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近所に住む私の伯父さんからSOSがあって、パソコン指導に出かけた。 伯父さんは一人前に最新式のパソコン、最新式のデジカメを持ち、ADSLの常時接続にもしている。でも、悲しいことに使いこなせない(^^;) 友達からメールが来たので返事を出したいんだけど、返事を書いてもどこかになくなってしまったり、同じものを何度も送ってしまったりするのだという。(^^;) 退職後の趣味にはいいと思うけど、習得はなかなかだわね~。 この伯父さん、元教員で、退職後の今は、とある教育センターに勤めている。そこで報告文書を整理したりしているのだけど、せっかくエクセルで入力しているのに、同じ文字を何度も入力したり、手動で並べ替えたりしているというので、めまいがした(^^;) 「同じものはコピーして貼り付けたらいいよ。」とか 「あいうえお順でも年月日順でも、自動的に並べ替えはできるのよ。」とか言うと 「若い人に聞けばいいんだけど、何度も聞くのが悪くて…。」だそうだ。 せっかく教師生活40年の経験があるのだから、パソコン仕事は若い人に任せて、経験を生かした仕事だけすればいいのに…と思ってしまう。もちろんいつもは経験を生かした仕事をしているのだろうけど…。 昔は、年配の人は豊かな経験と知恵を持ち、尊敬されたけれど、今では急速な科学の発展のため、すっかり取り残されてしまっている。そういう社会って、進歩って言えるのかなあ?と疑問に思ってしまう。 年配の人が経験を生かし尊敬される社会、年を取っただけ敬われるような社会でなければ、みんな、年を重ねることが嫌なことだと思ってしまう。誰でも年は取っていくのに。 私も、20年後はついていけなくて取り残されているのかな…。
2004.10.31
今週で10月も終わり。今日はとても寂しい最後の日なのだ。 3歳児クラスには担任の私の他に一人補助の先生がついていたのだけど、その先生が11月からいなくなる。10月まで国の補助金が出ていたのが切られるので、退職させられてしまうのだ。 あと半年、市からお金を出して雇ってほしいと要望はしているのだけど、市は「財政難」の一点張りでダメ。さらに、来年度からは国の補助金も出ないそうで、3歳児は全く一人だけで担任することになる。 恐ろしい話だ。たとえ天才的なカリスマ教師であっても、3歳児を一人担任なんて、子どもの安全が守れそうにないと思うのに。 愚痴はともあれ、今日はそのY先生のお別れ会をした。 お母さん方が企画してくれて、ちょっとした文集を作って渡したり、一人一人花束を渡したり…。とても心がこもっていて、Y先生も感激していた。 だけど、肝心の子どもたちは、どーもよくわかってないらしい。 「お別れ会をするから集まって~。」 と声をかけても、 「誰のお別れ?」「Y先生、もう帰るの?」 と言う子はまだましな方で、ほとんどの子は「???」な感じ。 そりゃそうだろう。今日はまだY先生が目の前にいるし、ずっといるのが当たり前だったんだから、「今日で終わり」と言われても、ピンと来ないよね~。 2、3日たって、「あれ?そういえばY先生いないな~。」と初めて気が付くくらいなものかもね~。(^^;) 基本的に、幼稚園の先生というのは、きれいに忘れられてしまうものだと思う。私自身も、「幼稚園で砂遊びしたな~」くらいは覚えているけど、先生のイメージはおぼろで、名前さえ覚えていない。 こんなに毎日一緒に過ごして、抱っこしたり甘えたり、いっぱいお話もしたり、お母さんがいないところで先生だけを頼りに生活しているというのに、忘れられてしまうのだから、悲しい存在だなあ…と思わないでもない(T-T) そのへんは、小学校の先生っていいなあと思う。記憶に残るから。 でもまあ、記憶がおぼろなだけに、ぽわーんと優しくてきれいなイメージだけが残ってくれると思えばそれもいいんだけど(^^)。
2004.10.29
クラスに、連絡事項が伝わらない親が数人いる。 私の幼稚園では、毎日おかえりの時に、保護者全員に1日の様子を伝えたり、連絡事項を伝えたりすることにしている。 ほとんどのことは園だよりに書いてあって、別に言わなくてもいいのだけど、確認の意味で「明日は○○を忘れずに持ってきてください。」とかいうことを伝える。 全員の前で言っているのに、必ず忘れる親がいる。「明日は水筒を持ってきてください。」と言ったのに忘れたり、「いもほりの日は長靴を持ってきてください。」と言っているのに忘れたり…。 忘れるのはいつも決まったメンバー。しみじみ、「話を聞いていないんだな~。」と感じる。よそ見して聞いていなかったり、隣の人とおしゃべりして聞いていなかったりするんだろう。 その時聞いていなかったとしても、園だよりを読んで確認すれば忘れるはずはないんだけど、それもしないらしい。 