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大学の専攻は版画だった。おもな版種は版画科に入ってからひととおりやった。木版、銅版、シルクスクリーン、リトグラフの4種である。その中でもいちばん手描きに近い感覚でできるリトグラフを主に制作していた。リトを刷るには大そうな鉄のかたまりのようなプレス機が必要となる。京都から東京に移住する際に、住宅事情を考えると、とても東京にそんなでかい機械はもってこれず、今も実家におきっぱなしになっている。そんなわけで、東京に来てからはしばらくブランクがあったのだが、数年前から大学時代の恩師のプリンターをやっていた刷り師の先生がやっている工房でリトグラフ制作を再開した。一般的に、リトグラフという言葉を聞いたことはあっても、それがどんな版画なのか説明できる人は少ないとおもう。リトグラフのリトとはラテン語で石の意味である。ドイツでかつて産出した特殊な石がもともとの版(リトストーン)である。その石の表面に脂肪性の描画用具(クレヨンなどでも可)で描画すると、その描いた部分が反応するという不思議な性格を持ったものなのである。「石を使うんです」というと、「では石を彫るんですか?」と聞かれることがほとんどだが、銅版や木版のように物理的に凸凹を作って、その溝にインクをつめるというものとはちがう。あくまで平面のままで化学変化するのである。平版と種別されるゆえんである。要するに描いたとおりに刷れる、という版種である。ところで工房では、リトをもっと知ってもらいたいし、作る人も見る人ももっと増やして盛り上げたいよね、という話をよくする。それにはどうすればいいかということになるのだが、いちばんいいのはリトグラフ界からスター的アーティストを生み出すことである。美術に限らず、どんな業界でも実力もあって人間的にもキャラクター的にもスター的要素を持った人物が現われたら、その人を通じてその仕事や分野に注目が集まるだろう。しかしこれはなかなかそう簡単にいくもんでもない。それよりもてっとりばやく注目を集めるには「ドラマ化」やな!ということになった。最近は文芸書などでもアイドルや人気女優がコメント寄せると、確実に売れるというふうな現象があるくらいだ。柴咲コウちゃんあたりが才能あるのに不治の病におかされたリトグラフ作家だったり、オダギリ・ジョーくんとか妻夫木くんなんかが若いリトのプリンターだったりするのがええんちゃう?とか、仕事そっちのけで盛り上がる。先生もノってきてサスペンスもいいかもしんない、と言い始める。たとえばリトの版は、脂肪に反応するので、指紋もばっちり拾う。だから犯人が被害者ともみあううちに版に指紋がついてて、最初気がつかないのだが、あるときその版を製版したところナゾの指紋が浮かび上がってきた、とかあるいは指紋がついて証拠を残してしまったのだが、石の場合だと研磨することによって新しい版に生まれ変わるので、それで証拠隠滅するとか、またまたその研磨が足りなくて、消したはずの証拠がゴーストのようにうっすら浮かんでくるだとか・・・タイトルは「版の上のダイイングメッセージ」で決まりやな!! とか、使えるトリックやなんかが版画の制作課程にはいっぱいある。あとはどうまとめるかだ・・・だれか使ってくれないかなー技術指導、コンサルティングは工房で引き受けます!リトグラフ工房 ラール・ヴェリテhttp://homepage3.nifty.com/verite/
2006/01/30
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きのうは変な人が次から次へと出てくるもんや、ということを書いたが、また出ました!ウソつきな企業が。ビジネスホテルチェーン東横インの問題である。ご丁寧にもちゃんと法や規則に則り、審査をパスしたものをいったん作った上で、最初の予定どおりにさっさと改築。しかも見たほとんどの人がムカついたにちがいないのが西田憲正社長の会見だ!全体的に「見つかっちゃった~、ははは」というトーンなのである。条例では身障者にも配慮したバリアフリーのエントランスやそういう仕様の客室などがないといけないらしいのだが、そういうものをいったん作っておきながら、改築してぜんぶとっぱらって通常の客室やパソコン部屋を作ったり、エントランスを変えたりしていたのである。社長は「そんな玄関つくったって見栄え悪いし、変えちゃえ変えちゃえってかんじで」とか「身障者用の部屋作っても、1年にひとりか二人しかこないし、あとは物置きみたいになってるしね」などということをケロリとしたかんじでペラペラ喋っておった。先の耐震偽装問題もそうだが、客をだましてでも合理化するという会社に理念などない。バリアフリーの問題にしても、実際にそういうお客さんがたくさん来るかどうかの問題じゃないでしょう。社会的な責任ある存在としての企業、という自覚がないのだ。ライブドアも似たようなところがあるかもしれない。逮捕直前、ホリエモンは「ここのところ市場が大混乱に陥っていることについて、どのように思われますか?」という質問に対して「うちはなんにも関係ない」と即答していた。やっぱりこの人自分の事しか考えてないんだな、ということがよくわかった。たとえ個人的な地点からスタートした企業だとしても、巨大になって社会的影響力もそれなりにある存在になったなら、もっと責任感持ってほしい。アメリカなんかの企業家やスターは、成功してお金持ちになると、必ず大きな額の寄付や社会奉仕的なことをする。そこらへんがキリスト教的精神なのかもしれないが、そういうこともしてはじめて真の成功者として認められるのかもしれない。去年末からいろいろと世間を騒がせている企業家、起業家のみなさんはそんなことしそうにないもんね。こういうニュースこそこどもたちには見せたくない。おとなが「ウソついちゃいけません」と怒っても、そのいいおとながウソついてるんだからなーしかしこういう悪ニュースと対極にあるようなニュースもテレビで見た。豪雪の新潟で、雪下ろしもままならない一人暮らしのお年寄りのための雪下ろしボランティアの話題である。体力に自信ある消防隊員でさえ、ちょっとやったらひたいに玉の汗のような重く湿った雪をおろす。お年寄りたちは、感謝の気持ちを顔いっぱいにあらわして、家の中に若いボランティアたちを招いて、お菓子を出して話したり歌ったり。雪下ろしができたこともだけど、久しぶりに話し相手に会えたのがうれしくてたまらない様子で、「また雪がとけたら遊びにおいでね」と言っていた。ボランティアに行った人も、逆になにかをもらえた、そんな表情をしていた。こういう相手の顔がちゃんと見える人と人のつながりや、心のふれあいといったものは、昨今の事件にいちばん欠落しているものかもしれない。
