PR
カレンダー
コメント新着
キーワードサーチ

説明にそう書いてるから凄いのだろうけど、近江国大津の大名貸し平田家が大野原で行った開墾は当初でも126ヘクタールあった。そもそも1キロ✕1.5キロ程度だからそんなに広いとは思えない。
周濠(東・南・西が残る)に囲まれた中の会所敷地が史跡になってる。重文は、本屋。
本屋の裏にある屋敷蔵。
道具蔵・米蔵・文書蔵。
東の庭園は生駒山を借景にしてたらしいが、マンションで今は台無し。
日本の富の半分を集めたといわれた鴻池家が明治以降に大財閥とならなかったのは、一つは大名貸しの焦げ付き。もう一つは堅実な経営ゆえ払い下げを受けて鉱工業に乗り出す政商とならず、金融業と農業に特化したこと。金融業は設立した鴻池銀行が三和銀行から三菱UFJ銀行となり名前が消え、農業は戦後の農地解改革により終了した。今、鴻池と名の付く企業は別系らしい。
麺聖の重文<神戸異人館>の旅 2026.09.24
麺聖の重文<建内記と知恩寺と寛永展>の旅 2026.09.24
麺聖の重文<琵琶湖線その2>の旅 2026.09.23