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W杯、日本代表、残念でした。昨日も、翌日早いにもかかわらず、ライブで見てました。強敵パラグアイ相手に、延長まで0-0というのはすごいとおもいます。パラグアイも守りが堅かったけど、日本もよく守りましたね。PK戦は、もうしゃーないでしょう。ほんとにええもん見せてもらったとおもいます。日本代表、おつかれさんでした!まああとは、勝敗にやきもきすることなく、強豪チームたちのトップ争いを純粋に楽しめそうです。おつかれさんといえば、客船にっぽん丸も、太平洋一周クルーズを無事終えて、横浜に帰港しました。今朝は、横浜港大桟橋まで、お出迎えと、教室の画材一式をひきとりのために行ってきましたが、昨日の雨もすっかりやんで、かなり暑かったです。曇と予想して、それでもSPF50の日焼け止めを塗って行ったものの、大桟橋は板張りなので、そうとう照り返しがあり、日焼け止めの塗りも甘くてまたまた土方焼けしてしまったようです。
2010/06/30
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サッカー日本代表、決勝トーナメント進出おめでとうございます!今日は朝9時から専門学校の授業なので、夜中の観戦はあきらめようとおもってたのですが、やっぱり決勝トーナメントに進めるかどうかという大事な試合ともなると、あとで結果を知るだけっていうのもつまらん気がして、予定変更、夜10時半ごろに寝て、3時半きっかりに起きるということにしました。途中で眠くなるかなあとおもってたのですが、本田選手による早々の得点ゲットに目もばっちりさめました。いや~、コーフンしましたねー夜中なのに、おもわず手ぇたたいてしまいました。Twitterのぞいてみると、みんな見てる見てる。大学の先輩cooさんなんぞ、いちいちつぶやくというより、叫んではりました。最後の追加の3点目もよかったし、あんな勝ちっぷりとはおもってもいなかったので、爽快でした。学校に行ってみると、「見た見た~!?」とコーフンぎみに言ってるのは先生たちばかりで、学生たちは、案外「次の日」を考えて、寝てたようでした。楽しみが先につながりましたねえ。
2010/06/25
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大学の授業やらなんやらで、京都往復したり、現在開催中の工房の展覧会などで、くたくたになって、ブログ更新もままならないうちに1週間すぎてしまいました。そんなこんなで、ハワイまでの旅程を消化したあとは、長い航海日でした。航海日ののちは、メキシコのマンサニージョ下船して帰るのみなので、たんたんと教室の仕事をするのみです。それでも、ハワイから乗船して、マンサニージョでいっしょに下船する邦楽バンドの和太鼓奏者菅原さんの青空太鼓教室に参加したり(太鼓ってすごいですね。ちょっとたたいただけで、右手テニス肘持ちの私はあっというまにテニス肘的痛みが出てしまいました。あれはスポーツです。)、アルゼンチン出身のラテンバンド、ペルーサ・タクナウバンドの演奏する「ラ・バンバ」の曲にあわせて踊るラ・バンバダンサーズの一員として、お客さんの前で踊ったり(先日の大喜利に続いて、メインショー2度目の出演)と、心残りのないよう、楽しんでおりました。そんな今回のクルーズでは、お客様の中の最高齢91歳のTさんが、非常に印象に残りました。Tさんは、名前を出せば誰もが知っている企業の会長さんまでつとめた方ですが、船旅がお好きらしく、にっぽん丸だけでなく、海外の船にもいろいろお乗りです。おひとり参加で、いつもTシャツを半ズボンに「イン」して、上からヴィトンのベルトをきっちり締め、ルックス的には、サンタクロースのコスプレがものすごく似合いそうなおじいちゃんです。91歳とはおもえぬくらい、精力的に「なんでも参加」で、私の教室にも「絵なんか描いたことないよ~」といいつつも、ずいぶん来てくれました。また描く絵が斬新、大胆、そして無邪気。趣味のひとつとして、手品をやっておられるのですが、教室の終わりにちょっとしたテーブルマジックを披露してくれたりします。始める前に後ろ向きになって、仕込んでいる姿が、こういっちゃ失礼かもしれませんが、ものすごくカワイイ!そう、とにかくカワイイ方なんです。