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《貞信尼物語》より《八十九、いろは四十八首》
その他に貞信の遺詠としては、三州岡崎の鍋田奥瀬両氏の印施
せられた『尊号要文』の付録に載せてあるいろは四十八首がある。
いかに貞信が老後歌に寄せて法味を愛楽せられたかが知られる
ことであれば、ここに録出する。
い
にしへにいかなる契りそめおきて、三世のほとけの誓いをぞきく
ろ
くろくに聞きわけてもせでいろいろと、物知り顔のさても見にくき
は
からはず南無阿弥陀仏と称ふ外、思ふも言ふも迷いなりけり
西(に
し)へ行く道としなくばなかなかに、老の寝覚めの淋しかるらん
ほ
のぼのと春の陽気に向かひなば、はや参らばや母の別院
へ
だてなき深き御法の恵みにて、隔て心もうすらぎにけり
と
りつめて聞く気もあらぬ身なれども、無常の風は急げとぞふく
千(ち)
代八千代かけて祈るぞ大谷の、清き流れをにごさじものと
理(り)
屈にもはづれた弥陀の慈悲なれば、理屈離れてすがるばかりぞ
ぬ
すびとの心の底を尋ぬれば、懈怠不沙汰の無慚無愧より
流(る)
転してまた値ひ難き御法をば、おろそかに聞く心にくさよ
お
こたらず勤むる人も懈怠なる、我が身も共につれられてゆく
我(わ
れ)思ふ心のうちぞ有と無との、中を流るる南無阿弥陀仏
か
ぎりある命も過ぎてほのぼのと、八十路が春を早迎へけり
世(よ)
を渡る橋も渡らで我はただ、六字の道に寝たり起きたり
た
らちねの深き恵みに育てられ、おさな心に南無阿弥陀仏
蓮(れ
ん)台に乗り得るまでは妄念の、心ながらに南無阿弥陀仏
そ
ろそろと歩み習ひし幼子の、老て八十路の歳を経にけり
つ
らつらと過ぎし昔を数ふれば、危うき道の橋のかずかず
念(ね
ん)佛の声もろともに妄念の、心ながらも南無阿弥陀仏
歎(な
げ)きつつ闇路をたどる賤の女に、我をたのめの弥陀の御頼み
ら
ちあかぬ心ながらもみなかみの、流の水の障りおそるる
無(む)
始よりの罪も障りもそのままに、救ふちかいのたのもしきかな
う
どん華の花のさかりに生まれ来て、花のうてなにつれられてゆく
井(ゐ)
の中の蛙とひとし老の身は、南無阿弥陀仏と啼くばかりなり
法(の
り)の道知らで空しく過ぐる身を、つれゆく母はここに居るぞよ
老(お)
いぬれば浮世もかろく渡りけり、重き御恩の袖にすがりて
繰(く)
り返しなほなほ励み称ふべし、出入りの息の通ふ限りは
山(や
ま)よりは高き教の恵みにて、危き身ぞと思ひ知らるる
待(ま)
ちかねて歎くとまでのおなさけは、たれに聞けとの心ずくしぞ
け
だいして歎く心の心のなき時も、只そのままに南無阿弥陀仏
深(ふ
か)からん罪もおそれぬ弥陀なれば、深きお慈悲の底やなからん
恋(こ
ひ)しさは待ちかねたまふ母様の、お呼声なる南無阿弥陀仏
円(え
ん)満の月のひかりに今ははや、濁れる身にも南無阿弥陀仏
手(て)
習いのほうびにもらふ硯箱、老の褒美は南無阿弥陀仏
あ
ら嬉し誓の船に乗りぬれば、むべあたたかき母の手枕
さ
かりなる花の姿も人ごとに、憐れと思へ老のしらなみ
き
く人もきかざる我も諸共に、摂取の網に救はれて行く
夢(ゆ
め)の世を夢と思ふも夢なれど、南無阿弥陀仏は実なりけり
目(め)
に見るも耳に聞くのも妄念の、心ながらに南無阿弥陀仏
身(み)
にしみて寒さは老のならひぞと、思はば急げ南無阿弥陀仏
死(し)
して後我身に添ふる宝には、南無阿弥陀仏にすぐるるはなし
縁(ゑ
ん)つきて花のうてなに生まれ出て、世々の迷ひの物語せん
火(ひ)
の中や水の中にも幾万の、心づくしの南無阿弥陀仏
も
ろもろの神も佛も捨てし身を、助くる母の心ゆかしき
精(せ
ひ)出してつとむるにだにさもなくば、忘るる時ぞなほ憐れなり
す
なほなる柳の枝を見るにつけ、ゆがみながらに南無阿弥陀仏
京
田舎南無阿弥陀仏を称ふれば、国もゆたかに民も安かれ
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