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夫の実家に夫の兄弟家族が一同集まった。 お義母さん、お義姉さんは十数人分の食事の用意&片付け、ほんとに申し訳ないです~。 お気楽次男の嫁は、何もしておりません~。 みんな30分程度で来られるところに住んでいるので、泊まらないのが救いかも?(^^;) いとこたちは大学生から5歳児まで8人。中学生以上軍団と、ちびっ子軍団に分かれて遊んでいる。 上の子たちは次々と受験がやってくるので、親たちはもっぱら受験や塾の情報交換。 親たちは一生懸命だけど、どの子どもたちも思うようには勉強しない。 今の子どもたちは、「勉強するなんてカッコ悪い。勉強しない方がカッコいい」という価値観を持っているみたい。 私たちの時代は、勉強できる子はカッコいいなと思っていたし、いい成績がとれたらうれしいなと思っていた…と思うけれど、今の子は「成績がよくても、それが何になる?」という感じだ。 それも無理ないっていうか、今や、「いい学校を出ていい会社に入ったら幸せな人生」なんていう人生設計はがらがらと崩れ落ちているから、青春を受験勉強に費やす意味なんかちっとも見いだせないのだろう。 親は「いい学校を出たら幸せな人生」ということを一生懸命信じさせようとするけど、子どもはちゃ~んと見抜いているから信じてくれない。今の世の中を見てたらそれも無理ない。 「いい学校を出たら幸せな人生」も間違っているんだけど、だからって、それに変わる価値観を親自身が持っていないので教えられない。 勉強する意味を、学校へ行く意味を、あるいは行かない意味を自分で見つけないといけない子どもたちは、私たちの世代よりもずっとしんどいのだろうなあ…と思う。
2004.12.30
…は、うちの場合夫だ(^^;) 「いつか使うかもしれない」というものを絶対捨てない。 仕事用の本だけでなくて雑誌とかマンガとかたくさん買ってきて、夫の本だけで本棚二つがいっぱいでしかもあふれて落ちてるし、仕事の書類でも古いのが山のように…。 私も同業みたいなもんなので、絶対使わないってものはわかるんだけど、「いつか必要になるかもしれない」とおっしゃる。 絶対必要にならないって!! 自分のものはぽいぽい捨てる私だけど、さすがに人のものはぽいぽい捨てられないので、一応我慢している。 ストレスがたまるけど…(^^;) 夫は田舎のだだっ広い家育ちなので、何も捨てなくても支障なかっただろうけど、私は下町の狭い家育ちで、ものを捨てないとどういうことになるか身をもって知っている。 どちらの両親も、戦前の「ものをとっても大切にする」世代で、同じように「捨てない」主義者だけど、夫の実家は捨てなくても広々。私の実家は捨てないために「物置部屋」(^^;) 同じような両親に育てられても、環境で人は変わるのだなあ…。と思ってしまう。 うちの子はどんな風に育つのかしら…。
2004.12.29
重い腰を上げて庭そうじをした。今年は早いほうだ。 共働きの我が家の場合、年末のお休みに入るとぐったり。当分何もする気にならない(^^;)。 はっと気がつくと、近所の家は庭もピカピカ。窓もピカピカ。網戸なんかも洗い上げられている。 出遅れたことにすっかりやる気をなくし、「やーめた」と再び家に戻るのが常である…(^^;) ちゃんと計画的にしておけばいいんだけどね~。 どっちかというと、夏のお休みにした方が気分的に余裕があるし、水も冷たくないからいいかも。 それより、大掃除をしなくてもいつもきれいな家、というのが理想ではある。
2004.12.27
私の通勤用の軽四自動車、買って10年になる。 この間したばかりなのに、また車検でお金がかかるし、そろそろ買いかえようかとも思ったんだけど、特に調子が悪くないので、もうちょっと乗ることにした。 調子は悪くないんだけど、何回も車庫にぶつけて、見た目はかなり悲惨(^^;) だって、うちの車庫は狭くて、軽四しか入らないし、かなり上手に縦列駐車しないと入らないという難し~い車庫なんだもの(と言い訳(^^;) 私はまったく車にはこだわりがなくて、ただ動けばいい。 でもしょっちゅう車検の時期が来るのはどうにかならないかしら~。うちは、義兄がそういうことが得意で、家族の分は全部やってくれるから、安くすんで助かってはいるんだけど。 まだ使える車を買い換えさせようという自動車会社の陰謀だよな~と思う。 陰謀といえば、バイクもそう。 私が独身時代にほんのちょっとだけ乗っただけの原付バイク、処分しようとしたら全然引き取り手がなかった。 市に電話したら「粗大ゴミに出したらダメ」と言われたし、買った店に引き取ってもらうにももうその店はないし、新しいのを買わないのに引き取ってもくれないだろうし、「使わないバイク、高く買い取ります」と言って回っている業者に言っても、「そんな古いのは引き取れない」と言われたし、解体業者に電話をかけても、「そんなのは引き取っても損するだけだからいらない」と断られるし…。 