2006/01/28
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友達がブログで、神社で金色の犬を買った、と写真も載せて書いていた。Dr.コパが風水的縁起のいい置き物としてテレビ番組で紹介していたのを思い出して買ったそうだ。(さっそくタッキーの入手困難なライブのチケットがとれるという幸運が舞い込んだそうだ)私もその番組見ていて、うわ、あんな変な置き物おきたないわー、などと思っていたのだが、そういえば先日ローガン鏡を作ったときにメガネ屋がくれた干支の犬の置き物があったことを思い出した。つまらないかんじの土の人形だったので(土鈴になっていた)、そのうち燃えないごみのときにでも捨てようとおもったのだが、干支の縁起物をさっそく捨てるのもなんだしなーということもあり、なんとなくほったらかしにしていた。おもえば新年1月から個人的には不景気風吹きまくりで、シケシケな私。そういうときは超リアリストの私でさえも、神にでもすがりたい気持ちになる。それで、その犬をリフォームすることにした。さいわい素焼きだったので、ポスターカラーの金色の粉をアクリルのメディウムでといて、全身まっ金色にペイントしてやった。なんとなく金粉ショーのおもむきになった犬を、たしか今年は西北の角に置くのがいいとコパがゆうてたんで、寝室のペアグラスの窓の間に置いてやった。やっぱりそんな変なもんはめだつとこに置きたくないので、半分外である。なんとか縁起をよんでくれ。占いのたぐいはけして嫌いじゃないけど、特別信じもしないほうであるが、きのうつかまった「一夫多妻」のおっさんは自称占い師だったようだ。私の年代だと、つい「イエスの方舟」を思い出す。ワイドショーでかつての方舟のメンバーだった女性にインタビューしていたが、あんなん(今回つかまったおっさん)といっしょにせんといてちょうだい、というかんじであった。犯罪行為があったなら問題外だけど、まあ人の好みはいろいろだしね。しかしほんとに世の中には変わった人ってたくさんいるものである。次から次へとカルトがかった人をはじめとして、人材に事欠かない。ワイドショーもライブドア事件、耐震偽装問題ともに新しいニュースが出てこなくなってたとこへもってきて、格好の話題を提供することになったこの事件であった。それにしてもあのおっさん、顔怖いよね?
2006/01/27
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ホリエモンついに逮捕された。ホリエモンだけでなくライブドアのトップ3人も。これでライブドア王国崩壊となるのか?映像メディアってつくづく残酷だなあとおもう。前にも詐欺容疑で指名手配されている投資会社の社長のバカなコスプレ姿が何度も何度も流されていて、普通以上にバカが強調されていた、というかそうしようとする報道がわの意図めいたものが感じられた。今回も昨日あたりからしつこく流されているのが、ライブドアの去年の忘年会の映像である。同じ日の早い時間に株主総会があり、株主からするどく追求されたホリエモン社長は、涙まで流して「悲しいです。」と神妙な表情を作っていた。ところがその日の夜、株主総会が開かれた同じホテルでライブドアの大忘年会が開かれ、その舞台上ではなぜかガテンなコスチュームに身を包んだホリエモンや、上半身はだかになった宮内氏、レイザーラモンHGふうのコスチューム姿の幹部らが、ノリノリで踊りまくっている。しかもHGふうの幹部に「ホリエモンなみだフォー!!」などと、その日の株主総会でホリエモンが涙したことを冗談だよ~ん、とちゃかすかのごとく叫んでいたりする。もうアホ丸出しである。若い社員の多い会社だから忘年会がお祭りみたいに盛り上がることもあるだろうし、身内ばかりだからあんなふうなんだろうけど、真剣に責任追求をした株主、またこうなった今、ただでさえ怒りに燃えてる株主にしたら、あの映像はさぞや腹がたつだろうなーいかにも世間をバカにしてるワカゾー社長とその会社、っていうイメージだ。事実とはいえ、映像は残酷というか、あれだけ象徴的な部分を切り取ってヘビーローテーションされると、イメージというものは増幅される。そのあたり、見ている私たちの側も心しておかねばならないとおもう。けれど、その忘年会ではイッキ飲みをした社員に対して何十万もの「ボーナス」が渡されたり、というバブリーなイベントもあったそうで、「ゼロ配当」で我慢させられた株主は憤懣やるかたないってかんじではないだろうか。やっぱりね、世間やお茶の間をバカにしたらいかんよね。金で人の心が買える、っていうけれど、元ライブドアの社員らが、覆面ではあるがけっこういろんなことマスコミで喋っている。結局元の部下でさえも金の力で結び付けておくことはできないわけだし、これからも多くの人が彼のもとを去っていくだろう。まさに砂上の楼閣。ところでおまけの「アホ丸出し」ワイドショーで新作映画披露のイベントに小倉優子が出ていて、映画の感想を聞かれた小倉優子は、実際の言葉は忘れたけど「うわーってかんじで、はらはらしちゃって、わーってかんじでした!!」という立派な「感想」を述べていた。このおんな~!!と思ってたら、その場でオスギに「あんた、感想言ってって言われたら、ちゃんとした文章で答えなさいよッ!!」とシバかれていた。ちゃんとオスギが怒ってくれてよかった。ゆうこりんファンには申し訳ないが、田中麗奈以上のアホですか?
