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とうとう固定電話を解約することにしました。思えばもう70年くらい電電公社の時代から固定電話を使って来ましたので、ちょっと意味なく淋しい。いろいろな思い出ってのは、電話には付き物ですね。 家内とは数年付き合ってから結婚したのですが、まあ黒電話の時代に長電話で我が家の家族に多大な迷惑をかけていたのは、今となっては仕方ないことでした。どういうわけか長電話になってしまいましたね。まあ通話料は何時間かけても10円だったんじゃないでしょうかね。良き時代!!その延長で、今でも自転車ででかけている時は、どこでどんなお昼(近頃はウィルスのお陰で弁当が多い)を食べて、どんなに綺麗な花が咲いているか、なんてのを飽きもせずにSMSとメールで画像付きで送っています。 本日固定電話機が応答しなくなったのを機に、固定電話を廃止することを話し合って決めました。いずれにせよ、私達はふたりとも今月は固定電話をかけていないことがわかりましたので、すんなり解約となりました。これからは携帯電話の着信音の音量を上げておかないと、気がつかないといけませんから、着信音は黒電話にしようかなとも悩んでいます。チャイムとか他のメロディーだとつい聞き入ってしまうので、通話にならないかもしれませんね。なれるまでは試行錯誤でしょう。 思い出に残る一番嫌な電話の会話は、我が家の貸していた物件の店子のお家の、4月から小学校を楽しみにしていた坊やが、交通事故で亡くなった時の電話でした。さすがに気の毒で警察がご主人に連絡をするときに、お子様が亡くなってと言えなかったらしく、交通事故に会ったが詳しいことは大家さんに尋ねてね、と逃げたらしく、呑気に構えた父親から「佐藤さん、うちのバカ息子が怪我したんだってぇ?」と電話が来たときには、困りました。でも嘘をついても仕方が無いので、勇気を振り絞って、平静を保ちつつ思い切って「いえ、お怪我ではなく、亡くなりました」と伝えたら、永遠に続くかと思える沈黙。ああ、早く電話を切ってくださいよぉ、と高校生の筆者はこころの中で叫んでいました。警察のバカぁ。永遠に続いた沈黙のあと、そのまま電話が切れてしまいました。あれはキツかったなぁ。小さな棺桶にまた涙。 実用上の電話といえば、後年始まったデータ通信が思い出深い。通信速度は今ではお笑いみたいな300ボーという、ナメクジの駆けっこみたいな遅さのアルファニューメリックとあとからカタカナが登場して、電話にメモリーがついていて、会員がパスワードでアクセスして書き込み・読み出しができるBBS電話なんかも、経験できました。黒い単色モニターの画面に緑のカタカナがチョロチョロと左から右へと表示されていく様子に感動しました。今なら一画面分がぱっと表示されるのを、当時の技術では精一杯でしたもの。電話の受話器をはめ込む音響カップラーも使いました。米国のサイトに繋いであれこれやっていたら、NHKが我が家に取材に来て、米国の大統領の予定表とか出して見せました。出来上がった番組は、ヒドイ!記者が私がやったように自分で米国大統領の予定表を「出してから」、さて利用者のインタビューをご覧くださいですって!そりゃ私が教えたんじゃないかいとは思ったが、放映後の反響がすごかった。隣の理工学部の先生が電話をくれて良かったぞおお!といってくれたから、記者の無礼な編集は不問に付して、後日会ったときに「やってくれたねぇ」とイヤ味を行っただけでした。 最初に購入したのは、アキバで大流行していたアップルのII(アップルツー)のコピー品でした。余りに大規模になって、アップル社から訴えられたアキバの会社もあったくらいでした。在日米軍とくに海軍の将兵は、コピー品のアップルツーを大量に買って、半舷当直明けに一斉に電源を入れて、空母の電気系統と軍事用コンピュータに影響が出てしまい、司令官が激怒。電磁波を出さないアルミのアップルケースが飛ぶように売れているのを見て、日本人は大笑い!!おもろかったぁ。 電話の話題からそれてしまいましたが、おもろかったのをもう一つ。ウィンドウズが出現したときに、大きな話題になってしまい、アキバでは妙な人種(893さんたち?)も出現して、パソコンもないのにウィンドウズを買おうとしたり、知ったかぶりして「7メガバイトのメモリー売ってください」なんて言うやつがいて(メモリーはnの自乗倍つまり2-4-8-16-32-64-128-256...しかありませんし、しかも奇数???)またみんなで大笑い。店員に丁寧に尋ねればいいのにね。