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今日は、岩波ホールで、フランス映画「セラフィーヌの庭」(マルタン・プロヴォスト監督作品)を見てきました。2009年度のセザール賞で、並みいる話題作をおしのけて、最優秀作品賞ほか7部門を独占したという作品です。物語は、貧しく孤独な家政婦セラフィーヌが、「天からのお告げがあったから」といって、ひそかに描き続けていた絵が、たまたま家政婦としての仕事先であった家に住んでいた著名な画商の目に留まり、人生がかわっていくという実話をもとにしたものです。画商は、ドイツ人でしたが、戦争のせいで、フランスを離れることになり、彼女の絵が日の目を見るかもしれないとおもった矢先、夢がついえてしまいます。しかしその後もセラフィーヌは、もくもくと制作を続け、戦後、二人は再会します。今度こそ、絵を描いて、展覧会もして、売って、とはりきる彼女でしたが、今度は世界恐慌が目の前にたちはだかり....私も同業ということもありますが、なんとも痛くてせつない作品でした。映画ではセラフィーヌは最後に、精神を病んでしまうのですが、そもそも彼女の作品じたいが、なにかの強迫観念で描いているような不思議な絵です。大学の1、2年のころだったとおもいますが、だれか一人美術作家をとりあげて、レポートを描くだか、発表するだかいう課題があり、私は、その当時興味のあったアンリ・ルソーをとりあげました。ルソーは、もともと税官吏かなんかやりながら、独学で描いていた人です。彼のように、アカデミックな美術教育を受けずに描いていた人などをひっくるめて「ナイーフアート」とか「素朴派」などとよんでいますが、ルソーなんかは、教育は受けてないものの、絵そのものは理性的に描いているように見えます。でもこのセラフィーヌや、もっとあとのヘンリー・ダーガーなどは、本能の命ずるままに描いているようです。お城みたいなものを作ったシュヴァルなどもこっちのグループに入るのかもしれません。セラフィーヌという人の存在もその頃に知ったとおもいますが、植物を描いているにもかかわらず、まるで内蔵とか生殖器などの動物的なものを描いているみたいで、怖い絵だと感じた記憶がありました。それにしても、この時代に、こういう絵を見過ごさなかったこのヴィルヘルム・ウーデという画商(ピカソや、そのルソーらも見いだした)の存在も忘れることができません。そして、このセラフィーヌを演じたフランス人女優ヨランド・モローのなりきりぶりもすごかったです。あかぬけない、愛想の悪い、ちょっと変わり者の家政婦なのに、とりつかれたように描きまくるセラフィーヌそのものでした。イケてないおばちゃん、敬虔なキリスト教信者、隠れていた天才、ってとこらへんで、あのスーザン・ボイルをちょっと思い出してしまいました。
2010/09/28
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最近、通ってる版画工房ではやってるのが、「夢をかなえるノート」です。なんでもいいから、いつか実現したい夢とか希望などを、ノートに書いておくと、いつかほんとうにかなうというものです。特殊なノートではありません。なんでもいいから、おもっていることを、何かに書いておくことで、自分自身に言い聞かせているうちに、本当になるというものです。以前、NHKの番組で、ミュージシャンのアンジェラ・アキさんが出ていて、同じようなことを話していました。外国で働きながら、音楽もやっていた頃、会社の上司に、本当にやりたいんだったら、思い切って飛び込みなさいと背中を押されたという話でした。それを機に、会社をやめて、音楽に専念し、日本でのデビューもはたし、その後はご存知の通りの大ブレークにつながるのですが、デビューも何も決まっていなかった頃「1年後の○月○日に、武道館でコンサートをする」と、紙に書いて壁に貼り、毎日それを見ながら生活したそうです。当時の状況からすれば、夢のまた夢のような荒唐無稽ともおもえた「夢」だったのですが、なんと本当に1年後の武道館コンサートを実現してしまうのです。よく「言霊」ということばを耳にしますが、書くことによって、モチベーションをあげるというか、自己暗示のようなものなのかもしれないです工房でも、グラフィックデザイナーのUさんは、昔からボンジョビの大ファンで、彼らのCDのジャケットデザインがしたくてデザイナーの道を選んだという人ですが、(書いてたかどうか知りませんが)その一心が通じたのか、本当にデザインを担当して、ご本人たちにも実際に会えたんだそうです。それで、同じ日に来ている若いメンバーが、私たちも書く!! ということになり、私のうちに余ってた豆本みたいなマーブル模様のノートをあげたところ、それに書いているようです。何を書いているかはヒミツみたいですが。私も、昔書いてたことがあったのを思い出して、見てみると、ありましたありました。たぶん今から7、8年前に書いたものとおもわれますが、これがけっこう実現しておりました!たとえば「京都の本を出版する」とか。他にもいくつか。すっかり忘れてましたが、へえ~っとおもいました。それで、私もまた夢ノートを復活することにして、さっそく書きました。何を書いたかはもちろんヒミツですが。
