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少しだけですが、HPの方にアップしました。ここからアルバムの中に入れてあります。毎日、早朝に庭に出るのが楽しみなこの頃。久しぶりにバードフィーダーに餌をたくさん入れると、カージナルが頻繁にやって来るようになりました。ブルージェイもカージナルも目を見張る美しさで、大好きです。そして、夫がこしらえてやった鳥の巣棚に今年もつばめがやって来ています。このあと スズメとの巣棚争奪戦が繰り広げられると思うので、それが少し心配です。なぜなら、お互いに作ったばかりの巣を蹴り落としてしまうからで、中に卵でも入っていたらとはらはらして見守っています。(高さ18メートルくらいの場所なので、私たちにはどうすることもできないのです。)うさぎさん親子は親と子で家の表と裏に分かれて暮らしているのが最近わかりました。子うさぎのひとり立ちって早いのですね、びっくり。
2005.04.30
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今朝、菜園をチェックしていると、トマトが緑色が冴えなくなり、下葉が枯れて落ちていた。よく目を凝らしてみると、うじゃうじゃとあの憎きファイアーアントの群れが。「まさか・・・」先日、友人のミッキーにもらったバナナの木を植えたとき、その場所にファイアーアントの巣があって、掘り返して駆除したのだが、その蟻がすぐそばのトマトに移動したとしか思えない。薬剤を野菜に使うことはしない主義だから、今回も一時しのぎとは思いつつ、熱湯を何度かやかんで運んでまわしかけた。棒切れで混ぜてみると数百個の白い卵が。背中がぞくぞくして、叫びたいほど気持悪かったけれど、このまま何もしないでいるわけには行かないので、掘り返したりしてみた。まだまだきっと土の下の下のほうには生きている女王蟻がいるかもしれない。毎年春先から冬にかけての長い期間、ファイアーアントとのいたちごっこが続く。モラッセを使う、ガーデン用のコーンミールを使うなど、いろいろ薬剤を使わない駆除の方法もあるのだが、いかんせん効き目が弱く、これまでも不成功に終っている。雨が降るとまた、別の場所が盛り上がり単に移動しているだけということが多いのだ。普通の蟻と違いひとつの巣に女王蟻が何匹もいるファイアーアントを絶滅させることは不可能に近いという話を聞いたことがあるが、まさにその通りだと実感する。雨上がりに野原の横を通ると、まるでモグラの仕業と思うほど、そこらじゅう盛り土ができている。あんな小さい蟻の恐ろしさを痛感する光景だ。最初は牧場で見たので、私はてっきり牛の糞だとばかり思っていた(笑)。アレルギー体質の人だと刺されると大変なことになるし、牛一頭も倒してしまうほど大群で襲うとかなりの殺傷力もある。ニューイングランドから越してきた私には、このファイアーアントと怪物バッタは、今もとても脅威ではっきりした対応策も無いので、菜園維持をかけて頭を痛めている要素のひとつなのだ。掘り起こしたトマトの苗が、無事リバイブできますように!(エアルームトマトだったので、とても残念でたまらない)・クロワッサン(普通のプレーンなものと、チョコレート入り)・イタリアンチキン グリル・メキシカン ベークドビーンズ(単にローストした赤トマトとコーン、ハラピニョを少し混ぜただけ)・アンティパストデザートはイチゴのショートケーキ。(イチゴは庭で採れた小粒のものをお砂糖に少しつけてブランディーでほんのり風味)*熱湯で有益なバクテリアや栄養分まで無くなってしまったのでは?と思われる方もいるかもしれないけれど、先日書いたように今年のトマトは市販の土に、菜園とは別の場所で植えたもの。EMぼかしで、菜園は地力のある土壌だと思うので土を入れ替えるのは簡単です。
2005.04.22
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って言ったって些細なことなのだけどね・・・下の子供のお迎えの10分前にあわてて郵便局へ荷物を出しに行きました。以前暮らしていた町は荷物が届くと「荷物が届いてるけど配達する?取りに来る?」とDave(窓口のおじさん)から電話がかかってくるくらい小さい町だったので、列になって窓口で待ったことがありません。けれどダラス近辺では、郵便局に行くとタイミングが悪いのかいつも長蛇の列。しかも窓口が5つくらいあっても開いているのはせいぜい2つか3つ。だから15分は必ず気長に待つのです。それでもランチタイムの前後は空いていることも多くて、今日はそれを期待してでかけました。その前に郵便局の前の信号が私のすぐ目の前で赤に変わり、速攻でレーンを変更して別の裏道から他の信号が青だった確認した上で入ってみたのです。駐車場についてみると、目の前で信号を待っていた車はまだ信号で止まっていて、「ラッキー!」。駐車場には車がたくさん止まっていて、「やっ、ま、まずっ・・・ (^-^; 」でも入ってみると並んでいるのは二人だけ。「ラッキ~」窓口も二つ開いているのです。並んですぐ 後ろに背の高い若者(爆)二人が並んだのは知っていたけれど、私の番になって窓口に歩きながら振り返ると、な・なんと・・・・いつの間にか私の後ろに10人も人々が(汗)並んでいるではありませんか!いつの間に?なぜに 音も立てず急にこんなに人々が?!まるで人間がふってわいたような不思議な光景だでした。しかも、整然と・・・学校に到着したのは、2時きっかり!今日はなんだか超ラッキー。HPの掲示板でガンボーの書き込みをしてくださった方がいらしたので、ついつい私もその気になってシーフードガンボーが今夜のディナー。クローフィッシュ(西洋ザリガニ)、海老、牡蠣が今日の取り合わせ。ワインも野菜もたっぷり入れておいしそう!・・・・・とにかく、わたしは単純すぎる・・・・・そうそう、子供たちも今日はラッキー!それは、今日いよいよ水温が上がったということで、プール開きをしたからですぅ~。毎日 学校から戻ると、外で遊んでくれるようになるのでうれしいな。日焼け止めの新しいの買いに行かなくちゃ。新製品のスプレー式のってどうなんだろう?
