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うちの幼稚園も、PTA役員選出の時期になり、お母さん方はもめている模様。 原則として在園中に一回だけ役員をすればいいということになってはいるけれど、毎年学年の人数は変動するから、みんな平等にきっちり一回だけというわけにはいかない。来年度は、今の年中組の中で5人の人が、2回目の役員をしなければいけないのだとか。 さあ、誰が2回目の役員をするのか?! 投票かくじか?! 小さい子がいる人は免除するのか?! 仕事がある人は免除するのか?! 大問題で、もめにもめている。 それで、「陰でこそこそ言うより、みんなで集まって話し合おう!」ということで、先週、年中組の保護者全員が集まって長いこと話し合っていた。(幹部さんたちが自主的にしていることなので、私たち職員はタッチしていない) 役員やりたくないとかやれないという人はそう言っていいし、不満がある人もアイデアがある人もどんどん意見を出してほしい、意見は何でもOK、PTA解散という意見だってOK、という趣旨だったようだ。 ところが、わざわざ全員で集まって言いたいことを言う会を開いたというのに、会が終わってからまたまた「みんなの前では言えなかったけど、やっぱりやりたくない」とか「みんなの前では言えなかったけど、こうすればいいのに」とか「みんなの前では言えなかったけど、そのやり方には賛成できない」とか「みんなの前では言えなかったけど、○○さんの意見には反対だ」とか、後になってた~くさん噴出してきたのだそうだ(^^;) う~ん、わざわざ集まった会は何だったのか…。 …というわけで、困ったPTA幹部さん、再び「陰でこそこそ言うより、言いたいことは何でも書いて!」ということで、アンケートを取ることになった。記名で。 果たして、それで解決するのかどうか…。また「記名アンケートでは書けなかったけど、やっばりやりたくなかったのに」「書けなかったけど、私は嫌だった」とかって陰でこそこそ言うのだろうか。 意見を言いもしないし書けもしない人は、陰で文句を言わなきゃいいのに、と思う。 文句を言うのは簡単でも、実際に進めていっている幹部さんは、とても苦労しているのだから。 そりゃ、みんなの前で言いにくいとか、他のお母さんたちに悪く思われたくないと思うのはわかるけど、そういうリスクを負う勇気がないなら、決まったことに陰で文句を言う権利もない。 自分の意見を持てば反発を受けるのも仕方がない。誰にもいい顔をしながらしかも自分の思い通りになるなんてことは、残念ながらまずない。 「先生、○○ちゃんが独り占めするの~!」 「じゃあ、○○ちゃんに独り占めしないで、って言ってごらん。」 「先生、△△ちゃんが入っちゃダメって言った~!」 「じゃあ、△△ちゃんにどうして入っちゃダメなの?って聞いてごらん。」 3歳児にも、日々「自分の思いを人に伝える」ということを教え続けているのだけれど…。
2005.01.31
小学校はいきなり持参物を言ってくるので困る。 末っ子(三年生)が学校で「昔の生活」という題材で勉強をしている。 それは知っていたんだけど、いきなり、連絡帳に 「もってくるもの。うちわ、マッチ、新聞紙、紙ざら、おもちかするめ(2個まで)」 と書いてあった。 どうやら、昔の生活体験ということで、七輪で何か焼いて食べようということらしい。 しかし、いきなり翌日、これだけのものを用意しろって? 幸い、倉庫の中にうちわもあったし、子ども会で使った残りの紙皿もあり、真空パックのお餅も残っていたからよかった。 でも、ない家だってあるだろうに…。 うちわだって、夏ならともかく今は家にないだろうし、今は新聞取ってない家も増えてきた。紙皿なんて常備してないだろうし、おもちかするめなんて、大好物ならともかく、普通常備してないよね?マッチだって、今どきあるかどうか…。 「こんな急に言われると困るよね! うちなんか、帰りが遅くて連絡帳を見るのも夜だから、買いに行くこともできなかったりするのに、突然明日もってこいなんて無理よ。学校はいつもこれだから!」 と怒っていると、夫は 「ま、ある人は持ってくるってことで、ない人の分は先生が用意してくれてるはずだよ。」 と言うんだけど、それでも、一週間前くらいに言ってくれれば、それなりに準備もできるのに…。 いつもいきなり言われるので、我が家には「小学校対策ストッカー」があって、あらゆる大きさの空き箱、いろんなひも類、空き缶や空き瓶、ペットボトル、スチロール皿、かまぼこ板、ボタン、どんぐりや松ぼっくり、草花の種、思いつく限りのさまざまな材料がストックしてある。 なかったら先生が用意してくれていたり、友だちが分けてくれたりするのだろうけど、できれば持ってくるように言われた物は持って行かせたいと思うのが人情だ。 それでも、そんな私の意表を突いた持参物が指定された時は「やられた!」という気分(^^;) 授業の計画はちゃんと立ててあるはずなのに、どうして連絡はいつも遅いのかな? …と、自分も保護者連絡が遅くなることがあるので、反省するんだけどね(^^;)
2005.01.30
Rちゃんの今日のお弁当のデザートはイチゴだった。 イチゴ、高いのに、いいなあ、と思うなかれ、Rちゃんはイチゴが大嫌いなのだ。 何ヶ月か前に、Rちゃん母が 「先生、今日はイチゴに挑戦してみました!幼稚園だったら食べるかもしれないから、食べさせてみてください。」 と言ってお弁当に入れてきたことがある。 そんなぁ~と思いつつ、回りの子に 「わあ、Aちゃん嫌いなトマトも食べられるんだ~、すごいね~、わあBちゃんも!ブロッコリー食べられたね~」 なんて根回しをしていると、Rちゃんもイチゴを一口食べた。 「わあ、Rちゃんも食べられたね~!」 なんて言っているうちに、Rちゃんはえづいてイチゴを吐いてしまった。(ー。ー)フゥ Rちゃん母、リベンジだな? 私は嫌いなものを無理に食べさせる主義ではない。 以前の日記にも書いたけど、イチゴが嫌いなら、別になだめたりすかしたりしてまで食べさせなきゃいけないことはないだろう、と思う。 一生イチゴを食べずに暮らしたって死なないし。もしどうしてもイチゴを食べなきゃならないような事態になったとしたら、本人だって考えるだろう。 それにRちゃんは、生きるに不自由するほど食べられないものが多いわけでもなく、普通だし。 でもまあ、ここは頼まれてもいることだし、一応勧めてみる。 全然関与しないのも、私が責任放棄しているみたいで気がとがめる。 (このへん、自分のポリシーとサービス業としての先生像が葛藤するのであるが) 「一口だけ食べてみようか~?みんなも嫌いなものもがんばって食べているんだよ~。Rちゃんも食べてみたら?お母さん喜ぶよ~。」 と言いながら、イチゴをほんの5ミリ角くらいにちぎってお口に入れてあげた。 「いや~、きらい~」と言いながらも、渋々口に入れるRちゃん。このあたり、お母さんが「幼稚園なら食べさせてくれるかもしれない」と期待されるのもわかるんだけど…。先生がそんなに言うなら食べようかという気になるんだよね。 今日も吐き出すかと思ったけど出さなかった。 「もういらないっ!」 はいはい、わかりましたとも。 帰りに、お母さんに「イチゴがんばって一口だけ食べましたよ。ほんの一口だけど。」 「ああ、ありがとうございます。一口でもいいです。食べられたら。」 う~ん、一口食べることにそんなに意味があるのかどうか、よくわからん…。 同じくイチゴをデザートに持ってきたSくん。 困った顔をして弁当箱の中のイチゴを指さしている。 「Sくん、イチゴきらい?」 「好き。」 「じゃあどうしたの?」 「ここんとこ、切って。」 このSくん、夏に、スイカも全部タネを取ってもらって、一口大に切ってくれないと食べられないと言った子だ。イチゴのヘタも全部切ってもらって食べてるわけね。 「あのね~Sくん、イチゴは緑のところを手で持って、赤いところを食べて、緑のところは食べないで残せばいいの。」 かくて王子様Sくんは、ご自分でイチゴを召し上がることに成功されたのであった。 よかったね…。
2005.01.27
今日は新入園児の健康診断。 在園児の子たちが帰ってからなので、在園児は直接には何もしないんだけど、帰る前に椅子を会場(遊戯室)に運ぶという任務がある。 おやつの時、「今日はね、来年幼稚園に入る、3歳の子が幼稚園に来るから、みんなの椅子を貸してあげましょう。おやつを食べたら、自分の椅子を遊戯室に運んでね。」と言うと、せっせと運んでくれた。 自分のざぶとんもつけてあげているので、惜しいのか、 「…先生、いつ返してくれるの?」 「ずっと貸してあげるの?」 と不安そうな子もいる(^^;) 「今日だけよ。明日の朝には返すからね。」 と言うと、まっいいか、というような顔。 お菓子の食べかすが机の下にたくさん落ちていたので、 「今日は3歳の子が来るから、きれいに掃除してあげようか~」 というと、小さなほうきを手に、いつになく熱心に掃除もしてくれた。 キミたちも、先輩になったんだね~(^^)もうすぐ年中さんだもんね。 午後から新入園児(今は2歳児)がやってきた。 お母さんたちが説明を聞いている間、うしろの方でオモチャを少し置いて託児をしていたんだけど、やっぱり幼いなあ~。 去年の今頃は、私のクラスの3歳児ちゃんたちもこんなだったのね…と感慨にふけってしまった。
2005.01.26
うちの幼稚園は兼務なので、小学校とのつながりが深い。 学校行事やPTA行事、研修もよく一緒にする。 そんなわけで、小学校の先生が配り物を持ってきてくれることも多いのだけど、その時間がいつも問題で、保育中に持ってくる。 今日も小学校のK先生が配り物をもってこられた。 でも、もちろん、みんな手が離せない。うちの幼稚園には園長も、事務も、保健の先生もいない。用務員さんも園児の安全確保のためできるだけ外で作業をしてくれている。職員室はからっぽ。 必然的に、無視するかっこうに…。 やっと手があいた主任の先生が「お待たせしました~」と急いで応対に行くと、 K先生いわく、 「ごめんさないね、先生、授業中だったの?」 授業中?!(^^;) あの~幼稚園は、朝からずっと、6時間連続で授業中なんですが…。 休み時間があるとでも? それとも、幼稚園は遊んでるからずっと休み時間だとでも? ちなみに、K先生は、数年前は一年生担任だった。 幼小の連携は、絵に描いた餅だとしみじみ思う瞬間である。
2005.01.25
うちの幼稚園では、全員に月刊絵本を買ってもらっている。 毎年検討して変わるけど、福音館の「こどものとも」シリーズとか、他の会社の傑作絵本シリーズとかそういう絵本で、月々350~380円くらい。 ハードカバーではない分、安いわりに、内容は充実しているので、決して損ではない、と思う。普通、絵本って1000円以上するものね。 でも、月刊絵本も存続の危機にさらされている。 公立幼稚園なので、とにかく経費にはうるさい。保護者に強制的に物を買わせるのは、極力避けるようにと言われている。 出席ノートやシール、名前のバッジ、制服は必ずみんな同じ物を買っていただくけど、「絵本」というのは「絶対に必要」とは言えないので、毎年「どうしようか~」という話になる。 市内の幼稚園でも、次々と月刊絵本を取るのはやめているらしい。不況の折り、絶対に必要でない物にお金を払ってもらうのは、申し訳ないから。 でもでも、うちの幼稚園の職員はみんな絵本が大好きで、来年度も「やっぱりやめたくない」という結論で、存続することになった。 世の中では、読書離れが著しい。読解力もガタ落ちらしい。 幼稚園の子たちは、絵本を読んでもらうのを楽しみにしている。読む時間がなかった日は「先生、絵本は!!」とブーイングだ。子どもたちは、こんなに絵本が好きなのに、どうして読書離れしていくのか…。 家でももっと読み聞かせをしてくれたらなぁ~と思う。 絵本を買うにしても、「○○レンジャー」とか「がくしゅう○○」とかで、ほんとうに物語の楽しさが感じられる絵本はあまり買ってもらえてないようだ。(本屋さんの、商品の並べ方にも問題があると思うが) 週末には幼稚園の絵本を貸し出しもしているけど、月に一冊絵本を自分のものとして持って帰って、家でも繰り返し読んでもらってほしい…というのが、私たち職員の願い。 家に持って帰っても、全然読んでもらえていないかもしれない、資源ゴミに出されているかもしれない。「自分で読みなさい」と放っておかれているかもしれない。 …けど、「せっかく買ったんだから読んでやろうか」と読んでくれているかもしれないし、「へえ、こういう絵本を喜ぶのね。」「この絵がいいわね。」とか感じてくれるかもしれない。 親が本好きなら、幼稚園から働きかけるまでもなく、図書館に行ったり毎晩本を読んでやったりしているだろうけど、そうではない家庭にこそ、いい絵本に親しんでもらいたい。 子どものための380円は、子どもへの投資としては、高くはないと思うのだけど、どうなんだろう?