まあ、こちらも数人忘れることは想定しているので、幼稚園のを貸すなどして対応するから、そんなに困ったことにはならないんだけど…。小学生なら忘れ物をして困るのは本人、ということでいいけど、3歳の忘れ物はほとんど親が悪いので、かわいそうだし。 だけど、そういう親の子どもはというと、やっぱり、というか、先生の話を聞かない。みんなに話をしていても、おしゃべりしたり、よそ見したり、遊んでいたりする。 「人の話を聞く」というのは、日常生活に必要なことだし、人間関係の基本だし、とても大切なことだと思う。勉強するのにだって、一番大切なことだ。 そして、それをどうやって子どもに身につけさせるかというと、親自身が「人の話を聞く」ということが一番。子どもの話を聞く、家族の話を聞く、友達の話を聞く、先生の話を聞く…。自分にそれができないのに、子どもにいくら「先生の話を聞きなさい」と言ったってムダ。 子どもは親の言うように育つのではなくて、親のするように育つ…というけど、親子をたくさん見ていてほんとにそうだな~と思う。
2004.10.28
昨日、セキがひどくて夜眠れなかったので、と言って一人欠席した。 その子のお母さんが、今朝電話をかけてきていわく、 「先生、うちの子、昨日夜もセキであんまり眠れなかったんです。夜は咳き込むんだけど、昼は元気なんですけどね~。幼稚園には行かせたいんだけど、無理してまたひどくなったら困るし、大事をとろうかと思うんです。でも、昼は元気だから、行かせようかなとも思ったりして。あんまり長く休ませたくないし、大丈夫かなとも思うんですよ。どうしましょう、先生。」 どうしましょうと聞かれてもわからん~!! (私は優しい先生なので?言いませんけどね。) 実際に言ったのは、 「そうねえ、来てほしいけど、無理してかえって長引いてもかわいそうだし。無理のない程度ならいいかしらね。お医者さんはどう言われてました?」 「あ、聞きませんでした。」 (私に聞く前に医者に聞けよ~~!) 「じゃあ様子を見て来れるようだったら来てね。遅れてきてもいいから。まあ無理しないように、お大事にしてくださいね。」 「どうしようかなあ、じゃ様子を見てみます。」 ということになったけど…。 自分の子どもを欠席させるかどうか、先生に相談する親は実は珍しくない。 登園しぶりなどで行くかどうか迷っているのなら相談にのるけれども、風邪をひいてるとか微熱があるとかいうときに、「どうしましょうか」と聞かれても困る。医者でもないのに容態はわからないし、「来てください」なんて責任もって言えるわけがない。医者でも言えるのかどうか。 そういうことは親が責任もって判断するべきことだ。 そんなささいな決断さえできないほど子育てに自信がないのか、決断した後で「行かせればよかった」「休めばよかった」と後悔するのがいやなのか、夫さんに相談しないのか相談にのってくれないのか、単なる優柔不断な性格なのか(^^;)、何にせよそういう時はこちらも困る。
2004.10.27
幼稚園のテラスにスズメがぽとん、と落ちてきた。 ガラス窓に激突して、頭を打ったらしい。まだ温かく柔らかい。 わーっと駆け寄る子どもたち。「スズメだ!」「死んでる!」「お墓作らなきゃ!」 でも、まだ温かいし、「気絶してるだけかもしれないのに、埋めたらいけない」ということになり、スズメは子どもたちに一日中見守られることになった。 「目が覚めるかもしれないから、そっとしておこうね。」とテラスの小さな机の上に布を敷いてのせておいた。 こういう非日常なめずらしい事態となると、子どもたちの興味は尽きない。一日中、入れかわりたちかわり、子どもたちが様子を見ていた。 ただ布にのせられていただけだったのが、お布団が掛けられたり、そのお布団の回りが折り紙細工で飾られたり、だんだんと死の床が豪華に…(^^;) たびたび議論も白熱する。 「誰がお布団かけたの?苦しいかもしれないじゃない!」 「寒かったらいけないからだよ!」 「さわったらダメ!そっとしておかないと、目が覚めないよ!」 「なでてあげてるだけでしょ!」 という看護に関する議論。 「きのう、台風だったでしょ、だから、風に飛ばされて、ここに来たんだよね。」 (台風は一週間も前なんだけど…(^^;) 「空を飛んでたら、あそこに当たって、あそこに当たって、それからあそこに当たって落ちたんだよ。」 (まるで見ていたような…。) 「え~っ、違うよ、エサを食べていたら、毒が入っていたんだよ。」 という死因に関する議論。 「これはお母さんだよ!」 「どうしてわかるの?」 「だってお母さんだもん。」 「え~、ちがうよ、赤ちゃんだよ!」 という根拠のない議論。 これだけ多くの子どもたちに回復を祈られ、お見舞いされ、死んだことに納得がいったら明日は手厚く葬られるだろうスズメさんは、不幸な事故死とはいえ、死に場所としてはまあまあだったのでは…。(ありがた迷惑かな?)
