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JR東日本 EF8187(田端機関区)EF81シリーズで、田端機関区に所属していたEF8187号機です。87号機は、昭和48年7月27日新製の三菱製で、新製配置から廃車になるまで田端機関区(田端運転所)を離れることのなかった生え抜きのカマでした。「北斗星」牽引用となっており、車体には流れ星マークを塗装してあるのが特徴となっていますが、貨物列車にも共通で運用されていました。平成21年4月29日 安中貨物平成21年11月23日 安中貨物87号機は、75~93号機のグループに属し、主に東北本線の黒磯スルー運転に活躍していたように記憶しています。EF80の廃車に伴って常磐線運用が中心となり、そのままJR東日本に継承されて「北斗星」やJR貨物から委託された首都圏の貨物列車などに充当されました。EF510-500番台の導入に伴い、平成24年1月10日付で廃車となっています。86号機と同じくらいの活躍期間でしたが、何故か「北斗星」牽引のシーンも遭遇していませんでした。
2026.09.26
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JR貨物:EF651082EF65PFシリーズで、今回はJR貨物のEF651082です。1082号機は、昭和51年度債務で組まれた6次車で、昭和52年6月6日に落成しています。首都圏の旧型電機の置換え用として大量に増備されたグループで、登場から廃車になるまで新鶴見機関区に配置され、専ら貨物用として活躍していました。平成19年5月26日 大宮車両所にて平成20年9月23日平成21年5月23日平成23年2月27日 2082レJR貨物では、終焉となるまで原色赤プレートで活躍し、注目を集めたカマでしたが、2000番台化には選定されず、2013年度に廃車となっています。
2026.09.25
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東京都交通局:日産+西日本車体工業 RM(ノンステップ車)久し振りになりますが、都バスシリーズです。所有台数の多い東京都交通局では、毎年車両が更新され、年度によっては多くの車両が導入されます。今でこそバスの製造会社が減ってしまい、OEMにより個性的な車両もあまり見ることができなくなってしまいましたが、ノンステップ車が登場したての頃には様々なメーカー・年式の車両が走っていました。いすゞや三菱、日産を中心に、富士重工の車両なども多くあり、関東では比較的に少なかった西日本車体工業架装の車両も導入されていました。西日本車体工業の車両は殆どが96MCノンステップではなかったかと思われますが、これ以外にかなりレアな車両がいました。平成22年6月3日 一之江駅前にて 臨海支所 G896外回りで江戸川区に行く機会がありました。午前から午後の場所に移動する際、一之江駅のバス停で京成バスを待っていると、一つ前のバス停に都営のノンステップバスが停まっていました。ノンステップ車なので気にも留めていなかったのですが、「これ字幕車だね」と同伴氏に言われ、まだ発車まで時間もあったので、前に回って覗き込んでみました。すると、今までに見たこともないミョーな顔付きだったので、取り敢えず写真に撮っておいたものです。家に帰ってから調べてみますと、日産UDのシャーシに西日本車体工業RMのボディーを載せた車両で、都営バスではどうも3台しか導入していないレアな車種のようです。ミドルボディーに釣り合いの悪い大きなCNGタンクカバーを付けた、何とも不恰好に見える姿。しかし、逆にそれが非常にレアさを物語っている感じがします。フロントマスクも無用な出っ張りがあり、他ではあまり見られない特異な顔付きになっています。都バスの更新は概ね15年サイクルのようですが、この車両もCNG仕様であるため、10年程度で引退してしまったと思われます。その後も二度と会うことはありませでしたので、貴重な資料となりました。
2026.09.24
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JR九州 キハ47:筑豊本線(折尾駅)昭和57年以来、30年振りに訪問できた九州地区。1泊2日の限定ハードスケジュールであったため、博多を中心とした区間で特急列車や貨物列車を撮影するくらいしか時間が取れなかったのですが、以前にご紹介した香椎線の時と、改修工事前にと訪れた折尾駅で、筑豊本線のキハ47を撮影することができました。※撮影は、平成24年9月23日、折尾駅にて。駅全体の改修工事が始まるということで、駅舎の写真を撮るために駅の外へ向かおうとしたところ、筑豊本線のホームに出てしまいました。このホームにも2番線専用のような改札口があるのですが、旧駅舎ではないところに出てしまいます。なんとも複雑難解な駅。そこへ、ちょうど気動車編成が到着してきました。若松方面への列車は30分に1本くらいしかなかったようなので、ラッキーなタイミングでした。駅名板と共に記念写真を。筑豊本線南部では、未だにキハ47系の運用が残っているようですが、若松~折尾間では蓄電池電車BEC819系の導入により、2017年3月3日をもって気動車による運行がなくなってしまったそうです。既に高架化が完成してしまった旧折尾駅と共に、二度と見られない過去の記録となってしまいました。JR九州 キハ47:香椎線
2026.09.23
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JR東日本 DE101604DE10シリーズで、今回はDE101604号機をご紹介したいと思います。平成20年11月29日 高岳製作所連絡線にて1604号機は、昭和48年7月26日誕生の川崎重工業製。初期配置は小樽築港機関区でしたが、直ぐに鷲別機関区に転出します。昭和58年度に小樽築港機関区に出戻り、民営化を控えた昭和61年10月7日付で宇都宮機関区に転属し、そのまま民営化を迎えJR東日本に継承されました。この際に、A寒地仕様からB寒地仕様に変更工事が施工されたそうです。そのままJR東日本で長く活躍し、宇都宮→ぐんまの流れで、令和7年4月7日付で廃車となったそうです。写真は、変圧器輸送のシキ611を高岳製作所から引き継ぎ、小山駅へ向かってくるシーンを捉えたもの。同機はB寒地仕様のため主に水郡線など北関東主体に運用されていたそうで、地元で見ることはできないカマでした。
2026.09.22
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EF8180牽引:団体企画列車「カシオペア紀行」上野~札幌を結ぶ豪華寝台列車として誕生した「カシオペア」。平成11~28年まで片道定期で運転され、北海道新幹線の開業により定期列車が廃止になった後も、団体企画列車として運転が継続されました。定期時代末期はEF510-500番台が牽引を担当していましたが、貨物列車の受託解消と寝台特急等の全廃により全機がJR貨物へ売却されたことにより、団体企画列車となった以降はEF81がその牽引に復帰することになりました。また、既にいわゆるカシガマも全機が廃車となっていたため、定期時代にはイレギュラーでしかなかったいわゆる星ガマが牽引するようになり、日本で最後となった客車寝台列車を撮影する機会に恵まれました。車齢のまだ浅いカシオペアでしたが、JR東日本における機関車の全廃方針を受けたこともあり、アコモ更新などされることもなく令和6年度に廃車となり、一部を除き既に解体されてしました。地元だけになりますが、ここで「カシオペア紀行」のまとめをしたいと思います。それなりにコマ数がありますので、牽引機ごとに数回にわたってご紹介いたします。今回は、EF8180号機牽引の「カシオペア紀行」です。平成28年7月30日 9011レ平成29年6月10日 9011レ平成30年5月5日 9011レ平成30年10月28日 9012レ令和3年7月31日 9011レ令和3年11月20日 9011レ令和6年5月4日 9011レ (午前中発)EF8181号機牽引につづきます。EF64・EF81牽引:「カシオペアクルーズ」
2026.09.21
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581系・583系:特急「しらさぎ」「しらさぎ」は、名古屋~富山を結ぶ特急列車として、昭和39年10月1日、東海道新幹線の開業と同時に誕生しています。しかし、481系特急電車の落成が間に合わず、実際に営業運転を開始したのが同年12月25日となっています。昭和48年3月の改正から1往復が増発になり4往復体制となりましたが、増発分には寝台特急「金星」の間合い使用として581系・583系運用が初めて登場することになります。昭和52年3月30日 名古屋駅にて クハネ581 特急「しらさぎ2号」中学1年生の終わり、名古屋駅で写真を撮ったことがありました。寝台特急「金星」として到着した列車は一旦電車区に引き上げ、寝台の解体・整備を済ませると、特急「しらさぎ2号」としてまた名古屋駅にやってきます。「金星」は名古屋発着でしばらく存続しましたが、「しらさぎ」については昭和53年10月のダイヤ改正で583系の運用が消滅し、約5年半の活躍で終わってしまいました。683系:特急「しらさぎ」485系:特急「加越」
2026.09.20
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JR東日本 EF8186(田端機関区)EF81シリーズで、田端機関区に所属していたEF8186号機です。86号機は、昭和48年7月25日新製の三菱製で、新製配置から廃車になるまで田端機関区(田端運転所)を離れることのなかった生え抜きのカマでした。「北斗星」牽引用となっており、車体には流れ星マークを塗装してあるのが特徴となっていますが、貨物列車にも共通で運用されていました。EF8186牽引:寝台特急「北斗星」については既にご紹介済みですので、リンク先をご覧ください。平成21年6月13日 安中貨物平成22年7月10日 単機回送 AT迎え?平成22年8月19日 安中貨物平成22年10月11日 安中貨物86号機詳細は「北斗星」の記事でご紹介しています。
2026.09.19
