできるものが多いので、私のHPでご紹介しています。アドレスは こちら。日本でも購入できます。
2005.09.01
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