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年度末の最後の日。 転勤する先生は今日で最後。明日から違う幼稚園に行くので、全部片付けて帰らなければならない。 幼稚園界には3月31日のしきたりがある。 1.転勤する時には、自分のいた保育室や職員室の机をピカピカにみがきたてる。きれいであればあるほど引き際が美しいとされる。 2.自分の担当の事務はきちんと整理して引き継ぎの文書を残しておく。あとで「あれはどうやってたの?どこにあるの?」と前任園から電話がかかってくるようでは、新任園での信用にかかわる。 3.勤務時間の終わる30分前にはすべてを片付け終えて、お礼のあいさつをし、みんなに拍手で見送られて去らなければならない。片付けが終わらずに残業してしまうようでは、語りぐさになってしまう。 4.去った後で自分のコップとか、靴とかが前任園で発見されるようでは恥ずかしい。 まあ、当たり前のことなんだけど、忙しい。(^^;) ベテランは計画的にしていけるけど、若い先生だったら、たいていの場合、ほとんど壊滅的。 そもそもそのしきたりを知らない…(^^;) かくて、いつまでも片付かない若い先生をお見送りするために、今日は7時までわざと残業してお待ちしていたのであった。(T-T) 待たれている方も「私を透明人間と思って先に帰ってください!」と、申し訳なさそうだったけど(^^;)
2004.03.31
年度末なので書類の整理をしている。膨大な紙の文書の山と格闘中。 教育界は時代に取り残されていて、連絡文書がメールで来るなんて時代にはまだなってない(^^;)。(うちの市だけかも?!) ましてや幼稚園は、取り残されの極地!!で、全市の施設のうちでネットにつながれていないのはたぶん幼稚園だけである(T-T)。保育園はつながっているのに、忘れられているのだろうという噂だ…(見捨てられているとも言う?) 文書の保存期間は、ほとんど3年か5年で、10年とか永年保存っていうのもあるけど、そんなのはごくごくまれ。 だから、ほんとを言えば、ほとんどの書類は5年分くらいしかないはずなんだけど、ところが、20年以上前の書類が山ほどある。 幼稚園っていうところは、「捨てられない人たち」のたまり場なのである(^^;) 「5年で廃棄って書いてあるけど、幼稚園日誌は捨てられないよね。」 「何かあったら困るから、出席簿を処分する園はないよね。」 「いつか調べることがあるかもしれないから、これは取っておくべきよね。」 「捨てるのはいつでも捨てられるんだから、これも取っておこう。」 そんなこと言ってたら、教育委員会の決めてる保存期間っていったい何なのよ。 そんなのはまだいい方で、何十年も前の、時代遅れの「幼児の保育シリーズ」なんて書籍があって、10年以上だれも開いていないと思われるのに、 「本は捨てるともう手に入らないんだから、読まなくても捨てられないわよね。」 「取っておいて、百周年記念式典の時に展示すればいいわね。」 (その頃はみんな死んでるよ…) そんなわけで、職員室の貴重なスペースを占領している本を動かせない。 何でも鑑定団に出す日が来るかも。 そんなのはまだいい方で(^^;)、虫がわいたお手玉も捨てないで日光消毒してまた使おうとか(気持ち悪いぞ!)、5年前の運動会で使ったきりの手作りの応援旗を「また使うかもしれない」とか(その時は色あせたのを使うより、新しく作ると思う)、壊れて捨てたラジカセの布カバーを「サイズが合うラジカセがあるかもしれない」とか(ないって保証する)…。 「捨てようよ~。」と言っても、「捨てるのは簡単だけど、また必要な時が来るかもしれないでしょ。」 かくて、小さな幼稚園は年々、使わないものに埋もれていくのであった。 ものを大切にするのは、いいことだよね…。 私はストレスがたまった。
2004.03.30
「先生、仕事って、続けた方がいいと思いますかぁ~?」 一緒にウサギ小屋の掃除をしつつ、臨時教諭の若い先生が言った。3年間仲よく勤めてきたんだけど、4月から違う幼稚園に転勤することになって、残念ながらお別れ。 今度行く幼稚園は、ここと違って「町」だし、クラス数は3倍もあるということで、不安で気分が暗いらしい。(うちの幼稚園は、田舎で小さくてと~ってもアットホームだから) 臨時教諭っていうのは、お給料が安いだけで、正式の人と全く同じ仕事だし、何の容赦もされない。気の毒な職種なのである。 採用試験は毎年受けているんだけど、受からなくて来年度も臨時教諭。がんばっていても、なにしろ、今保育業界はすごく狭い門で、倍率高すぎ。無理もないって感じだし。まあまだ若いから、何度もチャンスはあるのでがんばってほしいけど。 「う~ん、そりゃ、私も辞めたいときはあるけど、今どき、専業主婦させてくれるようなダンナもそうそういないしね~。」 「でも~、幼稚園に来てるお母さんたちってみんな専業主婦ですよね~。」 「そうだよね~。」 私たちの不幸はそこにあったりする。普段は何ともなくても、仕事がうまくいかなくて落ち込んだりすると、目の前に大量に「専業主婦」がいて、すっごく幸せそうに見えるのだ。保育園だったらそんなことないかもなあ(^^;) 私も、朝、ふとん干して、お茶飲んで、パッチワークして、お友達とランチして、ゆっくり買い物行きたい~~!という誘惑。いつもニコニコしているけど、心の中はボロボロなんて時は、誘惑に負けそうになる。 もちろん、専業主婦がそんな甘いもんじゃないということは、目の前に大量にいるだけあって、とてもよく承知しております(^^;)どちらがいいとか比べられるものでもない。でも、「隣の芝生が青く見える」ときってあるのよね…。 それでも、私もなんだかんだ言ってまだ仕事を続けてるところをみると、たぶん気に入ってる仕事だからだろうなあ…。臨時の先生も、そんなに労働条件悪いのに、まだ続けてるところをみると、やっぱりこの仕事が好きなんだろうなあ。
2004.03.29
やっと見に行けた~。先々週見に行ったのに、「満席」ですごすごと引き返した「ロード・オブ・ザ・リング」。 なにしろ三時間以上の大作。平日は無理、土日も、半日がかりだとなかなか時間が取れなくて。 相変わらずかっこいい登場人物ばかりで、ほれぼれ。 しかし、どうしてこの人たち、こんなに命をかけて戦えるんだろう?とずーっと考えていた。今、日本が戦争に巻き込まれたとして、私自身命がけで戦ったりしたくないし、息子にも戦わせたくない。なのにどうしてあの人たちは勝ち目のなさそうな戦いにすら出て行くのだろう? 誰かのためだから、だろうなあ。妻とか、子どもとか、家族とか、友達とか…。その人たちを守るためなら命をかける価値があるから。私だって、玄関からいきなり強盗が来て子どもたちを殺そうとしたら立ち向かうよなあ。そういうとってもシンプルな理由。今の戦争は、シンプルな理由じゃないから、戦えないのかもしれない…。 もちろん、戦わずに解決できればそれが一番いいけど…。 人間が一生懸命戦っているのに、巨人とか巨大ゾウとか出してくるのはズルイよな~、なんて思ったり(^^;) それを言うなら死者を出してくるアラゴルンもずるいけど…現代だったら、核兵器とか出してくるだろうから、もっとズルイだろうなあ。 指輪に執着する心って…誰にでもあるんだろうと思う。捨てた方がいいとわかっていても、ちっぽけなプライドとか、いろんな欲望とか、ささやかな権力とか、お金とか、手放したくないものがいろいろ。捨てれば自由になれるのかもしれないのに。指輪を捨てられないフロドを見ていて、しみじみそう思った。
2004.03.28