2004.10.26
幼稚園でバザーがあるので、不要品と一緒に私の手作りのお人形を持っていった。 それは10年くらい前に作ったウォルドルフ人形で、わざわざ通信販売で材料を取り寄せ、精魂込めて作ったとても可愛い人形。私自身、とても気に入っている。 でも何で手放すことにしたかというと、わが家には誰もそのお人形を可愛がってくれる人がいないからである(T-T)。 もともとは娘のために作ったのに、うちの娘、男兄弟にはさまれた真ん中で、全然女の子らしいものに興味がない。 私は、娘が生まれたときには女の子ができたのがうれしくて、女の子っぽいもので遊びたかったのに…。リカちゃんも買ったし、お人形も作ったし、ドールハウスの家具もそろえたし…なのに、娘はお兄ちゃんの後を追いかけてロボットで遊んでお人形には興味なし。 フリフリの可愛い洋服も着せたかったのに、女の子らしい服は嫌いで、お兄ちゃんのお下がりか、地味な色の服しか着ようとしないし…。 今でも、ジーンズに男物のTシャツで少年マンガを読んでいる娘である…(T-T) それはそれでいいんだけど、私の、母としての少女趣味は満たされないままに終わってしまったのであった…。 そんなわけで、私の可愛いお人形をバザーで売ろうとしたところ、他の先生たちが「もったいない」と言って、幼稚園の棚に飾られることになった。まあ、うちの押入で眠っているよりは、お人形も子どもたちに可愛がられて幸せなことだろう。
2004.10.25
アドラー心理学の「カウンセリング講習会」に行ってきた。アドラー心理学のカウンセラーになるのはものすごく難しいので、私はなろうなんて大それたことは考えてないんだけど。でもよくお母さんの相談に乗ったりはするから、勉強になる。 講師の先生が解説付きでデモンストレーションを見せてくれるんだけど、あまりにも見事。 観客もみんなそう思って「どうしてわかるんですか?」という質問が。「もう30年もやってますからね、訓練ですよ。」 私は30年やってもできそうにないな…(^^;) とはいえ、私も今の仕事を20年近くもやってるわけだから、人から見て、どうしてそんなことができるんだろうと感動されるくらい見事な仕事をしなきゃいけないなあと思った。恥ずかしいことにまだまだだわ~(^^;)
2004.10.23
今日は遠足。 行き先は、近くの農業高校。いかにも土地柄って感じだけど、農業高校の牛、豚、やぎ、羊などを見せてもらう遠足。まあ、遠くて高い動物園より、近くてタダの農業高校ってことで(^^;) 勇気のある子は牛をなでたり、えさをやったり。うさぎやモルモットを触らせてもらったりもして、喜んでいた。 子どもたちが見学していると、高校の女の子たちが手を振ってくれた。子どもたちが愛想よく手を振り返すと、 「キャー、手を振ってるわよ~!」 「手を振ってる~!かわい~い!」 そりゃあ、子どもって、手を振られたら振り返すよね、ふつう…(^^;)。 そんなに子どもがめずらしいのかな~? 高校生が野菜を洗う作業しているところを、珍しそうに子どもたちがのぞきこんでいると、「どこから来たの?」「何歳?」と女子高生たちが質問攻め。 子どもたちが「3歳」とか「4歳」とか答えると、「キャーッ!3歳だって~!!かわいい~っ!」「見て見て、この子、めちゃくちゃかわい~っ!」「小さい~っ!お人形みたい~っ!」と大騒ぎ。 そこを離れていくときも、「○○く~ん!」「○○ちゃ~ん!!」と後ろから黄色い叫び声が聞こえた…。 なんか、アイドルになった気分?! 可愛く思ってくれるのはいいんだけど、なんかオモチャと勘違いしてないかな~?って感じ。あの高校生たちは、幼児と接する機会など全くなくて、子どもというのは歩いてしゃべるミルク飲み人形みたいに思っているのかもしれないなあ。 一目で「可愛い」と言われる子もいれば、そうでない子もいるわけだし、子どもの気持ちなんてあると思っていないのかしら。 3歳や4歳の子どもたちも、高校生と全く同じように、友達関係に悩んだり、自信を持ったり失ったり、人のために働いたり、できないことに挑戦したりする、立派な一個の人間だ。 私なんて、「可愛~い!」という感情よりも、対等の人間として子どもたちと付き合ってるんだけどな。 あの高校生たちが自分の子どもを持ったとき、「可愛いだけの赤ちゃん」と思っていたら大間違いで、現実とのあまりのギャップに呆然とするのかもしれない。
2004.10.22
MちゃんとKちゃんは、とっても仲良し。 1学期はそうでもなかったのに、2学期になって、MちゃんがKちゃんのことを大好きになったらしく、ず~っとくっついている。 朝登園してきても、Kちゃんが来るまで、部屋に入らずに待っている。 出席ノートにシールを貼るのでも、MちゃんはKちゃんが貼るシールと同じのを貼ろうとして、自分が先には絶対貼らない。 Kちゃんが画用紙で何か作っていると、色も形もまったく同じ物を作る。 おやつやお弁当の時は、絶対に隣に座ろうとする。 たとえ、Kちゃんがたまには他の人と座りたくても、譲らない。 お弁当の内容は当然違うけど、なんとKちゃんとまったく同じように食べ物を口に運ぶ。 ここまでするとストーカーだよなあ、と思うけど、ふたりは仲良しだ。 たまには、Kちゃんが「まねしないでよ~。」と言うこともあるけど、基本的には気にしてないみたい。 ちなみに、MちゃんとKちゃんはかなり性格が違うというか、正反対と言ってもいい。きっと、Mちゃんは、自分とは違う行動をする人間を見て、すっごく「素敵だな~」と感じたんだろうなあ。 大人だって、「あの人みたいになりたい」と思って密かに真似してみたり、自分なりのアレンジをして真似したり、数限りない模倣を繰り返しながら、その中で自分の個性も作ってきたんだろうなあ。 いいことばっかり真似するのでなくて、時には悪いことにも憧れて真似しちゃったりとか…。 何にせよ、あこがれの存在があるのはいいことだよね。 私も、憧れられるような先生でありたいから、いつも素敵でいなくちゃ。 (年が違いすぎて無理かしら?!)