2005.01.24

今月ずっと買おうと思っていた万年筆をやっと購入。 …というのも、ネットショップで、気に入ったデザインでそこそこなお値段のものを見つけて注文するたび、「ただいま品切れ。入荷は未定」と言われること3回。どうして私がいいと思ったものは品切れなの~! それで、やっぱり、 ペリカン スーベレーンM400 ホワイトトートイス ちょっと高いけどこれにした。結局、これを買う運命だったのかもね~。 金文字で名前も入れてもらったし、末永く使うつもり。 ボールペンとは違って、線に濃淡や太さの変化があるから、字がきれいに見える。 思わずメモ帳に自分の住所や名前をいっぱい書いちゃった。 乾くのにしばらくかかるところが、なんともスローで、あわただしい日々がスローダウンするような気がする。でも仕事用には向かないかも(^^;) だんぜん何かを書きたくなって、今月しなきゃいけない仕事の予定を書き出して計画立ててみたりした。 他には…日記は(これのほかに)10年日記でたった4行しか書くスペースがないし、あらたまって手紙を書く相手も…いないことはないけど、いつもメールだから気恥ずかしいし…。 それで、読んだ本の心に残った言葉などを書き抜くノートを作ることにした。 万年筆マニアの方々のページでよく書いてあるモールスキンのノートも見つけたので買ってみた。 モールスキン ラインノート 万年筆って、毎日使うことがメンテナンスになり、長く使うことでペン先が使い手に合ってくれるのだとか。 次々に新しいものを買い、少しでも古くなったとか飽きたとかすると捨てる、あるいは反対に、買ったものの使わずにしまいこんでタンスの肥やしにしたりする…そんな今の時代のモノのあり方とは全く逆方向の存在なのね。 この「万年筆」は、必要なものを少しだけ買い、大事に使ってその命をまっとうさせる…ちょっと前まで日本の文化の中にあったに違いない、そんな生活を思い出させてくれる。
2005.01.23
私のクラスに、と~っても恐がりな子がいる。 遊戯室で集会をするとか、いつもと違うことは何でも怖がって泣く。 3歳児だし、幼稚園に入ったばかりの頃はそういう子も数人いたけれど、もう3学期になり、他の子はみんな慣れて平気。でも、1人だけはまだ、みんなに「遊戯室でね…」と言い始めただけで「いやだ~!ゆうぎしついやだ~!こわい~!」と言って泣き叫ぶ。 お母さんによれば、家でもそんな感じで、慣れないところは怖いらしい。 幸い、初めはいやがっても、連れて行って抱っこしてしばらくすれば、会のおもしろさに引き込まれ、気分も直り楽しく参加できるし、終わる頃には怖がったことも忘れているのだけど。 お母さんとお話ししていたら、 「先生、こんど豆まきがあるんですよね?直前まで豆まきなんて言わないでくださいね。鬼が怖いんで。」 「は?そんなあ。来週は鬼のお面つくるんだけど…。」 「え~?!」 「言わないわけにはいかないですよ~。」 「え~そうなんですか~?」 そんなこと言われてもなあ。 「豆まき」って幼稚園では欠かせない行事だし、最近家ではなかなかできないから、幼稚園でするのは子どもたちもとても喜ぶし、鬼のお面も、毎年力を入れていて、お母さんたちも楽しみにしてくれているんだけど…。 直前まで言わないなんて不可能だ。ひとりだけに内緒にしておくわけにもいかず…(^^;) 怖いのはかわいそうなので、お母さんと協力しながらフォローはするけど、怖いからといって全部避けて通るわけにもいかないでしょ…。 たぶん、最初は怖くても、始まってしまえば楽しめると思うんだけど。 う~ん…。
2005.01.21
午後から研修会に出かけた。 うちの幼稚園の先生3人とも出席。それぞれに自家用車。(幼稚園も田舎なら会場も田舎で、交通機関もなく車で片道1時間もかかるところ) 私が先頭、うしろから年長の先生、そのうしろに年中の先生、と連なって出発。 音楽を聴きながら快調にドライブ。道もすいていて、1時30分からの会だけど1時10分に到着。 (混んでなくてよかったわ~。余裕で到着(^^) と思いつつ、車を降りたら、後ろから年長の先生が走ってきて 「ちょっとちょっと、遅刻でしょ!急がなくちゃ!!」 「えっ?1時半からよ?」 「1時からじゃなかったの? まりか先生がずいぶん飛ばすから、てっきり1時からだと…。」 その後から年中の先生も 「1時半からよね? どうして急いでたの?」 「はあ?私、そんなに飛ばしてた?」 私はぜ~んぜん急がず、のんびりと走っていたつもりだったんだけど…(^^;) そういえば、夫に毎朝「急いで行くなよ!スピード出すなよ!」と出がけに言われる…。 「余裕持って出かけてるし、急ぐわけないじゃん」と思っていたけど…。 私ってスピード狂だったのかしら?(^^;) 思い返してみれば免許を取った時、教習所の性格テストかなんかで、「スピード違反傾向」って出ていたなあ…(^^;) 「ジェットコースターにも怖くて乗れない私なのにね~」と笑ったけど、当たっていたのか?! でも、スピード違反は、10年以上前にたった一度取られただけで、それに懲りて気をつけてるし、もちろんゴールド免許なんだけどな~~。 ま、あんまり快調に走らないように気をつけよう(^^;)
2005.01.20
総合的な学習が見直しされるそうな。そりゃそうだろう。 幼稚園の先生っていうのは、いうなれば総合的な学習のプロ。だから、それがどんなに難しいものか、よく知っている。 幼稚園も「ただ遊んでいるだけ」と批判されることがよくあるが、ほんとに、やり方によっては、何も学ばずに終わってしまったっておかしくない。 幼稚園には教科書がない。 私が、小学校を「いいなあ」と思うのは、断然「教科書がある」ということ。毎日教えることが決まっていたらどんなに楽だろうと思う。 幼稚園だって教える内容はきっちり決まってはいるけど、それは抽象的なもので、具体的にどんな保育(小学校で言えば授業)をするかは、各幼稚園と担任に任されている。 毎日のクラスの実態に合わせて何をどんなふうにするか、1人1人に対する援助をどうするか考えて、身につけさせるべき内容を身につけさせるのは、それはそれは大変な作業だ。同じ学年だからって同じには決してならない。去年できなかったことが今年はできる、去年できたのに今年はできない、去年と同じことをしたのに去年と全く違う結果になった…などなど、バリエーションは無限。 幼稚園教育には長い歴史があってノウハウもあるからまだしも、教科書での授業に慣れている小学校や中学校の先生がいきなり始めたって、できるようなもんじゃないでしょ、と言いたい(^^;)。まあ、天才的な先生もいるでしょうが…。 小学校や中学校の先生は、教科書での授業のプロでいてくれればそれが一番だと思うんだけど…。 それにしても、3年でポシャるなんて(予想されたことではあるが)、うちのふたりの小学生、実験台で終わったってこと?誰が責任取ってくれるのかしら(--メ) それに、いきなり言われて一生懸命考えてやってきた学校の先生たちの労力に対しても、あんまりじゃないの?
