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ここ数週間、どうしても新しい子犬が欲しくてネットや新聞でいろいろ探していました。でも遠くであったり、高価な子犬であったり、写真を見てもいまひとつしっくり来ないという風な気持で過ぎていました。おととい偶然何気なく開いたゴールデンリトリバーの子犬のウェブページ。そこに載っていた写真をひと目見るなり「この子!この子だ!私たちの子犬!」とすぐに ぴーんと来るものがありました。それはまさに雷に打たれたようなショックが走るくらいの感動的なドキドキでした。夫はウィルソンの死後、新しい犬を迎えることを少し拒んでいたのですが、写真を見せたら「電話してみよう」と翌日 同意してくれたのです。「見るだけでも良いわ」と昨日1時間ドライブして行って見ると・・・あ~う~、もうダメです。最初に母犬を紹介され次に子供たちを見たとたん もう私はその中の一匹、写真で見たあの犬無しで帰宅するのは有り得ない!と思うくらい 恋に?落ちてしまったのです。他にも写真は見ていたので どの子がどの子か名前もちゃんとわかるほど(穴が開くほど画面を見ていた)見分けがつきましたが、やはり私の直感どおり あの子犬を家族全員が選びました。とりあえずこの場を借りて報告したくて取る物も取り合えず書き込んでいます。ウィルソンの死後、多くの人に励まされ、ご心配もおかけしましたが、今日 新しい家族を迎えることが無事出来ました。また新しい一ページを始めることができます。ウィルソンもきっと見守ってくれることでしょう。しばらくは子犬の世話といたずらの始末に追われると思いますが、とても楽しみで本当に興奮しています。まだ名前はありませんが、親ばか日記ががこのブログで並ぶと思います。どうか我慢して読んでくださいね!(笑)白とブロンドの毛色の新しい家族をどうぞよろしくお願いします。これから、すぐにお家をパピープルーフしなくては!!!
2005.05.31
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今日はクラスマザーとして今年最後のお仕事、先生への感謝ギフトを渡しに学校へ出向いた。先生には、クリスマス会のとき撮った生徒の個人写真と担任の先生の写真をデジタル加工してコラージュみたいに組み合わせしたものから作ったマウスパッド、そして雨の日ドライブスルーの係りをするときに使えるだろうと透明の傘に生徒全員の寄せ書きをしたものの二つをプレゼント。すべて無事終わり教室を去ろうとした時、ある男の子がさっと寄ってきて力いっぱいハグをしてきた。「Thank YOU!」この子とは個人的に会話を親しくしたこともないし、いつもどちらかと言うと荒れている子で、先生に叱られている姿のほうが記憶にある。だから 私も一瞬驚いた。しかし、体をかがめて彼を力いっぱい抱きしめ返して「I'll miss you ! Have a great summer.」と返した。この生徒はクラスで「俺んちにはガンがあるんだぞ。コカインもあるんだぞ。」と何度か言って問題になったことがあるという。実際それが本当だかどうかわわからないが、いわゆる問題児として扱われている。この小学校には、いわゆる裕福と言われる豪邸が並ぶ住宅地に住む子供たちとダウンタウンに近い小さなアパートやランダウンネイバーフードと言われる貧しい家庭から来ること両方を入れている。真ん中が無く両極であることから いろいろな問題が生まれているのだが、市としては上下をあわせて中間になると思いこんでいる節があり、いずれ改正するべき点が山積みである。それはさておき、子供たちのことを知れば知るほど、心が痛む事実が明らかに見えてきた。先日のピクニックの時は、ある男の子が「ボクホットドッグに何もつけないのが欲しいの。何もつけなくてももらえる?」と私のところにやってきた。「もちろんよ、好きなように食べたら良いのよ。」「本当?じゃボクのリクエスト覚えておいてね!」 