2004.10.21
台風のため臨時休園になってしまった。 先生は休みじゃないので、事務と会議ざんまい(^^;)…はかどった。 昨日、飛びそうなものは全部、中に入れるとか固定するとかして帰ったんだけど、今日見るとやっぱりちょっとしたものが飛んでいたりして、暴風雨の中を見回りするはめになった。おかげで職員全員、全身びしょ濡れ(^^;) おまけに、玄関の天井が雨漏り。 園長先生に報告すると、小学校からレインコート姿で飛んできてくれた。 園長先生、おもむろに天井のパネルをはずし、どこから漏れているかをチェック。それはいいんだけど、はずしたばっかりに水を含んだパネルがポロポロはがれて、元に戻らなくなってしまった(^^;) 事態がよけい悪くなったんじゃあ?! まあ、教育委員会に電話して修理を依頼してくれたからよしとしよう…。 「屋根に異常があるのかも。屋根の上に上がる上がり口はどこですか?」と言われたときには、「この暴風雨の中を屋根の上に上がれっていうのかい?」と一瞬青ざめたけど、それは断念してくれた。 今日みたいな日に屋根の上に上がったら吹き飛んじゃうかもしれないもんね…。 そんなこんなで勤務時間が終了し、家に帰ると家も雨漏りしていた(T-T)ひえ~。
2004.10.20
今日は夫の誕生日。 今日は早く帰ってケーキを焼こうと思っていたのに、忙しくて1時間残業してしまい、帰ってアタフタとケーキ作りに取りかかった。娘と2人がかりで、夕食と同時進行。 買ったばかりのデロンギのオーブンのおかげで、焼き時間は半分に短縮!無事にシフォンケーキが焼き上がった。 お店のケーキも大好きだけど、記念日にはなぜか手作りでケーキを作る気になってしまう。なぜかな~? 35歳くらいまでは、年の数だけローソクを立てていたけど、さすがにローソクを刺して火をつける作業が大変すぎるようになってきて、最近大人の分はローソクなし(^^;) 末っ子いわく、「僕の誕生日はまだ?!どうして僕の誕生日はなかなか来ないの?!」 そんなこと言ったって、みんな誕生日は平等に一年に一度しかないもんね~。 年を取るのは嫌だけど、誕生会はいくつになってもわくわくするな~。
2004.10.19
近くの保育園の運動会に行ってきた。 全然関係ないのに行くのもはばかられるけど、元教え子の弟がいて、お母さんが「見においで~。」と言ってくれたので、喜んで出かけた。 そこは私立で、早期教育とかいろんな特色を売り物にしている。鼓笛、和太鼓はもちろん、英会話、短歌の暗唱、硬筆、はだし、はだか保育、なわとび、鉄棒、何でもあり。「よだれかけをしている赤ちゃんが鉄棒をぐるくぐるん回っている」とか、歩けないのになわとびを跳んでいる、とか、とにかくすご~いところだと聞く。 運動会でも、鼓笛隊や和太鼓などみどころ満載。逆上がり、一輪車、竹馬など全員でやっているのもすごい。 私でも覚えられそうにないような複雑な動きやリズムなのに、指の先から足の先までそろっていて、間違える子なんていないし、はあ~、うちの幼稚園じゃ考えられないわ。よほどすごい練習を長いことしてきたのね~。 子どもって、やらせれば何でもできるんだなあと思う。 やらせれば何でもできるということはわかっていても、それをあえてやらないのがうちの幼稚園の教育方針であり、見栄えよりもあくまでも「体を動かすことの楽しさ」を感じさせることを運動会の目的にしている。 私個人も、教師としても親としてもあんなすごい「芸」を幼児のうちから身につけてほしいとは思わない。苦しい練習に耐えてまでそんなことする必要があるとも思わない。私自身の子どもはそんな園には入園させたくない。 でも、そんな園が悪いとも別に思わないし、それが合ってる子もいるし、それはそれでいいんじゃない、とも思う。苦しい練習を耐えるのも、いいとも悪いとも言えない。 だって、人生にたいした違いはなさそうなんだもの(^^;) 私の住んでいる学区では、その「早期教育保育園」と公立の「自由保育幼稚園」が二大勢力。(うちの子はどちらでもない隣の保育園だったけど) 10年小学校に通って子どもたちのクラスメートを見ていると、「早期教育保育園」の子が成績がよくて運動能力にも優れている、ということもなければ、自由保育の方がいい、ということもない。厳しい練習に耐えてきた子たちが授業態度もよい、ということもないし、自由保育だから主体的にやっている、ということも別にない。早期教育やらされてきたから人間性に悪影響があったか、というとそんなことはないし、自由保育だからどうこうということもない。 それを見ると、幼稚園や保育園の教育方針なんて、あんまり関係ないんだな~と思ってしまって、むなしいような安心するような…(^^;) もちろん、虐待とか、放任とか、ひどいところは問題外だけど、どんな教育方針であれ、それをどんなふうに生かしていくかは子どもと親次第ってことかな。
2004.10.17
運動会は、晴天に恵まれて、無事終了。 私のクラスの3歳児ちゃんも、うれしそうにみんながんばった。 1人転んで泣いたけど、血も出てなくて10秒後には立ち直ったのでOK。 私の中では、十分大成功だったし、園長先生や来賓の方も「すごく可愛かった。ちゃ~んとまとまって一生懸命やっててすごい。」とほめてくださった。 そりゃあ、中には、体操の最中に、踊るのも忘れて客席をぼ~っと見渡したり、万国旗を見たり、客席に手を振ったりしてる子はいたけど、そんなのはごく自然なことだし、可愛いもんじゃない?最初から最後までぼ~っとしてたわけじゃないし。 お母さんたちにも、「大勢のお客さんの前に出てきただけで成功だし、何かできたら大成功」って言ってある。 それでも、お母さんたちの中には、悪いところばかり見る人がいるんだよね~。 退場するなり、 「Kくん~!あんた、ぼ~っとして何にもやってなかったじゃない!」 それはないでしょ? 時々ぼ~っとしてたけど、ちゃんと手を動かして体操してたじゃないの~? 