2005.04.14
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今夜も筍がおいしいうちにと 筍を使った料理。組み合わせ的には合わないけれど、麻婆豆腐・生のレンコンがあったので他に筍やしいたけ、ちくわぶなどと組み合わせ 豚肉のじぶ煮、さっぱりとわかめサラダ。ふきご飯と筍ご飯をフュージョンさせた?ふき筍ご飯には、油揚げだけしか入れず、シンプルに素材の味を楽しむ。 食事中から、下の二人の子供たちがどうにも食が進まない。最後まで末っ子は、ぐずぐず言って食べないので私は席をたった。「全部食べなさい」という夫の声が聞こえ、次に泣き声が聞こえた。上の子供が「こうやって鼻をつまんで食べたらわからないよ~」と言っている様子。しきりに「みどりのもの きらい。緑のものたべたくない」と言っていたのに 私は全く気がつかなかった。そうだ!蕗だ~。蕗が嫌いなんだ~。思い起こせば、私も蕗が嫌いだった。春先になると今の私がやっているように、祖母と母は蕗や筍を使って毎年お寿司や混ぜご飯を作っていた。筍は良いけれど、どうしても微妙に不思議な味の蕗が食べられなかったのだ。牡蠣やあさりも苦手だった。茗荷も大嫌いだったし、香味野菜や香辛料も苦手であった。それなのに、大人になって味覚が変わり、嗜好が変わって どれも大好物になっているから、すっかり忘れていたのだ。「子供は蕗が苦手」ということを。おむすびにしてあげて、きちんと蕗はのけてあげたら、全部食べてくれた。子供の頃の気持をすっかり大人なって忘れていることってとても多い。逆に子供の頃のささいなことを今も覚えていて、胸がきゅんと痛むこともある。大人になった自分と、ベッドで読み終えた江国香織「ウエハースの椅子」の主人公とが重なり、しばらく涙が出て止まらなかった。
2005.04.13
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今年も筍の季節がやってきた。ドイツ人の夫妻が庭に竹をたくさん植えていて、毎年春になると筍を分けてくださる。本人たちは数年前まで、それが食用にできるものかどうか全く知らなかったのだけれど、私が掘って湯がいて差し上げたら 以来春は筍堀りと決めているそうだ。今年もその季節をまだかまだかと待っていた私に今朝電話が入った。「今朝掘り起こしたからご主人に渡したよ。」 細くて柔らかい破竹のような筍はそのまま焼いても良し、湯がいて筍料理に使っても良し。彼女たちは和食は作れないから、サラダやソテー、炒め物やスープに使ってねと伝えている。今年は筍でどんなドイツ料理を作ったかぜひレシピを分けていただこうと思っている。さて今夜は筍ご飯と姫皮で作った和え物、若竹汁、蕗との炊き合わせなど 筍づくしのお夕飯だ。
2005.04.11
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朝夕は肌寒いダラスだけどお昼になると暖かくなったので、先週末トマト・ピーマン・オクラの苗を移植した。今年はトマトはRaised Bed に変えて場所も移動。というのも毎年夏も後半になるとトマトが育ちすぎて プールサイドにある菜園がとてもみっともなくジャングル化してしまうからだ。夫が木枠を作りそこへトップソイルの大きな袋をそのままはめ込んだもので、これはマサチューセッツに住んでいた頃 近くの八百屋さんで見たやり方だ。私はすっかり忘れていたのだけれど、菜園には手出しをしない夫がずっと実はやってみたかった方法らしい。そしてスプリンクラーのパイプを入れ替えし、イリゲーションシステムも作ってしまった。だから 根元に直接細いパイプでそれぞれ水が入るようになっていて 余計な水を使わなくて済む。夏場いつも節水制限のあるダラス地方ではこれはありがたいシステムだ。水はねからの病害も防げると期待している。ファーアーアントの山には熱湯を何度もかけて、どうやら今のところ移動したか死滅したらしいので、そこを掘り返し堆肥と混ぜてピーマンと日本のナスを植えた。豆類は芽が出ると毎年鳥や虫に食べられてしまうのだが、今のところ無事。春菊やつまみ菜、葉大根は今年プランターで育てる予定。そうでないと とにかくこれから夏バッタの被害が大きすぎて目が届かなくなるからだ。しかし鉢植えにはそれなりの問題がある。水切れが早いことだ。だから自宅にいるときは朝と昼と二回水をあげなくてはいけない。留守をするときはスプリンクラーの下に移動。これがまた大変・・・そんなこんなの私の数日。イチゴは広がりすぎてしまったので、少しずつ移動したり処分するつもりだ。