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キハ181つばさ

キハ181つばさ

2024.10.18
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テーマ: 鉄道(27213)
489系:特急「あさま」



181系によって運転を開始しましたが、碓氷峠を通過するに当たり8両までという編成両数の制限がネックとなっていました。
これを解消するため、165系電車によるEF63との協調運転の試験が実施され、その成果からまずは489系が落成、金沢行きの「白山」が誕生するとともに「あさま」にも使用されるようなりました。
特急「あさま」の使用車両はあくまでも189系が中心であり、489系編成は2~3往復程度であったと記憶しています。「白山」との共通運用であったため食堂車が連結された時期もありましたが、食堂車は営業していませんでした。



昭和51年 上野駅にて

まずはボンネット篇です。ボンネット車用のヘッドマークは181系と共用で使用されていました。



昭和52年 上野駅にて

こちらは連結器むき出しの500番台。
ヘッドマークには2種類のフォントがありました。



昭和52年 上野駅にて

こちらはタイフォンがスカートに付いた初期タイプ。
一時期、屋上のホイッスルカバーの外された車両が存在しました。



昭和54年5月 蕨~西川口間にて クハ489-3

53・10改正でヘッドマークのイラスト化が実施されました。ボンネット型への採用はしばらく見送られていましたが、「とき」「白山」「はくたか」には昭和54年くらいからイラスト化されたボンネット車用のヘッドマークが用意されました。しかし、何故か「あさま」ようは準備されなかったようです。
時刻表を見ると、53・10改正以降の489系は1往復のみとなってしまったようです。その後は489系の食堂車がなくなり、189系編成とは時刻表上の区別が付かなくなってしまいました。



昭和51年 赤羽駅にて



昭和51年 大宮駅にて



昭和51年 上野駅にて

酷い写真ですみません。中学1年の時、オートハーフで撮った写真です。走行写真はホントどうにもならないくらいブレちゃうんです。文字マークが懐かしい、古き良き時代です。



昭和58年8月17日 大宮駅にて

昭和54年か55年くらいから489系の運用がなくなってしまったため、イラストマークの489系「あさま」の写真がまったくありませんでした。
昭和58年夏、臨時の「あさま」に489系が充当されることが判り、夜遅い時間だったのですが、わざわざ大宮駅に出向いた記憶があります。
489系の復活と共に、イラストマークの入っている489系「あさま」を初めて撮りました。



平成8年9月28日 横川~軽井沢間にて クハ489-200番台

その後も「あさま」への定期運用は無かったのですが、JRになってから489系が長野所に取り残されることになり、直流区間専用の489系が配置されました。
金沢局の車両も変な塗装にしちゃってくれましたが、長野所の489系も189系グレードアップ「あさま」と同様な塗装がされ、異様な雰囲気で189系と共に活躍しました。
貫通扉の改造工事をしたのでしょうか、ただでさえ狭い貫通型のヘッドマークが、さらにひと回り小さくなっています。



平成8年11月2日 信越本線 御代田~信濃追分間にて

長野新幹線の開業も近くなり、碓氷峠への撮影が活発になっていった頃です。

平成9年10月1日、長野行き新幹線の開業と同時に碓氷峠(横川~軽井沢)間が廃止になりました。在来線特急の「白山」は廃止、「あさま」も新幹線にその名を譲って終わりを告げます。さらには、長野に残ったJR東日本の489系も用途廃止となり、ひっそりと廃車されました。

489系には非貫通型車両も存在しましたが、何故かこの「あさま」の写真はありませんでした。



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最終更新日  2025.10.01 23:11:36
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