屈託のない笑顔で話すその子は、実はいつも教室で机を皆から離して先生の前に座らされている同じくいわゆる問題児と言われる子供なのだ。その後も何度かやってきて「ね、ホットドッグのことだけど大丈夫?」と確認しようと私に話しかけてきたり じっと傍に寄って座っていた。この子の母親は、結婚せず私生児としてこの子を生み、仕事も別段せず遊び暮らしている女性なのだと聞いたことがある。所かまわずこの子を大声叱り、時には人前でも叩いたりしているのを見かけたという父兄もいる。先に書いた子供も、家庭環境が複雑でいろいろ背景に問題があるのだという。別段親しいわけでもない私にそうやって寄り添って来たり、抱きついてくるということは、この二人の子供たちは、たいそう愛情に飢えている、大人の関心(アテンション)が欲しいに違いないのだと直感した。あの無邪気な笑顔と透き通るような瞳を持つこの子達を悪い子だとか 問題児といって突き放して良いのだろうか。大人があきらめてしまってよいのだろうか。子供は親を選ぶことができない。みんな生まれてきたときは誰も無垢で白いキャンバスで生まれてくるはずだ。生まれたときからの犯罪者や悪人はいない。大人たちが汚してしまっている。心の叫びが聞こえないでいる。自宅に帰り涙が溢れてきた。とても辛い。できることならスタートからやり直させてあげたいと思うくらい辛い。私には何もできない。そのもどかしさと、彼らの心の叫びが今も胸を突き刺す。
2005.05.25
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日本で言われる一卵性親子にはほど遠い私と長女。とはいえ私たちもそうだが、アメリカでも母娘が一緒にショッピングに出かけたり、お洋服を共用したりかなり近い関係を保っている人たちは多い。私も長女がティーンエージャーになってから、いろいろ二人の関係を楽しんでいる。見方を変えれば、私自身が通り過ぎた自分の青春期をもう一度彼女を通してエンジョイしてるとも思える。恋の悩みや友達との喧嘩やいざかいやその他の女の子特有の駆け引きから起きる悩み、課外活動やボランティア活動でのこと、将来のこと。世代を越え、育つ国は違っていても、やはり根本的に同じだと思うことがとても多い。だからこそ、そんなこんなも適切なアドバイスができるし、一緒に怒ったり泣いたりすることさえもある。「ほ~ら、だからママが言ったでしょう」は どんな子供でも親の口から聞きたくないし、認めたくない言葉だけど、少しずつ私のアドバイスや私の経験はあながち外れていないということがわかってきた娘。積極的にいろいろなことを話してくれるし、友達との会話にも口を挟ませてくれる(笑)。娘の友達からも これでなかなか信頼されていて一応「クールなママ」の仲間入りさせてもらっている様子。厳しい面とソフトな面を使いわけるのは難しいけれど、自分の母親もこうやってある時はベストフレンドになり、ある時は厳しい人生の教師になってくれていたような気がする。私の方も長女に関しては学校の成績も性格も親として何より誇りに思えるものをいつも見せてくれているので、感謝の気持ちで一杯だ。そしてさなぎが蝶になるように、最近では私からみてもはっとすることがあるくらい大人びて来た。そんな彼女のおねだりが「ネイルサロン」に行くこと。夫も私もピアスをさせない方針なので(ひとり立ちしてからは彼女が決めて良し)、オシャレと言えばネイルアートが憧れだったらしい。そこで 日頃ネイルサロンには縁の無い私も「二人でネイルアート!」の気分になり 昨日出かけてみた。知り合いの美容院の隣りにあるベトナム人夫婦経営のサロン。評判も良く、とても人当たり良い好感持てる女性が担当。娘はフレンチマニキュア、私はスパペディキュアというフットマッサージとペディキュア、手の方は色のついたものはキッチンに立つものとして、個人的にどうしても抵抗があるので、爪のお手入れだけしてもらった。本当はティップに色がつけて欲しかったみたいだけど、何しろ女性は英語が殆ど話せないため、意思の疎通が難しく、残念ながらそれは叶わなかった。それでも初めての「ネイルサロン」デビューは とってもうれしかったらしく友達に電話で早速報告していた。(他の子達はとっくに何度もネイルサロン経験済み!)帰宅しソーダの缶を開けようとしたとき、「あっ!」とネイルが付いている不便さも実感したみたいだが、「どうってことないよ」と強がりを言って笑っていた。その後 高校の卒業式に参列し演奏。しばらくの間ベースギターを弾かなくて済むことをこっそり祈っている私だ。娘と二人きりの楽しい午後のひとときだった。