今日から春休み…ということで、小学校から持って帰った、子どもたちの習字道具、絵の具セット、裁縫セット、けんばんハーモニカ、作品、教科書などが散乱(T-T) 何でも部屋となっている部屋が足の踏み場もない状態になってるので、何とかしなくちゃと片付けにかかった。でも、低学年まではまだしも、大きくなってくるとノートや参考書のたぐいも、もう使わないのかまだ使うのかわかんないし、自分でやってもらうしかないなあ…という結論に。 自分の部屋で管理してくれればいいんだけど、今のところ勉強部屋は寝るだけの部屋で、宿題もリビングでしているから、持っていけというわけにもいかないし…。 それに加えて、その部屋にある夫の「勉強机」の上がまた山積み(T-T)とっくに廃棄したパソコンのマニュアルとか、古い雑誌やパンフレットまで重ねたまま。これじゃあ子どもに片付けなさいなんていう資格はないよね~(^^;) 子どもが3人いると、古い教科書やプリントの量も半端でない。高校生になる長男の小学校時代の教科書から、下の子のも全部押入の中に取ってあるし…。 お知らせプリントは資源ゴミに出すけど、問題はテスト(^^;)その都度捨てるわけにもいかず貯めているとけっこうな量。長男の分から12年間貯めていて…資源ゴミに出すのも嫌だし、ゴミ袋に入れて出すのも…(^^;)みんなどうしているのかしら?捨ててるのかな? そんなことで苦労しながらも、年度末は子どもの成長とか、新しい学年への期待とか感じられて、なんとなくウキウキ気分になる。私は仕事も同じサイクルだからよけいに感じるのかもしれないけど、新しく出発できる気がして、うれしいのよね。
2004.03.27
今日は修了式。いいお天気で、欠席もなく、みんなで外で遊んだり、園長先生のお話を聞いたりした。春休み、しばしのお別れだけど、きっと多くの子が誘い合って幼稚園に遊びに来ると思う。 ところで、昨日の、迷いウサギを拾ってさまよっていた2年生の男の子たちの件。 子どもたちが帰ってから、園長先生(校長先生でもある)に聞いてみた。 「昨日のうさぎ、どうなりました?」 「あー、幼稚園にも行ったんだってね~。あの子たち、消防署に行ったらしくてね…。」 「あっ、それは私たちの入れ智恵です~(^^;)」 ということで、話を聞くと、あの後やっぱり消防署に行ってみたらしい。消防署から小学校に電話がかかってきたそうだ。 消防署の人も迷いウサギの情報など持っていなかったらしく(^^;)、警察署に電話してくれたんだとか。で、管轄の警察署からパトカーで来てくれて、ウサギはパトカーに乗って、無事?保護されたらしい。 あのウサギ、警察署まで行ったんだ~。小学校→幼稚園→消防署→警察署、と、そりゃ長旅をしたもんだわね…。 その後はどうなるのか、もらい手でも見つかるといいけど。 でも、雨の中をウサギの落ち着く先を探してさまよった男の子たちの気持ちを思うと、そういうふうに対応してくれて、警察署に保護してくれたというのは、よかったなと思う。 自分で何とかしようと思い、いろんな人に相談しながら、行動できたんだよね。すごいね。
2004.03.26
夕方から雨が降っていた。職員室では、みんな押し黙って忙しく指導要録の下書きやら出席簿の集計やらをやっていた。 小学生の男の子2人が段ボール箱かかえて、職員室の窓をのぞいた。 お届けものかな?エサにするキャベツでも持ってきてくれたのかしら、と思って窓を開けると、 「これ、ウサギなんだけど。」 「えっ?ウサギ?」 「○○くんのうちの近くで見つけたの。」 ああ、わかった。昨日、お母さんから 「先生~、うちの団地にウサギがいるんですよ。毛並みもいいし、どこかから逃げたのかもしれないと思うんだけど、 そういうのって、どうしたらいいんでしょう?」 と相談されたのだ。 迷いウサギの張り紙なんて見てないけど、だれか探しているかもしれないね~、近所の人や幼稚園のお母さんに口コミで情報流したら、飼い主が見つかるかもしれないから、いろんな人に聞いてみようか、なんて話をしたばかり。 幼稚園のキャベツをあげながら、2年生の男の子と一緒にみんなで相談。 「小学校には行ってみたの?」 「うん、行ってみた。飼い主さがしたら?って言われた。」 「それでさがしたの?」 「さがしたけど、見つからなかった。雨も降ってるし、ウサギが弱っちゃうよ。幼稚園で飼えない?」 「ごめんね~、幼稚園にはもういっぱいウサギがいて、飼う場所もないの。今でも困ってるくらいなの。」 「どうしようかなあ…」 交番に尋ねてみる?とか、交番は遠いから、消防署(すぐそこ)に行ってみる?とか、もう一回小学校に行って、A先生に言ってごらんよ。A先生はウサギが大好きだから(これは有名),小学校のウサギ小屋は広いし、何とか飼えるかもよ、とかいろいろと話をした。 「消防署に言ってみる。でも、相手にしてくれるかなあ…。だめだったら、小学校に行こ。」 と、ひとりは段ボール箱を抱え、ひとりは箱を持った友達に傘を差しかけながら、門を出て行った。 ウサギはオスとメスと一緒に入れると赤ちゃんをぽこぽこ産むし、同性で入れたらケンカするし、ウサギ小屋を改造して部屋を作って何とか飼ってるくらいだから、とてもこれ以上増やせない…。ごめんね(T-T) 最近は、ペットショップでも動物園でも農業高校でも医学部でもぜんぜん引き取ってくれないし…。 明日、校長先生にどうなったか聞いてみよう…。
2004.03.25
新入園児の交流会で、昨日焼いたクッキーをプレゼントしみんなで食べた。「おいしい!」と大好評だったのでうれしかった。 半端に残ったクッキーを、お母さんたちにもひとつずつおすそわけすることにした。お迎えに来たお母さんに、「お母さんたちにひとつずつと、小さいチビちゃんにもひとつずつ置いておきますので、食べてください。おいしくても、おかわりはナシね。奪い合いしないで仲良く食べてくださいね。」と言って、タッパーを置いておいた。 お母さんたちは笑っていたけど、冗談じゃあないのよ。はっきりいって、釘を刺しておかないと心配なんだ~。お母さんたちって、貪欲なんだもん。子どもたちの貪欲さはやっぱり親譲りなのよね。 幼稚園にさくらんぼのなる木がある。 毎年春には、小さいけどおいしいさくらんぼが鈴なりに実をつける。子どもたちはそれを見上げて「食べたい食べたい」と言うし、ぜひ食べさせてやりたい、と思う。 でも、O157以来、生ものでしかも自家製のものを食べさせるのは自粛傾向なので、希望者だけ保護者同伴でということならいいだろうと、「食べたい人は、お迎えの時、お母さんと一緒に取って食べてください。」ということにした。数年前のことだ。 そう伝えてまもなく、さくらんぼは丸坊主になった…。 母と子がなごやかにいくつか取っておいしそうに食べてる、なんて風景はない。われ先にと手当たり次第に取って食べまくり、「お父さんに」「おねえちゃんに」と言いつつポケットだとか袋だとかに詰め込んでいく。はっと気づいたときには、手の届くところにはひとつも残っていなかった。おっとりして出遅れた人は、ひとつも食べられなかったと思う。私もひとつも食べられなかった。 それ以来、「親子で取って食べてください。でも、袋にいっぱいお持ち帰りしたり、他の人たちが食べられなくなるような欲張りなことはしないでくださいね。みんなで仲良く食べましょうね。」とよく念を押すことにした。そんなこと大の大人に言わないといけないとは、ほんとに情けない。(T-T) 今年のこと。年長組の卒業式当日。 保育室の壁には、子どもたちが製作した各自の自画像と、担任が作ったお誕生日表(子どもたちひとりひとりに模した紙のお人形が貼ってある)があった。 卒業式が終わって帰るときに、「自分の自画像と、誕生日の自分のお人形は取り外してお持ち帰りください」ということになっていた。 卒業式が終わってしみじみした後、保育室に片付けに行った担任が叫ぶ。「あ~っ、お花もない!」「あ~っ、私もいない!」 自画像のまわりに飾りに散らしてあった画用紙のお花とか、お誕生日表の中にいたはずの担任のお人形もなくなっていたのであった。 「持って帰っていい」と言わなかったものまで持って帰るとは、さすがだ…。どうせ、もう使わないんだから、いいけどねえ(^^;)