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211系字幕車:高崎車両センターA36編成211系が東海道から全面撤退し、東北・高崎線の置き換えも始まって久しくなった時代。地元での鉄道写真から離れ、既に前面方向幕のLED化、ダブルパンタ車なんて出現していることさえ知りませんでした。デジカメを買ってから地元での撮影を行うようになり、その際に時々字幕車を見ることを不思議に思っていました。それが高崎車両センターの211系で唯一前面字幕を残した、クモハ211-1036を含むA36編成でした。共通運用も幅広く、付属編成であることから10両編成には連結されていないため、なかなか捕らえるのは困難な編成でした。平成21年7月4日 回送幕初めて捕らえたのは「回送」幕でした。平成21年9月20日 3923M 快速「アーバン」こちらは「快速」幕。平成21年9月21日 857M 前橋行一般的な「普通」幕です。白地に黒文字となります。平成22年1月16日 こちらも「普通」幕です。平成23年5月28日 こちらは珍しい「高崎線」幕です。平成23年7月27日 こちらは「普通」幕です。平成24年3月20日 こちらも「普通」幕です。平成24年3月25日こちらも「普通」幕です。本当は「東北線」幕も狙っていたのですが、運用数が少ない上に「宇都宮線」の名称が付いているため、意識的に使用しなかった可能性もあります。東海道線では最後まで使用されていた幕車ですが、この地域では唯一の編成となっていため、大変目立つ存在でした。
2026.09.18
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東京都交通局:いすゞキュービック(ノンステップ車)完全ノンステップ化されて久しい東京都交通局のバスですが、いすゞエルガが誕生する前にキュービックのノンステップ車が存在しました。同形態が生産されて間もなくエルガに移行してしまったため、いすゞ車の中でも特に希少種であったものでしたが、当時はあまりそのような知識もなく気にしていませんでした。今回は、都営バスのいすゞキュービック(ノンステップ車)を集めてみました。当時、ノンステップ車は「新しいバス」であったため興味の対象外だったのですが、キュービックに関しては好きな車種であったことや、形態の区別が付きやすかったためか、そこそこ撮っていました。平成19年8月26日 新木場駅にて 深川 E416平成20年6月7日 東京ビッグサイトにて 深川 E416撮影した時点は違うのですが、深川営業所の同じ車両でした。平成22年5月20日 豊住橋にて 臨海 F441初めて撮影したキュービックのCNG車。交差点の信号待ちで発見したのですが、カメラを取り出しているうちに信号が変わってしまい、やっと撮れたのがこの構図でした。構図は良くなかったですが、キュービックの特徴であるサイドウィンドウとCNGタンクの特徴が良く判りますね。平成22年5月20日 豊住橋にて いすゞキュービックノンステ 臨海 E414こちらも同日に撮影したもの。キュービックのノンステップ車ですが、CNG仕様ではありません。平成22年9月9日 東京駅八重洲口にて 臨海 E400こちらは東京駅で捕捉したノンステCNG車。臨時便の札が付いているので、なにか大きなイベントでもあったのでしょうか?平成23年9月12日 八丁堀駅にて 臨海 E400上の写真からちょうど1年後、現場回りの際に撮影したものですが、偶然にも同じ車両でした。都バスが好きなので、現場回りの際は常にカメラを持って臨んでいましたが、この車種に限っていうと、枚数はこれだけあっても同じ車両が重なっていました。当時はステップ車ばかり注目していた時期でもありましたし、比較的にレアなキュービックノンステップ車には出会う機会がやはり少なかったかもしれません。撮影していた当時は希少種であったことはあまり気にしたことが無く、早くに絶滅してしまったCNGの写真があったのは良い記録になりました。
2026.09.17
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西武鉄道 20000系20058編成:2代目銀河鉄道999平成31年3月、西武鉄道より『2代目銀河鉄道999デザイン電車さよならイベント』が発表されました。永らく3000系3011編成にラッピングされていた銀河鉄道で、3000系の引退に合わせて後継となっていた20058編成でしたが、平成31年3月24日のイベントを最後に、ラッピングが解除されてしまうようです。平成29年6月8日 東久留米駅にて 20058編成 銀河鉄道999ラッピング現場回りの際、偶然に撮影できたラッピング車です。後部は日陰の露出を拾ってしまい、ブレてしまったのが大変残念な写真。3000系の銀河鉄道999が廃車されたのが平成28年末ですから、この20058編成に交代でラッピングされてからまだ3年ちょっとしか経っていません。検査の際にラッピングが破壊されてしまうから、ということなのでしょうか?その後の後継編成は登場していないようです。
2026.09.16
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JR貨物 DE101748DE10シリーズで、今回はDE101748号機をご紹介したいと思います。平成24年5月26日 大宮車両所にて1748号機は日本車輛製造製。昭和52年1月17日付で熊本機関区に配置された九州っ子ですが、民営化直前の昭和61年10月26日付で品川機関区へ転出となり、そのままJR貨物に継承されています。品川機関区の廃止に伴い川崎機関区へ転出となりますが、平成10年度中に愛知機関区に転属となり、さらに平成23年度に新鶴見機関区へ出戻り、また直ぐに門司機関区へ異動とやや忙しく動き回っていたようです。平成30年初頭に岡山機関区に異動となりますが、令和2年度頃に廃車となったようです。写真は大宮車両所で公開されたもので、愛知から門司にわたるわずかな期間に新鶴見に居た頃と重なります。車体はピカピカですが、まだエンジンが入っていないみたいですね。
2026.09.15
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EF641000番台:EF641048EF64シリーズで、今回はJR貨物の1048号機です。平成23年5月16日 西国分寺駅にて 2075レ平成23年6月5日 2073レ平成24年7月21日 3070レ平成24年7月21日 3071レ平成24年8月18日 2082レ平成24年10月5日 2082レ平成24年10月6日 3070レ廃車まで原色であったことから優先的に狙いに行っていましたが、初見が遅く廃車が早かった割には、比較的に多くコマ数残っていました。他の原色とは異なるブルーで、違和感のあるカマでした。1982.7.29 新製2013年度 廃車
2026.09.14
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筑豊電気鉄道:3000形3003編成筑豊電気鉄道は、九州の黒崎駅前~筑豊直方を結ぶ地方鉄道。西鉄の子会社なんですって。関東在住の身からすれば全く縁のない地方私鉄ですが、JRになって初めて九州に行ったっ際に、フリー区間内にあったため、限られた時間の中で立ち寄りました。※撮影は、平成24年9月23日、黒崎駅前にて。3003編成1泊2日の強硬策で、とにかく時間が無かったので走行写真も撮る時間がなく、駅前に停車中だった同編成をとりあえず撮っただけという状況でした。3000形は昭和63年製だそうですが、足回りなどは旧型車からの流用らしく、既に60年以上が経過しているとのこと。老朽化と部品調達の困難さから、令和7年度より新車の投入が始まっており、今後徐々に置き換えが進むとのことだそうです。
2026.09.13
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JR東日本EF510-500牽引:安中貨物(その1)令和7年3月ダイヤ改正で鉄道貨物輸送から撤退した通称:安中貨物。運転開始当初(昭和40年代?)からは水戸線~両毛線経由となっていましたが、同線の貨物運用が取りやめとなったため、往路は東北貨物線、復路は武蔵野線経由となり、地元でもその姿を見ることが出来るようになりました。EF81牽引時代が長かったのですが、その頃の画像は過去ログでEF81各号機ごとでご紹介済みとなっておりますので、EF510-500番台牽引時代の画像を3回に分けてご紹介したいと思います。今回は、501~505号機牽引の写真で、南浦和~蕨~西川口間の撮影です。平成22年12月29日 EF510-501牽引平成23年6月29日 EF510-502牽引平成23年6月4日 EF510-503牽引平成23年9月18日 EF510-504牽引平成24年3月18日 EF510-505牽引500番台時代は結構なコマ数を撮影していましたが、若番は各1コマずつしかありませんでした。506~510号機続きます。東邦亜鉛 タキ15600:安中貨物 東邦亜鉛 トキ25000-:安中貨物
2026.09.12
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JR貨物:EF651079EF65PFシリーズで、今回はJR貨物のEF651079号機です。1079号機は、昭和51年度債務で組まれた6次車で、昭和52年11月25日に落成しています。首都圏の旧型電機の置換え用として大量に増備されたグループで、登場から廃車になるまで新鶴見機関区に配置され、専ら貨物用として活躍していました。平成22年3月7日 2071レ平成23年6月11日 3071レ平成23年6月28日 2082レ平成24年3月16日 3066レ平成24年3月16日 98レJR貨物では、終焉となるまで原色赤プレートで活躍し、注目を集めたカマでしたが、2000番台化には選定されず、2013年度に廃車となっています。
2026.09.11
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東京都交通局:いすゞキュービック(ステップ車)今回は、都営バスのいすゞキュービック(ステップ車)を集めてみました。バスの写真を撮り始めた頃、何の知識も無かったのですが、一番覚えやすかったのがこのいすゞキュービックです。なんと言っても特徴のあるフロントウィンドウですね。遠くからでも一目で判別出来ますから。さらに、地元の国際興業バスがまだ半数以上キュービックでしたから、なんか親しみがあるデザインでした。そう言えば、結婚して板橋に住んでいた当時、実車にも随分乗ったものです。まだノンステップ車が1台も運用されていませんでした。そして、都営バスのキュービックを初めて意識したのが、デジカメを買って間もない頃、昔の鉄道仲間との飲み会があり、高田馬場駅前で待ち合わせをしていた時でした。ここ、キュービックが多勢を占めていたんですね。平成19年1月7日 小滝橋営業所 A502 高田馬場駅前平成18年12月23日 小滝橋営業所 A504 高田馬場駅前平成19年1月7日 小滝橋営業所 A504 高田馬場駅前平成20年9月20日 巣鴨営業所 C161 巣鴨営業所、巣鴨白山通り平成19年1月7日 小滝橋営業所 C180 高田馬場駅前平成19年4月27日 渋谷営業所 C209 新宿西口平成19年12月12日 渋谷営業所 C209 新宿西口平成22年9月9日 深川営業所 D250 圧縮天然ガス 東京駅八重洲口平成19年1月7日 小滝橋営業所 D292 高田馬場駅前平成19年1月7日 小滝橋営業所 D294 高田馬場駅前平成23年11月21日 深川営業所 E353 都内某自動車教習所内平成24年12月17日 深川営業所 E353 新木場駅前平成22年9月9日 深川営業所 E355 圧縮天然ガス 東京駅八重洲口平成23年11月15日 深川営業所 E356 環境局中防(及び車内)平成24年12月17日 深川営業所 E358 新木場駅前平成23年9月12日 深川営業所 E363 八丁堀平成22年3月28日 深川営業所 E364 東京ビッグサイトB~E代車まで4年しか年次がまたがっていませんが、これだけでも年次や艤装によって形態差があり、なかなか興味深い車両でした。