クルー、スタッフだけでなく、お客様のなかでも、Tさんはほとんど「アイドル」でした。いつもニコニコと楽しそうで、とにかくきげんがいいのです。つねにコンパクトなデジカメを持ち歩き、今のお住まいである老人ホームで、帰ったら膨大な写真のスライドショーをして、お仲間を楽しませるんだそうです。性格っていうのは、ひとそれぞれいろいろありますが、この「きげんがいい」っていうのは、ほんとにすばらしいことやなあと、Tさんを見ていてつくづくおもったことでした。もひとつきげんがいい、といえばハワイの人々もです。世界屈指の観光地ですから、旅行者に対して親切というのはあたりまえかもしれませんが、そういう営業的なものを越えて、基本的にかんじがいいんですね~ああいう気候や自然の環境などが、人の心をぎすぎすとさせないんではないかとおもいます。人々のきげんのよさのレベルが高いっていいますか。それと比べると、日本、おもに東京などの大都会の人々は(自分も含め)、ぎすぎすしててきげん悪いですよね。だれでもいろいろと、問題をかかえてたり、うつうつとすることはあるでしょうが、それはそれとして、つねにごきげんな気分で行く、っていうのは、なかなか人間ができてないと無理なはなしかもしれません。Tさんみたいな、ハワイの人々みたいな、きげんのいい人生をめざしたいもんだとおもいました。おわり
2010/06/24
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この月曜から、京都の大学の授業なども始まって、もうすっかり現実世界に戻ってきましたが、あともう少しクルーズの話題を。今回は、東向きの航海なので、少しずつ時差調整しながら進んで行くことは、こないだ書きましたが、飛行機とちがって、スピードがゆっくりなので、日付変更線を越えるあたりで、必然的に、同じ日が2回あったりします。今回は、5月24日が2回ありました。逆に、日本に戻るときには、消滅する日があるので、帳尻が合うのですが、私の場合は、帰りが飛行機だったので(もちろん日付変更線はこえるわけですが)、消滅日はなく、1日よぶんにあったという次第です。このからくり、私もわかってるようでちゃんとわかってませんが。さて、カウアイ島を出た翌日は、いよいよオアフ島ホノルル入港。カウアイ島にいるときに、予約を入れておいたクアロアランチというところに乗馬しに行きました。ここは、広大な牧場で、バギーカーに乗ったり、いろいろな遊びを楽しめるアウトドアレジャー施設で、パッケージで申し込むと、ワイキキから送迎があるようなのですが、私は2時間乗馬のみだったので、路線バス(ザ・バス)にて自力で行きました。島の東部にあって、ダウンタウンからたっぷり1時間半かかりました。乗馬といっても、一列になって、ゆっくり歩くだけなので、未経験者もまったく問題なく、森あり、海あり、草原あり、牧場ありの雄大な風景の中を馬の背から眺めながら行くのは、大変気持ちのいい経験でした。多くのハリウッド映画のロケを、ここでやったそうで、あちこちに映画のタイトルの札がたってました。この日は、停泊で、翌日は朝早く、社交ダンスの先生たち3人と、照明さんの男性と私の5人でダイアモンドヘッド登山。ちょうど土曜日だったので、まずはダイアモンドヘッドのふもとにある、カピオラニコミュニティカレッジの朝市ファーマーズマーケットへ。名前の通り、とれたての農産物や、ハワイらしいトロピカルな花、ローカルフードなどを売るテントがいっぱい出ていて、たいへんなにぎわいです。ここで朝ご飯ということにして、私はマンゴー入りマフィン、バナナ、レモネードなどを食べました。そこからダイアモンドヘッドの登山口はすぐそばで、入山料1ドルを払って、ゆっくり登りはじめました。ダンスの先生たちは、船での通称「お達者クラブ」とよばれていて、私よりは先輩のかたがたなので、ゆっくりなペースでしたが、それでも45分くらいで登頂できたとおもいます。上がってみると、登っているあいだはクレーター(ここは大きなクレーター状になっている)の壁にはばまれて見えなかった絶景が目の前に広がります。天気もよく、いい気持ちでした。ダイアモンドヘッド登山する場合は、できるだけ朝早いスタートがよいようです。日が高くなってくると、暑さで大変です。ただし、ゲートが開くのは午前6時から(夜は午後6時まで)です。夕方には、ホノルルを出港、長い航海日(8日間)を経て、太平洋を渡り、次はメキシコのマンサニージョです。つづく