2005.05.24
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夕方 水遣りに菜園に出てウサギよけのネットをチェックしていたら「ぎゃーーーーーーーーーーー!へ・へびーーーーーー@$*ーーー$#◎△!!」幸い夫は帰宅後で、朝方見つけた子うさぎの行方を捜しているところだったので裏庭に居ました。あわてて駆けつけてくれて、すぐに生死をチェック。鳥につつかれた跡があり、すでに絶命していましたが、私はどちらにしても蛇が大嫌いで怖いので、私のイチゴの上に横たわっていることさえも 耐えられないほどでした。そういえば昼過ぎ、お友達とランチをしている時、裏庭に珍しくカラスが降りていたのを見た記憶があります。あれはきっと、ネットにひっかかった蛇をつつきに来ていたに違いありません。菜園にはウサギ、リス、鳥などが侵入していることは知っていましたが、とうとう蛇までが。かわいそうだけれど、あの手に乗るくらい小さい子うさぎは すでに鳥か蛇の餌食になっているかもしれません。このあたりには ガラガラ蛇、コッパーヘッド、そして今日居た ラットスネークなどが出没するそうです。ラットスネークは毒蛇ではありませんが、今日居たものは2メートル近い長さがありかなり大きなものでした。それだけでも私には十分脅威です。田舎暮らしは 怖いこともいっぱい・・・でも夫は「野鼠を食べてくれるんだよ。」と一言。「そっかぁ、じゃ居てくれた方が良いのね」と思ったのでした。ところでナスを一個収穫しました。今日お味噌汁と浅漬けにして初物をいただきました。家族はなすが苦手なのでお友達と二人で堪能!銀だら粕漬け、コーンフリッター、アジのフライ、大根葉のお漬物、山菜御飯。やっぱり和食は最高!!
2005.05.23
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朝、コーヒーを淹れ、さてのんびりパソコンでメールのチェックでもしようと座ったところ「ガシャン、ドンバリバリ」そしてゴングのような音がいっしょこたになったような轟音が響いた。「何かが落ちた」一瞬でその音が普通でないことがわかり音の方向に走って行くと、1m90cmほどの高さのグランドファーザークロック(柱時計)が倒れていて、その下敷きになった末っ子の姿が目に入った。目をかっと見開いて微動だにしない。もしかしたらという不安が脳裏をかすめ、それと同時に時計を起こし、大声で子供の名前を叫びながら抱き起こした。その時、内臓圧迫や割れたガラスで大怪我をしているという不安があったが、奇跡的に無傷の様子。柱時計の振り子の部分は空洞なのでそこにすっぽり体が入ったのが良かったのだと思う。割れたガラスも幸い体に刺さることなく頭上に散乱したらしい。この古い時計は、亡くなった義母の形見の柱時計。義母が守ってくださったに違いない。子供はきっと錘を巻き上げてくれようとしたのだと思う。子供は大人がしている事を良く見ていて、本当はしてはいけないといわれていても、こっそりやって、「できたよ~♪」と誉めてもらいたくてすることがある。カウンターに登ってグラスを取ることも、自分でトースターをいじることも、大きなガロンサイズのミルクをカップに注ぐことも、本当はしてはいけないといわれている事、小さな子供には上手くできないことだけど、やってみたい、やりたい、誉められたいと思うその気持が良くわかる。ショックで子供はしばらく体が震えていた。そして、じわじわと涙が流れ、そのあとしばらく号泣し、気持が落ち着いたとき、ぼそっと言った。「かあさん、時計の後ろごみが た~くさんあったね。」(爆)時計の下に溜まっていた埃をあんなパニックの後でも冷静に見ていた娘に思わず苦笑いした。今日は一日機会があるごとに子供を抱きしめ、無事だったことに「元気で居てくれてありがとう」と声を出して繰り返した。