2005.01.19
お弁当を食べてる時、カマボコを手にしてSちゃんが言った。 Sちゃん「これ、オニヨメよ。」 私「えっ?鬼嫁?!鬼嫁ってなあに?」 Sちゃん「あのね、オニヨメって、怖いのよ。」 私「へ~??そうなの?」 Mくん「あっ、ぼくも知ってる!オニヨメって、夜中に起きてたら化けて出るんだよね!」 私「はあ?お化けなの?」 Sちゃん「そう、怖いんだよね~!」 この宇宙人たちの会話はどうもよくわからない…(^^;) 3歳児ちゃんの語彙はもちろん少ない。 意味を誤解していることも多々ある。 文法も実にあやしい。 でもすごいと思うのは、その少ない語彙とよくわからん解釈で、堂々と世の中を渡り歩いていくところだ。 たとえば「食器棚」という単語を知らなければ、「おもちゃのおにぎりやハンバーガーをのせるものやコップがおいてあるところ」で私にはばっちりわかる。「先生、大きい組さんが持ってる、丸くて穴があいてて堅いのがほしい。」と言えば、「ラップの芯」だなとわかる。 単語力なんか、問題ではない。 私は外国語(英語に限らず)が好きで、映画を見たり原書(と言っても児童書(^^;)を読んだりしてるけど、知らない単語がいっぱいあって悲しいし、もっと単語をいっぱい知っていたらなあと思う。 でも、3歳児ちゃんは「もっと語彙を増やしてぺらぺらになってからしゃべろう」とは思ってはいないし、少ない言葉を駆使して、言いたいことは何でも言える。 ホームステイに行ってわかったのは、「本当に伝えたいことはジェスチャーでも片言でも単語の羅列でも何とかして伝えられる。問題は、伝えたいことがどのくらいあるかだ。」ということだった。言いたいこと、伝えたいことはどんな方法を使ってでも表現できる。相手だって、その思いをくんでわかってくれようとするし、こちらにわかるように話してくれる。でも、その強い思いがなければ、いくら単語を知っていても、話にならない。 だから、3歳くらいの子が英語教室に行って「あぽー」(Apple)とか練習したり、受験英語や小学校での英語教育についても「それでいいのかなあ?」と思っちゃう。 もちろん、小さい頃に本物の発音に触れることや、生活の中で外国語も自然に覚えることはすばらしいことだし、私自身、小さい頃から英語に憧れていたので、今の子どもたちがうらやましいなあとも思う。 でも、もっと大切なのは、日本語だろうがなんだろうが、自分の思い、自分の考えを持つこと、それを人に伝えたい、わかってもらいたいと思うことだ。 3歳児ちゃんたちを見ていて、ほんとにそう思う。
2005.01.18
ままごと、積み木、かるた遊びとお部屋でなごやかに遊んでいたら、ままごとコーナーでKちゃんがすってんころりん。 「うわ~ん!!」 ままごとの食器棚に頭をぶつけたらしい。 見ると、眉のあたりが青くなっている。 あちゃ~~…。 その棚は、純正の幼稚園用(ありあわせのカラーボックスなんかではない)なので、ちゃんと棚板の角も落として丸くしてあるけど、それでも木だからぶつけると痛い。 「あららら…。転んだの?」 「うん…(TT)」 「痛かったね~。湿布しておこうね。」 おでこに大きな湿布を貼ると、本人はすっかり気分も直り、元気に遊んでいたのでホッ。 でも、だんだん腫れてきて、帰る頃になると、たんこぶになってしまった…(TT) お迎えに来たお母さんに事情を話して謝ると、「ひとりで転んだんだから、しかたないですよ。」と言ってくださったけど、お医者さんに見てもらって結果を聞くまでは気が気ではなかった。 電話をかけると、「全く大丈夫でした。ご心配かけました~。」とのことで、ほっと胸をなでおろした。 この仕事をしていて、何よりも落ち込むのが子どものけが。 どんなにすばらしい保育をしようが、子どもと保護者の信頼を得ようが、それは、子どもが無事であるという最大にして当たり前の条件の上になりたっていることで、子どもがけがをしてしまえば、すべておじゃんだ。 もしものことがあったらと想像するだけで、一刻も早くこの仕事はやめたくなる。 特に、何にもないところでも転んだり、落ちたりすべったりする3歳児を担任しているこの4月からは、毎日無事に家に帰すというストレスは相当なもので、精神的にものすごくきつい。4、5歳児になるとしっかりしてくるので、それほどでもないのだけど…。 そのストレスを保育業界以外の人に話すと、「だったら部屋の中で静かに遊ばせれば?」「お昼寝させとけば?」「ビデオでも見せとけば?」とか言われるけど、たとえずっとビデオを見せようとしたところで飽きて走り回るのが子どもだし、部屋の中に閉じこめればいいわけでもなく、広いところで発散させないとまた危険だったりするのだ。 とにかく、命をお預かりするということは、本音を言えば今すぐ逃げ出したくなるくらいなプレッシャーで、週末なんか緊張の糸が切れてほとんどふぬけな私である(^^;)
2005.01.17