2026.09.10
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583系:寝台特急「ゆうづる」寝台特急「ゆうづる」は、昭和40年10月1日ダイヤ改正で20系寝台客車により運転を開始した、上野~青森を結ぶ寝台特急です。1年早く誕生した「はくつる」とは異なり、常磐線経由となっているのが特徴でした。昭和43年10月改正において、東北本線の全線電化が完成し、これに合わせて583系が導入されます。「ゆうづる」は20系による客車寝台も存続したため、電車と客車による2往復の設定となりました。東北~北海道への需要が増大し、改正の度に増発され、昭和49年度までに客車3・電車2の5往復まで拡大します。さらに、昭和50年3月改正において、急行「十和田」の格上げによりさらに2往復が追加、客車4・電車3の7往復まで成長しました。昭和51年 東大宮操車場にて(再掲)東大宮操車場での1コマです。手前に583系「ゆうづる」が留置され、その奥にはカニ21「ゆうづる」が停まっています。さらに急行「鳥海」のスニ40、EF58が牽き出しているのは特急「あけぼの」です。この時代、客車2本と電車1本の「ゆうづる」が東大宮操に回送されていたと記憶しています。こちらは手前の583系「ゆうづる」を間近で撮影したもの。53.10改正前までは583系独特の文字マークで、寝台特急らしい夜光塗料のような色合いが好きでした。昭和52年 大宮駅にて新幹線の姿など全く想像も出来なかった大宮駅。東大宮操への回送列車は、大宮駅9番線で一旦停車します。そこに現れたのは関西夜行から青森運転所へ転属してきたクハネ583-29・30で、同所所属で唯一の開放型タイフォンを装備し、単調な583系群に変化を添えていました。昭和53年 上野駅にてこれは全然撮った記憶がなかったのですが、プリントしていないネガから見つけました。おそらく、上り「ゆうづる7号」ではないかと思われます。昭和57年10月12日 土浦~荒川沖間にて 「ゆうづる14号」53・10改正後、ヘッドマークはイラストとなります。しかし、当時は好きではなかったので、条件の厳しい常磐線にわざわざ撮影に行く機会はありませんでした。友人が自動車免許を取ったため、時間を気にせず撮影に行く機会が圧倒的に増えたため、57・11改正前に常磐線撮影に行きました。まだこの時点では食堂車込みの堂々13両編成で、さながら常磐線の王者的存在でした。昭和59年5月 蕨駅付近にて何かの撮影をしているときに、通り掛かった回送列車を偶然に撮影したもの。57・11改正で2往復が廃止となり、元の客車3・電車2の5往復になります。なお、客車は昭和51年から14系や24系(25形も登場)が使用されていました。青函トンネルが開業した昭和63年3月改正で客車「ゆうづる」は「北斗星」へと進化し、残った583系「ゆうづる」は平成5年12月改正で臨時化され、ほぼ自然消滅的に廃止となってしまいました。20系寝台客車編:寝台特急「ゆうづる」 EF80牽引:寝台特急「ゆうづる」24系寝台客車編:寝台特急「ゆうづる」 ED75牽引:寝台特急「ゆうづる」
2026.09.09
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JR貨物 DE101674DE10シリーズで、今回はDE101674号機をご紹介したいと思います。平成24年5月26日 大宮車両所にて1674号機は日本車輛製造製。昭和49年9月16日付で東新潟機関区に配置され、民営化後もそのまま東新潟を拠点としていたそうです。平成23年度に塩尻機関区篠ノ井派出に転属、さらに平成26年度頃に岡山機関区へ転出となったようです。そして、平成29年度くらいに廃車となったようです。写真は大宮車両所で公開されたもので、ちょうど篠ノ井に居た頃と重なります。
2026.09.08
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EF641000番台:EF641041EF64シリーズで、今回はJR貨物の1041号機です。平成23年7月18日 EF641041+EF641025 重単2085レ平成23年7月27日 EF641041+EF641020 89レ平成24年4月1日 2082レ平成24年5月19日 2073レ平成24年5月27日 3070レ平成25年9月15日 2082レ平成25年12月8日 3071レ ブレタOrz廃車まで原色であったことから、優先的に狙いに行っていましたが、あまりコマ数はありませんでした。1982.10.15 新製2015年度 廃車
2026.09.07
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国鉄 EF59形電気機関車(その2)前回のEF59の続きで、昭和58年以降に撮影したものです。EF59の形態は大きく分けると2つあり、1~19号機までが元EF53からの改造車です。各車ともに個体差があり、パンタグラフがオリジナルのもの、PS22Bに換装されたもの、テールランプがオリジナルのもの、埋め込み式に改造されたものなど、外観でも違うものが存在しました。また、20~24号機はEF56から改造されたグループとなり、20~23号機が前期型丸車体で、24号機のみは後期型の角ばった車体となります。前車と同様にパンタグラフがPS22Bに換装されたものが存在しましたが、テールランプが改造されたものは無かったようです。初回の撮影ではEF56改造のEF59に逢うことが出来ず、既に全廃になったと思いこんでいたのですが、その後の情報で1両のみ残っていることを確認していたと記憶しています。目標をそこに定め、瀬野八2回目の訪問と挑みます。挑むというのは、駅間徒歩が当たり前の時代で、駅間10km超での撮影はかなり過酷なものであったからにほかなりません。昭和58年5月15日 EF5918+EF59?? 瀬野~八本松間にて18号機は運転席が窓が白Hゴムで、プレート式のナンバーが特徴だったようです。埋め込み式のテールランプはオリジナルのEF53とは大きく印象を変えてしまっています。それでも、EF57までの旧型電機は引退してしまいましたので、この時代としても貴重な存在でした。昭和58年5月15日 重連回送この時の撮影は、前回訪問時と比較して明らかに運用が減っていました。もしかしたら、曜日が良くなかったのかもしれませんが、その辺りの記憶は全くありません。とにかく、ポイントで待っても何もこないような状態で、移動時間ばかりという印象。そんな中、国道を移動中に逃してしまったものも多くあったのかもしれません。見通しの良い場所で移動中にこのようなコマを撮ったことは、当時、非常に悔しかったのですが、今この絵を見る限り、日野のトレーラーがこんなバッチリ写っていることに大変感動しています。トラコレで作ってみたいシチュエーションです。この重連回送、左側が18号機のようですので、前の写真の補機が回送されたもののようです。右側がPS22Bへの換装車ですが、残念ながらナンバーが識別できません。昭和58年5月15日 EF593+EF5921確かこの撮影で撮った最後のコマだと思いますが、ここでやっとEF56改造の21号機に逢えました。しかし、後部ではなかったのでバッチリという訳にはいきませんでした。この後、回送にも逢えず終いで、1日掛けて歩いた割に3コマという結果にガッカリ感は最大級のものでした。昭和59年2月10日 EF5913回目の訪問は、59・2改正で大宮操車場ハンプが解体され、余剰人員になってしまった時。何もやることが無いので同僚と旅に出ました。連続の休暇を取るのは容易ではなかったですから、この休暇取得も心情としては複雑なものでした。既にEF61200の配備は終了し、EF671がちょうど誕生して運用に入った頃でしょうか。休眠状態のトップナンバーは、休車なのか稼働状況なのかもわからない状態。しかも驚いたことに、EF61200番台にも休車が発生していました。貨物列車の大合理化により、青い新性能車ですらお役御免になってしまった悲しい改正でした。平成28年11月12日 EF591 碓氷峠鉄道文化むらにて1号機は、国鉄解体末期に当時の高崎第二機関区によって保管されました。その時点でどのような保存計画があったのかは知る由もありませんが、機関車各形式のトップナンバーを中心に様々な車両が集められました。現在も、碓氷峠鉄道文化むらに大切に保管されています。昭和59年2月10日 EF5921 瀬野機関区にて構内を歩いていると、隅っこの方にスペシャルプレゼントが転がっていました。もう撮れないと諦めていたEF56改造の21号機が、なんとパンタグラフを上げて停まっていました。この時は本当に嬉しかったですね。テツではない同僚にはその喜びが伝わっていなかったようですが・・・。重連運用が当たり前の瀬野八で、何故単機で待機していたのか今でも不明です。右側には、休車を免れたEF61200番台と、登場したばかりのEF671が写っています。PS22Bに換装された姿にはガッカリというところでもあるんですが、最後の1両となったEF56の生き残り、贅沢は言えませんでした。昭和60年3月30日 高崎第二機関区にて EF5911高崎第二機関区に、全国から貴重な車両たちが集められました。その中に、廃車になったEF5911の姿も見られ、EF30とともに遠く西から来たメンバーに驚いたものです。この撮影の時には1号機がなかったように記憶しており、せっかくですから、よりオリジナルに近い形態(テールランプが原型)のEF59の方が良かったのでは?と思いましたが、EF53の元ナンバーで最若番である同車を引っ張ったのだろうと解釈していました。平成28年11月12日 EF532 碓氷峠鉄道文化むらにて11号機は、EF532に復元され、1号機と同じ碓氷峠鉄道文化むらで保存されています。
2026.09.06