2004.03.24
今日はクッキー作り第2弾。1月に年長の子どもたちとペアで作ったのだけど、今回は年中組だけで挑戦!しかも前回と生地の量は同じ…ということは、一人分の生地が前回の2倍近い。 今度のクッキーは、明日の新入園児との交流会のため。心づくしの歓迎おやつである。 それぞれ自慢のエプロンと三角巾を装着させてもらい、手をきれいに洗って集合。 「このまえ、大きい組さんと一緒にクッキー作ったよね。どんなことに気をつけたらいいか、覚えているかな?」 「下に落とさない!」 「ぺっちゃんこにしない!」 「あんまりぐちゃぐちゃすると溶ける!」 おお~、よく覚えているではないの。感心感心。ではさっそく開始! 量が多いし年中組だけなので、果たして午前中にできるのかしら~なんて心配していたのに、さすがは2回目。型抜きも上手だし、のばした生地から抜けるだけ抜いてから丸めてのばしてまた抜いていく、という手順が定着している!人間、経験だなあ~。 生地が多いのも、楽しい型抜きが思う存分堪能できてとてもよかった。 同時に保育室に置いたオーブンで焼いていくので、おいしそうなにおいが漂っていったのか、隣の部屋からわらわらと集まってくる年少組。「わ~っ、おいしそう~食べたいな~。」 型抜きをしている年中児の手元を、ほんとにまじまじと真剣な表情で見つめ、尊敬のまなざし。「来年は自分たちでするんだぞっ!」って顔をしている。 お迎えに来たお母さんたちに「とっても上手にできたので、早くできてひとつずつ試食することができました!」と報告すると、「外までいいにおいがしてきてましたよ~(^^)」 明日の交流会では、心のこもったクッキーを喜んでくれるかしら。
2004.03.23
終了式まであと一週間。学年末の書類仕事に追われている。 今年はじめて担任を持った若い先生のクラスの出席簿は、間違うたびに訂正印で直していたので、なかなか見苦しい(^^;) で、園長先生がそれを見て、「これは公簿だし、5年間保存するものだから、書き直しなさい。」と言われ、1年分全部書き直すことになった。12ヶ月分氏名印押し直して書き直すのは、かなりの手間だ。 はっきり言って…どうでもいいのに。(^^;) そりゃあ、公的な書類だし、5年間金庫の中で厳重に保管されるものだけど、その5年間たぶん誰も見ない。まあ見せろと言われれば情報開示するし、誰かその出席簿のことで訴訟を起こしたりした場合には必要になるのかもしれないけど、なにしろ幼稚園だからなあ。いくら欠席しても単位を落としたり卒業できなかったりすることもないし。 たとえ万が一、裁判に巻き込まれた場合でも、訂正印で汚いというだけで、間違っているわけじゃないので、問題ないのではなかろうか? それは一例として、そんなふうな無駄な書類仕事が実に多い。何かにつけて報告書があるけど、書くときは手間がかかるけど、出してしまえば二度と見ないし役にもたたないとか、何でも小中学校と一律に書類が来るので、幼稚園にそぐわない調査が来たり。 そんなことより、子どもたちが喜ぶ遊びの準備でもしたほうが、ずうっと役に立つと思うんだけどね。まあお役所はお役所で、自分の職務をまっとうするために、いろんな報告が必要なのでしょうねえ。 一般企業でも無駄な会議があったりするっていうから、どこも同じなのかなあ?
2004.03.22
子ども会の歓送迎会でボーリングに行った。うちの弱小子ども会は、人数は少ないわ、学年のバランスは悪いわ(1、2年と5、6年はいるけど3、4年がゼロ)で、どうも盛り上がりに欠ける(T-T) 低学年は何をやってもそこそこ楽しんでくれるけど、男女一人ずつしかいない6年生が、すっごくおとなしくて無口な性格で、ほとんど一言もしゃべらない。ボーリングしても、お昼ごはんを食べても、おもしろくなさそ~に黙ってる。 私も子どもの頃からおとなしい性格で、ちょうどこんな風だったんだろうな~と思うし、別に社交的にやってほしいとも思わないけど、なんだか疲れたぁ~。ニコニコくらいしてほしい~。 でもまあ、そういう6年生も、毎日集団登校で下級生を連れて行ってくれたし、とてもやさしい子たちなんだけど。 私は町の出身なせいか、集団登校も子ども会も経験がなくて、学年が違う子とつきあうなんてことがまるでなかった。ここ田舎では、学年が違っても気が合えば仲のいい友達になれて、長男も小学校時代からずっと二つ上の先輩と兄弟みたいにしているし、娘も近所に妹分がいるし、そういうのってとてもいいなあと思う。 でも、町内では子どもが減る一方で、子ども会もだんだん存続の危機。再来年にはほんの数人になってしまいそうだし…。解散するしかないかもなあ。
2004.03.21
大学のときのクラブの同級生と飲み会をした。卒業後20年近くたっているのに、集まると気分は学生のときのままで、ちっとも気を使わなくていいし、とっても気楽。 気分は学生のままなんだけど、中学生や小学生の子どもがいるところがなんだか不思議で、時のたつのは早い…(^^;) 考えてみれば、今までの人生の半分以上、友達歴があるのだからすごい。 私が子どものころ、両親の姿を見ていると、職場や近所のおつきあいはあっても、いわゆる「友達」づきあいがないみたいに見えたので、「大人になると、お友達と会ったりしなくなるのかなあ、そんなの寂しいなあ~。」と思っていた。でも、私が大人になってみると、そんなことはなくて会ったり飲み会をしたりできるからよかった。 昔は家庭の主婦が「友達と飲み会」なんてことはできなかったのかもしれないなあ~(^^;) 今でも、私の職場で「男友達もいる飲み会」なんて言うと、年配(?っていっても十も年上でもないのに)の先生が「えー、男のお友達?!」なんて驚かれる。でも~、私はずっと共学だし、クラブも音楽だったから男女混合だし、存在自体があたりまえなんだけどな~。 いくつになっても、おじいさんおばあさんになっても、集まれたらいいなあと思う。
2004.03.20
今日は県立高校の合格発表。息子は運よく第一志望に合格することができて、ほっとした。 仕事があるから合格発表が見に行けなくて、おじいちゃんに息子を乗せていってくれるように頼んだ。(ちょっと遠い学校なので。しかし4月から毎日通うんだよなあ~たいへんだ。) 出勤前は「受かってるかな~どうかな~。」と心配してたけど、保育しているとやっぱりそんなこときれいに忘れてしまっていた。 保育していると不思議に、何でも忘れる。たとえば、赤ちゃんの時子どもを保育園に預けて、「泣いてるかな~どうしてるかな~。」と気にしているつもりでも、忘れている。仕事で子どもの運動会とか発表会に見に行けなくて、「寂しがってるかな~」と気にしながら出勤しても、出勤したとたんに忘れる。入試の日で、「ちゃんとやってるかな~。」と気になっていても、やっぱり忘れている。 人迷惑なところでは、子どもが病気で保育園や学校を欠席するとき、欠席届を「今すると早すぎるから、出勤してから電話連絡しよう」と思っていても、出勤したとたんに忘れて、お昼ごろになって「はっ!」と気がつく。(^^;)←すごく迷惑。 出勤したとたんに私生活のことは頭に浮かばない、なんて言ったらとってもかっこいいけど、特に忘れようとか仕事に没頭しようとか思っているわけでもない(^^;)。まあ保育中はいろんな事件やいろんな用事やいろいろ考えることが多すぎて何もかもが待ったなしだから、とても頭がそこまでまわらないらしい。 人間、一度に二つのことは考えられないんだなあ、とつくづく思う。(私が不器用なだけか?) そのくせ、家に帰ると仕事のことは忘れるかというとそんなことはなくて、帰ってもいつまでもお仕事モードで頭がいっぱいだったりするんだけど(^^;) ほんとは、職場では家庭のことは忘れ、家庭では職場のことは忘れる、っていうのがメリハリがあっていいのかなあ。 来週の入学手続きの日にさっそく宿題が出て、入学そうそう課題テストだそうだ。ひえ~、最近の高校は厳しいんだなあ~。春休み気分にもなれないなんて。気の毒。