誰だって本番は緊張もするし、ましてや3歳児、「わあ、たくさんお客さんが来ているなあ、お母さん来てるかな。」なんて考えていたら、当然手は止まる。 できているところを探さずに、できてないところばかり探して責められたら、どんな気持ちがするだろう。自分だってそんなことをされたらいやだろうに。 友達にはきっとそんなことしないのに、どうして自分の子どもにはするのかなあ? そんなふうに言われて「よし、今度はがんばろう!」と思うかな、それとも「せっかくがんばったのに…。」とがっかりするかな、考えたらわかるでしょ。 まあ、ほとんどの人は、「○○ちゃん、上手にできたね~。がんばってたね~。」とほめてくれていたんだけどね。 帰る時にはさんざん、「今日は、と~ってもみんながんばっていました。お客さんの前でこれだけできたらすごいと思います。上手にできたところ、がんばっていたところ、いっぱいあったと思いますので、お家でしっかりほめてくださいね!!」と保護者の方々にしつこくお話ししておいた(^^;)
2004.10.16
明日は幼稚園の運動会。 年中、年長組の子どもたちの出来は上々。本番でもきっと上手にできるだろうなと思う。 年少組の私たちはというと…。 実際、すごく上手になった。「並んで歩く」とか「順番に走る」とか、いつになったらできるのだろうと思っていたけれど、すっかり上手になり、カンペキ!(ほんとか?(^^;) リズムの方も、一人一人が喜んで踊ってるし、とても可愛い。 でも、本番ではどうなることやら…。きっと、うれしくてはしゃいでしまうだろうなあ…。はりきりすぎて転びまくったりして…(^^;) 補助の先生 「明日、いつも通りできるといいですねえ。」 私 「ハイになって、何するかわかんないもんね。 でもまあ、何やっても愛嬌だから、笑ってすまそうね~。」 「そうですね~。」 「3歳が立派すぎると、大きい組の立場がないしね~。」 「そうですよね~。」 何にもできなくても、可愛さで勝負だ!(^^;)
2004.10.15
小学校の先生っていうのは、ほんとに幼稚園のことがわかってないなあ、と思うことが多々ある。 たとえば保健の先生。 隣の小学校から昼過ぎにてくてくと来られて、「これ、保健委員会からのおたよりです。今日の日付にしたので、今日配ってください。」 今日?! そんなこと言われても、幼稚園には、そのおたよりをクラスの人数に分けたり、自分でお手紙が折れない3歳児のために四つ折りにする人もいないのである。 で、どうなるかというと、「も~っ!これ今日だって~。お願い○○先生!これ、うちのクラスの分折ってくれる?ごめんね!!」ということでバタバタとあわてふためく。 たとえば教頭先生。 朝、電話をかけてこられて、 「行事のおたよりを今印刷しているんだけど、小学校に兄姉がいる人には配らなくていいので、小学校に兄姉がいない子の人数を教えてくれる?」 「今、保育中ですので、即答はできません。のちほどお知らせします。」 と言って電話を切る。 が、1時間ほどたってまた、 「今印刷していて、今日のうちに配りたいんだけど、人数はまだ?」 保育中だって言ってるだろうが~~!!名簿見て数えているヒマなんかないんだよ~!!こっちは休み時間なしで6時間ぶっつづけの「授業中」なんだよ~! (…とは言いません。もちろん。思うだけ。) たとえば校長先生(兼園長先生)。 子どもたちと一緒におやつの準備をしている私のところに来られて、 「まりか先生、この書類、お世話になりました。 園長印を押しておきましたので、教育委員会に出してください。」 と言って、私の担当の提出書類を渡してくださった。 私、「はい、ありがとうございました。出しておきます。」 と受け取り、書類を片手に持ったまま、 「○○ちゃん、テーブルふいてくれる?ありがとう。○○くん、椅子は両手に持って運ぼうね~。○○ちゃん、手が濡れてるよ~ハンカチでふこうね~。」 さすがは園長先生、察しがよろしい(^^;) 「先生、ごめんなさい、職員室の先生の机の上に置いておくわ。」 と言って書類を再び私から取っていかれた。 保育中に、私が職員室に書類を持っていくヒマなんかないの、おわかりですね。 で、保育が終わって職員室に戻った私。 「あれっ?私の書類知らない?園長先生が置いててくれたはずなんだけど…。」 隣の先生の机に置いてあった。 それは私の去年の席だよ…。
2004.10.14
今日は1人「起きないんです。」ということで欠席だった。どうしても起きないんだそうな。 体の具合が悪いのでなかったら、起こせよ~~!!と思ったりもするが、もちろん言わない(^^;) まあ、たまのことだからいいけど…。 3歳児も、お疲れなんでしょうかね。 私はわりと早起きだと思う。 だいたい5時頃起きているし、お休みの日にも、よほど朝寝したい気分の時以外は、6時頃起きている。 仕事から帰ると、夜はくたくたに疲れていて何もできないけど、朝は元気なので、いろんなことができるから、早起きするのは大好き。 息子のと自分のとお弁当を作ってから、カフェオレボールにたっぷりのテ・オ・レを入れて、ネットを徘徊したり、読書したり、庭の手入れをしたり、部屋の模様替えをしたりする。 家族が起きてくる7時頃までは、誰にも邪魔されない私ひとりの静かな時間で、できるだけ早起きしたい。 ところが問題は…低血圧のためか、単に根性がないのか、目が覚めてから起きあがるまでに、なんと1時間近くかかってしまう。 目が覚めるのは4時頃なのに、ふとんから出て階下に降りてきたときにはすでに5時(^^;) その間何をしているかというと、お布団の中でぼ~~っとして30分、お布団の上に座り込んでぼ~~っとしてさらに30分。 その時間、思考はかなり暗い。その日の保育がうまくいきそうにないと悩んだり、過去の失敗をつらつら思い返したり、みんなが私を信頼してくれていないような気がする。 なんという時間のロスでしかも暗い時間、と思うけど、ほんとに頭と体が動かない。 決心がついて「よっこらしょ~~!!」と立ち上がってしまえば、もう気分は晴れ晴れ。元気いっぱいで、楽しい朝の時間を過ごし、張り切って幼稚園に向かうのだけど。 なんとかすっきり元気に目覚めてすぐ起きあがれる方法はないかなあ。ちょっと前「半身浴」をしていたけど、夏は暑くてやめていたから、また始めようかなあ…。