2005.05.15
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もうすぐ5歳になる末っ子に自転車の特訓をさせる!と言っていた真ん中。夏休みが終るまでに補助輪をはずして練習すれば良いと思っていたのに、昨日夫が補助輪もペダルもはずして、練習開始。夫は自転車練習のシステムを作っていて、日本のように後ろを持って押すのではない。傾斜のある所を選び、ペダルに足をかけず まずはバランスを取る訓練から始めるのだ。だいたい最初はペダルに足をかける場面でバランスを崩すことも多いし、普通の道路だと勢いもつかない。だから 少し傾斜のあるところを足を地から離して車輪が転がるような勢いのときバランスをマスターするという感じだ。この方法で上の子供ふたりも日本の甥も、2時間以内で自転車に乗れるようになった。練習開始から45分くらい経って、上手にバランスが取れるようになってきた。そこで昨日はいったん休憩。そして今朝、もっと長い傾斜の坂に移動し、昨日より長い距離をバランスを取りながら転がる?練習に移った。足を少し地面より上げて左右にふらつきかがらも100メートル以上足を突かず乗れるようになった。今朝の練習開始から15分めだ。いよいよペダルが取り付けられた。なんと初回からペダルを踏むのに成功。まるで早送りのようにちまちまペダルを急いでこいで降りてくる。3度ほど長い坂で練習したあと普通の平らな道にまた移る。夫が勢いがついてペダルに足がかけやすいように押して加速をつけてやると、またすぐにこいで遠くに行ける様になった。所要時間わずか3分。じゃあ 自分でスタートしてペダルに足がおける?と声をかけると、なんとその場で発車してしまった!恐るべし子供の運動能力。私など大人になって自転車に乗れるようになったから、数日かかった記憶があって、今も得意ではない。恥ずかしい話だけれど、子供の頃自転車に乗る機会無く大人になってしまったのだ。街中に育って徒歩でどこでも行けた事、それから気づくと中学生になっていたので「いまさら恥ずかしい」というのも理由だった。5歳になる前に、自転車に乗れるようになって良かったね!夕方 親子で公園にサイクリングに行ってしまった末っ子。子供ってすばらしい。そのチャレンジ精神と何かを成し遂げるという頑張りと喜びをこれからも忘れないで育っていって欲しいと思っている。
2005.05.07
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今日は端午の節句。本来ならば子供の日のお祝い膳を作るところですが、子供たちのリクエストで、メキシコの祝日であるシンコデマヨを祝うことにしました。だから ディナーはメキシカン。お料理していても口をついて出てくるのは「柱のき~ずはおととしの~ぉ♪」ばかり。急に柏餅やちまきは作れないけれど、お団子なら作れるので、手早く「みたらし団子」を作りました。メキシコ料理と みたらし団子、組み合わせは不釣合いだけれど、両国の祝日を一緒に祝うのも楽しいものです。そうそう、ルーニーチューンのCoyote and Road Runnerのロードランナーをご存知ですか?鳥なのに本当にピピーってクラクションを鳴らしてるのか?と思うくらい小走りに二本の足で地上を駆けるのです。なぜこの話題を?と思われるかもしれないけれど、さっき ちょうど私の車の目の前を横切っていて、あまりにこっけいな姿に運転しながら一人 (^◇^) ケケケ と爆笑してしまったからです。だってこういう事って、なんだか自分の胸に収めておけなくて(笑)。その姿を見たことない人に絶対見せたいなぁ!