2006/01/23
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今日は東京は大雪。10cm以上は積もったのではないだろうか。先日は札幌時代の雪の思い出を書いてみたが、今日はそのつづきを。札幌の高校では3学期の体育の授業はすべてスキーである。1週間にひとコマ2時間続きでスキー授業だ。うちの学校は制服だったが、着用に関してはとりわけきびしく、認められていないものを着たりしていると、かならずチェックが入った。ところがスキー授業のある日は朝からスキーウェアを着てくることが許されていて、これに関してのチェックはとくになかったので、スキーウェアとはいえ私服でありおしゃれのチャンス、それゆえみんな力が入るのであった。といってもやっぱりスキーの場合、実力がともなってないでウェアだけかっこつけてても、すぐバレてしまうので、最新のウェアを身につけられるのはだいたい1級保持者のスキー部の男の子だったりした。大阪生れの私は札幌に引っ越すまでもちろんスキーは未経験。しかしまったくの初心者でスキー授業に臨むのはあまりに不安だし、シーズンが始まった頃に、クラスメートに藻岩(もいわ)市民スキー場に連れていってもらい、集中特訓した。初授業までにはボーゲンぐらいはできるようになっていたとおもう。始まってみると、案外道産子でもスキーが初心者の私以上にへたくその人もいたのであった。いくら雪国生まれとはいえ、あまりスキーを好きになれず、学校の授業をいやいややっていた程度では上手にはなれないものらしい。私もなんせ転勤族の子供ゆえ、そう長くは札幌にとどまれないこともわかっていたので、できるだけ休みの日には友達とスキーをしにでかけて練習した。私がはいていたスキーはいとこのお下がりで、なんと当時でも珍しい木製の単板。グラスファイバーの板が当たり前になっていた時代である。アンティークといってもいいそのスキーには、なんとエッジがついていなかった。ふつうはスキー板の側面に金属の刃のようなものがついていて、それで方向転換したりするのだが、私のはつるつるであった。直滑降専門の子供用の板だったのかもしれない。同じようにいとこから妹がスキー靴をもらってはいていたが、それもバックルでバチンと留めるのが普通だったころに、クラシックな皮の編み上げ靴であった。郊外のスキー場なんかに行くと、自衛隊の隊員がスキー演習をしていたが、彼らのはもっとアンティークで竹スキーだった。スキー遠足やスキー大会もあった。先日、雪国では春の訪れがものすごく幸せに感じるということを書いたが、うっとおしいこともある。それは「馬糞風」である。春になってすっかり雪が融けると、風が吹きだす。この風のことをそうよぶ。その昔、馬に荷車を引かせていた時代に、道で馬がぽろぽろと落とし物をして行く。その上に雪が降って根雪になる。そうするとその落とし物は春まで根雪の下で冷凍保存されるわけだが、雪どけとともに解凍され、乾燥し粉末状になって春風に吹かれて舞う。それが「馬糞風」といわれるゆえんである。今では馬糞はもう道に落ちてないが、それでもやっぱり春風がほこりをまきあげて目に入ったりしてけっこううっとおしい。ところで札幌ではスキーもしたが、スケートもひんぱんにした。札幌オリンピックの会場の真駒内スケートリンクで、フィギュアをやる屋内リンク(あの妖精ジャネット・リンも滑ったところ)と、屋外のスピードスケートリンクである。スピードスケートのほうは当然ながら手すりがない。どちらも靴さえもっていれば、安い入場券だけで一日中滑れる。靴を借りると1時間いくらなので、私も白いフィギュア用のスケート靴を買って持って行っていた。さすがに国際大会などをやるリンクだけに、氷の手入れというのかコンディションが最高によく、それまで何度か行ったことがある大阪の塚本にある(今もあるのかな?)ラサスケートリンクなどのべちゃべちゃの氷とはくらべものにならなかったのをおぼえている。東京も雪景色になると、そのころを思い出す。
2006/01/21
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タイトルとは関係ないのだが、きのうのマンション偽装問題の国会喚問見ていてふと思ったのだが、喚問にかぎらず国会での答弁の際、質問者が書類のコピーなどを手に持って質問していることがときどきあるが(きのうも)、きょう日、大学の講議でさえパソコンなどを使って大きな画面に映し出して、わかりやすく見せるのに、国会って超アナログやなあとおもった。なんか理由でもあるのかな?ところで、炸裂しているミキジローとは、ドラマ「けものみち」に出演している平幹二朗のことである。ドラマ出演は久々ではないだろうか。しかしさすがの存在感である。ミキジロー演じるところの鬼頭老人は、政界にも絶対的な権力をもっている陰の存在。フィクサーのような、ナゾが多く、怖い存在である。米倉涼子演じる民子は、上昇するためには手段もえらばぬ冷血女で、そそのかされたとはいえ、脳こうそくで寝たきりの夫を放火に見せかけて殺し、そのナゾの老人の愛人に「採用」される。この鬼頭老人は病気で大きな(麻布の)屋敷に引きこもり、ほとんど寝たきりなのだが、スケベぶりがすさまじく、その欲求を満たすために子分に理想の女を探させては愛人に採用しているのだ。初回ではミキジローはかみなりさんみたいな柄のきものを着ていたが、きのうは黄色地に黒い模様のトラ風であった。またミキジローの寝室というか居室が薄暗く、ふすまの唐紙はエロいかんじのカッパが描かれており、職業柄ちょっとそばへ寄ってじっくりみたいと思わせられる変な趣味。まん中にサテンの紫のシーツがかかったふとんが敷かれていて、毎回一度はそこが物語の舞台になっている。まくら元には「愛染明王」がおどろおどろしいかんじで鎮座している。ミキジローのメークがまた異様で、目のしたがいっつもクマでまっくろで、お肌もギラギラに脂ぎっていて、なぜかおでこに痣のようなものがあったりする。ようするに普通なら絶対つきあいたくないかんじのおじぃなんだが、金と権力だけはすごいという人物なのである。ジュエリーデザイナーとしてのしあがっていきたい民子とは利害が一致するので、愛人契約しているようなかんじなのだ。「けものみち」原作は読んでるので、ストーリーは知っているが、ジュエリーデザイナーになることなどはドラマだけみたいで、これからどうなるのか興味しんしんである。それとミキジローの秘書のようなかんじで若村麻由美が出てくるが(実は前の愛人)、最近この人雰囲気が変わったように思える。やっぱりアノ入道のような教祖のだんなと結婚したせいか?余談ながら、以前住んでたあたりで、ミキジローがママチャリに乗って大丸ピーコックの前を疾走していくのを目撃したことがある。芸能ネタにくわしい友人Iさんの情報によると、ミキジローは息子(今回も共演)と「鹿鳴館」の舞台中自転車で通っていたとのこと。案外庶民的な大物俳優だ。
2006/01/20