2010/06/16
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クルーズでは、いろんなエンターテイナーのショーを楽しむことができます。今回は、グアムまでの乗船でしたが、オペラ歌手の佐藤しのぶさんのショーがありました。まったくマイクを使用することなく、歌われましたが、さすがの声量でした。ハワイアンのアグネスキムラさんたちのショーは、ハワイアンといっても、非常に幅広く、おしゃべりも、二人の美女ダンサーのフラも楽しいものでした。けっこう「ベタ」な曲も演奏されるのですが、アグネスさんもダンサーたちも衣装が非常にオシャレで、洗練されてました。それから二胡のウェイウェイ・ウーさん。上海生まれで、日本での生活もそろそろ20年近くになるというウェイウェイさん。NHKの「ダーウィンが来た!」のテーマソングや、ウーロン茶のCMソングなど、きっと聴いたことがある曲の作曲、演奏をされてます。二胡の音は、なんとなく脳からアルファー波が出そうな、なつかしいような音でした。ウェイウェイさんは、クルーズ中に作ったという、できたてほやほやの曲も披露してくれましたが、まだタイトルさえついていないような曲を、他のだれよりも早く聴かせてもらえるなんて、ものすごく得した気分です。新曲は2曲演奏してくれましたが、そのうちの一曲は「下弦の月」というタイトルになったみたいです。グアム島で月と金星を見て浮かんだ曲だとか。芸術家ですね~私は旅に出ると、芸術ゴコロを忘れてしまうほうなので、逆になんにも生まれてきません。そして、落語家の三遊亭歌奴師匠。私らの世代から上ですと、歌奴さんといえば「山のあなあな...」のあの方を思い出してしまいますが、あの先代歌奴師匠(現在圓歌師匠)のお弟子さんです。若干33歳なのですが、大変落ち着いていて、噺もすばらしく、しかも昭和の演芸が大好きだそうで、ほぼ20歳ちかく年上の私と、大阪の昔の漫才や落語の話でずいぶんもりあがりました。その歌奴さんが司会進行役(今の「笑点」でいうと歌丸さん)の「大喜利」に私も出演しました。毎度、この手のお笑い系ショーでは、私に出演依頼がきます。もう何度も出演してるので、簡単にうちあわせとリハをしただけで、おちついたもんなのですが、今回初めて出演する新人スタッフの若者三人は、舞台裏でものすごい緊張ぶり。それを見てるのがおもしろかったです。お客さんからお題をちょうだいして、五七五を完成させる「やりくり川柳」など、3問ほどやって、見事に私が優勝しました!(賞品はなにもなし)翌日は、多くのお客様からおホメの言葉もいただきました。盆踊り大会もやりました。ちゃんと真ん中に櫓を組んで、輪になって踊ります。この日のために、浴衣も持っていきました。まわりには、スタッフが切り盛りするいろんな屋台があります。射的や、ハウスバンドがリクエストにこたえて、その人のためだけに演奏する「人間ジュークボックス」、丁半ばくちもあります。お客さんはカジノプレイ券を使って、遊ぶことができます。突然「手入れだ、逃げろ!!」の声がかかり、丁半ばくちの賭場が閉じられたりもします。この間、どうしても船上で制作しなければならないイラスト仕事があり、原稿をファックスで船に送ってもらい、めちゃ揺れと、乾燥しすぎ(アクリル絵の具が乾くのが早すぎて、仕事しづらかった)と闘いつつ、絵を描きました。この仕事で、ホームベーカリー(パン焼き器)をちょこっと描かねばならなかったのですが、だいたいの形はわかるものの、ディテールがいまいちわからない。陸ならすぐインターネットで調べられるところですが、困ったな、テキトーに描いとこか、とおもっていたところ、なぜかそこに横浜の「ドンキ」のちらしが!!しかもホームベーカリーの宣伝が写真入りで!!というわけで、幸運にも無事仕上がり、ハワイで下船する方に、これを託して、東京に帰ってから宅急便で送ってもらうようお願いしました。5月27日には、ハワイのカウアイ島ナウィリウィリに入港。カウアイは、豊かな自然の島ですが、車がなくてはどうしようもないところです。お客様たちは、オプショナルツアーで、有名な「シダの洞窟」などへ行かれたようですが、歩くしかない私は、さきほどの歌奴さんと、古ぼけた小さな博物館に行き、元気寿司という回転寿司屋で昼ご飯を食べただけで終わりました。夜、船に戻ってから、宅急便を託す方をさそって、また(船の)お寿司を食べに行ってしまいました。そしたら、歌奴さんもまたお寿司を食べていました。ちなみに歌奴さん、実家が寿司屋だそうです。さて、つぎはいよいよホノルルです。つづく