2004.03.19
卒業式の翌日。年長組がいなくなった幼稚園はがらんと寂しい。それでなくても、人数少ない幼稚園だから…。 「今日から大きい組がいない」ということで、年中組は「今日から大きい組だ」と思っているフシがある。まあそう思ってくれてもいいけどね。でも部屋も先生もまだ替わってないんだけど(^^;) 年長組の先生が部屋を片付けているのを見つけて、 「あ~っ!!どうして大きい組の先生はいるの?!大きい組はもういないのに!」 うーん、それはねえ…。一緒に小学校に行くわけにもいかないしねぇ。残務整理もあるしねぇ…。(説明が難しい(^^;) この時期、お母さんたちはお母さんなりに、子どもたちは子どもたちなりに、私たち担任は私たちなりに、「来年はどのクラスかな~。」と思いをめぐらせている。 お母さんたちは「先生、来年は転勤されないですよね?担任もう決まったんですか?先生は来年も4歳ですか?」とか、しきりに聞いてくる。 そんなこと言われても~私も知らないんだよね。転勤するとしても、そんなに早くは教えてくれないし、クラスなんて、4月1日になってから園長先生が発表するんだから、想像もつかない。 「クラスは4月にならないと自分でもわからないんですよ~。」と言うと、「え~っ、そうなんですか~?!」 わからないっていうのに、それぞれにいろいろと想像しながら人事をやってくれている(^^;) 「まりか先生は4年連続4歳児だから、そろそろ5歳児じゃないですか?それじゃ持ち上がりになるから3歳ですか?」とか、 「主任の先生は、卒業式の時の口ぶりだと今年あたり転勤するんじゃないかな~と思うんですけど。」とか…知らんってば! 子どもたちもまた、 「私たちが大きい組になったら、まりか先生は、また小さい組?」 「さあね~、わかんない。どの組がいいと思う?」 「大きい組、大きい組!」 「え、またまりか先生でいいの?」 「うんうん、まりか先生がいい!大好きだもん!」 そんな風に言ってくれるなんて、うれしいよ~(T-T)ありがと! 職員は職員なりに、勝手な人事を…。 臨時の若い先生は3年で転勤と決まっているので、残念なことに今年でさようなら。それで、替わりに来る先生がどんな人かによって、だいぶ変わってくるよね…。 来年の4歳児はこの幼稚園はじめての「3年保育4歳児」だから、月案も指導計画も一から新しく作らなくちゃいけないし、大変だよなあ。3歳はやっぱり今年の反省を生かすためにもう一回○○先生だろうな、とすると、臨時の先生は5歳児かな。そうすると私はまたまた4歳児なの~?それとも主任が4歳を持つかな?私が5歳で臨時の先生が主任の補助とか…。 なんて、職員室でもいろいろシミュレーションしては予想している。(はっきり言って、何の根拠もない予想だ(^^;)当たるも八卦当たらぬも八卦。 まあ、4月までいろいろ予想しては楽しんでいるだろうなあ、みなさん。
2004.03.18
幼稚園の卒業式。昨日遅くまでやって準備は万端。あとはすべてスムーズに進むかどうか。小学校や中学校と違ってとにかくスタッフが少ないので、卒業児の担任以外はすました顔をしながらも、裏方で走りまわる。 時間的には2時間くらいだけど、幼稚園行事で一番厳粛な式だから緊張する。 地域の方に愛される幼稚園である証拠?なのか、卒業児とそう変わらない人数の来賓が来てくださるのだ。接待は役員さんが手伝ってくれるから何とかなるけど、お茶出しや手みやげを渡すだけでも一苦労。 式の方は、子どもが多少歌を間違えたりという愛嬌はあったものの、元気よく返事もできたし、言葉も言えたし、プレゼンテーションもうまくいったし、お母さんたちも感動の涙をこぼしてくれたし、いい式ができたのでほっとした。 小学校の役員さんでお祝いを言ってくださるお母さんや、保護者代表謝辞を言ってくださるお母さんは、堂々とよどみなくスピーチをされて、すごいな~~と思う。私なんて、いつも人前でしゃべっているくせに、こんな改まった場でやれって言われたら、足が震えちゃうのにな。最近の若い人(?って言ったらいいのか?)は、こういうときも上がらずにできるんだなあ~。 忙しい中でも楽しみにしているのがお母さんたちのファッション。ほとんどの人が黒だけど、デザインがいろいろで、見るのが楽しい。超ミニで大胆なお母さん、そのままパーティに行けそうな華やかなロングドレス、さっそうとしたパンツスーツ、フリルひらひらのお嬢さん風…。みんなここぞとばかりに個性的。バッグもヴィトンあり、シャネルありで、うーん、お金持ち!? かたや私はというと、毎年卒業式やってるっていうのに、独身の時に買った黒服のまんま。いいかげんで買い替えたいなあ。来年こそ新調しよう! 花道とアーチを通って門を出てからも、みんな戻ってきて写真ざんまい。私は去年の担任なので、ツーショットでたくさん写真におさまった。 毎年こうして数十枚の写真におさまるのだけど、あとで写真をくださる方は1人いればいいほう。先生にとっては毎年のことだから、と思うのかな。別にいいんだけどね~。でも、卒業式に教え子と撮った写真をもらえると、実はとってもうれしいの(^^)もしよかったら先生にも焼き増ししてくださいませ(^^)
2004.03.17
長男の中学校の卒業式。義務教育終了なんて、よくここまで無事に大きくなって…(T-T) 学級委員長十数人による「別れのことば」が圧巻で、1人1人が思い出を語っていくのだけど、堂々としていて素晴らしかった。そこでほとんどのお母さんたちが号泣?! 式が終わって、教室に帰ってからの和やかな雰囲気もまたよかった。式の時は目立たなかったけど、パーマかけてる子あり、つけ爪がキラキラしてる子あり、お化粧ばっちりの子あり、式の時はいなかったけど、真っ黄色で派手な縫い取りの学ラン(今も学ランって言うの?)の子ありで、めずらしくて楽しかったし~(^^;) 生徒から担任の先生へのプレゼントが、ピンクのブタの貯金箱と、ライターと、口臭スプレー。先生とのいい関係も感じられた。今年赴任してきたばかりの先生で、3年生を担任するのも大変だっただろうなあ。生徒も個性的みたいだし。 でも、つっぱり風な子も、まじめそうな子も、みんな教室で居心地よくうれしそうにしていて、なんだか輝いていて、若いっていいなあ~~ 夜「黄色の学ランの子がいたね。あの子は、式には出てなかったの?」と聞くと、 「式には制服だったよ。終わってから着替えて教室に来たんだ。」とのこと。 「あんなことして目立ってもしょうがないのに。馬鹿な子だなあ。」と夫。 「そんなことないよ。卒業するまでは、着ていなかったんだから。 卒業してから、着替えてきたっていうのが、○○くんなりのけじめなんだよ。」と息子。 そっかあ、そうなのね。 クラスメートが悪く言われるのをかばう息子にちょっと感動。いいクラスだったんだな。あの教室の居心地よさがわかる気がする。 明日は幼稚園の卒業式なので、余韻に浸ってもいられず、午後から幼稚園にもどって、忙しく卒業式準備。 とにかく狭い幼稚園で、園長室も応接室もないため、来賓二十数人にお茶出しをするためには、職員室を明け渡さないといけない(^^;) そんなわけで、一日だけの引っ越し騒ぎになってしまう。まあ当日はいいけど、終わってから復帰するのが大変。(ものをどこに押し込んだかわからなくなってしまうので(^^;) 明日私は担任ではないので裏方。受付と「お別れの歌とことば」の背景に写すプレゼンテーション係と雑用。一番プレッシャーなのはピアニストで、それよりはましだけど、やっぱりドキドキ。うまくいくかな?