2010/09/26
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今日、ともだちの漫画家グレゴリさんと電話でおしゃべりしたのですが、京都のある飲食店で、そのあつかいにめっちゃハラがたったという話を聞きました。それで私も思い出しましたよ。京都の超イケズな店を!中京にある、昼ご飯で有名な某店にて。ともだちが行こうといって、予約して来たので、二人で昼ご飯を食べに行ったのでした。予約が必要なくらいの人気店ですが、出てくるのは、いわゆるおばんざいです。ようするに、ふつうのおかずです。食事も終わったか、というころ、店のおばさん(店主ではない)が、ともだちのお椀をのぞいて、店じゅうにひびきわたるような大きな声で「いやあぁ~、おつゆ残したはるわ~」と言ったのです。「せっかくおいしいのに、ちゃんと飲んでほしいわぁ~」などとも言ったとおもいます。そうすると、常連専用席に座った常連さんらも「いやぁ~、このおつゆがおいしいのにねええええ~」と、おっかぶせるように言ったのです。ともだちは、耳までまっかっかになってしまいました。残すくらいで、そこまで言うか?常連であろうが、いちげんであろうが、お金払ってる客に対する態度か、それがぁぁあ!!脳みそ沸騰するくらいハラがたった私でした。結局、こういう店というのは、常連の優越感をさらにあおるために、いちげんに恥をかかせておとしめる、ということをやっとんねやな! と思った次第です。ヤツらの狙い通り、私らの他にも来ていた、あきらかに旅行客とおもわれるお客たちも、まるで自分たちがイケズされたかのように、しゅ~んと小さくなって食事していたのでした。このことがあったのは、私が京都生活もずいぶん長くなってからのことでしたが、「これが世に言う、京都のThe イケズかあ!!」とおもったのでした。そして、イケズではないものの、もうひとつ、京都のフレンチレストランでのハラたった思い出です。当時、できたばかりというその小さな店は、なかなか評判もよかったので、ともだち夫婦とでかけました。おのおの好きなメニューを選び、でも人のも気になるので、店の人に「取り皿おねがいします」と言ったところ「そのような習慣はございませんので」と断られたのでした。私たちも、フランス人が、取り皿で、おたがいの料理をシェアするのを嫌うってのは知ってます。でも「私らフランス人ちゃうし!! ここは日本やし!!」「習慣はございません」と言われてもなあ。食べたいもんは食べたいやんか。ほなしゃーないな、と言いつつ、直接たがいの皿にフォークをつきたてて、食べたのでした。よけいに行儀悪いやんな、と笑いました。食べているときに、ハラがたつ思いをするというのは、私は最悪だとおもいます。私の場合、いっきに味がわからなくなってしまいます。いくら有名な人気店だからって、客に「食べさせてやる」という態度はいかがなものでしょうかねえ。まあ二度と行かないだけですけどね。
2010/09/21
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なにとなにをいっしょに食べてはいかん、という「食べ合わせ」というものがありますが、あれって根拠はあるんでしょうかね。昨日の昼、うなぎ飯のレトルトがあったので、御飯に混ぜて、なんちゃってひつまぶしを作り、野菜の料理を作ろうとおもったものの、あまり材料がなく、大根のたたき梅で和えることにしたのですが、あ、うなぎと梅干しって、食べ合わせやったよな、と思い出し、でもだいじょうぶそうな気もするし、ためしに食べてみようとおもって、そのメニューで昼ご飯を作って食べました。その後、どうもなかったのですが、今朝からお腹の調子が....これは、食べ合わせの結果なのでしょうか。今日は、歯医者さんの日だったので、またまた緊張感が腹に多大な影響を与えているってこともあり、どちらが原因なのか、判然としませんでしたが。ちなみに、食べ合わせで検索してみると、この「うなぎと梅干し」についても出てきますが、いまいち根拠がはっきりしないようです。逆に、うなぎの油っぽさが、梅でさっぱりするので、食べ過ぎてしまうのでよくない、って説もあるようで。てなわけですが、回復力も早いので、ぜんぜん平気です急に寒くなった(といいつつ、昼間は30度くらいありましたが)ので、たぶん史上最速で、今夜は「おでん」です。まだめちゃ暑だったころ、暑いのに、ぎんぎんの冷房の中にいると、おでんが欲しくなって、コンビニでよく売れているというニュースをしょっちゅうやってたので、刷り込まれた気分ですが。