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全日空:ボーイング747基本的に飛行機嫌いで、飛行機の写真というのは殆ど撮ったことがありませんでした。しかし、伊豆大島へ旅行に行った際に初めて利用し、以降もほんの数回ですが仕事や撮影で利用する機会がありました。そんな飛行機嫌いでも簡単に区別が付くのが、いわゆるジャンボジェット。B747ですね。2013年3月に国内線最終となり、引退して久しいですが、偶然に撮影していたジャンボをご紹介したいと思います。初期のものはプリントからのスキャンなので画像が悪いのでご勘弁を。平成11年7月17日 羽田空港にて大島に行った際、往きは座席が取れず、熱海から「シーガル」号で、帰路でYS-11に乗ることが出来ました。実は、飛行機嫌いの私が35歳にして自身初フライトであり、引退間近のYSに乗れたこともあって、飛行機そのものに関心を持つようになりました。そして羽田到着後、時間的にも余裕があったので展望台から女房とまだ2歳の娘を連れて飛行機を見てきました。その際に撮影したポケモンジェットがB747、しかも2機も見ることができたのはラッキーでした。記憶にはありませんが、一般的な塗装のB747も居たでしょうし、当時なら日航のB747も居たのではなかったか。そう思うとこれしか撮っていなかったのは残念でした。平成22年9月1日 「おがさわら丸」船上から小笠原への出張の機会があり、久し振りの長距離航路もあって、東京湾を出るまでは殆どデッキで過ごしました。竹芝を出て間もなく羽田沖を通過。通常では見ることのできない、羽田沖から滑走路の反対側を見ることができました。飛行機は頭上を1分に1機くらいの非常に短い間隔で飛び交うため、写真を撮るのも非常に忙しかったですね。その中で2機だけですが、B747を撮ることができました。上の写真は日航機を撮ったものですが、ちょうどその画面にポケモンジェットが写りました。その1分後に全日空塗装のB747が居ました。飛行機のことは良く分からない私ですが、ジャンボくらいは知ってます。形式までは分かりませんが・・・もうちょっと真剣に撮っておけば良かったな。
2026.09.05
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JR貨物:EF651078EF65PFシリーズで、今回はJR貨物のEF651078号機です。1078号機は、昭和51年度債務で組まれた6次車で、昭和52年11月18日に落成しています。首都圏の旧型電機の置換え用として大量に増備されたグループで、登場から廃車になるまで新鶴見機関区に配置され、専ら貨物用として活躍していました。平成21年6月20日平成22年2月20日 2071レ平成22年3月20日 3074レ平成22年4月10日 4094レ平成22年11月3日 2071レ平成22年12月25日 2073レ?平成23年2月20日 4094レ平成24年2月18日 3055レJR貨物では、終焉となるまで原色赤プレートで活躍し、注目を集めたカマでしたが、2000番台化には選定されず、2013年度に廃車となっています。
2026.09.04
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国際興業バス:いすゞエルガミオ(7m車)1999年に誕生したいすゞエルガミオ。その中でも一際目を引いた7mショートボディのミニバスが、地元を走る国際興業バスでも時折目にすることがありました。当時はそれほど関心はありませんでしたが、戸田営業所に所属していて、コミュニティバス「ぷらっとわらび」にも運用されることが良くありました。バスへの興味が段々と薄れ、そう言えば全然見なくなったと思ったら、この7mエルガミオは2001年に生産中止になっていたそうで、ほんのわずかな期間しか製造されなかったようです。過去の記録を辿ってみましたが、特殊な大きさ故に国際興業バス以外の記録は見つかりませんでした。平成19年3月14日 蕨駅西口にて 1508「ぷらっとわらび」への代走は良く見ることがありましたが、それ以外の代走はなく、写真のような貸切運用は珍しかったと思います。今は無いようですが、戸田競艇の貸切でしょうか?平成20年4月12日 蕨駅西口にて 1508 「ぷらっとわらび」代走蕨市のコミュニティーバスである「ぷらっとわらび」は、東・西・南の各ルートに専用塗装の車両が運用されるのですが、点検などで出庫できない場合、このように代走することが良くありました。クセニッツは故障が多かったらしいので、尚更かもしれません。初めから代走が想定されているようで、ご覧のような方向幕車で「ぷらっとわらび」専用の方向幕が用意されています。また、「ぷらっとわらび」は均一料金のため、前面の表示も「前のり」になっており、この形態ではサボ式になっているようです。平成20年5月18日 北浦和駅西口にて 1501京浜東北線浦和駅高架工事に伴う代行輸送取材時についでに撮影したものです。99年製のエルガミオワンステップ車で、1501は同形態車のトップナンバーのようです。これも戸田営業所の所属となっているのですが、北浦和駅まで来る運用があるのですかね。この時に初めて知りました。「ぷらっとわらび」への代走もいつの間にかいすゞジャーニーや日野ポンチョが入るようになったので、その頃に除籍になってしまったようです。
2026.09.03
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EF81田端機牽引24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」「あけぼの」は、古くから上野~秋田・青森を結ぶ寝台特急列車です。山形新幹線の開業により本来の奥羽本線を経由することが出来なくなり、「あけぼの」は上越・羽越本線経由に変更となります。また、牽引機をスルー化するため、青森区のEF81が全区間を担当していました。このうち、平成20年度に入ってから首都圏における209系の疎開回送が活発となり、双頭連結器を装備する青森区のEF81が長期間にわたり本来運用から外れたため、これを田端区のEF81がカバーすることになりました。平成20年6月8日 EF8157平成20年6月14日 EF8181平成20年6月28日 EF8198平成20年7月12日 EF8181平成20年7月22日 EF8194平成20年8月3日 EF8157平成20年8月9日 EF8195平成20年9月6日 EF8199平成20年10月4日 EF8180平成20年11月3日 EF8195田端機が「あけぼの」の運用に入るようになったのは平成20年5月GW辺りからだったようです。ほぼ隔日に運用に入り、EF64に切り替わるまで続けられていたように記憶しています。何せ冬場の撮影はほぼ不可能ですから、その辺りの時期の記録がありません。召しガマ、虹ガマ、カシガマなど、オールスター出演で、普段は特急運用に入ることの無い貨物機(星無しの赤ガマ)も出番となり、バラエティーさに華を添えました。まだデジカメを使い慣れなかったため、ピントが甘い、ブレるなど、シャープな写真が殆ど撮れなかったのが心残りです。その後、「あけぼの」の定期運転末期にEF641000番台に変更後においても、特別な事情により運用に入ったことがありました。平成24年10月14日 EF8180下りの「あけぼの」においてEF64が故障したらしく、田端のEF81が代走に入ったとのことです。田端機のEF81が牽引するのは久し振りのことです。平成25年7月28日 EF8195これもEF64の故障が原因で虹ガマが代走に入りました。前日の下りはヘッドマーク付きで運転されましたが、その際、大宮駅においてマニアが激しいトラブルを起こしたようで、上りに関してはこれに対する報復措置が取られたようです。せっかくの晴れ舞台を汚したのは心無いクソマニアが原因でした。平成25年5月25日 EF81133 大宮総合車両センターにてこちらは現役運用時代も含めて初めて撮影した133号機。展示とはいえ、パンタも上がっており、ピカピカの車体にヘッドマークが映えます。EF65牽引 20系寝台客車:寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(ナハネフ):寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(電源車):寝台特急「あけぼの」EF6437牽引:寝台特急「あけぼの」EF6438牽引:寝台特急「あけぼの」EF641000番台牽引:寝台特急「あけぼの」ED75700番台牽引:寝台特急「あけぼの」EF81青森機牽引:寝台特急「あけぼの」EF510代走牽引:寝台特急「あけぼの」24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」(秋田車)EF65PF重連牽引:臨時特急「あけぼの52号」返却回送オハネ24551:寝台特急「あけぼの」(乗車記)
2026.09.02
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北関東ロジスティクス DE101142DE10シリーズで、今回はDE101142号機をご紹介したいと思います。平成19年5月26日 大宮車両所にて1142号機は、汽車製造製で、昭和46年12月24日に岡山機関区に新製配置され、民営化直前の昭和61年10月23日に品川機関区へ転出。そのまま民営化を迎え、同区廃止により新鶴見機関区川崎派出所属となります。平成15年12月24日付でJR貨物を廃車となりますが、平成16年7月31日付で高崎運輸(株)に譲渡されたそうです。社名変更によりジェイアール貨物・北関東ロジテクス所有となりますが、平成31年3月に運用を終了。令和3年11月に熊谷貨物ターミナルで解体されたとのことです。写真は、大宮車両所の公開において展示されたもので、画面左側に写っています。この時は既に北関東ロジテクス所有となっており、故障修理で入場していたようで、今までご紹介したDE10と比べると異色のシチュエーションにあったようです。
2026.09.01
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EF641000番台:EF641040EF64シリーズで、今回はJR貨物の1040号機です。平成19年5月26日 大宮車両所にて平成22年4月29日 5585レ平成23年5月17日 5585レ平成23年7月9日 3071レ平成23年9月25日 2073レ平成23年12月15日 単8592レ平成24年3月18日 単3071レ平成24年6月16日 単5585レ平成25年4月25日 3071レ廃車まで原色であったことから、優先的に狙いに行っていたため、コマ数は多かったようです。1982.9.16 新製2013年度 廃車
2026.08.31