2004.03.16
ぽかぽか陽気で、庭でお弁当を食べた。 どこからそんな話になったのか、食べながら男の子たちが「結婚」の話で盛り上がっている。 「ぼくは、Hちゃんと結婚する。」 「えーっ、ぼくもHちゃんと結婚するのに。」 別の男の子(Rくん) 「○○くんが結婚するんだよな。」 「なんでRくんが決めるんだよ、関係ないじゃない。」 「そうよなあ、自分で決めたらいいんよなあ。」 また別の男の子 「えーっ、そうじゃないよ。女の子がどっちにするか決めるんだよ。」 「そうだよなあ。」 一同その説に賛成らしい。 不満顔のRくん、 「だって、外国では、男の子が決めることもあるんだよ。」 「日本は違うよな~!」 「そうだよそうだよ。」 笑いをこらえきれない私は、つい口出し。 「結婚は、2人で決めるんじゃないの? Rくんのお父さんとお母さんだって、2人で結婚しようって決めたんでしょ。」 「そんなことないよ。お父さんが決めたんだよ。ぼくは、Kちゃんと結婚するって決めてるもん。」 そういえば、君は4月からず~っとKちゃん一筋だったね。お見それしました。 誰かぜひ、このクラスの中で結婚して、私を招待してちょうだいね。
2004.03.15
夫と2人で「ロード・オブ・ザ・リング」を見に行ったけど、「満席」ということだったので、あっさりあきらめてお散歩デートにした。お茶を飲んでおしゃべりして、ウィンドーショッピング。 ホワイトデーだから、夫が「何か買ってあげよう」と言ってジュエリー売り場へ。 売り場のお姉さん、「お母さまへ贈り物ですか?こちらのスライドチェーンが人気あるんですよ。お母さまが喜ばれると思いますよ。」 は?お母さまって私のこと?そうでもないらしい…。顔を見合わせる私たち夫婦。「母の日が近いから?でもまだ2ヶ月もあるよね…。」 なんで夫婦で行ってるのに「奥様」でなくて「お母さま」へのプレゼントをすすめるの?お母様へのプレゼントセールでもやってたのかなあ?商品が全部熟年向けだったとか?夫が奥様にプレゼントするような男に見えないとか?兄妹に見えた?…不可解だ。 今のところ何にもほしいものはなかったので、「そう言ってくれただけでうれしいっ(^^)」ということで何も買わず、あちこちウィンドーショッピングして帰った。 私はひねくれてるので(^^;)もしホワイトデーだけど何もしなくていいよね、とか、アクセサリーなんて無駄なものは買わん、とか言われたとしたら、ご機嫌をそこねて意地でも何か買ってもらおうかと思う。でも、本気で「何かプレゼントしよう」と言ってくれたら、それだけで十分満足して、現物がなくてもちっともかまわない。要は気持ちの問題なんだよね。(そこらへんの感情が夫にはさっぱりさっぱり謎みたいだけど) 長男が4月から高校生なので、携帯を買ってやろうと思ってカタログをもらって帰った。「どんなのがいいか考えときなさいね~」と言うと、「へ?まだ今のところ携帯はいらないよ。」 そうなの??今どきの若者が一番ほしいものって携帯だと思ってた。入学祝いにほしいだろうと思ったのに、とんだ肩すかし状態(^^;) この息子、もともと物欲がなくて、おこづかいも請求しないのでしょっちゅうあげるのを忘れているし、めったにものをほしがらない。どうしてそんな子に育ったんだろう? 初孫でうれしくてたまらないおじいちゃんとおばあちゃんが、小さい頃は湯水のようにおもちゃを買い与えて育った長男なんだけどなあ…。それで飽和状態になって、一生分満足してしまったとか?よくわかんない。性格なのかしら。 (ただし、下の子たちは物欲のかたまり…)
2004.03.14
あれこれと忙しくて複雑な生活を何とかしたいな~と思って、「フランクリン・プランナー」というのを買った。 ず~っと前、「7つの習慣」を読んでおもしろそうだなと思ったもののそのままだったんだけど、思い切って買ってみた。(高いので…(^^;) その考え方のもとになっている、「TQ 心の安らぎを発見する時間管理の探究」(ハイラム・W・スミス)を読んで、今使い方を勉強しているところ。 考え方としては、雑多なスケジュールに追われてそれをこなすだけで毎日を過ごしていくのではなくて、価値観や本当に大切なことに基づいたスケジュールを組むことで、人生がコントロールでき、心の安らぎを得られることができる、っていう感じかな。 「時間とは、時間を計る尺度となっている一連の出来事から離れて存在するものではない」(アインシュタイン)のだそうだ。 「時間を計る基本的な単位は出来事である。すべては出来事なのだ。この本を読むのも出来事だし、今朝ベッドから起きたのも出来事である。車を運転するのも、職場に着くのも、電話が鳴るのも、昼食を取るのも、すべて出来事である。時間とは、こうしたあらゆる出来事が次から次へと連続して起こることにほかならない。」 だから、出来事を管理することが、時間を管理することになるわけ。へえ~~、と思った。そんなこと考えたこともなかった。 時間を有効利用するっていうと、同時に二つ、三つのことをするとか、いかに速く処理するかとか、そんなことばっかり考えていた。それで、たくさんのことをやってどうなるかっていうと、やたら忙しいばっかりの一日だった、という印象しか残らない。 ほんとうに大切なものを優先させて出来事を管理することで、心の安らぎが得られる、らしい。 「もしあなたが、私に電話をかけてきて、『ハイラム、今晩一緒に食事をしませんか』と言ったとしよう。私はこう答える。『すみません。一緒に食事をしたいのはやまやまなのですが、時間がないんですよ』 私は嘘をついている。『あなたと食事をするよりも大切にしている出来事があるんです』というのが本心なのだ。」 耳の痛い話(^^;) 私もいつも時間がないのを言い訳にして、いろんなことをパスしてる。それで本当に価値あることをしているかっていうと、そうでもなかったりするのよね…。
2004.03.13
学級委員の仕事で、給食運営委員会に行った。 うちの小学校の給食のスタッフは、とっても熱心で、すばらしい給食を作ってくださる。普段のもおいしいらしいけど、(好き嫌いの多い末っ子も全部食べるみたい)行事や季節に合わせた特別メニューはもちろん、いろんなイベントがある。 毎月「誕生会メニュー」があって、手作りの素敵なデザートがついていたり、AランチとBランチがあってどちらか選べる日があったり、リクエストメニューとか、おでん給食で好きな具が選べるとか、ランチバイキングがあったり、6年生の卒業前にはパーティメニューだったり、、一つずつ調理員さんが刺した串カツだとか、オレンジをくりぬいてゼリーが入っているとか、「給食でこんなのできるの?」っていうようなもの、もう、子どもたちがうらやましくなってしまう。 私の子どもの頃には考えられなかったけど、今はどこでもそんな感じなんだろうか?でも、うちの小学校は小規模校だからできるのかもしれないと思ったりもする。 今頃の時期には幼稚園や保育園の子どもたちを招待して「給食試食会」もしてくださっているし、すごく親切だなあと思う。 そんなすばらしい給食スタッフなんだけど、給食はだんだん民間委託される方向みたいで残念だ。 確かにコストや人件費はかかるだろう。でも、やっぱり、どこかで大量に作られたものを配られるんじゃなくて、自分の学校の調理室で、名前も顔も知っている「給食のおばちゃん」が心を込めて作ってくれたものを食べる、って、子どもにとってはとても幸せなことだと思うのだけど。
2004.03.12