もう、どうしろっていうのよ!と困り果てて、10年くらい庭に放置していた。 しみじみ、車やバイクを山に捨てたくなる人の気持ちがわかった。 結局、偶然通りかかった「発展途上国に不要なバイクや自転車を送る活動をしている」というボランティア団体の人が持って帰ってくれて、ほんとに助かった。 1月から自動車リサイクル法が施行されるというけど、それ以前に、もっと長~く大切に使う習慣をみんなが持たないといけないじゃないの?と思う。 私も新しいものをよく買うしそんなに大切にしているわけじゃないから、人のことは言えないんだけどね…。
2004.12.26
うちの末っ子(3年生)、2学期の成績がとても悪かった。 夫は絶望して、冬休みになったとたん、家庭教師に変身。 まずは宿題の漢字ドリルや計算ドリルをビシバシとやらせている。 しかし、超甘えっ子の次男、一筋縄ではいかない。逃げたり、メソメソ泣いたり、文句を言ったりして対抗する。で、親子の熾烈な戦いが始まるのである。 普通のお宅では、母親が教育熱心なのかもしれないけど、うちの場合、父親がとても教育熱心なので、私の出る幕がない。(出る幕があったとしても、そもそも教育ママをするタイプではないし…(^^;) 夫と次男が「勉強勉強!」「やだ、遊ぶ~!(TT)」という戦いを繰り広げているのを、横目で見ている私と長男(高校生)。 長男いわく「あんなに無理矢理やらせても逆効果とちがう?」 私 「あんなんじゃ、やる気にならないよね。」 長男「やる気になるまで待つしかないんじゃない?」 私 「…で、あなたはいつやる気になるの?10年待っているんだけど…。」 長男「(^^;)…。」 この長男、行くだけはまじめに学校に行っているけど、家で勉強どころか宿題もやらないという強者で、要領の良さだけで学校生活を過ごしている。 「待つ」のは得意なんだけど、10年待ったらけっこう待ちくたびれたわね~(^^;)
2004.12.25
今日は終業式。 終業式まで時間があるので、かるた遊びをした。 3歳児なので、かるたといっても、「いちごは赤くておいしいな」だったら絵札はいちごの写真、という感じでカンタン。 可愛く悠長なかるた取り、と思ったらとんでもない!! 地獄の戦いである。 札に覆いかぶさるようにして、誰にも渡すものかという形相の子。 気持ちばかり焦って、ちっとも取れない子は、「もうっ!私が取ろうと思ったのにっ!」と隣の子をバシッ!と平手打ち(^^;) 何枚も取ってるくせに「ちょっとしかない~~っ!!」と泣き叫ぶ子。 「6枚もあるじゃない」と言っても「だって、○○くんはもっと持ってるもん!」 「ちっとも取れないっ!もうやらないっ!」と言って札を投げ捨てる子。 自分が取れたときだけうれしそうで、あとはほとんど険悪ムードじゃないの~(TT) 「そんなに怒らないの~っ、遊んでるんだから、みんな仲よくやろうよ~。」と言う私の声がむなしく響く…。 あなたたちとカルタ遊びをするのはもうイヤだわ…。と思いつつ、「じゃあ、札を集めるよ~。」と終わろうとすると、 「もう一回やる~!」「2回戦する~!」 あなたたち、あんな険悪なのに、やっぱり楽しかったのね?(^^;) 真剣にやってこそのゲームってわけなのかしらね~?
2004.12.24
幼稚園でのサンタさんのプレゼントは「こま」だった。 年少は「手回しごま」、年中は「糸引きごま」、年長は「投げごま」。 3学期には幼稚園に持ってくることになっているけれど、今はお家に持って帰って遊んでいる。 でも、「家の中でコマを回してはダメ。外でしなさい。」と言われた子が大勢いるらしい。 うちの幼稚園の学区は新興住宅地で、ほとんどの子の家がピカピカの新築なのだ。フローリングに傷がつくわけね~(^^;)。 まあ、昔は「こま」はもともと外で遊ぶものだったと思う。近所の大きい子たちと一緒に遊びながら、回し方を教えてもらったり、競争したり…。 でも、今地域でそんな姿は見られない。近所のお兄ちゃんやお姉ちゃんと外で遊ぶなんてことはまずない。 そして、親が寒い中を外でこままわしにつきあってやるとも思えない。 手回しごまや糸引きごまならまだしも、投げごまは、ひもを巻くのも回すのも難しいから、子どもだけでできるようにはまずならない。最初は、手取り足取り何回も何回も教えてやらないと…。 だから、「家の中はダメ。外でしなさい。」と言われたら、子どもはコマとひもを手にしてどうしていいかわからない状態でひとり放り出されるということで、必然的に「するな」と言われたのと同じだ。 こうして、伝統的な遊びはすたれていく…(^^;) 幼稚園でしか、今や伝統的な遊びの存続はできなくなった。 3学期には、幼稚園で友達と一緒に一生懸命練習して、にぎやかにこま回し競争だのこま大会だの盛り上がるんだけどね。