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私は職業は?と聞かれた場合、基本的には「画家」と答える。しかし生活の糧として、広告や出版関係のイラストレーションを描いてお金を頂いているので、仕事関係の連絡の場合などには「イラストレーター」を名乗っている。どちらも絵を描くことには違いないし、表現のしかたやタッチを使い分けるということもないので、結局は同じような仕事ぶりなのだが、本人にとっては心理的に大きな違いがある。ファインアート(純粋芸術)としての絵画というものは、自分の内的欲求に突き動かされて自発的に制作するものである。かたやコマーシャルアート(商業芸術)としてのイラストレーションは、必ずクライアントという仕事の発注者がいて、そのクライアントの意向に添うように制作しなければならない。同じような作品を描いているようでいて、その水面下にははっきりと一線が画されているのだ。絵画とイラストレーションの二本立てを、かれこれ20年近くはやってきているけれど、どんどんそのむつかしさを強く感じる今日この頃である。イラストレーションのほうは、そんなわけで毎回クライアントが変わって、いろんな場でいろんな目的に応じて描かねばならない。そうすると、自発的絵画の場合ならまず描かないであろうモチーフを描く場合もある。それはそれで、自分のポテンシャルを引き出すことができたり、自分では気付かないことに気付いたりして、結果的に自分の世界を広げることができたりして、いいことも多い。ただそういうイラストレーションが印刷物として一人歩きをし始めると、それを見た新たなクライアントが、まったく別な解釈というかイメージで理解して発注してくることが多々ある。これを上手にこなす、または上手に相手を説得して違う方向性に持って行く、ということがなかなかに大変なのである。私は基本的に人間を描かない。人間を描かずに人間の存在感を表現することを旨としている。不在を描くことによってより存在の濃さのようなものを表したいと思っている。イラストレーションの世界でいうと、これはかなり不利である。人間を描いたほうが仕事の依頼は絶対に増える。でも私はベースに画家であるという自負があるので、仕事だからといって主旨を変えたくないと、ガンコすぎるくらいに思っている。だからどうしても入る仕事も少ないが、それでもそれなりに、私の世界とは内容的にちょっと離れてるなあとおもうような仕事も来る。見る人は単に私の絵のスタイルを見ているだけなので、こういうタッチでああいうものを描いてくれたらよいのですよ、というふうに依頼してくるのだ。そうなんだけど、画家のココロを持ってすると、スタイルだけ自分の調子で描く、ということは他人が想像するよりずーっと苦しい。描けるけど描きたくない。別の自分が「ちょこっと描いたらええやん」とささやくのだが...私自身の表現の幅が狭いともいえるが、ほんとに悩む。イラストレーションでそういうケースに当たった場合、誤解を恐れずに言うと、ココロを虚しゅうして描かなければ無理かとさえ思う。というふうなことを日々悩んでいる私であるが、それにしても基本的に仕事が少ない。だれか仕事くれー
2006/01/19
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ライブドアに証券取引法違反の容疑で家宅捜索が入った。まだ実際にどうなのか、ホリエモンの関与があったのかなどはわからないので、なんともいえないが、この突然のことに言葉は悪いが「ザマーミロ」と溜飲を下げてる日本人も多いのでは?別にホリエモンに個人的うらみがあるわけでもなんでもなくても、ここ1、2年のこの人の調子にノリ過ぎな様子見てると、ええかげんにせえ! とおもってしまうのが正直な(私の)キモチ。経済のことはよくわからないけど、合法すれすれ、ともすれば脱法とでもいえそうな戦略で、事業拡大してきたという。たぶんきれいな商売のしかたじゃないということだろう。そのうえ脈絡のない(ないように見える)企業買収。あげくのはてに国会議員に立候補。こないだもテレビで、個人では世界でもタイガー・ウッズくらいしか持ってないんじゃないの?(ホリエモン談)という自家用ジェット機を自慢げに見せていた。国土の広大なアメリカならいざしらず、東京から仙台に行ったりするくらいで(この番組ではそうだった)、いちいち少人数でジェット機なんか使うなよ。燃料のムダやん。この人には環境問題なんか無関係なんだろうな。ひたすらバブル時代のままのライフスタイルを実践しているようだから。こないだNHKの元の「チャングムの誓い」の時間帯に新しい情報番組みたいなのをやっていた。これはNHKらしい恐ろしく間の悪い、しょうむない番組だったが、この番組に若い男の子の投資家が出ていた。ニヤけた美青年(一般的にはイケメンともいう)だったが、この人にいろいろインタビューした後、4元くらいでつながってる別の場所から、ギタリストの村治香織氏とアーティストの日比野克彦氏が本人にコメントしていた。二人とも「それだけお金を稼いで、結局あなたは何をするつもりですか?最終的な目標ってなんですか?」という趣旨の質問をしていた。そう、私もそれが聞きたい。お金を稼ぐというのは私なんかにとってはあくまで何かを成すために必要な資金稼ぎであって、その先になにかそれを使ってやりたいことがあるんじゃないのか?と思う。当のイケメン君は「別に特にないです」みたいなことを言っていたと思う。画面からも日比野さんのイラつきぶりがよくわかって、そこだけはおもしろかった。私も日比野さんのイラつきと同じ感情をホリエモンに対しても持ってしまう。ホリエモンもイケメン投資家君も、お金を稼ぐことが目的化してしまってるのだろう。もしくはマネーゲームを楽しんでるとも言えるかもしれない。先日の「誤発注」騒ぎのときに20何億か一挙に稼いだ20歳代の若者がいたが、彼もそれだけ儲けたら後は遊んで暮らせる!っていうかんじでもなかった。バーチャルマネーが行ったり来たりしてるのをほんとにゲーム感覚で楽しんでるみたいであった。まーホリエモンが今回ほんとに違法行為をしているのならもってのほかだが、そうでなくてもなんか腹たつ!私も実業とはいいがたい仕事をしてはいるものの、いちおう何十年かかけて磨いてきた自分なりの技術とか感覚を切り売りして、骨身を削ってお金にかえている、という自負はある。それなのに景気が上向き傾向と言われている今日この頃でさえ、以前よりも広告業界も出版業界も単価は下がっている。描いても描いてもえええ~こんだけー!?! というかんじだ。ほんっとにシブいよ、最近。本気でバイトせなヤバいかも、とすら思う。やっかみかもしれないけど、不公平感はぬぐえない。虚しいといえば今日のヒューザー「オジャマモン」小嶋社長の証人喚問もひどかった。何を聞かれても「刑事訴追の恐れがあるので答えられません」との返事。いつものデカい態度はどこへ?どいつもこいつも!