2010/06/12
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グアムを出港後、4日間はずっと海の上でした。ずっと揺れてましたが、航海日は、私の仕事日です。名目は「水彩画教室」「版画教室」ですが、一回完結で、経験がない人にも楽しく描いてもらいたいので、Tシャツや無地の帆布バッグに、染色絵の具で絵を描いたり、ゴム版を彫って、レターセットなどを作ったりしています。そればかりでもなんなので、風景や人物をスケッチしたりということもやります。揺れている中で、下を向いて細かい作業をするというのは、もっとも酔いやすい悪いパターンですが、お客様は、とても楽しんで描いたり彫ったりされてました。21日には、キリバス共和国のタラワに入港。といっても、港が小さいので、沖に錨をおろして錨泊です。デッキに出てみると、男の人が2、3人乗ったモーターボートがいくつも島のほうからやってきて、10年ぶりくらいの訪問という外国の大型船を興味津々で見ています。以前、ベトナムのハ・ロンに行ったときは、巨大なざるみたいな小舟に子供たちが乗って、やはりにっぽん丸の周囲に集まって来て、お金などをくれと手を出していましたが、そういうのとはちがうみたいです。イミグレーションの人たちも、ボートに山盛りになってやってきて、はしごを使って船に乗り込んできます。太めの女の人も、スカート姿もおかまいなしに、はしごを登ってきました。入国手続きが終わり、テンダーボート(避難用の小さいボート)に乗り換えて島まで渡り、いよいよ上陸です。キリバスは、ツバルに続いて、地球温暖化現象で、いつか海に沈むといわれいてる島です。先日、地球に帰還した野口宇宙飛行士のツイッター写真でも紹介されてましたが、ほんとに波間に消えてしまいそうな平べったい島です。通貨はオーストラリアドルで、島の印象とはかけはなれて物価がそこそこ高いのが意外でした。日本もODNで、道路や橋を建設したりしたようで、「ダイニッポン小学校」などという日本にちなんだ名前の学校もあります。観光産業もほとんどないし、なにもないといえばほんとになにもないところでしたが、人々がみんな人なつこくて、笑顔がとても印象的でした。島というか、ほとんど国をあげての歓迎会があり(なんと大統領も来る予定だったけど、急な公務でやむなく欠席)、町の体育館で、若者やこどもたちの踊りが披露されました。ここの人たちは、マウリ系の民族らしく、踊りも、なんとなく「ハカ」の動きをおもわせるような、きびきびした独特のものです。歓迎会は、30分くらい遅れて始まり、予定の時間を過ぎてもなかなか終わらないという、キリバスタイムでした。この会の司会進行をしていたのが、17年間キリバスに住んでいるという日本人の男性でしたが、日本語で喋ってから、めっちゃ流暢なキリバス語に翻訳するところが、お笑い番組「レッドカーペット」に出てくるなんとかゆり蚊という女ピン芸人の「チェンバル語講座」にそっくりで、いちいち笑ってしまいました。会場には、貝やヤシの葉でこしらえた素朴な民芸品などを売る特設コーナーもありました。ほんとになんにもなかったけど、買い物なんかよりも、こんなふうに日本の日常とかけはなれた世界を知ることや、その地の人びととコミュニケートすることこそ旅のおもしろさではないかとおもいます。今回いちばん印象に残ったのがキリバスでした。出港後、パイロット(水先案内人)のボートに、例の「チェンバル語講座」の日本人男性も乗っていて、にっぽん丸を追っかけながら、いつまでもいつまでも手を振ってくれました。日本人(何人かはいるそうですが)に会うのもひさしぶりで、なつかしかったんでしょうねえ。さて、東向きに航海していると、時差調整は、毎日30分とか1時間とか進めることになります。毎日が23時間とか23時間半という調子で続くので、だんだんおかしくなってきます。私は業務的にわりとヒマなので、それにあわせて毎日ちょっとずつ早めに寝るようにしてましたが。今回は、北太平洋の寄港地ばかりなので、キャプテンのサービスで、キリバスを出た後、わざわざ赤道を越えてくれました。キャビンのTVで、船のGPSを見ることができるのですが、緯度の表示が、N 0'00.000'からS 0'00.000' に変わった瞬間、汽笛を鳴らして、またすぐNに戻りました。次はカウアイ島、ナウィリウィリをめざします。つづく