2010/09/17
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基本的に、家で、ひとりでやる仕事なので、人に会う機会は少ないほうです。仕事が少なかったり、逆に忙しくて、制作ばかりしていると、ほんとに人に会わないどころか、外に出るのは、新聞を取りに行くくらい、という日もあります。ここんとこしばらくそういう日々が続いてましたが、きのうはひさびさに外出。同じ方面に用事をまとめて、まずは、先日作品写真の撮影をお願いしていた江戸川橋のスタジオに、あがりを取りに行き、それをもって、歩いて神楽坂の大学の後輩のデザイン事務所へ。11月の神戸の個展のDMの制作の打ち合わせです。最近は、たいてい彼にDMのデザインをお願いしています。その後、飯田橋と市ヶ谷のあいだにあるミズマアートギャラリーへ行きました。現代美術作家の松蔭浩之氏の個展のオープニングパーティでした。松蔭氏は、お互い関西にいたころからの知り合いで、彼が大学生の頃からよく知ってます。東京に来てからも、ときどき美術展のオープニングパーティとかで、ばったり会ってましたが、今年の春、非常勤講師をしている某美術系専門学校の連絡会議でまた再会したのでした。(自分自身がモデルの)撮影のために、短い期間で、ジムに通ったりプロテイン飲んだりして、筋肉つけたり、スキンヘッドになったり、からだ張った作品作ってました。外に出かけていないというより、パーティのようなにぎやかな場にはしばらく行ってないので、ぼけ~っしてしまいました。昔からそうなんですが、人に会わない日々が続くと、自分の輪郭がぼやけてしまうような感覚にとらわれます。からだと心が遊離してしまうようなかんじになるのです。また続けて、人に会っていると、その距離が縮まって、ぴたっと一体化するのですが。人は、他者との関係性において、自分というものが認識できているのかな、とこういうときにいつも考えます。そんなこんなで、いちおう輪郭線はもどったかんじです。神楽坂の裏道を歩いて、またまたすごいお屋敷など(あとでわかったのですが、最高裁判所長官の公邸でした)見つつ、散歩も楽しみました。
2010/09/16
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最近、近くの豪邸街散歩がマイブームになってます。古くからのお屋敷街であるこの地域は、複雑に入り組んでいて、慣れていないと、簡単に方向感覚を失い、迷子になります。私は、方向感覚はしっかりしているほうで、まず迷子にはならないですが、ここではあえて、迷子になるのを楽しんで歩きます。基本的に、建築物を見るのが好きなので、大きくて個性的な家が多い地域を歩くのは楽しいです。戦後の宰相の邸宅あともあるその辺りは、家の敷地の大きさだけでなく、庭の木々の大きさに驚かされます。うちのすぐ近所にも、洋館風の古い家で、庭の一本のもみの木が、おそろしく大きいというところがあります。ヨーロッパの森の中にありそうなくらい巨大なもみの木で、なぜそこまで育ったのか、というくらいのでかさです。敷地がさして広くないので、家も庭もそのもみの木のかげになっているくらいです。やっぱりお屋敷というのは、こういうほんとに大きな木とともにあるというのがイメージです。私の実家は大阪の北部にありますが、もともと山だったところを宅地に開発したところです。でも開発するときに、山の木を残さず整地してしまってるので、住宅街の緑は、各家庭の庭木にゆだねられています。宅地になったのは、30年以上前ですが、それくらいではまだまだ木々の茂り方も若いかんじです。そういう意味でも樹齢の高い木々は、切ってしまうともったいないです。マンションの前の公園も、そうとう大きな木が、武蔵野の名残で茂っていて、その辺のゆたかなかんじが気に入ってます。
2010/09/13