私はあまり筆記具に凝る方ではない。 幼稚園では箱買いしているフツーのボールペンだし、スーパーでしゃれたデザインのペンを見つけると買うくらいだ。 パソコンを使うようになって、どんどん字を書くのが面倒になった。できれば何でもキーボードですませてしまいたいと思ってる。楽だし、早いし、消すのも簡単。 とはいえ、手書きする機会はまだまだたくさんあり、めんどくさいなと思いながら走り書きしている。 でも、そうなると、漢字は忘れるし、字は下手になるし、自分でも悲しいくらい。 そこで、ふと、書くのがうれしくなるようなもので書いたらどうだろ~と思った。ほら、気に入ったお鍋を買ったらお料理したくなるという原理(?)。 おしゃれなボールペン、という手もあるけど、昔懐かしい万年筆にしよう、と思い立ったらわくわく。 中学生の頃、万年筆というのがすごく大人っぽくて素敵なものに思えて、憧れていた。(年がばれる…(^^;) で、プラチナ万年筆だったかセーラーだったかの安いのを買って、日記とか手紙とか書いていたなあ~。 いつそれを使わなくなったのか記憶にないし、どんな万年筆だったかさえ覚えてない。もっと便利な筆記用具が次々とできて、今では万年筆を使っている人にお目にかかったこともない。 ネットで検索してみると、たくさんの愛好者の方が熱い思いを語っていて、とても楽しかった。ペン先、デザイン、インクなどなど、凝り出すと奥の深い世界なのね~。 お気に入りの一本を見つけて、いつでもそれを使えば、いつも部屋の中にゴロゴロ散乱している粗品のボールペンや安っぽいペンにさよならできて、シンプルライフにつながるかも。 黒っぽくて太いのは好きじゃないし、なかなか気に入ったのがなかったけど、いちばん素敵だな~と思ったのがこれ。ペリカン スーベレーンM400 ホワイトトートイス こんなのだったら、字を書くのが楽しくて、書くことを探してしまいそう。
2005.01.16
家族の写真を飾るのが好き。 大きな額にコラージュ風にして寝室の壁に掛けている。結婚式の写真に始まって、子どもが増えたり大きくなったりする様子が一目瞭然で、子どもたちも時々見て楽しんでいる。アルバムを出して見るのは面倒だけど、額ならすぐ見られる。 チェストの上にも、子どもたちの赤ちゃんの時の写真を一枚ずつ飾っているのだけど、フォトフレームっていうのは、思うように気に入ったのがない。お店にあるのは、木とかガラスで、シンプルでいいけどちょっとありふれた感じ。木やガラスや陶器や、いろんなのが並ぶのもごちゃごちゃして嫌だし。 時々お店をのぞいて探していたけどないので、楽天広場で探してみたら、素敵なのがあった。 ★★★CARRSシルバーフレーム 高いけど意を決して購入。届いたのを見たら、予想以上に素敵。ホームページで見るぶんには「平凡かも?」って思っていたけど、枠に輝きとボリュームがあるし、かといって中の写真は負けてしまうようなこともなく引き立つし、チェストの上がいきなり外国映画の雰囲気(^^;) 外国みたいに、こんなシルバーフレームをいっぱい並べたら素敵だろうな~。高いのでいくつも買えないけど(^^;)、ひとつずつ増やしていけたらいいな~と思う。
2005.01.15
明日は「とんど祭り」をするので、今日は「書き初め」を書いた。 3歳なので、書き初めといっても、好きな絵を描いただけ。 それ自体は簡単なんだけど、 難しいのは「とんど」の説明。 「明日はね、とんど祭りっていうのをするの。みんなの家にもお飾りが飾ってあったかな?ほら、こんなの。これを焼いたら、煙が神さまのところまで登っていって、みんなが一年元気で過ごせますようにって、願いを叶えてくれるんだよ。」 なんてことを説明するわけだが、う~ん、わかってないだろうなあ。「テレビで見た!」「知ってる!」と言ってる子もいたけど…。 まあ、明日やったら何となくわかるだろう。 この頃は、大人が伝統行事の由来とか内容を知らないので、最近は伝統行事(七夕、お月見、節分、ひなまつりなど)をする時には保護者にも参観を呼びかけるようにしている。 参観日というわけじゃなく、「見たい人はご自由にどうぞ」というスタンスで、保護者にも日本の伝統について知ってもらえたらいいなと思っている。 いくら子どもたちに教えても、幼稚園だけでやって終わり、じゃあ伝統の継承はできそうにない。親にも伝えておけば、幼稚園時代が終わっても、家庭で文化の伝承をしてくれないかな~と淡い期待を込めて。 …でも、明日は寒そうだし、あまり来ないだろうなあ(^^;)
2005.01.13
新年会、ってことでビンゴ大会をした。 3歳ちゃんは難しいので年長さんとペアで面倒見てもらったのだけど、大盛り上がりで楽しんだ。 商品は、保護者が寄付してくれたUFOキャッチャーのぬいぐるみ。100個近く下さったところを見ると、何万円つぎ込んだのだろう?(^^;) 早くビンゴになった子(全員の半数くらい)には、ぬいぐるみの他に、粗品の残りでもらった小さな「うちわ」がおまけについている。 (うちの幼稚園はビンボーなので、何でももらい物ですませるのだ…(TT) おまけの粗品のうちわは、家にあったらすぐゴミ箱に捨てられそうな代物で、別に可愛くも何ともない。しかもこの寒いときに「うちわ」…(^^;) でも、3歳児ちゃん的には、人がもらっているものは紙切れ一枚でもうらやましいらしく、帰る前になって「私もうちわが欲しかった!!」と泣く子が1人。 早くビンゴした人だけのおまけなのよ、なんて説得は通じない。 まあ、こんなのいらないと言う子もいるだろうと、 「○○ちゃんね、うちわが欲しかったんだって~。誰か、○○ちゃんにあげてもいいっていう人いるかな?」 と聞くと、 「ぼくいらないからあげる!」と言ってくれた子がいた。 「あら、よかったわね~○○ちゃん。」 「うん!ありがとう!」 一件落着、と思いきや、「私も欲しかった!」と言う子が出現。 「う~ん、じゃ、△△ちゃんにあげてもいい人いる?」 「私あげる!」「ぼくあげる!」ということでまた一件落着…と思いきや、またまた「ぼくも欲しかった!」…。 かくて、もぐらたたき状態。ゆずったりゆずられたり、際限なく続く…(^^;)。 しかも、さっき泣いてゆずってもらった子までが「あげる!」という側に回っているではないか。(おいおい(--メ) 結局うちわがほしいんだか何なんだかわからない状態ではあったが、つまんないものでも、「自分のものを人にゆずる」ということがそれなりにできるようになった、ってことだよな、…と騒ぎを収拾しながらもちょっぴりうれしかった。