2004.10.13
入園2日目の途中入園くんは、ワンパクぶりを発揮している。 「上靴をはこうね。」とか「カバンをロッカーにしまおうね。」とか指示めいたことを言うと、猛反発して、先生を殴る、蹴る、ひっかく…。止めるお母さんを殴る、蹴る…。 家でもお母さんに全く同じような状態だそうな。「うち、家庭内暴力でもうノイローゼなんですぅ~~。」と言われていた(^^;) 私に向かってさんざん殴ったり蹴ったりばかりしているので、お母さん(親子通園で一日中そばにいる)は、「すみません、すみません、ほんとにすみません…。もうっ!!○○ちゃん!先生に向かってなんてことを!やめなさいっ!やめなさいったら!!」 と、恐縮しまくり…(^^;) 「こんなの、ちっともかまわないのよ~。入園したばっかりの時はみんなこんなものよ~。」 と言っても、 「でもうちの子は激しいから…先生すみません!!」ばっかり。 どっちかというと、気にしないでいいから、いちいち大騒ぎしないでほしい…。よその人を殴ったら謝らなきゃいけないけど、私の場合は仕事だし。 「大丈夫、しばらくやったらおもしろくなくなってやめるから。やめなさいとか痛いとか大騒ぎするとおもしろいからするの。この人にやっても反応ないからつまんないなあと思えば、しなくなるわ。」 「はあー、そういうもんなんですかあ。」 「そうそう、だから平気な顔していればいいの。お母さんも謝ったりなんかしなくていいわ。」 「そういうもんなんですね~。」 これが中学生の暴力だったら、私もご勘弁だけど(^^;) 殴ったり蹴ったりしているときには別に気にしない顔をしておいて、遊んでいる時に楽しくつき合えば、叱ったり叱られたりせずに仲よくつき合えるし、この人の言うことなら聞こうかなって気持ちにもなってくれると思う。 まだまだ、つきあいは始まったばかりだけど。
2004.10.12
うちの学区が市民体育大会に参加するということで、小学生リレーにかり出された末っ子を連れて、県営陸上競技場に行ってきた。 うちの子が3年生代表だなんて何かのまちがいだと思うけど、運動会の前に取ったタイムがたまたまよかったらしく…他の学年はいかにも速そうな子ばっかりだけど、まあいいや、お祭りみたいなものだもんね。 運動音痴のわが家にとっては、陸上競技場なんてまるで縁がなかったので、広いトラックを見て「うわー!」と感動、何万人も座れる観客席を見て「うわー!」と感動。 この競技場、できたてほやほやで超豪華。(財政難なのになぜかそういうお金はあるらしい(^^;) トラックは500メートルで、末っ子は「一周走るの?!」なんて心配していたけど、小学生リレーは50メートルずつ走るだけ。観客席から一生懸命見ていたものの、遠くて豆粒のようだし、あっという間に終わってしまった(^^;) でも、この先あの陸上競技場で走れるなんてきっとないだろうから、いい経験をさせてもらったと思う。「あそこで走れるなんて一生に一度のことなんだよ~。よかったね~。」と言い聞かせたけど、子どもは別にどういうこともないみたい…。 大きな学区はやっぱり強そうな感じ。体協役員がお揃いのTシャツなんか着ていて迫力。うちみたいな小さな学区は参加しているのも珍しいくらいで、選手集めも大変だっただろうなあ。お疲れ様でしたm(..)m
2004.10.11
毎年、結婚記念日には子どもを預けてディナーを食べに行く。記念日は10日なんだけど、三連休の初日がなんとなく気分がいいからということで、今日にした。 外食と言えば回転寿司かラーメン屋かファミリーレストラン、というわが家の年に一度のゼイタク(^^;) 今日は、ガーデンウェディングもできるという広々としたフレンチレストラン。 美しくておいしい料理に満足~(^^) 中でも感動したのは、スタッフの方がすごく感じがいい。駐車場に車が入ったのをめざとく見つけて、出迎えに来てくれ、案内するにも、完璧に礼儀正しい中にもリラックスしたムードで話しかけてくれて…。私たちに接することを自分が楽しんでいるような感じ。 マニュアル通りの対応ではとてもあんなふうにはならない。 あの雰囲気は長年の修行のたまものだろうけど、それでも、あんなに気持ちよく人に接することができたら、自分も楽しいだろうなと思うし、お客さんに楽しんでもらうことが嬉しいと思っていないと、できないだろうと思う。 私もあんなふうにできたらいいなあ…。子どもたちやお母さんたちに。 もちろん、子どもたちと一緒に過ごすことは楽しいし、お母さんとお話しすることも楽しい。子どもたちが楽しく遊んでくれるとうれしいし、お母さんたちが喜んでくれるのもうれしい。いつもニコニコ、リラックスして落ち着いている優しい先生でありたいと思ってる。 でも、いつもいつもはそうできてない。嫌なこともあるし、うんざりすることもある。(^^;) レストランで言えば、横柄な客も感じの悪い客もいるだろうし、スムーズにことが運ばないこともあるだろう。 それは当然だけど、それでも、そんなこともひっくるめて全部受け入れて楽しめるようになれたらいいな…。人の役に立ったり、楽しんでもらったり、喜んでもらったりすることが仕事だから。自分が楽しく仕事していないと、相手にも伝わってしまうだろう。いくら口先がマニュアル通りに丁寧でも(^^;) まだまだ修行が必要だなあ…。
2004.10.09