2006/01/17
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昨日今日と世田谷でボロ市が開かれている。なんと400年以上も前から開催されているという行事で、都の無形文化財にも指定されている。以前世田谷に住んでいたころは、12月の15、16日、年明けて1月の15、16日の年4日開催されるこの祭にぶらぶら散歩がてら見に出かけていた。ボロ市といっても現在は骨董が中心。その他に古着や新品の雑貨、その近辺の飲食店も店頭に屋台を出していて、ものすごいにぎわいである。ボロ市の中心にあるのが、その昔からある代官屋敷である。それにちなんだ「代官餅」というのが名物である。地元商店会の人たちが、その場でついて販売するのだが、つきたてなのでとてもおいしい。餅好きの私は骨董よりもこれが目当てで、ある年長い行列に並んだ。代官餅の種類は、あん、きなこ、大根おろしのからみ餅である。私と友達は絶対からみ餅と、きなこにしようと決めていた。ところが列も半ばほど進んだところで、「すいませ~ん、大根おろしの機械が故障してしまいました。からみ餅はいまできません!」とのアナウンスが。「え~!!からみ餅でけへんの! どうしよう。しゃーないな、あんこか...」と、二人で話していたら、しばらくして再びアナウンスが「故障治りました、からみ餅再開です!!」「よおーしやったー!やっぱりつきたて餅はからみ餅やろ!!」と期待に胸ふくらむ私ら。そしてなおも進むと「すいませーん、やっぱりまたこわれました。からみ餅ストップです!」がっくり。なぜからみ餅ばかりがこんな目にあわねばならないのか!?ところがまた「手で大根おろしてますので、からみ餅できます!!」との発表にまたまたはずむ我ら。アナウンスにいちいち一喜一憂している私たちの様子を見て、後ろにいるおばさんが笑っていた。そして30分以上も並び、とうとう私たちの注文の番のひとつ手前で、なんたることか!運命の女神に見捨てられた私たち、手おろしの大根おろしが切れてしまったのだ!運命に翻弄された結果、選択の余地なくしょんぼりときなことあんこを注文した...ところがまだあった、こんどは私たちのすぐ後ろで、手おろしのからみ餅が再再再開!!いやがらせか?!おもわず「すいません、今きなことあんこ買ったばかりなんですけど、どうしてもからみ餅食べたかたんで、替えてもらえませんか?」とお願いしたところ、親切にも替えてもらえて、めでたく食することができたのであった。つきたての餅を寒風の中、頬張って満足な私たちであった。ボロ市の思い出というとそれくらいしかない。
2006/01/16
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朝のワイドショーで、最近編み物がまた流行ってるという話題をやっていた。編み物は編み物だけど「ニットアウト」なんていうもんで、編み物のセットを持って、カフェなどに集まり、みんなで編み物するんだそうだ。みんなでといっても、協同制作ではなく、お茶やお酒をのみながら、それぞれの毛糸と編み棒を持ってそれぞれの作品を編むらしい。そうすると、初めてあった人とでも話がはずんで楽しいんだそうだ。都はるみの歌「♪着てはもらえぬセ~タ~を~涙こらえて編んでます~」的な一人孤独にしこしこ編むというイメージはもう古いのだ。あちらこちらでそういうニットアウトのイベントが開かれているらしいが、男の人も参加している。手芸の本を出版している会社のおじさん編集者も最近編み物にはまったそうで、非常に不器用ながらもいっしょうけんめい編んでいる姿が、そのルックスとミスマッチでほほえましい。若い女性社員らともコミュニケーションがうまくできるようになったとうれしそう。もともと手芸といえば女性のものというイメージがあるが、編み物に関しては、案外男の人のほうがむいてるんでは?と思ったりもする。作家の橋本治氏も編み物上手で有名だし、ちょっと前に脚光をあびたニットの王子様広瀬さんもそうだし...といってもどちらも女性よりの人ではあるが。そういえば、私も男の人にセーター編んでもらったことがある。(そっちよりの人ではない)私自身は超不器用。絵なんか描く人がなんで不器用なんよ!?と、よく言われるのだが、絵は器用不器用関係ない。絵を描くプロだって、他の事やらすと超不器用という人を自分以外でもいっぱい知っている。私の場合は特に裁縫というものがものすごい苦手。中学高校の家庭科の裁縫の課題がつらかった。課題でちょこっと編み物した経験はあるくらいで、自主的にはやったことがない。なにしろ子供の頃流行った「リリアン編み」ですらろくにできなかった。おとなになってからほんの短い間つきあってた男の人が、編み物が趣味の人で、安い毛糸を売っている店に連れて行かれ、好きな糸を選んでしばらく後に、りっぱなセーターにしあげてプレゼントしてくれた。逆ですね、普通。女の子が手編みのセータープレゼントするもんですよね。そういうのは重くて困るプレゼントの典型みたいによく言われるけど、私の場合はその人と別れた後もありがたく着ていた。ただし選んだ毛糸が安物すぎてダメになったけど。太い細いがあるようなイレギュラーの毛糸で指編みなんかしたら、あんがいかわいいマフラーくらい簡単にできるかもと思う。よっぽどヒマならやってみよう、いつか。
2006/01/13