2005.01.12
今日は始業式。 子どもたちは早く帰ったので、休憩時間に隣の小学校の先生と一緒に「新春はねつき大会」が行われた。 ま、要するに親睦バドミントンである(^^;) 私は運動音痴なので、そういうのは大嫌いだ…。 小学校教諭の一級免許も持っているのに、なぜ小学校の先生にならなかったかというと、ひとえに運動音痴だからなのである(^^;) それなのに何の因果か、小学校の先生と一緒にバドミントンをする羽目になるとは…。運命は過酷である。 幼稚園を留守にできないので、ひとりは留守番しなければならない。私は留守番を切望したのだけど、運悪く手を挫いて治療中の先生がいたので、泣く泣くその座を譲った。 そして、バドミントン大会。小学校の先生はみんなお上手。事務や給食や保健の先生もなぜかみんなお上手だ。 私は、サーブは入らないし、空振りばっかりするし、みじめ……なのだけど、ペアを組んだ先生が私をカバーしてあまりあるお上手さ。 それに、サーブが何とか入った、というだけで「ナイスサーブ!」、何とか拾えたら「いいよっ!」「うまいっ!」とほめてくれる。お世辞と知りつつ、へへへ~それほどでも…なんて言いたくなるくらいだ。 敵側の先生まで、「先生、だんだん調子出てくるわね!さすが若いわ!」とおだててくれるし(^^;) 学校の先生はほめ上手だわね。 やっぱり、大人でも、いいところを見つけてほめてくれるとうれしいものだわ~と実感した。
2005.01.11
友だちの女性が亡くなってしまった。10歳も年下の人だ。 「ヒッポファミリークラブ」で一緒に活動していて、私も彼女も忙しくここしばらく会っていなかったけど、つきあいは10年近くになる。 「まりかのように3人目の子どもが生まれたら赤ちゃんと一緒にホームステイに行くのが夢!」と言っていたのに、その夢も果たせず…。 9月に検診で癌がわかって、たった3ヶ月で、小さい女の子二人を遺して…。心残りだっただろう、というより、本人もそんなに早くとは思ってなくて、お正月にはいったん家に帰るつもりだったらしい。 仕事があって小さい子どももいるから、ホームステイに行きたいけどなかなか行けないと言っていた。私は末っ子の育休中に赤ちゃん連れで台湾に行ったので、自分もそうする、って言っていた。 もしこうなることがわかっていたら、彼女はもっと早く行ったのだろうか? どんなに若くても、元気でも、いつ何が起こるかわからない。 自分にも何が起こるかわからないし、家族や友だちも、いつ失うかもしれない。 私たちは、いったいどのくらいの旅行を、ちょっと大変そうだとか、こわそうだとかいって延期してきただろうか。どのくらいの幸せの可能性を、もっといい時期がくるまでといって摘みとってきただろうか。どのくらいの大切な人を、いつまでもそばにいてくれると思って、失ってきただろうか。(「自分の人生、生きてますか」レオ・バスカリア) いつ死んでも悔いのない人生、なんてことは無理だけど、生きているうちにやりたいことはやって、一日を大切にして生きなくちゃ…と改めて思う。
2005.01.10
今日はお休みだけど、講演会に行った。 子どもの睡眠についてのお話だった。 最近の子どもたちは夜更かし。 日本の幼児は、世界に類を見ないくらい遅寝だという。 うちの幼稚園でも、遅寝遅起きの子どもが目立つ。 「うちの子は早く寝ています!」と言うお母さんに聞いてみたら、10時だというので驚いたこともある。 最近の感覚では、子どもは10時に寝ると早い方なわけ?! 成長ホルモンは、夜12時ごろ、しかも熟睡しているときに多く出るのだという。だから、子どもが12時に熟睡していることはとても大切なのだ。 大人にとっても、新陳代謝が盛んになってお肌にもよいらしい(^^) しかし、先生たちが熱心にお話を聞いても、肝心の保護者に伝わらないとどうしようもない。 講演してくださった先生も、よく幼稚園や保育園で講演会をするけど、聞いて欲しい保護者に限って来ない、と言われていた。 「子どもは放っておいても寝ないのです。 子どもは寝かしつけるものなのです。」 そうだよね~。「寝なくて困る」とか、「起こしても起きない」とか、お母さんたちは子どものせいのようによく言うけど、毎日毎日規則正しく寝かしつける努力が必要なのよね。それは簡単なことではないだろうけど、食事と同じくらい大切なことだよね。
2005.01.08