2005.05.05
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尼崎で起こった脱線事故は、アメリカに暮らす私にも大きな動揺と悲しみをもたらした。親であり子である自分にとって、ご遺族の悲しみと怒り、苦しみはいかばかりかと思うだけで、数日間何も手につかない状態だった。惨状はあまりに生々しく、遠い日本で起こった事故だとはとても思えない状況だった。残念ながら、同窓生も数人亡くなった。その後の調べで、運転士に課される責任とそれを遂行できなかったため課される「日勤」について事実が明らかにされてきた。大量の命を預かる運転士の責任が、パイロット、バスの運転手と同様に、重大であるということは周知のことではある。しかし、このいわゆる「日勤」は、自殺者も出ていると報道されているが、見せしめに等しいものがあると読んでいて思った。ていの良い「いじめ」とも取れるような信じがたい体質がある様子だ。普段日本に暮らしていると、電車が定刻に到着し、出発することは、あたり前だと思っていた。少しでもダイヤが狂うと、乗客は騒ぎ、駅員に詰め寄ったりすることもある。以前 首都ワシントンから帰宅する際、アムトラックを利用したことがあった。その日定刻になっても始発駅であるにもかかわらず電車がホームに入っていなかった。事故があった様子はない。30分経ってやっと、車庫から入ってきたが、その後また客や荷物を積み込むために時間がかかり、結局遅れは1時間弱にもなっていた。その時、私は夫に「日本ではありえないことだよね。1分単位でさえ遅れることって滅多にないもの。」と話したことを覚えている。私は定刻に到着し、定刻に出発するあの日本の電車を、あたり前だと思っていた。今回の事故で、その裏でどれだけの人が努力をし、一生懸命動かしているかということを知った。子供たちによく話すことがある。「世の中にはあたり前のことなんて何一つない。誰かがどこかで一生懸命働いて努力しているから、たとえば毎日朝が来てエアコンやヒーターのかかった快適な温度の家で目覚めることができている。電気だって水だって、電話が通じることだってあたり前のことではない。自分が生きているその周りには、あたり前のことは何一つないことを覚えておいてほしい。」日曜も祝日にも夜中にも、どこかで誰かが働いている。だから、こうやって毎日が動いている。それをとかく人は忘れてしまっている。私も これからいつもどこの見知らぬ誰かに感謝して暮らしたいと思っている。そして、太陽や雨や土や空気にも、そして地球に。
2005.05.05
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子供たちの通う学校区では、"Smiling Dad (Mom)" というボランティアがいて、登下校時に車から降りる子供のドアを開け、「グッドモーニング~!」(あるいは"Have a great evening.See ya tomorrow."と笑顔で毎日挨拶してくださる父兄たちがいる。暑い日も寒い日も雨の日も、強風吹き荒れる日も、必ずどなたかがいらしている。彼らのおかげでより安全も確保できるし、Crossingガードと言われる横断歩道を監視する父兄とともに学校にとってはなくてはならない存在だ。小学校では、これまで何年もスマイリングダッドたちが活躍していたのだが、今年に入りお父さんたちの姿が消え、元気なお母さん達二人が表と裏の入り口を担当している。彼女たちは、毎朝満面の笑顔、そして大きな声で迎えてくださり、お父さんたちとはまた違い、朝一番に爽やかな風を送ってくださっている。今朝、学校に着いて車のドアを開けてもらってから気づいた。「ランチボックス忘れてきた!」「8時までここに居るから、取りに行って来ると良いわ。私が教室に届けてあげるから~」自宅に戻りランチボックスを持って再び学校に戻ると彼女が明るい声で「OK! ○○先生のクラスね!届けておくわ~。バ~イ、Mom。ハブアナイスデー!」と手を振って彼女。雨が降っていたので傘を片手で持って、ランチボックスを肩にかけながら。今日がいつもより明るい日になるような気がした。いつも本当にありがとう、と感謝の気持ちでいっぱいになった。子供に聞いてみると「○○ちゃん、お弁当だよ~♪」と言う感じて届けてくださったそうだ。
