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ふ~しょう♪ふ~めつ♪ふ~くう~♪ふ~じょう♪~読経は続いている。焼香の煙が静かに漂い流れてくる。私の実家は阿波の国、土佐との国境で、海底で堆積し褶曲された山々がある所では隆起しある所では黒潮が流れる青い海へと没した海辺に開けたのどかな土地にある。宗派は真言、それで弘法大師いわれの話しがここかしこに言い伝えられている。大師さんが休み、杖をついたところ、そこから清水が湧いてきたとか、ちょうど大石が落ちてきた時、弁当に使っていた箸を地面に突き刺すと忽ち箸は大木の杉の木になって大石の落下をくい止めたとか、小さな頃から法事がある度に先代のおじゅっさんから先祖の逸話を聞くと伴に大師さんにまつわる話しを数多く聞いてきた。・・・ないし♪むろし♪やくむろしじん♪・・・遠い声を聞く様に清んだ先代のおじゅっさんの話し声が重なって聞こえてくる。裏山に住む狸の話をしてくれた事や椎の大木の陰に潜む天狗が夜な夜な空を飛ぶ話しとか、そんな幾つかの話しの中にあって、ことさら不思議と胸の内にわだかまった話し「大きな声では言えないがね寺の裏山には終戦頃まで芥子の花が咲みだれていてね・・・」何か咲きみだれる見知らない花々が秘密めいて思い出されてくる。これは我が母校の校章となっているからだろうか?焼香の匂いが一層強く漂い私はさらに静かにゆっくりと夢想の翼が開いていく様に感じられてきた。月の青い光が降り注ぐ裏山に白い花びらの芥子の花が青白く濡れている。これは梶井基次郎が書いた『櫻の木の下に死体が埋まっている』より尚妖艶ではないだろうか?芥子の花の下には骨が埋まっているのに違い無いのでは。空海さんはさすが博学やったんやな~と思ってしまう。真言密教の片田舎の末寺に芥子の花が咲き乱れていたと言う事は日本各地の数多くの寺々では芥子が植えられ使われていたのではないだろうか?さても、古く真言密教の儀式において護摩火に芥子も焼香のひとつとして投げ入れる秘儀が常時おこなわられていたのでは?・・・かの時代なら十分うなずけれることなのでは。薄暗い堂内に掲げられた曼荼羅に昇る火と立ち込める煙、それと伴に強い香を焚けば祈りを捧げる人々みんな酩酊しないわけが無いのではないだろうか。人々の眼前に現れるのは極楽浄土だったのではないだろうか。夢想する私の耳には空海さんが唐国から船で帰るさい墨染めの衣の袖の下には身毒(インド)渡りの芥子坊主を忍ばせた・・・・サラサラと芥子坊主の中の乾いた実の音が聞こえてくる。そしてその音はサラサラ サラサラと木霊し流れ来て私の脳内の神経節の一部にエンドルフィン、エンケファリンとして反応し点滅している様に感じられてくる。それはランニングハイのような高揚なのだろうか?いやいやそれは今まさに私の脳内で芥子坊主から滲み出した黒く変色した果汁が翼を開ける様に広がっている高揚なのではないだろうか?・・・ぎゃあ~てい♪ぎゃあ~てい♪はらさそ~うぎゃあ~てい♪・・・・読経は尚も続いている。ああ・・・またもや何処か人知れない廃寺の裏山でひっそりと月の光に濡れながら青白く咲く芥子の花と唄う様に揺れる芥子坊主の姿が私の頭の中で映像として結びだしてきた。
2009年01月31日
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今淹ったばかりの珈琲が差し出されてきた。「コーヒー飲みません・・患者さんも途切れたみたいだし」急病診療センターは慌ただしかった午前も過ぎ三時をまわる頃になるとひと息つける様になった。「いやあ ありがとう やっと空きましたね」暖かいカップから仄かに白い湯気が細かな粒子となり立ち昇って揺れている。ひと口、口にその琥珀色の液体を含んだ瞬間、口の中でそれは色づき豊かな匂いとなって広がり隠し持っていた歳月を静かにゆっくり表面に滲みだしてきた。