卒業式も近いので、いろんな会計報告をしないといけない。公費のほうは、とっくに終わってるけど、子どもから集金しているPTA会費、おやつ代、材料費、絵本代は限りなくゼロに近づけないといけないし、かといってマイナスになってはいけないしというわけで、毎年苦労する。 今年は3歳児保育が始まったので園児数が増え、会計もとんとんだけど、昨年まではどこの会計も苦しくて苦しくて、 「マジックが古くてもう出なくなっちゃった。買える?」 「ダメ。もう材料費は破産したから。」 とか、 「筆がもうボロボロ。新しいの買いたいなあ。」 「うーん、お金ないから、来年度ね。」 とか、 「おやつ代は非常事態宣言出ました!大袋○○円の節約お菓子でがまんしてね!」 なんてセリフが飛び交っていた。 小学校と違って、義務教育でないから、市からもらえる予算も少ないし、多額の集金もできないしで、貧乏生活が身にしみる(T-T) 私生活では、お金もないけど時間はもっとない、という生活をしているから、節約しようとか安いものを買おうなんてことはあまりしていない。 チラシを見比べて安いものを買ったり、遠くの安いお店に買いに行ったり、特価品を買ったり…したいのは山々だけど、そんな時間がなくて、買い物に行くと必要なものを片っ端から買って、忙しくお店を後にする…というのが日常。 でも、人のお金となると、安いお店を回ったり、値切ったり、やりくりを考えたりするのも気合いが入る。 自分の家ではなぜできないんだろう?やっぱりせっぱ詰まらないとできないんだろうなあ。節約って…(^^;)
2004.03.11
「お別れ会」は無事に終わり。かくし芸も、上手にはできなかったけど、それぞれ笑いをとりながら、楽しんでもらえたのでよかった。 一仕事終わってほっとした。あとは卒業式を待つばかり…かな? 卒業児や入園児へのプレゼント作りの準備(プレゼントを作るのは子どもたちだけど、そのために画用紙を切ったり材料を下ごしらえしたりいろいろある)をしながら、職員室でいろいろおしゃべりをしていた。 先生のひとり(40代後半)は、 「最近仕事が忙しくて帰りが遅いし、家事がおろそかになって家族に責められるのよ~。土日くらいしっかり家事をしろって言われるの~。」 「えーっ、ひどい。私は家事も完全週休二日よ。」と私。 「いいわねえ、でもまりか先生は普段ちゃんと家事をしているからよね。」 「そんなことないけど~。お互い働いてるんだから、家事は分担しなきゃ、倒れちゃうでしょ?」 「でもねえ、どうしても家事は私の仕事になっちゃうのよね~。」 この運命の分かれ道は、年代の差もあるかなと思う。 私は母が同業者なので、50年間近くの「幼稚園の先生の働き方」を見聞きしている。 私の母(60代後半)の時代など、結婚しても子どもを持っても働く女性はまれで、実母や姑が家事を引き受けてくれて仕事に専念できるような人でなければ働けないような状況だったようだ。 家事を引き受けてくれる人がいなかったとしても、働きたいと思えば、「家のことは完璧にして、家族に迷惑はかけませんから、働かせてください。」と夫に頼んで働かせてもらってるなんて人が多かったようだ。その頃は、夫が生活を支えて妻は家を守るのが当たり前で、夫は「わがままを聞いて働かせてやっているんだぞ」なんて状態?!。 それが、今や不況で、我が夫など「辞めないでちょうだい」状態(^^;) だから私が「仕事も家事もなんて、全部やってたら倒れちゃう~。それなら辞めさせていただきます。」なんて言おうものなら、そりゃ大変だとばかりに家事分担してくれるので、妻は強し(^^;) 一昔前の人なら悪妻って言いそうだけど、私たち夫婦の場合は勤務時間も同じだし、肉体的には私の方がきついくらいなので、それでもいいよね、と思う。 でも、そんな私たち夫婦でも、やっぱり私の方が家事分担は多いので、合理的な家事の工夫は欠かせない。それと、夫婦仲良く家事分担する工夫(^^)
2004.03.10
卒業式の準備で子どもも職員も忙しい毎日。 明日は「お別れ会」。いちおう「謝恩会」ということで、年長児のお母さんたちが主催してくれている。一緒に昼食を食べたり、ゲームをしたり…。 職員も出し物を一つすることになっているのだけど、これが毎年困りもの。すごく忙しい時期なので練習する暇がなくて、それでもあまりにも手抜きなのはしたくないしで、1人1人が工夫を凝らしてぶっつけ本番(^^;) 私は学生時代にやってたマンドリン演奏。すっかり弾けなくなっちゃって初心者並みなんだけど、まあ、あんまり目にしない楽器だから、珍しさで勝負だ!?…という感じ。ほかの先生は、若い頃に習っていたという日本舞踊を披露する先生あり、オカリナを吹く先生あり、手話つきで歌う先生あり…で、普段見られない姿が見えて、楽しんでくれるかな? 他の仕事もそうなのかもしれないけど、どんなことでも経験していれば何でも仕事の役に立つ。保育の世界ってなんでもありだから。一見関係なさそうなことでも、何でも保育に利用できるし、意外なことが役に立ったり…。幼児の教育って、世の中のすべてのことがちょっとずつでも入っているから。 でも毎年同じような「かくし芸」ばかりではおもしろくないから、来年に向けて新しいかくし芸も準備しておかなくちゃあね。あと、私の特技は…多言語パフォーマンスができる(7カ国語で自己紹介ができる)、ギターが簡単なコードなら弾ける(^^;)、キーボードの速打ち(おもしろくないなあ(^^;)、自分で着物が着られる(人前で着るわけにもいかないよな)何か他にも芸がほしいな~。
2004.03.09
T子ちゃんがさめざめと泣いてしまった。 お弁当のとき、T子ちゃんはMちゃんに「一緒に食べよ!」と言ったのに、MちゃんはすでにAちゃんと一緒に食べる約束をしていて、「ごめんね、今日はもうお約束しちゃったの。」と言われたらしい。 さめざめと泣き続けるT子ちゃんをひざに乗せて、「そっかあ、残念だったね~。」と慰めてみるけどおさまらない。 周りにクラスメートが心配して大勢集まってきて声をかける。 子どもたちは、自分のことでなけりゃ、ものすごく心優しく、理想的なことが言える。 「Mちゃんと座りたかったの?悲しかったね。明日一緒に食べようって約束すれば?」 「元気出して、Tちゃん。もう泣かないで。」 「Mちゃんの隣に机をくっつければいいよ。」 「しょうがないよね、がまんしようね。」 くれぐれも言うけど、もし自分が当事者だったら、言ってる本人こんな説得でおさまるわけがない。人のことだと思えばこそである(^^;) この場合、誰も悪くない。意地悪でもなんでもなくて先約があっただけのこと。子どもにとっては悲しいことだけど、こういうことも乗り越えていかなきゃね。 と思いつつ、Tちゃんを抱いて背中をとんとんしていた。 Mちゃんは「ごめんね、Tちゃん…」と申し訳なさそう。別にMちゃんが悪いわけじゃないんだけど。 するとAちゃんが「Tちゃん、替わってあげるよ。Mちゃんと食べていいよ。」と言った。 Tちゃん、ころっと笑顔になって「ありがと!」と、Mちゃんと机を運び始める。はあ~。ゲンキンなもんだ。 こんな時は、泣いたもん勝ちなんだよね。こうして、Tちゃんは「人を思い通りに動かしたいときには、泣けばいい。」ということを学ぶのである…。 Tちゃんは計算してやったわけではなくて、悲しくて泣いていただけだし、Aちゃんが替わってくれるだろうと予想してたわけでもないので、悪気は全然ないんだけど…。でも時々Tちゃんはこのパターンがあるのよね~。 まっ、あまりやりすぎると、友達からも「すぐ泣くんだから。」とひんしゅくを買って逆効果になったりするけど、たまのことなら非常に効果的な方法だ(^^;) 思いやり深く替わってくれたAちゃんは立派だし、みんなから「Aちゃんやさしい!」とほめられてご機嫌ではあったし、みんな機嫌よくおさまってめでたしめでたしではある。 でも、次の機会には、ふんばって乗り越えてほしいなあ、Tちゃん。
2004.03.08