2005.05.04
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その後あのセラーとどうなっているか?実は今日ふたたびメールが届きました。返送してもらった時の送料をきちんと返金するというものでした。しかも、送料プラス手数料まで含めて。ただ 現在、もう一人他のバイヤーが荷物を受け取ったにもかかわらず、荷物が届いたのが予定より遅かったため、フィードバックにネガティブを入れ、非常に酷いコメントを書いている様子で、その件に関して決着がつく数日後まで入金を待ってほしいと追記がありました。(それまでそのアカウントが使えないということでしょうか?)今までの理解に感謝するというようなことも書いてあったので、結局最後はあちらが謝っている形で終りました。内心、いまだに「だったら どうしてあんなメールをよこしてきた?」という気持はありますが、私の中では決着がついている話なので、返金の知らせは、まるでおまけのプレゼントという感じがします。もともとこれは当然のことではあるのですが、自己負担でと思っていましたので、これには自分としてもびっくりでした。今回のことだけではなく、アメリカに来て私が身につけたこと。それは、納得行くまでとことん苦情なり、腑に落ちないことははっきり言うということです。客商売でも謝らない人が多く、自分の間違いすら、たいがいの人が認めません。訴訟の国だから事故で自分が悪くても謝るなという話を聞きますが、それだけでははく、とにかくあきらかに自分のミスであっても、非を認めない場面が本当に多いのです。アメリカに来た当初は、不当な扱いを受けたり、横柄な態度で対応されたり、こちらの言うことを耳すら貸さないというような態度で接しられた時、悔しくて悔しくて泣きそうになったこともありました。いまアメリカで暮らす上で一番上手になったのは、苦情そして言葉で戦う?ことです。店員の不当な態度が目に余る時、カスタマーサービスの処理が納得いかない場合は、その上司を呼び、とことん話し合います。まあ 取るに足らない感情的な行き違いもあるのですが、それはそれで話さなければわからないということもあるでしょう。逆に話した時間が無駄だったと思うこともあります。郷に入れば郷に従え。大和なでしこも、アメリカで負けてはいられません(笑)。それはさておき、今日また交換してもらったバッグが届きます。まさか同じものを?そんなことが無いように願います。あ、もうひとつ。今日危うく事故を起こしそうになりました。学校から大通りに出る場面。テキサスのばかでかいSUVの列があったため、対向車線から入った乗用車の姿は全く見えず、徐行してはいましたが、死角で見えなかったのだと思います。通りに出た瞬間 「ビビビーーーー」とクラクションの鳴り響く音。びっくりしましたが手を振って謝り、大事に至らす終りました。直前に「小型車がいたら見えないよ~」と思っていたその通りでした。フルサイズピックアップやハンマーをはじめ、大型SUVは、必要以上に大きすぎます!仕事で必要な場合は仕方ないけれど、どうしてあんな怪物みたいな車両が必要なのでしょう。いまだにイライラするばかりです。もっと環境に優しく人に優しくなれないものかしら。>テキサン。もし、大家族ならばいっそパートリッジファミリーみたいにバスはいかが?(笑)
2005.05.03
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前から娘と共用できるから、買っても良いと思っていたバッグを落札しました。すでに店頭では売れきれだったのですが、手に入れることができて、二人で大喜び。超高級ブランドでもないけれど、可愛くて今年の限定版だったのでとっても気に入った商品です。やっと届いて明けてみると、ラインストーンがひとつ落ちています。コンファーメーションがつけてあったので、到着時刻もオンラインでわかるはず。だから即座に時刻も明記して、メールを出しました。写真を添付して。「今届きました。ありがとうございます。しかし残念ながらひとつ石が落ちているみたいです。今届いたばかりで、もちろん未使用です。交換していただけますか?」返事がすぐありました。