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世界で一番苦手なものは歯医者さんです。これを読んでくれている方のなかにも、歯医者さんがおられます、すいません。しっかり歯磨きはしているほうなのに、虫歯ができやすい体質のようです。うちの父や、その母、つまり祖母も、ろくろくまじめな歯磨きなんぞしてもいないのに、ずっと虫歯に悩まされたことがないのです。これも体質なのでしょうか。逆に母は、私と同じで、しょっちゅう歯医者さんがよいです。不公平ですね~歯は、ほっといて勝手に治るってことがないですから、行かんとあかんというのは、重々承知なのに、苦手なので、ついつい遠のいてしまいます。それが、今日、行ってきました。もう5、6年ぶりでしょうか。行こうとおもって決心してから3年くらいたってます。前に行ってた歯医者さんは、私が「おう吐反応が強くて、型とってるときとか、よくオエっとなりそうになりますので」と言うと(ほんとに吐くことはありません。からだが反応するだけです)、すんごいびびっているのが手に取るようにわかったので、なんとなく行きづらくなり、しかもそこの先生に治してもらったところが、あまり年数たたないあいだに、2個もとれたので、そこ以外で探しました。マンションの人々に、聞きまくったところ、みなさん、いろんなところへ行っていて、それも一長一短、なかなか決めてがありません。中には、一度、えらい目にあったのがトラウマになって、今では治療というと、大学病院で、いちいち全身麻酔をしてやってもらうという人もいました。別の友達におしえてもらったところに行くことに決めて、予約するまでにもだいぶ日数を要しましたし、予約入れてからも、緊張感が続き、今日は今日で朝からそわそわどきどき落ち着かないことこのうえありません。歯医者さんに行く日は、たいてい過敏性大腸症候群発症です。(昔から試験の日とかは、かならずコレ。でも慣れてるので、ぜんぜん平気ですが)でも今日初めて行った歯医者さんは、「すぐオエっとなりますので」にも、笑顔で「ボクもそうなんですよ」と応えてくれ、「少しずつ慣らしながら治療お願いします。」というお願いも聞いてくれたので、安心しました。それに今のところ、大変な治療はなさそうなので、ほっとしてます。先日の健康診断に続き、健康推進月間です。ちかぢか婦人科検診も予定あり。
2010/09/09
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福知山動物園のうり坊と子ざるのミニミニロデオ映像、ご覧になった方も多いかとおもいます。なんべん見てもかわいいですね。Youtubeでも見てしまいました。2頭は、ともにうまれてすぐ孤児という共通した境遇。さるは、生まれてしばらくは、母ざるにくっついて生活するという習性があるため、ああいうことになってるのでは、といわれています。孤児になった子ざるのミワちゃんが、あまりにもさびしがるので、うり坊の檻に入れてやったら、仲良くなったとのことですが、いのししとさるって相性がいいんでしょうか。いのししとさるといえば、いつも思い出すのですが、かつて京都市動物園では、猿山の中でいのししも飼われていました。いのししは、猿山の山には上れないので、底部でうろうろしているだけです。暑い日などは、コンクリートの床にぐったり横になっていて、なんと子ざるが、山からジャンプしては、いのししの腹の上に飛び降りたり、その上でトランポリンのようにジャンプを繰り返して遊んだりしていました。いのししは、それを怒る気配もなく、というか気力もなく、ぐったりしていたのをおぼえています。子ざるに毛をむしられたりしているのもいて、全体的にまっくろけで、なんか気の毒な風情でした。あまりにも圧倒的にさる優位のイメージだったので、不評だったのか、今は猿山にはさるしかいませんが。それにしても、あの2頭の姿はかわいらしいです。
2010/09/07
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今朝、新聞見ていて驚きました。土曜日のことがかいてあったのですが、岐阜・郡上で9月なのに39.1度を観測したとの記事でした。その数字にもまずびっくりだったのですが、記事のなかほどに、計144カ所で最高気温が9月の観測史上1位(タイを含む)とありました。えっ!!タイよりも暑かったん!? と早とちり(最近早とちり多いです)。もうおわかりかとおもいますが、このタイは、タイランドのタイではなく、同記録という意味でのタイですね。でもタイとタイと言われても、そうかもなとおもってしまう暑さです。昔のことですが、やっぱり猛暑の夏のある日、なにげなくテレビで海外の天気を見ていたら、大阪の気温がサウジアラビアよりも高かったので、驚いたこともありました。高気温の体験としては、なんといっても真夏のアンダルシア地方でのことです。8月にスペインに行ったとき、南部アンダルシアのコルドバで、40度越えを経験しました。正確には何度だったか忘れましたが、かなり越えてたとおもいます。