運動会まであと一週間。準備もたけなわ。 3歳はかけっこ(一方通行)、4歳は折り返しかけっこ、5歳は障害物競走の時に、一人一人の名前を紹介することになっている。人数の多い幼稚園ではしないかもしれないけど、うちの幼稚園は、人数が少ないので、一人一人を目立たせたいということでそんなふうにしている。 5歳はマイクで自分の名前を言ってから走るが、3・4歳は自分では言えない子もいるので、先生が言うことになっている。 その「先生が子どもの名前を紹介する」というのが、やった人でないとわからない、案外すごいプレッシャーなのだ。 なぜか、子どもの名前が思い出せない!!という事態にしばしば陥るのである。 それはもちろん名前を覚えてないということではなくて(^^;)、自分のクラスの子の、十分すぎるほど知っている名前なのに、運動会という場でいざ言おうとすると、頭が真っ白になってしまって、どうしても思い出せない! 「みっちゃん」だということはわかるのに、正しい名前がどうしても思い出せないとか、「アヤちゃん」の名字がどうしても出てこないとか、わかっているはずなのに「たっちゃん」がタツヤだったかタツユキだったかその時だけわからないとか、全然違う名前をなぜか口走ってしまうことさえある。(都はるみを美空…と言ってしまうようなもんで) で、どうするか、というと、間違えないように、さりげなく「さあ、次に走るのは…」と言いながら子どもに近づき、名札を見るのである(^^;) ところが、スターティングポーズをとっていると、腕が邪魔で名札が見えないこともある。もう、真っ青!!結局は数秒ののち思い出せるのだけど、その数秒の空白は、当人にとっては永遠である。 私だけかと思ったら、ほかの先生もみんなそうだと言う。 「ここまで名前が出てるのに、どうしても思い出せないのよね~。」 「そうなのよ、焦れば焦るほどわかんなくなって…。」 「顔はわかるのに、あ~~~もう!!って気持ちよね~。」 「そういうときに限って、腕に隠れて名札が見えなかったりするのよ!」 「そうそう!!こーんなに不自然に近づいてのぞき込んだりしてね~。」 この特定場面でのボケ症状、どうにかならないものか(^^;) ああ情けない。
2004.10.08
突然、私のクラス(3歳児)に入園希望の方が来て、明日から入園するということになった。 月の途中からでも授業料はまるまる払うことになるし、11月からにしたら?と言ったんだけど、「すぐに入園したいんです。今日にでも入園したいんです。」と言われるので、そんなに希望されるならと、用品なども全部間に合わせで、明日から来てもらうことにした。 家で1人で子育てしていると、煮詰まってしまって、耐えられなくなったのだそうだ。 わかる気がするな~。 子育ては1人でするもんじゃないと思う。 世の中は激変した。地域の教育力ももうないと言っていい。親に相談しようにも、もはや親の時代のやり方が通用するとは限らない。(もちろんいいところもあるけど)一世代前には存在しなかった悩みも多い。 こんな時代、1人で子育てなんてほんとに煮詰まってしまう。 育児に悩んでいるにせよ、悩んでないにせよ、お母さん仲間がいて、「うちもそうよ。」とか「大変よね~」とか、ちょっとしたことを話せたり、24時間子どもといるんじゃなくて、幼稚園や保育園に預けたりできるって、今どきのお母さんには、とても必要なことだと思う。 そして、親に相談というよりも、案外他人(先生など)の方が相談できたり素直にアドバイスが聞けたりするのではないかと思ったりもする。 とにかく、明日から、超元気のいい男の子がプラス1。 それから煮詰まっちゃったお母さんを救うという使命も私の肩にずっしりと…(^^;) 重いけどがんばらなくちゃ。
2004.10.07
家族で何となくテレビを見ていると、ストレスで病気になるという話をしていた。しかも、「夫が冷たい」というストレスの話題だった。 私が「そうよね~夫が冷たいと、妻が病気になるんだよね~。」と言っていると、 娘が「おとうさんはやさしいほうだよ。」と一言。 鋭い…。 実は、夫はとてもやさしいと私も思う。性格はおだやか、ちっとも怒らない。家事もよくしてくれるし、子どもの世話もする。 そうだけど、娘はいったい誰と比べて、おとうさんはやさしい方だと思うのだろう?不思議だ(^^;) でも、おとうさんのやさしいことをちゃんとわかっているのだなあと感心した。 (娘はけっこう夫とケンカしてるので…。) 確かに、私がちっとも病気にならないところをみると、「夫ストレス」はないらしい(^^;) 先日は、末っ子が私に「おとうさんが意地悪する」ということで言いつけに来た。夫は無理矢理勉強をさせるので、勉強が苦手な末っ子は逃げ回っているのだ(^^;) そしたら、娘が一言。 「おかあさんはおとうさんを愛してるんだから、言いつけたってNくんの味方はしてくれないよ。」 へえ~。なんだか照れちゃうけど、子どもにそんな風に思ってもらっているって、素敵だなあと思った(*^_^*)。 もうすぐ、結婚して丸17年になる。 子どもたちにとって、夫婦のいいモデルになれていたらいいな。
2004.10.06
去年の10月5日にホームページ開設して、早いもので一年! 決意も何もなく、クリックひとつでホームページができちゃって、飽きたらやめようと思いつつ始めたわりに、よく続いたなあと思う。 続けることはともかく、私の日常生活など公開して誰かの役に立つのかな?とはなはだ疑問だったけど、それでも多くの方に見ていただいてびっくりである。 自分だけの日記だったら、愚痴だけで終わったりしたかもしれないけど、誰か読んでくれる人がいると思えば、毎日何か楽しかったこととか、素敵なエピソードとか、探そうと思うし、愚痴でも前向きに考えようとしたりすることができた。読んでくださっている方々のおかげだと思う。 今日から2年目。この仕事は極端に言えば毎年同じことの繰り返しなので、書くことがなくなるかもしれないなあ(^^;) でもまあ、中身(クラスの子ども)が変わると、毎年同じことをしたとしても同じにはならないところがミソかな。 いつまで続くか、わからないけど、また決意も何もなく、気楽に書きたいことを書いていきたいと思う。できれば、おつきあいのほどを…m(..)m