そして今日の相方となった薬剤師さんに古いアルバムを恐るおそる捲る様に遠き学生時代にまつわる事をぽとりぽとり話しながら同時に思いは那辺へと流れ漂っていった。 ・・・・・「なあ・・もし俺が退院する事ができたら家に招待するから上手い珈琲飲みに来てくれへんか」「いつやな」「そやなあ~十月やなあ~」「よっしゃ十月やな分かった約束やで上手い珈琲を頼むわ」「・・・・でも・・・ほんに馬鹿な事になってしもうた もうほとんど目見えへんのや こうやって携帯でお前と話すのも声出すのがやっとやし目見えへんかったら薬剤師やないで」「・・・どや糞は出てるか」「・・・・・・・」「十月にはお前くへ上手い珈琲よばれに行くからな~約束やで」あいつとの約束は護られなかった。あいつと出逢ったのは大学近くでの雀荘。勿論あいつは柔道部俺は空手だったから顔は見知っていた。しかし初めて卓を一緒に囲んだ時、麻雀の常として如何に上辺を飾ろうとて裸の人柄が透けて見える事から互いに「こいつは一生付き合って信用のおけるやつだ」と膚で知った。それからは屡伴に悪い事も一緒にやった。薬学も学んだか増してや麻雀は。「こんなに麻雀していたら結婚して子供ができたら子供が手のひらに中牌握って産まれてくるんちゃうか」「いや 俺とこは白牌」「それなら俺とこは七万牌やな」まあそんな連中が五六人はいたっけ。「そや もしも我々が死んだら最後に逝くもんが雀牌持っていかないかんなあ~」「俺が一番最初やったら待ちきれんから皆を早く呼んだるわ」「それだけは勘弁してくれよな最後の者が雀牌持っていくんやからな」そんな我々もようよう結婚して子供が出来てみればそれぞれの子供達は小さな指に雀牌を握り締めて産まれてはこなかった。そしてやがてそれぞれ子供が産まれてから牌を握る事も無くなって歳月だけが流れていった。濃い珈琲の匂いが鼻腔に抜けていく。 「お願いします」「あ しょうしょうお待ちくだい」瞬時に長い漂白は今という時間へ帰っていく。アルピニー座薬2個 セフゾン顆粒5グラム分三と・・・・「御大事に・・・・」 「処で先生は学生時代はどうでした?」「そやね~・・・」口と耳では遠くふわふわと今の時間に触りながら再び珈琲を口にすると私は琥珀色の液体の下に沈む想へと流れだそうとしていた。 幾色かに織り成された雑多な淡い薬品の匂い。青い炎を出すガスバーナーの上に乗せられた500の三角フラスコの中の水は底に沈められた沸石からプツプツと気泡をだしている。しばらく観るとも無く眺めているとやがて、その泡立ちは激しくなって水は沸騰したようだった。すると椅子から立ち上がった教授は右手に軍手をはめてフラスコに近づいた。全ては淡い光の中の出来事ではあったが私からは丁度逆光になっていたのでそれはまるで突如動いた影絵の様に思われた。「コーヒー入れるな・・・君飲むやろ」「は・・はい」私はただ条件反射の如く返事をしていた。そして今、何で私は此処の教授の研究室にいるのだろうと訝しく考えていた。今日目覚めたのが昼前だったからだろうか?いやこれは違うな、起きるのは何時も空手クラブの練習の前だし、授業など出席しないのが日課となっているのだから。それじゃ先輩の研究室に遊びに?これも違うか・・・先輩の研究室は此処じゃなかった。それじゃ食べた昼御飯のせい?それともあの歩いていた時黒猫が道を横切ったのを見てしまったせい?それも違うような気がする。考えれば考えるほど今この研究室にいる自分が信じられない気がする。教授の影は傍らのインスタントの大瓶まあこれは安物の最たる物を引き寄せ無造作にスパチュラを白衣の裾で拭うと白磁のカップに掬って入れた。そしてフラスコで沸かした湯を注ぎいれた。「単シロップはどれくらい入れる?」単シロップの甘さを知らない私は「先生と同じで良いです」と言っていた。だが、出来上がったコーヒーを一度口に含むと俄かにその味が信じられなかった。