2004.12.23
外で遊んでいたら、年長組の子たちが上を指さして盛り上がっている。 「どうしたの?」 「虹!先生、虹!」 ほんとだ。真上の空にきれいな虹が…! さっそく、3歳児ちゃんたちにも教えて回る。 「上見てごらん!虹が出てるよ!きれいだね~!」 「うわ~っ、きれい!!」と見入る子もいるけど… 「ふーん。」と言うだけの子も。 「見えた?ほら、きれいでしょ。」と言っても 「見たよ。」とあっさりしたもの。 そんなもんか?! 「虹なんか、見たことあるよ!」 「私も見たことある!」 と言うのでいつ見たのか聞くと 「ハム太郎のビデオに出てたよ!」 「でもこれは本物よ。とってもきれいでしょ。」 「ハム太郎で何度も見たよ!」 それは本物じゃないでしょ…。 まだ3年ちょっとしか生きてないんだから、虹を見たなんて、生まれて初めてかせいぜい2度目くらいでしょ。それなのに、「何度も見たことある」になるのかなあ。 ○十年生きている私でさえ、見飽きたと言えるほど虹を見る機会があったはずもなく、感動するのに。 テレビなどの「間接体験」も、いい面もあるんだけれど、実体験もせずに「知ってるもん」ですませてしまう子どもたちが増えているのではないかと思わずにいられない。
2004.12.22
うちのクラスのH子ちゃん、R子ちゃんはわがまま。 …っていうか、うちのクラスの3歳ちゃん、みんなわがままだけど(^^;) もう帰る時間ということで、みんなで片づけている時のこと。 ままごとコーナーで遊んでいた女の子たち。私の「お片づけの時間よ~」という声で、2、3人はせっせと片づけ始めた。お皿を重ねて戸棚の中へ。果物やお野菜は分類してかごの中へ。 ところが、まだ遊びたかったH子ちゃん、ぷーっとふくれたかと思うと、せっかくきれいに立ててあったスプーンやお箸のかごを床にぶちまけた。 「あーっ、せっかく片づけたのに!」 片づけていた子たちも、私も呆然…。 「Hちゃん、せっかくみんなが一生懸命片づけているのに、そんなことしていいかしら?!」 Hちゃん、ふくれっつら。 「もっと遊びたいけど、帰る時間なの。片づけようね。」 Hちゃんはふくれっつらのまま、部屋を飛び出し、テラスに突っ伏して涙を流し、悲劇のヒロインに…(^^;) この派手な悲劇のヒロイン姿はHちゃんの常套手段だ。 「どうしたの、Hちゃん。」 「Hちゃん、元気出して。」 「先生先生、Hちゃんが泣いてるよ!」 心優しい大きい組さんが集まって心配してくれる。 「あのね、Hちゃんは、お片づけしなくて先生に叱られたのよ。」と言い訳する私。 まるで私がHちゃんをいじめたみたいでばつが悪い(^^;) やっと片づけ終わって、かばんをかけて帰る用意をしよう、としている時。 突然、製作コーナーに行き、空き箱で何か作ろうとするRちゃん。 「Rちゃん、もう帰る用意をしなくちゃ。」 「だって、○○ちゃんと同じのが作りたい!!」 「でも、もうお母さんがお迎えにきているから、明日にしようよ。」 「やだ、やだ、うわ~ん、うわ~ん!!」 通りかかったフリーのS先生。 「どうしたんですか?」 「Rちゃん、まだ遊びたいのよ。」 「そうなんですか…。」 「うわ~ん、うわ~ん!」 「…こんなに泣かれると、罪悪感、感じますね。」 「…そうなのよね…私が意地悪してるみたいで…。」 子どもに泣かれると、ついつい大人は「罪悪感」を感じてしまい、ついつい言うなりになってしまいたくなる。 涙は女の武器…いや子どもの武器。 対抗する方もなかなか根性がいるのだ(TT)
2004.12.21
クラスに、よく手の出る男の子がいる。口が達者でないせいもあって、すぐ人を押したり、たたいたりする。 暴力は絶対いけないので、そのたびに、よくないことを知らせて相手にあやまるようにしたり、どうすればよかったか考えるようにしたり…しているのだけど、まだまだ時間がかかりそう。 ちょっとみたら、「乱暴な子」「すぐ押す子」だ。 でも、衝動的にやっているように見えて、よく見るとちゃんと文脈があることがわかる。 いつも「Bくんが押した!何にもしてないのに!」と訴えてくるA子ちゃん。 A子ちゃんは、小柄でおとなしく、声も小さく、お嬢様っぽい女の子。間違っても男の子に危害を加えるようなタイプではない。何げなく見ていたら、確かに「何にもしていないA子ちゃんをいきなりつきとばした」ように見える。 でも近くでよく見ていると、A子ちゃんはBくんに、けっこうひどいことをしているのだ。 Bくんがそばに来ると、小さな可愛い声ではあるけど、「もうっ、来ないでよ。」 おやつの時隣に座ろうとしたら「Bくんはやだ。」 近づいて来ただけで、露骨にいやな顔。 