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エアーニッポン:YS-11私が最初に乗った飛行機がYS-11でした。地に足の付かない乗り物に恐怖を感じ、まったく飛行機を使用したことがなかったのですが、時間の都合で初めての搭乗。その頃には乗り物としての興味を持っており、YS-11が既に希少な機体になっていたことも知っており、一生の記念となる搭乗となりました。撮影は、平成11年7月17日、大島空港にて。羽田から到着したYS-11が空港ターミナル前へ。当時は大島便が3往復ありました。他に調布からの便と大型船がありましたが、ジェットフォイルが導入されたその後の悲惨な現状と違い、小さな機体のYS-11では満席となることも良くあったようです。現実、この時の旅程では往きの便はチケットが取れず、已む無く新幹線~高速船を使用しています。機体に何かマークが付いていると思ったら、エアーニッポンが25周年となった記念のようです。ちなみに、平成16年に便名をANAに統一、平成24年には全日空へ吸収合併された解散となっているようです。当時は航空機の写真を殆ど撮ったことがありませんので、エアーニッポン(ANK)としての記録もこの時限りとなっています。到着を見守ってからいよいよ初搭乗です。初めての航空機搭乗はジェットコースターの順番待ちをしている感じと似ていたかもしれません。間近でみる飛行機は大きく感じたかもしれませんが、ジェットと比べたら遥かに小さいですね。操縦席下の〒マークもご愛敬です。乗る間際もカメラを離さず、記念すべきプロペラも間近で。搭乗口からでは焦点距離35mmでも入りきれませんでした。機内は想像よりも遥かに狭く、在来線の特急列車よりも窮屈な印象。友人から「YSにはモニタを搭載していないので、搭乗案内が実演」ということを聞いていました。そんなこともあって、カメラはしまわずに手に持ったまま。同乗した娘は座席がないので抱っこしたまま、羽田までの航路を満喫しました。羽田~大島航路は有視界飛行のため、千葉~東京上空からは地上の様子が良く見えました。地図上で見ていたかつての職域であった江戸川区も、江戸川・新中川・荒川が本当に地図どおりなんだと実感。実際に空を飛んでいるのは30分強くらいだったか、あっという間でしたね。途中で空気の壁にぶち当たるような衝撃を3回くらい味わいました。まあ、今でも恐怖感はあります。その後、数回は飛行機に乗る機会がありましたが、2度目の航空機利用はなんと航空自衛隊のC-130で、またしてもプロペラ機となりました。
2026.08.30
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東武鉄道 8000系:大師線(標準塗装)過去ログにおいて、東武亀戸線で運用されていた8000系については全て公開済みとなっていますが、同じ編成で運用されていた東武大師線を1度だけ訪問したことがあり、ここで撮影したものが未整理となっていました。今回は、このとき撮影した写真を整理して、8000系2両編成のまとめにしたいと思います。※撮影は、平成29年10月1日、東武大師線にて。大師前駅 到着大師前駅 停車中西新井駅西新井駅にて 出発このときの運用は8565Fでした。できるだけ一筆書きにしたかったため、赤羽駅からバスで西新井に向かいますが、途中の大師駅近くにバス停があることを現場仕事の際に知っていたので、西新井大師へのお参りを行程に組み込み、大師線にも初乗車となった次第。本来ならリバイバル塗装車の運用を期待していたのですが、亀戸線でコンプリートすることが出来たので、これはこれで良い記録になりました。東武鉄道 8000系:8568F復刻塗装 東武鉄道 8000系:8575編成(復刻塗装)東武鉄道 8000系:8577編成(復刻塗装)
2026.08.29
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EF651000番台(4次車):EF651040~1049EF651000番台は、重連運用対応として導入されていた500番台F形に、上越線等の使用による寒冷地での問題点を改良し登場した番台で、それまでになかった前面貫通路を設け、連結向きが違っても連結できるように両渡り栓構造とした特徴を持っています。1000番台は客貨両用の機関車として製造されたため、PF形とも呼ばれました。前期形でPS17パンタグラフを搭載した1001~1055が昭和44~47年に掛けて誕生しています。今回は、撮影枚数の少なかった4次車として製造された1040~1049号機の中で、撮影していたものだけをご紹介したいと思います。なお、この4次車以降は、前面通風孔が廃されています。1040号機 既に別途ご紹介済みです。 JR貨物:EF651040(EF652040) 4次車で唯一2000番台化されました。平成20年8月2日 大宮駅にて EF651041牽引 貨物列車18きっぷでの撮影の帰路、撮影中に知り合った大学生君に得た情報で、初めて撮った原色のPFが1041号機でした。運転停車するという情報だったのですが、何故かスピードを落とさずに通過となったため、こんな写真しか撮れませんでした。1041号機 2012年度廃車昭和57年7月頃 大宮機関区にて EF651043(左)大宮操車場の職員輸送用キハの車内から大宮機関区を撮影したもの。余り知られていませんが、大宮操車場も機関車交換のターミナルとなっており、交代待機の電気機関車たちが多数休んでいました。同機はJR貨物に継承されましたが、地元で再会することはありませんでした。1043号機 2013年度廃車平成20年5月3日 佐倉~物井間にて EF651045単機同区間での撮影帰り、偶然の通った1045号機。昭和51年頃 上野駅にて 寝台特急「あけぼの」上野駅に到着する「あけぼの」を牽引する1045号機。当時はヘッドマークがなかったため、機関車を撮ることは殆どありませんでした。EF65牽引 20系寝台客車:寝台特急「あけぼの」 1045号機 2009.3.31廃車平成5年6月13日 蓮田~東大宮間にて EF651046牽引 上り貨物列車原色時代の1046号機で、ナンバーもまだプレート化されていないオリジナルの姿。JRマークがなければまだ完全オリジナルだった時代。平成23年6月26日 EF651046牽引 3055レ活躍晩年の時代。更新工事が実施されていないため、ナンバーは白色プレート化されています。休車明けで久し振りに動いたらしく、これを撮影するためにわざわざ出場し撮影したもの。この後、間もなく廃車となってしまったようです。1046号機 2012年度廃車昭和53年10月1日 EF651047牽引 125レEF651047牽引:普通列車(旧型客車) 昭和58年10月5日 宇都宮駅にて EF651047牽引EF651047牽引:「サロンカーなにわ」 同機も更新工事を受けていなかったらしく、比較的に早いうちの廃車となってしまったようで、民営化後の出会いはありませんでした。1047号機 2009.3.31廃車昭和60年3月17日 栗橋~東鷲宮間にて 「あけぼの6号」EF65牽引 24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」昭和60年10月17日 東大宮~蓮田間にて 「与野市民号」EF651049牽引 12系オク座:団体列車「与野市民号」 平成20年3月29日この頃は記録を撮っていなかったので列車番号は不明ですが、夕方の下り貨物列車です。やはり更新工事を受けていなかったため、白ナンバーでプレート化されていました。1049号機 2010.3.19廃車
2026.08.28
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国際興業バス:いすゞキュービック(ノンステップ車)今回は、国際興業バスのいすゞキュービックで、ノンステップ車です。3005 平成18年11月4日 赤羽駅西口 赤羽営業所 98年式キュービックノンステップ車ですが、国際興業では30両しか導入されておらず、全体から見てもかなりの少数派となります。塗装は導入時から明るいグリーンに変わり、その後の同車の標準カラーとなりました。3026 平成20年5月18日 浦和駅西口にて 西浦和営業所 99年式浦和駅高架化工事の代行輸送取材時に浦和駅前で捉えたものです。付近を走る代行輸送バスとの組み合わせも思い出のシーンとなります。キュービック伝統の顔をそのままノンステップ車に付けた形態で、エルガ登場までの過渡期的存在でした。新塗装でありながら、方向幕式なのも好感が持てました。結構走っていたようにも思ったのですが、撮りに行ってみると以外に会う機会が少なく、記録できたのはこの2枚だけでした。
2026.08.27
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旧型国電 身延線:クモハユニ44803身延線クモハユニ44シリーズの最終回となります。最後はクモハユニ44803です。戦後、横須賀線から都落ちした4両のうちの1両(44003)は、他車が全低屋根改造を受けていた際には大糸線へと活躍の場を移していたため、原形のまま運用されていたようです。他車と同時に何故か44000と改番されてしまい、さらに大糸線から身延線に転属した際、低屋根改造を受けてクモハユニ44803へとさらに改番されたということです。44803が低屋根改造を受けた時代には、パンタグラフ部の部分低屋根化改造が一般的となっており、クモハ43のように前パン車についても、パンタグラフを後部に移設の上、部分低屋根改造されました。そのため、このクモハユニ44803のみ、他車とは違った風体となっていました。昭和56年7月23日 金手駅にて クモハユニ44803雨樋は丸化されてしまいましたが、全低屋根とされなかったのでいちばん原型に近いスタイルになっていました。特に改造当初は前面窓に桟が残っていて、さらに原型に近かったようです。パンタグラフを撤去した屋根前部にはベンチレーターが設置されなかったため、改造車らしい痕跡が残っていました。旧型国電に興味を持ち始めた頃には終焉を迎えてしまい、身延線については殆どの車両が最初で最後の出逢いで終ってしまいました。旧型国電 身延線:クモハユニ44801旧型国電 身延線:クモハユニ44802旧型国電 身延線:クモハ60旧型国電 身延線:クモハ51系旧型国電 身延線:クモハ51852旧型国電 身延線:クハ47旧型国電 モハ62系:身延線 アコモ改造車115系:身延線 ワインレッド色郵便・荷物合造車:クモユニ143(身延色・長岡運転所時代)
2026.08.26
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HB‐E300系海里:団体列車「月光(ムーンライト)海里」令和8年5月、通常では首都圏で見ることのないHB-E300系海里が上京しました。コロナ禍以前は、尾久車両センター公開にこのような地方イベント車両が姿を見せることがありましたが、近年は商売っ気丸出しのイベントのみが実施され、このような特殊な車両に触れる機会がなくなってしまいました。上野駅 海里 展示イベント(2026年5月16日) - 鉄道コム今回は、上野駅において飲食等を伴った有料イベントの実施と共に、往復の車両移動に乗客を募り、団体イベント列車として仕立てられたものです。しかも、通常であれば前日送り込み、当日又は翌日の返却が組まれるケースが殆どですが、今回は往路・復路とも夜行営業ダイヤが組まれており、いわゆる「夜行列車」と仕立てられた点において特異な存在でした。※撮影は、令和8年5月16日です。HB-E300系 9852D 団体列車「月光(ムーンライト)海里」歩道橋の反対側には既に4人がスタンバっていて、私と同着の方も反対側へ行きました。私はカブられるのを嫌って側面逆光側へ。それでも比較的に色がでましたね。後部も撮ろうと思っていたのですがすっかり忘れ、慌ててバックショット。しかし、どこを測ったのか真っ黒に潰れ、画像加工で最大限に明るくしてここまで補正しました。側面から乗客が乗っている姿が見えましたが、多分、満員御礼でしょうね。朝6時過ぎの到着はさぞや眠いことでしょう。新車はあまり興味が無いのですが、ネタになりそうな列車が全て消えてしまった地元では、地方に行かないと見ることのできないこうした車両が唯一のネタになります。JR東日本では、改造による新たな夜行列車も計画されているそうですので、一度は消滅してしまった夜行列車がまた時折姿を見せるようになることになれば楽しみです。