「ピンポン」を見た。(WOWOW録画で)とても感動して2回も見ちゃった。 私は、映画を見て、思い切りストレス解消したいので、すっごくアクションとか、すっごくロマンチックとか、すっごくおもしろいとかいう映画が好き。ど~~ん…と暗いとか、悲しい結末とかは、小説ならいいけど映画ではパス。 好みはハリウッド映画中心。日本映画はめったに見ないのだけど、この映画はよかった~。友達を信じ、あえてクールに見守ること、才能、生き方、教師というか大人のあり方、…悩みながらもみんな自分の道を歩いていて、それでもひとりぼっちじゃ飛べなくて、人に「飛ばせて」もらったり、人を「飛ばせて」あげたり…。 人生を楽しんでいる人間は、回りの人も幸せにしてしまう。どんなに奥底に沈んだ人間すら、助けてしまう力を持っている。ヒーローになれる。 「卓球が好きで好きでたまらないという感じだ。そういう相手とプレイできるという事は…幸せだ。」 卓球を心から楽しんで試合しているペコは、「卓球の権化」として苦しんでいるドラゴンをしてついには「楽しかった」と言わせる。 不幸せな人間は、人を幸せにできない。心から人生を楽しんでいて幸せな人間と「プレイ」できれば、それだけで周りの人は幸せになれる。そんなつもりがなくても。 でもペコだって、その好きで好きでたまらない卓球をほんとうに楽しむことができるまでには、奥底に沈んで這い上がり、友達にも助けられ、血のにじむ努力があったわけで、心底一生懸命生きていない人間は、人生を楽しむこともできないのだと思った。 力を抜かないで真剣に生きてこそ、人生を楽しめて、人も救えるヒーローになれるんだね。
2004.03.07
今日はアドラー心理学のセミナー。ロールプレイをしながら、実際にどんな言葉が勇気づけになって、どんな言葉が勇気くじきになるのか、を学んだ。 勇気づけといっても、アドラー心理学のそれは、ほめることではなく、叱咤激励することでもなく、いい気分にさせることでもなく…説明は難しいんだけど、「相手が建設的に行動できるようになるような言葉や態度」って感じかな? いつも自分の行動や言葉が人を勇気づけることができるように、と願っていて、日々努力はしているんだけど、忘れがちなのが自分への勇気づけ。 ついつい、自分に対しては 「また失敗しちゃった~。私ってなんてバカなの~!」とか 「あんなこと言わなきゃよかった…。ほんとに私ってだめね…。」とか、 「ああもう、どうして私ってこんなに意志が弱いんだろう」とか 「こんなこともできないなんて…。情けない~!」とか、 毎日毎日、ひどい言葉をあびせかけている。 ふつう、こんなひどいこと人には言わない。「あなたってなんてバカなの!」「ほんとにダメね!」「どうしてこんなに意志が弱いの!」「こんなこともできないなんて、情けないわね!」なんて、人に言わないし、もし人から言われたら、すごく腹が立つ。 それなのに、自分にはこんな罵詈雑言を平気で毎日言ってるんだから、ほんとにひどい人間だ!(^^;) こんな言葉を言われて過ごしてたら、持っている力さえ発揮できないよね。 アドラー心理学では、「ほめる」というのは人を自分より下に見ているということだから、しないんだけど、自分に対しては上下関係がないので「いくらほめてもいい」。 努力して毎日「私ってなんて素敵なの!」「よくやったわね!」「ここまでできたんだから素晴らしいわ~」とか言って思い切りほめていこう!と思う。案外難しいことなんだけど。
2004.03.06
11月ごろからやっているなわとび。はじめは1人くらいしか跳べなかったのが、今ではほとんどの子が連続して跳べるようになった。あと3人ほどは、もうちょっとというところ。 男の子でなかなか連続して跳べなかった子がいる。毎日練習しているんだけど、いまいちスムーズになわが回らず、できそうでできない。 それが、先週くらいに突然跳べるようになり、それからはぐんぐん「新記録」を出し、40回以上も跳べるようになった。 時々「長く跳び競争」と称して、よーい、どんで誰が一番長く跳べるかを競争しているんだけど、今日はなんとその子が一番。二ヶ月も前から跳べる子をさしおいて一番だから、すごーく嬉しそう。 帰りがけにお母さんに 「今日は一番だったんですよ~。すごいね、ついこの間跳べるようになったばかりなのに。」と言うと、 「家ですごい練習してたんですよ。お兄ちゃんに、え~っ、まだ跳べないのか~へたくそ~、ってさんざん馬鹿にされてくやしくてくやしくて…。」とお母さん。 そうかあ、やっぱり努力なのね。 そのお兄ちゃんも私の教え子。お兄ちゃんもなかなか跳べなかったくせに!!よく言うわよね、と思わないでもないけど(^^;)、そのくやしさがバネになったのならまあいいか。その練習につき合ってあげたお母さんも偉いなと思う。なかなか家での練習につきあってくれるお母さんはいないのだ。(寒いもんね。) 「長く跳び競争」と言っても幼児なので、そんなに何分もは跳べない。だから「5回戦」「6回戦」「7回戦」と言って何回も何回もしている。何回もしていると最初のうちよく跳べた子も疲れてきて、一番、二番の子が次々と入れ替わっていき、いろんな子が優勝できるので、嬉しい子が何人も(^^) 子どもたちのいいところは、誰かが優勝すると「やったあ~、○○ちゃん、すごい~!!」と取り囲んで胴上げせんばかりに喜んでくれることだ。大人も見習わなくちゃ、と思う。
2004.03.05
3月生まれの誕生会をした。 毎月誕生会をしているのだけど、3月生まれともなると、待って、待って、待ちこがれた誕生会。友達がつぎつぎと誕生会をしてもらって、ひとつ大きくなっていく中で、自分のはまだまだ…。子どもにとっては、すっごく待ち遠しいものらしい。 幼稚園ではお誕生会といっても、あまりたいしたことはしていない。誕生日の歌を歌って、誕生カードをプレゼントして、先生のエプロンシアターなどのお楽しみがあって、みんなでゲームをしたり踊りを踊ったり。おやつも豪華なものではなくて、100円程度のもの。 お家でプレゼントをもらったり、ケーキを食べたりするのに比べれば、とてもささやかな会だと思う。 でも、みんなにお祝いしてもらうというのが、何とも言えずうれしいらしくて、すごく楽しみにしてくれている。たいてい誕生会は月末にあるので、(今月は卒業式があるので早いけど)月初めの子は、だいぶ前に「5歳」になっているのに、幼稚園で誕生会をしてもらうまでは年をとってないらしく、誕生会をすませてやっと「5歳になった」と言う子もいる。クラスで公に認められることがほんとの誕生日よりも優先されるのか~と思うと、幼稚園の子にとって、幼稚園は世界のすべてなのかもしれないなあ、なんて感じたりする。 幼稚園の子は早く年を取りたい、早く大きくなりたい、と思っていて、人より早く「5歳」になったというのは、十分自慢の対象になる。「ぼくもう5歳だもんね~」なんて。早生まれの子は、待ち遠しくて「どうして私はまだなの?!」と人生に悲哀を感じているに違いない。 ところが、大人になると状況は一変。実は私は4月生まれで、いつも同級生の中で真っ先に年を取っていた。小さい頃はうらやましがられてうれしかったけど、そんなのせいぜい小学校の低学年まで。それから後は、「え~、もう○歳なの?おばさんだね~。私なんかまだ若いもんね~」なんて言われて、どんなにつらい思いをしたことか…(T-T) 「どうして私を4月に産んだの?」と親を恨んだりして(^^;) 思春期になると、好きな男の子から「年増女」扱いされて悲しかったり…。(今ほど年下の男の子ブームではなかったもんで…) それに、4月にはクラス替えがあって、友達関係も変わってしまう。せっかく友達になってもクラスが分かれて疎遠になったりすると、誕生日は忘れ去られてしまうことが多い。仲良くなった頃に「誕生日いつ?」と聞かれても、「もう終わっちゃった…。」というわけで、プレゼントももらえなかったり…。 幼稚園で誕生会をしていても思うのは、4月、5月はみんなよく訳がわかってなくて盛り上がりに欠ける。やっぱりクラスの人間関係ができてくると、誕生会も盛り上がって「おめでとう!!」という雰囲気になる。 そんなわけで、4月生まれでいいことというと、誕生石がダイヤモンドであることくらいしか思いつかない(^^;) 生まれが遅いとみんなについていけなくて心配なんてよく言われるけど、幼稚園でも気にするほどのことではない。4月生まれでもおっとりしてる子もいれば、3月生まれでもしゃきしゃきしてる子もいるし…。生まれ月よりも性格や経験の方が影響が大きいと思う。 お母さんたちから「早生まれだから、なかなか誕生日がこなくて待ち遠しくて…」とか「ついていけないんじゃないかと心配で…」という話を聞くと、思わず「そんなの生まれてせいぜい数年のこと。私なんて4月だけど、あーでこーであーでこーで…。」と4月生まれの苦労をつい熱く語ってしまう私であった(^^;)