手を出していなくても、A子ちゃんはBくんに十分危害を加えていると言える。まあ、普段からBくんは乱暴なことが多いから、A子ちゃんが嫌うのもわかるけど、近づいただけで毎回露骨にいやな顔をされたら、Bくんだってムカッとするだろう。 それでもBくんがA子ちゃんを押したらA子ちゃんが泣き、Bくんは悪者。表面的なことで判断する子どもの世界は、「泣いたらかわいそう」「押した方が悪い」ということになってA子ちゃんの勝ちだ。子どもも教師も親もその罠にはかかりやすい。 暴力はよくないけど、言葉や態度の暴力ってのもあり、そういうのはよーく見ないとわからない。今のところ、悪気もなくやってるけど、目に見えない暴力にも気づかせていかないといけないな…と思う。
2004.12.20
最近、血液型性格判断の番組がすごく多い。 私はほとんどテレビ見ないのでよく知らないんだけど、うちの子が見ているのを横目で見ると、園児を血液型で分けて実験したりしてるのもある。 なんかあーいうふうに子どもをおもちゃにする番組に協力する園があるってことにもあきれるけど、まあただのお笑いというか遊びだと思っていた。 本気で信じる人なんていないだろうと。 ところが、血液型によって差別されることも増えているって聞いて、びっくりした。 「その血液型の人とは合わないからつきあわない」とか、ひどい例になると就職に影響したり…。 え~っ、そんなこと本気で考えてる人がいるんだ~(゜○゜) それって、「ひのえうま」を差別するのと似てるな。 うちの用務員さんは、幼稚園の子どもたちを見て「この学年の子は寅年だから…。」とか「この学年はやっぱり卯年らしいわね~」と言ったりする。同じ学年の子が全部同じ性格なわけないだろ!って思うんだけど…(^^;) 血液型性格判断なんて流行らせて信じさせちゃうマスコミには責任ないのかなあ? それに限らず、最近のテレビはどれもこれも見る価値がないので、私は見ないことにしている。(夫や子どもが見てる横でパソコンしてる(^^;) 見るのは映画くらい。 人を馬鹿にして笑いを取ったり、討論と称して人の話も聞かずさえぎって自分の意見ばかり言いまくったり、大人のこんな姿を毎日見てれば、子どもの世界が荒れるのもあたりまえだわと思う。 テレビ局の人も、厳しい受験と就職戦線を勝ち抜いて、あこがれのテレビ局に入ったのにこんな番組作らされるなんて、むなしいだろうなあ…。そんなの作らせる視聴者が悪いのかな。
2004.12.19
今日はクリスマス会だった。うちの幼稚園には、18年間同じ「サンタさん」が来てくれている。孫が幼稚園にいたときにサンタさんになってくれて以来、ずっと毎年来てくれている。 本当のお年寄りなので本物らしいし、毎年喜んで来てくださっているので、幼稚園としては、本人が引退するまでは頼むつもりでいる。 でも、数ヶ月前にサンタさんは大きな不幸に見舞われてしまった。 同居のお孫さん(30歳くらい)が事故で亡くなってしまったのだ。 80歳まで生きて、お孫さんに先立たれるなんて、さぞショックだったことだろう。それから、すっかり…ぼけたとは言わないけど、ぼーっとしてしまわれたらしい。 元気なおじいさんだったのに、ちっとも外にも出なくなり、お酒はもともとお好きだったけど、一日お酒ばかり飲んでいるようになり、髪もひげもぼうぼう(おかげで、いっそうサンタさんらしくはなったが)。 今年もしばらく前に「サンタさん」を依頼して、昨日確認の電話をかけると「あっ、明日でしたかね~?」とすっかり忘れていた様子。 まあ確認したから大丈夫だろうと思っていたら、約束の時間が迫っても来られないので、あわてて電話すると、また忘れていた様子。 急いで来てくださって、無事にクリスマス会はできたのだけど、もし来られなかったらプレゼントはどうするの、「サンタさんは急に用事ができて、プレゼントが宅配便で届いたよ。」とでも言うしかないかなあ、と思案していた(^^;) 18年もしてくださっているものを、来年はけっこうです、っていうわけにはいかないし、本人が引退と言われない限りは後任をたてるわけにもいかないから、来年もはらはらしながら同じサンタさんでいくしかない。 いざと言うときに備えて、隣の小学校の教頭先生をキープしておくかあ、と話し合った私たちであった…。
2004.12.17