「『捨て方』上手ですっきり暮らす」(主婦の友生活シリーズ)という本を衝動買い。どっちかというと、わりと年配の人向け?って感じだったけど(^^;) 出てくる人たちは、飯田久恵さん、大原照子さん、阿部絢子さん、吉沢久子さんなど、50代以上の方たちがほとんどで、そういう年代の方々は、自分の人生が見えてきて整理したくなったり、家事や片づけがしんどくなる前に片づけておこうと思ったりするらしい。 まだそういう年代にはなってない私だけど、それでも、人生はいつ何が起こるかわからないから、自分の身の回りは整理しておかないといけないな~と思っている。 私が事故や病気で突然いなくなったら、貯金とか、生命保険とかどうなっているのかわからなくって夫は困るだろうな(^^;) だいたいのことは知ってるけど、通帳やはんこがあちこちに散在してるし、小口でいろんなところに貯金してたりするし…。 それより心配なのは、なんだかんだと見られたくないものが残ることかな(^^;) 日記とか、無駄遣い満載のクレジット買い物メモ、手紙、日々反省を書いてある仕事の記録、たいしたことは書いてないとはいえ、見られるとなったら恥ずかしいものがたくさん(^^;) そういうものって、もっと年を取ったら整理しようとは思っているけれど…突然死んじゃったらと思うと一番心配なのがそれ。 パソコンも一緒に棺桶に入れてくださいって、遺言書いておいた方がいいかな…(^^;)
2005.01.07
今日は末っ子の誕生日ということで、私の両親、伯父と伯母も集まってパーティをした。 みんなでおしゃべりしていて、年賀状の話題になった。 両親は若い頃から絵を描くのが好きで、悠々自適の今は、父は銅版画、母は水墨画に凝って、日々アーティストな生活を送っている。 年賀状は昔から父の丹精込めた版画。 で、「ばーん!」と版画のみを刷り、文字を書いたりはしない主義だという。 「あれこれいっぱい近況を書いてくる人がいるけど、イヤよね。」 「一枚の絵として鑑賞したいから、文字があるとじゃま。」 「絵がメインだもんね。」 「文章は書かない方がいい。」 「年寄り夫婦の写真なんて、見たくない。子どもならまだしも。」 「海外旅行の写真を貼ってるのなんて、自慢っぽい。」 と、ワガママな年賀状評で盛り上がっている。 私は、絵だけの年賀状なんて味気ないから、できるだけたくさん近況が書いてあるのが好きだし、旅行の写真も大好きだし、年賀状を絵として鑑賞しようなんて気持ちはなかったから、へ~、そういう人もいるんだ~とびっくりした。(自分の両親から、年賀状に対する思い入れなど聞いたことはなかったから…) 年賀状ってのは、「日頃ご無沙汰している人への近況報告」だと思っていたけど、両親にとっては「自分の作品発表の場」だったらしい…(^^;) いろんな年賀状のあり方があるものなのね。 私はまだ若いので、「年賀状なんて面倒」と思っているのだけど、仕事を引退したり暇になったりすると、楽しみになるのかもしれないなあ。ないと寂しくなるのだろうか。 しかし、せっかくもらった年賀状にあーだこーだと文句を言うなんて、親ながらなんてワガママなやつらだ、とあきれてしまった…(TT)
2005.01.06
寒い日が続いているけれど、幼稚園にはちらほらと子どもたちが遊びに来る。 職員室にあいさつすることになっているので、窓から職員室をのぞき、自分の担任の先生を捜して「こんにちは~。」 久しぶりなので恥ずかしそうに照れているのが可愛い(^^)。 「あけましておめでとうございます(^^) 遊びに来たの?」 「うん。」 「寒いのに元気だね~。」 「うん!」 「そうなんですよ~。私は寒いから早く帰りたいんだけど、遊ぶ遊ぶって~。」 と、お母さん。 おつきあいするお母さん・お父さんたちも大変だ。 私も来週から元気に外で遊ばなきゃいけないんだわ~ブルブル(((=_=))) 隣の小学校に用事があったので、校庭を歩いて行っていると、茶髪つっぱり中学生たち(お休みだというのに変形学生服)が4、5人でサッカーをして遊んでいた。 私が近づくと 「こんにちはぁ~!」 「こんにちはぁ~!」 と挨拶してくれた。 「こんにちは!寒いのに元気だね~。」 中学生たち「へへへ…。」 なんか心があったかくなった。 見かけは派手だけどいい子たちだよね。 中学校の先生に教えてあげたいわ。
2005.01.05
お正月休みも終わって久しぶりに出勤。 子どもたちが冬休みのうちに、幼稚園のカラーパンフレット改訂とホームページ作りをしてしまわなくては…。 どちらも、私しかできる人がいなくて、私がするしかないので、ずっとパソコンとにらめっこ。 パンフレットはレイアウトも写真選びも文章も全部私がひとりで考えて作った。ホームページも私が全部ひとりで作るんだよな~。 まるで自己流で、見よう見まねなんだけど、それでも、ないよりましってことで…(^^;) これからは公立幼稚園もPRしていかなくちゃつぶれる時代だけど、かといって外注できるような予算なんて一円もなく、自分たちでするしかない。 でも、下手の横好きでも何でもやっといて損はないな~と思う。 子どもの頃からなぜかわからないけどキーボード好きで、お小遣いを貯めて買ったのがなんと英文タイプライター。その後こつこつと貯金して買った念願のワープロ。それから当然のようにワープロ通信、パソコン通信、インターネット…。 仕事に役立つなんて考えてもいなかったけど、いまだに初心者並みの私でも、このあたりのアナログな幼稚園界では、「パソコンに堪能な先生」と呼ばれたりする(^^;) パソコンだけでなくて、子どもの頃から好きだった手芸とか、中学時代放送部で習ったビデオテープの編集とか、何でもかんでも、幼稚園界に役に立たないことなんてない。 幼稚園界は総合教育そのものだから当然といえば当然だけど、どこの業界でもそうかもしれないな~?