もちろん店員は「いま7メガバイトのメモリーは切らしているので、隣の○○通商で尋ねてね」なんて隣の店員にも楽しい話題を上げていましたね。 その後はガラケーが一世風靡。短期間で日本・世界を席巻しました。筆者も何台も買い替えました。いろいろな思い出を経験できましたので、お金はかかっているが、経験値が上がりました。スマホの回線も、電話線を引っ張って歩くわけではないから、公衆電話回線でしょうけれど、糸が切れた凧の気分は何故だろう?[5H限定★160円OFF] ケトル おしゃれ 電気 1L KTK-300電気ポット 電気ケトル コーヒー ポット やかん 湯沸し器 コンパクトケトル キッチン家電 シンプル 新生活 一人暮らし かわいい 可愛い ピンク グレー ブラック 単身赴任 寮 軽量 手軽 時短 小さめHKT-100【広告】価格:1420円(税別、送料別)(2022/5/14時点)楽天で購入
2022年05月27日
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ようやく鴉に追われなくなった(もしかしたら追跡されるのを気にしなくなった??)若者は、気がつくと道は雑木林を抜けようとしていた。曲頭から、よろめいている若者の足取りを表すかのような旋律をピアノが提供している。 歌曲の作曲者が歌詞を変更することがあるのは事実だが、ここでシューベルトは、一見するとおかしな修正を加えてしまった。第1連の歌詞は Hie und da ist an den Bäumen Manches bunte Blatt zu sehn, あちこちで木々に色とりどりの葉がいくつも見える。で始まる。でもおかしい!絶対におかしい!と昔から筆者は思っていた。だって「冬の旅」ですよ。冬!そんなことあるわけない。雪の積もった雑木林の中に紅葉した葉がいっぱいの樹木があるなんて!とても不思議に思っていたのだが、原詩の作者 Müller の書いたのは Noch ein bunte Blatt zu sehn, 木々に色づいた一葉が見える。だったようだ。まあこれなら理解できる。「まばらに」という程度なのだろう。生物学的な理由は分からないが、「たまに」寒さの中で震えるように色づいた枯れ葉が散りもせずに、枝についたままというのは読者も目にしたことがあるだろう。この元の歌詞をなぜ変更したのだろうか。歌ってみると、現詩のままでも原詩のままでも、不自然に感ぜず歌えるのだが、どうなっているんだろう。思うにシューベルトは、葉が落ちて見通しが良くなった雑木林を見ると、「あちこちに」時々枯れ葉になっても枝にしがみついている葉があること、若者は近くの一葉の枯葉「だけ」を見ながら物思いに耽っている、と言いたかったのだ。 歌の始まる5小節目から伴奏が1小節目からの旋律を繰り返して、正気と狂気の境界を彷徨ってているように歌う。終始 mp で続けているが、動きがあるのは18小節目の3拍目 "spielt der Wind..." とそれまでの、枯葉を見つめての思惟「この枯葉が落ちれば自分の希望も落ちるのか」が、吹き抜ける風に正気に返って、風が吹く中で立ち尽くす自分に気がつき、正気に戻って少し驚きながら、クレシェンドしながら、この枯葉も自分も風に吹かれていることに驚く。 驚きつつも枯葉を見つめているという間が22ー25小節まで続き、その間に枯葉は無情にも雪の上に落ちてゆく、筆者の勝手な解釈だと25小節目の3拍目の裏拍のピアノがクレシェンドからアクツェント付き fになったところで枯葉は落ちてしまったというところか。ここは若者にとって絶叫するに値する大事件と言えるだろう。そしてすぐに etwas langsam ちょっとゆっくり となって、落胆して「枯葉とともに希望も落ちた」とういう 28-9小節目のかすれたような p とともに歌が入る。気を取り直して、希望の失せたことの意味を再確認しての f が32-33小節であろう。物語的には、この部分が短編小説のクライマックスである。故にこの後の部分は後奏という役割を果たしている。35小節目から始まる "Wein' ” の嘆き("weinen" は声を上げて哭く) は 9小節の間に4回も「哭く」のだが34小節目のデクレシェンドに注目したい。35小節目の「哭く」の部分からは p 指定の伴奏であることに。 すでに若者はずっと心に抱いていた不安。恋しい女と歩いた距離が増えるほど、再び逢えることなどありはしない事。このこの先自分を待っているのは、凍死か餓死しかないこと。手持ちの資金も限りがあること。流れ者の職人を雇う親方なぞいるはずもないこと。見つめていた枯れ葉がハラハラと落ちたときに、それらの恐怖の現実が若者に襲いかかってきた。もう心の赴く先は狂気か?【割引クーポン配布中】デーツ 1kg 送料無料 無農薬 高品質なイラン産デーツ使用 種なしデーツ ドライフルーツ おやつ 【無添加・無塩・無植物油】価格:1239円(税別、送料別)(2022/5/14時点)楽天で購入