「すぐに送り返してくださるか、もよりのブティックに持ち行って交換してもらってください。商品チェックはしているのですが、手落ちでした。申し訳ありません。なお添付写真は見せていただいておりませんが、あなたの言葉を信用しています。」近くの店といっても半日かけて往復するような遠くなので、すぐさまこちらからも配達確認を買って速達便で発送しました。もちろん本来なら、私の手違いではなく先方の手違いであるのですから、送料はあちらもちであるべきですが、そこは請求せず、自己負担にしました。キズが入ってはいけない、形が崩れてはいけないと、詰め物をし、薄紙でつつみ、その上から、バブルラップで巻き丁寧に梱包しましたつもりです。今日メールが来ました。「さっそく交換した商品を発送しました。しかしひとつだけあなたに言っておきたいことがあります。商品を開封したとき、どきっとしました。これは私が送ったあの商品ではないと。あんな目立つ場所の石が落ちていたらだいたい気づかないわけがありません。バッグの中に私は詰め物をして発送をしておらず、戻った商品には入っていました。そしてペットの毛のようなものが袋についていました。中略。あなたを責める気持は毛頭ありませんが、事実をお伝えしたく書かせていただいています。これからは○○○の商品をイーベイで出品することはもうこりごりです。以下省略」私が偽物か傷物の商品を送り返してきたと言わんばかりの文面です。どうしてそんなことをわざわざする必要があるのでしょう。近くの店に行けば交換してもらえる正規の商品で値札もそのままであり、支払いも終っている商品。まるで偽物を返しているといわないばかりです。ショックでした。相手の顔も見えず 誰と取引しているかわからないオークション。これまで5年以上、一年に数回は売り買いどちらかで利用していますが、これまで私がラッキー過ぎたのかもしれません。良い経験をさせていただき、中にはその取引後もメールを交わしている老婦人もいるくらいです。即座に抗議のメールをしました。「わざわざそんなことをして私に何の得があるのでしょう?こんな事実に反する疑いをかけられたのは私としてもとても遺憾です。詰め物の紙を入れたのは私であり、これは形が崩れるのを防ぐため最善を尽くしたつもりでした。中に入れた紙は○○社のものです。ぜひご確認ください。わざわざ速達にし、配達確認も自己負担でつけました。わざわざ誰かを欺くために、ここまで丁寧に梱包し、余計な出費をしてまで返品すると思われますか?なお自宅には猫も犬もペットは一匹もおりません。テーブルの上で開封し、そのまま梱包しましたので、床の上にさえ置いていないのに、そのようなことがありえるはずもありません。中略。しかし、今回返品交換を快く受け入れてくださり感謝しています。これから先 あなたのイーベイでの経験が快いものでありますようにお祈りしております。ありがとうございました。」すぐに返事がありました。「Okay, no problem. I believe you. Thanks for writing back.I don't think you did anything wrong.」私とすれば、「Yeah, right.」。まさに、このひとことです。言いたい放題言って最後はこれ。結局自分が有利に立つことで終わりにしているわけです。この文面では、私の憤りはますます募るばかりです。しかし、商品が手元に届いてしまえば、もう今回のことは水に流そうと思います。しかし、知らない誰かから、まるで詐欺行為を働いたかと言うようなありもしない糾弾を受けたことは、今もとてもショックです。今彼自身、私が返品したバッグを手にし、偽物ではなく正規の商品であることは 誰よりもわかっているはずです。私は人をだましたり、他人を傷つける嘘をつくの耐え難い行為だと思っています。そうすることは自分自身が許せないと思うからです。だから、無実なのに今回のように疑いをかけられてしまったことは、とても不快で悲しいことでした。元はといえば、こちらが謝ってもらうべきことなのに、テーブルは回転し私を疑っています。なぜ?「God bless you.」私は、ふとそうつぶやきました。
2005.05.02
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