2026.08.25
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EF641000番台:EF641019EF64シリーズで、今回はJR貨物の1019号機です。平成21年9月6日 2073レ平成22年2月20日 8592レ 与野駅付近にて平成22年2月20日 2073レ 平成22年7月26日 6789レ平成24年1月9日 重単2085レ EF641019+EF641041平成24年5月19日 3071レ平成24年10月13日 8592レ平成25年1月12日 3055レ平成25年9月14日 3071レ最後まで原色青プレートであったため、他よりも多く撮影していました。他よりも早めに廃車されています。1981.7.30 新製2018年度 廃車
2026.08.24
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東武鉄道 1800系:急行「りょうもう」平成30年5月20日、東武鉄道で最後まで残っていた1800系最後の1編成である1819Fがラストランを迎え、その活躍にピリオドが打たれました。急行「りょうもう」用として誕生した1800系ですが、200系・250系化による特急格上げに伴い、殆どの1800系が改造に供され、普通列車やサポート的な特急列車等で使用されるようになりました。姿を変えて生き永らえてきた元1800系の車両たちも、普通列車改造組は早々に廃車され、臨時特急などに活躍した300系も平成29年春に引退。あとはわずかに残った350系と、1819Fだだけになっていました。1819Fについては『東武鉄道 1800系:1819F「臨時快速」』にてご紹介済みですが、急行「りょうもう」時代の写真はアーカイブしていませんでしたので、引退に合わせて整理しておきたいと思います。撮影は、平成2年6月24日、加須~羽生間にて。上から3枚が6×4.5、最後の1枚が6×6で撮影しています。フィルムスキャンをしていないのでプリントからのスキャンとなっていますが、この時のプリントが何故か色調が良くなく、さらにスキャンで画質が悪くなってしまいました。1819Fは最後発で、ライト形状やクーラーキセがに特徴がありますが、この時の撮影はいずれも初期車でした。急行「りょうもう」が特急化により新車が導入されるという告知があった頃で、慌てて押さえに行ったような記憶があります。この頃はクルマの運転も好きだったので、時間があればひょいとハンドルを握って走り回っていました。確か4両編成時代にも撮ったような記憶があるのですが、写真が見当たりません。出会いの頻度はそれなりにあって、とにかく地味な印象の東武鉄道の中でも一際目立つ存在であった1800系も、撮影の機会がまるでない車両でした。
2026.08.23
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1183系0番台:前面貫通扉を開ける特急電車の前面貫通扉の起源は、581系寝台特急電車に遡ります。その後485系クハ481200番台、そして、183系や381系へと波及していきます。この貫通扉、そもそもは将来の分割併合に備えたものとして位置付けられていたようですが、183系に導入された理由は、東京~錦糸町間に総武快速線の地下線区間が開業したため、災害時における避難用出口として、当時の法令基準において必要だから設置されたことに他なりません。そのため、581系(583系)やクハ481200番台とは、明らかに目的が違うと言えます。昭和52年頃 品川駅にて 貫通扉を開けた183系写真は、幕張電車区からおそらく大船工場へ検査に向かうための回送列車と思われます。品川駅で見るのが珍しかったために何となく写真を撮っていたら、運転士が何を思ったか、突然貫通扉の開け閉めを行い始めたのです。当然そのようなことをする必要性がなく、運転台へ出入りしながら、明らかに私たちを意識して行っているようでした。サービス精神としてやってくれたのかもしれません。当時、併結運転を行っていた特急電車は、「かもめ」「みどり」以外にはなく、東北方面から貫通型を取り寄せて設定されたのですが、肝心の貫通扉は使われなかったようです。確か、紀勢本線の「くろしお」増発時において、381系100番台増備までのつなぎとして485系を使用した際、改造により誕生したクハ481800番台(簡易貫通扉設置車)と200番台により、初めて貫通扉が使われるようなったと記憶しています。その後においては、「シュプール」の485・583系の併結や、房総地区における183系の基本+増結、「雷鳥」「しらさぎ」による基本+増結など、結構メジャーに見ることが出来るようになっています。途中駅での併解結のある列車では見ることは出来ますが、房総地区での併解結は電車区内で行われていた筈ですので、なかなか見ることのできないシーンではなかったでしょうか。
2026.08.22
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JR貨物:EF651072EF65PFシリーズで、今回はJR貨物のEF651072です。1072号機は、昭和51年度債務で組まれた6次車で、昭和52年5月27日に落成しています。首都圏の旧型電機の置換え用として大量に増備されたグループで、登場から廃車になるまで新鶴見機関区に配置され、専ら貨物用として活躍していました。平成21年12月5日平成22年5月30日 2071レ平成23年4月24日 4094レ平成23年8月20日 遅3074レ平成24年4月1日 4094レJR貨物では、終焉となるまで原色赤プレートで活躍し、注目を集めたカマでしたが、2000番台化には選定されず、2013年度に廃車となっています。
2026.08.21
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国際興業バス:いすゞエルガCNG今回はバスネタで、国際興業バスのいすゞエルガCNGです。一時期、都心では何処へ行っても見掛けることのできたCNGタンクを載せたバス。平成末期においてすっかり見ることがなくなりました。地元では見ることのできなかった国際興業バスのCNG車ですが、浦和駅の高架切換工事を取材に行った際、偶然にキャッチできたものがありました。この時のものだけしかありませんが、まとめにしておきたいと思います。※撮影は、平成20年5月18日です。南浦和駅西口にて いすゞエルガCNG 3912(H15年 西浦和営業所所属)北浦和駅西口にて いすゞエルガCNG 3913(H15年 西浦和営業所所属)いずれも浦和駅高架工事に伴う代行輸送に供出されたバスです。この日、現認した番号から39台のバスが各所から召集されて代行輸送に当たっていたと思われますが、CNG車(KL-LV834L改)はこの2台だけでした。CNG車には専用の充填スタンドが必要なため、稼働範囲が限られていたと思われ、台数もそれほど居なかったのかもしれません。他の方の情報では、CNG車は故障が頻発し、早期廃車になったものが多かったようです。
2026.08.20
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東京都交通局:7000形(7022・復刻塗装)都電7000形のうち、後年の7022は、冷房改造前の姿に塗装を復刻して営業運転を行っていました。自分の年代としてはリアルに見てきた姿ですので、その存在は嬉しいものでした。平成19年11月25日 熊野前にて都電撮影の帰り、熊野前電停で乗車待ちしていると、目の前に突然姿を現しました。なんのことかさっぱり分からずに、アタマの中が真っ白。おぉ、昔の塗装だ!とアタマが理解するまで結構時間が掛かりました。慌ててしまってあるカメラを取り出し撮影したもの。こんな車両が走っていることは全然知りませんでした。平成22年9月10日 鬼子母神にて現場での昼休み、電停が近かったのでちょっと撮影にと行ってみると、偶然にも7022がやってきました。この辺りは線形に変化があるので、4ショットも撮ってしまいました。それにしても、どうしてこいつだけシングルアームなんでしょう?平成24年11月13日 庚申塚にてこれも現場での昼休み、食後の散歩の際に捉えた7022。アタマが切れちゃっていますが、いつの間にかパンタグラフがひし形に変わっていました。平成26年1月13日 王子駅付近これは北王子支線の撮影のついでに寄ったもの。これも偶然。平成26年11月15日 王子駅付近これは尾久車両センター公開の帰り道ですね。都電荒川線での撮影はそれほど多くないですが、2回に1回くらいは7022号に遭遇していたかもしれません。2018年12月27日付で廃車になり、解体されてしまったそうです。
2026.08.19
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JR東日本 E721系:東北本線(黒磯~新白河)黒磯駅における交直流切替方式の変更により、東北本線黒磯口に運用されていた交流電車が運用できなくなりました。平成29年3月14日のダイヤ改正から実施されたもので、それまで駅構内で行われていた地上切替方式が、駅間における車上切替方式となっています。このため、黒磯駅構内がすべて直流電化となりました。これに伴い、黒磯から、新たな運用の切替点となる新白河間の運用が分断され、交直直通列車が消滅。この区間は新たに増備されたE531系及びキハ110系によるアクセスとなりました。過去ログで同区間を走る701系と719系はアップしておりますが、新車にしてやはり離脱を余儀なくされましたE721系をご紹介したいと思います。※撮影は、平成22年5月2日です。白坂駅にて白坂駅を出発するE721系4連。白坂駅はそのむかし「追い越しの要衝」とされるような駅で、急行「いいで」「ざおう」ですら運転停車をして特急「やまびこ」に追い越させるというような役割ももっていました。1面2線のホームは副本線となっており、その外側に本線通過線を備えていましたが、現在は上り通過線が本線ホームに、下り副本線が下り本線となっています。比較写真で、東北新幹線開業前の白坂駅です。ED75牽引の上り普通列車が退避となり、その横を特急「ひばり」が駆け抜けていきます。高久駅にて高久駅を発車するE721系4連の下り普通列車です。電車を低床化することにより、ドア付近のステップを廃し、バリアフリー化を達成しました。高久駅はむかしもこの時もあまり変わっていませんでしたが、乗客数が昔からすくなかったため、さすがに無人化されています。現在はE531系による運転となってしまったようですが、ホームを嵩上げしないとかなりの段差になってしまう筈で、今はどうなっているのでしょうか?JR東日本 719系:東北本線(黒磯~新白河) JR東日本 701系:東北本線(黒磯~新白河)