2022年05月16日
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雪の積もる道を、若者は苦しく単調な徒歩の旅を続ける。先程抜けてきた町を出たときから気がついていたのだが、一羽の鴉がずっと頭上の空を飛んで、執拗につけて来る。あれ、何でだろうか?何か背負っている袋に食べ物でも入っているのかね。お腹が減っているのかも....と考えて、あることに思い至り、ゾッとする! も、もしかして、僕が死んでくれそうだって思って、跡をつけているんじゃないだろうか。僕は死ぬってことなのか?死んであの鴉に食べられてしまうのか! 振り返ると、鴉は半分滑空するように、力を溜めているようだ。よく生き物の死骸を啄んでいる鴉を見るが、死んだ後で骨になるまで食べられてしまうのだな。 最初の4小節の前奏からして、ふわりと風を拾って浮いている鴉を思わせる。それにやっと気づいた若者が、町から一羽の鴉が付いてくると歌いだします。ピアノの左手は歌と同調しているように同じ旋律を続けます。13小節目が終わると、左手の方も歌の旋律から外れて行き、右手と合わせて3連符のように聞こえる不思議な世界が広がります。 第2連で若者は立ち止まり、鴉に呼びかけます。おい鴉よ、行き倒れた私の肉を食いたいんだね、と。鴉に聞こえるように声を張り上げて歌わずに、独り言のように歌うべきであろう。全体の歌詞の構成がABA形式であるので、第3連の25小節目からは、最初と同じ旋律が繰り返されて、でも死にたくはないが、度々歌曲で使われる「墓場まで忠実に付き添う」Treue bis zum Grabe と自虐的に考え、私の命が尽き墓場に入るまで一緒に来いよ、と叫んでしまう。若者の心の中に、今まで考えたくなかった「死」への恐怖が芽生えたのだ。最後の Treue bis zum Grabe は、"-be" の後の伴奏にピアノが指定されていることから、若者が、当然のごとく死ぬことへのためらいがあることを示している。----------------------------------------------- 以前からの疑問なのだが、この鴉はこのあとずっと若者に付き纏っているのだろうか?伴奏が38小節以降最後になると、おとなしくなっていって、鴉が消えてしまったかのように感じられる。はて、鴉は幻だったのかと思えるようだ。鴉は諦めてどこかに飛んで行ったのか? ウィーンの町を歩いていると、鳩のような大きさの鴉、のような鳥が群れていたりする。真っ黒な鴉ではなく、グレーと黒のツートンカラーの粋な鳥がいっぱい!ウィキペディアで調べると、英語版には Corvus cornix – hooded crow とあり、日本語では "hooded" からズキンガラスという名称だそう。北・東ヨーロッパと北アフリカに広く分布するとのこと(Corvus cornix は学名)。もう一種類は Corvus corone – carrion crow ヨーロッパから東アジアまで広く分布する鴉です。 "carrion" は死肉を意味するので、生き物の死体を漁るカラスなのでしょうね。日本語ではハシボソガラスと言うようです。都会にいるハシブトガラスとは異なり、一回り小さくて、嘴が細めなのですぐにわかりますね。 歌曲には大鴉 Rabe と、この Krähe が出現するが、本稿では からす、カラスではなく、鴉と表記しています。文字の形からして鴉なら、ちょっぴり恐怖感が出るかなと思うのです。「冬の旅」の日本語訳をしている方の表記は、Krähe を鴉ではなく、からす、やカラスとしていて、Rabe は大鴉としているので、筆者と同じように考えているのでしょうね。EBL 単4電池・充電式電池 12個パック 充電池セット 約1200回繰り返し充電可能 ニッケル水素電池 単四電池価格:2055円(税別、送料別)(2022/5/13時点)楽天で購入
2022年05月13日
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