私の所在をご存知の方いりませんか?(笑)最近のお夕飯・しゃぶしゃぶ・ブロッコリートサンドライトマト&チキンのペンネ(レシピあり)・カレーコロッケ(これはきちんとジャガイモをつぶして作らず、マッシュポテトのミックスを利用したものが子供の好み)・レンコンと海老の揚げ団子(もちもちした食感がまた格別 レシピあり)・韓国風お好み焼き キムチと春菊と牡蠣・焼きそば(作っている途中で そのまま野菜炒めとして食べたいという衝動にかられたくらい野菜いっぱい)・ベイビーバックリブ BBQ・ひらめの中華蒸し(レシピあり)・フィッシュ&チップ・おろしそば(大根おろしとなめたけであっさりと)←これはランチ週末はEM菌が届くので EMぼかしづくりをする予定。コンポーストBINも満杯!楽しみ楽しみ。そして最後にテキサスに着てから上手に育てられなかった あじさいにたくさん花芽が付いていた!わーい。あ、まだあった!蕗も大収穫がすでに始まり、私のダラスの母(ご近所の日本人の老婦人)に 今年仕上がった味噌と一緒にどっさり届けて来た。お返しに 切干大根の炊いたんと昆布の煮物、ケーキ、赤紫蘇の塩漬け&練り味噌をいただいて 大喜び。
2005.04.07
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法王が81年に被爆地、そして私の故郷広島を訪問なさいました。「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死そのものです。」今も鮮明に記憶しています。その時の平和アピールの一部を抜粋。War is the work of man. Was is destruction of human life. Was is death. Nowhere do these truths impose themselves upon us more forcefully than in this city of Hiroshima at this Peace Memorial. Two cities will forever have their names linked together, two Japanese cities, Hiroshima and Nagasaki, as the only cities in the world that have had the ill fortune to be a reminder that man its capable of destruction beyond belief. Their names will forever stand out at the names of the only cities in our time that have been singled out as a warning to future generations that war can destroy human efforts to build a world of peace. To remember the past is to commit oneself to the future.To the creator of nature and man, of truth and beauty I pray: hear my voice, for I speak for the multitudes in every country and in every period of history who do not want war and are ready to walk the road of peace. Hear my voice and grant rinsight and strength so that we may always respond to hatred with love, to injustuce with total dedication to justice and to need with the sharing to self, to war with peace. O God, hear my voice and grant unto the world your everlasting peace.--------------------------------------------------------------------------------Excerpts from "Appeal for Peace" by Pope John Paul II, February 25, 1981 日本語訳は こちらにありました。病院に移ることを拒まれ、居室で穏やかに自然のままに神の元へ戻って行かれたことに感銘を受けました。尊厳死についてアメリカ社会が揺れている今、法王の決意は医学界に、良い意味で影響を与えることかと思います。法王が何よりも願っていらした世界の平和を我々みなが推し進める必要性を痛感しています。被爆2世として、アメリカで活動する機会を模索しています。
2005.04.03
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