2026.08.18
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名古屋鉄道 7000系:パノラマカー豊橋口では名古屋鉄道と線路を共有しており、旧型国電末期に数多く飯田線を訪れ、豊橋口から撮影に入る際には7000系・7500系といった名鉄パノラマカーは嫌ってほど目にしていました。しかし、旧型国電にしか興味がなかった時代だったので、名鉄車両では旧型の荷電の写真を1枚撮ったきりで、パノラマカーが引退になると知った時は非常に悔しい思いをしたものです。時は流れ、平成17年。愛・地球博の開催にちなみ、名古屋の親戚を訪問するとともに、愛・地球博へ。そして、女房と娘が別行動をする日に名鉄の撮影に行ってみました。折しも中部国際空港セントレアが開港となり、名鉄特急の体制も大幅に変化しました。特に、元祖パノラマカーやその後継のパノラマデラックスさえも廃止になってしまうという。ミュースカイの誕生と共に、それまでのフラッグシップとなっていたパノラマsuperも4両編成は2つにばらされ、1200系と手を組むことになります。当時、この情報を得たのは鉄道ダイヤ情報のみ。どうにか最後の姿を見てみたくて名鉄撮影を試みたのですが、パノラマカーは既に運用が無くなってしまったのか、出会うことが出来ませんでした。撮影の移動の合間、枝線に停車していたパノラマカーを発見するも優等列車に乗っていたため戻ることもできず、名鉄自体に明るくなかったためどこを走っているかさえ分からない。なんとも情けない話。日没が近くなり、撮影を諦めて名古屋へ戻る際、停車中のパノラマカーを発見。撮影していると続けてやってきたため、最期の最後に写真に収めることができました。※撮影は、すべて平成17年7月23日、金山駅にて。既に特急運用からは外れ、おそらくは夕方のラッシュで運用が増えるときに車庫から出てきたのでしょう。まだデジカメの無い時代で、しかも中判カメラしかもっていませんから、駅撮りは苦痛でした。時間は覚えておらず、空が真っ暗になっていることから既に19時は回っていたのでしょう。どの編成か忘れましたが、撮影した後にわずかな区間ですが乗ることもできました。低い天井、パノラマ室に繋がる緩やかな床の傾斜の感覚は、今でも印象に残っています。昭和56~58年は、むしろパノラマカーばかりが走っていたイメージの名鉄で、ちょうど白帯車とか6000系顔の特急車とか、今考えれば1枚も撮っていなかったことは後悔でしかありません。
2026.08.17
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東海道新幹線:700系本記事は、2020-02-15に投稿したもので、当時の表現になっています。平成11年に量産化され、東海道・山陽新幹線で活躍した700系新幹線が、令和2年3月、東海道新幹線から姿を消すことになりました。カモノハシのようなユニークな顔の新幹線も、誕生から20年で東京~新大阪間で見ることができなくなってしまいます。0系や100系を追いやり、さらには300系から最優等「のぞみ」の座を奪った新鋭も、後継のN700系シリーズにその座を奪われ、山陽新幹線にわずかにその姿を残すのみとなります。撮影対象としては思入れもなかったため、殆どはついでに撮影した記録のみとなってしまいました。平成19年11月23日 小田原駅にて平成19年11月23日 大田区馬込付近にて平成20年8月16日 三島駅にて 「のぞみ76号」この辺りまでは、500系「のぞみ」の写真を撮影するついでに撮ったものばかりです。平成21年8月23日 近江長岡付近にて平成23年11月15日 汐留にて平成24年10月12日 新橋付近にて500系がなくなってから全く興味が無くなり、この辺りでは新幹線沿線に居たので「何かくれば良い」くらいに撮ったものでした。平成29年2月5日 東京駅にて 「ひかり461号」この方面からしばらく外れていましたが、103歳で亡くなった女房方の祖母の葬式に参列するため、名古屋まで行きました。仕事の関係で日帰りとなったため、早朝の新幹線に乗るために東京駅へ向かうと、隣には先々発の「ひかり461号」が停まっていました。この頃には既に700系の稀少感も高まっており、「700系を撮る」ために記録したものです。平成29年2月5日 東京駅にて同日の帰り、東京駅に到着すると、ホーム反対側に運良く700系が停まっており、側面のエンブレムを撮影することができました。たった20年ですが、その技術・経験は現在のN700系シリーズに確実に受け継がれており、東海道・山陽新幹線のスピードアップに大いに貢献した車両であることに間違いはありません。
2026.08.16
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185系:特急「踊り子115号」(大宮延長)※本記事は、2020-11-29に投稿されたもので、当時の表現になっています。令和3年春のダイヤ改正で185系の撤退が決まった特急「踊り子」。特急「踊り子」の運転区間は東京~伊豆急下田となっており、時代を追うごとに始発駅に変化をもたらしてきました。近年までは大宮始発の「踊り子」も設定されていましたが、利用状況が良くないこともあってか、平成28年くらいを最後に設定されなくなってしまったようです。大宮始発(延長運転)の伊豆特急は「スーパービュー踊り子1号」が定番で、検査等で車両が足りないときは185系による大宮始発の「踊り子」が設定されました。いずれも新宿始発となる「踊り子」の延長運転であるため、大宮~新宿間は貨物線経由でした。一方で、平成27年3月に上野東京ラインが開業したことにより、貨物線経由だけではなく、東京発の「踊り子」でも大宮始発着の延長運転が可能となりました。そしてこの年の夏臨において、初めて185系による大宮始発~上野東京ライン経由の「踊り子115号」「踊り子114号」が設定されました。平成27年8月15日 185系A6+C6編成 臨時特急「踊り子115号」定期列車の「踊り子115号」をそのまま大宮始発として設定したため、基本+付属の15連で運転されたのが特徴です。それまで運転された大宮始発では基本10連のみの編成となっていたため、15連での運転はこの時が初めてであったと思われます。運転日は8月13~15日の3日間のみで、その後の年末年始の設定もなく、以後において定期列車の延長運転が設定されることはありませんでした。185系電車の大宮配置化と上野東京ラインの開業による副産物でしたが、地元でフル編成の正調「踊り子」を見ることができたのはこのワンシーズンだけであり、大変貴重なシーンとなってしまいました。185系:特急「踊り子」(国鉄時代)185系:特急「踊り子」(東海道線)251系:「スーパービュー踊り子」EF651116牽引 14系客車:臨時特急「踊り子」EF5868牽引 14系客車:臨時特急「踊り子」EF5861牽引 14系客車:臨時特急「踊り子」E259系:「マリンエクスプレス踊り子」(展示)185系OM08編成:臨時特急「上州踊り子」
2026.08.15
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EF66牽引:寝台特急「あかつき」「彗星」寝台特急「あかつき」は、昭和40年10月、新大阪~西鹿児島・長崎間に20系客車を使用して運転が開始されました。東海道新幹線の開業以降、関西から対九州への寝台列車需要が拡大し、新幹線博多開業の直前では、臨時列車を除いても7往復が設定されていました。一方、寝台特急「彗星」は、昭和43年10月に運転が開始され、大分・宮崎・都城の各行先が誕生し、やはり新幹線博多開業までに最大で5往復(臨時列車を除く)まで成長しています。新幹線博多開業により運転本数が減便され、特に鹿児島本線方面への寝台特急は「明星」へと名称を統合したことにより、「あかつき」は対長崎・佐世保に限定した列車名となってしまいました。その後の旅客需要縮小は顕著となり、昭和57年11月改正で「あかつき」は2往復化、昭和59年2月改正では1往復が長崎・佐世保編成、もう1往復の佐世保編成が廃止されて「明星」と長崎編成の併結運転となります。「明星」との併結列車は昭和61年に廃止となり、1往復のみが存置されました。平成12年に佐世保編成が廃止され、編成を短縮した「彗星」との併結運転となっています。平成17年には「彗星」が廃止、「なは」との併結運転となり、平成20年3月をもって廃止されました。※撮影は、平成14年3月29日 新大阪駅にて。EF66牽引 寝台特急「あかつき」「彗星」プリントからのスキャンなので不鮮明ですみません。レガートシート車の記録もこれのみ。従姉妹の結婚式に向かう際、新大阪で途中下車して撮影したもの。他の列車を撮影している最中に来てしまい、慌てて撮影したため構図も非常に悪いものとなってしまいました。新大阪止まりなら駆けて行って撮影するところですが、京都行のため停車時間が短く、これが精いっぱいの撮影でした。この時点ではまだ廃止されるとは思っていませんでしたので、執着していなかったのが仇となり、「あかつき」としても関西ブルトレとしても最後の写真となってしまいました。カニ24100番台・スハネフ15:寝台特急「彗星」583系:寝台特急「彗星」EF65:寝台特急「あかつき」
2026.08.14
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飛行船:メットライフアリコ&名探偵コナン今回は超レアネタです。もう二度とないかもしれません。近年は飛行船って殆ど見掛けなくなりました。20年前くらいは新宿の高層ビルの中から良く見掛けましたし、荒川や高崎線沿いに飛んでくることが多かったので地元でも良く見ました。特に静かな休日だと、ゆっくりとしたエンジン音が聞こえ、空を見上げるとふらふらと風に煽られながら飛ぶ飛行船を見て「酔いそう」と思いながら見ていました。数10年前は飛行機よりも安価な交通手段としても使われたようですが、機体の大きさの割には大勢の旅客を乗せることができないし、なによりも飛行速度が遅い。風にも弱い。私の知る限り、飛行船は「広告手段」でしかなかったと思います。沿線で列車の撮影中に出くわし撮影したものが数枚ありますのでまとめておきたいと思います。平成22年5月8日 名探偵コナン湘南新宿ラインと並進してきた飛行船。『名探偵コナン 天空の難破船(ロストシップ)』のCMでした。Wikipediaには載っていないようです。この映画は家族で公開初日に見てしまっていたので、インパクトはあまり感じませんでしたが、家に帰ってから家族に話したら嫁も娘も羨ましがっていました。平成22年12月18日 メットライフアリコ平成24年4月30日 メットライフアリコアリコジャパンからメットライフアリコにに社名を変更した際にPRで飛ばしたらしいですが、結構長い期間使用されていました。「スヌーピーJ号」という名前が付いていたらしいです。桶川の飛行場が基地になっており、人目に触れやすい新宿や渋谷方面に飛ばしていたのでしょうが、直接収益に繋がるほどのPR効果はあるのかな?という感じがしますね。経費も掛かるでしょうから、利用しようとするスポンサーが現れないのも分かります。しかし、こうした技術は一度立ち消えてしまうと復活させることは難しくなるので、淘汰されてしまって良いのか?という想いもあります。