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最近風邪でもないのにときどきくしゃみが出るんだけど、まさか?もうキてる?? 花粉。まだ寒いし油断してるのだが、早いと1月ごろからうっすら飛んでることもあるようだから、油断もすきもない。私の場合、最近は秋もグズグズなので、ほんとに1年のうちで快適なのは真夏と真冬くらいしかない。今日はお昼にパンを食べたくなって、前に住んでいたうち(といっても自転車で行ける範囲)の近所にあるパン屋へ行った。ここの店は昔ながらのパン屋で、コロッケとかエビカツをはさんだパンとかフランクフルトがまん中に入っている棒がつきささってるパン、サンドイッチ、あんドーナツ、チョココルネなどおなじみのラインナップがそろっている。高校の正門前にあるので、高校生もいっぱい買いに来ている。それゆえボリュームたっぷりで、しかも安い。とても愛想のいいおかあさんと、ガタイのいい双子(だとおもう)のおにいちゃんたちの家族3人でやっている。にいちゃんたちもとても愛想がいい。小さな店の調理場でガタイのいいにいちゃんたちがせっせと調理パンを作っている。私はごはんと同じくらいパンが好きなので、近所を含めパン屋のリサーチには熱心である。多少遠いところでもうまいパン屋があると聞けば、わざわざでも買いに走る。天然酵母のオーガニック系おしゃれパンも好きだが、ここのお店のパンのような、私らが子供の頃からなじんできてるような日本独自のパンみたいなものも大好きだ。オーガニック系のパンなんかは、ちょっと健康のことなんぞも考えたりして、ちょっとストイックな気分で食す感があるが、いわゆるそういう調理パンみたいなものは、なんとなく自分を甘やかすっていうとなんだけど、ストイックとはまったく反対の感覚で、享楽的なキモチで食べてしまう。だって揚げ物がはさまってるパンなんか食べると、必ずといっていいほど胸やけするもんね。かなり不健康で下品な食べ物やな、とおもうけど、やっぱり好きである。フランクロールも好きだが、エビカツロールも好きだし、コーンマヨネーズや比較的最近の作品(といってもこの手の店では定番)の三角形のトライアングル(中にチーズクリームが入っている)、もちろんあんこぎっしりのあんドーナツや、きなこがまぶしてあるロールパンなども好きだ。そういえばこういう店では焼そばロールなどもよく売っている。思えば中学生の頃、購買部の人気商品だった焼そばロール。日本人の考えたパンの代表ではないか?パンに焼そばなんて、独創的というかむちゃくちゃというか、でんぷん+でんぷんという考え方は、関西ではポピュラー。もしかすると焼そばパンの発案者は関西人では?しょうがまで上にのってたしなー、やっぱりあやしい。ちなみに中学の購買部に入ってたパン屋はたしか神戸屋パンだった。神戸屋は今やわりとおしゃれになって、あちこちに焼きたてパンの店を展開しているが、昔は袋に入ってスーパーなどで売ってるたぐいのパンを作っていた。こないだはメロンパンの思い出でもりあがりましたが、調理パンやこの手の昔ながらのパン屋さんの商品についてはみなさんいかがでしょう?
2006/01/11
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今日は年が明けて初めてジムへ行った。久しぶりにエアロビクスで汗流す。すっかり太く(脂肪で)なった自分の二の腕を鏡でチェックしながら。ところで冬はなんといっても鍋だけど、最近は鍋をしたあとの雑炊その他のバリエーションが楽しみになってきた。料理は好きなほうだけど、あまり創造性はないほうなんで、料理本や新聞雑誌の切り抜きレシピを見ながら、ちょこっとアレンジしたりするのが好きだ。きのうは鶏団子と水菜の鍋をした。これは骨付きの鶏肉も入れてスープをとるのだが、骨付き肉がなかったので、かつをだしに鶏ガラスープを入れてコクを出してみた。なかなかよいお味である。これも鍋が終わってからうどんを入れて食べるとおいしいとレシピに書いてあったが、ふとおもいついて正月のおもちを焼いて入れてみたらとてもおいしかった。ほうれんそうと豚肉だけで作る常夜鍋も、終わった後ナンプラーで味付けしてビーフンを入れるとおいしいというヒントが書いてあった。なんとなくフォーのようなイメージなので、うちにあったベトナムのライスヌードルを入れてみたら、ほんとにフォーみたいなかんじであっさりしていけた。ひとり鍋なんかしてると、私は酒のみでもないし、普通の食事のようにぱくぱく食べてあっという間に終わってしまう。なんとなく雑炊にまでたどりつかないこともある。でも最近は、いろんな具材から出たうまいだしを捨てるのはもったいないと気がついて、残った場合は翌日までだしだけおいといて再利用することにしている。翌日使えない場合は冷凍して保存する。ビンボーくさいけど、カニなんかは身がなくなってしまっても、カラをいっぱい入れて煮るといいだしが出る。あれで味噌汁作ってもうまい。それにしても鍋ってたいして高い材料使わなくてもおいしくなるし、冷蔵庫の半端な材料も全部使えるし、残っただしで雑炊やうどんを作れば最後の最後まで食べられるし、経済的にも環境的にも最高。そういえば親友のうちはこの冬2日に一度くらいのはげしい頻度で鍋をしていたらしく、これからうちの食事は「ちゃんこ」とよぶ、と言ってたな。それにしても鍋はエライ!