朝、子どもたちを迎えながらお母さんと話していると、うしろの方で「うわ~ん!!」 何事っ!!と駆けつけてみると、R子ちゃんが部屋の真ん中で立ちすくんで泣き叫んでいる。 「どうしたの、R子ちゃん、どこか痛いの?」 「ううん、ううん。」 「何かあったの?」 「ううん、髪、髪~!!」 「髪がどうしたの?誰か引っ張ったの?」 「ううん、ううん。髪が…。」 まわりを見渡すと、そばに女の子がふたりいる。ふたりとも頭がウサギだ。(頭の上でふたつ結んでいる) 「髪結びたかったの?」 うなづくR子ちゃん。 手持ちの髪ゴムで頭の上にちょんまげを結んでやると、にこにこ満足顔。問題解決。 でも、私の結び方はへたくそで、頭の上が噴水だわ…(^^;) 見ていて笑っちゃうけど、R子ちゃんが満足してるからいいか…。 しかし、私は女の子の髪を結ぶのが苦手だ。 よく子どもたちの結んでいる髪がほどけて、結びなおしてやるけど、いつもちぐはぐ…(^^;)自分の不器用さにめまいがする。手先は器用な方なんだけど、なぜか髪を結ぶのは苦手~。 何げない両脇結びでも、おさげでも、女の子のお母さんたちはうまいなあと感動する。編み込みなんて芸術だわ~。 女の子の髪を結んでやるって、女の子を持った母の喜びなんだろうなあ…。 朝の光の中で、髪を結ぶ母子の姿が目に浮かぶよなあ…。 かくいう私にも女の子はいるんだけど、髪なんて男の子っぽいショートが一番!という子なので、ちっとも髪をいじる機会がなかったぁ(TT)。次の機会は孫かな…。
2004.12.16
うちの幼稚園では、毎学期アンケートを取っている。 今どきは、どこの幼稚園でもしてると思うけど。 子どもが幼稚園に喜んで来ているかどうかとか、子どもの良さを認めているかどうか、参観日などの行事に参加しやすいかどうか、連絡はわかりやすいかどうか、などなど。 結果が帰ってくると成績表のようにドキドキ。 とりあえず、私のクラスは「喜んで通っている」「子どもの良さを認めてのばしている」が両方100パーセントで、「親しみやすく相談しやすい」も92パーセントだったのでほっとした。 でも「子どもの悪いところを指導してくれている」が78パーセントでいまいち。 3歳児ってことで優しい先生を意識しすぎて、厳しさが足りなかったかなあと反省。3歳児ってことでなくても、しつけの厳しいお母さんにとっては、ゆっくり見守るタイプの私のやり方は、物足りないと思われてもしかたないかも…。 3学期はもうちょっとビシッといこうかしら(^^;) でも、年少組の今はまず、遠慮せず自分を発揮してほしいから、あまりいい子ちゃんにまとめてしまいたくないとも思っているのだけど。 優しくしかも毅然とした先生を目指さなくては…。 それから、公立幼稚園だし、教育方針として自由に遊ぶ時間が多く、学習のようなことをしたり、派手な発表会をしたりしないから、それが不満な保護者もいる。それがいいという保護者もいるし、難しいところだ。 傷つきやすい私としては、たったひとりでも○をくれないと「が~~ん!!」と落ち込んでしまって、「もう、私ってこの仕事は向いてないから辞めた方がいいんだわ。」と暗~くなってしまう(^^;)。 でも一日たって落ち着いてよく考えてみれば、おかげで自分の足りないところがどこかわかるし、成長することができるから、こういうアンケートをするのはいいことだわね。
2004.12.15
金曜日はクリスマス会…とは言わない(公立なので)「お楽しみ会」。 でもやることはクリスマス会(^^;)で、子どもたちは「幼稚園にサンタさんが来るかもしれないよ」と先生から吹き込まれて、楽しみに待っている。 毎年、プレゼントを入れる入れものも各担任が工夫して可愛いのを考え、子どもたちと一緒に作る。 年少組(私のクラス)は、かき氷のカップを利用して作るサンタさん型。帽子を開けるとプレゼントが入れられる。 年中組は、靴下型。色画用紙を張り合わせて大きなくつしたを作り、自分で模様を描く。 年長組は、牛乳パックを二つ組み合わせて作る長靴。 大きさ的には年中組のが一番大きい。 はっきり言って巨大な靴下だ(^^;) それで、年中組のR子ちゃんが年長組の部屋にやってきて、色を塗って乾かしてある長靴を見ていわく、 R子「何これ?」 担任「プレゼントを入れてもらう長靴よ。」 R子「え~っ、こんなに小さいの?何にも入らないじゃない!」 担任「…大丈夫。魔法で入るから…。」 先生は知っている。 サンタさんの持ってきてくれるプレゼントは「コマ」だということを…。 だから入れ物は小さくてよいのだ(^^;) なぜか毎年「コマ」で、年長組の中には「どうせまたコマだ。」と言う子もちらほら…。 それじゃおもしろくないから、変えようという話は毎年職員会議でする。 でも、コマが一番安いのよ~~(TT)。予算で買える百円代のプレゼントはそれしかないんだもの。 PTA会費が格安で、サンタさんは貧乏なの…。
2004.12.14