前日、別の街にいるときに、テレビでコルドバ53度!!! (摂氏でっせ、ねんのため)というニュースを見ていたので、どんなことになってるんやろとおもいつつ、コルドバ入りしたのでした。それよりは下がったとはいえ、さすがに「スペインのフライパン」とよばれているだけあって、焼かれてるみたいでした。でも日本と違って、すごく乾燥しているので、死ぬほど不快指数が高い、といった印象ではありませんでした。旅行者の私は、じっとしてられず、いちばん暑い時間帯にもでかけましたが、さすがに地元民は外に出てませんでした。たしかその日、旧ソ連がロシアになった日だったと思います。言葉がよくわからないながら、宿のテレビでゴルバチョフ氏の映像をみたおぼえがあります。今日は、京都府京田辺市で、39.9度やったとか。もう「日本亜熱帯宣言」しませんか。ほんで、みんなハワイの人みたいなユルい服着て、ヤシの葉っぱをふいたような風通しのええうちに住んで、シエスタして、みたいなライフスタイルに、おもいきって路線変更するのもええかもしれません。
2010/09/05
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今日、版画工房に行った帰り、吉祥寺で買い物していたら、某出版社からひさびさのお仕事の依頼の電話が。レギュラー仕事激減の昨今、なみだが出るほどありがたいことです。しかも、偶然にもその吉祥寺が舞台の小説だそうで、ご縁を感じてしまいました。さて、最近おもっていることというのが、老眼と絵の関係性についてです。私はもともと視力がよいほうなので、老眼になるのも早く、40過ぎには、はっきりと老眼を意識、めがねもはやばや作りました。今も、度をすすめた2代目を使用しています。乱視もあるので、眼鏡なしには絵は描けません。老眼になる前と、なってからの絵が多少変わって来たようにおもうのです。老眼以前は、乱視は多少あったはずなのですが、視力のよさもあって、めがねをかけたことはありませんでした。しかし、老眼鏡をかけて、老眼および乱視を矯正した目で見ると、画面の細かい部分もばっちり見えるので、それに応じて、昔よりもますます細かい絵を描くようになってきたような気がします。逆に、ぼやっとした絵になってしまう、という人もいます。それと、これはオバチャンの服の法則(?)とシンクロするようにもおもうのですが、年行ってからの絵のほうがハデになってきました。すでにオバチャンの方々は、わかってくれるとおもうのですが、若い頃、似合ってたような、黒っぽいような汚れ色っぽいような色とか、あいまいな中間色とかが、どんどん似合わなくなってきます。顔がぼやけてみえたり、くすんでみえたりするのです。だから、オバチャンたちは、ショッキングピンクとかターコイズブルーなどのぱーっとした色を着がちになるんだとおもいます。なんか私自身も、自分の絵において、そういう傾向になってるようであります。べつに「顔うつり」を気にしてるわけではないのですが、なんか「ぱっ」としたいんかもしれません。こういうのって、意識的にやってるようで、なかなかコントロールできるもんではないのです。必然なのかもしれません。でもちょっと抵抗してみようとおもってるところです。
2010/09/02
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あああ~もうほんとにいやになるほど毎日暑いですね。お盆過ぎくらいまで、わりと平気だった私も、さすがにこう昼だけでなく夜も暑いと、睡眠、食欲とも減退ぎみになってきました。今年だけではなく、夏場はどうもむくみます。あきらかに水分とりすぎです。とくに夜、たくさん飲み過ぎると、朝は顔もむくんでます。それにしても、もうずーっとふくらはぎがパンパン。あーこういうときこそ、足つぼマッサージに行きたい!昨年の秋、ご近所ごはん友の会「かっぽーの会」海外遠征編で、台北に行きましたが、そのとき安ホテルの前にあった足つぼマッサージ、最高でした。最初になぞのエキス入りのフットバスに足をつけさせられ、そこからテクニックを駆使してのマッサージでしたが、とにかくうまい!あまりによかったので、二日続きで行ったんですが、どのマッサージ師さんにあたっても、メンバー3人とも、終わったあとの足のすっきり感は、ちょっと経験がないくらいでした。日本でも、いっぱい足つぼマッサージはあるものの、そこまでのところに出会ったことがありません。イギリス式のリフレクソロジーとかも、なんかフットバスにつかってる時間のほうが長いような気もするし、上品すぎてあきません。いやー台北の足つぼ、それだけでも行く価値あり!
2010/09/01
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