2006/01/09
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年末にたのんでいたローガン鏡ができてきた。まえのやつよりだいぶ度が強い。おもに細かい絵を描くときに使うように合わせてあるので、ちょっと離れたときを見るとぐらぐらっとくるかんじ。あー子供の頃、ふざけておばあちゃんのめがねかけたらこんなかんじやったな~と思い出し、がくぜんとなる。それにこのめがねをかけて自分の顔とか手とか見ると、ものすごくはっきりと見えてしまってコワイ。顔のしわとか、爪のマニキュアがはがれたりしてるのもよくわかって、逆に今まで気にならなかったのは見えてなかっただけやんか! とまたまたがくぜんとなる。よく近視や白内障の手術した人が、こんなに見える!と感激するというけど、おんなじようなものかもしれない。ただしローガン鏡なので、手元だけだが。私はずっと10年日記というものをつけている。10年ぶんが一冊になったもので、もう2冊目の4年目に入った、毎日の備忘録に加えて、1年の年頭にあたって、目標などを自由に書く欄がある。それを見ると、もう毎年のように「今年はやせる!まずは3キロ落とす!!」と決まって書いてある。巻末にはその年の終わりの所感を書いてあるのだが、そこにもやせられなくて、来年こそはみたいなことが書いてある。努力もしてないからあたりまえだが、ほんとに進歩がない。このお正月だけではなく、去年の後半くらいから食欲はあいかわらずなのに、運動はさぼりがちで、まったく充実感あふれる中年太り状態。年明けのバーゲンへ行って、せまい試着室なんかでパンツやふだんあまり着ないソフトなシルエットのニットなんか着てみると、入らなかったりまるで似合わなかったりさんざんな思いをする。ぱよさんの言うとおり、ちかごろの洋服はあんまり肉がついてると似合わない。なんかこうもっさりしてしまうんだよね。やっぱり服とからだの間にちょっとは余裕がないと、どうもきれいには着こなせないように思う。去年買った家用の毛足の長いフリースのルーズなパンツはいてると、色が茶色なだけに、自分の姿見て、まるで馬の後ろ足の役の人やわと思ってしまう。もしくはくま。巨大なかぶりものでもすりゃ、即着ぐるみショーができる。いやはやマジでなんとかせねば。努力というものを今年こそはしてみよう。
2006/01/08
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今日はまためちゃめちゃ寒かった。明日は雪かもしれない。北日本ではそんなどころではない大雪で大変だ。私は中学3年の夏から高校2年が終わる頃までの2年半、父親の転勤で札幌市に住んでいたことがある。うちは全員関西人なので、もちろん雪国体験は初めてだった。だいたい転勤族というのは、2、3年でまた移動なので、札幌の生活も期限付きで全員おもいきり楽しんだ。なんといっても大雪の降る冬が目玉だ。住んでいた一軒家は社宅で、内地(北海道では本州のことをそうよぶ)の人が設計したらしく、冬は問題のあるうちであった。平屋なのだが、屋根の傾斜が足りず、内側のセントラルヒーティングで解けた屋根の上の雪が滑り落ちず、軒先でたまって凍ってしまうのだ。これが最大1mちかい厚みの氷になってしまい、雪国シロートの私たちにはどうすることもできない。ほっておくと、寝静まった夜中の気温がゆるんだころに、ドッカーンという大音響をたてて落下する。巨大な氷が軒下に溶けずにごろごろしていて、うちではこれを「氷河」と名付けていた。雪かきもマメに、かつ上手にしないと家から出られなくってしまう。うちも1年目に物置きのドアがあけにくくなってしまった。シロートは、熱湯をかけたら雪が溶けるだろうとおもって、かけるのだが、雪国の雪はそんなもんで溶けることもなく、かえって冷めた湯がまた氷となってしまうのであった。雪かきの結果、庭にできたスロープでスキー初心者の私と妹は、子供用のプラスティックのミニスキーをはいてスキーのまねごとをして遊んだ。妹はその小さな小さなスロープに「ニコニコシコスキー場」という名前をつけていた。ニコニコはわかるがシコは?と聞くと、ニコとニコを足してシコで、響きがなんとなくアイヌ語っぽい(北海道の地名はアイヌ語が語源のものが多い)やろ?と言う。小学生にしてはなかなかシャレがきいてるやないか!余談になるが、後年関西に帰ってきてから、神戸のへんに「しこしこ八幸(はっこう)うどん」という店があるのを発見。おんなじような発想する人ていてんねんな、と妹と笑った。入った高校は山の斜面にあって、冬は裏にギザギザのついてない靴では歩けない。用務員さんで、元タクシー運転手の人がいて、元タクシーの車で毎日通っていた。カラーリングがタクシーそのものなので、まちがって手をあげる人がいて、自分もついつい停まってしまうと言っていた。その人の車にいつも国語の「モスラ」というあだなの先生が同乗してやってくるのだが、通学路を歩いている生徒を拾って行ってくれる。定員いっぱい拾ってくれるのだが、雪が積もっていると、校門の前の坂道でうっかり一旦停止などしてしまうと、坂をあがりきれなって、また下からやり直しになってしまうので、坂にさしかかると全員前傾姿勢をとらされた。高校の裏山は天然記念物の原始林!!で、雪の降った朝には校庭に野うさぎとかキツネの足跡がついていた。同級生で倶知安出身の子がいたのだが、倶知安は豪雪地域だったようで、ある大雪のとき、朝起きると、2階の窓のらんまのへんまで雪が積もっていたそうだ。お父さんが高校の先生なので、生徒らにもたのんできれいに雪かきしたのに、翌朝また同じところまで雪が積もって、2階の窓から出入りしたと話していた。札幌ではさすがにそこまでの体験はないけど、雪国の雪にまつわる話は、関係ない都会の人間には想像つかないようなおもしろい話がいっぱいだ。ずっと生活すると、なかなか大変なこともいっぱいあるけど、やっぱり北海道は冬がいちばん魅力的だと、私は思う。そして冬が長くて大変なぶん、春の訪れがそれはそれはうれしい。心の底から幸せな気持ちになれる。あれもまた雪国の魅力のひとつかもしれない、と今にして思う。それにしても、今の大雪、そんなのんきな話ではなさそうである。ご苦労さまです。