子どもたちが、デカレンジャーごっこをしていた。 「かっこいいねー。」と言うと、「先生、デカレンジャー見てるの?」「うん、時々見るよ。」「へーっ。先生、男のとき?」「??男のときって?」「男のとき、見るの?」「女のときよ。」「えーっ、女のとき?恥ずかしくない?」「別に恥ずかしくないよ。仮面ライダーも見るよ。」「えーっ!!」 デカレンジャーを見るときは男になり、プリキュアかなんかを見るときは女になるのかな(^^;)? 死んでも生き返ると思っている小中高生が2割いる、という記事があったけど、「人は都合によって女にも男にもなる」なんて考えている子も、案外いるのかな? 「死んでも生き返る」なんていう、死の認識の低さが最近の子どもによる事件や問題行動につながっているのではないか、と記事には書いてあった。 それはそうかもしれない。 でも、たとえば「サンタクロースがクリスマスにプレゼントをもってきてくれる」というのも、案外たくさんの子が信じているのではないだろうか?(うちの3年生の子なんて、完全に信じている) そして、それは親だって「ほほえましい」と思っているのではないだろうか? 「サンタクロースなんかウソなんだよ。」っていう子に対しては「夢がないなあ」なんて思ったりするのではないだろうか? 「死んでも生き返る」にせよ「サンタクロースはいる」にせよ、中学生になって信じているのはどうかと思うけど、小学校低学年だったら、まだファンタジーの世界に生きていてもおかしくないような気がする。 空想と現実の区別が、ふさわしい年齢で自然な形でわかるようになるためには、やっぱりいろんな体験をすることかなあ…。
2004.12.13
年中・年長組の発表会だった。 私のクラス(3歳児)の発表会は3学期なので、今日は部外者(^^;)。 おおむね成功だったのだけど、いろいろハプニングがあったらしく、あれこれと反省している年中・年長組担任。 年長組は、予行演習の時に見せてもらった時には、とてもいい出来で、ひとりひとりがとてもがんばっていた。 そのクラスの去年の担任の私としては、感動しきり。 特に、去年あまりしっかりしてなかった子が立派にせりふを言ったりしているのを見ると、じ~ん… …だったのだけど、本番はあんまりよくなかったらしく、年長組の先生はすごく落ち込んでいた。 だいたい、当日には「練習の時には一度もしなかったようなこと」をする子が1人はいる。練習の時には全くそんなことがなかったのに、本番に限って、舞台の上でふざけていた子がいたらしい。で、先生は「練習の時はあんなによかったのに…。お母さんたちも喜んでくれると思ったのに…がっかりだわ。せっかく上手にできていたのに…。」とがっくり。 本番は何が起こるかわからないというのが、小さい子の恐ろしいところだ。 子どもたちもあがるんだろうなあ。 でもお客さん(お母さん)たちは経過じゃなくて本番しか見ないから、「できた」「できなかった」で判断してしまうのよね。本番でも力を出し切れたら一番いいんだけど…。 ふざけていた子のお母さんもがっくりしただろうなあ。月曜日「練習の時はすごくがんばっていたのよ~。」と慰めてあげよう…。
2004.12.10
最近、朝8時30分頃、保育の準備をしていたら、隣の小学校からアナウンスが聞こえてくる。教頭先生の声だ。 「もうすぐ予鈴が鳴ります。予鈴が鳴ったら、遊んでいたものを片づけて、教室に入りましょう。」 そして予鈴が鳴る。 「予鈴が鳴りましたよ。まだ遊んでいる人はいませんか。早く教室に入りましょう。」 私たち幼稚園の職員はひそひそ。 「このごろ、教頭先生、やたら放送してるね。」 「こんなアナウンス、今までしてたっけ?」 「してなかったよね。」 「どうして急に、そんなにうるさく言うのかな?」 今まで、こんなアナウンスはしていなかったのに、ここしばらく急にこんなアナウンスが聞こえるということは…。 教室に入ってないということだ! 幼稚園の子どもたちだって、「片づけてお部屋に入りますよ~。」と声をかければ部屋に入ってくるのだから、小学生がチャイムが鳴って入ってこないわけがない。それなのにわざわざ放送までするなんて。 きっとチャイムが鳴っても教室に入らない子が何人かいるんだわ。 こんな放送したら、ご近所中に「教室に入らない子がいるよ」と宣伝してるみたいじゃない(^^;) 入らない子がいるなら、教頭先生、放送してないで自分の足で歩いてそこまで行き、「○○くん、もう授業が始まるから教室に入ったらどうかな?」と声をかけたらいいのではないの? 小学校の先生も大変だと思うけど…。なんか違うんじゃない~と思ってしまった。
2004.12.09