2005.01.04
昨日の続き。 目標設定して計画的に達成していくことに、私はどうしてこんなに違和感を感じるのだろう、と思いつつ、「スロー・イズ・ビューティフル」(辻信一)を読んでいたら、こんな一節があった。 我々の現代社会は「準備社会」だ。そこでは、人々がいつも将来のための準備に忙しい。胎児は生まれた後のために胎教を施される。幼児はいい幼稚園に行くために準備し、幼稚園児はいい学校に行くために準備する。小学校ではいい中学を、中学ではいい高校を、高校ではいい大学を目指して準備に忙しい。いい大学はいい就職をするためのものだし、いい職場は自分たちのいい老後と、子どもたちのいい教育を確保するためのもの。そのいい教育はもちろん彼らのいい就職を準備し、そのいい就職は親の老後がよりよいものになるのを助けてくれるだろう。 「今」はまるで、いつ行っても予約でふさがっている歯科医みたいだ。 今まで、自分でもずっと目的に向かってがんばってきたと思う。 目標の高校、目標の大学に入れるように、希望通り就職できるように。就職したら今度は早く一人前になれるように、結婚して子どもができたら仕事と家事と育児が両立できるように、その上趣味でやってることも続けていきたい…。 特に仕事を始めてからは無我夢中で、忙しくて人生の目的なんて考える暇もないほどがんばってきて、はっと気がついたら何もかも手に入れちゃったような気がした。 仕事も家族も家も友達も趣味も持っていて、それぞれが大切。欲しいものはすべて持っているし、あるがままで十分に満足してるから、これ以上がんばって何かを手に入れようとは思わない。これ以上未来のためにがんばらなきゃいけないとは思えない。 もちろん、もっとこうしたいああしたいっていう思いはある。やりたいことが何でもできるようなお金も時間もあるわけじゃない。 子どもたちの将来は心配だし、家は古くなってきたし、趣味を楽しむ時間もほしいし、仕事のストレスも大きいし、もっとお金もほしいし、外国で暮らしてみたいし、友達とも会いたいし、新しい車も欲しいし、本も読みたいし、体力もつけたいし、もっといい教師になりたいし、人間的にも成長したいし…。 でも、今のままでも生きていくには十分だ。もういいかげん立ち止まって、今の生活を楽しみたい。 私が、目標を数値化して目標に向かって邁進することに、どうしても違和感を感じるのは、「今の私じゃダメだ」という気持ちにさせられるからだと思う。今の私はまだ完全じゃない、もっと向上しなければ、もっとすばらしい人生を目指さなければ…。80点を取ったのに100点じゃなきゃダメだと言われた子どものように。 現代社会は数々の否定の上に成り立っている。その中でも特に重要なのが、「今の自分」の否定。教育でもマスメディアでも「今の私は(少なくとも充分には)良くない」と思わせるようにぼくたちを仕向ける。そのメッセージはこんなふうだ。「君はそれなりにやっている。しかしそれで充分だと思ったら終わりだ。よりよい明日があり、よりよい誰かがいるのだから。」 そこでは「今、ここ」は必ず乗り越えられなければならない、と感じられている。なぜならそれは乗り越えられるためにこそあるのだから。明日は今日より良くなければならない、というわけだ。(スローライフ100のキーワード) 今持っているものを慈しみ、大切にするだけでも、十分に時間がかかる。残りの人生で足りないくらいの。 現状維持で向上心がないって思われるかもしれないけど、無駄な時間を排除して目的に向かってまっしぐらに生きるのではなくて、「今、ここ」で、スローに、非効率的に、今年は暮らしてみようかな、と思う。
2005.01.03
新年なので、今年の目標など考えながら、やりたいことや実現したいことをたくさん考えてみた。 ここでは恥ずかしいのでとても書けないけど(^^;)、一生かかってもできそうにないことや、今年中にできそうなこと、抽象的なのや具体的なのまで、思いつくままに書いて何十個も…。 目標っていうのは、「SMART」でないといけないという。 S…Specific (具体的) M…Measurable (計測できる) A…Action-oriented (行動を促す) R…Realistic (現実的) T…Timely (タイムリー) (ハイラム・W・スミス「TQ」より) …で、目標を立てて年・月・週・日とブレイクダウンしてダイアリーに書いたりするわけ。今流行の熊谷正寿さんの本も同じような感じ。 目標を常に意識して日々達成していくというのは気持ちいいし、楽しいんだけど、なんかどこかで違和感を感じるところもある。 そういう時間活用術が、多くの場合男性、女性でも仕事で成功している人に書かれていて、そもそもビジネス向きだっていうせいもあるのかな。 「数値化できない目標は『実行できない』とイコール」とカルロス・ゴーン氏は言ったそうな。 仕事に関することならとても有効な方法だと思うんだけど、プライベートではどうしても違和感を感じてしまう。 たとえば、「読書したい」だと、「本を年に○○冊読む」とか「一日に30分は読書する」っていう目標設定になるんだろうけど、何だか違う…と思う。 「家族との時間を大切に」だったら、「年に一度は旅行に行く」とか「毎日30分は一緒に遊ぶ」とかになるのだろうか?(^^;) 私だけかもしれないけど、そういう計画を立てると、いきなりお仕事モードになってしまう。できたらチェックマークを入れてはいできあがり、みたいな…。 目標達成を目的にせず、それまでの過程を楽しむ、ということができればいいんだけど、ついつい「最短距離で効率的に達成」できるようにがんばってしまう。 そもそも、人生って、目的に向かってがんばらないといけないものなのかな? 学生や若い人たちが、将来のために目標を持ってがんばるのはいいことだと思うのだけれど、この年になると(^^;)、がんばりたくなくなってきた。 今あるがままに満足し、今以上に何かを手に入れようとは思わない、それじゃいけないのかな? 明日に続く。
2005.01.02
お正月は特に何もせず、怠慢を決め込んでいる我が家。 両方の実家も近くていつでも行けるし、初詣も混むから明日かな(^^;)。 でもお雑煮とお屠蘇とおせち料理は用意する。日本の伝統は守りたいので。 …といっても、私が作るのはおせち料理のほんの数品だけで、あとは実家からのおすそわけや市販のものを詰め合わせるだけなんだけど(^^;) この頃は、うちの近所のスーパーも、年末年始といえども営業時間はいつもと同じ。どこのお店もたいてい開いてるし。 お正月だからといって何にも買い込む必要がなくなってしまった。 それって寂しい。私の子どもの頃、三が日はどこもお休みで、町が静かで、不便なんだけど「お正月だな~」という雰囲気だったのに。今は、まったくいつもと同じじゃない! お店が開いているのは便利だけど、お正月くらい、みんなお休みすればいいのに。働く人たちだって、お給料がたくさんもらえるのかもしれないけど、家族と一緒に過ごした方がいいだろうに。 この不景気に、そんなのんきなことを、って叱られるかもしれないけど、なんか大切なものを見失っている気がするな~。
2005.01.01
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