2004.03.04
待ちに待ったひな祭り会。行事大好きな担任の影響か?子どもたちも実に行事が大好きだ。今年入園したばかりだから、「ひな祭り会」とはどんなのか、「豆まき会」とはどんなのか、よくわからないくせに、指折り数えてやたら楽しみにしている。 さて、今日のメインイベントは、「お寿司」! 近くの寿司屋で「ひな祭り寿司弁当」を注文しみんなで食べるのである。普段はいつもお弁当なので、みんな一緒のものを食べるというのは、めったにないことでみんな興奮気味。10時ごろから、「先生、おなかすいたよ~」なんて言う子がいるくらい(^^;) おひな様の前で、由来を聞いたり、歌をうたったり、踊ったりしたあと、さあ、お弁当!遊戯室にござを敷き、年少組から年長組まで一緒に座ってなごやかに会食。 お寿司と言っても、キュウリ巻き、お新香巻き、いなり寿司、ゆで卵、から揚げ、ブロッコリーなどというささやかなものなんだけど、ひな祭りっぽい可愛い容器に入っていたり、桃の花がついていたりして、「わあ~、おいしそう!」と大喜び。 「お寿司はきらい」と言っていた子や、きらいなものがあると言ってた子、ふだんぐずぐず食べる子も、思ったよりぱくぱく食べて、残した子はほとんどいなかった。「ひな祭り会だ!」という雰囲気、みんなで同じものを一緒に食べること、友達がみんな食べていること、などでついつい食べる気になるのかな? わが家の子どもたちも、私の料理は食べないくせに、給食だと食べたりするもんなあ…(^^;) でも中には、ほんとに何も食べられない子がいる。(アレルギーとかではなくて) ひとつやふたつ嫌いなものがある、というならわかるけど、全部嫌いで食べられない。そういう子は普段から、お弁当でもおやつでも食べられないものだらけ。野菜はきらい、お肉もきらい、果物はきらい、あんこはきらい、おもちはきらい、プリンはきらい、クリームはきらい…。いちごが嫌いとかケーキが嫌いとかいうのは、私には衝撃の世界だ(^^;) 「いったい何を食べて生きているの?!」という感じ。いつものお弁当は、ポテトとか、ウィンナとか、毎日決まったほんの限られたものしか入っていない。 私は好き嫌いにはすごく寛大で、何でも食べなきゃいけないなんて思ってないのだけど、ここまでいくと、人生の喜びのかなりの部分を捨てているのではないかと、気の毒になってくる。何か食べようということになるたびに、嫌な思いをするんだものね~。いったい何が原因でそんなにきらいなものが多くなってしまったのかよくわかんないけど…。 大きくなると少しは食べられるようになるといいね…。
2004.03.03
3月から、うさぎ小屋のそうじとチャボのエサ作りは年中組がやっている。2月に年長の見習いをやってみっちり仕事を覚えたということで、めでたく引き継いでもらえたのだ。 でも、内容はだいたいわかったとはいえ、年中組だけでやるとなると、ものすごく心許ない(^^;) 何をするにも「どーするんだったっけ?」「あれはどこにあるんだったっけ?」だし、 「こうするんじゃなかった?」「えー、そうじゃなかったよぉ」と意見が分かれるし、 ホースをひっぱって持っていったはいいけど、「あれ、水が出ないよ??」(水道につないでないじゃん!) 水を出したとなると、せっかく掃除用長靴はいているのに、「あーっ、長靴の中に水が入ったぁ!」(悲惨…(T-T) ホースを巻こうとして、リールを反対に回して、収集がつかなくなったり…(T-T) ほうきで一生懸命掃くばっかりして、誰もちりとりで取ってなかったり…。 チャボのエサの中に、なぜかニンジンの固まりがごろんごろん入ってたり…。(食べるのか?) あまりにも丁寧にキャベツをみじん切りにしていたり…(夜が明けそうだ) それでも本人たちは、ものすごく、やる気マンマン!! 「今日から小さい組だけでお当番をします!」と言ったら、みんなが「やったあ~~!!」と歓声を上げた。ふつう、大人だったら、汚いウサギ小屋のそうじなんて、「えー、いやだなあ…。」と思うでしょ?ところが、こんな嬉しいことはないのだ。大きい組に任されて自分たちだけでできるのだから! しかし、ほんとうに自分たちだけでやらせたひには、冗談じゃなく夜が明けてしまうくらいな作業ぶりだし、幼児の集中力にも限度があるし、うんざりするほどやって「もうやりたくない」状態になっても困るので、担任としては30分くらいで終わらせるべく要所要所で手を出しては手伝う。 でも、子どもたちには「自分たちは大きい組から直伝されたのだ。」という自負があるので、私がほうきで掃いたりすると、「なんで先生がするの?!お当番じゃないのに!!」と、おせっかいするなとばかりに怖い目でにらまれてしまった。(T-T) こんなプライドのある弟子を持って、年長組は幸せだね~。このまま、いつまでも張り切ってお仕事してちょうだいね。(そのうち飽きるんだなこれが(^^;)
2004.03.02
お母さんから相談。 「うちのAが、ドッジボールのとき、いつもBくんとCくんに狙われて当てられるって言ってるんですけど、もしかして、嫌われてるんでしょうか…。」 え~っ。ちがうちがう。お母さんにそうとは言わないけど、はっきり言ってAくんはどんくさい。背中を向けてフラフラしているから、すぐ当てられちゃうだけ。第一、「狙って当てる」なんてことは4歳児にそうそうできるワザではない。手近で当てやすそうな人に当てているだけ…。 Aくんは当てられちゃうのがくやしいんだよね~、だから自分ばっかり当てられるって感じるのかもしれないけど、でもAくんを当てようと思ってやってるわけでは絶対ないし、BくんやCくんは当てるのがうまいから、他の子もいっぱい当てていて、Aくんばっかり当ててるなんてことはないから心配しないでね…というようなことをお話しさせてもらったけど、わかってもらえたかしら。 「Aは、ドッジボールは大好きで、楽しいって言ってるんです。」 うん、それなら大丈夫じゃない?ほんとにいやだったら、やりたくないはずだもんね。 どうしても、得手不得手っていうのはあるから、すぐ当てられちゃう子や、よく当てる子がいる。でもそれって個人的な感情じゃないし、子どものドッジボールとはいえ、一応スポーツだから、勝ち負けもあってみんな一生懸命やってるんだし…。 負けてくやしい思いをしたり、すぐ当てられちゃって悲しい思いをしたりするのも、全然経験しないで大きくなるより、経験した方がいいと思う。心の痛みも、うまくいかない悔しさも知らないまま大きくならない方がいい。 最近みんなで手をつないでゴールするかけっことか、勝ち負けのない運動会とかあるけど、あれも負けて悲しい子のことを配慮するからかな? お母さんとしては、子どもにつらい思いをさせたくない、っていう気持ちはどうしてもあるし、心配なのもよくわかるけどね…。 当てられることも、負けることも、勝つことも、ボールが上手に投げられたことも、投げられなかったことも、全部含めてドッジボールは楽しい、と思えればいいんじゃない? とはいえ、スポーツチーム育てているわけではないので、監督?の私としてはかなり操作していて、何度も投げてる子に「まだ投げてない人にあげてね~」とかボール取れない子に取らせるべく、さりげなく素速い子の邪魔をしてみたり(^^;)、当てて復活できるようにアドバイスしたり、小細工を弄して、どんくさい子も活躍できるようにしているんだけどね(^^) でも、何ヶ月かやっていると、さすがにみんな上手になって、最初はぼーとしたまま当てられていた子たちもボールを見て逃げるようになってきたし、へっぴり腰で転がるボールさえ取れなかった子も、それなりにボールを追うようになってきてるし、ボールを投げてもポトンと落ちる(へたすると後ろに落ちる)だけだったのが、片手で力を入れて投げられるようになってきたし、やっぱり継続は力なり、場数を踏むことだなあと、数ヶ月前の姿を思い出すと感動ものである。 いろんな思いをしながら、みんな成長してるんだよね…。
2004.03.01
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