クラスの子が「手足口病」になって欠席している。 「手足口病」というのは、伝染病ではあるけれど、出席停止になる病気ではない。(不顕性感染が多く出席停止の意味があまりないのと、かかっても多くの場合軽症だということで) その子の主治医さんも、「熱もないし、幼稚園に行ってもよろしい。」と言われたとか。 「お医者さんが行っていいと言われたんなら、来てもいいんですよ。」と言ったんだけど、そのお母さんは、 「でも~、他の子にうつったら悪いし、逆の立場なら『まあっ、うつる病気なのに幼稚園に来るなんて。』ときっと悪く思うから、やっぱりしばらく休みます。」と言われた。 そういうことに気を遣う人と、全然気を遣わない人がいるのよね~。 風邪だってうつる病気だけど、みんな来ているし(^^;) 現に、咳も鼻水も激しくて、休んだらいいのにと思う子だって何人も来ているし、中には「熱があるんだけど、どうしても幼稚園に行きたいって言うから来ました。」という人だっている。 保育園だと、37度以上の熱があると、登園はお断りするらしいけど、幼稚園では「え~…(^^;)」と思いながらもお受けしている。保育園では薬を飲ませるのもお断りするというけど、私はお弁当の後で飲ませてあげている。 内心、お断りしたいんだけどね。 熱があったり絶対薬を飲んだりしないといけないくらいなら、できれば家でゆっくり休ませてやればいいのにと思う。 (私自身は、仕事があって、子どもが病気でもなかなか休ませてやれなかったという悲しい思いもあったので) 病気をうつしたとかうつされたとか、恨みに思ったりする人もいるんだろうなあ…。 集団生活だから、お互いさまだし、しょうがないと思うんだけど。 とても運が悪い場合は、発表会とか卒業式の前にみごとに水疱瘡とかおたふく風邪とかをうつされちゃって、うつした子は出席できて、うつされた子が涙をのんで欠席、なんてこともある。 でも、細菌兵器で攻撃したわけでもないんだから、しょうがないじゃない。 …と思うんだけど、そう簡単にはいかないのかな。難しいものだわね。
2004.12.08
小学校の個人懇談だった。 娘の方は、そこそこやっているようだ。 心配なのは末っ子。参観日でも手を挙げたのを見たことがないし、おとなしくてしゃべらないので友達と遊べているかどうか心配だし…。 先生は、小さなことを探して一生懸命ほめてくださるけど、私は職業柄、ついつい先生の言われることの裏を読んでしまう(^^;) 「おお~、こんなささいなことをほめてくれるということは、よほど今までがひどかったのね~。」なんてね。 まあ、小さな進歩に気がついてくれているのは、ありがたいことだわ(^^;) うちの3人きょうだいは1人1人、性格も得意なことも全然違う。 ちょっとは黙ってて~というくらいよくしゃべる娘、必要なことさえしゃべらない末っ子、 クールで落ち着いた長男、喜怒哀楽の激しい娘。 足して3で割ったら、申し分のない子ができるかも、と思ったりするけど、それじゃおもしろくないもんね。 それに、特に心配な末っ子の「おとなしくて人前でしゃべれない、手も挙げられない」っていう性格、実は私の性格そのもの(^^;)。私に似たんだからしょうがない。 今では私もそれなりに成長して、相変わらずおとなしくて人前でしゃべるのいやだけど、なんとか仕事もしているしね。 長い目で見守っていこう…。
2004.12.07
天気もよいことだし、鬼ごっこをした。 「おおかみさん」の音楽をかけて、ストーリー性のある踊りをひとしきり踊る。「いま、上着を着ているところだよ。」「いま、帽子をかぶっているところだよ。」などと動作をつけるのがとっても楽しい。 「さあ、人間を食べにでかけよう!」というところで、「キャー」と言って逃げる。 いちおう、おおかみチームとにんげんチームに分かれてするけれど、どっちが勝ちなんてことには全然こだわらず、「キャー」と言って追いかけたり逃げたりするのが楽しいだけの、初歩的な鬼ごっこだ。 ところが、それでも抵抗がある子はいる。 少し離れてメソメソしている子が一人。 「どうしたの?」 「つかまえられるの、やだ。」 「こわいの?」 「うん。」 「じゃ、みんなにそう言おうよ。」 「おおかみさんたち~、Kちゃんは、つかまるの怖いんだって。だからKちゃんはつかまえないでくれるかな?」 「うん、いいよ~!」 へえ~、みんなOKなのね~。 何人かは「え~、ずるい」と言うかと思ったのに、誰も言わない。 しかし、捕まらないってわかって逃げる鬼ごっこって、いったい楽しいのか?(^^;) …と疑問に思いながらも、みんな楽しく走り回り、にぎやかに「ぼく、つかまらなかった!」「つかまって食べられちゃった!」「先生、私速いでしょ!」と口々に感想を言って、鬼ごっこは終了。 さあお弁当を食べよう、と部屋に入っていると、1人が「わあ~ん!(TT)」 「あれっ、どうしたのTくん、転んだかな?」 「つかまった~!」 「つかまったの。残念だったね。」 「わあ~~ん!!」 「くやしかったの?」 「うん!!うわ~ん!!」 「そうか~、でも鬼ごっこだからね。捕まったり捕まらなかったりするのが楽しいんだよ。」 周りの子も口々に 「嘘ごとだから、ほんとに食べられたりしないよ。」 「ぼくは食べられても平気だよ。」 「私だって。おもしろかったよね~。」 と言ってくれたけど、Tくんは納得できず、「うわ~ん!!」 帰りにお母さんに話すと、 「そうなんです。家でも、ゲームなんかして負けると大騒ぎで…。もうやらないってすごく怒るんです。」 人生はゲーム。全部勝たねばならない人生は苦しいし、勝つのも負けるのも楽しいんだよ、Tくん(^^;)。
