全6件 (6件中 1-6件目)
1
担任の先生の配慮による荷物を受け取りに行ってきました。通知表、校内履き、手紙類、作品の残り学級費の返還金まだまだ気持ちがついていかずお世話になった事のお礼の半分も伝えられなく情けない母です。
2010.03.24
コメント(0)
お礼に行ってきました不思議と懐かしいと感じられる病院きちんとお礼も伝えられないままだった言葉で伝えられるかどうかわからないので手紙にしてお礼に行きました変わらない風景変わらずに接してくれる看護師さん仕事として接してくれてたとは思うけど私にそうと感じさせることがなかったありがたい&懐かしい思いを残してくれた事に感謝して私が区切りをつけて離れて行かなくてはイケナイね3月末でものすごくお世話になった主治医&ケアの看護師さんが他病院へ異動になるのでどうしても今月中に行く必要があったんですやはり涙が先にでて話したいことは話しきれなくてでも、2号のような形で退院(死亡退院)したら何度も行くことは憚られるので手紙にしておいて良かった。
2010.03.18
コメント(0)
2号の私物の引き取り3学期も学校へいくつもりだった2号なのですごい量のモノが学校に置いてありましたロッカー・机先生が丁寧にそろえて家まで届けてくれました・・・ただ、修了式までは机を残したままにしておいて手紙類も最期まで配りたい校内ばきも出来れば最後まで残して置いてほしいとのうれしい言葉にただただ涙でした本当の最後の荷物はまた後日ということになりました
2010.03.12
コメント(0)
雨の日が多い中みんなに手間と迷惑をかけるのを嫌ってた2号らしいきれいな青い空の日ですいろんなルートで回ってたみたいで知らせてなかったにも関わらず告別式には本当にたくさんの人に来ていただきました同級生も先生引率で学年の2/3の子たちが。2号視てたかな?友だち関係では最期の方悩んでたみたいだけどこれだけの子たちが来てくれたんだよ・・・遅い!って思ってるかもだけどね。早くにわかってれば良かったのにねぇ=================本当にこれで最期今日お昼に2号の身体が・・・。最期に写真を撮りたかった寝てるだけすぐに起きだしそう・・・・それくらいきれいな顔でしたこれは後でわかった事だけど1号や実妹たちも同じ思いだったみたいですそれぞれ「不謹慎かなぁ?」と思い、口にすることなく過ぎてしまったダメモトで聞いてみるべきだった。一番後悔してる会場では淡々と進んでいく目に見える「喪失」が突きつけられる瞬間ですこの何日かでここでの事が一番辛かった身体がなくなってしまう2度と2号の身体を見ることが出来ないなんで・・・・?
2010.03.03
コメント(0)
2号はあんな病気だったのに今にも起きだして来そうなくらいに普通の顔かすかに笑みさえ浮かんでる・・・切ないよたくさんの人がお別れに来てくれました1号関係の保護者さんたちは全員2号関係の人たちは一部私が連絡したのは5人だけそれなのにこんなに・・・・・。何人かは子どもさんも一緒ありがたいことですね===ここからは見苦しいかもしれないけど 赤裸々に綴っていこうと思います===1号はお小遣いから1万円を持たせてやって2号の従姉妹がマックのハンバーガーとシャカシャカチキンを入れてくれた母としては・・・サッカー関係のものかテニス関係のものか迷ったけどテニスの本・ラケット・ボール(本はカバーだけ、ラケット&ボールはお骨にビニールが張り付くからとボツになったけど)そうこうしてると、突然1号のキレる声・・・舅につかみかかりそうになるのを必死で止める私で、舅の弟であるおじさんにわけも聞いてもらえずに一喝された1号実父であるダンナに「出ていけ!」と言われた1号泥沼になりそうな重い空気・・・原因は「じいちゃんが(舅)がへらへら笑いながら何かを言ってきた」日本人特有の困ったときのごまかし笑いのような感じこれは感じる人と感じない人がいるし当の本人も笑ってるつもりないからすごく難しいしわかる派とわからない派にわかれると思う私はすごく共感できるカチン!!とくるとまどい加減の笑い顔実は今までも何度かあったんだけど今回ばかりは2号のこんな時やから止めがきかなかったんだと思う実はカミングアウトすると去年度の初めに1号は母である私が生活時間に厳しすぎるからと義実家へ移ってましたでも今回の事で実父に出ていけ!と言われてそのまま居続ける事を出来ない1号再び私が引き取る形になりました・・・1号面倒臭いヤツらしく扱いに困ってた舅姑、何度か涙目でどうしたらいいのかと姑に相談されましたしねきっとホッとしたことでしょうね。円満に私のところに戻ってきた事になるんでしょうか(苦笑そして2号の横に布団を敷いて寝られる最後の夜2号に触れられるくらい近いところに1号その横に私少し離れて姑だいぶ離れたところにダンナ寝られるわけないよ!と、思っていたのにいつの間にか寝いていたみたいで私ってこんな時でも寝れるんだ・・・と、ちょっとショックでした話は少し戻って病院病室の明け渡しは実妹たちに任せて私の車は落ち着いたら取りに来ることにして残し病理解剖・・・これも賛否両論あるだろうけど私と1号が同意しました最後まで見届けておきたいから。そして病棟の手の空いてるDr.、看護師さん、リハビリ科の先生たくさんの人に見送って頂きあわただしく病院を後にして 帰宅帰宅先は義実家2号は一度も暮らしたことはないけれどこればかりは仕方のないことだしわけもわからず言われるままにいろいろなことをこなして足が地に着かず落ち着かない感じのまま過ぎようとしてました。=============================
2010.03.02
コメント(0)
===============2010年03月02日08:332号 14歳2ヶ月13日永眠しました===============
2010.03.02
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1