2004.10.05
私の助手の先生は、めちゃくちゃよく気がつく人だ。 私の気持ちを察して動いてくれて、手が足りないところをさっとフォローしてくれる。おかげで、目が回りそうな3歳児ちゃんたちとの生活も何とかなっている。 でも、その気配りを子どもたちにも発揮してくれると困ってしまう。 子どもの気持ちを察して、先回りして動いてくれると困るのだ。 たとえば、みんなでお弁当を食べている。 子どものお茶のコップが空っぽになっている。 さっと立って、お茶を注いでくれるY先生。 ちょっと待った~! お茶が欲しいなら自分の口で頼まなければならないのである。 世の中では、コップが空っぽになったら何も言わなくても自動的に注いでもらえるとか、ちらりと目配せすればわかってくれるものだとか、困った顔をすれば助けてもらえて当然などと思ってくれては困る。 自分で行動しなきゃ何も起こらない。 今どきの子どもは王女様、王子様なので、平気で人をあごで使う。 「先生、お茶!」 「お茶がな~に?」 「ない!」 「何がないって?」 「お茶!」 「お茶がない?あらほんとね~。それで?」 「お茶入れて!」 「そーいう言い方だと、入れたくないなあ~。」 「お茶入れてください。」 「はいわかりました。どうぞ(^^) …どう言うのかな?」 「ありがとう。」 このくらい気が利かなくてちょうどいい。 今どき、「おい、お茶!」では上司でも反感くらうだろうに、あなたたちは今までそれで通ってきたんでしょうね。幸せなんだか何なんだか…。
2004.10.04
残念なことに、森村桂さんが亡くなったそうだ。 「天国にいちばん近い島」や結婚の話とかいろいろ読んだけど、とにかくケーキの本が好きだった。 「わすれんぼのバナナケーキ」だとか…たぶん私がケーキを作るようになったきっかけだった。 その本の中に、クリスマスケーキのエピソードがあった。 桂さんのお父さんが亡くなって、ケーキが買えなかったかなんかで、近所の方が家族のクリスマスケーキを半分切ってもってきてくれた。それはそれでありがたかったんだけど、桂さんは、家族と一緒に丸いままのケーキを切りたいと切実に思った。で、その後お店でケーキを売るときも、できるかぎりケーキには自分でナイフを入れている…というような話だったと思う。 それがすごく印象に残っていて、私がケーキを焼いた時には、いちばんに私が切ろうと思うし、丸いままのケーキを家族で食べられる幸せをいつも思う。 丸いままのケーキって、自分ひとりで食べるためにはたぶん買わないし…私はひとりで食べるためにはたぶん作らない。作るときには必ず、一緒に食べようと思う人がいたり、食べてもらいたいと思う人がいたりする。 そういう意味では、ケーキを焼くってすごく幸せなことだ。 森村桂さん、鬱病で自殺だったらしいけど、でも、ずっとケーキを焼いて、幸せだったよね…と思いたい。
2004.10.03
先週、新しいオーブン(デロンギのコンベクションオーブン)が届いたので、この週末はクッキーとチーズケーキを焼いた。 おお!すごく早く焼けるではないの!今までオーブンレンジで焼いていたのとは段違いだ!やっぱりこれにしてよかった~(^^) わが家はみんな甘党で、お菓子を作るとあっという間になくなってしまう。子どもが食べるときはそれこそ奪い合いだけど、子どもの口に入らないうちに夫婦で全部食べてしまうこともよくある(^^;) 独身の時からお菓子作りは好きだったので、よくケーキを作っていた。その時は家族5人で食べていたので「分け前」は少なかった。 結婚して、ケーキを作ったら、2人しかいないのにやっぱりすぐなくなってしまうので驚いた。2人でケーキ一個ペロリと食べてしまうとは…。 今は一応家族5人で食べてるけど、そのうち、4人になり、3人になり、最後には夫と2人だけになってしまうんだろうな~。2人だけになっても、相変わらずケーキを焼いてお茶を飲んでおしゃべりしていたいな~と思う。
2004.10.02
今日は祖父母をお招きしての参観日。 祖父母と言っても、幼稚園の子どもの祖父母は若い。40代の方など、お母さんと間違えそうなくらいだ。 プログラムの中に、ふれあい遊びがあり、子どもが次々と交代しながらいろんな祖父母の方と組んで手遊びをするというのをした。 そこで、自分の祖父母と組むのはいいけれど、交代して知らないおじいさん、おばあさんと組むことにすごく抵抗のある子もいる。 「○○ちゃんのおばあちゃんだよ。」と言っても、手をつなぐのもいやがり、泣き叫んだりする。 祖父母の方たちはみんな、子どもたちを自分の孫のように目を細めてニコニコと手をさしのべてくれているというのに、そんなに嫌がられて気の毒…と思うけど、それでも気を悪くした様子もなく、優しく声をかけてくれるのだった。 そうしているうちに、どんどん交代していくと、子どもたちもだんだん慣れてきて、シャイな様子を見せながらも、手をつなげるようになり、とうとうひとまわりする頃には、ほとんど全員の祖父母とふれあうことができた。 この頃の子どもたちの生活では、自分の家族以外の人と触れ合うというのがあまりないのではないかと思う。入園するまで家族の中だけで過ごし、幼稚園の先生が初めての他人だったりするのかも。 自分のお母さん世代の人はまだしも、それ以外の年齢の人と触れ合う機会がないのかもしれないな。 幼稚園という安心できる場で、知らない人とかかわり、最初は怖かったけど接してみたら優しかったとか、楽しかったとかいう経験ができるって大事なことなのかもしれない。
2004.10.01
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