2006/01/06
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大阪の実家でののんびりした正月も終わり、本日東京に戻ってきた。たいてい帰る前に、梅田の阪神百貨店の地下にあるグルメランドで、たこやきとかうどんを立ち食いして帰るのが常なのだが、去年かおととしあたりにリニューアルして、たこやきはあちこちで持ち帰り店を展開している「くくる」になってしまってなんとなくつまらんので、今日は三番街の「ぶぶ亭」でたこ焼きを食べた。その後阪神百貨店の地下食料品コーナーで、最近人気のクラブハリエのバームクーヘン(これは日持ちのするフルサイズのやつよりも、店頭で焼いているカットのほうがだんぜんウマイと、母が証言していた)を買うために、地下街を移動。でかいキャリーケースをひきずっているので、できるだけ平面移動できるようにルートを選ぶ。大阪のキタの地下街は、ややこしいので有名である。元からあった地下街に対して、その周辺にできたビルが、どんどん地下への入り口をくっつけてしまったため、ものすごく複雑なことになっている。昔、テレビの番組で、このややこしさをとりあげ、表示板のやじるしどおりに行くと、元のところに戻ってしまうという実験をしていた。私は京都に住んでいる頃、少しの間だけ、大阪の西天満というところにあるギャラリーでバイトしていたので、毎日のようにこの地下街を通過、また初日のオープニングパーティの買い出しなどにも行かされていたので、梅田のデパ地下を含む地下街および地下道に精通してしまった。その当時、同じギャラリーで働く後輩の男の子を連れて歩いたところ、「さっすがーけものみち知ってはりますね~!」と感心されたものであった。西天満というと、梅田の駅からはだいぶ距離があるので、雨の日など、できるだけ傘をささなくていいように、ぎりぎりまで地下街を通ってから地上に出るようにしていた。今日のように、でかい荷物を持っているときなどは、できるだけエスカレーターなどを使ってラクに行ける道を選ぶ。最近はウメ地下も西の方面へ伸びて、またまた複雑さをましているので、私もまだ未知のゾーンもある。「けものみち」といえば、始まりますね~、松本清張ドラマ「けものみち」またまた米倉涼子主演だけど。でも「けものみち」といえば、清張作品の悪女モノでは最高傑作だと私は思うので、非常に楽しみである。
2006/01/05
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あけましておめでとうございます。年末に何度か日記を書き込もうとして、そのたびにどっかさわって消えてしまったりなんだかんだで、やる気なくしてしばらくほったらかしであった。31日に大阪に帰ってきた。帰るなり、電車内で真っ赤のシャツにショッキングピンクのパンツをはいたおっさん(もうにいちゃんの域はこえてたとおもう)を見て、ああ、大阪に帰ってきたなあ~と実感する。やっぱり大阪の人のファッションはハデだ。ずうっといると、こんなもんと、普通におもえるが、しばらく離れてみるとよくわかる。これはテレビのローカルCMや、電車の中の広告などのちがいも然りである。それと同時に、私はいつも新大阪について、ナマの大阪弁を聞くと、ああ、もう大阪弁しゃべってええんやな、と緊張していた自分の輪郭線が溶けるような感覚を持つ。しゃべってええんやな、って、あんたいっつもめちゃめちゃしゃべってるがな!!とつっこまれそうだが、やっぱりしゃべる相手も大阪弁で、それがナチュラルな状態でしゃべるのと、そうでない環境でしゃべるのではやっぱりストレスがちがうのである。そして実家にたどり着くと、もうこれ以上ないというくらい怠惰な自分になってしまう。もうこたつに入ったきり、なんもしたくないというくらいの状態である。やっぱり東京にいるときは、自分の家にいてもそれなりに緊張してるというのがよくわかる。作家の林真理子さんが、実家に帰ると緊張感がまったくなくなって、二重の目が一重になってしまうと書いていたことがあったが、よくわかる。それくらいリラックスできるということなのかもしれない。ほんとに大晦日から元旦にかけて、こたつに入ってテレビを見ながら(リモコンであれこれチャンネルせわしなく変えつつ)、食っちゃ寝を何セットもくりかえしていた。私はお酒は飲まないので、ひたすら甘いものなど、いつもはそれなりの緊張感で歯止めがかかるものも、食欲のままに全て食べ、そうするとねむ~くなってきて、こたつに入ったまま横になり、またむくっと起きて食べ、という繰り返しであった。テレビの方は、お笑い三昧。ふだんはなかなかやらない人気のコンビのちゃんとした漫才などを片っ端から見る。一年の計は元旦にあり、とか言うけど、毎年のことながら最低にジダラクな正月であった。2日目は家族で大阪の天満宮へ初詣。帰りにすでにあいていた天神橋筋商店街にある安くてうまい点心の店「上海食苑」にて、ここでも食べたいものは全て注文し(なんせ安い)、満足して帰宅。今年は絶対に減量を年末に誓った私であるが、ま、三が日はいいかな、と例年のごとくのスタートである。今年もよろしくおねがいします!
2006/01/02
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