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永々ちやらくらの付き合して、今往生か堕獄かの大事を忘れて調子合せ、
沙汰ばかりしてきたことの口惜いやら殘念やら、然るに今の御助けにあひ奉ること
まことに百千萬兩にも換られぬ。
明信さんが、いつもいつも、「今の出立ぢや、今の御喚聲が今どう聞える」とのこと。
いかにもいかにも恐れ入るばかり。「しかし聞えたでもうよいと云うことではない」とのこと。
今頓死、急死、寝入死せまいものでもない。それで只今の御助け、至極短命の機を本とし給ふ
大悲の本願にあはず如何せん。
「出づる息入るを待たぬ機を本とする」と仰せらるゝ思召に疑ひはれたら、
立ち處に死んでも往生する。
今でなければ後生でも佛法でもない。また他力ということも立たぬことになる。
後も先もない、今だけならば、もうどうのこうの已は立てられぬ筈ぢや。
今助くる助くるの御喚聲、口元の御勅命、今ぢや今ぢや、その外はみな妄念なり。
皆が、もうちつと有り難うなられさうなものぢやという。
よく思へ、そんなこと云うてゐる暇があるか。そんな暇はあるまい。そこが大悲本願の御目当ぢや。
一念往生をもつて宗の淵源とし給ふ處である。
如來様が今助けてやると仰せらるゝ。今でなふてもよいというのか。
まだ死ぬまいから、まあまあ、死ぬる時で宜敷いと云うのなら、
もうもうきつと仕損ずること必定ぢや。
あなたが今助けると仰せらるゝから、今助けてまらひませう。さあさあ、今晩、只今。
臨終は危ない、あてやつもりはあかぬ。今ぢや、今助ける、そのまゝぢや。
たつた今まつさかさまに堕つる身と 知らせてすくふ佛なりけり
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