2004.12.06
娘のクラス(6年生)で、女の子が一人いじめられていて、「学校に行きたくない」と言っているのだという。 娘のクラスにはボス的な女の子がいて、ささいなことで誰かをいじめることにしたら、無視したり、周りの子たちにも「話をしないように」と言ったりするらしい。 しばらくしたら何となく終わるのだそうで、いじめられるというと言い過ぎかもしれないけど、本人にはとてもつらいことだろう。そのボスに逆らうと怖いので、誰も逆らえないのだそうだ。 うちの娘も夏にそういう目にあって一悶着あった。ほんの2、3日のことだったけど…。その時も、友達が慰めたり仲立ちになってくれたりして、立ち直ることができた。 今回も、娘は「その子の味方になっている」そうだし、その子も実際は学校を休んでいるわけでもないので、友達に支えられながらなんとかなっているのかな、と思う。 「そういう時、先生はどうしたらいいと思う?」 と聞くと、 「う~ん、何もできないだろうな。」と娘。 娘のクラスは、1学年1クラスなので、同じメンバーを6年の間、いろいろな先生が担任していた。 「○年生の時の先生は、1時間授業をつぶして、すごい迫力で話し合った。」 「で、どうなったの?」 「あんまり変わらないなあ。」 「○○先生は、何かあると呼び出しして、話し合うの。」 「それで変わった?」 「別に。言いつけられたってよけいひどくなるかも。」 「△△先生は、言い方が優しすぎ。もっとビシッと言ってよと思っちゃう。」 子どもはなかなか厳しい(^^;) 私も、先生に何とかすることはできないだろうなと思う。「そんなことしたら、友達がどう思うかなあ?みんな遊んでくれなくなっちゃうよ。」と言うと素直に反省する(でもすぐに忘れる(^^;)3歳児とはわけが違うのだ。 でも、先生に直接何とかすることはできないとしても、娘のクラスには、「そういうことが起きたら友達同士で支え合う」という体制ができているわけで、それは、今までの先生がこつこつと築き上げてきたクラス経営のたまものといえるかもしれない。 面と向かっていじめっ子に逆らう勇気はないけど、陰で慰めたり励ましたりして友達を支えていく、ちょっと情けないけど、それはそれでいいクラスなのかもしれないな。
2004.12.05
今日はPTA主催の講演会。 講師を呼んで、お母さんたち対象に子育てについてのお話だった。 講演の間は、子どもたちは邪魔しないように外で遊んでいたのだけど、最後のところで親子で歌を歌ったり手遊びをしたりするコーナーがあった。 20分ほどだったが、3歳児の中にはお母さんの膝の上にいることに飽きた子もいて、お母さんの隣で寝転がったりする子もいた。 まあ3歳児だし、騒いでいないのでそんなに迷惑でもないし、お母さんもできるだけ膝の上に戻そうとしてもいたので、「まあいいかな」という感じではあった。 でも、一番前でなぜか子どもの足を持って逆立ちさせたり、手を持ってぴょんぴょん跳ばせたりしているお母さんが! 飽きたのを何とかしようと思っているのかもしれないけど、あまりにも目立つというか、子どもはよけい興奮してキャアキャア言い出すし、隣の子たちも真似をし始めて…。 静かにさせようと思うなら、内緒声で話しかけたり、そう長時間でもないのだから、静かにしようねと言い聞かせたりすればいいのに、遊んでやってどうする!という感じ…(T-T)。 3歳児だからなかなかじっとしていられないのは、とてもよくわかるけれど、初めからできないとあきらめて、飽きたら遊んでいいんだと親自身も思っているのは、子どもをバカにしているのではないだろうか。 信じればけっこう子どもは信頼に答えてくれるものだ。今のクラスでは、お母さんがいないときには、20分程度静かにすることくらいできている。 お母さんがいると甘えが出るから、そうはなかなかできないとしても、「みんなが話を聞いているときは、静かにするんだよ。」という態度を崩してはいけないと思う。たった3歳とはいえ、もう3歳、なのだから。 もひとつ言えば、講演の時間はちゃんと決まっているのに、ぎりぎり飛び込むとか、遅れてくるとかいうお母さんの多いこと多いこと。定刻の5分前には、半分くらいしか集まっていなかった。 1分1秒でも無駄にしたくないのかもしれないけど、5分前には席に着いておこうとかいう気持ちは全然ないのかしらね~。仕事があってとかいうのでもないのにな~。 なんかため息が出た…。
2004.12.01
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