2026.08.13
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国際興業バス「ぷらっとわらび」:ワーゲン・クセニッツ蕨市のコミュニティーバスである「ぷらっとわらび」。2002年の運転開始当初からオーストリアのクセニッツ製(シャーシはフォルクスワーゲン製T4)2台で運行を開始しており、ルート増設に伴い、若干スタイルの異なるもう1台を増備し、計3台で運行していました。(運行は国際興業バス戸田営業所。)当時、詳しくは知らなかったのですが、クセニッツ製は故障が多いらしく、コミュニティーバスにあるまじき余計な維持費が掛かってしまうことから、国内での需要が激減。メーカーであるクセニッツの輸入代理店も2005年に撤退してしまい、維持の困難から早々に国産に切り替えてしまった自治体が殆ど、という事態になったそうです。蕨市においても2007年頃に初代の赤塗装と緑塗装の2台が日野ポンチョに置き換えとなり、増備車オレンジ塗装の1台だけがクセニッツのまま運用されていました。しかし、それも2009年11月末で運用から外れ、12月1日からは同様に日野ポンチョに置き換えられてしまいました。平成20年5月14日 蕨駅西口にて増備車で最後に残った1台のクセニッツ。初期導入の2両とは若干印象が異なっていました。ボンネットスタイルがコミュニティバスらしくカワイイ感じでした。後部に停まっているのは置き換え後の日野ポンチョです。平成20年5月18日 蕨駅西口にて停車中は右側が大きく下がり、ステップが低くなるようになっています。現在のノンステップバスでは当たり前のギミックになっています。後部には車椅子乗車用の扉が付いています。前述のような事情から早いうちに撤退し、普通なら10~15年は使える自動車でありながら、たった5年ほどで廃車・解体されてしまったものの少なく無いようでした。市では税負担軽減のために同車をオークションに出品したようですが、当時のリンクは既に切れており、どうなったか分かりません。この記事を初期掲載した時からも既に16年以上が経過していますので、おそらくは現存していない形式かと思います。このような不出来な車両の話を聞くと、かつてのDD54のような不運な車両が思い浮かんでしまいます。
2026.08.12
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旧型国電 飯田線:クモハ53008飯田線旧型国電シリーズで、洗練されたスタイルで人気があったクモハ53008をご紹介いたします。戦前型2ドア車として誕生した32系電車。そのあとを追うように誕生したのが、電動車を20m化した42系電車です。42系電車は、32系を踏襲したスタイルとなって登場しました。一方、流電モハ52型誕生後の昭和12年に誕生した3次車は、保守や作業で不便であった流電スタイルから前面貫通型に大幅変更され、モハ43の追番が与えられました。しかし、性能はモハ52系と同じもので、52系に分類されるいわゆる合いの子流電の誕生です。狭窓がずらりと並ぶモハ42系とは対照的で、流美が特徴的な2ドアスタイルとなりました。先頭車となるモハ43は、038~041の4両が製造され、両先頭車がモハ43の編成となっていたため、クハは存在しません。038は戦災で廃車となり、040と041は出力アップでクモハ53に形式を変更、039は低屋根化の上クモハ43810となって身延線へ転身しています。クモハ53となった2両のうち、元43041のクモハ53008は、張上げ屋根から標準化改造が実施され、飯田線で活躍しました。最後まで張上げ屋根のまま活躍しいたクモハ53007に比べるとやや地味な存在ではありましたが、ノーシル・ノーヘッダーの流美な2ドア車は飯田線で最後の旧型国電となるまで活躍しました。昭和57年8月10日 辰野駅にて飯田線ホームで折り返しを待つクモハ53008。隣の貨物ホームも車扱いが行われています。当時としては何気ない日常の風景でした。昭和58年1月10日 豊橋駅にてこちらは反対側の起点となる豊橋駅。駅舎は大きく変わりましたが、今も同じ場所から飯田線が発着します。写真を撮っているホームは名鉄と共通で使われていました。2両編成の相棒はクハ47009で、こちらは20m級2ドア車ながら、モハ32系に属するクハ47となっています。昭和58年4月17日 向市場~城西間にてついでに撮った写真なのでいい加減な構図です。渡らない鉄橋で雨の中を待っていて、撮れたのはこの列車の前後部の2カットだけでした。昭和58年2月23日 伊那本郷~飯島間にてクモハ53008+クハ47009+クモニ83×2の4両編成。私の好きな車輌を全て連結しているお気に入りの写真です。昭和58年8月6日 伊那松島機関区にて 2026.09.24 追加同車は「さよなら運転」による最終編成まで使用され、最後を飾りました。ネガからスキャンしたのですが、カラーバランスが壊れていたのでモノクロ化してご紹介です。KATO クモハ53を出して見る(その2): マル鉄コレクション館
2026.08.11
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211系:東北本線・高崎線(東北貨物線迂回運転)浦和駅の高架化工事が実施された平成。工事規模が大きいため、数回に分けて大規模な変則運転が実施されました。その中で、湘南新宿ラインから撤退していた211系編成が貨物線を迂回運転し、久し振りに区間限定ながら貨物線運転が復活した時の写真をまとめます。平成20年5月28日 列車番号不明平成21年12月20日 いずれも列車番号不明平成23年3月6日 高崎線 列番不明平成23年3月6日 高崎線 928M平成23年3月6日 高崎線 932M?平成23年3月6日 高崎線 921M湘南新宿ライン開業前の一時期には貨物線を走る211系電車がありました。開業後はE231系のみの運転となってしまい、このように端っこを走る姿が見られなくなっていました。まだ211系終焉前ではありましたが、撮りたいときにはなかなか来てくれないのが常。そんな中でやっと撮ることができた少ない写真です。
2026.08.10
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EF641000番台:EF641018EF64シリーズで、今回はJR貨物の1018号機です。平成21年5月23日 2073レ平成22年8月24日 6789レ EF641018+EF641019 平成22年12月12日 2073レ平成24年5月26日 3071レ平成25年5月25日 3071レ平成25年6月1日 5078レ 西浦和~北朝霞間にて意外に撮影コマ数多めでした。1981.7.16 新製2023年度 廃車
2026.08.09
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EF15(東京機関区)牽引:荷2935レ 荷物列車EF15シリーズです。今回は最終回で、東京機関区所属機が荷物列車を牽引していたシーンをご紹介したいと思います。まずは1530号機です。EF15の正面窓には基本的にヒサシがついています。上越仕様のツララ切りタイプのものがありますが、上端が曲線になっているのが一般的です。しかし、30号機は何故か上端が直線になっており、さらにやや高い位置に設置されているため、EF15一族の中でも非常に特徴的な顔をしていました。昭和52年頃 上野駅にて EF1530牽引 荷2935レモノクロとカラーで違いますが、影の位置や汚れの状況から同じ時に撮影したもののようです。EF15と言えばれっきとした貨物用機であり、客車である荷物列車を日常的に牽くことがあるというのをこの時に初めて知りました。これは、隅田川駅から常磐線を経由し、品川駅まで運転され、さらに品川駅から汐留駅発の荷物列車と併結し、東海道本線を下って行ったということです。写真は上野駅停車中の同列車で、隣のホームには169系急行「妙高」が停車しています。昭和52年頃 東京駅にて EF1530牽引 荷2935レこちらも同じ頃に撮影した荷2935レです。やはり30号機が牽引しており、東京駅ではホームの無い11番線に一旦停車し、時間調整を行っていたようです。12番線に停車中の153系は、急行「東海」のようです。【参考写真】昭和51年頃 西川口~蕨間にて EF1530牽引 貨物列車(再掲)過去ログ『EF15(東京機関区)牽引:客車併結回送 』でご紹介いたしました、旧客を併結回送する貨物列車を牽引する30号機です。30号機昭和22年 9月30日 三菱製 新製配置 水上機関区昭和24年 4月10日 高崎第二機関区へ移動昭和33年 8月 9日 新鶴見機関区へ移動昭和38年 3月12日 宇都宮機関区へ移動(借入れにより37.8.11より在籍)昭和43年10月 9日 再び新鶴見機関区へ移動昭和47年 3月15日 東京機関区へ移動昭和54年 5月 7日 廃車次にEF1511号機です。EF15の中でも、廃車になるまで唯一テールランプが改造されず、引っ掛け式のまま残ったカマでした。昭和52年頃 品川駅にて EF1511牽引 荷2935レ戦前型の電機はほぼ引っ掛けテールでしたが、殆どの貨物機は埋め込み式に改造されてしまいました。EF15も埋め込み式テールしか見たことが無かったので、この11号機を初めて見た時はコーフンしちゃいました。地元では沢山の東京機関区のEF15のスジがあったにもかかわらず、1度も見ることがありませんでした。それでも何度か遭遇をしたことはありましたが、不意に出くわすために写真を撮ることができず、このときは運良くカメラを出していたために何とか撮ることができたのです。慌てていたためか、かなりの早切りでした。拡大してみました。EF15は埋め込み改造後のものばかりでしたので、むしろこの引っ掛けテールの方が余程違和感があります。でも、そこが良いんですよね。正面には大型の通風孔も残されており、かなり原型に近かったのではないかと思われます。しかも、貨物機が荷物列車を牽いている訳ですから、なんともレアな記録です。データ昭和26年 6月26日 日立製 新製配置 沼津機関区昭和26年 6月29日 浜松機関区へ異動昭和27年 3月12日 沼津機関区へ異動昭和36年 9月29日 岡山機関区へ異動昭和40年 9月27日 新鶴見機関区へ異動昭和47年 3月19日 東京機関区へ異動昭和55年 2月 2日 廃車
2026.08.08
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