2010/06/10
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8日午後、にっぽん丸太平洋クルーズから帰国しました。にっぽん丸は、今月30日までまだまだ航海中。今は、サンディエゴを経て、サンフランシスコをめざしているあたりです。5月の11日に横浜港大桟橋を出港、雨の中だったので、出航式も地味目なかんじでした。翌日の神戸港は、気持ちのいい晴れで、出航につきものの、テープ投げとかシャンパンサービスもありました。何度経験しても、出航というのは、なんともセンチメンタルでええもんです。今航は、3月に大規模改装をして後の、はじめてのロングクルーズ。これまでの、真っ白な船体というイメージからがらっと変わって、船体の下半分くらいが濃紺という、ちらっと目には、QE 2などのクラシックな豪華客船風になりました。内装も変わって、お客様が食事をされるダイニングもひとつ増え、つねにお茶や軽食をとれるカフェやバーも2つ増えました。あとは有料ながら、寿司バーも開店。寿司に関してはくわしくない私ですが(生魚苦手)、かなり安くておいしいとおもいます。ここはスタッフも(もちろん自腹で)行けるので、1月のあいだに3回も行ってしまいました。板さんにも魚苦手だけど寿司好きのマツモトと認識してもらい、最後には「いつものかんじで」などと言って、こども寿司(甲殻類、魚卵、あなごなど)みたいなもんばかり握ってもらってました。神戸を出航した夕方、逆方向から姉妹船「ふじ丸」とすれ違う予定という放送があり、トップデッキにあがって見ていると、水平線のずっとむこうに、にっぽん丸と同じオレンジ色のファンネル(煙突)が小さく見えてきました。どんどん大きくなって来て、おたがい挨拶の汽笛をならしてすれ違いました。あっちにもよく知っているクルーが乗っていて(見えるとこまで近くないけど)、「他人」とおもえないかんじです。海外でも、日本の船にたまたま出会うことがあり、ライバル船であっても、なんとなくなつかしい気持ちになるもんです。客船ばかりではなく、商船学校の練習船だったりすると、生徒さんが熱いまなざしでにっぽん丸を見てるのがわかります。ところで、なか3日で、最初の寄港地グアム島アプラ港に入港。飛行機の1時間=船の1日といわれますが、まさにそれくらいの時間をかけて到着です。グアム島までは、たいていかなり揺れるのですが、今回はうそのようにおだやかな海で、まさに油を流したように、波がたってないような日もありました。ところが逆にグアムから先が大揺れだったのでした。グアムは、生まれて初めての海外旅行で行ったところですが、船で行くのは5、6回目くらいで、もう海水浴には興味もないというか、水着になりたくないオバハンとしては、はっきり言って、なんにもすることがないとこです。ただあとのハワイでは、もっぱらアウトドアを楽しもうとおもっていたので、ここで、買い物はほとんどすませました。それでも時間をもてあまし、「恋人岬」というような名所に行ってみたりしました。悲しい恋人たちの伝説がある断崖の絶壁です。翌17日夕方グアム出港。次は、4日ほどかけて、太平洋の小国、キリバス共和国をめざします。こっからが揺れの本番でした。私の部屋は、3階の一番先頭で、カーテンをあけると、ほとんど船首です。ここは、つねに揺れている場所で、船の真ん中あたりだと、ほとんど揺れをかんじない場合でも、部屋に戻ると縦揺れしています。うねりがひどいときだと、夜中でもドッカーン、ドッカーンという、はじめての人だと、船が割れるんちゃうか!!とこわくなるほどの大音響がします。不眠になるので、私は耳栓して寝てます。これは、うねりで船体がもちあげられて、また落ちるときに、大きな波頭とぶつかる音なのです。とにかく四六時中揺れてたので、あんまり酔わない私もずっと気分が悪く、食欲も落ちて、体重も減りました。大きく揺れなくても、陸とはちがうので、知らず知らずのうちに筋肉を使って痩せるという説があります。たしかにはじめて乗ったときは、いつのまにか下半身が筋肉痛になってました。つづく
2010/06/10
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