確か安物のコーヒーなのに芳醇な味がする。濃厚な香りを漂わし、じわりと甘みが骨にまで沁みてくる。珈琲に酩酊しているのだろうか?鈍い絹の裏地が艶やかな光彩を放つ様な午後の校舎の片隅の一室の中で教授の淹れてくれた珈琲を飲んでいる。ぽつぽつと交わす会話は哲学なのだろうか?世間話、いやいや単なる笑い話。いや違うな・・・・・純然たる薬学そのものなのでは・・・・命の根源は膜に在る・・・他と自を区別する膜に・・・・「・・・・・・だから膜を調べていけば・・・・・・・・」珈琲の味が身体の細胞ひとつひとつに染み渡ると同時に知っていく面白さが沸々と湧いてきた。 そう言えばその後もぶらりと他の色んな教授の研究室へ遊びに行った。ある研究室では動物の匂いを嗅ぎながら珈琲を飲み。教えてもらったのは『免疫』これはまるで『兵法』のように思われた。此処にこういう働く者が居れば効率的だと思うと必ず其処にあるべき物が居た。ある教授は『臓器は全て小さな脳だと・・・いや脳はひとつの神経節が肥大して』だったか。またある教授は『ホルモン』どの教授も快く珈琲を淹れてくれ笑いながら決まって最後に「たまには授業にも出てきなさい」と諭してくれた。自他伴に認める低脳児の私はそんな日々が続いたある日、突如授業を受けてみる気になっていた。初めは授業は何を言っているかさっぱり解からなくてただ眠いだけ、それでも起きていようと黒板の文字を写していた。だからノートは後で読むとみみずが這った様な始末、とても読めた物ではなかった。・・・・・・・・そうだ私は無事卒業できたのだろうか?芳醇な珈琲の香りが鼻腔の奥で静かに開いていく。あのフラスコ、スパチュラ、単シロップほんに美味しい珈琲だ。 「え?今なにか言われました?」「患者さんがみえられたようですよ」「ほんに・・・・・」 「これが咳止め 三種類のお薬が混合してあります 一日3回このひと目盛りづつ食後に御飲みください。 お大事に」私は既に冷え切った残りの珈琲を飲み干した。懐かしい香りが再び開いてくる。 目の前の炬燵の上には今淹ったばかりの珈琲が既に置かれていた。「目が醒めたか?居眠りしていたみたいやったな~」「あ!先輩 すっかり眠ってしまっていました 珈琲 先輩が淹れてくれたんですか どうもすみません」先輩の下宿へ二日後に迫った後期試験のインポータントを教えてもらいに来て、赤ペンで教科書とノートにチェックを入れた後、どうやらそれで安心をして居眠りをしてしまったようである。「まあ 珈琲でも飲んで目醒ませや」「は はい 有難う御座います」ひと口その珈琲を口に含むと朦朧とした頭に先ほどまでみていた夢を思い出してきた。「先輩 今居眠りしている間に不思議な夢をみていました」「なんやなあ~試験前にのんびりしてるなあ~どんな夢や?」「それが・・・・・僕が既に大学卒業して働いているんですよ しかももうかなり齢を重ねていたかな~そうそう子供も二人できていて、それが今の僕と同じくらいの大学生だったかな~」「と・・言う事は お前でも人並みに結婚していたちゅう訳やな~ ほんま笑うで」「それはないっすよ 結婚ぐらいできますよ いつかはね できると思います・・・できるかもしれない できるかな~?」笑いながら先輩と間じかに迫った後期試験を前にして取りとめもない今見た夢の話を嫌な試験をしばし忘れるように話し続けていた。話しながら叉珈琲を飲むと先ほど見た夢が鮮明に頭の中で映像として結びだした。・・・・・・ひょっとしたら僕は未来を垣間見たのかな?試験の教科書は傍らでうず高く重なっている。まだ時間はあるし、できるだけ見ないようにしておこう。珈琲の香りが先輩の部屋の中で一段と強く香ってきた。ほんに良い匂いだ。
2009年01月30日
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